戦姫絶唱シンフォギア赫鋼―アカガネ―   作:樹影

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 来年の正月実装鯖はプリテンダークラスのコトミーだと思う。
 ぶっちゃけ、プリテンダー適正あるの神父くらいかなって。
 (BBちゃんも怪しいか?)


21:Over Edge's/貫くは荊が如く

 

「セィヤァッ!!!」

 

 ――――蒼ノ一閃

 

 決戦の初手を取ったのは絶刀の担い手、風鳴 翼。

 蒼い弓張り月の如き斬光が、フィーネではなく彼女の足場そのものを切り崩す。

 フィーネは舌打ちを隠すことなく鳴らしながら飛び退き、自身に歯向かう者たちと同じ地平に落ちていく。

 

「小賢しい真似を……!」

 

 吐き捨てながらも着地すると同時に、次の手が迫ってくる。

 魔弓の射手、雪音 クリスの纏う装甲のサイドスカートが展開し、出撃せんと待機する兵隊蜂のように無数の弾頭を差し向けている。

 整然と無機質に並び構える群蜂に、真紅の女王蜂は荒々しくも可憐に号砲をぶち上げた。

 

「ぶっ飛べ!!」

 

 ―――MEGA DETH PARTY

 

 その威勢こそを引き金として、解放される鋼の暴力。白煙を尾と引きながら飛翔し、すべからくを砕き散らさんとする鉄火の群れ。

 しかし、それを向けられたほうに浮かぶ表情は気だるげだ。

 

「鬱陶しい」

 

 一閃、腕を横に振るう。

 たったそれだけの動きによって振るわれる鞭刃が、差し向けられた榴弾の悉くを引き裂き散らした。

 轟音、衝撃、爆炎。

 散り咲く結果が大輪の花畑のようであるのは、蜂の例えからすればある種の皮肉のようでもある。

 

「―――チッ」

 

 自らが生んだ結果に、思わず舌打ちが漏れた。爆散によって生じた大量の煙が、フィーネをすっぽりと覆ってその視界を完全に覆ってしまっていたからだ。

 塵芥によるものだろう鼻孔を引っ掻くような不快感が文字通りに鼻につくが、それに意を介するよりも前に次の攻め手が押し寄せる。

 しかも左右同時にだ。

 

「「でぇりゃぁあああああああああああああ―――ッッ!!!」」

 

 撃槍と豪槍、同じ名を冠する武器を纏う立花 響と天羽 奏が威勢すらも重ねてその拳と矛先で挟み込みにかかる。

 少女二人の呼吸も、不意打ちを仕掛けるタイミングもまさに完璧と言うべきものだった。

 

「ハッ」

 

 ―――ASGARD

 

 だが、それを純粋な能力が覆す。

 槍と拳がフィーネの体に突き刺さるその寸前に、二つの鞭刃が左右のそれぞれで高速に延びながら奔り、自らを編むようにして光の障壁を作り上げた。

 それは果たして、見事に奇襲を防ぎきって見せる。

 

「う、うぁあああ!!」

「づぅ!?」

 

 障壁との衝突と拮抗による反作用か、響は盛大に弾き飛ばされた。一方で奏は同じように圧を受けながらも、踏み止まって槍を突き立て続けている。せめぎ合う二つの力が生み出したのか、火花と紫電がそこを中心に迸っていた。

 その姿に、フィーネが『ほぅ』と感心したような声を漏らす。そんなフィーネの様子こそに神経を逆なでされて、奏は奥歯を削らんばかりに鳴らした。

 

「―――っ、オイ!! 訊きたいことがある!!」

「……ハ、良いだろう。戯れに答えてやる」

「アタシの家族のこと!! そして二年前のライブだ!!

 アレはアンタが引き起こしたのか!!?」

 

 重ねて神経に障るフィーネの物言いを堪えつつも、奏は自身の根幹に根差す二つの事件について問いただした。

 二年前の事件は言わずもがな。

 それ以上に天羽 奏の心をかき乱しているのは、原点に根差すある事件。

 彼女がすべてを喪い、己が身を顧みずに力を欲することとなった出来事だ。

 

 彼女の親は元々、了子と同じく聖遺物の研究者であった。といっても、病院のような真白い研究室に籠るばかりではなく、フィールドワークのような発掘作業にも足を運ぶタイプの人間だった。

 その日も聖遺物の発掘のために、とある山中の遺跡を訪れていて、そこに自分と妹もやってきていた。その理由自体は単純で、『仕事をしているお父さんとお母さんの姿を見てみたい』なんていう子供の時分にはありふれたものだった。

 政府が関わっていたとはいえども当時はまだ重要度も低かったこともあり、一研究者の要望は存外呆気なく通った。……そう、通ってしまった。

 結果、出現したノイズによって奏の家族は彼女を遺し、まだ幼かった妹を含めて全員が判別不能な灰塵へと成り果てた。

 その日、遺跡にいた人員で他に生き残った者たちはほんの僅かであり………その中には、櫻井 了子も含まれている。

 

 自分が復讐の徒としてシンフォギア装者になることを心に決めた事件。

 立花 響が当たり前の日常を破壊され、シンフォギア装者としての力を手に入れてしまった事件。

 そのどちらにも、『聖遺物』と『櫻井 了子』の二つの存在が共通していた。

 それを、もはやここに至って偶然の一言で流すことなどできはしない。

 しかし、フィーネは光の膜の向こう側でつまらなそうに鼻を鳴らす。

 

「なんだその事か。―――どちらの時機も、私はまだソロモンの杖を使える状態ではなかったからな。

 なにもない場所から思うままにノイズを呼び出すことも、ましてそれを操る術もなかった」

「そうかよ、なら……」

 

 お前の仕業ではないというなら、是非もない。遠慮なくただぶっ飛ばすだけ。

 そう、答えようとしたその時だった。

 

 

 

「―――だから。私にできたのは、ある程度のフォニックゲインに満ちた場所で誘引することくらいだとも。

 蟻の巣穴を、つついてほじくり返すようにな」

 

 

 

「………………………………………………………………………………は?」

 

 虚を突かれて、呆気に取られたような表情を浮かべる奏。彼女からすればその切り返しは唐突で、思考を漂白してしまうには十分だった。

 その呆けた様子に、フィーネの表情が歪んだ笑みに変貌する。奏は停滞してしまった頭で、しかし嘲弄に満ちた眼差しと声音を余すことなく捉えてしまう。

 

