戦姫絶唱シンフォギア赫鋼―アカガネ―   作:樹影

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4:謝罪と感謝/決意と覚悟

 

 

「それでは、先日のメディカルチェックの結果発表~!」

 

 授業が終わり、放課後になって再び(手錠付きで)二課まで連行された響に、妙にテンションの高い了子が指示棒片手に笑顔を浮かべている。

 響は手錠から解放された手首を服越しに撫でながら疲れた様な顔をしていた。

 その場には二人のほかに弦十郎に赤い外套を外した士郎、それに奏に翼と、あとは響も世話になった友里 あおい、それと彼女の同僚である藤尭 朔也という青年が居合わせていた。

 響と了子たちが挟んで座っているテーブルの横にある壁には、響のバイタルデータが表示されている仮想ウィンドウが浮かんでいる。

 

「初体験の負荷は若干残っているものの、体に異常はほぼ見られませんでした~」

「ほぼ、ですか……」

「ん~、そうね。あなたが聞きたいのはこんなことじゃないわよね?」

 

 響が引っ掛かったように言うと、了子もその意を汲む。

 響はウィンドウから了子へと視線を移すと、真剣な面持ちで疑問をぶつけにいった。

 

「教えてください、あの力の事……!」

 

 その切実な響きを含んだ声に、了子の傍にいた弦十郎は背後に佇む翼と奏に目配せをする。それを受け、二人は胸元からペンダントヘッドを引っ張り出した。

 赤く細長い円柱状のそれこそが、二人の纏うシンフォギアの核だった。

 

「翼の天羽々斬、奏のガングニール……それが二人の持つ第1号、第3号聖遺物だ」

 

 先史文明の異端技術の結晶(オーパーツ)である聖遺物には特殊な力が宿っており、それは現代の技術では再現不能。しかも気の遠くなる年月を経たそれらは大抵が劣化した状態で、まともな形で見つかることは極稀だ。事実、二人の持つ聖遺物も刃や穂先の欠片でしかない。

 当然そんなものが役に立つはずもなかったのだが、それを覆したのが了子の提唱した『櫻井理論』だった。この理論により聖遺物の欠片の中の僅かな力を増幅・開放することが可能になり、そのために必要なものが特定振幅の波動なのである。

 

「特定振幅の波動?」

「つまりは、歌。―――歌の力によって、聖遺物は起動するのだ」

 

 それを聞いて、響も思い出した。あの時――シンフォギアというらしい力を纏った時、自分の胸の奥から歌が浮かび上がったということを。

 その歌は、今まで全く知らないはずだったのに一切の淀みなく口から紡がれていった。それこそ、小さなころから慣れ親しんでいたかのように。

 

「歌の力で活性化した聖遺物を一度エネルギーとして還元し、鎧の形で再構成したものが奏ちゃんや翼ちゃん……そして響ちゃんが身に纏うアンチノイズプロテクター―――【シンフォギア】なの」

 

 だが、それはどんな歌でも、誰の歌でも聖遺物を起動させることができるというわけではない。

 聖遺物を起動させ、シンフォギアとして纏うことができるのは適性を持つごく僅かな人間のみだ。二課ではそんな希少な素養を持つ者のことを【適合者】と呼んでいる。

 

「その適合者こそが奏であり翼であり―――そして君であるということだ」

「は、はあ……」

 

 弦十郎からの真っ直ぐな視線に、しかし響の返事はどこか気の抜けたようなものだった。その表情の意味を、士郎は当てて見せる。

 

「よく解からん、って顔に書いてあるな」

「あはは……すいません、ぜんぜん解らないです」

「だろうね」

「だろうとも」

 

 困ったように笑う響に、あおいと朔也も同意する。実際こんなトンデモ理論、いきなり言われても理解できるわけがないのである。

 

「ぶっちゃけ、アタシもそんな細かく考えないで使ってるしなぁ」

「か、奏……」

 

 ポツリとそんなことを呟いた相棒に翼が呆れ半分に苦笑を浮かべるが、了子としては頬を引きつらせてしまうばかりだ。少々難しすぎたかとも思ったが、まさか長年の付き合いからもそう言われるとは想定外の出来事だった。

 とはいえ、技術というのは結局はそんなものなのかもしれない。創る者と使う者の溝は存外に深いようだ。

 だが、そこで響にはある疑問が残る。それはこの話の根本的なものだ。

 

「あの、私はその聖遺物というものを持ってないんですけど……」

 

 そう、響はシンフォギアの核となる聖遺物を持ち合わせてはいなかったし、その心当たりとなるようなものにも覚えがなかった。故にシンフォギアなぞ纏うことなどできないはずなのに、なぜその道理が覆されてしまったというのか。

 その答えを示すかのように、了子はウィンドウの表示を切り替える。映し出されるのは、胸部レントゲン写真だ。

 

「あ……」

 

 体の輪郭に包まれた肋骨……その奥にある心臓の白い陰影。そして右上部分に散りばめられた鋭角的ないくつかの影。

 その見覚えのあるシルエットに、響はそれが自分のものだと気づいた。

 

「これがなんなのか、君にはわかるはずだ」

「は、はい。二年前の怪我です」

 

 響の言葉に、奏が苦々し気に表情を歪ませる。

 二年前の怪我―――つまりは、ツヴァイウィングのライブで、奏が負わせてしまったものだ。突きつけられた己の罪業が、それこそ胸を刺すように襲ってくる錯覚を得る。

 だが、続く了子の言葉は更に彼女を打ちのめすものだった。

 

「心臓付近に複雑に食い込んでいるため手術でも摘出不可能な無数の破片……調査の結果、これらは奏ちゃんの纏っているガングニールの破片であることが判明したわ」

「――――っ!!?」

 

 その瞬間、心臓が止まったのかと思った。

 天も地もなくなったかのように自分が立っていることすら曖昧になり、翼に支えられて初めて自分が膝をついていたことに気付く。

 

「か、奏!?」

「奏さん!?」

 

 その異変に、翼のみならず響も慌てて奏へと駆け寄る。一方で、弦十郎や士郎が浮かべる表情はどこまでも痛ましいものだ。

 項垂れ、顔を上げないままに奏が了子に問う。

 

