戦姫絶唱シンフォギア赫鋼―アカガネ―   作:樹影

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 更新が多大に遅れまして、大変申し訳ありません。
 また、Xでの予告と一部サブタイトルを変更いたしました。
 ご了承ください。


12:愚者静寂/狂乱嘲弄

 

 

 

 ウィングキャリアー内の一角。

 普段は士郎が仮宿として寝食を過ごしている場所に、切歌と調は座っていた。

 その様子は、酷く消沈したものだ。切歌は顔を俯かせ、調は両膝を抱えた状態で隣り合ってソファーに陣取っていた。

 

「………」

 

 ふと、切歌の瞳が前へと向けられる。そうして見つめたのは、ベッドに横たわる士郎の姿だ。

 上半身は裸なのか、毛布から露出している肩口と右腕は浅黒い肌が剥き出しになっている。また、腕には点滴の管が繋がっていた。

 点滴を除けばただ穏やかに眠っているだけの姿に、先ほどまで見た映像が脳裏で重なる。

 

 事前に聞いていた、米国特殊部隊の襲撃。

 それを迎え撃ち、圧倒すらしていた衛宮 士郎。

 そこへ乱入し、ノイズで以って蹂躙を始めたドクターウェル。

 そして、迷い込んだのだろう市民の盾となって己の血肉をぶちまけた士郎。

 その一部始終の記録を、酸鼻極まる結末まで含めて二人は視聴を果たしていた。

 

 ベッドの上の士郎には、映像の最後で見せた凄惨な刃の群れは何処にも存在していない。

 それどころか肉体的には既に無傷だ。点滴以外の医療器具と繋がっていないのも、それが理由である。

 大量に失っていたはずの血液も、時間経過ともにある程度は回復していたらしい。さもなくば、自分たちが保有している輸血用パックなどでは賄いきれなかった可能性が高い。

 

 この辺りは切歌たちには知りようがないことだが、奏の中に埋め込まれ彼とも繋がっている聖鞘(アヴァロン)の贋作による治癒効果も若干ながら影響を及ぼしていた。

 通常ならば奏の補助としてその力の方向性は彼女に向けられているものであったが、下手をすれば命の危険にさえ繋がりかねない事態に聖鞘の力が呼応したのだ。

 見ようによっては、継承者が致命傷を負った場合にその命を自動的に繋ごうとする魔術刻印の働きにも似ていたかもしれない。

 

 ともあれ士郎自身の治癒能力も相まって、外傷的な意味では既に全快に近い。

 しかし、失った血まで補われればそれですぐさま万事解決するほど人体は簡単ではない。機械のオイルなどとは違うのだ。

 一時的とはいえ、多量の血を失ったことで複数の臓器が機能不全に陥っていた。損傷そのものが修復されているとはいえ、或いはその修復の負荷も相まってか今の士郎は極度の衰弱状態にある。

 しばらくの間、安静が必要……それがウェルの診断結果だった。

 

「……、」

 

 映像記録で見た凄まじさが嘘であったかのように静かな士郎。

 何も言わずただ眠り続けるその姿を、切歌は変わらずじっと見つめる。それはまるで、もう既に死んでいるかのようで―――

 

「ナァ~」

 

 突如響いた鳴き声に、思わずビクリと身を竦ませてしまう。

 見れば、先ほどまで部屋の隅で丸まっていたチビスケがトコトコとこちらにやってきていたのだ。

 彼は二人の横を通り過ぎて士郎の眠るベッドまで辿り着くと、

 

「あ、」

 

 ぴょん、と。

 軽やかにベッドの上、更には士郎の胸の上に辿り着いた。

 点滴に悪戯してしまわないかと腰を浮かせかけるも、チビスケは『フンフン』と鼻をヒゲごとヒクヒクさせながら士郎の口元に顔を寄せる。

 かと思ったら、その場で姿勢を整えるかのようにくるりと廻ってから、部屋の隅でそうしていた時のように彼の胸の上で丸まった。

 

「……――ぅ」

「………はぁ」

 

 僅かな胸の圧迫が刺激となったのか、士郎がほんの僅かに呻く。それだけの動きに、切歌は我知らず溜息を漏らす。

 いつの間にか腰を浅く浮かせていたことも、座り直すことで初めて自覚した。

 そうして改めて士郎を見つめて、胸の上の白猫をどかした方がいいだろうかと考えていたその時。

 

「ねぇ、切ちゃん」

「デス?」

 

 これまで、同じように口を閉ざしていた調から呼びかけられた。振り向けば、彼女の視線は先ほどと変わらず士郎の方に向いたままで、彼を見つめながらさらに口を開いた。

 

「………私たち、一体何やってたんだろう?」

 

 

 

***

 

 

 

「え……?」

「マリアやマムの手助けが少しでもできればって、アイツらのいる学園に乗り込んだ、けど……」

 

 なにも出来なかった―――続く言葉が、そんな風に自然と頭に浮かんでくる。実際に声に出さなかったのはせめてもの意地か。

 いや、それもただ見苦しいだけなのかもしれない。

 

 最初、ナスターシャ(マム)に遊び半分と窘められた時は心の中で反発も感じていた。

 けれど今となっては成程、そう思われても仕方がない。きっと自分が反対の立場であったならば、同じように激昂していただろう。

 自分と切歌がスパイのような気分で学園に乗り込み、けれど何の成果もないまま見逃されるだけだった時―――こちらで起こっていた出来事の全てを知って、戦慄した。

 

 まるで戦争を仕掛けるような装備でこちらを襲ってきた米国の部隊の存在に、恐怖の入り交じった驚愕を禁じ得なかった。

 それらと対峙し、圧倒すらしてみせた衛宮 士郎の実力に言葉を失った。

 そんな双方の戦いに介入しドクターウェルが、ノイズで以って米国の兵を蹂躙する様相には怖気が奔った。

 そして、迷い込んだ子供たちにノイズを嗾けるドクターウェルの蛮行と―――それを文字通りに体を張って阻んだ士郎。

 その一部始終を、全てが終わってから初めて知ったという事実こそ、なによりも大きな衝撃だった。

 

