戦姫絶唱シンフォギア赫鋼―アカガネ―   作:樹影

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6:月下に謳う/未明に嘆く

 

 

 白い月に無数の星。

 そして時折キラリと刹那に刻んで消える流れ星。

 ―――夜天を彩るそれらの輝きに、しかし天羽 奏は心を砕く余裕がなかった。

 

「クソッ、テメェらとっとと消えやがれっ!!」

 

 自ら発した怒号ごと切り裂くような横一閃が、ノイズをまとめて四体ほど灰と散らす。返す刃で飛来する飛行型を突き刺し、それをハンマーに後ろにいた別の一体を叩き潰した。

 しかし、そうしてもなお自身を取り囲むノイズの影は減っていない。むしろその程度など焼け石に水だと嘲うように、子供の落書きめいた風体を大量に月下に晒して蠢いている。

 奏はその姿だけで挑発されているような気分になって奥歯を軋ませる。

 そして苛立ちのまま、纏めて薙ぎ払わんと槍を持つ手に力を込めた次の瞬間、左右を後ろから幾つもの光条が抜き去っていった。

 

「え?」

 

 戸惑うも刹那、放たれた光条はそれぞれが多数のノイズを巻き込み、射抜き、着弾と共に爆散して蹂躙していく。射撃というよりも爆撃に近いその攻撃ができる者を、奏は一人しか知らない。

 

「若大将っ!」

 

 振り返れば、やはりそこには士郎がいた。黒塗りの弓を手にした彼は常の戦いよりも更に険しく、そして僅かに焦燥を含んだ眼差しをたたえていた。

 

「奏、無事だな」

「ああ。けど……」

 

 揃って見れば、すでに士郎の攻撃の痕跡は別のノイズで埋められていた。否、それこそ無尽蔵ともいえる数で以って黒い森の隙間を埋めている。

 士郎はその軍勢と、そしてそれらが散らずこの場に留まり自分たちを足止めしているという事実に、ある確信を得る。

 

「……どうやらここ最近のノイズ連続発生の原因はこの向こうにいるみたいだな」

「けど、これじゃ向こうに行けやしない」

 

 苛立たし気に槍の石突を芝生に突き立てながら、奏は声に焦りを乗せる。その焦りと苛立ちの原因は明白だ。

 

「翼と立花も向こうに?」

「ああ……旦那経由に訊いた話じゃ、奴さんはネフシュタンの鎧を使ってるらしい」

 

 ネフシュタンの鎧―――その存在のことは、士郎は弦十郎や了子などからのまた聞き程度にしか把握していなかった。

 この世界に訪れた自分とまるで入れ替わるように、その所在をくらませてしまった完全聖遺物。今まで影も形も見せなかったそれは、ここにきて正体不明の何者かと共にその姿を露にした。

 それがどれほどの力を有しているかはわからないが、少なくとも楽観できる要素は一欠けらもない。ましてノイズを支配下に置いているらしいというなら猶更だ。

 だからこそ奏は己が受け持った分のノイズを掃討し救援に向かったのだが、そこへこの大群による歓迎だ。駆けつけるどころか下手をすればこちらが呑み込まれかねない。

 

「目的はなんだ?」

「さあな。知りたきゃ聞きに行くしかないだろうさ」

 

 苛立ちを隠す余裕もなく奏はぞんざいに返す。その言葉はもっともだろうが、そのためには目の前の有象無象を突破しなければいけない。

 だが闇雲に蹴散らそうとしたところで、敵は減るどころか滲み出るようにそれ以上の数が奥から現れてくる。外側がこの有様では、翼や響がどうなっているかなど予想もできない。

 奏の苛立ちは、そこからくる巨大な焦燥の裏返しでもあった。

 すると、士郎がおもむろに空いている手を掲げる。

 

「―――I am the bone of my sword.(我が骨子は捻じれ狂う)

「若大将?」

 

 唐突に魔力を迸らせ、捻じれた一振りの剣を生み出した士郎に奏は思わず目を丸くする。彼女のそんな反応に目もくれず、士郎は剣よりも先に視線でノイズを射抜き続けている。

 

「奏、一点突破だ。………真正面にデカいのをブチ当てて道を作り、塞がれる前に駆け抜けるぞ」

「―――ハ。いいね、乗ったよ」

 

 その提案を気に入ったのか、奏が浮かべる笑顔は獰猛なものだ。

 事実として、これほどのノイズの大群を短時間で全て倒しきるのは現実的ではない。だがこの場から方々へ拡散せずに留まっているところから見て、恐らくは何らかの指示か操作を受けているとみて間違いないだろう。

 その内容としては翼と響の包囲と自分たちのような彼女たちへの救援に対する迎撃といった所か。だがそれは同時にノイズが方々へ拡散し、被害を広げる心配がほぼないということでもある。

 ノイズはある程度の時間が経過すると自己崩壊を起こして消え去るという特性があり、そこから鑑みても放置する危険性は少ないと言える。

 だが、この包囲の内側へ行こうというなら話は別だろう。道を作っても、ほんの少しでも遅れれば殺到してきたノイズによって押し潰されるだろうことは明白だ。故に、すべては全力かつ全速で行わなければいけない。

 

 それらを察して、牙を剥くようなその笑みと共に彼女は槍を握る手に一層の力を込め、穂先に光を纏わせながら大上段に構える。士郎もまた、剣を弓に番えながら細く矢へと変成し、二人が声もなく息を合わせ力を解き放とうとした―――その時だった。

 

 豪、と包囲の向こう側から凄まじい光が圧と共に迸る。

 

「っ!?」

「な、これ!?」

 

 思わず構えを解き、吹き荒れる暴風から逃れるように身を捩らせる二人。まるで星が堕ちたかのような光の奔流は、夜桜のような妖しい煌きに染まっていた。

 また、包囲を形成していたノイズたちも光を受けて苦しんでいるかのように身悶えし、中には耐え切れず灰となって崩れ出す個体も見受けられる。

 

「一体、なにが―――」

 

 士郎は突然のことに事態を把握しきれない。だが一方で、奏はこれが何なのかを正確に把握できてしまっていた。

 彼女は目を見開いて、呆然と呟く。

 

「………………まさか、【絶唱】?」

 

 力なく呆然と呟かれたその単語に、士郎は思わず息を飲んだ。

 そう、【絶唱】とはたしか―――シンフォギアの力の全てを、使用者の身を顧みずに全て開放するものではなかったか。

 

「つば、さ―――翼ぁあああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 

 嵐の如き衝撃に身を叩かれながら、奏はこの先にいる己が片翼の名を悲痛に叫んでいた。

 だがその切なる言葉さえ、閃光の彼方へ届くことはない。

 

 

 

***

 

 

 

 時はほんの少し遡る。

 

 

 

 ―――蒼ノ一閃

 

 振り下ろした巨刃から放たれた蒼い弧月が、芝生ごと大地を裂きながら【ネフシュタンの鎧】を纏った少女へ奔る。

 相手は人、されど放つ覚悟も放った威力も先のノイズを斬り捨てた時と変わらぬ必殺必滅のそれだ。

 

「ちょせぇっ!」

 

 しかし、それは彼女を両断することはおろか表情を変えさせることすら叶わず手にした刃のような鎖……否、用途から見れば鞭といった方がいいのか、蛇身のごとくうねる連なった刃に弾かれる。

 ほぼ直角に軌道をずらされた斬撃は、森の中へ飛び込み炸裂した。だが、それよりも前に翼は少女との間合いを詰めていた。

 

「ふっ―――!」

 

 呼気も短く閃かされるのは、胴への横薙ぎ。振るう刃は未だに巨大なままだが、その疾さと鋭さは達人が振るう打ち刀のそれと遜色はない。

 だが、それを少女はピンと張った刃の鞭で軽く受け止めた。

 

