楽園爆破の犯人たちへ 求   作:XP-79

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10. なりたい職業になるためには、能力よりタイミングが問題だよなぁ……

「会議室に来いと、扇が?」

「うん。扇さんがゼロと緊急で話し合いたいことがあるから探してくれって言うから、C.C.に居場所を聞いたの。そしたらクラブハウスに行ったって聞いて、急いでクラブハウスに行って、それでクラブハウスに行ったら咲世子さんからルルーシュを探してくれって言われて……」

「そうか。手間をかけさせたな」

 自分が錯乱して出歩いたことで、カレンは随分と奔走したらしい。

 端末を見ると何百件と通知が入っていた。カレンを含めた黒の騎士団の幹部の名前が不在着信の欄に整然と並んでいる。この緊急事態にゼロが姿を消したのだから幹部の混乱は相当なものだっただろう。

 しかしカレンはゼロを責める声色を僅かにも感じさせずに肩を竦めた。

「別に大したことじゃないわ、割と早く見つかったし。まあ誰か一人でも警護を付けて欲しかったけど……でもクラブハウスに行くためにゼロ親衛隊の隊員を警護につける訳にもいかないのよね。それだと親衛隊ではあたしかジェレミアさんか咲世子さんしか動けないか」

「そうだルルーシュ。オレンジから報告があったぞ。もう少しで帰還するそうだ」

「……そうか」

 早いなと思ったが、すぐにそれも当然だろうと思い直した。

 瞼の裏に大穴の開いた南極大陸の光景を思い浮かべる。ナナリーを探せと命令したが、あの広漠とした氷の大地の一体どこを探すというのか。頬の内肉から血の味がするほどに歯を噛みしめた。

 

 ルルーシュは合衆国日本政庁の最上階に位置するゼロの私室まで戻り、服を着替えていた。

 私室とはいっても衣装ケース1つと机、そしてベッドしか置かれていない小さい部屋であり、少し広めの仮眠室程度の設備しか揃っていない。実際の所仮眠室としてしか使っていないため、それほどに設備を充実させる必要を感じなかったが故である。

 破かれた下着の代わりを衣装ケースから引っ張り出して身に着ける。ささやかに盛り上がる胸はサラシで締め上げて押しつぶした。胸のサイズは平均よりずっと小さいとは言っても、パイロットスーツも兼ねるゼロの衣装は体に密着する構造をしており、しっかり潰していないと一見違和感がある。

 慣れた手つきでサラシを巻くルルーシュを手伝いながら、C.C.は平坦な声でぽつぽつと喋った。

「ナナリーにギアスをかけた時のことだが……ギアスを使い過ぎると暴走してONとOFFの切り替えができなくなるんだ。お前に渡したコンタクトはギアスの効果を遮断するもので、これからギアスを使う時にはコンタクトを外してから使う必要がある」

「そうか」

「……悪いな」

「リスクのある力だとは最初から承知していた。甘く見ていた俺の責任だ」

 C.C.は無言でサラシを巻き終えた。平坦になった胸を見下ろしてサラシに緩みが無い事を確認する。しっかり胸が潰れたことを確認してからゼロの衣装を身に纏った。

 全身を覆う黒の衣装を身に着け終えた頃に、扉が軽く擦れるような音を立てて開いた。

 扉の向こうには疲労で顔を青くしたジェレミアが立っていた。その顔色はジェレミアの労苦に見合うだけの成果は得られなかったことを察するに十分だった。

 今や唯一の家族となったジェレミアの顔を見て、この1日で身に沸き起こった全ての安堵と怒り、悲喜が混ぜ合わさったぐちゃぐちゃの感情が波飛沫をたてた。そこでようやく自分が立つことさえ困難な程に疲れていることを自覚する。ここ数日の間に色々なことがあり過ぎた。

「ルルーシュ様、ただいま戻りました」

「ん」

 ルルーシュはジェレミアに近づいてぽすんと抱き着いた。突然胸元に飛び込んできた主君に、しかし驚くこともなく、ジェレミアは薄らと浮き上がる背骨を一つ一つ確認するようにゆっくりと撫でた。

 ナナリーというルルーシュの存在意義を失ったのかもしれないのだ。人前で自らの弱さを露出することを忌避するルルーシュだが、今は虚勢を取り繕うことが出来ない程に酷く疲れているのだろう。

「―――お疲れですね」

「ん。思い出すと割と気持ち悪かったからリセットしている。やっぱりセックスって女に負担しかない行為だよなぁ」

 ぐりぐりと逞しい肩に顔を埋めるルルーシュは、ジェレミアが一瞬で顔を般若のように歪めたことに気付かなかった。

 手つきは優しく細い背中を撫でながら、かっぴらいた瞳をぐりんと動かして事情を知っているだろうカレンに焦点を合わせる。オレンジ色の眼光が説明しろと怒鳴っていた。

 

 ジェレミアが怒っている様子を見たことの無いカレンは、目を剥いて殺気さえ放つ形相をした騎士に顔を引き攣らせた。顔立ちが厳つい分、怒りを露わにした顔はそれだけで脅迫に等しい圧力がある。自分に向けている怒りではないと分かっていても咄嗟に体が強張り喉が引き攣った。

 路地裏での騒動を説明するべきなのだろうが、しかしどう説明したものやら。正直に路地裏をルルーシュが一人で彷徨っていたら暴漢に襲われかけたと言ってもいいのだろうか。だが性暴力の被害者であるルルーシュがいる場所で何をされたか思い出させるようなことを口にするのはどうなのだろうか。

 

