戦姫絶唱シンフォギア赫鋼―アカガネ―   作:樹影

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18:繋いだ絆/断たれた絆

 

 

 

 ―――自分なりの決着をつける。

 クリスがフィーネの館へと舞い戻ったのは、偏にそのためであった。

 もし彼女に他の誰かが付き添っていたなら、何をしてでも止めていただろう選択。だが彼女からすれば、一人であるからこそ選んだとも言えた。

 数えきれないほどの事件と被害を巻き起こし、自身もそれに加担した……ならばその責任を取らせることが、自身の落とし前を付けることの第一歩になるだろう。

 クリスはそう考えて、かつての古巣へと固唾を飲み干して足を踏み入れた。

 

 結論から言えば、クリスはフィーネと遭遇することはなかった。だがそれが、クリスにとって幸運だったかはわからない。

 それは彼女の心情からのものではない。

 落胆も安堵も吹き飛んで忘却してしまうほどに、酸鼻に極まる地獄絵図が彼女を迎えるように広がっていたからだ。

 

「―――。なんだよ、コレ」

 

 思わず、目を見開いたまま呆然と呟いてしまう。

 その瞳が映しているのは、まさしく屍山血河。人体という袋を乱雑に破り捨てて、その中身を無遠慮にぶちまけたというべき情景だ。

 血、肉、骨、内臓……本来ならば見ることのない、皮膚の下に納まっているはずのものが惜しげもなく晒され、撒き散らされていた。

 大広間の床を生臭く模様替えするほどの血の海は、一人や二人だけではないだろう。だが、『残骸』と表現するしかない有様の亡骸からでは正確な人数を推し量るのは難しい。

 

「っ、う゛!?」

 

 クリスは、思わず口元を抑えながら後退った。ある程度は修羅場に慣れている彼女でさえも、吐き気を堪えることがやっとであった。

 だが、その時。

 クリスの背が、唐突になにかにぶつかる。

 いや違う、今の感触は『なにか』ではなく『誰か』で―――

 

「っっ!!?」

 

 瞬間、彼女は振り返りながら一足飛びで距離を取った。

 これほどの惨状を目の当たりにした直後、忘我から一気に警戒心が最大値にまで引き上げられる。

 そして。

 

「っ! アンタは……!!」

 

 そこにいた人物に、クリスは再び驚きに目を見開いた。

 

 

 

***

 

 

 

 ―――市内、中心部。

 本来ならば平日とはいえ、多くの人が行き交うだろう大通り。……しかし今は、一人として歩く者のいない閑散とした姿を晒している。

 表だけではない。コンビニ、書店、飲食店……それこそ就業時間の真っ最中であろうビルのオフィス内にすら、人の姿は皆無だ。

 書類らしきものが机に床に散乱し、中には踏みつけられてくっきりとした靴底の痕を刻みつけられているものもある。ともすれば、飲みかけのカップが横倒しになって零れた中身がキーボードを汚し床に滴り落ちていたりもしている。

 まるで、どうしようもない災害が突如として見つかり、誰も彼もが泡を食ってなりふり構わず逃げだしたかのようだ。

 

 否、ちがう。

 『まるで』ではなく、まさしくその通りのことが起きたからこそのこの状況だ。

 それは遥か上空、乱立する高層ビルが掠ることも出来ない領域を我が物として征進している。……超巨大飛行型ノイズだ。

 子供が粘土で作り上げたような形状で、しかしジャンボ機もかくやといわんばかりの巨体を飛行船のようにふわりふわりとした挙動で突き進んでいる。

 

 人々にとって、ノイズとはまさしく抗いがたい『災害』。

 それがこれほどわかりやすい形で、それも自分たちを睥睨するかのように空からやってきているとなれば、なるほど跡を濁しきって逃げ出すのも道理というものだ。

 しかも、この『災害』は一つではない。

 まったく同じタイプのノイズが計四体。それらが、別々の方向から一つの場所を目指して集い始めていた。

 

 と、ノイズの一部が口を開くように展開する。

 そこからこぼれるように降り注ぐのは、通常のノイズだ。

 空母としての役割を持っているのか、多数の飛行型ノイズを並走して飛ばしながら街にノイズをまき散らす様は、爆撃というよりも和紙に墨汁を無遠慮にぶちまけているのに近い。

 主を失ったゴーストタウンを、異形のものが闊歩しながら埋め尽くしていく。その光景はあまりにも冒涜的で狂気的で、なによりも悪夢めいていた。

 それは街を……人々の営みという概念そのものを侵す病のようだ。

 ―――だが、この病毒には特効薬が存在する。

 

 

 

「―――Balwisyall Nescell gungnir tron」

 

 

 

 空に在り続ける四体の大異形。

 その更に上より、特殊装甲ヘリから飛び降りた少女が聖詠によって戦姫へと変じ、流星のように拳を突き立ててその一角を貫いた。

 

「っ、と!」

 

 アスファルトに危うげなく足から着地したころには、風穴を空けられた巨大ノイズは爆散していた。

 だが、空にはまだ同じ巨体が三体も健在。同時に、彼女が降り立った場所は既に無数のノイズ共の坩堝であり―――

 

「立花!!」

「響!!」

 

 ―――彼女に襲い掛からんとした有象無象を、蒼い斬光と緋の旋風が悉く薙ぎ払う。

 凄烈なる武威が両隣を過ぎ去った直後に、身を翻して振り返って、響は表情を明るくほころばせる。

 

「翼さん、奏さん!!」

「無茶するわね」

「派手な登場してくれるじゃねぇか!! おかげで厄介なのは一つ減らせたが……」

 

 言いながら、奏は空を睨みつける。己の同類を削られながら、痛痒すら感じていないかのように悠々と空を行くノイズの姿が、どこまでも忌々しい。

 更にその周囲には色のついた霞のような物を纏っている。……通常サイズの飛行型ノイズの群れだ。

 改めて視界に納めたその全容に、響は子供の頃に大きな石を裏返したときのびっしりと張り付いていた虫の群れを彷彿としてしまう。

 思わず、首筋から頬にかけて産毛が逆立つような鳥肌を寒気と共に自覚する。

 その時、おもむろに両隣の二人がそれぞれの武器を身構えた。

 

「ラァッ!!」

「セイヤァッ!!」

 

 ―――LAST∞METEOR

 ―――蒼ノ一閃

 

