戦姫絶唱シンフォギア赫鋼―アカガネ―   作:樹影

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23:堕鬼憤叫/Zwei Wing

 

「………お、おい……響?」

 

 戸惑いを隠せないままに、奏は呟いた。

 彼女が見る先には、二つのフィーネの分身体を文字通りに粉砕した響が、理性の欠片もない咆哮をぶち上げている。

 その全身は漆黒に染まりきり、まるで平面に這う影法師がそのまま立ち上がったかのようだ。

 使い物にならずにダラリとぶら下がっていたはずの両腕からは、まるでサボテンのトゲのように小振りながらも無数の槍の穂先が群生している。腕の動き故か、それともそのものが直接動いているのか、その穂先はギチギチと耳障りに擦れあいながら、細かく蠢動している。

 無機質な刃にもかかわらずその動きには生物的なきらいが感じられ、それこそムカデやエビのような節足動物の脚を彷彿とさせられて思わず怖気を覚えてしまう。

 

 砕かれた分身体は、すでに影も形もない。挽肉のような残骸も、塵となって消えていった。

 どうやら、分身の方には再生能力はないようだ。それこそ、性質としてはノイズに近しいものに成り果てているのかもしれない。

 

「なぁ……響!!」

 

 戸惑いながらも、再度呼びかける。声の調子が強まったのは、二度目であるからか、それとも自身の鼓舞のためか。

 そうすれば、響は上半身そのものをゆらりと揺らしながら振り返る。

 

「■■■―――」

「っっ!?」

 

 そうして。

 今度こそ、奏は息ごと声を失った。

 ザリ、と地面から聞こえた音を聞いてから、自分が思わず身を引いて後退ったことを自覚する。

 向けられた眼差しは、鬼灯の実の内側から灯が点ったかのように不吉に赤く、眩しい。

 或いは、飢えた獣に見竦められたらこんな心持ちに陥るのか。ダラダラと涎を糸と引きながら、滑るように煌く牙と相まって案ずる気持ちは一瞬にして畏怖と警戒に上書きされた。

 

 一方で、フィーネの方はそんな響の行動を隙と見たのか。

 顔を背けていた彼女に向け、分身体たちの鞭刃が一斉に殺到する。

 

「っ!? あぶねぇ、響!!」

「■■■!!」

 

 反応したのは奏の声か、それとも向かってくる脅威に対してか。

 響は刃の蠢動する腕を盾にするようにして構える。

 瞬間、数多の切っ先と切っ先がぶつかり合い、金属が削り合うけたたましい不協和音が鳴り響き、逸らされた攻撃が響の周囲の地面を抉って再びの土煙を立ち込めさせていく。

 響の黒い全身はすぐにそれに覆い隠されて見えなくなるが、攻撃そのものは些かもその激しさを変えてはいないのだろう。騒音は止まないまま網膜を焼かんばかりに煌めく火花が、汚い靄を突き破るほどに瞬いている。

 それがしばらく続いたかと思えば、膠着を感じさせるよりも先に戦況が変遷した。

 

「っ!?」

 

 鞭刃を延ばしていた分身体の一体が、足を地から浮かせて土煙の塊へと勢い良く吸いこまれていく。

 同時に、響を包む煙幕が渦を巻き、瞬く間に散り消えていく。

 

「■■■―――、■■■■■■■!!!」

 

 そうして顕れた響は、流動する右の刃の群れをドリルのように高速で旋転させていた。分身体は、その刃の旋転によって巻き取られる鞭刃によって彼女の下へと引き寄せられていた。

 ギィイイイイイイイイ!!!、とけたたましさに甲高さを入り混じらせたソレへと、分身体は瞬く間に吸い込まれていく。

 

 さて、拘束で回転する無数の刃の中に身を投じればどうなるか?

 もっとわかりやすく言い変えよう。

 巨大なシュレッダーの中に、人体が巻き込まれれば一体どうなってしまうのだろうか?

 

「ま―――」

 

 咄嗟にそれを止めようとしたのは奏か、翼か、果たしてクリスか。或いは全員ほぼ同時だったか。

 なんにせよ、それに意味はなかった。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」

 

 静止が形になるよりも先に―――人の形をしたものが一つ、彼女たちの眼前で千々に砕かれてった。

 

 

 

***

 

 

 

「………………ぅぶ、っっっ!!!」

 

 直後、モニターを見ていた弓美が両頬を膨らませた口元を必死に両手で抑え、身を翻しながら蹲る。

 その醜態を咎められる者はいなかった。なんなら創世と詩織も同じような状態であったし、朔也やあおいも顔面を蒼白にしながらあからさま恐怖を表情に浮かべている。

 弦十郎もその顔には戦慄を浮かべていたし、何よりも未来はその惨状を呆然とした顔で眺めていた。

 

「ひ、響……?」

 

 明らかに常軌を逸した『ナニカ』へと変貌した親友の姿。それが齎した、あまりにも正視に堪えぬ惨劇。

 四散した血肉は瞬く間に塵と消えたために、凄惨さはいくらか和らいでいるとも言えるが、そんなことは慰めにもならない。

 誰もが絶句する中、

 

「………もう、やだ……なによコレ……こんなの、どうしようもないじゃない……」

 

 切られた口火は、絶望に染まりきっていた。

 未来はそれを口にした人物……なんとか吐瀉を堪えきったまま蹲って俯いている弓美へと気炎を吐く。

 

「あきらめないで!! みんな、必死で戦ってるんだから!!

