鋼の鳥は約束の場所へ   作:白鷺 葵

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【諸注意】
・拙作『大丈夫だ、問題しかないから』(ガンダム00×地球へ…×スパロボシリーズ×Gジェネシリーズ等の変則的なクロスオーバー作品)がUXの世界観に組み込まれており、ガンダム00原作死亡者の一部が生存している。
・『大丈夫だ、問題しかないから』がたどり着いたかもしれない一種の未来図。そのため、あちらのネタバレの塊状態である。
・先天性で刹那がTSしており、グラハムとくっついている(重要)
・先天性で刹那がTSしており、グラハムとくっついている(重要)
・オリキャラが多数出演している。
・スパロボUX時空がネタとギャグ方面で愉快なことになっている。
・スパロボXもネタとギャグ方面で愉快なことになっている。
・魔従教団について捏造+魔改造が施されている。
・基本的にダイジェスト形式。
・ホープス×アマリ(重要)
・ホープス×アマリ(重要)
・ホープス×アマリ(重要)

上記が大丈夫の方は、この先にお進みください。


この状況に覚えあり

「ジャンも大変よね。ナディアのお守だなんて」

 

「全然、苦労なんて思ってないさ。好きでやってることだから」

 

 

 チャムの同情に対して、ジャンは笑顔で答えた。彼の表情からは、ナディアに対する負の感情など一切感じない。一途で真っ直ぐな少年の心には、ただ1人の少女へ対する恋/愛があった。

 我儘な少女に振り回されているにも関わらず、ジャンはそんなナディアの在り方も尊いと考えているようだ。恋や愛という感情が“そう”させていると考えると、些か滑稽なことだとホープスは思う。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()――それが、ホープスの系譜に関わる持論である。

 

 ただ、ナディアから様々な無理難題や八つ当たりを受けても、めげることなく彼女に尽くそうとするジャンの姿勢からは、学ぶべきことが多いと素直に賞賛できた。

 特にアマリは、他人から言われるがままに流されていた節がある。自分の意見があったとしても、自信がない故に黙り込んでしまうのだ。そこは彼女の悪いところである。

 本人もそれを自覚しているものの、改善までにはまだまだ時間がかかりそうだ。彼女には強くなってもらわなければ困る。ホープスにとって、彼女は()()なのだから。

 

 

「――でも、自分が使うんではなく、あんな風に()()()()()()()です……」

 

 

 ジャンからは学ぶことが多いという話題に同意したアマリが、ぽつりと零した呟き。

 

 蚊が泣くような声色だったにもかかわらず、鮮明な響きを宿していたように感じたのは何故だろう。

 思いを馳せるかのように頬を染めた少女の横顔に、頭を殴られたような衝撃を感じたのは何故だろう。

 

 年頃の男女が恋や愛に想いを馳せている姿は何度も目にしてきた。そこから湧き上がる感情にも、触れた経験はある。

 アマリだって18歳だ。年頃の少女だ。恋愛に興味があって、恋愛に想いを馳せるのも当然だと言えよう。

 冷静に考えれば当たり前のことだった。アマリだっていつかは、恋をして、誰かを愛し誰かからも愛される日が来るのだろう。

 

 

『旅を続ければ、あたしやソラみたいな異界人もどんどん仲間になるだろうね。アマリにも友達が増えて、色んな顔をするようになる。お前に対してはずーっと怯えっぱなしで不満そうな顔ばっかりなのに、他の人と話しているときだけすっごく楽しそうな顔をしていて、そのせいでどんどん距離が空いてしまう。――そうなったらお前、どんな気持ちになる?』

 

 

 つい先日、セイカから向けられた言葉が頭の中で響き渡る。何度も何度も巡る言葉は、激しい痛みを伴って刻まれていく。今すぐ彼女を問い質したい衝動に駆られたが、ホープスとアマリの関係は、互いの人間関係に関して口出しできる仲ではなかった。そのことに、ホープスは何とも言えぬ歯がゆさを感じる。

 同時に、思う。もし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――と。強い知的好奇心が湧き上がるものの、同時に、言葉に出来ない程の恐怖も湧いてきた。相反する感情が、ホープスの喉元を締めつける。鳴り損なった呼吸が漏れた。

 

 

「最も、みなさんに苦労と迷惑かけてばかりの私じゃあ、誰からも()()()()()()()()()はずがないのかもしれませんけど」

 

「――そんなことはありません」

 

 

 自信なさげに笑ったアマリは、どこか悲しそうに目を伏せる。ホープスは咄嗟に、強い調子で、アマリの言葉に食い下がった。

 

 まさかホープスがそんな反応をするとは思わなかったのだろう。アマリは驚いたように目を瞬かせた。緑柱石を連想させるような瞳には、やけに真剣な顔をした鸚鵡の姿が映し出されている。

 自分の出した声と今の表情は、ホープス自身も非常に驚いていた。動揺を何とか押さえつけ、ホープスはまっすぐアマリを見返す。舌が張り付き、嘴は接着剤で塗り固められてしまったのかと思うくらい、自由に動かなかった。

 口を開いて言葉を紡ぐ――単純な行為のはずなのに、それがとても難しいことのように感じたのは何故だろう。でも、黙っていることができなくて口を開き、アマリの反応が怖くて口を閉じてしまう。

 

 躊躇いながらも、それでも、やっぱりホープスは黙っていられなかった。

 自分を抑えつけようとするすべてを振り払うようにして、口を開く。

 

 

「私は、マスターとの旅、……気に入っていますから」

 

 

