戦姫絶唱シンフォギア赫鋼―アカガネ―   作:樹影

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7:その拳は何がために/その歌は誰がために

 

 桜の木にも葉が生い茂る時節になったとはいえ、夜半になればやはりまだ肌寒さを感じずにはいられない。……響は、文字通り肌身でそれを実感していた。

 

「……ここに、衛宮さんが?」

 

 言いながら見上げるのは、小高い山に刻み込むように作られた階段だ。石造りのそれには、厚い層のように落ち葉やゴミクズが積もっている。

 明らかに人の手が入らなくなって長いだろうそこは照明も届かず、映える様な月が僅かに円みを欠けさせたその姿で辛うじて照らしていた。

 だが、響の眼にはその静かな煌きこそが、そこを妖しく際立たせている様に見えてしまう。

 入り口に張り巡らされた立ち入り禁止の金網が、それを余計に助長させていた。まるでそれを境として、人とそうではないモノの世界を隔てているかのような、そんな錯覚を得る。

 

 訝し気な響きの言葉に、慎次は送迎の車から降りつつ「そうです」と答えた。

 

「ここは大分昔に権利が放棄された神社です。再開発しようにも小さな山の上で立地もたいして良くないから買い手がつかないまま、解体すら満足にされず放置されたままになっています」

「なんで、こんなところに?」

 

 自分が呼ばれたのか? 士郎がいるのか?

 そんな二種類の疑問を言葉の裏に暗に浮かべて見せる。

 

 そう、響が夜分遅くにこんな場所へと足を運ぶことになったのは、士郎に呼ばれたためだ。

 しかも何故だかすでに外出許可と外泊届が出されていて、しかも受理もとうに済んでいたという。

 そうして迎えに来た慎次の車で運ばれた先がこの場所だ。

 果たしてこの場所になにがあるというのか、或いはこの場所で何をやるというのか。響には皆目見当がつかなかった。

 

 呼ばれた心当たりといえば、やはり真っ先に思いつくのは翼が倒れた過日の戦いだ。

 だが仮にその叱責の類であるにしても、このような場所を選択する意図が全く見えなかった。

 

「それは士郎に直接あって確かめてください」

「………わかりました」

 

 慎次から返ってきた言葉はどこか素っ気なく、響は戸惑いながらも頷いて入り口の金網に手を掛けた。

 金網は軽く引くとやや耳障りに音を軋ませながらも、存外に軽い感触で開いていく。見ればすぐ傍には武骨で大ぶりな錠前の付いた鎖が纏められており、どうやらいつもはこれで完全に封鎖していたようだった。

 響がそのまま金網の向こうへと歩を進めようとしたとき。

 

「―――響さん!」

 

 後ろから、唐突に名を呼ばれた。声の主は当然ながら慎次だ。

 響が何事だろうと振り向く。その可憐な顔立ちに浮かんでいるのは、しかしそれまでの彼女には似つかわしくない陰鬱な無表情だ。

 そんな彼女に慎次は何か言おうとして、しかし口を噤み、言葉を選んでいるかのような逡巡をいくばくか見せる。

 やがて彼は意を決したかのように、一度小さく頷いて見せて、

 

「頑張ってください」

 

 真っ直ぐと、真摯な眼差しを向けながらそれだけを贈った。

 響は目を何度か瞬かせた後、「ありがとう、ございます」と会釈を一度、それで今度こそ金網の向こう側へと消えていった。

 錆びかけた金属の擦れ合う音を聞きながら、慎次は通信を開いた。その顔には先ほどとはまた変わって苦渋が浮かんでいる。

 

「これで本当にいいんでしょうか?」

『さぁな。俺にもわからん』

 

 通信の先にいるのは、司令部に詰めている弦十郎だ。おそらく、傍には朔也やあおい等もいることだろう。

 慎次は耳元から流れる野太く力強く、しかし今は忸怩たるものを滲ませた声音へと耳を傾けている。

 

『俺たちにできるのは信じることだけだ』

「それは士郎を? それとも響さんを?」

 

 慎次の問い返しに、僅かな間が空く。もしかしたら、返すべき言葉に窮したのかもしれない。

 しかしそれでも、弦十郎は迷いを含みつつも力強くこう答えた。

 

『―――二人ともを、だ』

 

 慎次は通信機を耳に当てたまま、すぅっ、とその山を見上げる。

 夜闇に木々が黒々と沈んだその山の頂上に、浅く削られた月が掛かっていた。

 まるでこれから起こることを覗き込もうとする、悪趣味な神の巨大な瞳のようだと、錯覚してしまいそうだった。

 

 

 

***

 

 

 

「っ、とと」

 

 足を滑らせかけて若干よろめくが、すぐに立て直して登り始める。

 どうやら強く湿気を含んだ落ち葉を踏みしめてしまったようだ。腐葉土のようになったそれは、靴底越しに感じたグニュリとした気持ちの悪い感触を残している。

 それでもまだ登りやすくなっている方だろう。なぜなら積もっていただろう落ち葉が端に追いやられ、段の中央に関していえばほぼむき出しの状態になっているからだ。

 それをやったのはおそらく、先に登った人物。

 

「衛宮さん……」

 

 この辺りは、世話焼きな彼らしいといえる。

 また月の明かりが強いのもありがたかった。

 手摺りもあるにはあるが、全体的に錆が浮いていてひどく脆そうだ。よく見れば所々でむしり取られたように途切れており、下手に身を預ける方が危なそうである。

 とにかく、おかげで何とか石段を登るのに対した苦は掛からずに済んでいた。

 

 ……それでも響が足を滑らせかけてしまったのは、あることに意識を割いていて気がそぞろになってしまっていたからだ。

 それはこの先にいるだろう士郎の事と、もう一つ。

 

(未来……今頃どうしてるかな?)

 

 約束を破ってしまってから、碌に話せていない親友のことだ。

 

 学校が終わり、寮の部屋に戻ったときには彼女の姿は部屋になかった。どうしたのだろうと思っていたら、メールに今日は外泊するという旨が届いていたのだ。

 急な話だったらしく、直接告げられなかったことへの謝罪が綴られていたが、むしろ今の彼女にとってはありがたいとも言えた。

 士郎から連絡が来たのはその直後だ。

 そこから慎次が迎えに来て、ここに連れてこられてこうして現在に至るというわけなのだが、一人で黙々と単調に階段を上り続けるというのは、どうしようもなく頭の中でグルグルと考えてしまうものだ。

 

(私は……)

 

 これからどうすればいいのだろう―――その自問も、これで何度目か。

 今のままではいけない、変わらなければならない、そう思っている。しかし、だからといってどうすればいいのかというのが全く見えなかった。

 自分に足りないものなど、数えきれないぐらいありそうなのに、具体的になにが足りないのかと問われれば言葉に詰まってしまう。

 このまま、またあんな戦いが起きてしまうのなら………今度は、関係のない人たちまで巻き込んでしまうのではないか。

 

(未来……みんな……)

 

 それで真っ先に思い浮かぶのは親友で、連鎖するように家族や友人のことが頭によぎる。

 もし自分がこれからも戦うなら、そのために彼女たちを巻き込んでしまうというのなら。

 

(―――みんなから、離れたほうがいいのかな?)

 

 それを想像するだけで、軋むように胸が切なくなってしまうのも、自分の弱さなのか。

 そんな自嘲とも自責ともいえない事を考えている内に、足が頂上へとたどり着く。

 

 古ぼけた石の鳥居を潜った先で、真っ先に目に入るのは月明りに照らされた本殿だ。

 満月に近い光の中でも、薄く闇に沈んでいるそれは屋根といわず戸といわず朽ちかけ崩れかけ、死に体といっていい有様を晒している。

 神聖であったものの成れの果ては、まるで腐敗した死骸のよう。

 そこへと続く石畳も、苔むしひび割れているどころかまるで荒れ地のように不揃いに地に敷かれている。しまいには歯抜けのように剥ぎ取られているところもちらほらと目立っていた。

 

 死に絶えた聖域。

 祀られていただろう神など、当に去ってしまったか諸共に朽ち果ててしまったのだ―――そう言われても納得してしまいそうな、打ち捨てられた場所。

 そこに、衛宮 士郎はいた。

 

「衛宮、さん?」

 

 問う先。

 廃墟となった本殿の前に佇む彼の姿は、思いのほか鮮明だ。満月に近い月の光もあるだろうが、高低差と立地からそれを遮る街の明かりが届きづらいのも大きな理由だろう。

 静かに照らされる男は両の眼を閉じ、腕を組んで佇んでいた。その顔は巌のように険しく、姿は常とは違い赤い外套を外している。

 普段なら半ば隠れている黒い装束……それが露わになっている姿は、場所と相まって闇の中に融けこんでいるように見えた。

 と、士郎の瞳がすぅっと開かれる。表情をより険しく鋭いものにする鷹の眼に、響は射抜かれたような気になって思わず身を竦ませる。

 しかし彼女は恐る恐る身の強張りを解しながら、彼へと尋ねた。

 

「あの、衛宮さん。いったいどうしたんですか? こんなところで、何をするんですか?」

「―――立花 響」

 

 胸に沸く不安を隠し切れず、表情に曝け出しながら問う響。そんな彼女に返す士郎の言葉も声音も、どこまでも冷たく鋭い。

 それこそ、まさに鋼の剣のように。

 彼我の距離はそれなりに離れていて、声を張っているわけでもないのに耳に届くのは光と同じで遮るものが少ないからか。

 そして続く言葉もまた、刃のように容赦なく放たれる。

 

「今から、君の戦う力か意思……或いは、その両方を撃ち砕く」

 

 その瞬間、響の思考は完全に停止した。

 

「………………………………………………………………………………………………………、は?」

 

 長い沈黙は、呼吸そのものの停滞か。

 問い返す声も、むしろつかの間にせき止められていた呼気を吐き出す目的の方が強い。

 そんな彼女に、士郎は気を割く様子はまったくない。寧ろ拒絶するかのように更に言葉で斬りつけに掛かる。

 

「殺すつもりはないが、四肢のいずれかは使い物にならない程度に壊させてもらう。

 憎んでくれて構わない。罵詈雑言も、終わったあとで全て受け入れよう。

 ―――報いもいずれ、如何様にもこの身に刻む」

 

