【ポイント・キンバライドのグラビティ・カタパルト射出ユニット内部に到達。当該目標──ダミーと認定。
警告。超臨界反応炉より、急激な重力偏──】
音声と信号が同時に消失──刹那、ポイント・キンバライドのグラビティ・カタパルトの存在する、かつての鉱石採掘事業によって緑地と荒涼たる土気色の大地が混在していた地域が、静止軌道上からもはっきりと分かるくらいに瞬いたかと思えば、その直径数10キロが、いきなり黒く塗りつぶされたように見えなくなった──それは。真っ黒な球体がブラックホールのように周囲を呑み込みながら拡大していくという、あまりに不気味で、しかし現実的でなく、薄気味悪い光景だった。
グラビティ・カタパルトの心臓部である超臨界反応炉の自爆措置。それは、超臨界反応炉の意図的な暴走の末に、グラビティ・カタパルト自体を『多重乱数指向変動性重力圏生成装置』とせしめるものであった。
従来の空間燃料気化爆弾、核分裂反応弾頭に代表される大量破壊兵器の威力の大元とは、莫大なエネルギーの開放により、大気という触媒を利用した衝撃波そのものである。しかしながら、iSの抗重力場制御技術の応用・発展により、超臨界反応炉は全く異なる概念の破壊兵器へと変貌を遂げることになる。
臨界制御から解放された超臨界反応炉を基点に、変動重力源超臨界反応点が球状に拡大、膨張。通常の空間概念とは異なる次元境界面に発生する重力偏差により、接触した物質を潮汐変形によって破壊。次元境界面の内部でも、多重乱数指向重力効果域に呑まれたあらゆる物質は、ナノレベルで無秩序な方向性に、文字通り分子・原子単位から引き裂かれていく。無論、大気中の成分や海水もその破壊対象である。爆風といった外向きの衝撃波は皆無であるものの、大気中成分、水分の補完の結果として、『内向きの突風や津波』が殺到すことになる。
物理的防御手段そのものが通用せず、現状において、唯一まともな対策とされているのは、超兵器たるiSによる無力化か、やはり射出前の破壊ないし停止である。だが、射出後はリミッターを解かれたiSによる空間構造レベルでの無力化か、でなければ戦略級核弾頭を起爆以前の段階で至近距離から爆破するしか方法はない。
ポイント・キンバライドが真っ暗になったのは、あまりに強烈な重力偏差によって、可視光どころか電磁波すら遮断されてしまったためである。今後、ポイント・キンバライド周辺域は半永続的な乱数指向的に乱れた重力の異常に蝕まれ、何者の生存も許されない不毛地帯として語り継がれることになる。何もしなければ、の話ではあるが。
【──ポイント・キンバライドの多重乱数指向重力効果域は想定よりも効果範囲が大きかったようですね。ポイント・キリマンジャロのグラビティ・カタパルトが再調整段階に移行。この好機を逃す訳にはいきません】
これが、私の成すべき役目──静止軌道上から複数の巨躯と共に静観していた小さな全身装甲姿の少女=パイロットのボディラインをそのまま現したような、華奢の一言しか浮かばない単殻装甲であった。女性としての意匠を各部に反映した外見は、胴体部に反して長大な手足というアンバランスな造形・構造が当たり前とされるiSとしては、まさしく異端の存在に他ならない。
その背中で白い燐光が幾何学的模様に収束、閃光と共に3倍はあろう巨大なユニットとして発現された。更には胸部iSコアユニットの目前に超長銃身の砲筒が出現、胸部ユニットのエネルギーコンダクターへ接続。バイザー上のARビジョンが表示する目標=標高5,895m、タンザニア北東部に位置するアフリカ大陸最高峰にして、世界最大級の独立峰。山域自体がキリマンジャロ国立公園に指定されているポイント・キリマンジャロの頂にそびえるグラビティ・カタパルト付近の標的を照準。