「ハッハ、危ねぇなぁ」

 

 言葉に反して声には余裕どころか嘲りが込められている。翼は激昂しそうになる自分を抑えながら刃を押し込んでいった。

 やがて姿勢を変えて鍔迫り合いのような硬直になり、バイザー越しの視線を見据えながら抱いた疑問を真正面から投げつける。

 

「その鎧! 一体いかにして手に入れた!?」

「言うわけねぇだろ? 欲しいのか?」

「否、返してもらう!」

「そうかい、なら……」

 

 鼻息一つ、刃を弾き、舞い踊るかのように身を回す両者。振り返った少女は、口の端を大きく釣り上げて呵々大笑の如く言い放つ。

 

「脱がしてみろよ―――力尽くでなァ!!」

 

 声とともに風を巻く横薙ぎが振るわれる。風圧だけで踏み荒らされた芝生が更に捲られていくが、翼の姿はその軌道上にはない。

 先の回転の勢いのまま、蜻蛉を切って少女の背後に降り立ち、すかさず無防備な背へ刃を振るう。

 

「ハ―――!」

「ちっ!」

 

 しかし、届かない。少女が振るった一撃が持ち手を軸に少女の背へと回り、肩口に飛んできた穂先を逆の手で掴むことで背にたすき掛けをするような形で再び盾にしたのだ。

 そしてそれで終わらない。少女は穂先を持った手を放すと持ち手を力強く引き上げた。すると引っ張られた鞭が、その鋸のような刃の群れの移動に翼の刀を巻き込んでいく。

 

「な!?」

 

 意図せず、刃を引かれて体勢を崩してしまう翼。そこへ振り向きざまの少女の蹴りが、鳩尾に叩き込まれた。

 人体同士の衝突によるものとは思えない砲撃のような轟音とともに、細身の体がくの字に曲がりながら強制的に空中遊泳させられる。

 

「グゥッ!?」

 

 呻き声と共に肺の中の空気が無理矢理に押し出され、喉を焼く胃液を何とか口中に届く前に押し留める。その脳裏を支配していくのは戦慄だ。

 

(これ、が……完全聖遺物のポテンシャル―――!?)

 

 文字通り、一挙手一投足の速さが違いすぎる。まるで少女だけが早回しの世界で生きているかのようだ。

 ギリギリで両の足裏で地面を削り、無様に転がるのを耐えながら苦し気に少女を睨みつける翼。

 と、そんな彼女の思考を読んだのか、少女は「オイオイ……」と声に苦笑を混ぜる。

 

「ネフシュタンの力だなんて思わないでくれよな? アタシのテッペンはまだまだこんなもんじゃねぇ、ぞっ!!」

「ちぃっ!」

 

 瞬間、少女は高く跳び上がると両腕に掴んだ鞭を連続で振り下ろしていく。翼は息を整えるのもそこそこに飛びずさり、地のみならずそこに根を張りそそり立つ木々すらも足場として迫る暴威を回避する。

 だが少女の鞭は常識を無視し、増殖しているかのように伸びては翼を執拗に追い、その身を狙っては足場にしていた芝生も木々も分け隔てなく噛み砕いていく。

 まるで嵐そのものが牙と爪を持ち、噛み砕きにかかっているかのような破壊の渦。その巷を、翼は刃で以って切り開かんと挑みかかっていく。

 

「はぁあああああああああっ!!」

 

 星辰すら震わせる轟音を切り裂くように、防人の凛とした裂帛の声が響き渡る。

 

 

 

 その悪夢のような光景を、響はただ黙って見ていることしかできなかった。

 

「翼さん……」

 

 名を呟く声は活力が乏しく、消え入りそうなものだ。

 彼女が傍観に徹している理由は、彼女の実力不足からではない。単純に、身動きのできない状態に陥っているからだ。

 

 響の周囲には鳥のような二本足の異様に背の高いノイズが四体佇んでいた。

 赤いトーテムポールのような体の天辺に鎮座する球体状の頭部。そこから突き出たくちばし状の口吻から迸った白い粘液が、響の全身を拘束しているのだ。

 両腕は絡みついた粘液でノイズと繋がり、左右に延ばされる形で固定された姿はまさしく磔の態だ。これらのノイズはネフシュタンを纏った少女が取り出した盾のような銃のようなよく解からない道具で以って召喚され、操られたものだ。

 失われていたというネフシュタンの鎧に、ノイズを呼び出して自在に操る謎の道具……これらを駆使する少女の正体はなんなのか。その疑問も、しかし目の前の惨状を見せつけられている響が抱く暇はなかった。

 そんな彼女に、ある天啓が雷のように訪れる。

 

「そうだ……アームドギア!」

 

 今こそ、自身の力を目覚めさせる時だと彼女は奮起して自身の腕を見上げる。粘液に塗れ、固められたそれに力と意思を籠めながらギシギシと揺らす。

 

「出ろ! 出てこい、アームドギア……!!」

 

 この時の彼女は、真実その心の底から力を欲していた。この窮地を脱し、翼を助け、この戦いを止めるための力―――己の力が欲しいと。

 その願いと祈りは、しかし何も生まずに徒労に終わる。武装を作り出すはずの腕の装甲は、眠っているかのように沈黙したままだ。

 

 それもそのはず――なぜなら彼女はまだ理解していない。己が奉じた祈りも、胸に抱いた願いの在り方も、抱えてしまった歪みも、自身が貫くべき願いのカタチすらも。

 彼女が前へ征くために知るべきことを、今の彼女は何一つ知らずにいる。

 故にこれは必然。

 無形のまま漂うだけのものが無力であるのは、どんなものにも共通する真理であるがゆえに。

 

「―――、なんでだよぅ………」

 

 それが解からない少女は、何もできず言葉を涙に濡らすばかりだ。

 

 この場、この戦いにおいて立花 響の在り様はここに決まった。

 彼女は自身の無力を嘆きながら結末を見守ることしかできない―――。

 

 

 

「ハ、ざまぁねぇな。そもそもトロ甘ェにもほどがあンだよ」

 

 響の無様ともいえる姿を、少女は自ら手を下しておきながら鼻を鳴らして嗤う。

 言いながら脳裏に再生されるのは、自身が磔にする直前のやり取りだ。今にもぶつからんとした自分と翼の間に入って、何を言うかと思えば。

 

「『同じ人間なんだからやめましょう』ってか?―――戦場でなに言ってるんだってんだ。テメェもそう思うだろう……なぁ、センパイ?」

 

 どこまでも余裕に笑みを浮かべる少女に対し、すでに息を切らし始めている翼は、しかし不敵に口の端を持ち上げて見せる。

 

「そうね。貴女の言う通りなのかもしれない」

「へぇ、思ったよりか気が合うじゃねぇか」

 

 思わず肩を揺らす少女に、「だからこそ」と翼は改めて切っ先を突きつける。

 

「そんなあの子に、貴女のような人間の相手をさせるわけにはいかない」

 

 途端、少女の表情が一気に無のものへと変わる。バイザーの奥に辛うじて見える眼差しは、酷くつまらないものを見るものになっていた。

 

「前言撤回だ。やっぱりテメェもトロ甘ェっ………!!!」

 

 苛立ちの込められた横薙ぎ一閃。木々を触れる端から伐採し、森に大きな空白を作っていくその様は、俯瞰で見れば消しゴムで落書きを消しているようにも見えたかもしれない。

 殲滅の意志が込められたその一撃を、翼は己の名のごとく高く跳んで躱してみせる。飛翔と見まがうばかりの軽やかな跳躍に、しか少女が浮かべるのは会心と得たりと言わんばかりの歯を見せた笑みだ。

 

「ハッ、ガラ空きだぜェ!!」

 

