波乱と激動の【QUEENS of MUSIC】の夜が明け、陽の光は地の遍くものを照らしていた。
住宅、ビル、道、木々、行きかう人々、それ以外の動物たち……そして廃墟にも。
白亜と形容すべきだった外観を
『医療費の価格破壊』という謳い文句を掲げ、鳴り物入りで新設されるも幾つもの医療ミスが発生。挙句に院長が患者を殺害する事件まで起こり、惨憺たる実績を重ねて閉鎖された廃病院だ。
現在では心霊スポットとして扱われ、肝試し目的の人間以外が立ち寄ることはまずないだろう『死んだ施設』。―――届く日差しもまばらなその内部に、しかし明かりが灯っていた。
「―――、」
「お待たせしましたね」
白い電灯に照らされながら、五人の男女がある一室の前に屯している。
入室することに躊躇っている、と言うわけではない。そのままドア越しに、内部の人間と会話するためにそこにいるのだ。精神病棟の病室を改造した、即席の牢獄に放り込んだ人物と。
「居心地はいかがですか、ミスター・衛宮?」
「………最悪だ、と答えたら出してもらえるのか?」
白衣を着たメガネの青年が扉に設置された格子窓を通して士郎にそう尋ねる。言葉だけならば相手を案じているかのようであるが、その声音は明らかに自身の立ち位置を優位なものと認識した上で相手を見下しているものだ。その言外の嘲弄に、しかし士郎は意に介さず平坦な口調で返す。それを聞いた青年は、まるで往年のホームドラマか深夜の通販番組の掛け合いのように大仰に肩を竦めるリアクションをしてみせた。
「申し訳ありませんが、しばらくはこのまま大人しくしていただきます。
……人質に関しては、こちらでちゃんと手厚く保護させていただきますのでご心配なく」
青年の神経を逆撫でするようなリアクションも込みで謝罪を挟んだナスターシャが、膝上に乗せた白猫を撫でながら告げる。白猫の方は特に抵抗するでもなく彼女の膝を寝床とするように丸まっている。セリフから察するに生殺与奪を握られているような状態であるだろうに、実に剛毅なお猫様である。
「しかしまぁ、飼い主が閉じ込められているというのに、薄情なネコちゃんで―――ヒッ!?」
そのふてぶてしさに何を思ったのか、青年が白猫の頭に触れようと手を伸ばした。途端に眠っていたかと思った白猫が『シャァッッ!!』と牙を剥いて威嚇し、青年が慌てて手を引っ込める羽目になった。そのまま撫でようとしていたら、不健康に白い肌に綺麗な赤い線が平行に数本ほど刻まれていたかもしれない。
逆側から黒髪の少女―――調が『よしよし……』と撫でると、そちらの方はすんなりと受け入れ、気持ちが良さそうに目を細めていた。どうやら嫌われているのは青年だけのようだ。ある意味、とてもわかりやすい。
「~~っ……フン。ともかく、大人しくしていることですね。このクソ猫はともかく、その首輪がドカンとなるのはさすがに困るでしょう?」
先ほどまでの優越感を滲ませた態度とは一転して、忌々し気に吐き捨てる様に告げる青年。もっとも言っているうちにぶり返したのか、言葉尻は嘲りで跳ねるように上擦っていた。
一方で、言われた士郎の方は無言で喉を
それはただの枷ではない。任意で起爆させ、対象を殺害できる『処刑具』である。
「ボクお手製の『ギアス』、気に入っていただけると嬉しいんですけどねぇ」
「そうだな。センスがなさ過ぎて怖気が奔りそうだとも」
「……アァ? ホントに起爆させてましょうか?」
研究者然とした出で立ちの青年だが、頭に『神経質な』と付くタイプであったらしい。或いは単純に、感情の沸点が低いだけなのか。
士郎からの挑発ともいえないそんな返しに、過剰なまでに反応する青年。そんな彼を諫めたのは、やはりナスターシャであった。
「おやめなさい、ドクター・ウェル。そんなことのためにここに集まっているわけではないでしょう?」
窘められ、不機嫌そうに舌打ちを鳴らして引き下がる青年。チンピラじみた威勢を晒す彼を見据え、士郎はナスターシャの出したその名に眼差しを細めた。
「……【ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス】。見間違いの類ならよかったんだがな」
ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス。
フィーネが遺した『櫻井理論』の解析のため、米国から特異災害対策機動二課に出向してきていた聖遺物の研究者にして生化学者。
予定では本来、士郎も参加するはずであった『ソロモンの杖護送任務』に同行しているはずであり、顔合わせもそこでするはずであった。
「ここでこうしているということは、最初からそちらの人間だったか」
士郎は彼がナスターシャやマリアと肩を並べていることよりも、彼がその手に握っているものにその確信を得る。
士郎の視線に気づいたか、ドクターウェルは表情を勝ち誇る様な笑みに歪めてそれを掲げた。
細長くYの字型に枝分かれした灰色の外装を持つ
「『ソロモンの杖』……これは、このボクが持つに相応しい。欲でブクブク太った米国なんかにやっても、豚に真珠でしかありません」
「……ドクター。それは『あなたの』ではなく、『私たちの』戦力よ。勘違いしないで」
マリアからの指摘を受け、途端に不貞腐れたように押し黙る。ある意味で幼稚なまでに感情の発露を隠さないでいるが、それが仲間内の気安さや信頼に繋がっているように見えない辺り、明らかに
しかしそれはそれとして、士郎は冷静に状況を見定める。
(とりあえず、米国と繋がっている線はほぼ消えたか。ブラフの可能性も残っているが、それだったら確保したばかりのソロモンの杖をこんなにも早く使用する理由がない。
鹵獲した兵装をすぐさま使うなんて、余分や余裕がないって自分から言っているようなものだ)
無論、これも推論に過ぎない。そも、ソロモンの杖の特異性を鑑みればその程度の前提はあっさりひっくり返る。
だが、推論を補強する根拠はまだある。
(それに、
……まさか、本当にこの五人しかいないのか?)
車椅子に拘束されていた時も、そこからこの部屋に放り込まれた時も、二課の黒服のようなサポート要員と言う存在が影も形も見えない。こちらに規模を把握させないためだとしても、ここまで存在が感じられないというのは不自然に過ぎる。
そもそも士郎を車椅子に拘束するときもこの部屋に監禁するときも、動いたのはマリアを始めとした三人の少女だ。その三人共が装者であるのだが、こちらの抵抗を警戒するにしても、それならばむしろ俯瞰的な位置から監視している方がいざというときは動きやすいはずである。
かといって奴隷のような扱いなのかと言うと、そうではない。ドクター・ウェルはともかく、ナスターシャの態度は冷然としてはいるもののその端々には彼女たちへの情が滲んでいるし、マリアたちから彼女への態度はそれこそ母に対するソレと変わらないようにも見える。
ならばやはり、この組織はここにいる五人が全てということなのだろう。
……そこまで考えて、やはり不可解に内心で首を傾げる。
(目的も含めて、解らないことが多すぎるな……仕方がない、少しつついて見せるか)
士郎は敢えてため息を隠さず、控えめなれども分かる様に漏らしてみせた。
「……それにしても、『フィーネ』とは嘯いたもんだな。
挑発か剽窃かは知らんが、その意味が通じる人間なんて
口調そのものが挑発じみた物言いに、むしろ士郎の方が胸の内で辟易する。
こうした舌鋒を相手に披露するとき、どうにも
そんな士郎の秘した憂鬱はさて知らず、彼のその台詞に返ってきたのはドクター・ウェルの幾度目かになる嘲笑だった。
「ハッ―――挑発? 剽窃?
ノンノン。ノンノンノン! 違いますとも。………これは、純然たる事実の表明ですよ」
「なに……?」
逆撫でを通り越して神経を掻き毟るかのようなドクター・ウェルの言い回しに、しかし苛立ちよりも疑問の方が先に立つ。
怪訝な表情を浮かべる士郎に対し、ドクターウェルは狂気じみた笑みのまま声を張り上げる。
「そう!
一時の滅びより、器を変えることで何度でも蘇る―――永遠の刹那にあり続ける永久機関!!」
もはや研究者ではなく役者であるかのような素振り。その一方で、調と彼女の隣にいる金髪の少女……暁 切歌がそろって表情を曇らせる。
しかしドクター・ウェルはそんなことなどお構いなしに、まるでステージ上の司会者のようにある人物に道を譲る。その人物は、それに合わせて一歩前に出た。
「マリア・カデンツァヴナ・イヴ……まさか……」
声を固くするマリアの眼差しも、表情も、揺るがない。塗り固めたかのような、人形じみた無表情を保っている。
それをよそに、クライマックスの声音は高らかに。
「そのまさか! マリア・カデンツァヴナ・イヴこそ、新たな器!!
