前話を読んでいない方はそちらからどうぞ。
「……【アヴァロン】、ですか?」
「そう。不老と癒しの力を持つ、アーサー王の聖剣の鞘。それを投影したものが奏の中に埋め込まれている」
聞き慣れぬ言葉を、未来は助手席からオウム返しに訊ねる。
それに対し、士郎は視線を前から逸らすことなく頷いた。
彼が運転するのは大きめのワゴン車で、後ろは座席が倒されて4~5人が向かい合って座れるようなスペースが確保されていた。まるでこの後、そういうことをする予定が決まっているかのように。
未来はそれには触れず、士郎にさらに問う。
「どうして、そんなことを?」
「……翼と違い、奏はLiNKERって薬を使ってシンフォギアを纏っているのは知っているよな?」
「は、はい。そういえば、初めてシンフォギアを使った時はそれを打ちすぎて血の海を作ったとかなんとか……」
かつて初めて二課の本部に訪れた際、奏から語られたことを思い出す。あの時も思ったが、改めて思い返してもあまりに物騒な話だ。
それに対し、士郎は「話が早いな」と苦笑を表情に混じらせる。
「元々、LiNKERは薬理作用の強い薬らしくてな。使っていくうちに改良や使用後の浄化技術の向上もあって改善はしていったらしいんだが、それでも初期から使い続けた影響は強かった。
そのせいで一時期は戦うどころか命すら危ぶまれる状態にまで陥ったことがある」
「そんな……」
予想を超えた壮絶さに、未来は息を呑む。
脳裏に浮かぶ奏の姿は響に負けず劣らず朗らかで喜怒哀楽がはっきりした、豪放磊落な中にも思慮と情の深いところを見せる大人な女性だった。
かつて聞いた過去と言い、そういう陰の部分を見せないことが無理なくできているのは強さと賞賛すべきだろう。
同時に、ここで得心に至る。
「そうか、それでその【アヴァロン】を?」
「正解だ。
とはいえ、投影による模造品であることを含めて懸念は少なくなかったが……結果としては小日向も知っている通り、彼女は見事に復活を果たして見せた。
―――それで、ここからが本題」
と、そこでちょうど検問に差し掛かる。
開いた窓ごしに警備の人間とのいくらかの応答と書類へのサインをすまし、その内側へと進んでいくと一気に風景が変貌する。
特に損傷が激しいために、立ち入りそのものが制限されている地区だ。これまでも破壊の痕跡は至る所で見受けられたが、ここからはその比ではない。
生々しささえ感じとれてしまうような破壊の残滓は、陽が落ちきっていることも相まって墓場にも似た静謐を生み出していた。
未来がなんとなしに息を呑んでいると、士郎が話の続きを語り始める。
「さっきも話した通り、奏に埋め込んだ『
語弊もあるかもしれないが、イメージとしてはWi-Fiと無線充電を合わせたようなものだと思ってくれればいい」
「繋がり……じゃあ!?」
言わんとする意味を察して、未来の声が俄かに大きく弾む。胸の奥に澱のように居座っていた冷たい不安が、この先に待つ希望によって火を点したかのような暖かさに塗りつぶされていくのを実感する。
そんな未来の様子に安堵を得たのか、士郎は目を前から逸らさないままに小さく微笑みながら頷いた。
「普段だと大体どの方向にいるとか、大雑把な距離感くらいしか把握できないけどな。
―――それでも、近づいてくるものがどれくらいで到着するかは大雑把になら把握できる。
っと、着いたぞ」
車を止め、エンジンを切る。
車から降り立った未来は、沈痛さを滲ませながら辺りを見渡した。瓦礫の点在する、しかし広くなだらかな真新しい荒野。その中で朽ちてなお強い存在感を放ち続ける巨大な残骸。
それは未来にとって通い慣れていたはずの、しかし見慣れてはおらず見慣れたくもない風景。
かつてのリディアン音楽院があった場所、今は或いは『カ・ディンギル跡地』とでも呼ぶべきか。
親友との別離を果たしてしまった場所に、未来は再び訪れていた。その隣に、士郎が並び立つ。
「ここに、響が?」
「ああ。もうすぐだ。回り道したり検問があったりで多少の時間は食ったが、どうにか間に合ったみたいだ」
トラウマに胸の内を掴まれながら不安げに訊ねれば、士郎は安心させるように笑みを持って頷いた。
そうして彼は天を仰ぎ、未来もまたそれに倣う形で夜空を見上げた。
街の明かりから離れ、また復興も始まったばかりだからか。無数の星は暗い帳の中で克明にその存在を刻んでいる。
眺めていれば弧や直線で白い光が線と引かれて、次の瞬間に消えていく。一つや二つではなく、一分も見ていれば十は余裕で越えて星が流れている。
あの夜からこちら、珍しくもなくなった光景だ。落ちるはずだった月の欠片のその破片が、今もなお降り注いでは燃え尽きているのだ。少なくとも向こう三か月、或いは一年以上はこれが続くという。
こうなれば情緒というものも薄れてくるし、それでなくとも未来にとっては響の喪失を殊更に刺激してくるため、実はこうしてつぶさに見つめるのは『あの日』以来の事だった。
「………、」
目を凝らし、夜空を見つめる。また、星が流れた。
そうして、見つめて、眺めて、見渡して。首の疲れをじわじわと感じて、流れた星の数なんてものは最初から数えていなくて。
そして。
「―――ぁ」
見つけた。
最初は、ひと際大きく輝く星だと思った。
その輝きが大きくなっていくように見えたのは、錯覚かとも思った。
けれど、それは見間違いでもなく確かに大きくなっていて、月に並ぶ大きさに映ってようやくこちらへと近づいてきているのだと気付いた。
「もしかして……アレが」
「ああ、そうだ。―――【アヴァロン】には、さっき言った癒しとは別にもう一つの力がある」
言いつつ、どこか懐かしみながらも呆れが混じったような苦笑を浮かべる士郎。
そんな彼の言葉に耳を傾けながら、未来の瞳はゆっくりと近づくその光に釘付けになっている。
「それは『護り』の力。その
とはいえ―――」
光は確実に地表へと近づいてきていた。恐らくは大気圏の外から飛来したであるだろうに、そうとはとても思えない。
隕石のような勢いも熱もなく、それこそ雪の
