戦姫絶唱シンフォギア赫鋼―アカガネ―   作:樹影

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 割と定期的に『食い放題の店』でお財布気にせず思う存分食いまくりたい欲が湧く。
 でも、めぼしい食い放題やってる店って焼肉チェーン店くらいしか知らないんよね。
 かっぱ○司は一部店舗以外もうやってないし。




10:色づくモノクローム/sacrificeⅡ

***

 

 

 

「―――」

 

 人気のない工業地帯に展開された、米国所属の特殊部隊。

 それを率いる隊長が、部下の一人へと視線を投げやった。

 

「――、」

 

 ゴーグル越しに目線を合わせた部下は、声を発することなく頷いた。率いた人員、その全てが配置についたということだ。

 隊長はそれを確認して、腕時計型の軍用デバイスに指を這わせる。

 そして心の中で正確に三つを数え、

 

「―――!」

 

 操作する。

 瞬間、この作戦に参加している全ての部隊員の耳に、機械音声による至極端的なメッセージが告げられた。

 ―――『MISSION START(状況を開始せよ)』と。

 

 直後に、完全武装の屈強な兵隊が一斉に雪崩れ込んだ………というわけではない。

 まず突入したのは、二台の小さな車。

 球体に近い六つのタイヤがあり、それぞれが独立してフレキシブルに駆動する構造になっている。やや縦長のフォルムから昆虫というよりはむしろムカデの方が印象に近い。それらが、ウィングキャリアーの収められた廃工場のさほど平坦でもなく障害物も少なくない汚い床の上を、気持ちが悪いほどに音もなく疾走している。

 ホビー好きが高じて目が飛び出るほどの金をつぎ込んで作り上げた趣味人の珠玉の一品かとも思うほどの代物であるが、用途を思えばある意味それ以上の贅沢品ともいえる。

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 実用性特化の消耗品、この世で一番豪華な一回こっきり使い捨ての陸上ドローンだ。

 投入目的はマリアたちの本拠地であるウィングキャリアーへの攻撃―――()()()()

 

(まずは対象への牽制と警告、判断能力と逃走経路を削ぐ)

 

 そのために仕込まれた爆薬は、ある程度の破壊力と衝撃を発しつつも高温の炎をまき散らして燃え続ける焼夷弾じみた特性が付与されたものである。

 特別性といえば聞こえはいいが、性能としてはどっちつかずの中途半端。実戦投入するには使いどころが限定的すぎるということで、ほぼお蔵入りであったという代物だ。

 そのごく稀すぎる使いどころというのが今回の作戦である。

 

 a:マリア及び戦力の無力化、ナスターシャとウェルの確保。(彼らの有する機材もそれに準ずる)

 b:aが叶わない場合は速やかに全てを処理し、可能な限り痕跡を抹消する。

 

 ―――これらが彼らの作戦目的であり、要約すると『根こそぎ奪い返すか、まとめて殺して後始末』ということである。

 実に酷いダブルスタンダード、隊長である男も最初に任務を告げられた後は自室で散々毒を吐いたものだったが、意識を切り替えた今は一切の雑念なく任務の達成に邁進している。

 この辺りの精神の持ちようは機械よりも昆虫の方が近いか。機械よりも柔軟な有機的状況判断能力とロボットもかくやと言わんばかりの無感情な無容赦―――正しく『軍の兵』としての機能している今は、相手が娘ほどに年若い歌姫であれ半身の動かぬ老女であれ等しく容赦なく愉悦なく引き金を引いてしまえる。

 人間に戻るのは作戦を終えて余韻も残滓も冷たいコークで流し込み、シャワーを浴びた後ウィスキーで心地よく喉を焼くときだ。

 

 兵隊蟻じみた主の意のままに、車が進んでいく。

 炎の拡がり方すらシミュレートされて計算されつくしたそれらは、相手方からは把握できない形で逃げ道を塞ぐだろう。

 そうして出てきた戦闘要員を牽制しつつ抑え込み、場合によっては別動隊を機内に潜入させて非戦闘員を確保し交渉に移る。

 それが彼らの大まかな作戦内容だった。

 

 ―――これは俯瞰した視点であるからこそ言える事実であるが、彼らの認識は甘すぎると言わざるを得ないだろう。

 シンフォギアの戦闘能力を知っているならば、もっと慎重にナスターシャのみを狙える状況を探るか、さもなくばシンフォギアを纏わせる暇もなく一気呵成に殲滅するべきだっただろう。

 それこそ、日本からの非難や副次被害への多大な賠償を考慮した上で。

 とはいえ、これもむべなるかな。

 たしかにムーンアタック事変以後、櫻井理論として諸々の情報は公開されている。しかしその実態をどこまで正しく認知しているかは未だ怪しい。

 先史文明由来の聖遺物の研究が月を穿ち砕くほどの技術と、それを食い止めるほどの技術を生んだことくらいまでは知っているかもしれない。

 しかし、それとうら若き少女たちが纏う特異災害(ノイズ)対策の装備を明確に結びつけるには、なるほど確かに荒唐無稽すぎる。

 まして現場に出ている彼らからすれば、彼女たちへの認識は『よくわからない技術で世界にケンカを売ったテロリスト』というところに落ち着く。

 無論、それは過小評価も著しい認識だ。

 

 しかし。

 この日、彼らがそのシンフォギアに対する誤った認識を強制される機会は訪れなかった。

 

 

 

「―――Welcome to gentlemen!」

 

 

 

 キュッッッッドンッッッッッ!!!!! と。

 刹那に、二つの爆弾がその性能を発揮した。

 想定通りの衝撃。

 想定通りの爆炎。

 それらの余波を空気ごと震わせる振動と空気を伝って炙りに来る熱波という形で装備越しに味わった隊長は、

 

「―――!!?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それもそのはず。

 疾走していた二つの爆弾(ドローン)は、こちらが設定していた起爆地点よりも遥か手前で二つともが爆ぜたからだ。

 本来はこちらが把握する形でウィングキャリアーを取り囲むはずの炎は、しかしこちらとあちらを隔てる真っ赤な壁となって立ちふさがっている。

 

「Wh―――?」

 

 why(なぜ)、と言いかけたのか。

 what(どうして)、と口から出ようとしていたのか。

 形になるよりも先に、異変(こたえ)に気付いた。

 

 黒い、人影。

 そう見えるのは、炎を逆光として背にしているからだけではない。

 黒い衣装に浅黒い肌。

 鍛え抜かれた肉体覆うそれらを総じて、まるで黒鉄(クロガネ)を人の形に鋳込(いこ)んだかのような男が佇んでいた。

 

「―――!!」

 

 いったいいつの間にそこにいたのか。

 疑問を持つよりも先に、銃のセーフティを解除しながらハンドサインで周囲の部下に指示を出す。

 すると、十人は下らない数の銃口が、一斉に黒鉄に向けられる。

 ともすれば、次の瞬間には数百に及ぶ銃火の時雨に蹂躙されかねないだろう状況。

 その上で、しかし当の本人は逆光でなおそうと解かるほどに悠然とした振る舞いを見せている。

 

「………大変申し訳ないが、当方来客の類は現在受け付けていない。

 まして物騒なノックをしようとする輩は、そのまま踵を返してお帰り願いたいんだが―――」

Fire(撃てぇ)!」

 

 言葉を最後まで聞くことなく、号令を下す。

 一斉に銃声を連続させるのは、制式最新型のアサルトライフル。総員合わせて秒間300発は超える弾丸の嵐は、その半分の時間でも射手側の十倍の人数を鏖殺するに十分すぎる暴力だ。

 それが全て、たった一人を砕き散らすために向けられた。

 しかし。 

 

「そうか―――」

 

 刹那、炎を背にした影は消えていた。

 銃火によって人としての原型を失ったからなどではない。

 本当に、ただの一瞬で姿を消していたのだ。

 

「!!?」

 

 再びの驚愕。

 集中し、(まばた)きすらしていなかった。にもかかわらず、どの方向へ移動したのかも、どのように移動したのかも、寸耗たりとも知覚できなかった。

 炎を背にした逆光であったとはいえ、あり得ない。

 目の前に確かにいた人間が、まるで素人の雑過ぎる映像編集のように姿を消すなんてこと、現実離れにも程がある。少なくとも、彼の半生で培った認識と常識ではそうであった。

 だが、それで終わらない。

 

「ならば」

 

 言葉と共に降り注いだ何かが、自分と部下たちが構えていたアサルトライフルを貫き、砕く。

 細長い本体を抱えていた腕からむしり取るように叩き落とし、貫通しながら鉄筋コンクリートだろう床を鋭く穿ったその正体は、黒塗りの矢。

 ともすれば穿たれてしまったアサルトライフルに匹敵するだろう速射でなければ、これだけの人数を相手には成し得ない所業である―――などという事実を認識するよりも先に。

 

「重ねて申し訳ないが」

 

 すぐ傍……否、すぐ隣。

 そこから声が聞こえてきたという事実に対し、隊長はやはり訓練された軍人だった。

 驚愕よりも先に、訓練と実戦を重ねられた軍人としての肉体がほぼ自動的に迎撃に動く。

 拳銃(サイドアーム)を引き抜きながらセーフティを解除し、引き金に指をかけて銃口を突き付け、

 

 

 

「―――全員、痛い目を見て帰ってもらおうか」

 

 

 

 警告抜きで引き金を引くよりも先に、握りしめたグリップとトリガーより上の部分が切り捨てられる。

 

「―――What(はぁ)?」

 

 ライフリングの施された銃身を断面図として見下ろす羽目になったのは一瞬。

 次いで、ソレを成した浅黒い肌の青年の姿を確認したのが一瞬。

 直後に、彼が右腕を振り下ろして握っていた刀剣の柄頭でこちらのゴーグルを打撃し、蜘蛛の巣のようなひび割れで視界を奪うまでにさらに一瞬。

 それらを経て、更なる衝撃によって何もわからないまま隊長の意識がブラックアウトへ至った。

 

 

 

***

 

 

 

「―――とりあえず、大体の事情は把握したわ」

 

 深めの吐息を混じらせて、翼は若干の呆れを込めて奏にそう返した。

 その眉間には、浅めの皴が生まれている。

 共に座っている未来と響も、困惑と戸惑いが入り混じった表情を浮かべていた。

 

 すでに、マリアの仲間の装者たち……切歌と調といったか、二人の歌はとうに終わっている。

 そこから更に数組を経て今は次の組へのインターバルに入っているところだが、どうにもソレを楽しみきれずにいた。

  

「あの子たちの目的は、私たちのギア……」

「正確に言や、コンバーターだな。いや、もっと言やそん中の聖遺物の欠片か?