「まあ、ライブの時は高まりすぎたフォニックゲインにギャラルホルンまで刺激され、想定以上のノイズが現れた上に妙なオマケまでついてきていたが。

 ………山の時は、そういう意味では丁度良かった。まさしく程よい塩梅、というやつだな」

「………………オイ」

 

 やめろ。

 それ以上言うな。

 そんな言葉が浮かび上がるが、声としては出てこない。

 息が乱れて、視界がどんどん狭まっていく。

 そのくせ、手足には際限なく力が込められていくのが実感できた。シンフォギアの肉体保護を越えて、筋肉と骨が軋み始めるほどに。

 

「見つけた聖遺物自体の格は大したものではなかったが……その割には悪くはなかったとも。

 なにより、アレのおかげで米国のバカ共との交渉が捗ったからな。ああ、腹立たしくもあるがスポンサーとしては悪くはなかった。

 そういう意味でも、縁を繋いでくれたお前の家族には感謝しなければならないなぁ」

「………………………、テメェ」

 

 ギシリ、という音が最初に鳴ったのは、奥歯だったかそれとも槍の柄を握る掌の中だったか。

 奏の表情は凪のようなままであったが、それでも見る者には内側に渦巻くものが威圧のように感じ取れただろう。例えるならばそれは、薄い氷のすぐ下からこちらを覗く、どうしようもなく巨大な肉食鮫が居るかのような―――

 

「奏ちゃん」

 

 と、フィーネの表情と声音が再び変わる。

 それは、これまでずっと見てきた『了子』のものだ。

 長く慣れ親しんだ笑顔と声が、こちらに向けられて―――

 

 

 

「―――アナタの家族の命、とってもいいお値段だったわ。懐を温めてくれてありがとネ♪」

 

 

 

 ―――言葉の内容だけが、どうしようもなく邪悪に彩られていた。

 

「テェエメェエエエエがァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァ―――――――――ッッッ!!!!!」

 

 瞬間、激発する憎悪と赫怒。鉄すら蒸発させるような熱量が、彼女の魂を赤黒く燃え上がらせた。

 その凄まじさを示すかのように、槍を阻んでいた光の壁にヒビが入り、かと思った次の瞬間には砕け散っていた。

 

「―――!!!」

 

 滾る激情、迸る戦意、響く熱唱、呼応するフォニックゲイン。

 その全てが彼女のアームドギアへと集中し、誇張抜きの文字通りに旋転し始める。

 地盤を引き剥がすような竜巻を、小規模に凝縮したような螺旋の奔流。

 それを纏った豪槍の一突きが唄と共に繰り出され、

 

―――STAB∞METE「温いなぁ?」

「ッッ!!!?」

 

 それを、黄金の掌が自ら貫かれに行くことで無理矢理に留めていた。

 まるで厚手の布地を噛んだかのように、軋みを上げて止まる矛先。奏は目の前で巻き起こったあまりにも滅茶苦茶な光景に、驚愕のあまり息を詰まらせた。

 しかし、再び息を吐くか吸うかを始めるよりも先に、フィーネの逆の手が彼女の喉を掴みかかった。

 

「ガッ、ァ……!?」

 

 思わず、奏は目を剥きながら喘ごうにも喘げずにいた。

 ギシギシギシッッッ!!!、と首から頭蓋に伝う音とも衝撃ともとれる感触は、一瞬でも気を抜けばその瞬間に容赦なく握り潰されることを示していた。

 故に、途切れかける意識を寸でのところで保ち続けていたのだが、その狭まる視界が更なる絶望を捉えた。

 フィーネの背後、そこで鎌首をもたげる毒蛇のように二条の鞭刃がその切っ先を奏へと向けていたのだ。

 

「まずは、一人」

「ッッ、ッ!?」

 

 今もなお圧搾されんとする喉の圧力に、叫ぶどころか息を飲むことすらできずに目を見開く奏。

 次の瞬間には、命ごと首から上が消え去るだろう未来。それを直感した、その時。

 

 

 

「―――そこまでだ」

 

 

 

 視界を銀閃が横切ったかと思えば、唐突に束縛から解放された。

 そして咳き込むよりも先に、

 

「下がれ」

「グゲッ!?」

 

 言うが早いか、腹に叩き込まれた衝撃に奏の体が後方へとすっ飛ばされる。

 思わずアイドル的にというか年頃の女性的には完全アウトな声に振り返ることもなく、闖入者は手にした獲物を操り構えなおす。

 長い柄に、極端に歪曲した刃の穂先。その持ち主と、フィーネの視線が絡まる。

 

「キ、サマ………士郎っ!!」

 

 叫ぶ名と共に、奏を貫かんと構えられていた切っ先が入れ替わった男……錬鉄の魔術使い、衛宮 士郎へと喰らいかかる。

 ともすれば頭蓋をスイカよりも容易く砕き散らすだろう銃撃が如き毒蛇の吶喊。

 それを、

 

「―――凍結解除(フリーズアウト)投影層写(バレットオープン)

 

 士郎は虚空から撃ちだされた刀剣で迎撃する。

 衝突し、火花を咲かせて散らす数多の切っ先。刹那の瞬きで僅かに照らされながら、士郎は身を回す。

 向けられ、迎え撃った刃に振り向きもせず。

 苛烈なまでに収束される憎悪の眼差しを一顧だにせず。

 

「ハァッ!」

 

 高速で旋回し、振り上げられた長柄の刃。

 それは縊れたわき腹から豊かな胸を通り、対角線を引くように逆側の肩口へと奔らせた。

 

「ギ、ィガァアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!」

 

 思わず仰け反るフィーネだが、身を起こすと同時に激情に呼応したかの如く鞭刃が阻んでいた剣を噛み砕くように散らしてスコールもかくやと言わんばかりの勢いで降り注ぐ。

 

 ―――IMPERIAL EDGE

 

 ともすれば人体をひき肉どころか血霞に変えてしまうだろう連撃の嵐に、士郎は高速で後退して回避する。

 そうして図らずも、自身が弾き飛ばした奏とそんな彼女へと駆け寄った他の者たちのところへ合流する形になる。

 

「無事か、奏」

「ケホ……ああ、ノドと ハ ラ 以外はな」

「なら何よりだ」

 

 殊更に強調された恨み節をさらりと流す。奏も、自身の迂闊とそれを助けられたことを自覚しているためか、その皮肉以上のことは何も言わなかった。

 或いは、このやり取りこそが平常心を多少は取り戻せたことの証なのかもしれない。

 もっとも、恨めし気な視線とともに膨らんだ頬が不機嫌さを醸し出しているのはご愛嬌と言うべきか。

 

