特異災害対策機動部二課本部内……その歩きなれた内部を、ようやく馴染んできたネフシュタンの鎧を纏って闊歩する。
ほどなくして辿り着いたのは、最重要機密区画に通じる隔壁だ。
その先には、鎧と同じ完全聖遺物であるデュランダルが納められている。それを手にすれば、もはや打ち立てた計画は九割がた成就したも同然である。
古い映画などでは潜水艦の機密扉をそのまま巨大化したような銀行の大金庫の扉なんてものをたまに見るが、目の前にあるそれはそんなものよりも遥かに堅牢なだ。それを前に、フィーネは当たり前のように自身の端末を取り出した。
さすがに、これを無理矢理に押し通るのは骨である。煩わしい邪魔者も湧いて出てくるだろうし、省ける手間は省いてしかるべきだ。
そんなことを考えたからだろうか。
端末を認証させるよりも先に、背後からの銃撃がそれを粉砕した。
「……、」
齧ったクラッカーのように丸く欠けた端末の残骸を一瞥し、床に放り捨てながら振り返る。
『噂をすれば影』とはこのことか。そこにいた人物たちに、フィーネは呆れを多く含ませて鼻を鳴らす。
慎次と未来だ。
「それなりに痛めつけてやったというのに、見上げた忠心だ。……まさに国家の狗というやつだな」
その言葉が示す通り、慎次の風体はひどい有様だった。
いつもならばどれほどに動き回ったとしても、一分の隙も無く糊を利かせたかのように着こなしていた彼のスーツは、今は所々が裂け、よく見れば血を滲ませている。
……なんてことはない、ついさっき彼女が躾けてやってできたモノだ。
それでもなお牙を剥いてくるというのだから、利口な忠犬だと褒めるべきか暗愚な駄犬と罵るべきか。
そんなことを考えるフィーネをよそに、慎次は拳銃を放り投げて身構える。
こんな豆鉄砲など、何の意味もないということは先ほどの攻防で文字通り骨身にしみて理解させられたからだ。
いや、そもそも自分が全霊で挑んだところで、彼女を止められるかどうかは怪しい。
―――それが、どうした。
「貴女をデュランダルの下には行かせない。―――この生命に代えても!!」
宣言の通り。
命そのものを燃やした炎を瞳に宿して、慎次はまっすぐ相手を見据えた。
それに対し、フィーネはそれがどんな娯楽よりも愉快であると言わんばかりに肩を揺らし、堪えきれないように笑みを零した。
と、その視線がツゥと横に滑る。その瞳が捕らえたのは、彼の後ろに続いてきた未来の姿だ。
「っ」
向けられた、その眼差し。
それに宿る舐るような嗜虐の光に、未来は蛇にチロチロと嘗められたかのような怖気を感じ身を竦ませかける。しかし、負けじと言わんばかりに堪え、これを睨み返した。
その反応こそがフィーネにとっては面映ゆく、未熟でくすぐったい愛撫を受けたような心持ちになる。笑みに歪んでいたその表情に、更に愉悦が加えられていく。
「いじらしく、そして麗しいことだ。―――自分たちが騙され、利用されていたことも知らずに」
「え? なに、が……?」
「っ!? それは―――!」
明らかな動揺を見せる両者。
しかし、前者が純粋な戸惑いであるのに対し、後者はバツの悪い……否、明確な罪悪感を滲ませたものだった。
その落差を最高のスパイスとして味わいながら、喉奥で唸るようにフィーネは続ける。
「元より、リディアンは歌が聖遺物に与える歌や音楽の影響を調べるための巨大なフラスコ。お前も、立花 響も、他の有象無象の生徒たちも……全員、サンプリングデータという絹を吐き出すための蚕に過ぎん。
そういう意味では、『ツヴァイウィング』という偶像はとても役に立ってくれたよ。―――まさに、誘蛾灯というヤツだなぁ」
今度こそ、フィーネは堪らず呵々と高らかに笑い始める。
通路に反響する享笑は、まるでなにもかもを嘲弄する悪魔の喝采だ。
だが、それを。
「―――それが、どうしたっていうんですか」
少女の、迷いのない言葉が斬って捨てる。
その反応に、鼻白むように笑いを収めたフィーネが彼女を見据えれば、返ってきたのは言葉以上にまっすぐこちらを射抜く力強い眼差し。
「嘘をついても、本当のことが言えなくても……誰かの命を守るために、自分の命を危険にさらしてる人がいます!