―――彼女こそ、今代の新たな『フィーネ』なのですッッ!!!」
……………
…………
………。
機能しなくなった病院の廊下の内を震わせた残響。
それがが消えて更にしばらく、マリアと士郎は無言で見つめ合う。或いは睨み合っている。
「………………ちょっと。もう少し何か反応したらどうです?」
雑音をよそに、士郎は目を逸らすことなく語りかけた。
「久しぶり、とでも言えばいいのか?」
言葉の割に、親しさの全くこもっていない声。それに対し、
「―――悪いけど、今の私にその感覚はまだないわ」
「む?」
「フィーネの覚醒は未だ不完全なのです。……今はまだ、マリアとしての意識の方が強いのですよ」
どういうことかと眉を顰める士郎に、今度はナスターシャが嘴を挟んでくる。彼女の言が正しいならば、目の前にいるのは『いずれ』フィーネになる『
士郎は改めて眼前の女性を見つめる。格子窓ごしに見る彼女の表情は、やはり冷たい無のそれだ。まるで、そういった仮面でも被っているかのように。
そのまましばらくして、小さく唸る。
「そういうこともあり得る、か……」
かつてフィーネを元の世界における『転生無限者』と例えたが、実際のところ『転生無限者』についてもフィーネの転生についても知っていることはほとんどない。
なのでそういうものだと言われ、理屈としてあり得るものだと考えられれば、
「旧交を温めに来たってわけじゃないなら、勢ぞろいで何の用なんだ?
まさかスカウトしに来たってわけじゃないだろう?」
「―――そのまさか、だとしたら?」
敢えての軽い調子を混じらせての言葉に、返ってきたのは肯定だった。
デジャブを感じさせるその台詞はナスターシャからのもので、その表情は冷然としたまま士郎を見据えていた。
その言葉に驚きを露わにしたのは、むしろ士郎よりも調と切歌の方だった。二人は目を見開いてナスターシャを見やる。一方でドクター・ウェルのほうは舌打ちを漏らして顔を背け、マリアはわずかに眉根を寄せるにとどまった。
「どういうことデスかっ、マム!?」
問い詰める切歌を一顧だにすることなく、ナスターシャは平然とこう続けた。
「ミスター・衛宮……いえ、衛宮 士郎。
どうか私たちに協力していただけませんか?」
その厳かですらある怜悧かつ冷徹な声音には、しかし彼女の真摯な誠意が込められていた。
その言葉に誰よりも激発したのは調であり、
「やめてマム!! こんな奴いなくても!!」
「そうデス!! アタシと調、それにマリアがそろっていれば……!」
「『
しかし追随する切歌もろとも、ただの一言で押し黙るしかなかった。
S2CA。
その膨大なまでのフォニックゲインの奔流……いや、嵐というべきそれは、確かに自分たちの『計画』をこの上なく後押しした。それこそ、福音といっても過言ではない。
だが同時に、これ以上なく自分たちと彼女たちの間にある〝差〟というべきものを見せつけてもいたのだ。
自分たちでは
しかしややあって、調の口から絞り出すような声が漏れる。
「でも……だからって……」
そうしながら、調はその視線を士郎の方へと滑らせ、敵意と怒気をふんだんに含ませた視線を彼に放つ。
彼女の刃のようになった眼差しが、士郎の鷹の目と交差する。
瞬間、二人は示し合わせたわけでもなく同時に同じ日時へと意識を遡らせた。
【QUEENS of MUSIC】の前夜。
星と月の下で、刃の衝突を火花と散らせたその一時に―――。
***
再開発予定地区。
公的にはそう呼称されているその地域は、先のルナアタック事変にて被害が大きくも復旧が後回しになっている場所のことだった。
かの事件による被害は相当であり、それこそ収束直後は大規模災害時並みに都市機能が麻痺してしまっていたほどである。
三か月余りの時間はそれらを幾分か癒すことはできたものの、それでも手が届かぬ部分というのはどうしても出てきてしまう。
そもそも人手・資材・予算・時間といったものそれぞれにリソースという概念が存在する以上、優先順位というものは不可避である。そして必然、その順位が低ければ復興の手が遠くなる。
ここもそうした場所の一つであり、同じ形をしたマンションの棟がいくつも乱立した集合住宅地であった場所である。
元々は中心部からほど近い場所にあったこともあり新規の入居希望者も多い人気の場所であったのだが、それが災いして小さくない被害が出てしまった。
幸いにして人的被害はさほどではなかったのだが、代わりに物理的な被害が大きく、ともすれば一棟が丸ごと倒壊してしまったところもある。それでなくとも大きな破損は少ないとはいえず、結果として住人を帰すこともできずに廃棄される運びとなった。
そして先も述べた通り人材も予算も有限である。電気・ガス・水道といったライフラインのように必須というわけでなく、早期のリターンも見込めない。即物的というなかれ、消費したリソースを回収できなければ、その分だけ国はやせ細ってしまうのだ。療養しても栄養を補給しなければ健康体に戻れないということである。
その上、まずは頑健に作られたマンション群の取り壊しから着手しなければならない。こうなれば後回しとなってしまうのもむべなるかな。
そんな寂寞たる無明の姿で立ち尽くすマンション群の、一棟。
本来はマンションの屋上とは思えないような緑豊かであっただろう庭園は、今は別の意味で屋上とは思えないような場所へと変貌を遂げていた。
アクションゲームの足場ブロックのようにきれいに形を整えられていただろう植木は、好き勝手に枝が伸び放題となっており、同じく枝落としのされなかった木々とそろって好き勝手に成長していた。まるで絨毯のように整えられていただろう芝も、今は所々がぼうぼうと伸びていたかと思えば逆に地肌の土を露出させていたりと、不格好にまだらな有様を晒している。さらには元々あってどこぞに植えられていたのか、それとも風か何かで運ばれた種子が成長したのか、種類も判然としないツタが葉を茂らせながらまるで油が紙や布時に滲むかのように辺り一面を侵食していた。
そんな、手入れが無くなり荒れ果てた屋上テラスのベンチで、二人の少女が並んで座っていた。
調と切歌である。
「「―――、――」」
二人は時折プラプラと足を揺らしながら、声を揃えて歌を口ずさんでいた。
曲名は『Dark Oblivion』………マリア・カデンツァヴナ・イヴをデビューよりわずか二か月でスターダムにまで押し上げた、代名詞とも言える楽曲だ。
端末などでそれを聞いている様子はなく、アカペラだけで声を揃えている様は可憐であり微笑ましくもある。
と、その歌が不意に中断させられた。
遮ったのは、重苦しく軋むような金属の擦過音。
出入り口であるエレベーターのエントランス、動くことのないエレベーター横の非常階段用出入口の鉄扉がその発生源だ。
こちらもまた手入れも人の出入りもなくなった影響で急速に劣化して所々ペンキの剥げた部分から少しずつ錆びていき、開閉の度に断末魔じみた開閉音が殊更に大きく響いている。
鉄扉をくぐり、七分開きの状態で止まっている自動ドアの隙間を縫うようにして屋上に姿を現したのは、燃え尽きた灰のような白い髪と浅黒い肌の長身の青年……士郎だ。夜気を含んだ高所の風で薄手のコートを軽く翻しながら、ザシャザシャと落ち葉やツタを踏みしめ進んでいく。
その姿を捉え、調と切歌の表情が険を帯びる。そこに込められたのは敵意と戦意。
その眼差しに早々と気付きながら、しかし無言のまま突き進んでは二人からやや離れた位置で立ち止まる士郎。彼が口を開くよりも先に、切歌のほうが口火を切る。
「よく来たデス、エミヤ シロー。……と、言いたいところデスけど!」
言葉の末尾と同時、彼女は身を前後に大きく振った勢いで軽く跳ねる様に椅子から降り立ち、まるで撃ち抜くかのように威勢よくビシリと士郎を指さした。
「遅い! 遅すぎデース!!
いったいどれだけ待たせるつもりデスか!! それとも、人質のネコちゃんはどうなっても良いとでも言うつもりデスか!?
思っていた以上にハクジョー者のヒドイ奴なのデス!!」
非難がましく睨みながらはっきりと言い放つ切歌。一方で、遅れて調の方も立ち上がっていた。こちらは無言ではあるが士郎を見る眼差しは切歌以上に鋭く、そして冷たい。単純に非難しているだけというよりも、そもそもの嫌悪が強いように感じられた。
それらを受け、しかしどうしてだか士郎の表情は呆れと若干の疲れが入り混じったモノになっている。それが調からすれば殊更に不愉快なものであるのだが、彼からすれば無理らしからぬ反応であった。
「……誘拐犯の吐いていいセリフではないと思うんだが」
その指摘に、切歌は『ぬぐっ!?』と呻きながら言葉を詰まらせ、調の方も苦いものを口に含んだかのように眉を歪ませる。
切歌が漏らし、士郎が指摘したとおり、彼女たちは士郎の住む部屋から彼の飼い猫を攫っていた。
そして置手紙を残し、この場所へと誘導した……のだが、彼女たちが提示した時刻からは既に一時間以上が過ぎている。
その事が元々強かった彼への敵愾心をより強く燃え上がらせる結果になったのだが、士郎当人からすれば盗人猛々しいことこの上ない。
「それに、だ」
そしてそもそもの話として。
この場に遅れてしまったことだって、彼からすれば不可抗力でしかなかった。
士郎はため息を抑えつつ、二人の小柄な姿を見据える眼差しをどこまでもフラットなものにしながら四つ折りにした紙を取り出し、彼女たちに見える様に広げた。
「誤字脱字、文法の間違いがさして長くもない文章の中に複数。というか、それ以前に汚すぎて判読にすっごく時間がかかったんだが?