 閑話休題。

 士郎が危うげなく睨みつける先。ゆっくりと風で散りつつある粉塵の幕の向こうから、フィーネが自ずから踏み出して姿を顕わにした。

 途端、同じくそれを見ていた士郎以外の面々が息を飲む。

 

「ウッ……」

 

 響が、思わずといった様子で口元を抑える。しかしそれもむべなるかな、彼女が目の当たりにしてしまった者はそれほどまでに惨憺たる有様だったからだ。

 骨肉を肘の上あたりで断たれた右腕は、文字通り皮一枚で繋がっている状態でほんの少し揺らしただけでも熟れ切った柿の実のようにボトリと落ちてしまいそう。艶やかな美肉を斜めに走る裂け目は、内臓が零れていないことの方が不思議なほどだ。

 もはやゾンビ映画から飛び出してきたと言われても信じるほかない姿は、酸鼻極まるものでありながら現実味が欠けてもいた。フィーネに浮かぶ表情が痛痒の欠片すら感じさせるものでなく、傷そのものを庇うことも隠すこともなく晒していることがそれを助長していた。

 そんな彼女は、凄惨に過ぎる傷口におもむろに指を這わせ、胸の傷の奥を突く。あたりが暗くなければ、あるいは剥き出しに鼓動を刻む赤い果実が少女たちの目にも見えていたかもしれない。

 やがて指を引き抜き、指先を見つめながら何かを確かめるように擦り合わせる。そしてゆらりと、眠たげにすら見える様子で視線を士郎へと移した。

 

「再生しない、か。……その武器(ガラクタ)の手品か?」

「【ハルペー】、お前みたいなのにはちょうどいいだろう?」

「……、フ」

 

 太古にペルセウスが振るった刃を向け、鋭く言い放つ。すると、フィーネは軽く吹き出すように笑みを漏らした。

 それが何を意味しているのか―――そんなことを、考える間すらなく、『ソレ』は行われた。

 

 ギャリギャリと連なる刃を擦れ合わせながら鞭刃が動き、傷口を覆うように巻き付いていく。

 そしてその直後、早戻しのように鞭刃が引き戻されていく。

 瞬間、血抜きのされていない生肉がミキサーにかけられるような音と共に、水分を多く含んだ挽肉がまき散らされた。

 

「っ、ゥヴッ!!」

 

 反射的に、響は口元を抑える手の力を強めた。

 目も耳も覆わんばかりの暴挙に、響は胃から喉までがひとつながりの状態で尺取り虫のように蠕動するかのような錯覚を得てしまう。

 身を折り目に涙を浮かべながら、何とか全霊で醜態を晒してしまうことに耐えている。

 また奏や翼、クリスも表情を引きつらせ、呻くことすら忘れて息を詰まらせていた。

 そんな中で士郎は僅かなりとも表情を変えることはなく、そして当のフィーネ本人に至ってはある種の恍惚ささえうっすらと浮かべながら艶然と微笑んでいる。

 

 果たして。

 腕は完全に千切れ、胴体は繋がっていることの方が不思議なまでのグロテスクに肉を剥き出しにして、

 

「―――ハ」

 

 瞬時に、そして劇的に回復していく。否、秒ほどの時間でしかないことを鑑みれば『回帰』と称すべきか。

 なんにせよ、響たちが気付いたときには、すでにフィーネは黄金の装甲と肉体を取り戻していた。

 

「再生した!?」

「それで? 次の手品はなんだ?」

「……、」

 

 少女たちの瞠目に悦を感じながら、フィーネは蕩かすような笑みを傾ける。

 それに対し、彼は無言でハルペーを虚ろに還し、代わりに見慣れた陰陽の双剣を握りしめる。

 

「当てが外れたか、根無し草?」

「さて、どうだかな」

 

 或いは、強がりにも聞こえる士郎の返し。

 だが、その裏で高速に展開されている思考を、彼はフィーネに悟らせなかった。

 

(………さて。とりあえず想定した中ではまだマシな結果か)

 

 ハルペー。

 士郎がフィーネに振るったその刃は、かつてギリシャの英雄ペルセウスがメドゥーサの首を斬ったという逸話を持つ、所謂『不死殺し』の能力を持つ宝具だ。

 【屈折延命】と呼ばれるその能力は、その刃で付けた傷の回復・復元を阻害するというものである。つまり本来ならば、フィーネが先のように傷口を抉って再生したとしても、与えた傷の形のままに再生していたはずなのだ。

 にもかかわらず、フィーネの肉体は完全な治癒を実現していた。

 その理由はとても単純なものである。

 これはどんなものにも通じる一つの真理だが―――力の多寡に決定的な差があるのならば、多い方が少ない方を押し潰し塗り潰すのは当然の帰結。

 過去の事例を挙げ連ねるなら、暴走した響の振るったデュランダルと士郎のカリバーンの衝突の時が近いか。

 つまり、士郎が投影して振るっただけのハルペーの贋作よりも、完全に覚醒しフィーネの肉体と一つになって十全以上の力を発揮するネフシュタンの鎧の方が、その能力が圧倒的に強かったということを意味していた。

 

 ―――にもかかわらず、士郎はこの結果を最善ならずとも次善であると判じていた。

 彼が想定していた中で最悪なものだったのは『呪いが全く効かなかった場合』、その次に悪いのは『呪いが効いたのか効いていなかったのか観測できなかった場合』。

 だが現実に現れた結果は、『呪いは発現したものの、拭い去られてしまった』というものだった。

 つまり、世界間の差異に関係なく宝具の能力は聖遺物に干渉することが可能であるということだ。

 

 かつて奏に【全て遠き理想郷(アヴァロン)】を埋め込んだ時はシンフォギアの発動に影響は見られず、クリスとの戦いで【破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)】を使った時はあくまでも鎧の装着というある種の契約の解除のみに念頭を置いていた。

 その為に、或いは宝具の特性そのものが無効化される可能性もわずかながらに危惧していたのだが……

 

(こちらの心配も杞憂に終わった。なら、やりようはある)

 

 士郎はおもむろに腕を交差させるように構え、僅かに身を沈める。

 そうして瞑目の後に、静かに細く息を吐いた。

 

「……―――、投影、開始(トレース オン)

 

 直後に、己の内面にずらりと並んだ撃鉄が一斉に叩き落され、全ての回路が電光と火花を散らせながら赤熱する。

 溶鉱炉じみた(ハード)に対し、精神(ソフト)は液化した大気のように冷たく研ぎ澄まされていく。

 

 まず作り上げるのは不滅に近い命に届かせるための一手。

 次に想定するのはそれを使うべき状況、その仮想(シミュレート)