ややあって、それはついに未来の立つ大地と地続きに到達する。彼女から離れて数メートルほど前方、そこに降り立った光は大きな球体のような形だ。………そう、それこそ四人ほどが包み込まれているかのような。
間近にあるのに、まるで一等星のような眩くも静かな輝き。それを見据えながら、士郎は溜息を禁じ得なかった。
本来、士郎が考慮していたのはLiNKERの効力限界を迎えかねない奏に対する援護のつもりだった。
パス越しでどれほどの力になれるかは未知数であったが、それでも意識の全てをそちらの集中することで最大限の助勢を行った。
だが、それがこの結果に繋がるとは世界を跨いでいるとはいえ望外にもほどがある。
だってそうだろう。―――いくらなんでも、これは完全無欠に素敵すぎるほど荒唐無稽なご都合主義だ。
「まさかシンフォギアの機能を応用して具現化しながら、本来なら使用者だけを包み込むだろう護りを複数人にまで拡張させるんだからな」
紡がれる言葉には、しかし隠しようが無く喜色が滲み出ていた。
そして。
「あ―――」
二人が見守る中、光の球体は脈動するかのように大きく震えたかと思うと、まるで泡沫のように音もなく弾けて散った。
それはまるで、目の前で星空が生まれる様を目の当たりにしたかのようで。
その内側から姿を現したのは―――
***
―――あ、こりゃヤバいな。
そう思うなり、奏は思わず身を折っていた。
『が……ぐ、ぅ………!!』
途端、光翼が端から散り始め、真白い装甲も綻んでいっているのを自覚する。
同時に、それをどうにかすることも出来なくなっていることも。
月の欠片を破壊できて、気が抜けてしまったか。それでなくても限界が近いことは自覚していた。
(マズ、い……な)
ただでさえLiNKERの補助でギアを纏っている身。そこへ激戦の連続に、ダメ押しのフィーネとの決戦。
体の傷はエクスドライブへの覚醒時と響がデュランダルを叩き込んだ折にそれぞれ刷新されたレベルで癒されているとはいえ、蓄積された消耗の方は如何ともしがたい。
僅かでも気が緩めば、こうなることは自明であった。
今はまだ辛うじて一線を保っているが、それもいつまでか。この真空の
それらの事実を鑑みて―――奏は、自分でも意外なほどにそれを受け入れていた。
(………あー、流石にここまでかね)
実の所、奏はこんな風になることを心のどこかで察していた。
戦いの最中で死ぬことではない。自身の死に直面した時、心静かにそれを受け入れてしまうだろうことだ。
元より戦いに身を投じた時から覚悟はしていたが、それを確信に近い自覚を得ていたのはやはり二年前からだ。
あの日、自分はきっと死んでいた。
翼と響を助けるために、絶唱で以って命を燃やし尽くしていたはずだった。
それは一人の魔術使いの降臨によって覆されたが、だからこそ奏は今の自分の生は余禄のようなものではないかと考えてしまうことがあった。
無論、それは錯覚であり後ろ向きな妄想でしかない。………だが、それでも片隅には『死』という存在が色濃く刻印されていた。
そう、だから。
(まあ、復讐から始まったにしては上出来かね?)
そんな風に小さく笑って、自身の終わりを受け入れ始めて―――
『奏さんっ!!』
―――そんな声と共に、掌に伝わる感触に全てが引き上げられた。
『、え?』
思わず、顔を上げる。
そこにいたのは、二年前に助けて、自分のせいで力を得てしまって、それでも自分の意思で肩を並べて突き進んだ、一人の少女。
彼女は、伸ばした右手でこちらの左手を強く握りながら、真っ直ぐに力強くこちらを見つめていた。
『―――生きることを、諦めないでください!!』
『っっっ!!? ……―――当たり前、だ!!』
瞬間、奏は殴り飛ばされたかのような衝撃を心に受けて、更に自分で自分に追い打ちをかけるかのように己が意識を奮い立たせた。
心を染め上げていた諦観を、纏めて薪として燃やすことで己の心身を駆動させていく。
『奏っ!!』
『しっかりしろよ、オイ!!』
こちらの様子に、翼とクリスも必死な様相になってやってくる。余裕の無さと消耗の度合いは彼女たちとて同じことで、そういう意味では危険の度合いは自分ともさして変わらない。
しかしそれを顧みずこちらこそを想い、支えんと寄り添おうとするその姿に更に心を燃やしていく。
(クソ……バカかアタシは!? ラストステージにするつもりはないって言い出しっぺのクセに……!!)
天羽 奏は確かに己の死を安らかに受け入れられる人間である。
だが、しかし。否、だからこそ。
その死が確定するその寸前まで、生きるために必死に足掻くことのできる人間でもあった。
故に。
(上等だ。LiNKER切れがどうしたってんだコノヤロウ!! 意地でもなんでも生きて還ってやらぁ!!!)
これまでになく強く意思を燃やす。
ほつれそうな意識を表しているかのように掻き消えそうなギアを強く意識して繋ぎとめる。
そうして改めて瞳に強い光を宿してみれば、
《その意気や良し。ならばこちらも骨を折る甲斐があるってもんだ》
『……、え?』
真実、胸の奥から届いた言葉に目を見開いた。
『………衛宮さん?』
その声は、手を繋いでいた響にまで確かに届いていた。
それがなぜなのか、そしてどんな意味を持つのか……今の彼女たちに知る術はなく、そして一顧だにする余裕もない。
事実、奏の意識は内へと向けられていた。引き込まれるように、それでいて自分から沈み込んでいくように。
やがて奏の意識は身の内にある聖遺物ならぬ宝具―――【アヴァロン】の写し身と向き合い、それを通して確かな鼓動と温もりを感じ取る。
まるで、その相手がすぐそこに居て、相対しているかのように。
そしてそこから繋がりこそが、帰るべき道標……手繰るべき道筋であるのだと確信する。
『……士郎』
―――ああ、そうだ。
自分はずっと、この愛しい熱に護られてきた。
この
あの唐突で荒唐無稽な出会いのその瞬間から、今のこの瞬間までずっと。
だから、故に。
《―――信じろ》
『………、勿論さ』
信じるさ。
ああ、信じるとも。
だってアタシは……この世界で、最初にアンタに助けられた人間なんだから―――!