 奏さんも、翼さんも、クリスや、響だって―――」

 

 瞬間、未来は無理矢理に体を引き寄せられてつんのめる。

 振り向いた弓美に、その胸倉を掴まれたのだ。

 彼女は恐怖と激情に涙を流しながら、叫びかかる。

 

「その響の!! あの姿を!! どう信じろっていうのよ!!」

 

 今、こうしている最中も響であったモノが、その力を衝動のままに振るっている。

 腕の刃で。

 両の足で。

 その牙で。

 フィーネに、その分身体に、ただただその衝動をぶつけ続けている。

 無数にいる分身体を少しずつ減らしながら、その本体へと躍りかかっては青い鞭刃や結晶体で撃ち落とされ、貫かれては打ち捨てられている。

 そしてすぐ立ち上がり、再び獣然と吶喊する。その繰り返し。

 その様はどう見ても何かを守ろうとするものではなく、眼前のものを鏖殺せんとする暴虐の化身にしか見えない。

 

「………もうやだよ……わけわかんない……どうなってるのよ……。

 衛宮さんだって、あんな……死んじゃって……」

「っ」

 

 未来の胸元からゆるゆると指の力が抜け、そのまま弓美は膝から崩れて再び嗚咽を漏らし始める。未来もまた、その言葉に絶句せざるを得なかった。

 二人の脳裏に浮かぶのは、自分たちを助けてくれた青年と、その最後の映像。文字通り花と散って燃え尽きたその姿。

 親しく言葉を交わしたこともある人間の散華に、ただでさえ追い詰められかけていた少女の心は砕け散るも寸前だった。

 創世と詩織がそんな彼女を励まそうと手を伸ばしかけたが、しかし声を出すよりも先に彼女たちも嗚咽を漏らし始めてしまう。

 無理もない、彼女たちも……いや、この場の誰もが既に限界に近い。

 そうすれば、もう誰も言葉が出なかった。

 ―――否。

 

「………それでも、『だとしても』」

 

 そう、だとしても。

 その言葉を口にして、皆の視線が集中する中。

 未来は、意識して強い瞳と強い言葉で、胸を張る。

 

「私は響を―――あそこで戦ってる皆を信じてる。……信じたい!」

 

 言って、未来はその瞳を再びモニターに……その向こうの戦う友人たちへと向ける。

 不安が晴れたわけではない。だが、それと信じないことは別なのだと、その姿は言外に告げていた。

 

(響……翼さん……奏さん……クリス……!)

 

 胸中で名を呼びつつ、最後に想うのはその場にはいない―――いなくなってしまった青年のこと。

 

(衛宮先生……どうか、響たちを護って……!!)

 

 ただ真摯に祈り願いながら、少女は唇を噛んで趨勢を見守り続ける。

 ―――その心の奥底に、忸怩たるものを生み出し始めながら。

 

 

 

***

 

 

 

「■■■■■■―――!!!」

 

 雷声と砲声を混じり合わせたかのような咆哮を込めて、黒い暴獣が激走する。

 

 ―――ASGARD

 ―――ASGARD

 ―――ASGARD

 

 その行く手を阻むのは、三体の分身体による三重の障壁。

 弾道ミサイル程度ならば、直撃すら一切の痛痒をその背面まで伝えないだろう絶対の防護。

 

「■■ッッ!!!」

 

 鎧袖一触。

 その言葉の意味を体現するかのように、漆黒の刃が絶対を瞬きに破り捨てる。余波で分身体を弾き飛ばしながら、響はその奥にいるフィーネ本人へと吶喊する。

 距離は数メートル。今の彼女なら秒を十に切り刻んでも時が余る程度の間合いだ。

 

「■■■!!」

 

 疼いているかのように。

 血に飢えているかのように。

 ギチギチ、ギシギシと殊更に無数の穂先を蠢かせながら、周囲の大気ごとフィーネの肢体を粉微塵にせんと腕を突き出し、

 

「―――ハ」

 

 かなわず、阻まれる。

 四つの結晶体を頂点として形成された、不可視の壁。それが水面か蜃気楼のように像を揺らめかせながらフィーネと響の間に立ちはだかり、兇刃の群れを阻んでいる。

 それは先の障壁のような強固な壁というよりも、まるで強力な磁石の反発でも受けているような様子で―――

 

「いや、そうか。アレは重力の……!!」

 

 事ここに至って、翼はフィーネの結晶体が生み出す力の正体に得心する。より正確に言えば、そこに思考を割くだけの余裕が出来てしまっていると言うべきか。

 

 だが、そんな外様の考察など当事者たちには関係なく。

 フィーネは薄く笑いながら体を左側に傾け、

 

「■ッ!!?」

 

 直後、レーザーのような軌跡を翼たちの網膜に残しながら、背に納まったままの結晶が勢いよく発射された。

 響にとって至近で放たれたそれは、突き出していた右腕の刃を悉く砕き散らしながら彼女自身を後方へと大きく弾き飛ばした。

 

「■■■―――!!」

「響!!」

 

 まるで投げた石が水面を跳ねるように、地面を大きくバウンドしていく響に奏が悲痛な声を上げる。

 一方で、それを為した者は愉しげに声を弾ませた。

 

「ハハ……実に興味深いな。聖遺物と人との融合がこのようなものを生み出すとは。

 もはや人に非ず、人の形をした破壊衝動。―――とはいえ、想定の範囲内を越えるものではないな」

「っ、どういう意味だ?」

 

 フィーネの言葉に、翼が不穏なものを感じて問いただす。

 ……なぜだろうか。その答えが返ってくる前からすでに、底冷えするかのような不吉な気配が自身の影から背筋をよじ登ってくるような錯覚を覚えていた。

 こちらに向けるフィーネの愉悦に満ちた眼差しが、その予感が正しいものだと裏付ける道化の笑みに見えた。

 

「簡単な話だ。融合したガングニールの暴走……制御不能の力は意識のみならず肉体すらも変質させていく。

 それこそ、人の機能すら損ないながらな」

「そ、んな」

 

 絶句する翼。それを鼻で笑いながら、フィーネは視線を彼女の相方へと滑らせる。

 

「本当に、ガングニールの装者とは役に立つサンプルだったとも。

 ………もっとも、片方はあの根無し草のおかげでもあったがな。でなければ、当の昔に廃棄するまでもなく散り消えていただろうがなぁ?」

「っっっ、そのために」

 

 自分が都合よく利用するために。

 己に力を与えたのか。

 響が力を得てしまったことを受け入れたのか。

 奏は胸中に悲しみと怒りと憎しみと悔しさを混沌と混ぜ合わせて、口の端から血が零れるほどに歯を噛みしめる。

 だが、睨みつけるもしばらく。奏はすぐに身を翻した。

 

