11. 水泳部メイド、乙女騎士、魔女、ワンコ系騎士、オレンジサイボーグ、無駄にイケメン皇子・・・世間から俺ってどんな趣味だと思われているんだろう・・・
ルルーシュが皇帝に登極してから2か月間という間に、ブリタニアという国は天地がひっくり返ったような騒ぎを幾度も起こし、そしてその度に鎮静した。灼熱の夏と極寒の冬が毎日交互にやってくるような民衆にとっては気の抜けない日々がこの60日間毎日続いている。
なにせエリアの立て直し、ナンバーズへの差別撤廃、貴族優位の法律改正、数々の改革が凄まじい速さで断行されているのだ。
中でも苛烈だったのが不当に私腹を肥やす貴族の処断である。
ルルーシュの皇帝登極を認められないと反乱を起こした貴族の数は数十を数えた。
彼らは反乱を起こした数日の内に、一人の例外も無く、ナイトオブワン紅月カレンとナイトオブセブン枢木スザク2名の働きにより一人残らず叩き潰され、全財産を没収されている。
反乱の中で幸運にも命を落とさなかった貴族は圧倒的な軍事力の差に絶望し、反乱を画策する他の貴族の名前や情報を売り払い、小さくとも領地を確保して隠棲を図る。そうして反乱を画策していた貴族は捕縛され、捕縛された貴族は情報を皇帝に売り、そうして……国内の反乱はたった2か月でほぼ姿を消した。
こうしてブリタニア国内では貴族とは名ばかりの存在となり、平民は貴族に虐げられることは無くなった。
だが民衆やナンバーズはあまりに急激な生活の変化に対応することができず、ただ混乱するばかりだった。昨日まで許容されていたことが今日には違法になっている。勿論その逆の現象も同時に起きている。公平平等な清水は泥水に慣れた人々に幸福と不安を同時に齎した。
若く優秀で美しい皇帝の登極を戸惑いながらも喜ぶ民衆は少なからず存在したが、それ以上にブリタニアの絶対支配者となったルルーシュがいつ化けの皮を剥がして冷酷な支配者になるのかと危惧する者が大半であったのだ。
何しろ長らく死亡したと思われていたルルーシュに関する情報はあまりに少なく、唯一分かっていることは彼が実父を殺して皇帝位を簒奪し、さらに国内を平定するために数多くの貴族を現在進行形で殺害しているという程度である。公平で優秀な若者なのだろうが、どう考えても温厚な人柄ではありえない。
2か月という期間の間に、未だ民衆はルルーシュという若すぎる皇帝への評価を決めかねていた。
そのような混乱の極限にありながらブリタニアの敵国がブリタニアへ侵攻することが無かったのは、ルルーシュの改革がナンバーズや庶民にとって利益にしか成り得ないものであったというだけの理由ではない。
ただ単純にシュナイゼルという参謀と、勇名高い枢木スザク、そして黒の騎士団最強の名を恣にする紅月カレンを前にして、そう易く喧嘩を売る馬鹿な国がいなかったと言うだけだ。
ゼロが生きていればまた話は違ったかもしれないが、もう3カ月も前にゼロの正式な死亡報道が黒の騎士団から出されている。
今や世界の改革の最前線であり、革命の騎手であるルルーシュの執務室には5名の人間が収まっていた。
シュナイゼルは宰相として部屋の奥に立ち、目を細めて部屋の中心で跪いている人物を見降ろしている。スザクは皇帝と宰相の護衛として部屋の端に控えていた。その表情には何の色も無く、皇帝の身を護ることのみに注力している。
そしてこの皇宮の主であるルルーシュは絢爛な執務室に相応しい黒檀の重厚な机に肘を突き、目の前で首を垂れる人物を見下ろしていた。
金髪の三つ編みを三つ垂らした十代中頃の少年は、年齢に不相応なまでの長身を折り曲げて臣下の礼を取ったまま身動きさえしない。どこぞの貴族のぼんくら息子のように派手な容姿ではあるが、ジノ・ヴァインベルグの佇まいは騎士の名に恥ずかしくないものだった。
その隣に同じように跪く少女が、光の籠っていない視線をルルーシュやシュナイゼルに向けて無遠慮に彷徨わせて「記憶」と呟いているのを見れば、その差は雲泥だ。年齢を考えればしょうがないのかもしれないが、アーニャの騎士としての実力はともかく、挙動はあまり褒められたものではない。
アーニャをこの場へ誘ったジノは少し後悔をしながらもアーニャならば大丈夫だろうと計算をしていた。
アールストレイム男爵家は元々ヴィ家の支援をしていた数少ない貴族の家柄だ。多少の無礼な真似をしようとも、ルルーシュ皇帝からそう蔑ろに扱われはしないだろう。
問題は自分の方だ。
「シャルル先帝に忠義の全てを尽くすナイトオブラウンズの2名が、私に何の用かな?暗殺に来るのであればもう少し良い手段があったと思うが」
アドバイスでもするかのような柔らかい口調で紡がれた言葉に自分の唇の端が強張るのを感じる。
下手を売ったらここで殺される。それは恐怖から来る妄想ではないことを、ジノは嫌という程に理解していた。
皇帝陛下への謁見を願い出て、皇宮の門を潜り抜けるまでは貴族らしい扱いをされた。だが皇宮に入る前に武器の一切は没収され、着ていた服を下着まで一つ残らず監視の下で脱がせられ、尻の穴の中まで確認させられた。ここに至るまでの道のりは囚人を扱うそれと変わらないものだった。