「私たちが居ない間にマムたちは襲われて、コイツが……この人が、守ってくれて。

 それでドクターがノイズを使って暴れて……人が、死んで」

 

 口に出して、脳裏に人の形が黒く染まって崩れていく映像を思い出す。同時に、込み上げた吐き気を口元に手をやりながらも何とか堪える。

 相手はこちらを標的として襲い掛かってきた明確な敵、どうなろうとも自業自得で知ったこっちゃない………そんな考えは、黒い塵となって崩れ去るという尊厳の全てを奪い去られた死に様で跡形もなく砕かれた。

 しかもそれを為したドクターウェルは、あろうことか無関係の子供たちまで手に掛けようとしていたのだ。

 そしてそれを阻むために士郎が立ち塞がり―――結果、生死の境を彷徨うことになった。

 

「切ちゃん……私、わかんなくなってきちゃった」

 

 襲ってきた敵に情けをかけた士郎は偽善で、容赦なく殲滅したドクターウェルは正しいのか。

 もしそうなら子供たちを殺そうとしたドクターウェルに非はなく、それを阻んだ士郎に非があるというのか。

 当然、そんな単純に割り切れるような話ではないことくらい、調にだって解かっている。―――解かっているからこそ、尚更いろんな考えが頭の中で渦を巻いて混沌としてしまっている。

 

「私がやってること……やろうとしてることって、無駄でしかないのかな……?」

 

 自分は何も、なに一つも成しえていない。

 ナスターシャやマリアの助けになるどころか、邪魔でしかないのではないか。

 そんな疑問が浮かんでは、胸の裡で澱む黒くて暗い何かが肯定している……そんな錯覚が、蝕むように調を責め立てていた。

 

「調……」

 

 実のところ。

 切歌もまた、調と同じ懊悩を抱えていた。

 役に立ってない自分と、自分たちにいない間に起きた襲撃と、命の散華。

 一応の仲間の暴走と、半ば敵視していた相手の犠牲。

 自分でも柄ではないと自覚しながらも、思い悩まずにはいられなかった。

 ただ一つ、調と違う点があるとするならば……切歌は、じっとしていることなどできない性質であったことだ。

 

「―――ん!」

 

 切歌は徐に決意したかのように頷いたかと思えば、スクッとソファーから立ち上がった。

 そうして歩き、向かう先は横たわる士郎ではなく、部屋の壁に備え付けられたモニターだった。

 

「切ちゃん?」

「えーと、確かこうして……」

 

 調の呼びかけに答えることもなく、切歌はモニターを起動させると併設されたコントロールパネルを使って操作を始める。

 慣れていないのか、多少てこずっている様子ではあるがその進捗を示すようにモニターの表示が目まぐるしく変化する。

 

「切ちゃん、なにしてるの?」

「……きっと今、ドクターがアイツらと戦っているデス。マムたちも、それを見てるはずデス」

「それって……まさか、それをこっちにも映そうってこと!?」

 

 振り向かないまま語られる説明に、調は得心と共に目を見開いた。

 それ自体はさほど難しい事ではない。管制でもあるコクピットで特殊な制限でもされていない限りは、こちらからでもアクセスして同じ映像を流すことはできるはずだ。

 

「でも、良いのかな……」

 

 先のナスターシャの剣幕と役立たずな自分への負い目から、調はソレに戸惑いを覚えずにはいられなかった。

 それに、と視線が再び士郎の方へと滑っていく。

 

「あの人の看病だってあるのに」

「看病って言っても、アタシたちにできることもすることも何もないデス!」

 

 振り返らないままに返される切歌の主張は、なるほどその通りだった。士郎の容体は安定しており、魘されている様子もなく昏々と眠っている。

 二人とも応急処置などの訓練などは受けているが、この状態でできる事は何もなく、だからこそ先ほどまでずっと彼を見つめながらグルグルと思考を巡らせていたのだ。

 『それに』と繋げて、切歌は手を止めながら調の方へと振り向いた。

 

「決闘は、アタシが言い出しっぺデス。なら、自分が行けなかったからってソレがどうなったかを知らんぷりするなんて絶対にヤデス!!

 マムは『アタシたちが居ない間に起きたことを知らないままでいることはダメ』って言ってましたけど……なら、自分がきっかけで始まったことがどうなったかもちゃんと知らないと駄目なはずデス!!」

 

 こちらに向けられた、僅かに涙の浮かんだ瞳。それを受け止めて、調が言葉を失ってしまうこと数拍。

 切歌の方へと歩み寄ったかと思えば、徐にコントロールパネルへと手を伸ばした。

 

「調?」

「ちょっと貸して……」

 

 調は切歌が僅かに身を反らしたところへ滑り込むと、てきぱきとした手つきで指を滑らせる。

 そんな彼女に、切歌の表情が照らすように明るくなる。

 

「調…!」

「私も知りたい……ううん、知らなくちゃいけないって、そう思うから……」

 

 そう言った頃には、モニターは彼女の操作した通りにマリアたちが見ているだろう映像……ドクターウェルから送られてくるリアルタイムの情景を映し出し始める。

 それに、『おぉっ!』と切歌が感嘆の声を上げる。

 

「さっすが調デェー………ひぃっ!!?」

「っ!?」

 

 しかし言祝ぐ言葉も、驚愕と共に途切れる。調もまた、同時に息を呑んでいた。

 瞼の限界まで見開かれた両目。まん丸になった二対の視線が向けられる、モニターの映像。

 或いは二人の胆力が今少し弱ければ、甲高い悲鳴を上げていたか、腰を抜かして床を尻で磨いていたか。

 はたまた、意識の糸が断ち切れて受け身もそこそこに横たわっていたかもしれない。

 

 それほどの衝撃を齎す、映像。

 ほんの少し離れたところで繰り広げられている………たった今、存在している修羅場。

 それは。

 

 

 

***

 

 

 

 時間を遡ること、ほんの暫く。

 瓦礫とも土くれともつかない小山の一つに、白衣の男が腰掛けながら小さく鼻歌を口ずさんでいた。

 言わずもがな、ドクターウェルだ。

 

「フ~フフ~ン、フ~フ~ン……」

 