「なあ、了子さん。………つまり、アタシのせいってことなんだよな」

「―――単刀直入に言ってしまえば、そういうことになります」

 

 返す了子の答えは、常とは打って変わってどこまでも真摯なものだ。

 次の瞬間、奏は両手を床につくと、響へ向かって勢いよく頭を下げた。額が固い床と衝突して、鈍い音を鳴らす。

 

「ふぇ、ええっ!?」

「すまない!! 本当にすまない!!」

 

 急に土下座をされ、響が戸惑いに声を上げる。それに構わず、奏は血を吐くような声で謝罪を紡いだ。

 

「戦いに巻き込んだ上に守り切れずに死なせかけて……挙句の果てに余計なもんを背負わせちまった!! 謝って済むもんじゃないってわかってる。どんだけ詰られようが殴られようが償いきれると思わねぇ。

 けど……けど! 本当に、本当にすまねぇ……!! 申し訳ない……」

 

 ついには、声を震わせ始めた奏。胸の奥には、一体どれだけの後悔と罪悪感が渦を巻いているのか。そして、翼も彼女の隣で正座をすると、三つ指をついて深々と頭を下げる。

 

「つ、翼さんまで!?」

「私からも謝らせてくれ。……あの場には私もいた。無辜の人々を守るのが防人としての私の使命。なのに手が届かなかったどころか望まぬ力をもたらしてしまった。

 許してくれとは言わん。それでも―――誠に、申し訳ありませんでした」

「そ、そんな……」

 

 二人並んだ土下座姿に、響は思わず二人の前で膝をつくがそこから先はどうしたものかとうろたえるばかりだ。なにせ、彼女からすればまさしく青天の霹靂というべき事態である。

 それを見かねてか、士郎がパンパンと手を叩く。

 

「はいはい、そこまでにしておけ」

 

 すると、渦中の三人の視線が士郎へと集中する。謝っている側も謝られている側も揃って涙目であるが、謝られている響が一番泣きそうになっている辺り彼女の混乱の度合いがよく解かる。

 岡目八目にそれを察した士郎は、軽く息を吐く。

 

「本音を言えば、俺も頭を下げておきたいところなんだが……」

「し、士郎さんまで……」

 

 厳密に言えば、響が負傷した直後から関わった士郎にはその筋合いはないとも言える。だがそれで自身は無関係だと胸を張れるような性分ではないのは、果たして損であるのか美徳というべきか。

 だがそれも、『子犬のような』という枕詞の前に『雨の日に濡れながら箱の中から見上げてくる』という場面描写までくっついてきそうな眼差しを浮かべている響にしたところで、自己満足にもならないだろう。

 士郎は三人を静かに見据える。

 

「とりあえず立花、ちょっと深呼吸してみろ」

「え、あ、はい……すぅー、はぁー……」

「もう一回」

「すぅー、はぁー……」

 

 言われるがまま深く息を吸って吐いた響に、士郎は「よし」と頷く。

 

「落ち着いたか?」

「えと、少しは」

「それじゃあ―――今の気持ちを、素直に二人に言ってみろ」

「は、はい!」

 

 言われて、改めて向き直ればちょうど奏と翼と膝を突き合わせている形になっている。ちょっと前までどうやって話をしようかと悩んでいたのに、気付けばこんな近くにまでいるのだから本当に人生いろいろだと実感する。

 眼前の奏は涙を浮かべた瞳をこちらに向けていて、額は床にぶつけたためかうっすらと赤くなっている。その隣の翼も痛みを堪えているかのような表情だ。

 響はそんな二人を改めて真っ直ぐと向き合いながら、はっきりとずっと胸の内にあった気持ちを口にする。

 

「……私、お二人の事を恨んでません。それどころか、感謝してるんです」

「え?」

 

 驚いたように目をわずかに見開いて見せる奏に、ニッコリと笑顔を向ける。

 

「だってあそこで奏さんたちが助けてくれなかったら、私ぜったいに死んじゃってましたもん」

 

 言いながら、あの時のことを思い出す。

 逃げ遅れて、呆然と戦う二人を眺めていた自分。観客席の崩落に巻き込まれて足を怪我した自分を、奏は身を挺して守ってくれた。

 その時の余波で死にかけてしまい、こんなことになったのは事実だけれど、そもそも彼女がいなかったら自分はきっと灰になって文字通り散っていただろう。

 

「それは、私だけじゃありあせん。他の人たちだってきっとそうです」

 

 あのライブでの死者の殆どは避難時の将棋倒しや暴行などの二次被害によるものだ。それだけ見れば確かに痛ましくやるせないものである。

 だが、同時にこういう見方もできる。―――ツヴァイウィングがノイズと戦い、これを退け続けていたからこそノイズによる直接的な被害は少なくて済んだのだと。

 死んだ者は帰ってこないし、被害者の家族の気持ちがそれで晴れるわけではないだろう。

 それでも、それは間違いのない事実なのだ。

 

「だから―――」

 

 だから、響は心の底から気持ちを込めて頭を下げた。

 

「あの時、助けてくれて本当にありがとうございました」

 

 その心からの感謝を受け、奏と翼はしばらく言葉を失っていた。やがて奏が小さく息を吐き、微かに笑みを浮かべて見せる。

 

「そうか………なら、アタシからも最後にこれだけ言わせてくれ」

 

 言って、奏は改めて静々と頭を下げる。翼もまた、それに続く。

 

「あの時、生きてくれて……生きることをあきらめないでくれて、ありがとう」

 

 互いに頭を下げ続け、しばらくしてほぼ同時に顔を上げる三人。そうして三者ともが真顔で顔を突き合わせること更にしばらく。

 

「「「―――プッ」」」

 

 沈黙に耐えきれなかったのか、ほぼ同時に三人が吹き出し、やがて笑い声をあげる。

 その様子には、もう蟠りのようなものは見受けられなかった。

 そんな彼女たちに、周囲も安心したかのように肩の力を抜いた笑みを浮かべ、了子は腕を組んでうんうんと頷いている。

 