そしてもし皇帝陛下や宰相を害する――もしくは害そうとしたと捉えられるような――真似をすれば、即座に首を切り落とされるだろう。比喩では無く、物理的に。
冷ややかにこちらを見降ろす枢木スザクならば瞬き一つせずにそれが可能だ。
「初めてお目にかかりますルルーシュ陛下。私はジノ・ヴァインベルグと申します。こちらは、」
「アーニャ・アールストレイム」
かちゃかちゃとアーニャは懐から携帯端末を取り出した。
どうして没収されていないんだと驚愕するまえに、アーニャはぴろりん♪という音を立てて端末のカメラをルルーシュに向けた。
「記録」
突発的な行動にどう反応するべきかとスザクは眉根を顰めた。
敵対的な行動ではないが、皇帝陛下を前にしてあまりに無礼に過ぎる。だが交友を求めてきた元ナイトオブラウンズを、現ナイトオブラウンズである自分が叱責してもよいものか。スザクは皇帝陛下の裁可を仰ぐために視線を向けたがルルーシュは手を一振りして黙らせた。そして懐かしい顔に少し笑みを零す。
アーニャとルルーシュには面識があった。もう6年も前になるが、アーニャは行儀見習いとしてヴィ家に仕えるメイドであったことがあったのだ。当時ルルーシュは12歳、アーニャは9歳であり、妹と同年齢のアーニャをルルーシュはそれなりに気にかけていた。
目の前にいるアーニャの容姿は当時より成長しているものの未だ幼く、ナナリーと同じ位の身長と体格であることは跪いたままあっても容易に察せられた。
「久しぶりだな、アーニャ」
「6年ぶりくらいです。もうちょっとで7年になる……です」
「もうそんなになるんだな。アーニャも14歳か、大きくなるはずだ」
「あんまり大きくならなかった……です。まだこれから伸びる。と思う。ます」
「………そうか。それでアーニャ、これからどうするんだ?ナイトオブラウンズを引退したいというのならこちらから手配しよう。監査の結果、アールストレイム家の領地運営に落ち度は見つからなかったから財も領地もそのまま残る。家に戻ったとしても生活には困らないぞ?」
「今更貴族の子女に戻るつもりは無い。無いです。私が戦場に飽きるまではここに置いておいて欲しい。力にはなる。なります」
下手くそな敬語を気にもせず、ルルーシュはうーん、と唸った。
「未成年の子供が戦場にいるのはあまり良く無い事らしいんだが。アーニャは若いし、戦場以外での経験を積んで、それからまた軍人に復帰しても良いと俺は思う。軍人などよりもっとアーニャに合った、それでいて平和的で生産的な職業を見つけられるかもしれないぞ?」
「年齢は関係が無い。力のあるものが戦う。無い者は作物を作ったり、料理を作ったり、学校で教えたりする。その方が効率的で正しい。私に軍人としての適性があることは間違いない…です。他の職業を探すより、今適正があると確実に分かっている軍人の道を究める方が建設的、だと思います」
「その意見は極端ではあるように思うが……これまでナイトオブランズを大過無く務めてきたアーニャを追い出すというのも道理が無いか。それに私自身未成年だから、この論はお前を説得するには使えないな。良いだろう、アーニャ・アールストレイム。私のナイトオブシックスの座を与えてやる。無理のない範囲で勤めよ」
「ありがとうございます」
「あと敬語を使い難いなら使わなくてもいい。6年前までと同じで構わないさ」
「流石にそれは対外的に問題がある。出来る限りで努力していく。していきます」
言いたいことだけ言い終わり、後はジノに任せる、とアーニャは携帯端末を弄り始めた。
胆力がある少女だと以前から思っていたが、皇帝陛下を前にこの態度はどうなのだろうか。6年前の知り合いだからだとしても目の前に座すのは反乱を起こす貴族を悉く踏み潰し、この2か月間ブリタニア帝国に止まない血の雨を降らせている皇帝だ。
徹底的に効率的であり、現実的な皇帝の業績は在位2か月のこの時点で既に凄まじいが、流れた血の量だって凄まじい。
噴き上がる歓喜や怨嗟の声に眉一つ動かさず、私利私欲の一切を挟まずに全ての存在へ平等に益と罰を下すルルーシュの姿は、ジノの眼には人間を超えた何かのようにしか思えなかった。
それはジノのみならず、新皇帝の半神めいた美しい容姿も相まって、もしや戦争に酔ったブリタニアを変革するべく天から下された天使なのではないかという聊か滑稽な噂まである。
流石にジノも目の前の存在が人間ではないとまでは思っていない。
だがそんな噂が立つのもおかしくないと思えるほどに、こうして間近で見るルルーシュは眩いまでに美しかった。とても男とは思えない程だ。
「話が逸れた。ジノ、先帝に忠義を尽くすナイトオブラウンズであるお前が私の前に跪くとはいったいどのような冗談かな?笑えるものだと嬉しいのだが」
冷ややかな笑みを浮かべるルルーシュに向けて、アーニャに対しての態度が自分へのそれとは違いすぎませんか、という抗議の声が上がりそうになった。口から出るまでになんとか噛み潰す。
