戦姫絶唱シンフォギア赫鋼―アカガネ―   作:樹影

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 二日連続投降の一日目。
 更新までの出来事。
・シン・ウルトラマン見た。
・ワンピース フィルムRED見た。
 どちらも素晴らしかったです。久方ぶりの映画は良いもんでした。
 次確定で見るのはシン・仮面ライダーですね。
 ………あと、個人的に米津玄師の『M八七』はすごくアヴァロン・ルフェっぽい気がするのは自分だけでしょうかね?


26:『かつて』と『いま』と『いつか』を繋ぐもの/星に願いを地に祝福を

 

 

 

 ………………遠い、遠い、昔。

 人と人とが統一言語で繋がっていた頃、ただ一人あの方と……あの人と、語り合うことができたのが(フィーネ)だった。

 

“俺たちはヒトに近づきすぎるべきじゃない”

 

 共に同じ地平で過ごさないかと誘った時、彼はそう言って断った。

 そこには隔絶した存在としての超然さも傲慢もなく、ただ純粋に人類(ヒト)という存在を慈しんでいた。

 そんな彼と言葉を交わす私も、選ばれた者としての優越なんてものは全く湧かず、ただただ彼との逢瀬に心が満たされていた。

 そうした日々を重ねていくうちに、私には夢ができた。

 

 ―――育まれ、膨らみ続けたこの想い。それを真実、神と巫女などではなく一個の存在として告げたいと。

 

 それはバラルの呪詛によって統一言語が失われ、繋がりを失くした人間どもが醜く跋扈するようになってからも変わらない。

 何度死んでも。

 何度蘇っても。

 どれほど憎まれようと。

 どれほど蔑まされようと。

 ただ一つ………遥かな昔から変わらないこの想いを届けるためだけに、私は在り続けたのだ。

 今までも、これからも。

 

 だが、ふと思う。

 朽ちることなく、壊れることなく、果つることのないこの慕情。

 その始まりとは、さてなんであったか―――。

 

 

 

***

 

 

 

「………、っぁ?」

 不規則に体が揺さぶられる感覚に、フィーネの意識が引き戻される。

 だがそこに記憶と感覚が繋がるまでに幾許かの間が生じた。より正確に言えば、意識がその輪郭を徐々に鮮明なものにしていっても、身体の感覚はどこかぼやけたもののままだった。

 その原因には、心当たりがある。

(―――、この体も限界か)

 デュランダルとネフシュタンの鎧の衝突。完全聖遺物同士の対消滅。

 装者たちの死力を尽くした策は見事成就した。この身に纏った……否、この身に融け込んだ鎧は超常の破壊力とそれに抗する再生力の臨界により、致命的なまでの損耗を得るに至った。

 そしてそれはそのまま、櫻井 了子の肉体(このカラダ)の限界そのものを意味している。さもありなん、鎧の再生力をそのまま肉体に依存させた以上、鎧と共に滅ぶのは必定だ。

 まだこうして生きているのは、ノイズによって形成した竜の躯体とそれを為すために取り込んだソロモンの杖の分、多少なり被害が分散したからだろうか。

(とはいえ……幾許も保たん、か)

 見れば、鎧こそ未だ纏えているが既にどこもかしこも砕かれひび割れ、それが修復される気配はない。まだ完全に機能停止しているわけではないようだが、現状を維持するのが精いっぱいというところか。

 だがそれもいつまでの話か、今の均衡状態がわずかでも崩れれば、後は砂の城を崩すかのように崩れ落ちるだろう。……恐らく、文字通りに。

(まったく、無様なものだ)

 今生こそは上手くいくはずだった。

 王手が掛かっていたはずの盤面が、丸ごとひっくり返されるような事態にさえならなければ―――そんな負け惜しみが脳裏に過ぎること自体が、何よりも苦々しい。

 どうあれ、此度の結果は確定した。

 月は砕けない。バラルの呪詛はなくならない。この身は滅びる。

 ―――だが、しかし。

(………まだ、できることはある)

 思わず喉の奥でこみ上げてきた笑みを転がそうとした、その時だ。

「―――了子さん、気が付いたんですか!?」

 弾むような、元気という言葉がそのまま空気を震わせているような、そんな声が間近から鼓膜を震わせた。

 その時になって、フィーネはようやく自分が誰かに身を預ける形で運ばれていることに気付いた。

 ゆるゆると顔を上げて、呆気にとられたような表情を浮かべる。たまさか、末期の気怠さも忘れてしまう。

「………。立花、響」

 

 

 

***

 

 

 

 返ってきた言葉に、響は西日に照らされながら相好を崩す。すでに日が傾くほどに時は過ぎており、恐らくは各々のシェルターから解放された人たちも出ているころだろう。

 そんな中で、響はフィーネに肩を貸す形で彼女を運んでいた。つい先ほどまで竜の残骸の中に埋もれていた彼女の体は、目立った傷はないように見えてその実、ボロボロだった。

 だがそれは彼女の所業を考えれば自業自得。事の次第を知るものならば、天網恢恢疎にして漏らさずとはまさにこのことだろうと誰もが口をそろえるに違いない。

 そしてそれはフィーネ自身も自覚していることで、だからこそ響の行動に瞠目を禁じ得なかった。

「なにを、バカなことを……」

「あはは、みんなにもよく言われます。未来にだって、『変わった子だ』って言われちゃいます」

 フィーネからの率直な言葉に、響は困ったようにそう笑う。周りには翼たちを始め、仲間たちがそんな彼女たちを苦笑を浮かべながらも見守っている。

 しょうがないと思いながら、しかし彼女らしいとその行動を止めることはしなかった。

「はぁ、このスクリューボールが」

「ま、ここで見捨てちまうよーなヤツじゃないわな」

 呆れ半分といったクリスに、肩をすくめる奏。二人ともにフィーネには激情を迸らせていたが、そんな彼女たちでさえ響の行動を受け入れていた。

 そんな注目を浴びながら、手頃な瓦礫にフィーネを腰掛けさせた。

 戦闘で出来た更地の先に、痛ましく傷ついた街並みと夕日の沈みつつある海の姿が一望できる。そんな惨状でありながら、それでも穏やかにその光景を眺められるのはようやくに戦いが終わったからか。