 正味な話、奏は自身が利用されたことについてはさほど怒りを抱いていない。

 そも身を擲ってでも力を求めたのは自分自身で、そういう意味ではお互い様だとでも言える。結果として、こうして力を手に入れたのだから感謝自体は今も変わらないのだ。

 ―――だが、響は違う。

 

「―――響!!」

 

 蹲り、唸り声を漏らし続ける後輩。

 自分の知る姿から……彼女自身が望んでいたはずの在り方から、かけ離れてしまったその姿。

 

 立花 響は己の意思で誰かのために拳を握り、誰かのためにその掌を開いて繋ぐ道を勝ち取って見せた。

 だがそもそも、自身の二年前に不手際を起こさなければ、そんな選択肢を強いる必要すらなかったはずなのだ。

 その慚愧は自分でも女々しいほどにしつこいとは認識しているが、それでも負い目と悔いは心の奥底まで深く刻まれている。

 故にこそ、響をこのままにしてしまう方が、今の彼女には耐えられない。

 

「もうやめてくれ!! これ以上、ガングニールを暴走させちまったら……!!」

 

 侵食していく聖遺物(ガングニール)の欠片。

 それがこれ以上進行していけば、その果てに在るのはなんだというのか。

 拒絶反応のような死か。……或いは、それ以上に悍ましいナニカへの変貌か。

 奏からすれば、仮定であろうと想像すらしたくない。

 

「頼むよ……響……!! アンタは、そんな風になっちゃダメだ……!!」

 

 だから正気に戻ってくれと、一縷の望みをかけて抑えつけながら言葉をかける。

 そんな奏に、響は低い唸りを上げながら右手を彼女の胸の下あたりに押し付け―――

 

 

 

「――――――あ?」

 

 

 

 ―――気付いたときには、奏と響は大きく距離を離していた。

 

「あ、ぶねぇ!! ――――――がぁあっっ!!」

「が、ぐぅう!!?」

 

 自身が吹っ飛ばされたのだと、奏が自覚をしたのは、横滑りに飛ぶ自分の体が受け止めようとしたクリスもろとも瓦礫の山に叩きつけられてからだった。

 山と積み重なったコンクリートの塊を、さらに細かい破片に砕きながら二人は背面から全身に伝わる衝撃に呻き叫ぶ。

 

「奏っ、雪音っ!!?」

 

 思わず悲痛に叫ぶ翼。そんな彼女が見ている先で、粉塵の向こうからなんとか折り重なった状態から身を起こそうとする二人の姿が見える。

 

「づ、ぁ……」

「っ……オイ、大丈夫かよ」

「あ、ああ……ぅっ!!」

「なっ!? オイ!!」

 

 と、起こしかけた身を折ってそのまま膝をつく奏を慌てて抱えるクリス。先の一撃がそれほどまでだったのかとクリスは考えたが、奏はそれだけではないと悟っていた。

 

「―――っ、クソったれ。時間切れが近いってのかよ」

 

 そう、この中で奏だけが抱える問題。

 LiNKERによる適合ゆえの、タイムリミット。

 奇しくもそれが、状況は違えど二年前同様に立花 響を救わんとする場面で警鐘を鳴らし始めていた。

 

 そんな奏の焦燥をよそに、響の獣性は再びその矛先をフィーネへと向け始める。

 

「■■■―――■■!!」

 

 刃の繁る左腕を掲げれば、その切っ先の群れがひと際に強く脈動する。

 ―――否、ちがう。膨張しているのだ。

 犇めきあう穂先はそのままに、その下にある腕が膨らんでいるように見える。

 ミヂメヂブジ、と濡れた布切れを引き裂くような音がくぐもった感じで耳朶を叩く。

 

「――――――■■」

 

 響の喉奥から漏れる、低い唸り。

 理性の消え去った、真紅に輝く両眼が眇めるように薄まり―――直後、大きく見開かれた。

 同時に、奏は理由もわからずに戦慄が背筋に走るのを感じ、その直感に即座に従った。

 

「翼、逃げろぉっ!!?」

 

 離れたところで立ち尽くす相棒へと叫ぶが、しかし僅かに遅かった。

 松ぼっくりを彷彿とさせるほどに張り詰めた左腕が、残像を生まんばかりの速度で地面へと叩きつけられる。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――――!!!」

 

 瞬間。

 ボッッッ!!! と、大地と大地を一緒くたに砕く爆音と共に、刃の群れがまるで撒き散らされる植物の種子のように響の左腕ごと爆散した。

 寸前の姿が松ぼっくりなら、その飛散は鳳仙花の種子か。

 慣れない口笛を無理やりに力強く吹き鳴らしたかのような、甲高い風切り音を幾重にも織り重ねながら無数の刃が疾駆する。

 それらの多くはフィーネへと向かい、しかし前方へと放射状にばら撒かれたそれらは獲物以外も巻き込んでいく。

 数多の分身体たちは障壁を張ったものの、薄氷のように割り砕かれてその身に刃を受け止める羽目になっている。

 うず高く積まれた瓦礫の山も、中には撃ち砕かれて微塵と散るものもあった。

 そして。

 

「ぅぐ、ぁああああああああああああ!?」

「翼ぁ!?」

 

 刃の群れを捌ききれなかった翼もまた、その洗礼を浴びる羽目になっていた。

 その姿に、奏が悲痛な声を上げる。不幸中の幸いか、奏とクリスは響から見てほぼ真横に吹き飛ばされたために、射程圏内からは完全に外れていた。

 しかし、斜め前にいた翼は余波のいくらかを受けてしまっていた。

 

「翼!! 大丈夫か!? 翼ぁ!!?」

「―――つぅ……大丈夫、よ。心配しないで」

 

 必死になって呼びかける奏に、心配はいらないと笑みを浮かべて見せる翼。苦痛に目元を歪ませている様はあからさまな強がりであるが、分身体とちがって刃そのものが突き立ってはいない辺り、全くの噓というわけでもないのだろう。

 無論、無事であるというには些か苦しいが。

 

 そんな彼女をよそに、もっとも多くの刃を浴びたフィーネはと言えば、

 