奏はさらに深く、手を伸ばすようにその意識を繋がりへと向け、まるで手を繋ぐように触れた。
そして。
『《
言葉通りに、同調する。
瞬間、天羽 奏の
《、っっ!?》
すると、
(―――頼むぜ、若大将)
それに対し念じるように心でそう思い浮かべれば、気を取り直すように向こうの意思が応えるのが解かる。
そうすれば、奏もまた朧げな感触を逃さないようにそれに応じてゆく。それはまるで、揺らめきながらも像を映す水鏡のように。
同時に、ドクンと胸が熱くなりながら高鳴る。
震えるのは胸の奥にある
命を主張するかのような三重奏は、いつしか一つになるかのように並んでいく。それはまさに音楽そのもの。多くの生き物がその命の始まりから持つ、原初の
鼓動と共に、波紋のように力が全身に広がる。それは燐光を伴い、波のように緩やかな曲線で描かれた五線譜のような軌跡を描いていく。
まるで、堰き止められていた流れが解放されるかのように。
或いは、開拓しているかの如く新たな流れを創り出しているかのように。
『か、奏……?』
『翼、手を……』
戸惑う翼へと奏は響と繋がっている手とは逆の手を伸ばし、一拍を置いて強く頷きながらその手を取った。そして翼は空いている手でクリスと手を繋ぎ、そして。
『クリスちゃん!』
『お、おぅ!』
クリスと響の手が繋がって―――四人で、輪が創られた。
薄く開いた眼差しで、他の三人を眺め見やる。
背中を預け、共に同じ道を征く片翼。
巻き込み、それでも己の意思で突き進むことを選んだ誇らしい後輩。
赫怒と恩讐を胸に衝突し、その上で認めることができた新しい仲間。
―――これからも共に歩んでいきたいと、心からそう思える素晴らしい
そして胸の奥を通して繋がる愛しい人の存在を確かに感じて………その全ての想いを、形にする。
《―――
『―――
脳裏に響く、聞き慣れた詠唱。
それと同時に、自分の唇からも覚えのない
―――これを以て引き金とし、『奇蹟』がここに顕現する。
『―――っっ!』
胸のコンバーターを通して、
嗚呼。それは、光の彩りそのままの淡くも眩い黄金の―――
『板………違う。剣の、鞘?』
戸惑うクリスの言葉の通り。
それは華美な装飾がないにもかかわらず、見る者に優美な印象を遍くもたらす黄金の鞘。
恐らくは西洋の両刃剣を納めるのだろうそれは幅広く、直線的ながらも要所を緩やかな曲線で以って形作られていた。
黄金の本体を駆け巡るかのように刻まれた紋様は胸のすくような蒼で、それが網掛けのように上下の基部で交差している。
今なお淡く輝くそれは、しかしまるで幻であるかのようにその姿を透けさせ、揺らめかせていた。
『―――ぁ』
瞬間。
響は奏と繋いだ手がひと際熱く感じられた。
同時に、手だけではなく何かがより深くつながったのも感じ取る。
それが何なのかはわからないが、それでも。
(―――これは、きっと大切なこと……!!)
理屈なんてないままに、ただそれを確信して。
彼女はより強くその手を握りしめた。
この時、響自身は未だ知る由もなかったことだが、彼女自身のシンフォギアの特性が強く顕われていた。
それは同じガングニールでありながら奏のそれとはまた異なる形での発現―――『手を繋ぎ、力を束ねる』という性質。
武器としてのアームドギアを欲さず、例えそれが敵であろうとも手を繋ぐことこそを望んだ彼女だからこそ手に入れた……否、辿り着いた境地。
それが図らずも自身と奏、更には翼とクリスとも力を共有させ、奏の行動への後押しと成していた。
二つのガングニールが元々同じものであったことも、その同調を高める一助となっていたのだろう。
『『『―――Gatrandis babel ziggurat edenal
Emustolronzen fine el baral zizzl………―――』』』
やがて、三人の少女の口から再び紡がれ始める絶唱。本来ならば命を燃やし尽くしかねない
―――そう、少女たちの歌には
それは命を賭して力を絞り出すのではなく、死に物狂いで生き抜くために―――。
輝きはさらに強く、黄金の中に極彩色を混ぜ込んでいく。ともすれば不協和音にもなりそうな色彩の奔流は、しかし見事に調和を生み出している。
果たして、
それは、諸人が夢見る楽園の姿。
確かにあって、しかし決して手の届くことのない遠き地を
故に、紡がれる名は―――
『―――
瞬間。
鞘はまるで泡のように弾け、虹と黄金の粒子が四人の周囲に纏わりつくかのように囲い、繭のように包んでいく。
戦姫たちを包むように。
少女たちを
『これは……』
『―――綺麗』
『それに、あたたかい……』
それが一体なんなのか、理解がまったく覚束ないまま。
しかし、一切微塵の不安もなく。
奏と、響と、翼と、クリス。
彼女たちの体は、眩い粒子によって害為す全てから隔てられ、
そして。
そして―――。
***
瞬間、
彼女らの意識は未だにまばらに微睡んでいて、
そんな中で、まるで卵から孵った雛のように響が最初に見たのは、
「未来……」
「響……」
自分の、
しかと見つめ合い、詰まったのは息か言葉か。
ここに至るまで、未来にとっては正に一日千秋という言葉の意味を痛感させられる日々を過ごしてきた。
ここに至るまで、響にとってはほんの瞬きほどのようにも数日程のようにも感じられて判然としない。
だが、過ぎた時間もその各々の捉え方ももはや関係はない。
全ての決着を経て、今ココに再び会えた。
ただその事実が、どこまでも強く鮮烈に、二人の胸を打っていた。
周囲には、一等星を搔き集めて花畑としたかのように柔らかく淡い光が敷かれている。
弾けて散った、
星の花畑の只中で、幾許かの距離を隔てて二人は互いを見つめ合う。
と、響が視界の端に何かを捉え首を空へと巡らせた。
「あ……流れ星」