………というか、これは二心なく心からの助言だが、せめて数字だけはちゃんとしっかり丁寧に書きなさい。『7』か『9』のどっちが書いてあるのか迷った挙句、どっちでもなくって『4』でしたとか、流石にどーしよーもないんだが?」
余りにも、真っ当すぎる抗議。
そう納得せざるを得ない、翳された紙に踊る……それこそ、本当に文字に盆踊りとブレイクダンスちゃんぽんさせてレッツパァーリィー! させたんじゃねぇーのかってレベルで踊りまくっている字の羅列。
解読にゴリゴリと削られたのは体力と忍耐どちらが多かったのか、これを読み解いて目的地にまで辿り着いた士郎の苦労がよくよく偲ばれることこの上ない。
さて、そんな正当すぎる指摘をピッチャー返しよろしく直撃させられた切歌はというと、
「……………………………………………………………ぁー………………」
顔を真っ赤にしながら固まり、声にもならないような呻きを虫の羽音のように零すことしかできなかった。正にぐうの音も出ないとはこのことで、額に入れて飾りたいほどのお手本だ。
その隣で調も表情をわずかに微妙なものに変えて視線を逸らしていた。こちらもやはり顔を朱に染めている。親友であり家族である無二のパートナーとはいえ、さすがにフォローのしようがないらしい。
居た堪れない空気を醸し出し始めた二人の姿に、士郎は毒気を抜かれて今度こそため息を晒した。
「とりあえず、ウチのチビスケを返してもらおうか。悪戯にしては度が過ぎてるが、何か事情があるってんなら話くらいは聞いてやる」
曲りなりにも不法侵入の
当然ながら士郎とて当初はそのつもりではなかった。しかし、実際に目の当たりにした犯人の姿が響たちと同年代……あるいはそれよりも若干下回るだろう少女たちで、その言動もなにやら悪意が感じられるようなものでなかった。結局、緊張感というものが萎えてしまったのだ。置手紙によって振り回されたことによる気疲れというものが、それなりに嵩んでいたことも理由として大きかった。
(さすがに親御さんに黙っておくのはマズいが……まあ、理由によっちゃひどいことにならにように説得するくらいはしてもいいか)
無論、こちらから説教をした後の話であるが。この辺りの考えは流石に甘すぎるきらいは否めないが、彼女たちの言葉尻から
ともあれ。
そんな風に士郎が考えていた、その時だった。
「―――悪戯なんかじゃ、ない」
幼さの残る少女の声音で、底冷えするような怒気を孕んだ声が耳朶を叩いてきた。切歌よりも更に一歩二歩と進んだ調は、先ほどまでよりもさらに険しさを増した眼差しでこちらを睨みつけていた。
どうやら、先ほどのこちらの言い草が彼女の逆鱗を逆撫でしたらしい。そんな調に隣の切歌が慌てた様子を見せる。
「し、調!?」
「大丈夫だよ、切ちゃん。ここは任せて」
言いつつ、首元から何かを引っ張り出す。首にかけていたのだろう、握りしめた手からは紐が垂れ下がっている。
士郎は怪訝な表情を浮かべつつも、体の方は自然と戦闘態勢へと移り始めていた。その条件反射じみた肉体の判断が正しかったことを、士郎は次の瞬間に自覚と共に痛感することになる。
調は掲げた拳越しにこちらを睨み続けながら、その手の小指と薬指だけをゆっくりと開く。すると握りしめられていた『なにか』が、紐によって揺らされながら垂れ下がる。
―――それが何なのか。
士郎は良く知っていた。
「………。
正確には、その核たるもの。
装者がギアを纏うための小さな赤い円柱型のコンバーターだ。
調はそれを掲げたまま瞑目し、一息。
そして。
「―――Various shul shagana tron」
黒を基調としたスーツと装甲、そこに差す鮮やかな色彩は桃色。脚部はほとんど円柱のような形状であり、あえて靴としての印象で言うならばハイヒールよりも爪先立ちのトゥシューズの方を想起させられる。
何よりも特徴的なのは頭部。二つに分けて左右それぞれにまとめられたツインテールの、それぞれを装甲で挟み込む形で構成されているのは一対のスタビライザーだ。
翼というよりも刃のような鋭さを彷彿とさせるそれは、どちらか片方だけでも当人の身長の半分以上の大きさを有している。
目の前に現れた新たな戦姫。
未知なる力の顕現を目の当たりにして、目を見開く士郎に対し、スゥッと瞼を開いた調は眼差しを氷で出来た刃のようにして彼を見据えた。
「教えてあげる。悪戯でも、遊びでもない。―――あなたたちのような、偽善でもないってことを……!!」
直後。
紡がれる歌を伴って、頭部のスタビライザーが蓋を開くように展開する。
そこに納められていたのは、甲高い音を立てて高速で回転する無数の円盤だった。噛み合うように二枚一組と一枚が交互に納められている様は、歯車でできた大顎のよう。
そんな連想も、次の瞬間には文字通りに弾けて消える。
―――α式・百輪廻
一斉に放たれる大量の回転刃。主の敵意を攻撃力に変換したその全てが、冷たい秋口の夜気に染まりつつある大気を切り刻んで高速に直進する。濃い桃色の外周が描く軌跡が網膜に焼き付くよりも先に、士郎の体は迎撃に動き出す。
「っ、
手にしたと同時に振るわれる夫婦剣。黒白の剣閃が桃の刃を弾く耳障りな金属音がどしゃ降りのように空に響く。防がれ、逸らされ、あるいは空ぶった無数の刃は屋上庭園の床や植木に食い込んでいく。
予想外の事態でありながら、戦闘態勢に入ったことで士郎の頭は自然冷たく冴えていく。そうすると、気付いたことがある。たった今、弾き返した刃の群れ………その特異さだ。
士郎はこの世界の先史文明由来の聖遺物を詳細に〝解析〟することはできず、聖遺物の欠片からなるシンフォギアやそのアームドギアに対してもそれは同じであった。しかし放たれた刹那に強化された彼の眼はソレを見定め、弾いた腕に残る骨に響くような痺れがその裏付けとなっていた。
鋭い刃を円形にしただけの
「………それが、『魔術』?」
こちらの思考を断ち切る様に、調がその身を〝発進〟させる。筒のような足を忙しく動かしての疾駆ではない。おそらくはローラーが形成されているのだろう、両足で交互に体を押し出すように滑らせる高速の滑走である。
ギャギャギャギャギャリィィィッッッ!!! と、耳障りな甲高い音を奏でて屋上の床に轍を刻み、蔓延るツタをバラバラに裁断しながら、瞬く間に士郎へと肉薄する。同時に、頭部のスタビライザーが再び展開……否、
「な―――」
「そんな手品、叩き潰してあげる……!」
―――γ式・卍火車
宣言と共に振り上げられたのは、二つの巨大な円い刃。物理法則を完全に無視して顕現し、片方だけであっても少女本人の全身を使っても隠し切れないだろう
「やはり
そんな言葉を吐き捨てるよりも先に、濃い桃色のギザギザが一瞬で消失して見えるほどの高速で回転を始めた。
黒白の刃を重ね、振り下ろされる高速の回転刃を受け止めた瞬間、溶接もかくやとばかりの眩い火花が盛大に迸る。
(ッ、厄介だな……!!)
