戦姫絶唱シンフォギア赫鋼―アカガネ―   作:樹影

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2:S2CA/Emotional scars

 

 

 

「おぉりゃぁあっっ!!」

「くぅっ!!」

 気合一閃。

 大上段から振り下ろされた白い大槍を、鈍い音と共に黒い大槍が防ぐ。

 そのまま鍔迫り合いになること数瞬、今度は互いに穂先をぶつけ合い、そしてまた鬩ぎ合う。

「オォオオッッ!!」

「ハァアアッッ!!」

 一度、二度と刃金と刃金が轟音と共に比喩抜きで火花を散らす。そして一拍の間をおいて、三度めが殊更に強く激突した。

「っづ……っっ!?」

 体勢を崩された奏が、戦慄に目を見開きながら転げるように身を転がらせた。

 同じく体を弾かれたマリアが、しかしその勢いを利用して身を旋回させ、ソレを利用して纏っているマントを大きく翻し、振り回したのだ。旋回する黒地の大布は、それ自体が巨大な刃となることは先の翼との戦闘で目にした通りだ。

 槍での防御も間に合わず、不格好に避けるほかない状態に悪態を漏らす余裕もない。

 それでも何とか凌いで見せたことに安堵するも、その余裕すら瞬時に奪われる。

「っっ!?」

 目を見張る先。振り上げられたマントが舞い降りていく向こう側で、片膝を地に付けた体勢で槍を構えるマリアの姿が現れた。

 それは槍と言うよりも砲を構えているかのような姿勢であり、それが正しいことを証明するかのように黒い槍の穂先が肉食魚の咢のように上下に分かれて開いた。

「―――!!」

「っの! ―――!!」

 合わせるでもなく重なる豪槍と烈槍の(ウタ)

 高められたフォニックゲインが、それぞれの力を発揮する。

 

―――HORIZON†SPEAR

 

―――INFINITE∞SHAFT

 

 

 黒鋼の咢から吐き出された一条の烈光を、辛うじて突き立てられた豪槍が生む豪風の壁が危うく防ぐ。渦巻く豪風にぶち当たった光は、壁を貫くには至らずわずかに弛ませる様に歪めながら裂けるように千々に散る。細い光条となったそれらは、床や壁に轍を刻みあるいは穴を穿っていく。

 風の壁の内側から裂けていくソレを睨む奏は、奥歯を鳴らしながら内心で悪態を吐き捨てる。

(クソッ、やっぱあのマントが厄介だな……!! それに向こうは収束してぶっ放せる分、アタシよか取り回しは良さげだし……ホント、いくら何でも仕様が違いすぎねぇか!?)

 仕方がないとはいえ、根本的な部分に不満を抱かずにはいられなかった。

 

 シンフォギアの形状は装者の深層心理が深く関わっているとされる。そこへ更に万単位のセキュリティが組み合わさることにより、発現する性能には大なり小なりの個人差が生じる。

 これまでの例で言うと、奏と響が比較としてわかりやすいか。

 その在り方によるアームドギアの違いはもちろん、戦闘スタイルそのものの差からブーツの形状や手足のジャッキ機構やブースターの有無などスーツそのものの機能にも違いが出てきていた。

 また、ルナアタック事変でのエクスドライブの発現が契機となったのか、全員のギア形状そのものに若干の差異が発生していた。これについては、ギアとの適合率そのものが若干向上したからだと推測されている。

 

 翻ってマリアを見れば、なるほど奏とはまさしく似て非なるもの。更に短い打ち合いから既にソレを十全と扱えているだろうことは察せられた。

 まったくもって強敵という他なく、

「っ、いい加減に………しろやぁっっ!!」

 故にこそ、奏としては余計に負けん気を煽られていた。

 

―――LAST∞METEOR

 

「ッッ!?」

 身を護っていた豪風の守護を巻き込み諸共にぶつけてきたかのような、横殴りの竜巻。

 渦巻く暴風(かぜ)の槍が、光条を噛み砕きながら遡ってマリアへと迫る。

「くっ……!」

 余波を嫌うようにマントで半身を隠しながら横跳びに避ければ、竜巻はまるで飛行機が離陸するかのようにステージと観客席を削りながら空へと昇っていく。

 マント越しにバチバチと当たる砂礫と演出のスモークよりも派手な粉塵に顔をしかめながら、舌打ちを何とか堪える。

(っ、技の破壊力と攻撃有効範囲はあちらが上か!! とはいえ大雑把な分、付け入るスキはありそうだけど……)

 マリアは苛立ちに沸きそうになる思考を抑えながら、努めて冷静に分析する。しかし先の通信で耳に入った報告が、薪をくべるかのように焦燥を燃え上がらせようとしてくる。

 それはこのライブの裏で行われた本当の目的。自分たちの目標の第一歩たる、とある聖遺物の起動。

 そのためには大量のフォニックゲインが必要であり、そういう意味ではシンフォギア装者による激突と言うのはまさに渡りに船―――と言うべきなのだが。

(48%……半分にも届いていないなんて……!!)

 このまま漫然と戦うばかりでは意味がない、だからと言ってここで自分が負けてしまってはそれこそ本末転倒。

 ままならぬ状況が余裕をそぎ落とし、押さえつけようとする焦燥がまるでバネのように殊更にその存在を主張してくる。

 

 その隙を。

 双翼のもう一人は逃さない。

 

「セヤァ―――!!」

「ッッ!?」

 

 横合いより粉塵を文字通りに切り裂いて、防人の一刀が閃いた。

 寸前でマリアがそれに気づいたのは正に僥倖。辛うじて身を逸らし、マントの端を裂かれながらもなんとか回避する。

「ハァァッッ!!」

「クゥッッッ!!!」

 歯噛みも一瞬の、刃を返しての追撃。さらにダメ押しとばかりの三撃目……その悉くを、マリアは呻きながらも凌ぎ切ってみせた。

 初撃は確かに運に味方されてのものだろう。しかし続く連撃を捌き、防いでのけたのは紛れもなく彼女の技量であり実力に他ならない。それは成程、まさしく精強と評するに値する。

 だがしかし、そこが限界。

「オォラァアアッッ!!」

「ぐ、ぅううううううう!!」

 気合渾身で以って放たれた、大振りの一撃。本来ならば避けるのも容易いだろうそれは、しかし防戦に固まっていたマリアには不可避でしかない。

 咄嗟に槍を盾にし、その上からさらにマントで繭を作るかのように身を包むことで何とか防ぎきる。敢えてわずかに後ろに飛び、足から地を離すことで衝撃を受け流す一助とした。しかしその代償として全身をマントで包んだマリアの体そのものがまるで野球のノックのように弾き飛ばされる結果となる。

「まだだ!!」

 それは、更なる一撃を放つための猶予を相手に与える結果に繋がった。

 裂帛と共に翼は二刀となったアームドギアの柄頭同士を連結。双刃刀となったそれを旋回させながら両足のウィングスラスターを展開させ、火を入れた。

 いや、火が入ったのはスラスターだけではない。車輪のように旋回する二つの刃も炎を纏い始めている。それはさながら、大輪と咲き誇る紅蓮の華の如く。

 右手で刃を回しながら空いた左手は剣指を形作り、スラスターの推力に身を任せながらまるでジェットスキーのように地を滑る。

 

「―――!!」

 

―――風輪火斬

 

 そして鋭い歌声そのままに、焔を纏った撃剣が防護を切り裂きながらマリアに叩き込まれた。

「が、ああああああああっ!!」

 体を覆っていたマントをボロボロにして、背から叩き付けられるように倒れこむマリア。防御に身を固めていたからか、傷らしい傷はないように見える。しかし衝撃そのものは相殺しきれなかったのだろう、歯を食いしばった苦悶の表情を隠す余裕すらない。

 一方で、わずかに残った火を散らすかのように刃を振る翼。奏との立ち位置を考えれば、彼我の間合いは若干離れているものの挟み撃ちになる状態だ。

「……勝負あり、だな」

 呼気も短く、しかし油断なく矛先を倒れこむマリアに向けながら奏がそう呟く。

 こうなると呆気ない気もしたが、実際のところはそこまで余裕があったわけではない。

 マリアは間違いなく強かった。その目的はともかくとして、少なくとも纏ったギアを完璧と言っていいレベルで使いこなしていた。それこそ、一対一ではもしかすれば危ういかもしれなかったほどに。

 この結果に至れたのは一気呵成の攻めがうまくいったこともあるが、それ以上に数の利、そして奏と翼と言う完璧以上に息の合った二人であったからだ。

 それが解かっているからこそ、奏はマリアに対して一切の油断をしていない。そしてそれは翼も同じなのだろう。彼女も双刃刀のままのアームドギアを構えて彼女に向き直っている。

