楽園爆破の犯人たちへ 求   作:XP-79

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11.5 夜の終わりのバラ

 皇宮は広い。滅茶苦茶に広い。ちょっと常識外れなまでに広い。

 皇宮にはブリタニアの政治の中心としての設備のみならず、客間やら舞踏会用の広間やら、果ては昼寝専用の離宮までもがぎゅっと詰め込まれている。全て合わせればトウキョウドームが10個は入るくらいの膨大な敷地面積を誇る皇宮は、一体何の目的でここまで巨大化したのかと建設当時の皇帝に詰問したくなる程に広い。

 

 そのために敷地内の移動専用の車が常時配備されており、クーラー代や電気代などの維持費だけでも月に六桁は余裕で超える。それ程に皇宮は広大であり、ちょっと忘れ物をしただけでも大騒動だ。

 それら全てが、今やルルーシュの所有物であった。

 とはいっても根が貧乏性で所帯染みたルルーシュである。離宮の一つを潰してナナリーコレクションを集めてナナリー博物館を作ったこと以外には、これといって特に巨大で壮麗な皇宮に魅力を感じることも無かった。

 そのために普段は皇宮の中で最も警備がし易い位置にある、こじんまりとした宮一つしか使っていない。使わない皇宮は職員の宿舎にしたり、国立美術館や博物館にしたりと有効活用が進んでいる。

 

 ジェレミア、カレン、C.C.の3人は、現在唯一皇帝に使用されている宮の一室の前に仁王立ちで並んでいた。

 扉の隙間からはアルコール臭混じりの泣き声や呻き声が漏れ聞こえている。扉の前に立つだけで酔いが回りそうな濃密なアルコールが周囲に漂っている。

 

 あ、これヤバいやつだ。

 

 賢明な3人はそう察しながらも皇帝陛下の勅命のため動けないでいた。

 より正確に言うならば二人は皇帝陛下への忠誠と、確実に今も皇帝陛下の身に迫っているであろうアルコール中毒を心配して。そして一人はただの好奇心からである。

 

 突然任された皇帝業務。

 遅々として進まないナナリーの捜索。

 ラグナレクの接続とかいう厨二病全開のふざけた計画。

 全然仲直りできないためにめっちゃ他人行儀なスザク。

 高校中退となってしまった最終学歴。

 慣れないコンタクトレンズのせいで目がひりひりする痛み。

 皇帝陛下prprhshsし隊非公認ファンクラブによる臣民奴隷化計画の発覚。

 ナイトオブワンに蹴られ隊と皇帝陛下の愛人NTR隊の間で勃発したサイバー戦争への対応。

 その他諸々。

 

 積もりに積もったストレスによりとうとうプッツンしてしまったルルーシュから「本日、俺の家で宅飲みを開催する!!手の空いている者は問答無用で参加すること!!皇帝命令だ!!飲んで吐いて飲んで吐いて吐いて吐いて全っっ部忘れるぞ!!」という連絡を受けて、3人は指定された部屋へやってきたのだった。

 俺の家と言ったが仕事場もその場にいた面々の住居も言ってみればルルーシュの家(皇宮)の一部なのだが、そこは突っ込んではいけない。

 

 

「来たはいいけどこれって吐くこと前提の飲み会なのよね。パワハラじゃないの?」

「あいつのことだから別に行かなくてもデートをドタキャンされた男のように後からごちゃごちゃ面倒な事を言うこともあるまい。それに先にルルーシュを潰してしまえば何も問題は無い」

「止めろ。急性アルコール中毒になったらどうする」

「まあ記憶ぶっ飛ぶぐらいには飲ませていいんでしょ?というかルルーシュってお酒強いの?」

「……そういえばあまり酔っておられる所は見たことが無いな。自宅ではあまり飲まれないというのもあるのだろうが」

 

 さて、と意を決してジェレミアは扉に手をかけた。

 途端にむわんと濃密なアルコール臭が鼻を突く。臭いだけで酔っぱらいそうな空気を掻き分けて部屋の中を見るとディートハルトが狂喜乱舞しそうなカオスが広がっていた。

 宰相閣下のグラスから溢れるのも気にせずワインを注ぎ続ける皇帝陛下。にこにこにこにこにこにこにこと笑い続けながらウォッカを水のように飲むロイドとセシル。そして床に横たわり皇帝陛下の膝に頭を乗せて硬直している新米メイド。

 毛足の長い絨毯の上には酒瓶が何十と無造作に転がり瓶口からアルコールの臭いをこれでもかと振りまいていた。一人当たりの酒量は明らかではないが、少なくともルルーシュは酷く酔っぱらっているようで膝に乗ったシャーリーの頭をひたすらに撫でまわしている。シャーリーは酔いのせいではない理由で顔を真っ赤にしながら皇帝陛下のお戯れに必死になって耐えていた。

 

 一見しただけで分かるカオス状態に踏み込む勇気が湧かず、カレンとジェレミアは壁の花として立ち尽くした。

 目線で「お前が特攻しろ」「いやあんたが」「ナイトオブワンだろう貴様。派手に散れ」「私の方が上司なんだけど言うこと聞きなさいよ」と醜く押し付け合う。

 C.C.だけはどっこいせとその場に横になってそこらに転がっていた未開封のウォッカをあおる。その姿は妙に様になっていた。むしろ手元にツマミが無いことに違和感がある。