 ……多分、この言い方は間違っているのだと思う。でも、それ以外に、それ以上に、ホープスは上手い言葉を見つけることができなかった。

 言葉を紡いで、真っ先にホープスに襲い掛かったのは後悔だった。らしくないことを口走ったことは事実だが、やはり黙ったままにしておくべきだったか。

 居たたまれない気持ちになって視線を逸らす。アマリは沈黙したままだった。妙な緊張感に、体を掻きむしりたい衝動に駆られる。

 

 

「――ありがとうございます、ホープス」

 

 

 柔らかな声色に、声の主へ視線を向けた。アマリは照れ臭そうに微笑んでいる。――ホープスの中に、凄まじい安堵と羞恥が湧き上がった。

 

 自分の醜態を察知されぬよう気をつけながら、ホープスは別の話題を提供した。仲間たち――特にセイカが、好奇の色でこちらを見ていたためである。

 どいつもこいつも、生暖かな笑みを浮かべてこちらを見つめてくるのが不快だ。おまけに、照れたようにはにかむアマリの笑顔が頭からちらついて離れない。

 

 

『――そういうの、相手のことが好きじゃないと、感じないものなんだよ。恋愛的な意味でね』

 

 

 そんなことはない。そんなことは、ないのだ。

 自分が、愛だの恋だのに現を抜かすはずがない。

 何故ならホープスは、ホープスの系譜に連なる()()は――

 

 

<――ホホウ>

 

 

 どこかで、何かが嗤う気配がした。何かが蠢く気配がした。まるで()()()()()()()()()()()()と言わんばかりに、どす黒い悪意を感じ取る。

 

 “運命はお前を逃がしはしない。お前は運命から逃げられはしない”――()が言外にそう語っている気配を感じて、ホープスは内心舌打ちした。

 確かに自分の外見は、自由に空を飛び回る鳥だ。でも、今の自分には自由はない。使い潰されるだけの運命(さだめ)が待っている。

 

 逃げるために鳥籠を飛び出した。その延長で、ホープスはアマリを見出し、契約を交わしている。彼女は教団の下っ端術士ではあるが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()としては、非常に適任だったのだ。

 真実を知っているが故に服従している導師も、アマリに愛されることを夢見てドグマを増幅させているような法師も、アマリの同期で彼女と一番仲が良い二流術士も、神の加護に飲み込まれたままの術士たちも、この世界の摂理を司る神も、ホープスは腹立たしいと思っていた。

 3000年の歴史にのめり込んだ教団よりも、どこにでもいるちっぽけな術士の方が()()()()だと思える。どちらを選んでも、ホープスの末路はロクなことにならないだろう。だが、僅かでもマシな可能性があるのなら、賭けたいと思うではないか。

 

 

(食われて堪るか。お前の為に死ぬなんざゴメンだ)

 

 

 逃げてやる。逃げ切って、自由を掴んでやる。そのためにも、生き延びなければ。

 ついでに、奴に対して仕返しをしたって構わないだろう。嫌がらせをしても構わないだろう。

 

 ――そのためにも、マスターにはもっと強くなってもらわなければ。

 

 自分にとって、死は何よりも恐れるべきことだ。

 死を回避するための手段は、1つでも多い方がいいのだから。

 

 

★★

 

 

 アル・ワースは、大きく分けて3つの文明圏に分けられている。

 故に、西部・東部・南部では文化や技術力に大きな差があるらしい。

 

 因みに、一番最初に宙継たちが立ち寄ったモンジャ村が属している創界山は、アル・ワースの西部地域一帯を指し、この世界の聖地とされている。文明区分で表すなら、西部は田舎と称されるそうだ。

 

 東部に存在する『マナの国』は、“マナと呼ばれる魔力を使うことで、社会のすべてを成り立たせている”国家群のことを指す。マナはあらゆるものを思考で操作できる高度情報化テクノロジーと定義されており、これがなければマナの国で生活することは不可能だと言えよう。

 我々の世界で言えば、科学色が強い魔法のようなものか。魔従教団の術士が行使するドグマとも非常に似通っているようだが、アマリが自信満々に語った『私のドグマの方が戦闘向け』という部分から、高度情報処理能力による支援系型の魔法体系だろうと推察できた。現物を是非とも拝んでみたいものである。

 ただ、“マナを使えるのはマナの国に住んでいる人間のみで、外の世界の人間はマナを使う者の姿は目撃されていない”、“マナのない人間は、マナの国では生きていけない”、“()()()()()()()()()()()()()、マナを持たない人間には生きる術がない”という不穏な話題が挙がっていた。

 

 ホープスが詳細を説明しようとするのをアマリが遮ったあたり、便利な社会の中には歪な体制が敷かれているのだろう。

 経験上、セイカと宙継は“そういうもの”を察知する力に長けている。――1人と1匹が、眉間に皺を寄せた宙継に気づかなかったのは、果たして幸運だっただろうか。

 

 

『セイカ。僕、今、どんな顔してます?』

 

『テレビでハザードの記者会見を見てたときと同じ顔』

 

『――ああ、そうですか。ハザードと戦ったときの顔じゃないなら、まだ大丈夫ですね』

 

 

 思念波でそんな会話をしていたことを気づかれたら、アマリやワタルたちはどんな反応をするだろうか。可能性を集めた結果、邪悪を束ね尽くした最凶の小悪党と化した人災。擁護不能、超弩級の悪を極めた男だ。

 奴は何度打ち倒されても、不死鳥のように表舞台へ舞い戻ってきた。不正を暴かれてアルカトラズ収容所に収監されたが、そこで発生した事件のドサクサに紛れて脱獄。その後は何故か“何事もなかったかのように”表舞台に復帰し、数々の悪行を行った。