「大人しく縛に付くならよし。さもなくば、言い訳はベッドの上で聞かせてもらうことになる」

 切っ先と同じく鋭い言葉に、身を起こしたマリアの顔は再びの苦悶に歪み―――しかし、次の瞬間に笑みが混じった。

 やけになったというわけではないその様子に、二人は顔を見合わせるでもなく怪訝な顔つきになる。

「なにを……」

「フフ……いえ。ただそうやって、きっちり終わらせる前に勝ち誇って―――」

 重ねて言うことになるが。

 奏と翼の二人に油断はない。シンフォギアに加えノイズを操る術も持っているというのなら、一挙手一投足さえ見逃すわけにはいかなかった。

 故に。

 

「―――見下ろしてばっかりだから、本当の勝機を見落とすのよ」

「「―――っっ!?」」

 

 背後から迫り、脊柱を直接凍らせて来るような気配に対して。

 奏も翼も、反応こそしつつも大きく横に跳んで避けるという以外の反応を取ることができなかった。

 

「―――!」

 

―――α式・百輪廻

 

「ちぃっ!?」

「くっ!!」

 奏と翼、それぞれへと降り注ぐ無数の円盤。

 自分たちを細切れにせんと殺到するそれらに追い立てられ、それぞれが舌打ちをあるいは呻き声を漏らす。

 ステージに降り注いだそれらは、床に食い込んでなおそれぞれがギャリギャリと音と飛沫のような火花を立てながら回転を続けている。

 空を裂いて飛んできたときは輪のように見えたが、どうやら実際には黒地に赤い刃を備えたものだったらしい。それらはまるで欄干のように二条のラインを作っていた。

 そうしてできた喝采の最中のような道を滑り、マリアのもとに馳せ参じたのは一人の小さな少女。

「二人目の……装者、だと!?」

 なだらかな体型を浮きだたせる黒を基調としたボディスーツに、赤味の強い桃色の装甲。袖を余らせたかのような衣装の腕部に、一瞬筒と見紛うようなデザインのブーツ。

 何よりも特徴的なのは頭から延びる一対のスタビライザー。片方だけでもその矮躯と変わらぬ長さの装甲が、まさにツインテールのように強く自己主張をしている。

「間一髪」

「えぇ。ありがとう、調(しらべ)

 翼の驚愕をよそに、新たに姿を見せたその少女は無表情ながらも声音にわずかに安堵を混じらせながらマリアへと手を差し伸べた。

 マリアもその手を握り返しながら礼を述べ、立ち上がる。

 マントこそボロボロになってはいるものの、まっすぐと立つその姿には確かな余裕が垣間見える。どうやら先の翼の一撃は決定打には届かなかったらしい。

 翼と奏は悠然と立つマリアとその隣に立つ少女の姿に眼差しを殊更に鋭くしながら武器を構えなおす。

 調と言うらしいもう一人の少女はそんな二人を冷え切った眼差しで見据えているが、それをよそにマリアは笑いかけてくる。

「これで二対二、同数ね」

 ならばもはや負ける道理はないとでも言いたいらしい。そんな彼女を睨みつけていた奏の表情が、ふっと緩む。

 口の端を持ち上げて、彼女は告げる。

「あぁ……んでもって四対二だ」

「なに……、っ!!?」

 マリアが怪訝な顔つきになるも刹那、彼女は弾かれたように夜天を見上げる。

 そこには。

 

―――Killter Ichaival tron

 

―――Balwisyall Nescell gungnir tron

 

 高空から服をはためかせながら、魔弓と撃槍を纏いながら舞い降りんとする二人の戦姫の姿があった。

 

「イチイバル、それにもう一つのガングニール……!!」

 睨みつける眼差しの先、クリスが腕を振り姿勢を調整しながら両腕に武装を構築・展開していく。瞬く間に完成したのは、二丁連装ガトリングガン。左右で合計十二の銃口、三つで一組合計四セットの束が高速で回転を始める。

 

―――BILLION MAIDEN

 

「どしゃぶりなッ! 十億連発ッ!」

「くっ!」

「っ!」

 言葉通りに降り注ぐ、鋼弾の豪雨。撃ち抜くを通り越して標的を粉々に砕いていくだろうソレに、マリアと調は同時にその場から飛びのいた。

 そこへ更に。

「はぁあああああああああああ!!」

「っっ!!?」

 落下の速度を乗せた撃槍の一撃が、まるで落雷のように轟いた。咄嗟に槍を盾として受け止めたマリアだが、眉根を歪めた表情はどれほどの衝撃を感じているのか。激突の瞬間、彼女たちを中心として周囲の床が盛大に砕かれ、クレーターのように浅く陥没している様から、推して知るべしか。

「マリア!? このっっ!!」

「ぅわ!?」

 それを危機と見たのか、調が赫怒と敵意を眼差しに乗せながら頭部のスタビライザーを展開する。そうして作業機械じみたアームの先端に完成したのは、それこそ調本人を覆い隠せてしまうほどに巨大な円盤………いや、丸鋸(バズソー)だ。高速で旋回する赤い刃は、明暗の歪なライブ会場の中で不気味に煌めいている。

 その凶悪な全貌を間近で見てしまった響は、泡を食って半ば転げるようにその場を離れ、その一瞬後には彼女がいた虚空を巨大な回転刃が騒音をかき鳴らしながら薙いでいった。

「っのガキんちょ、可愛い顔してエッグいモン振り回しやがる……!」

「ガキんちょじゃない。それに、あなたたちみたいな人に褒められても嬉しくない」

 その様子を見ていた奏の舌打ち交じりの悪態に、調という少女は淡々とした調子で返してくる。その表情は一瞬前の切迫した者とは打って変わって薙いだものになっているが、睨みつけてくる瞳だけは冷たく拒絶と敵意を明確に露にしていた。

 突き刺してくるような眼差しに対し、奏もまた負けじと睨み返す。目を逸らした方が負けだと言わんばかりのそれは、まさしくメンチの切り合いと言わんばかりだ。

 そうやって文字通りに相手へと注視していると、

「―――って、アレェ!!? なんで!? 奏さん、なんで!!?」

「ぅおっ!?」

 不意打ちと言わんばかりの響の声が、無形の刃のように背中を刺してきた。どうやら、奏の存在に着地してから気づいたらしい。

 衒いのない驚嘆の雄たけびに、思わず見えない何かに追突されたかのように仰け反ってしまう奏。

「おいおい響……」

「あ、えっと……ごめんなさい」

「はぁ~。っんとに、このバカ」

「ちょ、ひどいよクリスちゃん!」

 思わず恨めし気に振り返れば、響自身も自覚があるのか思わず肩を小さくして頭を下げてくる。隣に並んだクリスの方は、呆れた様子で盛大にため息を吐き散らしている。そんなクリスに抗議を始める響だが、それを含めた一連が愛嬌の内に思えるのは先輩としての贔屓目かあるいは彼女のある意味稀有な素質であるのか。

 なんにせよ、奏からすれば良くも悪くも緊張感が消えていった。

 

 なにはともあれ。

 かくして、双方が対峙する。

 

「………まだ続けるか? マリア・カデンツァヴナ・イヴ」

「………」

「倍の人数差、ちょっとやそっとで押し返せるなんて思うなよ」

「くっ……」

「………なんか、こっちのが悪役っぽい構図になってねぇか?」

 それぞれの武器を向け、言外に勝負は決したと告げる翼とクリス。奏の苦笑めいた軽口も、その辺りの余裕が生まれたが故のものだ。

 とはいえ、やはり彼女たちに油断はない。それはこれまで積んできた戦闘経験からくるものであり、同時に形は違えど同じシンフォギアを纏っているからでもある。

 それこそ手段を選ばなければ(・・・・・・・・・)―――なるほど油断などできようはずもない。

 それに。

「悪ぃけど、このままだんまりってんならさっさと片付けさせてもらうぜ。

 これ以上、『伏せ札』に驚かされるなんざ真っ平だからな」

 

 

 

「………っ、」

 ギリ、と奥歯が不快な音を立ててしまうのを自覚する。

 マリアはギア越しでも掌がキリキリと痛みそうなほどに槍を持つ手の力を強めながら、眼前の装者たちを睨みつける。

 『伏せ札』があるかどうかと言えば、ある。頭に思い浮かぶのは、調の相方にして自分にとってのもう一人の妹分の姿だ。

 しかし。

(切歌には頼れない。マムのところから離すわけにはいかないし、そもそも元からこちらに寄こしていた調と違って今から来てもらうんじゃ間に合い様がない。

 なら、後は………)

「マリア……」

「ダメよ」

 思考を遮って呼んでくる調に、しかしマリアは即座に否と返した。彼女は一見すると精巧に作られた人形めいた印象があり、感情や思考が余人には分かりにくいところのある少女だ。しかし気心の知れたマリアから見れば、その瞳には焦燥からくる悲壮な決意が込められているのがよくわかる。

 マリアは調がどんな提案をしてくるつもりだったのかを、正しく把握していた。

 だがそれでも。

 否、だからこそ、頷くわけにはいかなかった。

(絶唱……シンフォギアの奥の手であり、文字通りの捨て身の最終手段)