 揃えられた裂帛と共に放たれる旋風と斬光。それらは巨大ノイズの一体へとまっすぐ突き進み、その途上にある飛行型ノイズの群れを割り進んでいく。

 が、そこまで。

 

「っ、やっぱ届かねぇか」

「相手に頭上を取られることが、こうも立ち回りにくいとは……!!」

 

 舌打ちする奏に歯噛みする翼。二人のの言葉通り、彼女たちの攻撃は巨体に掠らせることも出来ない。間合いが遠く、加えて放出した雑兵が肉の壁となって阻んでいるのだ。

 これでは仮に届いたとしても、痛打となる見込みは薄いだろう。

 無論、それを打開する策もあるにはあるのだが。

 

「アタシらのデカい技を重ねりゃ、何とかなるかもしれねぇが―――!!」

 

 奏のセリフが唐突に途切れる。その視線の先、薄雲のような飛行型ノイズの群れの一部が、槍の形へと変じたからだ。

 三人がそれぞれに飛び退くと同時、異形の集中豪雨が酸性雨などよりも端的かつ暴力的にアスファルトを穿っていく。

 辛くも避けた三人は、しかし地に足を付けても止まる余裕はなかった。それぞれが槍を/刀を/拳を身を翻しながら振り抜けば、待ち受けていたノイズを塵へと返していく。

 

「これじゃあ息を合わせるどころか、タメも出来やしねぇ!!」

 

 苛立ちをぶつけるようにさらにノイズを纏めて何体も薙ぎ払うも、すぐさまそれと変わらない数のノイズがそこかしこから這い寄ってくる。少しでも気を抜けば、そのまま取り囲まれてしまうだろう。

 街は既にノイズたちが我が物顔で跋扈する悍ましい百鬼夜行の舞台となっている。すでに自分たちこそが異物となり果てているようなこの状況では、孤立しないようにするだけでも神経を荒いやすりで櫛削られているかのようだった。

 ブドウのような形状のノイズを、背中の房を投げつけてくるよりも前に懐に踏み込んでぶち抜いた響が、徐に振り返って彼方へと視線を配る。

 その先にあるのは、高層ビル群の中においてなお高く聳え立つ『塔』だ。

 

「【東京スカイタワー】。やっぱりアレが目的なんでしょうか?」

「少なくとも、空を征くノイズたちはそこを目指しているのは確かだ」

 

 言いながら人型ノイズを切り捨て、新手が道を阻むよりも先に逆立ちからの脚部ウィングブレードによる回転切りで他の二人との道を繋ぐ翼。

 彼女の言うとおり、巨大ノイズの進行方向は【東京スカイタワー】と呼ばれる建造物で交わっていた。

 

 この【東京スカイタワー】とは、数年前に開業したばかりの最新の電波塔だ。その内部にいくつもの店舗も抱えたランドマークであると同時に、一般には知られていない側面も持っている。

 特異災害対策機動部二課を含む、政府非公開組織の電波情報を統括制御するといういわば国の裏の耳目とも呼べる存在である。

 その重要性、そして【カ・ディンギル】という言葉の示す意味を照らし合わせれば、なるほど符合しているようにも思える。

 

(―――って割にはどうにも首の後ろがチリチリしやがるんだよな)

 

 槍を奮いながら、奏は喉の奥で違和感を燻らせる。

 たしかに筋道が通っているように見えるのだが、同時にどうにもしっくりこないのだ。

 確証があるわけではないが、どうにも安直に過ぎている気がする。

 それはまるで、淀みなく解答欄の全てを埋めたのに何度見直してもどこかに間違いが存在する焦燥が拭いきれないかのよう。

 

 と、それ以上の思案を妨げるように更なる追撃が四方八方より降りかかる。人型飛行型潰れた球体ウミウシからブドウもどき……一つ一つは火の粉だとしても、これほどの量は既に猛火に炙られているのと変わらない。

 

「キリがねぇ……!!」

「なら、私が乗ってきたヘリを使って―――!!」

 

 焦燥を吐き捨てる奏に、思いついたように声を張るのは響だ。なるほど、彼女がここにやってきたのと同じように、上空まで運んでもらうことができるのならば解決できる問題かもしれない。

 しかし、そんなものは愚策であると嘲笑うかのように腹に響くような爆音が上から轟いてくる。

 

「っ!? そんな……!!」

 

 息を飲み、表情を悲痛に歪める響。彼女が見上げる前で、件のヘリが炎を吹きながら爆散した。

 成程、ノイズが人を襲う習性を持っているならば、同じく空にいるヘリを襲うのは至極当然の帰結だ。………その証拠に、乗っていたはずのパイロットが脱出している様子はなかった。

 

「よくも……っっ!!」

 

 翼が激情を鋭い太刀筋へと変えて更にノイズを斬り払っていくが、状況に置きな変化は訪れない。

 ノイズは減らないどころか増え続け、巨大ノイズは空を悠々と進み続けている。

 その全てを、三人に阻む術は存在していない。

 

 と、奏が我慢の限界といった風に奥歯を噛み鳴らした。

 

「………つぅーか若大将はどうしたんだよ!? こんな時こそ剣を弓でズドンと一発ブチかます場面だろうが!!」

 

 そのセリフはまさしくその通りだ。射程と火力の両面に於いて、士郎の存在がこれほどまでに合致する状況もそうそうあるまい。

 しかし、それに答えたのは第三者からの通信だ。

 

『―――すまんが、士郎はそちらには行けん』

「っ!? ………どういうことだよ、弦十郎の旦那?」

 

 瞬きの驚愕を挟み、奏の意識は波が引くように静まった。だがその内心は、むしろ大津波の前兆を目の当たりにしたものに近い。

 横目で見れば、翼のみならず付き合いの未だ短い響でさえも表情を強張らせている。

 その反応も、衛宮 士郎という人間を知る者ならばむべなるかな。

 あの他者の危機を看過するという選択肢そのものが欠落しているような人間が、このような鉄火場に出動しないというのだ。これほどの異常事態もそうはあるまい。

 

「何を隠して……いや、何が起きてるんだ!?」

『………今は言えん。まずはそちらの状況を何とかしてからだ』

 

 乾いた藁の束に落とした火の粉が、瞬く間に燃え盛っていくかのように、奏の中の危機感が指数関数的に増大していく。

 それに対して重く歯切れの悪い弦十郎の言葉に、奏は寸でのところで舌打ちを胸の内に圧し留めた。

 

(確かに避難は終わってるとはいえ、こんな状況を見過ごす?