腕どころか骨に直接響くような衝撃の連続に、士郎はしらず奥歯をギシリと軋ませた。
『刃で対象を切断する』という行動において、そのプロセスは用いる刃の種類によって大きく異なる。
例えば一般的に想像される西洋の両刃剣や斧の場合、その重量・質量を主に利用することによって対象に対して刃を楔のように強引に打ち込み、叩き割るというものになる。両刃剣や斧がしばしば打撃武器に分類されることがあるのは、この性質による。
日本刀を始めとする一部の曲刀などの場合、切断力は重さよりもその刃の鋭さに起因する。刀身の反りと刃渡りを利用し、滑らせるように引くことによって断ち切るのだ。振り抜く時の速度や対象に対する刃の角度など、その能力を発揮するために扱う側が求められる技術力や繊細さの基準が非常に高くなりやすいのが大きな欠点か。
………ならば。
翻って、『鋸』はどうであるか。
敢えて武器に限らず分類するならば、ノミや
その理由は大工や木工のための道具という意味合いでなく、その性質からだ。
鋸の刀身をよく見れば、種類によって細かな差異はあれども無数の小さい刃が直線的に並ぶことによって特徴的なギザギザが形成されているのが解かる。このギザギザを対象に押し当て、一定の方向に引くないし前後させることを繰り返すことによって対象を切断する。
そのプロセスをもう少し詳しく解いて言うと、『極小の刃が連続して切りつけることによって少しずつ櫛削っている』というものだ。とどのつまり鋸とは前二つの例とは違い、対象を削るあるいは抉ることによって分割する刃物である。
さて、この鋸の性質の切断力を特定の動力を用いて機械的に発揮しているのがチェーンソーや
仮に、これを武器として振るわれた場合、それを防がんと剣などで受け止めた側には盛大な負荷が掛かることになる。
―――より具体的に言おう。
高速回転する刃の群れを受け止めた場合、
それも強固な鉄筋コンクリートすら容易く切断できてしまうような、大出力と高速度の連撃を。
「チィッ!」
舌打ちもそこそこに、士郎は双刀を弾かれると同時に鋭く飛びずさる。半ば自分から手放す形となったが、無理に保持して防御を続けていれば、それこそ握力を失って刃を体に食い込ませる羽目になりかねなかった。事実、数秒も経過していないというのに二つの掌の感覚がひどく朧げになってしまっている。
だがそれを逃さないとばかりに、調はローラーの出力に任せて間合いを強引に詰め、
「やぁあああっ!」
「っ、づっ!?」
その勢いのまま円柱のような右の脛を士郎の腹部に炸裂させた。
成年男性を宙に浮かばせて盛大に弾き飛ばす音は、巨大な和太鼓を全力で叩いたときのそれに近いか。メートル単位の飛距離を出した士郎の体は、蓬髪のように好き放題に枝葉を伸ばす茂みをマットとして着地した。無数の細い枝が纏めて折れていくベキベキという音が、まるで控えめな喝采のように打ち鳴らされる。
「………、ふぅ」
緊張と疲労を一緒くたにして調が静かに吐息を漏らす。その後ろで、飛び上がって本物の喝采を上げるのは切歌だ。
「やっっったデェーーース!! 調の勝ちデェーーース!! あんな奴、大したことなんてなかったデェーーーーース!!!」
見ずともわかるほどにはしゃぎ回る切歌の歓声。それこそ、我がことのようにと言った様子だ。手元にクラッカーがあれば束で鳴らし、シャンパンがあればコルク栓を盛大に打ち上げていただろう。
そんな親友とも家族とも言える相方の反応を背に受け、調は思わず微笑んだ。そしてその歓喜を真正面から受け止め、共に分かち合おうとして、
「―――なるほど。シュルシャガナ……戦神ザババの赤い刃か。
察するに、櫻井の忘れ形見と言ったところか」
茂みを揺らしながら聞こえてきた声に、一瞬でその細く整った眉を顰めさせた。それは切歌も同じであったようで、『わっ!?』と思わずといった風に声を上げると、不機嫌そうに睨みつける。本人としてはこれ以上なく苛立ちと敵意を乗せているつもりかもしれないが、実際は傍から見れば可愛らしいとしか言えない有様である。
二対の剣呑な眼差しを受けながら、士郎はバキバキと細い枝をいくつも折りながら立ち上がった。
「「―――!」」
そのまま腕を持ち上げる士郎に二人はビクリと身を震わせて身構えるが、肝心の本人は構わずあちこちに引っ掛かった小さな葉っぱや欠片のような枝を埃ごとパンパンと払い始めた。
呑気ともいえる行動に呆けてしまうが、士郎はそれすらも頓着せずに服の汚れを払っている。
調たちの方を一瞥もせず。
まるで、気に掛けるほどでもないと、言葉にすらせずに表しているかのように。………それは、調の神経をさらにささくれさせるには十分すぎるものであった。
「………バカにしてるの?」
抑えつけた苛立ちのままに、そんな言葉を投げてしまう。挑発など赦さないと、自身を律する余裕すら削られ始めていることを自覚できないままに。ともすればよくできた人形のようですらある冷然とした表情すら、騒めく心のまま僅かに崩していると、
「いいや、掛け値なしに言おう。君は強いよ」
返ってきたのは、そんな
「―――、は?」
鳩が豆鉄砲を食ったよう、とはこのような感じか。予想外の言葉に、調は言葉を失って眼を瞬かせるばかりだ。
それをよそに、顔を背けたまま士郎はさらに続ける。
「機動力も攻撃力も悪くないし、遠距離にも近距離にも対応できる。………なるほど、改めて言葉にすれば相手をするに厄介極まりないな。
そしてそれを使いこなすだけの実力もある。純粋な練度だけを見れば、翼や奏にだって引けを取らないだろうな」
「………」
相対している相手からの、『手放し』と頭に付けてよいほどの賞賛。薄気味悪さすら覚える出来事に、調は却って冷静に警戒を募らせた。
どういうことなのかと、その狙いを推察する思考を遮ったのは後方で見守ってくれていた彼女の相方にして親友の声だった。
「フ、フッフッフッ………調の実力、思い知ったかデェーーース!!
おとなしく降参するなら、今の内デェーーーーーース!!!」
例え誰からのものであれ、大切な相方が褒められるのは何よりも嬉しいのか。喜色満面と言った様子で声を張り上げる切歌。
気を良くした様子での降伏勧告に、士郎はやはり顔を上げないままに、
「そうか……なら、オレはその逆を言わせてもらう。
―――全力を出せ。全霊を絞れ。出せる手札を惜しむな」
これまでで一番、不可解に過ぎる言葉を放ってきた。
予想しようもない返しに、切歌は『はいデス?』と思わず首を傾げてしまう。
一方で、調はいよいよ不気味さに総毛立つ。
突然の賞賛を経てのこの言葉は、彼女からすればあまりにも意味不明に過ぎた。どんな意図を以っての言葉なのか、見当がつかない。
「………、何を言っているの?」
或いは、問答無用で攻撃するべきなのかもしれない。言葉でここまで精神をかき乱されているならば、こうして言葉を重ねるのは明らかな愚行と言えるかとも。
しかし調は何故かそれができないまま、しかし体の方は臨戦態勢に移行するのを止められなかった。
「わからないか?」
そこで、士郎がようやくその顔を調へと改めて向ける。
―――ところで、調……【月読 調】は確かに士郎が評したとおりに相応の実力を有している。
FISが保有していたシミュレーターは現在の二課にもない設備であり、本物に限りなく近いノイズを再現可能。更には様々な地形や巻き込まれた一般人なども出力でき、あらゆる状況を想定した訓練を可能としている。
さらには、マリアや切歌といった装者同士での戦闘訓練も重ねており、総合的な練度はそれこそ奏や翼たちにも引けを取らないだろう。
その本来の真価は相方である切歌とのコンビネーションにこそあるのだが……単独での戦闘能力についても、先の士郎との一当てを見るに決して侮れるものではない。
………そう。
月読 調は強く、そうあるだけの訓練を重ねてきた。
血も涙も溢れるほどに流し、苦悩も挫折も乗り越えて。
故に/しかし/だからこそ―――
「―――ここから先は、半端な加減をしてやれる保証はないと言っているんだ」
本当に、物理的に切っ先を体に突き込まれたかのような感覚。
赤熱化した鉄のようにも、気体が凝固しそうなほどに冷たくも感じられるナニカ。
―――正真正銘本物の殺気と戦意。
そんなものを、真正面から浴びせかけられたのはこれが初めての体験であった。
「―――っ、」
調の後方にいる切歌が、思わず呼吸を静止させられる。或いは、心臓すら一瞬止まっていたのかもしれない。
離れていた彼女ですらそれだ。まともにそれを受け止めてしまった調は、完全に頭の中が真っ白に染まってしまう。
いや、あるいはそちらの方が都合がよかったか。思考が停止した調の体は、その生存本能に従って駆動を再開させる。
「―――ぅああああああああああああああああッッッ!!?」
―――α式・百輪廻
反射的な行動が、逃避ではなく迎撃であったのは体に染みついた戦闘技能によるものか。
窮鼠のような行動爆発は、彼女の中から余裕を取り払っているがゆえに全力だ。顎を開くように展開された二つのスタビライザーの内側では、それこそ噛み合うように配置された乱杭歯じみた円い刃がを咆哮のような
それは鋼で出来た群蜂が今にも飛び立たんと羽を震わせて控えているようであり、火花を散らしながら上昇する回転数はそのまま込められた自衛本能由来の無辜の殺意を現している。
幾重にも重なる甲高く耳障りな金属の合唱。それが放たれれば、士郎は五体と言わず無数の肉塊へと裁断されてばらまかれるだろう。
スタビライザーの変形と展開からそれが実行されるまでは秒をさらにコンマで区切るほどの時間しかなく。
ギュ、ゴッッッッッッッ!!!!!! と。
その刹那の間隙を、猛禽のように二矢が居抜いた。
「イ、ギッ…………!!?」
瞬間、調は何が起こったのかわからないままに体を強制的に仰け反らされた。彼女からすれば、突然頭部から衝撃が走ったようにしか感じられない。むしろ、仰け反るだけで済んだのはシンフォギア由来の超人的な身体能力と彼女自身の平衡感覚の賜物だといえる。
訳が分からないまま、しかし彼女の思考は未だに真っ白に漂白された状態が続いていた。むしろ、
故に、仰け反った身を戻しながら彼女は中断された行動……士郎への全力攻撃を果たそうとした。
「調っ、ダメッッ!!!!?」
それを。
傍観者だったからこそ何が起きているか把握できていた切歌が悲鳴じみた声で押し留めようとしていた。
彼女の瞳に映っているもの―――それは
無数の丸鋸が放たれる寸前、士郎は一瞬にして弓と二つの矢を投影。更に即座にそれを射放ち、スタビライザーの
初速で音速を超える人外レベルの射は、それこそ対戦車ライフルの弾丸レベルの威力を持っていただろう。それをほぼ同時に二発受け、仰け反った状態に抑えそこから即座に復帰できたのは驚嘆すべき実力であり、同時にどうしようもない悪手であった。
物理法則を超越しているように見えるシンフォギアの武装も、具現化されたものについては相応に構造的な特徴を有している。
故に、
………具体的には、突き立った矢を半ば噛むように閉じかけているスタビライザーのように。
直後。
バギャガガガガガガガギャギィッッッ!!!!!!!!! と。
無数の刃が閉じかけた蓋の内で暴発した。
「キャァアアアアアア―――ッッ!!?!?!?」
連続しながら掻き鳴らすように響き渡る不協和音に、甲高い悲鳴が混じる。
この場合、完全に閉じた状態ではなかったことが彼女にとって不幸だったのだろう。
半ば以上閉じかけている状態であるが故に、カバー部分と噛んでいる矢そのものが障害となって軌道を歪ませ、ともすれば刃同士が衝突して調の頭上で弾けていく。さらに位置的には調本人では把握するのが難しい位置だったのもダメ押しとなったのだろう。衝撃とともに、元から失われつつあった精神的な余裕が加速度的に消失していく。
スタビライザー本体にもダメージを及ぼす暴発だったが、それが調本人に直接的な被害を齎すことがなかったのは不幸中の幸いというよりも望外の僥倖だと言えただろう。互いに弾き合う刃は、その暴力の全てを彼女の周囲へとばらまいていた。
「調―――ウアッ!?」
思わず声を上げる切歌だったが、そんな彼女の足元を割れて拉げた金属片が勢いよく擦過する。切歌本人に届くものではなかったが、それでも火花すら散らしてすぐ近くで跳ねる暴走した凶器に、思わず悲鳴を漏らしてしまう。
だがそれが、図らずも調の理性を引き起こすことへと繋がった。
「切ちゃん!? ―――クッ!」
直上の暴発がやむと同時、調は疾走を再開する。その軌道は、士郎を中心として旋回する形だ。
彼女が士郎へとまっすぐ吶喊していない理由は二つ。
一つは、士郎の射撃の狙いを少しでも定めさせないため。もう一つは、切歌から引き離しつつ彼女から意識を逸らさせるためだ。
(切ちゃんは傷付けさせない……!!)
