戦姫絶唱シンフォギア赫鋼―アカガネ―   作:樹影

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 X(旧:Twitter)やってます。更新予告とかしてるので、よろしければフォローしてくれると嬉しいです。

 前回ここで書いていたXDUのオフライン版、有志の方のアドバイスのおかげで無事にプレイできるようになりました!
 ありがとうございます!!
 ………うん、スマホ容量めっちゃ取って邪魔。
 パスワードとか使いまわせないしそもそももう配布終わってるからどうしようもないという……
 ……ほんと、ブラウザ版でもオフライン配布してくれれば……


7:The adversely affecter/黒き刃は雷霆のごとく

 

 

 

 夜も更けに更けた深夜。

 日付の境も越えて久しく、ともすれば朝も近い時刻。

 【浜崎病院】と呼ばれていた廃墟の内側は、修羅場にして鉄火場の様相を露わとしていた。

 

「ハァアアアアアアッッ!!」

 

 裂帛。

 疾走。

 そして衝撃。

 光輝を纏った拳が、夜闇に染まった廊下に一条の軌跡を描いていく。

 

「セヤァッ!!」

「ちょせぇっっ!!」

 

 更には斬撃と銃声。

 白刃の煌めきと銃火の瞬きはさながらステージ演出か。

 全てをひっくるめた伴奏(セッション)が、ノイズという不可侵であるはずの災厄に威を叩き込んでいく。

 

 本来ならば抗いようのないはずの特異災害(ノイズ)という存在。それを相手取り、散らしていく麗しくも勇ましき姿は正しく『戦姫』。

 ―――本来ならば、憚りなくそんな風に言い切れる情景であるが、しかし。

 

「………っ、はぁっ! はぁ、はぁ……」

 

 拳を振り抜いた響が息も荒々しく肩を上下させている。

 いや、彼女はまだましな方だろう。翼もクリスも肌に汗の珠を浮かばせながら呼吸を大きく乱しているが、それだけではない。普段と比べれば動きのキレも鈍っており、ともすれば大雑把になりかけている。

 連戦や継戦からの疲弊、というには余りにも不自然だった。なぜなら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 かつての戦いなら、規模でも時間でもこれの上を行くものはいくらでもあった。暗く閉塞した室内であることや体調の差などを鑑みたとしても、こうまで消耗するのは明らかに不自然だった。

 それに。

 

「っ、クソ……! どうしてこんなに手間取んだよ!?」

「なんか妙にタフっていうか、うまく倒しきれない……!」

 

 クリスと響が戸惑いを強く声に乗せる。

 彼女たちの目の前で、自身の攻撃を食らったノイズたちが身を揺らしながら塵になって崩れかけた体を再生させていた。

 もちろん、崩れ去ってそのまま散る個体も多い。しかし、普段ならばこうまで打ち漏らしが出ることは少なく、そもギアによる攻撃をまともに食らってここまで平然と再生するような事態など、そうそうなかったのだ。

 ………ここまでならば、まだマシだった。

 より深刻な問題が、すぐそこで起こっている。

 

「―――づ……は、ぁ……んっ……」

「っっ!? 奏っ!!」

 

 ここまで共に駆け抜けてきた奏が、今にも膝を屈してしまいかねない様子で身をよろめかせていた。その様子に、翼が悲鳴めいた声を上げる。

 慌てて駆け寄り、支えようと手を伸ばす翼を、奏は手で制した。

 

「だい、じょうぶだ。これくらい、なんとも―――」

「ないって言うにはっ無理ありすぎるだろ、オイ!!」

 

 牽制としての弾幕を張りながら、奏を背にして守るようにノイズたちに立ち塞がるクリス。

 チラリと覗き見た奏は強がるように笑ってみせていたが、この中で誰よりも粘ついた汗を多く滲ませている様子に説得力はない。恐らく、明るい場所で見れば顔色は紙のように白くなっているだろう。

 

 全員に襲い掛かっている明らかな不調。

 その抜本的な原因は不明だが、何に因って引き起こされているかは明らかだった。

 それを、通信ごしに弦十郎の野太い声が指摘する。

 

『聞こえているか、皆!! もうわかっているだろうが、お前たち全員のギアの出力……いや、適合係数そのものが落ちている!!』

 

 適合係数……つまり、装者と聖遺物とのシンクロ効率。これが高ければ高いほどに、彼女たちはその力を強く発揮できる。

 ならば逆に低ければ、その力を十全に揮うことは難しくなる―――()()()()()()()()()()()

 

『このまま戦闘を続けるのは危険すぎる!! 下手をすれば、ギアからのバックファイアでどうなるかもわからん!!

 特に奏は、すでにギアが維持できてるのが不思議な状態だ!!』

 

 欠片とはいえ、聖遺物の力を具現化して身に纏うシンフォギアというシステムは、相応に強い反動が存在している。

 本来なら適合係数を高めることによってそれを大幅に軽減させているのだが、現状ではそれは難しいと言わざるを得ない。

 言ってしまえば現在の彼女たちは諸刃の剣を鎧にして纏っているようなものであり、下手をすれば己の力で自滅しかねない状態に陥っているのだ。

 

『作戦は中止―――全員一刻も早く撤退しろ!』

「っ、冗談じゃねぇ………こんくらい……!」

「ダメ、奏!!」

 

 前に進もうとふらつきながらも進もうとする奏に、翼が悲鳴じみた声を上げる。

 明らかに人為的だろうこの状況に、奏は明らかに最も強く影響を受けていた。

 彼女は元々、この中で唯一LiNKERの補助を受けてギアを纏っていた人間だ。使用そのものからは脱却できたとはいえ、その事実を鑑みればあながち無関係とは考えにくい。

 

 見当はこちらが的中していた。しかし、目論見を外された。

 無数のノイズが狭い屋内に犇めく中、このままでは留まっているだけでも脱出が難しくなっていく。

 ここに至り、この廃墟が眠りこける虎の巣ではなく、手ぐすね引いて待ち構えていた蜘蛛の巣だと思い知らされる。

 進撃の続行か、中断の退却か―――翼の脳裏にその選択が明確に浮かび上がり、

 

 

 

「Guuu………」

 

 

 

 選ぶよりも先に、怖気の様な戦慄が背筋を駆け抜けた。

 

 耳朶を(かす)かに叩いた、低い唸り声。

 それに気付き、咄嗟に振り向いたのは確かに僥倖だったのだろう。

 

「―――GuuWohhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh!!!」

 

 直後。

 咆哮と共に《ノイズが爆散した》。

 

「なっ―――!!?」

 

 より正確に言えば、背後からの『ナニカ』によって砕き散らされ、黒塵となっていく欠片が爆風のごとくまき散らされていく。

 その突然の事態に驚愕する最中、一直線に黒い影のようなモノが自分たちへと向かってくるのが分かった。

 

「ッッッ! ハァッッ!!!」

 

 翼がそれを迎え撃つことができたのは、直前にその兆候に気付いていたことが半分。もう半分は、防人たらんと費やされてきた鍛錬の賜物だ。

 半ば反射じみた斬撃は、影を真正面から強かに打ち据えた。

 

「Gyau!?」

 

 悲鳴、で良いのか。

 文字通りに出鼻をくじかれた()()は地面に叩きつけられ、そのままの勢いで跳ね上がり、天井を経由して改めて着地した。

 傍から見ればまるでボールのように弾んだように見えただろうが、実際は自身の膂力による力業である。

 

 そう、膂力。即ち腕力。

 這うような姿勢で少女たちをねめあげるかのような『ナニカ』には、腕があった。或いは、腕のような前脚が。

 後ろ足に比べれば異様に発達し、一対合わせて全体の半分は占めていそうな異形の剛腕。

 四肢を繋ぐ胴体はさほどに大きくなく、対して頭部―――特に顎部が異様に大きい。

 一見すれば耳目はなく、鼻の存在も怪しい。故に涎を垂らし、牙を剥くその(アギト)ばかりが殊更に目を引く。

 どこか両生類じみた滑るような質感の表面は黒灰の一色に染まり切り、所々の裂け目のような器官が蛍光じみた黄色い光を放っている。

 