 ―――あぁ、そうだ。戦いは終わったのだ。

 だから。

「―――もう、終わりにしましょう。了子さん」

 何をだ、と問われればよくわからない。そも結局、響は『フィーネ』については解らないことばかりだ。

 それでも、これで終わりにしようと、そう思って言葉にした。

「………私は、フィーネだ」

「でも、了子さんは了子さんですから」

 今まで隠していたとか、騙していたとか、そもそも本物の櫻井 了子ではないとか………いろいろあるのだろうけども。

 初めて会ったときから『彼女(りょうこ)』が『彼女(フィーネ)』であるならば、響にとってはやはり彼女が『了子さん』なのだ。

 ともに日々を重ねてきて、それが偽りを塗り重ねたものだとしても、それでも現実に刻まれたものだから。………思い出として、この胸に確かにあるものだから。

「きっと私たち、わかり合えます」

「――――――、ハ」

 真っ直ぐ告げた言葉に、返ってきたものは失笑だった。フィーネはよろめきながらも立ち上がり、眼前の夕日を目指すかのように数歩を歩く。

 後ろにいる、誰一人にも振り向かず。

 それは暗に、彼女の旅路を示していたのかもしれない。

 

 

 

「統一言語を失い、ノイズを作って殺し合うことをまっさきに選んだ人間たち。手を繋ぐよりも、互いを殴り貫き引き裂くことを選んだ我々。

 ………そんな人間(イキモノ)が解かり合えるものかよ」

 そのあまりにも醜すぎる変貌を、転生を重ねた今ですら忘れられない。

 築き上げた美しい全てを、瞬く間に穢し尽くして壊し尽くした愚かさを、どうして嫌悪せずにいられよう。

「だから私には、この道しかない。―――この道しか、選べなかったのだ」

 たまさか、降りる静寂。

 幾許かの間、誰をも支配していたそれを破ったのは、やはり響だった。

「―――人が言葉よりも強く繋がれること、理解()からない私たちじゃありません」

「………、」

 解かった風な口を、とは返せなかった。

 少なくとも、彼女は真実それを束ねてこの身を打倒せしめたのだ。

 故に、ここから先は負け惜しみで―――そして本当の意味での自分の勝利だ。

 

 

 

 フィーネはおもむろに、ゆるゆると右手を持ち上げる。

 握りしめられていたその手は、肩よりも上に掲げられたところでより強く握りしめられ―――弾けるように開かれた。

「っっ!? 立花!!!」

 瞬間、戦慄と焦燥に鋭く声を上げる士郎。

 花弁の拡げられたフィーネの掌。

 そこに果実の如く顕われたのは、夕日の輝きを逆に呑み込まんと煌めく八面体の結晶だ。

 直後、フィーネと響は同時に動いた。

 

「アァァアアアア―――ッッ!!!」

「っ―――!!!」

 

 裂けたような笑みと共に振り向きながら腕を突き出すフィーネ。

 息を呑み、僅かに身を逸らしながらも一瞬で鋭く前へと踏み込む響。

 果たして互いは交差し、射ち出された結晶体は辛うじて響に掠ることもなく通り過ぎ、響もまたフィーネの胸元にその拳を寸止めさせた。

「きゃぁああ!?」

「づっっ、………―――!!?」

 暴風を巻き起こしながら疾駆する結晶体。伝播する衝撃に悲鳴を上げる未来を庇う士郎だったが、何かに気付いたように目を見開いて振り向いた。

 それを見て、まさしく周回遅れの反応にフィーネは思わず愉悦を得る。

「私の勝ちだぁっっ!!!」

「え……?」

 言葉に釣られ振り向く。その場の誰もが同じように同じ方へと振り向き、“ソレ”を見る。

 そこに在るのは。

 そこに、浮かんでいるのは―――

「………、月?」

 

 

 

 撃ち出された結晶体は、勢いが失われるどころかさらに加速を続けていく。大気圏を突破して、重力の頸木から解放されて尚それはとどまらない。

 それは軌跡に光を残し、まさしく極小の流星そのものとなりはてる。その輝きはなおも増しながら、瞬く間に月にまで到達した。より正確に言えば、物理的に砕かれ割れたその破片。未だに未練がましいかのようにその軌道を共にする、巨大な欠片にだ。

 結晶体はその欠片を深々と穿ちながら埋没すると、その身を深くひび割れさせながらひと際強く輝いた。あたかも、蝋燭の消える間際のように。或いは、散りゆく命がその最後の力を振り絞ったかのように。

 そして。

 

 

 

 誰もが振り向き、仰ぎ見る中で。

 月に小さな光がきらりと輝いたかと思えば、その姿そのものがグニャリと大きく歪んだ。

「え……!?」

 それはまるで、水面の映り込んだ姿に石を投げ入れたかのよう。

 当惑に声を上げるも、その変化はほんの一瞬のものだけだった。すでに月の姿は元の……とはいっても『砕かれたままの』という枕言葉がついてしまうが……姿を取り戻している。

 しかし、それに反して胸騒ぎは収まらず、むしろ強まっていくばかりだ。

 響が再び振り返れば、それを成し遂げたフィーネは満身創痍のままでありながら、狂気の混ざった笑みを浮かべている。

 同時に、バキバキと朽木が崩れるような音を立てながらその体に鎧もろとも亀裂が奔っていく。

 急速に、灼熱の砂漠に野晒しにされた陶器が、目に見えて砂に還っていくかのように。

「この鎧に残されていた全ての力を籠めて撃ち出したアレは、自壊するほどの出力で重力崩壊を引き起こした。

 ―――流石に月そのものを即座に引っ張ることは叶うまいが、割れ落ちた欠片ならば話は別だろうよ」

「フィーネ、貴様……!!」

 睨みつけてくる士郎に対し、ニヤリとしてやったりと殊更に笑みを深くする。

 コレにて意趣を返したと、愉悦が溢れるのを抑えられない。

「私とお前たちを同じ地平の存在と見たこと―――それが、お前たちの敗因だ」

 すでにネフシュタンの鎧はその全ての機能を停止し、肉体を道連れとした崩壊はすでに歯止めの賭けようがない。

 例えるならそれは砂時計。さらさらざらざらと砂粒の一つまで奈落の底へと墜ちていく。

 ………だが、それがどうした。そんなもの、何ら痛痒にはならない。

 砂時計というならば、墜ちきってからひっくり返せ(やりなおせ)ばいい。

「そうだとも!! この身がここで果てようとも、私の悲願を邪魔した報いは遍く愚衆に受けてもらう!