見上げた先で、回りと同じ光が軌跡を一瞬だけ刻みながら流れていく。呟く間も、さらに一つ二つと。
未来もまた、それにつられるように夜空を見上げ、
「わぁ……」
思わず、その煌めきに感嘆の声を漏らした。
つい先ほども見たはずの光の軌跡。それは今日まで、別離を想起させ心を苛むばかりのものだった。
だが今はもう、大切なものが還ってきてくれたから。
だから今は、純粋にその美しさに感嘆することができた。
そんな風に、その煌めきに目を奪われていた時だ。
「―――これって、約束をいっぺんに二つ守ったことになるのかな?」
「え?」
ふと聞こえたそんな言葉に、思わず振り向く。
見れば、同じくこちらに振り向いた響が照れくささを多分に含んだ苦笑をこちらに向けていた。
呆気にとられながらそんな彼女を見つめながら、その言葉の意味に思い至る。
(そう……そうだ。約束、してたんだ)
一つは、二人で一緒に流れ星を見ること。
まだ彼女を取り巻く事情を知らなかったときに、果たそうとして関わなかったもの。
そしてもう一つは……
「未来」
ザッ、と足音を立てて響は一歩を踏み出した。
前へと、未来の方へと。
星の降り注ぐ、空の下で。
星が華と瞬く、大地の上で。
一歩、また一歩と―――自分の足で、いつか交わした約束の通り。
「響……」
「未来」
今一度、名を呼び合う。
ここに確かにいるのだと、互いに確かめ合う。
そして。
「―――ただいま、未来」
「……――、おかえりなさいっ。響ぃっ!」
暖かい涙に濡れながらの抱擁で以って、彼女は……彼女たちは、本当の意味での帰還を果たしたのだ。
優しく、かけがえのない
その光景に、士郎はようやく肩の荷が下りた気になった。
無論、後始末を含めてやるべきことはまだまだたくさんあるし、それには彼女たちも巻き込まれることになるのだろうけど。
それでも、今だけはいいだろう。
星空と星の花畑に祝福されながら、抱き合う二人。
それを笑顔で見守る少女たち。
その全てを視界に納めて眺めながら、士郎は車に寄りかかりながら安堵と共に深い息を吐き―――
「――――――いやはや。まさしく『大団円』というヤツだな、コレは」
直後。
背後から聞こえてきた声に、意識の全てが鉄火場のものへと切り替わらされた。
***
「………、何者だ?」
魔術回路を励起させながら、振り返らないままにそう答える。
同時に、脳裏ではあらゆる想定が高速で定義され、またその全てが覆されることすらも見越して
すると、向こうからは笑いを堪えるかのような吐息が漏れた。
「そう鯱張ってくれるな。なにもせんよ」
しわがれた、どことなく遠雷を彷彿とさせる老人の声。そこに敵意は微塵も感じられない。
しかし士郎の警戒は却って高まる一方だ。
声を掛けられる瞬間まで、その存在に寸毛たりとも気付けなかったというのもある。
だがそれ以上に、今の自分が完全に孤立した状態になっていることにこの瞬間まで気付くことができなかったという事実が焦燥という名の炎になって意識を炙ってくる。
ほんの少し離れた目前には、響たちの姿がある。
いつの間にか全員が駆け寄って、笑い合っている。
―――その光景が、明らかに遠ざかっていた。
(見た目の距離は変わっていない。……だが、明らかに切り離されている………!!)
恐らくは、認識阻害。
それも人の意識野だけではなく、空間そのものすら疑似的に隔離するレベルのもの。
仮にこれを一瞬のうちに構築したというのならば、それはいったいどれほどの業であるというのか。
場合によっては、それこそ『奥の手』を切らざるを得ない―――そう断じて覚悟を固めつつある士郎に対し、当の本人はついに呆れたとばかりに吐息を深くした。
「まったく……なにもせんと言っているだろうに。
―――儂はただ、新しい弟子の打ち立てた功績を確かめたくなっただけだとも」
「………弟子?」
なんとなしに、その言葉が引っかかる。
何故だと疑問に思うよりも先に、
「しかし、まさかこんなところに繋げるとは。
いや、トオサカの
「………―――、っ」
息と、思考と、或いは鼓動までもが、ほんの一瞬静止した。
それはこの世界の人間が知るはずのない名で、ましてやそれを……彼女を、弟子と呼ぶならば。
それが意味するところは。
―――この人物の正体とは。
「………………フ。お会いできて光栄、とでも言った方がよろしいですか、魔道元帥?」
「ハン。やめいやめい、弟子でもなければ協会の学徒でもあるまいに、そんな慇懃無礼に畏まられても薄気味悪いわ」
ひどい言い草だと無理矢理に浮かべた笑みが苦く深まる。
声の主とは、顔見知りでもなければそも面識もない。
どのような姿形をしているかも朧であったが、それでも知識だけはあった。
魔道元帥、宝石翁、
【キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ】―――正真正銘、本物の化け物である。
「それで、何の用だ?」
殊更に、声を固くしながら、再び問う。臨戦態勢は解かず、むしろより研ぎ澄ましながら。
士郎の反応もむべなるかな。言葉を選ばずに言ってしまえば、ゼルレッチという魔法使いはある意味で人の形をした災害とも言える存在だ。
稀にその存在が確認されれば、なにがしかの厄介事の渦中にいたり携わっていたりする。そしてその厄介事は、或いは世界の命運そのものを左右するようなものだったりする。
………そのように語られるが、実際の真偽は士郎には判然としない。だが話半分であろうとも、関わり合いを持ちたいなどとはお世辞にも言えなかった。
いわんやこの世界―――なにより彼女たちを巻き込もうなどとは。
「まったく、先ほども言ったろうに。トオサカめが生み出した結果を観に来ただけだとも。
ここでこうして貴様と話しているのは、そうだな……コネを使って舞台袖で役者を労いに来たとでも思ってくれればいい。