 何の歌というわけでもなく、ただ適当に喉奥で唸らせているだけのソレを垂れ流しながら、彼は手にしたオブジェのようなモノ……ソロモンの杖を翳すように弄んでいた。

 その周囲には、何体ものノイズが揺らめくように佇んでいる。

 夜も深い刻限を思えば、それこそ亡霊もかくやという姿だ。かつて世界各地で語られた怪異妖怪の類の正体であるという説を鑑みるならば、なるほどこれこそ百鬼夜行というべきか。

 と、ウェルは徐に杖を西部劇の銃のように構えると、

 

「バキュン」

 

 などと口で言うと同時に引き金を引き、ケミカルなドリンクじみた鮮やかすぎる黄緑色の光を迸らせた。

 古式ゆかしいSF作品のレーザー銃じみた一閃は少し離れた地面に着弾、土を弾いて穿つ代わりとばかりに追加のノイズを顕現せしめた。

 

「バキュン、バキュン、バキューン!」

 

 それに興が乗ったのか、ウェルは杖を向ける方向を変えながら続けざまに光を奔らせ、ノイズを呼び出している。

 周囲に揺らめくように佇むノイズたちも、そのようにして増えていった結果か。

 

「バキューン!!」

 

 そうして更にノイズを顕現させた、その直後。

 別方向からの光弾が、形を得た直後のノイズを穿ち砕いた。

 

「っと、おや」

 

 驚いた風でもなく、振り向いてみればそこには待ち望んでいた少女たち―――特異災害対策機動二課所属の装者達が居た。

 既に皆、一様にギアを纏い武器を握りしめて勇ましくも美々しい姿を曝け出している。まるでならず者のアジトに乗り込んだ保安官(シェリフ)の如く。

 光弾を放ったクリスは、アームズギアであるボーガンをそのままウェルへと向ける。その整った顔立ちは、どうしようもないほど憤怒に歪んでいた。

 

「イチから億までふざけ切ってんのか、テメェ」

「そんなつもりはなかったんですけどねぇ……いや、そう見えたなら申し訳ありません」

 

 矢よりも眼差しで以って貫いてくるクリスを、全く気に留めていない様子でウェルは尻の辺りを叩きながら立ち上がる。

 ヘラヘラ、という表現の似合う笑みを浮かべたまま、彼はこれ見よがしに肩を竦めてみせた。

 

「いやはや、やっぱり具体的な待ち合わせ時間っていうのは大事なもんだと痛感しましたよ。

 何時になったら来てくれるのかわからないもんだから、手持無沙汰もいいところでしてね。

 歓迎の準備も兼ねて人手を増やしてたんですが、ちょっとばかし楽しくなってきちゃいました」

「―――ッッ」

「落ち着け、雪音」

 

 ともすれば、ウェル本人を蜂の巣にしかねない様子のクリスを諫めながら、手にしているボーガンを直接抑えてやんわりと降ろさせる。

 それでクリスはなんとか引いてくれたが、顔には怒りはそのままに悔しさも入り交じり始めていた。

 それもむべなるかな、ソロモンの杖はクリスにとって過去の過ちそのものが形を成したようなもの。それをふざけた様子で振り回している様を見せつけられれば、業腹などというレベルではないだろう。

 そんなクリスの気持ちを察し、思わず眉根を悲痛に歪める翼。と、その二人の横を通り過ぎながら前に出たのは奏だ。

 

「なぁ、二つばっかし聞いていいか?」

「えぇ、どうぞ。ボクで答えられることなら」

「あの二人……キリカとシラベ、だっけか? 言い出しっぺが見当たらないんだが?」

 

 問われて、『ああ』と得心したかのように頷くウェル。

 なるほど、彼女たちからすれば疑問に思うかもしれない。

 

「あの二人は謹慎中ですよ。元々、アナタ方の前に現れたのも独断行動でしてね。

 お友達感覚でこちらの計画遂行が邪魔されては困りますからねぇ」

「そうかい……ま、いないってんならそいつはいいさ」

 

 奏は本当に何でもない事のようにそう流した。後ろで響が小さく唸るような吐息を漏らしたのを耳が拾ったが、そんな反応をする彼女だからこそ相手がこの男なのは却って都合が良かったか、とまで考える。

 そうして『それじゃもう一つ』と二つ目の質問をと言ったところで、

 

 

 

「―――ガキにワザワザそいつをぶっ放した時も、そんなアホみたいなツラ晒してたのかよ」

 

 

 

 剣呑だった奏の眼差しが、氷の刃のようにさらに冷たく鋭くウェルへ注がれた。

 言葉と眼差しに貫かれたウェルも、分かりやすく表情を苦くする。しかしそれは怒りや畏れというよりも、バツが悪いといった感じの方が正しいように見えた。まるで、隠していた昔の悪戯を掘り起こされてしまったかのような。

 彼はため息を一つ漏らしながら、前髪を掻き上げる様に額に手をやった。

 

「いやはや、それを知られてしまっているとはお恥ずかしい。

 ボクとしても、猛省していることでしてね」

 

 ウェルの言い草に、奏は鼻白んで眉根を顰める。

 

「後悔してるってのか?」

「ええ、それなりに。いや、別段ボクだって人殺すのが好きっていうサイコパスじゃないですしね」

 

 そんなことを嘯きながら、『ただ』と繋げる。

 

「直近で、ノイズ使って初めて人を殺したもので。自分でも興奮しちゃってたみたいで。

 しかも調子に乗ってしまって危うく撃たれてしまいそうになりまして。

 そのせいでか、些か暴走してしまいました」

 

 本当にお恥ずかしい……そんな風に笑ってみせる彼の表情には、後悔は見られない。

 その様は、すでに怒髪天だったクリスをさらに滾らせるに十分な燃料だった。

 

「ッッッのヤロォ……!!」

「だから抑えろ、雪音!」

「ッ、けど!」

 

 跳ね上がりそうなボーガンを抑えつける力ともどもに、窘める言葉を強く出す翼。

 その時、クリスはボーガンを抑え込む手が鈍い音を立てていることに気付いた。

 見れば、翼もウェルを睨みつけながら奥歯を強く噛みしめていた。どうやら、腹に据えかねているのは彼女も同じらしい。それこそ、アームズギアを軋ませるほどに。

 