 ―――器が幾度滅ぼうとも、わが魂は不滅! アウフヴァッフェン波形がある限り、私は何度だって黄泉還る!!」

 それが近い将来であれ、遠い未来であれ、関係ない。

 それが同じ国であれ、遥か遠くの地であろうとも関係ない。

 いつの時代、どこの場所であろうとも、為すべきことに変わりはない。

「ああ、そうだ次こそは、今度こそは、世界を束ねるために!!

 ワタシはその為に、永遠の刹那に存在し続ける巫女―――フィーネなのだぁあああああああっっっ!!!!

 ク、ハ……ハハ、ハハハハハ、アハハハハ! アァハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ―――――――――!! 」

 響き渡る、哄笑/狂笑。

 真の勝者こそは我なのだと、天上天下に憚ることなく晒し示して。

 

「―――、うん。そうですよね」

 

 ゴン、と。

 申し訳程度に残った胸の装甲に、触れる程度に軽く拳を当てながら呟かれた響の声音は、どこまでも穏やかで優しげだった。

 場違いなほどに流れを断ち切るその在り様に、フィーネを含めその場の誰もが動きを止めた。

 まるで、時間そのものが静止したかのように。

「どこかの場所、いつかの時代……黄泉還る度に何度でも、私の代わりにみんなに伝えてください」

 言葉をつづけ、柔らかく微笑みかけながら響はまっすぐとフィーネに向き合う。

 その瞳には絶望も、焦燥も、怒りもない。フィーネがこれまでずっと見てきた、どこまでもひたむきで一生懸命な輝きが変わらずに宿っている。

「貴様……」

 思わず、笑みを収めて見つめてしまう。

 同時に、胸の内で何かが脈打つような、或いは点るような、そんな感覚を覚える。

 フィーネが静かに困惑するのをよそに、響は笑いかけながらさらに続ける。

「―――世界を一つにするのに、力なんて必要ないってコト」

 響は、これまでの日々を想う。

 それは戦いばかりのようで、けれどそれだけじゃなかった。

 拳を握って振るってきたけど、それよりも大事なことは確かにあった。

「言葉を超えて、私たちは一つになれるってコト………私たちはきっと、未来に手を繋げられるってコト!!」

「―――っっ!?」

 そのために、手を伸ばす。

 開いた手で、誰かの手を掴む。

 拳を……力を、ただ握って振るうだけでは決して叶わないこと。

 私はその為に、ここまで走ってきたのだ。

 最速で、最短で、真っ直ぐに、一直線に。

 

 そしてその言葉に、フィーネはずっとしまい込んできたものが溢れ出すのを自覚する。

 それは脳髄にではなく、魂に刻まれた大切な……なによりも大切で、太陽よりも眩く温かい想い出―――。

 

 

 

***

 

 

 

“俺たちがほしいのは未来だ。あくなき探求心で先へと進み続ける不完全な存在こそが、俺たちが求めたヒトなんだ”

 かつてのいつか、彼はそう語った。

 幾度もの失敗を越えて、辿り着いた答えがそうなのだと。

 完全で完璧で過たないモノ。それは進化の極致で、それゆえに永遠に停滞するだけ。

 真に完全・完璧など存在せず、あってはならない………そのために、彼らはヒトを創造したのだという。

“不完全であるがゆえに失敗を恐れず、まだ見ぬ未来へと手を伸ばし続ける……君たちにそうあってほしいと思っている”

 ………それなら。私たちはアナタの思うヒト……人間になれている?

 そう尋ねれば、彼は笑った。

 まるで、子供のように嬉し気に。

 まるで、父親のように誇らし気に。

“ああ、そう思うよ。そして君たちなら、これからも変わらずそうあってくれると信じている”

 

 ―――嗚呼、そうだ。私の想いは、この時に。

 

 影も形もない、けれど確かに想い描いた未来の情景。

 いつか、いつの日か。

 神にも……巫女(ワタシ)にも頼らずに人々が前へと進めるようになった時。

 真実、ヒトが彼が望んだ『ヒト』の在り方を手に入れた時。

 私はこの胸の内に溢れる想いの全てを伝えると決めたのだ。

 彼と……愛した人と、手と心を繋ぐために。

 

 それが、始まり。

 届かないかもしれない。

 失敗するかもしれない。

 だとしても。

 離れてしまったこの手を、もう一度繋げるために。

 諦めずに未来を望むこと……それこそが、彼が望み夢見た『ヒト』のカタチだと信じているから―――。

 

 

 

***

 

 

 

「―――。本当に、アナタって子は放っておけないんだから」

 思わず、溜息が漏れる。

 今になってようやく、自分が立花 響という少女をどうしてこうも気にかけていたのかに得心する。

 聖遺物との融合症例だから、というだけではない。

 彼女は遠い昔の……かつての自分と『彼』によく似ていて、そして同時に自分と『彼』が望み夢見た『ヒト』の在り方そのものなのだ。

 つまりは、喪われてしまった『過去』といつか叶えたかった『未来』の体現。

 その姿を、この少女の在り様にどうしようもなく幻視していたことが、これまで抱いていた悲喜入り混じる感情の根幹だった。

 