 総じて、異形。

 つまりは、化け物。

 ノイズと比して尚、異彩を放つ怪物が息を荒げて身構えていた。

 

「なに、アレ……?」

 

 響が、たまさか不調を忘れて呆然と呟いた。

 それはあまりにも外見的なものもあるが、それと同時にある事実からくるものだ。

 

「今、()()()()()()()()()?」

 

 そう、ソレは襲い掛かってきた時、ノイズを自ずから砕き散らして吶喊してきた。

 シンフォギアを除く通常の兵器の一切を寄せ付けず、触れた生き物を黒い灰と散らしてしまうノイズをだ。

 それだけではない。

 

「オイ、いま思いっきりアームドギアで攻撃ぶち込んだよな?」

「無論だ。しかし―――」

 

 訝し気なクリスの疑問に、翼は答えつつも懐疑を抱く。

 目の前の異形は健在に見える。痛痒すら感じていたかも怪しい。

 翼自身、今の手ごたえは微妙な所ではあった。

 咄嗟の反応によるもの、ギアの出力が落ちていたこと、それによる不調があったこと………それらを踏まえれば、なるほど仕留めきれないのもむべなるかな。業腹なれども飲み込まざるを得ない。

 だが、疑問はそれではない。

 

「―――炭素と砕けない、だと?」

 

 そう、アームドギアを以ってしての攻撃。フォニックゲイン諸共に叩き込まれたそれは、ノイズならば受けたところから塵と散るはずである。例え仕留めきれずに再生されようとも、それは変わらないはずだ。

 しかし目の前のソレに、そんな様子は見られなかった。散ってから再生したのではなく、だ。

 それが意味為すことは、つまり。

 

「ノイズじゃ、ねぇってこと、か」

 

 誰よりも息を荒げながら、誰よりも力強く睨みつけて奏が呟く。

 その時だ。

 廊下の奥から、パチパチと手を叩く音が聞こえる。

 

「え?」

 

 拍手。

 一人分で奏でられる場違いな喝采は、白々しさに溢れていた。奏はなんとなしに、嘲笑われているかのような錯覚を得てしまう。

 しかし、響が反応したのはそんなことではなかった。彼女が思わず戸惑いに声を漏らしたのは、手を叩いている人物そのものの姿だ。

 ノイズの群れの奥、夜闇の帳から姿を露わとしたその人物は、メガネのズレを直しながら呟く。

 

「なんだ、意外と敏いじゃないですか?」

 

 途端、壁のように通路を塞いでいたノイズたちが、道を譲るように左右に分かれる。

 襲ってきた謎の異形は、身を翻すとそうしてできた道をなぞるように進んでいく。やがて闖入者の横にいつの間にか鎮座していた檻の中へと入っていき、身を潜り込ませると同時に檻は自動的にその蓋を閉じた。

 そんな異形の一連の動きをよそに、今度こそ人影の正体がはっきりとする。その姿に、響は驚きを重ねた。

 

「―――ウェル博士!?」

 

 ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス。

 特異災害対策機動二課に出向していた、米国の聖遺物研究者にして生化学者。

 【ソロモンの杖】の護送任務にて、岩国基地にて諸共に行方知れずとなったはずの人物。

 それがこうしてこの場に、しかもノイズを従えて向こう側に立っているということは。

 

「―――成程な。テメェ、最初から仕組んでやがったなクソヤロウ」

「アイドルがそんな汚い言葉を使うのはどうかと思いますよ?」

 

 奏が苦しそうな表情に嫌悪と侮蔑を混じらせて吐き捨てれば、当の本人は慇懃無礼にそんな言葉を返すばかりだ。

 一方で、響が悲痛に表情を歪める。彼がここにいることとその振る舞いで、それが何を意味しているのかを概ね察してしまったからだ。

 

「そんな……まさか、ウェル博士……」

 

 それでも、違うと思いたくてそんな言葉が零れてしまう。

 たとえわずかな間でも仲間だと思っていたはずの人物であり、別れ際には自分たちを『英雄』と称賛までしてくれた相手なのだ。無事であっただけならいざ知らず、それが裏切りのための工作……それもその過程で少なくない数の米国軍人を犠牲にまでしたのだなんてこと、信じたくはなかった。

 しかしそんな彼女を嘲弄するかのように、微笑みすら浮かべながらドクターウェルは白衣の内側からあるものを取り出して翳して見せつけた。

 それは縦に長いY字型の、弓のようにも見える器物。

 一見すれば子供のオモチャにも見えてしまうソレを、しかしよく知っている装者たちは一様に目を見開き、特に因縁深いクリスが忌々し気に苦虫を噛み潰す。

 

()()()()()()ッ!!」

「そんな驚くことでもないでしょう? バビロニアの宝物庫よりノイズを召喚・制御せしめるなんてこと、可能とするのはソロモンの杖を置いて他に在りません。

 ………いや、言ってしまえば単純な理屈ですよ。単に、護送任務の時には既に、アタッシュケースの中は空になっていたというだけの話です」

 

 なるほど、確かに単純。手品の種明かしとさして変わらない話だ。もっとも、彼が裏切ったのは『認識』ではなく『信頼』であるが。

 瞬間、無造作といえるほど唐突に杖から鮮やかすぎる薄緑の閃光が奔り、新たなノイズを召喚していく。そうして既に召喚されていたノイズたちと共に、装者たちとの間に分厚い壁を構築していく。

 歯噛みするクリスや翼たちに、ドクターウェルから堪えきれないような高笑いが届いた。

 

「ハハハハハッッ!! 見てください、なかなか壮観でしょう!?

 衆愚どもには抗うこと叶わぬ古からの災厄、ノイズ!! それを己が意のままにする力、このボクにこそ相応しいと思いませんか!?」

「ッッ、この―――!!」

 

 これまでの学者然とした振る舞いは擬態であったのかというような、傲慢にして不遜な振る舞い。それに対し、クリスが激昂して否と返そうとして、

 

「ああ、案外そうかもな?」

「っ、はぁっ!?」

 

 背後から聞こえたまさかの肯定に、思わずつんのめりそうになる。驚き、振り返った先には、汗を滲ませたまましかし先ほどよりもしっかりと立っている奏の姿があった。

 脂汗に塗れた顔には、言葉に反して侮蔑するかのような笑みが浮かんでいる。

 

「なんせクソみてぇな道具を、クソみてぇな野郎が振り回して喜んでるんだ。そりゃお似合いってヤツだろうよ。

 ………ついでにそのまままとめて消えてくれりゃあ万々歳ってところまで瓜二つだ」

「―――ッ、本当にアイドルなんですかね? 物言いが下品すぎますよ?」

 

 姿は見えづらいが、どうやら癪に障ったらしい。ノイズごしの声は、苛立ちに語気が強められている。しかし、それも次の瞬間にまろび出る言葉からすでに弾んでいた。

 

「まあ、いいでしょう……どうせ足手まといの強がりでしかありませんし?」

「やっぱり原因はテメェか。なにしやがった?」

「割れてない手品のタネなんて、教えても盛り下がるだけじゃないですか?」

 

 言いつつ、肩を竦めるドクターウェル。同時に、まるで思考を分割しているかのように研究者としての部分が彼女たちの様子を冷徹に観察していた。まるで、投薬を施した実験動物(マウス)の経過を眺めるかのように。

 

(【Anti_LiNKER】はこちらの想定通りの効果を発揮、と)

 

 Anti_LiNKER。

 その名が示す通り、LiNKERとは真逆の性質……つまり生体と聖遺物の同調を阻害する働きを持つ薬品だ。

 元々、ドクターウェルは了子が遺したLiNKERの精製技術をもとに改良を重ねていたのだが、その過程で作り上げたのがこれである。

 彼は二課の装者たちの襲撃を予見した上で、コレをガス状に散布しておいたのだ。その効果のほどは、まさに覿面といえる。

 

(天羽 奏への効果が特に大きいのは……元々、マリアやジャリンコどもと同じ養殖物だからか。

 ま、実地データとしては十分な収穫ですかね?)

 

 観測結果に一応の満足を得ながら、もはや用は済んだとばかりに更にノイズを追加し始める。閃光が瞬くたび、落書きのような異形が立ち上がって身を揺らしている。

 既にドクターウェルとの間には、さほど広くはない屋内でありながら無数のノイズによって分厚い壁が構築されていた。

 

「さあ! ムーンアタックの英雄だというならこの程度、サクッと越えてきてくださいよ!?