 言いながら、一閃を放った逆の手は掴み掲げた鞭を高速で振り回していた。空気を甲高く切り裂きながら旋回する穂先はすでに視認することはできず、持ち主の意のままに投げ放たれる時を待っていた。

 一瞬の後に放たれるだろうそれは間違いなく逃げ場のない翼へと疾駆し、確実にその身を貫くだろう。それを為せるだろう威力も為しうるだろう技量も既にこれまでの攻防でこれ以上なく証明されていた。

 もはや一秒とも掛からずに訪れるだろう未来。すぐそこにある自身の死を翼は上昇と落下の狭間で睥睨しながら、

 

「―――それはこちらのセリフだ」

 

 断じて否と、すべてを覆さんとする刃の如き強い意志を眼差しに乗せて宣言する。

 

―――千ノ落涙

 

 直後、彼女の周囲に顕現するのは無数の刃。月明りに蒼く輝きながら、その全ての切っ先が必殺の意志を乗せて少女へと向けられる。

 星々よりも近く、眩い煌きに少女の表情が一変して歪む。

 

「っ! チィッ!!」

 

 舌打ちすら半ばで断つように降り注ぐ刃の時雨に、少女は攻撃のためであった鞭の旋回を盾に変えた。刹那も挟まず、降り注ぐ刃と旋回する刃がぶつかり合い砕き合う大合奏が荒れ果てつつある森林公園に響き渡る。

 少女が襲い掛かる刃雨の悉くを防ぎきっていたその時、その視界の端を白い影が疾風のように通り過ぎる。僅かに顔を傾ければ、自身の真横に静かに降り立ち巨大な刃を振りかぶらんとする翼の姿があった。

 目を見開く少女。それが解るほどの近距離で、翼は刃をしかと立てながら右足を踏み出す。

 翼が立っているのは、少女が防御のために鞭を旋回させている左腕側だ。

 いかに少女の反応が鋭く早くとも、この位置では彼女自身の体が邪魔で右の鞭を使うことはできない。そして今なお刃が降り注いでいるために、左の防御は解くことができない。

 つまりこの瞬間、この少女は間違いなく死に体を晒している。

 

「とった―――!!」

 

 振り下ろされた一刀はその言葉よりも迅かったか。

 降り立つ動きから身のこなしまでが疾風ならば、こちらは迅雷といった所だろう。

 少女の首元へ吸い込まれていく刃は間違いなく彼女の体を斜めに通り抜け、袈裟掛けに両断せしめる。

 

 その未来予想図は―――刃と刃が衝突する、耳障りな旋律によって否定された。

 

「……………………な、に?」

 

 思わず呻き、目を見開く翼。その視線の先にある刃は、少女の体……左の肩口に食い込む僅か一センチ余りほどの距離で静止している。

 それを為したのは少女の右拳。刃の鞭を巻きつけた赤い拳が自身の豊かな胸前を通って繰り出され、蒼味がかった白刃を受け止めていた。

 驚愕に絶句する翼を見据えて、少女が小さく溜息をつく。

 

「―――だからよ、トロ甘ェっつってんだろうが」

 

 呟いた直後、拳に押し出されるように刃が弾かれると同時に鋼の雨がやみ、少女は振り向きざまに腰裏から何かを引き抜く。

 Yの字型の刃のような鋭さを持ったプレートを重ねて作られたようなそれは、響を拘束したノイズを呼び出し操ったときのものだ。

 

 ―――これこそ【ソロモンの杖】。

 或る王の名を冠し、ノイズを召喚して72のコードで以って自在に操る、少女が持つもう一つの完全聖遺物である。

 

 杖というよりは銃器を扱うような仕草で、少女は薄い緑色の閃光を翼の背後へと放つ。

 刃を押し戻され、バランスを崩しかけた翼が踏みとどまると同時に、閃光によって現れたオレンジと赤色の二体の人型ノイズが彼女へと襲い掛かろうとしていた。オレンジの方はアイロンのような手を突き出し、赤色は鎌のような刃状の手を振りかぶる。

 迫る異形を一太刀で斬り捨てんと構えた刃が、彼女の意に反して止まる。ギシリと立てた音に横目で見れば、自身の身の丈ほどの刃に赤い鞭が巻き付いてその動きを封じていた。

 

「っ、フッ……!!」

 

 逡巡を刹那も挟まず、翼は刃に繋がった鞭の牽引力を逆に支えに、鞭を軸とした回転を伸ばした足で成し遂げる。そしてその回転に乗せるのは、展開した脚部のウィングブレードだ。

 

「せやぁッ!!」

 

 気魄一閃。円弧を描いた刃が二体のノイズを四つに裂いて塵に返す。だが、安堵の息をつく間もなく身を預けた鞭が当然のように彼女を振り回し始めた。

 

「ちょせぇっ!!」

 

 独特な気勢の声と共に叩きつけられるように放り投げられるも、翼はギリギリのところで姿勢を整え、再び足裏で轍を作りながらもなんとか着地する。その顔を上げるよりも前に、彼女を囲むように緑色の光が氾濫する。

 一瞬にして現れたノイズの数は十を超え二十にも届こう。手を伸ばすどころか身動ぎでさえ触れてしまいそうな距離から、それら全てが一気に殺到してくる。

 

「―――っ!!」

 

 押し潰すというよりも巨大な顎に飲み込まれ、咀嚼されていくかのような光景に、響は絶叫すら忘れて息を詰まらせた。

 そんな絶望的な光景が、

 

 

「―――はぁああああああああああああああああああああああっ!!」

 

 

 内側から迸った蒼い閃光により、一瞬にして散り払われる。

 爆散するかのように盛大に弾け飛んだ異形たちの中心、切り払われて生み出した塵芥すらも消え去る烈光を従えて、凛々しき防人はその巨大な刃で夜天を衝いていた。

 

「翼さ―――っ」

 

 思わず安堵に名を呼びかけた響が、しかし押し黙る。

 ノイズの塵の向こうから姿を現した白と青の装甲は傷だらけで薄汚れ、呼吸は乱れて肩が激しく上下していた。まさしく満身創痍、次の瞬間には膝から崩れてもおかしくないほどの消耗だ。

 だが、そこへ来るのは容赦のない言葉と追撃だ。

 

「ほぅら、ぼさっとすんなよ?」

 

 不意に自身を照らす輝きに、俯き気味だった顔を跳ね上げる。視線の先、少女が振り上げた鞭の先端には巨大な光球が生まれていた。

 

「な、ぁ」

 

 その威容に思わず絶句する翼。生み出された光球は黒い稲妻を内包しながら白濁した輝きを発している。少女はそれをまるでモーニングスターのように振るいながら、

 

「別段、避けてもいいんだぜ? ……どうなってもいいならなぁっ!!」

 

 言い捨てて、それを解き放った。

 

―――NIRVANA GEDON

 

 真っ直ぐと突き進む破壊の結晶。

 なるほど、翼なら消耗はあれど回避することは不可能ではない。ともすればこの大技を放った直後の硬直を隙と見て、斬り込むことも可能だろう。

 だがその軌道上……翼が回避した場合のその先には、磔になって動けない響がいる。

 

「く―――あぁあああああああああああああっ!!」

 

 故に、翼は迷いなくそれを真正面から受け止めた。

 張り裂ける様な絶叫も、次の瞬間には爆音にかき消される。生じた黒煙を置き去りに吹き飛ばされながら、キラキラと散っているのは盾とした刃の欠片か。

 むき出しの土壌を今度は体全体で削っていると、それを彼女の意志にも慣性にも逆らって止められた。ネフシュタンを纏った少女に、頭を踏みつけられるという形で。

 少女は踵下で喘ぐ翼を鼻で笑いながら肩を竦めて見せる。

 

「ったく、オマケのくせに手間取らせてんじゃねぇよ」

「おま、け……?」

 

 呻き声のような疑問の声に、少女は親指で後ろを指すことで答えた。

 そう、磔になっている立花 響を。

 

「アタシの目的はハナっからこの甘ちゃんを連れて来いってことなのさ。だからテメェなんざお呼びじゃねぇんだよ。

 ―――誰も彼もが構ってくれるだなんて、のぼせ上るなよ人気者っ!!」

「あ、ぐ、ああああああっ!!」

「翼さん!? やめ、やめてよぉおおおおおおおおおっ!!」

 

 ギリギリと踏みつける力が強められ、頭蓋を装甲ごと圧迫させられていく翼が喉から絶叫を絞り出されていく。それを少し離れたところから見せつけられるばかりの響もまた、嗜虐的な笑みを浮かべる少女に悲痛な声で訴えかける。

 と、少女はゆらりと響へ振り返る。

 

「あん? なら大人しくアタシについてくるか?