「いや~、青春っていいわねぇ」

「なんかセリフが年寄りクサ……」

「あ゛?」

 

 いらんこと言った朔也が凄絶な目で睨まれて息を詰まらせる。その表情にはちょっとした命の危機を感じているように見えるが、助け舟を出す者はいなかった。自業自得、触らぬ神にタタリはないのである。

 

 閑話休題。

 ひとしきり笑って、息を整えた響はふと「あれ?」と首を傾げた。先ほどまでの言葉の中で、気になったことが一つ見つかったのだ。

 

「すいませーん。ちょっと質問いいですか?」

「ハイハイハイハイ!! なになに、なにかしら? なんでもお姉さんに訊いてちょうだい!?」

 

 朔也からグリンと身を回して食い込むように響へ詰める了子。どうやら質問が来たことが余程にうれしいらしい。一方でプレッシャーから解放された朔也が膝を崩しかけているが、誰もそちらに気を掛ける者はいなかった。

 了子の勢いに若干引き気味だった響だったが、気を取り直して質問を投じる。

 

「さっきの適合者の所で衛宮さんの名前が出てこなかったのはなんでですか? そういえば衛宮さんは歌ってなかったですけれど、それと関係あるんですか?」

 

 と、了子の顔が困ったような笑顔に変わる。彼女は乗り出していた身を戻しながら腕を組み、「むー」と唸る。

 

「意外と鋭いのねー、響ちゃん。けど、残念ながらそっちは専門外も含んでるから、本人からの説明も交えてお話ししましょうか」

「専門外?」

 

 はて、と響は首を傾げる。今までの話からすると、技術的なものは彼女の担当のように思えたのだが。

 そんな彼女の疑問を察してか、了子は小さく笑って士郎へと視線を投げる。彼は小さく肩を竦めると了子と入れ替わるように響の前に出て、ゆるゆると右手を持ち上げて構える。

 

「―――投影、開始(トレース・オン)」

 

 呟くなり士郎の手から光が溢れ、その輝きはやがて糸を編むように形を成していく。

 

「うわぁ……」

 

 幻想的ともいえる現象に、響は感嘆ともとれる声を漏らした。そんな彼女の目の前で、幻想は現実へと質感を伴って出力されていく。

 果たして光が収まったあと、士郎の手に握られていたのは柄頭に赤い宝石のはめ込まれた短剣だ。

 アゾット剣という名称は知らないものの、なにもないところから現れたそれに響が目を丸くする。

 

「剣が出てきた!」

「これが俺の力。―――魔術ってやつだ」

 

 まじゅつ、とオウム返しに呟く響に向けて、士郎は投影したアゾット剣を掌の中で回転させ、柄を響へと差し出す。

 響はそれに恐る恐る手を伸ばすと、柄頭の宝石を包むように持って受け取った。

 

「………本物?」

「実像という意味では間違っていないが、真贋で言うなら紛れもなく贋作だよ。

 【投影】という術でね。要は物品の贋作を生み出すことできるんだ」

 

 生み出す、ということはゼロから作り出されたということだろうか。しかし響には手の中にある重さも、握りしめた固い感触も、照明に煌くぞっとするような刃の鋭さも、その全てを現実のものとして感じている。

 造形こそやや古めかしいが、不可思議な工程で作られたものとは到底思えない。

 しかし、しばらく眺めていたその短剣は、士郎が指を鳴らすと共に一瞬にして消え去った。

 

「わ!?」

「こんな風に、作り出した剣は俺の意志で消すこともできる」

 

 急に手の中から消え、文字通り霞を掴むような感覚に再び目を剥く。

 確かめるようになにもない掌を何度かグッ、パッ、と握ったり開いたりしてから改めて響が士郎へと顔を上げた。その表情は豆鉄砲を喰らった鳩のそれだ。

 

「士郎さんって魔法使いだったんですか?」

「………その呼び方はなんというか、分不相応というよりこそばゆいな」

 

 言いながら、士郎は思わず苦笑を漏らした。厳密に言えば士郎が【魔法使い】を名乗るなど烏滸がましいにもほどがあるのだが、響にそんなことを説明しても仕方がないだろう。いわんやこの世界ではなおさらだ。

 それよりも士郎は胸中になんとも言えないくすぐったさを感じたが、同時にかすかな懐かしさのようなものを感じていた。その頭に思い浮かぶのは亡き義父の顔だ。

 

(もしかしたら、爺さんもこんな気持ちだったのかな?)

 

 引き取られた日に、自身を魔法使いだと嘯いたその面影が脳裏に甦る。

 しかし、不思議そうに首を傾げる響の姿に現実へと戻される。

 

「あの、どうかしました?」

「いや、なんでもないさ。……それはさておき、ざっくばらんな説明をすると投影で作った武器は魔力というものを纏っている。また俺はその魔力を追加で乗せることもできる」

「そして衛宮くんの言うところの魔力を計測したデータから分析・照合した結果、起動状態の聖遺物が放つアウフヴァッフェン波形と似たような性質や波動を持ってることがわかったの。

 ―――つまり、彼のチカラはシンフォギアと同じくノイズに対抗することが可能だというわけ」

「な、なるほど?」

 

 二人掛かりでの説明に対し、響はわかったか否か曖昧な顔で首をカクンと傾げる。もしかしたら処理能力を超えつつあるのかもしれない。

 まあ、立て続けにいろいろ説明されているのだから、多少なり混乱してもおかしくはないだろう。

 と、了子は豊満な胸を乗せるように腕を組みつつ、どこか面白くなさそうに溜息をついた。

 

「研究者としては、魔術なんてオカルトが同列に並んでるっていうのもちょっと複雑なんだけれどもね。ま、聖遺物なんてものの専門家である私も傍から見れば似たり寄ったりなのかもしれないけど。

 ―――あ、ちなみに」

 

 と、了子は唐突に悪戯を思いついたような表情を響に向けながら、士郎を指さす。

 

「衛宮くん以外に魔術を使える人間はいないから、あんまり大っぴらに言っちゃだめよ? 米国あたりの偉い人が知ったら国際問題になっちゃったりするかも……」

「ふぇっ!? そ、そんなの私が知っちゃって大丈夫なんですか!?」

 