 有言実行ということか、もしくは問答無用というべきか。不動であった彼の体が動き出す。

 間合いはまだ遠く、踏み出す一歩は存外に鈍い。だが、その足音の力強さはまるで巨人の進撃のように響の耳朶に届いていく。

 

「……っっ」

 

 冗談ですよね? ……そんな問いかけすら、口から出てこない。

 士郎の眼差しが、言葉が、一挙手一投足が、纏う空気が、その全てがほんの一欠けらの偽りもないということを響の精神に叩きつけている。

 響は背筋といわず額といわず、全身に冷たい汗を吹き出しながら、そのくせ痛いほど干上がった喉を虚しく上下させる。

 いつの間にか、胸を握りしめるように掻き抱いていた。その奥にあるガングニールに、命綱を握りしめるような気持ちで縋り付くように。

 さらに一歩、士郎が踏み込んでくる。

 

「せめてもの礼儀だ。―――剣は使わん。拳で終わらせてやる」

 

 言うなり、彼の体に電子回路じみた軌跡の光がラインと奔る。

 直後の一歩がどういう動きなのかは見えなかった。

 ただ砂地を蹴り上げるように、彼が踏みしめていたはずの石畳がその周囲ごと砕けながら舞い上がり、そして彼自身が砲弾のように肉薄してきたからだ。

 

「っっっっっ!!?!!!? ―――Balwisyall Nescell gungnir tron!!!」

 

 咄嗟に出てきた聖詠が、自分の意志だったのかもわからない。生存本能にも似たなにかが、響の体を勝手に動かしていたのかもしれない。

 そしてそれはまさに最善だった。

 瞬時に装甲を纏った響の体が、文字通り横殴りに吹き飛ばされる。石畳を越え砂利の消え失せた地面に触れないまま手入れのされていない樹の幹に叩きつけられた。

 

「ガ、ア……!!?」

 

 受け身もままならず、背を強打させられる。少女の体を受け止めた樹は、その表面を浅く拉げさせていた。

 そのまま根元に落ち、膝をついて水中から陸に打ち上げられたかの如く咳き込む。そんな痛ましい姿の響を、加害者は無機質な瞳で見据えて呟いた。

 

「抗うか。―――それならばそれでいい」

 

 そうして、士郎は未だ立ち上がれない少女へと足を踏み出す。ミシリと軋んだのは、握りしめられた彼の拳か踏みしめた石畳か。

 

「俺を屈服(ナットク)させてみろ。でなければ、ただ長く苦しむだけだ」

 

 瞬間、初撃を超える闘志が稲妻が落ちたかのように迸る。

 装甲を貫いてピリピリと皮膚をひりつかせてくる感覚を得ながら、響は恐怖に表情を引きつらせていた。

 

 

 

***

 

 

 

「ひび~~~ッッ!!」

 

 本殿の傾きかけた格子戸の向こう側。

 廃屋じみた内部に申し訳程度にマットレスを敷いた空間で、思わず叫び出そうとした未来が後ろからその口を塞がれる。

 後ろから抱きしめるように声と共に体を押さえつけたのは、共にその場で潜んでいた奏だ。

 

「っと、悪いけど大人しくしててく―――づっっ!?」

 

 宥めるように声をかけていた奏が、俄かに眉根を歪める。見れば未来の口元に当てていた手の中指から、つぅっと血が一筋、薬指と小指を伝って滴り始めていた。

 未来が歯を立てたのだ。指の肉を噛みしめたまま激情を視線に宿らせて見上げてくる母校の後輩に、OGは痛み以外を気にした風でもなくそのまま話を続ける。

 

「お前さんがそうしてくるのももっともなんだが、それでも引くわけにはいかないんだ。

 ……もう叫び出さないってんなら、手を放すよ」

 

 数拍程度の間を置いて、未来がこくりと頷いた。

 

「破ったら、無理矢理にでも眠ってもらう」

 

 念を押して、口元の手をどける。体を抑えつける腕はそのままだが、抵抗する様子はない。

 

「―――どうして、こんなことするんですか?」

「そいつは若大将の判断さ。けど、あの人なりの考えがあってのことだよ」

「……大した信頼ですね」

 

 吐き捨てる様な未来の言葉に、奏はやはり動じない。

 

「まあ、アタシらとあの人の付き合いはお前さんと響ほどの長さはないけど、その分密度は濃いからね」

 

 未来は押し黙り、俯きながら自分を抑える奏の腕を抱えるように抱き込む。

 彼女は既に、響を取り巻く事情とこの一月のことについてを士郎を始めとした面々から説明を受けていた。その上で、響を日常へと還すためにこの場を設けたのだとも。

 だがしかし。

 

「あの人は私に説明する前に、響の心を折るって言ってました。……そして今、あの子の手足を壊すって」

 

 声を大きく荒げていないことこそが理性が働いている証左か。未来は澱んでいるかのように低く這う声を紡ぎながら、手指に力を込めていく。

 服越しにギリギリと細い指が食い込んでくる痛みに顔をしかめながら、奏はそれを甘んじて受け止めていた。

 

「………………なんなんですか?」

 

 やがて、声に震えが混じり始める。むしろ奏にとっては、その激情こそが腕の痛みよりもつらく苛むものだった。

 

「勝手に巻き込んで、勝手に引き込んで……それで結局、突き放すために心を折るだの手足を壊すだの……貴女たちは、何様のつもりなんですか?」

 

 と、未来が顔を上げて再び奏を睨みつける。溢れそうな涙に濡れた瞳が、何よりも痛烈に奏を射抜いていた。

 

「答えてください。―――貴女たちはそこまで偉いんですか!?」

 

 切なる弾劾に、奏は何一つ答える言葉を持っていなかった。

 未来が責め立てているのは響に立ちふさがる士郎を始めとした二課の者すべてに対してだ。だがその実、それは目の前にいる奏こそを最も抉るものであった。

 なぜなら誰が否と言おうとも、響がこんな状況に陥った原因は紛れもなく己であるからだ。

 

 二年前、助けようとして死の淵に追いやり、挙句に臨まぬ力を与えてしまったのは、紛れもなく天羽 奏の不始末に他ならない。

 たとえ響本人が赦そうと、目の前の未来がそこまで知らなくとも、その事実は決して変わらないのだ。

 少なくとも、奏の中においては。

 

 だからこそ、奏は未来に対し、弁明も士郎の弁護もできずにただ黙してその言葉を受け止めることしかできない。

 そんな、睨み合いというよりは罪人への裁きのような苛烈な沈黙。それは次の瞬間に払拭された。

 

 ドッッッッッ!!! という轟音が、ボロボロの格子戸を崩してしまいそうな衝撃を伴って本殿の内部まで伝播したからだ。

 

「「っっっ!!?」」

 

 空気を一気に驚愕へと塗り替えられ、二人は同時にその視線を外へと向ける。

 そして。

 

「………………………え?」

 

 未来が、思わずといった様子で呆けてしまう。

 それほどまでに、目の前の光景は彼女にとって望外のそれであったのだ。

 

 先の音の正体は、拳が人体に突き立てられたものだった。

 あれほどの轟音と衝撃を生み出した一撃は、人体をひき肉のように潰しその奥の骨を砕くものだ。当然のごとく鮮血がほとばしり、返り血が加害者の顔を赤々と彩る。

 未来の視界の中で、響は目を見開き、対して士郎は泰然とそんな彼女を見つめていた。―――そう、己から噴き出た血で、盛大に頬を濡らした加害者の少女を。

 

 立花 響の拳が、衛宮 士郎の胸板にまっすぐと突き立っていた。

 

「………若大将」

 

 慮外の光景に言葉を失う未来を腕の中に納めながら、奏は苦々しげに彼を呼ぶ。

 そうして向ける眼差しは、どこまでも痛ましいものであった。

 

 

 

***

 

 

 

 響には、明確な意図があったわけではない。

 自身に向かってくる脅威に対する、防衛本能のような反射的な行動。そして同時に、この程度の攻撃など士郎には全く通用しないだろうという信頼に近い分析も存在していた。

 だからこそ、それがどんな結果をもたらすのか―――全く予想だにしていなかったのは、紛れもなく彼女の想像力の欠如に他ならない。

 

「あ、あ?」

 

 見開かれた響の瞳が、不規則にゆらゆらと揺れていた。

 士郎の体からは浮かび上がっていたはずのライン状の輝きがいつの間にか失われており、不格好に突き出した拳は浅くも確かに肉の中に埋もれていた。

 命中の瞬間、枝のようなものを圧し折ってしまった感触は錯覚であってほしい。

 

 響は思わず膝から力が抜け、一歩二歩と後退る。そうなれば当然、士郎の胸から彼女の拳が離れていった。

 ヌチャァ……と粘つく音とともに赤い糸が幾筋も引いて、やがて雫となって石畳を彩っていく。遅れて拳から垂れたモノに、小さな塊のようなものが混じっていたのは気のせいだろうか。

 

「ぅ……ぉう゛っ!!」

 

 思わず、喉を引くつかせてえずいてしまう。碌に食欲が湧かず、胃の中身がほぼ空っぽになっていなければ間違いなく醜態をさらしていた。

 一方の士郎は、拳の命中から現在に至るまでの全てを、眉一つ蠢かすことなく泰然と無表情に見届けていた。

 そして蹲りかけた響が、赤く染まった拳を引っ込めるよりも先に、彼はそれを掴む。

 

「え?」

「―――強化、開始(トレース・オン)

 

 囁くような詠唱に思わず面を上げた響の眼前で、再び士郎の体に淡い輝きが浮かび上がる。

 そして掴まれた拳が軽く引かれ、

 

「漸く知ったな、立花 響。―――それが『戦う力』の本質だ」

 

 言葉の静かさとは裏腹に、暴風を凝縮したかのような衝撃が胸の真ん中に炸裂した。

 

「がぁっ、は!?」

 

 元来、シンフォギアは装甲に覆われていないスーツや生身の部分であっても高い防御力を有する。無論、装甲部分の方が堅固であるのは当然だが、それ以外の部分でも軍などで採用されている装甲服などとは比べ物にならない。

 その上で、士郎の拳は響の胸骨と肋骨を軋ませ、その奥にある肺と心臓に刹那的な機能不全を誘発させた。

 

「あ゛、ばぁっっっ!?」

 