 とにかく、最初はアタシと直接この大会で勝負した上で、勝ったらもらってくつもりだったみたいだけどな」

「まさか乗ったんですか!?」

 

 思わずといった様子で声を出してしまう未来。

 そんな彼女に、

 

「いや、ンな訳ナイナイ」

 

 そんな風に返しながら、奏は右手を手首だけでパタパタと左右に振った。

 実際問題、彼女とて真剣に勝負すれば絶対に負けないと確信している。すでに世界に向けて羽撃(はばた)き始めている歌姫の身、それだけの自負は当然の如く存在する。

 だが同時に、シンフォギアで以ってノイズと戦う戦姫としての自覚もあれば責任もある。翼が防人と口ずさむほどに明確なものではないにしろ、それを鑑みればそんな賭けの景品として卓上に乗せるほど不真面目でも酔狂でもない。

 

「そもそも、この大会ってアタシみたいのは出れないしな」

「あ、そう言えば……」

「コレって、デビューして芸能活動してるような人とか、配信やってる人も参加できないんだっけ?」

 

 今更ながらに、出場規定を思い出す未来と響。

 

 この歌唱大会、飛び入り参加を歌っているがその例外として芸能人やネット動画の配信者……つまり、一定以上の知名度を有するような人間の参加は基本的に認められていないのだ。

 理由としては観客やファンが興奮してしまった場合の事態の収拾と他の一般来場客への迷惑を考慮したものである。

 ………なお、その背景には奏が卒業する前の時分に翼と共に出場した結果、歌唱大会が事実上ツヴァイウィングのゲリラライブコンサートと化してしまいそうになり、祭りの運営そのものに大きな影響を与えてしまったという事件があったりする。

 

 閑話休題(それはさておいて)

 奏は欄干に両肘をついて掌で頬を抱えるように顎を乗せた。

 呆れたような疲れたような表情からは、ため息が尾を引くように長めに漏れ出ている。

 

「ま、そんな感じで拒否ったはイイんだが、目敏く優勝者には願いが叶うって部分も見つけてな。

 ならコレだ、って感じで突撃してったんだよ。おかげでアタシは監視ってより保護者の気分さね」

 

 『けどま』と挟み、奏はステージを見つめた。

 今は誰もいないステージに、ほんのさっきまでの二人の姿を幻視する。

 

「戦闘中の歌は聞いたことあったけどよ、あそこまでとは思わなかったな」

「………そうね」

 

 それは翼も認めざるを得ない事実だった。

 彼女たちが歌ったORBITAL BEAT(ツヴァイウィングの歌)は、曲に合わせた振り付けまで披露した見事な出来栄えだった。

 それこそ最初は不遜と憤っていた翼も、その留飲を下げずにはいられなかったほどに。

 

「それに……」

 

 響もまた、同じく思い出していたのだろう。

 彼女は顔を俯かせがちに、力なく呟く。

 

「楽しそうでした、二人とも。

 すごく楽しそうに歌ってて、笑ってて……」

 

 そう、歌っていた時の二人は、響のみならず誰の目にも明らかに楽しげだった。

 最初からやる気を迸らせていた切歌は勿論、最初は見るからに渋々といった様子であった調さえも。

 そんな二人が歌い終わった後、捧げられたのは惜しみない拍手と喝采の盛り合わせだ。その中には、響たちのそれも含まれている。

 そしてそれほどまでの好評は、二人の前にも後にも他になかった。今のところは。

 

「ま、このまま順当に進めばアイツらが優勝だろうな」

 

 響の懊悩にはあえて触れず、奏はわざとらしいほど平然と言い放つ。

 それで慌てたのは未来の方だ。

 

「そ、それじゃ……優勝されたらシンフォギアを」

 

 奪われてしまうのか、という懸念を。

 

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 即答で、杞憂だと切って捨てた。

 

「「え?」」

 

 あまりにも早い即答に、未来のみならず響も呆気に取られてしまう。どうやら彼女も同じように懸念を抱いていたらしい。

 そんな後輩二人に、奏は大仰に肩を竦めてみせる。

 

「あのな? 優勝者の願いを叶えるって言っても、『生徒会の権限で可能な範囲』って前置きが付いてるからな。

 マンガで教師よりも実権もってるような生徒会じゃあるまいし、個人の持ち物を無理矢理どうこうなんてできねぇよ。

 せいぜい交渉としてお願いに来る程度だろうし、そん時に拒否ればそれで終いさ」

 

 言われてみれば、納得しかない正論だった。

 結局のところ、『優勝者の願いを叶える』というのも正確なところは『願いを叶えるバックアップをする』というのが正しいだろう。

 一生徒会に、個人のプライベートや所有物を強制的に左右できるほどの強権などあろうはずもなかった。そういう意味では、最初から心配無用であったと言える。

 

「でも、それじゃあ……」

「響……」

 

 それを聞いてしかし、響の表情は浮かなかった。

 安堵そのものはある、しかしそれと同時にあの二人の行動が徒労でしかないと聞かされて素直に喜べるような性分でもないのだ。

 彼女のその辺りの心情を概ね察しながら、しかし翼は切り捨てるように告げる。

 

「立花、お前のその気持ちはきっと美徳なのだと思う。だが、今は我慢して蓋をしろ」

「翼さん」

「彼女たちがどんな理由で私たちのギアを求めているかは知らないが……その思惑や心情をこちらが斟酌するわけにはいかない」

 

 『それに』と、翼は声に出さずにある懸念を思い浮かべる。

 

(求める理由が何にしろ、渡してしまえば二度と戻ってくるとは思えんからな)

 

 思い出すのは、彼女たちがアジトとして使っていた元浜崎病院の調査結果。

 瓦礫の山の下から見つかった、聖遺物と思わしき物品の山だ。

 恐らくは元々マリアたちが所属していたらしい米国の聖遺物研究所(F.I.S)から持ち去ったと思しきそれらは、しかしただ保管されていただけで使用や研究の痕跡は見られなかったという。

 古巣から持ち出し、抱え込んでいた聖遺物の数々。そしてそれを失った後に欲している、自分たちのシンフォギア。

 それらの背景に漠然と思い浮かぶのは、浜崎病院で衝突した正体不明のバケモノの存在だ。

 脳裏には、あの野獣めいた咆哮と、生き物としての形を捩じりに捩じって歪ませたかのような異形の姿がこびりついている。

 

(もし、彼女たちがシンフォギア……いや、聖遺物を手に入れんとする理由がアレにあるのだとしたら)

 

 或いは、取り返しのつかない事態に繋がりかねない―――翼は理屈も抜きに、しかし刃を交えた者としての直感から危機感を抱いていた。

 知らず、掌は強く握りしめられていて………。

 

「翼さん?」

 

 横合いからの心配げな声に、ハッと我に返る。

 振り向けば、心配げに眉をハの字にした後輩二人の顔が並んでいる。どうやら、いつの間にか押し黙ってしまい心配を買ってしまったようだ。

 

「いいや、なんでもない。

 ……それと立花、そこまで気にかける必要はないかもしれないぞ」

「え?」

 

 翼は彼女たちのみならず自身の心配も共に払うように微笑んだ。

 同時に、話題を戻しつつ重ねて響の懸念を拭いに行く。こびり付いた汚れを念入りに拭い去るような心持ちを得ながら、翼はさらに続ける。

 

「そもそもの話、優勝者があの二人とは限らんだろう。もし他に相応しい人間が現れれば全ての前提が崩れてこちらの気兼ねもなくなるということだ」

 

 より正確に言えば根本の問題そのものは残っていることになるのだが、その辺りに関してはあえて触れずに彼女はそう言い切った。

 確かに、切歌と調の二人の歌は素晴らしく、ここまでその評価を超えうる出場者は一人もいない。

 それを鑑みれば、希望的観測としてもか細すぎる糸口であるように思えてしまう。

 しかし、翼にはそれを口に出せるだけの根拠が存在している。

 

 というか、そもそもの話。

 自分たちは元々、それが目当てでここに来たのだろうが。

 

「―――それができるだろう人間。

 それがこの大会にいること、忘れてないか?」

 

 それはまるで、我がことを誇るかのように。

 翼は、自信と安心と共に深く座席に身を預けた。

 

 

 

***

 

 

 

「Wahhhhhhhhhhhhhhhhhh!!」

 

 マスク越しにくぐもった叫びを上げながら、米国の特殊部隊員が弾丸をまき散らす。

 最新型の突撃銃の吐き出す無数の礫は、しかし。

 

「―――シッ!」

 

 疾風(かぜ)の如く迫る黒鉄を、些かほども足止めするには至らない。

 肉薄されて右の刃が一閃、直後に突撃銃は鋭利な断面を晒すガラクタへと変貌した。

 

Damn(このッ)……!」

 

 特殊部隊の男は悪態もそこそこに残骸を放り、即座にナイフを引き抜いて士郎へと踏み込んだ。

 その動きはそのまま攻撃の動作に繋がっていて、ナイフの切っ先は鋭く素早く士郎の眉間へと迫っていた。

 

「フッ!」

「!!」

 

 それを、今度は左の刃が弾く。特殊部隊の男は士郎の迎撃にバランスを崩しかけてたたらを踏むも、即座に姿勢を立て直した。そうして士郎を迎え撃たんとナイフを構えなおして、

 

「………Huh()?」

 

 思わず、キョトンと首を傾げてしまった。士郎へと向けようとした切っ先が、どこにも無かったのだ。

 より正確に言えば、薄い鉄板くらいだったらさっくり貫ける程度には鋭利で頑丈な刃物が、根元部分からスッパリと斬り飛ばされていた。

 困惑、というよりも意味を理解できないといった状態の男。それは彼の動きを完全に止めさせて、

 

「ハァ!!」

 

 その隙を以て、双刀が閃いた。

 鳩尾で交差する二条の斬撃は、男の装備ごと着込んでいた装甲をただの布切れと変わらぬかのように易々と切り裂いた。その上で、男の体自体には一切の傷をつけていない。

 更に士郎は右の莫邪を手の中で反転させると同時に強く踏み込み、その勢いを乗せて男の剥き出しの鳩尾を柄頭で抉り込むように突き上げた。

 

「Ga!?」

 

 横隔膜を肉ごしに下から打撃され、特殊部隊の男は四肢を一瞬強張らせたかと思うと即座に弛緩させた。

 士郎は意識を絶った男を、容赦なく蹴り飛ばした。

 いや、正確には慈悲か。その直後に、男が放ったモノの単純計算で三倍の密度の弾幕が横殴りに襲い掛かってきたからだ。

 自身も大きく飛び退いた士郎は両手の獲物を夫婦剣から弓矢へと即座に切り替え、着地までの数瞬で三連射。

 弓矢としての慮外の速射は、こちらを撃ち抜かんとしていた兵隊三人の腕を即座に射貫いた。

 