 ―――いや、逆に考えろ。この状況よりも優先するっていうことは、それは………!!?)

 

 答えに至りかけたその寸前、その思考を断ち切るように『だが!』という強い声音が鼓膜を揺るがす。

 

『すでに手は打ってある!! もうすぐ―――』

 

 

 

「オイ」

 

 

 

 通信を遮る声は、酷く不満げで、続く爆音の連打がその全てを掻き消した。

 空と前方、その両方に広がる多様異形のノイズの幕を、こそぎ取るようにごっそりと削った爆炎の繚乱に、三人の戦姫の視線がたまさか釘付けになる。

 瞬時に我に返り、振り向いたその先にいたのは案の定、

 

「―――人をまるで代わりみたいな言い草してんじゃねぇよ」

 

 展開したサイドスカートの中身を空にして、不機嫌そうに口元を歪めて立っているもう一人の戦姫。

 赤い装甲と銀髪の少女。

 第二号聖遺物適合者。

 魔弓・イチイバルの装者。

 雪音 クリスがそこにいた。

 

 

 

***

 

 

 

「クリスちゃん!!」

 

 表情を輝かせて微笑む響に、クリスは聞こえよがしに舌打ちをかますが、当の彼女はそんな反応など一切気にせず笑顔を向けている。

 これまでならばそれだけで踵を返したくなっているだろうが、しかし今は鼻を鳴らすだけでとどまっている。

 

「言っとくが、勘違いすんじゃねぇぞ。アタシを助っ人だなんて思うんじゃ―――」

『頼もしい助っ人だ! 少しばかり、到着が遅くなったかもしれないがな』

 

 言われる前に否定しようとした言葉を、言い切る前に肯定されて思わず言葉を詰まらせる。

 目の前でバカが一人表情を輝かせるが、正直なところ言い返そうにも否定できないのが腹立たしい。

 

 フィーネの館で惨状を目の当たりにした直後。

 あとから続くようにやってきたのは、部下の黒服たちを引き連れた弦十郎と士郎だった。

 彼らは眼前に広がる光景を創り出したのが自分であるとは最初から考えてもいない様子で――或いは、別のところで確信を抱いていたのか――、自分に対して彼女たちの手伝いをしてほしいと頼まれたのだ。

 無視するには借りが多きすぎたというのもあるが……いざこうして罷り越してみれば助っ人と呼ばれても反論の余地がない。

 だがしかし。

 

「……言っておくが、アタシはアタシで勝手にやらせてもらう。邪魔だけはすんなよ」

「えぇ!? そんなクリスちゃん!!」

『「ホントにひねてんなぁ、お前」』

「うっせぇ!! サラウンドで呆れてんじゃねぇ!!」

 

 生声と通信の変則ステレオを披露する弦十郎と奏に怒鳴り返しながら、彼女は背を向ける。

 そうだ、真正面からかち合おうが同じ方向を向いていようが、何時だって自分は独りだ。

  それは今このときだって変わらないし、そもそも。

 

「ついこの間までドンパチかましてた相手と、そうそう都合よく仲良しこよしで肩なんて並べられるかよ」

 

 己の過ちをすでに自覚して、それを償う気概も覚悟も背負っている。

 だからこそ。

 自分や自分の大切な誰かを傷つけられたという事実を―――そう簡単に赦せるものか。

 人間がそんな簡単なものであってたまるかと、そう示すかのように駆け出そうとして―――

 

「―――そんなことない」

 

 ―――その手を強く、しかし優しく握りしめられて止められた。

 思わず立ち止まって振り返れば案の定、立花 響がクリスの右手を自らの両手で抱くように包み込んでいた。

 

 

 

***

 

 

 

「おまえ……」

「できるよ。誰とだって仲良くなれる」

 

 心の底からそう信じて、響は握った手を意識する。

 いつの日か、病院での会話を思い出す。

 アームドギアのない自分、武器を握れない手。

 最初はショックではあったけど、今この瞬間はとても誇らしい。

 なぜなら。

 

「何もこの手に握れないから、こうしてクリスちゃんやみんなや……誰かと手を握り合える。

 ―――仲良くなれるからね!」

「お前……」

 

 そう言って笑う響に、クリスは改めて強く戸惑う。

 会ったばかりの頃なら、反吐すら吐き捨てていただろう。だが、何度ぶつかっても、傷ついても、彼女は変わらずそれを通している。

 その事実に、彼女は瞠目を禁じ得なかった。

 と、その時だ。

 逆の手にも、温もりを感じた。

 

「なっ!?」

 

 驚き、振り向く。

 そこには、かつて自分が踏みにじり、血に沈めた相手が微笑みながら自分の手を握っていた。

 立花 響と同じように。携えていた刃を傍に突き立て、手放して。

 

「こ、このバカに当てられたのかよ!?」

「そうだと思う。……そして、きっとあなたも」

「~~~っ」

 

 反論しようにも、息ごと言葉が詰まってしまう。同時に、どうしようもなく顔に熱が集まっていくのが解かって、顔を背けようとしたところで背中に衝撃を感じた。

 それはなにかが覆いかぶさってくる感触で、背中には柔らかいなにかがムニムニと形を崩しているのが解かる。

 

「うぁ!?」

「なぁにやってんだよ、二人とも」

 

 耳元のすぐ傍で、息遣いごと耳朶を揺らす声に再び視線を巡らせる。

 するとすぐ傍にはついこの間に派手にぶつかった顔があって、

 

「両手取られちまったら、アタシはこうするしかないじゃんか」

 

 悪戯小僧じみた表情で抱き着きながら、頬ずりする奏。まさしく猫可愛がりといった様相をぶつけてくる相手に、今度こそクリスは声を荒げる。

 ………というかどうしてこんなに好感度高いんだオイ。

 

「どういう理屈だふざけんな!? アンタこそ、アタシと真正面からドンパチやっただろうが!?」

「そうさ。……んでもって、言っただろ?