 鼓動を乱され、呼吸を阻害されて呻き声すら満足に出てくれない。そうして身を折りかけたところへ、さらに容赦なく追い打ちが仕掛けられる。

 蛇蝎めいた左フックが、今度は側頭部を強打した。

 ヘッドギアを構成する刃のように鋭角なアンテナが折れ、白いプレートが砕け散り、右耳を覆っていた円形の装甲がひび割れながら地面を転がった。

 その上で余剰の破壊力が銃弾を撃ち込んだかのようにこめかみから頭蓋の内部を撹拌するかのように駆け巡る。

 

「ぅあ゛あ゛あぁぁああああぁあああ゛ッッッ!!?!!?」

 

 響は頭を抱えながら倒れ込み、絞り出すような悲鳴を喉から上げてのたうち回った。

 こめかみは頭蓋骨の中でも最も薄い場所であり、軽い圧迫でも苦痛を与えやすい場所だ。それこそ、拳で軽く挟み込むだけでも幼子への仕置きとして十分以上の成果を発揮してしまうほどに。

 なまじ装甲を挟んでいたためか……それともそれすら見越していたのか。士郎の打撃は、彼女に『気絶できない程度』の激痛を味わわせていた。

 地を転げ回る少女を、士郎はやはりどこまでも冷然と見下ろしている。

 

「どんな信念や目的のためであろうとも、他者に傷と苦痛を与えるもの。―――それがお前が振るっているモノの正体だ」

 

 降り注ぐ言葉に辛うじて耳を傾けながら、響はようやく地面を掻くように手で支えて身を起こそうとする。

 と、その時だ。

 ボタボタと湿ったモノが石を叩く音に気付いた。薄く涙に濡れた視線を向けてみれば、石畳に真新しく赤黒い水滴が散っている。

 そのすぐ傍には、黒いズボンに覆われた足が柱のようにそびえ立っていた。

 

「あ……」

 

 眼で追って気付く。滴る雫は、士郎の拳から発生しているのだと。

 生身で強固なシンフォギアを打ち、あまつさえ破損までさせてみせたためか。いかに魔術による強化をしていても、己まで無傷にいられることはできなかったということだろう。

 瞠目する響の前で、血染めの拳がミシリと音を立てて更に力強く握りしめられる。

 

「問おう、立花 響。

 ―――お前はその力をなんのために使う?」

 

 その答えは、決まりきっていた。だから、迷いなく言葉にする。

 

「守るため………」

 

 震えそうになる手足と意識に力を籠め、ふらつきながらも立ち上がる。

 息を吸うのも吐くのも少し痛むけど、乗り物酔いのように頭の中身が気持ち悪く揺れるけど、どれも無視して響は歯を食いしばりながら拳を構えた。

 

「ノイズから……理不尽から……痛みや悲しみから、誰かを守るために!!」

 

 そのために、今日まで立ち上がって戦ってきた。

 それはあなたも知っているはずだろうと、泣くのを堪えた眼差しで少女は訴えてくる。

 

「それがなにがいけないんですか。―――それがなにか、悪い事なんですか!?」

 

 答えろと、その言葉の響きが問いただす。

 だから、士郎も即座に答える。

 

 

 

「ああ、悪いとも」

 

 

 

 直後、響の滑り込ませるように間に合わせたガードを、士郎の拳が強打した。

 次いで一撃、もう一撃、更に、更に、更に。

 

「ぐ、うううぅっっ!?」

 

 戸惑いながらも、響は今度はどうにか耐える。腕の白い装甲と浅黒い肌の拳が、どんどん血化粧を濃くしていく。

 そこへ士郎が、ひときわ大きく構えながら口を開く。

 

「風鳴 翼は、幼い頃から『防人』という護国の存在にならんと修練を重ねてきた」

 

 一拍ずらして放たれたのは、身の回転を乗せられた右の蹴りだ。軸とした左の踵が石畳を捩じり砕くのではという勢いで放たれたそれは、それまで何とか耐えていた響の体を後方へと弾き飛ばす。

 再び石畳の脇に生えていた樹木の一本に背を打ち付けて、彼女は弓なりに仰け反らされて背骨を軋ませた。

 

「づっっ、はぁっ!?」

 

 立て続けに息を乱されて、殊更に苦しく喘いでしまう。が、直後に警鐘を鳴らした危機感に全力で横へと転げていく。

 

「天羽 奏は、かつてノイズに自身の家族を皆殺しにされた」

 

 言葉と共に放たれた追撃は、響がいた場所を空と薙いで樹の幹を破砕した。素手で木屑を破片とまき散らしながら抉る様は、朽ち木どころかスポンジだったのではと疑ってしまう様な光景だ。

 乱れ続けている呼吸を何とか鎮めようと努力しながら見上げる先で、士郎がゆらりと振り向く。

 

 一方で、本殿の中から眺めている未来が、士郎のセリフに口を押さえながら驚き、奏を見上げていた。慮外の事実に、その眼は大きく見開かれている。

 当の奏はというと後輩たちの前でつまびらかにされた過去に、しかし僅かに目を細めるだけだ。

 そんな彼女たちのことなど文字通り蚊帳の外で、士郎の言葉は続く。

 

「使命感からくる矜持。憎悪からくる復讐心。……どちらも歪ではあろうが、己の内から湧いたものだ。

 勿論、今の二人はそれだけで戦っているわけじゃない。むしろ、立花の理由と迎合する部分の方が強いだろうさ。

 ―――それでも、その始まり……根にあって、芯に一筋存在するだろうそれは彼女たち自身へと還っていくものだ」

 

 だが、立花 響は違うと士郎は断言した。

 

「お前は、人助けが趣味と揶揄されてしまうほどに、誰かのために動くのが日課になっていたらしいな。

 それこそ後先考えずに、自分が困ることが解かりきっているのに他者を優先してしまうほどに。

 別段、日常の中ならばそれでも構わないだろう。多分に奇矯な性質ではあるだろうが、逆を言えばその域は出ない。

 ―――だが、その気質のままに戦いへと身を投じるならば話は別だ」

 

 明確に、自分を否定する言葉。

 響はそれに困惑しつつ、身を竦ませるように構えを取る。

 対する士郎は腕を下げた自然体のまま、口上を途絶えさせない。

 

「自身の命よりも、他者の命を優先して行動する……傍から聞けばまさに美談だな。

 だがそれは人として、生き物として破綻した在り方だ。

 誰かのためにしか戦い続けることが出来ないのなら、いずれその在り方にお前は奈落まで沈んでいくだろうよ」

「なにを……」

 

 そこまで確信して、言い放つのか。

 その根拠は、すでに彼女も遭遇していたものだった。

 

「先の闘い―――ノイズではない何者かも立ち塞がったな?」

「……っ!!」

 

 それは己の無力さを象徴したかのような戦い。

 心に根を張ったトラウマを、ザクザクと抉り取るように掘り返す指摘に、否応なしに絶句させられる。

 

「同じような戦いは、これからも起きるだろう。

 件の少女が再び現れるかもしれないし、違う誰かがやってくるのかもしれない。

 お前はそれらを―――人を守るために、人を脅かす誰かを討つことができるのか?」

「それ、は」

 

 即答はできない。

 元より、立花 響という少女は活発で健康的な少女であったが、争いごととは無縁でありそれ自体を忌避していたからだ。

 だからこそ、自身に力があると知ったとき『災害』であるノイズを駆逐するために立ち上がり。

 だからこそ、この一月ろくに戦果を挙げることもままならなかったのだから。

 それらは責められるべきものではない。むしろ誰もが普通に持つ当たり前の善性だ。

 だが今は、その善性こそが彼女の心を噛み千切る牙となりうる。

 

「それだけじゃない。この先も戦い続けるなら、お前はいつか命を選択する場面に出くわすだろう。

 ―――つまり、どの命を助けて、どの命を見捨てるかだ」

「そんなの!?」

 

 あっていいはずがないと否定しようとして、しかしやはり言葉が続かない。

 言われたことで、彼女も想像できてしまったのだ。

 どちらかを選ばなければ、どちらも死ぬ。どちらかしか選べないというありふれた、しかしあってほしくはない選択肢という可能性が。

 

「己に還るものがない、己がない人間にその命を背負い続けることができるのか?

 お前は、その重みに潰されないと断言することができるのか?」

 

 返す言葉がなかった。否、言葉を返せるはずがなかった。

 そんな重荷を背負った経験もないのに、できるなどと言えてしまうほど彼女は無知でも無恥でもなかった。

 その発言の裏に、自分はすでにそれを背負っているのだと知らしめられれば、なおさらに。

 

「……衛宮さんは」

 

 だからだろう。

 ようやく出てきた言葉は、問いに対する答えではなかった。

 

「衛宮さんは、どうして戦っているんですか?」

 

 問い返す内容はふと湧いて出てきたものだ。

 それをどうして問うたのか。

 彼の理由だけ語られなかったからか。

 彼が重荷を背負っても耐えることができている理由を知りたかったからか。

 あるいは単に、答えに窮したからの苦し紛れだったのかもしれない。

 

 だが、返ってきた答えは彼女に再び驚愕を叩きつけるには十分だった。

 

「………………………、同じだよ」

「え?」

 

 キョトンとして見返す響に、士郎はここにきて初めて表情を明確に変化させる。

 笑みでありながら苦く、そして忌々しさを滲ませたその顔つきは、自嘲と呼ぶべきものだ。

 

「お前と同じだ、立花。

 俺も、誰かを助けるためだけに戦ってきた。

 だからこそ言える。―――この道は、間違っていたと」

 

 

 

***

 

 

 

 吐き捨てて、士郎が再び響へと向かっていく。

 その歩みは遅く、しかし迷いはない。

 終わりも近いと確信して、血をなおも零しながら進んでいく。

 

「いつか、『正義の味方になりたい』と教えたことがあったな? あれは幼い頃、何もかもを喪った士郎という男が、衛宮という名をくれた男から受け継いだ夢だよ。

 ………ああ、俺にとってはどうしようもなく綺麗だったから憧れて、それを目指して走り続けた。

 その結果、出来上がったものはなんだと思う? ―――屍山血河さ」

 

 言いながら脳裏に浮かぶのは、この世界にやってくるまでの道のり。

 誰にどう言われようとも進み続け。

 なにをどうされようとも貫き続け。

 自分がどうなろうとも駆け抜けた。

 『血塗られた』と評すべきそれは、彼からすれば無様としか言いようがない。

 

「助けようとして手が届かなかった者がいた。

 己の間抜けや無力で死なせた者がいた。

 他の者を助けるために見捨てた者がいた。

 ―――そして誰かを助けるために、立ちふさがる別の誰かを斬り捨てた」

 

 成程、それで確かに人々は救えただろう。

 結果として、死なせた人間よりも活かせた人間の数のほうが多かった。

 ならば良し。

 これぞ正義の行いなり。

 

 ―――ほんとうに、まったく以って反吐が出る。

 

「悲劇を生み出し、惨劇を作り出し、天秤の傾きで選んだかのように生殺与奪を決定する。

 ―――こんな悍ましい傲慢な正義、偽善と言わずなんだと言う!?