それは聴く者が聞けば手前勝手にすぎる主張かもしれない。それでも、調にとっては何よりも大事なことであり。
「ハアアアッッ!!」
同時に、彼女の闘志をこれ以上なく燃え上がらせるには十分だった。
文字通りに火花を散らしながら弧を描いて肉薄する最中、彼女は再び武装を構築する。
―――γ式・卍火車
スタビライザーが変形して延びたアーム、その先端で絶叫のような駆動音を響かせて回転する巨大な円刃。
少女の矮躯そのものを覆うほどの刃が、人体に叩き付けられようとしていた。
先の攻撃と言い、まともにぶつかれば人体を凄惨に引き裂く攻撃。それを繰り出す躊躇をたまさかに失いながら、調は両の大輪を士郎へと叩き付け―――
「―――シッッ!」
「クゥッッ!!?」
―――鋭い呼気とともに、
ギャガガガギィンッッッ!!! という耳障りの悪い金属音を響かせ、調は振り下ろそうとしていた刃を弾かれたことを認識した。
それも、ただ単純に弾かれたのとも違う感覚でだ。
(なに、が………?)
怪訝に思う調の目に映ったのは、黒塗りの弓矢でも黒白の夫婦剣でもない。まるで血の滴る心臓を伸ばして作ったかのような、禍々しいほど朱い槍の姿だった。
その姿が目に映ったかと思えば、次の瞬間には朱いレーザーのような軌跡を残像と置いて連突が繰り出される。
即座に奔る、衝撃の連続。頭部から首筋に伝播する感触によって、調は違和感の正体を看破した。
「まさか、
そう、高速で回転する鋸刃ではない。刃の側面、刃と接続する基部、或いはそれを動かすアーム部分……そういった、刃ではない部分を連続して突き上げているのだ。
掛かる衝撃が、繰り出される刺突の一つ一つに砲撃を連想させる。それを瀑布の如く浴びせかけられている状態は、刃を振り下ろすどころか調の体幹を揺るがしてそのまま転がしてしまいそうなほどだ。
「、ッッツ!」
舌打ちを漏らし、ローラーを逆に回転させて距離を取る。
その直後。
体勢を立て直そうとしたその瞬間に、追撃の準備がすでに完了している様を目の当たりにした。
「―――ッッ!?!?」
驚愕も、それによる絶息も、すでに何度目か。
一瞬前まで、その長身と変わらぬ長さの槍を構えていた両手。しかしすでに、そこには黒塗りの弓と矢が握られていた。目を離した隙に、どころではない。瞬きをしたほんの一瞬……それこそまるで映画フィルムのように連続する絵を差し替えたかのように、一瞬で切り替えていたのだ。
引き絞られた矢が放たれるよりも先に、前に翳した巨大鋸刃を盾にできたのは僥倖であった。篠つくような矢の雨が、槍の瀑布と差異のない衝撃を調の体の芯まで揺さぶってくる。
(押し、切られる……!?)
穂先の瀑布。
鏃の豪雨。
受け続けるばかりでは、いずれ削り取られるのはどちらによってか。
「っっっ! こ、のぉ―――!!」
足のローラーの出力を無理矢理に引き上げ、数瞬の空転を挟んで前進する。
刃を盾にしながらの進軍。三度目の肉薄に、士郎の間合いが弓から槍に変わるその刹那。
「―――、はああッッ!!!」
「ム、」
その軌道を急角度で横にずらし、その視線から一気に外れた。隙間を縫うというよりは針の穴を通すかのようなギリギリのタイミングでの回避は、見事に瀑布と豪雨の狭間を突っ切った。
「―――、―――!!」
迸る激情のままに喉を震わせ、世界すらも切り刻まんとする裁断の歌を熱唱する。彼女はそのまま、再び士郎を中心としての高速旋回を開始。そして、それだけではない。未だ顕現したままの頭部の大型円鋸……その二つのアームをそれぞれ左右に伸ばしたのだ。
ヤジロベエを彷彿とさせる状態で、調が旋回の最中に大きく体を傾ければ、それぞれが軌道上に触れるものを切り裂いていく。
片方は床を削り、深い轍として残しながら大量の粉塵を巻き上げている。もう片方は野放図に伸びきった植木の太い幹そのものを一瞬で寸断し、屋上に青々と茂った枝葉の全てを叩き付ける様に倒れ落ちていく。
大量の粉塵を、大槌を振り下ろすかのように叩き付けられる樹木が盛大に巻き上げる。………そうすれば、白くいがらっぽい煙幕が士郎を分厚く包み込んでいた。その姿を、ほぼ覆い隠して見えなくしてしまうほどに。
それは裏を返せば、向こうからもこちらが見えていないということで。
(今―――!!)
士郎の影が見えなくなったその一瞬。調は頭部から延びる一対のアームを再び動かし、大上段に振り上げながら士郎がいただろう位置へと今度こそ吶喊する。
士郎の怒涛とも言える迎撃。それが槍によるものであれ弓矢によるものであれ、その本質は手数や物量ではなく正確性にこそあると調は看破していた。より正確に言えば、頭で理解していたというより肌で感じ取っていたというのが正しい。
故に、こちらを知覚できない状態で攻撃をしかければ、迎え撃つことはできたとしても先ほどのように完全に圧倒することはできない。仮に受け止めたとしても、最初の攻防のように回転刃の出力と性質に弾かれるだけである。
(だから、これで決めるっ!!)