 葛藤するカレンを救ったのは平然としたルルーシュの声だった。

「別に何もされていないからな。カレンに助けてもらったから」

 それ以上の質問はするなという硬質の声色にジェレミアは口の端から零れそうになる疑問をぐっとこらえた。

 聞きたいことはいくらでもあるが、ルルーシュがそう言うのであればこれ以上の追求は主君の望むところでは無いのだろう。

 湧き上がる無数の疑問の代わりに当たり障りのなく、しかし最も聞きたい質問を口にする。

「そうですか。お体は大丈夫ですか?」

「うん」

 普段の格好つけとは別人のように素直な声色だった。その声に、何もされていないのは本当なのだろうが、ルルーシュは心底から疲弊しているのだとジェレミアは察した。

 プライドが凄まじく高いルルーシュは、もう10年を超える付き合いのある自分相手にさえここまで素直な顔を向けることは滅多にない。さらにカレンやC.C.の前では少年らしい幼い気概からか、できるだけ恰好を付けたいと思っているらしいのだから、今の疲弊度合いは相当だろう。

 ルルーシュは深く息を吸い込んでジェレミアから離れた。

「ありがとう。大分マシになった」

「いえ。ルルーシュ様がご無事であれば私はそれで、」

 世辞ではなく本心からそう思っているのだろう、労わるような視線を真正面から受ける。

 その中には堪えきれない無力感が漂っていた。やっぱりそうだろうな、とルルーシュは泣きそうに顔を歪めた。

「それで……ジェレミア、ナナリーは?」

 ジェレミアは俯き、ゆっくりと首を振った。それが何よりの返事だった。

「そうか」

 そうか、と再度呟いてルルーシュは仮面を被り直した。

 予想していた結果だった。倒れ伏して二度と起き上がりたくないという喚き声が脳内で響いたが、唇を強く噛みしめて決して表には出さないように耐えた。

「会議室に行く。ジェレミアとカレンはついて来い。C.C.はここに残って外部からの通信に対応しろ」

「イエス、ユアマジェスティ」

「承知しました。ゼロ」

 ひらひらと手を振るC.C.を部屋に置いて、背後に2人の騎士を伴って歩く。扇に指定された会議室はそう遠くはない。

 しかしその短い距離を歩くためには信じられない程の気力が必要だった。ナナリーがいないという、ただそれだけで呼吸するために必要な力でさえも普段よりずっと沢山必要であるような気がした。

 しかしそれでもまだ自分はゼロなのだった。

 だから責任だけは最後まで果たさなければならない。多大な責任感と義務感だけがもう死に体のルルーシュの体を突き動かしていた。だが足の動きも立ち姿も、普段の覇気に溢れるゼロとは違い、風に揺れる木の葉のような有様だった。

 

 

■  ■  ■

 

 

 会議室には黒の騎士団の幹部が揃っていた。多忙な神楽耶までもが議長席の隣席に小さな体を乗せている。

 普段よりも冷たい空気を薄々と察しながらも普段通りに議長席へ腰を下ろす。処断されるべき被告人が目の前に姿を現したと言わんばかりに、扇が声を張り上げた。

「ゼロ、いやルルーシュ!お前は俺達を、ずっと騙していたんだな!」

 いかにも悲痛そうな声に同調の意を示す獣のような唸り声が上がる。

 しかし扇を窘めるような視線もあり、中にはあからさまに扇を馬鹿にする視線も幹部の中にはあった。だが彼らには一つの共通点があった。ルルーシュに向けられた疑惑を秘めた瞳だ。

 

 判決を待つ被告人のように議長席に座り込みながら、ルルーシュの胸に沸き上がったのは怒気でも焦りでもなく、ああバレたか、じゃあおしまいだな、という素っ気ないものだった。

 ゼロがブリタニアの皇族だなんて幹部からしてみれば容認し難い事実だろう。一方的に糾弾され、排斥されるのも当然の流れだと思える。

 むしろルルーシュはもし自分の出生がバレるような事があれば、こちらの抵抗を防ぐため地下室へと呼び出し、問答無用で銃口を向けて対話の席を設けることも無く私刑に処されるぐらいの想定はしていた。

 会議室で話し合いの体を取り繕っているだけでも、想定していた最悪の状況からは程遠い。

 居並ぶ幹部達を見回すと、怒気を露わにする者が半分、もう半分は困惑で顔を塗り固めている。

 他はルルーシュを護ろうと警戒心を露わにするジェレミアと、申し訳なさげに眉尻を下げる藤堂、そして動揺のあまり視線を彷徨わせるカレン。神楽耶は普段の年齢に見合わぬ凛々しい表情を保ったまま、日本刀のように鋭い気品を纏わせて黒の騎士団の面々を睥睨していた。

 

 衆目からの視線を一身に集めながらルルーシュは小さな笑い声を立てた。ジェレミアの耳にはルルーシュにしては珍しく投げやりで自嘲の成分が強い笑い声に聞こえたが、他の面々には黒の騎士団への嘲弄としか聞こえなかった。

「今になってようやく気づいたか。全く、洞察力も観察力も思考力も乏しい愚昧な輩としか言いようがないな。

 ――――ああそうだとも。俺はルルーシュ。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。神聖ブリタニア帝国第11皇子であり、閃光のマリアンヌが長子、ヴィ家の当主である。元皇位継承権17位を持つブリタニアの血を引く者だ」