 成程、それならば確かに、この場を脱することも可能だろう。

 しかし、その場合はほぼ確実に調が命を落とす。

 この先を考えればこちらの手勢が減ってしまうのは避けたいところであるし……何よりも、仲間(かぞく)を喪いたくはないのだ。

(………欺瞞、ね。そんな我が儘、偽善よりもひどいじゃない)

 思わず、自嘲の笑みが漏れそうになる。

 自分たちの行動は、決して私利私欲によるものではない。しかしそれでも、正道ならぬ手段で以って我を通そうという事実は変わらない。だというのに、自分は大切なものを失いたくないなど、エゴにしたってひどすぎる。

 

 ―――しかし、その上でなお。

 それ(・・)はマリア・カデンツァヴナ・イヴにとって決して譲れない一線でもあった。

 

(なら、あと頼れるのは―――)

「あ、あの!」

 マリアが必死で思案していると、声を張って前に出てくる影があった。

「立花、響」

「っ!」

 その姿にマリアは怪訝な表情を浮かべ。

 調は無機質にすら見えるその顔に、しかし誰が見てもそれとわかるような不快感をその細く整った眉に表出させた。

 それらを受け止めながら、彼女は懸命に声を張った。

「―――もう、やめましょうよ! こんな戦い!!」

 

 

 

 響は、何もわからない。

 ソロモンの杖がどこに行ってしまったのか。

 マリアがなぜガングニールのギアを纏っているのか。

 なぜ他にも装者がいて、それがそろってこんなことをしてしまっているのか。

 なに一つだってわからない。

 それでも。

 だとしても。

「こんな風に戦って、互いに傷つけ合う必要なんて、ないじゃないですか!?」

 そう、もう一人の装者の少女はマリアを守ろうとしてこちらに割り込んできた。マリアもまた、彼女を気遣っているように見えた。

 そう―――目の前にいるのは、大切な人を気遣える当たり前の人だ。

 自分たちと変わらない人間だ。

 ならば。

「今日出会った私たちが、こんな風に争う理由なんてない!

 話し合えば―――」

 分かり合える。

 どんな目的があったのだとしても、これ以上ヒドイことをする必要なんてない。

 響は心の底からそう思って、言葉を続けようとして、

 

「――――――偽善者」

「………、え?」

 

 どうしようもなく切り捨ててくる、拒絶と嫌悪に満ちた声に、告げようとした言葉を遮られた。

 見れば、未だに巨大な鋸を頭部のスタビライザーが変形したアームで掲げている少女が、こちらを強く睨みつけていた。

 ぱっと見では表情に乏しそうに見えたその眼差しは、しかし今はゾッとするほど冷たくも鋭い眼差しでこちらを貫いている。

 表情の冷たさに反して、掲げられた丸鋸は甲高く鳴きながらその回転を増しつつある。あるいは、その腹の内の憤怒を現しているかのように。

「この世界には、偽善者が多すぎる!

 あなたや……あいつ(・・・)みたいな……!」

 声音そのものは大きくもなく、ともすれば自身の出す金属音にかき消されかねないほどだ。

 しかしそれでもなお、込められた力と感情が響の耳朶をどんな騒音よりも強く叩く。―――いや、あるいは叩いているのは彼女の心か。

「そんな……私は困っているみんなを助けたいだけで……こんなこと、誰にもしてほしくないから……」

 拒絶に圧され、困惑に惑う響の言の葉は、まるで揺蕩っているかのように不確かだ。

 その揺らいだ精神に、調は追い打ちをかけていく。

「それこそが、偽善」

「……っ!」

 今度こそ。

 完全な拒絶に絶句する響へと、丸鋸を掲げるアームが振りかぶる様に広がっていく。頭上から降り注ぐように響く高速の駆動音は、まるで獲物を喰いちぎらんと猛る巨大な獣が牙を打ち鳴らしているかのよう。

 調は息を詰まらせてこちらを見つめる響に、絶対零度の如き怒気を刃に変えて撃ち放つ。

「痛みを知らないあなたに、誰かのためになんて言って欲しくないッッ!!」

 

―――γ式・卍火車

 

 アームから切り離され、大気そのものを裁断しながら宙を滑る一対の巨大な刃。

 数瞬後には己を菜切包丁を叩き付けた大根のようにざく切りにするだろうそれらを、響は呆然と眺めていて―――

 

「っっっらぁああああああ!!!」

 

―――INFINITE∞SHAFT

 

 周囲を取り囲むように立ち上り、眼前に張り巡らされた豪風の壁が明後日の方へと逸らしていくのをただ見送っていく。

 そこでようやく、正気に返ったように振り返った。

「奏、さん」

「ナニ寝ぼけてんだ、後輩!!」

「ぼさっとしてんじゃねぇよ、バカ!」

「呆けるな、立花!」

「ご、ごめんなさい!」

 すぐ後ろで槍を突き立て、風の防壁を作り上げてくれた奏のみならず、その左右からクリスと翼の叱咤も飛んでくる。彼女らからすれば、いきなり棒立ちになってそのまま凶悪な刃をその身に受けそうになっていたのだ。慌てふためいたのも無理はない。

 故にこの時、彼女たちの意識は響に向けられ、更には奏の生み出した防壁によってマリアたちとは寸断されている状態となっている。

 ―――決定的な隙と呼ぶには、十分すぎた。

 

 瞬間。

 まるで着色料で染め抜かれた不健康な飲料水のような、毒々しいまでに鮮やかすぎる薄緑色の閃光が盛大に夜天を照らし出した。

 

 

 

***

 

 

 

 光の中から盛り上がる様に姿を現したのは、光の色にも似た緑色の巨大な肉腫状の異形だった。

 ノイズの特徴としての液晶ディスプレイ状の器官こそ肉の中に埋もれているかのように存在しているが、その外観はノイズとしても明らかに異常であり異様であった。

 捩る様に収縮と膨張を繰り返しながら増殖し、こちらを睥睨するように巨大化している様はどうしようもなく生理的嫌悪を誘発させた。

「ぅあぁ~~っ、なにあのでっかいイボイボ!?」

「キ、キッショ!」

 防壁が解かれ、直にその目で見ることになった響と奏が慄きながら顔を引きつらせている。翼やクリスも、言葉にこそ出さないものの同じような表情を浮かべていた。

 

 そんな彼女らをよそに、マリアは涼しげな顔でそれを見上げながら静かにギアのヘッドセット意識を傾け、通信を繋げていた。

「マム?」

『マリア、調を連れて引きなさい』

「……わかったわ。調、行くわよ」

 言いつつ、マリアは槍の穂先をなぜかノイズの方へと向けた。穂先は瞬時に分割/展開し、紫電を纏ったかと思った次の瞬間にはアメジストを融かしたような光の奔流を生み出す。

 

―――HORIZON†SPEAR

 

「なっ、自分らで出したノイズだろ!?」

 SFのレーザー砲と言うよりはまるで濁流じみたソレをまともに食らい、ノイズは一瞬だけ風船のように膨らんだかと思えば次の瞬間にはまるで(あぶく)が弾けるかのように破裂し、飛沫のような肉片を飛び散らせていく。

 その肉片の雨に紛れるかのようにその場を去らんとするマリア。

「―――逃がすかよぉッ!!」

 その姿を見逃さなかった奏が、降り注ぐ肉片の隙間を縫うというよりかは通すというべき勢いですり抜け、肉薄する。

 そしてマリアへ向けて槍を突き出さんとしたその瞬間、マリアは微笑みながら振り返るとどこからか取り出したソレ(・・)を突き出した。

「………、え?」

 その直後、何があろうとも止まるつもりはなかっただろう奏の体が、しかし一瞬で硬直した。まるで、彼女の周囲の空気だけが凝固してしまったかのように。

 そんな彼女の様子にマリアはわずかに笑みを深めると、ソレ(・・)を彼女へぽーん、と軽い調子で放り投げる。

「あげるわ。私たちには要らないし、もう動かないしね」

「っっ、テメェどういう………っ!?」

 思わず受け取ってしまった奏が我に返りながら今度こそ詰め寄らんとしたその時、マリアとの間に肉腫がウゾウゾと増殖しながら割り込んでくる。

 舌打ち交じりに槍を振るって蹴散らすも、そこにはすでに二人の影はどこにもなかった。

「っの……おぉっっ!?」

 苛立ちを表に出す間もなく、奏は慌ててそこから飛びのいた。蹴散らしたはずの肉腫が瞬く間に増殖し、足元にまで迫っていたからだ。

 肉腫は一瞬にして奏がいた場所を侵食しつくし、肉の山となって立ちふさがっている。そのままそこにいれば、諸共に飲み込まれていただろう。それを想像すると、血の気が引いていくのが自覚できた。