 ―――身を削ってもね?」

「―――っっ!!」

 

 ノイズの壁の向こう側から、芝居がかったような挑発が浴びせられる。

 同時に、徐々に距離を詰めてくるノイズの群れにクリスが奥歯を鳴らす。

 そうして彼女は覚悟を決め、ダメージを覚悟してミサイルの一斉射を決めようとして―――

 

 

 

「―――I sing a song for the world.(歌い奏で世界を紡ぐ)

 

 

 

 ―――それよりも早く、自身の背後から迅雷めいた何かが眩い輝きを纏って駆け抜けた。

 そして。

 

「オォラァアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 裂帛と共に一閃。

 それだけで、じりじりと迫ってきていたノイズの群れが切り裂かれて今度こそ塵に還っていく。

 例えるなら折り重なった層のいくつかをまとめて消し去ったようなそれは、埋もれていたドクターウェルの顔を再び覗かせた。先ほどまで愉悦に浸っていただろう色白の顔は、驚愕に歪んで目を剥いていた。

 

「な……なっ!?」

「ハ。この程度ではげるんだからテメェのメッキも安モンだな?」

 

 その有り様に、成し遂げた当人は口の端を持ち上げたような言葉を零す。

 その後ろで、眼前で巻き起こった唐突な事態に揃ってポカンとする中、響が呆然と呟いた。

 

「………奏さん?」

「おう!」

 

 呼ばれ、首を僅かに向けて答える奏。その意気軒高たる立ち姿は、一瞬前までの著しいまでの衰弱した様が嘘であったかのようですらある。

 その体……起伏の大きな体を覆うギアや顔の表面には、五線譜のようなラインが光を零しながら奔っていた。

 それが何なのか、翼は瞠目と共に即座に察した。

 

(そう、か……士郎さんの【聖鞘(さや)】!!)

 

 かつて奏の命を救うために埋め込まれ、今ではLiNKERからの脱却の一助とまでなった聖遺物ならぬ宝具―――聖剣の鞘(アヴァロン)

 その力であるならばなるほど、自分たちを蝕む正体不明の毒性すらも退けられるのか。

 しかし、ドクターウェルからすればそんな事情も理屈も知らない。故に、ただ目の前で起きている現象に対し理解が及ばず混乱するばかりだ。

 

「な、なんですかソレは!? いったい何をしたんです!?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、だろ?」

 

 露悪的なまでに底意地悪く笑ってみせれば、ドクターウェルは解かりやすく苛立ちに顔を歪める。

 奏はそれに構わず、握りしめた槍を天を衝かんばかりに勢いよく掲げた。

 

「―――まあ、とりあえず」

「………、奏さん???」

 

 軽い口調の割に、全身から漲るような力強さを発揮しているような気配を醸し出す奏。

 それを察知して、響が思わず呼びかける。なぜだか、不穏な気配を感じてしまったからだ。それはクリスや翼も同じで、僅かに頬を引きつらせている。

 具体的に言うと―――なんか、ヤバくね???

 

「何がどうしてっていうか、ナニ仕込まれてんだかわからないけどさ」

 

 ミヂリ、と槍の柄を掴む手が生々しく鳴る。込めなおされた力は満腔のもので、恐らくギアに隠されていなければ血管すら浮かび上がっているのが見て取れただろう。

 それがどんな感情が由来のものであるかは、言うまでもなく。

 

「多分、毒みたいなモン………それこそ、ガスみたいな感じで撒かれてるってことだよな?」

 

 背を向けられている響の側から、僅かに覗く口元は牙を剥くように吊り上がっている。

 恐らく笑っている……のだろうが、少しばかりでも見えてしまった響は思わず『ひぅっ!?』と身を竦ませてしまう。

 その反応は大げさなものではないのだろう。その証拠に、真正面からそれを向けられているだろうドクターウェルは先ほど以上に表情を引きつらせながら腰を引かせて後退っている。元々色白であった顔は、暗い中でも解かりやすいほどに蒼褪めていた。

 まるで大型肉食獣にでも遭遇してしまったかのように。

 

「おい……なんかイヤな予感するんだが?」

「あの、奏?」

 

 不調とは別な理由で冷たい汗が滲み始めるのを自覚するクリスと翼。

 二人の言葉が届いているのかいないのか、奏はもう片方の手でも槍の柄を握りしめる。途端、ガシン!! という機械的な音が景気よく鳴り響く。

 

「それならよぉ~……」

 

 ヒュン、ヒュン、ヒュン、ヒュン………

 それだけならば西洋の剣のようにも見える穂先、長大な刃渡りを持つ凶器が旋転を開始する。

 その速度がゆっくりなものであったのは最初の数秒、すぐにその輪郭が残像に崩れて朧なものとなる。さらに、大気を巻き込んでいいるかのように風が生まれ、周囲のホコリや紙くずなどの軽いものが激しく舞い始める。

 間近でそれを見ている翼たちも、髪の端が吸い込まれるように荒ぶってしまう。ついでに一番近くにいる響は、肌にじっとりと浮かびはじめていた冷や汗までもが盛大に散っていくのと同時、血の気がサーッと引いていってしまうのを自覚する。

 

 

 

 ところで、余談ではあるが。

 人間、割と派手にブチ切れると却って口元が笑ってしまうような人間というのは一定数いるものである。

 

 

 

「思いっきりブチかましゃあ、散って無くなるよなぁ!!!」

 

 

 

 獰猛という形容詞の似合う、力強い笑みで以って。

 嵐を抱え込んだような槍が勢いよく振り下ろされた。

 

 

 

 ―――LAST∞METEOR

 

 

 

 直後。

 廃病院………放置されていたとはいえ、堅固なつくりに設計されていたその施設が。

 内側から巻き起こった横倒しの暴風の渦により、およそ三分の一以上が抉られるように削り砕かれた。

 

 

 

***

 

 

 

「―――ヤベ。ちょっとやり過ぎたか?」

「『やり過ぎたか?』……じゃ、ねぇーよ!! ナニやってくれてんだ!!?」

 

 盛大に湧き上がる粉塵の幕の中から姿を現した奏が苦笑いと共に呟けば、後ろから続くように出てきたクリスが盛大に突っ込みを怒鳴り上げた。

 日の出も近いのか、開けた視界には薄く紫がかった空が目に染みる。

 

「郊外で湾岸に近い場所だったのが幸いね。……じゃなきゃ二次被害が出てたところだわ」

「計算どーり!」

「ウソつけっ、どう見てもブチ切れからの勢いでブッパしただけだろーが!!?」

 

 翼から溜息交じりに苦言を呈され、目線を逸らしているかのように振り返らないまま言い放つ。スーパー常識人クリスちゃんの突っ込みは冴えわたるばかりである。

 と、漫才めいたやり取りに控えめに割って入るように、響が頬を引きつらせながら『あ、あの~』と声を挟む。その顔色は、微妙に青い。

 

「すっごい派手に壊れちゃってますけど、ここってマリアさんたちの本拠地だったんですよね?

 ……衛宮さん、もしかしてどっかに閉じ込められてたりとかしてたんじゃ……」

「「あ゛……」」

 

 その指摘に、翼とクリスが揃って声を濁らせた。二人とも、愕然とした表情を浮かべている。

 もとより、この強襲の目的の半分は士郎の救出だった。ソロモンの杖の強奪とソレを成したドクターウェルの裏切りの露呈が衝撃的過ぎたためか、意識からいつの間に抜け落ちてしまっていたが。

 

 改めて周囲を見てみれば、病院施設は半壊といってもいい有様だ。

 彼女たちからではその全貌は見えようがない。しかし施設内で無傷な場所を探すならば、立っている場所から正反対の場所くらいしかないだろう。

 もし、倒壊してしまった場所に士郎が監禁されていたのならば……その可能性に思い至り、翼とクリスも響と同じように青くなっていく。

 が、しかし。

 

「そいつは大丈夫だ」

 

 先ほど以上にはっきりと。

 自信満々にきっぱりと。

 奏は確かにそう言い切った。

 余りの断言っぷりに三人が却って戸惑ってしまう。すると彼女たちに振り替えり、胸元をポンポンと叩きながらさらに続けた。

 

「正確な場所までは解からんけど、繋がってる感覚で大雑把な近い遠いは解かるからな。

 若大将がここにいないことは踏み込んだ時から察してたさ」

「そ、そうだったの?」

 

 訊き返す翼に、奏は『ああ』と頷いた。

 

(………ただ、ちょっと前からなんかその距離感覚が掴めない感じがするんだよな。なんかこう、ぼやけてるっていうか。

 繋がりそのものが切れてるってわけじゃないのは解かるんだけども……ホントにここにいなかったよな?

