戦姫絶唱シンフォギア赫鋼―アカガネ―   作:樹影

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 ……だいぶ間が空いてしまって申し訳ありません(DOGEZA


5:衛宮さんの今日のごはん/笑みの意味

 

 

 

「―――っと、奏さん?」

 

 早朝、二課本部のトレーニングルームに足を運んだ慎次は、そこにいた先客の姿に僅かに目を見張った。

 彼が僅かに驚きを露わにしたのは奏がいたことではなく、彼女の肌が既に汗ばんでいたからだ。どうやら既にいくらか体を動かした後らしい。

 横合いから掛けられた声に気づくと、奏は上気した顔を彼の方へと振り向かせた。

 

「おぉ、緒川さん。おはよう」

「おはようございます。早いですね」

「ハハ、ついさっきまでは翼も一緒だったんだけどな」

 

 言いながら、シャワールームに繋がる出入り口を見やる。どうやら汗を流しに行ったらしい。彼女はまだリディアンの学生なので、奏よりも早めに切り上げたようだ。

 しかし、慎次も指摘したが随分と早い。今の時刻から逆算すれば、それこそ未明と言っていい頃合いから体を動かしていた計算になる。

 彼はその辺りの理由を考え、浮かび上がった答えに僅かながらに表情が歪み―――

 

「―――いや。翼はともかく、アタシは若大将のことで気が逸っているとかじゃないさね」

 

 そんな自分たちのマネージャーの心痛を察してか、奏が手のひらをパタパタと横に振りつつ軽い調子でそう言い放った。

 見ると、浮かんでいる笑顔には本当に衒いはないように見える。

 奏は自身の胸に手を当てながら、小さな吐息を挟んで答えた。

 

「若大将との繋がり(パス)で、少なくとも命の危険はない……あとはまあ、漠然とだけどデカいケガとかはしてないって感じがするから、そういう意味じゃ翼たちほど慌てちゃいないよ」

 

 無論、士郎の居場所はもちろん、詳細な肉体の情報などは解からない。ただ、彼女自身も言った通り漠然と大きく傷付けられてはいないということが感じられるという程度だ。

 或いはもう少し魔術というものに深く触れていれば話は違ったかもしれないが、それを語るのは無益だろう。それをしないと決めたのは自分だし、そもそも士郎の方とてそれを望んでいたのだから。

 また、同時に思い浮かぶのはマリアともう一人の装者の姿だ。

 

(正直、あんまり悪い奴らに見えなかった………ってぇーのは、流石に響に感化されすぎかね?)

 

 そんなことを考えつつ、しかし確かに悪逆非道という人間には見えなかったのは事実だ。確かにノイズを使役して見せたが、それを観客に襲わせはしなかった。

 何らかの思惑合ってのことだったのかもしれないが、奏はそこに彼女の根っこの部分の人間性が垣間見えたような気がした。

 

 そんなことを考えていると、慎次が僅かに気を緩めるように息を吐く。

 彼は口元に小さく笑みを零した。

 

「そうですか……。彼女たちと士郎の行方は、ボクの方でも探しています。

 ―――幸いとは言えないですけれど、時間はできてしまいましたしね」

 

 と、最後の方で声と表情に苦いものが混じった。

 

 現在、奏と翼の仕事については結構な大部分でキャンセルとなっていた。これは先のライブでの一件が関係しているが、何も彼女たちだけに限ったことではない。

 【QUEENS of MUSIC】そのものが全世界に同時中継されていた関係で、その影響は開催されていた日本のみならず各国に波及していた。

 それこそ、世界中で芸能活動そのものが自粛ムードに陥っている状態だ。流石にTV番組が大きく変更されていることは少ないが、コンサートや公演などのようなものはほぼほぼ延期ないし中止となっている。

 そのため、英国と日本でそれぞれ活動していたツヴァイウィングのスケジュールも、揃ってポッカリ空きができている状態だった。

 そのおかげで慎次も二課のエージェントとしての諜報と捜査に注力できているのは、皮肉という他ない。

 そのことについても、奏の思考はポジティブな方向に舵を切っていた。

 

「ちょうど【秋桜祭】も近いんだ。翼たちにゃ、気晴らしも兼ねてそっちに集中してもらいやいいさ」

 

 指を組んだ状態で腕を上に伸ばし、ほぐす様に背筋を逸らしながら言う。

 【秋桜祭】はリディアンで近々開かれる学祭のことで、響やクリスたちにとっては初めて……そして翼にとっては学生生活最後の学祭である。

 こちらについては、予定通りの開催となることが既に知らされていた。その背景にはかつてのルナアタック事変による校舎移転と、それに伴う生活の激変による生徒たちの戸惑いや不安の解消が目的に含まれていた。

 要するに、自分たちで作り上げたお祭りを盛大に盛り上げて日頃のストレスを解消しようということだ。まさしく、今の彼女たちにとってもピッタリなイベントである。

 それを察して、慎次はクスリと笑みを漏らす。

 

「なら、奏さんも当日は楽しんでくださいね」

「んぁ? ………いや、アタシはもう卒業してっから」

「ええ。だから今回は純粋にお客さんとして、ですよ」

 

 そう告げると、奏は「あー……」と今なにかに気付いたかのような声を出して、「うん」と頷いた。

 

「そうだね。うん、そうするよ」

「奏さん、もしかして気負ってしまってませんか?」

 

 まるで子供や弟妹の世話でプライベートを削るのが当たり前になった保護者のような奏に、慎次は思わず苦笑を禁じ得なかった。面倒見の良さはらしいと言えばらしいのだが、さてここまでだったかと思わないでもない。

 

「そこまでのつもりはない……んだけど……や、もしかしたらそうかもな」

 

 言いつつ、張り詰めた何かを萎ませるように長めに息を吐いた。そうしながら、彼女は組んだ足の膝に肘を置いて、頬杖をつく。

 呆れ半分のようにも見える半眼は、誰に対してのものか。

 

「なんだかんだで、装者の中じゃアタシが一番年上だからさ。後輩も増えたし、若大将いない分『しっかりしなきゃ』って考えてたかも」

 

 そこに思い至れば、それが初めての感覚であると強く実感を得る。ともすれば、かつて翼が倒れた時でもこんな風にはなっていなかったと思う。

 その時との違いとして、クリスという後輩が増えたこともあるだろう。―――しかしそれ以上に、士郎の不在こそが大きいのだということに気付いてしまった。

 

(あー、クソ。これじゃアタシもあんまり翼たちと変わんないってことじゃんか)

 

 先ほど、自分の口から意識せずに出てしまった言葉……()()()()()()()

 それはとりもなおさず、自分もかつて翼が倒れた時に、無意識に彼を頼ってしまっていたことの裏付けであると言えた。

 

(うわなんか恥っず……これじゃベタ惚れみたいじゃんかよ。いや、間違いでもないんだけどさ?)

 

 すでに上気していた頬が、更に熱くなっていくのを自覚する。それを隠すように両手で覆って俯き、唸りだしたいのを堪える奏。

 そんな彼女を眺めながら、慎次は苦笑のまま小さなため息を漏らした。

 

(本当に、罪作りだよね士郎って)

 

 渦中の人となっている友人を思い浮かべ、肩の力が抜けそうになる。なにが罪かって、本人が悪気もなければ自覚もないってところが酷いのだ。

 ツヴァイウィングのマネージャーとしてはスキャンダルとは縁遠そうなのである意味安心なのだが、私人として『さすがにどうなんだろうか』とも思わないでもない。

 と、奏がまるで煩悩を無理矢理払うように自分の両頬を手のひらでパンパンあああと威勢のいい音を鳴らしながら叩くと、スックと立ち上がる。

 

「っし! ちょっともう少しだけ体動かしてくるよ」

「構いませんが、オーバーワークにならないようにしてくださいね! 仕事はなくても、レッスンはありますから!」

「わかってるよー」

 

 振り返らないまま手をフリフリと振って慎次に返しながら、奏は手ごろなロードランナーに足をかける。軽いジョギング程度の設定に合わせ、胸の内の澱のようなものを晴らすかのように駆け出していく。

 ―――先の思考からくる照れではない。その前から拭いきれずにへばりついている、僅かな不安のことだ。

 

(………本当に大丈夫だよな、士郎………)

 

 士郎の肉体に関する安否については先に言った通り、なんの心配もしていない。だが、それが彼の身の完全な保障となってはいないのも事実だ。そも、彼との繋がり(パス)は、感覚そのものを共有するようなものではないのだから。

 故に、少しずつ体を櫛削っていくような拷問の類を強いられていたとしてもそれを知ることはできない。また、肉体ではなく精神を責め立てるような尋問をかけられた場合も同じく。

 士郎という人間の心身の強靭(つよ)さは語るべくもなく知っているが、だからこそその責め苦は苛烈さを極まりかねない。

 ………………という、至極真っ当かつ真剣(シリアス)な不安が半分。

 もう半分は、

 

(…………………またぞろ変なところでフラグ立てたりしねぇだろうな? あの唐変木?)