 糾弾されている立場にある筈のルルーシュは、しかし愚かしい民衆を威圧するような傲慢さで高らかに言い放った。

 行政特区日本でゼロが放った何万もの民衆へ響き渡るような声ではないものの、その声は異様なまでの高潔さを孕んでおり、狭い会議室を破裂させんばかりの迫力があった。

 ほんの短い間会議室には静寂が満ちたが、次の瞬間には堰を切るように怒号と困惑がうねり狂った。

「お前、俺達に嘘をついていたんだな!弱者を助けるとか言って、お前はブリタニア人じゃないか!それも皇族だなんて……」

「どうせ皇位継承権争いのために黒の騎士団を利用したんだろう!」

「お前の命令で一体何人死んだと思っているんだ!」

「戦争を玩具にして、どれだけの被害者を出せば気が済むんだ!」

「ちょ、ちょっと待て皆!確かにゼロはブリタニア人だがこれまでの功績は評価されるべきだ。まずは話を聞くべきじゃないのか!」

「でも井上も、卜部も、こいつのせいでみんな死んだんだぞ!?ゼロがちゃんとしていないから!」

「皇族だからって差別されるのはどうなのよ。確かに南極ではゼロのせいで指揮系統が崩れたけど、でもだからってこんな、皆でこんな寄ってたかって、」

「ゼロの口の上手さは知っているだろう。話したところでどうせこっちが煙に巻かれるだけだ」

「だからって全部の責任をゼロにおっかぶせるのか?それは黒の騎士団の幹部としてどうなんだ!」

「おい何とか言ったらどうだゼロ!」

「そうだゼロ、言い訳でもないのか!」

「どうして南極では指揮権を放り出したんだ!」

「何か言えよ!言って、言ってくれよ……」

 噴き上がる怒号をそよ風のように流しながら、自分の不甲斐なさにルルーシュは頭痛がする思いだった。

 自分の出生が露見すればこうなることは目に見えていた。だから徹底して「ルルーシュ」の姿が黒の騎士団に見られないよう苦心してきたというのに。ナナリーが死んで錯乱したとはいえ、ゼロの私室からアッシュフォード学園の制服を着て出るなんてとんだ間抜けな失敗だ。

 

 幾多の視線に晒されながらルルーシュは仮面を脱いだ。黒く濡れたような髪が額に散った。

 仮面の下から現れた絶世の美貌を前に糾弾の雨が降り止んだ。絹布のように滑らかな肌は仮面を被って熱が籠っていたせいで淡く上気している。花弁を散らしたように艶めかしい唇は皮肉気な笑みを浮かべており、定規で引かれたように真っすぐな鼻が気の強さを示すように尖っていた。

 そしてブリタニア皇族特有の菫色が長い睫毛の麓に咲いている。アジア人だの白人種だのという些細な違いを嘲笑うような、半神めいた美貌がそこにあった。

 

 だが糾弾が鳴り止んだのはその美貌によるものではなく、ルルーシュの容姿が想像以上に若いためであった。

 その場にいた面々は資料を読んでルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが17歳であると知ってはいたが、若木のような瑞々しさの滴るルルーシュの姿は世界の半分を敵に回して采配を振り、さらに戦争の全責任を背負う責務を任されるべき年齢にはとても思えなかった。

 無論のこと自分達大人が糾弾することを許される年齢でもない。

 向けようとしていた弾劾が口の中で彷徨い、変質して、杉山は思ったままの言葉をぽつりと呟いた。

「美人だ」

「ありがとう」

 思わず、と感嘆を口にした杉山にルルーシュは慣れた口調で返答した。その動作に、目の前にいる人間が精緻な人形ではなくちゃんと血の通った人間であることをようやく察して各々は口々に思い思いのことを呟いた。それは先程のような怒号ではなく小さな騒めきとして部屋を沸き立たせた。

「お、思ってたより、わけえんだな」

「めちゃくちゃ美人じゃないか……」

「女じゃないのか?」

「嘘でしょ、こんな年下がゼロだったなんて」

「カレンと同い年だと聞いてはいたが、こんな、」

 放っておけばこのまま雑談が延々と続きそうな雰囲気に、会議の発起人なのだろう扇を見やる。しかし扇も想定外の状況にわたわたと慌てるばかりだった。

 扇としてはこのまま黒の騎士団幹部にルルーシュを糾弾させて、そのまま引退を迫る流れを作りたかったのだろう。小心者の扇は周囲の雰囲気に逆らう勇気を持たず、常にその場の流れに自分の意見を左右されるきらいがある。

 だからこそあまりに若く美しいゼロを糾弾する手が緩んだ雰囲気を察しながらも、場の流れに逆らい動くことができないでいるのだった。

 では、と藤堂を見やる。藤堂は罪悪感の籠った目でルルーシュを見やりながらも、しかし横に首を振った。会議に関わる気は無く高みの見物を決め込んだらしい。実に賢明な判断だ。羨ましい。自分もそうしたい。

 それならばと神楽耶を見るが、神楽耶は扇とその背後に佇む見覚えの無いブリタニア人の女を冷ややかに見据えていた。しかし上から降り注ぐルルーシュの視線に気づいて顔を持ち上げてにっこりと微笑む。しかし何も言葉を発しようとはせず、こちらもこの場の収集を付ける気は無いようだった。

 

 しょうがないと溜息を吐く。どうして排斥されようとしている自分の方が会議をひっぱらなくてはならないんだと苛立ちが込みあがった。

 このまま全部放り投げて帰ってしまおうかという誘惑が頭を掠めたが、そうしたらそうしたらでまた別の問題が起こることは確実だ。黒の騎士団はともかく、ジェレミアやカレンにさらなる迷惑がかかってしまう可能性が高い。

 つまりこの場は自分が収めなければならないのだろう。不本意なことに。不機嫌さを表すようにルルーシュは指先で机を叩いた。

「話が脱線しているのではないか?諸君らはつまり皇族の血を引く俺がゼロであることが気に食わないのだろう。それで、」

「そうだ!お前は俺達にずっと嘘をついてきて、」

「俺は嘘はついていない。黙っていただけだ。喋っている途中で口を挟むな」

 鞭がしなるような叱責に扇は顔を真っ赤にしながらも口を閉じた。

 それ以上の抗弁が無いことを確認し、ルルーシュは視線を扇に向ける。

「それで、お前たちは俺に何を望む。ブリタニア皇族である俺がゼロであることが気に食わないから、それでどうしたいんだ。正体を公にして欲しいのか?それともブリタニア皇族という特権を使って神聖ブリタニア帝国に対して日本に有利な交渉でもして欲しいのか?その点を明らかにしなければこれ以上の会議の進展はあり得んだろう。扇」