「ッッ!」

 

 しかし、直後に驚愕に目を見開いたのは士郎の方。

 矢を受けた男たちが蹲るとと同時、その背後に控えていた後詰が、それぞれに銃口を向けてきたからだ。

 より正確には、突撃銃の銃身に沿うようにオプションで装着された単発式のグレネードランチャーを、だ。

 

投影(トレース)―――」

 

 弓を放って消すと同時に士郎は手を翳し、そこに紫電と火花が迸る。

 しかし形を成すよりも先に、

 

Go(撃て),Go(撃て),GO(ぶっ放せッ)!!!」

 

 銃声というよりは、シャンパンのコルク栓を開けた時のような間抜けな音。それがいくつも重なると共に、複数の榴弾が殺到して爆風が彼を覆いつくした。

 屋内戦などの閉所運用を想定した特殊弾頭は、破片ではなく衝撃と熱で対象を殺傷するものとなっている。

 故に威力そのものは抑えられているが、それでも人体を出来損ないの挽肉にするには十分であるはずだった。しかし、その威力を過信できる部隊員は既にいなかった。

 

Fire(撃て)More fire(撃ちまくれ)!」

 

 即座にグレネードから突撃銃へと切り替えられ、濁った煙へと弾丸の雨が降り注ぐ。

 肢体に鞭打つような真似、ではなかった。すでに誰も、そこにいるだろう男を人間だとは見なしていなかった。

 

Nuts to, fuckin' freeks(くたばりやがれ、クソ化け物)!!」

 

 連続して重なり続ける銃声にかき消される罵倒(スラング)。浴びせかける弾薬の量は、既に一個の生き物に使用するべき量ではない。少なくとも、地上に生息する生き物を対象とするなら大型草食獣ですら耐えきれる種は皆無だろう。

 ―――そういう意味で、彼らの士郎への認識はある意味で正しかった。

 

「―――、ォ」

 

 何かが聞こえたと、そう思った者はいただろうか。

 いたとしても関係はない。彼らはただ、弾丸が尽きるまで眼前に引き金を引き続け―――

 

 

 

「ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーッ!!!」

 

 

 

 ―――直後。

 浴びせられる弾丸の雨を弾きながら、煙幕を引き裂いて巨大な岩の塊が迫ってきた。

 

What(ハッ)!?」

 

 或いは、もう少し冷静であったならばそれが粗く削りだしたような刃の形をしていたことに気付いたかもしれない。

 しかし、今の彼らから見ればそれは生身で持ち上げることなど到底不可能だろう質量の塊にしか見えなかった。

 ハリボテなどではありえない。なぜなら、撃ち込まれる銃弾の悉くがその表面に弾かれているのだ。或いは、傷一つついていないようにさえ見えるのはなにかの冗談なのだと思いたい。

 いや、冗談というならソレが()()()()()()()()()()()()()という事実の方だ。

 一発一発が人体どころか同じ体積のコンクリートすらも穿つだろう威力、それを正しく雨のように浴びせられている現状。

 弾丸そのものを防いでいるとはいえ、その衝撃を受け止めながら進むなんてもの、ともすればエンジンをふかしながら進む乗用車を真っ向から押し返しているようなものといったも過言ではない。

 

「………, Jesus(ウソだろ、オイ)

 

 誰かが呟いた直後。

 盾とした岩塊(つるぎ)の切っ先で床を抉りながら、士郎がそれを振り抜いた。

 

 

 

「オォオオオオオオオオオオオッッッ!!!」

 

 

 

 理性の有無すら危ぶまれる雄叫びを聞いて、特殊部隊の男たちの意識は途切れていった。

 振り上げられた巨大な刃が彼らに当たったわけではない。

 それによって巻き上げられた無数の礫が、その全身を舐めるように叩いて意識を刈り取ったのだ。

 

 

 

***

 

 

 

 カッ!!

 ………と、スポットライトでいきなりに照らされる感覚に、クリスは一瞬めまいを覚えた。

 次いで、ステージに一人立ちながら眼前には多くの人々がこちらに注目しているという事実に重ねて意識が遠くなりそうになる。

 

「――ッ、ン……」

 

 飲んだものが、硬いツバなのか詰まった息なのかも自身で判然としない。そのくせ、喉自体は干上がりそうにカラカラと乾いている。

 大観衆の前に立つというのはこういうことなのか。

 一学校の施設でこれなら、この何十倍と大きな規模を埋め尽くす人の海の前に立つというのは、どれほどのことなのか。

 

(やっぱスゲェんだな……あの二人(センパイたち)

 

 ツヴァイウィングとしての姿を思い浮かべて、敬服せざるを得なくなったクリス。だが、それも今は現実逃避でしかなかった。

 と、彼女の意識を引き戻したのは視界の端……観客席からは見えない、舞台袖に潜んでいる二人の姿だった。

 

(アイツら……)

 

 暁 切歌に月読 調と言ったか。

 前者は自信ありげに胸を張り、後者は冷めた目付きに相変わらずの敵意を滲ませている。

 それを受け止めたクリスの脳裏に、ほんの少し前の短いやり取りを思い出す。

 

『優勝して願いを叶えるのは私たちデース!』

『正直、こちらの狙いが通る気はしないけど……でも、負ける気はしない』

 

 そう言いのけた二人は、なるほど確かに見事な歌を披露していた。

 敵地のど真ん中で敵対相手の持ち歌を歌うというクソ度胸も含めて感服してしまったほどだ。

 

「―――、」

 

 マイクを握る手に、知らず力が入る。

 相手が何がしかを狙っている以上、負けるわけにはいかないと―――

 

 

 

「「「雪音さーん!! 頑張ってぇ―――!!」」」

 

 

 

 ―――気負いかけた精神が、逆隣りの舞台袖からの声援で良い意味に凪いだ。

 『スゥー、ハァー』と改めて深呼吸をして、全てをリセットする。

 

「……ッシ」

 

 そうして、気合を入れ直す。

 あの二人のこともその目的も、今は捨て置く。というか、よくよく考えないでも生徒会で叶えられる程度の願いだったら大したことはできないだろう。多分。

それから静かに息を整えて………ふと、自問が淡く頭を過る。

 自分は何故、この場に立っているのか―――()()()()()()()()()()()()

 それは。

 

「それでは、今回のオオトリ! 学院の二年所属、雪音クリスさんです!

 曲名は『教室モノクローム』!!」

 

 答えを胸の内に浮かべるよりも先に司会からの紹介が入り、直後に伴奏が始まった。

 歌は事前に自分で選んだもので、元々はOGが在学中に残した歌らしい。

 さほど有名でもないそれを選んだ理由は、自分の今の心情とこれ以上ないくらいに合致していたからだった。

 

「………、―――」

 

 短く息を吸って、歌い出す。

 多くの見ず知らずの人たちの前で歌うというのに、旋律に乗る声は自分でも驚くほどに響いている。

 

 まず紡がれていくのは戸惑い。

 新たな居場所で己のことをわからぬまま、けれどどんな傷とも違う不思議な痛みを知る。

 それは痛みのはずなのに。

 体のどこにも負ったモノではなくて。

 けれどいやではなくて。

 高鳴る胸の内側で疼くそれが、むず痒くもどこか心地よくなっていくのが不思議だった。

 

「―――、―――」

 

 まるで塗り絵のように、色のない世界が鮮やかに染まっていく。

 それを成したのは新しい出会いで、歌う最中にその思い出が頭をよぎる。

 

「――、――――、――」

 

 転校してきたその日、笑顔で受け入れてくれたこと。

 休み時間に、話しかけてきてくれたこと。

 授業で、共に歌った時のこと。

 どれもこれもが、これまでの自分にはなかったもので―――新鮮で、眩しいばかりだった。

 

「―――、――」

 

 ちらりと、舞台袖を見る。

 そこには、聞き入ってくれている友人たちの姿がある。

 

 自分がこのステージに立っている理由は至極単純明快。

 彼女たちに誘われて、お願いされたから。

 それが無かったら、自分からこうして歌いに来ることなんてしなかっただろう。というか、最初は割と逃げ回っていた。

 けれど、それは前提で、建前で、本当の理由は………見ようによっては、もっと単純だって言えるのかもしれない。

 

『だって雪音さん、すごく楽しそうに歌ってたから!』

 

 そう言って、自分を推してくれた友人たち。

 

「――、――、―――」

 

 歌声を紡ぎ続ければ、胸の内に火が灯ったかのように暖かい。

 それがどういうことなのか、今はよくわかる。

 

()()()()

 

 ああ、そうだ。

 歌うことが楽しくて。

 それだけの事実に、こんなにも胸がときめいている。

 

(アタシ、こんなに楽しく歌を歌えるんだ……!)

 

 歌が好きだ。

 歌うことが大好きだ。

 そう思えるようになった自分自身が、どうしようもなく誇らしい。

 そう思える場所に引き上げてくれたのが仲間たちで。

 そう思える場所で受け入れてくれたのが友人たちだ。

 

 ―――だからアタシは、その幸せを込めて。

 心の底から笑顔で歌うことができるんだ―――。

 

「―――………」

 

 そうして、歌が終わる。

 そのことに、名残惜しさすら感じながらも一礼に頭を下げた。

 一瞬の静寂を長く感じた直後。

 怒涛のような拍手と歓声に、思わず身を仰け反りそうになってしまった。

 

 ふと視線を投げれば、調と切歌の二人も見惚れたような表情を浮かべていた。

 こちらの視線に気づいたのか、ハッとした様子で揃ってプイッと顔を背ける。その仕草に、思わず微笑ましさを覚えてしまったのは不謹慎であろうか。

 そう思いつつ逆側の舞台袖につま先を向ければ、大切な友たちが満面の笑みを浮かべていてくれた。

 クリスは彼女たちの下へと歩み寄る直前、小さな不満を胸の内に抱いていた。

 

(なあ、アンちゃん。アタシがここにこうしていられるのは、アンちゃんのおかげでもあるんだぜ?)