 思わずあわあわとうろたえてしまう響きだったが、一方で士郎は了子に半目を送っている。

 

「あまり脅すな」

「あらあら、ごめんなさい。でも一応は言っておかないとだしね」

 

 小さく舌を出して見せた了子は響を安心させるように軽い調子で笑いかける。

 

「響ちゃんもごめんなさいね。ああは言ったけど、あなたはそんなに気にする必要はないから」

「そ、そうなんですか?」

 

 不安げに見上げる響に、「そうそう」と了子は手をパタパタと振って笑う。

 

「そういうのと関係ありそうな人と会わせる予定もないし、元々が秘密裏の組織だしね、ウチは。

 ぶっちゃけ、政治ってグレーゾーンの内は深く突っ込めないし、突っ込まれてもしらばっくれてればどうにかなるもんだしね」

「ぶっちゃけすぎな上に、著しい偏見が入ってないかそれは」

 

 とはいえ、いささか暴論ではあるが一理はある。決定的な何かがない限りは問題として槍玉にあがることはないだろう。

 逆を言えば、問題となったときになにが起こるかが未知数であるのだが。

 

「なんか話は逸れちゃったけど、まだ訊きたいことはあるかしら? せっかくだし、衛宮くんの事でもいいのよ?」

「衛宮さんの……あ、そうだ。私の友達から衛宮さんのことについていくつか噂を聞いたんですけれど」

「噂?」

 

 昨日の会話を思い出しながら言うと、士郎は心当たりがあるのかないのか微妙な顔で首を傾げる。

 

「原因不明で壊れた楽器のその原因を見つけたとか……」

「ああ、あれか。よく知ってたな、それ。一応それも魔術で原因を探り当てたんだよ。

 解析ってやつでさ。まあ、その名の通りってやつだよ。ちなみに、俺自身は音楽関係のことは全くわからない」

「あはは」

 

 言い切られてしまって、思わず笑いが零れる。少し緊張も解れたおかげで、次の質問もするりと出せた。

 

「じゃあ、赤マントの正体っていうのも?」

「………ホントによく知ってるな」

 

 途端、彼はげんなりとした表情を浮かべた。それに対し、了子や弦十郎を始めとした周りの皆はそれぞれ小さく吹き出したり顔を背けて笑いを堪えてたりする。

 士郎は降参するように両手を上げ、肩を竦める。

 

「まあ、ご名答ってやつだよ。……なんでそんな噂になってるのか不思議なんだが」

「しょうがないわよ。衛宮くん、真っ先に現場に飛び込んでいくし」

「そうだよな。しかも若大将って目立つし」

「……すいません、士郎さん。擁護できません」

 

 立て続けに言われ、ガクリと肩を落とす。響も脳裏に昨日の士郎の姿を思い浮かべて静かに納得した。

 あの真っ赤な外套はどうあっても目立つだろう。まさしく謎のヒーロー・赤マントの噂は生まれるべくして生まれたのだ。

 多少の自覚はあるのか、士郎も苦い顔は浮かべても反論することはなかった。

 

「他にないか、他に」

「あ、はい。……じゃあ、学園を紹介してくれたのが翼さんの親戚っていうのは?」

 

 話を逸らすように促され、咄嗟に思い出したそれを口に出す。すると、士郎は「それなら」と親指である人物を指す。示した先に立っていた弦十郎は、応えるように小さく手を挙げていた。

 

「この間の話でも言ったけど、こっちに来た時に世話になったのが弦十郎なんだよ。その伝手でな。

 名字が同じだから薄々わかってたかもしれないが、弦十郎は翼の父方の叔父に当たる」

「なるほど」

 

 納得したかのように頷く響。一方で、その質問からある疑問も同時に思い出した。

 それは放っておくには余りにも興味を引いてやまないものであった。

 

「………じゃあ」

「ん? まだあるのか?」

 

 僅かに逡巡して、しかし好奇心を始めとしたさまざまな感情に後押しされる形でその問いを投げかける。

 

「―――衛宮さんが、翼さんか奏さんのどちらかと付き合っているって、本当ですか!?」

「ぶっ!!」

「なっ!?」

「………なんでさ?」

 

 瞬間、奏と翼が顔を真っ赤にして盛大に吹き出した。一方で弦十郎は苦笑を浮かべ、朔也は溜息をつき、了子とあおいは興味深げに目を光らせる。

 そして当の士郎本人はというと、呆気に取られたような表情を浮かべていた。それに対し響は顔を赤らめながら瞳を煌かせて彼を見上げている。

 なんやかんやで彼女もそういったものに興味を抱くお年頃なのだろう。いや、了子やあおいの反応を見るからに、年齢など関係ない共通した興味なのかもしれないが。

 

「なんでいきなりそういう話に?」

「なんでっていうか、その……そういう噂があるって聞いて、それ思い出したら気になっちゃって」

 

 赤い顔で両の人差し指をいじいじとしながら視線を左右に踊らせるその様子には、隠し切れない好奇の色が見えた。

 士郎は片手で顔を覆うと、深く息を吐いて響と顔を合わせる。

 

「そういう関係では一切ない。というか、そんなわけないだろう……ほら、頓珍漢なこと言うから二人がなんか怖い顔になってるぞ。―――ん?」

 

 言っている最中に不機嫌な表情になっていく奏と翼をよそに弁明する士郎の肩を、了子がポンポンと叩く。彼女はわざとらしく眼鏡をくいっと上げ、これまたわざとらしい盛大な溜息を吐くと、

 

「……っっっっっっとにダメね! ダメダメね、衛宮くんは!!」

 

 これでもかと言わんばかりに言葉を溜めて言い放った。メガネの奥の瞳は、これ以上なく愚鈍な生き物を見るように蔑みに据わっていた。

 

「なんで俺はいきなり罵倒されてんだ?」

「残念でもなく、当然ね」

「………本当になんでさ」

「あ、あはは……」

 