それは、貴女も知っていたはずです!」
そう、未来は知っている。
誰かのために、刃を取って戦場に羽撃く人たちがいることを。
誰かのために、慣れない嘘や隠し事をしてでも助けるために手を伸ばす友のことを。
誰かのために、痛みや憎しみを引き受けようとする男のことを。
そして、そんな彼らを支える人たちのことを。
たとえその思惑が綺麗なものだけではなくて、そこに自分たちが巻き込まれているのだとしても。
それでも。
「私は、そんな人を―――そんな人たちを信じています!!」
故に、そんな揺さぶりには流されないと。
少女は毅然と言い放つ。
その姿は、それこそ彼女の親友を彷彿とさせるような強く眩しい姿だった。
「未来さん……」
その言葉に、慎次はどこか救われるような気持ちと共に感謝を抱いた。
本来なら、自分たちは蛇蝎のように嫌われ、恨まれてもいいのだ。
彼女も彼女の親友も、危険に巻き込んだ理由の根本は自分たちにあり、そして今巻き起こっている災厄もまさしく狙いはこちらにある。
全ての元凶は自分たちだと言っても否定しきることはできないし、どんな罵詈雑言にだって反論の余地を持たない。
その全てを抱えて地獄に落ちる覚悟は当の昔にしていたが、だからこそ無上の信頼を寄せられたことが想定外に胸を突く。
「………ありがとうございます」
思わず漏れ出た礼の言葉は、すぐ近くにいる未来にも聞こえないだろう小さな呟きだった。
一方で、フィーネの表情は一変していた。それは能面めいた無の表情。しかして滲み出ていることが明らかであるその怒りは、凍土の如き極寒のそれだ。
「―――まるで興が冷める」
あまりにも期待外れな反応。人間らしく、醜くも利己的で排他的な醜態を晒せば良いというのにこの始末。
映画館でのめり込んでいたクライマックスシーンに、他のバカな客が着信音を響かせてしまったら同じような気分になるのかもしれない。
愉悦に満ちていた彼女の胸中には、不快と嫌悪が溢れていた。
……それを手っ取り早く拭い去るにはどうすればいいのか、彼女は良く知っている。
フィーネの右手がおもむろに鎖のように連なった刃を持ち上げる。
装甲に覆われた掌を、チャリチャリと音を立てて滑る感触にこそばゆさを感じながら、瞳を細めて酷薄に笑う。
「その耳障りな囀り……首と胴を離せばもはや謡えまい?」
直後、刃を握った右手が振り上げられ。
「未来さん!」
素早く、慎次が盾になるように未来との間に立ちふさがる。
しかし宙を滑る蛇蝎のような赤い刃は、肉壁ごと切り裂かんと光線のように疾駆した。
そして―――。
***
―――はぁっ、はぁっ、はぁっ………
窓ガラスが所々砕け、その破片が廊下に散らばる様はまるで出来立ての廃墟のようだった。
あるいは、これから本当にそうなり果ててしまうのか。
そんな、変わり果てた姿を晒す校舎内を三人の少女たちが息を切らせて走っている。
創世、詩織、弓美の三人だ。彼女たちの額や首筋には、滝のように汗が流れている。もはや裾などの端々の服装の乱れなど、気に留める気持ちの余裕すらもなく手足を動かし続けていた。
「はぁ、ぁ……あっ!」
「っ、板場、さん!」
「だい、じょう……ぶ?」
と、弓美が足をもつれさせて膝をついてしまう。それに気づいた他の二人も足を止めて振り返るが、揃いも揃って息も絶え絶えと言った有様である。
とはいえ、彼女たちはここまでそれほど長い距離を走ったわけでも、殊更に体力に乏しいわけでもない。
にもかかわらず、ここまで満身創痍なのは、身体以上に心にこそ強い消耗を強いられていたからだ。
「……はっ、こんな………アニメ、みたい……」
「っ、こんな時にまでなにを―――」
途切れながらも聞こえてきた、いつものセリフ。現状を考えれば、あまりにも不謹慎が過ぎるだろう言葉に、創世が思わず声を荒げかけ―――
「―――こんな!! こんな風な『アニメみたい』なんて、これっぽっちも望んでなかった!!!!」
―――続く血を吐くような慟哭に、一気に押し黙ってしまう。
「板場さん……」
「なのに、なのになんで!? なんで、なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで!? こんなことに、なってるのよ!!!?」
烈しくも言葉が詰まり、途切れ途切れになっているのは呼吸が整っていないからばかりではない。
胸中を掻き毟るような痛切さが、抑えきれない嗚咽となって溢れかけているのだ。
「学園、こんなになっちゃって………なにもかもっ、めちゃくちゃで……!」
彼女たちのすぐ横にある窓の、その外は中以上にひどい惨状だ。
植えられていた木々は或いは折れ、或いは青葉の代わりに炎を枝に繫らせて朽ちていっていた。
連なる校舎や施設はひび割れ、砕け、果てには崩れ果てている。
学園にあるはずのない物々しい装甲車などは、それこそ特撮映画でもなければ見れないような残骸に成り果てている。
時折、風に乗って舞う黒い灰はそれらの燃えカスか……それとも、違う何かが入り混じっているのか。
三人は新入生で、まだ夏休みにも入っていなくて、まだまだ慣れきったわけではいなかったけれど。
それでも、根を張り始めた思い入れが傷口をわざと大きく広げるように無理矢理引き抜かれて踏みにじられていく現実に、彼女たちは身が引き裂かれるような痛みにのたうち回ってしまいそうだった。
……それだけではない。
「………………めのまえで、ヒトが、死んで」