 

 そんなひどく緊張感に欠けた、しかし恋する乙女的には割と切実だったりする危惧だった。

 『あばたもえくぼ』と言うべきなのかもしれないが、仮に士郎をよく知る二課の面々がそれを聞いたならば誰もが否定しきれなかっただろうことは特に意味のない仮定である。

 

 

 

***

 

 

 

「反っ対、デスッッッ!!!」

 

 ドバン!! と勢いよく両手をテーブルに叩き付けながら、切歌が思い切り声を張った。

 真横にいたドクターウェルが耳を抑えながら顔を顰めるが、彼女は頓着することなく(というか全く気付かず)続けざまに机をバンバンと叩きまくる。

 

「反対、反対、反対、反対反対反対反対!! 反対の反対デェ――――スッッ!!」

「………切ちゃん、『反対の反対』だと賛成になっちゃうよ?」

「ふぇ?」

(ベタかつ古典的(コッテコテ)だな、オイ)

 

 口から飛び出そうになった突っ込みを何とか抑える士郎。もしかしたら彼女らくらいの世代では却って新鮮なのかもしれない……と、そんな考えが頭を過ったところで思考を無理矢理に切り替える。

 あまり関係のない思考にとらわれてもしょうがない。決してジェネレーションギャップ的なものに心が煤けそうになりそうな気がしたとか、そういう理由ではない。血潮は鉄でも心は硝子である。

 閑話休題。

 『とにかく!』と気を取り直すように前置いて、切歌は両腕を組みながらこちらへと眉と目尻を釣り上げた眼差しをレーザーでも放つのではというくらいに鋭く勢いよく差し向けた。

 

「そんなヤツを引き入れるなんて、マムの決定でも反対デス! 絶対あとになって()()()()に決まってるデェース!!」

「………切ちゃん、()()()()ってナニ?」

「ふぇ? いやだって、元々いたところ(二課)からこっちに来て、やっぱり向こうに戻るんなら裏切るの反対ってことじゃないんデスか???」

(ああ、『裏』と『切る』の反対だから『表』と『付ける』なのか)

 

 斬新すぎる発想である。

 ちなみに彼女の言いたいだろう内容から察するに、表現として妥当なのは『元の鞘に収まる』であろうか。

 閑話休題(二回目)。

 

「切ちゃんの言う通り。仮にアイツ等を本当に裏切ったって言うなら、それこそ信用なんて出来ない。

 ドクターの方がまだマ……う~ん……?」

「あれ? なんかヒドイこと言いかけてません? しかもなんで言い淀んでるんですか?」

 

 それについては日頃の行いであろう。

 ともあれ調も切歌に負けないほどに鋭い眼差しで士郎を睨みつけながら、ナスターシャに異を唱える。その言い草は、当事者である士郎をして一々もっともだと頷かざるを得ない。

 状況だけを見れば、我が身可愛さに仲間を裏切る卑劣漢の変節漢だ。これを信用なんてできるはずもない―――そう思っていたところに、口を開いたのはマリアだった。

 彼女は先ほどまで瞑目していたその両瞳は確かに鋭いが、先の二人に比べて敵意の類は感じられなかった。その鋭さは寧ろ、彼女自身へと向けられているような気さえする。

 

「一つ訊かせてもらおうか。どうしてこちらに付く気になった?」

「それが一番の近道だからだ」

 

 マリアの問いは、あらかじめ予想出来ていたものなのか。士郎から返ってきた即答に、マリアは思わず眼を瞬かせた。

 士郎はさらに続ける。

 

「そちらが行動を起こした理由についてはナスターシャ女史から粗方聞いた。門外漢だからデータの類を見せられても真贋の判断はできないが、根拠のない話ではないことは分かった。

 それが本当に起こる災厄であるというのなら、未だに情報のない二課よりもある程度筋道を作りつつあるこちらからの方が解決に近付けると判断した。

 理由としてはそんなところだ」

「………自分が騙されている、という可能性は考えなかったの?」

()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 その返しに、問いを挟んだマリアが再び面を食らったようになる。士郎の方は、やはり平然としたままだ。

 

「それなら騙されたオレの不覚だ。その不利益はさて置いて、それ以上の問題はない。

 それよりも、嘘だと決めつけて本当に発生するだろう被害を見過ごす方が比べ物にならないほどの最悪だろ」

 

 正論、ではある。だが、それを当の本人がはっきりと言いのけたことにその場の全員が呆気にとられた。

 と、ややあってマリアは小さく息を吐いた。

 

「………そこまで言うなら、私の方から言うことはないわ」

「「マリア!?」」

 

 マリアの了承に、切歌と調から悲鳴にも近い声が上がる。そんな二人を、マリアはスゥッと鋭い眼差しで見据えた。

 

「二人とも、聞き分けなさい。

 私たちが進まなければならないのは茨などというのも生易しい険しい道筋。この程度の毒を飲み込めないで、どうするというの?」

「毒て」

 

 士郎から思わず声が出る。仕方がないと言えるかもしれないが、その言い様はどうなのかと思わないでもない。

 そんなことはさておき、切歌と調よりも先にドクターウェルの方が観念したかのように肩を竦めた。

 

「それならボクが口を挟む道理はありませんね。

 えぇ、かつて煮え湯を飲まされたフィーネ当人がそう仰られるのですから。ねぇ?」

 

 殊更にフィーネを強調して宣うドクターウェル。その台詞に、マリアは動じた様子を見せてはいなかったが……事情を知ってしまっている士郎の目には、それが虚勢を守るための痛ましいまでに精一杯の振る舞いに思えて仕方がない。

 それに気づいているのか否か、ドクターウェルは『それに』と付け加えながら懐から小さな機械をこれ見よがしに取り出して士郎へと見せびらかす。

 口の端を釣り上げ、目元を細めて歪めている様は愉悦と嘲笑をこれ以上なく露わとしたものだった。

 

「さすがに首輪(ギアス)はそのままのようですしね。もし、おかしなマネをすればスグにこれポチっと。

 そして……」

 

 起爆スイッチをすぐにでも押せるように親指を掛けながら、もう片方の手を士郎の肩に乗せる。そしてそのまま彼の耳元に口を寄せると、

 

「………ドッカァ――――――ンッッ!!! ……って、なっちゃいますからね。せいぜい気を付けてくださいね」

 

 至近で大声を浴びせた。

 直後に表情が常のモノへと戻るが、瞳の奥の色は変わっていない。

 見下し、愚弄し、己こそを上位者と認識して嬲らんとするほの暗く歪んだ悦に染まっている。

 

 ―――それらすべてを察した上で、士郎は一切の痛痒も見せず平然とした向きを崩さなかった。

 表情どころか、眉一つさえ動じていない。

 

「そうだな、気を付けることにする。

 忠告、感謝するよ。ドクター・ウェルキンゲトリクス」

 

 そんな返しは、ドクターウェルにとってはつまらないものであったのか。

 鼻白むような顔になると『フン!』、とわざとらしく荒らしく肩から手を払い、踵を返した。

 

「………主だった話はそれだけですね?

 それじゃあボクは研究に戻らせてもらいますよ。

 これからのことでやることは山積みですからね」

 

 そう言い残してその場を後にするドクターウェル。

 その背を見つめながら、士郎は決して声に出さず言葉を続けていた。

 

(もっとも、要らない心配だけどな。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 士郎はすぅっと撫でる様に金属の首輪を擦った。

 それは当の昔に、他の誰も知らない内にガラクタへと変わっている。

 

 時間だけなら昨日は腐るほどあり、必要とされた時間も労力もその埋め合わせにもならない程度でしかない。

 やったことと言えば単純で、強化の魔術……と言うより、その失敗の応用だった。

 まず首輪の構造を【解析】し、殺傷力を生む火薬の部分に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 流石に望む形質へと変化させることはできないが、火薬を起爆できないものにすることは可能だった。

 また解析の過程で首輪の構造が非常に簡素なものであることも分かり、必要な殺傷能力を確保するために盗聴器などの余分な機能は存在していないことが解ったのも大きかった。

 よって事実上、士郎の身はナスターシャたちが思っている以上に自由な状態となっている。

 

 それらを悟らせないように気を付けつつも、士郎は先ほどまでの会話を思い返していた。

 

(ドクターウェルの言い草……マリアがフィーネであることを疑っているのか?)