ローラー走行の脚部で、しかしギアによる超人的な身体能力によるごり押しによって高く跳躍する。
そのまま伸身の一回転で以って遠心力と重力による勢いを乗せ、
「あぁああああああああああああああああああああッッッ!!」
裂帛を伴った、大丸鋸の同時二連を振り下ろした。
シンフォギアの機能が生み出した、常識はずれの大質量斬撃。人体はおろかその下のコンクリートと鉄筋の強固な構造体そのものを割断するだろう鋼の双撃。
「――――――ォオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!」
それを。
咆哮を巻き込んで振り上げられた無骨な岩の刃が迎え撃った。
確かに、士郎からすればまともに受ければ生半可な武具や防具では弾き飛ばされ、防御に徹することなどできないだろう。
だが、これに対する彼の解答はひどくシンプルだ。
―――弾かれようが何だろうが、繰り出される攻撃以上の威力と質量で迎え撃ってぶつければいい。
瞬間、もはや形容すら難しい衝撃波のような轟音とともに、立ち込めていた粉塵の煙幕が吹き飛ばされて散っていった。
「、ヅゥッッッ!!」
「―――ぁ」
結果は、地に足が付いていたかの差か。
士郎はまるでホームランを打ったバッターのように振り抜いた巨大な岩の刃を放り出し。
調は野球のボールのようになだらかな山なりの弧を描く形で弾き飛ばされていた。
そして大きすぎる剣が屋上を揺らすほどの轟音と共に転がるのと、調の体が屋上庭園を囲うフェンスに激突するのはほぼ同時だった。
「あ、ぐっ!!」
二重構造のフェンスの内、手前の金属製のフェンスが調がぶつかったところを中心に基部がコンクリートから引き抜かれて拉げていき、更には奥の強化ガラス製の塀にぶつかって蜘蛛の巣よりも細かい罅を広い範囲に奔らせていく。もうすこし射出の角度が違っていれば、それこそ場外ホームランになっていたかもしれない。
まるでキャッチャーミットのように調の体を受け止めたフェンスは、大きく歪みきって出来損ないのハンモックのようになっている。
「っ、ぅあ………」
ギシリ、と身じろぎでフェンスだったものを軋ませながら調が呻く。実際のところ、ギアのおかげで体そのものにダメージはほとんどない。ただ衝撃に意識が揺らぎ、そのせいで視界が明滅している。
ややああって、調が意識ごと揺らいでいた焦点を復帰させれば。
「―――あ、」
思わず、呆けたような声を漏らして硬直してしまう。
見開いた視界の先、悠然と立つ衛宮 士郎の周囲にはいくつもの剣が浮かんでいた。
片刃のものもあった。
両刃のものもあった。
西洋のものもあった。
東洋のものもあった。
刃渡りの長いものもあれば、分厚く幅広いものもあった。
それらが、まるでランチャーに装填されたミサイルのように調へとその切っ先を向けて静止しているのだ。
「………」
「……っ!」
じっと、こちらを見据える鷹のような眼差し。
己を狩る瞬間を目の当たりにしてしまった小動物になったかのような心持ちで、調は声を詰まらせた。
そして。
「………ふぅ」
「、え?」
一息。
たったそれだけで、士郎は文字通りに剣呑な雰囲気を周囲の凶器ごと文字通りに霧散させた。
思わず戸惑う調をよそに、士郎はゆるゆると両手を上げた。まさしく、降参といった様子でだ。
何事かと思わずい訝しむ調であったが、そこであるものに気が付いた。
「あ……切ちゃん?」
士郎の首元、そこに見覚えのある刃が掛かっている。
『ん、と』とランナーから切り離す模型のパーツのように自分の身をフェンスから引き剥がすと、調はゆっくりとそちらへ近づいていく。
そうすれば、士郎の影で見えなかった相方の姿が露わになった。
「やっぱり、切ちゃん」
「調! 無事デスか!?」
己の足でやってきた調に、安堵と共に喜色ばった笑みを浮かべる切歌。その身には、黒に深い緑色を差した装甲を纏っていた。その形状は全体的に鋭く、刃を彷彿とさせる。更に彼女の手には、長い柄の大鎌が握られており、装甲と同じエメラルドのように煌めく深い緑色の刃が曲線を描いていた。
「なるほどな。
櫻井も、変なところで凝ったもんだ」
「「………」」
大鎌の刃を首にかけられている状態で、呆れているような感心しているような口調には余裕しかない。そんな士郎に、調と切歌は険しい眼差しを揃えて向けた。
「………両手を後ろに回して揃えるデス」
「ああ、これでいいか?」
「……調」
「ん」
何の抵抗もなく、言われたままにする士郎。そんな彼に怪訝な眼差しを送るも、切歌は持っていた手錠を調に手渡した。
調は頷きながらそれを受け取り、手際よく士郎の手首に嵌めていく。更に調は彼のズボンやコートのポケットを探り、通信端末を見つけるとそれを取り出して足元に放る。
「―――てい、デス」
切歌は手にしていた大鎌を士郎の首元から外すと、そんな掛け声とともに振り下ろして切っ先で端末を鋭く穿った。
「「………………ハァア~~~~~~~」」
そこまで来て。
二人はようやく安堵と共に深い息を吐いた。
同時に緊張の糸も切れたのか、纏っていたギアが解除されて淡い光と共に霧散する。
「危なかったデース」
「心配かけてゴメンね、切ちゃん」
今にもへたり込みそうな様子で声を掛け合う二人。と、そこへ耳に刺さるようなアラーム音が鳴り響く。
二人はやはりほぼ同時に通信機を取り出した。
『―――二人とも、確保は完了したようですね』
「はいデス、マム! 調がやってくれました!!」
「………」
聞こえてきたのは、やや年嵩だろうことを思わせる、少しばかりしゃがれたような女性の声。
それに応える切歌は我がことのように調の戦果を称えて報告するが、当の調は複雑そうな表情を浮かべている。
実際、先の状態を鑑みれば自身の成果とは言い難い。切歌の賞賛に皮肉が微塵もないことだけが小さな癒しだ。
『……言いたいことはありますが、ひとまずは目的達成を喜びましょう。
お疲れ様です、よくやりましたね二人とも』
その労いに、切歌はもとより調もようやく頬をわずかに綻ばせてみせた。
と、その時だ。
俄かに轟音が強風を伴って近づいてくることに気が付いた。
示し合わせるでもなく三人がそろって顔を向ければ、大気を攪拌して叩くローター音と共に一機のティルトローター機が姿を現した。
種別としては輸送機に当たるのか、機体本体はコンテナのように異様に膨らんだ形状をしている。
『さあ、すぐに撤収しますよ。
………時は近い。余裕はもうほとんどありません』
「わかったデス!」
「了解マム」
そうそろって頷いたその時、調はふと自身に向けられた眼差しに気づいた。見れば、士郎がこちらをじっと見下ろしている。
「………なに?」
思わず眉を顰めながらそう尋ねてみれば、士郎は『いや……』と苦笑を浮かべた。
そして。
「どうやら、ケガをさせずに済んだようだからな。安心しただけだよ」
「――――――っ!!!」
告げられた言葉に、調はないまぜになった羞恥と怒りで一気に顔を紅潮させた。
直後。
士郎の頬から小気味が良いほどに張りのある音が鳴り響いた。
***
「………、」
張られた頬の感触を思い出したのか、士郎は思わず左頬に手をやっていた。
そんな士郎を睨みつけながら、調はその内心を嵐のように荒れさせていた。
(あの時……)
思い出すのは、彼の頬を張った時のことではない。
その前の、彼との戦闘だ。
―――いや、或いはあれを戦闘と呼ぶべきかもわからない。
(この男は、
『半端な加減はしない』と言っていた。だが逆を言えば加減そのものはしていたのだ。
自身の攻撃が有効だったのは最初の不意打ちだけ。いいや、振り返ってみればそれすらもほぼほぼ対応されていた。
その後に至っては、話にもならない。
なにせ攻撃が通じないどころか、まともな攻撃そのものすら満足にさせてもらえなかったのだ。
そして、今になって思えばそれすらも多大な手加減の結果だったとわかる。
例えば、最初の弓矢。
展開されたスタビライザーの接続部を二つ同時に射るほどの精度があるのならば、他の部分……それこそ、こちらの眼などを狙うこともできたはず。
その次の槍も、その気になれば刃の隙間を縫ってこちらの体そのものを貫けたはずだ。
更に槍から弓への切り替えの時に至っては、
最後の言葉なんて、それこそこちらに攻撃を当てるつもりなんて全くなかったと白状しているようなものである。
そしてなによりも。
(不意打ちから先、私はコイツを
とどのつまり。
その気になれば、自分はいつでもこの男に撃たれていたはずで。
結局は、実質的に完全に敗北していたようなものであったのだ。
(っ、)
悔しい、と思う。
そして同時に、この場にこの男がいることが何よりも危険な気がした。こうして大人しくしていることが、何よりも不気味でたまらない。
首に爆弾を付けている? だからどうした、そもそも大人しくそんなものを受け入れているというのがおかしいのだ。
「考え直して、マム。こんな得体のしれないヤツ……」
味方に引き入れるなんて、危険すぎると。
調は切実な思いで訴えようとして。
「―――いい加減になさい」
どこまでも冷え切った声音に、それこそ凍り付かされたかのように遮られた。
左だけの眼差しが、言葉と同じく冷たくこちらを射抜いている。
「彼が得体のしれない存在であるのは最初から承知の上です。
―――だからこそ、敵として置くのではなくこちら側に引き込もうというのです」
当の本人を前にして、ある種開き直ったかのように言い切るナスターシャ。
彼女たちの中で、最初に士郎の情報を得ていたのはナスターシャだった。
元々、『シンフォギア以外の方法でノイズと戦う存在』がいること自体は噂程度で知っていた。
そこからさらに踏み込んだ情報を得られたのは、かつてのフィーネ……櫻井 了子との私的な会話によってだった。それにしたって、かの人物の扱う力が『魔術』と呼ばれるものであるという程度のもので、サンプルとなりうる現物もなかったので当時は本当にただの雑談以上の意味はなかった。
