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続きません。
「……なんで」
ハーマイオニー・グレンジャーはホグワーツ魔法魔術学校にて、組分け帽子を被ったまま呟いた。息を深く吸う。そして、周囲の人の視線に構わず今度は叫んだ。
「なんで!」
話は数年前にさかのぼる。
1979年、歯科医院を営むグレンジャー夫妻の元に待望の可愛らしい女の子が誕生した。名前をハーマイオニーと名付けられたその女の子は近所でも評判の、変わった子どもだった。
まず、赤ん坊なのにほとんど泣かない。泣く代わりに、しょっちゅう何かを深く考えるような仕草をする。あまりにも泣かないため心配したグレンジャー夫妻は病院へ連れていったが、医師からはすこぶる健康という診断をくだされた。少し成長したら、自分から本を読み始め、今度は全てを吸収するように学習していった。幼児とは思えないほど言葉を使い始め、周囲の人々からは天才だ、神童だと持ち上げられた。そんな風に周囲から騒がれるのをよそに、ハーマイオニーは冷めた目でぼんやりしていた。やがて学校に通い始めたが、そこでも当然のように学年1位だった。グレンジャー夫妻はそんな優秀な娘に喜びながらも、友人が一人もいないことを案じていた。学校からまっすぐ家に帰り、ひたすら自分の家で勉強している。同じ年の子どもが家に遊びに来たことなど、当然ない。そして、ハーマイオニーも全くそれを気にするそぶりを見せなかった。そんなグレンジャー夫妻の心配を気にかけることなく、ハーマイオニーは知識を吸収していった。
「………だって、しかたないじゃない」
ハーマイオニー・グレンジャーは教科書を読みながら呟いた。
「また、やり直し!?」
目が覚めると時間が戻っていた。自分でもわけが分からないが、そうなのだ。ハーマイオニー・グレンジャーは再びハーマイオニー・グレンジャーとして生まれ変わった。気づいたら赤ん坊に戻っており、数年前に死んだはずの両親が若いときの姿でハーマイオニーをあやしていたのだ。本当にわけが分からない。
「私、逆転時計を使ったかしら?それとも死ぬときにローズかヒューゴが何かをしたの?それとも、呪い?」
いくら考えても答えは出ない。とにかく、ハーマイオニーとして生まれたからには再びホグワーツに通うことになるだろう。その前に、
「勉強よね」
ハーマイオニーは知識を付けることを優先した。本当は学生時代の大親友、ハリー・ポッターとロン・ウィーズリーに会いに行きたかった。しかし、幼児の体ではどうしようもない。ためしに魔法を使ってみようとしたが、全く使えなかった。魔法大臣にまでなった優秀な魔女であるハーマイオニーも杖がなければ何もできない。とにかく、もう一度人生をやり直すからには以前のような波乱に満ちた学生生活ではなく、できるだけ平穏で楽しい学生生活を送りたい。前の学生生活を思いだし、ハーマイオニーは遠い目をした。1年生は賢者の石を守った。2年生ではデカい蛇に石にされた。3年生ではヒッポグリフ裁判に、ループ授業に、逃亡犯にと騒ぎが起き、発狂しかけた。他にも、他にも………。ハーマイオニーは思わず鳥肌が立った。アレをもう一度?冗談じゃない!やり直すからにはなるべく迅速に終わらせる!絶対に!そして、今回も勉強では1番を狙うのだ。ハーマイオニーは拳を握った。
「目指せ、平穏な学生生活!目指せ、首席!待っててね、ハリー、ロン!」
不思議な事を呟く娘を、グレンジャー夫妻は扉の影から心配そうに見つめ、顔を見合わせた。
そして、1991年、ハーマイオニーは予定通りホグワーツの入学許可証を受け取った。案内に来たホグワーツの教師とともにダイアゴン横丁へ買い物へ行く。ダイアゴン横丁ではあまりの懐かしさに涙が出そうになった。杖、大鍋や制服を買い込み、最後に本屋へ向かう。教師の目を盗み、いくつかの本を購入した。これでもっと勉強がはかどるだろう。もちろん、教科書も暗記しなければ…。そんな事を思いながら、魔法の歴史書をペラペラ適当にめくっていると信じられない言葉が目に飛び込んできた。
『1981年、10月31日 ゴトリックの谷にて闇の魔法使いヴォルデモートから襲われたのも関わらず、生き残った男の子、ハリー・ポッター。アルバス・ダンブルドアによってマグルの親戚に引き取られたハリー・ポッターは三年前、行方不明になった。マグルの家族には忘却呪文がかけられ、どこかに連れ去られたようである。この誘拐事件が発覚し、魔法省は大規模な捜査を行ったが消息は不明のままである。この誘拐事件は全貌が明らかにならないまま、捜査は打ち切られ、ハリー・ポッターは今でも行方が分からない。』
「なんで!」
椅子の上から勢いよく立ち上がり、ハーマイオニーは思わず叫んだ。どういうことだ。ヴォルデモートに襲われたのか?いや、あの男の復活はまだ先のはずだ。誰かが誘拐した?