 ましてそれを為す俺自身が、己に還る願いを持たず、借り物の理想によって駆動するだけの人として壊れた欠陥品だというなら尚の事だ!!」

 

 血を吐くように紡がれるのは、紛れもない呪詛だ。

 先ほどまでの鉄のような冷徹さなど影もなく、今は嫌悪と憎悪と殺意を黒々とした炎のように渦巻かせている。

 その全ての矛先は自分自身―――吐き出される気炎は、全て己を焼き焦がすものとなっている。

 

 今までに見せたことのない激情、今までに見たことのない自己憎悪に少女たちは気圧されていた。

 どうしたら、ここまで己を赦せずにいられるのか。

 それを知らない響は、顔を俯かせていき。

 それを知らない未来は、息を飲んで肩を震わせ。

 そして奏は、今にも泣きだしてしまいそうな悲しげな瞳で、士郎を見つめることしかできなかった。

 

 やがて士郎の足が止まる。

 すぐ前には表情の見えない響の姿。腕を伸ばすだけで届く距離、次の一撃で終わらせると彼はゆっくりと腕を振り上げる。

 と、響が確かめるように口を開く。

 

「―――衛宮さんは、後悔してるんですか?」

 

 問われ、士郎の動きが止まった。

 だが凍結じみた硬直は一瞬で、すぐに皮肉めいた笑みを浮かべてみせる。

 

「……いいや。後悔はしていない。

 ああまで言って何をと思うかもしれないが……それだけはしないと、誓っているからな」

 

 だとしても。

 いいや、だからこそ。

 

「こんな道を歩くような人間は―――そうなってしまうような可能性は、これ以上増えるべきではないんだよ」

 

 囁くような声音は先ほどまでと、さらにその前とも違い穏やかで、響たちの知る普段の彼に近いものだ。

 そうして、今度こそはと振り上げた腕に力を込める。基盤のような光が走るそれは、指先を揃えた手刀の形だ。

 

「納得しろとは言わない。だから赦しも請わない。

 日常へ還れ、立花 響。

 お前の善性は、何気ない日々の中で揮ってくれ」

 

 その日々を自分たちが護るからと言外に込め、その傲岸さにますます己が腹立たしい。

 士郎は再び表情から感情を消し、残像を残して手刀を振り下ろす。

 狙いは首筋、確実に意識を刈り取るための一撃は―――

 

「………………けるな」

 

 ―――ガッッッキィイイッッッ!! と、鋼のぶつかり合うような轟音で止められた。

 赤い手刀が、疎らに赤く彩られた装甲に受け止められている。

 なおも抵抗するのかと、士郎が鋭く目を細めかけたその時。

 

「………、ふざけるな」

 

 呟きながら、響がその顔を上げた。同時に、士郎が瞠目して息を飲む。

 真っ直ぐと士郎を見る響。

 別人のように眉を立て怒気を漲らせたその表情と、力強い輝きを抱き始めている瞳に、士郎は確かに射竦められた。

 そうして響はスゥっと息を深く吸い―――そして爆発した。

 

 

 

「―――ふッッッざけるなぁあああああああああ――――ッッッ!!!!」

 

 

 

 それは単純な比喩でもなく、本当にそうなったかのように怒声と共に広がった輝きが士郎の体を後方へと吹き飛ばしたのだ。

 

「なっ!?」

 

 靴底を擦りながら、辛うじて体勢を維持する士郎。

 彼が見る中、光輝を纏った響は力強く二つの拳を握りしめていた。

 

 

 

***

 

 

 

 今までになく士郎を真っ直ぐと見据えながら、響は己の言葉をぶつけていく。

 

「衛宮さんは言いましたね。『自分が歩いてきた道は間違ってた』、って。

 ―――そんなことない。そんなこと、あるはずがないじゃないですか」

「っっ、何を……」

 

 何を根拠にそう断言するのか。その答えは、他の誰でもない―――立花 響だからこそ言えるものだった。

 なぜなら。

 

「だって、二年前に私を………私や他の人たちを助けてくれたのは、翼さんや奏さん……そして衛宮さんじゃないですか!!」

 

 そう、彼女は士郎によって助けられた。

 遠い昔、焼け野原の中で救い上げられた一人の少年のように。

 彼女もまた、生と死の狭間に彼の背中を歌と共に憧れと心に刻んでいたのだ。

 

「あの後、リハビリはすごく大変でした。

 けどそれ以上に、退院した後に周りの人たちがみんな私が生き残ったのが悪い事みたいに責め立てて、お父さんまでいなくなって……」

 

 続く言葉に士郎も少なからず驚愕を得ていたが、誰よりも強い衝撃を受けたのは隠れてそれを聞いていた奏だった。

 

 実は二年前の事件後、生存者に対し激しい批判と攻撃が巻き起こっていた。

 これは二年前の事件の死者の殆どが将棋倒しや避難時の諍いによる傷害……つまりは人の手であったことに由来する。

 当初はただ事実のみが報道されたが、やがてそれは大衆の中で歪み、それこそ全く関係のない人間まで自分たちを正当化して被害者であるはずの生存者を糾弾していった。

 曰く、自分が生き残るために他人を殺した人殺し。

 曰く、人を死なせておいて国から補償金をもらった税金泥棒。

 そんな風に生存者を責め立てる大衆の暴力を、士郎たちも後になって聞いてはいた。

 だが、明るくコロコロと表情を変えていた闊達な少女の過去にまで、それが牙を剥いていたなど想像の埒外であった。

 

 とにかくそれらの中傷の結果、彼女は学校や地元での居場所を失った。父も職場での立場を失って家庭内に不和を生み出すようになり、やがて自分たちの前から姿を消した。

 惨劇の後に待っていた理不尽な地獄に、当時の響は打ちのめされのだ。

 だけど。

 

「だけど、お母さんやお祖母ちゃんは私が生きてたことを喜んでくれた。

 未来は私がつらい時も支えてくれた。

 だから私は、なんだかんだで今こうして笑っていられて……あの時死ななくて、生き残れて、本当に良かったと思ってます!!

 ―――なのに、衛宮さんが間違っているっていうなら、衛宮さんに助けられた私たちはなんなんですかっっ!?」

 

 それは、士郎によって助けられた人間だからこそ言えた言葉だった。

 衛宮 士郎が己の道を歩いていたからこそ、立花 響は彼の前に立っているのだ。

 その事実を否定することは、もはや士郎自身にもできやしない。

 そして、それは彼女にだけ当てはまる事柄ではない。

 

「私は衛宮さんがどんな風に生きてきたか知らない。―――あなたがどれだけ人をどんな風に死なせてしまったかなんて想像もできない」

 

 響は士郎が並行世界からやってきたことなんて知らない。

 そして彼の生きてきた世界がどんなものであるかは、翼のようにその事実を知る者ですら知る術をほぼ持たない。

 だからこの世界において、士郎が経験してきた悲劇も惨劇も挫折も絶望も、彼が語る以上のことは知りえないのだ。

 それでも確信を持って言えることはある。

 ―――衛宮 士郎は、誰かを助けるために戦い続けてきたのだろうと。

 

「けど、衛宮さんが自分がやってきたことが間違いだったなんて言うなら………衛宮さんに助けられた人たちは、みんな間違って生き残ってしまったっていうんですか!?」

「……。それ、は」

 

 ここにきて、士郎は言葉を詰まらせる。まるで見えない塊が喉に留まっているかのように、意味ある言葉が一つたりとも出てこなかった。

 そこへ更に、響は先ほどまでとは違い体の痛みによるものではない涙を浮かべながら、決定的な言葉を突きつける。

 

「それに衛宮さんは後悔なんてしないって言ってたけど……自分でも間違いだと思っているのに、後悔しないでいられるわけないじゃないですか!」

 

 いいや。

 仮に間違いを抱いて尚、後悔せずに生きていけたのだとしても。

 

「間違いだと思いながら突き進んで―――なのに後悔もできずに生きていくなんて、そんなの後悔しながら生きるよりもずっとつらいじゃないですかっっっ!!」

「っ!!?」

 

 真正面から全力でぶつけられ。

 今度こそ、士郎はどうしようもなく完全に言葉を失う。

 それは文字通りに鋼の如き彼の在り様を、これ以上ないほどに揺るがすほどの力を持っていた。

 

 そして。

 立花 響は、ようやく確たる意志のもとに一歩を踏み出す。

 

「私だけが間違ってたって言うなら、別にいい。

 だって、私馬鹿だから。今までも、きっとこれからも、色々間違えちゃったりすると思います。

 でも、それで衛宮さんまで間違ってるってことになるなら……絶対に認めてなんかやりません」

 

 そうだ。打たれた場所の痛みなんてどうでもいい。そんなことよりも大事なことがある。

 その決意を形にするために、まずは大きく息を吸い、腹に力を入れた。

 

 

 

「他の誰でもなく、衛宮さんに衛宮さん自身が間違ってるだなんて―――認めさせてたまるもんか―――ッッッ!!!」

 

 

 

 咆哮と共に、燃え上がるように輝きが増す。

 まさしく太陽のように照らす彼女を前に、士郎は奥歯を鳴らした。

 

「立花、響っっ!!」

 

 潰すためではなく、迎え撃つために。

 ここにきて初めて、衛宮 士郎は目の前の少女を明確に脅威と認識して身構える。

 そして―――

 

「「オォオオオオオオオオ――――――ッッッ!!!」」

 

 ―――直後に、拳と拳の応酬が始まった。

 