 

 少なくとも、昨夜の会話については聞かれてはいないはずである。

 ならば、何らかの理由で疑念を抱きつつあるのかもしれない。或いは最初から、半信半疑であったか。

 いずれにしろ、彼の立ち位置はどうやら他の面々とはまた違ったものであるようだ。少なくとも、真っ当な意味合いでの信頼関係ではなさそうである。その証左に、押し黙りながら彼へと向ける調と切歌の眼差しは、士郎に向けるものとさしたる差を感じられないほどに鋭く険しい。

 

(しかし、これで大体の相関的な内情は見えてきたな。……少々、複雑なことが難儀だが)

 

 士郎は俯瞰的な観点でこの場の面々を見て、その関係を改めて頭の中で整理する。

 現状、彼女たちは複数の方式で区分けされる。そう、複数のグループに分けられるのではなく、グループの分け方そのものがいくつも存在しているのだ。

 

 まず、心情的な分け方。

 こちらの方はシンプルで、『ドクターウェル』と『それ以外』という形になる。

 マリアたちの方は感情的というべきか、利害を排した繋がりを相互に抱いている。有体に言えば、ある種の絆を結んでいると言っていい。ともすれば、直截に『家族』と称すべきか。

 そこにドクターウェルという外様が混じっている……あるいは、雇われているという状態だ。

 昨夜に聞いた話では、ナスターシャの主治医のような立場でもあるようなので、それこそお抱え医師と例えてもいいかもしれない。

 

 次に、組織的な役割としての分け方。

 こちらの方は先と比べれば少しだけ複雑だ。

 まず、ドクターウェルが先も言った通りにナスターシャの主治医を兼任しつつ、メインとしてはシンフォギアの調整を含めた聖遺物の研究要員。

 次に、調と切歌が装者としての実働要員。

 最後に、組織の運営・方針・指示を決定する司令塔としてのナスターシャと、その補助のマリア。

 また、ナスターシャ自身も元々は研究員であり、そちらに注力することも多いようだ。

 マリアも当人が装者であるので、どちらかというと現場指揮官という方が近いかもしれない。

 

 そして最後に、『フィーネ』関連の事実に対しての分け方。

 これがある意味もっとも複雑怪奇なことになっている。

 まず、『フィーネ=マリア』という認識を信じている者。

 これは調と切歌が該当する。少なくとも、そこに疑念を挟んでいる様子は見られない。

 ドクターウェルもここに含まれているかと思っていたが……先の反応を鑑みれば、そうとも一概に言い切れない。

 次に『マリアがフィーネではない』と知っている者。

 これはそのままズバリ、マリア本人が該当する。なにせ当の本人だ、知らないはずがない。その上で隠し通して『不完全なフィーネの転生体』として振舞っているのだから、心中の苦悩は如何ほどか。

 そしてある意味ではそれ以上に悩ましいだろう立場であるのが『マリアがフィーネでなく、調にフィーネが宿っている』ことを知っているナスターシャだ。

 既に当人の口から表にであることはないと断言されているとはいえ、気苦労が増える事実を知ってしまったことには変わりない。何より、それらを本人たちに隠し続けなければならないのだ。病を抱えた身には些か重いと言えるかもしれない。

 

 ―――士郎は大雑把ながらも大体の分析を終えて、顰めそうになる表情を何とか引き締め続けることに努めた。

 

(いくら何でもたったこんだけの人数で内情が複雑すぎるだろ。むしろよく纏まっているなコレ?)

 

 『三人いれば二つの派閥ができる』なんて与太を耳にしたことはあるが、それにしたってこれはひどい。

 ある意味で一番安定しているのがどの観点からも独自の立ち位置にいるドクターウェルくらいだが、むしろその在り方が余計に組織内の関係図を複雑化させているのだからかえって始末が悪い。

 そしてその中に今度は士郎という異分子が投入されようというのだ。

 真っ当な人間が見ていたならば、むしろ調と切歌の意見を強く支持していただろう。

 と、その切歌がいよいよ決心したかのように声を絞り出す。

 

「………わかったデス」

「切ちゃん」

「ただし!!」

 

 と、俯きかけていた顔を勢い良く上げて、切歌は士郎を『ズビシッ!!』と力強く指さした。

 きょとんと眼を瞬かせる士郎を強く見据えながら、切歌は力強く言い放つ。

 

「これからは私たちに絶対服従!! どんな言うことも聞いてもらうデス!!」

「切歌、なにを……」

 

 若干の困惑を声に乗せるナスターシャをよそに、切歌はおもむろに出入り口へと歩を進める。そのままバンッと勢いよくドアを開くと、振り返って更に一言。

 

「手始めにここの掃除!! 次に料理デス!! 終わるまで休めると思わないことデェース!!

 口答えは許さないデェース!!!」

 

 まるで世界の名作な劇場的アニメに出てくる意地悪な女性キャラみたいなことを言いだした。

 一同が思わずポカンと呆けてしまう中、切歌は鼻息荒くも(相棒と比して格段に発育の良い)胸を張る。その脳裏には強い決意で以って恐るべき計画を即興で打ち立てていた!!

 

(フッフッフ………ここでコイツが役立たずな所を見れば、マムたちも『こんな奴いらない』ってなるはずデス!!

 ドクターよりも怪し……いや同じくらい……えっとドクターほど……? ………とにかく、こんな怪しい奴、とっとと追い出さないと!

 調やマリアやマムは、私が守るデス!!)

 

 ………一生懸命なのはわかるが、実に明後日の方向に全力疾走している。

 そもそも仲間にするための目的としてズレているし、それ以前に捕虜なのだから仲間にならなかったとしても放り出すはずもないのだが。

 もっとも、その根底として身内を案ずる想いがあったりそのための行動にどうにも邪気が欠けていたりする辺り、彼女の生来からの根明(ねあか)系善人の気質が垣間見えている。

 ともあれ、傍から見ればトンチンカンな行動であることには違いない。努力の方向音痴っぷりにナスターシャは盛大に溜息を漏らしながら頭痛を堪える様に眉間を揉んでいる。

 

「………ミスター、あの子のことは気にせず―――」

 

 と、そんな彼女の言葉を置き去りにして、士郎は歩き出すと廊下に出た。そしてそのまま首を巡らせながら前後を確認し、上下や左右も見渡していく。

 この病院を拠点として利用するに当たり、彼女たちもいくらかは使いやすいように手直しをしていた。しかしそれも結局は最低限のものでしかなく、内部は外観に勝るとも劣らぬほどに荒れ果てていた。

 埃が溜まり、得体の知れない汚れがこびりつき、忍び込んだ不良辺りが遺したのだろう空き缶やゴミが転がり、所々のリノリウムはひび割れのように剥がれている。

 そんな正に廃墟の見本といった有り様を一通り眺めると、士郎は『―――、フム』と短く唸った。そうして何かを吟味するかのような様子を見せると、そのまま切歌の方を一瞥する。

 

「な、なんデスか?」

「ああ、一つ訊きたいんだけどな………」

 

 頭数個分の差に気圧されながら、まるでシャーと唸りながら威嚇する仔猫のように睨みつける切歌。

 そんな彼女に、士郎はいつの間にか用意していたゴム手袋を『ギュチッ!!』と鳴らしながら装着し、裾を引っ張ってパンッと鳴らしながら振り返った。

 

 

 

「―――別段、本気を出してしまってもいいんだろう?」

 

 その時。

 調が見た士郎の眼差しは、或いは自身と戦った時に垣間見たものよりもさらに鋭く力強いものだったという………。

 

 

 

 ―――数時間後。

 

「…………………なんということデース……」

 

 呆然と呟く、切歌。その隣の調や、すぐ後ろにいるマリアやナスターシャも似たような状態となっている。仮にドクターウェルがこの場に留まっていれば、やはり同じような表情を浮かべていただろう。或いは、これから自室から出た時に改めてか。

 呆然とする一同の目の前に広がる光景は、既に廃墟からほど遠いものへと変貌していた。

 数えきれないほどのゴミ。

 こびり付いた由来不明の汚れ。

 そして物理的に欠損していたリノリウムや一部の窓ガラスすらも。

 廃墟としての姿を忘れさせてしまうほどに、全てが修繕され、清めつくされていた。

 まさしくビフォーからの劇的なアフター。それこそ、時を巻き戻したと言われれば信じてしまいそうなほど変貌っぷり。

 ともすれば、真っすぐ先に見える突き当りの曲がり角から医者か看護婦が姿を現してもおかしくない……そんな錯覚さえ抱いてしまう。

 

「………」

 

 切歌はおもむろに、まるで小姑のような手つきで窓のサッシに指を滑らせた。果たして汚れはもちろん曇りすらない、というかむしろ今ので却って指の痕をつけてしまう。

 他の面々も、唖然とするばかりである。いったいどうすれば廃墟をここまで元通りに直せるというのか。というかリノリウムの剥がれた部分や割れた窓ガラスなどはいったいどうやって修繕したというのだろうか。

 そんな一同をさておき、士郎は掃除を始める前と同じように『フム……』と低く唸った。

 

「多少大雑把になったが、こんなところか」

(どのあたりが大雑把なの!?)