 更にそこへ至るための手順を構築し。

 

「――――工程完了(ロールアウト)全投影、待機(バレット クリア)

 

 ―――その全てを、もう一呼吸に移るまでの刹那で完了させた。

 

「皆、ちょっといいか?」

 

 語り掛ける声には、バヂリ、という焼けた鉄板の上で油が弾ける様な音が交じる。

 音の源は、手にした双剣。まるで稲妻が落ちて帯電しているかのように、刀身周りの空気を膨張させながら青白い火花を走らせている。

 剣の形そのものは変わっていないというのに、込められた力ばかりが今にも溢れ出そうとしているかのようで、それを間近に見た響は思わず固い唾を飲みこんだ。

 それに構わず、その刃を届かせるべき相手だけを鷹の瞳で見据えながら、彼は続けた。

 

「これから仕掛ける。

 ……そっちには気が割けないから、どうにか合わせてくれ」

「―――、了解だ」

「承知!」

 

 告げられた言葉に、真っ先に答えたのはツヴァイウィングの二人。この辺りは、流石の付き合いの長さか。

 

「……ヘマすんじゃねぇぞ」

 

 続いて、ぶっきらぼうに返しながらクリスが指を組みながら腕を伸ばして関節を解していく。

 

「え、えっと……わかりました!!」

 

 最後に、出遅れてしまった形で響が戸惑いながらも拳を握り直す。

 

 そうして、士郎と同じ方向を見て意と威をを揃える少女たち。

 その存在を間近に感じて、

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

―――いつか、いつの日か……

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「……――、」

 

 何かを、思い出す。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

―――これは、約束じゃなくて……

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 たまさか、戦時の士郎としては本当に珍しく入り混じった雑念。

 それはほんのわずかな、ささくれのように引っ掛かった懐古。

 ピースの足らなかったパズルの、隙間を埋めたかのような言いようのない感覚で。

 

 

 

「―――、鶴翼、欠落ヲ不ラズ(しんぎ むけつにしてばんじゃく)

 

 

 

 双剣を投げ放つ刹那には、ひとつ残らずしまい込んでいた。

 

 

 

***

 

 

 

 空を征く白い疾風、宙を駆ける黒い迅雷。渦を巻くような曲線と一途なまでの直線が、変形した二重螺旋のような軌道で以って過たずフィーネへと集中する。

 それに対し、フィーネは鼻筋に皺をよせるように表情を歪めながら、鞭刃を手繰った。

 

「チッ!」

 

 即座に音速を越えて迎撃に入る鞭刃の穂先。

 衝突までの間は刹那よりも短く、しかし拮抗は数秒と続いた。

 

「ッ!? ヂィッ!!!」

 

 驚愕を挟み、舌打ちが汚く重なる。

 投擲された干将莫邪とネフシュタンの刃の鬩ぎあいは、双方が大きく弾かれるという結果に終わり、

 

「「はぁあああああああああああああああ!!」」

 

 ―――千ノ落涙

 ―――STARDUST∞FOTON

 

 しかし、フィーネへの攻め手は緩まない。

 無数の刃と槍……刃金の群れによって作り出されたそれは、もはや豪雨と言わず嵐と言わず、降り注ぐ怒涛と言って過言ではない。

 ただ一人へと殺到する刃の大津波に、フィーネは驚嘆よりも憤激で以って四肢に力を籠める。

 

「舐めるなぁっ!!」

 

 ―――ASGARD

 

 本来ならば間に合わないだろうタイミングの防御。それを無理やり為したことによる筋肉と健の断裂も、即座に再生していくのを感じながら彼女は編み上げた防壁を見上げる。

 それは果たして刃の波涛を見事に受けきり、しかも僅かたりとも揺るがない。

 

「はぁあああああっ!!」

「―――シィッ!」

 

 その鉄壁を、文字通りにかいくぐって響と士郎が差し迫る。

 響は振りかぶった右拳、その腕部装甲は弓を引き絞るように限界まで後部がスライドし、更には脚部のジャッキ機構を使って自分自身を射出していた。

 それに続く士郎は流石に響を比べれば一歩余り遅れてはいるが、そも砲弾そのものと化している彼女に追随できている時点で人間の範疇を大きく凌駕していた。

 

「―――」

「でぇやぁああっっ!!」

 

 拳が胸元に着弾するまでは、まさに一瞬。命中の轟音は、まさしく着弾と言うべきそれだ。

 手指と言わず腕の骨にまで伝播する破砕の感触。胸骨を一息に砕き、肺と心臓にも致命と言っていいダメージを与えただろう一撃の実感。

 それはまさしく会心というべきもの、フィーネからすればこれ以上ないほどに痛恨の一打に他ならない。

 それほどのものを繰り出した響の胸に去来したものは、敵手へ与えた手応えに対する快哉か、それとも交友を深めた相手に与えた痛苦への慙愧か。

 ―――否、どちらでもない。

 

(防が………ない!?)

 

 その二つを忘れてしまうほどに強い、困惑。

 防御されることが前提の大ぶりの一撃。そしてその上で防御ごとその身を弾いて飛ばすつもりの、渾身の一打。

 しかも命中までの刹那、時間の感覚すら疑似的に引き延ばされた響の知覚は、フィーネが自分を正しく認識していたことを確かに見て取っていた。

 それはなぜ、という思考に移るよりも先に、新たな困惑が重ねられる。

 

「―――っっ!?」

 

 まるで、身体全体が沼に沈み込んでいくような感覚。

 同時に響く、地響きすら伴った破砕音が直下より伝播する。

 それはフィーネが、自身を吹き飛ばす一撃をそのままその場に縫い付けるものへと変換したものだった。

 

 

 

 実のところ、フィーネにとって既に防御の意味合いは大きく変わりつつあった。

 そも前提として、どのような攻撃も己が身と一つになった【ネフシュタンの鎧】が万全にして十二分、そして超然と稼働している限りは無意味。

 致命傷どころか即死と言うべき傷すら瞬く間に再生する以上、ただ肉体を傷つけるだけの攻撃は湖面に映る月の姿を崩すようなものにすぎない。

 感覚そのものは以前と変わるものではない以上、苦痛は普通に発生する。だがそんなものは噛み潰して無視すればよく、それを可能とする程度にはすでにその精神は肉体を凌駕している。

 響の打撃をまともに受け止めたのもそれ故。同時に、フィーネはそれを利用した。

 