「コ、コイツァ……」

「くっ……」

「クソ! キリがねぇッ!!」

 同じく周囲で蠢く肉腫を巨大化させた刃で斬り払う翼も、二丁ボーガンで砕き散らすクリスも、散らした分以上に増殖していく肉腫に歯噛みしているようだった。

 本来なら、損壊したノイズは灰燼となって崩れていく。この肉腫もそれ自体は変わらないのだが、それ以上に攻撃によって崩れる分以上に無事だった部位からの増殖スピードが凄まじい。気づけば辺り一面は腐りかけて変色したかのような肉の塊に覆われていて、その只中に佇んで見渡せばまるで増悪した悪性腫瘍の中にいるかのような最悪の気分を味わう羽目になった。

 『絶景』という言葉の真逆を追求したかのような光景を前に、翼が眉根を歪める。

「分裂増殖型……それがこのノイズの特性」

「放っておいたら際限ない、ってワケか。このままじゃ溢れ出ちまうぞ」

「単純な奴ほど性質(タチ)(わり)ぃってか。笑えねぇ!」

 言っている間にも、肉腫は増え続けている。

 気付けば、周囲はすでに覆いつくすように取り囲まれていて、いよいよ足の踏み場と言うもの無くなってきた。このまま放っておけば、自分たちも飲み込まれるだろう。それだけではない。

『聞こえますか、皆さん!』

「緒川さん!?」

 四人の耳朶を、切羽詰まった青年の声が叩く。

『今、会場のすぐ外には避難したばかりの観客たちが居ます! そのノイズをここから出すわけには―――!!』

 そう、このまま増殖を続ければ、ほどなくしてノイズはライブ会場という器からあふれ出ることだろう。さながら、水を注ぎ続けたグラスのように。

 そうなれば今言われた通り、恐怖と緊張から解放された観客たちを真っ先に飲み込んでいくことは想像に難くない。

 そしてその中には、響にとってかけがえのない人たちがいる。

「未来……みんな……!!」

「つってもどうすりゃいいんだ、こんなモン!?」

「いたずらに攻撃したところで増殖と分裂を繰り返すのみ、か」

 クリスと翼がそれぞれに焦燥を抱えつつ言葉を漏らす。

 生半可な攻撃では逆効果。座して眺めるなんてものは論外。とどのつまり、対症療法的な行動は不可能。

 ならば。

「―――つまり、やるんだったら一発で全部吹き飛ばせってか」

「オイ、それって」

「……。絶唱、ですね」

「ッ、S2CAか!?」

 奏の提案にクリスが目を剝き、響が覚悟を決めたように頷く。そのやり取りに翼が驚嘆し、クリスと同じく目を見開いている。

 

 【S2CA】……正式名称、【Superb Song Combination Arts】。

 かつて地球に墜ちんとした月の欠片を破砕せしめた奇跡ともいえる一撃を、奇跡以下のものとして意図的に制御することを目的としたコンビネーションであり、有体に言ってしまえば『絶唱の融合』である。

 これは『他者と手を繋ぎ合う』という特性を持つ響を連携の中心に据え、共に発動させた絶唱を響が束ねることによってその威力を増幅させるというものである。

 さらに利点として、響と手を繋いで発動したパートナーの絶唱による負荷を大幅に軽減させることができるというのが挙げられる。つまり、『命がけの特攻』が『いざというときのための体を張った奥の手』にまで昇華・改善されたということである。

 しかし、問題点も存在する。

 一つは提唱されて以後、未だ訓練などで試行錯誤を繰り返している段階であり、三人以上での発動は今で訓練での成功実績がないこと。

 そしてもう一つは。

「わかってんのか……発動の負荷はテメェがまとめて引っ被るんだぞ!?」

 連携の中心となり束ねて放つのが響であるという性質上、パートナーの分の負荷も響にのしかかるという点だ。

 彼女は融合症例という特性上、ギアからのバックファイアの影響が他の装者よりもずっと少ない。しかし、そんな彼女であってもなお危ういほどの負荷に襲われるのだ。

 その事実を承知の上で、しかし響はまっすぐな瞳で頷いて見せた。

「オイオイ本気かよ」

「増殖力を上回る火力での一気殲滅………立花らしいが、理には適っている」

 そんな響に呆れた様子を隠せないクリスに、いっそ微笑ましいとばかりに口の端を持ち上げる翼。そしてそんな彼女たちに対し、

 

「………負荷の方は、もしかしたらどうにかできるかもしれねぇ」

「「「え!?」」」

 

 奏が勇気づけるというよりかは己を鼓舞するかのように笑みを作りながらそう漏らした。

 途端、三人は驚愕の表情で視線を彼女に集中させた。それをよそに、奏は意識だけを傾けて通信を繋げる。

「弦十郎の旦那、ぶっつけだけどいいよな?」

 ここではない、背を預けるに足る銃後にて指揮を執る偉丈夫への問いかけ。

 それに対し、逡巡のような沈黙は数秒となかった。

『………ダメだと言っても聞かんヤツだよな、ソレ』

「まぁな」

『ならば言わん。―――その代わり、結果をもぎ取って帰ってこい!!』

 応!! と返す言葉に力を込めて。

 そのやり取りを聞いていた三人と顔を見合わせ頷き合い、改めてソレを見上げる。

 

 まるで誂えた演出のように下からの照明で照らされる吐き気を催すような肉の塔。そのあちらこちらが煮立つように表目を弾けさせては飛沫のような肉片をまき散らし、それがまた増殖を繰り返しながら肉塊として成長していく。どうやら悪性腫瘍然とした見た目は伊達ではないらしく、放置していても勝手に増え続けるらしい。

 なるほど、既に猶予はない。病気と雑草は素早く根っこから徹底的に、というやつだ。

 

 あまりにも悍ましく巨大な脅威を前に、しかし四人の表情に怯えも戸惑いもありはしない。

「それじゃぁ、頼んだぜ、後輩!」

「頼まれました、先輩!!」

 威勢よく言葉をかけ合いながら手を繋ぐ奏と響。そこからさらにそれぞれ翼とクリスと手を繋ぎ、横並びになるとそれぞれが揃えるように息を吸い、ほんの一拍の静寂を作り出す。

 そして。

 

「S2CA・スクエアバーストッッ!!」

 

「「「「―――Gatrandis babel ziggurat edenal

 Emustolronzen fine el baral zizzl………―――」」」」

 

 紡がれる、絶唱(ウタ)

 それは力であり、魂であり、命。

 正しく血を通わせた声の旋律は、醜悪さを極めた不浄な肉腫だけに聞かせるには余りにも惜しいほどに透き通り、何よりも美しかった。

 それも短くも締めくくられた、その瞬間。

 

 ゴッッッ!!!! と。

 黄、橙、蒼、赤の四色が爆ぜるように迸り、氾濫した。

 その鮮烈にして凄烈なる奔流の只中で、少女たちは叫ぶ。

「スパーブソングッ!」

「コンビネーションアーツッ!」

 翼が歌を。

 クリスが繋がりを。

 それぞれが誇る様に示し、そしてそれらを響が一つに束ねていく。

 

「セットッ! ハーモニクスッ!」

 

 直後。

 四つの光が入り交じり極彩色のそれとなってさらに力強く大きくなっていく。

 まるでそれぞれが互いに高め合い、上り詰めていくかのように。

 輝きはどこまでも増し、夜天を染め上げライブ会場からもこぼれる様に外へ光を覗かせるほどだ。

 その光に圧されて肉腫のノイズは極光に触れる端から弾け、分裂も増殖も許されることなく削ぎ落されるように散っている。まるで、世を侵すかのような汚獩(おわい)を、祓い清め浄化する祝福のように。

 

 本領を発揮するより前から既に、絶大な力を現し始めている中で、

「―――づ、ぐ………がぁ、ああああああああああああああああ――――――ッッ!!!」

 響の口から、先の歌とは打って変わってあまりにも悲痛な絶叫が溢れ出していた。

 

 

 

***

 

 

 

 全身の筋肉が千切れそうだった。

 全身の血管が破裂しそうだった。

 全身の骨格が圧し潰されそうだった。

 全身の神経が焼き尽くされそうだった。

 ……総じて、苦痛。

 それだけが、立花 響の知覚を塗りつぶしていた。

「あ、ぐ、ぅあああああああああ――――ッッ!!」

 総身を支配し、蹂躙するかのような見えざる暴力の奔流。奥歯を自ずから砕きそうなほどに食いしばった口からはとめどなく悲鳴が漏れ、健康的で張りのある肌には粘つくような脂汗が滲み出ている。

 それもむべなるかな、本来ならば装者を弑するに十分な絶唱の反動(バックファイア)を、己を含めて四人分……それらを一手に担っているのだ。

 いくら融合症例の特性で以って軽減されるとはいえ、そもそもの絶対量が多ければ限度がある。

(―――っ、負ける、もんか……!!)

 その上で。

 響はそれに耐え抜こうとしていた。

 なぜなら、ここで膝を屈せば死ぬのは自分だけではない。

 今手を繋いでいる仲間たちも。

 すぐ近くで自分たちの無事を祈り、帰りを待つ友人たちも。

 巻き込まれてしまっただけの無関係な人たちまでもが。

 皆、死んでしまう。

(させて……たまるかぁ――――――!!!)

