戦姫絶唱シンフォギア赫鋼―アカガネ―   作:樹影

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2:覚醒/再会

 

 

 ようやく会えた歓喜よりも、不意に会えてしまった驚愕と緊張が勝ってしまっていた。

 

「あ、あの……」

 

 食べかけの茶碗を手に、立ち上がった響。そのすぐ近く、肩が触れ合いそうなほどの距離に、風鳴 翼が立っている。

 その立ち姿は、冷然ながらも凛として美しい。

 

 響は、ずっと彼女に尋ねたかった。

 二年前、自分を助けてくれたのは貴女たちなのかと。

 あの時、貴女たちが戦っていたのはなぜなのかと。

 脳裏に焼き付いた、赤い背中の持ち主を知っているのかと。

 

 だが、緊張で言葉が出ない。あの日、ライブで歌っていた二人の姿を見た時からの憧れなのだ。その憧憬が、なおさらに喉を麻痺させる。

 手に持ったままの茶碗と箸が震えでカタカタと鳴って自分でも耳障りだ。ついには膝まで震えそうな響に、翼はおもむろに自分の口元を指さした。

 

「え……?」

 

 つられて、響も同じように自分の同じ位置を人差し指でつつく。すると、肌とは違う柔らかく小さな何かの感触があった。指先を目の前に持っていけば、そこにはつややかな真っ白い粒が。

 ご飯粒だった。

 ほんのついさっきまで、盛大にがっついていた大好物のご飯だった。

 どうやらずっと会いたかった憧れの存在に、お弁当を指摘されたらしい。

 

 

 

 ―――たちばな ひびき は めのまえがまっくらになった!

 

 

 

***

 

 

 

 そんなやり取りを、厨房に繋がる扉の影から眺める者が居た。奏だ。

 彼女は食堂で少女たちに注目される相棒に微笑ましい視線を送っていた。

 

「いやはや。なんというか高嶺の花みたいな扱いだねぇ、ウチのお澄ましお姫様は」

「……というか、なんでここにいるんだお前は」

 

 まるでスパイのように扉の向こうを眺める奏に、士郎は椅子に座りながら半眼を向けていた。お昼時の厨房でありながらその姿はさして忙しそうでなく、むしろ仕事が無さそうに見える。

 それもそのはずで、この学校は高校でありながら珍しいことにビュッフェスタイルの学食となっていた。なので忙しいのは昼休みの直前までで、いざ昼食の時間ともなればとりあえずの仕事はほぼ終わっているのだ。

 次に仕事があるのは昼食後の片づけなので、その間の調理師は賄いを食べたり休憩として一服しに行ったりと割と自由であるのだ。

 無論、何かの時のために厨房で常駐する者が居る必要はあるのだが、いまは士郎がその役を負っていた。……のだが、そこへなぜか奏が闖入してきたのだった。

 もし何らかの弾みで卒業生にして翼の相方である奏がここにいると知れれば、食堂は大騒ぎになり厨房に押しかけようとする者も出てくるだろう。そうなったときの多大な苦労を想像するだけで士郎はげんなりとする。

 それに対し、奏の方はというと悪びれた様子もなく無邪気な笑顔を向けている。

 

「いや、午後になったらリディアンで翼と色々打合せすることになってるんだけどさ。せっかくだから若大将にお昼タカろうかなって」

「せめてもう少し言葉を取り繕え」

 

 言いつつも、椅子から立ち上がって自分の分とは別に更にもう一食分の賄い飯を手早く用意し始める士郎。なんというか、根本的なお人好しっぷりと世話焼きっぷりがにじみ出てしまっている行動である。

 ちなみに、リディアン音楽院にはタレントコースが特設されていることもあり、校内で在校生ないし在校生とユニットを組んでいる相手やそのマネージャーが仕事の打ち合わせをすること自体はさほど珍しいことではない。場合によっては授業や出席日数を考慮するために担任教師などが同席することもあるし、それでなくともセキュリティへの信頼からパパラッチなどの悪質なマスコミを遮断するのにも重宝されている。

 閑話休題。ややあって、さして時間もかけずに一食が出来上がる。しかも追加でカットされたリンゴが花のように広げられて別皿に盛られていた。

 

「おおっ、これは?」

「飾り切りの練習。学食で使うことは少ないだろうが、包丁さばきの練習になるし、手先の訓練にもなるから最近勉強してるんだよ」

 

 「ほ~」と若干目を輝かせながらリンゴの花を皿ごと目線の所まで持ち上げ、まじまじと眺める。士郎は手慰みのようないい草だったが、出来上がりの華やかさは見事というしかない。

 と、奏は皿をテーブルに置きなおし、なぜか笑みを深める。

 

「さて、せっかくの若大将の手料理だし、冷める前に戴きたいところだけど……」

 

 そう言って、奏はゆっくりと士郎へ歩み寄る。その眼差しに、若干の艶のようなものが見えるのは果たして気のせいだろうか。

 

「その前に、こっちの補給をお願いしようかな?」

 

 言いつつ、奏は上着をはだけさせ、シャツをインナーごとたくし上げた。するとブラに包まれた豊かな二つの膨らみが、ぷるんと張りと弾力を感じさせながら上下する。

 色事の誘惑にしか見えない奏の行動に、しかし士郎は一拍の沈黙を置いて溜息をつく。

 

「あのなぁ。誰かが来たらどうするつもりだ?」

「大丈夫、食堂側はともかく、裏口の方は緒川さんが人払いしてくれてるからさ」

「………今度、差し入れしなきゃな」

 

 苦みを声に交えながら、士郎はおもむろに奏の胸元へ手を伸ばした。胸の中心に掌が置かれ、手首が柔らかい双球に挟まれながら埋もれる。

 

「……今の俺は、誰かに見られたら懲戒免職どころか通報されても文句は言えないな」

「そうなったら弁護するし最悪は養ってやるよ」

「たわけ」

 

 窘めて、意識を切り替える。

 まず集中するのは己の内面。ガチリ、と見えない撃鉄を上げる。

 

「―――同調、開始(トレース・オン)

 