 その結果、自身の足は足首まで埋まりながら地面を砕き、畳返しのように破砕した地盤をひっくり返している。

 フィーネの狙い通りに、吹き飛ばすだろう打撃は逆にその場へと釘付けにするものへと成り果てた。

 その代償に胸部をすり潰すような衝撃で、唇を化粧品で悪戯をした子供のように血で滴るほど濡れそぼらせ――――――その上で、ニィィ、と端を大きく釣り上げる笑みを拳の持ち主へと見せつけた。

 

「な―――あぐっ!?」

 

 響が戦慄に体を強張らせるよりも早く、その視界が顔面ごと覆われる。フィーネの掌だ。

 握力で砕かれるかのような圧搾は一瞬。だがそれでも、シンフォギアを纏っていなければ首から上はトマト缶の中身のように変貌を遂げていただろう。

 その苦痛を感じるも直後に身体が振り回され、まるでずぼらに脱いだ上着を放るかのように投げ出される形で唐突に解放された。

 

「ぅあっ!」

「ヅゥッッ!?」

 

 浮遊感を感じる間もない衝撃。耳朶が拾うのは、自分と青年の呻きだ。

 響の体は、双剣を手にフィーネへと躍りかからんとした士郎へ向けて放たれていた。

 彼が手にした双剣の間合いまではあと半歩。斬りかかる直前であったからこそ、士郎は射出された響の体躯を避けることはできなかった。

 結果、響は言うまでもなく士郎の体勢も大きく崩され、

 

「ク、ハッ―――!!」

 

 折り重なった二つの体を、纏めて貫かんと二条の鞭刃が螺旋を描いて絡まりながら疾駆する。

 切っ先の先端を重ねての旋転は、紛うことなく命を骨肉と魂もろともに抉り抜く兇器の具現だ。

 

「ッッ!!?」

 

 響は今度こそ、自分たちを殺すモノの姿に目を限界まで見開いて―――

 

 

 

「ちょせぇっ!!」

 

 

 

 ―――それが弾かれ、連なりすらほつれて逸らされる様まで見届けていた。

 

「ふぇっ!?」

「―――ッッ!!」

 

 驚く響の左右を引き離された鞭刃の二つの切っ先が通り過ぎ、自分たちの両脇の大地を盛大に削っていく。

 一方でフィーネもまた、驚愕と共に忌々しさで奥歯を鳴らす。

 が、その直後に彼女の左目を首を威強制的に仰け反らされるほどの衝撃が襲う。同時に、視界の半分が欠損していることに気付き。

 

「ッ、クゥリィイスゥウウウァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 首を引き戻すと同時に、赫怒と憎悪に染まった咆哮を交えて下手人の名を叫んだ。

 一つだけになった目が捕らえたのは、膝立ちで真紅の長銃を構える銀髪の狙撃手だ。

 

 ―――RED HOT BLAZE

 

 かつて豪槍と打ち合った長銃は、今回こそはその本懐を十全と果している。

 その銃口の奥で再び光が灯るのが見え、フィーネは反射的に残った右目を庇うように右の掌を翳した。

 直後、庇った右手と言わず全身の各所……それも肩や肘、膝といった関節をほぼ同時に撃ち抜かれていく。

 

(ガ………ッ、コイツ、狙って……!!?)

 

 先ほども述べたとおり、フィーネには既にダメージという概念は薄い。

 強力かつ高速の再生能力とあらゆる痛苦をほぼ無視できてしまう精神力ならば、心臓や肺などの循環器系を一時的に潰される程度は行動に大した支障も出ないと言っていい。

 故に彼女にとって懸念すべきは、それ以外の部位の損傷によって生ずる副次的な効果……つまり五感や運動能力そのものの阻害や欠如である。例えば耳目への攻撃による視覚や聴覚の麻痺、或いは四肢の切断などによる物理的な活動不能などだ。

 故に、クリスがいま行っている狙撃はフィーネに対して現状で最善ともいえる手であるのだ。

 無論、ネフシュタンの高速再生ならばその阻害もほんのわずかなものでしかないが。

 

「―――心技、泰山ニ至リ(ちから やまをぬき)心技 黄河ヲ渡ル(つるぎ みずをわかつ)

 

 その刹那ほどの間隙こそ、士郎にとっては千金に値する。

 

「ギ、ガ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 先に放った一対。そして響の体をぶつけられる寸前に密かに投げ放たれていた一対。

 四つの黒白の刃が、それこそ命を吹き込まれているのではと見紛うばかりに空を裂き、宙を割ってフィーネの肢体を断ち斬っていく。

 反射的に切っ先もろとも怨嗟の眼差しを士郎に向けようとして、今度こそフィーネの視界は狙撃によって閉ざされた。

 

「ガ、ァアアアアアアアアアアアッ!!? ギィサマァアらァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――――ッッ!!!!!」

 

 響く絶叫、直後にそれを掻き消すように轟く咆哮。

 自身を苛む激痛と赫怒を盛大に振りまき―――

 

「「「ハァアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」」」

 

 ―――それを最大の好機として、奏と翼、響の三人が正面と左右から躍りかかる。

 同時にクリスも、フィーネの挙動を完全に封じるべく各関節への狙撃を継続している。これならば再生の暇もなく防御すらできないだろう。

 

 唸る撃槍。

 閃く絶刀。

 轟く豪槍。

 そして射線を煌かせる魔弓。

 

 乾坤一擲。

 形勢逆転。

 浮かび上がったその二語を、現実のものとした確信を以って彼女たちの戦意は最大にまで昂ぶる。

 そして。

 

 

 

「――――――――――――――――――――――――――――――――――――、ハ。嘗めてくれるなよ、小娘ども」

 

 

 

 迫っていた響たち三人の耳にはそんな嘲弄の入り混じった冷徹な言葉が届き。

 その言葉よりも迅い衝撃が、その体を真逆の方向へと吹き飛ばしていた。

 

 

 

「なっ………!?」

 

 狙撃手として離れて構えていたが故にその始終を傍観することとなったクリスは、驚愕以上に疑問によって言葉を詰まらせていた。

 反撃と言うべきか迎撃と言うべきか、その身に鞭刃によるものだろう攻撃を喰らった三人は悲鳴を上げることすらできずに地面に叩きつけられ、転がっていく。

 精彩そのものは辛うじて欠けていてくれたのか、攻撃を受けたその身が泣き別れていたりということにはなっていないようだ。

 そのことに僅かに安堵したその時こそ、決定的な隙だったのか。

 フィーネの鞭刃の一つが勢いよく地面に突き刺さったかと思えば、次の瞬間にはその切っ先がクリスのすぐ傍の地面から勢いよく射出されてきた。

 