 その決意で以って踏ん張る彼女を、しかし苦痛の奔流は押し流さんとさらに猛る。

 それを、

「―――同調、開始(トレース・オン)

 天羽 奏は良しとしない。

 

「―――I sing a song for the world.(歌い奏で世界を紡ぐ)

 

 瞬間。

 知らずに纏わりついていた重しがまとめて取り払われた……そんなような感覚を響は得ていた。

 自身を苛んでいたあらゆる苦痛が、一気に軽くなったのだ。

「、え?」

 響は思わず、戸惑いの声を漏らす。それができてしまうほどの余裕が、彼女に生まれていた。

 困惑する響は、直前に聞こえた声に釣られるように隣……奏の方へと顔を向ける。

「っ!? か、奏さん!!?」

 そこにあった予想だにしなかった姿に、瞠目を禁じ得ない。それは翼とクリスも同じだったようで、奏は仲間たちの視線を一身に受けている状態だった。

 そんな仲間たちに対し、奏が浮かべているのは悪戯が成功したかのようなしてやったりといった表情だ。

「ハ、その様子だとうまくいってるみたいだな」

 歯を見せる笑みと共に顔を彩るのは、淡く輝く光のライン。緩やかな曲線を描く五線譜が、黄金の燐光を零しながら彼女の総身を走っていた。

 目にも温かいその光は、繋ぐ手を通して響へと伝わっている。そうと気付けば、その光こそが己を苦痛から癒しているのだということを彼女は実感する。

 こちらを慈しみ、励まし、背を押す。そんな奏の思いやりそのものが、確かな力となって響を包んでいるかのようだ。

 

 これこそが奏の狙い。

 絶唱の最中、自身の魔術回路を起動し体内の聖鞘(アヴァロン)に干渉、これを励起させる。

 そうすることで活性化した聖鞘から発せられる癒しの力は奏を通して響へと伝わり、彼女に掛かる負荷を軽減させたのだ。

 すなわち、絶唱と宝具の同時運用(・・・・・・・・・・)

 及ぼす影響が未知数に過ぎる故に奏と士郎、そして弦十郎の三者の間でのみ仮説として想定され、S2CAの発動が安定化するまでは封印されるはずだった秘策中の秘策。

 それを、まさしく賭けと言うべきぶっつけ本番での発動に、奏は見事に勝ちをもぎ取っていた。

 

「さぁて。奴さんも無駄な贅肉は脱いでくれたみたいだな」

 見上げた先、先ほどまで腐った肉を山と盛ったような状態の肉腫のノイズは、その姿を一変させていた。

 おそらくは、肉腫そのものが装甲の役割を果たしていたのだろう。漏れ出る絶唱の影響によってそれらをそぎ落とされ、三脚のような爪上の脚部から延びるひょろ長い背骨のようなパーツに支えられた、青い色の本体だった。繋がっているのが背骨のような形であるからか、どこか骨盤を彷彿とさせるが全体的な形を見ればコブラと言った方が近いかもしれない。

 その質量で以ってこちらを飲み込まんとしていた威容と比べ、みすぼらしいとさえ言えるその本体の姿に奏は知らず失笑を浮かべていた。

「それじゃあ、お姉さんの手伝いもここまでさ。―――ぶちかませ、響!!」

 間近からの叱咤激励。

 それを受け、響はスゥッ、と短くも深く息を吸い、

「はいッッ!! ―――レディッッ!!!」

 気合満腔、全力全開で身構える。

 同時に、響のギアを構成する装甲の各所が展開。排気のように燐光を横溢させていく。

 彼女は両腕を添える様に手首同士をくっつける形で重ね、その装甲を合一させながら右腕に纏わせた。それを改めて突き出せば、合一した装甲がさらに変形、統合された腕部装甲を縦に四分割するように矢羽のようなブレードが形成される。同時に、地上に広がるオーロラのような極彩色の光が響に飲み込まれていき、その全てを納めると同時、頭上に突き出した装甲がバシャンッ!! と飛沫にも似た音を立てて更に展開。内部に作り上げられたホイール機構が露出し、駆動を開始する。

 回転を始めたホイールが最高速に達するまで一瞬。その回転が生み出したのだろう、極彩色の光のリングがまるで土星の輪のように浮かびあがる。

「―――っ、」

 響は完成を果たしたそれを、改めて引き絞る様に構える。

 束ねた力を掌握し、しかしなおも不安定なのか。時折、明滅するかのようにその姿がかつての暴走を彷彿とさせる漆黒に染まっては戻るを繰り返している。このまま留め続ければ溢れ出してご破算となるか、あるいは本当にかつてのような暴走に至ってしまうのかもしれない。

 そんな弩級の爆弾のようなものを抱えながら、しかし響は拳を力強く握りしめながらまっすぐに放つべき前を見る。

 肉腫(ぜいにく)をはぎ取られ、痩せさらばえた様な骨身を晒しながら早くも足元に新たな肉を粟立たせている異形(ノイズ)

 こちらを無機質に睥睨するソレへと、響はわずかに身を沈めたかと思えば勢いよく飛び出した。

「ぶちかませぇっっ!!」

 クリスからの激励が撃鉄だったかであるように、響の腰裏のブースターが火を噴いた。

 それはもう飛翔ではなく、発射とでもいうべき吶喊だ。

 

 ―――そう。

 最速で、最短で、真っ直ぐに、一直線に。

 胸の響きを、拳に込めて―――

 

「これが私たちの、絶唱だァアアアアアアアアアアアア―――ッッッ!!!」

 

 その裂帛と共に叩き込まれた一撃。

 それは着弾と同時に腕部の四つのブレードウィングが食い込むように開き、ホイール機構と連動するかのように装甲全体が高速の回転を始め………そのまま、パイルバンカーのように打ち込まれた。

 

 

 

 瞬間。

 解放された力は一瞬でノイズを砕きつくし、極彩色の光の竜巻というべき形で天へと昇っていく。

 それは夜天を眩く照らし、(まば)らな雲を散らして、重力の軛すら引きちぎって大気圏すら突破せんと天を穿っていた。

 

 

 

 ライブ会場の外はもちろん、そこから遥か離れた場所からでも分かるだろうそれを、マリアと調も見上げていた。

「……、キレイ」

 呆けたように、調の口から素直な感想が漏れる。

 取り繕うことすらできないほどに、眼前の光景は衝撃的に過ぎたのだろう。もしかしたら、正気に戻ったらそんな自分を悔しがるかも入れない。

 そんな妹分を尻目に、マリアは歯噛みしながらそれを睨んでいた。あるいは、そうでもしなければ怖気付いてしまいそうなのかもしれない。

「こんな化け物もまた、私たちの戦う相手………」

 いつの日か。

 夜空を染め上げるこの力が、自分たちにまで向けられるのかもしれない。

 そんな可能性に挫けそうになる自分を、マリアは必死に噛み潰していた。

 

 

 

***

 

 

 

「……どーにか、なったか」

 雲の一切が一掃された直上の夜空を見上げながら、ギアを解除した奏が一息入れる様に呟く。

 結果を見ればとりあえずの脅威は払えたが、問題は山積みだった。

 『フィーネ』を名乗ったマリア、彼女を含めた新たなシンフォギア装者たち、そしてソロモンの杖の行方………なるほど、どうやら平穏な日常とやらはまだまだ遥か彼方らしい。

 奏は解決のとっかかりもないことはさておいて、とりあえずは一番気がかりな二つの事柄に思考を巡らせる。

 

 一つは、先ほどの『S2CA』。正確に言えば、その時に自分が起動させた聖鞘(アヴァロン)のことについてだ。

(うまくはいったけど……実際は、思った以上に力を引き出せなかった)

 そう、確かに絶唱の最中に奏は自身の魔術回路を起動させ、聖鞘を励起し、その力を響へと伝播させた。それら自体は、まったく以って十全に目的を果たすことができたし、響にかかる負担を軽減させることができた。

 しかし、自分の中に宿っているものだからこそ解ってしまう。自分が引き出せたのは、この聖鞘(ほうぐ)の持つ力のほんの一欠片……あるいは、それにすら満たない程度であるということを。

(やっぱ、絶唱の片手間で力引き出しながらってのはさすがに虫が良すぎるか)

 加えて、奏自身が魔術の心得がないのもあるのだろう。

 むしろそれで欠片とはいえ最上級ともいえる宝具の贋作から、わずかなりとも力を引き出せたことの方が瞠目に値するだろう。

 そもそも最悪の想定では、奏に働きかける聖鞘の恩恵にすら不具合が生じることで絶唱ではなくギアの装着による負荷に奏自身が蝕まれる事態すら懸念されていたのだ。

 それを考えれば、目的通りの機能を果たせただけ最上に近いと言うべきかもしれない。

(……ま、なんにせよ後輩の助けになったってんならなによりか)

 そう考えながら、その後輩本人の方に視線を移せば、

「無事か、立花!?」

 泡を食った様子の相棒が、クリスと共にその後輩の方へと駆け寄るところだった。

 

 

 

 響は力が抜けたような状態で膝を付き、ペタンと座り込んでいた。

 一見すると呆けているようにも見えるが、翼の声に振り向いたその顔は、涙に濡れている。

 こちらを見て狼狽する翼やクリスに、彼女は笑顔を作って浮かべて見せた。

「―――、へいき、へっちゃらです」

「へっちゃらなもんか! 痛むのか? 絶唱の負荷、中和しきれなかったのか?」

 涙を拭いながら強がる様子に、クリスは反論しつつも気遣わし気に声をかける。

 そんな彼女の言葉を嬉しく思いながらも、響の胸には先ほど投げかけられた言葉が槍のように深く鋭く貫いていた。

 

―――偽善者。

―――それこそが、偽善。

 

「……私のしてることって、偽善なのかな?」

 自問を伴った弱音が、出血のように零れ落ちる。

 拒絶と共に吐かれた声が、耳にこびりついている。

 その冷たさが、戦闘を終えて気の抜けた体を芯から蝕んでいる。

 

―――痛みを知らないあなたに、誰かのためになんて言って欲しくないッッ!!