「………所詮は獣、か」

 

 そんな言葉を、つまらなそうに溜息と共に零していた。

 その眼前には、自身へと殺到していた無数の穂先が、先ほどの響と同じく重力の壁によって阻まれていた。

 支えもなく、まるで群生するサンゴのように密集して宙に浮かぶその姿はトリックアートよりも現実味が薄い。

 むしろ、よく解からない昆虫の仰向けを見せつけられたような錯覚すら得て、殊更に忌々しくも思っていた。

 だが、その不快感こそがノイズとなって次に起こる事態への反応をわずかに遅らせた。

 

「■■―――■■■■■■■■■■■■!!」

 

 咆哮を号砲として、左腕を欠けさせた(ひびき)が己の身を発射する。

 音速を即座に越えたのか、衝撃波が陽炎となって景色を歪ませながら周囲を吹き飛ばす。

 そしてフィーネの眼前に留まっていた刃の群生は、飛来した響の右足によってそのほとんどが微塵に砕き散らされた。

 

「ほう―――」

「■■■!!」

 

 思わず、といった様子で感嘆の声を上げるフィーネ。彼女の眼前で、唸り声を上げる響の右足とに挟まれる形になりながら最後に一つだけ残った穂先がバキバキと音を立ててひび割れながら、少しずつ重力の壁に食い込んでいく。

 分厚いゴムの膜を、無理矢理に押し付けるだけで突き破ろうとするかのような力業。

 余波だけで荒れ果てた大地を更にひび割れさせ、ついに。

 

 

 

「――――――■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!」

 

 

 

 穂先は砕け散りながらも壁を突破し、響の蹴りはそのままフィーネの右腕を砕き散らした。

 

「………、ハ」

 

 フィーネの背後で、響の体が地響きと土煙と共に着弾する。

 それに振り返ることもなく、フィーネは一瞬、呆気に取られたような表情を浮かべて無くなった己の右腕を眺めてから―――愉しげに、歪んだ笑みを浮かべた。

 

「■■■■■■■!」

「ク、ハ! ハハハ!!」

 

 自身が起こした土煙を突き破って右拳を振るう響。笑いながら同じように左拳を握るフィーネ。

 拳と拳は即座に衝突し―――同時に爆散した。

 

「っっっ!!」

 

 行きつく間もなく繰り広げられる、凄惨な激突。

 人が人としての形を一瞬で失っていく様に、奏たちは吐き気さえ忘却して絶句した。

 しかし当事者であるフィーネは構わず、今度は右拳を振り上げた。―――そう、ほんの一瞬前に喪われていたはずの右腕の、だ

 そこには、響の足が砕いた事実そのものが嘘であったかのように、一筋の傷も一欠けらの違和感も存在してはいない。

 

(―――ッ!? 再生が、早すぎる!!)

「立花!!?」

 

 声に出す余裕もなく、慄くクリス。その驚愕は、自身がかつて使っていたからこそ痛感させられた圧倒的な性能差からくるものだ。

 もはや止めようのない一撃に、ただ茫然と見送ることしかできなかった翼が今更ながらに悲痛な声を上げる。

 

 だが、次の瞬間。

 

「■■■!!!!」

 

 フィーネの右拳を、響の左拳が迎え撃ち……再び、弾け飛んだ。

 

「っ―――!?」

 

 言葉を失ったのは誰で、それは何度目だったか。

 しかし響とフィーネの激突は連続し、一瞬で拳の暴雨と暴雨の応酬となった。

 

「■■■■■■■■■■■■―――!!!」

「アハハッ、ハハハハハハハ―――!!!」

 

 衝突、爆散、再生。

 衝突、爆散、再生。

 衝突、爆散、再生。

 衝突、爆散、再生。

 衝突、爆散、再生―――。

 

 互いの攻撃が互いを一瞬で削り壊し、次の瞬間には無かったものになって再びそれを繰り返す。

 その在り様はまるで、修羅道に堕ちたかのようだ。

 

「………………………………………………………………。やめろ」

 

 フラフラと立ち上がりながら、奏は呆然と呟く。いや、奏だけではなく翼やクリスも、悲痛に歪めた表情の中に強い意志を瞳に込め、傷ついた体を鼓舞して立ち上がっている。

 身構える三人に、フィーネの分身体は反応しない。彼女は一つの意思の下に動いていると言ったが、裏を返せばその意思がなにかに集中すれば他のものは目に入らなくなるというのか。

 裏を返せば、響に比べて気を払う価値もないと認識されているということになるのだが、いまに限っては都合がよかった。

 

 ―――だから。

 狂乱の衝突を繰り広げる両者を見据え、三人は示し合わせるでもなく同時に駆け出した。

 

「「「やめろぉ――――――――っっ!!!」」」

 

 ―――蒼ノ一閃

 

 まず、高く飛び上がった翼がフィーネへと向け、蒼い斬撃を放つ。それを舌打ち交じりに咄嗟に飛び退いて避けるフィーネに、クリスが矢の雨を横殴りに浴びせかける。

 

「ちょせぇ!!」

「―――、鬱陶しい小バエ共が」

 

 自身へと向かってくる赤と青の装者へと、フィーネは意識と爪先を向ける。

 それをよそに、奏は響へと飛び掛かり、抑えつけるように押し倒した。

 

「響!! もういい!! もうそれ以上は―――!!」

「■■■……■■■■■■!!」

 

 瞬間。

 ドォオッ!! という爆音と衝撃に、自身の腹が爆発したものかと錯覚した。

 腹を蹴り上げられた奏の体は、子供が放り投げたゴムボールのように真上へと打ち上げられ、すぐ様に落ちていく。

 

「あぐっ……がぅっっ!?」

 

 堰き止められたように詰まり、咳き込みながら再起動した呼吸には、鉄錆の匂いが混じっている。

 のたうち回るのを耐えている奏を完全に無視して、響は立ち上がりフィーネ目掛けて前のめりに構え、

 

 

 

 ―――INFINITE∞SHAFT

 

 

 

 それを、暴風の壁が遮った。

 