 真正面からぶつけあう力と技と意地。

 そして彼はまだ気づいていないが。

 これこそ、衛宮 士郎が立花 響を認め始めているという何よりの証拠である。

 

 

***

 

 

 

「………もう騒いだりしないので、離してくれていいですよ」

 

 未来の要求に、奏は間を挟むでもなく応じた。その言葉が嘘ではないと、なんとなしに理解したからだ。

 その証拠に、未来は奏から離れても格子に軽く手を掛けるだけで、そのまま大人しく外を覗き込んでいる。

 その穴だらけの板一枚向こうでは、再び響と士郎の激突が繰り広げられている。

 

「初めて会った時から、何度も思いましたけれど」

「え?」

 

 ふと、未来が振り返らないままにぽつりと呟く。

 声音は優しく穏やかで、ともすれば笑みすら含んでいるように聞こえる。

 

「響と衛宮さんて、本当に似てますよね」

 

 当人同士から言わせれば、或いは異論があるのかもしれない。

 だが岡目八目というべきか、傍から見ている側からすれば驚くほどに似通っていた。

 

「今日の事だってそうです。

 衛宮さん、響のことを潰すつもりで攻撃してるって言ってたけど……でも、実際に血を流しているのはあの人の方だけですよね」

「あ……」

 

 言われて、そういえばと奏も気づく。

 士郎は響から戦う術を奪うため、場合によっては四肢を潰すとまで宣っていた。事実、彼の闘志も繰り出す攻撃も本物で、そこには加減も遊びもない。

 ……だが、言われてみれば確かに響の側は苦痛こそ少なからず受けていたが、流血を伴うような傷は見受けられなかった。

 対し、士郎は武器を封じ徒手にて挑んだがために、その拳は裂けて深紅に染まっている。

 それ以前に、響に自身が振るう力のことを教えるために身の強化を一時はずしてまで攻撃を受け止め、傷を作って見せたところなどどう足掻いても言い逃れの余地などはない。

 

「誰かのためにまず真っ先に自分の身を削ってしまうような選択をして、そのくせそれを何一つ疑いも迷いもせず実行する」

 

 それを見守る側からすれば、ハラハラするわ心配だわ、そのくせ向こうは全くお構いなしなので腹立たしいにもほどがある。

 けれど同時に、誰よりも真っ直ぐにひたむきで、人の不幸を悲しんで人の幸福を喜べるその在り様がどうしようもなく眩しくて。

 やれやれと、呆れながらも応援したくなってしまう、そんな生き方。

 

「ああ、本当に―――妬ましいくらい、似た者同士」

 

 それは、笑っているような、泣いているような、そんな微かに震えた声で。

 事実、僅かに振り向いたその顔は、薄く涙を浮かべながらそれでも小さく微笑んでいるものだった。

 

 

 

***

 

 

 

「オォオオオオオオオ――――ッッッ!!!」

 

 振り抜いた拳は、粘ついた血を霞と散らせる勢いだった。

 踏み込みだけで石畳をひび割らせながら放つ打撃は、迅さも鋭さも先ほどより数段は上で威力もまた相応に上がっている。

 

「――――――!!」

 

 対し、響はそれを先ほどまでと同じように腕の装甲で受け止めながら、しかし先ほどとは明確に違い退くことなくとどまっている。

 それどころか、弾き、押し返す勢いで反撃を見舞うほどだ。

 その口から紡がれているのは、裂帛の気合ではなく歌。初めて纏った時からのと同じ、しかし今までになく熱を乗せた独唱だ。

 

「グ、ヌゥッ!?」

 

 呻きながら、士郎は繰り出された拳を何とか受け流す。

 

 元より士郎の魔術による肉体の強化よりも、シンフォギアのほうが純粋なポテンシャルでは上であった。

 それでも士郎が響を圧倒出来ていたのは、彼の戦闘における技術と経験からくるものが大きかったが、同時に響が精神的に不安定でシンフォギアの力を発揮できなかったところが大きい。

 だが、ここにきてそれが覆りつつあった。

 響が纏う眩い輝きが示す通り、彼女のギアの出力は大きく上昇している。それこそ単純な技術だけで受け流すことが困難になりつつあるほどに。

 それでも響自身は戦闘についてはド素人。この一か月で多少の経験と心得は培われたものの、それでも放つ拳は力任せで体勢も半端な出来損ないの打撃だ。

 にも拘らず士郎が攻め切れず、あまつさえ押され始めているのは何故か。それは単純な膂力の差ばかりではなく、彼の精神が揺さぶられたがためである。

 不断にして不屈、まさに剣のような心魂。それにヒビを入れるかのような力が、先の響の言葉にはあったのだ。

 

「な、めるなぁ―――――っっ!!」

 

 だが、それだけでは衛宮 士郎は崩れない。

 そも潜った修羅場の数が違う。この程度で打ち破られるようならば、当の昔に朽ち果てていた。

 

 まさにテレフォンパンチとでも言うべき響の大ぶりな拳を咄嗟に掴んで引き寄せる。そのままダンスのように一瞬だけ背中合わせになると、素早く振り向きながらその回転を乗せた蹴りを彼女の背にぶちかます。

 力任せに和太鼓を叩いたような音を響かせて、響の両足が地面から離れていく。

 

「っっ! そっちこそぉ―――ッッッ!!」

 

 だが、響は地面を転げる羽目になるよりも前に態勢を整え、四足獣のように手足をついて着地する。

 勢いを殺しきれず、ドリフトのように石畳の欠片を巻き上げながら滑り、顔をしかめて足元を見やった。

 

「コレ……」

 

 そこにあるのは自身の脚を覆う装甲。黒を基調としたそれは、形状としてはブーツに近い。

 彼女はその踵部分―――ヒールを忌々しく睨むと、毅然と立ち上がる。

 

「邪魔っ!」

 

 言うなり、石畳に叩きつけるように左右の踵を順繰りに打ち付ける。するとそれだけで強固であるはずの装甲が離脱した。

 それを目の当たりにした士郎が目を見張るが、構わず響は感触を確かめるように地面を踏みしめる。

 フラットシューズのように平面に近い靴底が、先ほどよりも確かに大地を掴んでいた。

 

「―――良し!!」

 

 その感触に笑みを浮かべ、再び構えて躍りかかった。

 猛然とかかってくる響の攻撃を受け止め、いなし、時に痛烈な反撃を放ちながらも、士郎の意識は別の所に向けられていた。

 

 先ほどの現象。響の意志のままに一部とはいえ形を変幻させてみせたその荒業。

 そんなことは、これまで奏や翼と共に戦ってきた二年間を振り返っても見たことがない。

 

(最適化した、ということなのか? だがそれにしても……)

 

 何かが引っ掛かる。それはなんだと自問したところで、そこに彼は既視感を覚えた。

 それは一体何だったのかと思い返して、こちらの頬に突き刺さろうとした拳を首の動きだけで辛うじて躱し、耳元に風切り音を感じながら閃くように思い出す。

 そうだ……それは通信越しの慎次との会話で、響のアームドギアについてのことだ。ここにきて士郎は、その二つの疑問が同じところにあるのではないかと思い至った。

 

 そも、シンフォギアとは何なのか。

 開発者である櫻井 了子が曰く、『聖遺物を歌にて起動し、生じたエネルギーを装者の心象心理を反映させて武装や装甲として固着したもの』。

 これを聞いた時、士郎が真っ先に思い浮かべたものがあった。それは。

 

(固有結界……)

 

 自身の知る、魔術の禁忌にして奥義。魔法にさえ近い奇蹟。それは己の心象を具現化し、外界へと展開する大魔術だ。

 なるほど、確かによく似ている。『身に纏う』と『外界を塗りつぶす』という違いはあれど、本質的には非常に近いところにあると言える。

 ならば。

 

(活性化した彼女の精神に呼応して、ギアがそれに相応しい形になるよう再構成を始めている?)

 

 それで一応の理屈は通っているように感じる。だが、士郎はまだなにか引っ掛かるものを感じていた。

 その正体へと思考を巡らせていれば、それを隙と見たのか響が一気呵成と攻勢を強めてきた。

 

「でぇりゃああああっっ!!」

 

 歌の切れ間に、裂帛の気合を以って流星の如く跳び蹴りが迫ってくる。対する士郎は反応こそ少し遅れたが、それでも真正面から受けるのを避けて巧く横へと逃がした。

 響は士郎の後方へと着弾し、すでに砕かれている石畳の欠片を土ごと巻き上げる。だがそこで終わらなかった。

 

「まだまだぁっっ!!」

 

 土に埋まりかけた足をそのままに、むしろ身の支えとして即座に振り返る。その遠心力を乗せた拳を振り向きざまに繰り出していったのだ。

 一撃、二撃、三、四、五と重ねられた連撃を、士郎は今度こそ捌ききれない。

 まず、初撃を辛うじて防御、続く連撃の二つ目三つ目も防ぐことができたが、四つ目で僅かに乱れ、五つ目で防御を完全に崩される。

 ほんの一瞬だけ死に体となった所を、今の響は決して逃さない。

 

「そこだぁああああっっ!!!」

 

 士郎の胸板に撃ち込まれる響の光拳。もはや爆発と言ってもいい轟音が境内を席巻した。

 

「ガァアアアアアッッッ!?」

 

 士郎の体が後方へ弾き飛ばされていく。だが、倒れるまでは至らない。

 吹き飛ばされた士郎は、しかししっかりと己の足で地面を捉えて堪えきってみせた。

 僅かにふらつくがすぐさま構えを取り直すのは、激突の瞬間に後ろへの跳躍が間に合ったからか。

 だが。

 

(少し回避が遅れたか……にしても、辛うじて避けてこれだけの威力とは)

 

 胸を抑え、僅かに息を荒げる姿に余裕はない。だが、響はそれ以上に余裕がなかった。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

 

 激しい消耗に、肩で息をする姿を隠すこともできない。

 それもそのはず、彼女はここに来る前から精神的に消耗し、肉体的にもほとんど休息できていない状態だった。そこへ更に士郎からの心身への攻撃が彼女を更に追い詰めていたのだ。

 精神的な覚醒によりある程度は補われているモノの、所詮は誤魔化しにすぎない。既にいつ膝を折ってしまってもおかしくはない状態だ。

 彼女自身、それは理解できていた。だから次にとるべき手もすでに決まっていた。

 

「……――――――!!」

 

 再び、歌が紡がれる。

 先ほどよりもさらに力と熱の込められた魂の熱唱。

 同時に溢れ出す光……フォニックゲインが更に力強さを増していき、更に凝縮していく。

 

「……決着をつける気か」

 

 士郎の見る前で、腰だめに構えた響の右拳に光が集まっていく。それはまるで、星の輝きを握り込んでいるかのようだ。

 そしてそれは彼女の歌に呼応して更に眩しく―――

 

(―――――――――待て、歌?)