 

 こぼれた言葉に、マリアは突っ込みの言葉をギリギリで胸の内にしまい込んでいた。どう見ても清掃というよりかは業者によるリフォームである。これ以上細かくやった場合はいったいどうなっていたというのか。

 と、士郎はゴム手袋を外しながら振り返った。

 

「一応、プライベートってことで君たちの部屋には手を付けていない。追加で注文があったらあとで言ってくれ。

 で、次は夕食の準備ってことでいいんだな?」

「―――ハッ!? そ、そぉーデス!! さぁ、キリキリ作るがいいデスよ!!」

 

 問いかけられ、切歌が呆けていたハッとなって慌てて頷く。士郎は頷きを返すと、

 

「ああ。流石に昼食までは手が回らなかったからな。

 その分、夕食には腕によりをかけさせてもらうよ」

 

 そう言い残して厨房へと歩を進めた。

 その背を見送る切歌が、気を取り直すようにニヤリと笑みを浮かべる。

 

(クックックッ……確かにお掃除は多少は……いや、ものすごくヤるようデスが。

 けど、料理はそうはいかないデス!! なんか学校の食堂で働いてるとか聞いたデスが、そんな学校給食みたいな料理なんかに負けるはずがないのデス!!

 ………学校の給食って食べたことないデスけど)

 

 なんというか、もはや目的が行方不明になっている。いや、それは最初からだったかも知れないが。

 ともあれ(無意味かつ無根拠に)自信ありげに不敵な笑みを浮かべてその背を見送っていた切歌であったが、ふと服の裾をグイグイと引っ張られる感触を覚える。

 

「ん?」

「………じー」

 

 何気なく振り返ってみると、なぜか調が間近から半眼でこちらを見据えていた。

 相棒からの非難めいた眼差しに、切歌は思わずビクリと身を引いてしまう。

 

「し、調……?」

「切ちゃん……おさんどん、私の役目」

 

 囁くような小さな声音には、若干の不満が込められていた。

 当人が言った通り、彼女たちの食事はこれまで調が主に担当していた。そんな彼女には、皆の食生活の一角を支えてきたというささやかな自負があった。

 そのため他人に調理場を勝手に使われてしまうという事態に対し、忌避感を抱いているらしい。しかも、それが好まざる人物であるというのだから猶更だ。

 さすがに無二の共であり家族であり相棒である少女の提案とはいえ、承諾もなしにやらかされてしまうのは少しばかり許しがたい。

 

「こ、今回だけ! 今回だけデスから、調!!」

 

 ジト目を払うように手をブンブンと振る切歌。

 その後も必死に頭を下げてどうにか渋々ながらも納得してもらうことができた。

 そうしながらも、切歌は改めて思う。

 

(そう―――調の愛情たっぷりな料理を知ってる私が、あんなヤツの料理なんかには負けないデス!!)

 

 ………このフラグめいた前振りを自然体でやっている辺り、彼女は神に愛されているのかもしれない。

 頭に『笑いの』と付くだろうが。

 

 

 

 ―――果たして数十分後、今宵の献立。

 

・主菜:鳥ハンバーグの和風野菜あんかけ(付け合わせに焼きネギ)

・汁物:トマト入りのかき玉汁

・小鉢:ほうれん草とちくわのお浸し(すりごま醤油がけ)

・炊き立てご飯

 

「おかわりデェーーース!!! ………ってちがぁーーーーう!!!?」

「食卓で騒ぐのはやめなさい。……で、おかわりしないのか?」

「………大盛でお願いするデス」

 

 愛用している茶碗に盛られたほっかほかのふっくらご飯を受け取り、切歌は再び腰を下ろす。

 

(クッ……まさかここまでとは!? ハンバーグおいしい。で、でもこんな絶品料理になんて負けニンジンともやしの混ざったトロトロソースがめちゃんこ合うデス、じゃなくて!! 調の料理を知ってる私が卵のスープはトマトとなんかちょっとピリッとした風味がベストマッチじゃなくってゴマの香りがでもなくってとにかく負け負け負け負け負け負け負けウマウマウマウマウマウマウマウマウマウマウマウマウマウマ…………!!!)

 

 頭の中でごちゃごちゃ考えつつも、体は素直に勢いよく料理に挑みかかっている辺り根っこの方でどこまでも素直である。そんな妹分の片割れを、マリアは呆れと微笑ましさを半々にした眼差しで見やっていた。

 ちなみにドクターウェルはというと、『……フンッ』と面白くなさげに顔を顰めながらも黙々と食べていた。表情の割に食べる手はよどみなく止まらないので、どうやら味の方はお気に召しているようだ。

 ともあれ、そんな風に切歌が『悔しいっ、でもバクンバクン!!』と言わんばかりに士郎の料理を堪能していた、その時。

 

「―――………、」

 

 スッ、と。

 調がおもむろに立ち上がる。

 その行動に、切歌が『ビッッックーンッ!!』と、反射的に身を縦に大きく震わせた。

 

「し、調!? こ、これはその違うんデス! ハムハムハフハフ!!」

「……切歌。気持ちは何となくわかるけど、せめて一旦食べる手を止めなさい」

 

 慌てて弁明する切歌だが、マリアが思わず呆れ半分の半目で指摘した通り、彼女の両手は茶碗と箸を離すことはなかった。

 と、そんな相方の(よくよく考えれば常とあんまり変わらないかもしれない)奇行に構わず、調は足音も小さく歩き出す。

 食卓を後にする……のではない。共に卓についていた、今回の食事を作った本人のほうへと歩み寄っていた。

 

「……それなりにうまく出来たと思ったがな。何か、気に障った部分とかあったか?」

「っ―――」

 

 皮肉でもなんでもなく、心から自分を気遣っての言葉。

 そうであることを察して、調は殊更に忌々し気に唇を噛んだ。

 ―――その上で、彼女は意を決するように俯かせていた顔を上げて士郎の顔を見上げる。

 こちらを射抜くような真っすぐな瞳は、確かな決意に満ちていた。

 

「………アナタのことは、気に入らない。

 でも、認めるしかない……認めないわけにはいかない、から………だから……!」

 

 詰まるように言葉を溜め、調は自身に発破をかける様に―――それこそ、身投げを彷彿とさせるかのような勢いで頭を下げた。

 そして士郎がそれに目を丸くするよりも早く、彼女は声を張り上げた。

 

 

 

「お願い、します。私を、アナタの料理の弟子にして………!!」

 

 

 

 瞬間。

 冗談抜きで、時が止まったかのような錯覚を発現者である調以外の全員が獲得していた。

 

「――――――な、」

 

 なんでさ、という言葉を口ずさむよりも早く、泡を食って椅子をガタガタと蹴倒して彼女に寄ってきたのは、案の定というべきか切歌であった。

 もっとも、その口の周りには泡の代わりに飯粒がいくつか引っ付いていたが。

 

「な、ななななにを言ってるデスか調ェッッ!!?」

 

 愕然と肩を掴んでくる切歌に、調は思わず視線をそらしてしまう。駆け寄りこそしなかったが驚愕しているのはマリアやナスターシャも同じようで、食事の手を止めて二人の様子に注目している。

 問いただしてくる切歌に、調は重々しく口を開く。

 

「……切ちゃんも分かってるはず。私より、コイツの方が腕が良い」

「そ、そんなこと……」

 

 ない、と言い切ることはできなかった。

 事実、食欲に負けて思いっきり堪能しまくっていたことは自覚してしまっているのだから。

 言い淀む切歌に、調は『それに……』とさらに続ける。

 

「認めるしかない……認めないわけにはいかないの………だって、だって―――」

「ふぇ?」

 

 噛みしめた奥歯の間から、苦渋そのものを漏らすかのような調。彼女はゆっくりと腕を持ち上げ、ある方を指さす。

 つられて切歌がそちらへ顔を向ければ、それを視界にとらえると同時に調が答えを解き放った。

 

 

 

「―――何も言わなくても、マムが野菜をちゃんと食べてるッッッ!!!」

 

 

 

 瞬間。

 再び、時が止まった。

 

「………は?」

 

 思わず、士郎の口からまろび出た呆けたような声。

 それが合図であるかのように、切歌が再び驚愕を爆発させた。

 

「な―――なんデスとォーーーーーーッッッ!!?」

 

 ガバァッ!! と勢いよく振り返る切歌。その視線の先には、同じく驚愕のあまりに思わず立ち上がってしまったマリアと、こちらへと視線を向けたまま固まっているナスターシャの姿があった。

 ゆっくりと食べていたのか、切歌と比べれば大分残っている。しかしそれでも、すでに半分以上を食べ進めていた。

 そう、副菜も主菜も汁物も全てだ。

 

「ほ、本当だわ……お肉ばっかりで自分からはほとんど野菜に手を付けようとしないあのマムが……!?」

 

 マリアが信じられないと言外に添えて声を震わせる。

 