「っ、」
そう、死んだ。
逃げ遅れていた自分たちを逃がそうと、駆け寄ろうとした名も知らない自衛官。
それが、横合いから現れたノイズに貫かれて……黒い灰となって、崩れて散った。
原形を失うその最後の瞬間まで、こちらを見つめ続けたその瞳が脳裏に焼き付いて離れない。
「もう、やだ……もうやだよぅ………」
アニメが好きだ。
アニメのような展開に憧れていた。
自分がヒーローになることも、ヒロインになることも、いくらだって夢想したし妄想した。
思い描いて、そうではないという当たり前の現実に思わず溜息を漏らしたりもした。
ああ、なんてつまらないな、と。
けれど。
本当にそうなって欲しいだなんて、心の底では願ってなかった。
当たり前の不満に塗れながら、そんな中で当たり前の満足と当たり前の充実をほんの少しずつ積み重ねていく。
そんな、ごく普通の日常があればそれでよかったのだ。
だから―――だから、こんな非日常なんていらないのに。
「なんで、なんでぇ………?」
「………」
「………」
創世も詩織も、言葉が出なかった。
かける言葉が見つからなかったというよりも、全く同じ気持ちであるために口に出すべき言葉がなかったという方が正しい。
―――故に。
「っ!? 板場さん!!」
「ユミ、危ない!!」
「え、えぇ!?」
続く行動は、弓美が認識できていなかった事態に対応するためのものとなった。
困憊した体に鞭を打ち、二人は咄嗟に蹲る弓美の腕をそれぞれ取り、ほとんど引きずるように引っ張り上げる。
そのままもつれ合うように倒れ込むと同時、直前まで弓のいた場所に、するりとタールの塊が滴り落ちるように何かが落ちてきた。
粘土細工というよりも逆再生じみた様相で形を成していくのは、ソフビ人形のような異形の人型。
「―――、ノイズ」
鉤爪をぶら下げて、災害がすぐそこに立っている。
―――逃げなければ。
三人は即座にそう思い至り、重なり合った状態のまま慌てて立ち上がろうとして、
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………、あ」
進もうとしたその先で、壁といわず天井といわずまるで悪趣味なキノコのように大量のノイズが姿を顕わにし始めていた。
ただの一体ですら、彼女たちにとっては抗いようのない災いである。それが雲霞のように目の前で湧き続ける様は、避けようがないのにゆっくりと迫ってくる土石流のようだ。
明確で、確実で、絶対的な―――死。
それにたまさか、三人は呆けて硬直し、折り重なったままの状態で身動ぎすら忘れていた。
そして、弓美がおもむろに振り返れば、人型のノイズはその鉤爪の腕を自分たちに向けて振り下ろそうとしていて、
(………本当にアニメみたいだっていうなら、ここですごいパワーにでも目覚めるんだけどなぁ)
直後に訪れる死から逃避するように、そんなあり得ない夢想を思い浮かべていた。
もしそうなるのなら、ここで二人を助けて、他のみんなを助けて、全部のノイズをやっつけて、めでたしめでたしのハッピーエンドにできるというのに。
………だが、そうはならない。
板場 弓美にも、そしてほかの二人にもそんな特別な力はないし、目覚めもしない。
彼女たちは当たり前の人間で、ごくごく普通の日常を当然として享受するだけの少女に過ぎない。
故に。
彼女たちに、奇跡もご都合主義も起きはしない―――――――――否。
ズ、ゾンッッッッッ!! という、砂山を切り崩すような音が奏でられる。
奇跡は起こらない? ―――否。
ご都合主義など存在しない? ―――否。
彼女たちに救いはない? ―――否、否、否、断じて否。
そんな不条理こそを、その錬鉄で以って斬り捨てる。
そんなモノがここにいる。
『正義の味方』がここにいる―――!!
「………、え?」
見開いていた弓美の視界。
そのほとんどを支配していたノイズの姿が、黒く黒く変色していく。
まるで焦がした薄紙のように、ボロボロと形だけを辛うじて保ちながら朽ち始めていた。
そうして、
「フッ―――!」
灰の塊となったそれをぶちまけるように打ち崩しながら、赤い影がその向こうから現れた。
降りかかるノイズの残滓と、それをまき散らす赤の勢いと威圧に少女たちは悲鳴すらも忘れて身を更に竦ませる。
そして頭上を飛び越し、通り過ぎるその刹那だった。
「そのまま、ジッとしていろ」
「、え?」
聞こえてきた声に戸惑う直後、少女たちの背後で力強い着地音が響いたかと思えば、ほぼ同時に何かを断ち切る鋭い斬音が連続する。
振り向くことも出来ずに肩を震わせて身を強張らせるも、それはすぐに止んだ。
「………もう大丈夫だ」
ややあって投げかけられた言葉に、弓美たちは恐々と振り向く。
その視線の先、ノイズの群れがキノコの菌床の如く湧き出ていた廊下に最早その姿はどこにもなく、代わりにあるのはいくつもの黒い灰の山と、
「っ!? あなたは!」
見覚えのない恰好をした、見覚えのある人物だった。
衛宮 士郎。
自分たちの友人と妙に仲の良い、そして腕の良さと人の好さで有名な食堂の調理師。
しかし今は奇異な形状の赤い外套を纏い、黒と白で陰陽を彷彿とさせる片刃の双剣をそれぞれの手に握っていた。
その出で立ちが、否応なしに弓の脳裏にある存在を連想させる。
―――ノイズが現れるとき、どこからともなくやってきて助けてくれるっていう正体不明のヒーロー!!