 

 それは違う、という否定が即座に出てくる。

 出てきて、しまう。

「胸が痛くなることだって、知ってるのに………!」

 そうすれば、否応なしに思い出してしまう。

 未だ癒えない……もしかしたら、死ぬまで癒えることはないかもしれない古い傷。

 心の奥のソレが、乾きかけのカサブタが無理矢理に引き剥がされ、血を滴らせながら蝕んでいる。

 

 遠巻きな嘲笑。

 それまでの日々が嘘であったかのような拒絶。

 家の外観を埋め尽くす罵詈雑言。

 共に肩を寄せ合いながら泣いた母と祖母。

 ―――自分たちの前から姿を消した、父。

 

 忘れかけていた記憶(イタミ)

 忘れていたつもりだった記憶(イタミ)

 忘れることなどできない記憶(イタミ)

 それがどうしようもなく冷たくて、寒くて……悲しくて。

「ぅっ、ぁあ……ひぐっ……」

 堪えることもできずに、しゃくりあげながら泣いてしまう。

(ダメなのに。はやく、泣き止まなくちゃ……)

 みんなを困らせてしまう。

 そうだ、こんなの、へいきへっちゃらなんだから。

 だから―――

 

「はーい。ぎゅうーっ、とな!」

 

 その時。

 そんな、軽い調子の声と共に。

 後ろから、柔らかい温もりが自分を抱きしめてくれていた。

「ふぇ? ……奏、さん?」

 振り向いてみれば、濡れて滲んだ視界いっぱいにこちらに笑いかけてくれる先輩の顔がすぐ近くにあった。

 

 

 

 ぱちくりと、眼を瞬かせる度に雫を弾かせる後輩の頭を、奏はヨシヨシと優しく撫で続ける。

「あ、あの……」

「なぁ翼ー。アタシらも昔は……っていうか、今でも割といろいろ言われてたよなー」

「え? ……えぇ、そうね」

 抱きしめている後輩を困惑させたまま、奏は振り向かないままに己の相方へと呼びかける。翼は戸惑っていたが、奏の意図を察したのかすぐに小さく微笑みながら首肯する。

 

 そう、今となっては半分は笑い話のようなものだし、実際に笑って流すこともできるのだが。

 アイドルなんてものをやり始めた当初はそれなりにキツかったりもしたのだ。

 

「やれ男に媚びてるだ、やれ誰それのパクリだ……いや、好き勝手言うヤツってのは思った以上にいるもんだって実感したもんさね」

「そんな……」

 目を丸くしている響を撫で続けつつも、当時を思い出せば苦笑が浮かんでくるのを止められない。

 もちろん、面と向かって言われたわけではない。大半はネットのレビューや、ファンレターに紛れ込んだ批判にも届かない嫌がらせじみた手紙などだ。

 そんなつもりはないというのに、なんでこんな風に言われるのかと当初は憤慨しつつも不思議に思ったものだが、今となっては多少は解かる。

 そういう中身のない辛辣さと言うのは、やりたいからやる以上の理由なんてものはないのだ。

 直接会わず、空き缶をポイ捨てするかのような気軽さだからこそ、本人達はろくに罪悪感も持たないままそんな言葉を投げかけられるのだ。それが刃となって、相手にどんな傷をつけるかも知ったこっちゃないとばかりに。

(まあ、そういう意味じゃ面と向かって言ってきたあのちびっこは……いや、五十歩百歩か?)

 閑話休題。

 元々、自分にとってアイドルは復讐のおまけだった。そのおまけでなんでこんな想いをしなければいけないのかと、当時はそれなりに心をささくれさせられたものだった。

 ……だが、今は対して気にするものではないと、割り切れる。

 それは単純に慣れたというのもあるが、それ以上に。

「奏さんたちの、ツヴァイウィングの歌は! そういうのじゃ……!!」

「―――そう。それ(・・)さ」

 胸を抉る悲痛さを暫時置いて、擁護に声を張る響。それこそを、奏は肯定で以って殊更に強く笑みを浮かべた。

 その反応に響は『え?』と戸惑うが、答えはまさに彼女が示したのだ。

「アタシたちのことを認められない奴はいる。それはまぁ、仕方がないことなんだろうさ。

 ―――けど、それ以上にアタシたちを認めてくれて、応援してくれてる人たちがいる。そっちの方が大事なんだよ」

 それは単純に人数比率の多寡の問題ではない。

 自分たちの歌を受け止めて、認めて、大好きだと思ってくれて、応援してくれる……そんな人がいるという事実だけで、心無い悪意なんてものを消し飛ばしてくれるのだ。

 そしてもう一つ。

「そもそも、アタシはアタシたちの歌しか歌えないし、歌わない。

 ―――そうさ。誰が何と言おうが、アタシたちはツヴァイウィング以外の何者でもないし、なれないし、そもそもそれ以外になる気なんて全くない」

 たとえどんな風に否定されたとしても。

 それがどれほど心を抉ったとしても。

 それに屈して、(おもね)るためにその在り方を変えてしまう―――そんなのはもう、死んでしまったのと同じじゃないか。

 故に、天羽 奏は今まで以上に強く羽撃くことはあっても、他者に左右されて羽撃き方そのものを変えるなんてことは決してしない。

 少なくとも、屈してしまうことはあり得ないと、心の底から断言する。

 

「響、お前さんはどうだ?」

「え?」

「あのちびっこにいろいろ言われてたみたいだけど……それじゃあ、『つらいからこれからは違う生き方をします』、っていう風にできるのかい?」

 或いは。

 立花 響にとってはある意味でそちらの方が救いにはなるのかもしれないけれど。

 しかし、そうではないと確信した上で奏は問う。

 すると、一拍を置いてから、やはり。

「―――、いいえ。できません」

 響は、そう言って首を横に振る。

 

 

 

 言われて、改めて考えて。

 いいや、考えるよりも先に。

 響は、そんな風に器用に自分の生き方を変えるなんてことはできそうにないと結論付けた。

 

 名前も知らない装者(あのこ)からの言葉は痛くて、ちょっとやそっとじゃ消えてくれないのかもしれない。

 もしかしたらその指摘は本当に正しくて、自分は偽善者以外の何者でもないのかもしれない。

 それでも……だとしても(・・・・・)

 

(目の前にいる誰かが困っていたら、助けたい。助けを求める誰かに、この手を伸ばして掴みたい)

 

 例え偽善と言われても。

 例え真実その通りなのだとしても。

「助けられる誰かを、助けたい誰かを―――助けてほしいって泣いている誰かを、見捨てるような自分にはなれないです」

 それが『立花 響』なのだと、そう答えれば。

 奏は、眩しいものを見るかのように、或いは痛ましいものを見るかのように、目を細めながら微笑んだ。

「……ああ、そうさ。お前さんはそれでいい」

 言って、先ほどよりも少し乱暴に、けれど同時にどこか優しく響の頭をわしゃわしゃと撫でつけた。

「わぷっ」

「ロクに自分のことを知らないような奴の言葉になんて、負けんな。アンタの正しいところもスゴイところも、アタシらがよく知ってる。

 それに何より、アンタらしさに救われたヤツだって、それこそ山ほどいるんだからさ。―――なぁ、クリス?」

「そ、そこでアタシに振るなよ!?」

 慌てたような声に視線を向ければ、ニヤニヤと悪戯小僧めいた笑みの奏ごしに顔を赤くしたクリスが身を竦ませているのが見えた。

 クリスは響の視線に気づいたのか、しばらく喉の奥で唸ってから、真っ赤な顔のままそっぽを向いた。

「ま、まぁ……確かに、その通りだけどよ」

「………ぷっ」

 その様子に、思わず響は噴き出した。

 失礼だとは思っているが、それでもあまりにもらしい反応で、可愛らしすぎた。

「アハハ、クリスちゃんかぁ~いい~!」

「ってナニ笑ってんだよオイ!?」

「しゃぁねぇってコレは。だって実際可愛いもんよ」

「まあ、確かに。雪音は可愛らしいな」

「か、可愛い可愛い連呼すんじゃねぇ!!」

 クリスの可愛らしさに集まる賛同。

 いつの間にか自分が肴のようにされている現状に、クリスは憤慨しながら今度こそフンッと体ごと顔を背けた。

 その様子がまたどこか子猫じみたものを感じるが、これ以上つつくのはさすがに憚られたので黙っておく。

「アハ、ゴメンねクリスちゃん。

 ……それと、ありがとうございました奏さん」

「ああ、もう大丈夫そうか?」

「はい! 今度こそ、『へいき、へっちゃら』です!!」

 奏が離れてみると、響はグイッと目元を豪快に拭ってから先ほどのような痛ましいものではない、力強く眩しい笑顔を浮かべて見せた。

 