 撃鉄が落ち、回路が起動する。そこへ電流が迸るように体内で生産した魔力が流れていく。それは腕を伝い、掌から奏の体を通って彼女の体内にある【あるもの】へと干渉していく。

 

「―――接続(コネクト)

「―――んっ」

 

 胸に入り込んできた熱とも電流ともいえないものに、奏が思わず呻きを上げる。それはどこか艶めいたもので頬も紅潮しているから、まるで本当に色事に耽っているかのような錯覚を得てしまう。

 しかし士郎は集中したまま、眉一つ動かさない。彼の腕を流れる魔力が時折電子回路のような軌跡を灯し、それは掌からそこに触れている奏の体にも波紋のように伝っていく。

 

「―――、接続、終了(トレース・オフ)

 

 と、やがて士郎はゆっくりと奏から掌を離し、腕を降ろす。同時に、奏が深く息を吐いた。その額には、若干汗が滲んでいる。

 

「前も言ったが、毎回こうする必要はないんだぞ。パス自体は繋がってるから、離れていても供給はできる」

「でも、こっちの方が効率はいいんだろ? そのパスってやつを補強する意味でもさ」

 

 奏は笑って士郎に答えながら、服装を直している。何でもないような表情をしているが、顔はまだ若干赤い。

 奏の言い分に、士郎は肩を竦めてみせる。

 

「体に異常が出たらすぐに言えよ。それの効能は身を以って知っているが、模造品だしシンフォギアとどんな干渉を起こすかもわからないんだからな」

「大丈夫だよ、メディカルチェックも問題なし。……ホント、若大将には頭が上がらないよ」

 

 奏は先ほどまで士郎が触れていたところへ服の上から手をやる。そこから、自身の中にあるものを感じ取ろうとしているかのように。

 

「アヴァロン、だっけか。アーサー王なんて、すっごく強い剣持ってるくらいしか知らなかったんだけどな」

 

 【全て遠き理想郷(アヴァロン)】―――その贋作。それこそが奏の体に士郎が埋め込んだものだった。

 

 

 

***

 

 

 

 事の発端は半年ほど前まで遡る。

 元々、聖遺物との適合係数が低い奏はLiNKERという特殊な薬品を用いることでこれを引き上げ、シンフォギアを纏っていた。しかしLiNKERには強い負荷が存在し、その薬理作用は下手をすれば死に至りかねないほどだった。

 LiNKERそのものは研究と改良が繰り返されていたのだが、最初期から過剰に使い続けていた奏の体にとうとう限界が訪れてしまったのだ。

 シンフォギアを纏うどころか、残留した毒素の影響でいつどうなってもおかしくない状態……それでもなお意思折れぬ奏に、士郎は迷った末にある賭けに出たのだった。それが騎士王の鞘の投影である。

 

 ―――結論から言おう。

 士郎の賭けに奏は乗り、そして勝った。

 

 本来、鞘は持ち主である騎士王が居て初めて機能するものであるが、それでもある程度の治癒能力は有している。それは贋作でも同じことで、埋め込まれた奏の体を少しづつ癒し、やがては全快へと至らせるには十分であった。

 この結果には本人以上に周囲が沸き立ち、特に翼などは再び奏が歌えるようになった時には人目をはばからず涙を流して喜んだほどだ。

 一方で士郎としては現在に至るまで、その経過には神経を尖らせていた。すでに彼は自身の使う魔術とこの世界の聖遺物由来のシンフォギアが神秘というくくりではあれど根本の部分から大きな乖離が存在することを察していたからだ。

 異なる二つのものを同時に有し、それがどのような反応を示すかは完全に未知数だった。これもまた、賭けと呼んだ要因の一つである。

 シンフォギアの生みの親である櫻井 了子の強い協力の下に綿密な検査を(奏が辟易して違う意味で死にそうになったほど)重ねた結果、拒絶反応の類は見られずシンフォギアの運用にも問題は生じなかった。それどころか、LiNKERの使用による副作用の大部分を抑えることにも成功していたのだ。

 現在は現場に復帰してかつてと同じ以上の活躍を見せつつも、融合係数そのものの引き上げを目指した訓練を並行して行っている。将来的にはLiNKERからの脱却を目指しているというのが奏の意気込みだったが、その道は中々に遠いようだ。

 もっとも、士郎としてはLiNKERのみならず鞘の加護やシンフォギアすら必要のないようになればと願わずにはいられないのだが。

 

 兎にも角にも、今の奏はこの世界と並行世界の二つの神秘を同時に有している状態である。

 埋め込んだ鞘は士郎が投影したものであるからか彼の魔力でもある程度は稼働させることが可能で、先の魔力供給も燃料の投入ではなく機能の促進という意味合いによるものだった。要はメンテナンスのようなものだ。

 士郎自身が言ったとおり、それ自体は触れずとも鞘を埋め込んだ時に構築されたパスを通して可能なのだが、奏はどちらかというと直接触れ合っての供給を望むことが多かった。

 ………その理由については、推して知るべしといった所だが、士郎がそれを察しているか否かは言わずもがなである。朴念仁は伊達ではない。

 

 

 

「ごちそーさま! いやー、相変わらず若大将のメシは最高だわ」

「はいはい、お粗末様」

 

 満足げにポンポンと腹を叩く奏を尻目に、空になった自分と彼女の皿を士郎は手早く片付けていく。

 時間的にはそろそろ昼休みも終わりが近づいてきている。そうなれば食堂の片づけのために他の調理師の面々も戻ってくるだろう。さすがにそれまで長居するつもりはないのか、奏は手早く身支度を整え始める。

 と、裏口の扉に手を掛けたところで、ふと奏が止まった。何事かと思う前に、背を向けたままの彼女が言葉を発する。

 

「さっき、翼の前に立ってた子。……二年前、アタシが助けた子だよね」

「気付いたのか」

 

 士郎は静かに瞠目した。奏は振り返らないまま、わざとらしく肩を竦めて見せる。

 