 

 そこで、はたと気づく。

 

 シンフォギアを纏うときの聖詠と違い、戦闘中に紡がれる歌はフォニックゲインを高め、アームドギアから技を繰り出したりその威力を増すなどの効果を持つ。

 そうして戦意が高まることにより、歌の旋律は更に力強いものとなってフォニックゲインをさらに向上させていくという相乗効果こそシンフォギアの真骨頂である。

 目の前で響がやっていることがまさにそれだ。

 士郎はそれを魔術行使の詠唱と似たようなものだと認識していた。

 

 魔術における詠唱とは自己の内面へ働きかける一種の暗示であり、己という内界から外界へと力を引き出すためのツールだ。

 そのため特殊な儀式などの例外を除けばその内容は魔術師一人一人によって異なっている。

 士郎のように機能を端的に表した短い者もいれば、長い詠唱で以って強く自身に働きかけることで魔術の効力を高める者もいた。

 とどのつまり、詠唱とは内側から力を引っ張り出すためのもので、装者たちの歌もそれと同じものかと考えていた。

 

(だが、それが違っていたら?)

 

 認識した違和感が、埋まっていたものを掘り起こすように輪郭を露にしていく。

 そもそも、ギアを纏った後の歌は彼女たちが意識して紡いでいるものではない。彼女たちの戦意に反応してコアが奏でる旋律に合わせ、自然とその口から生まれ出てきているものだ。

 

 ―――そう、まるで卵と鶏の話のようではあるが。

 シンフォギアから力を引き出すために歌があるのではなく、シンフォギアが力を放つことで歌もまた形を成しているのだ。

 

(つまり、歌そのものもシンフォギアの一部。―――それ自体が彼女たちの心象を表しているモノということ!!)

 

 ならば。

 立花 響の歌は、その心象は。

 繋いだ誰かの手とその温もりを決して離さず、小難しい理屈など関係なく全力へ先へと突き進むその歌は。

 明日を信じ夢を握り、守るべきモノのために命を焦がし胸の鼓動を響かせるその心象とは。

 

 

 

(………………………………………ああ、そういうことだったのか)

 

 

 

 全てが繋がり、疑問が氷解する。

 途端、響の拳がひときわ輝きを増し、カッ、と見開かれた瞳が拳の輝きよりも強く士郎を見据えた。

 そうして彼女は、最後の力全てを解き放って吶喊する。

 

「オオオオオオオオオオオッッ!!!!」

 

 地を奔る流星のような輝きと威容、そしてひたむきさ。

 士郎はそれを、神社の朽ちかけた本殿を背にしながら目の当たりにして、

 

「―――まいったな、これは」

 

 力を抜くように小さく笑うと、右の五指を広げながら手を前へと翳した。

 

 

 

***

 

 

 

 小山の廃神社を中心に轟いた衝撃と爆音は周辺の住宅地へと響き渡り、少なくない住人が俄かに騒ぎ出すこととなった。

 だがパニックとなる前に行政からの放送により危険がない旨が伝えられ、一応の平穏を取り戻す流れとなる。

 その後、その騒動について様々な憶測が噂として流れるが、そのいくつかに二課の情報操作により意図的に理屈の通ったものから荒唐無稽なものまで玉石混交に織り交ぜられ、結果として詳しい調査を求める声も立ち消えていくことになった。

 やがては時の経過とともに大本の騒ぎそのものが立ち消え、やがては知る人ぞ知る程度のマイナーなミステリーの一つとして埋没していくこととなる。

 

 

 

***

 

 

 

 もうもうと立ち込める粉塵は霧というには重く、霞というには濃かった。

 爆撃の直後というのはこういう光景なのかもしれない。

 

「はっ、はっ、はっ、はっ……」

 

 拳を突き出した姿勢のまま、響は先ほどよりもさらに激しく呼吸を乱していた。

 歯抜けのような石畳は既に跡形もなく、周囲は彼女の立つ場所を中心に土の濃い色を曝け出している。それはあたかも瘡蓋を無理矢理にに引っぺがしたような生々しさすら感じさせる有様だった。

 土煙が徐々に晴れていき、響の拳が突き立つ先が露わになる。

 

「………花?」

 

 正確には、そう見える桃色の巨大な光の壁だ。花弁のような四枚羽を広げ、姿を揺らめかせているなにかが響の最大最後の一撃を阻んでいた。

 と、その羽の一枚がことさら大きく揺らいで消えていく。見た目通りに花びらが散るような、或いは泡沫が弾けて消えるような、そんな出来事の向こう側から士郎の顔が現れる。

 

「アイアスの盾……不完全かつ相性が良いとは言えないとはいえ、ここまで軋ませるか」

 

 戦慄よりも関心の度合いのほうが勝った声だが、響はそれに耳を傾ける余裕はない。

 文字通りに全霊を尽くした攻撃の結果に、最後の緊張の糸が切れたのだ。

 

「と―――」

 

 届かなかった。

 そんな思いに暗く彩られながら、崩れ落ちるように前へと倒れていく。身に纏う装甲が光に消え、元の服装へと戻っていく。

 同時に花の如き障壁も消えていき、倒れ込む少女の体を士郎の腕が受け止める。

 そして、小さく溜息が一つ。

 

 

 

「いいや。届いたとも」

 

 

 

 頭の上から降り注いだ言葉に、響は戸惑いにゆるゆると彼の顔を見上げた。

 

「え?」

「残念だが、お前の勝ちだって言ってるんだ。立花」

 

 立てるか? と問われ、響は頷いて若干よろめきながらも立ち上がる。

 改めて見た士郎の顔には、苦い笑みが張り付いている。

 

「あの、でも……」

「言っておくが、約定を違えて投影を使ったからというわけじゃない。―――この戦いの目的は、お前から戦う力か意思を奪うためのものだ」

 

 そのために士郎は響の心身を責め立て、場合によっては最初の言葉通り手足のいずれかを潰すつもりでもあった。

 だが、ここに至ってはもうそれに意味がないのだ。なぜなら。

 

「今のお前はもう何を言っても諦めるつもりなんてないんだろう? それで手や足を潰したところで、それこそ這ってでもこちら側に踏み込んできそうだからな」

「いや、それは」

 

 流石にそこまではない。……とは断言できなかった。

 仮に断言しても、士郎を始めとして周りの誰もが信じなかっただろう。

 かくして、立花 響はその拳と意地で見事に衛宮 士郎を屈服(ナットク)せしめてみせたのだ。

 

「だが、問題の根本は変わらない」

 

 その上で、士郎はなおも厳しく言葉を投げる。

 否、進むと決めたのだからこそ言わねばならず、問わねばならない。

 

「……誰かを助けるということは、誰かを助けないということ」

「え?」

「そして俺たちが助けられる者は、俺たちが助けた者たちだけ……まあ、言葉にしてしまえば当たり前だけどな」

 

 それらは幼い頃に士郎が養父から受け取った言葉だ。そして時経た今も、どうしようもなく的を射たものだと身に染みて実感している。

 

「立花、お前がこれから歩こうとしている道はお前の想像よりも遥かに過酷だろう。

 取捨選択を迫られるかもしれない。

 手を伸ばしても取りこぼす事だってある。

 偽善者となじられることもあるだろう。

 助けた誰かに裏切られることだってあるかもしれない」

 

 それらはすべて、士郎がかつて通った道だ。

 彼はその上で、なおもこの道を行くことを決めたし、それ以外を考えなかった。

 だが、それをこの小さな少女が歩めるのかというのは、未だに甚だ疑問だった。

 故に、すでにこの問答が蛇足にすぎないのだとしても、彼は問わずにいられなかった。

 

「―――それでもお前は、この道を進み続けることができるのか?」

 

 士郎からの最後の問いかけ。

 繰り返しのようなそれを、しかし真摯に正面から受け止めた響は、考えて即座に答えを出す。

 

「わかりません!!」

 

 きっぱりと、迷いなく。

 清々しいほどに言い切った。

 思わず目を瞬かせて呆気に取られる士郎だったが、響からすれば当然のことだ。

 

「そう言うこと訊かれても、ここではいとかいいえとか、あーだこーだ言えるようなこととか全然知らないですし、実際にそうなってみないとわからないです!

 だから、まだわかりません。けど、こうありたいとは思っているから……まずは進んでみて、何かにぶつかったらその時に考えたいと思います」

「……まあ、そうかもな」

 

 思わず、溜息と共に苦笑が漏れる士郎。とりあえず、ただの思考停止でないなら良いか……そう考えて、

 

「―――みんなと一緒に」

 

 そう続いた言葉が、あまりにも想像の埒外にあったから。

 思わず、静かな驚愕に思考が停止した。

 

「………………………なに?」

「はい! 多分、私だけだと分かんなくて答えが出せないかもしれないけど、みんなと一緒に考えればきっと―――」

 

 一人で出すよりも、もっといい答えを見つけることができると。

 彼女は、士郎を真っ直ぐと見ながらそう言った。

 その言葉に、士郎が真っ先に抱いたのは否定だ。

 

「立花……この道は」

 

 誰にも理解されないものだと、そう言おうとした。

 たとえこれをお前が間違いではないと言い張ったとしても、それが独りでなくなる理由にはならないのだから。

 だが、それは違う。

 なぜなら、すでに士郎自身がその前提を否定していたからだ。

 

「衛宮さんがいますよね」

「え?」

「衛宮さん、言ってたじゃないですか。『俺もお前と同じだ』って。

 ―――なら、少なくとも二人分はいるじゃないですか」

 

 それだけじゃない。

 

「奏さんや翼さんや……二課の人たちも、同じように戦ってます。そりゃ、全部が全部同じように見て考えてるわけじゃないかもしれないけど、それでも道の重なってるところはあるはずですし、それならお互いの手伝いだってできるはずです!!