自分の置かれている状況が分からない程に馬鹿ではない。
先帝のナイトオブラウンズなど、新皇帝であるルルーシュからしてみれば反乱の芽以外の何物でもない。ましてや先帝シャルルを殺して帝位を簒奪したことを公言しているのだから猶更だ。ブリタニア各地で皇帝に反旗を翻す貴族と同じく、この場で惨殺されても文句は言えない。言う口も残っていないだろうし。
ジノは地面に頭を擦りつける程に平伏した。
「陛下、恐れ多くも陛下の言に訂正を加えさせて頂きたく。私が忠義を尽くしたのはあくまでブリタニアという祖国に対してです。シャルル陛下へではなく。私は私の忠義のために、ブリタニアを改革なさろうとしているルルーシュ陛下のお力になりたいと思い参上したまでのこと。他意は一切ございません」
ほう、とルルーシュは面白そうに唇を吊り上げた。
「つまり貴公は私が皇帝になったから私に忠誠を尽くすと言うのか?私より皇帝に相応しい者が現れて私を帝位より追い落とすようなことがあれば、貴公の忠誠は泡粒のように消え去るということか」
「はい陛下。その通りでございます」
傲岸にも言い放ったジノにルルーシュは初めて興味を抱いた。
この場で少しでも敵意を見せれば、スザクに首から上を切り落とされるぐらいのことはこの少年も分かっている筈だ。
そうと分かっていてブリタニアという国のためならば皇帝を捨てると言い放つのだから、ジノ・ヴァインベルグという少年はルルーシュの性格を既にかなり把握しており、さらに強い胆力を備えているに違いない。
これまでの、足元を這いずる虫でも見るような視線とは違う、はっきりとした自分への興味が菫色の瞳に浮かぶのを見てジノは自分が勝負に勝ったことを確信した。
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは追従するだけの人間は好まない。主君が間違っていると思えば、礼儀などかなぐり捨てて忠言するような人物が好みなのだ。それと同様に一本芯が通っている人物も好みであるらしい。
これまでのルルーシュの行動や、カレンやスザク、ジェレミアなどの騎士達の言動を鑑みてジノはそう判断した。そしてその判断は正鵠を射ていた。
「わが祖国、ブリタニアの頂点に立つに相応しい能力を備える御方であれば血統にも来歴にも拘ることはございません。人の上に立つに相応しいか否かは、ただその実力を以て証明されるべきことでしょう」
「面白い男だな」
「陛下にそう言って頂けるなど身に余る光栄であります」
「貴公の言は私も同感だ。人の地位はあくまでその人物の能力、才覚に依るものであり、無能な人物が財や地位を占めるべきではない。私は今後実力ある者が上に立ち、下を率いて弱者を護る国を作っていくつもりだ。貴公も大公爵の家に生まれながら軍に入り実力でナイトオブラウンズにのし上がったと聞く。それは貴公の信念によるものか?」
「恐れながら陛下、父は確かに大公爵の爵位を持っておりますが私はしがない三男坊。兄に家を追い出される前に糊口をしのぐため軍に入ったに過ぎません」
半分は事実であることをジノは苦笑交じりで口にした。
兄が大公爵の爵位を継げば目障りな自分が家を追い出されるのは明らかだ。しかし流石に着の身着のままで追い出されることは無いだろう。大貴族が兄弟を家から追い出す時は男爵や子爵の地位を与えるのが伝統だ。
とはいえジノは自分の才覚が兄達よりもずっと勝っていることを、10歳になるかならないかの頃に既に確信していた。だからこそ少し先に生まれただけの兄が自分よりずっと高い地位につき、いつか自分が家を追い出されることが気に食わなかったのだ。
だから軍隊に飛び込んだ。先祖代々から受け継いだ爵位など意味を持たない、運と実力が全ての世界に。
そして今やヴァインベルグ家は新皇帝の手により財産の殆どを没収され、下り坂を駆け下りる真っただ中にあり、ジノは新皇帝の前で一世一代の大博打を打っている。
皇帝陛下の前でなければジノは大笑いしているところだった。なんて面白い人生だ。
「陛下、私には信念と呼ばれるべき真っすぐなものは抱いておりません。ただ、自分より無能な兄に家から追い出されるのが気に食わない、威張り散らす以外能の無い上官が部下を殴っているのが気に食わない、馬鹿な貴族が汗水垂らして働く庶民より良い服を着て、良いものを食べているのが気に食わない。私にはそれだけです」
「貴公が私を気に入ってくれている間は、私の部下として働いてくれるのか?」
「御意」
ジノの返答はルルーシュの中にある、騎士としての合格ラインを超えていたらしい。ルルーシュは微かに笑みを深めた。
「よろしい。ではその期間が出来得る限り長くなるよう努力しよう。ジノ・ヴァインベルグに忠義を尽くすことを許す。私にではない。ブリタニアという国へ忠義を尽くすための地位を……ナイトオブスリーをくれてやろう」
「ありがたき幸せにございます、陛下!」