ナスターシャとしても未知のものに対する興味がないでもなかったが、専門外であり関わりようがないことも相まってそれ以上の詮索をすることはなかった。
その認識を改めることになったのはルナアタック事変を経て、いざ自分たちが決起せんとしたその目前のことだ。
まず間違いなく立ちふさがるだろう特異災害対策機動部二課に対し、衛宮 士郎こそが目下一番の脅威であると定めたのだ。
無論、月の欠片を砕いたシンフォギア装者たちとて一切気を抜くことができない相手には違いない。しかしその装者たちと肩を並べ、なおかつ情報らしい情報をほとんど手に入れることのできない『衛宮 士郎』という存在は、別次元の脅威であると言えた。ともすれば、計画そのものを根本的に崩すジョーカーにさえなりうるかもしれない……ナスターシャがそこまで考えてしまうのも無理らしからぬことだった。
故に、表向きFISからの出向として先んじて潜入させておいたドクター・ウェルから情報を流してもらい、彼の住む部屋へと侵入して飼い猫をかどわかし、単独でおびき出すという手段に出たのだ。正味、他の計画と比しても穴が多く、ともすればすべての御破算に繋がりかねない行動でもあったが、こうして拘束するにまで至った時などはマリアたちの目も憚らず安堵に深い息を吐いたものだった。
―――だからこそ。
彼の捕縛の時を思い返し、ナスターシャが調たちに対して眦を鋭くせざるを得ない理由があった。
「………調。なぜあなたはあの時、自分一人だけで彼に挑んだのですか?」
「っ、それは……」
明らかに叱責の念を強く込めた声音に、調のみならず隣の切歌も身をビクリと震わせた。
ナスターシャは冷たい怒りを眼差しに乗せながら、さらに続ける。
「あなたと切歌、二人掛かりで以って全力で彼に対処するようにと、そう言い聞かせておいたはずです」
「う……」
「あぅ……」
二人がそろって二の句を継げなくなる。そのままバツが悪そうに身を縮こませるその様子に、ナスターシャはそこになにか必要不可欠な理由があったわけではないということを悟った。
繰り返すことになるが、ナスターシャは士郎の存在を強く警戒していた。
故にその存在を決起前に封殺することを決意し、そのために調と切歌の二人を揃って投入することを決断した。
マリアは決起の中心人物であり、【QUEENS of MUSIC】関係を含めた諸々の調整に忙殺されていた。
ドクター・ウェルに至ってはその時はまだソロモンの杖を手中にしておらず、それ以前に二課に潜入中のために不在であった。
とどのつまり、ナスターシャは投入可能な戦力を全てつぎ込んでいたということになる。後々のことを考えれば大きな賭けであったと言えるが、それだけ士郎という存在を脅威であると認識していたということだ。
それだけに、調が独断で一騎打ちのような真似をしたことは到底看過できることではなかった。
「貴女たちが彼らを強く敵対視しているのは私も承知しているつもりですし、今更それをとやかく言うつもりはありません。
……ですが、それを計画の中に持ち込んでくるというのなら話は別です」
そも、ナスターシャが事前に士郎を誘きよせて叩くことを是としたのは、この二人ならば十分に勝算はあると判断していたからだ。
単純な個々の戦闘能力ならば抜きんでているのはマリアに違いない。しかし、二人の扱うシンフォギアは二課を含めた他のシンフォギアにはない特性が存在している。
朱の刃【シュルシャガナ】に翠の刃【イガリマ】……共にシュメール神話における戦の女神【ザババ】が手にしていたとされる武具だ。つまり、二人のシンフォギアは元となった聖遺物の所有者が全く同一の存在なのである。そのためか、二人のシンフォギアは
それを見越してナスターシャは二人を士郎との戦いに投入させたのだが……いざ実行の段において、調が独断専行に走ったのだ。
「調、貴女が彼らをどう思おうがかまいません。しかし、それは相手を過小評価していい理由にはなりません」
「はい……」
「マ、マム! 調は―――」
「貴女もですよ、切歌。なぜ調の勝手な行動にそのまま従っていたのです?
下手をすれば、あのまま彼女を失うことにもなり得たのですよ?」
「え、えと……ゴメンなさいデス、マム」
そのまま子供のようにしょぼくれる二人の姿に、ため息を禁じ得ない。
彼女たちの……特に調の二課への対抗心と敵愾心は原動力でもあるが、同時に強い懸念材料でもあった。
故に、ここで強く釘を刺しておこうとも考えていたのだが、
「―――まあまあ。その辺でいいじゃないですか、ナスターシャ」
そう言いながら、三者の間にドクター・ウェルが割り込んできた。彼は一見すると人当たりの良さそうな、その実そんな形をしただけの薄っぺらい笑みを張り付けてこちらに向けている。
付き合いの長さからか、そういった内面を知っているのだろう。庇われる形になった調と切歌の表情は、途端に苦々しいものに変わっていく。
「過ぎたことをあまりとやかく言っても仕方がないでしょう? 過程はどうあれ、結果は望んだモノとなっているのですから。
大事なのはここからですよ?」
「……、」
ナスターシャからすれば『だからこそ』という想いであったのだが。ドクター・ウェルの乱入に気勢を殺がれ、タイミングを逸してしまった感は否めない。
もっとも、彼の後ろから覗く二人の様子は話題の矛先がずらされた安堵ではなく、反省の念が滲んでいるように見えたので良しとしておこう。
と、ドクター・ウェルの眼鏡の奥の眼差しが幾ばくか鋭くなる。なぜだか爬虫類を連想させる冷淡さを滲ませた眼差しに、背筋が僅かに粟立った。
「それよりも、彼の勧誘は本気で?」
「………単純にシンフォギア装者の数でこちらは負けています。
ソロモンの杖もあり、
その不安の差異たるものがあの時の輝きだ。あれほどの出力がそうそう簡単に引き出せるものではないと思いたいが、詳細がわからない以上は警戒は強まるばかりである。
そしてそれは士郎も同じこと。いまいちその全容を把握しきれていない以上、或いは同等クラスの脅威であることも想定しなければならない。
「だから、彼を引き抜くことでこちらの戦力を増強しながら向こうの戦力を減らすと。なるほど、一石二鳥というわけですか」
どこか投げやりな調子で呟く姿には、明らかな不満が滲んでいた。もっとも、彼の場合は調たちのそれとはまた違う理由があるのかもしれないが、ナスターシャにそれを測ることはできなかった。
それでも、彼女はまっすぐと左だけの眼差しに強い意志を込める。
「―――私たちの目的は、個々人の好悪や主義主張を超えたところに在ります。
その成就に必要であるのならば、その手段を取ることに私は躊躇するつもりはありません」
強くそう言い切れば、幾ばくかの間を置いてからドクター・ウェルはわざとらしい溜息と共に両手を上げて言外に降参だと示した。視線をずらせば、調と切歌も今度こそ口を噤む。
「マリアも、いいですね?」
「………異論はないわ、マム」
話題を振れば、言葉短く是と返してきた。そうして一応の意思統一が図れた塩梅で、横合いから飛んできた士郎の言葉には呆れがいくらか含まれていた。
「身内で盛り上がっているところ悪いんだが、了解もしてないうちから仲間になるの前提で話を広げるのはやめてもらえないか?
せめて、そのご立派な目的とやらを教えてくれないと判断のしようがないんだが?」
言うと、全員の視線が再び士郎へと集中する。そのどれもが、好意的とは言えないものである。その中で、ナスターシャは車椅子を操作して体ごと向き直ると、その怜悧な眼差しを士郎の鷹の目と重ねた。
「その通りですね。隠すことでもありません、お教えします。
私たちの目的、は―――」
と、そこで。
ナスターシャが息を詰まらせる様に声を途切れさせ、そのまま胸元を抑えて身を折った。
「ッ、ゲホッ!? ゴホッ、ゴホ、エフッ……グゥッ!!」
「マム!?」
ダムが決壊するかのように激しく咳込むナスターシャに、これまでの氷のような表情とは一転して慌てた様子で彼女へ身を寄せるマリア。調と切歌も同じように泡を食って駆け込み、心配そうに顔を覗き込んでいる。そんな中で、ドクター・ウェルだけが彼女たちを平静な様子で眺めているのが異様であった。
「だい、じょうぶ……なんでもありま―――」
「いいから、もう休んで。………衛宮 士郎、悪いけど今はここまで」
咳を無理矢理抑え込もうとするナスターシャへ気遣わし気に囁くと、マリアは士郎へと顔を向けないままにそう言い切って車椅子を押し始める。ナスターシャの異変に驚いて膝から降りた白猫も、士郎がいる部屋の扉を見上げたかと思えばマリアたちの方についていった。廊下の向こうに消えていくその背を調と切歌も続いていき、遅れてドクター・ウェルがまたしても肩をすくませてから、
「―――、」
士郎を一瞥して、今度こそ同じくその場を後にした。
そうして誰もいなくなってからもしばらく、士郎はそのまま扉の前に張り付いていた。ややあって戻ってくる気配がないことを察すると、
短く息を吐きつつ備え付けのベッドに腰掛ける。ロクに手入れもされていないが、そもそもほとんど使用されなかったのだろうベッドは軋みながらも彼の体重を受け止めた。
彼はなんとなしに天井を見上げ、誰に聞かせるでもなく呟く。
「さて、判断するには足りないが……見えてきたものもある、か」
***
「………っ、う―――」
軽く呻きながら、ナスターシャはベッドから身を起こした。
窓の外はすでに暗く、静かな月明かりが差し込んでいる。
あの後、結局はそのままベッドに放り込まれてしまった。
しばらく休んだら改めて士郎と話をするつもりであったのだが……時計を見れば、日付が変わりかけている。
どうやら一日を潰してしまったらしい。それほどまでに、体の負担は大きかったようだ。
やっていることを考えれば無理もない、ともいえるが。