「そりゃね。助けたのはアタシだし。……ま、さすがに翼は気づいてないみたいだけど。でも、その口ぶりだと若大将も覚えてたんだ」

「お前たち以外で、初めてこの世界で会った人間だしな。といっても、面と向かって話すまでわからなかったんだけどな」

「………………………スケコマシ」

「なんでさ」

 

 唐突な(本人主観で)謂れのない非難に困惑する。だが、彼女からの声はやけに低く平坦なものに変わっている。

 

「ふーん……あの子、見た感じ新入生だよなぁ。なぁんでいきなり新入生と親しく話す機会を作ってるのか不思議だなぁ~?」

「た、たまたまそういう機会があっただけだ。邪推されるようなことは全くない」

 

 背中越しに妙な迫力を見せる奏に、士郎は思わずたじろぎつつも「それはともかく」と話題を無理矢理に変更する。

 

「うっすらとかもしれないが、あの時の事を覚えているみたいだぞ、彼女」

「え?」

「…………会ってみるか? 本当のことを話せないにしろ、気にはなるだろ?」

 

 その問いかけに、奏はほんの少しだけ考えてから首を小さく横に振る。

 

「やめとくよ。実際、なにか聞かれても答えられないし。あんな目に合わせた子に、こっちの都合で嘘までつきたくない。って、話せないから逃げるんじゃ大して変わんないか」

 

 カラカラと笑うその様子は、どこか空々しい。それを遮るように「奏」と名を呼ぶ。

 ピタリ、と止まった彼女に、士郎は静かに溜息を吐いた。

 

「―――あの子、昨日最初に会ったときは子猫を助けるために登った木から落ちるところでさ」

「え?」

「いや、受け止めるのもギリギリだったよ」

 

 思い出してクツクツと笑う士郎を、奏はキョトンとした顔で振り返る。士郎はさらに続ける。

 

「その次は友達と一緒だったな。楽しそうに笑いあっていたよ」

「………そっか」

「奏」

 

 再び呼びかけ、一拍の間を置いてから、言う。

 

「元気そうで、よかったな」

「―――、うん!」

 

 ようやく本来の華やいだ笑みを見せる奏。そんな彼女に、士郎も安堵に頬を緩めていた。

 

 

 

***

 

 

 

 ―――さて、そんな風に元気な姿で人知れず自身の恩人を安堵させていた響だが、

 

「あぁ~、もうダメだぁ………」

 

 現在、死に体を晒していた。

 

 すでに授業は終わり、放課後だ。

 机に両腕を投げ出して突っ伏すその姿はまさしく生ける屍といった有様で、虚ろな瞳に光はない。口から魂か生気でも漏れ出しているのではないかとさえ思えてくる。

 

「翼さんにカンペキおかしな子だと思われたぁ……」

 

 どうやら昼に翼に晒した醜態を引きずっているらしい。その隣では、未来が出された課題なのか書き物をしている。

 

「間違ってないんだからいいんじゃない?」

 

 ノートから目を話すどころかシャーペンを走らせる手を止めることすらしない彼女の言葉は、にべもなければ容赦もなかった。本当に親友なのか怪しくなる対応だったが、昼からずっとこの様子で一緒だったと推測すれば言葉を返してくれるだけまだマシなのかもしれない。

 

「なに、ビッキーまだへこんでるの?」

 

 と、そんな彼女を見かねてか、やってきたのは三人の少女だ。皆、入学してから仲良くなったクラスメイトだ。見た目も中身も三者三様に特徴のある面々で、響たちとは早くも意気投合していた。

 まず声をかけてきたのはやや癖のある黒鉄色のショートカットが特徴的な安藤 創世で、親しくなった相手に妙なニックネームを付けるきらいがあった。

 

「みんな……」

「やっちゃったのはしょうがないんだからさ。次に生かそう、次に!!」

 

 なんとか元気づけようとしているのは長い髪をツインテールにしている板場 弓美。アニメとアニソンが大好きでアニソンを修めるためにリディアンに入学したという豪の者だった。ちなみに、リディアンにそれに該当するような学科は存在しない。

 そんな彼女の励ましだが、「でも……」と響の反応は芳しくない。どうやら、想像以上に消沈しているらしい。

 

「でしたら」

 

 と、ここで名案があるとばかりに声を上げたのは金のロングヘアの寺島 詩織だ。美味しい物が好きだが小食であるという彼女は、外見通りのおっとりとして丁寧な口調でさらに続ける。

 

「学食の衛宮さんに頼んで、風鳴先輩に話を通してもらうというのはどうでしょう? 利用しているようで気が引けますが、伝え聞く噂が本当なら力添えしていただけるかもしれませんよ」

「「え?」」

 

 唐突に士郎の名が出されて、響のみならず未来も思わず顔を上げる。その反応に、詩織の方が「あら?」と首を傾げる。

 

「ご存じありませんでしたか? 割と有名なようですし、昨日はお二方とも親し気にお話しされていたところを拝見したので、てっきり知っているものかと……」

 

 どうやら、昨日の昼のやりとりを見られていたらしい。しかしそれが翼のこととどう繋がるのかわからなかった。そもそも彼女たちも入学したばかりだというのに彼のことを知っている様なのはなぜなのか。問う前に察したのか、創世が口を開く。

 

「私らもオープンキャンパスで世話になった先輩とかに聞いただけだから、どこまで本当かは知らないんだけどね。なんか割と有名らしいよ衛宮さん」

「有名?」

「うん。なんでも、校内で困ってる人が居たら声を掛けずにはいられないとか」

「へえ……」

 

 未来が思わず隣の響を横目に見る。心当たりがあるのか、合わせるように響が視線を逸らした。

 

「最初は若い男の人が、って怪しまれもしたみたいだけど割とすぐ信用されたらしいよ」

「あとは頼まれごととかも割と頻繁に引き受けてくださっているようです。ここまでくると学食の料理人というより、用務員というかなんでも屋さんみたいですね」

「まあ、実際はなんでも頼まれてくれるってわけじゃないらしいけどね」

 

 それはそうだ。しかし、そうまで言われるということは余程にお節介を焼くのが好きなのだろう。本当に似た者同士だと未来は呆れ半分に心の中だけで呟く。

 