「え、は、」

「このメンバーを集めたのは扇、お前だな。俺の出生を知ったのは南と朝比奈だろう。彼らから報告を受けたお前は俺に真実を喋らせるため、そして俺を弾劾するためだけに黒の騎士団幹部のほぼ全員をこの場に集めた。確実に俺の責任を追及するために。違うか?」

「それ、それは。ただ俺はお前が真実を語るべきだと思って、弾劾とは、」

「御託はいい。そんなものは結局ただの言葉遊びでしか無い。お前の目的は何だ。何故俺をここに呼び、俺がゼロを辞めざるを得ない状況を作り出した……その女に何か入れ知恵でもされたか?」

 扇に寄り添うように立っている、褐色の肌に鋼色の髪を持つ明らかにブリタニア人の女に目を向ける。

 ルルーシュの視線から女を護ろうと扇は椅子を蹴飛ばして立ち上がった。

「違う!千草は関係ない!」

「関係無いのなら何故黒の騎士団の幹部のみが集まる会議室に連れてきた。部外者を連れてくる必要性があったのだろう?それは何故だ」

「それは、違うんだ。千草が、」

「何が違う。喋る内容を明確にして口にしろ。大体その千草という名前は何だ。その女はどう見てもブリタニア人か、さもなければヨーロッパ人だろう。どう見てもアジア人には思えないが?」

 扇の背に守られながらも千草の表情は酷く冷静だった。立ち姿や僅かな動きからして一般人ではない。恐らくは軍人だ。

 会ったことがあるような気がしてルルーシュは記憶を弄り起こした。膨大なデータを掘り起こしていると、千草と同じ容姿のブリタニアの軍服に身を包んだ女性士官の姿が蘇った。

「お前……ブリタニアの軍人か。シンジュクゲットーにいたな」

 あの時はジェレミアが死んだと思って半ば錯乱していたが、この女軍人にギアスをかけてKMFを奪った記憶がある。

 ブリタニア軍という言葉を聞いて皆の扇に向ける目つきの色が変わった。

まさか扇は千草という女に篭絡されてゼロを表舞台から引きずり降ろそうとしたのではないかという疑惑の視線が扇に突き刺さる。

「軍人?え?」

「扇、お前まさか、」

「ち、違う!違うんだ!」

「だから何が違うんだよ!」

 冷汗を流しながらも扇は千草を背後に庇った。恋人を必死に護ろうとする献身的な彼氏のような動きは、しかしやはり篭絡されて操られているのでは、という疑いを強める結果に終わった。

「確かに、その、千草は軍人だった。でも記憶喪失になって、俺が保護してからはブリタニアと密通なんてしていない!」

「それこそしょーこはあんのかよ!その女がブリタニアと繋がっていないっていうしょーこはよ!」

「そうだ!元ブリタニア軍人だなんて信じられるものか!」

「だったら皇族のルルーシュを信じるのもおかしいだろう!千草は関係ない!」

「喧しい!!」

 砲撃のように藤堂の声が会議室に轟く。

 部屋はしん、と静まった。ここまで藤堂が怒気を露わにしたことは黒の騎士団では無かった。千葉などは驚きで目を潤ませながら体を縮ませている。

 静まった部屋を睨みつけるように視線を四方を向けながら、藤堂は普段より一段と低い声を発した。

「その千草という女については後回しだ。もうゼロがルルーシュ君であることを認めた以上、証言者であるその女がこれ以上この会議に参加する意義は認められない。連れて出ていけ」

「しかし、」

「連れて出ていけ。黒の騎士団の会議内容を無用に漏洩する事態を引き起こしたいのか!」

 扇は不満げに顔を歪めたが、黒の騎士団に所属する日本人の中で最も尊敬を集めている藤堂に逆らうことはできなかったのだろう、千草を連れて部屋を出た。

 藤堂はすごすごと部屋を出ていく扇の背中を軽蔑がたっぷりと籠った視線で見送った後に、今度はルルーシュへと目を向けた。視線には諦観が滲み出ていた。

「話を中断させたな。ルルーシュ君、続きを」

「え、ルルーシュ君って……藤堂さん、ゼロとお知り合いなのですか?」

 千葉が驚きの眼で藤堂とゼロを見やる。ああ、と藤堂は鷹揚に頷いた。

「彼はブリタニアからの人質として枢木家に滞在していた。私はその頃近くで道場を開いていて、枢木スザクを介して何度か会ったことがある。当時から頭がよく回る少年だった」

「勿論私もお会いしたことがありますけどね!」

 ぐい、と神楽耶はルルーシュの腕に抱き着いて頬を擦り寄せた。

 ブリタニア人へ明らかな親愛を示す神楽耶に周囲は唖然としながらも、しかしルルーシュは平然とした表情で神楽耶を見下ろした。

「お久しぶりです神楽耶様」

「お久しぶりですわルルーシュ殿下。相も変わらず、いえ、以前にもましてお美しくなられましたね。こんなお美しい方の妻になれるだなんて私光栄で光栄で、」

「申し訳ございませんが、私などが神楽耶様の夫だなんて大それたことですよ」

 明確な拒否の言葉にぷん、と神楽耶は頬を膨らませた。

「何を仰いますか。英雄であるゼロが、もしくはブリタニアの皇子であったあなた様が私と婚約するとなれば日本中が祝福してくれるでしょう。無論ただの政略結婚とする気はありません。貴方様に愛されるに相応しい妻となるよう、私、精一杯努力させて頂きますわ!こう見えて房中術などはもう心得ておりますのよ!!」

「……いえ、あの、神楽耶様。私はもう表舞台からは身を引く予定ですから、」

「そんな、あなたほどの方が隠棲なさるなどあまりに勿体ない。今後もゼロとして、いえ、ゼロで無くなったとしてもどうか合衆国日本を支える一員としてどうかお力添えを頂きたいものですわ。外国人ということで面倒くさいことを言う輩もおりましょうが、私と結婚すればそんな喧しい連中など一掃してご覧に入れましょう!大丈夫です、私がルルーシュ殿下の子供の一人か二人でも産めば誰も何も言わなくなるでしょうから、」