(―――ですが、時間を無為にしている暇はありません)
休息は十分と、そう考えたナスターシャは体の下半分が動かない身でしかし慣れた様子でベッドから車椅子へと身を移す。
マリアたちは既に休んでいるだろう。或いはドクター・ウェルは研究に没頭しているかもしれないが。
「それはそれで好都合かもしれませんね」
呟きつつ、彼女は部屋を出た。目指す先は当然、士郎のところだ。
もしかしたら彼も寝入っているかもしれないが、そこはこちらを優先させてもらおう。
実際のところ、ナスターシャからして彼を取り込められる可能性はさほど高くはないと見ていた。それでも誘った理由は単純で、ぶっちゃければ藁にもすがりたい状態であるからだ。
士郎が想定したとおり、彼女たちはナスターシャを含めて総勢五人。
これで以って世界にケンカを売ったというのだから、大概正気とは言えないだろう。
本当に勧誘が成功したところで獅子身中の虫になられるとも限らないが……それごと飲み込む覚悟くらいはある。
それにいざとなれば、もしくは断られても。
(ギアスの起爆コードは私の方にもある)
もとより、年端もいかない少女たちにそれを強いているのだ。自分が手を汚すことを憂う道理はない。
車椅子を操作するためのコンソールを意識しながら、ナスターシャは深夜の廃病院を進んでいく。
そうして士郎を放り込んだ部屋にまで辿り着いて―――愕然とした。
「………扉が、開いている?」
外側からしか鍵の掛けられない、精神病棟の病室を改造した監禁部屋。
その扉が開いて、窓からのものだろう月明かりを廊下に広げていた。
脱走。
その二文字を思い浮かべて呆けるのも一瞬、ナスターシャは気を急かせて車椅子を進ませ、部屋を覗き込む。
室内は二重に予想を裏切っていた。
まず無人ではなく、士郎はベッドに腰掛けていた。
その彼の前に、小柄な影が佇んでいる。
「なにを―――」
月明かりに照らされる、長い黒髪の矮躯。
その見覚えのある姿に、ナスターシャは一瞬で感情を激発させた。
「一体何をしているのですかっ、調っっ!!」
いくらなんでも、看過はできない。
どう処罰するかも頭に思い浮かべる余裕のないまま叫べば、彼女はゆっくりと体ごと振り向いた。
そして。
「―――そう騒がないでよ、ナスターシャ。
あぁ、相も変わらず感情を抑えているようで激情家よね。貴女は」
月読 調の体で。
月読 調の顔で。
月読 調の声で。
あきらかに月読 調ではない、邪悪な笑みと妖艶な声の出し方をする何者かが其処にいた。
「………………………、は?」
瞬間。
ナスターシャの思考が真っ白に塗りつぶされた。
目の前で何が起こっているのか、解らなかったからではない。
何が起こっているかを十全に理解しているからこそ、感情がそれを否定しようとして動作不良を引き起こしているのだ。
絶句する老賢者をよそに、そんな調ではないナニカを眼前にした士郎は平静と言葉を紡ぐ。
「成程。完全なウソでもなかった……というより、どちらかといえば噂をして曹操が出てきたといったところか」
その呟きに反応して、再びこちらへと見下ろしてくる少女を睨み返しながら、士郎は問う。
「久方ぶり、でいいのか?」
その言葉に。
ナニカがクッと噴き出す。
寝巻だろう淡いピンクの上下の、上着のボタンを全開にしてその下の白い素肌を晒しながら。
ソレは舞台女優のように両手を広げた。
「私にとってはどうでもいいことよ。
―――一秒も、一日も、一月も……幾千年すら、私にとっては大差がないのだから」
「そうか、ならオレはオレの主観として改めて言わせてもらおう」
そんな風に前置いて、士郎はそれこそ記憶の中の弓兵のように皮肉気な笑みを眼前の女に向けた。
人外の輝きを誇る、黄金の瞳を挑みかかる様にまっすぐと見据えて。
「久しぶりだな、フィーネ。
―――心の底から、二度とは逢いたくなかったよ」
そんな言葉を告げれば、眼前の少女……月読 調を器とした先史文明の巫女が奈落のように笑みを深める。
生と死の輪廻を重ね。
永遠の刹那の中に在り続ける転生無限者、【フィーネ】。
今再び、
●●●
【教えて!? ブルマ師範!! ぷち】
◯二課外における衛宮 士郎の認識
基本的に、士郎の情報の扱いは装者たちともまた違った特殊な扱いとなっている。
これは彼のこの世界における出自が平行世界からのものであり、更には完全聖遺物【ギャラルホルン】が多少なり関わっているとされているからである。
そのため、公的な外部組織にはある程度は周知されているシンフォギアに対し、士郎と彼の扱う【魔術】および投影による【宝具】についてはほぼその情報が出回ってはいない。
とはいえ、現場においては装者と肩を並べて出動していることもあってその存在そのものは知れ渡っている。
もとよりシンフォギア目的の諜報活動も行われている以上、存在そのものを隠し通すことは不可能だ。
上記を踏まえて外部での認識をまとめると、『シンフォギア以外の力でノイズと戦う正体不明の男』という赤マントの噂に毛が生えた程度のものに落ち着く。
士郎が投影で作り出した武具を残していない以上、解析のしようがないので当然のことではある。
これについては櫻井 了子を通じて情報を得ていた外部組織―――FISも同じだった。
シンフォギア関連の技術以上に発覚の危険性が高かった以上、これもまた当然の帰結といえる。(そも、利害関係以上の価値を見出していなかっただろう了子がそこまで骨を折る筋合いもなかったというのも大きい)
そんな中で唯一の例外といえるのが、日本国内の上層部だ。
二課が国家に所属する組織であり、ギャラルホルンはその管理下にある代物。そしてそんな組織に諸々の保護を受けた上で嘱託とはいえ籍を置く以上、そうなる経緯と詳細が報告されるのもまた必定である。
そして聖遺物とシンフォギアの存在を改めて世界全体が見直しつつある昨今、彼の立ち位置にも相応の変化が訪れるかもしれない―――。
師「まあ、ぶっちゃけシロウ本人はこういった裏事情とか全く気にしてないんだけど」
α「いや、気にしろよ」
師「何があっても自分がやることは変わらないし、必要なら愛着のある二課からも割と簡単に出ていきかねないのよね」
β「この世界に来た経緯を見返すと、そもそも組織人に向いてる人じゃないですしね………」(序章を参照しつつ)
師「むしろ、そんなシロウをガッツリ受け入れられてる二課がスゴいわ。ホントに」
作品ページ冒頭にも追加しましたが、この度Twitterを始めました。
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気が向いたらなにか更新しますので。
こちらの作品の更新が確定した時も予告とかしていく予定ですので。
それはさておき、第二期編第三話。
……本当は一月内での更新を目指してました。
結果? 二月半オーバーでしたごめんなさい。
閑話休題。
ようやく士郎が本格登場。
しばらくは彼とFIS陣営の視点がメインになります。
士郎とFIS組との対面。
FIS組の一枚岩ではない人間模様をうまく描けているでしょうか。
………というかたった五人なのに一枚岩じゃないとか、なんでそれで世界にケンカ売ってるんですか???(現場猫
というかこの白猫、ふてぶてしすぎない?
そして回想での士郎VS調。
……何気に今回も切歌が割食っちゃってる感があるな。
すまんな切歌、ちゃんとした出番はあるはずだから。多分。
それはさておいて、調との戦闘シーンは何度も修正してこんな感じになりました。
というか、やっぱり鋸が武器っていうのは表現が難しいですね。
ノイズみたいなのが相手ならともかく、人間相手になると下手に攻撃当てたら描写が一気にグロくなりかねない……(汗
ちなみに西洋剣を使った戦い方の中には刃の方を持って鍔や柄で殴り掛かるっていうのもあるらしいです。鈍器ですね。
あと、書いてて思ったのは調単体での戦い方って士郎と同じタイプなんですよね。
武器の種別は違えど、様々な攻撃方法であらゆる射程に対応できるという点で。
なお、彼女の代名詞とも言えるヨーヨーですが、実は使い始めたのが三期からなので今回は意識して使わせませんでした。
……うん、下手すると鋸以上に描写考えるのが面倒くさそう。(爆
そして最後の最後に現れたフィーネ(in調)。
調がフィーネの器であるという設定をちゃんと使った作品を見たことがなかったので、あえてその辺りを今回は生かす方向にしてみました。
これがどういう風になるのかは今後のお楽しみに。
………調が退場するとか、そんな流れではないのでファンの方はご安心を。
さて、ここからはFGO雑談。
新規に手に入れたのはコレ↓。
・マリー・アントワネット(騎)
・ベオウルフ
・ティアマト
・セタンタ
・へファイスティオン
・織田 信長(弓)
……ティアマトママン来てくれた、メッサ嬉しい。
でもドラコ―とロクスタとついでにプーリンもククルカンも来てくれなかった……ククルカン以外はおはガチャも毎日回したのに……(涙
新規のWインド人も外れました。まあ、こっちは11連一回だけだししかたないね。
とりあえず、PU2あるかもなので節約しました。石の残りも心もとないし。
今年のコラボイベは神でしたね。
実質、EXTRA系ともコラボって豪華すぎひん?
むしろ完全スルーされてたBBちゃん涙目不可避。(爆
そして奏章Ⅰ開幕。
自分もちょっとずつ進めております。
というかCMのシオンが初代メルブラOPオマージュなのがエモい。
めっさ懐かしい。
……ところで一人称「わし様」って、すんごい言いにくくない?(ェー
といったところで、今回はこの辺で。
次回はもっと早く更新したいなと何度目かもわからないことを考えつつ。
またしても暑い季節がやってきていますが、コロナ禍からようやく脱却しつつある昨今、却って感染症のリスクが高まってきているようですので、諸々含めて皆様もお気を付けください。
それでは、また次回にて。