 ―――言っとくが、助けが来るなんて思ってるんじゃねぇーぞ? ここいらの周りにはちゃんと壁を用意しておいたからな」

「壁……?」

 

 響が目を凝らすと、周囲の森の中にいくつもの影が揺らめいているのが解かった。百鬼夜行の影絵のようなそれらはまごうことなくノイズのそれだ。

 もしそれらが大群として自分たちを囲んでいるのなら、奏や士郎がすぐに駆け付けるのは難しいだろう。……その結論を導き出してしまった響の心が暗澹としたものに染め上げられていく。

 それを表情の変化から察したクリスが呆れたように息を吐く。

 

「呆気ねぇなぁ、オイ。……なぁ、こんな足手まといコッチで引き取っちまった方がお互いのためなんじゃねぇのか?」

 

 言いながら顔を覗き込むように腰を曲げる少女。その動きは同時に翼を踏みつける足にさらに体重をかけるものであったが、しかし今度は翼の口から苦痛の叫びが上がることはない。

 少女が怪訝に思うよりも先に、「―――ク」と翼の口から洩れた小さな笑いが耳につく。

 

「あ?」

「―――貴様こそ、図に乗るなよ慮外者……っ!!」

 

 瞬間、翼の刀を持っていない左手が閃いた。咄嗟に体を仰け反らせた少女が眼にしたのは、ナイフとしても刃渡りの極端に短い小刀だ。

 一瞬前まで顔のあった位置を通過した小さな凶器に、少女がヒヤリと肝を冷やした瞬間、崩れたバランスと生じた隙を突いて翼が踵下の重圧から逃れ、身を回すように立ち上がる。

 その動きに合わせて振るわれる一閃が、月明りに眩い残光を生み出す。その刃は元の刀のそれへと戻り、更には所々が刃毀れひび割れているが、太刀筋の鋭さは一切衰えていない。

 刃の煌きと共に放つのは、同じく陰りない力強い決意の言葉だ。

 

「そんな言葉、防人としてもツヴァイウィングとしても……なにより、風鳴 翼という存在そのものが受け入れられるものか!!」

「チィッ」

 

 舌打ちを残し大きく跳んで回避した少女へ、翼は追い打ちとばかりに先ほどと同じ小刀を今度は三つ、指と指の間に挟んで取り出して一度に投げ放つ。

 矢のような勢いで迫る小刀を、しかし少女は危うげなく眼前で旋回させた鞭で弾き飛ばしていく。また、うち一本はすっぽ抜けでもしたのか全く見当違いに少女の横を素通りしていった。

 

「……」

 

 だが翼はそれを見届けると唐突に構えを解き、少女に背を向けた。その動きは一瞬前の苛烈さとは打って変わって落ち着き、そして緩やかなものだ。

 用を終えたかのような所作。それは少女の神経を逆なでするには十分で、

 

「テメ……っ!?」

 

 激昂して迫ろうとしたその瞬間、少女は自身に起きた異常に気付く。

 彼女はなぜか身を震わせるようなぎこちない動きで己の体を見下ろし、信じられないといった様子で呟いた。

 

「体が、動かない!?」

 

 ギシリ、とまるで体を雁字搦めに縛られ固められたかのようにぎこちなく身を揺する少女。腕も腰も首すらも満足に動かせず、足に至っては踏み出すどころかほんのわずかにも持ち上げることすら叶わない。

 一体何なのかと、頭の中を疑問符で埋め尽くしていく少女へ、背を向けたままの翼の声が届く。

 

「今日は月がきれいな夜でよかった」

「月? ……っ、まさか!?」

 

 動きの鈍い首をそれでも精一杯に動かし、瞳を限界まで眼窩の端に寄せてようやく背後を視界に納める。

 そこにあるのは、先ほど投擲された小刀……それも安全にこちらから逸れてかすりもしなかった一本だ。

 それはなにもない芝生に突き立っていた。―――否、正確には月明りによって生まれた少女の影を諸ともに貫くようにだ。

 

―――影縫い

 

 刃を相手の影に突き立て、体の動きを封ずる技……シンフォギアによる力ではなく、翼が慎次から学んだ忍術だ。

 その純粋かつ人知に外れた技術は、見事にネフシュタンの少女の動きを封じていた。

 しかし彼女はそれを誇るでもなく静かな足取りをそのままに言葉を続ける。

 

「だから、月が覗いている内に決着を付けましょう?」

 

 そして足を止めたのは、響の前。翼はそこで刃を二度閃かせる。

 

「わ……」

 

 唐突に拘束から解放され、響が膝をついて倒れ込む。翼の放った二閃が、響を取り囲んでいた四体のノイズを斬り捨てたのだ。

 

「う、うぅ……え?」

 

 呻きながらも立ち上がろうとした響の前に、ボロボロになった切っ先が翳される。鏡のような刃の中で、自身の顔が呆けた表情でパチクリと瞬きをしているのが滑稽だった。

 

「そのまま貴女は伏せてなさい。―――巻き込んでしまうから」

「翼さん?」

 

 俄かに不安を覚えた響が見上げた翼の顔は、息を飲んでしまいそうに美しくて―――同時に、これ以上なく胸騒ぎを掻き立てられた。

 そうして翼は眦を鋭く、少女へ振り向いて自身と同じく満身創痍の刃を真っ直ぐと向ける。

 

「貴女にもこの子にも見せてあげる……私の、防人としての生き様と覚悟を……!!」

 

 力強く、勇ましい宣誓。

 それを聞いた少女は、翼がこれからやろうとしていることが何なのか、明確に把握してしまった。心を満たす焦燥と戦慄が頬を引きつらせ、声を震わせる。

 

「まさか……お前、【絶唱】を!?」

 

 そんな少女に、翼は不敵に小さく笑い返し、刀を腰だめに構えた。

 そうしてその細い喉から紡がれていくのは、それと相反するようにどこまでも響く透き通った歌声だ。

 

「―――」

 

 ツヴァイウィングとしてのでも、防人としてのでもない、異国の旋律。どこの国の言葉とも知れないその歌が、響には胸の内を掻き毟られているかのように悲痛な響きを持っているように聞こえていた。

 と、その時だ。ビシリ、という小さな異音が耳に届く。

 それは二度、三度と断続的に聞こえ、更に間隔を短くしながら連続でかき鳴らされる。

 何なのかという響の疑問はすぐさま晴らされた。身を伏せさせた自分のすぐ近くに見える、翼の刃。すでに刃毀れ、欠けていたそれが更に罅割れていっているのだ。

 しかもそれだけではなく、罅の向こうから暗い桜色の光がにじみ出るように零れ始めていた。

 

 まるで、内側から溢れるそれが卵から孵ろうとしているかのように刃を砕いているかのように。

 光は、翼の歌声に呼応してどんどんと強くなっていた。

 

「ぐ、このっ……ふざけるな……!!」

 