 そのくせ、殴りたいのに殴れない状況が多く続いたため、アルティメット・クロスの関係者たちは「いつか絶対倍返ししてやる」と刃を研ぎ続けていたらしい。その瞬間が訪れっと期の面々は、今までの鬱憤をぶちまけるように大暴れしていた。

 

 

『個人的には、マザーコンピューター・テラ絡みの顔が一番ヤバいと思う』

 

 

 宙継の思念に対して、セイカは思わずそう零していた。宙継の顔が曇ったのも、マナの国の体制にマザーコンピューター・テラとの類似点を察知したためである。

 

 マザーコンピューター・テラの前身であるグランドマザーは、古のミュウを突然変異種と断定し、人類たちにミュウの根絶を命令した。ミュウに目覚めた者は、どんな人間であろうとも無条件で殺しにかかる。ミュウ抹殺の為ならば、惑星破壊兵器メギドシステムを躊躇なく投入する程だ。辺境の惑星ナスカで静かに暮らすことすら、グランドマザー/歪んだ体制で育った人類は許してくれなかった。ナスカは滅び、古のミュウは数多の命を散らしている。

 しかし、グランドマザーが虐殺を命じていたのはミュウだけでない。支配体制を継続させるための実力を有さない者、支配体制に対して反抗的な思想や性格が形成されている者も、抹殺の対象にされていた。この情報はグランドマザー停止後になって、データをサルベージした結果手に入った情報である。その中には、グランドマザーがシステムの体現者とするために育てていた人間――キース・アニアンの情緒教育や、ミュウの長――ジョミー・マーキス・シン抹殺のために、人生を歪まされた者たちの存在もあったらしい。

 

 ノーヴル・ディランの論文によると、『地球や宇宙にマザーコンピューター・テラ本体とその関連端末が存在していたのは、“前の輪廻で滅びを迎えた世界のロストテクノロジーが、現代まで眠っていた”』ためだそうだ。

 ひょんなことからマザーコンピューター・テラの端末を見つけた刃金蒼海は、このオーバーテクノロジーに触れたために増長した。だが、人間を洗脳することが可能というスペックからして、蒼海がマザーコンピューター・テラによって洗脳された可能性も否定できなくはない。

 

 残念ながら、その真相は闇の中。マザーコンピューター・テラは永遠に停止したため、その謎に触れることはもうできなかった。閑話休題。

 

 南部に存在する『獣の国』は、獣人と呼ばれる生き物が住んでいる。丁度、外見は()()クラマと非常に似通っているらしい。諸国漫遊の旅で獣人と何度か出会ったことがあるシバラク曰く、『7年前に国家体制ががらりと変わってしまった』という。国内はまだバタバタしていて、他国と交流を結ぶ余裕は無いようだ。

 

 

『――じゃあ、まずはマナの国の人にドアクダーのことを話して、協力して貰おうよ』

 

 

 創界山第1界層からは遠回りになるが、戦力は強化しておいて損はない。ワタルの意見に反対する者はいなかった。

 

 マナの国の後ろ暗い情報が気になって仕方がないし、表情をあからさまに曇らせたアマリや腹黒さを漂わせるホープスの様子が気にならないかと言ったら嘘になる。

 それでも、進まなければならぬときがある――悪意が待ち構えていたとしても尚、その悪意に挑む必要があることは、アルティメット・クロス時代に何度も体験したことだ。

 どの道、いつかは毒を食わねば先に勧めない日がやって来る。それが早いか遅いか、どんな状況かが変わるだけだ。早まった程度で狼狽えるような時期は、もうとうに過ぎていた。

 

 

「――ねえ、見て! ロボット同士が戦ってるよ!」

 

 

 ワタルが指さす方向には、戦いを繰り広げるロボットたちの姿があった。戦艦1機とモビルスーツらしき――ガンダムタイプと非常によく似た――機体2機が、凡庸量産機と思しき機体の群れと戦いを繰り広げているところだった。

 機体に反応したのはセイカと宙継だけではない。どうやら、チャムとショウも『戦っている機体はモビルスーツであり、そのうち2機はガンダムに似ている』と思ったようで、反応を示した。直接関わったわけではないが、彼はモビルスーツのことを知っているらしい。

 

 どちらも、ワタルや宙継たちと同じ異界人だ。早速コンタクトを試みる。

 疑似的なトランザムバーストを発動しようと宙継が準備し、ワタルが通信回線を開いた瞬間だった。

 

 

「攻撃を開始しろ!」

 

 

 攻撃を仕掛けてきたのは、数多の凡庸量産機の群れだった。こちらは遠距離攻撃を回避したが、敵勢は追い打ちを仕掛けるために襲い掛かってくる。

 

 

「いきなり撃って来おった!」

 

「ワタルくんや宙継くんに向かって撃って来たということは……」

 

「相手側からしてみれば、『対話をする必要性も感じない』ということですか」

 

 

 有無を言わさぬ攻撃にシバラクが驚き、アマリとホープスが相手側の意志が如何なるものかを面々に伝える。

 

 規模と方向性は全く違うが、人の話や都合などお構いなしという点では、自分のやり方が正しいと妄信していた加藤久嵩や擁護不能の小悪党ハザード・パシャとよく似ている。凡庸型部隊――特に、その指揮官と思しき人物は加藤に近しいタイプのようだ。

 更に分析すると、つい先日ドアクダー陣営についたトッド・ギネスや、UX在籍時に敵として戦ったことがあるという黒騎士バーン・バニングスと似たような感情も溢れていた。自分の正義、尺度、因縁に付随した感情によって、彼らは自ら視野を狭めてしまっている。