 ルルーシュは追加された羊3匹に気付くことも無く只管にシャーリーを撫でまわしている。

 

「……ねえC.C.、ルルーシュはシャーリーを膝に乗せて何をしているの?」

「ふむ、妹力が足りないのだろうな」

「何よそれ」

「なるほど、妹力不足か。そういえばそろそろ妹力が切れてもおかしくない頃であったな」

「え、何このあたしだけ意味が分かってない感じ。妹力ってそんなメジャーな単語だったの?分かっていないとおかしい単語なの?」

「ルルーシュ様の騎士であるのならば知っていて当然の単語ではある」

 

 ふふんと鼻で笑うジェレミアにカレンはローキックを繰り出す。唸るような金属音が鳴り響いた。そういえばこいつサイボーグだったと思い出して顔を顰める。

 事前情報が甘かった。次は右を狙おう。

 

「それで、何なのよ妹力って」

「ではナイトオブワンに僭越ながら私から説明させて頂こう。ルルーシュ様は極度のシスコンであらせられるため、定期的に容姿が整った女児を甘やかしてその歪んだ保護欲を満たす必要があるのだ。そうして満たされることで得られる満足感こそが、そう、妹力!!」

「容姿が整っている女児限定ってところが最高に気持ち悪いし腹立つな」

「ていうか主君のことを歪んだって言ったわよこの騎士」

 

 ジェレミアはカレンの発言を無かったものとして流し、シャーリーを撫でまわしているルルーシュに目を移した。

 

「妹力はルルーシュ様の気力の源泉。故に妹力が極度に枯渇してしまうとルルーシュ様は無意識にローティーンの少女を目で探し、見つければ声をかけ、菓子を与え、そしてついには頭を撫でたり抱き着いたりして妹力の補充を図るのだ」

「もしルルーシュが美女じゃなかったら完全に通報案件ね」

「手術の副作用で女になってよかったな、あいつ」

「しかしやはりナナリー様でなくては完全な妹力の補充は不可能。それにシャーリー殿はナナリー様よりずっと長身で年も上。酒に酔っているおかげで誤魔化せているようだが、極度のシスコンであるルルーシュ様がそう長く騙されてくれるとは、」

 

 ジェレミアの言葉が終わるより先にルルーシュは眉を悲し気に垂れ下げてぽつりと呟いた。

 ルルーシュは自分よりも僅かに小さいだけのシャーリーの体に溜息を吐く。

 

「ナナリーは、こんなに大きくない」

「そりゃそうだ」

 

 冷静なC.C.の突っ込みが部屋に響いた。

 真っ赤なまま硬直するシャーリーの頭を優しく床に置いて、ルルーシュは次の犠牲者を求めて部屋を彷徨う。

 B級ホラー映画に登場するゾンビのようによたよたと歩くルルーシュの前に立ち塞がったのは決死の顔をしたシュナイゼルだった。しかしアルコールのせいで白磁の肌は淡く上気しておりあまり迫力が無い。

 

「ルルーシュ、すまない。私は君を外に出してブリタニア皇帝が小児性愛者であるという噂を広めてしまう訳にはいかないんだ……」

「いやナナリーの年齢を考えるとそいつのストライクゾーンは15歳前後だろう。もう小児性愛の域には入らないんじゃないのか?」

「そもそもルルーシュ様がナナリー様に抱いているのは親愛や家族愛ですよ。紛れもなくセーフです」

「私は小児性愛者じゃないけど、ナナリーが可愛いというルルーシュの気持ちはよく分かる。私だって妹が可愛い。だからこそルルーシュには小さい女の子とではなくて同年代の、できれば高校生ぐらいの年齢で気が優しくて力持ちで身元がはっきりしていて尚且つ容姿の整った青年と真っ当な恋愛をして欲しい」

「つまり殿下は純愛系スザルル推しなのね」

「駄目だわシュナイゼルもシャーリーも酔ってる」

「私は酔ってないわよ」

「酔っていないなら酔っていないでその発言は問題ですよフェネット嬢。止めて下さい」

「シュナイゼル殿下は陛下に滅茶苦茶飲まされてたよ~。すっごい飲ませ方で一瞬でワイン瓶が空になっちゃった。陛下、皇帝辞めたらキャバ嬢とかになってみたらどうですか?絶対才能あると思いますよぉ」

「その発言は喧嘩を売っていると見なしても良いんだなロイド?」

「いや無言で剣を抜かないでよ。目が笑ってないよ。冗談だって」

「お前の冗談は学生時代から下手過ぎる。友人としての善意でこの場で舌を斬り落とすことをお勧めする」

「いやちょっと待ってタンマタンマ。撤回するから。えーとえーと、キャバ嬢じゃなくて、け、結婚詐欺師とか……?」

「よし殺そう」

「君も昔から冗談が下手だよね!?というか冗談だよね!?」

 

 ぎゃあぎゃあと騒ぐロイドとジェレミアを気にもせず、シュナイゼルは決死の表情でルルーシュの前に立ち塞がっていた。その足元にはワイン瓶がごろごろと転がっている。

 凛々しい瞳は少し潤み肌はほんのりと桜色に染まっていた。瑞々しい色気がふわふわと周囲に漂っている。

 傍から見ていた面々は美青年のシュナイゼルと美女のルルーシュが見つめ合う光景を前に、内実はともかくとして外面だけ見れば似合いの2人だと納得せざるを得なかった。

 この兄妹が揃っていると、たとえそれがどこであれ一幅の絵のように非現実的な美しさがあり、周囲の視線を捉えて止まない。

 内実はともかくとして。

 