 

 だから。

 

(……アタシの歌、アンタにも聴いてほしかったんだからな。―――バーカ)

 

 笑顔で友の輪に入りながら、クリスは心の中だけで舌を出した。

 この場にいない、一人の朴念仁の顔を思い浮かべながら、拗ねたように。

 

 

 

***

 

 

 

「―――ッ、フゥー………」

 

 心身に積み重なるようにこびり付いた疲弊を、熱ごと排するかのように吐息を細く長く深くする。

 調子を確かめるように右手を二、三度と握って開くを繰り返せば、若干の痺れが余韻のように残っているように感じられた。

 さすがに集中砲火を無理矢理押し返すのは無茶に過ぎたかと、自嘲に口の端が吊り上がる。

 周囲には煤けた煙が薄く幕を張り、その向こう側で蠢くような気配を察知する。

 

「……、」

 

 再び、神経を研ぎ澄ます。

 少し離れた床には幾人もの男たちが呻き声を上げながら転がっている。その数が減っているように見えるのは、仲間が回収したのか自主的に下がったのか。

 だが、煙幕と工場の機材を隠れ蓑に潜む気配が減っているようには思えなかった。

 それが錯覚なのか、それとも本当に増援が来ているのか、士郎には判然としない。

 

(さすがに、正規の軍隊相手だと些か以上にキツイものがあるな)

 

 訓練を重ねて鍛え上げられた肉体と技術。練度の高い連携。更には潤沢な装備。

 これらを兼ね備えた集団を相手取って立ち回り続けたのだ。総合的な戦闘能力はギアを纏った装者一人に及ばないとしても、決して油断できるようなものではない。

 特に、身を固める防備の存在が厄介だった。意識を刈り取るにしてもまずは防護を削ぐ必要があり、さもなくば手足を射抜くなりするしかない。

 下手に加減を誤れば、それこそ取り返しがつかなくなる。

 そんな塩梅こそが一番の難題ともいえる相手を、既に十数人は降してきたのだ。

 肉体以上に、精神の疲弊こそが見えぬ重しとなって圧し掛かってきている。

 終わりの定まらぬ現状に流石に辟易していた、その時。

 

『そちらは大丈夫かしら、衛宮 士郎?』

「―――。ああ、問題ないさ。なんだったら鼻歌の一つでも披露しようか?」

『遠慮しておくわ』

 

 インカムから流れてきたマリアの声に、あからさまな軽口を叩く。

 こちらの無事に安堵でもしてくれたのか、返ってきた言葉の割に声音は柔らかい。

 また、本人にそのつもりはなかっただろうが、士郎としても気合を入れ直すに丁度良かった。

 

「そっちから相手が後どのくらいか把握できるか」

『……ごめんなさい。正確な数は……でも、だいぶ減っているはずよ』

「なら十分だ」

 

 つまりはもうひと踏ん張りだと、気合を入れ直す。

 そうして己を殴りつける様に四肢に力を込め、改めて五感を鋭く巡らせる。

 

(啖呵を切ってしゃしゃり出たんだ。やり遂げろよ、衛宮 士郎。

 ―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 先のやり取り―――犠牲を是とするナスターシャへの反発を脳裏に思い返しながら、士郎は戦意を改めて固める。

 確かに、目的のあまり他者の命を軽んじていたようなナスターシャの言葉への反発もある。

 それでなくとも、誰かが死んでしまうなんてことは嫌だしあって欲しくはない。

 だがそれだけではない。

 マリアたちに待ち受けるこの先をこそ考えて、衛宮 士郎は犠牲を強いる道を否定する。

 

(まったく、本当に大した偽善だよ)

 

 調たちが毛嫌いするのも納得だと、そんな風に考えていたその時。

 近づいてくる気配に一気に気を引き締める。

 夫婦剣を握り直し、案の定、姿を見せた兵隊を迎え撃たんと構えた―――その直後。

 

 

 

 ()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「………、な」

 

 絶句する。

 あっけなく消え去った命。

 その散り様と同じく、崩れ去っていく展望。

 現実とともにそれらの事実を認識し、同時に何が起きているのか……そして()()()()()()()()()、即座に思い至る。

 同時に、(こだま)するかのように響く悲鳴―――否、断末魔。

 事態を看破した士郎の奥歯が、耳障りに軋む。

 

『なにを―――』

 

 こちらも事態を把握し、そして同じく憤っているのか。

 耳元に聞こえるマリアの声は、まるで重いものを受け止めているかのように震えていた。

 そして場所は違えど、同じ相手に同じ激情を抱いた二人が、その叫びを重ねさせた。

 

 

 

「『なにをしているッッ!! ドクターウェルッッッ!!!』」

 

 

 

***

 

 

 

「まったく。あの男も本当に期待外れですね」

 

 呆れたような溜息を、誰に聞かせるでもなく漏らす。

 わざとらしく肩を竦めながらのそれはいっそコミカルにすら見えるが、そうしている彼が引き起こした事態を鑑みればいっそ悍ましいと言い切れるだろう。

 

 完全武装の屈強な特殊部隊員たち。

 今は足並みを揃えることもままならないまま、奈落のようにとっかかりのない絶望に叩き落とされている。

 

「No! No! No! Nooooooooooooooooooooooooo!!?」

「Help! Please,help―――wahhhhhhhhhhhhhhhhhhhh!!!」

「Fcuk! Stop fuckin'………ah, gyahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh!?」

 

 ソフビの怪獣のような人型に抱き着かれた男がいる。

 カビの生えた超特大の饅頭のようなモノに纏わりつかれた男がいる。

 鳥のようなモノが身を捩らせて変じた槍に貫かれた男がいる。

 別の形の人型に襲われた男も、手足の生えたブドウのようなモノが飛ばした球体をぶつけられた男も、それらのいずれかが粘土のように身を細長く伸ばして浴びせかけられた男たちもいる。

 ―――そのいずれも、結末は同じく黒い灰となってボロボロに崩れて散るばかりだ。

 

 無数に犇めく多様な異形……ノイズたちによって奏でられる、断末魔の調べ。

 屈強なはずの軍人たちが為す術もなくただ弄ばれる、阿鼻叫喚の地獄絵図。

 それらを眺めながら、ドクターウェルはソロモンの杖を指揮棒のように揮いながら歪んだ笑みを浮かべる。

 と、目の前に兵が三人ほど立ち塞がる。突撃銃の銃口を向けてきたのと同時、杖から毒々しいほど鮮やかすぎる緑色の閃光が迸った。

 直後、スクリーンに投影されるかのように像のように出現する何体ものノイズ。

 

「「「!!?!?!?」」」

 

 三人が一様に息を呑んで表情を引きつらせるのと、彼らの人差し指が引き金を引くのはほぼ同時だった。

 三つの銃口から吐き出される銃弾の雨は全てノイズへと吸い込まれていく。ドクターウェルの正面にいる個体は盾にされることで砕かれていくも、それ以外は全くの痛痒を感じさせずに軍人たちへと迫っていく。

 果たして、三人の中で左右の二人は人型の抱擁を受けて心中のように諸共に黒い灰となって散ってしまう。

 

「A,ahhh……」

 

 やがて、男の突撃銃がガチガチという音を立てて銃弾を吐き出すのをやめてしまう。弾切れだ。

 しかし彼はそれに構わず、もしくは気付かず、振り回すように銃口をノイズたちに向けながら引き金を引き続ける。

 ゴーグルの内側は、涙と汗で水が溜まり始めていた。

 

「Ahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh―――!?!?!?」

 

 精神のタガが外れたのか、迸る叫びにはすでに理性は消え去っていた。

 ヒステリーを起こしたかのように首ごと体を左右に振る様は、鍛え抜かれた特殊部隊の一員であるとは到底思えない。

 そんな男へと、ノイズたちが殺到していき―――その悉くが、割って入った一人の男の手で切り捨てられていく。

 

「おや?」

 

 灰燼に散っていくノイズたちの向こうから姿を露わにしたのは、黒白の夫婦剣を握りしめた士郎だ。

 彼はキョトンとこちらを見つめるドクターウェルを一瞥すると、しかし後ろへと振り返る。

 

「早く逃げろ! 他の仲間にも―――」

 

 言い切るよりも先に、間近で助けたはずの男が脳天から槍のように身を捩った飛行型に貫かれた。

 潰れるように拉げながら、しかし生臭い血肉をまき散らすよりも先に黒々とした灰がぶちまけられる。

 

「―――」

 

 思わず呆然と、眼を見開いたまま立ち尽くす士郎。その足元に、何かがカシャンと軽い音を立てた。

 ブーツの爪先に落ちて転がったそれは、拳銃だった。

 貫かれた衝撃で手放したせいで、他の装備のように炭化せずに済んだのだろう。つまり。

 

「いやぁ、危ないところでしたねぇ。もう少し遅かったら、ズドンと鉛玉がぶち込まれちゃってたかもしれませんでしたよ?」

 

 嘲りが存分に入り交じった声を浴びて、士郎は奥歯を鳴らしながら振り向きざまにドクターウェルの胸倉を掴み上げた。

 

「貴様……なんのつもりだ……!? なぜ殺した!!?」

「なんで殺しちゃいけないんですか~?」

 

 憤怒の形相で歯を剥く士郎に対し、ドクターウェルはヘラヘラとした笑みを浮かべている。余裕というよりかは、あからさまに見下しているといった方が正しい。

 そんな彼に、士郎は怒気が滾るままに奥歯を鳴らした。

 と、ドクターウェルの眼が冷たく細まる。

 

「というか甘いんですよ、アナタ。

 こっちを殺すかもしれない相手に、なんでそこまでお気遣いを示さなきゃあならないんです?」

「殺さずとも対応できた。

 実際、もう少しで―――」

「最初からこうしてればもっと手っ取り早かったでしょう?

 実際問題、アナタだってやろうと思えばできたはずだ。

 ま、そっちがやった場合はもっとグロくて文字通りに血生臭かったでしょうけれども」

 

 『だいたい……』と続けながら、ドクターウェルは藻掻いてどうにか士郎の手を引きはがす。

 正確には離れようとする彼の動きを察して士郎の方から手を離したのだが。

 白衣の乱れを糺しながら、ドクターウェルは鼻で嗤う。

 

「マリアやナスターシャにエゴだなんだって言ってましたが……“()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「っ、それは―――」

 

 確かにそのとおりであると、士郎は心のどこかで認めてしまった。

 そうであるがゆえに彼は押し黙り、それを察してドクターウェルは笑みを深める。

 

「別に責めちゃないですよ? でも結局は全部同じです。

 ―――えぇ、そうだ」

 

 一拍を置き、芝居がかったような仕草でドクターウェルが両腕を拡げて天を仰ぐ。

 

「殺したくないから不殺でこいつらを返り討ちにしていたアナタも!!

 手っ取り早くこいつらを片付けたかったからノイズを使ったボクも!!

 月の落下を知り、にもかかわらず隠蔽して保身を選択した米国も!!