「うああっっ!!!」

 

 あたかも、獰猛な肉食魚が水面から喉笛を食い千切らんと飛び掛かってきたかの如く。

 地を抉って屹立した鞭刃は、真紅の長銃を穿ちながら真っ二つに引き千切った。

 辛うじて攻撃そのものからは逃れられていたクリスは、飛び散る赤い破片を浴びながら忌々し気に歯噛みする。

 

「あ、のヤロウ……この期に及んでネコを重ね着してやがったかよ!?」

 

 

 

***

 

 

 

(―――この感触、武器を壊しただけか。フン、他の連中も手応えからして大した傷は受けていまい)

 

 未だに光のない中で、フィーネは口惜し気に自嘲する。

 吐き散らした憤激は真実のもの。だがそればかりに流されてやるほど彼女の精神は未熟ではなかった。

 

 フィーネがやったことは単純だ。

 表面上は怒り狂って我を忘れているように振る舞いながら、残った聴覚と触覚で周囲を精査し、装者たちが隙と見て攻撃を仕掛けた瞬間に、ネフシュタンの再生力を操作して四肢と各関節だけを攻撃による損傷よりも上回るようにしたのだ。

 とどのつまりは、即興劇で騙したというだけのこと。策というには単純で、それこそ子供だましの誹りは免れまい。

 

 瞠目すべきなのは別の部分。

 不意打ちで視界を奪われ、関節を撃ち抜かれて四肢の動きを奪われて、燃え上がるような赫怒を抱きながら。

 その上で即座に自身のその感情すら利用しきって見せたフィーネの怜悧にして透徹された思考能力こそである。

 

 元より、彼女にとっては聖遺物の力など後付けに過ぎない。

 目的のために妄執と情念を煮詰めて昇華させた無双の精神と、長き時を積み重ねた無窮の叡智。

 その二つを組み合わせ、高い次元にまで昇華させたその魂魄こそがフィーネという存在にとって最大にして至高の武器である。

 

 そして今、その武器が警鐘を鳴らしている。

 その対象は言わずもがな。あらゆる意味での最大の異分子(イレギュラー)である錬鉄の魔術使いだ。

 

(先の攻防、奴は参加していなかった。何かを察しはしたが、止める暇はなかったとみるべきか。

 ……だが、次の手は読めている)

 

 その核心を裏付けるように。

 鋭敏化した聴覚が予想通りの文言を拾う。

 

唯名 別天ニ納メ(せいめい りきゅうにとどき)

(―――、来るか)

 

 脳裏に浮かぶのは、先の士郎とクリスの戦い。

 三対の刃が上下左右前後を取り囲む、斬撃の包囲網。

 クリスは持ち前のバトルセンスで以ってこれを凌いで見せたが、フィーネにはそれは不可能だ。視覚の回復が間に合っていないという以前に、そもそこまでの技量を持ちえていない。

 そしてその上で、彼女は一切の問題はないと判断する。

 

「フン」

 

 鼻息一つ。

 もはや腕を振るまでもなく、………それこそ先ほどの攻防で必死に腕を振るっていたのも演出に過ぎないのだと嘲うように………装着する主の意を十二分に汲み取って、二条の鞭刃がこれまでになく疾走/交錯する。

 真空を作り出すかのように大気そのものを切り裂く刃の連なり。宙で奔る鮮やかな赤い軌跡。まるで見えないキャンバスがそこにあるかのように、彼女の周囲に巨大な像が描き出されていく。

 

 ―――ASGARD þrjár

 

 かくして紡ぎ上がったのは、三方に張り巡らされた真紅の光壁。

 傍目には先ほどと同じものが三つ張り巡らされただけにしか見えないであろうが、その実は相互干渉によって互いの防護能力が引き上げられている。

 もはや城壁というにも等しい、不落の具現。

 フィーネは感覚によって察せられたそれらの感性を以て、絶対の確信を得る。

 

「嘗めてくれるなよ、魔術使い。たかが小娘に防がれた程度の児戯、我が身に届かせると思ったか……!」

 

 嘲いの勝利宣言。

 それを受け取り、しかし士郎の言葉は、力は、意志は、一切の揺らぎを生じない。

 

両雄(われら)―――」

 

 紡がれていく結びの言葉。

 徐々に大きく鼓膜を震わせていく、刃の風斬り音。

 それらが己を中心に交差する間際に、フィーネはようやく光を取り戻した。

 

 

 

「―――共ニ命ヲ別ツ(ともにてんをいだかず)ッッッ!!!」

 

 

 

 瞬間。

 生まれ変わったばかりの瞳は、力強く羽撃く巨きな三羽の鶴の姿を幻視した。

 

 

 

「………は?」

 

 呆けた戸惑いは、空から漏れ出ている。

 呆気に取られた表情を浮かべるフィーネの首が、胸元ごと宙をくるくると舞いながら見下ろすのは三つのもの。

 一つは、数多の肉塊と成り果ててて崩れていく己の躰。

 二つ目は、翼を広げたかのように刀身を巨大化させ、それこそ羽毛のように舞い散る三対の黒白の剣。

 そして最後に、こちらに刃金のような背を晒す、魔術使い―――衛宮 士郎。

 彼は残心のように刃を振り抜いたままの姿勢で、振り向かないままにこう返した。

 

「たわけ。貴様こそ、小娘に防がれた程度を全霊と思ったか」

 

 

 

***

 

 

 

「な、ぁ………」

 

 立花 響がその瞬間を目の当たりにしたのは、地に転がされた半身を起こしたその時。

 打ち据えられた衝撃に痺れが残る体で、なんとか半身を持ち上げたと同時だった。

 意識が半ば朦朧としていることもあり、凄惨さよりも現実離れした光景に唖然としたのは、彼女の精神にとっては幸いだったと言えるかもしれない。

 

 フィーネを取り囲むような赤い壁。

 そこへ殺到する六つの刃は、壁に触れるその寸前に“成長”した。

 金属でできているはずの黒白の刃が、峰の側をささくれさせるような形状で長大化していく様は、まさに翼を大きく広げて羽撃かんとしている猛禽のようだった。

 かくして出来上がった分厚く長大な刃は、もはや断頭台のそれと変わらない。

 

 鶴翼三連―――超限界突破(フル・オーバーエッズ)

 ただの一点を目指し、飛翔し疾走し寸断する三対の巨大な夫婦剣は立体的に交差し、その軌跡を複雑に絡ませる。

 果たして張り巡らされた防壁は刹那ほども阻むことはできず、更に次の刹那でその内側にいた女の体を装甲ごと無数の肉塊へと(バラ)して飛び散らせた。

 更に刹那を三つ重ねた頃には、役目を終えたとでもいうかのように全ての刃が解け、崩れ、散った刃片が淡雪のごとく消えていく。

 そして―――

 