 眼前のウェルに対して誰もが怒りを滲ませ、一触即発という雰囲気を高めていく二課の装者たち。

 その中でただ一人、違う空気を纏った少女が前に出た。

 

「あん?」

 

 真正面に立ったその姿に、ドクターウェルは笑顔が引っ込んで怪訝に歪める。

 一方で、奏は己よりも一歩前に出た彼女に戸惑いが浮かんだ。

 

「響」

 

 呼びかけられ、前に出た彼女……響は、しかし振り返らないまま目の前の男を見据える。

 ただ、答えるために口が開いた。

 

「ごめんなさい、奏さん。けど……」

「……、わかった」

 

 縋るような後輩の眼差しに、奏は溜息を挟んで引き下がった。それを見届けて、改めて響はウェルと向き合う。

 一方のウェルは、訝し気にメガネの奥の眼を細めた。

 

「おや、何の御用でしょうか? ()()()()()()()()()()()?」

「あ、あのっ! 衛宮さんは無事なんですか!?」

 

 かつての賞賛を敢えて揶揄するような言い回しに動じることはなく、或いはそれを気にするだけの余裕はなかったのか。

 響は何よりも気になっていた疑問に声を張った。

 

「―――ハァ???」

 

 ウェルはわかりやすく首をカクンと傾けながら呆気に取られた。彼からすればそれはあまりにも唐突な疑問であったからだ。

 しかし、響にとって……否、彼女たちにとっては何よりも気掛かりな事柄であった。

 

「怪我、したんですよね? 衛宮さん、大丈夫なんですか? 教えてください!」

 

 切実と表すべき懇願に、ウェルはつまらなそうな溜息を漏らして応える。

 

「無事ですよ。肉体的にはもう無傷です」

「そっか、よかったぁ……」

 

 わかりやすく安堵に力を抜く響。それは後ろの奏たちも程度は違えど同様で、図らずも先ほどまでの怒気が幾分か和らいでいた。

 結果として和らぐ緊張感に、ウェルの表情はあからさまに白けたものへとなっていく。その原因が、衛宮 士郎(あの男)であるということが、更に気に障る。

 

「話はそれでおしまいですか?」

「あ! あの!!」

「っ、まだなにか―――」

 

 あるのかと、舌打ちを最早隠さず問い返そうとする。

 しかし、言葉を遮って響が、

 

 

 

「私たち、もう戦うのは止めませんか!?」

 

 

 

 思いがけないというよりも、あり得ないというべき提案を叫んできた。

 

「………………………、ハァ?」

「な、なァッ!?」

 

 思わず、訊き返すようにそんな声を上げてしまうウェル。その動揺は、彼女の背後も同じであった。

 

「オ、オイこのバカ! ナニ言って―――」

 

 声を荒げ、後ろから肩に掴みかからんとしていたクリスを手で軽く制したのは奏だった。

 彼女は戸惑いに苛立ちを混ぜてこちらを見やるクリスに対し、首だけで振り向いた眼差しで重ねて留める。『ここは彼女に任せろ』と、そう告げるかのように。

 その意を汲み取ったのか、クリスが不承不承ながらも押し黙りながら踏みとどまる。何気に身を乗り出しかけていた翼も、それは同様だった。

 そんな仲間たちを背に置いて、響はウェルをまっすぐと見つめながら続けた。

 

「あなた達が……マリアさんが、こういうことをしていたのは月の落下を止めるためなんですよね?

 みんなを、守ろうとしているからなんですよね?

 なら、それは私たちだって同じはずです!!」

 

 どんな方法のために何をどうしてるかなんてわからない。

 そしてどうして自分たちと戦うことになったのかもわからない。

 けれど、()()()()()

 

「月の落下を阻止するっていうなら……その方法があるっていうなら、私たちにだって手伝えます!

 戦う必要なんてない、敵同士である必要なんて、どこにも無いじゃないですか!!」

 

 叫び、訴えかけて手を伸ばす。

 

「私たちは手を繋げる……そうでしょう!?」

 

 懸命で、必死な訴え。青臭くも切実で、だからこそ混じりけのない誠実な主張。

 それを真正面から受け止めて、ドクターウェルはたっぷり一分は呆然として。

 

「………本気ですか?」

 

 くしゃりと、表情を歪めた。

 目の端に涙すら浮かべ、口元に手をやる様は嗚咽を堪えているようにも見える。

 

「本当に、ボクたちと手と手を取り合おうと?」

「ハイ!」

「本当に、それができると?」

「できます!」

「あぁ……あぁ……アナタは、アナタは、本当に……」

 

 力強く頷く響。それを見て、いよいよウェルは身を折って顔を俯かせる。

 傍から見れば、感極まって涙を抑えきれなくなったように見えなくもない。

 その姿を見て、響は笑顔を共に一歩踏み込んだ。

 

「本当に、本当に……」

 

 もしこの手を取ってくれるなら。

 戦いなんてやめて、みんなで平和を目指して肩を並べられるなら。

 そんな未来を、響は心の底から期待して。

 

 

 

「本当にぃ―――おめでたいくらいの愚か者だァアアアアア!!!」

 

 

 

 その全てを踏みにじるような、嘲弄の混じった絶叫と共に周囲の地面から大量のノイズが湯気が立ち昇るかのように出現した。

 そう、ウェルの周辺で揺らめくノイズたちとはまた別にだ。

 元よりノイズとは物質を透過する能力を有するが、それの応用で十面に潜んでいたとでもいうのか。

 そして同時に。

 

「―――()()()()()()()()()()

 

 呆れと苛立ちの混じったぼやきを伴って、ノイズたちを飛び越えるほどの跳躍と共に奏がドクターウェルへと躍りかかった。

 

「なぁっ!?」

 

 クリスの驚愕はどちらに向いたものだったか。

 それを置き去りに高く跳んだ奏が狙うのは、ドクターウェル―――彼が握りしめるソロモンの杖だ。

 今回の事件において、あらゆる意味で危険の度合いを高めているのはその存在だ。元よりこちらから奪われてしまったモノ、今の事態を作ってしまった事実を鑑みれば、その責を清算する意味でも絶好の好機だった。

 

(殺すつもりはないさ。ただ、腕が砕けるくらいは覚悟しとけよ……!!)