 それに対して離反し、敵に回してでも落下の阻止を実行せんとするマリアやナスターシャも!!

 全員が全員!! 全部が全部!!

 エゴを抱いてエゴで動いて、エゴを押し通して形にするために生きている!!

 そしてそのエゴの種類が何だろうと!

 それによって為される行いが善行悪行大業罪業いずれに分類されようと!!!

 それを成し遂げ、(あまつさ)え世界を支える御柱が如くに刻み込まれれば即ち未来永劫色褪せぬ偉業となる!!」

 

 それを想像したのか、笑みに恍惚としたものが混じり、吐息にも熱が籠る。

 ギラギラと輝く瞳は、どうしようもないほどの狂気を露わにしながらも凄まじいほどに力強い。

 

「それを成し遂げた者をこそ―――『英雄』と呼ぶのです!!!」

 

 倒錯と昂揚に塗れた締めの言葉。

 それを聞いて、士郎はようやく合点がいった。

 

「……そうか、お前の目的は『英雄となること』か」

 

 そう指摘すれば、眼前の狂人は一転して不機嫌を露にする。

 これまで最低限はあった士郎に対しての慇懃無礼さも、メッキが剥がれる様に消えつつあるようだった。

 

「そうですよ? だから何です?」

 

 悪びれもせずに肯定するドクターウェル。

 そんな彼を睨みつけながらも、士郎は既に彼の主張を否定することはできなかった。

 いや、正確には認めざるを得なかったというべきか。

 『エゴ』を『意志』や『信念』という言葉に置き換えるならばなるほど、英雄と呼ばれる存在は確かにそれを貫き通している。そのことを、士郎こそが誰よりもよく知っているのだから。

 しかし。

 

「だがそれでも―――()()は人の命を徒に奪っていい理由にはならない」

 

 だからこそ、決して引けぬ一線を退くことはできなかった。

 

「っ、―――」

 

 忌々し気に表情を歪めるドクターウェル。

 鷹の眼の如き士郎の眼差しとの睨み合いは、されども十秒と続かなかった。

 士郎が視界の端で、僅かに動く影を認識したからだ。

 

「ッッ!! クッ―――!!」

「なァッ―――!?!?」

 

 士郎の鍛え抜かれた左腕が、ドクターウェルへとまっすぐ突き出され白衣に包まれた細身が押し出されながら転げる。

 驚きに目を剥くドクターウェルの尻が土埃塗れの床を尻で磨くよりも先に。

 ―――銃声と共に、士郎の左腕が花が咲いて一瞬で散るかのように真っ赤な飛沫を上げた。

 

「ッッッ、ヅゥ……ッ!!!」

「ヒ……!?」

 

 ダラリと、左腕を垂らす士郎。その二の腕を抑える右手の指の隙間からは、文字通りに血が溢れて止まらない。

 一方で、ドクターウェルは頬を引きつらせて呻き、すぐさまに横へと振り向く。

 その先にいたのは、脱ぎ捨てたのかヘルメットとマスクを外した一人の軍人だ。露わになった顔や髪は、炎や運動量によるものだけではないだろう汗でべっとりと濡れ切っていた。

 ガチガチと歯を鳴らしながら拳銃を構える姿に、まるでハエにでも集られたかのような苛立ちと鬱陶しさを覚えて、ソロモンの杖を向けた。

 直後、迸る閃光。更に刹那を経て、人型の異形が男の眼前に滲み出る。

 

「A,ahhh―――Wuahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh!?!?!?!?」

 

 ノイズの向こうから迸る絶叫。

 それが断末魔となるよりも先に、

 

「―――ッツ!」

 

 血を零す左腕をダラリと下げたまま、士郎が滑空しているかのように鋭く疾走する。

 その背に不快気に目を細めるドクターウェルだったが、追加のノイズを呼び出して向かわせるよりも先に、背後での物音を耳に拾った。

 見れば、出口に向かって足をもつれさせながら走る別の軍人の姿がそこにある。

 

「……クヒ」

 

 その様に、優越と愉悦に夢心地のような笑みを浮かべながら彼は立ち上がった。

 

 

 

「オオォッッ!!」

 

 右手に握った刃で一閃し、ノイズを胴から両断する士郎。

 黒い灰の塊が崩れて散れば、露わになったのは尻もちをついた状態で銃口を向けている軍人が一人。

 

「シッ!」

 

 文字通りの返す刀、指と手首の動きだけで順手から逆手に持ち替えての巻き戻しのような軌跡の斬撃が、銃身ごと拳銃の上半分を切り飛ばした。

 バネによるものか、グリップ内の弾倉に納められていた弾丸が薬莢ごと押し出されて幾つも床に転がっていく。

 それに構わず、もしくは気付かず。ガチガチと引き金と歯の根を鳴らし続ける軍人の胸倉を、士郎は右手の剣を消して掴み上げる。

 

「大人しく、していろッッ!!」

 

 相手に言語を合わせる余裕もないまま、間近まで顔を突き合わせて怒鳴りつける。それが通じたのか否か、軍人の男はガクガクと震えながら何度も頷いた。

 それを見届けて、半ば放り投げる様に男を手放した。

 

「ハァ……ハァ、ヅ……!」

 

 肩を大きく上下させんながら、士郎は腕の傷を見下ろした。

 その眼差しは、苦く険しい。

 

(っ、クソ……弾は貫通してるが、よりによって骨を撃ち抜いてやがるか)

 

 貫き砕けた骨自体は腕の内側で刃同士が貫くことで繋ぎとめている。そのせいで文字通りに腕を内側から切り裂かれる痛みが迸るが、()()()()はどうでもいい。

 問題は、そのせいでほぼ力を入れることができないということだ。ただ動かすならばともかく、戦闘どころかモノを持ち上げるだけですら危うい。

 なにせ骨そのものが砕けたのだ。常人よりも遥かに早く治癒すること自体は可能とはいえ、それにしても幾ばくかの時間は必須であった。

 

 しかし事態は、そんな時間はおろか拘泥する暇すらも与えてはくれなかった。

 それを、士郎は悲痛な声で以って知ら占められてしまう。

 

『………待て、ドクター。なにをする気だ?』

 

 インカムから流れ込む、強張ったようなマリアの声。振り返ってみれば、工場の入り口を出たところでドクターウェルがソロモンの杖を構えていた。

 夢見心地のようにも見える悦の入った表情を浮かべる彼の足元には、黒い灰の塊が積もっていた。

 こちらから見て真横を向いているドクターウェルが狙っている相手は、壁の向こう側となっていて判らない。

 

(米国の増援でも来たのか?)

 

 そんな疑問を浮かべつつ視線を横に滑らせれば、途中で窓が設えられていた。

 ガラスが割れて無くなっているのは、戦闘の余波かそれとも以前からのものか。

 ちょうどその先に、人影が揺れていて―――

 

 

 

 

『やめろ―――()()()()()()()()()()!!?』

 

 

 

 ―――白い野球帽を被った、少年の横顔がそこにあった。

 

「―――」

 

 瞬間、衛宮 士郎の思考と動作と呼吸がほんの瞬き静止した。

 直後。

 

『やめろ……やめてぇええええええええええええッッッ!!!』

 

 耳にマリアの悲痛な叫びを聞き。

 目にドクターウェルにより放たれる鮮やかすぎる薄緑の閃光を捉えながら。

 弓矢を引くことのできない腕から血が零れるままにして。

 一歩目でアスファルトを穿つように踏み込んで、全力にして全霊の、全速の疾走を開始した。

 

 ―――そして。

 

 

 

***

 

 

 

「………………、え?」

 

 唐突に、天羽 奏はそんな声を上げた。

 サングラスの内側で目を大きく見開いて、呆けたような表情を浮かべて固まっている。

 彼女はそのままゆっくりと右手で胸元を抑えると、何かを確かめるように握りしめる。

 二度三度と瞬きを挟んで、しかし呆然とした表情をそのままにさらにポツリと呟いた。

 

「………………………士郎?」

 

 

 

***

 

 

 

 ―――その時、衛宮 士郎はほんの一瞬たりとも迷いはしなかった。

 

 士郎がその手に握りしめたのは、岩塊のような巨大な剣。彼は疾走する勢いのままそれを振り抜き振り上げ、壁を破砕した。

 そうして目の当たりにしたのは、自転車に跨ったまま呆然としている三人ほどの野球少年たち。それと、そんな彼らに怒涛の如く押し寄せるノイズの群れだった。

 

 士郎は振り上げた刃を即座に振り下ろし、ノイズを叩き潰す。それで多くのノイズが飛沫のように弾けながら砕け散った。

 しかし殲滅には及ばず、後続の三体が討ち漏れる。

 

「……、」

 

 ()()()()()()

 士郎は刹那にそれを悟る。

 振り下ろした刃は巨大かつ長重、刃先がコンクリートを砕いてめり込んでいる。そして生き残ったノイズは仲間だった塵芥が舞う中を気にすることなく突進し、獲物である少年たちに迫ろうとしている。

 残った右腕が自壊するほどの出力を捻り出せば、剣を切り返して迎撃することはできる。しかし、それでもなお一体は確実に逃してしまうという事実を、彼は冷徹なまでに正確に分析していた。

 そして少年たちを殺し尽くすのに、それは十分な災禍だ。少なくとも、一人の犠牲も出さずに済む道はすでにどこにも存在していない。

 

 ―――重ねて言おう。

 衛宮 士郎はほんの一瞬たりとも迷いはしなかった。

 ほんの僅かな懊悩や躊躇い戸惑いの類いが生じればそれこそ全てを取りこぼすから、などというわけではない。

 それ以前に、このような場面……このような選択を取る段において。

 そこに、逡巡や後悔などというものが入り込む余地など寸耗たりとも存在し得ない。

 愚かしくも悲しいことに、この男の在り方はそういうものなのだ。

 

 

 

「――――――は?」

 

 ドクターウェルは。

 ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクスは。

 その光景を目の当たりにして、呆気に取られた表情を浮かべていた。

 頭脳そのものは明晰であり情報処理能力も相応に高いとはいえ、動体視力は人並みでそもそも戦闘経験も皆無。

 ……いや、例えそれ等の条件がなかったとしても、眼前に広がったその光景に対しては同じように思考を停止させられていたかもしれない。

 

「なに、やってるんです……あの男?」

 

 思わずそう呟いたウェルが見たもの。

 それは、壁を破壊して現れた衛宮 士郎が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……ァ、―――」

 