 一方で、少女は必死の形相で縛鎖を引き千切らんと体を震わせていた。

 彼女は知っているのだ。【絶唱】が解き放たれたとき、そしてそれが己へと向けられたなら、どうなってしまうのかを。

 故に彼女は窮鼠のごとく抵抗し、果たしてそれは実を結びつつあった。

 両足は微動だにしないままだが、腕はぎこちなくも少女の意に応えて動き始めている。

 翼の技を破りつつあるその理由は、使い手である彼女の未熟さか、あるいはネフシュタンの鎧が持つ力か―――はたまた少女自身の底力か。

 不可視の束縛を軋ませながら腕を伸ばす先は、腰裏の【ソロモンの杖】だ。

 

「が、ぐ、ぅうううっ!!」

 

 思わず獣のようなうなりを上げてしまいながらも、その手は徐々に杖へと近付いていく。

 己の体でありながら、己の思うままに動かない事実に憤激しながら、それでも足掻いていく。

 やがて、

 

「う、あああああああああああああっ!!」

 

 杖を手に取ると同時に、拘束そのものを完全に振り払って少女は引き抜いたそれを銃の如く構える。

 

「―――……」

 

 同時に、翼の歌も締められた。

 歌い終え、薄く笑った彼女の口の端から赤い血が筋というより帯となって顎を伝っていく。

 

 瞬間、甲高い破砕音とともに刀身が砕け散って爆ぜ、代わりに夜桜を彷彿とさせる光で紡がれた長大な刃が顕現した。

 この地に降り立った時に展開していた巨刃と比してなお大きなその太刀は、実態を持たないにも限らず妖刀の如き妖しさをその煌きにたたえている。

 翼はそれを、大きさに見合わぬ涼しげな軽やかさで横薙ぎに振り払った。

 

―――幻朧ノ鳴剣・真打

 

 その一撃が放たれた瞬間―――響は、世界の全てが光の奔流に包まれたかのように感じた。

 

 

 

 ……………………………

 ………………………

 …………………

 ……………

 ………

 

 

 

「―――あれ?」

 

 ふと気が付いて、響は視界に広がる星空を数秒眺めてからようやく自分が仰向けに倒れていることに気付く。

 

「私、なんで?」

 

 戸惑いが思考を挟まず口から出る。

 寝覚めのためか、思考の空白が埋まらない。

 疑問のままに起き上がり、周りを見て―――絶句した。

 

「え? ……え!?」

 

 完全に荒れ果て、荒野もかくやというありさまを晒していたからだ。

 芝生は悉く剥ぎ取られ、土壌と混ぜ合わせられたようにグチャグチャになり、出来の悪いマーブル模様を描いていた。

 なにより離れて見える木々が切り倒され、同じ高さに揃えられてしまっている。

 その光景に、響の脳裏で意識が断絶する直前の出来事が蘇っていく。

 

「そうだ、翼さん―――」

 

 と、その時だ。

 背後でドンッ、という爆発音が響いた。

 跳び上がりそうに肩を震わせて振り返れば、もうもうと立ち込めた土煙を払い除けながら二人の人影が駆け込んでくるのが見えた。

 

「奏さん、衛宮さん」

「立花、翼は―――」

 

 己を見上げる響へと駆け寄る奏と、それに少し遅れてやってくる士郎。

 そして、彼らが目の当たりにしたのは。

 

「………………翼?」

 

 奏が呼びかけた先……少し離れて立っている彼女は、白と青の装甲をボロボロにしてこちらに背を向けていた。

 足から延びるウィングブレードは欠け、右足の刃に至っては根元近くから折れてなくなっている。

 

「だい、じょうぶだよ……奏」

 

 声が聞こえたのだろうか。途切れ途切れの声で返事を返しながら、翼がゆっくりと振り返る。

 

「―――っ!!」

 

 その姿に、息を飲んだのは誰だったか。

 いや、そうしなかった者がその場にいたのか。

 

「わたしは、防人……人類守護の、つるぎ、だから」

 

 呟く口と、瞳孔が収縮し焦点が定まらぬ両眼から滝のように血を流しながら、それでも彼女は微笑んでいた。

 己の為したこの結果に、微塵の後悔もないと言わんばかりに。

 

「このていどじゃ、おれやしな、い……」

 

 溢れる血は、なだらかな胸元に溜まって真っ赤に染め上げ、そこから足元に大きな血溜まりを作りつつあった。

 

「つば、さ」

 

 思わず手を伸ばす奏。それに応えるように翼も手を挙げかけて、しかし意図が切れた人形のようにその場で崩れ落ちる。

 

「―――、翼ぁあああああああああああああっ!!」

 

 絶叫と共に、奏が駆け寄ってその身を抱き起す。しかし翼は一切の反応も示さず、四肢は骨がないかのようにぐにゃりと投げ出されている。

 まるで糸の切れた人形のような有様だ。

 そんな相棒の姿に、奏は悲痛な声を涙に奮わせる。

 

「翼、翼! しっかりしろ、返事してくれよ!! つばさぁああああああああああああああああっ!!」

 

 その光景を、響は目を見開いて眺めていた。

 体はふるふると震え、歯の根が合わずにかちかちと彼女の意を無視して音を鳴らしている。

 

「つ、つばさ、さ……」

 

 その頭によぎるのは、疑問と、それに対する自責という回答。

 

 ―――どうしてこうなった?

 簡単な話だ、自分が何もできなかったからだ。

 

 ―――なぜ何もできなかった?

 簡単な話だ、自分が弱かったからだ。

 

 ―――そうだ、自分が何もできなくて、どうしようもないくらい弱かったから。

 自分を守るために、翼はあんなに傷ついてしまった。

 ああ、つまり。

 

 ―――立花 響がいなければ、こんなことにはならなかったのだ。

 

 そう、あの少女も言っていたではないか。

 今日のことは『立花 響を狙って起こしたのだ』と。

 つまり、自分がいなければ今日の惨劇は何一つ起こらずにすんだのかもしれない。

 

 おまえのせいで。

 おまえのせいで。

 おまえのせいで。

 おまえのせいで。おまえのせいで。おまえのせいで。おまえのせいで。おまえのせいで。おまえのせいで。おまえのせいで。おまえのせいで。おまえのせいで。おまえのせいで。おまえのせいで。おまえのせいで。おまえのせいで。おまえのせいで。おまえのせいで。おまえのせいで。おまえのせいで。おまえのせいで。おまえのせいで。おまえのせいで。おまえのせいで。おまえのせいで。おまえのせいで。おまえのせいで。おまえのせいで。おまえのせいで。おまえのせいで。おまえのせいで。おまえのせいで。おまえのせいで。おまえのせいで。おまえのせいで。おまえのせいで。おまえのせいで。おまえのせいで。おまえのせいで。おまえのせいで。おまえのせいで。おまえのせいで。おまえのせいで。おまえのせいで。おまえのせいで。おまえのせいで。おまえのせいで。おまえのせいで。おまえのせいで。おまえのせいで。おまえのせいで。おまえのせいで。おまえのせいで。

 

 ―――なのに。

 

 過去が、響に囁く。

 心の奥底から、澱のように沈んでいたものがぬるりと這い上がって全身を染め上げ、己の罪業から目を逸らすことを赦さない。

 己の心(トラウマ)が決定的な一言を突きつける。

 

 

 

 ―――どうしてまた、『おまえだけ』たすかっているんだ?