「ふっふっふっ……もっとすごいエピソードがあるんだなぁ」

 

 と、なぜか自慢げに「チッ、チッ」と指を振る弓美。何事かと注目すれば、彼女は我が事でもないのに胸を張った。

 

「この学校、割と古い楽器とかも結構あるじゃない? その中になにが原因かわからないまま動かなくなった楽器もあったんだけど、衛宮さんがその楽器を調べたら今まで誰も解らなかった故障の原因をピタリと当てたんだってさ」

「それ本当!?」

 

 創世と詩織の二人も知らなかったのか、響たちともども目を丸くする。

 

「衛宮さんって楽器の知識もあるってことなのかな?」

「……んにゃ、それが音楽関係の知識はからっきしなんだって。故障の原因が分かったのも、たまたまだって話だし」

「なぁんだ」

 

 まるで大掛かりな手品の種を見せられたかのように脱力する面々。と、そこで響が「はて?」と首を傾げる。

 

「それでなんで衛宮さんと翼さんの事と繋がるの?」

「ん? ああ、それはあの人がこの学園で働くきっかけになったのって、風鳴先輩の親戚が紹介したからって話があるんだよ」

「実際、風鳴先輩や奏さんとお話している姿が何度も見られているらしいですよ」

「一部の噂じゃあ、実はどっちかと付き合ってるとかいないとか」

「え、そうなの!?」

 

 思わず驚く響。思い返せばここに縁のある人に紹介されて働き始めたと言っていたが、それが翼の親戚なのだろうか。ならば本当にツヴァイウィングのどちらかと付き合って……?

 そんな風に考え込む響を、未来はポンポンと肩を叩きながら「噂よ、噂」と現実に引き戻す。その一方で、弓美はなぜか更にテンションを上げていた。

 

「困ったときに助けてくれて、そのくせ謎の多い学食のお兄さん!! 今じゃ噂が噂を呼んで『謎のヒーロー赤マントの正体だ』って話もあったりするし……」

 

 右手を拳にして腰に溜め、左手を腕ごと右斜め上に指先を揃えてシャキンッと伸ばすポーズをとる弓美。しかし、響にはそれよりも何よりも気になる言葉があった。

 

「あか、まんと?」

 

 呟いて、ドクンと胸が強く鳴る。思わず、古傷に手をやってしまう。そんな彼女に気付かず、弓美はさらに続ける。

 

「そう! ノイズが現れるとき、どこからともなくやってきて助けてくれるっていう正体不明のヒーロー!! いやー、ホントにいたらアニメみたいだよね!!」

 

 言いながらはしゃぐ弓美。なるほど、テンションが高い理由はそれらしい。士郎の噂を他の二人よりも詳しく知っていたのは、むしろそれを調べていての芋づるだったのかもしれない。

 と、響はそんな友人を尻目に『赤マント』という存在、そして士郎という青年へとその思考を巡らせていく。

 

 あの日見た、赤い背中。

 昨日見た、士郎の背中。

 その二つが重なって見えたのは、やはり偶然なんかではなくて……?

 

 と、それを遮るように未来がこちらの肩を叩く。

 

「ん? な、なに未来?」

「………いや、ツヴァイウィングの話題で思い出したんだけど、今日って確か新曲の発売日だったよね」

「あ、うん。未来の課題が終わったら帰りに買いに行こうかなって」

「あれ? てことはビッキーってCDで買ってるの?」

「そうだよー。なんたって初回特典の充実度が違うからねー」

 

 「ふふーん」と意味もなく得意げに語る響。実際にはそういったおまけを大量に付けなければダウンロード配信などに圧されてしまうという業界の悲しい事情があるのだが、そんなことは少女たちの知ったことではない。

 と、まだ手にしていない逸品に思いを馳せ、期待に胸を膨らませている響だったが、次の一言でそれは完全に粉砕されることになる。

 

 

「だとしたら、売り切れちゃうんじゃない?」

 

 

 ―――数分後。

 電光石火の如き全力疾走で学校の正門を飛び出す響の姿があった。

 どうやら予約などはしていなかったようだ。

 

 

 

***

 

 

 

「ただいまー、っと」

 

 リディアン音楽院からほど近いとあるアパート。その一室へ士郎が帰宅する。左手には何やら大きく膨らんだビニール袋が提げられていた。

 と、昨日からの同居人が家主の帰宅を出迎えてくる。

 

「いい子にしてたか、チビ助」

 

 話しかければ、まるで頷いたかのように「ニャー」と返事が返ってくる。リビングへと足を運べば、思っていたよりも散らかってはいなかった。異臭らしいものもないので、トイレのしつけはすでに完璧なのかもしれない。

 

「……お前、実はすごいのか?」

 

 思わず問いかけてしまうが、鳴き声以外の返事など返ってくるはずもない。

 それに、そもそも散らかるほど物が多いというわけでもなかった。リビングにはカーペットの上に食事用のテーブルとテレビくらいのものだ。あとは棚とその上に置かれた小さなコンポがあり、その傍にはツヴァイウィングや二人のそれぞれのソロシングルなどのCDが積まれている。実はCDは本人たちからプレゼントされたものだったりするのだが、割と頻繁に聴いてもいる辺り気に入っているようだ。

 二つある部屋の内、自室の方はベッドと机、それに料理関係の書籍などが何冊かある程度だ。ずいぶんと私物が少ないようにも見えるが、これでも高校時代の彼を知っている者が見れば人間味が増えたほうであると感じるだろう。そのくせ、キッチンの方には調理器具が妙に充実しているのがなんとも言えない。

 ちなみにもう片方の部屋は魔術の鍛錬用で、ガラクタや武器などが転がっていたりする。

 

 士郎はテーブルに持っていた袋を置くと、中身を取り出し始める。猫用の皿に爪とぎ器、更には猫じゃらしなどのおもちゃと猫の飼い方の本だ。猫トイレと猫砂、キャットフードだけは昨日の帰りに買ったのだが、追加で必要なものを揃えたようだ。