「だからルルーシュ、私は女児ではないが今や数少ない血縁だ。それにだいぶ年上だが男性だ。という訳で今この場はどうか私で勘弁してはもらえないだろうk」

「生理的に無理」

 

 そう言い放つとルルーシュはシュナイゼルに背を向けた。シュナイゼルはその場に崩れ落ちた。

 

 部屋を見回して次の犠牲者をルルーシュは探す。残った中で最も長身であるため目立ったのだろうか、それとも単に最も見慣れた人物だったからか、ルルーシュはぱたぱたとジェレミアに近寄った。

 近寄ってくる皇帝陛下を見てジェレミアは剣を左腕の内に仕舞った。ロイドは素早くセシルの背後に避難したが、ジェレミアの意識は既にロイドから完全に逸れていた。

 

「ルルーシュ様、どうし、」

 

 手が届くまで近寄るなり背伸びをしてジェレミアの頭を撫でる。セットされた髪がぐしゃぐしゃになるまでかき回して満足げな顔をしたルルーシュは、厚い胸板に抱き着いて脂肪の薄い背中をさすさすと撫でた。細い指先が背中を辿る感触に顔に血が上る。

 突然のことに硬直するジェレミアを気にもせず、そのまま暫くルルーシュはぎゅうぎゅうとジェレミアに抱き着いた。

 しかし数十秒の後にぱっと離れる。

 離れたルルーシュは顔を顰めて舌打ちした。

 

「オイル臭い」

 

 実はちょっと気にしていることをストレートに指摘されてジェレミアはその場に崩れ落ちた。

 足元で「無臭オイルを探してきますぅぅ」と呻く騎士を無視して、ルルーシュは次の犠牲者を求めて再度彷徨い始める。

 次にルルーシュの視界に入ったのは新たに部屋に入ってきた女性2人だった。

 2人をじっと見比べて、まずはよりナナリーにより身長が近いカレンへと近寄る。

 カレンの目の前に立ったルルーシュは豊満な胸をじっと見降ろした。

 

「ナナリーはもっと小さい」

「ねえそれって身長のこと?身長のことよね?違うとこで判別してんだったらあんたセクハラで訴えるわよ」

 

 真顔のまま米神に血管を浮かべるカレンから目を離して、ルルーシュはその隣に寝そべるC.C.に目を移した。

 ルルーシュはC.C.の形の良い尻をじっと見つめた。

 

「お婆ちゃん、床に直に寝ると腰に良くないぞ」

「ほわっちゃああ!!」

 

 酒瓶を放り出して立ち上がり、勢いよく繰り出されたC.C.の拳がルルーシュの腹部にめり込んだ。

 酔いで口の緩んだ報いを受けたルルーシュは蛙が轢き潰されるような声を上げてその場に崩れ落ちた。

 

「ルルーシュ様!」

「誰が、誰がお婆ちゃんだ、誰が!」

「落ち着いてお婆ちゃん!!ルルーシュも悪気があった訳じゃないのよ!!つい本音が出ちゃっただけなのよ!!」

「うわああああああ違う私は婆じゃない!!私は永遠を生きる永遠の美女で永遠の17歳なんだ!!スリーサイズだって永遠に変わらないんだぁああ!!」

 

 ぶんぶんと頭を振り乱すC.C.を押さえつけようとするカレンと、ぶっ倒れたルルーシュを抱きかかえるジェレミアを見ながらロイドとセシルはのほほんと笑っていた。

 

「地雷だったんだ」

「地雷だったようですねぇ」

 

 暴れるC.C.を完全に地面に縫い留めたカレンにシャーリーが「ワン、ツー、」とタップを取っている最中、ようやく復活したシュナイゼルが立ち上がる。

 

「ジェレミア卿、そろそろルルーシュを部屋に送ってあげなさい。酔い過ぎているようだから」

「い、イエスユアハイネ」

「じぇれみあ」

 

 腕の中で顔を赤くしていたルルーシュは何かに耐えるように顔を顰めて、体を立たせようとするジェレミアへ抵抗するように騎士服の袖を握った。上目遣いの潤む瞳のままいやいやと首を振っているが、ここは心を鬼にしなくてはならない。

 天使のように可愛らしいが、今のルルーシュの実態は手の付けられない酔っ払いだ。可愛いのは外見だけ。中身はアルハラ大魔神だ。

 

「動きたくない」

「ルルーシュ様、もうお酒は駄目ですよ。かなり酔っておられるようですし、」

「吐く」

「え」

 

 ルルーシュの顔は信号のように赤から青へと素早く色を変えた。汗を垂らしながら両手で口元を抑えている。

 ぷるぷると頬を膨らませているルルーシュを抱きかかえてジェレミアも同じように顔を青くして風のように走った。

 皇帝陛下なのだから別にどこでリバースしようが文句を言う輩は居ない。しかしルルーシュは人前で醜態を晒すことを何より嫌がる稀代の格好付けだ。

 そんなプライドがむやみやたらに高いルルーシュが人前で、それもC.C.やカレンやシャーリーの前で、酒を飲み過ぎて妹力を求めて暴れ回った挙句腹を殴られて胃の中のものを全て吐き出したとなれば二度と復活できなくなるかもしれない。