「■■■……」

「げほっ、げほっ……は、ぁ。ガフ……」

 

 振り返った赤い眼差しが見据えるのは、槍の穂先を深々と地面に突き立てた暁天の戦乙女の姿。

 肩で息をして、顔を打つ向けて立つその姿は槍を杖のようにしているようにも見える。

 それこそ、本当に立つだけでも精いっぱいなのかもしれない。

 そんな彼女へと、響は今度こそ明確に牙を剥いてみせる。

 刃を研ぐように細められた眼差しは、行く道を阻む『障害物』ではなく排除すべき明確な『外敵』と認識したということなのか。

 

 パキパキと。

 鋭い爪を備えた両手の五指をほぐすように鳴らして、黒い獣は静かに身を沈め始める。

 

「………響」

 

 それだけで心臓を抉られるほどの殺意を浴びせられ、しかし上げられた奏の顔には穏やかな笑みが浮かんでいる。

 その瞳で、まっすぐ響を見返しながら、口元から細く伝う血の筋を拭うこともなく言葉を紡ぐ。

 

「アタシはさ。アンタが一緒に戦うことを選んでくれた時―――申し訳なく思う裏で、実は喜んじまってたんだよ」

 

 自分と同じ力で、自分と共に戦ってくれる後輩。翼とは違う、けれど心強くも温かい存在。

 或いはそれは、かつて喪ってしまった妹の存在とどこか重ねてしまっていたのかもしれない。

 

「っとに……勝手な理屈だよなぁ」

 

 だが、それも今は少し違う。

 自分たちが背中を見せて、引っ張っていくだけじゃない。

 時にはその背を預けて支え合い、時には肩を並べて同じ障害を撃ち砕き、時には自分たちよりも前に突っ走って道を作る。

 庇護すべき雛ではなく、共に同じ場所で戦う同胞。

 そう言えるほどに強くなった少女の姿が、どこまでも眩しくて……誇らしかった。

 

「だから響……アタシはもう、お前に謝らない」

 

 選ばされたのではなく、己の道を選んで勝ち取った。

 そんなお前が、胸を張って自慢できるような自分でありたいから。

 後ろめたさはここで捨てよう。

 

「お前も、もうやめてくれ。―――あの日、アンタが勝ち取った理由(みち)は」

 

 あの月夜の廃神社。

 (てつ)の如く揺るがぬ男の信念(こころ)にまで届かせたその言葉は。

 誰かの手を握るために、その手を広げて延ばすという在り方は。

 

「そんな、悲しい姿になるためのものじゃないだろう?」

 

 祈りを捧げるような奏の言葉。

 それに対して、響からの返答は言葉ではなくやはり理性のない唸り声だ。

 

「―――■■■……」

 

 暴虐に爛々と輝きながら赤く微睡む瞳。理性を排した眼差しで睨みつけながら爪を、そして体全体を低く構える姿は、まさに引き絞られた弓矢の如くだ。

 次の瞬間にはその抑制された心身を解き放ち、奏の体を引き裂くだろう。

 奏にはそれに抗する術はない。単純な耐久力は言うに及ばず、技で以って抗うというならそれこそ絶唱かそれに匹敵するほどの力が必要で、今の彼女では命と引き換えでも叶うかは怪しい。

 つまりは万策が尽きていると言うべき状態であり―――そもそも、抗うという選択肢すら取るつもりはなかった。

 

「■■■■■■―――」

 

 黒く染まった全身が、引き金をゆっくりと引くようにほんの少しずつ低くなっていく。

 それを見つめる奏の眼差しはひどく優しく、穏やかなものだった。

 言うべきは言ったとばかりに、形の良い唇は淡く結ばれ、閉じられている。

 

 そして。

 

「■■■■■■■■■!!!」

 

 爆発するかのように疾駆する黒い暴虐。

 奏との距離は一瞬のうちに詰められ、凶爪が引き裂くどころか粉々に砕かんばかりの威力で以って放たれた。

 

 

 

 ―――結界の如き豪風の内側で。

 蟹の甲羅を砕くように装甲を破る音と、肉が血をしぶかせながら裂ける音が出来損ないの狂騒曲のように奏でられた。

 

 

 

***

 

 

 

 モニターに映し出される映像の中で、吹き荒れていた豪風の壁が急速に勢いを失って解けていく。

 豪風が遮っていたのは実に一分余り程度。短いといえばあまりに短く、しかし見守る側の胸中を不安と焦燥で溢れさせるには十分すぎた。

 

「響……」

「奏……」

 

 固唾を飲み、見守る一同。

 やがて豪風の中心にいた二人の姿が露わになり、即座にクローズアップされる。

 元々の設備と機材が良かったためだろう、カメラが比較的無傷に近かったという幸運も味方した。

 映し出された場面は、大金を投げ打って制作された大作映画さながらの鮮明さで彩られていた。―――それこそ、滴り落ちる血の雫の一滴すら克明になるほどに。

 

「………え?」

 

 紛うことなき流血の風景を目の当たりにして、しかし真っ先にまろびでた困惑の声は誰のものだったか。

 その場の全員が揃って当惑を得てしまうほどに、モニターが映し出した光景は予想だにしないものであった。

 

 響の腕は奏へと突き出され、肉は裂けて血は流れている。

 だがそれは、奏の体から溢れ出たものではない。

 奏へと突き出された腕は寸出で止められていた。まばたきをすれば爪の先と睫毛が触れ合ってしまいそうなほどに近いが、しかし決して触れ合ってはいない。

 その腕を止めたのは、響自身。

 

 ―――突き出された腕は、横合いからの逆の腕によって完全に阻まれていた。

 それこそ、自分の腕を抉るように握り潰すほどの強さによって。

 

 

 

***

 

 

 

「■■■……■■、■■■!!」

 

 静かに見つめる奏の眼前で、響は唸りながら身動ぎを繰り返している。

 その度に装甲を握り砕いて止めた腕から、激しく血が飛び散っている。

 

「響……」

「■■■ァ、■アア、エ゛、■■■ア゛……■■■……!!」

 