 そう。

 ナスターシャ・セルゲイヴナ・トルスタヤは近しい者の誰もが知る事実として、かなりどうしようもなく偏った食生活を送っているのである。具体的にはガッツリ肉オンリー。

 それこそ、マリアなどが諦観交じりに頭を悩ませていたほどに。

 そんな彼女らからすれば、自ずから野菜を……それも嫌がっている様子もなく食しているというのはそれこそ月の衝突と比して伍するほどの衝撃をもたらしたと言っても過言ではなかった。

 なにせ調たちのやり取りを我関せずといった具合に無関心を決め込んでいたドクターウェルでさえ、驚愕に顔を歪めて固まっていたのだからお察しである。……なお、そんな彼も普段はほぼほぼ菓子ばっかりというナスターシャに負けず劣らぬ極度の偏食っぷりを日常的にかましているのだが、そんな彼でさえ士郎の料理をほぼほぼ平らげているという現実はナスターシャの件の衝撃が強すぎて完全に流されているのは全くの余談である。

 そして、それだけではなかった。

 

「それに、おしょう油もあんまり減ってない」

「「「―――っっ!!?」」」

 

 追加の指摘に、もはや言葉を失ったのか。

 切歌もマリアもついでにドクターウェルも、迸る戦慄に愕然とした表情を取り繕う余裕すらなく晒している。

 

「あ、ありえない……!! あのナスターシャが! 『なんかもうそれ結果的にはしょう油ゴクゴク飲んでるのとレベル変わんないじゃないのかこのオバハン』ってくらいしょう油を湯水のように使いまくっていたあのナスターシャがッッッ!? そんなバカな!?!?!?」

「………申し訳ありませんがドクター、少なくともあなたに言われるのは腑に落ちないのですが?」

 

 ナスターシャの偏った食生活のもう一つの特徴というか、悪癖として『醤油の過剰使用』が挙げられる。

 ともすれば、一回の食事で醤油差しの中身がガッツリ目減りすることも少なくなかった。なお、不健康な人間はもちろん普通に健康な人間も超人的に体を鍛えている人間も須らくマネをしてはいけない。

 しかし調が指摘した通り、テーブルの上にある醤油差しには食事が始まる前とさして変わらぬ量の黒々とした液体が収められていた。

 

 これらの事実こそ切歌とマリアを絶句させ、なにより士郎に対して明確な嫌悪を見せていた調をして彼への弟子入りを決意させるに至らせるものであった。

 一方でそれらを受け、状況をまだ十全とは理解できていない士郎は眼差しを据わらせてナスターシャにじろりと向けた。

 

「………ナスターシャ女史、普段の食生活に関していろいろと聞きたいというかモノ申したいことができたのだが?」

 

 士郎のその物言いに、当のナスターシャ本人は顔ごと視線を背けるばかりであった。それを横目に見て、ナスターシャの陰に隠れているという事実を幸運としてひっそりと噛みしめている極限偏食家(ドクターウェル)が居たりするのは完全に余談である。

 そんなやり取りはさておいて。

 あまりにも予想から逸脱した展開に、切歌はぐぬぬと士郎を睨みつけることしかできなかった。

 夕飯を噛みしめながら。

 

(ぬぬぬぬぬぅ~~~………ま、まだデス! こんなヤツなんかに絶対負けないデス!!!)

 

 既にその台詞で何がしかのフラグを立てていることを突っ込む人間は、当然かつ残念なことにいなかった。

 兎にも角にも、暁 切歌は改めてそんな決意を内心にて強く固めていたのだった。

 

 

 

***

 

 

 

(………………なんてことがあってから、もう三日も経ってしまったのデェース)

 

 そんなことを考えながら、柱の陰からジト目で台所を覗く切歌。ぐぬぬと歯噛みしながら見る先には、昼食の用意に取り掛かる調と士郎の姿があった。

 嫌悪も警戒も据え置きのままであろうが、それでも教えを乞う調の目は真剣そのものだ。いくら士郎が気に入らない切歌と言えど、それを邪魔することはできなかった。

 故に、見つからないように物陰から歯噛みして見守ることしかできずにいる。

 

(しかもこれだけじゃ飽き足らず、最近ではいろいろ手も口も出してきやがってるデス……!!)

 

 そう、例えば―――

 

『そろそろ寒くなってきたからな。ここで使われてたらしい湯たんぽを見つけたから使ってくれ。

 カバーは使われてないシーツを再利用して作ってみた。

 ………ん? ああ、その刺繡はオレが縫ったやつだ。見分けがつきやすいようにな。ネコやらイヌやら、適当に付けたから好きなのを選んでくれ。

 別のが良いって言うんだったらリクエストも受け付けるぞ』

 

 とか、

 

『暁、この服のボタンが取れかかってたから直しておいた。他に服のほつれとか合ったら言ってくれ。ある程度だったら直せるからな』

 

 とか、

 

『二人とも、置いておいた焼き菓子を知らないか? 余った白身でメレンゲを作って焼いたものなんだが……茶菓子として出そうと思っておいたのだが気づいたら無くなっていてな』

 

 ………これに関しては下手人(ドクター・ウェル)はきっちりシメておいた。甘味を奪うもの赦すべからず。

 いやいや、それはさておいて。

 ここでふと、重大な事実に気付いてしまった。

 それは。

 

(………………あっれ、なんかすっごいお世話になってしまってるデス???)

 

 実に今更な事実だった。

 家事については調や切歌も共に行っている。もとより、全て任せるほどに信用してはいない。……が、肩を並べて同じ時間を動けば、必然的に士郎が処理した仕事のほうが圧倒的に多くなっているのだ。

 調ほど家事の熟達していない切歌でも、舌を巻かずにはいられない。

 

 また、昨日からは戦闘訓練も共に行っている。流石にシミュレーターの使用許可は出していないが、ギアや真剣を使わない模擬戦は何度も挑んでいた。

 こちらに関しては調と一緒にやる気満々……というか、思いっきり叩きのめす気MAXで挑みかかったのだが、正直手も足も出なかった。

 先ほども三人共に武器を合わせ(棒の両端に布を厚く巻き付けたものという、ギアの形状を考えれば切歌が一番相性のいいだろうもの)、二人掛かりで挑んだのだが殆どの攻撃を捌かれてしまった。

 しかも、もれなく説教が付いてくる。例えば……

 

『攻撃の軌道を変えるのは良い。だがそれに拘泥して体の軸をブレさせるな。

 緩急を付けることになっても、放つ一撃一撃にはちゃんと芯を通らせることを意識しろ』

 

 とか、

 

『二人の息は合っている。だが、そのせいでむしろ先読みがしやすい。

 もう少しタイミングをずらしたパターンを織り込んでいかないと、まとめてカモになるだけだぞ』

 

 とか、

 

『今のは良かった。下段……足元への狙いをギリギリまで悟らせなかったのは見事。

 だが、肝心の足払い後の立て直しができてない。それじゃあ今みたいにガラ空きの脳天に一撃をもらう羽目になるぞ』

 

 などなどだ。

 ………そこまで考えて、ふと気づく。

 

(………真っ当なことしか言ってない気がするデス)

 

 気がするどころかそのものずばりだ。

 そして自分も調も、訓練の始めこそ士郎への敵愾心が先に来ていたが、訓練を終えたころにはいつの間にか士郎からの言葉を素直に受け入れて体の動きを修正していたことに気付いていた。

 その理由についても、すぐに自覚する。

 

(―――。コイツ、私たちを()()()()()()()()()()デス)

 

 比較として想起されるのは、F.I.Sの研究所にいた頃。

 自分たちをちゃんと……それこそ同じ人間として見てくれていた者は、調やマリアのような同じ立場の者を除くとほとんどいない。

 それこそ、ナスターシャ以外にいただろうか。

 ほとんどの人間……大人はみんな、実験動物(モルモット)として自分たちを認識していたと思う。

 今だって、ドクター・ウェルにそのきらいが見える。だから自分たちはアレを心から信用することなんてできないのだ。

 

 ―――けれど、衛宮 士郎は違う。

 彼はこちらを、それこそ普通の女の子と同じように見ている。

 無論、こちらのことや過去などを知らないからではあるだろう。今まで多く関わってきた研究者でもないからだろう。

 だが、敵である。

 敵である………はずなのに。

 

(………やっぱり信用ならないデス)

 

 よくわからない。

 その不可解さが受け入れ難いと―――切歌は自分に言い聞かせるように胸の内で反芻した。

 と、その時だった。

 

「―――どうせなら、夕食のメニューも一緒に決めちまうか。

 そこの物陰から覗いている二人、なにかリクエストとかあるか?」

「デェスッ!?」

 

 ビックゥゥッッ!!! と。

 不意に話しかけられ、切歌の体が縦に大きく震える。一方で思わず心臓が止まるかと錯覚するほどの驚愕に、思わず涙目になって胸を抑える。肋骨の内側で盛大に暴れ回る鼓動に、思わず息が荒くなる。

 

(バ、バレてたデス!!?!?)