「ざ、残念ながら私には想い合っている人がおりますので、そのような私が神楽耶様を恐れ多くも妻に迎えるなど非礼にも程がありましょう。ご容赦下さい」

 ルルーシュは引き攣った顔で苦笑いを零した。

 

 勿論、想い合う人などいない。口から方便である。そもそも同性婚がそれ程に珍しく無い今日であっても神楽耶と結婚するのは問題があり過ぎる。そもそも子供なんて出来る筈もない。

 

 神楽耶はルルーシュの嘘を真に受けてしゅんと顔を曇らせた。

「そ、そうなのですか……想う人が……いえ、では側室としてでも!」

「そのような失礼な真似を神楽耶様になさるなど、自分で自分が許せません。申し訳ございませんが、どうか神楽耶様は神楽耶様に相応しい誠意ある男性をお探しください。これまで多大な支援を頂いておいて、誠に失礼であるとは存じておりますが……」

「いえ、謝る必要はございませんわ。こちらこそ、ルルーシュ殿下に想い合う方がいらっしゃるなど思いもよらず失礼致しました」

 神楽耶はちらりとルルーシュの隣に立つ炎のように鮮やかな容姿を持つカレンを見やったが、カレンはその視線の意味を乙女の勘で明確に察知して必死でぶんぶんと首を横に振った。

 日本随一の権力者の不興を買う気はカレンには無かった。

 

 ルルーシュは神楽耶から視線を逸らし、未だにだんまりを続ける黒の騎士団幹部へと視線を移した。

「話が逸れた。それでお前たちは俺を追い出すのか。それともこのまま従うのか。どちらかはっきり決めろ」

 神楽耶と話していた時よりも遙かに重苦しい声色へ、返答は無かった。誰もが責任を押し付けるように視線を交わす。

 そもそもこの場にいる人員を集めたのは扇だった。しかし扇は千草を外に出したまま帰ってこない。

 帰ってきたとしても敵軍の女に篭絡された可能性のある男の言など誰も聞く筈が無い。それを察しているからこそ扇も帰ってこないのかもしれないが。

 

 押しつけがましい視線が走る中で南が立ち上がった。

 扇グループの頃からゼロの下で戦ってきた初期メンバーの一人に視線が集まる。肌に突き刺さるような視線を感じながら、南はおずおずと口を開いた。自分の発言に絶対の自信を持てないという心情がありありと見て取れる、躊躇いがちな喋り方だった。

「ゼロ、俺は……俺はあんたに感謝してる。本当に、心から。俺は朝比奈みたいに、お前がいなくてもなんとかなったとは思っていない。むしろゼロがいないと合衆国日本は設立されなかったと思う。それは俺だけじゃなくて、大体の幹部がそう思っていると思う。それは間違いのない事、だと思う」

 その場にいた団員は恐る恐る、もしくははっきりと顔を縦に振った。藤堂は深く頷いていた。朝比奈だけが憮然とした顔でルルーシュを睨む。

 周囲からの消極的な同意を得て、一語一語確かめるように南は続ける。

「でも俺は、俺はお前にこれ以上従うことはできない。それはお前がブリタニアの皇子っていうことが理由なんじゃなくて……いや、それも一つなんだけど、でもそれ以上にお前が若すぎるからだ。お前はまだ17歳なんだろう。そうデータに書いてあった。

 その、もう戦争は終わったんだ。カレンやお前がいないと戦争で勝てなかったことは分かっているし、お前の力がまだ必要だと思うけど、でもそれ以上に未成年の子供が軍人になるのは間違っていると、俺は思う。散々に戦わせておいて今更だと思うかもしれないけど。でも子供は戦場に立つべきじゃない」

 本当に今更のことを言われてルルーシュは虚を突かれた顔をした。

 皇族とかブリタニア人とかいう理由ではなく、未成年ということはそこまで重要なことなのだろうか。

 

 ブリタニアでは未成年のナンバーズが徴兵されたりすることは珍しい事では無く、ブリタニアの占領地ではカレンのような未成年のテロリストも珍しくない。

 流石に軍の司令官が未成年であることは滅多にないが、しかし成人と同等の判断力と責任感があるのであれば未成年であっても何も問題は無いのではないか。

 だが南の言葉に同意するように藤堂は小さく頷き、他の団員達も囁き合いながら南へと賛同の意を送っていた。皇族であることを黙っていたルルーシュへ苛立ちや嫌悪の情を抱く者達も、別段悪感情を抱いていない者達も、むしろルルーシュへ深い感謝を抱いている者達も、揃って南の言を正しいと認めた。

 彼らはルルーシュよりも大人であった。だからこそ、未成年であるという言葉の意味をより正しく理解していた。

 未成年は大人に護られるべきだ。実際にそうであるかは置いておいて、そうであるべきなのだ。

 戦争は終わった。ならばカレンもルルーシュも、戦場から離れるべきだという総意が部屋に渦巻いていた。それは常に自らを前線に立たせ続けていたルルーシュにはどうにも理解できないものであった。

 

「だからゼロ、俺たちはお前を認められない。子供が戦場に出るだなんて、合衆国日本では許されるべきことではないと思うから。だから……その、ゼロを辞めてくれると、助かる、と思う」

 沈黙が落ちた。南はすとんと椅子に体を落とした。後に続く者はいなかった。

 息を吐く。ルルーシュには理解の及ばぬ理由で、どうやらゼロは黒の騎士団から排斥されることが決定したらしい。

「そうか、分かった。いいだろう。では予定通り藤堂に後を任せる」

 ルルーシュは仮面をその場に置いて立ち上がった。あまりにあっさりと決まったゼロの退任に最も驚いたのは幹部達だった。

 藤堂は驚きこそしなかったが、苦虫を噛み潰したような顔で、しかし首を黙って縦に振った。未成年の軍人はいない方が良いという意見は藤堂も賛成だがゼロの退任はそう易々と認可できるものではない。