【先制攻撃により防衛部隊を攪乱します。貴方たちは第1射と同時に急速降下。射程圏に侵入次第、残存部隊との飽和攻撃によって防衛部隊の混乱助長と撃破を行いつつ、最優先でグラビティ・カタパルトに到達。最悪、超臨界反応炉を破壊する射出阻止プランに移行して下さい】
コアエネルギー出力上昇──まるで少女の胸から工業用鉄骨でも飛び出ているかのような砲筒の各部から、絶えず白の燐光が発散されていく──数発の牽制砲撃で自壊するであろう超高密度のエネルギーを高圧縮。照準スタビライザーとしても機能する冷却フィンが砲身から迫り出し、照準精度を一定に保とうと迫り出す。周辺に展開する巨躯たちの探査も手伝って、極めて高精度の照準バランスが維持されている。
元々、数に恵まれない我が戦力の9割を投入した今作戦は、失敗も後退も絶対に許されない戦いである。ポイント・キンバライドに展開していた、実に4割の犠牲を賭け分に捧げることで、この分の悪すぎる賭けはいよいよ大詰めを迎えようとしていた。
iSコアが導き出したグラビティ・カタパルトの目標射出までの限界時間=残り10分36秒。それまでに難攻不落の要塞と化したポイント・キリマンジャロ中枢に侵入し、目標確保ないしグラビティ・カタパルトの心臓部である超臨界反応炉を破壊するか、それとも自爆措置が発動して、自分と周辺の自軍もろとも、ナノレベルでズタズタに引き裂かれるかを選ばなければならない。敵も最新鋭かつ最精鋭の武器と部隊を揃えてきた総力戦である以上、選択肢は時の運が定めるがままであるに等しかった。
エネルギーチャージ完了。『Complete』の表示が浮かび上がるのと、イメージトリガーを引いたのはほとんど同時──砲口より稲妻と見紛う極太の閃光が迸り/冷却フィンが大量の余剰エネルギーを吐き出し/光の槍と共に、巨躯の黒天使たちが破滅の角笛の音色を届けるが為に、地球へ急速降下。
少女はさながら光の嵐の渦中に放り出されたかのような、壮絶な砲撃エネルギーと余剰エネルギーの巻き起こす反動。しかし、その渦中においても砲身をコントロール/背部ユニットが伸ばしたコネクターからエネルギー再充填=静止軌道上から、あまねく光の槍を地上へと降り下ろし続けた。
先行して大気圏に突入した巨躯の全身装甲=ゴーレムシリーズは、防衛部隊へ光の洗礼が降り頻る中、両腕と各部兵装を一斉展開。超高密度圧縮熱線+各種実体兵装による空爆もかくやの驟雨を、ポイント・キリマンジャロ一帯へ降り注いだ。これに防衛部隊もシールドバリアーの傘を展開しながら、対空迎撃火砲による相殺を図ったが、遅過ぎる対応だった。静止軌道上砲撃による先制攻撃は過たず山岳内部に潜伏していた現地管制所と進攻地点のシールドバリアー発生装置を、その超大出力を持って地形とシールドバリアーを軒並み侵徹・破壊。混乱に乗じて降下部隊と残存地上部隊が、自らの損耗も躊躇わずに吶喊/地獄の業火もかくやな破滅の火線を撒き散らし、キリマンジャロが激震する──ただただグラビティ・カタパルトへの突入口形成を目的とした『捨て身』の猛攻に、防衛部隊は為す術もなく切り崩されていった。
【試製特装超高出力エネルギーカノン、強制解除】
胸部から伸びる長砲身を量子変換、巨大ユニットから無数のコンテナを射出/コンテナから更にばら蒔かれた実体兵装による飽和爆撃を実行=大幅に軽量化された巨大ユニットと共に大気圏へ侵入。
性急な降下=待機任務を逸脱した独走行為──少女の内心は払拭し切れない不審感で満たされていた。
(ポイント・キンバライドの陽動、多重乱数指向変動性重力圏生成装置による防衛部隊の壊滅があったとはいえ、ここまでiSはともかく、『E-meth』さえ展開しないのは……妙です。亡霊企業……いえ、〈主任〉は何を考えているのでしょうか?)