 ああいう手合いは、どこかできちんと因縁に決着をつける機会が必要だ。でなければ、世界がダメになる瀬戸際でも、世界を救おうとしている人々の努力までもを無碍にしかねない程度の暴走はしてくる。

 

 具体例に挙げるとしたら、バルキアスとジスペルが幅を利かせていた世界にいたフリット・アスノだろうか。仲間内から“高性能じいちゃん”と呼ばれるフリットは、火星に追いやられた人類ヴェイガンを蛇蝎の如く憎んでいた。普段はまともで頭の切れる司令官なのに、ヴェイガンが絡むとキルゼムオール一択になってしまうくらいのヤバさがある。ヴェイガンが行った悪辣な遊びの延長で、初恋の女の子が亡くなったことが原因らしい。

 一時は“ヴェイガン殲滅の為、火星にプラズマダイバーミサイルを撃ちこもうとする”ところまで行ったが、孫や息子に止められたことで冷静な判断力を取り戻す。彼はプラズマダイバーミサイルから発せられる光を使って戦場にいる兵士たちに注視を促し、立場を超えての協力を打診した。最後は息子アセムの友人/ヴェイガンの司令ゼハートを受け入れ、協力を要請。ゼハートは“地球連邦軍から協力要請を受けたヴェイガン代表”として部隊へ加わった。

 

 最後は、息子&息子の友人VSおじいちゃんと孫のチームで温泉卓球に興じる程の仲になったらしい。高性能じいちゃんは卓球でも獅子奮迅・八面六臂の大活躍を見せ、孫からはべた褒め・息子からは「無茶するな。アンタ何歳だ。いい加減にしろ」と悪態をつかれたそうだ。戦艦での戦術指揮からMSパイロットまでこなす高性能じいちゃんはとんでもなかった。

 

 他にも、人の話を聞かないという点に該当する人物は、宙継の身近にも1人いる。――最も、彼は宙継の父親と一緒に外宇宙探索の旅に出ており不在なのだが。閑話休題。

 

 

「大人のくせに、人の話を聞かないのか!!」

 

「『ミスルギ皇国に所属する機体以外は撃墜せよ』と命令を受けているのでな」

 

 

 こちらは戦う気などなかったのに、向うが容赦なく襲い掛かって来たのだ。ワタルが怒りをぶつけるのは当然だろう。相手は謝罪の代わりとでも言うのか、自分たちがどの団体に所属してどのような指示を受けたのかを語ってくれた。

 その割には、彼――バタフライマスクをつけた男は、非常に不本意そうな思念を漂わせていた。「本当は雇い主のことが嫌いで嫌いで仕方がない。だが、従わないと部下たちを養ってやれない」という切実な懐事情がにじみ出ている。

 

 

「仮面……」

 

 

 宙継は何とも言い難そうな表情を浮かべた。あの様子だと、彼は父親の友人を思い出したらしい。彼も一時期、仮面をつけて奮闘していた姿を見ていたことがあったという。閑話休題。

 

 マスクの思念からは『クンタラ』という単語が飛び交っている。呪詛のような響きを持つそれは、バタフライマスクの劣等感を増幅させていた。彼の思念を深く読み取った宙継が、セイカに情報を共有してくれる。

 

 『クンタラ』というのは、マスクの世界における負の遺産が差別用語に変わったものだ。彼の世界では遠い昔、大規模な食糧難に見舞われていたという。人類はどうにかして生き延びようと画策した挙句、食糧として人肉を喰らうことを選択。多くの人々が“食人用の家畜”としての烙印を押されたという。

 後に、食人という行為自体がタブー視されるようになり、家畜として生かされてきた人々にも人権が戻ってきた。自分たちの命や、子孫たちの未来も絶たれずに済んだ。だが、どれ程時間が経過しても、“クンタラは食糧にされるような卑しい人間”という差別意識は根強く残っているらしい。何かと引き合いに出されては蔑まれているようだ。

 

 

「…………」

 

 

 宙継の表情が曇る。似たような痛みを抱えているが故に、彼の劣等感や憤りを他人事とは思えないのだろう。

 それに、クンタラが辿る被差別史は、古のミュウや現在のミュウおよびイノベイターの立ち位置とよく似ている。

 唯一の違いは、“食人用の家畜”か“旧人類からの脅威認定からの虐殺対象or兵器利用”くらいか。どちらも未来が暗いことは明らかである。

 

 

「お仲間だと思ってホイホイ近づいたのが運のツキだったってワケかい……!」

 

「異界人同士で争うことになるだなんて……!」

 

 

 グランディスとショウが歯噛みした。凡庸機部隊が揃いも揃って敵に回ってしまったため、救世主一行も戦力的に不利な状況下である。この状態で三つ巴になってしまえば、大混戦の後に叩き潰されるリスクが高い。だが、もしここで戦艦とモビルスーツ2機の別陣営と手を組むことができれば、凡庸機部隊を退ける程度のことは可能だ。期待値は低いものの、対話の結果によっては、凡庸機部隊側がこちらへの対応を考え直す可能性もある。

 ワタル/龍神丸と宙継/フリューゲルは顔を見合わせて頷き合った。宙継が対話を試みていると知っているから、セイカは迷わず疑似的なトランザムバーストを展開する。自分たちの多くが異界人であること、自分たちを召喚した黒幕候補の1陣営を倒すために旅をしていること、そのための仲間を欲していること、元の世界へ戻るためにはアル・ワースの危機を救うことが一番の近道であること――後は相手の反応待ち。

 

 