深々と息を吐いて、ジノは額から冷や汗を零した。手を強く握りしめる。
緊張を露わにしたジノへ小さな子犬を見るような視線を向けてルルーシュは声を上げて笑った。
「忠義を尽くして戦えよ、ジノ。しかしお前も未成年だ。そう無理はしないようにな」
アーニャとジノが退室した部屋で、シュナイゼルはルルーシュへと言葉を向けた。
「いいのかい?2人をナイトオブラウンズにしてしまって」
「スパイである可能性も考えて暫くは地方の反乱の鎮圧任務にあたらせる。KMFに自爆機能でもつけておけば裏切ったとしてもすぐに始末できる」
「ギアスをかければ……」
「それも考えたが、ギアスを掛けられたものは命令通りの行動しかしなくなる。自分から意見を言うことが無くなってしまう」
ジノの野心に満ちた瞳を思い出して、あの光が無くなってしまうのは惜しいとルルーシュは思った。
ああまで露骨に自分を売り出してきた人間はこれまでいなかった。ナイトオブラウンズとしての実力があってのことだろうが、若さもあるのだろう。だというのに言動に嫌味はなく、むしろさっぱりしている。
「ああいった気性の、さらにナイトオブラウンズについて詳しい人間がいればカレンも楽になるだろう。ただでさえカレンはデスクワークに慣れていないんだ。時間がある時にはジェレミアに手伝うよう言っているが、あいつはあいつで俺の護衛の一切合切に加えて秘書みたいなことまで任せているから滅茶苦茶に忙しいし。ジノはカレンの良い補佐役になる。年齢も近いしな」
「……ところでルルーシュ、どうしてジェレミア卿をナイトオブワンにしなかったんだい?」
シュナイゼルは背後で直立不動のまま動かないスザクを見やった。
カレンにしてもスザクにしても、戦闘能力に関して言えばジェレミアより遙かに優れている。格上とさえ言えるだろう。
だが軍の指揮能力や、占領地の統治能力までもが要求されるナイトオブワンに相応しいのは3人の内で誰かと問われるとジェレミアしか有り得ない。年齢や経歴を鑑みると、士官学校にさえ通ったことの無いカレンがナイトオブワンとなるのはあまりに未熟過ぎる。
そして何よりルルーシュと過ごした時間の長さや密度、そして信頼関係の強靭さという意味ではジェレミアは圧倒的な筈だ。
だがルルーシュは至極当然と言った顔で指を3本立てた。
「理由は3つ。まずブリタニアと日本人のハーフをナイトオブワンという地位につけることで、俺が人種的偏見と無縁であることを示す良いアピールになる」
立たせた指を一つ折り曲げる。
「次に、紅月カレンと紅蓮の名は黒の騎士団のエースとしてよく知られていた。皇帝である俺のナイトオブワンにカレンが就任することは、俺の思想は黒の騎士団とそう違わない、強者を挫いて弱者を救済するものだという認識を助けることになる」
もう一本の指を折り曲げて、最後に残った指を振る。
「そして最後に……これは俺の個人的見解によるものだが」
ルルーシュは最後に残った指を掌の中に大事そうに押し込めた。
「カレンは俺が失敗したら俺を殴れる。だけどジェレミアは俺を殴れない。これが一番の決定的な差だ」
「……よく分からないよ。どうして君を殴れるからナイトオブワンに相応しいんだい?」
「俺も正直よく分からない」
戸惑いを顔に乗せたシュナイゼルにルルーシュは肩を竦めた。
理屈に沿わない、感覚的なものだから説明しようがないという面もある。だが何となく、自分の決定は間違っていないように思えた。
もしジェレミアがナイトオブワンになったら、命懸けで自分を護ってくれるだろう。世界で一番自分を大事にしてくれるに違いない。自分が欲しいと言ったものは何だって手に入れてくれるだろうし、やれと言ったことは何だってするだろう。
だからもし自分がジェレミアに合衆国日本に住む人間を老若男女を問わず一人残らず皆殺しにしろと命令したら、あいつは戸惑い、命令を何度も聞きなおしながらも最終的には必ず実行するに違いない。
泣きわめくことしかできない赤ん坊から、逃げることも出来ない老人まで、一人も残さず血祭に上げてしまう。その光景は容易に目に浮かんだ。
だが、それでは駄目なのだ。それでは自分のナイトオブワンにはできない。
「―――もしジェレミアがナイトオブワンになったら、あいつはビスマルクみたいになってしまう可能性がある。シャルルの計画をビスマルクが止めなかったように、俺が間違えてもそのまま何にも言わないで突進するがままに任せてしまうんじゃないかって」
もしカレンに合衆国日本に住む人間を虐殺しろと命令したら、手加減一切無く全力で顔面をぶん殴られるだろう。その光景も容易に目に浮かんだ。もしかしたらそのまま殺されるかもしれない。
だが主君が暴走するがままにさせておく騎士よりもそっちの方がまだマシだ、とルルーシュは思う。カレンのあの苛烈な気性は、未熟な経験や能力を差し引いても代え難いものだ。
「まあそれはいいだろう。ジェレミアもカレンも納得していることだ。それよりシュナイゼル―――Cの世界へは、」