 それに道の重なっていないところがあるなら、それって私たちの道だけじゃ届かないところにも手を延ばせるかもしれないってことじゃないですか」

「……………、」

 

 士郎は絶句していた。

 それは、今まで頭に浮かんだことすらない考えだった。

 彼がかつていた場所を思えば、真水の中から唐突に魚が生じたかのような衝撃である。

 

「そうやって、ちょっとずつ道が重なっている人と手を繋いで、一緒に考えて、協力して、助け合っていくことができたら―――」

 

 誰かを助けて、別の誰かも助ける。

 自分たちが助けた人だけでなく、そうでない他の人も助ける。

 そんな都合のいい幻想に近づくことができるなら。

 

「―――いつか誰も取りこぼさずに、みんなみんな助けることだってできるかもしれないですよね!!」

 

 ああ、それは。

 なんて傲慢で強欲で傲岸で。

 稚児の夢よりも、荒唐無稽で無茶苦茶な未来なのか。

 なんて青いご都合主義。

 本当に――――――眩しすぎて、目が潰れそうだ。

 

「、クッ」

 

 と、士郎は唐突に俯き、肩を震わせる。響がキョトンとした直後、彼は右手で目元を覆いながら身を仰け反らせた。

 

「ハハ、ハハハ………ハハハハハ、アハハハハハハハハ―――!!!」

 

 その口元から溢れ出すのは大きな大きな笑い声。

 堪えきれないといった様子で、憚ることなく辺りへと響かせている。

 そのあまりに無邪気な有様は、果たしてかつての世界の知己でさえ見たことある者がいただろうか。

 それはさておき、哂われている響としてはそれこそ面白くはない。

 

「な、なにもそこまで笑わなくてもいいじゃないですか!!」

 

 思わず浅く眉を立てる響に、士郎はようやく笑いを納めながらなだめるように手を翳す。

 

「ああ、悪い悪い。いや、馬鹿にしてるわけじゃないんだ。ただ……ああ、完敗だなって思ってな」

 

 息を整え、静かに響を見据えながらしみじみと呟く。

 なんのことかと首を傾げる彼女に、彼は咳払い一つで気を取り直して向き直る。

 

「けどな、立花。それなら一つ言わせてもらうが」

 

 前置いて、びしりと人差し指を鼻先に突きつける。ひぅっと肩を竦める響に、詰め寄るように顔を寄せる。

 

「さっきまで一人でグルグル悩みまくってドツボに嵌まってたヤツが言うことじゃないぞ、ソレ」

「うぐ!」

 

 言葉による痛恨の一撃だった。

 ぶっちゃけ、この騒動もそこが原因の一つともいえる。そういう意味ではまったく説得力がなくなっていた。

 響もそれを自覚したのか、あわあわと弁解の言葉を並べようとする。

 

「え、えっとそれはですね。えー、これからの目標と言いますか……」

「ほう、これからの目標ね」

 

 ならば、と。

 士郎は半眼で意地の悪い笑みを浮かべると軽く後ろへと視線をやる。

 響がなにがあるのかとそれを追えば、その先にあるのは本殿だ。

 

「まずは、真っ先にお前が手を繋がなきゃいけない相手と話さなきゃな。

 ―――いいぞ、出てきて」

 

 と、本殿のボロボロの格子戸が軋んだ音を立てて開いた。そこから出てきたのは奏を伴った、

 

「…………み、未来ぅっ!!!?

 え、衛宮さん、え、未来、なんで、え、未来なんでぇっっ!!?!?」

 

 突如として現れた親友の姿に、響は驚愕と共に視線を何度も士郎と未来とを往復させる。

 そんな彼女に士郎はわざとらしく大仰に肩を竦めて見せた。

 

「一か月前のこと、どうやら見られていたらしくてな。……いい機会だ、存分に話し合え」

 

 そう言い残すと、響を置いて踵を返し、未来と奏の方へと向かっていく。

 改めて対峙してみれば、未来の浮かべる表情は憮然とした無表情だ。

 士郎は彼女に申し訳なくも頭を軽く下げる。

 

「悪いな小日向。なんだかんだでこういうことになっちまった。

 どういう風にも責めてくれて構わない」

「そうですか。なら遠慮なく―――えいっ!」

 

 言葉通り、未来は遠慮しなかった。

 可愛らしい掛け声とは裏腹に、士郎の頬に突き刺さったのは存外に腰の入ったパンチだ。

 バチン!! どころか、バッッキィッッッ!! といった具合に一撃を炸裂させた小柄な少女に、奏は目を丸くして響は愕然と口を大きく開いた表情を浮かべる。

 先のダメージも残っている身への追撃に、さしもの士郎も意識をクワンと揺らしかける。

 

「ぅお、っと。結構いいモン持ってるじゃないか」

「こう見えても、元陸上部でしたから」

 

 なるほど、陸上部おそるべし。

 微かに戦慄する士郎へ、未来は浅く眉を立てて指を突きつける。

 

「色々ありましたし、ありますけど……とりあえず、これでチャラです」

 

 そう言い残すと、未来は士郎を置き去りに響の方へとゆっくり歩を進めた。

 一方、己に迫る親友の姿に、響は先ほどの輝きもどこへやらとばかりにガクガクと震え始める。

 

「あ、あわ、あわあわあわわわ……」

「……響」

「ひゃ、ひゃい!!」

 

 ややあって辿り着いた未来に呼ばれ、思わず鯱張ってその場で正座形態へと移行する響。いつでも土下座に変形可能!! とでも言わんばかりの親友を未来は冷ややかに見下ろしている。

 

「響。私、怒ってるから。覚悟してね」

「ひゃい!! い、いつでもどうぞ!!」

 

 最後通告に、響はいよいよ覚悟して目をギュッと瞑った。そんなこれから銃殺刑を受ける死刑囚のような様子の響に、未来は膝と付き合わせて身を寄せると、おもむろに首に手を回して抱きしめる。

 

「ふぇ!?」

「……馬鹿。響の馬鹿」

 

 覚悟していた痛みとは全く違う出来事に響が目を白黒させていると、未来はそのまま腕の力を強めながら囁いた。

 

「響がこれまで隠してたこと、衛宮さんたちから聞いたよ」

「っ……、ゴメン」

「ダメ、赦さない」

 

 謝罪の直後、拒絶されて響の顔が痛ましく歪む。すると未来は身を離し、響の両頬に手を添えて彼女を見つめる。

 そして瞳に涙を貯めながら、小さく微笑みかけた。

 

「―――響の口から、ちゃんと説明してくれるまで、絶対に赦さない」

 

 

 

***

 

 

 

 互いの間に生まれかけた溝を埋め始めた少女たち。それを遠巻きに見守る士郎の隣に、奏が並んだ。

 彼女は意地が悪そうに笑いながら士郎の顔を見上げるように覗く。

 

「ずいぶんとボロボロになっちまったな、若大将」

「すぐ治るさ。というか、なんで笑ってるんだ」

「いいや、別に。人の過去勝手にバラしやがってとかいい気味だとか、そんなことは別に思ってないぜ?」

「………すまん」

「冗談だよ」

 

 本気ですまなそうに謝った士郎に、パタパタと手を振る。

 実際問題、いつかは知られるだろうとも思っていたのでさほど気にしてはいない。ほんの些細な引っ掛かりも、その態度で溜飲が下がった。

 そんなやり取りから少しだけ間を置いて、士郎はポツリと問う。

 

「これでよかったと思うか?」

「まだ納得できてないのかよ」

「受け入れはしたさ。けど、それとこれとは別問題だ」

 

 立花 響は覚悟を見せ、士郎はそれをしかと認めた。だが、だからと言って彼女が戦い続けることを手放しで是とすることはできなかった。

 今でもなお、戦いから離れて生きてくれたならと願っている。おそらく、その想いはこれからもずっと抱えていくことになるだろう。

 なにせ言葉には決して出さないが、奏や翼に対しても同じことを思っているのだから。

 それを察しているのかいないのか、奏はほんの少し考えてから、優しく微笑んでみせる。

 

「……でも、私はこれでよかったと思うよ」

「そう思うか?」

「ああ。立花のこともだけど、それ以上に若大将……士郎のことでもさ」

「俺の?」

「―――表情、まるで憑き物が落ちたって感じだよ?」

 

 奏は敢えて士郎を名で呼びながら、彼の前へと回り込んでその顔にビシリと指を突きつける。

 士郎は思わず図星を突かれたような心持ちになり、寧ろそんな自分自身に驚いていた。

 

「そう見えるか」

「ああ」

「そうか」

「そうだよ」

「そうか………そうだな」

 

 士郎はその事実を噛みしめるように、一度目を閉じる。そして再び開くと、力の抜けた笑みを浮かべた。

 そして。

 

「奏。ここにいない翼や、弦十郎、慎次たちもなんだが……」

「ん?」

 

 何を言うのかと奏が首を傾げれば、士郎は一拍を置き、吐息を一つ漏らして、

 

「これからも、よろしく頼む」

 

 ただ、それだけを口にした。

 対する奏は、呆けたように目をパチクリとさせてから、

 

「―――おう!!」

 

 満面の笑みと共に、力強く頷いたのだった。

 

 

 

「……響!?」

 

 と、その時だ。

 慌てるように緊張感を孕んだ声が、二人の耳にも聞こえた。

 弾かれるように同時に振り向けば、脱力して手足を弛緩させた響が未来にもたれかかっていた。それを支える未来の表情は必死のそれだ。

 

「響、ねぇどうしたの、響!?」

「っ、立花!?」

「お、おい……何が起きたんだよ!?」

 

 今にも泣きだしそうな顔で響を呼びかける未来。その光景に士郎も奏も背筋に氷柱のような冷たいものを感じて駆け寄っていく。

 響の身になにが起きたというのか。その答えは次の瞬間に氷解した。

 

 

 

―――グゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッッ!!!