 

 

 先ほどまでに比べて格段に元気そうな響の様子に、奏たちも安堵に息を吐く。

「そうかい。なら何よりだ」

 実際のところは、きっとまだ蟠っているものはあるだろう。それでも、幾分かは立ち直ってくれたようである。

 ……だからこそ、奏は内心で重い溜息を禁じ得なかった。

(さて。こっからが本番か。

 ………この流れで、この話題を出すのは気が引けるんだけどな)

 それでも、避けるわけにはいかない。それに、落ち込んだ状態のままこれからのことを聞いてしまう方が、もっとひどいことになっていただろう。

 奏はそう思いながら克己して、自分の端末を取り出してスピーカーモードで通信を繋げた。

 相手はこの場の誰もがよく知る人物だ。

「聞こえてるかい、弦十郎の旦那?」

「……奏さん?」

 突然の奏の行動に、響は首を傾げる。翼やクリスも同様だが、本人はそれに構わず続ける。その声は、幾分か固いものに変わっていた。

『―――ああ、聞こえている。ご苦労だったな、みんな。

 特に、響くんと奏はぶっつけ本番でよく成し遂げてくれた』

「労ってくれるのはありがたいんだが、その前に訊きたいことがある」

 奏は前置き、一呼吸の間を以って本題を切り出した。

 

「………士郎の若大将はどこにいる? なにやってんだ?」

『―――』

 

 その問いに。

 その場の全員が、デジタルな通信の先で硬直したかのように押し黙ったのを、空気として感じ取っていた。

「え、えっと? 確か衛宮さんて、急に別の任務が入っちゃって、それで今は別行動だって……」

 響が受けていた説明を思い出しながら口にするが、奏の持つ端末からは固い無言が繰り返されている。

 その沈黙こそが、告げられていたその理由が全くの虚偽であったのだと明確に示すかのように。

 そしてそれを裏付けるものを、奏は端末を持っていない手でポケットから取り出していた。

 

「もしそれが本当だってんなら―――なんで、マリアのやつがぶっ壊されてる若大将の端末なんて投げて寄越してやがんだ?」

 

 言いながら、自分の端末と比べる様に『それ』を逆の手で持ち上げて並べる。

 奏とほぼ同じ型の通信端末。

 それは明確な違いとして、猫の瞳のような縦長の大きな穴が穿たれ、スクラップと化していた。

 まるで、鋭い刃物で思い切り突き刺したかのように。

 

「なっ!?」

「オイ、どういうことだよそれっ!!?」

『………。やはり、そういうこと(・・・・・・)だったか』

 翼とクリスが瞠目しながら声を荒げるのをよそに、通信先から重い息と共にようやく声が戻ってくる。

「し、師匠! そういうことって、一体……!?」

『………』

「師匠っ!!」

 狼狽えながらの響の問いかけに、しかし答えにくいのか弦十郎は即答できない。

 その僅かな逡巡にさえ響が焦れた声を上げれば、弦十郎はいよいよ観念したかのように秘していた答えを吐露する。

 

『今朝……いや、状況を考えれば昨夜からか。士郎とは連絡が取れない状態になっている。

 自宅の方も調べてたが、飼い猫もろとも行方が判らなくなっている』

 

 瞬間、覚悟していた全員が、しかし衝撃に瞠目し、息を呑んだ。

「ンな大事(おおごと)、アタシたちに今まで黙ってたのかよ!?」

『ソロモンの杖の護送任務は既に変更ができない状態だった。下手な不安を抱えさせて任務に支障をきたすくらいならば、そんな風に詰られるのを覚悟の上で隠しておいた方がよかったと判断した』

 それは正しく批判されることも加味した上で少女たちのことを慮っての言葉だったのだろう。その証左に、護送任務の結果については触れてはいないのだから。

 その辺りを察し、クリスもそれ以上責めることができずに『ッッ、クソッ!!』と苛立ち交じりに厚底の靴で小さな瓦礫を蹴とばすことしかできなかった。

『護送作戦に並行してアイツの行方を追っていたが、今まで有力な情報は出てこなかった。

 ……奏がその端末を渡されるまではな』

「では、士郎さんは…」

『ああ。おそらく、士郎の身柄は彼女たちの手にあるものだと推測される』

 翼は努めて冷静にあらんと口を開く。しかしその手は、ギリギリと音を立てながら強く握りしめられていた。

 一方で奏も、両手に持つ二つの端末を、どちらともなくギシリとかすかに軋ませるほどに力を込めた。

(衛宮さん……)

 そんな中で、響は不安げな眼差しで思わず天を仰いでいた。

 雲が一切払われた夜空には、やはり歪に欠けた月が変わらずこちらを見下ろしている。

 

 

 

***

 

 

 

『それじゃあマム、私たちはこのまま別ルートで帰還するわ。向こうで落ち合いましょう』

「えぇ、わかりました。ですが気をつけなさい、マリア。ただでさえあなたの顔は広く知られているのですから」

『わかっているわ。それじゃあ』

 

 【QUEENS of MUSIC】の会場からほど近い、まるで盲点のように人気のない街中の一角。

 そこに陣取られた移動型の簡易拠点の中で、そんなやり取りが交わされていた。

 照明の代わりに光源となっているのはさほど広くはない内部の壁を埋め尽くすようなモニター群であり、それらはなにがしかの解析結果を映し出しているのだろう様々な数値やグラフの類を表示している。

 その薄暗い内部で、マリアとの通信を終えた人物は肩の力を抜くように静かに息を吐きながら、身を預ける車椅子の背もたれに半身を沈めた。

 クセの強い黒髪の奥は、右目が大きな眼帯で覆われ、更に初老に差し掛かっているのか目元や口元には皴が目立つ。しかしその面差しや所作には理知的な怜悧さと教養の深さを示すかのような気品のようなものがあり、病弱なのだろう儚さと相まって隠棲中の賢者を彷彿とさせる。

 ―――或いは、あえて悪しざまに例えてしまうと、『魔女』という言葉が似合うか。

「マム、大丈夫デスか?」

 そんな彼女に、そばに立っていた少女が心配そうな様子で詰め寄る。

 首元のところまで伸ばしたややボリュームのある金髪と、ワンポイントのように前髪を彩るバツの時にクロスさせて着けている髪飾りが特徴的な少女は、年の頃は十代の前半程で少し見ただけでそうと解るほどにあふれる快活さなど、車椅子の女性とはあらゆる意味で対称的に見える。

 心配げにこちらを見つめる少女を、大丈夫だと告げるようにやんわりと手で制す。

「心配は無用です、切歌。少し気が抜けただけです。

 ……いろいろありましたが、ようやく最初の山場を越えましたからね」

「そうデスね……それにしてもあの光、トンデモなトンデモだったデス!」

 こちらでも観測していたS2CAが生み出した光景を思い出したのか、大仰な素振りで驚愕を表現して見せる。

 どこか稚気も感じられるその言動に毒気が抜かれたのか、女性の口元が小さくも柔らかく綻ぶ。しかしそれも、すぐに不敵に深まった。

「ええ……ですが、その光こそ私たちにとっては『夜明けの光』よ」

 コンソールを操作すれば、眼前のモニターの表示が切り替わる。

 モニターを二分割するように映っているのは、S2CAによって生み出された極彩色の光渦と、胎児か蛹のように身を丸めた『ナニカ』だった。

 その『ナニカ』は岩のような外殻に覆われていて、昆虫のようにも爬虫類のようにも恐竜のようにも見え、そのどれかと断ぜられない得体のしれない異形の存在だった。モニターは端に何がしかの数値を表示しながら、異形の胎児の上から『COMPLETE』の文字列を重ねている。

 

 これこそが、彼女たちが【QUEENS of MUSIC】を占拠した理由。

 マリアと翼の熱唱、その後の戦闘、更にはS2CA。

 それらが生み出したフォニックゲインを注ぎ込むことにより、覚醒へと至らしめた『完全聖遺物』である。

 

(とはいえ、まだ目を覚ましただけ。重要なのはここからですね)

 成功の安堵と歓喜で緩みそうになる気を、自ずから引き締める。

 先ほども自身の口で言った通り、まだ最初の山場を越えただけ。越えるべき障害も、解決すべき問題も、まだまだ山積みだ。

 