工程完了(ロールアウト)全投影、待機(バレット クリア)

 

 ―――士郎の攻勢は、そこで終わりではない。

 むしろ、ここからこそが本番。

 それを示すかのように、外套から覗く褐色の地肌に回路のような文様が(イカズチ)じみた鋭さで疾走する。

 

 

 

停止解凍(フリーズアウト)………全投影連続層写(ソードバレルフルオープン)!!!」

 

 

 

 なにもない空中からの顕現するは無数の剣。その全てが瞬きほどの間も置かずに射出される。

 残像すら生まぬ絶影の一斉射。大気を砕いて轟く爆音は艦砲射撃の砲声にも等しい。

 鋭い鋼の砲弾はその狙いを一つたりともあやまたず、地に転がるだけだった肉塊を貫いて、それぞれが千々に散って離れた大地に打ち付けられていく。

 その中の一つ。

 フィーネの咽頭を抉った一振りは、そのままの勢いで校舎の残骸だろう石壁に突き立った。

 

「―――、 っ」

 

 喉を鍔元近くまでを刃に貫かれているためか。

 或いは肺ごと横隔膜がズタズタになっているためか。

 パクパクと喘いでいる口からは、呻くどころか喘鳴すらもどかしい。

 

 手も足もなく、金箔を繊細に縒って紡いだかのような金髪を振り乱しながらも壁に縫い付けられている様は、釘付けにされている藁人形のように不吉に過ぎる。

 既に始まっている高速での肉体再生が、それをより際立たせていた。

 そんな悍ましい光景を真正面から見据えて。

 衛宮 士郎はしかし、一筋の淀みすら見せぬ動きで最後の一手を紡ぎ出す。

 

投影、開始(トレース・オン)

 

 呟く言葉は、引き金であり鍵だ。

 撃鉄が再び叩き落され、肉体に刻み込まれている魔術回路が見えぬ火花を散らせながら励起し、同時に精神は内面世界へと一瞬にして没入しいく。

 無限に広がる剣の丘から手を伸ばすように検索したのは一振りの槍。

 或いは、騎士王の聖剣や鞘と同じくらいの因縁を持つと言っていい、呪いの朱槍。

 

 ―――フィーネと一つになったネフシュタンの鎧の再生力。

 生中な攻撃どころか、呪詛すらも押し流すほどの圧倒的な出力。

 それを打破せんと士郎が選んだ手とは―――瞬間的に鎧すら凌駕するほどの出力で以って放つ絶死必定の一撃である。

 そのために。

 

「―――I am the bone of my sword.(体は剣で出来ている)

 

 より深く、より強く、士郎は幻想(てつ)を打ち鍛える。

 

「、ッ………」

 

 

 筋肉(ニク)が軋む。

 ―――過負荷に断裂と回復を繰り返し、配置すら変えながら腱が千切れそうなまでに引き延ばされる。

 

 骨格(ホネ)が軋む。

 ―――全体的な枠組み(カタチ)そのものが歪み、圧壊しそうになる。

 

 神経が軋む。

 ―――ありえざる領域の敏捷性(はやさ)を獲得するための過負荷に、弾けては融けていく。

 

 自我(おのれ)が軋む。

 ―――大英雄の培った経験と魔槍が積み上げてきた年月に、ちっぽけな人間の魂を大瀑布のように押し流して挽き潰しにかかる。

 

「ギ、ィ………」

 

 どれか一つでも、死に至る理由には過分と言える。

 次の瞬間には、文字通りにそのままの意味合いで肉体が四分五裂に爆散していてもおかしくない。

 

 だがしかし。

 その全てを凌駕し、ありえざる幻想を現実のものとしてこそ錬鉄の魔術使い―――!!

 

「ッ! ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」

 

 フィーネが磔になってより、都合十秒足らず。

 幾つもの地獄(かてい)を踏破して、その手には確かに槍を握りしめていた。

 

 石突から穂先まで真紅一色。

 茨の蔦が如き意匠と合わせ、心臓そのものを鍛え上げて作り出したと言われれば、そのまま信じかねないほどの美しくも禍々しい姿。

 その銘は【ゲイ・ボルク】。

 ケルトが誇る大英雄クー・フーリンが愛槍。

 その一刺しの真価は、因果すら逆転させて必ず敵手の心臓を貫くという。

 

「……―――、フゥ―――」

 

 それはまるで、射の寸前のように。

 細く深く息を吐き、精神を凪に戻していく。

 改めて対峙すれば、彼我の距離は辛うじて十メートルに届かぬ程度。

 今の士郎にとっては、誇張抜きに一瞬で詰められる距離だ。

 

 狙い定める先は、すでに美々しさを取り戻した艶やかな膨らみの間、その更に最奥。

 皮と肉と骨に隔てられた、熟した果実の如き命の象徴。

 目に見えぬそれを、しかしすでに捉えているのか。

 士郎の鷹の眼差しは、狩るべき獲物から外れない。

 

「――――――その心臓、もらい受ける」

 

 最初の一歩目からすでに音は置き去りにされていた。

 貴き幻想(ノーブル・ファンタズム)、その再現が先史の巫女を穿たんと疾駆する―――

 

 

 

***

 

 

 

「フンッ!!!」

 

 まるでバイクが追突したかのような轟音とともに、出入り口を塞いでいた瓦礫が部屋の奥へと弾き飛ばされる。

 そうして入ってみると、中は棚にあったらしい薬瓶がいくつか落ち砕けて中身をまき散らしている以外は殆ど無事だった。

 

「司令、無理をしないで!! こちらに」

「む……すまん」

 

 瓦礫を殴り飛ばした当人である弦十郎は、しかし額に脂汗を浮かべながらあおいに促されるままに椅子に座り込む。

 同時に、供に来ていた他の面々……慎次や朔也、未来や弓美たちが入ってくる。

 未来はテーブルの上に猫のキャリーバッグを置いてからあおいを手伝っていたが、弓美たち三人は戸惑いと怯えを大きく含んだ様子で佇んでいる。

 この状況と、友人以外は見知らぬ人間ばかりという現状に少なからず委縮しているようでもある。もっとも、普通の女子高生に体の中心をブチ抜かれた状態でありながら重機ばりの膂力を発揮した大男が近くにいて怖がるなというのも無理な話ではあるが。

 