「問答無用! 貴様らには、我々の踏み台となってもらうぞ!」

 

 

 喧嘩を撃って来たのは、やっぱり凡庸機部隊だった。彼らは実利主義者であり、自分たちが身を置く『ミスルギ皇国の国力』の方が有益だと判断したのだろう。

 異邦人が9割を占める救世主一行には、明確な後ろ盾がない。被差別経験者である彼らだからこそ、協力者に対して目に見える価値を求める傾向にあるらしい。

 おまけにこの部隊――特に指揮官であるバタフライマスク――は、元の世界でも人々から蔑まれてきた弊害として、“他者を受け入れる”という精神的な余裕を持っていなかった。

 

 先の件で、バイストン・ウェル兵たちがクルージング・トムの配下になった理由と同じ――この世界で、自分たちの生存権を確立する――だ。

 

 

「どうします、艦長!?」

 

「戦力的には圧倒的不利なんだ! あの連中を利用してでも、この場を切り抜けるぞ!」

 

 

 だが、()()()()()()()()()()で、()()()()()()()()()()者たちがいた。戦艦と2機のモビルスーツたちは救世主ご一行側につくことにしたらしい。即座に協力要請の通信が入ってきた。仲間たちは互いに頷き合い、モビルスーツ2機と戦艦に合流した。

 あちこちで剣載の音が響き渡った。凡庸機の群れが、宙継とセイカ/フリューゲルへと殺到する。彼らが繰り出す攻撃は、どことなく助けを求める叫びのように思えたのは気のせいではない。宙継は何とも言えなさそうなしかめっ面のまま、凡庸機たちを的確に行動不能へと陥らせていく。

 

 新たな機体と対峙したワタルは不安そうにしていたが、龍神丸の言葉――どんな機体にも脱出装置がついている。多少は痛い目を見るが、死にはしない――に納得していた。ワタル/龍神丸は剣を振るい、凡庸機を次々と撃破していく。

 宙継は彼のことを気にかけていたが、大丈夫だと分かった途端、安堵したように息を吐いた。実際、龍神丸の言葉通り、どの機体も脱出装置が発動している。爆風に飲まれた者もいたが、死の気配は感じ取ることはなかったようだ。

 元々“極力パイロットは殺さない”ことを信条にしている宙継だが、以前の対戦やアンノウン・エクストライカーズ/アルティメット・クロス在籍時には仕方なく相手を討ったこともあった。道を切り開くためにはやむを得なかった。そのときの感情を、ずっと覚えていたのだろう。

 

 

(“誰かに手を伸ばせるような人間になりたかった”――そう願ったから、貴方はそれを成せる人間になろうとした。だから、ELSの声をハッキリと聞き届けたときの貴方は、躊躇うことなく手を差し伸べてくれた。掴んだ手のことも、掴めなかった手のことも、貴方はずっと忘れていない)

 

 

 ――そんな命を、セイカは愛している。

 

 

「ソラツグ」

 

「はい?」

 

「――大丈夫」

 

 

 セイカの思念を受け取った宙継は、少し驚いたように目を見張った。暫し目を瞬かせた彼だが、ふわりと笑って頷き返す。刹那、背後にいた機体がビームライフルを撃って来た。

 フリューゲルは即座に回避し変形。飛行形態のまま、トライパニッシャーをお見舞いした。パイロットは機体を放棄する旨を叫んで、脱出用ポッドでこの場から離脱する。

 

 今度は別機体が襲い掛かってきた。セイカは即座に機体へELSを取りつかせ、パイロットを放り出して同化する。ELSの浸蝕を目の当たりにした驚きからか、敵の機体が停止した。セイカは早速、機体の学習に入る。

 あの機体名はカットシー。リギルド・センチュリーと呼ばれる世代に生み出された、キャピタル・アーミーの凡庸機だ。平均的な能力の機体だが、数の暴力で挑みかかられるとそこそこキツイ。

 ELSたちは早速カットシーに擬態し、敵部隊相手に学習成果を披露してみせた。撃墜されたはずの機体が再び現れ、自分たちに攻撃を仕掛けてくる図は、彼らの恐怖心を煽って統率を乱すことに成功した。

 

 

「な、なんだ今のは!? アレは化け物か!?」

 

「……差別されるのが嫌いな人が、差別する人と同じリアクションしてるのって滑稽だね」

 

 

 マスクの反応は、何も知らない人間としては正常な反応だろう。実際、宙継の世界の人間たちも、最初は同じ反応をしたのだから。……気持ちがいいものではないが。

 

 セイカは相手へ通信を開き、一方的に吐き捨てる。マスクはセイカの言葉から、宙継とセイカが被差別側の存在であることに気づいたのだろう。ハッとしたように息を飲み、沈黙する。

 

 

「あまり酷いこと言っちゃダメですよ、セイカ。彼の反応は、“差別する側の人間”として当然のことです」

 

 

 「そこら辺は、僕を実験体にしようとした過激系軍閥のお偉いさん一派と変わらないですよね。クンタラとか関係なく、彼もまた“人間”だったということです」と、宙継は薄暗く笑った。全文そのまま、マスクの通信に垂れ流しである。マスクは余計に居たたまれなくなったようだ。こんな“人間”認定、されたくなかったに違いない。

 宙継の世界で戦いが終わった――多くの異種族と対話が成功した後も、一部の人間は急激な変化を受け止められないでいた。イノベイター等の新人類に対しては――未知への恐怖故に――扱い方に困っている部分もある。特に、軍部やテロリストの過激派は、新人類を兵士/兵器として利用しようとしている一派が、ちょくちょく問題を引き起こしていた。