 獣の唸りの中に、苦悶の入り混じっている。そこに、理性の片鱗が見えている気がするのは驕りだろうか。

 だが一つだけ、確かなことがある。

 立花 響は、憤怒と憎悪の狂奔の最中に於いて、その最後の一線のギリギリで踏みとどまったのだ。

 それはまるで、泥中に小さくも力強く咲いて見せた一輪の花の如く。

 

「―――ありがとう、響」

「ア、■■■……!」

 

 と、唐突に身動ぎを繰り返す響の動きが止まった。

 それはどう見ても、自発的に止まったのではなく凍り付いたかのような突然の静止であり―――奏に、見覚えのある現象だった。

 

 ―――影縫い

 

「翼?」

 

 響の肩越しに、片翼の姿を見つける。

 響の影に短刀を投げ刺したその身は、どう見ても満身創痍と呼べるものだった。

 髪をサイドに束ねていた飾りは無くなり、あちこちの装甲は砕けて露出している地肌からは少なくない血が溢れ出ている。

 呼吸はどこまでも荒々しく、むしろ次の瞬間には詰まってそのまま止まってしまうのではないかという不安さえ抱いてしまう。

 ―――だがしかし。

 俯きかけた顔から覗く瞳の輝きと、口元に浮かぶ笑みはそれらを払拭するかのようにどこまでも力強い。

 

「良い先輩風、吹けたみたいね」

「………ハ。シャレかよ」

 

 翼の有様に言葉を失っていた奏であったが、そんな自分へと向けられた翼の物言いに却って肩の力が抜けた。

 そしてそんな奏の反応にこそ、翼は安堵を得ていた。

 

 自分が吹かせられなかった先輩風を、自分の相棒はこうも見事に成し遂げて見せた。

 それがほんの少しだけ悔しくて、それ以上に我が事のように嬉しいし誇らしい。

 ならば、自分は。

 

「―――防人としての本分、ここで果たそう」

「え……翼?」

 

 最後に、奏へと微笑みかけて翼は踵を返した。

 自分がこうしていた間に、クリスは自分以上にボロボロになりながらそれでも立っていた。

 僅かの時間とはいえ、フィーネの相手を一人で請け負ってくれたのだ。彼女もまた、自分にとって大切で誇らしい後輩に相違なかった。

 

「ならば猶更……先行く者の刃の煌き、ここに示す!」

 

 宣言と同時、翼は総身をバネとして高く高く跳ね上がる。

 その口から紡がれるのは、血と魂を込めたどこまでも力強く美しい(つるぎ)の嘔。

 

 ―――千ノ落涙

 

 瞬間。

 時雨の如く降り注いできた刃の雨に、しかしフィーネは呆れたような溜息を漏らした。

 

「今更、こんなナマクラが降ってきた程度で……」

 

 事実、襲い掛かる刃の悉くが鞭刃によって動くでもなく払われていく。それは、周囲に残っている分身体にしても同じことだった。

 だが、翼の狙いこそソレ。

 容易く打ち払えるが故に―――その足が、こうして止まっている。

 

「―――!!!」

 

 ―――天ノ逆鱗

 

 まさしく、その名の通りに天が落とした逆さ鱗が如く。

 投げ放った刀が常識を超越した拡張を繰り返し、遥かに巨大な刃へと変貌した。

 それを蹴り足で後押しするように両脚部のウィングブレードのスラスターを接続。本体のスラスターに質量に因る重力加速までも混ぜ込んで、まるで彗星の如く巨剣がフィーネ目掛けて墜ちていく。

 断つというよりも押し潰すというほうが正しい圧倒的すぎる武威。

 しかし。

 

「質より量のつもりか? 阿保らしい」

 

 フィーネの表情すら、変えることはできなかった。

 持ち上げた右手でパチンと指を鳴らせば、翼から結晶体が四つ彼女の前で円を描くように展開し、再び重力障壁が展開される。

 衝突はその直後。

 そのまま大地に叩きつければ断崖絶壁を地表に作り上げるだろう勇壮なる切っ先は、しかし不可視の絶対防御に針の先ほども通らない。

 

「虚を突いたつもりなのかもしれんが……アリがカブトムシになったところで、虫は虫よ」

 

 五指を広げて翳せば、更に残り四つの結晶体が先に展開していた結晶体を囲うように展開し、周回し始める。

 それに合わせ、障壁に突き立たん鬩ぎ合っている切っ先が、音を立てて軋み出し、

 

「なっ………!?」

 

 ひび割れながら捻じれ、砕け始めていた。まるで華奢なアルミ缶を捩じりながら潰しているかのように。

 ひび割れは既に、翼の足元にまで迫ろうとしていた。

 

「そら、とっとと離れねば諸共に捩じ切れるぞ?」

 

 子供が地を這い進む蟻に水を注ぐかのような、無邪気なまでの嗜虐。それを多分に伴った笑みを向けられた翼は―――

 

 

 

「―――フ。礼を言うぞ櫻井女史。いやさ、フィーネ」

 

 

 

 ―――まさしく狙い通りと、力強い笑みで返して見せる。

 何を、と怪訝な顔つきになるフィーネに、翼は僅かに身を折りながら、新たに二振りの刃を取り出し広げた。

 

「その増上慢……踏み台として、羽撃(はばた)かせてもらう!!」

 

 そして巨刃が砕け散るその寸前、両の刃を振り上げながら踏み切って、宣言通りに力強くも流麗に羽撃いた。

 

 ―――炎鳥極翔斬

 

 両の剣に焔を宿し、炎刃の極鳥が飛翔する。

 大気を裂き、疾風そのものとなりながら征くその先。

 

「っっ!? 狙いは初めからカ・ディンギルか!!」

 

 忌々し気に正答に至るフィーネだが、自身が砕いた巨刃の欠片がまるでミサイルを翻弄するチャフのように絶妙にその挙動を阻害していた。

 それによって阻めるのはたかだか数秒。だが、その数秒は急所(カ・ディンギル)に文字通り切っ先を突き立てるには十分すぎる。

 

(これならば―――!!)