 

 瞳に赫怒を宿し、しかし頭は厳寒の早朝のように冷たく冴えわたっている。

 奏は獲物を見定めた猛禽のような瞳で眼下に敷くウェルの姿を捉えて、

 

「、?」

 

 その顔に、違和感と危機感を同時に催した。

 こちらを見上げるウェルの表情……それは引きつりながらも、しかし嘲りをさらに深くした嗤いのソレであったからだ。

 

「―――ッ」

 

 その瞬間、まさしく間一髪というところで。

 奏は、横合いから己に向けて吶喊してきた巨大な影に対して槍を盾のように挟み込むことに成功していた。

 

「ぐ、ぬ、ぅあああああああぁぁぁぁッッッ―――!!?」

「か、奏さん!!?」

「奏ぇっ!」

 

 遠ざかる後輩と片翼(あいぼう)の悲痛な叫びが遠ざかっていくのを耳にしながら、彼女は歯を食いしばりながら下手人を睨みつける。

 形状としては巨大なブーメランのような“く”の字型をしており、通常の飛行型や既存の大型と比して見るとステルス爆撃機のような印象を受ける。しかしその色彩は眩く派手で、明るい赤みがかったそれは巨大な嘴を持つ南国の鳥類のような印象すら受ける。

 奏は知らなかったが、これはソロモンの杖護送任務の時に響たちが遭遇したものと全く同じタイプのノイズだった。

 

「っっ、のぉ……!!」

 

 僅かな悪態を漏らしながら、奏は胸中で幽かな安堵を抱いていた。

 ウェルの浮かべる気色の悪い笑顔(いわかん)が無かったなら、こうして押し運ばれるまでもなく体を腹から引き裂かれていたかもしれなかった。だがそれ以上に、仲間たちから引き離されて空高くへと押し出されている現状に危機感と焦燥がない交ぜに燃え上がっていた。

 

「―――だぁあっっ!!」

 

 弾く、というよりは無理矢理に体をずらすようにして、何とか離れる。

 すると一瞬にしてノイズは遠く離れていき、そのまま弧というには直角に近い軌道で急上昇。

 仰向けの形で落ち始める奏へとその鼻先を向けたかと思えば、装甲をスライドさせるように変形していく。

 そうして出来上がったのは、巨大な鏃のような丸みを帯びた四角錐だ。

 先ほどまでと打って変わって青味の強い色彩を放つソレは、古代生物のチョッカクガイを彷彿とさせる。

 刹那の後、今度こそこちらを貫裂せしめんと突撃してくるだろう凶器を睨みつけ、

 

「―――、――」

 

 しゃらくさいと、脳裏で切り捨てながら(ちから)を込めて槍を構えた。

 直後、諸共墜落する勢いで降り注ぐ巨大な鏃と戦乙女の槍の切っ先が真正面から激突し、

 

「―――ォオオオオオオオオオ―――ッッッ!!!」

 

 ―――STAB∞METEOR

 

 ノイズの表面が沸騰したかのように泡立ったかと思った直後、内側から渦を巻くベクトルの暴力によって千々に砕かれ散っていく。

 夜闇に溶け込むように高空の気流に消えていく残骸を見届けることもせず、奏は寝返りを打つような動きで体の向きを変える。

 見れば、確かに天高くまで運ばれてはいるものの単独で対処可能な高度だ。響たちとの距離も、高さはともかく横向きの移動としてはさほど離れてはいないように思えた。

 そうして自然と戦場を睥睨する形となった奏は、眼下の戦況に舌打ちを漏らす。

 それぞれが周囲に現れたノイズによって、完全に分断されてしまっていたからだ。

 奏が歯噛みし、思わずその口から悪態が飛び出そうになった、その時。

 

「ん?」

 

 代わりに、疑問に対する唸りが零れる。

 それは、俯瞰的に見ることができた奏だからこそ真っ先に気付くことができた事実だった。

 それは。

 

「響が……いや、()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

***

 

 

 

()()()()()()()()()()()()。いつぞやの頭を揺らされた恨みは忘れてませんからねェ」

「貴様、っ……!」

 

 既に視認が難しいほどに天高く突き上げられていった奏に、ドクターウェルは空いた左手の指でこめかみをトントンと突きながらニヤニヤと嗤う。

 そんな彼を翼が睨みつけるも、すぐに横合いからノイズが躍りかかってくる。

 そこから少し離れた場所では、クリスが同じように取り囲まれて弾丸をばらまいている。

 そんな有り様を目の当たりにしている響の表情は、ともすれば泣き出してしまいそうなほどに悲痛に歪んでいた。

 

「翼さん、クリスちゃんも……どうして、こんな……!?」

 

 自身にも襲い掛かってくるノイズを何とか捌きながらも、響は困惑を口の端に乗せてウェルへとぶつけた。

 しかし、その言葉に真っ先に反応したのはクリスの方だった。

 

「これでわかったろうが! ヘラヘラ笑いながら杖使ってノイズばらまいてくる奴が、ンな話聞くわけがねぇえだろ!!」

「おやぁ? それってもしかして()()()ってヤツですか?」

「ッッ」

「貴様ぁっっ!!」

 

 煽るようなウェルの返し。詰まるように言葉を失うクリスに変わり、激昂したのは翼の方だった。

 かつての行状を悔いているからこそ、クリスはソロモンの杖が振るわれることに誰よりも心をかき乱されていた。それを間近で見て知っているからこそ、ヘラヘラとあげつらってくる物言いに翼は発憤を禁じ得なかったのだ。

 だが防人の激昂を遠巻きに受けながら、ウェルは慄くでもなく白けたように鼻を鳴らすのみだ。

 

「大体、今更お手々繋いで仲良しこよしなんてできるんだったら最初からこんな風に立ち上がってないんですよ。

 それこそ、マリアたちもね」

「っ、それってどういう……?」

 

 戸惑いのままに疑問を口に出せば、ウェルは冗談めかした仕草で肩を竦めてみせた。

 

「確かに、ボクたちには月の落下を止めるための手段……そのための道筋というものを有している。

 けれど、それを元々の組織や政府に打診しなかったとでもお思いで?」

「え……?」

 

 一瞬、どういうことか解からずに響は呆けた声を上げてしまった。

 そんな反応を示した響に、ウェルの笑みがより悪辣なそれへと深まる。―――まるで、人々の行いを嘲弄する悪鬼のように。

 

「言い方を変えましょうか?

