学校とは何をする場所ですか、と尋ねられた時、多くの人はどう答えるだろうか?
勉強をする所、道徳性や思いやりを学ぶ所、小さな社会形成を学ぶ所。きっと、色々な答えが返ってくるだろう。
学校は行動範囲が狭い子供にとって、小さな世界そのものだ。出会いがあり、衝突があり、別れがある。
これはそんな物語の1ページ。
◇
「プレシア・テスタロッサです。両親の都合で引っ越してきました。判らない事ばかりだと思いますがよろしくお願いします!」
その日、少年イストは一つの出会いをした。いつもの変わらない平凡な毎日を彩る小さくて、大きな変化。
イストのクラスに転校生がやってきた。
勢い良く頭を下げて、にっこりと微笑むプレシア。クリっとして大きく澄んだ瞳に整った目鼻立ち、腰の位置に届くまで後ろに伸ばした紫の混じった黒髪が頭を下げた事でふわりと揺れた。
イストは口を半開きにして、ポカンとしていた。プレシアの容姿に魅了され、心此処に在らずといった態度でプレシアの事を眺めている。
「自己紹介はコレでいいかな。プレシアさんの席はイスト君の隣ね。イスト君はあそこにいる金髪で緋色の目をした男の子よ」
「はい、判りました」
イストの隣に空いた席を指差し、席の場所を教える先生へ返事をして頭を下げたプレシアは軽い足取りでイストの隣まで移動する。
「これからよろしくね」
ジッとプレシアに見とれていたイストの視線に気付き、プレシアが微笑みながら会釈する。
「う、うん。よろしく」
プレシアの笑顔を目撃して顔が急に火照って来るのを感じたイストは小さく顔を伏せ、プレシアの視線から逃げ出しながら返事をする。そんな時、顔を伏せたイストの目線はプレシアの右手に身に着けているブレスレットを見つけた。その正体をイストは知っている。
「あの、そのブレスレットって――――」
「あ、君もなんだ」
「はいはい、イスト君。転校生の子と話したいのは判りますが、今からは授業の時間ですよ。質問や談笑は休憩中にするように」
「す、すいません」
「ごめんなさい」
プレシアはイストの右手にも自分と同じブレスレットがある事に気付くと表情を明るくさせる。仲良く談笑を始めようとした二人へ釘を刺した先生へ慌てて頭を下げるイスト。
「えへへ、怒られちゃったね」
そう言って、舌をペロッと出してはにかみプレシアを見て、イストの心臓がドキン、と高鳴った。
◇
当然ながら、転校生というのは話題の人物として取り上げられる。休憩中、イストが声を掛けようとしても授業が終わればすぐにクラスのみんながプレシアを囲んでしまう為、引っ込み思案であるイストがプレシアへ声を掛ける事は出来なかった。人好きのする人柄も手伝い、プレシアは転校初日でクラスのみんなとだいぶ打ち解けた。
数日も経てば、プレシアには仲良しの友達が出来ていた。引っ込み思案で人間関係の構築が苦手なイストにとって、プレシアはずいぶんと遠い世界の住人になってしまった。同じ“腕輪持ち”として、勝手に親近感を抱いていたイストはその事に落ち込みつつ、プレシアが自分と全然違う人物だと子供心ながらに理解した。
そんな時、イストは教室の片隅で仲の良い友達を談笑しているプレシアを忌々しそうに睨んでいる男子生徒がいる事に気付く。身体が大きく、喧嘩が強い、クラスのボスだ。彼は“腕輪持ち”であるなら男女関係無く敵意を持ち、敵意を向ける人物として有名だ。
イストは彼と同じクラスになった時は絶望して、今まで媚び諂い、空気のようにクラスで過ごす事で彼の標的になるのを避けてきた。そういう意味では“腕輪持ち”でありながら教室で楽しそうに談笑するプレシアは目立ちすぎたのだ。
「チッ、“腕輪持ち”が調子に乗りやがって。おい、今日の夕方、裏庭へ来るように下駄箱に手紙を入れとけ」
「え、プレシアをやるんですか?」
「あ、ほかに誰がいるんだよ?」
「す、すいません!」
彼と子分のやり取りを聞いていたイストは一人どうしようと混乱して、ある覚悟を決めるとトイレに行く振りをして立ち上がる。イストの向かった先は子分がプレシアを呼び出す為に手紙を入れた下駄箱がある玄関だ。
◇
数時間後、夕暮れに照らされて全てが赤色に染まった裏庭にイストは訪れていた。不安を隠しきれない表情を浮かべているイストの前にはプレシアを手紙で呼び出した彼が立っている。
「――――で、一体何のようだよ。“腕輪持ち”のイスト君?」
「あの、その、これ……」
明らかに不機嫌な態度を見せる彼にオドオドした態度でプレシアの下駄箱に入っていた手紙を見せる。
「あん? その手紙はプレシアに出した筈だぜ。なんでお前が持ってんだ?」
「その……、プレシアさんは女の子だし、暴力は止めた方が……」
「うるせえんだよ! “腕輪持ち”のヘタレ魔導師が!」
「ひッ!」