 

 

 

「あ、」

 

 

 ピシリ、と意識がひび割れるような錯覚を得る。

 

「ああ、あ」

 

 ゆるゆると持ち上げられた両手が、髪の中に突き込まれていく。

 呆けていた表情が、絶望と悲嘆に彩られていく。

 

「あ、あああ、あぁ」

 

 いつの間にか、シンフォギアは解除されていた。元の制服姿に戻りながら、しかしそんなことなど関係なく響は自身の髪を掻き毟る。

 先ほどよりもなお大きく見開かれた瞳からは、涙がとめどなく溢れ出していた。

 

「あぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――――――――――――――――!!!」

 

 ついには、蹲りながらその喉から張り裂ける様な悲鳴が迸る。

 響が作り出した、響自身をどこまでも苛む地獄が、彼女の精神をどこまでも追い詰めていった。

 

 

 

 誰もが傷つき、無傷なものなどいない荒野で、響の傍らに佇む士郎は耳に付けた通信端末を起動させる。

 

「―――弦十郎、事態は把握できているな? 一刻も早く救護を……ああ、頼む」

 

 静かに会話を終え、今も聞く者の心こそを引き裂くような叫びを上げ続ける響に、彼は手を伸ばしかけて、

 

「………」

 

 しかし、かける言葉が見つからなかったのか、口を噤んで手を降ろす。

 その瞳は痛まし気に歪みながら、しかし同時に何かの決意が込められつつあった。 

 

 

 

***

 

 

 

 その頃。

 ネフシュタンの鎧を纏った少女は、這う這うの体といった有様で闇夜を進んでいた。その足取りは不確かで、今にも膝をついてしまいそうである。

 

「ハァ……クソ、が……!」

 

 呻きながら悪態をつき、全身を引きずるようなその姿は率直に言って満身創痍だ。だがしかし、先の一撃を省みればこれでもまだマシな方だといえる。

 なぜならばあの一閃、まともに受けていればよくて体が上下に泣き別れ、下手をすれば消し飛んでいたかもわからない。

 そうはならなかったのは、偏に放たれた直前の行動が間に合ったからに他ならない。

 

 あの時、影縫いから解き放たれた少女は、引き抜いたソロモンの杖を我武者羅に起動させ、あの一瞬で呼び出せるだけノイズを召喚し続けたのだ。

 結果として呼び出されたノイズは、その悉くがろくに形も定まる間もなく消滅したが、その代わりに少女は九死に一生を得るに至った。

 

 命の恩人ともいえる杖は、ほぼ無傷で少女の手に握られている。

 対し、ネフシュタンの鎧の方は惨憺たる姿を晒していた。

 白銀の装甲は所々が砕け、或いはひび割れている。主武装である肩から下がった赤い鞭は、それぞれが引き千切れて無残な有様だ。

 もはや武装としてみれば再起不能であることは明白であるように見える。

 

「っ、が、づぅッ……!!」

 

 と、その時だ。少女が突然に顔をしかめ、己を掻き抱くように身を折った。同時に、なにかが軋むような音がし始める。

 巨大な氷がひび割れ砕けていくような音と、薄氷が踏みしめられるような音の二重奏。

 その音源は少女の体―――より正確に言えば、彼女が纏う鎧だ。

 苦し気に呻く少女の視界の先、ひび割れたバイザーの向こうで、赤い鞭に変化が起きる。途中で砕けて千切れたそれが、軋む音に合わせてゆっくりと、しかし確実に元の形を取り戻しつつあったのだ。

 それは鞭だけではない。鎧の砕け、ひび割れた随所の全てが、自ずから蘇り始めていた。

 

 これこそが完全聖遺物―――【ネフシュタンの鎧】の特性。

 一度起動させれば、例え僅かな欠片であろうとも元のカタチを取り戻して見せる強靭な再生能力。

 古において蛇とは不死の象徴であったが、これはまさしくその体現とも呼べるかもしれない。

 だが同時に、それこそがこの鎧の最も危うい部分でもあった。

 

「ぐぅっ……!!」

 

 ひときわ強く呻いた少女。彼女が脇腹に添えていた手をどけてみると、砕けた装甲の奥から彼女自身の白い柔肌が覗いている。

 と、その柔肌に網目のようなものができ始めていた。よく見るとそれは、ネフシュタンの鎧と繋がっている。

 そう、再生する鎧が少女自身の体を侵食しているのだ。

 薄氷の音を奏でながら、菌糸のように自分の体へ食い込んでいく感触。それは彼女へ否応なしに苦痛とそれ以上の怖気をもたらしていく。

 

 このままいけばどうなるのか。

 鎧にむさぼりつくされて自分という存在が消えるのか。

 さもなくば鎧と融合して人間ではない何かになり果てるのか。

 それを確かめる気など、毛頭ありはしなかった。

 

「はやく、もどらないと……」

 

 息も荒く、少女は足がもつれそうになるのを堪えながら歩みを急がせる。

 超常のものに蝕まれるその有様は、もはや生贄のそれに近い。

 そうまでして彼女が戦った理由、それは。

 

「―――ぶっ壊してやる」

 

 呟く声に込められたのは、憤怒と憎悪。

 苦痛をはねのけながら、少女は世界そのものを睨みつけるように鋭い眼差しで面を上げる。

 

「戦うために力なんて! 全部! アタシがぶっ壊してやるッ!!!」

 

 呪うような決意の言葉。

 しかしその力強さとは裏腹に、その背は親と逸れた子供のように小さく頼りなく淋しげなものだった。

 

 

 

***

 

 

 

 夜が明け、空が日によって青味を取り戻し始めたころ。

 リディアン音楽院の向かいに立つ病院……その一角で、手術着を纏った医師がある集団と対峙していた。

 黒服の男たちを従えて先頭に立つのは、弦十郎と士郎だ。

 夜も明けたばかりだからか、照明が落とされた院内は薄暗い。

 ほんのさっきまで翼の治療に当たっていた医師の言葉を、その場の全員が緊張の面持ちで待っている。

 

「幸い、命に別状はありません」

 

 瞬間、口々に安堵のため息が漏れて重なる。黒服たちの口元には小さく笑みが浮かんでいた。

 医師がさらに続ける。

 

「出血こそ派手でしたが、負傷そのものはそれほどではなく、快復すれば後遺症も残らないでしょう。

 ………しかし、消耗が激しく、その快復力そのものが低下している状態です。

 意識が戻るまでは絶対安静、それ以後もしばらくは経過観察を兼ねて養生させた方がいいでしょう」

「解りました。―――ありがとうございます先生、翼のことをよろしくお願いします」

 

 弦十郎が士郎と黒服たちと揃って医師に深々と頭を下げる。

 想像よりも翼の容態が悪くなかった事実に安心するが、それを面に出すことなく眉を立てた表情で振り返る。

 

「俺たちは鎧の行方を追跡する。どんな小さな手掛かりも見逃すな!」

 

 静かに檄を飛ばすと、その場を後にする弦十郎と黒服たち。そんな彼らを無言で見送ってから、士郎は脇の休憩用スペースへ足を踏み入れる。

 そこにいるのは無言でソファに据わり俯く響と奏、そして彼女たちについていた慎次の三人だ。

 慎次が買い与えたものだろうか、二人の手には紙コップに注がれた飲料が緩く湯気を立ち昇らせている。しかし、それを口に運ぶ様子はない。

 

「聞こえていた通りだ。不幸中の幸いと言うべきか、翼のほうはもう心配はいらない。

 あとはお医者さんに任せておこう」

 

 と、奏が深く息を吐きながら肩の力を抜くように天井を仰ぐ。その様子には、やはり若干の安堵が垣間見れた。

 

「―――まあ、翼も訓練とか張り切ってたからな。元々の素質もあるし、絶唱つかってこれならまだマシかもな」

 

 そんなセリフを吐く奏も、今なお翼の身を案じて胸を痛めている。それでも殊更に明るい調子を見せるのは、ここに至るまで何一つ言葉を発せず消沈し続けていた響のことを思ってのことだ。

 

「ったく……目ぇ覚ましたら、一緒に文句を言わなきゃな。『心配かけさせるんじゃねぇ』って」

 