 普通の人間でも割と死にたくなる程の恥だ。ルルーシュであればどうなるのか想像もできない。

 

 

 

 ばたばたと去って行ったジェレミアの後姿を見送った後、ロイドは優雅に椅子に座り直したシュナイゼルの隣に腰を下ろした。

 

「大丈夫ですか殿下?」

「君の辞書に労りの言葉が載っているとは思わなかったよ。明日は槍が降りそうだ」

「僕の辞書は割と語彙豊富ですよ~?滅多に使わないだけで」

「使わなければ無いのと同じだろう」 

 

 シュナイゼルの呆れ声を気にもせずロイドはテーブルに残った最後のワインの封を切って優雅な仕草でグラスに注いだ。ロイドの時折見せる些細な仕草だけが彼が生粋の貴族であることを感じさせる。

 ギブギブと悲鳴を上げるC.C.を見ながらグラスを回してその中身を一気に飲み干し、ぷはあと息をつく。優男の外見に似合わない酒の強さにシュナイゼルの頬が引き攣った。

 

「ところで殿下ぁ、カレン嬢もいたっていうのにわざわざジェレミアに送り狼役を任せたのは老婆心からですかぁ?」

「まさか」

 さも気に入らないと言わんばかりにシュナイゼルは鼻を鳴らした。

「こんなことで手を出すような男に妹を嫁にやってたまるものか」

「では何故あいつに?あいつはもう9年越しの陛下ラブですよ。そろそろ理性の限界が近いんじゃないですかねぇ」

「………認めないとは言っていない」

 

 今やルルーシュとちゃんとした交流のある唯一の血縁であるシュナイゼルは憮然とした顔でぼそりと呟いた。

 妹の恋愛に首を突っ込む程に野暮ではないが、しかしちょっかいを出したくなる程には気にしているのだろう。

 矛盾を含む人間らしいシュナイゼルの人情にロイドは声を上げて笑った。あまりに人間味のある行動を当然のように行うシュナイゼルがおかしかったのだ。

 長い付き合いだが、この人の部下でいると面白い事が絶えない。

 ロイドに思い切り笑われて暫くぶっすりとしていたシュナイゼルはしかし突然はっと目を瞬かせた。

 

「……えっ、9年?さっき9年って言ったかい?きゅ、9年前って、まだルルーシュって9歳じゃなかったかな?」

「はい。だからあいつは真正のロリコンなんですってば」

「……………」

「殿下、殿下。無言で警察に電話しようとするのは止めてください。あいつはロリコンですがイエスロリコンノータッチの紳士的な変態なんですから」

「…………でも、9歳の頃から9年間張り付いているんだよ。もうストーカーの域だろう。アウトだ。完璧にアウトだ。国を超えてストーカーするような男に9年間張り付かれているだなんて通報案件じゃないかい?」

「あいつを日本に送ったのは殿下でしょうが。もしあいつがストーカーだとしても6年前に殿下の許可を得た上でストーカーをしているんですから、今更殿下が口を出す謂れは無いでしょう」

 シュナイゼルは感情の無かった頃の自分の行動を心底詰った。

 

 

 

■  ■  ■

 

 

 

「ルルーシュ様、お部屋に着きましたよ」

「……んぃい、うゅう……」

「ほら、目を覚まして下さい」

 ジェレミアの腕の中でルルーシュは幾度か身じろぎをして目をごしごしと擦った。

うっすらと目を見開いてぽかんと口を開けている。

 吐気の波はどうやら治まったようだった。しかし油断はならないため、できるだけ揺らさないように寝室まで運ぶ。

「ここ、どこだ」

「ルルーシュ様のお部屋です」

「おれのへやはもっとちいさい」

「皇帝位に登極なされてからお部屋が広くなったでしょう?」

「……そうだったっけ?」

「そうですよ」

「そうか。おまえがいうのなら、そうなんだろうな」

 

 ルルーシュは一度大きく欠伸をして腕の中からぴょんと飛び出た。キングサイズのベッドへとふらふらとした足取りで歩みながら豪奢な皇帝服を乱雑に脱ぐ。脱いだ服はそこらへんにぽいぽいと脱ぎ散らかされた。

 肌着と下着のみを残して他の全ての衣服を床に落とした後、電池が切れる様にルルーシュは床にぶっ倒れた。短い黒髪が床に広がった。

 ジェレミアは慌てて駆け寄って体を抱き上げた。酔っぱらっているルルーシュの身体は普段より熱くて重い。

 そのまま焼け付くような煩悶と共に横抱きにしてベッドに寝かせる。溜息が何度も唇から零れた。アルコールで上気した淡い肌色が網膜に焼き付くようだった。

 薄い肌着の下には幾重ものサラシが巻き付いてささやかに膨らむ胸をぎゅうぎゅうに押しつぶしている。

 苦しい苦しいとサラシに文句を言っている姿を何度か見たことがあるため、このままでは寝苦しかろうと思い薄い肌着の下に手を入れた。

 指が肌を掠めてしまい子猫が親猫に甘えているような寝言が唇から零れた。別段やましい事はしていないというのに心臓が止まるかと思った。

 