プレシアへ宛てた手紙を持っていたイストへ彼は鋭い眼光を向ける。バキバキと腕の骨を鳴らし、拳を構える彼の姿に臆病なイストは小さい悲鳴を上げて後退する。
「おいおい、お前らは俺の父ちゃんから仕事を奪った強い魔導師なんだろ? そんな弱腰でどうするんだよ!」
個人の素質によって左右される為に魔導師の数が少ないこの時代、魔導師という事だけで優遇を受ける事がある。それはその裏で泣いている人がいる事を指す。彼の父親は魔導師優遇の煽りを受けた人の一人だ。
彼の振り上げた拳がイストを吹き飛ばす。地面に転がりながらもイストは反撃する様子を見せず、身を守るように身体を丸めている。
「俺は魔法を使われたって文句言わないぜ! だから喧嘩しようぜ、イスト!」
ゲシゲシと身体を丸めたイストを蹴りつける彼は心底愉快そうに言う。勿論、イストが喧嘩で魔法を使う事は無い。それは別にイストに限った話じゃない。魔導師と非魔導師が同じ学校で生活する上で喧嘩になった場合、魔法を使える魔導師の方が強い。しかし、魔法は使い道を誤れば危険な力となる。その為に魔導師と非魔導師が共学する場合、魔法が使えなくなるように魔導師は腕輪を着用するのだ。ブレスレットになっている腕輪を外して魔法を使用すれば厳しい処罰が学校から下される。
元々の体格差から素手で喧嘩を行えば勝敗は歴然。数分もしない内にイストはボロボロの身体を恐怖に震わせて、一心不乱にごめんなさい、と謝っている。そんなイストの姿に彼はケラケラと笑っている。
――――そんな時だった。
「ちょっとアンタ! 何やってるのよ!」
沈んでいく夕日を背景に風に黒髪を靡かせたプレシアが怒鳴り声をあげながら現れた。
「なんで此処に……」
「色々、部活見学していた時に見つけたからよ!」
見っとも無い姿をプレシアに見られて泣きそうなイストの呟きにプレシアが答える。その正義感は素晴らしい長所であるが、今はタイミングが悪い。
「ハッ、イストの奴も救われねえな! 折角、お前を助けようとして一人で此処に来たのに、何も知らないお前が此処に来るんだからな!」
「――――? どういう事?」
その言葉に首を傾げたプレシアはイストの方を見る。慌てて視線を逸らすイストに溜息を吐いた後、プレシアはイストの近くに落ちていた手紙を見つける。手紙の内容はプレシアを此処へ呼び出すモノだ。しかし、この手紙の事をプレシアは知らない。
この状況とボロボロのイスト。聡明なプレシアはそれだけで事情を理解した。
「……そう、事情は理解したわ。なんで私に用があった筈なのにイスト君がボロボロなの?」
「知るかよ。お前等魔導師達が弱いって言って父ちゃんを弾き出した。なら、力が無い魔導師が虐げられても文句無いだろ」
「――――もういいわ」
どこかで確かにブチリ、と何かが切れる音がした。よくよく観察してみればプレシアの左手には強引に引き千切られたブレスレットの破片が握られていた。
「アンタの理論に従って、私がアンタを虐げてあげる!」
――――息を呑むほどの電光が裏庭を埋め尽くした。
◇
「……それで、なんでこんな事をしたの?」
圧倒的な力の前に慌てて逃げ出した彼を放っておき、プレシアはボロボロのイストへ尋ねる。イストがプレシアを守ろうとした事は判る。だが、何故守ろうとしたのか。それがプレシアには判らなかった。
「え~と、その……」
まだ痛む身体を起こしてプレシアと向き合うイストはプレシアの質問に言い淀む。理由を告げるという事はイストの気持ちを伝えるも同様。今は隣の席の男子、としか思っていないプレシアへ気持ちを伝えた所でイストが落ち込むだけだ。
まっすぐに自分の瞳を見つめるプレシアの視線から逃げ出すように視線を逸らすイスト。何か誤魔化す方法は、と内心で慌てるイストはあるモノを見つけた。
プレシア自身が放った雷によって飛び散った石で切ったのだろう。プレシアの手に小さな切り傷があった。
「え……」
何も言わず、イストは自分のブレスレットを引き千切ると小さくて柔らかいプレシアの手を取る。突然の行為にプレシアは目を丸くした。イストの両手から暖かくて優しい光が漏れ出し、怪我をしたプレシアの手を治療する。
「治癒魔法……」
驚きを口にするプレシアにイストが笑い掛ける。
「女の子が怪我をするのはいけない事だと思うから…………」
そう言ってはにかむイストの方がプレシアよりもボロボロな訳で。それでもプレシアを優先して治療するイストにプレシアは呆れる。
「…………バカ」
プレシアの中で、ただ隣の席に座っているクラスメートではない、別の何かに変化したイストに向けてプレシアは小さく呟いた。
◇
これは未来へ続く始まりの物語が始まる前に、終わってしまった始まりの物語。
存在を知って衝動的に書いた作品です。