 それを今際の際に自覚して、バラルとは違う別の呪詛のようなものが解かれ消えていくような心持ちを得る。

 未練が晴れたわけではない。

 ただ―――へばりつくような執着が薄らいでいったのは確かだった。

(我ながら、勝手な話ねぇ………)

 そう思ってしまうと、どうにもこうにも情けない。

 だがしかし、やれることは碌にない。

 できることと言えば―――せいぜいがこのくらい。

「胸の歌を、信じなさい」

 言って、彼女の胸元をトンと指先で軽く突けば―――それで、もうおしまい。

 鎧もろともに、今代の肉体(ウツワ)が文字通りに散り消えていき、風に流れていく。

 そしてその意識もまた、輪廻の微睡へと融けていった。

 

 ―――もし、ここから明日を掴み取ることができるのならば。

 或いは今度こそ、本当の意味で巫女(フィーネ)の存在はいらなくなるのかもしれない。

 そんな風に考え、何故だか無性に誇らしい気持ちを抱きながら―――。

 

 

 

 そうして。

 騒乱と災禍の元凶たるフィーネは、ここに斃れた。

 それは彼女にとってはつかの間の死に過ぎない。

 なによりその所業は誰にとっても赦し難く、悪鬼の所業よ下劣畜生よと罵るもむべなるかな。

 けれど。

 かつて共にあった者たちは、誰もがその死を悼んでいた。

 涙を流す者を咎めることは誰もしなかった。ともすれば最も激情を抱いていただろうクリスと奏までもが、歯を食いしばりながら頬を涙で濡らしていたからだ。

 そして響は、崩れ去ったフィーネの欠片が、風に乗って霧散していくのを最後まで見送っていた。

 嘆きも憤りもなく。

 静かに……しかし真っ直ぐに……

 

 

 

***

 

 

 

「軌道計算、出ました。………直撃は、避けられません」

 恐らくは衛星などからの観測データから算出したのか、朔也が戦慄に強張った声で静かに報告を上げた。

 見上げれば、ビスケットのように割れ砕けた月がそこに浮かんでいる。しかし、その姿は先ほどまでとはまた大きく異なっており、今や欠片の方が月そのものよりも大きく見えてた。

 それはつまり、欠片の方が刻一刻と……それも凄まじいスピードで地球へと迫っているということだ。

「あんなのが墜ちてきたら……私たちも、何もかも……」

 弓美が呆然として呟く。彼女には専門的なことなど解るはずもないし、せいぜいが眉唾な雑学程度だ。だがその程度の知識でも、あれほどの規模の質量が地球に衝突すれば何が齎されてしまうかくらいは想像するには難くなかった。

 文明の崩壊。有体に言って、世界の終わり。恐竜の絶滅原因の仮設を引き合いに出すまでもない。何なら今すぐにでもその検証の当事者になってしまうのだから。

 目に見える形で現れた滅亡(ほろび)に、パニックを起こしていないのは現実感が薄いせいかそれとも自己防衛による精神の麻痺か。

 

 と、そんな時だった。

 響がおもむろに前へと足を踏み出し、歩き出したのだ。

「―――響?」

 遠ざかっていく親友の背に、未来はどうしようもないほどに胸騒ぎを抑えきれなかった。

 ここで止めなければ、自分は生涯後悔し続ける……そんな確信が胸を焼き、頭の片隅ではそれが何を意味しているのかをすでに悟り始めていた。

 だから手を伸ばそうとして、その前に彼女が振り向いた。

「……っ」

 静かな、しかし強く力の込められた瞳。その決意に満ちた眼差しに、未来は思わず硬直してしまう。……そう。硬直して、身を止めてしまった。

 見つめる先で、響がにっこりと微笑む。

「………それじゃあ、ちょっと行ってくる」

「い、行くって……」

 どこに、とは問わなかった。解かりきっていて、だからこそ聞きたくはなかったから。

 響は再び月を仰ぎ見ながら、

「未来の方は、了子さんに託した。だから―――」

 いつか、或いはずっと先の未来。

 そこへと確かに繋げるために。

「私が、今を護らなくちゃ!」

 言うなり、彼女がずっと纏っていたギアの背から再び光の翼が広がる。羽根のような光を散らして、今にも飛び立たんとしていた。

「や……まって。まって、響―――」

 行っちゃダメ。行ってはダメ。行かないで―――。

 呼び止めようとして、しかし喉から上手く声が出ない。

 絶対に止めなくてはいけないのに。だって、このまま行かせたら……彼女は。

「未来」

 と、響は再び……今度は首だけで振り向いた。

 そしていつものような、底抜けに明るくて、どうしようもなく無邪気で、弾けるように元気な笑みを浮かべて。

「―――へいき、へっちゃら。

 だから……生きるのを、あきらめないで」

 いつもの、そんな言葉を残して。

 今度こそ、力強く飛び立った。

 

「響……響ぃいいいいいいいい―――――っっ!!!!」

 

 あまりにも痛切な、未来の叫びがこだました。

 今更ながらに手を伸ばしても、すでに彼女の姿はずっと遠い。

 

「―――Gatrandis babel ziggurat edenal

 Emustolronzen fine el baral zizzl………―――」

 

 既に粒のような光にしか見えなくなった彼女から、歌が降り注ぐ。

 絶唱……心身を削って力を引き出す、諸刃の歌。

 ―――そう。

 少女の歌には紛れもなく、(イノチ)が流れていた―――。

 

 

 