 冗談めかした物言いも同じこと。そうして響の肩をポンと手を置きながら、彼女に一人で抱え込む必要はないと言外に諭すようにその心身を労わる。

 ―――だが、それこそが響の心を最も軋ませる行為だったのだと、奏に気付く余地はなかった。

 

「………して」

「え?」

 

「―――――――――どうして!! 私を責めないんですかッッ!!!」

 

 奏が戸惑うも刹那、響が置かれた手を強く弾くかのように立ち上がる。その拍子に、互いの持っていた紙コップが床に転がり、中身が混ざり合いながら床に広がっていく。

 これまで溜め込んでいたものが堰を切ったのかと紛うばかりの激情。

 言葉といわず、表情といわず、体全体から溢れ出しているかのようなそれは、その実、どこまでも響が響自身に向けているものだ。

 

「私のせいなのに、私が弱かったせいなのに、私が弱くて足手まといだったせいなのに……私が、私のせいで翼さんがあんなことになったっていうのに!!」

「立花、それは」

 

 違う、と言おうとしたのは咄嗟の反応から。しかしその言葉は言い切る前に響に遮られる。

 その口から出てくる声音は、泥濘の中を這うように低く重い。

 

「違うっていうなら、他になにがあるんですか? 襲ってきたあの子? でもあの子も言ってました。狙いは私だって。

 ―――ならやっぱり、私が原因じゃないですか」

「あ、う……」

 

 響の視線……涙に濡れた奥の、絶望によって生まれた奈落のような底なしの瞳に、奏は喉どころか呼吸すらも止めさせられた。

 そんな二人のやり取りを、慎次は痛ましく、士郎は怜悧に細めた眼差しでそれぞれ見つめている。

 

「そうですよ……シンフォギアを使えるだけで調子に乗ってた私がいたから」

「……立花」

 

 入れ替わるように押し黙ってしまった奏を尻目に、響の独白は止まらない。

 己で己に呪詛を投げかける響に、士郎が静かに声をかける。

 

「私なんかを守るために、翼さんはあんなにボロボロになるまで戦って」

「立花」

 

 しかし、やはり止まらない。いや、そもそも聞こえていないのか。

 今の彼女には、こちらへ意識を割く余裕そのものがないのかもしれない。

 

「アームドギアも出せないくせに、戦場にのこのこ出てきて捕まって」

「立花」

「あの女の子が出てくる前だって、自分のイライラをぶつけるだけで、その内自分でも訳が分からないまま頭の中が真っ赤になって暴れて」

「立花」

「そもそもこの一か月自体、私は足を引っ張ってばかりでろくに役にも立たない」

「立花」

「いっそ翼さんが私を見捨ててくれてたら」

「………立花」

「そうだ……翼さんじゃなくて私が……私が代わりに【絶唱】を使ってボロボロになってればよかったのに!!」

「立花っ!!」

 

 語気も強く、肩を掴んで無理矢理こちらに振り向かせた。覗き込んだ瞳が、数拍遅れてこちらに焦点を合わせてくる。

 そうして意識がようやく自分へ向いたことを確認して、士郎は掴んでいた手を放した。

 

「それ以上は、倒れた翼に対する侮辱だ。解かるな?」

「………………はい」

 

 頷いて、再び俯いていく響。その彼女の背を、士郎は促すように軽く押した。

 

「もう帰って休め。今日は学校も休んだ方がいい。なんなら、連絡はこちらからしておくが……」

「大丈夫です……自分で出来ます」

 

 士郎に答えながら、重くふらついた足取りでその場を後にしていく響。その去り際に小さく呟かれた言葉を、士郎はしっかりと拾っていた。

 

「このままじゃだめだ……変わらないと……変わらなくちゃ……」

 

 うわ言のようにブツブツと口を動かしながら去っていく響を見送って、奏は苦悩のままに両手で頭を抱える。

 相棒が倒れ、後輩が消沈して塞ぎこんでいながら、自分は何一つできることがないのだ。先の響ではないが、己の不甲斐なさに情けなくなるし、代われるものなら代わってやりたいとも強く思う。

 そんな奏の懊悩を、

 

「―――潮時、か」

 

 ぽつりと漏らされた、士郎のそんな一言が遮った。

 「え?」という疑問に顔を上げると同時、慎次が瞠目して立ち上がる。

 振り返った士郎の表情は、硬く鋭く、そして冷たいものになっていた。例えるなら、彼がいつも振るう刃のように。

 

「士郎、それは……!!」

「悪いが慎次、お前と弦十郎には世話をかけることになる。この状況で仕事を増やすことになるのは心苦しいが―――」

「………いや、それは構わないよ」

 

 澱みなく、確定事項のように言葉を紡ぐ士郎に、慎次はあきらめたかのように了承を返す。しかし、それでもこれだけは問いただしておかなければいけなかった。

 

「けど、今この時にかい?」

「今、この時だからこそだ」

 

 返ってきたのは、即答の断定だ。士郎は一切の揺ぎ無く、厳然と言い放つ。

 そこに込められているのは、確信と決意だ。

 

「このまま流されるままに戦えば、それこそ彼女は後戻りできなくなる。

 ―――俺のようなものに、なり果ててしまう」

 

 言葉の締めくくりに歯を鳴らして浮かべた表情は、苦いというよりも忌まわしいと感じているように見える。

 一体そこになにを想っているのか、慎次には測り知ることができない。

 一方で、そんな二人のやり取りに置いていかれた奏は湧き上がる不安のまま立ち上がり、その意図を問わんと士郎の手を取る。

 

「な、なあ? 二人とも、何を話してるんだよ……いったい、どうするつもりなんだよ!?」

 

 掻き毟りたくなるような胸騒ぎに、語気が荒くなる。そんな彼女を、士郎はやはり静かに見つめる。

 沈黙は数秒。その果てに求めた答えを返され、

 

「■■■■■■■■」

 

 奏は、驚愕に息を飲みながら目を見開いた。

 

 

 

***

 

 

 

「………………っ!!!」

 

 小日向 未来は全力で駆けていた。陸上部出身のバネは、制服姿で校内を走るのにも如何なく発揮されている。

 教師に見つかれば大目玉を喰らうだろうが、幸いにも遭遇することはなかった。もっとも、今の彼女が注意を受けて止まるとは思えないが。

 

 その顔が孕んでいるのは強い怒気だ。

 どちらかといえばやや童顔寄りで可愛らしい顔立ちに、鬼相もかくやと言わんばかりの険しさが刻まれている。

 駆け抜けて到達したその先は、校舎の裏手……食堂の調理場の裏口だ。良いタイミングと言うべきか、目的の相手が丁度そこに立っていた。

 衛宮 士郎だ。

 

「―――衛宮、さん」

 

 息を整えるのもそこそこに、その名を呼ぶ。すると士郎は間をほとんど置かずに彼女へと振り向いた。

 まるで名を呼ばれる前から彼女の存在に気付いていたかのように、ごく自然に。

 だからだろうか。真っ先に目に入っただろう静かに煮えたぎるように滲む憤怒が込められた視線に対し、士郎は僅かに目を鋭く細めるのみだった。

 一方の未来も、目の前にいる青年の雰囲気がこれまで見たことがないものになっていることに気付いていた。

 

 記憶の中にある士郎は、常に朗らかで好青年という言葉を体現したかのような優し気な人物だ。しかし今の彼はそれとはまるで違い、ぞっとするような鋭さと冷たさをたたえている。

 そういえば父の世代だと、『切れたナイフのような』などという例えを人に用いることがあったというが、恐らくこれはそれともかけ離れているだろう。

 ただ立ってこちらを見ているだけなのに、まるで圧力を放っているかのような錯覚を覚える。そう、まさに『剥き身の刀を向けられているかのような』、そんな威圧感だ。

 