 いや、これはやましいことに入るのだろうか。分からない。

 確かに言えることは下心が全くの皆無ではないということであり、つまり自分はこれはやましい事であると潔く認めなければならないということだけだった。

 

 あまり触れないよう注意しながら固定用の安全ピンを外してくるくるとサラシを脱がせる。

 サラシを取るとカレンやC.C.よりもずっとささやかながら、いかにも柔らかそうな胸が薄い肌着越しに山を作った。

 理性がチリチリと痛む。限界が近いとサイレンが頭の中で鳴っている。今日だけのことではないのだ。ルルーシュの年齢が上がるにつれて抱くようになった欲は、振り払っても振り払っても熾火のようにしつこく燃え続けていた。

 あと2か月、あと2か月と理性を取り戻すための呪文を唱える。ルルーシュの18歳の誕生日まであと2か月に迫っていた。ブリタニアでは18歳で成人になる。

 寝ころんだルルーシュに毛布を被せてベッドから離れようと体を浮かせると服の袖を引っ張られた。

 

「じぇれみあ」

「はいはい」

「ねむい」

「ええ。おやすみなさい」

 

 そう言うと、ルルーシュの頭は枕に沈んだ。服の袖を握る指先の力は緩まらない。

舌ったらずな口調で名前を呼ばれると心臓に悪い。血を吐きそうだ。そうなれば労災は下りるのだろうか。

 しかし胃から血液が噴出しそうになる葛藤を抱えながらもジェレミアは何事も無いかのように笑みを作って艶のある黒髪を撫でた。騎士としての矜持というより、20代の半ばを過ぎた男の情けない意地だった。

 ルルーシュはジェレミアの服の袖を握ったまますうすうと寝息を立て始める。

 ベッドに腰掛けるとスプリングが微かに軋む音を立てた。起こさないように注意しながらルルーシュの顔を見下ろす。花弁のような唇がほんの少しだけ開いていて、微かな空気の擦れる音が胸の上下に合わせて口笛のように鳴っていた。

 

 袖を握る指を一本一本外すと物足りなさそうに指が開閉を繰り返して彷徨う。暫くして指は不満げにシーツを握り胎児のように背骨を丸く曲げてしまった。

 肌着越しに椎骨が梯子の踏ざんのように行儀よく並んでいるのが見えた。目で追うと背骨は緩やかな弧を描く細い腰に繋がっている。

 腰のなだらかな稜線を辿るとショーツのみを纏った厚い臀部に辿り着き、その先には象牙細工のように繊細な形をした2本の脚が生えている。いつもは濡れた白磁の色をしている肌はアルコールのせいでほんのりと赤らんで淡い桜色をしていた。

 

 男性ではありえない脂肪の膨らみが柔らかく全身を包んでいて、きっとどこを触っても指を包み込むような柔肌なのだろうと容易に想像がついた。その想像だけで足先から下腹部にかけて痛み交じりの熱が走る。

 つい欲が湧いた。決定的なことは何もしないからと自分自身へ情けなく弁明しながら上半身を傾けて華奢な身体に覆い被さる。両腕の中に彼女を納めて細い首筋に顔を埋めた。香水を付けるような嗜みのある人ではないから、淀んだアルコール臭以外は何の匂いもしない。

 色気が無いと思うも、そもそもまともに男性経験の無い未成年者に色気を求める方が間違っているというものだろう。ルルーシュは実際の所そういった方面においては年齢相応か、それ以下だ。

 そのことを良く知っているがために罪悪感がちくちくと胸を突く感触に顔を顰めながらも、もう少し、もう少しだけと言い訳をしながら細い首筋に顔を埋めて首筋を舐めた。滑らかで何の味もしないが、アルコールのせいで少し熱い。ほんの少しだけ歯の隙間を開いて痕が残らないよう注意しながら吸い付く。

 

 もし今目を覚まされたら観念して腹を括るか首を括るかしか道は無くなる。前者は全力で歓迎するが後者はできれば遠慮したい。

 

 最後に深く息を吐いて体を離して立ち上がった。熱を冷ますために深呼吸を繰り返す。

 握り締め過ぎたせいで爪痕が残る手でルルーシュに毛布を掛けて部屋を出た。

 

 

 

 扉の前では仁王立ちの三人官女がジェレミアを待ち構えていた。

「あそこで止める?ほんっとヘタレね」

「ヘタレだな」

「でもあれ以上やってたらぶん殴ってたけど」

「流石に判定が厳しくないか?ペッティングまではOKだろう」

「え?お酒を飲ませて意識朦朧としたところを襲うんだからアウトでしょ?」

「そこはボーダーラインが難しいところだな。意識があったらもうちょっとぐらいはセーフだろうか」

「同意があればまぁ……いやでも18歳になるまではアウトでしょ」

「この現代でそこまで慎ましいのもどうかと思うけどなあ私は」

「………何をしているんだ」

「送り狼の監視」

「あとwith Bが抜け駆けしないかのチェックよ」

 

 ふん、と腰に手をあててカレンが胸を張る。

 見られていたという気まずさはあったものの、しかしカレンとC.C.は以前から自分の思慕に気付いているのだろうと察していたためにそう動揺も無かった。むしろ駄々洩れだっただろうとさえ思う。別に隠す気も無かったからいいのだが。