 ―――『それでとりあえず。残りに関しては答え次第』ってな」

「っ、」

 

 かつて聞いた言葉に、再び押し黙るクリス。間近にある奏の顔は、屈託のない満面の笑みだ。

 他者からの敵意害意の類には人一倍敏感なクリスから見ても、そこにはこちらに対する隔意や蟠りの類は一欠けらも感じ取ることはできなかった。

 

「若大将と肩並べて、旦那が認めて送り出した……そうして今ここにいる。

 そら、ならもうアタシから言うことなんてないじゃねぇか」

「――――――ンだよ、それぇ」

 

 ついに、クリスは脱力するように息を吐いた。張り詰めたモノが解けていくのを感じて、その原因は彼女たちから感じたバカバカしさからくるものだろうと結論付ける。

 しかし。

 そのくせ、響と翼とに繋がれた両手は、確かに握り返していた。

 

 

 

 こうしてようやく。

 響が且つて誓ったとおりに。

 クリスが心の奥底で望んでいた通りに。

 怒りも憎しみも越えて、痛みではなく温もりと通じ合った心で以って。

 彼女たちはここに絆を繋ぎ、結ぶに至ることができたのだ。

 

 

 

 ―――その時。

 そんな彼女たちへと水を差すかのように、黒く巨大な影が帳を翳すかのように覆っていく。

 まさしく無粋の極みというべき異形の威容に、奏が不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 

「っとに、空気読まねぇの」

「………フン!」

「ぅおっと!?」

 

 それを隙と見てか、クリスは聞こえよがしとばかりの鼻息と共に身を振って奏を振り払う。

 バランスを崩して膝をついた奏が、恨みがましく見上げるのをよそにクリスは胸を張って凛とした眼差しを作る。

 

「アタシに考えがある。―――アタシでなきゃできないことだ」

 

 その言葉には、強い確信が込められていた。

 シンフォギアには、元となった聖遺物によってその能力にそれぞれの特性が強く表れる。

 イチイバルの特性は『長射程広域攻撃』―――顕現し、構築し、構成した多種多様な火器による変幻自在の射撃砲撃の網羅である。

 

「派手にぶっ放してやるよ」

「まさか、絶唱を?」

「ちげぇよ、バカ。アタシの命は安モンじゃねぇ」

 

 不安げな言葉を一蹴されて、響は鼻白む。

 ならばどうするのかと集まった視線に、クリスは更に笑みを獰猛に深くした。

 

「ギアの出力を引き上げつつも、放出を抑える。

 行き場の無くなったエネルギーを臨界まで溜め込み―――一気に解き放ってやる!」

 

 頭に絶対的と付けても過言ではないだろう自信と共に言い放たれたクリスの言葉。それにはっきりとした瞠目を返したのは、奏と翼だ。

 二人の練達したシンフォギア装者としての経験が、クリスの言葉が理に適ったものであり、同時にとてつもなく困難な御業であることを正確に察し取っていた。

 

 実際のところ、適合率さえ高めることができるのならば出力を上げること自体はそう難しくはない。その最たるものこそが絶唱だ。

 しかし絶唱がそうであるように、出力が高くなればそれに比例して肉体にかかる負荷も大きくなる。

 例えるなら、風船に水を注ぎ続けてそのまま破裂させて水をぶちまけるのが絶唱。

 クリスがやろうとしているのは、水を限界まで溜め込みながら、破裂させないままに内部の水を放出させるための蛇口を設けると言っているようなものなのだ。

 それがどれほどの難易度であるのかなど、計り知れるものではない。

 だが、しかし。

 

「―――やれるのね?」

「でなきゃ言ってねぇよ」

 

 確認に問いかける翼に、クリスの笑みは僅かたりとも陰らない。そしてその答えで、翼も奏も彼女への信頼に一片の曇りもなくなった。

 元より、彼女がそれだけの実力を有しているだろうことなど、直に刃を合わせた自分たちがよく知っているからだ。

 故に、肝心の問題は別にある。

 それは当然の理屈として、エネルギーのチャージ中はどうしようもなく無防備であるということ。

 文字通りに全方位を囲まれたこの状況では、我が身を好きに啄めと差し出すも同然な行いであるが―――

 

「はっ、それじゃあ後は簡単な話ってやつだな」

 

 奏が肩を竦めて笑って見せると、その意図を読み切れなかったクリスは怪訝な顔つきになった。

 すると、今度は響が満面の笑みを浮かべながら、包拳をするように拳を打ち鳴らす。

 

「はい! 準備ができるまで、私たちがクリスちゃんを守れば良いってことですね!」

「そういうこと」

「っ、お前ら……」

 

 そうして、一切の迷いなく二人は前へと踏み出した。

 そんな二人を、二の句が継げられなくなって見送るクリス。そんな彼女の肩に、ポンと手が載せられた。振り返ると、翼もまた同じような笑みを浮かべ、小さく頷いて二人に続いていった。

 もはやこちらを振り向きもせずに、戦場へと飛び立っていく彼女たちは、その背で以ってクリスへの信頼を語っていた。

 それを見て、そのクリス当人は数瞬だけ呆気に取られてから、小さく笑って肩を竦めた。

 

「―――ったく、こっちはなんも言っちゃいねぇってのに。頼まれてもいないことを……」

 

 大体にして、自分がそれを本当にやるなんて保証、どこにもないはずなのだ。

 所詮は口約束の域を出ず、次の瞬間にはこの場を離れて姿をくらませても騙される方がバカなのだと、笑われても仕方がない。

 或いは、ネフシュタンを纏っていた時分であったならば実際にそれを口に出して嘲笑っていたかもしれない。

 だが、アイツらときたらそんな考えなど寸毛たりとも持っていないかのように、こちらにその信の全てを預けたのだ。

 

(ホント、マジであのバカに当てられすぎだろ)

 

 脳裏に浮かぶ、響の姿。

 初めて会ったときから今日にいたるまで、何度も何度も話し合おう戦うのはやめよう解かり合えると訴え続けてきたバカ女。

 けれど。

 貫き通したその言葉が無ければ―――きっと、ここには辿り着けなかった。

 自分は彼女たちのいずれか……或いは全員を叩き潰して、自分もフィーネに利用価値がなくなるまで使われて捨てられていた。

 故に真実、今この瞬間を創り出したのは、ただのド素人でしかなかったはずのあのバカなのだ。

 

 

 

 ―――嗚呼。だから、きっと。

 

「―――アタシも引き下がれないじゃねぇか……!」

 

 こんな風に、腹を決めた自分自身が一番あのバカに当てられたんだろう。

 

 

 

***

 

 

 

「――――――」

 

 そうして。

 赤い装甲を纏った少女から、朗々と旋律が紡がれる。

 異形の蔓延る無人のビル街に響き渡るのは、それまで彼女が轟かせていた鉄風雷火の対消滅を願う、怒りと憎悪の歌ではない。

 

「こいつは……」

 

 耳朶をゆすぶる歌に、思わず奏が感嘆と唸る。

 それは新たに触れたモノに対し、戸惑いと共に変わっていく己を自覚していく、変革の嘔。

 こちらに触れてくる温もりに、打ちのめされていた心が癒され光と力に満ちていく―――その変遷の象徴だ。

 

 

 

 それを聞きながら、響は己の在り方に確信を得る。

 

(誰も、繋ぎ繋がれる手を持っている)

 

 それは時として、届かなかったり、届くのに延ばすことができないときがある。

 事情はきっと人それぞれで、自分なんかじゃどうしようもなかったりするのかもしれない。

 だとしても。

 そんな誰かと繋ぐための手を延ばすことを、諦めることはしたくない。

 そうだ、だから。

 

(私の戦いは―――誰かと手を繋ぐこと!!)