そう、いつだったか友人たちにも聞かせたことのある、噂の存在。
正直、本当にいるとは思っていなかった。だってそんなの、いたとしたら本当にアニメみたいな話じゃないか。
けど彼は今、本当に―――目の前に、立っている。
その名は。
「―――謎のヒーロー赤マント!!!」
「………………すまないが、その呼び方は勘弁してくれ」
背を強く叩いた、喜色混じった少女の言葉。
それに対し、赤マント……衛宮 士郎は戦闘の最中としては非常に珍しく、険しい表情の中に苦み気疲れをブレンドさせた。
そこに日常の匂いを感じ取れたのか、少女たちの体からようやく緊張というものが抜けていく。
そんな三人に、士郎は敢えて緊張を和らげながら―――しかし器用にも警戒は決して怠らずに―――少女たちに歩み寄った。
「怪我はないか? 立てるか?」
「あ、はい……よいしょ、と」
「っと……」
「ふぅ……ありがとうございました」
幸いにも足を挫いたということもないようで、三人とも危なげなく立ち上がる。
体に降りかかった塵をはたき落とす姿に、士郎は安堵を混じらせた息を吐く。
「しかし、追われていたのが君たちだったとは……いや、無事でよかった」
「衛宮さんが助けてくれたおかげです。本当にありがとうございました」
「けど、まさかあの噂のヒーロー赤マントが衛宮さんだったなんて……ホントにアニメみたい!!」
頭を下げる詩織の隣で、まるで好きなアイドルを間近で目の当たりにしたかのように瞳を輝かせる弓美。いや、セリフを鑑みればヒーローショーを砂被りで見ているようにか。
いずれにせよ、士郎からすればとても眩しいことには違わない。
思わず苦笑が漏れかけるが、それを堪えながら改めて表情を引き締める。
「―――それはさておき。
三人とも、急いで避難してくれ」
その言葉に、少女たちの顔が再び固まっていく。
実際問題として、長々と話をしている時間はなかった。
こうして校舎内へのノイズの侵入を許してしまった以上、戦闘はさらに激しくなっていくことは確実だ。
そうなれば、いよいよ校舎そのものも危うくなってくる。すでに一部の施設は倒壊しかけているのだ。
生徒教員の避難もほぼ完了しているなら、一課の方もそういった物理的な損害は度外視していくことになるだろう。
もっとも、その辺りのことを詳しく説明するつもりはない。
全てが終われば否応なしに直面するだろうとはいえ、少なくとも今はこれ以上追い詰めてしまうような真似はしたくはなかった。
「もう余裕は殆どない。道はオレが斬り開くから、皆はついてきてくれ」
そう言って、身を翻すと両手の干将莫邪を構えなおす士郎。
一方で、弓美たちはその刃のギラリとした煌きに思わず息を飲む。
これまでの人生で見てきたどんな刃物とも違う、本物の『刀剣』。その凄みすら感じる存在感に冷や汗を感じるが、だからこそ安心感も同時に感じていた。
なぜならその刃に、そしてそれを振るう彼に自分たちは助けられたからだ。
故に彼女たちは、意を決したかのように硬い唾を飲みこんで。
「「「はいっ!!」」」
強く、返事を揃えた。
背を叩いた声に士郎は今度こそ小さく笑う。
そうして素早く、しかし彼女たちを引き離すことなく駆け抜けること暫く。
辿り着いたのは二課の本部に直通する隠しエレベーターだ。
そこを選んだのは、最も近い場所にあったからであるというのと、通常のシェルターは既に閉鎖されているだろう可能性が高かったからだ。
故に、緊急事態として機密を棚上げに連れてきた―――しかし。
「え? こんなところにエレベーターってあったっけ?」
「というか、これは……」
創世と詩織が辿り着くなり困惑した表情でそれを見ている。
………そう、士郎が操作するよりも前に、擬装されて解らなくなっているはずのエレベーターをそうと認識して。
その理由は、単純明快。
「壊されてる……?」
既に機能していない、残骸としての姿を晒していたからだ。
合金製の扉はカモフラージュとしての上品なオーク板の外装もろともまるで巨人が斧叩きつけたかのように引き裂かれ、その奥に秘されていた内部を顕わにしていた。
破壊されていた時には使用されていたのか、使用されていたから引き裂かれたのか、エレベーターとしての個室はない。通常のワイヤー式ではなくレール方式の高速型であるために、覗き見える様は存外にのっぺりとしたシンプルなものだ。
非常灯だろう明りが等間隔で灯っているが、底の見えない先まで一直線に続いている光景はただの闇よりもより深く奈落を形作っていた。
弓美たちは身近な日常に隠されていた非日常の片鱗に目を丸くするばかりだったが、士郎はそれとは別な意味で戦慄を覚えていた。
ノイズは自身が崩壊するまでの間、感知範囲内の人間を積極的に追跡し攻撃する性質を持つ反面、それ以外のものを能動的に破壊することは殆どない。
無論、出現時には家屋などの物理的被害も多く発生するが、それらの殆どは人間を攻撃した結果起こる副次的なものにすぎない。更に言えば物質を透過できる以上は、エレベーターなど破壊するよりもそのまますり抜ける可能性のほうがずっと高いのだ。
ならば目の前の惨状を生み出したのはノイズ以外の存在である可能性は非常に高く、それが何者であるかとなれば、それは―――
瞬間。
ズン!! と不自然なほどに大きく短い揺れに、高速で巡らされていた思考が強制的に引き戻される。
「っ、」
「「「きゃあ!?」」」
前兆も余韻もないそれは、まるで巨大な手が校舎自体を掴んで直接揺さぶったかのような錯覚を覚えてしまう。
恐らくは、戦線が間近にまで迫っているのだろう。或いはそれこそこの校舎そのものが削られたか。
いずれにせよ、いよいよ以って猶予はない。この分だと他の入り口に向かうのも確実とは言えない。………ならば無理を通すしかない。
士郎は戸惑いを浮かべながら身を寄せ合う三人に振り向き、一瞬にして手の中で投影しておいたあるものを差し出した。
「三人とも、急いでこれを付けてくれ。そうしたらオレの背中にしっかりと引っ付いてくれ」
え、と呆けながら少女たちがまじまじと見つめたのは、同じ形をした六つの小さな塊。
軟質素材で、シャンパンの栓をそのまま小さくしたような形状をしているそれらに、首を傾げる。
「これって……耳栓?」
「ですよ、ね」
「あの、衛宮さんこれってどういう―――ヒッ!」
途端、言葉を遮るように再び強い揺れが襲ってくる。しかも、心なしか先ほどよりも近いと、そう感じさせるものだった。
結果として、少女たちはそれにせっつかれる形で差し出されたものを耳に詰め、おしくらまんじゅうのように身を寄せ合いながら士郎の背にしがみつく。
一般的な成人男性よりも精悍で広い背とはいえ、年頃の少女が三人もくっつこうとするとなると狭いというレベルではない。だがその窮屈さに身を捩る間もなく、更にその密着を強めさせられる事態が起こる。
「え?」
創世がグン、と引き寄せられながら締め付けられる感覚に視線を巡らせる。見れば、自分たち四人の胴をグルリと縛り付けるように鎖が幾重にも巻き付いていた。その鎖は、いつの間にか士郎の両手がそれぞれに握っている巨大な釘のような金属の杭に繋がっている。
「え?」
詩織が重心の傾きと共に離れる足裏に、思わず士郎の背を掴む手に力が籠る。彼が尻を突き出すように一気の腰を折る動きによって、三人もろとも背負われるような形で持ち上げられたのだ。
「え?」
そして弓美が、血の気が下がっていくのを自覚する。それは力強い一歩を踏み出した士郎に対してだ。
そう………ぽっかりと入り口を開きっぱなしにして、光源があっても底が見えないほどの縦穴晒しているエレベーターであったものに向かって。
「待って。待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待っ―――あ」
当然の如く、士郎は一切待たなかった。
ダンッ!! という力強い踏切と共に、彼は少女三つ分の命を背負って狭くも広大な深淵へと身を躍らせた。
―――ア゛ァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――………………!!!