 事後処理によって件数や規模が減ったと言えど、世界の流れが急に良くなるとは限らない。宙継は『お父さんが帰って来るまでには、表立った差別を鎮静化させておきたい』と語っていたが、それが茨の道であることは誰もが予想できることであった。それでも、彼は往くのだろう。養父のクーゴが彼を希望とみていることを知っているから。閑話休題。

 

 

「……そこの乱入者。同じ痛みを抱える者として、非礼を詫びよう」

 

「お気になさらず。元の世界で、似たような反応には慣れていますから。――こちらこそ、酷い言葉を吐きました。申し訳ありません」

 

 

 マスク側から通信が入った。宙継は無理矢理笑って返答する。これ以上のやり取りは、お互いの傷を広げるだけだ。

 

 

「決着をつけたい相手がいるんでしょう? 邪魔をするだなんて、無粋な真似はしませんよ。ひとつの“命”として、当然のことですから」

 

「そうか。……貴殿は我々を、ひとつの“命”であると認めてくれるのだな」

 

 

 フリューゲルと指揮官機のカットシーは背を向けた。カットシーの延長線の先にいるのは、青基調のモビルスーツ。

 

 

「ベルリ・ゼナム生徒、気合を入れます! ウオ、ウオ、ウオ、ウオーッ!」

 

「何ですの? それ」

 

「キャピタル・ガード伝統のウォークライです!」

 

 

 青基調のモビルスーツに搭乗している青年――ベルリ・ゼナムは、ワインレッド基調の機体に搭乗する女性の問いに対して、笑みを浮かべて答えた。

 もう戻れない過去の痛みを抱えて、ベルリ/青のモビルスーツはカットシー部隊へと切りかかる。モビルスーツはビームサーベルで格闘戦を挑み、カットシーを一刀両断した。

 ベルリに影響されたのか、女性も敵兵へ突っ込んではバルカンや対艦ビームライフルを連射して敵を仕留めていく。彼女の戦術は、機体のコンセプトとミスマッチだった。

 

 背後から風が巻き起こる。アマリとホープス/ゼルガードが、風のドグマで凡庸機を滅多切りにしていた。追い打ちと言わんばかりにダンバインがオーラ切りを叩きこみ、カットシーは文字通り真っ二つにされ、爆発四散する。脱出ポットは勢いよく飛び出し、明後日の方向へと飛び去ってしまった。

 背後ではマサキ/サイバスターがハイ・ファミリアで遠距離から攻撃を行う態勢を崩して地面に叩き付けられた凡庸機は、そのままグラタンによって跳ね飛ばされた。時限爆弾のオマケが利いたようで、機体は爆発に飲み込まれる。勿論パイロットは無事だ。但し、マナの国とは反対方向に飛んでいってしまったが。

 

 指揮官機のカットシーと青基調のモビルスーツが戦いを繰り広げる。宙継はそれを横目にしつつ、カットシー部隊に向き直った。指揮官機とフリューゲルのやり取りを見て何か思うところがあったのか、他のカットシーたちからは敬意の感情が漂う。別に通信が垂れ流しになっていた訳ではないのに、不思議なことである。勿論、宙継やセイカも同じようにして、カットシーの搭乗者たちへ敬意を払いながら戦った。

 

 程なくして、カットシー部隊は撤退していく。マスクの搭乗していたカットシーも、ベルリの機体によって戦闘不能状態に追い込まれていた。

 マスクは一方的にベルリのことを知っているらしく、「飛び級生」呼ばわりしながら撤退していった。

 

 

「……あの人、悪い人ではないんですがね」

 

「そうだね」

 

「いつか、ちゃんと決着つけられればいいんですけど」

 

「……そうだね」

 

 

 白い機体の背中を見送りながら、宙継は呟く。その眼差しは、どこまでも静かだった。

 

 

***

 

 

 マスク率いるキャピタル・アーミィは、部隊ごとアル・ワースに転移してきたらしい。今まで異界人は個人単位で召喚されていたため、大規模な転移だと言えよう。キャピタル・アーミィはメガファウナの面々とは元々敵対しており、この関係はアル・ワースでも踏襲されることとなったようだ。彼らの世界では、宙継の知るモビルスーツと形状が違うモビルスーツが運用されていたという。

 メガファウナがここに来る直前、大規模な磁気嵐に巻き込まれたらしい。気づいたらアル・ワースに転移しており、キャピタル・アーミィから散々追いかけ回される羽目になったという。話を聞く限り、キャピタル・アーミィとメガファウナは同時期に転移した様子だった。しかし、メガファウナが転移したときにはもう、マスク率いるキャピタル・アーミィはミスルギ皇国の傘下に入っていた。

 同時期に召喚されたが、アル・ワースに流れ着いた場所とタイミングにラグが生じたのだろう。マスク隊は“少し早い時間軸、且つミスルギ皇国近辺”に、メガファウナは“現在の時間軸、且つ何もない平原”に飛ばされた結果がこの有様だ。マスク隊はミスルギ皇国に自らを売り込んで傘下に入り、メガファウナは救世主ワタルご一行と行動を共にすることと相成った。メガファウナは1週間ほど、この近辺を彷徨っていたらしい。

 

 

「ベルリはアイーダさんのお尻を追いかけて、このメガファウナに来たのよ」

 

「そんな貴女は、ベルリと『合体』したくてこのメガファウナに来たクチでしょ?」

 

「ま、待って待って待って! そんな単語口に出しちゃダメェェェェ!!」

 

 

 ベルリを茶化した少女――ノレド・ナグからは、ベルリに対する恋慕がダダ漏れである。折角なので『合体』の部分を意味深にしてみたら、ノレドは顔を真っ赤にして頭を抱えた。