 眉間に皺を寄せてこれまた大きな溜息をつくあおいに、士郎は困惑しつつも肩を落とす。他の男性陣はというと、巻き込まれるのを嫌ってかそっと視線を逸らしていた。

 弦十郎は苦笑だが、朔也は今でも舌打ちの一つでもしそうなほどに微妙な表情を浮かべている。

 俄かに混沌としてきた雰囲気に、響がなんとなく察しながらも苦笑を浮かべている。そんな彼女を見て、士郎が誤魔化すように咳払いをした。

 

「なんか完全に俺への質問会になってるな。―――すこし話を戻すぞ」

 

 士郎がそう言って表情を引き締めると、つられるように響の表情にも緊張が走る。

 

「今、立花には二つの選択肢がある。さっき説明したシンフォギアの力を『使う』か『使わないか』だ」

 

 言って弦十郎へ目配せすれば、改めて彼が前へと出てくる。響へと向けられる眼差しは、力強くも真摯だ。

 

「現状、人類にノイズに対抗する術はない。人の身でノイズと接触することは炭となって崩れることと同義だからだ。

 士郎という例外中の例外を除けば、それに対抗する唯一の手段こそシンフォギアを纏った戦姫だけだ」

 

 思わず、胸元を握ってしまう響。そこにある古傷の更に奥、そこにあるという宿った力の源泉を初めて意識する。

 脳裏に浮かぶのは、ノイズによって命を奪われた人々、先日助けた少女、そして誰よりも近くにいる親友の姿だ。

 響は思う。これがあるならば、誰も死なせず、この間のように助けることができて、親友を守ることができるのではないかと。

 目の前で、弦十郎が一歩踏み出してくる。その手は力強く握られている。

 

「正直に言おう。―――立花 響くん、日本政府特異災害対策機動部二課は君に協力してほしいと思っている。

 ノイズを倒すためではなく、人の命を助けるために」

「命を、助ける……」

 

 その言葉に、胸の鼓動が強くなるのを感じる。

 自分を顧みず、誰かを助けることに奔走するのが常だった自分にとって、それは強く惹かれる言葉だった。―――彼女自身に、そうした自覚はなかったとしても。

 

「だが、同時に無理強いをするつもりもない」

「え?」

「君も体験した通り、ノイズとの戦いはシンフォギアがあったとしても命懸けだ。―――巻き込んでしまった君を、これ以上引き込みたくないというのも俺の本音だ」

 

 と、響の頭が急速に冷えていく。いや、冷たさを感じるのは背筋にか。先の高揚にも似た熱は消え失せ、かわりに震えてしまいそうな冷たい恐怖が甦る。

 数多のノイズに囲まれ、襲い掛かられる……その恐怖はシンフォギアを纏った前後で差異はなかった。それをこれからも味わっていくのかと思うと、それだけで膝が震えそうになる。

 

「故に、選択を強制するつもりはない。戦いたくないというならばそれで構わない。

 その場合はその力を二度と使わないと約束してもらうことになり、その体にこれから異常が現れないか定期的に検査してもらうことになる。

 また、シンフォギアを始めとして幾つもの機密を知ってしまった以上、護衛も兼ねてしばらくは陰から監視が付くことになるだろうが……それだけだ。必要以上の不自由を強いるつもりはない」

「わ、私は……」

 

 そこから先の言葉が出てこない。

 自分の力で誰かを助けることができる。憧れた人たちと肩を並べることができる。

 ノイズと戦うことが恐ろしい。痛いのも苦しいのも怖くて仕方がない。

 響の中で、相反する二つの想いが渦を巻く。考えが定まらず、眩暈がしそうだ。これほど頭を使ったのはきっとリディアンへの受験勉強以来だろう。

 それを見越してか、弦十郎が小さく笑う。

 

「すまない。少し性急に過ぎたか」

「あ、いえ……」

「答えは急がなくていい。君の今後を左右する大事な……」

 

 と、彼の言葉を遮るようにけたたましい警報が鳴り響く。あまりにも唐突な騒音に響は思わずビクンと身を震わせて天井を仰ぎ見ながら首を左右させる。

 そんな彼女をよそに、他の全員の表情が一気に険しくなる。この警報が何を意味しているのか理解しているためだ。

 士郎が静かにその答えを呟く。

 

「―――ノイズか」

 

 

 

***

 

 

 

「響、どうしたのかな?」

 

 寮の自室で、未来がぽつりと呟く。視線を投げかけた先の窓からは、夜闇に侵食されつつある夕焼けが見えている。

 彼女が向かっているテーブルの上には、教科書とノートが広がっていた。課題か予習かはわからないが、どうやら勉学の最中らしい。

 しかし今は気もそぞろに手が止まってはスマホに目をやったり、玄関の方を覗いたりしている。その原因は明白だ。

 

「昨日今日と、なにがあったのかな……?」

 

 眉根を寄せながら首を傾げて思い浮かべるのは、同室である無二の親友だ。

 彼女のことだ、またぞろ人助けに精を出しているのだろうとは思うのだが、昨日も遅くまで帰ってこず今日とて連絡もないままというのは流石に心配になってくる。

 こちらから電話をかけても電波が繋がらないのだから、猶更のことだった。

 いっそ探しに行こうかとも考えたが、昨日も疲れてフラフラではあったもののちゃんと帰ってきたのだから、今日も同じなのかもしれない。

 もっとも、その原因についてははぐらかされてしまったのだが。

 

「まったく、もう……」

 

 心配の裏返しが若干の苛立ちとなって言葉に出てくる。これで能天気に笑って帰ってきたら怒鳴ってしまうかもしれない。

 と、溜息交じりにシャーペンの芯を出そうとするも、出てこない。どうやら切れてしまったらしい。仕方ないと補充しようとするが、芯そのものを使い切ってしまったようだ。

 どうするか、と少しだけ考えてから未来は立ち上がった。

 どうせだ、若干の気分転換も兼ねて散歩がてらに買って来よう。

 

「ついでに響と私のおやつも買っちゃおうかな?」

 

 呟きながら、着替えるためにクローゼットに手を掛ける。

 

 ―――ノイズの出現を知らせる警報が鳴り響くのは、彼女が部屋を出てからしばらくしてのことだ。

 

 

 

***

 

 

 

「本件を我々二課で預かることを一課に通達!」

 