 だが三人官女withBの中でシャーリーだけがわなわなと体を震わせて動揺を露わにしていた。

 ジェレミアは思春期真っただ中の恋愛に関して繊細であろう女子高生にどう声をかけたものか分からず、さらに出来得ることならあまり触れたくない話題でもあったためにすぐさま逃亡することを決断した。

 シャーリーがルルーシュに思慕を寄せていることは傍目から見ても明らかだったので色々と気まずい。これは戦略的撤退である。

 

「では私はこれで失礼する。お三人方もあまり夜更かしはなされないよう」

「はいはい。さっさと帰れ送り狼の成り損ないめ」

 

 しっしっと手を振りながら罵倒を送るC.C.に口角が引き攣るも、その罵倒は非常に的確であったために反論しかけた口を閉ざしてそのまま自室へと逃げ帰るしか選択肢は無かった。

 

 惨めな気分に押しつぶされそうになる。しかし情欲のままに襲い掛かる方が遙かに惨めな気分になり、さらに死ぬほど後悔することは間違いなく、現段階ではこれで満足するべきなのだと帰り道では何度も自分に言い聞かせた。

 これで良いのだ。そもそも自分には酒に酔った女性をどうこうする趣味は無い。

 それに自分はルルーシュの騎士であると同時に疑似家族でもあり、信頼は厚いが男女関係としては非常に微妙な立場にある。

 さらにルルーシュには男性との性交に関して重大なトラウマがあり、それに加えて彼女の精神は純粋に女性とは言い難く、さらに大人びているとは言えまだ未成年であり、恋愛に関しては小学生以下の感性しか持ち合わせていない。

 ハードルは山積みだ。この状況では信頼を損ねるような行動は控えなければならない。

 

「……まあ徐々に外堀を埋めて追い詰めれば良いか。私以上に有利な立場にある男はいない現状を鑑みると、そう焦る必要も無い」

 

 男に限らなければ三人官女という例外があるのだが、同性ならばそれなりに許容もできる。

 うんうんと一人頷いて、とりあえず秘密裏にルルーシュの薬指のサイズでも計っておこうとジェレミアは足を軽くした。

 

 

 

 

■  ■  ■

 

 

 

 

 ジェレミアが去った後、部屋の前に残った三人官女は顔を見合わせて扉を勢いよく開け放った。

「で、起きてるんだろルルーシュ。どうせ」

「………眠気が一発で吹き飛んだ」

 毛布を跳ね飛ばしてルルーシュはのそりと体を起こした。アルコールが残っているせいで頬はまだ赤らんでいるものの目つきははっきりとしている。

「ミスったわねジェレミアさん。もう酔いが覚めてることに気付かないなんて」

「あの大量の酒瓶を消費したのはほとんどロイドとセシルとシュナイゼルで、ルルーシュはせいぜいワイン1本と日本酒3升程度しか今日は飲んでいないらしいのになぁ」

「それでも普通はヤバい量なんだけどね……」

「何を言う。マリアンヌはもっとヤバかったぞ。あいつの娘ということを考えたらこいつはまだ弱いくらいだ」

「ちょっと2人とも黙ってくれ。俺はまだ混乱してるんだ。正気かあいつは。全然気づかなかった。なんで俺なんだ」

 

 顔を真っ赤にして頭を抱えるルルーシュを前にカレンとC.C.は顔を見合わせて一度頷き合った。

 

「そりゃあ……ねえ。ルルーシュって顔は完璧だし、スタイルもバスト以外は完璧だし」

「お前顔はとんでもなく美人だからな。顔は。胸は洗濯板だが」

 切れ味の良い返答にルルーシュは憮然とするしかなかった。予想していた答えではあったものの、もっと内面について言ってくれるだけの優しさはこの2人には無いのか。

「おい、もっとこう、外見以外に俺が持つ武器は無いのか。性格とか才能とか」

「じゃあお前は自分が男に惚れられる要素は何だと思う?」

 どうして質問に質問が返されるのだろう思いながら少しの間思考を巡らせる。

そして真っ先に思いついた、男が最も好むだろう自分の要素を思いついたままに口にした。

「金と地位と権力」

 あまりに淡々とした切ない言葉の響きに流石のC.C.とカレンも罪悪感に身体を震わせた。

 自分で言っておきながら自分の性格をルルーシュは肯定することができない。面倒で不器用な女なのだ。

 

「………悪い、ほんと悪かったルルーシュ。お前だって性格はそんなに悪くないよな。少なくともV.V.や扇と比べればずっと彼女にしたい性格だと私は思うぞ」

「ごめんなさい私も言い過ぎたわ。ルルーシュの性格とっても男前でいいと思う。黒の騎士団を設立させてブリタニアに肘鉄くらわしたところなんて最高よ。彼氏にするならルルーシュみたいなさばさばした可愛げのない性格がいいって思うわ」

「お前らフォローしたいのか貶したいのかどっちだ」

 

 あまりの言いようにルルーシュは口元を引き攣らせた。

 自分だって自分の性格が女らしく可愛げがあるとは微塵も思っていない。だがまさかV.V.や扇が引き合いに出される程とは思っていなかった。ちょっと泣きそうだ。

 