 

 

 

 辿り着いたこの帰結に、翼は刃を振るいながら思わず口の端に笑みが浮かぶ。

 

(砕いて壊すも、束ねて繋ぐも力……)

 

 自分たちがこれまで振るってきたのは、紛れもなく前者だ。

 それについて引け目も負い目もありはしない。誰そ彼をさきもらんとした研鑽と闘争は、自分にとっての誇りに他ならない。

 だが、それだけではこの結果に結びつくことはなかっただろう。

 愚直なほど真っ直ぐに。

 頑迷なほどにひたむきに。

 その手を繋がんと、ただただ延ばし続けたことが、この形に結実した。

 打ち叩くばかりでなく、繋いで紡ぐ力。

 ああ、それはなんて。

 

(立花らしい力だ―――!)

 

 

 

 今この瞬間を想って、奏は改めて痛感する。

 

(ホントに。大したヤツだよ、アタシらの後輩は)

 

 かつて、大舞台の直前に語らった言葉を思い出す。

 その時の言葉通りに、彼女は確かに自分では届かなかっただろう結果を削手に掴み取って見せたのだ。

 それを成し遂げられるだろうという確信は既に抱いていたが、だからこそその実現が感慨深い。

 

 誰かと手を繋ぐために、手を延ばす。

 そんな響の信念は、裏を返せばそれだけ相手のことを信じているということでもある。

 自分にとっての翼のような特別な相手ならばいざ知らず、ほぼほぼ他人でしかない……それどころか敵対していた相手に対して、ここまで貫き通せてきたそれは信念としても凄まじい。

 或いは。

 立花 響という人間の一番の強さとは、そういうところなのかもしれない。

 

(………だからこそ、そんな響がアンタの目には眩しいのかな。若大将)

 

 

 

 そして。

 彼女たちは新たな絆を感じながら、それを寿ぐような歌と力の高まりを感じ取り。

 勝ち取るべき未来を、歌い手へと―――

 

「「「託した!!!」」」

 

 ―――ならば、もう迷わない。

 叶えるべき夢と、全霊の想いをここに―――

 

「―――ぶっ放せぇ!!!」

 

 瞬間、湛えるように纏っていた燐光が弾け、全身の装甲が展開する。

 もはや代名詞ともいえる両腕のガトリングにサイドスカートから延びる多弾頭ミサイルランチャー。

 しかしてそれ以上に目を引くのは、燕尾のようなリアスカートが変形/変貌した巨大な兵装だ。

 折りたたまれながら増殖するかのように質量を増やした黒い装甲は、彼女の細い方と合致して更に左右へと広がっていく。

 それと同時に、地に伸びていくのは銃座のような鉄脚だ。食い込ませるかのようにコンクリートを噛んで踏みしめるそれは、巨大になっていく彼女のシルエットを危うげなく支えている。

 それらを以って土台とするのは長大な四つの弾頭。

 かつての奏との激突で放たれたものよりもなお長く洗練された形状のそれらは、連なりながらそれだけで天を衝かんとばかりに顕現している。

 

 そして。

 彼女の言葉通りに、そのすべてが一斉に解き放たれる。

 それはまるで、自身の門出を盛大に祝うオーケストラのようで―――

 

 

 

 ―――その結果は言うに及ばず。

 雪音クリスはその大言を見事に成し遂げ、黒い細雪を齎しながら一点の曇りもない蒼穹を取り戻して見せた。

 

 

 

***

 

 

 

「やったやった! やったよクリスちゃーん!

 勝てたのはクリスちゃんのおかげだよ!!」

「っちょ、やめろバカ! なにすんだ……えぇい、鬱陶しい!!」

 

 ギアを解除したクリスは、合流するなり喜色満面で抱き着いてきた響に狼狽しながらも苛立ち紛れに引き剥がした。

 その上で、クリスは改めてビシリとその鼻先に指を突き出した。

 

「もう一度言うけどなぁ、アタシはまだ仲間になったわけじゃねぇぞ!!

 アタシはフィーネと決着をつけて、やっと見つけたアタシの本当の夢を果たしたいだけだ!!」

(―――まだって言ったわね、今)

 

 その言い回しに、同じく合流していた翼が小さく笑みを含ませる。

 彼女は知らないが士郎と共闘した時の別れ際にも同じようなことを言っており、それを鑑みれば本当にひねているというか素直ではないというか、どちらにせよ微笑ましくも難儀な性格である。

 一方で、響は一層その瞳を輝かせる。

 

「夢? クリスちゃんの? ……どんな夢? 聞かせてよ~!」

「うぉわっ!? う、うるさいバカ!! お前本当のバカ!!」

 

 べったりといった感じで引っ付いてくる響と、そんな彼女を眉を立てながら引き剥がすクリス。

 やいのやいのぎゃあぎゃあと翼は眺めているだけで加わっていないというのに姦しいやり取りは、しかしかつてのような剣呑とした空気は微塵もない。

 じゃれ合いと言うべきそれは、和気藹々と評しても間違いはないだろう。もっとも、クリスが聞いたならば全力で否定してきそうではあるが。

 と、そこへ最後の一人が現れる。

 同じくギアを解除した、奏だ。

 

「ハハ、さっそく仲良さそうでなによりだな」

「誰がだ!?」

 

 響の右頬をムニムニと押し潰すように彼女を片手で制しながら、クリスはそう言って振り返った。

 同時に、残ったもう片方の手で身構える様はカンフーを見様見真似で演じているかのような滑稽さになっていたが、それもむべなるかな。

 なにせほんの少し前に響以上にべったりくっついてきた張本人だ。この状況で挟み撃ちとか彼女からすれば想像するだけでもある意味で地獄めいていた。

 しかし、想像に反して奏は三人を睥睨するかのように立ち止まる。

 