 米国の政府は月の落下を知っている。そしてマリアたちの有する打開策も報告済み……なら、なんでボクたちはわざわざ離反したんですかねぇ」

「まさか……」

 

 真っ先に思い至ったのは。

 思い至ってしまったのは、クリスだった。

 彼女は瞠目とともに、その憶測を口にした。

 

「隠蔽、したってのか? 月が落ちてくるってのに、滅ぶかもしれないってのに……テメェ可愛さに!?」

「だとしたら、どうですぅ?」

 

 疑念を後押しする声は、それこそ悪魔めいてするりと彼女の心の隙間に入り込んだ。

 その疑心暗鬼を後押しするように、狂気を明確に孕んだ声が続く。

 

「そしてそれは或いは、他の国……それこそこの国だって変わらないんじゃないですかぁ?

 そもそも、月の軌道については何処だって研究してたんです。その結果を握り潰してるところが他にないなんて保障どこにも無いじゃないですか。

 あなた方の上層部も慌てふためいた風に見せてますでしょうが……はてさて、本当にそうなっている人間はどれだけなんでしょうねぇ……?」

「………っ!」

「そんな……」

 

 告げられる憶測に、クリスは言葉を失ってしまう。響も、動揺を抑えることができずにその動きに精彩を欠いていく。

 そんな彼女たちを、ノイズたちは機械的であるからこそ無慈悲に襲い掛かっていく。

 散漫となった注意の隙を縫うようにクリスの背後からノイズの凶刃が迫り―――

 

「惑わされるな!!」

―――蒼ノ一閃

 

 ―――裂帛とともに放たれた蒼い剣閃によって、なにも成すことができないままに斬り払われた。

 クリスが正気に戻ったように振り返れば、夜闇に舞う灰燼の向こうに凛と立つ防人がいた。

 

「アンタ……」

「惑わされるな雪音、それに立花。奴の言っていることはどれも憶測でしかない。

 少なくとも、彼奴がこんな好き勝手をしていい方便でも免罪符でもなんでもない!!」

 

 毅然とした物言いに、揺れ掛けていたクリスの眼差しに力が戻っていく。

 

「ああ。ホントウに、その通りだよ……()()()()!!」

―――BILLION MAIDEN

 

 敢えて最後の言葉を強調しながら、両腕に大型のガトリングを顕現させる。

 直後に奏でられるのは、歌そのものを掻き消してしまいそうな鉄風雷火の伴奏だ。

 自身を呑み込まんとすぐそこに迫っていたノイズたちを一掃しながら、拓いた道を掛けて翼と合流を果たす。

 そうして背中合わせに立つその顔は、不敵な笑みと力強く煌めく瞳に彩られていた。

 一方、それを眺めていたウェルは余裕の様子を崩さないままに鼻を鳴らす。

 

「……フッ、まあ確かに。ボクの憶測が多分に含まれていた発言だったのは認めます」

 

 しかし、と挟み声を殊更に張って続ける。

 

「確かな事実として、F.I.Sは月の軌道を観測・計算しその落下を予測、それを受けた米国は事実の隠蔽と共に沈黙。

それに業を煮やしたからこそマリアやボクたちは立ち上がったのです。

 ……彼らが選ぼうとしなかった、事態解決のための確かな手段と共にね」

「手段、だと?」

 

 問い返しつつ、翼は響とも合流しようとしてしかし、層の厚みを増したノイズたちによって阻まれる。どうやら、追加でノイズを召喚し続けているようだ

 絶えぬ増援の存在に舌打ちを堪えつつ、翼は違和感を禁じ得なかった。

 

(これ以上の合流を阻んだ? ……いや、()()()()()()()()()()()()()()?)

 

 浮かび上がってきた疑念に胸の裡が騒めく翼。しかし、躍り掛かり或いは降り注ぐノイズの存在が彼女が解決に乗り出す猶予すら奪っていく。

 歯噛みしながらもそれらをクリスと共に蹴散らしていくのをよそに、響もまた戸惑いながらも拳を揮う。

 

「っ、せい!! やあッッ!!」

 

 手足が一閃する度に、ノイズが一体と言わず数体纏めて塵と消えていく。

 その様を、ウェルは舞台上の役者の如く大仰に喝采して見せた。

 

「いや、見事! お見事ですよ!! 英雄様!!

 キミはそうやって、誰かを護るための拳で―――」

 

 そのために、他の誰かを傷付けられる(チカラ)で。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!!」

 

 ()()()()()()()と。

 何時か突き刺さった言葉(どく)が脳裏を巡る。

 

「っっっ、違う!! 私は―――!!」

 

 それを振り切るように、振り向きざまに拳を振るってそこにいたノイズの群れを一掃して、

 

 

 

 

「………………、え?」

 

 

 

 その向こう側から、前触れもなく地面を突き破る形で立ち上がった巨大な黒い影。

 それが、振り抜いていた左の拳を肘の辺りまでその咢で咥え込んだ。

 

「、あ」

 

 それは浜崎病院跡地で遭遇した異形の獣で、あの頃よりも明らかに巨大化していた。

 その成長を示すかのように立ち上がれば、響の体はまるで人形のように持ち上がって両足を地面から浮かせてしまう。

 

 瞬間。

 バヅンッッッッ!!!! と。

 まるで太い荒縄が引き千切られたかのような音が、心なしか戦闘の音よりも殊更に大きく響き渡った。

 

 

 

***

 

 

 

 スト、と。

 軽い音と共に両足が再び大地を掴む。

 

「あ、と……」

 

 しかしもつれるようにたたらを踏み、よろめいてしまう。

 

(あ、れ……?)