「C.C.の協力の下で世界中の遺跡を手分けして調査させているけれど、まだ何も成果は上がっていないよ」
「そうか……もう3か月にもなるというのに、向こうからのコンタクトも無い。手詰まりというところか」
「我々の御父上が言っていた計画が妄言でないのならば、いずれにしろ向こうから接触はしてくるだろうけど……先手を取られるのは不味いね」
「大体世界を一つに纏めるってどういうことなんだ。精神を肉体から引きはがすというのも意味が分からん。何を考えているのやら」
顔を歪めてルルーシュは頬杖を突く。こうまで面倒な思いをして皇帝をしているというのに、明らかな成果は未だ見当たらない。
Cの世界がどのような世界かは知らないが、もし普通に飲食をしなければ餓死するような空間であれば、もうナナリーは飢え死んでしまっているだろう。その想像をするたびに焦るが、焦ったところでできることはそう多くはない。
ルルーシュが皇帝となったのは、ギアスに関する情報を皇帝という地位についてかき集めて、さらに膨大な権力を手にすることで世界中のギアス遺跡を調査させるためだった。さらにもしシャルルが生きて現実世界に戻ってきた場合に皇帝という特権をシャルルが使えないよう立ち回り、さらにシャルルの味方をするだろう貴族共を先んじて潰しておくという目的もある。
だからシュナイゼルとは皇帝と宰相の地位が逆でもよかったのだ。じとりと隣に立つシュナイゼルを見やる。
むしろブリタニア国内で最も皇帝の座に近い位置にいたシュナイゼルが皇帝となる方がずっと混乱は少なかっただろう。
だというのになぜ自分が皇帝になっているのか。
理由は一つである。
「兄上、ナナリーを奪還したらもう俺は面倒事は御免だからな。在位中にごたごたは全部収めてやるが、その後は任せるぞ」
「神聖ブリタニア帝国100代目皇帝か……私がちょうど100番目ってなんだか微妙だなあ。どっちかというとルルーシュが100代目の方が良かったと思うんだけどなあ」
「何故」
「ルルーシュの名前が歴史書に残った時受験生が楽になるだろう?覚えやすくて」
あっさりとした言葉にルルーシュは呆れの視線を向けた。
ルルーシュの在任期間は最初からそうは長くならない予定である。
閃光のように現れたルルーシュ皇帝は、民衆のためにはなるが後にまで禍根を残しそうな改革を短期間に行い、ありとあらゆる面倒事や悪名を全てしょい込む。
そうして出来得る限りの汚れ役を務めあげた後に、ルルーシュ皇帝は不幸にも若くして病死してしまう。
そうしてすっきり綺麗になった神聖ブリタニア帝国の新皇帝、シュナイゼル・エル・ブリタニアが善政を敷いて世界を平和に導く、ということになっている。
ちなみにルルーシュ皇帝は男性であり、女性であることを示唆するような噂や記録は一切存在しない。
そもそも衣服の着脱や風呂での世話を任せるメイドがいる以上皇族が性別を偽るなど不可能であり、ルルーシュは当然男でしかありえない。皇宮に仕えるメイドの大半が瞳の淵を赤くしたりしているが、別に大したことじゃない。
勿論アッシュフォード学園に在籍していた“ルルーシュ・ランペルージ”は“ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア”とは無関係の別人である。だって性別が違うのだから、同一人物ではありえない。
ルルーシュ皇帝の在任中、ルルーシュ・ランペルージは皇帝によく似た容姿のせいで起こる面倒事を避けるためにE.U.に隠れ住んでいたが、ルルーシュ皇帝が病死した後には普通に社会復帰をする。
そうしてルルーシュ・ランペルージは妹と、ルルーシュ皇帝の面影を求めてやってきたナイトオブツーと3人で平和に暮らすのでした。めでたしめでたし。
「……上手く行くかなあ……」
ぼそりと呟いたルルーシュの声はか細く、散々に幸福な未来を叩きのめされた者特有の警戒心を含んでいた。シュナイゼルは是とも否ともつかない唸り声を上げた。不確定要素が多すぎるため容易に首肯はしかねたのだ。
「……化粧ぐらい練習したらどうだい?あからさまに女性っていう化粧をして女性らしい恰好をすれば、ルルーシュ・ランペルージ≠ルルーシュ皇帝の印象を強められるかもしれないよ?あとは、髪を伸ばしてみるとか」
ルルーシュが最も不安に思っているのは、まず間違いなくナナリー奪還のことだろう。しかし現在こちらからCの世界に介入できる術はなく、シュナイゼルは思いつく中で最も建設的な案を提案した。
ルルーシュは隙を見せれば浮かび上がる未来への不安感から無理やり目を逸らし、自分が女らしく化粧をしてスカートを穿いている姿を思い浮かべてみた。思い浮かんだのは女装癖のある優男のような自分の姿だった。
「……やはり髪を伸ばさなければ女らしくならないな。エクステで一気に伸ばした方が印象も変わるか?改名も考慮して……ルルーシュという名にはそれなりに愛着があったんだが、まあしょうがないよな」
「新しい名前を作るんだったら早く教えて欲しいな。隙の無い完璧な新しい戸籍を作ってあげるから」