 ………………………ヤベェ、ちょっと今更心配になってきちゃったぞ?)

 

 明後日の方向に顔を背けながら、じっとりと嫌な汗をかき始める奏。しばらく考えてから、『まぁ、若大将ならこれくらいは自分でどうにかできてるだろ、多分!!』と結論付けた。責任と問題を放り投げているだけと言ってはいけない。

 

「あ、あと! ……あの、ウェル博士も、大丈夫なんでしょうか?」

 

 先程よりも控えめに尋ねているのは、やはり裏切りを露呈されたがためか。蟠りがありつつも、それでも身を案じるあたりは彼女らしいと言えるだろう。

 

「………それこそ心配無用だよ」

 

 心優しい後輩の言葉に対し、奏はぞんざいな声音で返す。

 『そら』としゃくるように首で示せば、晴れつつある土煙の向こうから歪な球体のような塊が姿を現した。

 青白い肉の塊のようなそれは、まるでカビに覆われて腐りかけているかのよう。傍目に見ていて思わず背筋が怖気と共に粟立つのを自覚する。

 と、次の瞬間には焚火に炙られた薄紙のように黒く染まりながら塵芥へと散っていき、崩れていく炭素の塊の向こうから姿を現したのは白衣姿のドクターウェルだ。

 どうやら、召喚したノイズに分厚く包まれることで被害を無効化したらしい。炭素分解能力も不活性化させていた辺り、或いは最初からそういう運用を前提として設定していたのかもしれない。

 もっとも、一から十まで想定の範囲内というわけではなさそうだ。その証拠に、僅かに息を乱して表情を苦々し気に歪めながら奏たちを睨みつけている。

 その様子に、奏が半眼で鼻を鳴らす。

 

「モヤシな見た目な割に、随分としぶといらしいな」

「………ハ、そうですね。いろいろと運が良かったようです。―――お互いに」

 

 皮肉に対し、一見すると観念したかのように笑い、肩を竦める様に両手を上げるドクターウェル。チラリと流した視線の先を追えば、大分離れたところに四角い何かが転がっていた。

 

「あ、アレってさっきの……!」

 

 正体不明のバケモノ、それを閉じ込めた檻型のケージだ。

 どうやらこちらも竜巻に煽られて吹っ飛んでいたらしい。思わず身を固くする響であったが、身動ぎでもしているのか僅かに揺れてこそいるものの、出てくる気配はない。

 

「どうやら、壊れちゃいないみたいだな」

「放っちゃおけねぇよ、な……っと?」

「奏さん!?」

 

 余程に頑丈に作られていたのか、十全と機能しているらしいそれにクリスが安堵の息を漏らす。

 と、奏がそれを回収しようと足を踏み出しかけたところで俄かにその身をよろけさせた。

 転びこそしなかったが、その異変に響は思わず瞠目して駆け寄った。

 

「だ、大丈夫ですか?」

「や、心配ねぇよ。ちょっとした立ち眩みさ」

 

 答えながら、支えようとする響を手で制する。

 考えてみれば、こうなるのも当然と言えば当然だ。聖鞘(さや)の力でこちらを蝕んでいた何かの影響こそ脱したものの、それまでの消耗そのものがなかったことにされたわけではない。とりわけ奏は特に強く影響を受けてしまっていたのだから、猶更である。

 と、そんな奏の肩に軽く手を置きながら、翼がその横を通り過ぎていく。

 

「奏はここにいて。私が行くから」

「……。(ワリ)ぃ、気を付けろよ!」

「えぇ!」

 

 手を振って返しつつ、翼はケージの転がっているところまで駆けていく。

 瓦礫が派手に散らばっている芝生は、恐らくはリハビリ用も兼ねた中庭だったのだろう。使われていない施設だった割に、踏みしめる芝生は存外に整っている。或いは、マリアたちが訓練にでも使っていたか。

 

(………少しずつだが、ギアの出力が回復してきている。

 やり方は乱暴だったけど、奏のおかげかしら)

 

 先程よりも手足が動かしやすくなってきているのを感じて、翼は声に出さず分析する。

 そうしている内に、ケージまであと数歩というところまできた。横倒しになっているソレからは、唸りとも咀嚼音ともしれない声が漏れ出ていた。

 翼がそれを認識して、眉を顰める様に目つきを険しくする―――

 

 

 

 ―――瞬間。

 

 ドッッッッ!!!!!

 

 ………と、衝撃波じみた轟音を浴びせかけて。

 翼の眼前に、黒い何かが雷霆(いかずち)のように突き立った。

 

 

 

「っっっ!?!?」

 

 喉を干上がらせる緊張も刹那、翼は大きく後ろへ飛びずさりながら刃を構えた。

 睨む先、土煙が正体を隠す間も僅か、露わになったのは見覚えのある形をした漆黒だ。

 

「―――()()()()()()!!」

 

 ならば、と考えるよりも先。

 まっすぐ突き立った長大な槍の石突に、折しも昇り始めた朝日を浴びながらその主が舞い降りる。

 装甲、スーツ、棚引くマント……その全てを黒く染め抜きながら、ピンクブロンドに波打つ長い髪を流すその美貌。

 開かれたエメラルドグリーンの瞳を睨み返しながら、翼はその名を叫んだ。

 

「マリア・カデンツァヴナ・イヴ!!」

 

 

 

***

 

 

 

「ナイスタイミングですよ、マリア………いえ、()()()()

 

 ソロモンの杖をクリスに回収され、両手を上げたままのドクターウェルの呟き。

 それを、響は聞き逃すことができずに目を見開いた。

 

「ふぃー、ね……待ってください。今、なんて……?」

「まさか……」

「そのまさかですよ」

 

 信じられないといった様子で言葉を漏らすクリスに、ドクターウェルは高らかに肯定して見せる。

 

()()()()()()()()()()! 遺伝子に刻印された因子を(よすが)に、その持ち主を魂の器とすることで永遠の刹那に在り続けるための輪廻転生機構!! そして今代選ばれた器こそがマリア・カデンツァヴナ・イヴ―――あれこそが再誕を果たした新たなフィーネの姿なのです!!」

 

 告げられたその内容に、響は目を見開いてマリアを見つめる。その表情には、驚愕と困惑が入り混じりながら幾重にも塗り重ねられていた。

 その脳裏に浮かぶのは、ほんの数か月前の別離の記憶だ。

 

『胸の歌を信じなさい』

 

 ―――何かを託すようにそう言い遺して、その人は目の前で塵となって消えていった。

 その時の姿を、見つめる先にいるマリアと重ねようとして、しかし違和感ばかりが先に来る。

 

(でも本当に、マリアさんがフィーネ……了子さんの生まれ変わった姿?

 ―――なら)

「おい」

 

 湧き上がった疑問を口にするよりも先に、奏の口から低い声が紡がれる。

 彼女は剣呑な眼差しを片翼と対峙しているマリア(フィーネ?)に向けながら、湧き上がってきた疑問をそのまま口に出していた。

 

「それなら、元々のマリア・カデンツァヴナ・イヴって人間の意識は?