だが、ふむ……」
そんな士郎の警戒を察してか、声の調子は半ばあきらめたような投げやりなものになっていた。もしかしたらそういう反応をされるのは彼からすれば珍しいものではないのかもしれない。
しかし、何かを思いついたかのように唸ると幾許かの沈黙を挟み、
「せっかくだ。一つ問答でもしようじゃないか」
そんなことを宣ってきた。
「問答、だと?」
「うむ。なに、大した意味があるわけでもない。
―――要は、貴様が現状をどれほど理解できてるかの確認だとも」
訝しむ士郎に対し、老魔法使いの言葉は世間話もかくやとばかりに軽いものだ。その声音に嘘はなく、彼からすれば本当に他愛のない雑談なのだろう。
しかし、士郎は歪んだ眉根の皺がさらに深くなるのを自覚する。
(現状、か……)
声に出さず呟いて、前を見る。ほんの少し離れた彼方で、少女たちが涙を浮かべながら笑い合っている。
フィーネを倒した。
墜ちてくる月の欠片を砕いた。
―――それらを乗り越えて、地上へと還ってきた。
先の言葉ではないが、なるほど大団円と呼ぶに相応しい。
もはや、憂いなどというものは無用のように思える。
だが、しかし。
士郎はこの魔法使いがこれから何を問おうとしてくるのか。
そしてその答えが何を意味しているのか、薄々と察し始めていた。
「問いは単純明快にただ一つ。
―――我々のいた世界とこの世界の最も大きな差はなにか?」
「バラルの呪詛」
故に、言葉は瞬時に返された。
―――バラルの呪詛。
先史文明期より【カストディアン】と呼ばれる存在が強いた原初の呪い。
それは確かに、士郎がかつていた世界には存在しなかったもの。
だがそれは答えではなく、あくまでもその前提だ。
「かの呪いは、古くからこの世界の人間に対し遍く根付いている。
………そう、人と人との相互理解を妨げるという呪いが、誰一人として余さず刻み込まれている」
故に、この世界では人の精神は根本のところで断絶している。
そう、決して繋がることがないのなら、つまり。
「―――この世界にアラヤの抑止力は発生しない。
人の精神の根幹が
アラヤとはヒトの意志総体であり、その抑止力とは意志総体による防衛本能にして防衛機構。
それは事の強弱大小善悪に関係なく、人類の存続に関わる事象に対してあらゆる形で差し向けられる。
ある時は、核ミサイルのスイッチを有する者の精神にブレーキとして働きかけ。
ある時は不老不死を実現させうる人間がいたならば何某かの不幸な出来事として発生し。
根源へと至らんとする魔術師へと立ちはだかり。
人類の歴史を喰い潰さんとする独裁者が台頭したならば、これを倒す英雄を発起させ。
そして人類を喰い潰さん強大な災厄に、或いは人理より守護者を顕現させる。
人類を滅ぼしうる要因に対して発揮される無形にして強大な力が、【アラヤの抑止力】と呼ばれるものだ。
………それが、この世界には存在しない概念であると魔術使いは言ってのける。
「………、ハ」
思わず、魔道元帥が笑いを零した。
彼らの知る常識を考えるならば、決してあり得ないだろう理屈。
重力のような子供でも漠然と理解している絶対の物理法則を、眉唾な迷信だと言い放つような非常識。
それほどに荒唐無稽だろう答えに、しかし漏れる笑みには喝采と賞賛を凝縮したものでしかない。
「見事。よく辿り着いた、及第点をくれてやろう。
より正確に言うならば、ヒトの無意識を納めるアラヤの器というものは存在しているだろうよ。どこぞの学者は、それを泉だとかに例えていたか。
だが、バラルの呪詛とやらに蝕まれているこの世界の人間に、そこへアクセスすることはできない。
その影響、すでにその身でよく味わっているだろう?」
「ああ――そうだな」
頷きながら、士郎はこれまでを顧みる。
この世界に来てより、投影による負荷がかつてよりも大分軽く感じでいた。特に顕著であったのは、カリバーンの投影……そしてその真名開放だ。
元来、士郎の投影は本来の投影魔術とは性質の異なるものであるが、それでもカリバーンほどの剣の投影、さらには真名開放にまでなると、相応の負荷によるダメージがあるはずだったが、それは想定をはるかに下回るものであった。
デュランダルとのせめぎあいによる負傷と消耗に紛れてしまったが、出なければ死なないまでも幾日かは起き上がれなかったかもしれない。
だがそれも、抑止力がないと考えれば説明がつく。
魔術による負荷というものの半分以上は抑止による向かい風――ありえない
しかし、そういった障害というべきものが存在していないのならば、あらゆる神秘による力の行使は比べ物にならないほど容易いということになる。
………こんな風に書けば、耳障りの良いメリットしかないように思えるかもしれない。
だが、こんなものはただの副産物で、とどのつまりは『不幸中の幸い』と呼べるものでしかない。
―――そう。
この状況はどうしようもないほどに凶事である。
些細なメリットなんてもの、小石の欠片ほどの価値すらないほどに。
「っ、」
知らず、握りしめていた拳の内側がヌルリと湿っていることに気付く。
すでに予測として立てていたもので、半ば以上確信は抱いていた。
そのつもりではあったが、こうしてはっきりと突きつけられる段となれば戦慄というものを禁じ得ないようだ。
覚悟を決めるように静かに深く息を吐けば、それを待っていてくれたかのように魔法使いがいよいよ事実を明言する。
「ならば、これも気付いているはずよな。………この世界は、あまりにも滅びが身近にすぎると」
巨大な雪崩の前兆のように、宣告が耳朶を叩く。
アラヤの抑止力が存在しない―――そんな世界は、言ってしまえば無菌室の中だけで培養された特殊な生物のようなものだ。
なんて事はない風邪ひとつで命に関わる、どころではない。