「じゃあ俺のに加えてナナリーとジェレミアの分も頼む」
「分かっているよ。その場合は彼らも改名した方が良いだろうね」
「そうだな……まあ、考えておくよ」
ジェレミアをジェレミアと呼べずに、ナナリーをナナリーと呼べなくなってしまう未来を思うと少し寂しかった。
だが先のことを考えてもしょうがない。今はただ、ナナリーを奪い返すために行動するべきなのだ。
ルルーシュは政務を始めるようシュナイゼルに命じた。
■ ■ ■
夜は帳を降ろし、日付は変わろうとしている。ルルーシュは自室へと護衛のナイトオブツー、ジェレミア・ゴットバルトを連れて戻っていた。
本日皇帝の護衛任務に就いていたのはスザクだったが、地方で勃発した反乱の鎮圧のためにランスロットで向かわなければならなくなってしまいジェレミアと任務を交代したのだった。スザクならば明日には鎮圧完了の報告が聞けるだろう。
ルルーシュの姿を認めると部屋の前に立つ頑健そうな数名の警備兵が深々と頭を下げて、繊細な彫刻が施されている金の取っ手を押して扉を開けた。部屋の中では出迎えのために待機していたメイド長の篠崎咲世子が深々と頭を下げていた。その向こうではC.C.が疲れた様子で広々としたソファに身を投げている。
背後で防音の分厚い扉が閉まるとルルーシュはそれまでの皇帝然とした威圧感を放散させて、幾分か疲れた顔を見せた。
「お疲れ様です、ルルーシュ陛下」
「お疲れ様です咲世子さん。すいません、遅くなってしまって。時間も遅いですしもう上がって大丈夫ですよ」
「お気になさらず陛下。お飲み物はご入用でしょうか?」
「ではお言葉に甘えて、ホットココアを」
対外的には公平高潔で冷徹な皇帝然とした表情を崩さないが、懐に入れた相手にはこれだ。咲世子はメイド相手にも礼儀正しく礼を言う皇帝の姿が微笑ましくてならなかった。
同じように思ったのだろうジェレミアも苦笑を滲ませた。
「私は紅茶を」
「畏まりました」
部屋を辞する咲世子を見送り、ルルーシュは重苦しい皇帝服に引っ張られるように部屋の中央にでんと置かれた巨大なソファに身を投げた。華奢な体がぼうんと一度バウンドして柔らかい生地に軟着陸する。
疲れた。
いや、仕事量はゼロとして活動していた時よりも遙かにマシではある。何しろぶっとんで優秀なシュナイゼルに加えて、政治の手練手管を備えたブリタニアの文官という駒が手の中に大量にあふれかえっているのだ。ワンマン経営を強いられていたゼロの頃と比べるとありえない程に恵まれている職場環境ではある。
ルルーシュへと疲弊を齎しているのは膨大な仕事量による身体的疲労や、突然皇帝に登極したことへの精神的疲労などではなく、ナナリーが見つかっていないというただ一点に依るものだった。
ソファの上でもぞもぞと動きながらルルーシュは溜息交じりに愚痴を零した。
「シュナイゼルが調査してもCの世界へと向かう方法は未だ分からずか」
「C.C.の協力があっても通り抜けられないとは、向こう側から黄昏の扉を閉じることもできるのかもしれませんね。シャルル前皇帝がCの世界の仕組みをどの程度理解しているのかは分かりませんが……」
「私が全力でこじ開けようとしても開かなかったということはシャルルが黄昏の扉に何かしらの対策を施していることは間違いない。とはいえ扉のこちら側ではその対策へ対処する方法も分からん。手詰まりだな」
「厄介だな。物理的手段が意味を持たないとは」
赤い宝石が飾られた冠を放り投げるとジェレミアが慌ててそれをキャッチした。重苦しい冠から解放されて体が少し軽くなったような気がした。
口では厄介と言いつつ、疲弊していながらも、ルルーシュはそう気分が悪くはなかった。こうして黄昏の扉を調査してもCの世界へ介入できないということは、つまりフレイヤでもCの世界へ介入することは不可能であるという証明のように思われたのだ。ならば黄昏の扉がフレイヤで消滅したとしても、その向こうにいたナナリーは無傷のままCの世界にいる可能性が非常に高い。
部屋にしずしずと戻ってきた咲世子が湯気の立つココアをルルーシュの前に置く。
ルルーシュの対面のソファに体を預けていたC.C.はそういえばと口を開いた。
「カレンが今日新しいメイドが入るから、紹介するためにここへ連れて来る言っていたぞ。恐らくそろそろ来るだろうな」
「……ああ」
ソファの隣にジェレミアのスペースを空けてやりずずっとココアを啜る。
皇宮で働くメイドの大半は貴族の子女でありかなり高い身分の者が多い。そのために前皇帝を弑逆した(ということになっている)上に、反乱を起こす貴族を片端から殺しまくっているルルーシュに危惧を抱いた貴族はすぐさまに娘を家に呼び戻したのだった。
質素倹約を是とするルルーシュの住居は皇宮の隅の一角のみであり、さらに皇族は今やルルーシュとシュナイゼルのみとなってしまったため、メイドの一斉大量退職はこれまでそう問題にならなかった。だがカレンの目から見れば今の皇宮はあまりに物寂しいように映ったのだろう。