 

 

 

 その場の面々の耳に届いた、獰猛な獣が唸っているかの如き重低音。

 それの発生源は、紛れもなく響の腹部だった。

 ………………まぁ、つまりは。

 

「お………お腹、減った………」

 

 あまりにも盛大すぎる、腹の虫の鳴き声だ。

 途端に、響以外の全員が脱力と共に大きな溜息を吐いた。

 

「ひ・び・きぃ~~~~~~~~?」

「あ、ちょ、やめ、やめてくださいみくさま。みけんをペチペチはじくのやめて、ていこうできないの……」

 

 デコピンの要領でピンポイントに連続攻撃を見舞う未来。ニッコリ笑いながらこめかみをヒクつかせ、静かな怒気をドライアイスのように漂わせるその姿は士郎や奏をして表情を引きつらせてしまうものだ。

 対する響は抑揚のない言葉で力なく哀願することしかできない。

 しかし、これに関しては響にも言いたいことはあった。なにせ今ここに至るまで食事が喉に通らず、しかもその状態で体力と気力をふり絞って戦ったのだ。

 緊張の糸が切れた途端にこうなってもそれは仕方がない事だろう。

 それは言葉として主張する元気もなかったが、同じような状態であるのは彼女だけではなかった。

 

―――クゥゥゥゥ……キュルルルル。

 

 響のそれと比べて数段は可愛らしい音色が、未来の腹から聞こえてきた。

 響の身を案じ、同じく碌に食欲の湧かなかった未来は、思いがけない事態に顔を真っ赤にして硬直してしまう。

 と、そんな親友を間近で目の当たりにしてしまった響は、思いがけず「プッ」と吹き出してしまう。

 

 ブチリ、と未来だけが確かに聞いたその音は、果たして己の堪忍袋が千切れる音だったのか。

 

「ひ・び・きぃいいいいいいいいいいいいいいいッッッ!!!!」

「わ、ちょ、ゴメ、ゴ、ひゃ、ひょ、ひょふぇん、ひょふぇんふぁふぁふぃ~~~~~!!!」

 

 先ほどとは一転、今度は紅蓮のように怒りを滾らせ、未来は響の頬をムニムニムニムニとこねくり回しながら引っ張り回す。

 頬の痛みと何よりも親友のガチの怒りに、響は今までにない危機を抱いてマジ泣き寸前であった。

 そんなじゃれ合いを展開されて、奏は思わず吹き出しながら場をまとめようとパンパンと手を叩いた。

 

「はいはい。その辺にしておけよお二人さん。……腹減ってるって言うなら、こっちの若大将がこれからごちそう作ってくれるってよ?」

 

 それに対し、思わず奏の方へ首を振り向かせる士郎。あまりにも唐突な提案に、目を見開いて驚愕を隠せない。

 何を言っている、と彼が言おうとするよりも早くガバァアッ!! と墓場から復活した不死身のモンスターよりも力強く響が起き上がってきた。

 

「本当ですか、衛宮さんっっ!!!!」

 

 口の端から早くも涎を垂らしながらこちらを見つめる響の眼差しは、なによりも輝いていた。

 というか、なんだか先ほどの闘いの時よりも輝いて見えるのは一体どういうことなのかちょっと問いただしたくなってくる。

 と、その時だ。後ろから士郎の肩をチョンチョン叩く者がいた。思わず振り向けば、そこにいたのは麓で待っていたはずの慎次だ。

 

「お前、いつの間に……」

「ついさっきだよ。それよりも士郎、コレ」

 

 言いつつ、慎次が笑顔でよこしたのは通信端末だ。なんだか嫌な予感がしてきた士郎だが、仕方なくそれを受け取り耳に当てる。

 すると、向こう側から聞き覚えのある野太い声が快活に轟いてきた。

 

『士郎、二課の食堂の使用許可取ってきたぞ!! というかここまで世話かけたんだ、オレたち全員の分まで作りやがれ!!』

 

 フハハハハハ!! と笑いながら言い渡された言葉に、思わず盛大な溜息と共に肩を落とす士郎。

 

「……一応、ケガ人なんだがな?」

「すぐ治るんだろ?」

 

 ポンポンと背を叩かれながら言われてしまえば何も返せない。士郎はもう一度盛大に息を吐くと、腹を括った。

 

「―――わかったよ。こうなりゃなんでも作ってやるから好きなだけ食いやがれ!!」

「ぃやったぁーーーーーっ!! やったね、未来! 御馳走だよ御馳走!!」

 

 先ほどの消耗もどこへやら、響は跳び上がって喜びを体現した。こちらの手を取りながらそう言われれば、未来ももう言い返す気も起きなかった。

 

「まったくもう、響ったら。……まあいいや。それじゃあ遠慮なくご相伴にあずかりますね、衛宮さん」

 

 そうしてはしゃぐ響を筆頭に、全員がその場を後にしていく。

 その中で、士郎はふとあることに想いを寄せた。

 

 奏も指摘したように、先の響との問答で士郎は自身の心にあった澱のようなものが晴れたような感覚を得ていた。

 全てに納得して受け入れたわけではない。そう簡単に払拭できているのなら、とっくの昔に折り合いの一つや二つつけられていたはずなのだ。

 それでもなお、士郎がほんの少しでも響の言葉を受け入れてその心根を軽くすることができたのには、理由があった。

 

(……立花が言っていたこと。そういうのが、お前が最期に願ってくれたことなのかな?)

 

 ほんの少しだけ。

 閉じた瞼の裏に思い浮かべるのは、雪のように白く儚い小さな少女。

 切嗣と同じく、死によって永遠に別れたもう一人の義姉。

 

(なあ、イリヤ)

 

 声に出さず問いかければ、何故だか優しく微笑まれているような錯覚を覚えてしまった。

 

 

 

***

 

 

 

―――いつか、いつの日か。

 

―――シロウの夢が、士郎だけのものではなくなりますよーに!!!

 

 

 

 




 というわけで、何とか平成の内に更新できました!!
 そしてまたしても盛大に長くなってしまい申し訳ありません!!
 ……半分に区切ったほうが良かったですかね?
 何位せよ賛否両論不可避な気がしますが、この作品ではこんな感じということでご了承ください。

 それはさておき、内容解説。

・廃神社
 当然ながらオリジナル。
 多分、レイラインの加護もろくになかったから潰れたんじゃないですかね?(適当)

・響VS士郎(序盤)
 外套を脱いでるのはhollowのアーチャーのリスペクトというかオマージュというか。
 纏うべきときに纏う戦装束っていう終盤のあの演出は今でも心に残ってます。
 なので、逆説的に纏うべき時ではないので脱がせてみました。
 ……ちなみに二期でも同じような演出する予定。

・未来&奏
 響のためなら稀代の歌姫にも噛みつく(物理)未来さんマジパナイ。(爆)
 というか、この戦いで一番しんどかったのは奏さんじゃなかろうか。

・響VS士郎(中盤戦)
 ぶっちゃけ、響を痛めつける描写が割と書きやすかった辺り、自分の脳はどうなっているのか……(震え声)
 ちなみにこめかみへの攻撃を書くとき、最初ヘッドギアの存在を忘れていてそれに気づいてからどうしようか迷ったっていうのがあります。
 同じくらいアレな後頭部ってのも考えましたが、敢えてヘッドギア砕いてのこめかみアタックに。
 ……ちなみによいこだろうが悪い子だろうが真似してはいけません。普通にヤバいから。絶対真似すんなよ。(ガチで大切なことなので二回言いました)

・響VS士郎(問答)
 アーチャーではないけどそれに近い士郎の気持ちというのを考え、その結果がこれです。
 間違いだと思っていても、後悔はしていない……多分、これで守護者になっちゃうと間違いなうえに後悔までしちゃうのかもしれません。
 ちなみに前にも触れましたがこの作品の士郎はセイバールート後ですが、ある理由で自身が世界と契約した後の自分がアーチャーであるというのを知っていたりします。
 ……まあ、それでなくとも今の自分の姿を鏡で見れば察せられてしまうかもしれませんが。

 それに対する、響の言葉。
 これについては、直接助けられた側だからこそ言えるものだとして書きました。
 UBWの士郎VSアーチャーが互いを否定し合うものなら、この響の戦いは否定しようとする士郎を肯定して繋ぎとめるためのものと言えます。
 うまい具合に比較になっているならば良いのですが。

・未来&奏リターンズ
 微妙にパルってる未来さん。
 でもきっときよひーよかマシ。(比較が悪いと言ってはいけない)
 ちなみにこの戦いの士郎、割と容赦なく戦ってるように見えますけど、実は顔とかお腹とか女の子的に一番傷ついたらダメなところは絶対に攻撃してなかったりするんだゼ?
 ……いや、手足潰す時点でアウト中のアウトだけど。

・響VS士郎(決着)
 シンフォギアに関する解釈は微妙に独自のも混ざっているのでご了承ください。
 あと、次回以降でも独自解釈を含んだ講釈をする予定なのでそこら辺もご了承してくださるとありがたいです。
 しかし実際問題、シンフォギアと固有結界って割と共通点多いですよね?
 こっちは割と心象による形状変化しやすいけど。(XDU並感)

・響と士郎、最後の問答
 ぶっちゃけこの辺りが一番賛否別れそうでドキバクしてたりします。(不整脈)
 士郎のこれまでの在り方と、響の提示した在り方はまんまFateとシンフォギアのスタンスの違いかなと。
 この辺りはそれぞれの作品の戦闘にも表れているような気がします。
 Fateはどこまで言っても『個』対『個』な戦いな気がしますが、シンフォギアは最終的には大きな『個』に対して皆が結集して戦うって感じですね。
 特撮で例えると、仮面ライダーとスーパー戦隊の違いってところですね。

・しめくくり
 まるで奏が正妻のようだ。(笑)
 そして未だに起きてないからナチュラルにハブにされる防人パイセン……た、退院したらきっと快気祝いしてくれるから。(震え声)
 ちなみに最後のイリヤに関しては、後々に書く予定の士郎の過去編にて。
 ……具体的には、第三期にて公開予定。
 何年後になるんですかねぇ……(遠い目)


 ……とりあえず、こんな感じで。
 次回は、多分もっと短くまとまる……といいなぁ……
 それでは、この辺で。
 令和でも、変わらずよろしくお願いします。



【蛇足】

 XDUにて、バンドリコラボのギアは一応全部揃いました。
 切歌だけガチャから出なかったのでメダルで交換。
 未来だけ限界突破3で、他は報酬枠の響以外一枚だけ。

 あと、未来さんのアイギスギア一枚ゲット!!
 強いなこれ!!コストも高い!!
 ……でもギャラルホルン編まだ行けないけれど(これ書いてる時点でようやく第二期のメインストーリーをクリア)


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