ほんの小さな汚れひとつ、目にも見えない小さな小さな異物一欠けら。
いや―――周りを取り巻く大気の組成がほんの少しずれただけでも、容易に死滅し得る。
ほんの些細な瑕疵ひとつですら、命取りになりかねない……そんな砂で作り上げた城ともいえる世界がここなのだ。
「この世界は、我らと比べれば表面は優しく見えるかもしれん。少なくとも、こちらと比べれば貴様は受け入れられやすいだろうとも。
だが、それは薄氷に過ぎん。踏み外すどころか、どこぞの誰とも知れん何気ない一歩そのものが全てを崩すかもしれない。
―――その上で、お前はここで何を望む?」
「………問答は一回じゃなかったのか?」
「そう言うな。こちらはただの興味、答えたくなくば口を閉ざしていればそれで終わりだとも」
なるほど、興味といったか。士郎は思わず苦笑いを噛み潰す。
そんな言い草ならば、そちらこそが本命だったと言っているようなものだろうに。
「何を望むかと、そう言ったな。
そんなこと決まりきっている。―――かつてと何も変わらない」
そう、変わらない。
望みも、やることも、進む道も―――何一つ。
どんな事実を知ろうと、それがどれほどの絶望であろうとも、揺らぐことなどあり得ない。
「泣いている誰か、助けを求めている誰かがいるなら、それを助ける。
その為に、走り続ける。………ああ、自分でも呆れるくらい変わらないとも」
だが、そこに後悔も迷いもない。
それはかつてからそうで、この世界でより揺ぎ無くなったもの。
(立花、お前の……いや、お前とみんなのおかげだ)
再び、少女たちとその中心で輝くような笑顔を見る。
いつか、彼女と交わした言葉と拳を思い出し、そしてこの世界での日々を振り返る。
誰にも理解されない己の道……それは今も同じなのかもしれない。
けど、今は共に肩を並べる人たちがいて、それが違う道であっても同じ場所へと向かっている。
そして道が少しずつでも重なっているというのなら。
(それぞれが誰かへと手を伸ばし、繋ぐことで………いつか、誰をも取りこぼさずに助けることができるかもしれない)
ああ、もし本当にそんな甘ったるい
それはきっと、どんな魔法よりも貴い奇跡に他ならない。
だけど、それがいつかは本当に叶えられそうな気がするのは、きっと―――
「そうか、変わらずとな」
士郎の言葉を受け、魔法使いは短く唸る。
「有象無象、それが見ず知らずであろうがなかろうが誰かのために身を削る、か。
ならばさしずめ、貴様はこの世界に於ける
守護者、という言葉に思わず息を詰まらせる。
静かに瞑目してみれば、その瞼の裏に映るのは己の似姿―――否。いつか見た、鋼のような赤い弓兵。
未来とも、慣れの果てとも言うべき、己自身の可能性。
もはや会うことなど決してないだろうその存在に思いを馳せ、
「ハッ……まさか」
一笑に付す。
ああ、まさかそんなわけがないだろうと。
「オレが成るのは、オレが目指すのはそんなモノなんかじゃあない」
衛宮 士郎の望む在り方、目指すものなど今も昔も―――そしてこれからも、変わる筈などあろうものか。
瞼を開き、それでもなお幻視する
「―――
宣誓とも、宣戦ともいえる言葉を放った。
それは静かで、本人ともう一人を除いて誰の耳にも届きはしなかったけれど。
まるで、全てを切り拓いていく剣戟のように力強い
「―――。えーみーやーさ~~~ん!!」
と、山彦を響かせるような呼びかけに、士郎は我に返ったようにハッとなる。
見れば、先ほどまで彼方のようにも感じられた少女たちとの距離は、見たままにほんの少し離れた場所にいる。
そこにいる少女たちは、星空よりも星の花畑にこそ照らされながらこちらを見ていた。
「何してるんですかー? 衛宮さんもこっちに来ましょうよー!!」
「ンなとこでボケッとしてんなよ、アンちゃん!!」
「お、おぅ!」
戸惑いながらも応答を返して、そちらに向かおうと一歩を踏み出す。
………その前に。
「―――、」
背後へと、振り返る。
そこには乗ってきたワゴン車があるだけで、その向こうには当然のように誰もいない。
或いは、本当に自分が阿呆のように微睡んでいただけだったのかもしれないと、そう思ってしまいそうになる。
だが、しかし。
「ん……?」
車のサイドミラーに、何かが引っかかっていた。
それは細い鎖で出来たネックレスのようなもので、ヘッドには小さな石が繋がっている。
オパールによく似た、しかしそれよりも若干半透明の白く虹色の光彩を鈍く返す宝石だ。
士郎はそれを手に取り、掌の中でしばらく眺めていた。
そして。
「なにやってんだよ、若大将―――!! ってか、ハッ倒すって約束うやむやになんかなってねぇかんなぁ――――!!!」
先ほどよりもはるかに大きな催促の叫びに、思わず身を傾げかける。
「……いや、ホントなんでさ」
言いつつ、思わず笑ってしまう。
当たり前であるが、こちらの緊張感なんぞ知ったこっちゃないといった様子に、やれやれ仕方がないなと肩を竦めながらネックレスをポケットにしまう。
今度こそ少女たちの方へと歩き出した。
ザクザクと、淡くも眩い光を踏みしめながら。
この世界に轍を残すように、しっかりと。
天地を星に囲まれながら、士郎もまたようやく取り戻した日常に混じっていく。
そう。還るのではなく、混じる。
少なくとも、彼にとってはすでに日常と己の道は地続きではなく、ずっと昔に分かたれたもの。
―――だが、かつてと今で違うことがある。
彼の征く道は、もはや孤独なそれではない。
例え理解されずとも、まったく同じ道を共にすることはなくとも。
この世界で進む限り、その道には
いつの日か。
その道の果て、夢の果てに。
誰しもが、心から笑顔で在れますように―――。
***
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【