「新入りのメイドは平民出身だから俺付きのメイドにはなれないらしい。だが皇宮で働く以上機密に触れる可能性もある。必要ならばギアスを掛けて欲しいんだと」
「貴族出身でない者が皇宮のメイドとなるのは珍しいですね。そのメイドはどんなコネを使ってカレンへの伝手を作ったのでしょうか」
「さあ。あまり詳しくは聞いていないが、どうせ父親が富豪だとかどこぞの貴族の弱みでも握っているとか、そこらへんだろう。もしかするとシュタットフェルト家と関りがあるのかもしれないが……」
「あのカレンが実家から頼まれたからと見ず知らずの女にメイドの職を用意してやるか?ナイトオブワンの地位に就いてもシュタットフェルトの名前を名乗ることを嫌がったというのに、有り得んだろう」
C.C.の想った通り、ルルーシュもあのカレンがシュタットフェルト家のために指一本動かすことは無いだろうとルルーシュも分かっていた。
不倫の末に子供を作った挙句、母を劣悪な環境に捨て置いた父親の家だ。貴族が冷遇されるルルーシュの御世にあって重用されるカレンへシュタットフェルト家は繋ぎを作りたいだろうが、カレンの気性からして土台無理な話だ。
扉がコンコンと軽い音を立ててノックされる。許可を出すと赤いマントを靡かせた騎士服のカレンが姿を現した。華やかな騎士服は牡丹色を基調にしながら所々に金糸の刺繍が施されており、カレンの燃え上がるような瑞々しい容姿によく合っていた。
「お待たせルルーシュ」
ナイトオブワンとはいえ騎士から皇帝に向けるにはあまりに軽い挨拶に、ルルーシュはどう返答していいのか分からなかった。
別にカレンの態度を今更どうこう思いはしない。それよりもカレンの背中に隠れながら恐る恐るこちらを見ているメイド姿の美少女に頬が引き攣ったためだ。
長いライトブラウンの髪と猫のように大きな瞳に眩暈がする。
頭痛に耐えるように頭を抱えるルルーシュに気付いているのかいないのか、カレンは部屋にシャーリーを入れてアッシュフォード学園生徒会メンバーに相応しい楽しそうな顔をした。
「紹介するわ。今日から入るメイド見習いのシャーリー・フェネットさんよ。よろしくね」
「よ、よ、よろしくお願いします、ルルーシュ皇帝陛下!!」
ばっと頭を下げた顔は緊張のせいか耳まで真っ赤だった。
深々と下げた頭は緊張する子犬のようにぶるぶると震えている。なんだか悪いことをしているような気分になってルルーシュは大きく息を吐いた。
「………よい。頭を上げろ、シャーリー」
頭を下げた時と同じくらいの勢いで頭を上げる。勢いで長い髪が爆発するように四方に流れた。メイドとしてその落ち着きのない挙動はどうなんだと思うも、新米だしこれから色々と勉強することになるんだろうなあ、とルルーシュは軽い現実逃避に逃げた。
何故ならば、予想外だったのだ。
シャーリーは当然ながらルルーシュ・ランペルージの性別が女であることを知っている。そしてルルーシュ・ヴィ・ブリタニア=ルルーシュ・ランペルージであることにも、恐らくは気づいている。でなければカレンに交渉してメイドとして皇宮に潜入したりはしていまい。
カレンにはルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは皇帝を辞めた後にルルーシュ・ランペルージに戻ることを伝えているというのに。一体何を考えているのか。
「カレン」
「あら、何か不都合があるのならギアスを使えばいいんじゃない?」
ふん、と鼻で笑ってカレンは腕を組んだ。
「使うさ。ただし非常事態にだ。ここは皇宮なんだぞ。俺の母親みたいにテロに巻き込まれてシャーリーが殺される可能性だってあり得る。余計な危険に晒す必要なんて」
「それを決めるのはシャーリーであってあなたじゃないでしょ?大体メイドが不足していたのは確かだし、皇帝陛下が無条件で信頼できる人間を優先して雇うっていう判断はそう間違ってはいないと思うんだけど?」
皇帝を相手に不遜な態度を崩さないカレンに、これは説得不可能だとルルーシュは視線をシャーリーに移した。
数か月前まで生徒会室で一緒に仕事をしていたが、今や2人の間には絶対的な身分の差がある。
シャーリーは皇帝陛下に拝謁したという緊張感のあまりに体を強張らせていた。たとえそれが自分の初恋のクラスメートだと分かっていても、所々に赤い宝石を散りばめられた純白の皇帝服を着たルルーシュはあまりに神々しく、自分と同じ世界に生きる人ではないように思えたのだ。
しかしここで怖気づいていては何のためにカレンに頼んでメイドとして推薦してもらったのか分からなくなる。下っ腹に力を込めてシャーリーはぐいと頭をルルーシュへと向けた。
「シャーリー、また会えて嬉しいよ。でも帰ってくれ。俺は今ブリタニア中の貴族から恨まれていることは知っているだろう?生徒会で馬鹿をやっていた時とは違うんだ。戦う術を持たない君がいるべき場所じゃない」
「分かってるよ。でも、」
「いいや、分かってない。帰るんだ。ここにいると……」