 アタシの眼には、前のフィーネと大分違うように見えてんだけどな?」

「さぁて、それは―――」

 

 ドクターウェルは、眼鏡の奥の瞳を酷薄に薄める。

 確かに、目の前にいる彼女はかつて米国(F.I.S)で見えたフィーネの印象とは食い違って見える。

 曰く、『その意識の覚醒は未だ不完全なものであるため』とのことで自身も一応は納得して見せたが。

 

「―――僕自身も、興味があるところですがね」

 

 

 

***

 

 

 

 そんな会話をよそに、絶刀と烈槍が対峙を続けている。

 その登場時の激しさ、火花を散らすかのような眼差しのぶつかり合いに反し、凪のように動きはない。

 敢えて使い古された言い方を以って表すならば、()()()()()()()そのものだった。

 と、その時。

 

「フ―――」

 

 マリアが大きく右腕を振り上げるや否や、纏っているマントが大きく翻る。

 それはまるで、命を持って主人の命に従う一個の生物のようですらあった。

 

「ッッ!?」

 

 強い警戒と共に刀を構える翼。そんな彼女の反応などに構うことなく、マリアの意のままにマントは動き―――背面に転がる(ケージ)を、包むかのように持ち上げた。

 

「ハッ!」

 

 そして振り上げられる腕の動きに連動して、檻を掴んだマントはそれを真上へと高く高く放り投げる。

 

「なっ―――」

 

 呆気にとられる翼が見つめる先で、檻はゆっくりと回転しながら―――唐突に、その姿を消していた。

 まるで、空に無色透明な鯨でも泳いでいて、童話で漂流者が乗るイカダのように丸呑みしてしまったかのように。

 

「消えた、だと!?」

「………よそ見をしていていいのかしら?」

 

 見上げたまま瞠目する翼―――その余裕を、烈槍は赦さない。

 大きく上へと振り上げられていた彼女のマント。それが勢いよく振り下ろされたのだ。

 形状(かたち)硬度(かたさ)、そして速度(はやさ)……その三つの意味で鋭さを増しながら。

 

「ッッッ!?」

 

 驚愕よりも戦慄によって、翼はその場から飛び退いた。そのすぐ隣の地面が、白煙を伴って寸断される。

 轍というには深く、穴というには線のように細いソレは、分厚い画用紙を大振りなカッターでまっすぐに切り離したかのようだ。

 

 翼がそれをギリギリの形で回避できたのは彼女の技術によるもので、その判断は戦闘者としての素質と経験からくるものだった。

 大きく飛び退いて余裕をもって避けるのは簡単。しかしそれをすれば、()()()()()()()()()()()()()()()と直感が告げていた。

 そしてそれが正しいことが、次の瞬間に現実として証明される。

 

「―――、―――!」

 

 紡がれる、烈槍の歌。

 己が信念、奉ずる正義。そのためならば悪を為して身を燃やす覚悟。

 不退転の意志がその喉から高らかに奏でられてく。

 

 同時、曙光を遮って広がるマントが、次の瞬間に刃の嵐のごとく跋扈する。

 

「くっ!!」

 

 まるでSFのレーザーのように、芝生のみならず地面そのものを焼きながら縦横に切創を刻み付ける布帛(ふはく)の刃。

 それらを紙一重に交わし続ける翼に対し、マリアはその攻め手を変えて更に猛る。

 

「―――! ―――!!」

 

 巻き付くように旋転する黒いマント。渦を巻いて出来上がったのは、竜巻を固めて刃にしたかのような漆黒の螺旋だった。

 直後、斬撃の嵐が大地を攪拌しながら翼へと迫る。

 鋭利な斬撃も、ここまで束ねてしまえば大雑把の極みとなり果ててしまうようだ。元より荒れ果てていた病院の中庭が、開拓地よろしく開墾されていく。

 土も芝生(くさ)瓦礫(いし)も、見境なく分け隔てなく噛み砕く大布の咢を、翼は刃を構えて睨みつける。

 数秒と立たず己を飲み込むだろう暴力。そうなれば、出来上がったひき肉は埋め立てるまでもなく分離不可能なほどに土壌と混じり合いながらばらまかれるだろう。

 その脅威を見据えながら、翼は―――

 

「ハァアッッ!!」

 

 ―――気合一閃。

 名を現すかのごとくに跳躍した。

 蜻蛉を切りながら整えられる姿勢。切っ先を突き放たんと白刃を構える様は、番えられて引き絞られる弓矢のよう。

 目指すは一点。このような渦を衝くならば、それは中心だと決まっている………!!

 

「甘く見ないでもらおうか―――マリア!!」

 

 かくして放たれた、画竜に瞳を点じるが如き一突き。

 それを、

 

「甘くなど、見ているものか―――翼ァ!!」

 

 渦の中心から、破を裂く刺突が迎え撃つ。

 瞬間、鉄骨同士が高速でぶつかり合ったかのような、耳を(つんざ)く大音声が(こだま)した。

 

「う、ああああ!?」

「クゥウッ!?」

 

 刀と槍、二つの切っ先の衝突が互いを弾き合う。

 踏ん張りの効かない空中にいた翼の方が派手に吹っ飛んでいるように見えるが、刃の嵐が如き大渦を(ほど)けさせられたマリアの痛痒も軽くはない。

 しかしその上で、マリアはヒールで地面を穿ちながら踏ん張り、

 

「っっ、だから……」

 

 瞳に意思を宿らせ、刃のように鋭く相手を見返した。

 

「私は! 全力で戦っている!!」

 

 手にした槍を大きく振りかぶり、マリアは一足飛びに躍りかかる。

 先の翼が矢であるならば、こちらはさしずめ砲弾か。穿つというよりも抉ると言うべきだろう一撃が、地に付く直前の防人へと迫っていく。

 

(いける………!)

 

 このタイミングならば、攻撃が届くのは着地の直後。身構える余地すら与えず、この穂先がその身を捉える。

 確信を持って突撃するマリアの眼前で、翼は()()()()()()()()()()()()

 

「っ!?」

 

 身を止めることなく、しかし瞠目するマリア。それを翼は天地が逆のまま、地に付けた掌の運用で以ってその身を旋回させて迎え撃つ。

 

―――逆羅刹

 

 同時、展開される脚部ウィングブレード。広げられた両脚から延びる刃によって生み出されるのは、奇しくも先ほどのマリアとは真逆の白刃の渦だ。

 果たしてマリアの一撃は弾かれ、続く連撃を今度はマリアが防ぎ弾きいなす番となった。

 

「チィッ!!」

 

 構成を殺がれ、その影響で体勢が崩された。鮮やかな攻守の逆転をされ、マリアは苛立ちを抑えきれない。

 それを、翼は見逃さない。

 

「勝機……!」

 

 発した言葉の通り、気を逃さんと勢いを増さんとする翼。だがそれが、マリアの怒りに火をつけた。

 

「ふざけるなァ!!」

 

 燃えるというよりも、爆ぜると表するほうが正しいような激昂。その激情に呼応するかのように、大上段に構えた鋼の咢が光爆の咆哮を放つ。

 

―――DEADLY†PILAR

 

「っっ、くぅッ!!?」

 

 鮮やかな桃色に染まった、破壊光の柱。

 朝焼けの冷ややかな空気を焼くソレが巨人の剣のように振り下ろされようとする光景に、翼は慌てて転げる様に回避した。

 

 

 

 一瞬、知覚の何もかもが消し飛び、次いで怒涛のように押し寄せた。

 閃光、衝撃、轟音。

 更には津波のような土くれと礫と粉塵。

 それらが一気呵成に巻き起こる様は、それこそミサイルの着弾にも似て。

 既に原型というものを失していた中庭は、今度こそ完全に破壊しつくされた。

 

 

 

「………っ、く、ぅ、はぁ……」

 

 呻き声も僅かに、翼はよろめきながらも立ち上がった。

 至近で被った衝撃に、揺らめきかけた意識を何とか保って息を整える。この程度で済んでいるのは、それこそシンフォギアの恩恵の賜物。

 でなければ、濃霧のように伸ばした手すら霞むほどの粉塵の中で呼吸などできるはずもなく。

 でなければ、そもそも振り下ろされた一撃自体を避けたところで、副次の被害で間違いなく五体を砕かれていたはずだった。

 

「………、」

 

 歌を止め、息と共に意識を整えて文字通りに研ぎ澄ますがごとく集中する。

 気付けば、マリアの歌声も止んでいた。

 

(向こうもこちらを見失っている、ということか)

 