摩擦熱をものともせず、急速降下を果たした少女の全身装甲は、更なる異形へとその姿を変えようとしていた。
【モード移行。A-sw】
巨大ユニットが分解/不要な部分を量子格納し、全身装甲を隙無く覆っていく。白い繭のように覆い尽くしていたユニットの表面がひび割れ、やがては雛鳥が卵を割り破るように『それ』は現れた。
『白雪姫』──かの童話で登場する眠り姫の名を冠する強化アーマードエクステリア型専用追加兵装。肢体は細身の単殻装甲が装着・伸長され、全身を鱗のように鋭い鱗状装甲で構成されたアーマードエクステリア。純白のドレス甲冑姿の意匠は、白が秘める優美さとおぞましさを体現したような造形であった。
めくるめく火線を潜り抜け/ポイント・キリマンジャロへと降下する白雪姫に接近する反応×3=ゴーレムシリーズが白雪姫を取り囲んで周辺防御/これ以上の降下を停止させた。
ゴーレムⅠ──シリーズと称される、画一化された外見。しかし、その姿を軍用iSとしては一般的な、黒い灰色の全身装甲であると片付けることは出来なかった。
首という概念を排し、肩と頭が一体化/各部から張り出す姿勢制御用スラスター/iSの駆動系として機能するLNMアクチュエーターを応用した、軟体とも硬質ともつかない不安定な単殻装甲──そして最たる特徴は背部、というより後頭部で浮遊する非固定浮遊である。各部にスラスター/中央に球体を埋め込んだ本体/そこから伸びる、掌部・袖口に大口径の砲口を設けられた4本の副腕=既存するiS兵装のいかなる設計にも当てはまらない、未知のユニット。特に副腕は異様に長く、悠に3メートルを凌ぐ巨躯より上に位置しながら、そのつま先よりも下まで伸びていた。
合計六本の腕を生やす黒鉄の巨躯──白雪姫を守衛する『彼ら』から届くのは、無機質な警告。
【警告。当該活動圏から離脱。早急な所定位置への復帰を】
【戦況から亡霊企業は高度戦略兵器を温存しているものと推測されます。出し惜しみなど、している余裕も、猶予もありません】
視線を僅か右に向ければ、かの『柱』が、1キロもない距離に直下立っている。幾多の運用試験により完成したグラビティ・カタパルト。その全貌は、高さにして約30メートル、面積も15ヘクタールに達していない。非常にコンパクトな、ある種のモニュメントに見えるものだった。カタパルトとは称されているが、物体を何らかの推進器によって加速・射出させことが目的ではない。カタパルト・レールは特殊重力場によって射出点と到達点を繋ぐ特異点として機能する。技術的発想としてはスペースオペラに登場するボイド・ゲートに近いが、あれほどに巨大にならなかったのは、技術的に困難だったからでは無く、あれほどまでに巨大化させる必要が無かった為だろう。
【懐疑的推測。過去の戦力分析、交戦記録、戦況配備パターンを解析したところ、出現確率は32パーセント。
戦力推測データ上でも、当ゴーレムシリーズのスペックであれば、約61パーセントの確率で対処可能と判断──】
【……現地指揮権は私に一任されています。貴方たちは私を援護しつつ、侵攻支援を行って下さい】
【──了解。コア・ネットワーク優先接続レベルを向上。】
無機質な電子音こそ変わりないものの、少女の返答に対し、反射とも呼べるレスポンスの速さはない。人間の感情として言い表せば、『不服』──機械の宿命たる不具合でも/使い慣れて愛着が出来た道具に感情移入した末、状態を擬人的に表現した訳ではない──