「ま、アタシも新しい後輩で遊びたいところだけど、それは置いといて」

「だから仲間扱い……ちょっと待て、『で』ってなんだ『で』って!?」

「置いといて」

 

 言い回しの中に聞き捨てならないものが含まれていたクリスが噛みつくが、奏は瞑目を挟んでその眼差しを真剣なものへと改める。

 それに見竦められて、クリスも響も、そして翼も自ずと佇まいを改めていた。

 

「気ぃ抜くのはもうちょっと後にしてくれ。―――多分、本番はこっからだ」

「こっからって、何を……」

「若大将」

 

 言うなり、クリスと翼が気付いたように表情を引き締める。響はというと、察しきれてはいないのか、戸惑ったような表情を浮かべている。

 奏は構わず、さらに続ける。

 

「あの人がここに来なかった。―――ならそいつは、ここよりももっとヤバい場所があるってことじゃないのか?」

「っっ!? そんな……あ!」

 

 強い驚愕を受けたその直後、響の端末が強い自己主張を始める。

 ―――何故だかそれが、誰かの悲鳴のようにも聞こえてしまって。

 彼女は強い胸騒ぎを覚えながらも、それをすぐさま取り出した。

 

「はい、響です」

『響!?』

 

 繋げるなり、聞こえてきたのは親友の声―――だけではない。

 

『え、ビッキー!?』

『立花さんと繋がってるんですか、これ!?』

『ちょ、あの子までアニメみたいなことになってるの!?』

 

 ドミノ倒しのように鼓膜を震わせ続けるのは、聞き慣れた……しかし今聞こえるはずのない声たち。

 安藤 創世、寺島 詩織、板場 弓美。

 二課とは関わりのないはずの……ともすれば、未来以上に自分にとっての日常の象徴ともいえる友人たち。

 そんな彼女たちの存在がそこにある事に、どうしようもない動揺が響の胸中に広がり、

 

「響っ、大変なの!! リディアンがノイズに襲われ―――」

 

 言葉半ばでプツリ、と途切れた通信で、頭の中が真っ白に染まる。

 

「………………………………………………………………………………………………………………………、未来?」

 

 あまりにも切迫した、親友の声音。そして見えざる手で繋がりを無理やりに引き千切ったかのような、唐突な断絶。

 その二つがあまりにも不吉で、だからこそ響は無意識に己の心身を護るかのように動きと思考を静止させ、

 

「響!」

「―――ッッ」

 

 強い言葉と、叩かれた肩の衝撃が無理矢理の再起動を促した。

 反射的に振り向けば、そこには険しい表情を浮かべた奏の顔が間近にあった。

 

「行くぞ。急げ!!」

「………はい!!」

 

 短く、強い言葉。それは響を余計な思考に囚われる前に動かすためか……或いは、彼女自身の抑えきれぬ焦燥故か。

 対する響の返事は確たるもので、瞳にも強い光が戻っている。

 そうして駆け出す二人に、翼とクリスも同じく続いていく。

 

(未来……みんな………!!)

 

 その最中で、響は叫び出したいほどの衝動と泣き出してしまいたいほどの不安を胸の内で留めながら、脳裏で大切な者たちの顔を思い浮かべる。

 

(衛宮さん……)

 

 その中で、肩を並べしかしここにはいない一人の青年へと祈りと願いを捧げずにはいられなかった。

 

(お願い……お願いです……みんなを、どうか守ってください!!)

 

 

 

***

 

 

 

 ―――時は少し遡り、クリスが響たちに合流する少し前。

 リディアン音楽院高等科。

 うら若き少女たちが明日への希望と未来に羽ばたく夢を胸に、勉学と研鑽と青春とを日常の中で積み重ねるその場所。

 しかしそこは今、少女たちの代わりに異形が闊歩し、歌声の代わりに怒号と悲鳴が響き、楽器の音色の代わりに爆火と破砕が轟き、日常の代わりに骸が灰となって積まれながら散りゆく―――修羅道の具現となり果てていた。

 

 

 

「撃てぇ!! 撃て撃て撃てぇえええ!!! 弾幕を途切れさせるなぁっっ!!!」

 

 暗緑色の迷彩服に各種装備を装着した特異災害対策機動部一課の小隊長が、泡と共に檄を飛ばす。彼自身が率先するように突撃銃から弾丸をばら撒けば、部下たちがそれに続くことで弾丸が目視困難な槍衾となって目標に襲い掛かる。

 通常ならば、その中の一発ですらまともに当たれば人の四肢を千切り飛ばし、腹も胸も挽肉にしながらドーナッツのような穴を穿つほど。それが文字通りの弾雨となれば、余程に堅固で巨大な物体でもない限りは秒で数える程度の時間で原形を完全に失っているだろう。

 だが、ノイズには文字通り蚊が刺したほどの痛痒すらない。

 

 位相差障壁……ノイズをノイズたらしめるもののひとつであるそれは、ノイズをまるで世界そのものからズラしているかのように、その存在を物理法則から切り離す。

 故に彼らに浴びせられる鋼のスコールは、まるで蜃気楼を撃ったかのようにすり抜けていく。

 

 ならば、この攻撃は無意味であるか。

 その答えは『否』だ。

 突撃してくるためだろうか、徐々に迫ってきていたノイズが捩るかのようにその体を変形させ始めたその瞬間。

 

「怯むなぁッッ!!!」

 

 殊更に強い激と共に放たれた乱射が、ノイズのユーモラスな体をしとどに叩いた。

 それを皮切りに、弾雨が今度こそ確かに異形たちを穿ち、崩し、屠り去っていく。

 

 確かに、位相差障壁は(士郎の投影を除けば)シンフォギア以外の存在では絶対に干渉することのできない究極の鎧だ。

 しかしそれは向こうから接触してくることも出来ないということであり、必然としてこちらに攻撃を仕掛けてくるときはそれを脱ぎ捨てなければならないということだ。

 故に、通常攻撃でノイズを降す方法は位相差障壁を解除した瞬間に攻撃を叩き込むという力技しかない。

 もっともそのためにはノイズがこちらに攻撃してくるギリギリのタイミングを見計らって攻撃するか、もしくは今回のように持続的な飽和攻撃を浴びせかけるかのどちらかでしかないため、周囲の被害も甚大になるのだが。

 兎に角、先の小隊長のように傍から見れば徒労ともいえる攻撃の指示も、実際にはノイズ相手には比較的有効とされている手段ではある。

 