 閑話休題。

 彼らは本部機能が麻痺した後、どうにかシステムにアクセスできないかと電力の生きている場所を探していた。

 途中、(彼らには把握できていなかったが)カ・ディンギルの稼働の影響で地下施設の一部が崩落する事態も起こり、何とか辿り着いたのがここ……医務室である。

 

「―――、よし! この区画の電力は生きているようです!!」

「なら、僕は他を調べてきます!」

 

 元々は了子(フィーネ)のテリトリーであったためか。

 持ち込んだノートPCが息を吹き返したことに快哉を上げる朔也。同時に、とりあえずの安全を確認した慎次は一言を残して周囲の捜査と偵察に繰り出した。

 ややあって、システムとのアクセスに成功した朔也が弦十郎に振り返る。

 

「モニターとの再接続に成功しました。こちらから操作できそうです」

「っ、わかった」

 

 痛みに軋みそうな体に鞭を打って立ち上がる。

 未来たちもまた、それに倣うようにモニターを恐々と覗き込んだ。

 

「これ……なに……?」

 

 まず最初に映ったのは、極彩色に染まった壁。

 この時はまだ、二課本部のエレベーターシャフトがせり出して構築された荷電粒子砲【カ・ディンギル】であることは知る由もなかった。

 次に映し出されたのは、

 

「響! それにクリスも!!」

「え!? ……ホントだビッキー!!?」

「というかこちらのお二人はもしかしてツヴァイウィング……?」

「そんな……これじゃマジでアニメじゃん……」

 

 蹲りながら何やら驚愕している様子の友人たちの姿に、創世たちはそれぞれに驚愕を滲ませる。

 道すがらにある程度の事情は聞かされていたが、どこか半信半疑を拭いきることはできなかった。それもそのはず、級友が秘密裏に平和のために戦っていたなどそれこそ弓美のセリフではないがアニメのような話だ。

 しかし、こうして装甲を纏った姿を目の当たりにすれば、否応なしに現実味というものが輪郭を得てしまう。その非日常に現在進行形で巻き込まれているならば、なおのことだ。

 

 ―――だが。

 彼女たちの動揺も困惑も、そして他の者たちのあらゆる感情も次に映し出された場面で全てが同じ色に塗りつぶされた。

 場面が、切り替わる。

 

「………………………………………え?」

 

 未来が最初に思ったのは、回線の不具合でモニターが停止してしまったのかという疑いだった。

 それほどまでに、その場面はどうしようもなく静止していたからだ。

 だがよくよく見てみれば、そうではなくてただ映し出されている人物が微動だにしていないだけということに気付く。

 ………より正確に言えば、微動だに出来なくさせられていると言うべきか。

 

 

 

 モニターを占領している人物は、衛宮 士郎。

 その姿は――――――真紅の槍を突き出した姿のまま、全身のあらゆる場所を茨のような刃で貫かれているというものだった。

 陳腐な表現を用いてよいのなら、ヘタクソな繰り手のせいで糸の絡まったマリオネットのように。

 

 

 

「―――………、」

 

 ギザギザの刃から伝って滴る粘ついた煌めき。

 その正体に思い至ったとき、未来の思考は小さな衝撃で駆動を始める機械のように再稼働を始めた。

 そして。

 

「………イ、」

 

 

 

 イヤァアアアアア――――――――――――――――――――――――!!!!!!!!???

 

 

 

 惨状を正しく認識してしまった未来の喉から、悲痛な絶叫が迸る。

 それは、半壊した地下施設の中を響々と(こだま)した。

 

 

 

 





 あっれ、これもしかしなくとも年内に第一期分終わらない?(滝汗)
 お待たせしてしまった皆さま、申し訳ありません。
 なんとか更新できました。

 今回は今まで感想などで度々言われていたハルペーやゲイ・ボルクによるネフシュタン攻略に対する答えでしたが、いかがでしたでしょうか?
 解かりづらかったらすいません。
 ……ラスト、『やっぱり』って思った人はランサーニキに謝るように。ごめんなさい。

 さて、せめて最低でも次回は年内に更新したい。
 皆様、モチベのためにも感想を書いていただけたら嬉しいです。



 さて、ここから雑談。
 第六章が完全に終了し夏イベ真っ最中なFGOですが、新規に迎えた鯖の面々はこちら↓

・メリュジーヌ
・コヤンスカヤ
・キャストリア
・水着紫式部
・ハベトロット
・赤兎馬
・アナスタシア
・オリオン
・刑部姫
・水着コルデー
・水着ダ・ヴィンチ
・水着カイニス
・渡辺綱
・水着カーマ
・水着沖田オルタ

 ………うん、今年なんかガチャ運やけに良いな。
 去年の夏イベなんか盛大に沼ったのに。
 ちなみにキャストリアはピックアップじゃなくて福袋で水着式部と一緒にきました。
 去年のカーマと同じ流れですね。現在コヤンスカヤと一緒に超過勤務中です(爆)
 星5配布はアナスタシアを選びました。
 刑部姫と迷いましたが、水着PU1ですり抜けでオリオンと一緒に来たのを考えればよい選択だったなと思う。
 個人的に一番うれしかったのは水着カーマちゃん。チョロ可愛い。
 これでプリテンダーとシールダー以外は全クラスで星5が揃いました。
 オベロンは流石に来てくれませんでした。まあ、11連×2くらいしか回してないしね。

 ストーリーの方は六章についてはきのこは人の心無いんか定期。
 でもすごくよかったです。(語彙消失)
 でも、結局メリュジーヌとかがマイルームであんなに好感度激高な理由が結局不明なまま……明かされる日は来るのだろうか。
 とりあえず、六章組ははやくイベに巻き込まれてほっこりさせてほしい。特にモルガントリ子親子。

 あと、ネロ祭りのおかげで手付かずだった鯖が全部最終再臨まで行きました。
 やったね、コレで次の百階イベもラクチンだ!(ラクチンとは言っていない)
 まあ、種火の関係で手に入れたばっかの水着カイニスと綱はLv1のままなんですが……(汗


 それと、ワクチン一回目打ってきました。
 職域接種でしたが、打ってくれた人が異様に上手かったのか注射は全く痛くありませんでした。刺さったのもわからなかったくらい。
 二回目も十月に決まっているのですが、副反応がきつくなる可能性が高いらしいので今からドキドキしています。


 それでは、今回はこの辺で。
 相変わらずコロナの影響が凄まじいですが、皆さま諸々お気を付けくださいませ。
 ……あんとか、なんとかフィーネ戦は終わらせたい……(フラグ)
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