実際、中空を漂っていたのはほんの数秒程度であった。背骨部分から迫り出した針金じみた肋骨のような何か=蔦状外骨格/さながら翼のような弾性を持って撓み、左右へ突き出される──白雪姫の背中で翻る、幅広の白亜の両翼。それが鳥のように羽ばたくことはなく、逆に全身を包み隠すように覆うや、表面に青白い亀裂のようなエネルギーラインが走る──不可視の力場が指向性を与えられ、白い弾頭と化した白雪姫に弾くような推進力をもたらした。
一瞬にして地上へと肉薄し、舞い上がる砂塵と破壊が繰り広げられる世界に、慣性を無視した瞬間停止によって静止。目前にて処理が追い付かずに棒立ちしていた無人兵器群の無礼を、主に遅れる形で降り立った黒天使たちが粛正せんと、六つの腕を突き出すや、超高密度圧縮熱線を次々に照射。放たれた熱線は無人兵器群を飴細工に熱した棒を突っ込むみたいに貫通/溶解──数千万Kの奔流に搭載火器が|電離化/放電/引火=全身から溢れんばかりの爆炎を吹き出し、悉く撃破されていく。その残骸を光圧式推進器が排出する突風が吹き飛ばしていく。
立ちはだかる兵器群へと、一切の慈悲無く伸びる赤熱の光軸群。いかに最新鋭の戦力と云えど、こちらは〈天災〉謹製の規格外兵器群。歴然たる単体火力差+強襲突撃に適した鏃陣形の猛攻に晒される楯と矛は、一矢報いることさえも赦されず、ただ破壊・粉砕・蹂躙されるだけの有象無象へと成り下がる。烏合の衆に、白雪姫の軍勢を止められる筈はない。
【まもなく目標に接近】
砂礫と岩石の世界を変容させるグラビティ・カタパルトが、それを護るべき存在もなく、もう目前に立つばかりとなった。しかし、ただの木偶の坊と成り下がる訳ではない。その構成素材は、内部で発生する超臨界反応を制御・外界と遮断すべく、次元を越えた、想像を絶する硬度と耐久性を備えている。喩え、この場のゴーレムシリーズが集中砲火を浴びせたところで、破壊するに至ることはないだろう。故に、早急に目標を回収するか、唯一の構造的弱点である超臨界反応炉を、起動前に破壊するしかない。
3機から9機に増える軍勢──うち2機が先行/領域精密走査による索敵を実行=周辺に敵性反応・脅威存在無し。一目散にグラビティ・カタパルトへと飛翔しようとして──目前が『轟音と閃光』に包まれた。
刹那の時、視界に縦一閃の鮮烈な軌跡を刻み込み、着弾寸前に2つに割れた『稲妻』=それは強固な特殊素材で構成された単殻装甲/波動防壁/果ては絶対防御領域をも破壊して、ゴーレムシリーズ2機を塵一つ残らず消滅せしめた。
脊椎反射=空へと跳ね上がる頭部/視線/意識──高指向性精密走査に設定されたハイパーセンサーの探索システムに察知。データベースに該当機体=検出。
それは『雷霆』の如く──先の砲撃を、今度は自らが受けたように。『覚悟』という言葉が急速に遠退いていき、入れ違いで死神がその鎌首をもたげる様子を確かに感じた。回避行動も、呼吸すらも忘れた、凍てつく思考に響き渡る、無機質な検索結果。
【機体識別反応より該当データを検出:中華企業体統治連合・統合開発推進計画・次世代技術実証機[申 公豹]。同機の専用兵装[雷公鞭]を所持。
推測:いずれも亡霊企業による機能改修・発展強化措置を受けている模様。
インナー:亡霊企業のエージェント〈スコール〉。
警告:当機インナーレベルでは、約73パーセントの確率で撃破が予測。
推奨戦術:各随伴機との連携により、当該敵性存在の早期排除】
崩壊する優位性──『目標』射出まで、残り6分56秒。