エレベータシャフト内に、三人分の少女の絶叫に時折ブレーキングを掛けるブーツの底と釘剣の耳障りな擦過音が入り混じった不協和音がどこまでも長く反響していた。
***
迫る致命の一閃。
人体二つ分を一息に両断する赤い刃の連なり。
「やらせるものかよ、バカヤロウ」
その切っ先を。
天井だったものの瓦礫と共に降ってきた剛拳が叩き落した。
「づっ!!!?」
慮外の出来事に、熱せられた薬缶を触ってしまったかのように鞭刃引くフィーネ。その眼が、予想外にして予想通りの闖入者を忌々しく睨みつける。
「―――風鳴、弦十郎!!」
「風鳴司令!?」
「弦十郎さん!?」
常識外れの登場をした偉丈夫に、その場の誰もが驚愕を隠せない。それらに構わず、豪快極まるその偉丈夫はワイシャツの袖をまくり上げて剛腕を晒しながら、握った拳を構えて臨戦態勢に入っている。
その眼差しは、既知というにはあまりにも逸脱した出で立ちの女を力強く見据えていた。
「そこまでだ、了子。女に手を挙げるってのは気が引けるが……コイツらに手を出すってんなら話は別だ。
―――ここで、お前をブッ倒す!!」
クッ、とフィーネが笑いを堪える。
「私をまだその名で呼ぶとはな。………その様子では、衛宮 士郎以外をここから離したのも策の内か?」
「ウチの調査部も伊達じゃあなくてな。お前の策に乗ってたのも、こうして燻り出すためだったのさ」
「陽動に陽動をぶつける……存外に喰えない男だ。だが、ただの人の分際でこの私を止められるとでも?」
身に纏う、黄金の鎧。恐らくはネフシュタンの鎧だろうそれは、雪音 クリスが使用していた時とは大きく変貌を遂げている。それはそのまま振るう力の増大を意味しているのか。いや、そうでもなければ慎次がここまで追い込まれるはずもない。
十全たる力を更に増した完全聖遺物………その暴威の前に身を晒して、しかし弦十郎の答えにも瞳にも迷いはない。
「おうとも! ひと汗かいた後で、話を聞かせてもらおうか!!」
言い切ると同時、鍛え抜かれた巨躯が疾駆した。
それに対し、応えるは赤い鞭刃。空気をこそぎ取るように放たれた斬撃は、僅かに身を翻しただけで回避される。
紙一重ですらなく通り過ぎる初撃に、フィーネは苛立たしく歯噛みしながら逆の鞭刃を振り下ろす。軌道は傾いだ縦で、袈裟落としに近いものだ。
しかし弦十郎はそれ跳躍して回避、そのまま通路の天井にまで到達すると、凹凸を歪ませながら掴んで自分の体を持ち上げる。
「なぁ!?」
相対していたフィーネも、思わず目を見開く。通路とはいえ、ここは決して狭いわけではない。天井までの距離も、普通ならば掴むどころか指先が触れるのもまず無理だろう。
しかし彼はその常識を覆し、跳躍の勢いも相まってまるで床を踏みしめるように天井に靴底を押し付ける。そして、
「はぁあああああああああああああっ!!」
「っ、ヂィッ!」
砲弾を放つが如く、鉄拳を構えた五体が発射される。裂帛を伴った一撃は、間一髪に回避したフィーネを空振って床へと深々と突き立てられる。
思わず忌々し気な舌打ちを鳴らしていたフィーネだったが、耳元に響く異音に怪訝な顔になり、その原因を見て驚愕へと変じる。
「なに!!?」
避けていたと思っていたが、掠っていたのか。
肩の装甲に、まるで取り出したばかりの氷塊に水を浴びせたかのような微細なヒビが奔っていた。無論、それらはすぐに再生能力によって消えていくが、それでもフィーネの戦慄は拭えない。
当然だ。そもそもが堅牢無比な完全聖遺物の鎧、生半可な衝撃ではどれだけの直撃を喰らおうが爪痕程度すら残せないだろう。それを余波程度のもので損傷せしめて見せたのだ、平静を取り繕う余裕すら難しい。
その証左とでも言うように、身体は反射的に彼から距離を取るようにバックステップで飛び退いていて―――
「―――っ、肉を削いでくれる!!」
―――そんな行動をとってしまった事実こそ、今の彼女にはなによりも屈辱的であった。
汚れを拭うように、今度は両腕が同時に二条の鞭刃を手繰り放たれる。異なる軌道、異なるタイミングで放たれた連撃は、真正面から見れば交差した長大な刃が向かってくるように見えただろう。
先ほどのような逃げ場を失くすかのような暴威。
「―――ふっ!」
だがそれを、延ばされた二つの剛腕が見事に掴み取る。そんなこれまでよりもはるかに現実離れした光景に、フィーネのみならず未来や慎次すらも一瞬呆然とした姿を晒してしまう。
そしてその隙を、弦十郎は見逃さない。
「むぅん!!」
しかと握りしめたそれぞれの鞭刃を、同時に全力で引き寄せる。虚を突かれる形になったフィーネは、まるでひも付きの風船を手繰るようにあっさりと両足を宙に放って牽引され、
「しまっ―――」
「おぉおおおッッ!!!!」
その美しいくびれを形作る剥き出しの腹部に、岩をも粉砕する拳が掬い上げられる形でぶち込まれた。
ボディブローというよりも、アッパーカットという表現の方が正しいだろう。その一撃はフィーネの肢体を纏った鎧ごと高々と飛ばし、天井へと叩きつけた。