 しかしこうなってしまった以上ゼロの退任はもう避けられない事態でもある。胃がねじ切れるような痛みに耐えながら藤堂は頭を抱えた。

 突然に全権を委任された藤堂を哀れに思いながらも、しかし既に黒の騎士団のために割く労力をルルーシュは有していない。Win-Winの関係で無くなった黒の騎士団に情けをかける程にルルーシュは情の厚い人間ではなかった。

「斑鳩と政庁にあるゼロの私物は好きにしてくれ。そう重要なものは置いていない。俺は今すぐに出ていこう」

「え、そんな、すぐに出ていけとは……」

 これでは追い出すようでは無いか、と焦る南にルルーシュは違う、と応えた。

「するべきことがあるから、俺にはこれ以上ここにいられる時間が無いんだ。俺は妹を探しに行く」

「妹って、ナナリー・ヴィ・ブリタニアのことか?」

「そうだ。死んだと思っていたけれど、もしかするとまだ生きているかもしれないから」

 

 ナナリーはギアス嚮団本部がフレイヤにより消滅した時にCの世界にいた。Cの世界は虚数空間であり、物理的法則は意味を為さない。

 ならばもしかしたらナナリーはフレイヤの影響を受けずに、まだCの世界で生きているかもしれない。

 可能性がゼロでないのならばルルーシュには諦めるという選択肢は無かった。ナナリーを探しに行かなければならない。

 どうやってCの世界に行くのか、それどころかまだナナリーが生きてるのかどうかすら分からない。だがそれでも、ナナリーを取り戻すためにできる限りのことをしたい。

 

 ルルーシュはマントを翻した。その後にジェレミアが続く。その後ろに少し躊躇いを残すカレンが続いた。

「ゼロ、お前と戦えてよかった」

 頭を抱えながらも藤堂が呟いた短い言葉にはありったけの感謝が詰まっていた。送辞に似た言葉に、ルルーシュは年相応の柔らかい笑顔を浮かべた。

「こちらこそ。では去らばだ諸君――――楽しかったよ」

 最後にルルーシュが見せた心からの笑みに幹部が呆けている隙に、ルルーシュ、ジェレミア、そしてカレンは黒の騎士団に背を向けた。

 

 この日を境に、ゼロは黒の騎士団から永遠に姿を消した。

 

 

 

 

■  ■  ■

 

 

 

「なんで俺に付いてきたんだ、カレン」

「あたしだって未成年だから、あんたがあんな理由でゼロを辞めちゃったら私だって辞めざるを得ないの!もう、どうして素直に辞めちゃったのよ。どうせあと数か月もすればあたしもあんたも18歳になるんだから、それまで引っ張れば何も問題は無かったっていうのに」

「18歳でCEOは無理がある。そもそも合衆国日本における成人年齢は20歳だろう。だとすると、俺が成人するまであと2年以上もかかる。それだけの時間があれば合衆国日本はゼロという英雄を必要としなくなる。未成年だからという理由を出されたらもう俺は辞めるしかないんだ」

 まあ別にそう未練も無かったのだが。

「それよりルルーシュ様、ナナリー様がまだ生きているかもしれないというのは」

「文字通りだ。Cの世界という空間の特殊性を失念していた。Cの世界は虚数空間であり、物理的な意味は存在しないとC.C.が言っていた。ならばフレイヤによって黄昏の扉が破壊されてもその内部は無事かもしれない」

「でもそれって、どうやってナナリーを助けに行くのよ」

「他の遺跡からどうにか……」

 言っておきながら、割と行き当たりばったりであることは認めざるを得ない。

 

 他の遺跡からナナリーがいるCの世界へ向かうことができるのだろうか。そもそも他の遺跡は南極のものと同じようにCの世界へ繋がっているのか。そして奇跡のような確率でCの世界へ入り込めたとして、ゼロとしての権限を失った今戦力的に不足していることは明らかだ。あまりに不確定なことが多すぎる。

 しかし今ルルーシュがナナリーのためにできることは、自らの足を動かして一つ一つ遺跡を当たって行くことしか無かった。

 無いと思っていた。

 

 

 ゼロの服を着替えて政庁のエントランスホールを横切る。背後にはいつものようにジェレミアとC.C.、そして当然と言った顔のカレンが無言のまま付いてきた。

 理由はどうあれ期間にして約1年、戦場を共に飛び回ってきた仲間たちからゼロとしての立場を追われた直後のルルーシュへかける言葉をカレンは持ち合わせていなかったのだ。

 しかしジェレミアが口を開かなかったのは別の理由からだった。ジェレミア自身には、別段ルルーシュがゼロを辞めさせられたことに思うところは無い。むしろごく短期間親衛隊に所属しただけの立場からしてみれば、ブリタニア皇族であり未成年のルルーシュが戦争の終結したこの時期にゼロを辞めさせられたことは至極当然であるようにも思えた。

 ルルーシュという一人の女性(彼らは青年と思っているが)の幸福と平和を思うのならば、ゼロなどという、英雄と言えば聞こえは良いが突き詰めれば人殺しのテロリストの名など背負わない方が良いのは自明だ。

 今この場でジェレミアが無言を保っていたのは、何となく、本当に何となく嫌な勘が働いたためだった。

 ルルーシュに告げるにはあまりに曖昧な不安感をジェレミアは口にすることは無かった。

 だがここでルルーシュが表舞台から姿を消して、ナナリーを助けるべく陰で動くようになるとはどうしても思えなかった。

 いつだって運命はこの人を振り回して、弄ぶのだから。

 

 