 『合体』の部分を『夜のプロレス』と言い換えてみたらもっと挙動不審になった。結果、宙継から軽く手刀を叩きこまれる。もっと凄い言葉が沢山あったのに。

 

 不満は残ったが、宙継が威圧的な笑みを浮かべていたため、諦めることにした。

 

 

「ねえ宙継くん。なんでノレドさんは『合体』に反応したの?」

 

「ワタルくん、聞いちゃダメです」

 

「じゃあ、『夜のプロレス』って? なんで夜にプロレスする必要があるの?」

 

「ワタルくん」

 

「やめろワタル。おぬしにはまだ早い」

 

 

 無垢な眼差しで首を傾げるワタルに対しても、宙継は同じような対応をした。鬼気迫った笑顔に気圧されたワタルは、シバラクの介入によってその話題から遠ざかった。

 

 自己紹介を終えた面々は、情報交換を行う。その最中、メガファウナの関係者から通信が入った。通信の相手はクリム・ニックで、アメリアという国の軍人らしい。しかも、大統領の息子でもあるという。確か、アイーダ・スルガンの父親がアメリア軍のトップだったか。

 クリムは転移する直前、別部隊へ配置換えになったという。ここに通信が繋がると言うことは、彼の関係する部隊もアル・ワースへ転移しているということだ。勝手知ったるの要領で、誰の許可も取らず、文字通り勝手に通信を開いたクリムとも情報交換を行う。

 戦時特例で大尉となったクリム曰く、アメリアの一個大隊もアル・ワースにいるようだった。キャピタル・アーミィも多数の部隊がアル・ワースへと飛ばされており、彼らは漏れなくミスルギ皇国の傘下に入っているらしい。おまけに、アメリア軍に対して執拗な攻撃行動を行っているという。

 

 ミスルギ皇国は、マナの国では最大勢力を持つ国らしい。ワタルや宙継とセイカらが転移する少し前に、ちょっとした動乱が発生していたという。

 皇帝の即位によって動乱は沈静化しており、表面上は落ち着いているようだった。――そんな国が、同一世界から来た異界人を集め、敵対組織同士で戦わせようとしている。

 

 

「……きな臭いですね」

 

「そこの少年の言う通りだ。メガファウナには、『我々への襲撃が、ミスルギ皇国の意志なのか』を調べてほしい」

 

 

 宙継の呟きに、クリムは同意する。

 

 しかも、クリムたち――アメリア軍アル・ワース部隊は、メガファウナの調査が円滑に進むよう、陽動部隊を動かしてくれるらしい。物資の補給も行ってくれるという。

 そこまではよかった。そこからがダメだった。クリムは『こちらが任務を受ける』という前提のまま、「よろしく頼む」と言い残して通信を切ってしまった。

 恐らく、すぐ彼名義で物資が贈りつけられてくることだろう。艦長のドニエル・トスも頭を抱え、クリムを「天才」と揶揄った。正しいルビは、きっと「バカ」だろう。

 

 ドニエルは頭を抱えていたが、選択肢が「やる」以外にないことを察したのだろう。深々とため息をついた挙句、作戦受領の意を表した。勿論、一緒に戦線を乗り越えた救世主一行も、彼らの調査に手を貸すことを表明する。自分たちも、マナの国に用事があった。

 「ミスルギ皇国がアメリア軍を敵視する理由は分かりませんが、世界全体の危機を知ってもらえば、そう言った小競り合いも治まると思うんです」――アマリの言葉は、確かに間違いではない。それで誤解が解けたケースは沢山ある。

 

 ……だが、中には「分かっているからやってる」馬鹿や、「分かっているけれど関心がない」阿呆もいるのだ。どうなることやら。

 

 

「では、ワタルくん。正式に、キミたちに同行を依頼したい」

 

「了解です! 僕たちに任せてください!」

 

 

 ドニエルは自分たちの状況が好転する可能性を見出して、救世主一行に依頼を持ち掛けてきた。救世主一行は、同じマナの国を目的地とするメガファウナと同行することとなった。

 結果的に、救世主一行はメガファウナという戦艦――足を手に入れた形となる。移動スピードも格段に上昇するし、大勢で連れ立った徒歩の旅や野宿ともおさらばだ。

 ショウとマサキがしみじみ頷いている横で、アマリが神妙な顔で悩んでいる。彼女の心は、強い警戒心に満ち溢れていた。何かを危惧していると言ってもいい。

 

 それもそうだ。ミスルギ皇国がキャピタル・アーミィの殆どを傘下に収めるためには、マナの国の近辺で大規模転移が行われなければならない。しかも、そんなことが起きると言うことは、大規模転移にミスルギ皇国が関わっている可能性も示唆できる。

 

 

「目的地がどんどん不穏な気配を漂わせてきたね」

 

「足ができたと喜ぶ間も無さそうです」

 

 

 セイカの言葉に、宙継も頷き返す。情報交換もひと段落し、仲間たちはメガファウナの内部に関する説明を受ける。宙継とセイカもそれに続いた。

 

 ――程なくして、メガファウナの内装を把握した面々は、それぞれ自由時間を過ごすこととなった。

 

 ノレドの恋慕が非常に気になったので、「ちょっと艦内を散歩してくる」と言い残し、セイカは宙継と別れる。宙継は「人に迷惑をかけないように気を付けてくださいね」と言ってセイカを見送った。彼はメガファウナのデッキで空を見ているつもりらしい。