 ならば、あちらも選択肢は同じだろう。

 もとより、さして乾いていたわけではない土壌に因る粉塵など、長く漂うものではない。

 そして完全に晴れるのを待つまでもなく、どちらかが相手の影を認識した瞬間が勝負の分かれ目となる。

 故に、翼は()()()()()()()()()()。矛盾しているかのようだが、要は認識に(フィルター)を張っているようなものだ。

 影でも異音でもいい、ほんのわずかにでも引っ掛かる()()があれば―――翼は恐らくマリアもそうしているだろうという確信を抱きつつ、感覚(アンテナ)を拡げながら臨戦態勢を高く維持する。

 

 固い唾を飲み込んでの、隠密。

 息も密やかにしていたのは、果たして何秒ほどだったか。

 時間を数百倍に引き伸ばされる錯覚を味わう中で、唐突に風が吹いた。

 そうすれば、重たい粉塵の幾ばくかが砂絵のように吹き消され―――

 

 

 

「「―――!!!」」

 

 

 ―――ほんの、数歩の距離。

 たったそれだけの間合いを置いて、背中合わせに立っていた事実に気付いたのは、ほぼ二人同時。

 刹那を挟んで、振り返りの回転を乗せた一撃が互いへと閃き。

 

 そして。

 空気どころか空間そのものを震わせるような轟音と衝撃を伴う、刃金同士の激突。

 それが、膝下を漂っていた粉塵の残滓を今度こそ一掃した。

 

 

 

「っっっ!!」

 

 ギアを纏っていて、尚も骨身に染みる鈍い衝撃。

 武器越しに響くそれに、マリアは奥歯を噛みしめて耐えた。

 

(やはり……強い!!)

 

 以前の戦いのときもそう思った。

 そこに重ねて、実感する。

 刃を交えて、痛感する。

 強い。

 力も、技も、精神(こころ)も。

 調や切歌のように侮りも油断もしていないつもりだったが……或いは、そう考えていること自体が侮りの亜種だったか。

 彼女は軋む音が立つほどに奥歯に込める力を強めて、眦を強く持ち上げた。

 

「―――この剣、可愛くない!」

 

 苛立ちとも賞賛とも言えない、そんな言葉が我知らずにまろび出た。

 

 

 

***

 

 

 

「翼さん……」

 

 ドクターウェルを確保しながら、響が翼の悪戦苦闘をもどかしく見守っている。

 共にいる奏やクリスもそれは同じだ。

 

「負けちゃいねぇ―――が、勝ってもいねぇな。

 やっぱ強ぇな、あいつ(マリア)

 

 かつて同じ槍を交えたことのある奏が、感心とも賞賛ともつかない言葉を漏らした。

 そうしながら、鋭く細めた眼差しで片翼との激闘をつぶさに観察している。

 

(フィーネの生まれ変わり……いや、確かにあのマントの攻撃はネフシュタンの鎧の鞭剣(アレ)に通じるもんがあると言えばある……と言えなくもない。

 ………なんだが、どうにも違和感があるんだよな)

 

 小さく唸りながら考え込む奏。

 確かに、フィーネの転生体という言葉は驚愕に値する。しかし、いくらか時間を置いて遠目から観察していると、どうしても記憶の中のフィーネと比較して、違和感を覚えずにいられない。

 もっとも、姿かたちが完全に違うという時点で違和感の塊でしかない以上、否定も肯定もできないというのが正直なところだ。

 そんな思案をよそに、取り戻したソロモンの杖を握りしめるクリスは逆の手にボーガン型のアームドギアを展開して構えた。

 そこには既に、エネルギー体の矢が扇の骨のように複数装填されている。こういった常識外れは、まさにシンフォギアならではと言えた。

 

「クリスちゃん」

「白騎士サマの助太刀でござい、ってな。

 ……こいつはスポーツでも決闘でもねぇんだ。卑怯でもなんでもねぇぜ?」

 

 複雑そうな表情を浮かべる響に、クリスははっきりと言い放つ。

 彼女の言うとおり、ここにはルールなんてものはない。それを言うならば、騙し盗み拐かすといった三罪を重ねているあちらこそに非は強く存在する。

 響もその辺りは弁えているようで、それ以上は何も言わなかった。

 

「……っ」

 

 激しく、刃を交え合う翼とマリア。

 クリスは意識を集中させ、マリアに命中させるよりも翼に誤射しないことにこそ念頭を置く。

 仮にマリアに当たらずとも牽制にはなるし、注意を多方にバラけさせるだけでもこの均衡をこちら側へと崩すには十分だ。逆にまかり間違って翼に当たってしまえば、それだけで一気に形勢は不利になる。

 

 ―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 両者の動きを予測し、矢の着弾の位置と時間差を感覚的にほぼ完璧に把握して、後はしかるべきタイミングで引き金を引くだけで未来予知のようなソレを現実へと出力する。

 僅かな時間で、それを叶える実力。

 かつて錬鉄の魔術使いをして驚嘆を抱かせた天性のバトルセンス、それは幾多の戦いを経て玉を磨くかのようにその輝きを増していた。

 そうして、クリスがいよいよ引き金に掛けた指に力を入れんとした、その時。

 

 

 

「………やらせない!」

 

 

 

 クリスたちの背後の、病院だった場所。

 そのヒビの入った鉄筋コンクリートの白壁が、轟音を立てて砕け散った。

 

「うぇえっ!?」

「なっっ!!?」

 

 背後からの轟音に咄嗟に振り替えれば、そこには立ち上る粉塵さえも切り裂いて疾走する巨大な車輪……否、刃だ。

 

―――非常Σ式・禁月輪

 

 空想科学作品に出てくる自動一輪(モノバイク)のような、人間大の戦輪(チャクラム)

 高速回転するソレの中心に収まっていいるのは、かつてマリアともに現れたもう一人のシンフォギア装者……調だ。

 甲高い音を立ててこちらへとまっすぐ向かってくる回転刃に、響たちは揃って顔を引きつらせて散っていく。

 多少の距離もあったためか、不意打ちとはいえ間一髪といった風にその突進を避けるも、しかし。

 

「ぬぉおっ!?」

「っ、しまっ―――」

 

 すれ違いざま、調の伸ばした手がドクターウェルの白衣の襟首をつかみ、そのまま連れ去ってしまった。

 そのまま回転刃は幾ばくかの疾走を続けたのちにドリフトのように方向を転換し、マリアたちとの間に立ち塞がるように静止する。

 同時に回転刃が解けるように変形し、果たして調の姿は以前見た時と同じく大きな一対のスタビライザーをツインテールのようにしたものとなった。

 

「アタタタ……も、もう少し優しく助けてほしかったんですけどねぇ……」

「黙って」

 

 引きずるというよりも振り回すと言った方が正しい扱いを受けたドクターウェルが首筋や腰のあたりを擦りながら立ち上がる。

 そんなぞんざいな扱いに控えめな非難を示す彼の台詞を、調は冷え切った言葉で切って捨てる。横目で彼に向ける眼差しは、とても仲間に向けるものとは思えないほどに冷たい。

 

「アナタを助けるためだけに、ワザワザ出張ってきたわけじゃない」

「おやおや、ツれませんねぇ」

 

 氷よりも冷え切った態度の調に、しかしドクターウェルは言葉以上に気にした風もなく小さく肩を竦めて見せる。

 

「なろッ―――!」

 

 そんなやり取りに、いち早く体勢を立て直したクリスがボーガンを構えた。照準は当然、調たちへと向けなおされている。

 しかし、二度あることは三度あるとでも言うべきか。

 引き金を引くよりも先に、またしても襲い掛かってくるものがあった。

 

「なんと! イガリマァ――――ッ!!」

 

―――切・呪りeッTぉ

 

 それもまた、刃。

 エメラルドにも似た、透き通った翠色の月牙。

 三日月のような弧を描く刃が三つ、大気を裂く音を掻き鳴らしながら高速で回転して迫ってきていた。

 

「ッッ!? チィッ!!」

 

 対し、クリスの反応は見事と手放しの賞賛を禁じ得ないものだった。

 己へと向けられた飛来する複数の刃。少しずつタイミングのズレているそれを認識するや否や、瞬時にボーガンの照準を刃の群れに向ける。

 瞬間、セットされていた光の矢が今度こそ撃ち放たれ、飛来する翠刃の悉くが砕かれ落とされていく。

 見事な迎撃であったが、クリスをして反応できたのはそこまで。

 