「ううん、私は帰らないから」
シャーリーはぶんぶんと頭を横に振った。メイド服の裾を血管が浮かび上がる程に握りしめている。
「私、ルルの力になりたいんだもの。カレンみたいに戦うことはできないけど、でもあたしにだってできることがあるかもしれないから。ルルの愚痴を聞くぐらいのことはできるかもしれないから。だからカレンに無理を言ってここまで来たの。ルルが迷惑じゃなかったら、あたしはもうここで働くって決めたから」
「……シャーリーじゃなくてもできる仕事しかここには無い。俺としては、君はアッシュフォード学園に戻って、」
「私がルルのためになる仕事をしたいの。それにあたしならルルーシュが女の子だって知ってるから、色々と都合がいいんじゃないの?」
メイドには大体ギアスを掛けているから問題はないのだが、シャーリーは不動の構えでルルーシュと対峙していた。
助けを求めてジェレミアを見上げる。ジェレミアは顎に手を当てて考えていた。
ルルーシュの精神的な健康を思うのならば支えとなる友人は多い方が良い。ルルーシュはシャーリーがテロに巻き込まれて怪我をすることを心配しているようだが、ジェレミア、カレン、スザクの住居が皇宮にある現状ではブリタニア本国の中でここ以上に安全な場所はそう多くは無い。
総合して考えるに、シャーリーが皇宮で働くのはメリットが多い。
「良いのではないでしょうか」
裏切ったなこいつ、という視線をルルーシュから向けられて罪悪感に胸が痛まないでもなかったが、しかしルルーシュの安寧を思うのならばちくちくとした視線程度どうということも無い。
ルルーシュとしてもそれなりに気心の知れた友人と好きな時に話せるという環境は望ましいものだった。カレンやジェレミアはナイトオブラウンズとしての仕事が忙しいためにすれ違いになることが多く、スザクはとても雑談をするような雰囲気に無い。シュナイゼルとは一緒に仕事をすることも多く、それなりに雑談もするが、政務官も交えての会議が多いために胸襟を開いての話はできない。
シャーリーがメイドとして仕えてくれれば色々と心理的には楽になるだろう。
しかしそれでも友人をこんな薄汚い陰謀の渦巻く皇宮で暮らさせるということへの躊躇いは残る。
「……いや、でもやっぱり危ないから、」
「もー!いいの、ルルの意見はもう聞いてないから!あたしがメイドになるって言うんだからもうこれは決定なの!はい決定!咲世子さんこれからよろしくお願いします!」
「はい。よろしくお願いしますねシャーリーさん」
唖然とする皇帝を置き去りにしてメイド長がうふふふとメイド見習いと挨拶を交わす隣で、カレンとジェレミアとC.C.はこそこそと頭を突き合わせた。
「あれ大丈夫かしら?シャーリーのせいでストレスさらに大きくなったりしない?」
「ルルーシュ様はどちらかというと甘やかされるより甘やかしたいタイプであらせられるから……あの位の猪突猛進な方の方が丁度良いだろう。特に今はナナリー様がいらっしゃられなくなったせいで、甘やかす対象に飢えている様子であったし」
「最近では何もない所でエアナナリーの頭を撫でたり髪を梳いたりしているからな。割と気持ち悪い」
「エアナナリーって……滅茶苦茶追いつめられてるじゃない。スザクから報告を受けたけどもしかしてアーニャにあんなに甘い対応したのって」
「ナナリー様と同じ年齢、同じ位の身長というところがドストライクだったのだろう」
「成程ね」
納得が行ったとカレンは頷いた。
「それにしてもシャーリーってあんなに押しが強い性格だったかしら。ていうかミレイ会長に似てきてない?」
「会長くらいのバイタリティが無いとこれからは生きていけない時代だってようやく気付いたの!」
くわっとシャーリーは拳を振り上げる。
「あたしはルルーシュを支えるためにメイドになるって決めたの。カレンちゃんにも、C.C.さんにも負けないくらいに頑張るわ!勿論咲世子さんにも負けないぐらいに!」
「いい度胸じゃないか」
にまにまとC.C.が笑った。
諦めの表情で自分の騎士とメイドを見やったルルーシュは「もう好きにしろ」と呟いてソファにダイブした。一度暴走したら止まらないアッシュフォード学園生徒会の2人+魔女を相手に勝てると思ったのが間違いだった。
カレンはルルーシュを取り囲む自分を含めて3人の女性を見回してふと言葉を零した。
「……そういえば日本では天皇に仕える3人の女官を三人官女って呼んでいたのよね」
「天皇?皇帝じゃなくて?」
「日本では天皇と呼ばれていたんだって。それで女官っていう女性の部下がいて、雛祭りに飾られる雛人形では3人揃って三人官女って呼ぶのよ」
「よし、じゃああたし達は三人官女……」
シャーリーは途中で言葉を切り、ルルーシュの隣に座るジェレミアを見やり、再度高らかに声を上げた。
「あたし達はルルーシュ陛下を支えるために戦う、三人官女withBよ!!」
これが後のルルーシュ皇帝公認ファンクラブの前身、三人官女withBの誕生である。