「―――ったく。スクリューボールかと思ったら場外ホームランかよ」

「本当に。良くも悪くも彼女らしい」

「ま、解かっちゃいたけど。やるしかねーよな」

 言い合い、笑い合いながら新たに足音が連なって前に出る。

 クリスに翼、そして奏だ。

 彼女たちもまた、それぞれの色に染まった翼を広げて飛び立っていく。

 と、その時。

「奏!!」

「ん?」

 引き止められた奏が空の只中で止まって振り返れば、士郎がこちらを見上げていた。

 彼は一拍の沈黙を挟み、短くも深く息を吐いてから、

「……正味な話、二番煎じのような物言いになっちまうのは微妙な気分だが」

 そう前置いて、右拳の親指を立ててその指先で己の胸板を突くように叩いてみせる。

 それは確かに、フィーネが最後に見せた行動を彷彿とさせるもので、

「―――信じろ」

 続く言葉もまた、短くも似たものだった。

 その意味を、果たして奏はどれほど明確に察していたのか。

 だがしかし、彼女からすればそも前提からして否応はない。彼女は徹頭徹尾、衛宮 士郎という人間を良きも悪しきもすべてひっくるめて信用してるし信頼しているし……なによりも、信じていた。

 だから。

「―――おう!!」

 返す言葉は、ただそれだけで十二分。

 今度こそ、奏は力強く羽撃いていった。

 

 天に煌めく星と輝く少女たち。

 誰もがそれを見えなくなるまで……否、見えなくなっても見届けた中。

「―――………、」

 ふらり、と。

 揺らいだかと思った次の瞬間に、士郎の体が背から地面に倒れていった。

「衛宮先生!?」

「どうした士郎!?」

「士郎!?」

 未来を始め。弦十郎や慎次、二課の面々……その場の誰もが泡を喰って彼へと駆け寄る。

 

 純粋な事実として、彼の肉体は既に限界を超えた状態だった。

 その損傷こそ一度は完全に回復したとはいえ、それでも消耗そのものが癒えきっていたわけではない。

 更にそこへ射殺す百頭(ナインライブス)の投影まで行使したのだ。むしろ今の今まで平然と歩き回っていた事こそ凄まじい。

 ………だが、その上で。

 彼の意識は途切れていなかった。

 自身へと呼びかける声を聴きながら、しかしその全てに構わず自身の内面へと埋没していく。

 深く、深く……光の差さない深海へと目指すかのように。

 そうして向かい合うのは自身の心象たる剣の丘―――ではない。

 己の中にある一本の繋がり。迷宮の中で燦然と輝く紐のようなその繋がりにこそ、衛宮 士郎はどこまでも純粋に向き合い、その精神の全てを集中させた。

 そして。

 

 

 

***

 

 

 

 重力の頸木を振り切って大気圏を突破し、衛星軌道を跨いで瞬く間に宇宙へと飛翔するほどの速度を出しながら、しかし本人たちはどこまでも軽やかに突き進んでいる。

 見る者がいれば、戯れながら舞っているかのようにすら見えたかもしれない。

 その顔に浮かんでいるのが、力強く気負いのない笑顔であるのだから猶更だ。

 

 口ずさむ歌は血を吐くような絶唱から、静かで優しくも楽し気なものへと変わっていた。

 真空の宇宙(そら)でしかし確かに歌を響かせながら、彼女たちは念話(こころ)で言葉を交わす。

 

『しかし、こんな大舞台で挽歌を歌うことになるとはな……立花には驚かされっぱなしだ』

『ま、一生分の歌を歌うには丁度いいんじゃねーのか?』

『翼さん、クリスちゃん……』

『本音を言えば、もっと一緒に歌いたかったがな。奏ともそうだが、立花やもちろん雪音とも』

『あぅ、ごめんなさい……』

『バーカ。こういうときはそうじゃねぇだろ?』

『……うん、ありがとう!』

『―――いや、というかお前らなんでこれがラストステージ前提なんだよ』

『奏さん?』

『言っとくけど、あたしは帰る気満々だぜ?

 翼も言ったが、まだまだ歌い足りないしな。せっかく緒川さんがイギリスにまで渡りつけてくれたってのに』

『そう……そうね。その通りだわ』

『響たちともまだまだ楽しくやりたいし、クリスのことも全然イジれてないしな』

『ぅおいっ待てい! 人のことどーするつもりだテメェ!?』

『ちょっとかわいがるだけだぞー。それはさておき』

『いや置くなよ!?』

『うやむやになっちまってるけど、ちゃんと若大将をハッ倒さないと!! あのヤロー、毎度毎度ヒトに心配かけさせやがって!!』

『あー』

『奏、私の分もお願いしていいかしら?』

『おう! ってぇーかどうせなら翼も参加しろ! いい機会だしみっちり説教してやる!!!』

『……アンちゃん、マジでいっつもあんななのか?』

『『そー(だよ/だ)』』

『うわぁ、息ピッタリ』

『チクショー、思い出したらムカムカしてきた! 帰ったら覚えてろよー!! 惚れた弱みなんて見せてやんね――!!』

『にゃ!?』

『な、なんかさらっとすごいこと言ってる……いや、薄々というか割かしガッツリそんな感じはしてたけど。って、クリスちゃん顔真っ赤!』

『い、いきなりニャに言ってんだよ!?』

『―――あ、ふーん』

『な、なんだよ!? そのおもちゃ見つけたネコみてぇな顔はぁ―――!?』

『(まったく奏ったら。雪音も災難だな………私もちょっと混じってみてもいいだろうか?)』

『ダダ洩れなんだよ、念話(こころのこえ)がぁ―――!!!』

『ク、クリスちゃん落ち着いて!! 大丈夫だよ、可愛かったから!!』

『フォローになってねぇ!!』

『アハハハ、悪い悪い悪かったって、ごめんなクリスー。(今は)もうしねえから安心しろ―』

『だから余計なのが聞こえてるんだっての!!』

『ハハ、ゴメンて、今のはホントにゴメンな?