「どうなってるのよ、ハリー…」
ハーマイオニーはわけが分からず、椅子に座り込み、天井を見つめ、そのまま目を閉じた。
ホグワーツ特急にて、ハーマイオニーはコンパートメントをじっくり外から見ながら歩いた。まさかと思っていたが、やはりハリーはいない。途中でカエルを探しているネビルに、フレッドやジョージを見かけ懐かしくなったが、それでもハリー探しに奮闘した。もしかしてホグワーツ特急に乗っているかと思ったが、やはり姿は見かけなかった。
「あいたっ!」
「あ、ごめんなさい!」
コンパートメントを見るのに夢中で、前からやってきた誰かにぶつかってしまった。慌てハーマイオニーは謝ると、目の前の人物を見て驚いた。そこには前の夫、ロン・ウィーズリーがいた。
「僕の方こそ、ごめん。よそ見していたんだ。」
ロンはにこやかに笑いながらハーマイオニーに謝ってきた。
「いえ、私の方こそ。全然前を見てなかったから…」
ハーマイオニーはしげしげと元夫を見てしまいそうになり、慌てて視線を反らした。ふと思い付いて、ロンに話を振ってみる。
「あの、」
「?なんだい?」
「えーっと、ちょっと人を探しているの。もしかして、グシャグシャの黒髪で眼鏡をかけた男の子は知らない、わよね?」
ロンは困ったように首をかしげた。
「うーん、ごめん。見なかったと思うよ。友達かい?」
「あ、いえ、ちょっと知り合い、みたいな…」
ハーマイオニーは誤魔化しながら、心の中でガッカリしていた。もしかしたら、ロンも前の記憶があるかもしれないと期待していたのだ。
「君も、1年生?僕、ロンっていうんだ」
「あ、私、ハーマイオニー・グレンジャーよ。よろしく」
「よろしく、ハーマイオニーでいい?」
ロンとにこやかに自己紹介し合う。前の出会いとは大違いだ。握手しながら、ハーマイオニーはハリーもここにいればいいのにと思っていた。
まあ、いい。ハリーがいないのは誤算だったが、ヴォルデモートはまだ死んでない。死んでないのだから、必ずこの数年のうちに復活するはずだ。全ての記憶と知識はこの頭に詰め込まれている。これらを使って、グリフィンドールでロンや他の生徒の力を借りながら、闇の魔法に立ち向かっていこう。持ち前の正義感と道徳心と責任感から、ハーマイオニーは決意する。これは、全てを知っている私の役目だ。使えるものは全て使って、死喰い人を倒す。そのための努力は惜しまない。私は、英雄になる予定だった親友の代わりに動くのだ。そして、必ずロンと結婚し、最愛の子どもと孫に再び出会うのだ。ハーマイオニーは大きな野望を胸に、意気揚々とホグワーツに乗り込んだ。それなのに、
「スリザリン!」
組分け帽子はハーマイオニーの栗色の髪に触れた瞬間、信じられない言葉を叫んだ。ハーマイオニーはそれが信じられず目を見開き、固まる。
「なんで」
組分け帽子はその問いに何も答えなかった。あまりにも真っ青な顔色をしているため、そばにいるマクゴナガルが心配そうにハーマイオニーの顔をのぞきこんだ。生徒達も動かないハーマイオニーを不思議そうに見つめてきた。
「なんで!」
ハーマイオニーは叫んだ。
ここに英雄となるはずだった少年はいない。これは、英雄代役の少女、ハーマイオニー・グレンジャーの物語である。