それに抱かれていた装者たちですら、その間の記憶はそれこそ微睡んでいたかのように朧気でしかない。
故に、これより語られるはまさしく夢想。
瞼を開くように現世に戻れば、霧のように掴み所の失してしまうだろう夢幻でしかない。
それでも。
これは確かに、彼女たちと■■■■■との間にあった物語なのだ。
「………―――」
少女たちは全天を光に囲まれながら、しかしそれを眩しくは感じずにいた。まるで月や星の静かな光を集めて満たしたかのような優しい煌きに包まれていた。
そこがどんな場所なのかは、よくわからない。
広さすら、どこまでも広大に広がっていそうにもすぐそこにさえ壁に手が届くようなほどでしかないようにも感じられる。
すでに、彼女たちのギアは解除されていた。しかし、そのことに不安も戸惑いもない。
傷も痛みも疲れも、どんな極上の温泉でも届かないだろう心地よい癒しによって拭い去られるように消え失せている。
ただ、こんな現実離れした空間にいるからだろうか。
時間の流れすらも、よくわからなくなっていた。
まだ瞬きほどの時間しか経っていない気もするし、それこそ幾日もの時が流れたような気もした。
そしてそれに頓着する気も起きず、まるで微睡みの中にいるかのように意識すらも揺蕩っていた。
そうして輪になって漂っている内、やがて彼女たちへと光が差し込む。
周囲に満ちる光とはまた違う。
例えるならそれは、雲間から朧に差し込む
天上から祝福のような光が、少女たちを改めて照らし出す。
「―――、ん」
誰ともなしに、いつの間にか閉じられていた瞼がゆっくりと開かれる。
いつの間にやら微睡むように弛緩していた意識が、新たな光によって覚醒を促されていた。
おもむろにそれを見上げれば、光の中で何かが小石を投じた水面のように揺らぎ始めている。
それはやがて、何かの像を結ばんとしていた。
「え……?」
「これは、いったい……?」
戸惑いの言葉も短く、揺らめきが収まっていくにつれてそれはより鮮明に映し出されようとしていた。
そうして、彼女たちが仰ぎ見る先に現れたのは、
「………、え? 女、の子………?」
花々に囲まれて眠る、一人の少女だった。
まず、真っ先に目についたのは青を基調としたドレス。
左右に大きく広がったスカートを持つそれは、華美な装飾こそ乏しいもののそんなものを不要とする高貴さを醸し出していた。
彼女は深い海を彷彿とさせるそれに身を包み、なだらかな胸の上に両の手を指を絡めて置いている。
短くそろえられた髪は純度の高い黄金を編み上げたかのような金色で、色褪せるという事象と無縁であるかのように煌いている。
瞼は伏せられているが、その顔立ちはまるで奇跡のように整っていた。
―――そう、奇跡。
人の手で、完璧にそれを再現することなど不可能なのではないかと思わせるほどに、彼女は美しかった。
可憐ではある。だが、姫というには少し違う。
凛々しくはある。だが、騎士という言葉では何かが足りない。
その二つを兼ね備え、更には何者にも侵すことなどできないような気高さと威厳を纏った、その美麗さを敢えて言葉で例えるなら―――
「――――――王さま」
正しく、それ。
響は自身の口から無意識にこぼれ出たその言葉が、まるでパズルのピースが当てはまるように違和感なく胸の内に納まるのを自覚した。
そんな彼女は、可憐な花が無数に咲き誇る花園の只中に身を横たえていた。
見上げているのに、睥睨するかのようにその総身を眺めていると、まるで花に満たされた棺を覗き込んでいるような錯覚を得る。
或いは、まさか本当に息絶えているのではないか……そんな疑念も頭をよぎる。
「………あんた、は」
と、その時だ。
隣の奏が、呆然とした様子で目を見開いていた。或いは、愕然としたというべきか。
同時に、響と繋がれた手が緩んでいくのを感じ取る。もしかしたら、手を伸ばそうとしているのかもしれない。
そんな風に感じた、瞬間。
―――下がりなさい、
一瞬にして、身体が締め付けられたかのように委縮した。
それは鼓膜を震わせる音ではない。しかし確かに聞こえたその声は、透き通るかのような綺麗な声音でありながらどこまでも厳かで、静かでありながら遠雷よりも体の芯までも震わせてくるようだった。
竦んだ体が、どちらからでもなく緩みかけた手の繋がりを強くさせる。その様子を知って安堵したかのように、続く言葉は幾分か和らいだ声音だ。
―――これもマーリンの悪戯の
少なくない呆れを含んだ言い草は、同時にある種の親愛の裏返しのようにも思える。
と、いつの間にかその瞳が薄く開かれていることに気付いた。翠の瞳は、こちらを睨んでいるようにも微睡んでいるようにも思え、自然と硬い唾が喉を通っていく。
そんな少女たちの様子を知ってか知らずか、小さな溜息を前置いて新たに声が聞こえてくる。
―――こちらからは貴女たちの声も姿も解かりませんが、存在だけは感じ取れます。だから、重ねて言います。
………下がりなさい、遠き地からの
言葉を告げられるだけで、まるで巨大な何かと対峙しているかのように気圧されそうになる。
だがそこに畏怖はあっても恐怖はなかった。ただ、『恐れ多い』という言葉の意味を、響は生まれて初めて思い知っていた。
結果として、響を含め誰もが言葉を発することも出来ずにただ彼女の姿を仰ぎ見ることしかできずにいた。
―――こちらとそちらを隔てるものが、どう見えているかはさておき。それは此岸と彼岸を隔てる断崖、在り様そのものを別つ境界線。
指先一つ超えようものなら、たちまちにこちらへと引き込まれて二度とそちらには戻る事は叶わないでしょう。
故に。
―――そのまま、あるべき場所へと還りなさい。こちらは、貴女方が来るには静かすぎる。
それに、還る場所も待つ人もあるのでしょう?