 

 おかしいな、と響は思う。

 何故だか、うまく立っていられない。なんとか、転ばないようにするのが精一杯だった。

 不格好なステップを刻む足が、バシャバシャと音を立てる。

 

(……濡れてる?)

 

 気付けば、辺りの地面が濡れていた。

 いつの間に、雨でも降ったのか。

 

 ああ、いや……どうにもおかしい。

 ほんのちょっと前と、時間がブツ切りになっているような。

 

(なにが、あったんだ、っけ……?)

 

 ゆらりと揺れているような感覚で、自分の視界も定かではないことにようやく気付く。

 気付いて、途端にジワリと目に映る光景が鮮明さを取り戻していく。

 そうすれば、他の五感も連動して情報をもたらしてきた。

 

 色が戻るよりも先に、耳が帰ってくる。/バシャバシャという水しぶきと、ブシャーという間欠泉みたいな音が聞こえる。

 ブレた像が重なるよりも先に、鼻が起きた。/いつか嗅いだことのある、鉄錆と生臭さの入り交じった匂いが鼻の奥を叩く。

 そして、全ての五感が戻ってきて。/()()()()()

 

「え?」

 

 目の前に立つ()()の姿に、間抜けな声がまろび出た。

 

 恐らくは、四つん這いの姿勢でもこちらよりも大きいだろう異形の獣。

 その特徴的というよりもそれが全てといわんばかりに主張している巨大な咢が、()()()を盛大に咀嚼していた。

 バギ、バギ、グチャ、グチャ。

 固いものを噛み砕く音に混じる、柔らかくて瑞々しいものがグチャグチャに噛み潰されていく音。

 生々しくも気色の悪い音を聞きながら、何故だかその様子から目を離すことができなかった。

 と、いうよりも。

 

(な、にを……食べて……?)

 

 大きく開かれた瞳が、逸らされることなくソレを見つめ続けている。

 そこに響くのは、どこか悦を含んだような朗々とした男の声だ。

 

「改めてご紹介しましょう―――これこそ【ネフィリム】。

 我々が月の落下を阻止せんがための手段、そこへ至るための鍵たる完全聖遺物!」

 

『そして』と繋げると同時に怪物が……ネフィリムが、口の中のものを嚥下した。

 見せつけるように、行進する芋虫のように蠕動する喉を反らしながら。

 ―――喰いちぎった、■■(ひだりうで)を。

 

「あ―――」

 

 ドクン、と。

 そんな一際大きな鼓動と共に、記憶と最後の感覚(つうかく)が回帰する。

 いや、正確には痛みとは感じなかった。どうしようもない衝撃が迸ったようにしか思えなかった。

 もしかしたら、本当の意味で『痛い』と感じていたらそれだけで死んでしまうかもしれないから、体か脳が安全装置でも働かせたのかもしれない。

 

 だから。

 間欠泉のように血を噴き出す()()を抑えながら。

 千切られた瞬間の断絶の喪失を反芻しながら。

 ―――目の前の元凶(かいぶつ)から目を逸らすことできずにただ立ち尽くしたまま。

 狂気的な声音が、決定的な一言が告げてくる。

 

「キミは、それを満たすための生贄なのですよ。

 ………ねぇ、融合症例(リビングレリック)?」

 

 

 

「GYYYAHHHHHHHHHHHHHHHHHHH!!!!!」

「あ―――あ、あぁ……あぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――――ッッッッ!?!?!?」

 

 

 そして。

 身を震わす咆哮の中に入り交じる自分自身の血肉の匂いを嗅がされて。

 それを掻き消すほどの絶叫が己の喉から迸った。

 

 

 

●●●

 

 

 

【教えて!? ブルマ師範!! ぷち】

○融合症例・立花 響に関するレポート

 

 ネフシュタンの鎧の起動実験でのノイズによる大規模災害。

 その時に損傷したギアの破片が体に埋め込まれてしまったことにより、立花 響はその肉体に聖遺物を宿す結果となった。

 聖遺物そのものではないギアの破片が何故、消失せずに彼女の体に残留し続けたのか。

 何故、ギアの欠片でしかなかったものが彼女の意志に呼応しギアの形となって展開されるに至ったのか。

 いくつかの仮説は立てられるが、確証を得るほどの知見は現状得られない。

 

 現在、彼女の中に在る聖遺物の力を宿したもの……ガングニールのシンフォギアの破片はその体内で増殖し、茨のようにその組織を拡げている。

 櫻井 了子が遺した資料によれば、シンフォギアの発現以後、高出力のフォニックゲインを発揮した際にこの茨状組織は増殖・成長するようである。

 しかしながら、現状の彼女にそれによる身体的及び精神的な不調や変質は確認されない。

 或いは無自覚な面での変化が発生している可能性はあるが、少なくとも数値では検出されてはいない。

 組織の拡がり方からいくつかの臓器や筋肉・神経には間違いなく干渉しているにも拘らずだ。

 このことから推察するに、この茨状組織は彼女の細胞やその機能の代替として振舞う機能がある程度備わっているという可能性が考えられる。

 また記録においては欠損した肉体の再生した実績も存在するため、その絶大な治癒能力が影響している可能性も同時に考えられる。

 しかし、これらは立花 響の肉体が安定しているという証左にはならない。

 もしこれより以後、さらに茨状組織が増殖するような事態になれば、それが彼女の肉体にどんな影響をもたらすのかは未知数である。

 

 また茨状組織にばかり注目がいくがおそらくその影響は全身全ての細胞に及んでいると思われる。

 正式に作られたわけでもないのに、彼女のギアの機能は他の装者のそれとまるで遜色がない。

 つまり立花 響の肉体はそれ自体がシンフォギア……引いては、聖遺物そのものであると言っても過言ではないのかもしれない。

 

 

 

 ―――ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクスの未提出資料より抜粋

 

 

 