 都合三体ものノイズを受け止めているせいか、士郎の体は上半身がほぼ埋もれているような状態だ。

 ドクターウェルから見れば、口元から上が辛うじて見えているだけで、それも俯きがちで判然としない。何かを呟いているようにも見えるが、声はロクに聞こえない。もしかしたら、絶叫を上げようとするもそれすらできなくなっているのか。

 ウェルはそれを見つめたまま幾度か眼を瞬かせて、やがて光景に理解が及んでくると、

 

「………ヒハ」

 

 口の端を釣り上げるようにして、歪な笑みを露わとした。或いは、呵々大笑に士郎の姿を無様と喝采していたのかもしれない。

 しかしそれよりも先に、彼は地獄のようなモノを目の当たりにすることとなる。

 それはウェル自身がノイズで以って作り出した地獄絵図のような惨劇に類するものとは違う。

 文字通りに―――地獄にでも堕ちなければ、見ることなどできないような存在という意味だ。

 

「―――、」

 

 俯いていた士郎の唇が、更に動く。

 そうして紡がれた次の言葉は、今度こそドクターウェルにもはっきりと聞こえた。

 

 

 

「――――――開放(バースト)!!!」

 

 

 

 瞬間。

 士郎の体を覆っていたノイズ諸共に血肉が弾け飛び、大小さまざまな刃の群れが隆起した。

 

「ヒッッッ!!?!? ヒ、ヒィイイイイイイイイイッッッ!!!!????」

 

 ドクターウェルの喉から、甲高く悲鳴が絞り出される。

 眼鏡の奥の眼は、驚愕と恐怖と混乱に限界まで見開かれていた。

 その反応もむべなるかな、その視界が捉えた衛宮 士郎の姿は()()()()()()()()()

 

 上半身の至る所から……よく見れば下半身からも幾ばくか剣の切っ先が延び、その全てが赤黒い血液に濡れて煌めいている。

 首元からも多くの刃金が顕われており、まるでソレに押し退けられているかのように士郎の顔は天を仰いでいた。

 その周囲は、更に酸鼻極まる情景を作り出していた。周囲一帯を赤黒く染め上げ、生物的な生臭さと血液独特の錆臭さを濃密に漂わせるその様は、『血の海』という言葉がどれほど凄惨なものであるというのかをこれ以上なく刻み付けてくる。

 

 かつて、クリスを庇った時に左腕が同じような有様になった時は植物よりも生物的な甲殻を彷彿とさせたが、それが全身にまで及べばその印象は逆転する。

 束ねられたかのような刃の連なりは正しく枝葉のようで、全体を見れば衛宮 士郎そのものが剣で出来た樹木へと変じてしまったようにも見える。

 ―――枝や葉などが剣や刃で出来た樹。

 ―――人間が変貌してしまった樹。

 なるほど、これを指せば確かに地獄の如しというより他にない。

 

「「「ぅわぁあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――っっっ!!?!?!?」」」

 

 士郎の立つ場所より向こう側で、重なった絶叫が遠ざかっていくのが聞こえる。恐らくは、我に返った少年たちが泡を食って逃げ惑っているのだろう。

 しかし、ドクターウェルにそれを気に掛ける余裕はない。ともすれば悲鳴に気付いていなかったかもしれないし、それ以前にすでに少年たちの存在など忘却していたかもしれない。

 

 ―――そして。

 気にかける余裕がないのは衛宮士郎も同じだった。

 

「………―――!」

 

 ギチュリ、と。

 液体的な粘着きを伴った金属の擦過音を立てて。

 ウェルへと顔を向けた士郎の瞳が、凄絶なまでの威を伴って確かに彼を捉えた。

 

「ヒ、ヒィイイッッ!?」

 

 再び、病的なほどに色白な細い喉から甲高い悲鳴が上がる。そんな彼へと、士郎はゆっくりと歩を進み始めた。

 出血は止まっていないのだろう。ボタボタと音を立てて血を塊と零しながらの行進は、一歩を踏みしめる度にズチャリと重苦しく滑った音を奏でている。

 

「こ、この! この!!!」

 

 表情を引きつらせながら、白衣の裾を翻してドクターウェルは反射的にソロモンの杖を抜き放った。

 二度、三度と迸る閃光。最初の一発はまっすぐ士郎へ向かい、しかし突き出た刃が引き裂くように散らした。

 残りはノイズを呼び出したが、揺らめく像が確かな形になるより先に刃が繁る腕の一振りで千々に砕けた。

 

「ぁ、ああ……ハッ!?」

 

 足止めすることも叶わない事実に、歯を見て驚愕するドクターウェル。しかし、何かに気付くと会心といった表情で白衣のポケットまさぐり、グリップのようなモノを取り出した。

 士郎の首に嵌められた首枷(ギアス)……その起爆装置だ。

 スイッチと連動している処刑具は、刃の隆起の中でも奇跡的と言っていいだろうほど無事に士郎の首に巻き付いたままだった。

 

「ヒ、ヒハハ、ハハハハハハハァッッ!! これで終わりだァッッ!!」

 

 正しく鬼の首を取ったかのような喜色満面の笑みで以って、ウェルはスイッチを押した。

 するとギアスのランプが赤く点滅し、パシュン! と炭酸飲料のフタを開けるような音が鳴って―――それだけだった。

 

「………………………は?」

 

 浮かべた笑顔が、呆気に取られて固まるウェル。

 そのままもう一度といわず何度もスイッチを押し込むものの、もはやランプの点滅すら起こらない。

 それでもなお連打しながら、手の中のスイッチと士郎を何度も見比べる。

 そうしていれば、とうとう士郎がすぐそこにまで迫っていた。

 

「ウ、ウァアアアアアッッッ!!?」

 

 そうしながら、幾度目かの絶叫を上げつつ握りしめたスイッチを士郎にブチ当てる様に投げ捨て、ソロモンの杖を向ける。

 しかし、杖が再び光を放つよりも先に士郎の右手がそれを掴み、ウェルの腕を捻り上げる形で持ち上げた。

 

「ウギッ、ィヒィイイイ!?」

 

 腕の痛みに呻くも、直後にそれを忘れて引きつった悲鳴を上げる。

 間近で見る士郎の瞳は、焦点を朧気に揺らしながらも確かな憤怒に染まっていた。

 

 

 

「オ、マエ……は………」

 

 断続する意識。歪曲したかのような感覚。体の内側から震えるように響く異音。

 それら全てが薄紙越しに物を見るかのように朧げだった。

 そも、動いていることの方が奇跡といえる状態だ。辺りにぶち撒けられた血の量から察すれば、致死に達していてもおかしくない。

 一歩どころか、手足いずれかの挙動一つをするだけでも意識が明滅する。しかし、激情で以ってその全てをか細くも結びつけ、士郎は駆動していた。

 

 そう、激情。

 衛宮 士郎は既に夢幻の如き幽かな意識を、憤怒の一色で染めていた。

 それは米国の兵たちの命を奪ったことであり。

 何の関係もない子供たちの命を奪おうとしたことであり。

 ―――それらを、マリアたちにも背負わせるということをまるで頓着していないだろう無自覚さからだった。

 

 

 

 仮に全てが終わった後。

 マリアやナスターシャの狙いの通りに月の衝突を回避して全てを解決できたとして。

 マリアたちの行いが赦されるかといえば、恐らくは『否』である。

 或いは、功績を認められることで情状酌量を得られるかもしれない。しかしどのような理由であれ、世界中に名を轟かせながら混乱を招いた事に対する責任は問われて然るべきだろう。

 

 だとしても。

 士郎は思わずにはいられなかったのだ。

 世界を救うために奔走した結果、それを成し遂げた先に待つものがただ咎を背負うばかリなどというのは……あまりにも、甲斐がないのではないだろうかと。

 無論、行動に対する責任は負うべきだし背負うべきだ。

 だが同時に、功績に対して報われるものもまたあってしかるべきなのだ。

 士郎自身にそれを与えることができないという事実が歯痒さを増していた。

 

 故に、彼女たちが背負う責……その咎を、少しでも軽くしようと決めていた。

 なるほど、これは確かに偽善でエゴだ。調の冷蔑もドクターウェルの嘲笑も、言い返すに言葉がない。

 

 ―――それでも。

 全てを終え、責も咎も清算したその後に。

 ようやく歩き出せる自分自身の人生、その第一歩。

 どうか少しでもその身に軽く、しかし力強いものとなってくれますように―――

 

 

 

「は、離せ!! 離せよッッ、この―――()()()()がッッッ!!!」

 

 泡を飛ばしながら吐き捨て、脚を掴まれた虫のように暴れるドクターウェル。

 幾度も重ねることになるが、彼の言っていたことはもっともだ。

 自身のエゴを押し付けているという意味ではなるほど、どちらも同類である。

 

 だからこそ。

 そのエゴで以って、ただ徒に誰かの未来(じんせい)を閉ざし、剰え嘲笑(わら)うような真似を、許容することなどできはしない―――。

 

「………見下げ、果てた……ヤツ、だ……!!」

 

 その言葉だけを絞り出して。

 残った力で、空いている左腕を振り抜いた。

 

 

 

***

 

 

 

 何人もの生徒と一般人で犇めくリディアン音楽院の敷地。

 その中を、切歌と調は疾走していた。

 歌唱大会で優勝を逃し、目的を果たせなかったために二課の装者に補足されるよりも先に離脱するため……というわけではない。

 二人は大会の結果発表を聞くよりも先に、会場を抜け出していた。

 ナスターシャからの通信で、至急の撤退命令が下されたからだ。聞けば、米国の特殊部隊の襲撃を受けたらしい。

 目的のもの(二課のシンフォギア)を手に入れられなかったことには強く未練が残るが、それよりもナスターシャやマリアのことが心配だった。幸いなことに襲撃そのものは退けられたらしいが、詳しいことはわからないので気が気でない。

 身を潜めていた廃工場は既に辞していて、別の合流地点で落ち合う予定だ。

 二人は逸る気持ちのままに身を走らせるが、混雑がそれを阻んでいる。

 極めつけとばかりに、大きな道と合流する隘路に差し掛かったところで道を遮られてしまった。何かの出し物だろうか、鯨を模した大きなハリボテを生徒たちが運んでいる。

 

「っ!」

「う~、ヤキモキするデース!!」

 

 通り過ぎるまでの時間は一分あったかどうか。たったそれだけの時間でも焦れに焦れて、どうにも苛立ってしまいそうになる。

 やがてそれらが通り過ぎて、ようやく道が拓けて再び走り出さんとした、その瞬間。

 

「よぅ、そんなに急ぐと危ねェぞ?」

「なっ!」

「うぅっ!」

 