 なにはともあれ、彼らはまさしく死中に活で以って勝利と生存を手に入れた。その事実に隊員たちのみならず小隊長までも頬を綻ばせる。

 

「よしっ! これ、で―――」

 

 そのとき。

 ヒュッッ―――ゴッッッ!!!、と。

 小隊長のすぐ傍で突撃銃を構えていた隊員は、唐突に途切れた上官の言葉に重なるように、鋭い風切り音と鈍い破砕音、それに足裏を通して骨身に響く地響きを感じ取っていた。

 

「………、は?」

 

 思わず、呆けた顔で振り向く。

 命がけの実戦の最中、そんな表情を浮かべることも、そんな行動を不用意に取ることも本来なら激しい 咤などではすまされない。

 だがあるはずの上官の叱責は訪れず、そもそも彼の口から続くはずの言葉が何だったのかも、既ににわからない。

 

 なぜなら。

 振り向いた先にあったのは、見慣れた上官の姿ではなく、黒い灰の山だったからだ。

 

「…………」

 

 唐突すぎて、なにも解らなかった。

 だから、彼が視線を上に向けたのは、とくに理由のあった行動ではなく、反射的なものでしかない。

 他の隊員たちもつられるように視線を上空へと傾けて―――皆一様に、絶望を直視した。

 

「………あ」

 

 それは、まるで回遊する巨大なエイのよう。

 或いは、黄昏時に羽を休めるために巨大な木や電線に群がっていくカラスや雀の大群か。

 数えきれないほどに大量の飛行型ノイズが、死肉を啄みに来るスカベンジャーのように円を描いて自分たちに死を告げていた。

 

「あ、」

 

 銃口を向ける、という考えさえ浮かばなかった。そも一瞬前の掃射ですでにこの場の全員の弾薬はほぼほぼ尽きている。

 目先の脅威を払った直後で、しかも上官を失ったことで命令系統が喪失してしまったというのも大きいだろう。

 

「あ、あぁっ」

 

 そして、ノイズは彼らの心が決定的に折れてしまうことすら待ちはしない。

 回遊していたそれらは、まるでこよりを作るように自らを丸め、槍と尖らせていく。

 

「あああ、あああああっっ、あぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!?」

 

 次の瞬間、雨霰と降り注ぐだろう槍の群れを目の当たりにして、誰ともなく絶叫が迸る。

 そして―――

 

 

 

 ―――刹那。

 その全てが撃ち落とされた。

 

 

 

「――――は、え?」

 

 槍の代わりに、顔にかかる灰の粒に顔と迷彩服を汚しながら、再び呆ける隊員たち。文字通り目前に迫っていた死は、悉くが灰燼に帰して風に流されている。

 あまりにも唐突に過ぎる現実に、今度こそどうしようもなく彼らの思考は停止した。

 結局、彼らは数秒後に増援としてきた別の部隊の人員に背を叩かれるまで、ただただ唖然と立ち尽くしていた。

 

 

 

「―――………」

 

 その始終を、赤い弓兵は遥か高くから睥睨していた。

 立っているのは、リディアンの校舎屋上テラスの更に上。通常ならば辿り着くための経路も存在しない天辺で、衛宮 士郎は赤い外套を棚引かせていた。

 

 鷹の如きその眼差しは、一つの命が塵と散ったことにも、その周りの命を救えたことにも一切の揺らぎはない。

 そも、この作戦が始まった当初から零れ落ちてしまう者が出てくることは解りきっていた。

 弓の射程は十分に過ぎるが、同時に展開される戦闘の数が多すぎる。

 矢は十全に敵を射抜けるが、その数が多すぎる。

 そして網羅するには、この場所には死角がありすぎた。

 故に、彼は無心でやるべきを為していた。

 黒い弓に矢を番い、射る―――それをただ繰り返し、この地獄のような戦局に介入し続ける。

 救えなかった命への慙愧と弔い、救えた命に対する安堵と歓喜―――そんな贅沢は、あとでいい。

 

 士郎は純度の高いガラスのように透徹とした精神を、鋼を纏うかの如く頑健なものへと変状させている。

 或いはそれこそ―――ある種の守護者の境地のように。

 それは彼にとってはすでに慣れきった在り様であり……しかし、幾久しく意識していなかった心境だ。

 この世界に来てからここまでの大規模な戦線が無かったというのもあるが、かつての世界ではむしろ常として持ち続けていたものだ。

 それが意味するところは、つまり―――

 

『―――聞こえるか!? 応答願う!!』

 

 僅かに波立つような思考のノイズを遮るように、耳元で激しくも聞き慣れない声が響く。

 通信先は眼下で戦いを繰り広げる一課の司令官だ。士郎は現在、この戦場に参加する者として一時的に彼らの指揮系統に組み込まれていた。

 もっとも、その特異性からほぼ独立した戦力として投入されていたが。

 

「聞こえている。何かあったのか?」

 

 形式的な前置きも抜かれ声音は、それこそ刃を押し付けられているかのように切迫している。

 只ならぬその様子に、士郎は意識を殊更に鋭くして端的に先を促した。

 そして。

 

『校舎内にノイズが侵入した!

 ―――避難の遅れた生徒が何名か追われているらしい!!』

 

 返ってきた言葉に、士郎の行動は刹那ほどの逡巡も挟まなかった。

 数十メートルは優に超えるだろう建物の屋上から、彼は即座に飛び降りていた。

 

 

 

***

 

 

 

「あ……あぁ……」

 

 未来は驚愕と恐怖に言葉を失っていた。

 代わりというかのように、彼女がその腕に抱えているペット用のキャリーバッグから「シャァアアアッッ!!」と蛇蝎の如き激しい唸り声が迸っている。リディアンでの戦闘の直前、士郎から預けられた白猫だ。

 未来の揺れる眼と、白猫の威嚇の矛先。それは当然のように同じものに向けられている。

 ―――ノイズから逃れるため、滑り込んだ二課本部に直結する高速エレベーター。

 既に地下数十メートルにまで到達していただろうそれの天井を、まるで障子紙を破るかのように破壊する形で無理矢理に乗り込んできた、闖入者に。

 

「―――カディンギルの正体、よもや悟られるとはな。なにが切っ掛けだ?」

 

 闖入者の口から紡がれるのは、艶めいていながら酷く平坦で冷徹な声だ。

 それは向けている相手に対しての真実に迫ったことに対する警戒心のようでも、どのような目に合わせることも一切の戸惑いのない残忍さのようでもあった。

 