「ガッ―――ゲ、ハッ!!」
フィニッシュのように、拳をブチ当てたポーズのまま拳を掲げる弦十郎。
そんな彼の後ろへと、天井に数秒めり込むというタイムラグを経て、ベリベリと日数の経ったテープを剥がすように床へと落下するフィーネ。鎧の損傷は少なさそうだが、衝撃そのものは彼女自身をしとどに叩いたのか。辛うじて、という頼りなさでヨタヨタと立ち上がる。
「完全聖遺物を、退ける……どう、いう……ことだ!!?」
腹部に受けたダメージからか、呼吸ともども言葉を途切れ途切れにさせつつも彼女はそんな疑問を口に出さずにはいられなかった。
それもそうだろう。放たれたのは革の鞭のようにしなやか且つ高速で疾駆し、鋼鉄の塊を粘度のように引き裂き切り刻む刃の連なり。まともに受けようものなら骨肉の区別さえなく、精肉したかのように分割されるしかない。そんなものを見切ったばかりか逞しいばかりの素手で掴み取り、あまつさえこれほどまでの痛恨を味合わせて見せたのだ。
確かにシンフォギアを纏った装者たちを圧倒した姿は目にしたが、まさか覚醒した完全聖遺物の力を我が物とした己さえもここまで圧倒せしめるとは、予想外どころか規格外ですらある。
だが、そんなことは弦十郎にとってはなんてことはないことだ。
曰く。
「知らいでか。メシ食って映画見て寝る―――男の鍛錬はそいつで十分よ!!」
言い放ちながら、それこそ往年名作のカンフー映画の如く親指で口元を拭う仕草と共に身構える。
それは理屈にはなっていない。
根拠なんてあるはずもない。
証明も考証も馬鹿らしい。
だが、その無茶な理屈を貫いて道理をねじ伏せた男がここにいる。
これが、風鳴 弦十郎。
特異災害対策機動部二課の長にして、最終兵器と呼んでも過言ではない益荒男である。
そんな彼がここに至るまで後塵を拝することとなっていた理由は大きく三つ。
一つは、了子ことフィーネの隠蔽が巧みであったこと。
もう一つは、司令という立場の重責。
そして最後の一つは、何よりも相性というものからだ。
「なれど人の身である限りは!!」
放たれる威圧を振り切るように叫ぶフィーネが背中側から抜き放つように取り出したのは、灰色の弓のようなもう一つの完全聖遺物。ノイズを好きなように召喚し、意のままに操る【ソロモンの杖】である。
弦十郎がどれほどに人の範疇を逸脱した戦闘能力を有しているのだとしても、その肉体そのものはどこまで言っても人間に他ならず、故に触れられれば灰となって崩れ去る他ない。
―――そう、弦寿郎にとってノイズとは、草食動物にとっての肉食動物であるかの如く、これ以上ないほどの天敵なのである。
だからこそ、それは想定済みであり、対応もまた反射的だった。
「させるか、よ!!」
弦十郎は震脚で以って床を踏み砕いてその破片を浮かび上がらせ、その内の一つをゴールポストの内側に叩き込むかのように蹴り込んだ。
放たれたシュートは狙い過たうことなくソロモンの杖に命中し、コレをフィーネの手から弾き飛ばした。
「ぬぅっ!?」
弾き飛ばされた灰色の器物は、彼女の背後の床……開け放とうとした隔壁前の床に勢いよく突き立った。
拾い上げるには遠く、そして逡巡すらする暇は存在しなかった。
「ノイズさえ出てこないのなら―――!!!」
もはや恐るるに足りず。この一撃で以って一連の全てに決着を―――と、固めた鉄拳を振り上げて飛び掛かる。
一秒後には訪れるだろう決着を前に、
「………弦十郎くん!」
「っ!!!」
勝利を確信するよりも先に、飛び込んできた声と表情は紛れもなく自分の知る『櫻井 了子』としてのものだった。
瞬間。
それはまるではち切れる寸前まで荷物を詰め込んだスーツケースが、ほんの少しの衝撃でその中身をぶちまけたかのように。
弦十郎の脳裏には、了子と共にあった数えきれないほどの思い出が溢れ出していた。
………そう。
自分と彼女はこれまで長く苦楽を共にして、ともにこの戦いの日々を乗り越えていっていた。
その全てが、万感を伴って蘇ってくる。
それはほんの一秒足らずの時間すら、何百倍にも引き延ばしていて―――
―――そこから現実へと引きずり戻したものは、全く比喩のない文字通りに体の中心を貫いた衝撃だった。
「ガ、フ……」
喉からせり上がりながら焼けつくような感触に、堪えることすらできずにその熱を塊として吐き出す。溢れ出す真っ赤な血が、既に生まれつつあった床の血だまりに加わって広がっていく。
それに反し、身体の感覚がなくなっていって視界が端から暗くなっていく。意識を繋ぎとめる、という思考すら潤滑油の切れて錆びた歯車のようにぎこちない意識では浮かんでこない。
(りょ………こ………)
意識が完全に途切れるそのギリギリの間際。
辛うじて、しかし確かに見た彼女の最後の貌は、
「―――、フッ」
今までに一度として見たことがない、どこまでも邪悪に歪んだ嘲りの笑みだった。
***
「イ」
人体を破壊して穿つという光景。溢れ出して床を濡らす鮮血の色と匂い。