 ………っと、まあ兎にも角にも、だ』

『えぇ―――』

『フンッ―――』

『はい! ―――パパッと、コレを何とかしちゃいましょう!!』

 

 かくして、少女たちは辿り着いた先のものと向き合った。

 月から砕け落ちたモノ。すでに欠片ではなく、一個の存在として地球に滅びを齎さんと迫る(まが)つ星。

 自分たちと比してもはやバカバカしくなるほどに巨大な脅威を真正面から見据えて、しかし彼女たちの瞳には恐怖も絶望もありはしない。

 

 

 

 風鳴 翼は手にした白刃を下段に構えた。

 切っ先の下げられた刃は彼女の意思に呼応するかのように変形/展開していく。

 大きく、大きく、更に巨大へと練り上げられた刃は、それこそ星すらも寸断してしまいそうだ。

 それを握りしめながら、彼女は想う。

 ………それは『夢』。

 

 ―――人は生きていれば、誰もが夢を抱きうる。それは当たり前で、そして大切なこと。

 人が生まれた時からが憚ることなく持つべき権利だ。

 誰もが夢を抱いて前に進める世界を、私は守護りたい。防人として……そして同じく夢を抱く、一人の人間として。

 

 

 

 天羽 奏は手にした槍を突き上げるように高く高く掲げた。

 その穂先から零れるような燐光が立ち上ったかと思えば、瞬く間に巨大な光球が顕現する。

 常夜の宙を眩く照らすその様は、まさしく太陽の如く。

 月の欠片を撃ち砕くに相応しき対極を緋色に燃やしながら、彼女は想う。

 ………それは『未来』。

 

 ―――世の中の全員が全員、夢を叶えられるわけじゃないのは解ってる。

 けど、憧れを抱いて夢を見るのは誰にだってある当然の権利だ。それを叶えたいと願って、自分の道を決めて歩き始めるのも。

 だから、そのために必要な未来ってやつも、誰にだって等しくなきゃなんねぇんだ。

 

 

 

 雪音 クリスは装甲の背面から大型の弾頭を展開していった。

 二発から四発、四発から八発……その数は秒を重ねるごとに加速度的に増えていく。

 次から次へと無限に湧き出るかのように左右にどこまでも伸びていくウェポン・ラック。

 なんであろうとも爆砕して吹き飛ばさんとする意気を以て脳裏の引き金に指を掛けながら、彼女は想う。

 ………それは『継承』。

 

 ―――人はいつか死ぬ。それはどうしようもない別れだ。

 けれど、それだけじゃない。死んじまった誰かが遺したモノを、生き残った誰かが受け継いでいく。

 その繰り返しもきっと、人と人の大切な繋がりなんだ。だからアタシも、パパとママの想いを受け止めて、いつかの誰かに繋いでいきたい。

 

 

 

 立花 響は両の拳を固く握りしめ、引き絞るように両脇を締めて肘を引いた。

 すると筋肉の隆起を彷彿とさせながら腕を覆う装甲が肥大化し、更には四肢から後方へとジャッキ機構が展開する。

 どこまでもどこまでも、彼方にまで延びていくその様はまるで斬山の刃のようで、その実は巨大な槍の柄のようであった。

 己の総身を槍の穂先として渾身を凝縮して留めながら、彼女は想う。

 ………それは『歌』。

 

 ―――たとえ声が枯れたって、この胸の歌は絶やさない。

 熱く、強く、いつまでも、どこまでも。

 夜明けを告げる鐘の音奏で、鳴り響き渡れ―――!!!

 

 

 

 そうして。

 その全てが束ねられ、解き放たれる。

 

 

 

 ―――これが私たちの、絶唱だぁああああああああああああああああああっっっ!!!!!

 

 

 

 果たして、凶星(ホシ)は砕かれた。

 ただ真っ直ぐに、前を向いて羽撃いた少女たちの意思と歌によって。

 そして。

 

 

 

*** 

 

 

 

「……、あ」

 倒れ伏す士郎の頭を膝に乗せながら、未来は夜空を見上げた。

 掲げた掌からはみ出してしまいそうなくらいに大きく見えた月の欠片は、もうどこにもない。

 眩く輝いたかと思えば、次の瞬間には跡形もなく消え去っていたのだ。

 あとに残ったのは、昼間とは違う静かな煌きの数々。未だに街の機能が回復していないためだろう、普段よりもより鮮明にそれらは目に映っていた。

 散りばめられた、無数の星。今までと大きくその姿を変えた月。そして………。

「流れ、星」

 砕かれた欠片の、更にその破片だろう。

 多くは地表に届くことはなく燃え尽きるだろう幾つもの断片が、煌いた軌跡と共に現れては消えていく。

 

 未来にとってそれは、いつか親友(とも)と共に眺めることを約束したもので。

 けれど、その親友は隣にいない。

 かつての時も………今、この時も。

「……ぅ、あ―――」

 それを自覚してしまえば、もう限界だった。

 喉がひきつり、視界が滲んで何がどの煌めきなのかも判然としなくなっていく。

 そしてその喉から悲痛な慟哭が溢れ出ようとした、その刹那。

 

「―――、大丈夫だ」

 

 溢れ出す涙を拭いながら、下から手が延ばされてきた。

「え………」

 滲む視界で見下ろせば、膝の上の士郎はその瞳をいつの間にか開いていた。

 彼は鷹の目ではない、優しく穏やかな眼差しでこちらを真っ直ぐに見上げていた。

「えみや、せんせい」

「大丈夫。大丈夫だとも、小日向」

 安心させるかのように、彼は微笑みながら静かに繰り返す。

 戸惑いながらされるがままに涙を指で拭われると、その右手がこちらの頬に添えられた。

 

「―――あいつらは、ちゃんと還ってくるよ」

「っ―――……!!」

 

 それは自信というよりも、確信というべき響きを伴っており。

 その言葉を信じて縋るように、未来は頬に添えられた手に己のそれを静かに重ねた。

(響………みんな………!)