「………ルル、」

「どうしたシャーリー」

 三人官女の中で一人シャーリーだけが未だに顔を真っ赤にしてわなわなと全身を震わせている。声も一緒に震わせてシャーリーは興奮で上気した顔を上げた。

「ごめん、あたし知らなくて。ルルがその、ジェレミアさんとそんな関係だって」

「いや別に俺とジェレミアはそういう関係では」

「じゃあなんでセクハラだって言わないの!?恋人関係か、もしくは両片思いじゃなかったらあれはアウトだよ!?」

「いや俺の方が上司だからセクハラじゃなくて、精確には逆セクハr」

「長い間の疑似家族的な主従関係、そこから生まれた恋、美貌の男装上司に募らせる年上部下の激しい恋心っ、でも愛する人は皇帝となり思いを伝えるにはあまりに遠い人になってしまった!たまに触れる指先以上の接触を求めて、ついにうら若い乙女である皇帝に手を出してしまう……っ、はー!ヤバい!冬コミまで締め切り近いのに!スザルルとシュナルルとカレルルの新刊だけで既に手いっぱいだっていうのにこんなネタを投下されたらっ」

「あんまり的外れでもないところが笑えるよな。こいつらの場合」

「シャーリー落ち着いて。ていうか皇帝の同人本って皇帝侮辱罪にあたるんじゃないの?」

 C.C.とカレンの言葉はシャーリーの鼓膜には到達していただろうが、脳内にまでは伝わらなかった。シャーリーは身もだえしながら一人でフィーバーしていた。

「いつかはルルに彼女や彼氏ができるんだろうなって覚悟はしていたけど、まさかこんなに早く、それも彼氏の方が先にできるなんて……予想外過ぎる、絶対彼女の方が先にできると思ったのに!とりあえずそのごってごての目玉おやじ過激派みたいな皇帝服を脱がせてデート用の服を見繕わなきゃ!」

「目玉おやじ過激派って何だ。お前ずっと皇帝服をそんな風に思ってたのか」

「ルルは身長高いモデル体型だから体のラインがはっきり出る服がいいよね。ジェレミアさんは年上だし、色はシックで露出高めの大人っぽい秋服がいいと思うの!つまりズバリ、オフショルダー薄手ニットにスリット深めの膝上スカートと編み上げロングブーツの王道コーデよ!!」

「皇帝服以上に大人っぽい服は無いと思うんだが」

「露出は皆無だけどな」

「季節感もゼロよね」

「元ゼロだけに」

「C.C.、その上手い事言ったような顔止めろ。腹立つ」

「とりあえず私が明日までにルルに似合いそうな服をピックアップしておくから!カレンちゃんも一緒に来てね!絶対、絶対ルルのバスト以外パーフェクトなスタイルが強調されるようなお色気いっぱいの服を買ってくるわ!!」

「バスト以外……」

「大丈夫、厚手のパッドも買ってくるから!寄せて上げるブラも買ってくる!!」

 

 使命感に燃えるシャーリーにカレンは少し引きながらも、自分が選んだ女らしい服装を着たルルーシュを見てみたいという好奇心に駆られてしまい思わず頷いた。

 

「うん、まあ仕事が終わってからなら大丈夫よ」

「ミレイ会長は日本にいるけどスカイプすればアドバイスしてくれるだろうし、あとニーナにも連絡して、それからアーニャって子も誘えば来るかな?あと咲世子さんにも連絡して、」

「おいミレイ会長だけは止めてくれ。頼むから止めてくれ。散々に弄られる未来しか見えない」

「えー」

 

 唇を尖らせるシャーリーの仕草は可愛らしいが、それ以上に言動が危険過ぎた。

 ミレイが自分の恋愛事に絡むなんて厄介事を起こす予感しかしない。

 確かに的確なアドバイスは貰えるだろうが、ミレイの得意技は噂話に尾ひれを付けて、ついでに角と翼と蹄を付けて捕獲不能のモンスターに仕立て上げることだ。

 聡い上に洞察力もある女性だが言動全てが爆発物に等しい破壊力がある。下手をすれば「皇帝陛下ホモセクシュアル疑惑」を世界中に発信されかねない。

 

 

 皇帝陛下に詰め寄るシャーリーの傍でカレンがちらりと時計を見ると既に日付が変わろうとしていた。

 このまま放っておけばシャーリーはいつまでも暴走するだろう。なにせ名誉あるアッシュフォード暴走生徒会の一員だ。ブレーキなど搭載されていないのが仕様である。

 同じく暴走生徒会メンバーとしてはこのままルルーシュの部屋で女子会に突入したい気持ちもあるが、ナイトオブワンとしては皇帝陛下を夜遅くまで拘束する訳にはいかない。明日も政務は普段通りにあるのだから。

 

「シャーリー、もう夜だしそろそろ帰りましょ。明日も仕事があるんだから」

「え……あー、そっか。そうね。もうこんな時間かあ。ごめんルル、居座り過ぎちゃった」

「別にいいさ。元はと言えば俺が飲み過ぎたせいなんだから」

 

 シャーリーも皇宮に勤めるメイドとしてそう長く居座るわけにもいかない。名残惜し気にしながらも、大人しく部屋を出るカレンの後に続いた。

 

「じゃ、お休みルルーシュ。明日の政務は8時からだからね」

「分かっているさ。お休みカレン」

「じゃあねルル。また明日詳しく話そうね!」

「分かった分かった……ミレイ会長には連絡するなよ」

「はいはーい」

 