これまでの人生で触れるはずはなく、これからの人生においても関わり合いを持つことなど想像すらしなかった、人が人を明確な意思で殺傷するという場面。
それを激情の観客席最前列と舞台よりもなお近い場所で繰り広げられたことに、未来の精神の閾値は一気に限界を踏み越えていた。
「イヤァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!?」
抱えていた白猫のペットキャリーバッグを放り出さなかったのは、ある意味奇跡と言えたかもしれない。或いは、それこそが日常の残滓として彼女の精神を辛うじて繋ぎとめているのか。
ケースの内側からは、『フーッ! フーッ!』と姿を見ないでも毛を逆立てている様がありありと解かる唸り声がくぐもって聞こえている。
それら全てを無視して、フィーネは鞭刃に貫かれたままの弦十郎の肩に手を掛ける。その息は、若干荒い。
「ッ、……ふぅ。抗うも、覆せないのが『
言うなり、彼女は鞭刃を一息に引き抜いた。途端、栓を失った傷口からこれまでの比ではなく真紅の血が溢れ出て、まさしく血の池といったものを生み出していく。
それを見下ろすフィーネの手には、血に濡れて雫を滴らせる端末が握られていた。弦十郎から抜き取ったものだ。
「ぅ……が、ぁ……」
見れば、彼は血と共に呻き声を零している。ともすればこのまますぐにでも息絶えてしまいそうにも見えるが、フィーネは恐らくこれだけでは死なないだろうと考えていた。
貫けたのは即死に至るような部分ではなく、適切な処置をすれば十分に助かる目はある。いや、常識外れのこの男のことだから、下手をしなくてもすぐに回復して立ち上がってきそうな予感すらする。
だが、それは今ではない。故にとどめを刺すことなど容易に過ぎると言っていいものであるが、彼女は敢えて捨て置くという選択を取った。
それは余裕の表れとも取れるが、それ以上に。
「殺しはしない。お前たちにそのような救済など施すものか」
そんな価値すらないという、自身が降した裁可を尊んだけの話である。
そうして彼女は悠々と振り返り、突き立っていたソロモンの杖を回収すると隔壁の前に立ち、脇にある認証に血まみれの端末を翳した。そうして呆気なく、難攻不落として作られた堅固な防壁は開かれてしまった。
ただシステムに従っただけのまさしく機械的な反応だが、今のフィーネにとっては万雷の拍手すら凌駕する歓待に等しい。
極上の甘味に手を伸ばすような、待ちきれないといった悦の笑みを思わず浮かべる。
「さぁ、天を衝く魔塔の目覚める時だ―――」
そうして待ち望んだ輝かしき夢の成就へと一歩を踏み出そうとして―――
「――――――ッッッ!!!?」
―――背筋を掻き毟るような戦慄を感じると共に、次なる激突の火蓋を自ずから切って落としていた。
振り向くが早いか放たれた鞭刃の一閃。それは反射的な行動であるからこそ、慎次と未来に対して放ったものよりも数段早く鋭い。
たとえ誰がいたとしても切り裂いて骸にするという、レーザーめいた一撃。
「―――シッ!」
それを、横薙ぎの白い一閃が弾き逸らす。
弾かれた赤い刃。
その向こうからこちらをこちらを射抜く、鷹の如き眼光。
続いて目に映る白い髪に浅黒い肌、そして赤い外套に黒白の双剣。
それが何者なのかを、この場の誰もが知っていた。
「士郎……!」
「先生!」
「衛宮、士郎―――!!」
名を呼ばれる瞬きすら、隙と見たのか。
錬鉄の魔術使いは、その疾走をさらに強く卂い疾駆と成して彼我の距離を一瞬で詰めていく。
「―――
「ッ!?」
同時に、視線を逸らすことなく紡がれる詠唱。直後に放たれた三本の剣が、弾かれて宙に浮いていた鞭刃を壁に縫い留める。
それによって体を引っ張られたフィーネが、僅かにバランスを崩し、
「――――――取ったぞ」
立て直すよりも先に、士郎は王手を掛けていた。
「―――、」
引き絞るように構えられた左の黒刃。引き金のようなあと一歩を踏み込まんとする鋼の五体。
次の瞬間にはこの身に突き立てられるだろう人の形をした一矢を前に―――フィーネは、口を開いた。
「………………助けて、衛宮くん」
「っ!?」
そこに、言いようのない悪寒とデジャブを未来が感じたその瞬間。
人生で二回目の、肉を深々と貫く嫌な音を耳にした。
***
先ほどまでの立て続けの激突とは打って変わって、その場はひどく静まり返っていた。
天井の大穴から砂のような破片が零れるそんな僅かな音さえ阻まれることなく耳に届く。
果たして、何秒ほどが経っただろうか。
恐らくは一分も経っていないだろうに、静寂とは時間が引き延ばされる錯覚を得るものなのだと、未来は意識の片隅でそんなことを感じていた。
―――もしかしたらそれは、現実逃避の一つだったのかもしれない。
「……っ……は、はぁ……」
息が安定しない。まるで、陸上部時代に記録を測った直後のよう。
足元がぐらつくような感覚に、今にも膝から崩れそうになる。だが、抱えた白猫入りのケースの重みがそれを繋ぎとめてくれていた。