 宙継はどこか懐かしそうに目を細め、雲一つない蒼穹を見つめていた。彼が思い浮かべているのは一体何だろう。空の護り手であった父親とその上司か、異種族との対話の可能性へと挑んだ蒼穹作戦か、真っ青な空に咲いた銀色の花か――心当たりがありすぎる。

 

 脳量子波を使えばその詳細を把握することが出来そうだが、どうしてか、マナー違反のような気がした。セイカは踵を返して艦内を散策する。

 エルシャンクやマクロスクウォーター、シャングリラやプトレマイオスの内装と比較しながら見て回っていたときだった。

 

 

(――あれ)

 

 

 セイカの視界の端に、ホープスの姿が横切った。珍しく、彼の隣にはアマリがいない。ニコイチ枠だと思っていたため意外であった。……しかし、アマリの代わりに傍にいたのは、メガファウナで出会った面々――ノレド、ラライヤ、アイーダの3名である。

 1羽と3人は、鸚鵡の展開した魔法陣へ足を踏み入れる。青い光が瞬き、奴と彼女たちの姿は掻き消えた。セイカは興味本位で魔法陣へと近寄り、思念波と脳量子波を合わせて面々の会話に耳を傾ける。奴はアイーダの地雷をぶち抜き、威圧されていた。本当に一言多い鸚鵡だ。

 「可愛いもの、愛らしいものを愛でる趣味がある」ことから女性に優しいホープスであるが、本音は違うところにあることをセイカは知っている。奴は“主の危機を遠巻きから楽しむ”という、奇特な趣味の持ち主だ。紳士の皮を被った腹黒だ。好きな子をいじめるような面倒くさいタイプでもある。

 

 セイカは、アマリ・アクアマリンは可愛いと思っている。愛らしい女の子だとも思っている。『魔法少女マジカル☆アマリン』の主人公と瓜二つという点を差し引きしても、アマリは可愛い。ひたむきな所も、決意を奮い立たせて困難と向かい合うところも、年相応にはしゃぐ姿も、楽しそうに笑う姿も、可愛いし愛らしい。

 だというのに、ホープスはアマリに嫌味を言って悦に浸るのが好きだ。他の女性にはおべっかが言えるのに、アマリにだけ態度が違う。男性相手よりはマシなものの、取り繕っているような気配がない――本人曰く「対等な関係」らしい――比較的“気楽な間柄”とのことだ。執着してるくせに、愛でるような様子は一切ない。

 

 

(……まあ、愛でると愛するのノリは全然違うからなあ。そこら辺が恋や愛だと思うんだけど)

 

「――でも、チャムから聞いたけど、セイカに対しては扱いが雑だよね。どうして?」

 

「彼女が金属生命体だからですか?」

 

 

 セイカがそんなことを考えたときだった。ノレドは好奇心から、アイーダは厳しい眼差しでホープスに問いかける。ホープスは「種族云々ではないです」と付け加えたうえで、居心地悪そうに視線を逸らす。

 

 

「アレは……愛でる対象から遠い存在です。人のことを変態呼ばわりしたり、おかしな賭け事を持ちだしてきたり、本当にやりたい放題ですから。野蛮もいいところですよ」

 

「主の危機を遠巻きから眺めて愉悦していた腹黒鸚鵡に言われる筋合いはないよ」

 

 

 流浪の為ゆえに、ELSは長距離転移の術を有している。別件でホープスの領域(ラボ)に訪れたことがあったセイカは、そのときに無許可で座標を登録していた。

 それを駆使し、セイカはホープスのラボへ突撃した。背後に仁王立ちしたセイカに気づいたホープスが「げっ!?」と声を上げ、驚きと迷惑さを露わにして振り返った。

 

 

「貴女の入室を許可した覚えはありません。何故いるんですか?」

 

「ブクマ」

 

「解除してください」

 

「お前をおちょくるために必要だからダメ」

 

「出て行ってください、今すぐ!」

 

 

 ネット用語が彼に通じるとは思わなかった――なんて思案する間もなく、セイカとホープスは言語による殴り合いを開始する。

 他の面々を置き去りにして繰り広げられた戦いは数時間にも及んでしまったようで、最後はお膳を手に持った宙継の威圧感マシマシな笑顔によって終結させられた。

 罰として、セイカとホープスだけが、本日の料理担当だった宙継の権限によってデザート抜きとなり、その分他の面々の取り分が多くなっていた。悲しかった。

 

 因みに、その日のデザートは食用花――エディブルフラワーを使ったゼリームース。色とりどりの花と透明なゼリー、白いムースのコントラストが眩しかった。

 

 女性陣からは大好評。花を食べるという体験が初めてだった男性陣は戦々恐々と口に運んでいたけれど、最終的には残さず腹に納めていた。

 当然である。宙継は父親譲りのメシウマ勢なのだ。特にデザートが得意である。煌びやかな見栄えのものや、フォトジェニックなものをよく作っていたか。

 

 

「教団生活では、こんなきれいなデザート食べたことなかったんですよね」

 

 

 ホープスは、キラキラした笑顔でゼリームースを称賛するアマリの笑顔と、照れくさそうに賛辞を受け取る宙継の姿を見つめていた。何か言いたげに、ずっと見つめていた。――酷く不機嫌そうな顔をしていた。

 

 




クンタラの説明を読んだら、『地球へ…』のミュウが受けた弾圧を連想しました。どっちも最後は、“当時、烙印を押されたら死が待っている”という共通点ですかね。ノーマの扱いにも絡む予定ですが、それは今後に回収していくつもりです。
ねじ込んでみたホープス×アマリ要素。まだツン期なのでこんな感じかなー、と、匙加減を考えるのは楽しいです。

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