 士郎本人はまだ里親を探すつもりではあるのだが、この辺りは凝り性のサガともいえるかもしれない。もっとも、そのまま飼い続ける羽目になるので、無駄な買い物にはならなかったのだがそれはまだ少し先の話だ。

 彼は真新しい猫皿を床に置くとドライフードタイプのキャットフードを盛り、別の皿に水を注ぐ。すると腹を空かせていたのか、子猫は一心不乱に皿に顔を突っ込んでがっついていく。

 

「待たせてたみたいで悪いな」

 

 その背に声をかけるが、子猫は一顧だにせずカリカリと音を立てて平らげていく。その様子を微笑まし気に眺めていた士郎だったが、その時ふと懐で震えるモノがあった。通信端末だ。武骨な外装のそれは、市販のものではない。

 士郎はその表情を若干険しいモノへと変えると通信を繋げる。聞こえてきたのはすでに耳に馴染んだ野太く力強い声だ。

 

『衛宮、今どこにいる?』

「ちょうど家に帰ってきたところだ。……なにかあったのか、弦十郎?」

 

 言いつつも、士郎はその答えをほぼ察していた。そしてそれは的中していた。

 

『ノイズが出現した』

「……状況はどうなっている?」

 

 そう問う士郎は、すでに纏う空気を変貌させていた。響たちと笑いあっていた時とは明らかに違う、研ぎ澄まされた刃のようにも赤熱化した鉄のようにも感じられる気配。魔術回路を起動させるよりも前に、彼は戦う者……魔術使いとしての己へと切り替わっていた。

 

『今は反応を絞り込んでいる最中だ。とりあえずの大まかな場所は湾岸地帯……工業区画付近のようだ』

「それだけ解れば構わん。今から直接現場に向かって確認する」

『翼と奏の二人も間もなくこちらに合流する。反応を絞り込み次第、二人を急行させる』

「ああ。一度切るぞ、何かあればまた連絡する」

『了解した。―――頼んだぞ』

「是非もない」

 

 通信を切ると、すでに食事を終えたらしい子猫がこちらを見上げていた。「何事か?」とでも問いかけているかのような視線に、気が緩みかける。

 

「……いい子にしてろよ」

 

 それだけ言うと、魔術鍛錬用の部屋へ向かった。戦支度を整えるためだ。

 その背を、子猫は「ニャー」と一声鳴いて見送っていた。

 

 

***

 

 

 

 弦十郎から連絡を受けて数分後、士郎は文字通りアパートを飛び出していた。

 その身は今、建物の屋根から屋根、屋上から屋上へと飛び移ることで道筋に捕らわれない移動をしていた。似たようなものにパルクールというものがあるが、彼の場合は魔術で強化した身体能力に物を言わせ、まるで空中そのものを疾走しているかと見紛う速度で移動している。

 同時に、視力を強化することで俯瞰に近い位置から遠くまでをその視界に納める。すると、遠くに見えるとあるコンビニの周辺、そこに舞う黒い塵を見つけた。すぐそばには、人の五体や指の形を辛うじて残している灰の山が幾つも積もっていた。

 

「―――遅かったか」

 

 奥歯を鳴らしつつ、憤りを押し殺した声で呟く。しかし感傷を後回しにして努めて冷静な思考で周辺を見回す。被害者がいるということは、その周囲にノイズがいるということだ。

 ほどなくして、その鷹の目が怨敵を察知する。手足の生えたオタマジャクシのような小型のものと、手首から先がアイロンのように平べったくなっている人型。それらが百鬼夜行のように群れを成していた。そして同時にあることに気付く。

 

「同じ方向を進んでいる?」

 

 そう、ノイズの群れは散らばることなく、何かに導かれるかのように同じ方向へと突き進んでいた。小型の方は壁を張って進むことができるし、人型も物質を透過することが可能な以上、方々に散っていてもおかしくないはずなのだ。にも拘らず倣ったように同じ方角へと突き進んでいるというならその先には……

 

「っ! 生存者か!?」

 

 ノイズは人を襲う。その理由は不明だが確かなことで、自身の知覚範囲に人間が居た場合、そちらに向かって移動する習性がある。士郎が見ているノイズの群れは、先ほど百鬼夜行に例えた通り、列をなすように同じ方向へと向かっているのだ。ならばその先頭にはそれらから逃げている『誰か』がいる可能性が高い。

 

「クソ!! ……聞こえるか、弦十郎!! ノイズを発見、工業区画内へと入ろうとしている!! しかも逃げ遅れた生存者が追われている可能性が高い!!」

『なんだと!?』

 

 通信を繋げている間にも、士郎はさらに速度を上げている。こうしている間にも、無辜の命が散らされようとしているのかもしれないのだ。逸る気持ちを抑えるのがやっとだった。

 

「俺はこのまま救助に入る! そちらは……」

『わかってる、すぐに奏と翼を向かわせる!! 無茶をするなよ!!』

「ああ!!」

 

 言って、更に足に力と魔力を籠める。鉄塊を叩きつけるような音と衝撃を残しながらビルの屋上や壁を足場にしていく。ノイズの群れは見えているが、追われているだろう誰かの姿は建物の影になったり角度に問題があったりで見ることができない。それがより士郎の焦燥感に拍車をかけていた。

 

(間に合え……!)

 

 すでに矢の射程範囲内には入っている。だが入り組んでいる上に数が多すぎるため、ちょっとやそっと減らしただけでは意味がない。まとめて吹き飛ばすこと自体は可能だが、そうなれば生存者を巻き込む可能性は高いし、それでなくとも周囲に大きな被害が出る。しかも工業区画に近いというならば、下手をすれば漏れ出た薬品などで二次被害も出るかもしれない。

 

(間に合え!)