 本部の中枢ともいえる司令部にて、弦十郎が指示を飛ばす。オペレーター席では朔也とあおいが十の指を目まぐるしく動かし、飛び込んでくる情報を最適化していく。

 

「出現位置特定、座標出ます!!」

「……近いな。それにいくつか点在しているか」

 

 メインモニターのマップ表示に士郎が目を細め、すぐさま身を翻す。一歩遅れる形で、翼と奏も続いていく。

 

「二人とも、郊外の纏まった集団の方を頼めるか? 俺は街中の散兵を掃除してから向かう」

「解りました」

「おうよ。若大将が来る前に片付けてやるよ」

 

 そんなことを言い合いながら、司令部を後にする三人。

 響はその背を見送ってからしばらく沈思する。先ほどから渦巻いていた胸中の葛藤はしかし、ここにきて明確にその方向を定めた。

 

「―――っ」

「響くん!?」

 

 眼差しを力強く引き締め、士郎たちを追うように駆け出す。それに気付いた弦十郎が慌てて呼び止めた。

 

「待つんだ、君はまだ……!」

「私の力が」

 

 彼の言葉を遮り、足を止めた響が振り返る。すでにその眼に迷いはない。

 

「私の力が、誰かの助けになるんですよね!! シンフォギアの力じゃないと、ノイズと戦えないんですよね!?」

 

 ノイズの恐ろしさは誰よりもよく解かっている。人が呆気なく炭化していくその無惨な様を、今でも夢に見る。

 力を得たとて、それに立ち向かうなんて怖くて仕方がない。

 

 だからこそ。

 

 それらに対する恐怖を誰かに味合わせてしまうのは嫌だった。どこかの誰かが、そんな危険に晒されてしまうなんて我慢できない。

 だったら―――

 

「だったら、行きます!!」

 

 決意を強く籠めて言い放ち、今度こそその場を後にする。

 その姿を、弦十郎のみならず隣の了子やオペレーター席の朔也やあおいも揃って見送っていた。

 

「響くん……」

 

 名を呟く弦十郎の声は重い。

 この展開は、彼の思惑通りだったと言って過言ではない。だが同時にこうならなければいいと願っていたのも事実だ。

 国家の秘密組織の長としては似つかわしくないほどに豪胆で豪快で実直で誠実な彼からすれば、響の選択はどこまでも胸に痛い。

 

 立花 響は奏のようなノイズに家族を奪われた復讐者などではなく、翼のように幼い頃からの使命として鍛錬を重ねてきたわけでもない。

 彼女のように日常を謳歌していた人間が、『誰かの助けになる』というだけで命懸けの戦いに身を投じることができてしまうのは果たしてどれほど歪なことなのだろうか。

 

 弦十郎はそう考えて、そこに強い既視感を覚えた。思い浮かぶのは、二年前から肩を並べる一人の青年だ。

 本来、この世界に居場所などなかった彼にとって二課での戦いは互いに有益なものではあった。だがその行動原理にそんな理屈など全く関係ないのだということを、彼はこれまでの付き合いの中で痛いほど理解していた。

 そんな二人の姿が、弦十郎の目には痛ましいほどに重なって見える。

 

「―――本当に。哀しくなるくらい似た者同士ね」

 

 それは弦十郎だけではなかったのだろう。そう呟く了子の目は、憐れむように細められていた。

 

 

 

***

 

 

 

「はっ、はっ、はっ……」

 

 街の中を疾走する響。その身はすでにガングニールの装甲を纏っていた。

 と、壁からにじみ出るように一体のノイズが姿を現す。

 

「っ!」

 

 思わず息を飲み、構える響。だが、次の瞬間には壁そのものに縫い留めるようにノイズを一本の矢が射抜く。

 黒い炭となって散っていくノイズに、響が矢の飛んできた方へ振り向く。すると建物の間の暗がりから黒い弓を手にした士郎が現れた。

 改めて纏った赤い外套が、風と彼自身の挙動に裾をかすかにはためかせている。

 

「衛宮さん」

「―――やはり、来たのか」

「はいっ!!」

 

 弓を消しながら歩み寄る士郎。その苦みの混じった視線に、しかし響は気付かずに威勢よく返事をする。

 士郎はほんの少しだけ瞑目して、表情を決意に満ちたものへと変える。

 

「この辺りのノイズは片付けた。あとは奏たちへ加勢するつもりだが……」

「私も行きます!!」

「……言うと思ったよ」

 

 返事を受け取り、士郎は直後に響を抱き上げる。初めて会った時と同じ、お姫様抱っこでだ。

 

「え、衛宮さん!?」

「あまり喋るなよ。ベタだが、舌を噛むぞ」

「ふぇ?」

 

 言うなり、士郎は力強く踏み出して跳び上がる。それは人間の……ましてや人一人抱えているとは思えないもので、あっという間に街灯へ上り、そう思った次の瞬間には建物の屋根や屋上まで到達した。

 屋根から屋根へと飛び移る勢いに揺らされながら、響は士郎の腕の中で目を丸くする。

 

「すご……」

「これくらいなら今の立花にもできる」

「え?」

 

 言いながらも、士郎の視線は前を向いている。その眼差しは、やはり学園で見た柔和なものとはかけ離れた、鷹のようなそれだ。

 そして眼差しと同じくらい鋭い声音で、しかし気遣うように彼は告げる。

 

「―――まずはその力の使い方……体の使い方から覚えていけ」

「………はい!!」

 

 その横顔を見上げながら、響は力強く頷く。そして士郎と同じ方向へとその視線を移していった。

 

 ―――だから、気付くことはなかったのだ。

 自分たちを見上げる、知己の存在の視線など。

 

「―――え?」

 

 遅ればせながらも、シェルターへと足を急がせていた一人の少女の脚が止まる。その手にはコンビニのものだろう白いビニール袋が提げられていた。

 それを見たのは、本当に偶然だった。

 シャーペンの芯が切れたことも、それを買いに出かけたことも、ついでに自分と親友の分の甘味も買おうと思ったのも、なにを買おうか迷って予定よりも長居をしてしまったことも。