直後。
少女の姿を映す水鏡が揺れ、その姿が端の方から滲み、霞み、そして掻き消えていく。
まるで、その言葉がきっかけであったかのように。
「ま……」
邂逅、というには語弊があるものの、それと同じく唐突に迫る別離。
それに焦りを見せたのは、やはり奏だった。
「待ってくれ!! アンタは……!!」
必死にすら見える様子で何事かを問いたださんとするも、その前に彼女たちにも変化が訪れた。
ゆっくりと落ちるかのように、或いは流されるかのように。
この場から遠ざかっていく感覚。
上下左右前後のいずれかとも言えない、しかし確実にそうだと感じ取れるそれ。
ともすれば、周囲の空間すらどこか希薄になっていっているような気がしてくる。
それを以て、彼女たちはこの漂流の終焉を察していた。
即ち、あるべき場所……待ち人たちのもとへの帰還である。
かくして。
夢の如き流離、幻の如き邂逅はこれにて終いとなる。
―――その間際。
―――………最後に、一つだけ。
舞台の幕が下りきる寸前のように、胸元から上だけが映る中で。
「シロウのことを、よろしくお願いします。
………貴女たちも知っているでしょうが、本当にムチャしかしないヒトなので」
確かにそう囁くように告げながら、彼女は微笑んだ。
優しく、やわらかく、朗らかに。
それこそ、どこにでもいる普通の少女のように。
―――そうして。
少女の姿が水鏡と共に今度こそ消え去って、同時に光は砕け弾けて散っていく。
彼女たちからすれば数瞬前の出来事は、すでに記憶野の奥底へと埋もれていく。
けれど、無くなってはいない。
確かにあったこの
それを、思い出す日が来るのかどうかはわからないけれど。
それでも。
これは決して無意味なことなんかではない。
いつか、いつの日か。
芽吹き、育ち、花が咲くように。
戦姫たちにとって、この
―――ただ全てを見届けていた花の魔術師だけが、そんなことを益体もなく想っていた。
***
【月砕交響曲 カ・ディンギル―――総員帰還】
というわけで、一期本編の締めくくりはいかがでしたでしょうか。
さっそく内容振り返り。
・アヴァロン・ミラージュ
実はこれがやりたくて奏にアヴァロン埋め込みました。
FGO的には効果としては『対粛正防御1T&HP回復(OC)』って感じでしょうか。
キャストリアのデチューンだけど十分に人権張れちゃうようなイメージ。
ちなみに、アヴァロン・ミラージュは正確には宝具ではなくアームドギアに近い存在です。
投影されたアヴァロンそのものを出力するのにシンフォギアのシステムを使っているので、微妙に変化してるという。
響たちも纏めて包み込めたのは、その辺りの理由も大きいです。
・或る魔法使いとの会話
ちなみに、ゼルレッチは言葉通りホントにただの興味本位です。ぶっちゃけ野次馬です。
このお爺、迷惑すぎない?
バラルの呪詛によるアラヤの麻痺はシンフォギアでその辺りの設定を聞いた時から思い浮かんだものだったり。
たぶん、同じような人はいっぱいいそうな気がする……
序章のあとがきで言っていた士郎の投影の負荷が小さいもう一つの理由。
そして感想返しでもちょいちょい触れていた『士郎が現状では守護者になれない』という最大の理由。
それがこれです。
抑止の抵抗がないから魔術の負荷も大分抑えられる。
そもそもアラヤに人類がアクセスできない以上、守護者というシステムそのものが動作不良……というか起動できないという状態のため、そもそも世界との契約なんてものもやりようがないという。
ちなみに、シンフォギア世界が割と滅びやすいのは公式で、XDU参照です。
世界蛇やテスラの世界もそうですし、そのテスラが複数の並行世界を滅ぼしちゃってますしね。
過去イベでシンフォギア世界のジルがアカシックレコードにアクセスできちゃってますけど、その辺りを前提に考えれば難易度自体は割と下がってそうではありますね。
もっとも、価値も下がってそうな気はしますが。
最後に残したネックレスについては……さて、なんでしょうかね?(何)
ぶっちゃけ、この伏線を回収できるか自分でも未定という見切り発車です。(汗)
なので心の片隅に置いとく感じでいいですよ?(爆)
・或る騎士の王との会話
実は最初、この辺りは普通にアヴァロン・ミラージュ展開後に書いていたんですが、いろいろ考えてトリに移動して修正しました。
この出会いが彼女たちに何か意味があるものになるのか否かは今はさて置いて。
唐突に存在を匂わせるグランドクソ野郎。
ちなみにこいつも基本的にただ単に見てるだけです。
そんな彼がやった『悪戯』とはなんなのか。
それについては茶番回の方で解説する予定です。
………割と無理くりな設定をこねくり回しているのですが、受け入れてくれればありがたいですね。
―――と、今回はこんな感じです。
はい、これで一期の本編はこれで終了です。
一期そのものは前々から言っていた茶番を二つほどやってそれでシメとする予定です。
こちらも同じように年内に二日連続更新とかできればいいと思ってますので、のんびりお待ちください。
………二期は来年からカナー?(目逸らし)
ともあれ。
本格的なしめはまだですが、それでも一区切りはつけられました。
何気にこういうところまで世にちゃんと出せたのは初めてかなと。
それも皆様の応援のおかげです。
いや、ホントに感想とかが冗談抜きで燃料になるので、これからもどんどんくれると咽び泣いて歓喜しますので、よろしくお願いします。(爆)
それでは、この辺で。
お付き合いいただきありがとうございます。
これからも、末永くよろしく頂ければ幸いです。
・追伸
なんかいきなり寒暖差が激しかったり凄まじく寒くなったり、かと思えば予報ではまた暑くなってくるらしいとかですが、皆さま体調にはお気を付けください。
自分は頭痛が割ときつかったです。