視線を逸らす余裕もないまま、彼女の視界の中でフィーネが口を開く。
ゆっくりと、ぎこちなく………口の端から、血を筋として零しながら。
「ぎ、ざまぁ……!!」
凄絶に睨みつける先、表情に一筋ほどの緩みすら見せない士郎。
ほんの僅かほどにも戸惑いを見せなかった彼は、左に握った干将を刃を寝かせる形で深々とフィーネの臍の上に突き立てていた。
「…………それが、弦十郎を降した手か? 櫻井」
静かに問いかける士郎。その答えが返るのを待たずに、彼の左手が動く。
「悪いがオレは、」
順手から逆手に。
握りを変えると同時に、まるでバイクのアクセルのように柄を回転させる。
それは黒い刃が女の腹を内臓ごと挽くようにかき回し、切っ先が背骨を捩じり砕く。
そして。
「お前たちが思っている以上に……容赦をしないタチだ」
腹から胸骨、咽頭から顎先、そして鼻先から脳天へ。
およそ、正中線と呼ばれるものをなぞる形で、士郎は一息にフィーネの体を両断した。
というわけで、前回よりも少し早めに投稿することができました。
もっとも、お話としてはさほど進んでいませんが。
前回の裏的な感じですね。
というわけで振り返り。
・慎次&未来とフィーネの問答
慎次はアニメの方だと見た感じあんまりダメージおってませんでしたが、こちらでは場面外でバチバチやり合った結果、こうなったということにしてください。
未来とのやり取りはアニメ本編だとエレベーターのところでやってたやつですね。
………アニメでの瞬間沸騰からの往復ビンタとこっちの『スン……』からのマジ殺し攻撃、酷いのはどっちでしょうね?
・三人娘と赤マント
自分で書いてて思い出したのは劇場版仮面ライダー剣のカリス復活戦闘シーン。………古くてスマヌ。
ここら辺で地味に困ったのは、創世の二人称。
『妙なあだ名で呼ぶ』という設定のおかげで『あれ、このキャラはなんて呼んでたっけ』って地味に困りました。
………実は同じ問題をクリスも抱えてるんですよね。
響は『あのバカ』、翼は『先輩』、弦十郎は『オッサン』って呼んでるけど、『他のキャラはどう呼んでるんだっけ?』っていう……マリアは呼び捨てでしたっけ?
きりしらは纏めて『後輩』呼ばわりはしてたけど、個別に呼んでた記憶が思い当たらない……(汗
ちなみに、士郎に対してはこの作品において『アンチャン』呼びで確定となりました。
他の方の二次作品との差別化も考えての採用なのですが……どうですかね?
そして士郎による生身のフリーフォール(直訳)。
イメージしづらいかもしれませんが、釘剣とブーツを時折内壁に引っ掛ける形で落下速度を調整している感じです。
ちんたら降りてたらノイズがぷよぷよみたいに降ってくるかもしれないから、しかたないね。(強弁
・弦十郎VSフィーネ のち 士郎VSフィーネ
前者に関してはほぼほぼアニメ通りですが、このあとの士郎戦との兼ね合いもあって要所要所を変えてたりします。
弦十郎の登場部分とか、ソロモンの杖の弾いた先とか、貫かれた後の部分とか。
そしてVS士郎。
ちょっとだけルビ機能使いました。
……うん、やっぱり使いづらいけど、過去掲載分含めてちょっとずつやっていくかもしれません。(確約できなくてすまぬ)
フィーネを開き()にする辺りに関してはアーチャー寄り……と見せかけてこれ自体はFate原作の士郎も似たような感じじゃないかと個人的には思ってます。
具体的な根拠としては、セイバールートでワカメに鮮血神殿の解除を迫ったときのやり取り。
必要だって言うなら、既知の相手でも容赦なく切り捨てられる冷酷さの片鱗を垣間見せた場面なので、何気に強く印象に残ってたりします。
次回は、決戦直前の場面。
響たちも合流しての、役者勢ぞろいになる予定。
今回よりも更に短めになると思うので、せめて同じくらいの感覚で更新できればいいかなと思ってます。
……フラグかな?(笑
さて、ここからはFGO雑談で。
新規入手はアイドルえっちゃん、三蔵ちゃん、アルトリア(ランサー)。
……上乳上ktkr。なまら嬉しい。
三蔵ちゃんも単体攻撃宝具のキャスターは欲しかったのでありがたいです。
アイドルコラボでしたが、シナリオ的には結構楽しかったです。
最後のエピローグであの人の名前出てきたのはちょっとグッとした。
……ただ、ネロちゃまとエリちゃんの音痴設定どこ行った?
あと、エピローグのえっちゃんの霊衣が実装されると最後まで信じてたのは自分だけじゃないはず。
現在、去年の夏イベ復刻をプレイ中。
改めてシナリオのギミックとか分かったうえで読み返すと色々感心させられます。
ちなみに個人的に一番のホラー特効はこち亀BGMだと思います。
アレ流れたらもうなにやってもなに出てきても誰も死なないでしょ。(爆
と、今回はこんな感じで。
皆様、コロナもいよいよ危ないですが、いろいろとお気をつけて。
この分だとソロモンも観に行けねぇだろうな~と遠い目になりつつ。
また、次回。