「マスト! ダァイ―――」

 

 目前にまで間合いを詰めていた、襲撃者。

 初めて見る、緑の装甲を纏った金髪の少女。

 彼女の携えた翠の刃の大鎌が、その手でまるで命を吹き込まれたかのように舞踏する。

 

「っっっ!?」

 

 旋回する長柄の石突により、ボーガンとは逆の手に握っていたソロモンの杖が引っ掛けられるように弾き飛ばされる。

 クルクルと高く宙を舞うソレを目で追ってしまい、クリスは僅かに硬直してしまう。動揺からではない。

 予想外且つ未確認の三人目の敵側のシンフォギア装者と、その急襲によって手放してしまったソロモンの杖……どちらも重要であるがゆえに、どちらを優先するべきか逡巡してしまったのだ。PCなどで例えるなら、処理落ちに近い。

 

 それは、本当にわずかな隙。

 秒数が1を刻めば、消え失せていただろう隙間。

 しかしその一瞬は、襲撃者の少女……切歌にとっては十分すぎるボーナスタイムだ。

 

「デェ――――――スッッ!!!」

「ガッ、ァ………ッッ!!」

 

 クリスの鳩尾に、強く叩きこまれた長柄。

 杖を弾き飛ばした勢いを止めず、更に自分自身も身を回すことでさらに勢いを乗せた一撃は刃でなくとも十分すぎる痛打だ。

 深くめり込んだ円柱に肺の空気を強制的に押し出され、小柄な体が思いっきり吹っ飛ばされて地面を転がった。

 

「クリスちゃんっ!?」

 

 悲鳴じみた声を上げ、響が慌てて駆け寄っていく。

 それを横目に眺めながら、切歌は足元に転がったソロモンの杖に手を伸ばす。

 

「フフン。返してもらうデース」

 

 

 

「―――盗人猛々しいにも程があンぞ、オイ」

 

 

 

 切歌の指が杖に触れるかどうかというタイミング。

 横合いから繰り出された一撃に、ギリギリで反応することができたのは切歌にとっては正に僥倖と言うべきだったろう。

 

「ッ、ナントォッ!?」

 

 風のように鋭く力強い踏み込み。そこから放たれた横薙ぎの一撃を、長柄を盾にして何とか受け止めていた。

 しかし、そのまま膠着するのも僅かだった。

 なんと切歌は脱力するとともに背を逸らし、押し込もうとする奏の槍を長い柄に沿って滑らせる形で流したのだ。

 

「っ、」

 

 支えを失い、槍を振り抜いてしまいそれに引っ張られるように体勢を崩す奏。

 その一方で、切歌は自身の体を軸に大鎌を躍動的(ダンサブル)に旋回させ、瞬く間に刃を大上段と構え直した。

 深緑に透き通った刃が、朝焼けの陽を浴びてギラリと物騒に煌めく。

 

「デェス!!」

 

 そうしていざ振り下ろさんとした、その時。

 切歌の見ている前で、奏は()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「デス!?」

 

 思わず、目を見開く切歌。

 その視界の中で、奏はすっぽ抜けたかのように明後日へ飛んでいく己の獲物に目もくれず、引っ張られた勢いを殺すことなく己の体を回転させる。

 渦というよりは竜巻と化したかのようなそれは、むしろ速度を高め勢いを増している。

 そして切歌の動揺は僅かの硬直を生み、

 

「そらぁッッッ!!」

 

 それを決定的な隙として、奏は固めた拳を彼女の腹に叩き込んだ。

 途端、巨大な和太鼓めいた打撃音が空気を盛大に震わせた。

 

「グ、ガッ!!?」

「切ちゃん!!」

 

 思わず、後ろへと吹っ飛ばされる切歌。そのまま倒れるのはどうにか堪えるものの、勢いを抑えきれずに着地から更に二、三歩たたらを踏んでしまう。

 背を叩く調の悲鳴、切歌は咳き込みつつもなんとか苦みの混じった笑みを返す。

 

「ケフ……だ、だいじょーぶデェス。けど、やっぱりケッコーやるデス」

 

 見据えた先で、奏は切歌が拾い損ねたソロモンの杖を拾い上げていた。

 こちらを見据える眼差しは、なんとか整えた息を詰まらせてしまいそうなほどに鋭い。

 

「これで、ウチの可愛い後輩の分は返させてもらったぜ。

 ………しっかし、三人目がいるとはね」

 

 呆れたような、うんざりしたような、何とも言えない様子で鼻を鳴らす奏。

 彼女は『だけど』と続け、不敵な笑みを浮かべた。

 

「隠し玉があるんなら、出し惜しみすんなよ?

 アンタを含めてもこの場は3対2。マリアは翼が抑えてるし、そっちのクソメガネは論外。

 ―――数の差、覆るほどの差があるとは思えないしな?」

 

 挑発するかのような物言いに、調と切歌は揃って苦々しく奥歯を噛んだ。

 悔しいが、彼女の言うことは正しい。

 正味、こちらの実力が彼女に劣っているとは思っていない。それだけの自負を持てるだけの鍛錬は重ねてきた。

 しかし先の身のこなし……不意打ちというアドバンテージがあっても、凌がれた上で反撃までも繰り出してきたほどの実力を過小評価することもできなかった。

 その上で、三人を相手にするのだ。しかも、こちらには明確な足手まとい(ドクターウェル)がいる状態。

 自分たちは二人揃ってこそその真価を発揮できるのだが……かといって、この数の差を易々と上回れるかと言えば、答えが濁らざるを得なかった。

 

 

 

 目の前にいる二人の装者がこちらを睨みつけながら身を固くするのを見て、奏は逆に緊張を解す様に深く静かに息を吐いた。

 彼女たちの目的、士郎のこと……ついでに、あの正体不明のバケモノについて。

 それらを追求するためには、まずは彼女たちを屈服させねばならない。

 左右から後輩たちが駆け寄ってくるのを察しながら、彼女は気合を入れ直して前へと踏み出そうとした。

 

 

 

「―――()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 その時。

 身に覚えのある気配、聞き覚えのある声音と共に。

 刃の雨が降り注いだ。

 

 

 

***

 

 

 

「え!?」

 

 いくつもの鋼の塊が間近に叩き付けられる音の連続は、まるで発破の連打だった。

 耳朶と鼓膜よりも、体全体の皮膚をこそ強く叩くような衝撃に、響は身を竦めさせながら足を止めた。

 

「これ、って……!?」

 

 しかし何よりも心を揺るがしたのは、その正体。

 自分とクリス、そして奏……この三人を分断するように突き立ったモノが、数えきれないほどの長大な剣の群れであることだった。

 何故なら―――同じようなことができるだろう人物を、立花 響は風鳴 翼と()()()()しか知らないからだ。

 

「な、オイ………」

 

 果たして、その予測は当たってしまっていた。

 自分が思い浮かべたその人は、どうやってか上空から奏の正面に勢いよく降り立った。

 その様は、奇しくも先のマリアが現れた時のように雷霆(いかずち)を彷彿とさせる凄烈さであった。

 

 戸惑う奏をよそに、その人は掴んでいたソロモンの杖を思い切り蹴り上げた。

 動揺によって弛緩していた手は、あっけなくソレを手放させられ。

 頭上へと高く飛んいく様を、奏も響も思わず目で追ってしまった。

 その、直後である。

 

「フッ―――」

 

 呼気も短く、その人は蹴り足を戻す勢いで強く踏み込み、奏の懐に飛び込む。

 そして奏の注意が自身に戻るよりも先に、()は両の掌を彼女の腹に当て、

 

「―――()ッ!!」

「っ、が」

 

 先の剣の豪雨と負けないほどの轟音と共に、奏の体を吹っ飛ばした。

 彼女の体はまるで砲弾のような勢いで後方へと飛んでいき、調が空けた壁の穴へと吸い込まれていく。

 その中で床だか壁だかに激突したのか、大きな棚が思いっきり倒れるような音と共に粉塵が煙幕のように勢いよく噴き出した。

 

 ―――それらの一部始終を、響は剣で作られた柵ごしに見届けていた。

 