 

 故に、今はただ全力で疾走するのみ。許容範囲を超えかねない強化に骨肉が諸共に軋むが、その程度の痛みなど無視する。

 ぞろぞろとフェンスに囲まれた施設内へと入り込んでいくノイズたちの姿が近くなっていく。その悍ましさをもたらす光景を目に納めながら跳躍、道路へと落下し踏みしめたアスファルトを砕いて巻き上げながら着地。パラパラと降る細かな破片と立ち込める土煙を一斉に弾き飛ばして疾走を再開する。

 そうして士郎が工業地区の入り口に辿り着いたときには、その周辺にノイズの姿はなかった。一瞬、遅かったかと思うが、諦めるにはまだ早いと己を叱咤する。

 

「間に合えっ!!」

 

 思わず声に出し、足を踏み入れ―――

 

 

 

「―――Balwisyall Nescell gungnir tron」

 

 

 

 ―――聖詠が、聞こえた。

 

「な、に……?」

 

 見上げた直後、一条の光が黄昏を貫いた。それは聳え立つ柱となって天を衝いている。

 その輝きと肌から分かるほどの魔力にも似た力の奔流……だが、士郎を精神を揺さぶったのはそのどちらでもなかった。

 先の焦燥も忘れ、足も思考も思わず止めてしまったその理由は、

 

「………………………………立花?」

 

 その歌声に、どうしようもなく聞き覚えがあったからだ。

 

 

 

***

 

 

 時間はほんの少し遡る。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

 

 響は息を切らせながら全力で走っていた。だがそれは、新発売のCDを買いに行くという期待に胸躍らせながらのものではない。迫りくる命の危機から、必死に生き延びようとする逃走だ。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

 

 学校を飛び出し、目当てのCDを買うために辿り着いた先で目にしたのは、人の面影をわずかに残す灰の山。体と心、両方の古傷を疼かせるその光景が何を意味するのか、響は即座に悟っていた。

 

 ノイズが出現した場合、人は逃げることしかできない。一切の抵抗が意味をなさないという事実こそ、それらが『災害』を認められたが所以だ。

 その為、国もその対策として都市部を中心にシェルターの設置を推し進めている。物質を透過するノイズにそれがどこまで有効かは疑問視されてもいるが、それ以外に対策がない以上はそこへ逃げ込むしかない。

 にもかかわらず、響がシェルターの外で逃げ回っている理由は単純明快。

 

「おねえ、ちゃん」

 

 彼女が手を引いて共に走る、小さな少女の存在のためだ。

 逃げ遅れ、ノイズの手にかかろうとしていた彼女を辛うじて助け出し、どうにか逃げ回っているうちにシェルターから離れてしまったというわけだ。

 

 水路に飛び込み、時には転んでしまいながら駆ける二人の姿はボロボロの泥まみれだ。それでも二人は生きるために……助けるために、その足を全力で動かし続けている。

 

「はぁっ、はぁっ! だいじょうぶ、げほっ、だいじょうぶだよ……!」

 

 せき込みながら、響は小さな体で懸命に走る小さな少女を激励する。少女は目に涙を浮かべながらも、響に手を引かれながら首だけで頷いた。

 

 やがて二人が辿り着いたのは海沿いの工業区画だ。フェンスに囲まれたその一角へ、入り組んだ施設内へ身を隠すように身を投じた。体力の限界に近かった少女を背負いながら、身の丈ほどの太いパイプの群れを飛び越え、ある建物の非常用か点検用かも知れない外付けの鉄梯子を登攀していく。

 自身も限界を超えて酷使した手足に疲労と痛みを感じながら、その脳裏に思い浮かべるのは二年前に刻まれた声と歌とある背中だ。

 

 『生きるのをあきらめるな』と、その人は言った。

 響いた歌は、とても優しく力強かった。

 目に焼き付いた背中は、なによりも赤くて雄々しかった。

 自分はそれらに救われた。

 ―――だから、こんなところで死ねないし、死なせるわけにはいかないのだ。

 

「ぶはぁっ!! はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 梯子を上りきった先、施設の屋上で少女と共に倒れ込む。手も足もガクガクで、力を入れすぎた指先はしびれて勝手に震えてしまう。

 視界に広がるのは藍色になり始めた空と、沈みかけた太陽に橙に照らされた千切れ雲だ。それに情緒を感じる余裕もなく、その身を漸く休ませる。

 

「……死んじゃうの?」

 

 と、隣からの涙に濡れた声に、思わず息を飲む。響はそんなことはないと勇気づけるために、気力を振り絞って身を起こして笑いかける。

 だが―――

 

「あ………」

 

 ―――自分たちを取り囲むのは、どうしようもない絶望だった。

 

「やああああっ!?」

 

 少女が悲鳴と共に響にしがみつく。その肩を抱きながら、彼女は歯を食いしばって少しづつ迫るノイズたちを睨みつける。

 二人の背後は絶壁、飛び降りて逃げることは叶わない。ほどなくして二人はノイズの群れに飲み込まれ、灰の山となって文字通り散ることになるだろう。

 絶体絶命ですらない。すでに死んだも同然の状況だ。

 

 だが、立花 響はあきらめない。

 震え泣き叫ぶ少女を抱きかかえながら、頭の中で必死に考える。

 

 ―――探せ、探せ、探せ。ここで終わりなど認めない。自分にできることがきっとどこかにあるはずだ。

 

 そう、あきらめない。あきらめてたまるものか。

 死にたくない、死なせたくない―――あきらめたくない!

 

 ―――考えろ、考えろ、考えろ。ここで死ねばこの子も死ぬ。そんなことは絶対認められない!