 いつの間に現れたのか、天羽 奏が立ちはだかっていた。気安げな言葉の割に声の調子は剣呑さが滲み出ていて、まるで狼にでも唸られているかのような錯覚を得る。

 思わず二人が身を強張らせてしまうと、それを隙と見たかのように響と翼によって背後も抑えられてしまう。

 

「観念するのだな」

「……っ」

 

 こちらを厳しく睨みつける翼に対し、思わず奥歯を鳴らしてしまう調。

 と、そこで響が一歩前に出た。

 

「切歌ちゃんと調ちゃん、だよね?」

「……三対二、数の上ではそっちに分がある。だけど……」

 

 確認するように話しかけるも、それには直接答えることなく言葉を紡ぐ調。

 自分たちの不利を認めながらも、冷たい眼差しは周囲の何も知らない一般人たちに向けられた。

 

「ここで戦うことで、アナタたちが失うモノのことを考えて」

「っっ、貴様……!」

「そんな、どうしてそんなこと……さっき、あんなに楽しそうに歌ってたのに!?」

 

 無辜の人々を盾に取るような台詞。それは人々を守護せしめる防人としての自負を持つ翼にとっては逆鱗を逆撫でされるに等しい発言だった。

 また、響もそんな調の物言いに悲痛な表情を浮かべている。先ほどの歌唱大会の様子を知っているだけに、彼女の言葉がなおさらに哀しく突き刺さっていた。

 

 実のところ、調自身も本気でこの場で戦うことを是としているわけでも、まして無関係な人たちを巻き込みたいとも思っていない。

 むしろ、一刻も早くマリアたちのところへ戻りたいのだ。

 調自身が言った通り、単純な数の差で自分たちが不利。それでも離脱するだけならばなんとかなるかもしれないが、それでも多大な時間を取られてしまうことは間違いない。

 それどころか、肝心のマリアたちすらも巻き込みかねない。

 だから、脅しをかけた。

 そうすれば、彼女たちもこの場は退かざるを得ないだろうと判断して。

 

(………ホントに、最悪……!)

 

 敵である彼女たちの良心に期待するのもだが、なによりもソレにすがるしかない自分の行動こそが吐き気がする。

 だってこんなの、自分が最も嫌う偽善じゃないか―――!

 

(でも、今はマリアたちの方が優先!)

 

 だから、その程度の屈辱も嫌悪も飲み込む。

 本当に守りたいものを()()()()護るために。

 

「調……」

「さあ、どうするの?」

 

 戸惑いを含んだ眼差しを向けてくる相方をよそに、重ねて問い責める調。

 あとはこのまま押し切り、この場を離脱できれば―――そんな彼女の展望を、

 

 

 

「あぁ―――()()()()()()()()()()()

 

 

 

 背後からの冷たい肯定で瓦解した。

 

「なっ―――!?」

「はぁっ!?」

 

 思わず、眼を見開いて振り向いてしまう調に切歌。

 

「奏!? なにを―――」

「か、奏さ―――」

 

 同じく、驚愕を露わにしてそちらを―――奏の方を見てしまう翼に響。

 奇しくも全く同じタイミングで彼女たちは奏へと注視して、そして。

 

「―――っ」

 

 ほとんど同時に、息を呑んでしまう。

 

 

 

 

「どうした? やるんならとっととギアを纏うなりなんなりしろよ?」

 

 

 

 自身もギアのコンバーターであるペンダントを掲げながら、挑発ともとれる言葉を発する奏。

 いつの間にかサングラスを外したその眼差しは、今まで誰も見たことがないほどの冷たさを湛えていた。

 そこに込められていたのは、冷たさと熱さが同居したような憤怒。

 陳腐な表現となってしまうが、それこそ絶対零度とマグマの双方を彷彿とさせるような、凄絶なまでの怒りが天羽 奏という一人の人間から静かに横溢し始めていた。

 それこそ、敵味方の区別なく問答無用に黙らせるほどの威を伴って。

 硬直する面々を前に、『けどよ』と前置いてさらに続ける。

 

「そうしたらもう、こっちだって遠慮も容赦もしてやらねぇ。

 ……そうさ、テメェらの目的も若大将の思惑も、一切合切知ったこっちゃねぇ」

 

 紐の部分を掴んで揺らしていたペンダントを、手首の返しで手の中に放り込んで握りしめて見せながら、奈落よりも絶望的に深い瞳を鋭く細める。

 

「身も心も、文字通りの意味で二度と立ち上がれなくなるまで潰し尽くす。

 そこまでやり合う覚悟があるから、ンな言葉ぁ吐けるんだよなぁ?」

「っっっ!」

 

 そう締めくくりながら、亀裂を広げるかのように口の端を釣り上げる笑みを見せた。

 それはまるで、次の瞬間にはそのまま相手を噛み砕く獰猛な獅子かと見紛う迫力を醸し出していた。

 

「奏……」

「奏さん……?」

 

 そんな奏の赫怒の様相に翼と響も呆然としていた。

 確かに、彼女は敵対した相手に苛烈となる面はある。しかし、それを鑑みても今の彼女は様子がおかしく感じられる。

 しかしそうは思いつつも、場の雰囲気から二人はそれを問いただすことが憚られた。

 彼女たちも、奏の威圧に飲まれかけていたとも言える。

 

 翼や響ですらこのような有様であるのだから、間近でそれを直截に浴びせかけられている調にかかる重圧はその比ではなかった。

 もはや戦乙女というには邪悪さすら滲ませるそれは、調から見れば悪鬼にも等しい。

 だが彼女が悪鬼ならば、それを作り上げたのは紛れもなく自身の選んだ行いだ。調は虎の尾を踏みつけた事実を痛感しながら、退いてしまいそうな体をどうにかその場に縫い付けるだけで精一杯だった。

 

(ひ、退くわけには―――けど……!)

 

 頬を伝って顎から滴る冷や汗の不快さすら忘れ、呼吸すらも憚られるような錯覚に陥りながらも懸命に踏みとどまる。

 だが、彼女にはそれが限界だった。一歩でも動こうとすれば、その瞬間に膝から崩れ落ちて立てなくなる……そんな予感が、脳から全身を染め上げていくのを実感していた。

 だから、身動ぎすらもできなくなっていく。まるで、神話か何かでバケモノに睨まれて石になってしまった犠牲者のように。

 と、その時。

 

「、え?」

 

 グイッと。

 腕を掴まれて、引っ張られることでようやく心身の硬直が解けた。

 軽くたたらを踏んでしまう自分に変わり、前に出てきたその背中に眼を瞬かせる。

 

「……切ちゃん?」

 

 暁 切歌は、護るように大切な家族を背にしながら、右の人差し指を突き付けた。

 その足が、僅かに震えていたことに気付いたのは後ろにいた調と前に立つ奏だけだった。

 

「た、戦うのはここでじゃないデス! そ、そう! 決闘デス!!

 ジンジョーにしてゲンセーな決闘を申し込むのデス!!」

 

 まっすぐと、揺らぐことなくこちらを見返す瞳。

 奏が黙ってそれを受け止めるうこと暫く、彼女は瞑目しながら一度深く息を吐いた。

 

「―――日時は?」

「そ、それは……こ、これから考えるデス! 決まったら、こっちから知らせるデス!!」

 

 余裕がないというよりも、取り繕うこと自体が下手なのか。

 バカ正直な物言いに、奏は思わず短く吹き出しながら道を開けた。

 

「それでいいさ。

 とっとと行きな。寄り道すんなよ」

「わかってるデス! ほら、行くデスよ。調」

「う、うん」

 

 未だ戸惑い気味な調の手を引きながら、切歌は連れ立ってその場を駆け抜けていった。

 奏は人ごみの向こう側へと去っていく二人の背を見送ってから、今度は深く息を吐いて帽子越しに額を抑えた。

 と、そこへ翼と響が駆け寄っていく。

 

「悪い、二人とも。結局素通りさせちまった」

「いえ、気にしないで。どの道、ここじゃ何もできなかったわ」

 

 実際問題、多くの人が行き交う場所で騒ぐのは避けたいところだった。いわんや戦闘行為なんてものは論外だ。

 それを思えば、寧ろ問題だったのは奏の発言の方である。

 

「あの……奏さん……」

 

 響が、戸惑いがちに口を開く。

 視線を向ければ、彼女は言いづらそうに躊躇いながらも、どうにか問いかける。

 

「……大丈夫、ですか?」

 

 端的な、言葉。

 それに対して、奏は僅かに目を見開いてから、

 

「わぷ!?」

 

 クシャリ、と。

 彼女の頭にてをやった。

 その顔には、先ほどとは違ういつものような笑顔が浮かんでいる。

 

「大丈夫だよ。単に、アイツらが本気でやるつもりもないのにヘタな挑発なんてしやがるからさ。

 それでこう、カッチーンってきちまっただけだよ」

「本気でやるつもりはなかった、ですか?」

 

 クシャクシャと撫でられながら、上目遣いに訊き返す。

 すると奏は『ああ』と頷いて返した。

 

「向こうからすればこっちは『偽善者』らしいからな。

 それより下の下なやり方なんざ、選びやしねぇだろ」

「正味、そんな脅しをブラフとしても出した時点で欺瞞でしかないがな」

「そんなことに気ぃ使う余裕もなかったってことだろ?

 こりゃ、(やっこ)さんの方にもなんかあったんかね?」

 

『だから』と前置いて、奏は今度は両手でワシャワシャと響の頭をいじくり始めた。

 まるで、愛犬を構い倒すかのように。

 

「心配いらねぇよ。怖がらせてごめんなー、響」

「ちょ、まっ、やめ……か、奏さぁん、ダ、ダメですよぅ! 擽った、わひゃ!」

 

 唐突に愛でられ始めて思わず身を捩る響。そんな二人の様子に、呆れ半分に肩の力を抜いて微笑む翼。

 ……そんな二人をよそに、奏は内心で己が吐いた言葉を胸の内に重ねていた。

 

(そうさ、大丈夫。心配ない。………そうだろう、士郎?)