 

 本人からすれば予想だにしないといった様子であったが、さもありなん。士郎と調の位置から見ると、切歌の姿は割と目立って見えていたのだ。それでなくとも参入を決めてからこっちことあるごとにこちらを見張っていたのだ、それで気付かないはずもなかった。彼からすれば微笑ましいような呆れるような、どうにも反応に困って苦笑が浮かんできてしまう。

 調からしても複雑なのか、こちらもどこか居た堪れないような表情を浮かべていた。

 そんな二人の反応をよそに、息を整える切歌であったが、そこでふと気づく。

 

「………二人?」

 

 疑問を口ずさみつつ振り向けば、そこにはいつの間にかもう一人が立っていた。

 

「マリア………」

 

 

 

***

 

 

 

「落ち着いたか、暁? ……それと、なにか用でもあったか? カデンツァーーー」

「『マリア』でいいわ。言う方も聞く方もまだるっこしいでしょ、その言い方」

 

 淹れた茶をそれぞれに差し出しながら話しかければ、マリアが言葉を遮ってきた。その内容の割に、態度には警戒の色が見える。

 それもそのはず。士郎が参入してからこちら、マリアは切歌よりも慎重に士郎のことを監視していたのだ。

 

 確かに、仲間に引き入れると聞いたときはさほど間を置かずに是と頷いた。

 しかしそれで遺恨なく警戒を胸襟を開いたというわけではなく、むしろ彼女が士郎に抱く警戒心は調と比しても変わるものではない。

 ならばなぜ士郎を引き入れることを了承したのかといえば、この怪しい男を監視するためでもあった。使っている力の詳細はこちらで把握しきれていない以上、それを完全に封じる手立ては見当もつかない。

 人員的にも設備的にも十全な体制での監視も不可能な以上、多少の自由を与える形となってもすぐ傍で見張ることができ、いざとなれば対応することができる状況を保持している方が遥かにマシだと判断したのだ。

 

(まさかこんなことになるとは思ってなかったけども………!!)

 

 まさかこちらの衣食住の全てに介入し、あまつさえその全てを改善して見せるとは思ってもみなかった。食事も掃除も素晴らしかったが、何気に洗濯の方まですさまじいとは。というかどうやったら仕上がり後の衣服やシーツがあそこまで肌触りが良くなるというのか。

 それでも流石に乙女の最終防衛ラインとして下着だけは自分たちの手で対応していたが。………というか、いくら何でも年頃の女子が夫でもない成年男性に下着の扱いまで委ねてしまうのは流石にいろいろとダメすぎるだろう。

 

 ―――と、そんな風に敵対している某ツヴァイウィングの青い方を無自覚に刺すようなことを考えているマリア。

 そんな彼女の思考をよそに、士郎は一拍置いてから言葉を返す。

 

「……、わかった。それじゃあ遠慮なくマリアと呼ばせてもらうよ。

 それで、改めて訊くが何か用か?」

「別に。特段、用事があったわけではないのだけれど……あぁ、でも」

 

 出された茶で唇を湿らせてから、思いついたような様子で士郎を見据える。

 

「改めて、感謝させてもらうわ。

 ………特に、マムとドクターの偏食に関して」

「ああ……」

 

 その謝辞に、士郎は思わず納得と共に苦笑を浮かべる。

 昨日の夕飯など、ナスターシャはメニューを焼き魚と告げた途端に目に見えて……と言うほどではないが、付き合いの浅すぎる士郎の目からしても辛うじて分かる程度にはテンションが下がっていたのだから。ちなみに、ドクターウェルの方は解かりやすく盛大に文句を漏らしていた。

 しかし、マリアからすればそれだけで済んでいるだけでも舌を巻くほどの快挙であった。なにせ、実際に食卓に出されればなんやかんやで平らげてしまっているからだ。

 あのドクターウェルでさえも、グチグチ言いつつきちんと食べているというあたり、知る者からすれば凄まじいとしか言いようがない。

 

「素朴な疑問なんだが、今まではどうしてたんだ?

 月読が全部なんとかしてたのか?」

「まさか。私たちも協力してたわよ。

 ………と言っても、私がやったのはせいぜいお持ち帰りくらいだけど」

「お持ち帰り?」

 

 鸚鵡返しをする士郎に、マリアはかつてに思いを馳せるかのように眼差しを遠くした。

 

「アーティスト活動で現場に行ったりするとね、ケータリングやらビュッフェやらでお料理が食べ放題だったりするところとかあったりしてね。

 そういうところにタッパー持ち込んでいろいろ詰めて……本当、お世話になったわ……」

「それは……なんとも……」

 

 思わず言葉を濁らせてしまう士郎。

 出先でタッパーに総菜を詰めまくる新進気鋭の歌姫。

 ある意味、筆舌に尽くしがたい光景だっただろう。

 押し黙る士郎をよそに、マリアはしみじみと言葉を続けていく。

 

「しかもマムはお肉じゃないとあんまり食べてくれないし、ドクターはドクターでお菓子ばっかりだし、調や切歌だって育ちざかりなんだから色々食べさせてあげないとって……」

「ちょっ、マリア!?」

「い、いくら何でも恥ずかしいデス!」

 

 横合いからの慌てたような妹分たちの声に、マリアはハッとして見やる。俄かに自分たちのことまで言及されたためか、二人の頬は赤く染まっていた。

 しまった、と思う。どうやら、思っていた以上に気が緩んでいたらしい。

 気まずげに正面へと視線を移せば、そこには真顔でこちらを見据える士郎の姿があった。

 なんとなしにそのまま、無言で見つめ合ってしまう。

 

「………」

「………………」

「………………………」

「………………………………、クッ」

 

 と、ややあって士郎が噴き出した。顔を逸らし、口元を抑え、肩を震わせている。

 マリアは、今度は自分の顔が羞恥に紅潮するのを自覚していた。

 

「~~~っ! わ、笑うことはないでしょう!?」

「っ、ああ、スマン。悪かった。……いや、別にバカにしたとかいうわけじゃないんだ」

 

 思わず立ち上がるマリアに、士郎が息を整えながら制するように手をかざして弁解する。

 事実、彼はマリアを嘲弄する意味合いで噴き出したのではない。

 実際の理由は二つほどあり、一つは彼女の所帯じみた台詞に先までの張り詰めているかのような凛々しさとギャップを感じ、それをどこか微笑ましく思ったからだ。

 とはいえ、こちらは口に出すつもりはない。士郎当人はそのつもりはなくとも、当の本人がどう受けとるかは別な話であるからだ。

 さしもの衛宮 士郎(ぼくねんじん)と言えども、それくらいの察しはつくのである。一応。

 そしてもう一つは、

 

「ただ……自分が料理とか始めたきっかけをちょっと思い出しただけだよ」

 

 郷愁(ノスタルジー)を伴った共感(シンパシー)だった。

 士郎は自分で入れた茶を一口啜り、一拍を置く。

 

「オレは元々……災害孤児、みたいなもんでさ。助けてくれた爺さん……養父になってくれた人に引き取られたんだが」

 

 その当初のことを思い出して、士郎は思わず小さなため息をついてしまう。当時のこと、そしてそれに伴う苦労を思い出し、つい漏れ出てしまったものだった。

 しかし、そのくせ彼の顔に浮かんでいる表情は陰を感じさせない柔らかなものだった。

 

「これがまた、今までどう生きてきたのかわからないくらいに生活能力がなくてな。『これはオレが何とかしなくちゃならない』……幼心に、そう思ったもんさ。

 同じころに知り合った姉貴分も、そういったことは不得手だったから余計にな」

「……料理も、それで?」

「というか、切っ掛けの最たるモンはそれだな。オレが引き取られた頃には既に体を悪くし始めてな。それで体に良いものをってことで和食をメインに覚えていったんだけど……」

 

 調からの問いに答えていた最中、呆れ交じりに笑みが漏れる。

 それは力の抜けた、ともすれば年齢よりも幼く見えそうな屈託のない表情で。

 

「―――、」

 

 マリアは僅かに、息を呑んだ。

 それに気づかず、士郎はさらに続ける。

 

「これがまた……当の本人は子供舌というか、いわゆるジャンキーな食べ物が好みでさ。

 ハンバーグやらなんやらが食べたいって、わがまま言ってきたりしてな」

 

 『大変だったよ』と嘯きながら、やはりどこか楽し気な様子で語る士郎。

 そんな彼に、ポツリと問いかけたのはマリアだった。

 

「その、アナタのパパさんって今は?」

「パパさん、て……いや、まあそれからしばらくして本格的に具合を悪くしてね。

 引き取られて六年目の冬だったかな。………静かな最期だったよ」

「………っ。ごめんなさい、不躾だったわね」

 