 政庁に相応しい大きさの正面扉が合衆国日本の心臓部から立ち去ろうとする4人の気配を感じ取って自動で横に滑る。

 扉のすぐ外には黄金を溶かしたような美しい金髪と大気圏最外層の色をした瞳を持つ芸術品のように美しい青年が待ち構えていた。

 少しの罪悪感が混じってはいるが、凄まじい意志と感情の込められた色の瞳はルルーシュさえも圧倒させる程だった。

 護衛として付き添っているのだろうスザクと、秘書として付き添っているらしいカノン。何やら楽しそうな顔をしているディートハルト、そしてあの千草と呼ばれていた女を背後に連れている。

 自分以上の策謀の才があるかもしれない人物を前に、ルルーシュはひくりと頬を引き攣らせた。

 

 シュナイゼルが千草とディートハルトを連れているということは、会議室で起こったことは全てシュナイゼルの掌の上だったということだろう。

 全てを察したルルーシュは盛大に舌打ちをしてシュナイゼルを睨んだ。妹の怒気の籠った瞳に睨まれてシュナイゼルは申し訳なさげに目を泳がせる。

「シュナイゼル兄上、どうしてここにいらっしゃるのでしょうか。私の記憶が正しければあなたはブリタニア本国にいらっしゃる筈でしょう。喧しい貴族連中を抑え込むために忙しいのでは?それとも単なる学生となった私を嘲笑いにいらっしゃったのでしょうか?」

「いや、違うんだ」

「ほう、では何の理由だ。返答如何によっては、」

「いや本当に違うんだ、私の目的はきっと君のそれとそう違うことは無い筈だから、どうかせめて話だけでも聞いてくれないだろうか」

 おろおろとするシュナイゼルに向けて踵を一度地面にぶつけ、音を鳴らす。

 これが感情の無い頃のシュナイゼルであれば、護衛を後ろに立たせるという愚行を嘲笑してさっさと殺しているところだ。今そうしようと思えないのは、酷く残念なことに、それなりにシュナイゼルに情のようなものを感じてしまっているからだろう。

 

 感情の戻ったシュナイゼルの性格がユーフェミアに似て優しく温かいのが悪い。

 そうでなければ自分はきっとシュナイゼルが自分をゼロの座から追い落とすために策を講じている可能性を考えて、それなりに対策を練ることだってできていただろうに。

 

 怒りの籠った足音にシュナイゼルは肩を震わせたが、しかし強い意志に突き動かされるように口を開いた。

「ルルーシュ、頼みがあるんだ。君にしか頼めないことなんだ」

 懇願するような響きに、不機嫌の頂点にあるルルーシュは溜息を吐きながらも耳を傾けた。

 自分を嵌めたシュナイゼルへの苛立ちが治まった訳ではないが、頼みとやらを聞かなければずっとついてきそうなほどの熱量が声色に含まれていたからだった。

「何だ」

「君に、ブリタニアの皇帝になってほしいんだ」

 

 

 

 

 

 

■  ■  ■

 

 

 

 

 

 

 

 ゼロの訃報が全世界に報じられた、その一か月後である。

 全国放送された映像には、ブリタニア首都ペンドラゴンに構える皇宮の最深部、王座の間が映っていた。

 絢爛な装飾が隅から隅まで張り巡らされ、平民では一生触れることさえ許されないだろう豪奢な絨毯が広大な床を全て覆っている。その場で整然と並ぶ数百人もの人々も身に数々の宝石を飾り、貴族の中でも高位、もしくは皇族にしか着ることの許されない華麗な礼服を身に纏っていた。

 だが視線を一身に受けて王座に座る人物は、彼らの礼服さえ粗末に見える程に豪奢な服を身に纏っていた。裾の広い純白の布地には赤い宝石がいくつも埋め込まれ、縁には金糸が繊細な模様を描いている。冠にはひと際大きな宝石が飾られており周囲を睥睨するように輝いていた。

 豪奢な服はその人物の美貌を引き立たせて支配者然とした迫力を増すのに一役買っていた。まだ10代の後半だろう、少年から青年へと移り変わろうとする時期にあるその人物は椅子の上で足を組み、肘をついて興味なさげに階下を見下ろす。

 その場に控えた家臣達は瞳の淵を赤く燃やしながら口々に新たな皇帝への忠誠を叫んでいた。

「オールハイル、ルルーシュ!オールハイル、ルルーシュ!」

「新たなる皇帝、ルルーシュ陛下万歳!!」

「ブリタニアの頂点に座すお方、ルルーシュ陛下に全ての忠義を!!」

「ルルーシュ陛下万歳!」

「万歳!」

「万歳!!」

 皇宮を声量で破らんと試みているような大歓声は音響マイクを通して全世界に響き渡った。声はブリタニア全土、中華連邦、E.U.、そして合衆国日本までを揺るがせた。

 

 テレビを見ている者の大半は何が起こっているのか理解ができていなかった。

 これまで皇帝にしか従うことの無かった大貴族や皇族達が、素性も知れない一人の青年に忠誠の声を上げている。それもその正体不明の人物は絶対不可侵の玉座に座り込み、宰相たるシュナイゼルすら従えているのだ。

 ブリタニアという世界の半分を占める大国の心臓部がこのように簡単に侵される筈が無い。その思いが目の前の光景を現実だと受け止めることを拒絶する。

 だが現実として彼はそこに居た。

 

 目の前で平伏する大貴族や、声も張り裂けんばかりの忠誠を口にする親戚たちを興味の無い眼で一通り見下ろした後にルルーシュは立ち上がった。途端に周囲が静まり返る。ルルーシュの視線は陶然としているディートハルトが構えたカメラに注がれていた。