 

 胸の裡にある士郎とのパス―――それが今も確かに存在していることを感じ取りながら、彼女は己に言い聞かせていた。

 そこにある確かな繋がり……それが途切れないよう、握りしめるかのように。

 

 

 

***

 

 

 

 ……………

 ……………

 ……………。

 

 

 

「―――、」

 

 声が、聞こえた。

 

「―――、―――」

 

 重ねて、声が聞こえる。

 そこで、自分の意識が途絶していたことを自覚する。

 

「―――、―――、――う!」

 

 更に、聞こえる。

 それは叫ぶようなもので、どうやら自分を読んでいるものらしいと認識する。

 そうしてようやく、意識が完全に浮上した。

 

「――ろう! 起きなさい! しっかり!! 衛宮 士郎……士郎!!」

「………、ぁっ」

 

 視界に、光と色が戻る。

 今まで瞼を閉じていたのか開いていたのか、それを定かにすることにも頓着できない。

 真っ赤に染まった地面を見下ろしていることから、どうやら立ったまま気を失っていたらしいことを察する。

 

「ぅ、っ……」

 

 脈絡もない呻きが、意志に関わらず口から零れる。

 体の感覚が鈍い。

 手足が重いというよりも、動かす条件が揃っていないという感覚。

 より具体的には、必須な存在が不足している。

 

(……。血が、足りないか)

 

 上半身の大部分を覆ったノイズ。それを払うために払った代償。

 文字通りの自爆は、血肉を物理的に大きく削いだ。

 体を突き破っていた刃の多くは既に消え失せ、傷そのものは塞がっている。

 だからこれ以上の消費はないが、それだけだ。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「士郎!!」

「、ぁ」

 

 そこで漸く、マリアの存在を認識した。

 名を呼ばれているのはわかっていたが、そこから人物を結びつけるというプロセスに至るまでが酷く迂遠となっていた。

 

「……―――」

 

 息を吸って、吐く。

 それだけの行為を殊更に意識して行い、幾分か明瞭にした意識で周囲を見る。

 まず、少し離れた前方にはドクターウェルが倒れている。

 息はある……というか、ケガ一つしていないはずだ。せいぜい、打撲くらいか。

 意識が途絶する寸前、刃ではなく拳で頬を殴り飛ばしたことだけは覚えている。

 そこから視界を横にずらせば、必死な表情で自分に呼び掛けているマリアがいた。

 

「士郎! 気が付いたの!?」

「っつ、ぁ……あ……」

 

 返事をしようとして、喉が上手く動かせない。

 それどころか、意識が再び明滅して断絶しかける。

 限界が近い。今こうして思考できているのは、懐中電灯に古い電池を組み込んだらほんの少しだけ弱弱しい明かりが灯ったようなものだ。

 当然、そんなものはすぐに使い物にならなくなる。

 

 ―――だから。

 動けなくなる前に、確かめなければならないことがある。

 

「―――ッ。マリ、ア」

「っ! 士郎! よかった、意識を―――」

 

 反応が返ってきたことに瞠目しつつも表情を明るくするマリア。

 その言葉を遮って、残ったあらゆる全てを振り絞りながら。

 

 

 

「―――()()()()()()()()?」

 

 

 

 今の彼にとって、何よりも大事なことを尋ねた。

 

「………ぇ?」

 

 瞬間、マリアは呆然と息を詰まらせた。

 瞬きすらも忘れて、ただ彼を見つめるしかできない。

 だが、士郎の方にそんな彼女に頓着する余裕はなかった。

 

「ッッ、こ、ども、たち……はッッ―――」

「ッ、大丈夫! あの子たちは無事に逃げた! だから……!」

 

 再度力を振り絞って問えば、察したマリアが声を大きくして答えた。

 その言葉は、全ての感覚が遠のきつつある士郎に確かに届いた。

 

「そう、か」

 

 それだけが、気掛かりだった。

 本当にちゃんと、彼らを護れたかどうかが。

 ああ、だから。それならば。

 

「――――――。よかった」

 

 最後に、心の底からの安堵を吐露して。

 今度こそ、崩れ落ちる様に倒れていった。

 

 

 

 意識が暗転する、その間際。

 魂千切る慟哭が、伏した身に降り注いだような気がした―――。

 

 

 

 

●●●

 

 

 

 

【教えて!? ブルマ師範!! ぷち】

 

○ところその頃のクリスちゃんは。

 

 調と切歌を見送った、その後。

 

奏「そういやクリスは?」

響&翼「「あ」」

 

 同時刻。

 

司会「―――というわけで!!

 圧倒的なまでの得票により歌唱大会優勝者は雪音 クリスさんです!!

 おめでとうございます!!!」

 

同級生ズ「「「雪音さんおめでとう~~~~~!!!!」」」

クリス「ちょ、まっ、ス、ステージの上でくっつくなぁ~~~!?」

 

 

 

師「舞台裏というか絶唱しない系エピソードというか。

 ちなみに当初の予定では本編にこのまま組み込む予定だったとか」

α「前後の雰囲気とまったく合わないだろ」

β「だからここに移動になったらしいですね」

 

師&α&β「「「……アレ? もしかして結果的に割食ったの自分たち???」」」

 

 

 

 




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 年も明け、何とか一月中に更新できました。
 皆様、遅ればせながらあけましておめでとうございます。
 2025年もよろしくお願いいたします。

 ………本当は去年の内にこのお話を更新したかったのですが、年末年始は今までになく忙しかったこともありここまで更新が延びてしまいました。
 というか、これ半分に分割すれば去年の内に前半はお見せできたよねという気もしますが、短く区切れないのは我ながら小さくない欠点だよなとは思います。
 ここまでやっておきたかったっていうのもありますが。



 ともあれ、今回の内容について。

 冒頭に出てきた爆弾とその用途についてはオリジナル設定と独自解釈です。
 特に爆弾というか爆発については、アニメ本編の描写からして『派手に爆炎を噴き上げているくせに、ウィングキャリアー自体は(少なくとも飛行などに目立った支障が出ないくらいには)損傷がない』というあたりから『あくまでも牽制などが目的の示威行為』といったものであると解釈しました。
 ウェルの逆撃によるものとも取れましたが、ソレにしたって爆発が派手すぎるし、そもそもノイズを使って殲滅だったら派手な爆発自体はあまり起き得ないとも考えられたので。

 ちなみに、軍人さんたちの台詞についてはスラングなどをネットで調べつつそれっぽくやったので、もしかしたらどっかおかしいかも?
 また、ルビの内容については直訳的なものよりも『本人はこういったニュアンスで吠えてるんやで』的な認識でお願いします。
 ゲームのムービーなどで、キャラの言っている言葉と字幕が微妙に食い違ってるのと同じようなもんです。ああいうの、日本語音声で日本語字幕表示させても結構喋ってる台詞と字幕に差が出てたりしてるんですよね。
 ……ぶっちゃけ、次からはもう普通に日本語喋らせてる(語学力の限界&めんどい



 歌唱大会についても、いろいろ独自に設定いじってます。
 まあ、実際問題として歌手としての実績ある人が出てきて優勝掻っ攫っちゃうとそれはそれで顰蹙買いそうよね。……最近はそうでもない?(某透明カラオケでも結構な頻度で歌手とか出てるし)
 生徒会権限についてはこの程度かなって。
 個人的に権力ある生徒会っていうか生徒主体の組織で真っ先に思い浮かぶのは某料理マンガの十人。……なんで権力保障して後ろ盾になってる学園長罷免できるんだろうか未成年の高校生ども。



 閑話休題。
 ドクターウェル参戦。
 ぶっちゃけ、彼はこういう風にしゃしゃり出てきてもおかしくない。
 というか、ここら辺のエゴの主張は割と正論な気も。

 で、この辺りの原作展開との比較と今作での展開でのアレコレについて。
 自分としては、原作でのウェルの特殊部隊殲滅そのものはどっちかっていうとしょうがないと思ってます。
 襲撃自体はしてきてるしね。殲滅してもまぁしゃあない。
 ……けど、野球少年たちに関しては完全に蛇足。
 目撃者を消すっていう理由も、そもそも米国側の公的組織に補足された以上はその場を引き払う必要がある以上は良いがないですし。
 というかこのシーン、ウェル明らかに正気じゃないっていうか、なんかラリってるんじゃなかろうか的な様子なんですよね。

 で、この作品を書くに至ってこの辺りはテコ入れすると決めていました。
 というか、士郎が看過するとか絶対ないし。
 が、ただ単に悲劇回避するだけじゃただの士郎アゲマンセーの脳死になりかねないし、盛り上がり的にも微妙になる。
 それに、言っちゃなんだが二期でマリアのメンタル虐めないのもどうなのって気がするし(外道
 なので、士郎が迎撃に出るも、ウェルもあとから出てくるというこういう展開になりました。ぶっちゃけウェルの性格ならありうると思っているのですが、どうでしょうか。

 また、マリアのメンタルを虐める要因として少年たちを助ける代わりに士郎がインターセプトで犠牲になる形にしました。
 ぶっちゃけ、第一期で出てきた士郎のノイズの浸食に対する防御法(人肉リアクティブアーマー)は、このシーンのためにこねくり上げた設定だったり。
 ようやく出せました。
 そしてここからのマリアへのメンタルマッハについては次回にて。



 きりしら……というか、調については今回もガッツリとアンチ付いちゃいそう……。
 でも、奏が口開くまでの言動に関してはほぼほ原作通りのムーブなんですよね。
 ちなみに、後々に今までの分含めてガッツリわからせというか反省イベが入る予定なのでお楽しみに。
 具体的には2~3話後かその次くらい。



 で、士郎がガッツリダウンしたところで次回へ。
 ちなみに死んでませんのでご安心を。
 次回は、マリア視点で短めのインタールードになるので早めに出せたらなと思います(早めに出せるとは言っていない




 で、こっから雑談。

 ブルアカ、最新の任務までクリア&先生レベル90到達。
 でも生徒のレベル90までもってくのはまだちょっと後になるかも……少なくとも、レベル90でチーム揃えるとかはまだしばらく無理。
 周年イベの方は、ストーリーとか中々良き。
 ただ、潜入捜査のほうが視点というかアングルが固定されてるせいで割と難しい。

 FGOは新規鯖がこんな感じ↓
・ゴッホ(マイナー)
・ツタンカーメン
・ロウヒ
・アビゲイル(サンタ)
・燕青
・ファンタズムーン
・久遠寺有珠
・水着スルース
・水着ヒルド
・水着クロエ
・黒姫
・水着マルタ

 バニ上はおはガチャ回したけど来なかったよ……
 まあ、回数回してないししゃあないけど。
 福袋に関してはXでも上げましたが……うん、カーマの時もそうだけど、直前のPUガチャで回数回して出なかったのが福袋で出てくると嬉しんだけど複雑な気持ちになる不思議。
 この中で一番使いやすいのはロウヒですかね、やっぱり。
 Qシステム対応で自NP80獲得可能は反則級。




 と、今回はこの辺で。
 これから寒さがぶり返すとか、消化器に症状が出る別の型のインフルが逸るかもしれないとか、いろいろありますが、皆様もお気をつけてお過ごしください。

 それでは、改めまして。
 2024年は大変お世話になりました。
 2025年もどうかよろしくお願いいたします。



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