 鋭い眼差しと共にその言葉を投げかけられたのは、『好青年』という言葉が誰よりも似合いそうなスーツ姿の人物……慎次だ。

 端正に整いながら初見で警戒心を抱かせない柔和な顔が、今は苦悶に歪み切っている。闖入者の手によって喉を握りしめられながら持ち上げられているからだ。

 その長身はエレベーターの扉に押し付けられながら、辛うじて爪先が触れる程度にまで持ち上げられている。しかも、片腕でだ。

 

 未来の耳に、ギチギチと骨肉が生々しく軋む音が届く。窒息や血流の阻害を通り越して、首そのものが潰れかねないほどの握力が慎次を襲っているのだ。

 ともすれば既に意識を失ってもおかしくはないだろう状態で、しかし彼は喘鳴しながらも瞳に力を宿して睨み返す。

 

「……っ、塔なんて目立つものを、誰にも気づかれないまま築くには、塔だと思われない形で作るしかありません。

 ならそれは上ではなく下……つまり、地下へと伸ばすことこそが唯一の手段」

 

 そしてその条件にもっとも該当する存在が、自分たちの身近に存在した。同時に、それを可能とする人物もまた

 それこそが。

 

「特異災害対策機動部二課本部、そのエレベーターシャフトこそが貴女の作り上げた塔……【カ・ディンギル】!

 そうでしょう、フィーネ? いや―――」

 

 その闖入者が、何者であるか。

 未来は知っていた。

 見慣れない金色の鎧で、艶やかな肢体を疎らに覆っていても。

 栗色だった長髪が、染めたのでは出せないような眩い金色に変貌していても。

 浮かぶ表情が、脊椎そのものを凍らせるかのように酷薄なものであっても。

 その人物は。

 フィーネと呼ばれた、その女は。

 紛れもなく―――

 

 

 

「………了子、さん?」

 

 

 

 これまで幾度となく自分と、親友と、先輩と、師と、笑いあっていたはずの大切な仲間だった。

 

 と、フィーネ/了子の口元がクッと持ち上がる。

 慎次と未来、両者の言葉の全てが正鵠を射ていたことが、さも愉快であると言わんばかりに。

 

「漏洩した情報を逆手に、上手くいなせたと思ったのだが………」

 

 言いながら、ぬるりと彼女は未来へと振り返る。

 

「なかなか、上手くいかないものねぇ。

 どう思う、未来ちゃん?」

 

 冗談めかした、常のような声音に。

 しかし未来は、まるで自分を丸呑みできてしまうような大蛇を前にしたかのような戦慄ばかりを味わっていた。

 

 

 

 

 

 







 短めにして更新速度を上げようと思ってたら、いつも以上に間が開いてしまった件……(汗
 皆様、大変お待たせいたしました。
 ……なんか最近、本当に文章書けなくなってきてる感が……まともに小説読んでなかったからかな?
 とりあえず、ようやく積んでて未読だった小説をちょっとずつ消費してきてます。

 それはさておき、振り返り。
 前半部はほぼ原作通り。
 ただ、奏がいることでちょっと変更がある程度ですかね?
 響への通信のところで三人娘がいる理由については次回以降で。

 後半部はリディアン攻防戦。
 最初士郎はもっと感情的に反応してもらおうかとも考えていたのですが、よくよく考えたらそういうのを抑えて冷徹に戦う方がらしいかなと。
 ……その上で、他者の命を優先的かつ戸惑いなく救いに行けるあたりも含めて。

 あと、場面を挿入するタイミングが無くて地の文だけで触れてますが、この戦いが始まる直前に士郎は未来と会って猫を預けてます。
 ぶっちゃけ、後半部の切り方はリディアン攻防戦始まる直前のこのやり取りできるか迷っていたのですが、クライマックスに向かっているのも考慮してサクサクと薦めていく方向にしました。
 ……これで進捗が早くなるかというと、そうではないっぽいのが申し訳なく……

 ともあれ、次回はOTONAも活躍するので、ご期待ください!
 なるべく早く作り上げたいです!(いつもの願望



 さて、こっからは雑談。
 XDUはキラメイジャーとレビュースタァライトとコラボしてましたが……
 正直、シナリオは大体早送りしちゃってました。
 後者は全然知らないやつだし、前者は戦隊もの自体は嫌いじゃないけどやっぱりまともに見たことない作品なので……
 しかし、コレでそろそろ仮面ライダーとコラボしそうですね。
 ライダーでコラボするとなると、前も語りましたが作品に縛られない形で昭和ライダー全般、平成だと現行でやってる奴か、設定的にねじ込めそうな形で電王かディケイドあたりでしょうか?
 或いは、アニメ化・リビルドで風都探偵(W)とかブラックもあり得ますかね?

 ライダー以外でコラボしそうなやつだと
・このすば
・リゼロ
・ダンまち
・牙狼
・ダイの大冒険
 ……このあたりですかね?
 まあ、リゼロとダンまちは全然知らないのですが。



 で、FGO。
 新規獲得鯖は、
・ラーマ
・鬼一法眼
・ロムレス=クィリヌス
・メドゥーサ(ランサー)
・ヘラクレス
・サリエリ
・ジナコ
・ステンノ
・アルジュナ
・シトナイ
・アルテラサンタ

 祝! 初星5の槍サバ!
 しかも黄金聖闘士のロムレス!!
 ピックアップの時、呼符だけやっとくかでやったら出てきてくれました。
 なまらうれしい。
 あと、クラス別ピックアップガチャはネ申、よくわかんだね。(確信)
 ヘラクレスも星5のアルターエゴも欲しかったので重ねて嬉しいです!!
 これで星5でいないのはアベンジャー、stay night勢(鯖限定)でいないのはギル、前衛分揃えられないのはルーラーって感じですね。
 フォーリナーは配布の謎のアイドルで揃うので。

 育成も、新規分は全員最終再臨まで行ってたり。
 あとは虚無期間使って今まで手付かずだった分を強化クエあるのを優先でいくつか育ててました。デオンとか黒髭とか。

 そう言えば、追加の強化クエですが、自分は星1アサシンはてっきりシャルロットだと思ってました。
 まさかNOUMINに追加とは……


 と、今回はこの辺で。
 ちょっとずつ勘を取り戻している最中なので、拙い内容ばかりとなっていますが、できれば最後まで見捨てず付き合っていただけたら幸いです。
 では、また次回にて!
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