「……………………………どうして?」

 

 ほんの一瞬の間に巻き起こった、一連の流れ。

 それをただ見届けるしかできなかった響が、呆然と呟く。

 彼女が見つめる先で、()()()は落ちてきたソロモンの杖を掴み取るとクルリと踵を返す。

 悠々と歩む先は、ドクターウェルやマリアの仲間の装者たちだ。

 一瞬前までの苛烈さと打って変わった穏やかな足取りは、彼の所属がどちらであるかを暗に知らしめていた。

 だからこそ、立花 響は責め問わずにはいられなかった。

 

「………………どうして、ですか?」

 

 口から零れる声は、震えていた。

 それを背に受けているはずのその人は―――彼は、しかし一顧だにしない。

 自分にも、すぐ隣で絶句しているクリスにも、振り向くことはせずに歩を進めている。

 そうして、ドクターウェルたちのもとへと辿り着き、再び踵を返す。

 思っていた通りに、外れていてほしかった予想通りに―――彼らと、肩を並べる形で。

 

「どうして………」

 

 震える顎を噛みしめる。

 滲みそうな視界の中に在るその出で立ちは、見慣れずとも見覚えのある姿だ。

 象徴のような赤い灰色を排した、黒い装束。いつか廃神社で見たときは夜闇に溶け込みそうであったそれは、今は朝日の中で浮かび上がって見える。

 

 知らず、拳を固く握りしめる。

 胸を苛むこの感情が、怒りと悲しみのどちらであるのか……いや、どちらの方が強いのか、自分でもわからず。

 ただ、体を破裂させてしまいそうな激情を、彼女は吠えるような声音として吐き出した。

 

 

 

「どうして! そっちに立っているんですか!? 衛宮さんっっ!!!」

 

 

 

 その問いに、彼は。

 攫われてしまっていたはずのその人は。

 仲間であるはずの男は。

 

 ―――()() ()()は、鷹のような眼差しでこちらを見据えることで答えていた。

 

 

 

●●●

 

 

 

【教えて!? ブルマ師範!! ぷち】

 

○Anti_LiNKER

 

 ドクターウェルが開発した、LiNKERの亜種にして装者の天敵ともいえる代物。

 元々LiNKERとは櫻井了子が開発した『生体と聖遺物の繋がりを補助するための制御薬』であるが、F.I.Sは独自にこれを研究・改良しマリアたち三人の装者を仕立て上げるに至った。

 その研究の中心にいたのがドクターウェルである。

 彼は「あなたに優しい」をメインテーマとし、LiNKERの負荷軽減と体内洗浄方法の安全性の向上とその確率を目指して研究を重ねてきた。

 Anti_LiNKERはその副産物である。

 

 彼の研究成果がどれほどかと言えば、本来ならばマリアたち三人の適合係数は奏にも届かない程度であるにもかかわらず、彼のLiNKERを用いたことで二課の装者たちと互するほどの戦闘能力を発揮している事実からもある程度は察せられるだろう。

 

 このAnti_LiNKERの影響力は実は融合症例である響が最も影響が少なく、逆にかつてLiNKERを用いていた奏が一番強い反応を示していた。

 しかしこれに対し、奏は体内の『聖鞘(さや)』を起動させることによってそれを完全に無効化させた。

 これは聖鞘そのものに毒性を払う治癒と守護の力を有してたこともあるが、それそのものが先史文明由来の聖遺物とは別種の代物……つまり、元来LiNKERの影響を受けない存在であったことも大きい。

 

 

 

師「……ところで、LiNKERって薬理作用強いって設定なのに、ここでウェルは普通に使ってるのよね」

α「そういえばそうだな」

β「LiNKERはあくまでも『生体と聖遺物との繋がり』に作用する薬物ですからね。

 ある種の化学反応みたいなものなので、装者や融合症例みたいに聖遺物と密接につながっていない限りは、少なくとも今回みたいにガス状になったものを多少吸い込むくらいならほぼ影響は出ないんですよ」

師「―――と、この作品では設定していますので、諸々ご了承くださ~い」

β「いきなりメタです!?」

α(……というか、師範ポジなのに教える側じゃないのか)

 

 

 

 







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 X(旧:Twitter)やってます。更新予告とかしてるので、よろしければフォローしてくれると嬉しいです。


 前回よりかは早めに更新できたかな?
 ……できれば4月中か、さもなくばGW中を目指してたんですけどね。
 ちょっと申し訳ない。

 それはさておき二期七話。
 相も変わらずストーリー的には進んでない(汗
 というか今回の話でようやく一期の幕間1のシメと繋がりました。
 つまり、実質ここまでがプロローグ? ……掛け過ぎじゃない? 時間?



 内容的には廃病院襲撃~翼VSマリア。

 Anti_LiNKERに対する奏の反応は作中のものにするかそれとも最初から全く影響を受けないかのどちらにするかで迷いました。
 で結局は作中のように『めっちゃ影響受ける~聖鞘起動で快復』という展開に。

 翼とマリアが対決するに当たって経緯や場所に大きな違いが出ましたが、これは原作ではクリスが苦し紛れの砲撃で何とか吹っ飛ばしたのに対し、奏がガチギレ全開トルネードぶちかましたせいでドクターウェルの側にネフィリムをノイズに運搬させるという余裕がなくなったせいです。

 次にマリア戦。
 こちらは原作を踏襲しつつ、XDUの技も使ってやや独自の展開を描いてみました。
 『この剣、可愛くない!』を言わせるのをうっかり忘れかけましたが、この場面の名台詞なのでしっかり組み込ませていただきました。


 調ダイナミックエントリー、からの扱いが適当なウェル。まあ、残当。
 そしてようやくの切歌の実戦デビュー。
 ……うん、地味にムズい。
 あと、何気に石突側にも刃生えてるから余計に描写イメージに気を使う……最初気付かずにクリスの鳩尾をこっちで突かせてました。一発アウトだよ(汗

 そして引きに士郎の登場。
 順当に二課側装者の精神を虐めていく姿勢。
 まあ装者虐は公式が大手だし、このくらいはジャブ(ェー


 Anti_LiNKERの設定に関してはこんな感じ。
 いや、見返してみるとウェル散布してる中に普通に現れてるんですよね。
 ガスマスクとかもなしに。
 なので多分普通の人間には多少なら無害なんじゃないかなと。(聖遺物と生体が密接な状態でのみ作用する化学反応?)
 ……原作終盤で使ってるときはウェルもあれでしたが、まああっちはクリスたちと比べれば比較的影響少ない状態でしたし。



 さて、ここからは雑談。
 Xでも漏らしましたが、ブルーアーカイブを最近始めました。
 現在、LV40でメインストーリーは攻略Wikiで順番参照にしつつVol.3の2章の最中。
 まだまだ序盤であるからか、読み進めるのにちょっときつい感がありますが、楽しめる部分もあり、ここから面白くなってきそうな感じもあるので、のんびり進めていこうかと。
 ……これ、ミニストーリーって早めにやっといた方がいいんでしょうか?(期間限定?)
 あと、モモトークがすっごい溜まってる……



 そしてFGO。
 奏章Ⅱ、まほよコラボイベクリア。
 どちらも素晴らしかったです。
 ……邪ンヌも巌窟王も、これからはイベにいないんやな……(遠い目

 新規鯖は
 ・モンテクリスト伯
 ・水着イシュタル
 ・静希草十郎
 ・蒼崎青子
 ………青子、大分粘りました。
 有珠も結構回したんですが、こっちは流石に出ないっぽいので……イベ明け、3000万DLやる可能性も高いので、そっちにも温存しときたかったし。
 あと、草十郎と青子はこれ書いてる時点で絆10になりました。過去最速です。
 連続怪異イベ、ありがたい……そういう意味も含めて、今回のコラボは神でしたね。




 と、こんな感じで今回はこの辺で。
 次回もせめて同じくらいの時間でお送りしたいとは思うのですが、あまり期待しすぎずにのんびり待っていただければ……(目を逸らしつつ
 応援、感想は随時受け付けておりまする。
 どうか哀れで愚鈍な作者に燃料を!

 では、今回はここで。
 また、次回。




 ………復刻イベでリリムハーロット、来るかんじかな?
 
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