 それらの全てが偶然で、その偶然が積み重なって彼女はそこにいてしまった。そして最後のダメ押しとばかりにもう一つの偶然として彼女はそれを見上げてしまう。

 自身の頭上を通り過ぎて彼方へと飛んでいく人影……見間違いと思ってしまうには、垣間見えた姿には余りにも見覚えがありすぎた。

 纏っていた装束はあまりにも奇抜ではあったが、その面影は間違いなく自身の知っている者だった。ましてや片方は誰よりも大切な友人なのだから、見間違うなんてあろうはずがない。

 

 彼女は。

 小日向 未来は、呆然と呟く。

 

「衛宮さんに………響?」

 

 そのまま、未来はその場に立ち尽くしていた。

 避難警報が解除され人々の姿が街中に戻ってくるまで、ずっと。

 

 

 

***

 

 

 

 郊外から他方へと繋がる大型の幹線道路。立体的に交差するその下方の道路上で、奏と翼はノイズの大群と対峙する。

 と、そのノイズたちがいきなりドロドロに溶けていく。活動限界を迎えたにしてはあまりにも異質な変化に二人が警戒と共に身構えていると、それが正しかったことを示すかのように溶けたノイズたちが交じり合っていく。

 そうして泥を捏ねるようにして現れたのは、太く短い寸胴な体に腕と大きな口が付いた大型のノイズだ。

 羽飾りというよりウーパールーパーの外鰓を彷彿とさせる器官を揺らして、その巨大な口から涎と共に雄叫びをまき散らす。

 その在り様に、奏が舌打ちを漏らした。

 

「うっせぇ上に生臭いモン吐き散らしてんじゃねぇよ!!」

 

 気炎と共に槍の穂先を突き出す奏。その隣の翼もまた、油断なく静かに刃を構える。

 その背後で、泥のような何かがぞるぞると這い出るように集まっていく。それは二人の目の前で多数のノイズが大型ノイズへと変ずる直前の状態そのものだ。

 泥のようなノイズの塊は、音もなく二人の背後に集まっていくとある程度の所で一気に隆起した。その異様な気配に二人が弾かれたように振り返れば、そこには今まさに形を成そうとしているドロドロのノイズの集合体が山を作ってこちらを見下ろしていた。

 

 そのままもう一つの大型ノイズとなって二人を前後から挟み撃ちにするつもりだったのか、それともドロドロの状態で覆いかぶさっって取り込むつもりだったのか。

 その答えはわからない。なぜなら―――

 

 

「でぇえええりゃぁあああああああっ!!」

 

 

 ―――結果を伴う前に、響が拳を翳して飛びかかったからだ。

 

「なっ!?」

「あの子っ!」

 

 驚愕を重ねる羽目になった二人。その目の前でドロドロの表層に拳が勢いよく突き立てられる。

 ドロドロのノイズはたったそれだけで飛び散るように崩れ、散らばったそれらは再び動くことなく塵となっていく。どうやら予想以上に脆い状態であったらしい。

 驚愕に固まる二人に、今度は響がハッと声を上げる。

 

「お二人とも、後ろっ!!」

 

 と、その言葉でようやく戦闘中であることを思い出して振り返る。と、大型ノイズはその外鰓のような器官を切り離し、手裏剣のように回転させて放とうとするところだった。

 しかし、それも次の瞬間には無効化される。

 二人の背後、響よりもさらに後方で立体的に交差する上方の道路。そこから放たれた幾条もの矢がその全てを射落としたからだ。

 それを放ったのが誰なのかを察して、二人は同時に小さく笑う。本体を射抜くのではなく、攻撃を阻止したところに自分たちへの信頼を垣間見たからだ。

 だから、振り返らないままに戦意を高めていく。

 

 奏は腰溜めに槍を振りかぶり、翼は脚部のブレードウィングを展開させながら跳躍してその刃を巨大なものへと変形させる。

 槍からは炎のように滾るような橙の光が、剣からは切り裂くような鋭い蒼の光が、持ち手の闘志に呼応するかのように輝きを増していく。

 

「わぁ……」

 

 彼女たちの後ろで、響はその輝きに見蕩れていた。口からは無意識に感嘆からの声を漏らしている。

 彼女の目には、まるで澄み切った朝焼けと青空が同時に現れているかのように映っていた。

 そうして暁天と蒼天、二色の光が刃となって放たれる。

 

 ―――STARLIGHT∞SLASH

 ―――蒼ノ一閃

 

 前方から放たれた、灼熱を纏った横一閃。

 上空から振り下ろされた、風よりも疾い縦一閃。

 それらが立体的に交差し、サンショウウオの落書きのような大型ノイズを十字に断ち割った。

 

 

 

 技の威力か、或いは集合体として内包していたエネルギーが膨大だったのか。戦場となった道路は爆散したノイズが遺した炎が黒煙を上げている。

 幸いなことに周囲は畑で近場に民家はないため、延焼することはないだろう。おそらく後処理にやってくる人員がこれについても後始末をするだろう。

 暗くなった空を照らす炎を背に奏と翼は響と対峙する。その少し離れた場所からは、士郎が見守るように立っている。

 と、翼が響へと一歩距離を詰める。浮かべている表情は凛々しくも厳しい。

 

「……それがあなたの選んだ道ね」

「は、はい! 慣れない身ではありますが、これからよろしくお願いします!!」

 

 恐縮して頭を下げる響を、翼はしばらく見つめてから小さく吐息を漏らす。

 

「私たちには、あなたに負い目がある」

「負い目だなんて、そんな」

「けれど」

 

 慌てて頭を上げる響の言葉を強く遮る。そうして翼は響を強く鋭い眼差しを真っ直ぐに突き立てる。

 

「けれど、これはまた別の話。―――あなたがこの道を選ぶことと、私がそれを認めるか否かは違う問題よ」

 

 だから。

 

「立花 響―――あなたのことは、これからしっかり見極めさせてもらう」

 

 そう言って、翼は響の隣を通り過ぎていく。響はギアを解除しながら去っていく彼女の背を見送るばかりだ。

 と、その肩にポンと手が置かれる。見ると、奏が労わるような小さな笑みを浮かべてそこにいた。

 