 士郎の言葉に、マリアだけでなく切歌や調を含めた三人共が顔を俯かせる。その反応に、士郎は僅かに頬を引きつらせる。

 しまった、もう少し話題を選ぶべきだったかと、今更に痛感する。

 

「悪い、昼飯の前にするには少し重い話だったか」

「気にしないで。話を振ったのは私の方だもの」

「そうか……なら、オレの方も気にしないでくれ。

 亡くなった後も、姉貴分がしょっちゅう入り浸ってたからな。寂しさなんてものとは無縁だったよ」

「そんなはずない」

 

 と、そこで。

 唐突な否定に、士郎は思わず鼻白んだ。

 即座にそんな言葉を返したのはマリアで、そのことに切歌と調も呆気にとられたように彼女を見ていた。

 

「マリア……?」

「寂しくなかったなんて、そんなはずないでしょ」

 

 重ねられる断定、確信を持って放たれる言葉。

 だって、なぜなら。

 

「あんな風に、懐かしそうに、楽しそうに、過去を振り返られるような人を」

 

 それだけ、大切だっただろう人を。

 かけがえのなかっただろう、誰かを。

 

「―――喪ってしまって、寂しいなんて思わなかったはずないでしょう……?」

 

 ともすれば、泣き出してしまうのではないか……士郎は思わず、そんな心配をしてしまった。

 それほどまでに、マリアの言葉は切実な響きを孕んでいた。

 或いは、()()()()()()()()()()というべきか。

 

「………」

「…………、」

 

 沈黙が、続く。

 マリアも、士郎も、調や切歌も、それを破るための言葉が思い浮かばなかった。

 それはマリアの放った言葉の真摯さゆえか、もしくはそれがどうしようもなく的を射てしまっていたからか。

 そうではないとひていることもできないまま、どうしようもなく押し黙ってしまう。

 故に。

 

 

 

「ちょっとちょっとなんです? 真昼間からなんでこんなお葬式みたいな空気になってるんですか?」

 

 

 

 それを刷新したのは、外様からの場違いなほど軽い調子の言葉だった。

 それに一同が振り向けば、そこには。

 

「ドクター、それにマムも」

 

 マリアが言った通りの二人が、入り口からこちらを眺めていた。

 ナスターシャの方は平時と変わらない様子だが、対してドクターウェルの方は明らかに不機嫌な様子だ。いつもの慇懃無礼とも言える最低限の取り繕いすらしていない。

 士郎は若干気になりながらも、素知らぬ様子で以って二人に向き直る。

 

「悪いけど、昼食についてはまだ何もできてないんだ。

 ちょうど夕食のことも含めて彼女たちと話し合おうと思ったんだが、どうにも雑談の方が盛り上がってな」

「『盛り上がった』、という空気には見えませんけどねぇ?」

「ドクター」

 

 表情を怪訝なものに歪めるドクターウェル。それを制するようにナスターシャが声をかければ、彼は不機嫌さをあからさまに鼻を鳴らして押し黙った。

 そうした上で、ナスターシャは一歩……というよりも一歩分程度、車椅子を進めて士郎を見やる。

 

「こうして私たちが来たのは、アナタにお願いしたいことがあるのです」

「なんだ? ちなみに夕食のメニューを肉オンリーにしろって言うなら、それを叶える代わりに翌日以降は一週間は野菜オンリーで腕を振るわせてもらうからな?」

「……………………お願いしたいことは別にあります」

「その割には随分と間が空かなかったか?」

(今、めちゃくちゃ悩んでたわね、マム)

(すっごい葛藤してた)

(めちゃんこ間が空いてたデース)

 

 思わずジト目になる士郎に、なんだか居た堪れないような表情を浮かべるマリア、調、切歌の三人。

 場の空気が妙な方向に染まりかけ、気を取り直すようにナスターシャが前置きとして咳ばらいをする。

 

「ミスター、あなたにはとある実験に付き合っていただきたいのです」

「実験?」

「正直、ボクとしては全く気が乗らないんですけどねェ?」

 

 聞こえよがしに溜息を交え、心底イヤそうに吐き捨てるドクターウェル。どうやら、彼の露骨なまでの態度はそれが理由らしい。

 そんな彼を、ナスターシャが厳しい眼差しを向けて窘める。

 

「ドクターウェル。この試みがうまくいけば、今後の懸念が一気に払拭されるのはアナタも理解したはずです。

 よしんばうまくいかないのだとしても、今後彼が我々と歩みを同じくするのならば、どの道『アレ』を彼に見せないというわけにはいきません」

「『アレ』……? もしかして、【フロンティア】とかいうヤツか?」

 

 士郎は以前にナスターシャから聞かされた、月の落下を防ぐ鍵となるという代物の名を挙げた。

 しかし、ナスターシャは首を横に振って答えた。

 

「【フロンティア】の方についてはまた別の機会に。

 今回はそれを目覚めさせるための手段の方です」

「………そういえば、そんなことも言っていたか」

 

 完全聖遺物【フロンティア】、それを扱うためにはまた別の聖遺物が必要となる。

 そんなことを聞いた夜のことを思い返していると、ナスターシャは士郎を見つめながら一拍を置いて言う。

 

「全ては【フロンティア】を起動させ、月の落下から世界を救うために。

 ―――その為に、()()()()()【ネフィリム】の完全なる覚醒が必須なのです」

 

 冷徹な表情に不撓不屈の決意を湛えた瞳。

 最初に対峙した時から変わらないその面差しを差し向けられながら、

 

(………、【ネフィリム】)

 

 厳かに告げられたその名を、士郎は口の中だけで転がした。

 何故だか、その場では声音に乗せて呟くことはしなかった。

 士郎にはその響きが、どこか不吉なものとして感じずにはいられなかったからだ。

 

 

 

●●●

 

 

 

【教えて!? ブルマ師範!! ぷち】

 

○本日の衛宮ごはん

・主菜:鳥ハンバーグの和風野菜あんかけ(付け合わせに焼きネギ)

・汁物:トマト入りのかき玉汁

・小鉢:ほうれん草とちくわのお浸し(すりごま醤油がけ)

・炊き立てご飯

 

 ご飯以外のメニューに共通しているのは、『スパイスや香味野菜で単純な味付けとは別に風味を加えていること』と『とろみを加えることで舌に味が残りやすくしていること』。

 

 主菜は鶏ひき肉をさらに丁寧に潰し、口触りをふんわりと柔らかく仕上げたハンバーグ。

 ソースは和風の味付けに仕上げた餡で、ショウガの風味を強めに利かせている。

 また餡にはモヤシ、同じ大きさに刻んだニンジンをたっぷりと使っており、柔らかいハンバーグに対して食感の方のアクセントも加えた。

 付け合わせのねぎはぶつ切りにしたものをしっかりと焦げ目がつくように焼いたもので、軽く塩を振ってある。そのまま食べるのも、餡に絡めて食べるのもお好みで。

 

 汁物はすまし汁仕立てで、とろりとまろやかな卵の風味にさわやかなトマトの酸味。更にコショウのピリッとした辛味が全体を引き締めている。

 

 小鉢の方は普通のお浸しであるが、ただのしょう油ではなくよく擂った炒りゴマを醤油で溶いたものを用いることで、ただしょう油をかけるよりも口当たりをまろやかに且つ、ゴマの風味で味わいを深くしている。

 また、ペースト状になっているので味が乗りやすく、相対的にしょう油の使用量を抑制できる狙いもある。

 

 

 

師「なお、ここまでつらつら偉そうに書いている筆者はロクに料理したことがありません」

β「えぇ……」

師「一応、炊飯器なら米は炊けるし、チャーハンとかその派生くらいなら何とか作れる……んだけど、それも作ったの大分昔なのよね。しかも自分以外の人に作った経験皆無だし」

α「うーん、この………」

師「なので料理に関しては頭の中で捏ね上げたものなので、実際に作ったらどうなるかは不明。

 『もし試してみる人がいたら、自己責任でお願いします』だそうよ。責任は負いかねますって」

α「まあ、そりゃそうだろうが……」

師「ちなみに、献立の内容自体は大分昔からあーでもないこーでもないと考えて出力したモノね。

 理由としては、『調が士郎に弟子入りするための理由に説得力を持たせるため』」

α「まあ、ただ料理が上手いってだけじゃ弟子入りする理由にはならないしな。ちゃんとした料理人ってわけじゃないし」

師「そのために必要なワンクッションにナスターシャを使ったわけね。

 つまり『野菜を食べさせる』、『しょうゆをあまり使わせない』っていう二つね」

β「……確かにそんお二つのハードルをクリアされたら、気に入らない相手でも認めざるを得ないのかもしれませんね……」

α「……だが、メインはともかくお浸しの方は放置されててもおかしくなかったんじゃないか?