 

 そうだ、だから。

 

「生きるのを、あきらめないでッ!!!」

 

 かつての誰かの言葉が、己の意思として紡がれる。

 不屈と決意を、炉にくべるように胸に宿す。

 ―――そして。

 

 

 

「―――Balwisyall Nescell gungnir tron」

 

 

 

 胸から溢れた聖詠が、自然と口から紡がれた。

 

 

 

***

 

 

 

『三人とも、聞こえるか!?』

「司令?」

「旦那?」

 

 立ち昇る光の柱。それを視界に納めながら、奏と翼が通信に耳を傾ける。

 今、二人は絞り込んだ反応の先へ翼のバイクで向かっている途中だった。翼にしがみつく形で同乗する奏は、ヘルメットの奥の眉を歪めながら弦十郎へ問いただす。

 

「旦那、あの光は一体何なんだい!?」

『それについて、こちらでノイズとは違う反応を検知した。 ……アウフヴァッヘン波形だ!』

「なっ、待ってください!! それじゃあ、あそこに聖遺物があるってことですか!?」

 

 信じられないといった様子で問い返す翼。その同様とは裏腹に、操るバイクはどこまでも正確で素早く道を突き進んでいる。

 アウフヴァッヘン波形とは、聖遺物を起動した際に発せられるエネルギー波形であり、これが検知されたということはそこには起動した聖遺物か……シンフォギアが存在しているということになる。

 聞こえてくる報告に、奏も声に出さないながら驚愕していると、そこへ追い打ちをかけるような言葉が続いた。

 

『検出された反応も特定できた。 ―――奏と同じ、ガングニールだ!!』

「な……!?」

 

 思わず、絶句する。

 ふと、奏は自然と胸元を握りしめた。そこにある自身のガングニールだけではなく、その奥の鞘もかき抱くように。

 

 翼がバイクの速度を上げる。

 現場への到着まであとほんの少しだ。

 

 

 

***

 

 

 

 古傷を中心に、光があふれ出す。

 同時に鼓動がどんどん強くなり、それに合わせ心臓を中心に何かが体中へ広がっていく。

 

「う、うぅ! ぐ、う、あぁっ!!」

 

 食いしばった歯の間から呻き声が漏れる。

 光に包まれた自分の体、その細胞の一つ一つが変貌していくのが自分でも解かる。

 焦点がぶれ続け、視界が定まらない。

 

「あ、あぁっ、が、ああああっ!!」

 

 耐え切れず、四つん這いになる。

 体だけではない、心も得体のしれない衝動に塗りつぶされていきそうになる。

 発せられる光はどんどん強くなり、その光に圧されているかのようにノイズがその動きを止めていた。

 ひときわ強い光を以ってそれらは納まり、纏っていた制服は体に密着するタイプの別のものへと置き換わった。

 

「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 最後に、獣じみた咆哮と共に機械的なパーツと装甲の塊が大樹のように枝を広げて体から飛び出していく。

 それは膨張と収縮を何度も繰り返し、形を整えながら響の体に纏われていく。

 

 ―――それらの現象が全て収束したとき、気が付いた彼女は己の姿に混乱した。

 

「え、ええ!? なんで!? 私、どうなっちゃってるのッ!? 」

 

 レオタードのような体のラインが浮かぶ、オレンジと黒を基調としたスーツ。その上から両腕と両足、腰に装着された機械的な装甲と、耳を完全に覆う角のようなアンテナの生えたヘッドセット。傍から見れば、まるで魔法少女と特撮ヒーローを足して二で割ったような姿だ。

 なぜ、こんなものを自分がいきなり纏ってしまっているのだろうか。いや、そもそもこれはいったいなんなんだろうか?

 

「お姉ちゃん、格好いい!」

 

 と、戸惑う響を少女が目を輝かせて自分を見上げていた。その無垢な眼差しに響はやるべきことを思い出す。

 

(そうだ、なんだかよくわからないけど……)

 

 強い意志と共に動き出し、少女へ手を差し伸べる。少女は迷うことなく、その手を握り返した。

 動く四肢に、先ほどまでの疲労はない。それどころか力が全身に迸るように漲っている。

 

(確かなのは、私がこの子を助けなきゃいけないってことだよね……!)

 

 胸から湧き、口から紡がれるのは歌だ。

 繋いだ手を放さない、この温もりを手放さないという、勇気と決意の歌。

 今まで欠片も知らなかったその歌は彼女が意識するでもなく、自然と溢れ出て形となっていく。

 

 響は再び動き出したノイズから離れるように地を蹴って、

 

「―――え?」

 

 その勢いのまま屋上から身を投げ出していた。

 

「う、わわわわわわわわわっ!?」

 

 目測を誤ったわけではない。間違えたのは力加減だ。ほんの少しだけ籠めたはずの力が、あり得ないほどに想定以上の出力となっていた。

 馬鹿げた話だが、事実としてその跳躍は己が助走をつけて全力で飛んだ時のそれをはるかに超えている。いや、下手をしなくてもそこらのアスリートはだしの記録だ。

 

「くぅっ」

 

 だが、戸惑っている暇はない。体は少女ごと重力に捕らわれ、急速に落下を始めている。響は咄嗟に足から地につき、コンクリートをひび割れさせながら見事に着地する。

 土煙の舞う中、改めて困惑する。高さにして4~5階はあろう場所からコンクリートの上に減速なしで落ちたのだ。どんなにうまく着地しようが両足は確実に骨折するだろうし、即死だって十分にあり得る。だが、現実はどうだ。まるで漕いだブランコから飛び降りた程度の痛痒すら感じていない。

 説明不能な状況だが、現実は一瞬たりとも待ってはくれない。屋上にいたノイズたちが、土砂降りのように降り注いできたのだ。

 

「―――っ!」

 

 歌いながら、横っ飛びに転がる。やはり思っていた以上の距離を、何度もボールのように弾みながら転がっていく。

 抱えた少女を地面に擦らないように注意しながら、立ち止まった先で薄目を開ける。と、着弾して立ち込めた土煙の向こうから、形状変化したノイズが急速にこちらへ体を伸ばして迫ってきていた。

 

「―――っ!?」

 

 不意打ちに襲い掛かる死に、響はとっさに払いのけるように腕を振るった。ノイズに触れた時点で灰になるという常識が頭から完全に抜け落ちた反射行動だ。

 果たして装甲に覆われた腕とノイズが激突し、ノイズが一方的に打ち砕かれて灰と消えていく。

 

(え?)

 

 その現実を認識して、彼女自身がそれを信じられない。当たり前だ。『触れれば死ぬ』、『どうやっても抗えない』……それがノイズという存在だ。

 だが響の為した結果は、それを根本から崩してしまうものだった。

 

(私が、やっつけた……の?)