 

 そうして。

 夜空に星の雨が降りしきる中。

 未来は静々と涙を流しながら、只々祈りを捧げていた。

 それを、士郎は静かに見上げている。

 そして。

 

 そして――――――。

 

 

 

***

 

 

 

「……んっ。これで良し、と」

 ポスポスと、段ボールに封をしたガムテープを馴染ませるように撫で付けて、一息を吐く。

 たった半年だけしか過ごしていない部屋だったが、意外と物は増えていたらしい。思っていたよりも、梱包する荷物の数は増えそうだ。

 見ると、ベランダ側の窓から見える空は既に朱く、ともすれば藍色が迫ってきている。日も長くなってきた時節だが、それほどに片付けに没頭してしまったようだ。

 私はふぅ、と改めて短く息を吐いて、肩から脱力する。そうして気を抜いてしまったからだろうか、

「もう一週間、か……」

 ぽつりと、そんな言葉が益体もなく口から零れてしまう。

 

 一週間。

 あの戦いの終わりから。

 衛宮先生を始めとした二課の人たちから連絡が来なくなってから。

 ―――響たちがいなくなってから。

 それだけの時間が、過ぎていた。

 その間の私は、それなりに忙しくもどこか手持無沙汰というか、なんとなく地に足がついていないような日々であったように思う。

 

 まず、リディアン音楽院に関してはしばらく休校ということになった。これは当然だろう、なにせ主だった校舎が完全に無くなってしまったのだから。

 これからのことは不明のまま、とりあえずはほぼ無事であった寮での自主学習が通達されていたが、詳しいことが決まるよりも先に学園を去る生徒も少なくはなかった。

 弓美たちといった親しい友人たちがそれに含まれていないのが幸いだった、というのはもしかしたら不謹慎な物言いかもしれない。

 それはさておき、もしかしたら廃校かとも囁かれてはいたが、今朝になって別の校舎を買い取って存続するということが伝えられた。

 元々はミッション系だったというそこは当然ながらかつての校舎とは全く違う場所で、それに合わせて寮の方も引っ越しすることになった。

 私がたった今までやっていたのも、その準備だ。

 実の所、両親からも戻ってこないかといわれているが、それは断り続けている。心配させてしまっているのは本当に心に痛いが、それでもこれは譲れなかった。

 

 衛宮先生や二課の人たちがどうしてるかは、正直まったくわからない。

 あの後、シェルターから出てきた人たちの保護を指示しながら、弦十郎さんを筆頭に慌ただしくその場を後にしたのを最後に、まったく音沙汰がないからだ。

 これはこちらから連絡を取っていないというのもあるのだけれど。

 リディアンを除いたとしても、ざっと見ただけで街のあちこちが無茶苦茶になっているのだ。その収拾を手伝えもしないのにこちらの都合で連絡をしようというのは少々ならずとも憚られたというのもある。

 ………後は単純に、時間を置くにつれて聞くのが怖くなってしまったからというのもある。

 

 ―――そして。

 響は……響たちは、まだ還ってきてはいない。

 

「―――っ!」

 胸の奥が締め付けられて、そのまま捩じられているかのように苦しくなる。

 『響たちが返ってくることはない』、『もう二度と、あのおひさまのような笑顔を見ることはできない』………そんな不安が、身体の内側から蝕むように広がっていくのを自覚する。

 それはこの一週間で、すでに数えきれないくらい味わってきた感覚で―――けれど、私がそれに囚われることはなかった。

「………、大丈夫」

 私は両手を重ね合わせ、抱え込むように胸に抱く。いつものようにそうしながら、思い出すのは“言葉”と“温もり”。

 

「『ちゃんと還ってくる』……そう言ってくれたもの」

 

 あの日、あの時。

 私の涙を拭いながら、そんな風に断言してくれた衛宮先生。

 静かだけれども力強いその言葉と、涙を拭ってくれた手の温もり。

 それらは崩れ落ちてしまいそうな私を支えてくれて、今もこうして護ってくれている。

 根拠なんてものはないはずで、さもなくばなぜそこまで言い切れたのかなど問い詰めたくともできずに今に至っている。

 それでも。

 私はその言葉を信じたいし―――信じられると、そう思っている。

「……フフ」

 なんとなしに、笑みがこぼれる。

 もし、コレが無かったならば……私は、響のいない日々を嘆き悲しんでばかりで生きたまま死んでいるかのような有様になっていたかもしれない。

 

 ああ、とどのつまり。

 小日向 未来の心は現在進行形で衛宮 士郎という人物に救われ続けているということで。

 

『―――あいつらは、ちゃんと還ってくるよ』

 

 改めて、あの時の言葉と涙を拭われる感触と体温を鮮明に思い出して―――俄かに、頬が熱くなってくるのを自覚する。

 それと同時に、そんな自分を客観視している自分がこう囁いてくる……“まるで、恋する少女みたいね”と。

「………………。いや、いやいやいや。違うから。全然違うからね、これは!」

 弁解する相手も居らず、それどころかそもそも一人きりだというのにいきなりそんなことを口ずさんだ居る様は、恐らくというか確実に不審者でしかない。

 だけどまあ、言わずにはいられないわけで。

 だって、これは本当に違うから。全然そんなじゃないっていうかそもそも響がいるしいや響ともそういうんじゃないっていうかそういうのはまだ早いっていうかあの人には翼さんや奏さんもいるしっていうかそこら辺実際にはどうなってるんですかクリスにちょっかい出してませんか響も響でなんとなく怪しい気がするしそこらへん割とマジで小一時間どころかじっくり問い詰めたいんですがよろしいでしょうかこのスケコマシ先生!!?