 肉っ気ゼロだぞ?」

師「一応、イメージとしては『ハンバーグのソースの野菜が上手かったし、せっかく出されたものなので一口でも食べてみるか』からの『実食したらうまかった』っていう流れらしいわ」

α「ちょっと苦しくないか?」

師「ま、普段だったら完全スルーしてるだろうメニューも食べてたから調も余計に認めざるを得なかったってことらしいわ」

 

 

 

 






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 と言うわけで、第二期後話目です。
 ………(更新が盛大に遅れたのは)本当にすまないと思っている。
 なんかもう、書き方を忘れたってレベルで思うように分が書けなくなってまして………
 更に言い訳重ねちゃうと、
 ・微妙にメンタルダウナーになってた。
 ・リアルが忙しい日が続いてた。
 ・十月くらいに(医者とか病院行くレベルじゃないけど)半月近く妙に腹の調子が悪かった。
 なんていうのもありました。

 そんな諸々の上で何とか出せた今回……うん、なんか劣化しちゃってる感が……(汗
 とりあえず、書きたかったところと掻いておかなくちゃいけないところはちゃんとできたかなと思います。

 はい、弁明終了。
 こっから解説です。

・冒頭、奏と慎次
 芸能活動の自粛云々はオリジナルの解釈ですが、十分にありえるかなと。
 ……うん、全世界生中継でノイズバーンのシンフォギアギャーンの宣戦布告とかされたらね(白目

・万能家事職人、衛宮就任
 実は連載開始する前から考えていた展開として、切歌が『絶対服従デス!!』とか士郎に言って、士郎がパーフェクトな執事ムーブで『切歌お嬢様』とか言いながら傅いたりして脳をこんがり焼いて性癖の壁をこじ開けかける……という展開も考えてました。
 しかし、『執事服着てるわけでもないのにそれやるのはニコポネデポの亜種にしかならんのでは? 早着替えとかさせるのもなんか違うし』というセルフ突込みでお蔵入りになりました。
 なお、なんやかんやで切歌が元に戻る様にいうのですが、その折にナスターシャがぼそりと『もったいなかったですね……』とか呟いたりするっていうのまで含めて予定立ててましたが、全部ボツになりました。残念。

・調、弟子入り
 実はこの流れも連載前から決定していました。
 なんで感想欄で弟子入り云々言われたときはちょっとびっくりしました。
 ちなみにナスターシャが食べるための説得力に関しては、スパイスや香味野菜を活用して風味付けするというイメージもあります。
 ショウガ好きな人はあんかけに細かく刻んだショウガを混ぜてもうまいんじゃなかろうか。……実際に作る方がいたら自己責任でオナシャス(爆
 あと、ナスターシャの肉食偏食に関してはアメリカ在住だったということを考えるとありえなくはないのかとも。
 実際の一般的なアメリカの方の食生活とかはっきりとは知らないので、明言はできないのですが。
 ただ、日常的に野菜ふくめて色んな食材を色んな料理でほぼ日替わりに食べている国って日本くらいだって言う話をどこかで聞いたような気が。
 しょう油を大量に使うのは病気のせいで五感が鈍くなってるから……と言うのも考えてたんですが、平行世界でも変わらないっぽいんで素かもしれませんね。
 ドクターの菓子偏食に関しては言い訳無用でしょうが。

・切歌が振り返る、士郎の三日間ダイジェスト
 元が病院だったので湯たんぽとかは普通にあったんじゃないですかね。
 刺繍に関しては士郎はやる。(確信)
 というか大昔のアーネンエルベ舞台のマンガでアーチャーがネコアルクにエプロンにアップリケとか付けて渡してた記憶あるから、やってもおかしくないはず。
 戦闘訓練に関しては、実はこっちメインで描写するつもりだったんですがあんまりうまく出来なかったんでボツになり、その名残だったり。
 なので初手で足払い狙った結果、士郎が反撃としてがら空きの脳天にクリティカルヒットぶちかまし、盛大に悶絶する羽目になった切歌とかはなかったことになったのだ!(起きなかったとは言っていない

・士郎とマリアの対談
 ぶっちゃけ士郎にマリアを名前で呼ぶようにしたかったのと、マリアが切嗣をパパさん呼びするのを書きたかっただけであったり。
 特に前者は割と切実。『カデンツァヴナ・イヴ』って呼ばせ続けるのも違和感凄かったからね!!


 ………と、こんな感じ。
 最後に言っていた実験云々については、次回にて。
 割と肩透かしになってしまいそうですが、伏線としては割と地味ながらもガチ目に重要な部分となる予定です。



 では、ここから雑談。

 まず、シンフォギアXDUについて。
 2024年1月いっぱいでサービス終了。
 ……感想欄で指摘がありましたが、ぶっちゃけあんまりサ終そのものには影響とかなかったり。
 それでほぼほぼ設定とか固定されたってことになるので、むしろ書きやすくいとも言えますね。
 ………まあ、最後の最後で盛大に爆弾落しやがったんですが。『End of……編最終章』ェ……
 実は平行世界じゃなくてアヌンナキの手で調整された異星でしたとか……
 でも型月設定的には割と説得力あっちゃう……特にデュプリケイタ―関連。
 物理的な距離をべらぼうな量のエネルギーを使って力業で何とかするって考えると、科学の力で第二魔法やっちゃったよりかはまだしもすり合わせ的には楽かもしれないし。

 ちなみに、現状ではこの作品内での設定の変更は今のところないです。

 ・士郎がシンフォギア世界にやってきたのは凜による第二魔法。
 ・ギャラルホルンそのものに次元や時空に干渉する能力自体は存在している。
 ・周囲からの認知として、『ギャラルホルンは平行世界に干渉する機能を有している』と認識されている。(この手の認知関連は哲学兵装の定義において割と重要)

 ……と言う感じですので、大丈夫かなと。
 ただ、予定していた最終章関連に関しては修正が必要なので、もしかしたらオリジナルにテコ入れするかもですね。
 まあ、マジで何年後になるんだって話ですが(爆



 それでは、こっからFGO雑談。
 新規に手に入れたのがこちら↓

 ・レディアヴァロン
 ・村正
 ・ニキチッチ
 ・ククルカン
 ・大黒天
 ・トネリコ
 ・水着キャストリア
 ・ノクナレア
 ・水着バーヴァンシ―
 ・水着メリュジーヌ
 ・アイリスフィール
 ・クロエ(弓)
 ・ワンジナ
 ・式(殺)
 ・メカエリチャン二号機
 ・水着刑部姫
 ・善住坊
 ・テセウス
 ・水着信長
 ・魔王信長
 ・茶々丸
 ・龍馬(騎)
 ・新八
 ・孫一
 ・謙信ちゃん
 ・ネモサンタ

 ………うん、だいぶ間が空いたせいでちょっと多すぎるかなって。
 というかこう見ると結構ガチャでの勝率高かったな、下半期。

 Xでも書き込みましたが、デスティニードローでレディアヴァロン出たのはびっくりしました。これで2022年の水着鯖で持ってないのは水着伊吹だけですね。
 水着の6章組に関してはバゲ子以外はゲットできました。……バゲ子が出なかった結果、ちょっと沼って水着トリ子が宝具5になったりしましたが。
 星4配布に関してはクリームヒルトと水着アナと迷いましたが、最終的には限定優先でコイントスして決めた結果、水着おっきーになりました。
 善住坊とテセウスはPUガチャで出なかったのでフレポの方で……なかなかでなくて3回くらい鯖定員がいっぱいになったりしまっしたが。まだどっちも宝具5になってないし。

 Wノッブに関しては『けっきょく闇コヤンもテュフォンもPUなかったし、ぐだぐだ始まる直前だけど一回だけ11連回すか。水着の方だけでも出ればラッキーだわwww』でまさかどっちも出てくるとは思わなかった。
 これでノッブ揃い踏み、カッツももう寂しくない……
 晴信ガチャは謙信ちゃん来ると思ってたので控えめ……にしてたら等の謙信ちゃんは呼符9枚で来てくれました。(ついでに新八も二人目来てくれました)
 めっちゃ嬉しい。……そのあと、沖田さん試したら一ちゃんすら来てくれなかったけど。
 利休駒姫も回そうかと迷いましたが……正月も控えてるし、今回はお見送り。
 とりあえずその分、正月にはストガチャも久しぶりに一回だけ11連回そうかと思ってます。
 ネモサンタは、スキルマにしました。

 次の正月鯖は、ここ数年は一年おきにフォーリナー来てるので、フォーリナーなオルガマリー所長か青子が来るんじゃないかと予想。


 ……と、今回はこの辺で。
 えー、今年も残すところあとわずかですが、寒さが大分厳しくなってきたので皆様お体にはお気をつけて。
 次回はもうちょっと早くに出したいと思ってますが、次の話が実のところ頭の中でもあんまりまとまってないのでまた間を置いてしまうかもしれません。
 気長に待っていただければありがたいです。

 それでは、この辺で。
 皆様、メリークリスマス&良いお年を!!


 ……村正と魔王ノッブは第一臨で使ってたり。
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