 だが未来には、そんなこと一切知ったことではなかった。

 彼女はほんの一瞬さえも気圧されることなく、士郎へと詰め寄っていく。

 

「……昨日、響が夜が明けてから朝早くに帰ってきました」

 

 近づきながら紡がれる未来の言葉に、士郎は無言のまま佇んでいる。

 未来は更に足を進める。

 

「ずっと塞ぎこんで、学校も休んで……」

 

 お前のせいなのかと、貫くように問う未来の瞳を真正面から受け止めて、士郎はやはり揺るがない。

 距離はさらに縮まる。

 

「それで今日、学校にはきたけれどやっぱりずっと無言で……私や他のみんなが話しかけても『なんでもない』って」

 

 無言で不動の士郎に、未来は更に苛立ったように荒々しく歩を速める。

 そして、眼前に辿り着いた。

 

「ただ単に、強がってたり悩みを抱えているだけならまだいいんです。けれど、アレは違いました。

 ―――今の響は、私たちを拒絶している」

 

 未来には、今の響に近い状態に心当たりがあった。

 

 二年前の惨劇。

 彼女が生き残り、命以外の大切なものがどんどんなくなって、なにもかもに拒絶されていた時。

 同じというには違うところが多すぎて、例えとして出すには本当なら不適切なのかもしれない。

 だが、一番肝心な……一番ひどいところがどうしようもなく重なった。

 

 今の響は、これ以上なく傷ついてボロボロなのに、それでも立って進もうとしている。

 たとえそれ自体がどんなに自分を苛むとしても。

 

 かつては必要なことでもあった。

 だから自分も見守り、支えた。

 だが、今は?

 

「―――なにがあったんですか?」

 

 士郎を見上げ、改めて問う。

 士郎は見つめるだけで、答えない。

 苛立ちが増すばかりの未来は、ここで核心に迫る一言を呟いた。

 

「一か月前、妙な格好のあなたと響がどこかへ跳んでいくのを見ました」

 

 と、ここで初めて士郎に変化が出る。僅かに目を見開いた程度のものであるが、そこに含まれた驚愕に、未来はここに来て確信を得る。

 だが、それでも士郎は何も言わない。

 ………彼女の限界は、そこまでだった。

 

 

 

「響に―――あの子になにがあったの!? なにをしたの!? 答えて!! 答えなさい!!」

 

 

 

 コックコートの胸元を掴んで引き寄せる……ことは叶わず、逆に自分がつま先立ちをする形になる。それでも、力強く引かれた勢いでボタンが二つ三つ千切れて足元に転がる。

 鋼のような静寂の無表情と、烈火の如き剣幕。

 静かな、だが鍔迫り合いのような苛烈さで睨みあう二人だったが、熾烈な静寂はややあって破られる。

 それは、士郎からだった。彼は短く息を吐き、纏う雰囲気そのままの冷たい声音で呟く。

 

「そうか……ならば、知っておくべきかもな」

 

 言って、胸元を握る未来の手に自分の手を添える。彼が力を入れるより先に、未来の方から手を離した。

 それでもなお己を睨む少女に、士郎は……魔術使いは、言葉を放つ。

 

「本来なら、俺が説明するのはお門違いかもしれないが……まあ、これからすることを考えれば、協力してもらった方がいいのかもしれないな。

 ……いや、正確には後始末を押し付けると言った方がいいのだろうが」

「………………これ以上、あの子をどうするつもりなんですか?」

 

 場合によっては決して許しはしないと、少女はさらに強く鋭く睨みつける。

 そこにはもう先日までの親しみは微塵もなく、憎悪にも似た敵意が込められている。

 士郎はそんな―――慣れきってもはや何一つ感慨の浮かばない眼差しを甘んじて受け止め、彼女の疑問の答えを言い放つ。

 

 それは奏にも伝えた決定事項。

 それを聞いて、未来もまた図らずも奏と同じように目を見開いて絶句することとなる。

 

 それは。

 今宵、士郎が響に為すこととは。

 

 

 

「―――立花 響の心を折る」

 

 

 

 






 というわけでお待たせしました。
 本当はせめて二月に出すつもりだったんですが……ここまでずれ込んで申し訳ありません。
 ついでに、次回も盛大に間が空きそうな予感がビンビンします。
 響と士郎の根っこの重なる部分に触れまくるからね、セリフ回しとか話の持っていき方とか今から悩みそうな気配がもりもりです。
 頑張って書くので、のんびりお待ちください。



 それでは、今回のおさらい。

〇奏&士郎、足止め
 奏が一緒じゃなかったのはそんな理由で。
 奏も士郎もいるので、ノイズの方も盛大に呼びまくってたのではないかと思われます。

〇翼VS悪クリス
 なんか想定以上にクリスが大暴れしてしまいました。
 というか、クリスの言い回しがチンピラっぽいというか、原作以上に悪役っぽく……

 ちなみに翼が絶唱時に使ってた技はソシャゲからの輸入。
 ちなみに自分が唯一持ってる絶唱カードというか、なぜかこればかり集まってたり。
 なお、絶唱時の歌は某団体のことを考えて歌詞を省略。
 アクシアの風で思いっきり歌詞になってますからね。
 ……ただ、それでふと気づいたんですが、シンフォギア纏うときの聖詠もアクシアの風の歌詞になってるんですよね(滝汗
 一応セリフ扱いってことでセーフになんないかなーとは思うんですが、どうなんでしょうか。
 アウト判定になったときのことも一応考えているんですが、できれば今のままの方が雰囲気解りやすいんで悩ましいところだったりします。

〇翼ダウン、響あかんこれ状態
 翼の容態は敢えて原作よりも軽く。
 この辺りはちゃんとアームドギアを通して技として放った違いだと思っていただければ。
 ちなみに元のカード自体はGの時期の設定なので、むしろその頃相当の技を無理やり使ったからここまでボロボロになったのだということで。

 そして響(の精神が)ハード。
 原作とちがってあんまり気を張ってたりギスギスしてたりしないのにこんなことになってしまったので、余計に精神的にキてたりします。
 慎次としても、アドバイスしにくいんじゃなかろうかと。

〇怒れる未来さん、士郎に吶喊
 ラスボス系ヒロインさんエントリー。
 こちらも原作とはちがい、
・響が隠し事をしているのを最初から明確に知っている。
・そこに士郎が関わっていることも把握している。
 などの理由で、怒りの矛先を完全に士郎へ向けています。
 彼女からすれば、大切な幼馴染が一晩であんなに憔悴してたら、そりゃ関わってるだろう野郎を疑うよねっていう。



 さて、前々から書いておこうと思って忘れていたことをここに。
 作中の士郎ですが、見た目は大体アーチャーみたいな感じです。
 ただ、髪の毛は逆立ってません。
 わかりやすく言うとFGOでの二段階目の頭です。
 で、口調なんかは意識して士郎寄りに描写してます。……というか、意識しないと完全にアーチャーの口調になってしまったり。
 で、戦闘時の格好の時はFate本編の如く鋭い表情ですが、コックコート姿の時など日常の中では一目でお人好しだってわかるレベルで柔らかくなってます。
 ぶっちゃけアーチャーっぽい顔の士郎って感じで。(まんまじゃねぇーか)



 さて、今回はこの辺で。
 次回はお話としてはシンフォギア本編に該当するところのないオリジナルになります。
 それで響&未来関連はほぼ解決する予定。
 ……ぶっちゃけ、賛否両論な感じになりそうで今から不安だったり……
 まあ、それでもだいぶ前から書く予定の場面で、ルナアタック事変に於ける前半部の山場と言っていた部分なので、頑張って書き上げようと思います。

 では、また。
 できるだけ早く上げたいけどもっと時間かかりそうな予感を抱きつつ(汗)


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