「………………………なにやってんだろ、私」

 一瞬前までの自分自身の思考の暴走っぷりに四つん這いになってあきれ果ててしまう。

 おかしい。ほんの少し前まで不安で痛切な想いを抱いていたというのに、どうしてこんな風になっているのか。ここはそれでも健気に親友(とも)の帰りを待つ気丈な姿で在る場面ではなかろうか。いや、そういう風に考える思考そのものが残念過ぎる気がしないでもないけれど。

 これも衛宮先生のせい……というのは流石に八つ当たりすぎるかもしれない。

 そんなことを益体もなく考えていたその時だった。

 テーブルの上のスマホが、俄かに自己主張を始めた。硬い天板を小刻みに激しく叩いて響かせるロックなサウンドは、虫の羽音を機械的にして巨大化させたかのよう。

 私主観で完全に不意打ちだったそれに、思わず床を震わせてしまいそうなレベルでビクンと大きく身を震わせてしまった。

「で、電話!? えっと誰から……!!?」

 慌ててスマホを掴み取り、次いで表示された名前に驚愕と共に息を呑む。そこにはくっきりと、『衛宮先生』の四文字がテカテカと薄暗くなりつつある部屋を照らしていた。

 まったくなんてタイミングで来るんですかコノヤロウ―――と、そんなことを思った直後にハタと気付く。

 今まで音沙汰もなかった衛宮先生からの電話。

 それが来たということはつまり………

「っ、バカなこと考えてる場合じゃない!! もしもし!!」

 私は慌てて、蜘蛛の糸を手繰るような気持ちで通話を開いた。

『小日向か? 今、寮に居るか?』

 自分でも勢い込んでしまったのが解かる声に、しかし衛宮先生は戸惑うでもなく問うてきた。

 私は恥ずかしさに頬の熱を感じながら、しかしそれ以上に期待と不安に動悸が激しくなってきたのを自覚して思わず胸元を握りしめてしまう。

「はい、部屋でちょっと色々片付けを」

『ん……ああ、そう言えば寮も変わるんだったな。と、それはさておき。

 ―――実は今、寮の前に車を停めていてな』

「………、」

 言葉の内容に、期待の高まりが鼓動に変換される。一秒にも満たない間すら、もどかしく感じながら次の言葉を待つ。

 そして―――。

 

『―――これから迎えに行く。準備ができたら寮の前に来てくれ』

「はいっっ!」

 

 誰を、なんて無駄な問いを挟むことはなく。

 言葉尻すら喰いながら、私は勢いよく答えを返した。

 

 

 

 ………その勢いに、衛宮先生を今度こそ『ぅおっ!?』とたじろがせてしまい。

 今日一番の熱を顔面に集中させてしまったのはここだけの話だ。

 

 

 







 というわけでお待たせしました。
 一期本編の締めくくり、その前編です。
 今回、試しに一部を除いてセリフと地の文の間の空行を埋めてみたのですがどうでしょうか?

 ………いや、本当にお待たせしてすいません。
 こちらの話は結構早めに出てたのですが、次の話が微妙に難航した上にそれに合わせてこちらを修正することになり、さらに何をとち狂ったのか茶番回二つの執筆も並行して始めたという……自業自得ですねごめんなさい。
 ただ、おかげで次回は翌日に更新できそうですし、茶番回二つも年内には出せそうかなと。
 ……さすがに二期開始は来年になってしまいそう。(汗



 それはさておき、本編振り返り。

 フィーネ退場。
 回想部分はXDUを参照。
 ちなみにフィーネの鎧をXDUの方にした一番の理由は月の欠片誘因にこの方法を使わせるためだったり。
 いや、原作みたいに綱引きでとかだったらそうする前に士郎が何とかしちゃいそうですし。

 宇宙でも姦しいJKたち。(笑)
 欠片を砕く直前のそれぞれの心情に関しては敢えて原作のそれとは内容を少し入れ替えたり変えたりしています。
 というのも、奏が死んでいない以上、翼が死んだ人間の想いを受け継ぐっていう風にするのは不自然であったので。
 なら奏にそれをやらせるかといったら彼女は家族を亡くしてるけどそこら辺はあんまり深く掘られてはいないですし、そもそも復讐を是としてる人がそこらへん語らせちゃうと意味合いがダークなものになりかねないので。
 なのでその辺りは両親の遺志を継ぐクリスちゃんにお願いしました。

 未来さん。
 前述の書き直し部分。
 実は原作アニメ同様に沈みまくってる感じで当初は完成させたんですが、次話との兼ね合いで士郎との間に会話を差し込み、その内容に合わせて修正したら何故だかラブコメ風味に。
 ………士郎はそういう風になる所がある。


 というわけで、締めくくりはまた次回。
 次のあとがきに関しては全体の振り返りとかご挨拶とか入れるので、その分雑談をこちらで。

 前回からのFGO新規加入がこちら。
・アストルフォ(ライダー)※前回書き忘れ
・水着アルトリア
・蘆屋道満※福袋
・秦良玉
・徐福
・水着オルトリンデ
・水着武則天
・水着ガレス
・水着エリセ
・水着スカディ
・玉藻
・イシュタル
・カラミティ・ジェーン
・伊吹童子
・壱与
・山南さん
 ………うん、間を置きすぎたせいでいっぱい。(白目
 ちなみに弓王はおはガチャで引き当てました。
 ………そのせいで見事におはガチャ沼に嵌まることに。
 ちなみにアルクェイドは来てくれませんでした。
 まあ、意図してガチャ抑え目立ったのもありますが。
 個人的には水着スカディと伊吹さんが来てくれたの嬉しい。
 リンボも、夏イベ開始直前だったのでタイムリーでしたね。

 今年の夏イベもぐだイベも面白かったんですが、神シナリオだった去年の復刻がないのが残念。
 ガチャの復刻はしてましたけどね。
 そっちは外れましたが。

 しかしスーパーリコレが難しい。
 愛玩の獣は試行錯誤しましたが結局、バゲ子をスキルマしてコマンドコード調整して何度か疑似単騎でトライしてなんとかかんとか勝てました。
 カイニスはモルガンマーリンキャストリアで耐久。
 アフロディーテはこれからですが、令呪残ってるのでコンテ覚悟で挑もうかと。
 ……ところでトラオムの女坊主スナイパーさん、もしかして来年まで出てこない流れですかね。



 ……と、今回はここまで。
 あと、絶唱の描写するにあたって楽曲コードの入力も行いました。
 初めてなのでちょっと不安だったり……配信に○ついてるから大丈夫なはず……(冷や汗
 これ書いてる時点で遅い上に翌日出勤なので、次話の更新作業は翌日に。
 ………もし連日アップになってなかったら『このブタ野郎』とでも罵ってやってください。
 それでは、また次回で。
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