師「実際問題、一期に出てきたレントゲン写真から見るに普通だったら絶対違和感ありそうなのよね」

α「まあ、心臓から組織が延びてる以上、最低でも心臓と肺には干渉してるだろうしな」

β「そのわりに、ギアを纏っていない時でも響さんは身体に違和感を感じてた様子はないですよね」

師「なんでその辺りを考慮しつつこのお話では一部独自解釈を取り入れていくのでご了承ください、ってことで。

 ………で、なんでこの辺りのことを説明してるのかって言うと、次回以降の展開に思いっきり触れていく予定だかららしいわ」

α「ああ、原作で言うと、あの……」

師「その辺りも、この作品のとある理由から結構改変が入る予定。

 かなり昔に言ってた、『第二期が一番原作と乖離する部分が多い』って宣ってた理由の一つね。

 一応、一気に伏線と言える部分はあるので考えてみてくれたら作者は喜ぶと思うわ!」

α「………で? 期限は半年後くらいか?」

師「それよかは短い……と言いたいところだけど、答え合わせ自体は早くても次々回以降になりそうなのよね」

β「え……じゃあ、下手したら一年後以上先、ですか……!?」

師「『そうならないように鋭意努力します』とダメ作者も言ってるので見捨てないでくれると嬉しいわ」







 皆様、2025年は大変お世話になりました。
 2026年もよろしくお願いします。
 ……という文言が盛大に時季外れという文句すらも的外れになるほどの間の空きっぷり、誠に申し訳ありません。
 半年強ってなんだ自分……(戦慄

 一応、理由を言うとリアルが忙しかったとかなんか文が書けなかったとかウェルの部分が出力妙に難しかったとかそもそも執筆意欲が全然わいてこなかったとか色々ありますが読者も聞いてて楽しくないでしょうからやめておきます。
 重ねて、申し訳ありませんでした。



 切り替えて、後書き本文へ。
 といっても、今回はあんまりお話進んでる感ないですが。

 まず、ダウン中の士郎と看病という名の謹慎中のきりしら。
 士郎の状態はすでに血液含めて元に戻ってるけど、一時的にでも失血死寸前で多臓器不全に近い状態に陥ってたのでこの時点では意識も回復してなかったって感じです。
 寧ろ常人だったら数歩どころか大分手前で普通に死んでるレベルですよね、冷静に考えたら。

 そしてウェルVS装者たち。
 月の衝突云々はこのお話ではすでに知っていましたが、ウェル……というかマリアたちが決起したのはそれに対する母国のスタンスが原因なのでどう足搔いてもこの時点では同道不可ということで。
 仮にマリアやナスターシャが来ても、響の手は取られなかったと思われます。
 ……その言葉に何を感じて、揺らぐか揺らがないかの違いはあるでしょうが。

 そして原作のトラウマシーンであるネフィリムのもぐもぐタイム。
 ……なんですが、思った以上に筆が乗らなかった感が。
 でもあんまりグロに傾きすぎるのもそれはそれでどうよという内なる声があったり。
 ココロが二つある……

 ともあれ、いよいよ第二期前半も山場。
 ですが長くなりそうだったら次回と次々回で二回に分けようかなとも考えてたり。
 いずれにせよ、もうちょっと早めにお出ししようとは思ってますので、どうか長~~~~~~~~~~い目で生暖かく見守っていただければ……(滝汗



 それでは、ここからは雑談で。
 FGO終章、素晴らしかったですね(今更
 最終決戦は期間限定でもいいからリピート出来たらよかったのにと今でも思います。
 で、アフタータイムですがフォウ君のそっけない反応とか角とかデメテルとか不穏な要素が盛り盛りすぎてすでに怖いですが、とりあえず六月の新章が楽しみです。
 ……個人的に一番怪しいのってロリンチなんだよな。

 ちな、前回からの新規はこちら↓

・鈴鹿御前(剣)
・項羽
・原田左之助
・藤堂平助
・河上彦斎
・近藤勇
・ローラン
・終わりのエリザベート
・アシュバッターマン
・ソロモン
・アビゲイル
・リリス
・クリームヒルト(狂)
・呼延灼
・千利休
・丑御前
・ランスロット(狂)
・フローラ
・蛇女房
・デメテル
・カイニス(槍)
・トリスタン

 ……はい、期間空いたので大分多いですね(汗
 項羽はストガチャ一日一回無料期間で唯一来てくれた星5です。
 クリームヒルトさんとリリスはビヨンドザスカイガチャで来てくれました。
 ちなみに丑御前は福袋ですが、もう一個の福袋は魔王ノッブでした(三騎目
 デメテルはヴァレンタインイベ実装鯖で初めて実装時に来てくれました。
 なまら嬉しい。

 ちなみに弊カルデアのグラ鯖構成と戴冠戦スタンスはこんな感じ。

剣:アルトリア(活躍度:低)
・基本的に星出しと攻撃バフときどきバスタークリみたいな役割。
 宝具レベル一番高いけど、戴冠戦のルールとあんまり相性良くないっぽい……

弓:ヴァーバンシー(高)
・宝具1だけど、メインアタッカー。
 ただ、サポ含めてW水着ティアマト編成のお陰っていうのもデカい。

槍:アショカ王(中)
・バフ盛れるしそこそこダメージ稼いでくれるけどやっぱりメインはサポ頼りになる。

騎:太公望(中)
・宝具1だとダメージソース的にはないよりかマシ程度。

術:シェヘラザード(高)
・予想外に大活躍。露骨に難易度が変わる。

殺:河上彦斎(高)
・メインアタッカー。カードによってはワンターンキルもできる。
 ただ、運が悪いと落とされる可能性もある。

狂:モルガン(低)
・サポのバサトリアに頼り切り。

他1:モンテクリスト伯(高)
・メインアタッカー。ただしサポのアーキタイプアースに頼ってる部分もデカい。

他2:オルガマリー(低)
・完全にバフ要因。一応、クリで殴れば削れる。

 ……結論、サポの方々には本当にお世話になっており、心から感謝しております。
 ただサポの表示機能よ、選ばないサポの方をリロードしてもお出しし続けるのは止めてクレメンス……(贅沢、なれど切実



 とまあ、こんな感じで。
 遅筆なんてレベルじゃない遅延、重ね重ね申し訳なく。
 次回からはもう少し早めに上げていきたいと思うので、皆様これからもよろしくお願いいたします。

 それでは、時節的に花粉症もだいぶつらく、自分も先日はえらいことになりましたが皆様もお気をつけて。
 また、次回にて。
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