「諸君、急なことで混乱するかもしれないが、本日より私が神聖ブリタニア皇帝となる。異論のある者はいるか」

 馬鹿にしているのか、それとも出来の悪い冗談の類か。酷く軽い口調で告げられた王位簒奪宣言にその場では異論の口を挟む者はいなかった。

 ブリタニア本国やエリアに住居を持つ貴族からは無数の異論が怒号と共に上がったのだが、ペンドラゴンの中心部、世界でも最高峰の警備を誇る皇宮に届く訳も無い。

 静まり返っている玉座の間で、さて、とルルーシュは話を続ける。

「異論は無いようだな。では続けて我が騎士達を紹介しよう。まずナイトオブセブン、枢木スザク」

 背後に控えていた、子犬のように柔らかな容姿を持つルルーシュと同年代の青年が足を一歩前に踏み出す。容姿自体は愛らしいものなのだが、表情は硬く、冷ややかで、氷漬けの人形のようだった。彼は騎士に選ばれた喜びも怒りも表に出すことはなく、ただ静かにルルーシュの騎士としてその横に立っていた。

「次に我がナイトオブツー、ジェレミア・ゴットバルト」

 ごく自然にジェレミアはルルーシュの隣に立った。軍人らしい無駄のない足運びでルルーシュを護るように横に立つ。騎士然とした佇まいに、彼がナイトオブワンではないのかと多くの者が驚いた。

 何しろもうルルーシュの背後に控えているのはルルーシュやスザクと同年代の、どこか幼さを残す美しい少女しかいなかった。前ナイトオブワンである、帝国最強の名に相応しい体格を誇るビスマルクとは似ても似つかない細い体躯はあまりに頼りなさ気だった。

「そして最後に、我が最強の剣であるナイトオブワン、紅月カレン!」

 その名前に、それまでとは違う意味を持つ驚きの声が世界中で上がった。

 それはゼロに仕える、黒の騎士団最強の騎士の名前ではないか。

 

 カレンは震えそうな手足を押さえつけながら、ルルーシュの声に背中を叩かれて前へと踏み出した。スザクより前に立つジェレミアの、そのさらに前に立つ。ルルーシュに最も近い位置に。

 カレンは自分の選択した道を真っすぐに見つめた。道は目の前に開かれており、障害は多かった。

 だがもうあの薄汚れた路地裏で、この面倒くさい女を護ろうと決めたカレンに迷いは無かった。

 

 3人の騎士の中心で、ルルーシュは高らかに鳴り響く鐘のように声を張り上げた。

「この世界に生きる全ての人々よ。生まれた国、性別、人種、その他全ての区別なく私は語り掛ける。自らの意思を持ち、戦う全て人々に敬意をもって、私は希い、訴えよう、我々は今一丸となって戦うべきであると」

 心身を震わすような声だった。あまりに圧倒的な声量は内容以前に人々を脅かした。

 だがその内容は多くの人々にとって理解不可能なものに近かった。ブリタニアの皇帝となろうとする男が何故一丸などと口にするのか。

 ブリタニア皇帝とは他国を蹂躙する強奪者ではないのか。

 疑問に答えるようにルルーシュは言葉を重ねる。

「諸君らよ、今や世界は危機に瀕している。人命が無為なことに費やされ、尊い命が数多く奪われた。また無駄なエネルギーが戦争に費やされ、それにより多くの人々が満足な生活を送ることができず、戦争に関わりの無い技術の進歩は足を止めた。

 だが我々はそろそろ、戦う敵について考えるべきだ。それは肌の色や生まれ育ちが違うだけの人間では無い筈だ。我々が戦うべきは、この世界に存在する全ての理不尽と、暴力と、我々の自由意志を遮る敵ではないのか。それは血を流さなければ倒せない敵なのだろうか」

 問いかけに答えるように、何を今更、という大合唱が世界各国で上がった。

 最早何もかもが遅い。流れた血の量だけ戦争を止めることは難しい。それも戦争を始めた側のブリタニアから世界に投げかける言葉ではない。

 しかしその事実を察していながらもルルーシュは口を閉ざすことは無かった。

「ブリタニア人よ、戦いに疲れ果てたブリタニア人達よ、諸君らはよく戦った。最早手足を止めて休むべきだ。休息の後、諸君らは命を奪うのではなく、命を護るために戦うべきだ。

 ブリタニアに蹂躙された多くの国々の人民よ。私は諸君らを私と同じ人間だと思い、そうして扱う。諸君らの生活、仕事、安心、そしてありとあらゆる機会、そういった何もかもを私は保障しよう。当人の責任に寄らない生まれ育ちで非難差別が蔓延ることを、私は何よりも忌避することをここに宣言しておこう。

 勿論、失われた数多くの命の復讐のために自らの命を使いたいというのならば、そうすればよい。諸君らは自由だ。復讐する自由も諸君らにはあるべきだ。ブリタニアへの復讐のために私の命を狙う者がいれば、私はその者達を尊敬すべき敵として迎え撃とう。私欲を満たさんとして私を追い落とそうとする貴族とは別格の、貴ぶべき敵として!!

 だが諸君らよ、私がブリタニアへ怒る復讐者の手により命を落とす前に、そしてまだ世界が混迷の中にいる間に、言っておくことがある!!」

 ルルーシュは何かに抗うように拳を振り上げた。

 

「戦え、諸君!命ある全ての者よ!!命の全てを振り絞って、疲れて倒れ伏すまで戦うのだ!!

 私は何度でも、何度でも、喉が張り裂けようと、手足が千切れようと訴えよう!

 我々は戦うべきだ!!我々の明日のために!!より良い明日を掴み取るために!!」

 

 皇帝に追従する歓声が鳴り響いた。同様に、戸惑いの声が世界中で鳴り響く。

 今この瞬間世界の中心に聳え立つルルーシュは、隣に立つシュナイゼルを非難の籠った瞳で睨みつけた。

 

 本来ならばこの面倒な位置に立つのはシュナイゼルの筈だったのに。

 じっとりとした視線を受けながらシュナイゼルは満足げににっこりと笑った。

 

 

 

 この瞬間より、神聖ブリタニア帝国は一人の青年の下で激動の時代を迎えることになる。

 神聖ブリタニア帝国99代目皇帝、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの治世の始まりである。

 

 

 

 

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