 

 いける、と確信を抱きながら脇目も降らずに一直線に飛び征く翼。

 だが、その視界の端から赤い煌きが幾つも差し迫ってきているのを捉えてしまう。

 

「あ―――」

 

 それが分身体からの鞭刃であると気付いた刹那。

 無数の切っ先が纏った炎ごと双剣を砕き、翼の体を背面から斬り付けていた。

 

「………フン。増上慢はそちらの方だったようね」

 

 安堵を内に秘めながら、フィーネは翼の徒労を鼻で嗤う。

 

「奈落に墜ちて楽になれ、風鳴 翼。息があったなら、新世界の開闢くらいは目の当たりにできるだろうよ」

 

 

 

***

 

 

 

「―――。ったく、しょうがねぇなぁ。相変わらず、真面目が過ぎるんだよ」

 

 翼が失墜する瞬間、奏が浮かべたのはは呆れ半分といった風にも見える小さな微笑み。

 決して嘲弄などではありえず、かといってこの場面では明らかに不自然極まりない表情は、余人から見れば到底理解でいないモノだろうが―――その実、彼女は心の内で明確に覚悟を決めていた。

 『ソレ』を為すことに迷いは最初からなかった。ただ、その前にやっておくべきこと、残しておく言葉がある。

 彼女は正面で未だ動きを止めている響を見やって、僅かに目を細める。

 

「響……お前さんに、伝えておくことがある」

 

 奏は突き出された腕を避けるように響の首に腕を回して抱き着き、耳元に唇を寄せた。

 この囁きがどれほど届くかはわからないが、これだけは言っておかなければならない。

 

「若大将は、衛宮 士郎はまだ生きてる」

 

 それは、奏だけが知り得た……士郎とパスを繋いでいた奏だからこそ判ったこと。

 胸の内に宿る聖剣の鞘(アヴァロン)―――そこから微かに感じ取れる息吹が、彼の生存を告げていた。

 無論、命以外の無事は知れず、恐らくは五体満足なんてものは望めない。

 だからこそ。

 

「………後のことは、頼んだ」

 

 実のところ、奏には選ぶことなどできなかった。

 翼と士郎、どちらかを切り捨てて進むという選択肢は、それだけで今の彼女にとっては精神の死に等しい。

 故に、託す。

 誰よりも信用できる者に大切なもの(想い人)を託し、自分が担うべき大切なもの(相棒)に自身を(なげう)つ。

 

 嗚呼、とどのつまり。

 天羽 奏はこの期に及んで、『全部』を選んでしまうほどに強欲なのだ。

 

「じゃ。行ってくらぁ!!」

 

 そうして。

 彼女らしく、簡潔で快活で気風の良い別れを告げて。

 豪槍の戦乙女は一切の憂いなく駆け出した。

 

「■、■ァ―――カ、ナデ、ザ……」

 

 託された撃槍は、未だ獣の様相に染まったまま。

 しかし仄暗く煌く紅い瞳からは、涙を流し始めていた。

 

 

 

***

 

 

 

「ぅ……あ……」

 

 呻きながら、墜ちゆく翼。視界は明滅し、手も足も痺れたように動かない。

 殺到した刃は幸いにも体を撫でるようなもので済んだが、それでもこちらの飛翔を捥ぐように遮るには十全に過ぎた。

 

(……なんて、無様……啖呵を切って、この体たらく……か……)

 

 朧げな視界に、今度こそこちらを引き裂かんとする幾つもの赤い刃の蛇蝎をぼんやりと捉えながら。

 翼は不甲斐なさに歯噛みして、真下へと加速を続けていく。

 

 ―――INFINITE∞SHAFT

 

 その次の瞬間、そのどれもが拭い去られるように激変した。

 

「、ぇ?」

 

 視界は豪風が生み出した砂塵によって遮られ。

 落下は上へと吹き上がる気流によって和らげられ。

 そして弛緩した躰と精神は、

 

「翼ぁああああああ――――――ッッ!!!」

 

 己が生み出した風に乗って、駆け上がるかのようにこちらへと舞い上がる片翼の姿に再起を果たす。

 

「かな、で……!」

 

 うまく動かない腕をもどかしく感じながら、しかししっかりと翼は奏へと手を伸ばした。

 奏もまた、同じく翼へと手を伸ばし……重なるころには、互いに力強く握り合う。

 

(ああ……そうだ……)

 

 風鳴 翼はシンフォギアの装者である。

 風鳴の家に生まれた防人である。

 だが何よりも―――そう、他のどんな肩書や立場よりも、胸を張るべき有り様がある。

 それは。

 

「私は、私たちは―――」

「そうさ、アタシたちは―――」

 

「「『ツヴァイウィング』!!!」」

 

 例えどんな壁だろうが、困難だろうが、関係ない。

 超えて見せよう、砕いて見せよう。

 できないはずはない。やれない道理など凌駕してやる。

 嗚呼、そうだ。

 

 

 

「「両翼揃った『ツヴァイウィング』なら、どこまでだって飛翔()んでいける―――羽撃(はばた)けるッッ!!!」」

 

 

 

***

 

 

 

 突然刃を遮った風の壁。

 翼と奏の姿を覆い隠した竜巻を、二人諸共引き裂くことで仕留めんと残ったすべての分身体が跳躍した。

 その両手には異形の直剣と化した鞭刃。本体の嗜虐が伝播しているのか、全く同じ作りの顔には全く同じように加虐者としての邪悪な笑みが張り付いている。

 そしていよいよ、微かに見える二つに重なった影を寸断せんとその全ての刃が振りかぶられた。

 

 ―――瞬間。

 まるで卵から孵るかのように、豪風を内側から吹き飛ばした二色の焔が分身体たちを悉く灰にした。

 

「な、にィッッ!!?」

 

 今度こそ、驚愕に目を見張るフィーネ。

 これが融合症例(ひびき)であるならばまだ納得はできる。だが、既に半死人と言っていい装者が二人揃った程度で、なぜこうなるというのか。

 簡単な数式でまったく違うはずの答えが正しいものであると言われたかのような不可解と理不尽に、フィーネの胸中が不快に搔き乱される。

 そんな彼女が見ている前で、焔が広がり、形を成す。

 