 

 それでも信じられず、思わず自分の腕を眺めてしまう。丸みを帯びた白い装甲に、オレンジのライン。―――正体不明なそれに、気を取られたことが決定的な隙だった。

 降り注いだノイズたち、今度はその何体もが一度に帯となって飛来してきたのだ。

 

「っ!」

 

 思わず喉が干上がる。今度は横殴りの豪雨のように迫るノイズの嵐は、腕で振り払った程度でどうにかなる量ではない。

 仮にこの不思議な力で自分の身は守れるとしても、腕の中の少女までは守り切れない。

 響が苦し紛れにその場から飛び退こうとしたその時だ。

 

 

 

「そこを動くな―――立花ァッ!!」

「え?」

 

 

 

 天から、雄叫びのような怒声が自分を縫い付けた。

 次の瞬間、眼前に何かが降り注ぎ、地面ごと迫ってきたノイズたちを悉く粉砕していく。

 

「「きゃあああああああああああっ!!」」

 

 目と鼻の先でビルの解体をしているかのような轟音と衝撃に、思わず歌も途切れて少女ともども悲鳴を上げる。

 それがようやく収まると、響は恐る恐る降り注いだ『なにか』に目を向けた。

 

「……剣?」

 

 ノイズを天罰覿面が如く駆逐し、目の前のごく一部だけを荒野の如く荒れ果てさせたものの正体を、思わず口に出して呟く。

 刃のついた、長くて武骨な鋼の塊。片刃に両刃、曲刀に直刀、日本刀に西洋剣……古今東西、様々な形状を持つ数多の刀剣が柵を作るかのように突き立ち、自分たちとノイズたちを隔てていた。

 

「なにが……っ!?」

 

 ふと、上を見上げて硬直する。出来損ないの団子のようなノイズが一体、ナメクジのように壁に張り付いてこちらに近づいていたのだ。

 上に残っていたのか、はたまた新たに発生したのか。どちらとも知れぬまま、それはこちらへと飛びかかってくる。

 響がそれに反応するよりも先に―――

 

「オォオオオオッ!!!」

 

 ―――ノイズよりも更に上から飛来する何者かが、手にした刃でそれを両断する。

 

「……え?」

 

 中空で、真っ二つになったノイズが黒い灰となって空を舞う。切り裂いた当人はそれに一切構わず響の眼前へと降り立った。

 同時に、突き立っていた数々の剣が霧散していく。細かな粒子となって消えていくそれらは、ノイズによって生み出される灰とは全く違う。淡い光を放っていてまるで星屑のようだ。

 その幻想的な輝きの向こう。響と少女を守るように黒と白の二刀を持って立ちはだかる、雄々しい背中。

 

「あ―――」

 

 

 

 そうして。

 響の中の過去と現在が完全に重なった。

 

 

 

 黄昏の薄闇に、裾をはためかせる赤い外套の背中。

 それは血よりも紅かった。

 それは夕日よりも朱かった。

 それは錆などよりもなお鮮やかに赤かった。

 あの頃と違い傷はなく、故にその不屈さを増している。

 かつてよりも更に力強く、研ぎ澄まされた剣のようなその背中。

 それはやはり、赫い鋼のようだった。

 

 響の胸が、先ほどとは別に強く高鳴る。

 何度も夢に見て、心の奥底にまで焼き付いたもの。

 その光景を、立花 響は確かに見ていた。

 

 背の持ち主がゆっくりと振り返る。

 響は驚愕よりも先に納得を得る。胸にストンと落ちるとはこのことか。

 白髪に褐色の肌の青年。ただ、その瞳だけは鷹のように鋭く、しかし僅かに悲痛に歪ませていた。

 

 黒い灰と、星屑のような粒子が舞う中。

 互いの視線を交錯させながら、二人は互いを呼んだ。

 

「衛宮、さん」

「……やはり、立花だったんだな」

 

 

 

 ―――この日、覚醒した少女は運命に再会した。

 

 

 

 





 この作品を書き始めて、久しぶりにLiz Triangleさんの東方アレンジ『リトルドリーマー』のPVを視聴。
 あれ、歌詞がなんというか士郎っぽいというかエミヤチックというか、FateエンドからUBWルートに繋がってるって感じがします。
 PVのジョイフルさんの絵もかなり好きです。
 未視聴の方は是非。曲だけ聞いても、PVで画像ごと見ても楽しめます。

 というわけで、第二話更新しました!!
 そして詰め込みすぎましたごめんなさい(土下座
 いや、書きたいところまで書いたらこんな長さに……(汗

 さて、内容の方ですが。
 奏に鞘入れるっていうのは賛否両論を覚悟の上で書きました。
 だって、放っといたらライブで死んでなくてもリタイア不可避な感じでしたし。
 これが後々に伏線になる……かも?
 そういえば鞘のことを改めて調べてみたら、なんか大聖杯解体後は繋がりが完全に断たれて投影できなくなるとかあったんで「あれ、これヤベェ!?」とか思いつつ、「あれ、でもそれで投影できる状況にするならあれがこうしてそうしてどうなったでイケル?」と考え、結局そのままGOにしました。
 このあたりも後々伏線に以下略。

 さて、落ち込む響と容赦ない未来さん、そしてフライング登場の友人三人娘。
 せっかくなので士郎の噂知っている要因として登場してもらいました。
 ここでもすっかりブラウニー。
 そして謎のヒーロー赤マント……この世界線の『怪傑 うたずきん!』にはタキシード仮面ポジの赤いマントのヒーローが登場してるかもしれません。

 そして覚醒ビッキーからの士郎との再会。
 しかしこの後の展開考えていくと、第一期はわりと奏ハードなんだよねっていう(罪悪感的な意味で

 さて、今回はこの辺で。
 なにやら二話分しか投稿していないのに反響が凄まじく、ISの方をはるかに超えて1200人以上の方にお気に入り登録をしていただき、なぜかランキングの方も日間やら週間やらで割と高いところまでランクインさせていただいたりと、うれしいながらも戦々恐々としている次第です。
 まあ、シンフォギアとFateのクロスが珍しいっていうのが大きいのでしょうが、そこから期待外れにならないよう精進していきますので、これからもよろしくお願いします。

 相変わらず暑い日々が続いておりますが、皆さまお気を付けくださいませ。
 それでは。

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