 ―――そう。

 差し当たっては今、自分たちの真後ろの存在(・・・・・・・・・・・)などだ。

 

「………さて。なにか仰りたいことはありますか、ミスター?」

 車椅子を操作し、体ごと真後ろに振り向きながら問いかける。

 よく見れば女性の足元にはペット用のキャリーケースが置かれていて、その中では若い白猫が身を丸めて眠っていた。

 女性が振り向くのに合わせ、隣の少女も同じく振り返る。女性と同じものを見るその眼差しは、先ほどの溌剌さは鳴りを潜めて明確な敵意が露わとなっている。

 

 そんな二人の眼差しの先。

 女性の予備の車椅子に固定される形で拘束されている人物は、そんな二人を静かに睨み返した。

 それこそ、鷹の目(・・・)を彷彿とさせる鋭さで。

 

「っ、」

「―――そうだな。あえて一つ言わせてもらうことがあるなら……」

 眼光の鋭さに思わずビクリと身を震わせた切歌をよそに、問われた人物は低い声音で言葉を紡いでいる。その響きには、確かな怒りが滲んでいた。

「お前はさっき、『血に塗れることを怖れるな』と言っていたな」

 無辜の人々を巻き込むことに、迷いと戸惑いを垣間見せたマリアに対して放ったその言葉。

 それは、彼からすれば決して許容することのできない、言語道断というべきものだった。

 

「ふざけるなよ。―――お前こそ、流血を礼賛するかのような言い草をするんじゃない……!!」

 

 機械仕掛けの椅子に身を束縛されながら。

 その人物は―――【衛宮 士郎】は。

 煮えたぎるような憤激を、まるでゆっくりと刃を押し当てるかのように静かに叩き付けていた。

 

 まるで実体を伴っているかのような重圧を感じさせるその赫怒を。

 女性は―――【ナスターシャ・セルゲイヴナ・トルスタヤ】は。

 真正面から冷ややかに受け止めていた。

 

 不自由な身で座りながら睨み合う両者。

 それはあたかも、対等に渡り合い鬩ぎ合う決闘者のようであった。

 

 

 

 

 

●●●

 

 

 

 

 

【教えて!? ブルマ師範!! ぷち】

 

 

 

〇S2CA・スクエアバースト

 

 

 特攻とも言うべき捨て身の攻撃であった絶唱を、切り札と言うべき技術へと昇華させる装者たちのコンビネーション。

 その四人バージョン。

 奏を加えたこのフォーメーションは、彼女が身の内にある宝具【遥か遠き理想郷(アヴァロン)】の贋作を励起させることにより、他のフォーメーションのバージョンとは一線を画すものとなった。

 本来、S2CAによって響にかかる負荷は大きく、聖遺物との隔たりが少ないことによってそれが軽減されている彼女をもってしてなお危険性の高いものとなっている。

 しかし、奏が自身の魔術回路を起動させ、それで以って聖鞘(さや)の持つ癒しの力を意識的に引き出し、さらに響へとそれを伝播させることによって増幅された負荷を抑え、制御の難易度を下げることに成功した。

 

 これらはS2CAのコンビネーションパターンを模索する中で提唱・推測されたものであるが、『シンフォギアによる絶唱』と『魔術回路による宝具の起動』を同時に行うという前提に未知の危険性が予測され、最低でもS2CAそのものの安定した発動が確立されるまでは奏当人を含めた限られた人間のみが知る秘策として封印されていた。

 想定された危険性の中に、聖鞘の並列励起に失敗することでその機能が阻害され、響に預けている絶唱の負荷とは別にギアの装着そのものによる反動が奏の身に襲い掛かるという可能性も存在していたのだから、その扱いもむべなるかな。

 だが結果として、奏を始めとした装者たちは見事に成功へと到達し、勝利を掴み取って見せた。

 とはいえ、聖鞘を身に宿す奏自身からすればその力を十全に引き出したとは言えず、この辺りが課題であるというべきなのかもしれない。

 

 なお、前提として奏が自身の魔術回路を自主的に起動させることが必須条件であるのだが、こちらに関しては魔術の修練を行っているわけでもないのに割と簡単に成功させていた。

 元々、魔術回路というのは人生で初めて起動させる場合はそれなりに命がけであるのだが、大抵はその折に自分の中にスイッチを作っているので二回目以降はオンオフの感覚を自然と掴んでいるものだったりする。

 ちなみに、オンにするときのイメージは個々人によって違う。士郎が銃の撃鉄であるのに対し、奏は全身の骨格が丸ごと音叉となって震えるイメージである。

 ………なお、奏が何も言わなくても魔術回路のオンオフができるようになっているのを知った時の士郎の表情が遥か彼方を見ているような黄昏ているものであったのは割とどうでもいい余談である。

 

 

 

師「ちなみに、アニメ原作通りのトライバーストにしておこうかどうかかなり迷ったらしいわ。

 奏がS2CA発動時にアヴァロンを励起させるっていう発想自体は最初から確定していたのだけど」

α「その辺りの設定は決まってたんだな」

師「ただ、終盤の展開を考えてここで登場させるか温存しておくかで迷ったみたい。

 でも結局、完全なぶっつけ本番よりもここでチラ見せした方が説得力があるってことでお披露目になったみたい」

β「奏さんが力をあんまり引き出せなかったっていうのは、今回使うのを決めてから付け加えられたものらしいですね」

師「そういった『不完全さ』がちょっとした伏線になってるらしいわ。

 ……なお、回収できるかどうかは不明」

α&β「「えぇ……」」

 

 

 







切歌「今回、一番割食ったの自分だった気がするデース」


 と言うわけでお待たせしました。
 第二期二話目です。
 本当は3月中に出したかったのですが、間に合いませんでした。

 今回、ちょっとバトルシーンがあっさりしてしまったかなと思いますが、いかがでしたでしょうか。



・マリアVS奏(&翼)
 この物語を描く中で確実にやっておくべきだろうシチュエーション。
 自分なりに感じた二人のバトルスタイル的なものの違いを端的にでも表すことができたでしょうか?
 個人的にマリアは威力を集中させた技が多いイメージで、奏は広範囲を薙ぎ払うような技が中心なイメージです。
 この辺りは対人戦も想定していたマリアと、ノイズを倒すことを考え続けてきた奏の差かなと思っています。

・調乱入~響&クリス参戦
 前話でも触れていた通り、切歌はお留守番。……スマヌ、ちゃんと活躍させるから。多分(ェー
 というか乱入前のマリアの台詞……それお前が言うんかい。いや、言わせたの自分ですが(爆)
 しかしこのころの調はヘイト稼ぎそうな言動だからちょっと怖いですね。
 ……まあ、その分この後予定しているイベントが楽しみなのですが(邪笑)

・肉腫ノイズ出現~S2CA
 このノイズ、ホントに気持ち悪いな(爆)
 ちなみに奏が閑話で「魔術とか使う気はない」とか言ってるのに魔術回路を普通に開いていることに違和感を抱いている方もいらっしゃるかもしれませんが、これについてはあくまでも回路のスイッチをオンができるようになったからアヴァロンから力を引き出そうとしているのであって、士郎から魔術の手ほどきを受けているとかではありません。(多少のアドバイスは受けたかもしれませんが)
 専門的に魔術を研鑽しているわけでもないから、アヴァロンから力を引き出す効率もよくない感じです。投影した本人(士郎)じゃないってのも大きいですが。

・落ち込む響、励ます奏
 この辺りは本当に奏はお姉さん的な立ち位置だなと。
 ……この先の展開を考えると『これからも一緒に頑張ろうぜ!』的な励ましは後々になって刺さってくるよなーと他人事のように考えたり。

・士郎失踪発覚~ナスターシャと士郎の対峙。
 と言うわけで赤マント不在の理由がコレ。
 なんでつかまってるのかは次回にて。
 ちなみに切歌が調と一緒にマリアの助太刀に入らなかったのも、士郎がそこにいたからナスターシャの護衛のためです。
 ……まあ、そのせいで思いっきり出番的な割を食わされたわけですが。



 と、こんなところで。
 ここからはFGO雑談。

 新規に獲得したのは紫式部・高杉晋作・ライダー金時・キャスター酒呑・サンタコアトル。
 ヨハンナは来てくれなかったけど、黒幕社長は来てくれました!!
 あと、チケット交換分含めて今回のホワイトデーイベの声付き礼装が全部そろってたり。
 次のACコラボイベにはティアマトが来るとのことなので、それに向けて石と呼符を溜めているところです。……来てくれるかわかんないけど。



 さて、今回はこの辺で。
 次回からはオリジナルというか、原作の裏側の時間軸を舞台にするイメージですね。
 ようやく士郎がガッツリ絡んでいきますよ!!
 まあ、その反面、響たちの出番がしばらく控えめになりますが……(汗
 ともあれ、早めに出せればいいかなと思っております。

 それでは、また。




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