「『翼』、だと……!?」

 

 蒼天の蒼翼、暁天の赫翼。

 天を覆うかのような眩さの中心には、それぞれが片翼を担う翼と奏の姿。

 指を絡ませ、拳として突き出した二人が、その双翼を力強く羽撃かせた。

 

「「おおおおおおおおおおおおおおぉぉ――――――――――ッッッ!!!!」」

 

 

 

 ―――双翼-ZWEI∞WING-

 

 

 

 まさしく、己らの名前そのものとなった二人が征く先には、『カ・ディンギル』。

 臨界まであと幾許かというところだろうその威容は、すでに光を纏い電光を迸らせ始めていた。

 だが、双翼の羽撃きは確実にその威を放つよりも確実に速く。

 

「させる―――っ!!?」

 

 今度こそ、全霊で以って撃ち落とさんとしたフィーネを、後ろから羽交い絞めする者がいた。

 一瞬にして湧き上がる赫怒に目を剥くフィーネが振り返って見たのは、してやったりと笑う顔。

 

「『させるものか』、ってのはこっちのセリフだゼ?」

「ッッッッッ、クソ餓鬼がぁあああああああああああああああああ!!!」

 

 その叫びに呼応して、二つの蒼い鞭刃がのたうつもそこそこに高速で蠢動する。

 それらはフィーネの括れた腹を穿ち、クリスの背を食い破って飛び出してきた。

 

「ッッッ!!!? ガ、ァ…………ハ!!」

 

 一瞬、目を大きく見開くクリスだったが、口から血を零しながらもすぐに勝ち誇ったような笑みを取り戻す。

 その反応にこそフィーネは怖気と共に驚愕を得て、一瞬硬直してしまう。

 唇をルージュを引いたかのように血で濡らしながら、クリスは腕の力をさらに強くする。

 

「ツれねぇことすんなよ。こっちは既に大サービス放出済みだぜ?」

「なにを……!?」

 

 表情を怪訝に歪めるフィーネの耳に、か細く突き刺さってくる者がある。

 空気を鋭く尖らせて鼓膜を突いてくるような音。

 かと思えば、すぐ様に大きくなっていくそれに弾かれたように見上げてみれば、

 

「キ、」

 

 すでに時は遅く。

 先に放たれていたのだろう大小無数のミサイルが、飢えた鴉の群れのようにこちらに殺到せんとする様が視界を支配した。

 

「キィィサァァマァアアアアアアアアァ―――ッッッ!!!!」

 

 負け惜しみの絶叫は、フィーネとクリスの姿もろとも爆裂の圧と音の中に呑まれていった。

 

 

 

 地表に咲く爆華の繚乱を置き去りに、双翼の歌女(うため)が暗天を駆け上る。

 火の粉を羽根と散らして消えてゆくその軌跡を彩るように、(さえず)りが紡がれ降り注いでいる。

 (さえず)りの名は【逆光のフリューゲル】。

 その唄声は、まるで血潮が通っているかのように力強く―――しかし同時に、命を燃やしているというにはこれ以上なく楽し気に天上天下を震わせていた。

 

 果たして双翼は、カ・ディンギルへと辿り着き。

 瞬間、遠大にして壮大にして不遜なる計画の瓦解を示す轟音と共に、周囲の全てが光の中に呑まれていった。

 

「■■ァ、ア■……アア……」

 

 その中で。

 未だに胸へと響く、自分にとっての始まりの歌を聴きながら。

 

「ア……ああ……―――」

 

 暴獣のそれではなく、人としての理性と感情を取り戻した瞳と姿で。

 

「―――あああああああああっ!!!」

 

 立花 響は、悲嘆と無力に喉を震わせていた。

 

 

 

***

 

 

 

 かくして、神威へと手を伸ばした塔は神話と同じく崩れ去った。

 傲慢に怒り狂った神の罰などではなく。

 神すらも知らない光で先を紡がんとした、純粋な『人』の意思と力によって―――。

 

 

 





 ―――というわけで、お待たせしました。
 三月も半ば近くで今年初投稿です(震え声

 今回のタイトル、前半分はXDUの暴走響のカード名から取りました。
 暴走響は他に二種類くらいあるけど、作中イメージで近いのはこれだったので。

 なんか暴走響の再生力がヤバい感じですが、原作でも二期で捥がれた腕再生してたし、ノーブルレッドもその辺りの再生能力利用で人間の体を取り戻すのを目論んでたらしいですし、まあまあセーフだと思いたいです。

 ちなみに、作中に出てきた奏の『INFINITE∞SHAFT』と翼との合体技『双翼-ZWEI∞WING-』は完全オリジナルです。
 前者は自身を中心に竜巻を形成する防御技。
 後者はおそらく今回こっきりの大技です。



 こっからFGO雑談ですが、メガネイベの高難度とスーパーリコレクションは【モルガン・マーリン・キャストリア】の編成で耐久ごり押しで勝ちました。
 卑弥呼よりも防御回数一回少ないですが、モルガンが宝具でダメージ与えられるのとNP20%単騎付与&全体NP獲得率UP持ってるのとで割と使い勝手は良かったです。

 ガチャの方は……去年が良かったからか、福袋以外で新規鯖は出ませんでした。
 ちなみに福袋はオベロン狙って邪ンヌとゴルゴーンでした。

 あと、保有鯖が全騎レベル最大になりました。
 で、その後はレベル100を二騎ほど増やしました。
 片方はモルガン。
 もう片方は陳宮です。
 ………自分は人類悪を作ってしまったかもしれない(爆
 ただ、その分イベとかでもらえる種火の今後の使い道が悩ましい。
 次はバサクレスをちょくちょくレベル100にしようかととも考えてますが、それ以後は聖杯の数もあるし悩み所です。



 さて、今回はこの辺で。
 次回は切の良いところで区切るので、ホントに短めになる予定。
 ……その分早めに出せればいいんですけど……(汗
 のんびり待っていただければ、ありがたいです。
 それでは、また次回。

 ………予約投降の更新日時、いっつも何時ぐらいにしようか地味に悩む。
 これって自分だけですかね?
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