「奏さん」

「あんまり気にしすぎるなよ。あいつ、ちょっと真面目が過ぎるだけだからさ」

「は、はい」

「ま、言ってる事は間違いじゃないんだけどさ」

「はい……」

 

 顔を俯させかける響に、奏は「だけどまぁ」と右手を差し出す。再び顔を上げる響に、照れくさそうな笑みを返した。

 

「とりあえず、これからよろしくな」

「―――、はい!!」

 

 喜色満面に響はその手を握り返した。

 

 そんな光景を背越しの横眼で眺めてから、再び歩を進めていく翼。

 そうして士郎の隣を通り過ぎるとき、彼は苦笑を投げかけてきた。

 

「ずいぶんと手厳しいな」

「必要なことです。……それに、奏は彼女に対して負い目が強すぎますから」

 

 確かに響の現状には奏が強く関わっていて、それを奏が気に病んでいるのは事実だ。翼とて思うところがないわけではないが、彼女ほどではない。

 だからこそ、その分の役目を自身が担うということなのか。

 と、翼は「それに」とさらに続ける。彼女は少し照れているような、しかしどこか誇らしげな笑みを士郎に見せた。

 

「これからは私も先輩なので」

「……なるほど」

 

 士郎は思わず小さな笑みを漏らす。どうやら責任感ばかりで張り切っていたわけではないらしい。

 浮かれているわけではないだろうが、知らず気合は入ったようだ。そんな彼女に士郎はどこか微笑ましさを覚えずにはいられない。

 彼は彼女の肩を叩くと、

 

「まあ、気負うなよ」

 

 そう言い残して、奏と響の方へと足を運んでいく。

 ―――その言葉の続きを、決して声には出さないまま。

 

 

 

(―――いざというときの憎まれ役は、俺の役目だからな)

 

 

 

 




 大変お待たせいたしました。第四話です。
 なんかもう、文が長くなるのをあきらめてきました。
 あと、戦闘ない予定とか言って結局戦闘シーン入れちゃいました。

 さて、今回の内容について。

・ツヴァイウィング土下座
 別名、奏ハード一発目。二発目がいつになるかは不明(オヒ
 ここからの響との会話は割と悩みました。
 ただ作中にも書きましたが、二人が戦わなかったらノイズによる死者の方がもしかしたら多かったのかもしれないなとも思ったり。
 ……それで二次災害の被害が大きくなったってのも救いがない話ですが。

・士郎への質疑応答
 ここで魔術のことを説明してしまうのは少し迷ったんですが、他の質問に関してスムーズに答えさせるためにもこういう形にしました。
 あとメタ的なことを言えば、士郎の投影でノイズを倒せる理由を大まかに説明しておきたかったっていうのもあります。
 まあ宝具に関してはまだ説明してないから、話の展開に応じて段階的に説明する予定です。
 そしてやっぱり朴念仁。そら女性陣からダメ出しされるわ(笑)


・ノイズ出現~未来さまがみてる
 弦十郎の勧誘が控えめなのは、響に対する罪悪感だけでなく奏や士郎もいるからだったりします。
 前回では戦力の増強を願ってもいましたが、だからといって原作ほど切羽詰まっているというわけではないということで。
 なので選択肢を与えられた分の響の葛藤を描写してみたのですが、いかがだったでしょうか?
 その後の決断からの出撃にうまく繋げられたかちょっと不安ですね。
 そして未来関連に関してはこの辺りを書いていた時に急遽差し込んだシーンだったりします。
 最初はなかった予定なんですが、この先の展開を考えたら入れておきたい描写だったので。
 この辺りの伏線としての回収は2~3話くらい後でしょうかね。

・ノイズ撃滅
 ぶっちゃけ立体十文字切りな描写やりたかったから戦闘シーンの挿入が決まったり。
 ちなみに奏が使ってた『STARLIGHT∞SLASH』はソシャゲのXDUの方の技です。
 そっちとはまたちょっと描写が違うのですが、横一閃の斬撃を飛ばすというのがちょうどよかったので。
 これ以外にも奏の技をいくつか確認したんですがカッコイイ技ばかりで、いつかこっちでも使いたいですね。
 ちなみに『STARLIGHT∞SLASH』は現在自分が所有している中で覚醒と限界突破がどちらもMAXになっている唯一のカードだったりします。(どっちかだけだったら他にもある)
 ……ですが覚醒MAXの顔が怖いんですよね、この奏……(汗

 と、それはさておき。
 今回はこのへんで。
 次回も結構間が開きそうな気がしますが、気長に待っていただければ幸いです。
 それでは、また。


【追伸1】
 艦これイベ、クリア。……といってもほぼ丙の最後だけ丁ですが。
 や、最後の第二ゲージで丙をあきらめました。……ちょうでも難しかったんですが。
 ちなみに、報酬艦のMaestrale、神鷹、Nelsonのほかには、浦波・岸波・初月・大淀・Pola・Littorio・Prinz Eugen・Graf Zeppelinが出てきてくれました。
 個人的には大当たりだったんですが、現在はゴトランドさんを掘ってたりします。
 ……出てきてくれそうにないですが(涙


【追伸2】
 現在、恋姫の孫呉の血脈をゆっくりとプレイ中。
 そこら辺の感想だけちょろっと書いてみたり。
 ネタバレありなんで了承したうえでスクロールしてください。

















 現在、黄祖を討った辺りまでプレイ。
 個人的にメインストーリーは気に入ってます。
 ぶっちゃけ、公式で一刀が敵を殺してる描写はこれが初めてですよね。
 賛否はあるかもしれませんが、不自然な流れではないと思うので個人的にはありです。
 ただ、難点としては魏編でも思ったことですが拠点シナリオで旧『真』のシナリオと一部矛盾というか違和感があるのが残念かと。
 そのシナリオ自体はいいんですが、新規シナリオとのすり合わせに齟齬があるような。
 仕方ないといえば仕方ないんでしょうが。
 ちなみに自分は攻略サイトからデータ入れて最初から拠点シナリオの閲覧回数の制限とってたりします。
 や、拠点シナリオのために周回プレイするのも面倒だったんで(爆)
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