 軽い返事と共に部屋を出ていくシャーリーにルルーシュは頭痛がした。この返事をどこまで信用できるか分かったものではない。

 

 二人を見送った後にベッドに戻るとC.C.が我が物顔でベッドの上に横になっていた。

どうして人のベッドでここまでこの女は堂々と寝られるのだろうと思い、まあC.C.だからなと一人で納得してベッドに腰を下ろした。

 遠慮して部屋の隅に立っているようなC.C.はC.C.じゃない。

「お前は部屋に帰らないのか」

「私も酔ったから動きたくない。今日はここで寝る」

「そうか」

 皇帝としての地位に相応しく、ルルーシュが腰かけるベッドは2人どころかカレンやシャーリーも一緒に横になっても問題は無い程のキングサイズである。

 クラブハウスの時は頻繁に一緒のベッドで寝ていたこともあり、ルルーシュはもそもそとベッドに入り込むC.C.を気にもしなかった。

 

「それにしても面白いことになったなぁ。大事じゃないか」

「ああ。全く、シャーリーどころかカレンまで、どうして人の恋愛事に首を突っ込みたがるのやら……」

「何を言うのかと思えば」

 

 C.C.は未熟な女を嘲笑うように鼻を鳴らした。

 

「女同士の恋愛話なんてな、いじられるか嫉まれるかのどっちかだ。そしてオレンジの容姿と地位と年収を考慮すると大抵の女は後者に走る。前者であることをお前はむしろあいつらに感謝するべきじゃないか?」

「招集されるメンバーと俺自身の容姿と地位と年収を考えろ。大半がジェレミアより上だろ。そして大抵の女はと言ったが、俺やあいつの周囲には大抵という言葉の器に収まる穏やかな女がいた試しがない。お前も含めてな」

「………まあそう言えばそうか」

「あとジェレミアは割と性格に問題があるからな。騎士としては優秀なんだが色々な面で残念過ぎる」

「そうか」

「思い込みは激しいし、言動が偏り過ぎだし、仕事馬鹿だし……もし俺とナナリーが日本に捨てられた時について来ていなかったら「イレブンにルルーシュ様とナナリー様が殺されたー!」とか勘違いして日本人を逆恨みして純血派とか率いて散々に暴れ回った挙句、結局足元をすくわれて権力を失って馬鹿にしていたナンバーズに叩きのめされて落ちるところまで落ちてボロ雑巾みたいになっていたかもしれないくらいに残念な奴だぞ」

「嫌に具体的だな。長い付き合いだからどんな行動を取るのかも理解できるという訳か?」

 

 どんな行動でもというのは過言だろうと返答を淀ませる。

 家族同然の身としてそれなりに行動パターンを理解しているつもりだが、完全に理解し合っているとはとても思えない。なにせ違う人間なのだから完璧に理解し合うなんて無理な話だ。

 生まれも育ちも性別も年齢も違う人間同士が、全く同一の存在のように理解し合うなんてできる筈がないじゃないか。

 

「何となくそうなんじゃないかと思うだけだよ。あいつの行動が全部読めるわけじゃない。実際の所、分からない事の方が多いくらいだ。そもそもあいつが俺を、まあ、そういう意味で、まあ、なんだ。こう、まあ、情欲というのか?まあ、あれだ、欲を抱いていたことは知らなかったし………それに、それならそれでどうして俺に手を出さなかったのかもあんまり理解できない」

「ああ、」

 

 そう言えばそうだ。C.C.は素直に頷いた。

 もう30に手が届く年齢のジェレミアは本来であればそれなりの地位にある貴族として妻を迎えて、それに加えて愛人を何人か持っていてもおかしくはない立場にある。だがルルーシュを主君としたせいで貴族に生まれながらも長年身を隠して生きなければならず、彼の身の回りは不自然なくらいに潔白だった。

 とはいえルルーシュに取っ捕まった人生をジェレミアが不幸だと感じている様子は微塵も無い。つまりはルルーシュが傍にいれば彼は満足できるのだろう。

 しかしだというのならば何故ルルーシュに手を出さないのか。肉欲を伴わない清廉な感情だけではないことは、さっきの無様な挙動からも明らかだった。

 ジェレミアがルルーシュに向ける愛の形は愛のギアスを持っていたC.C.の理解の範疇さえ超えていた。

 

「あの男の思考回路は謎だな。いくら主君であっても自分の人生を狂わせた女に手を出す気概も無いとは。そこまで臆病な男にも見えないというのに」

「6年も一緒に暮らしていたんだから機会はいくらでもあった上に、あいつの腕力なら俺なんてどうにでもなるだろうにな。俺にもよく分からん」

 うん?とC.C.は違和感に首を傾げた。

「それはどういう意味だ」

「ん?」

「私はオレンジ君のことをよく知っている訳じゃないが、ああいう男は手を出すにしてもそれなりに手順は踏むタイプだろう?お前相手には手順を踏み過ぎてその場で踊っているようにしか見えんが。少なくとも女を腕力で屈服させて満足する輩では無いだろう」

「……でも性行為ってそういうものだろう。女は痛みに耐えながら我慢して股を開いて、男が満足して終わりじゃないのか。恋愛関係にあったとしてもその根底は変わらないだろうにわざわざ手順を踏む必要性はあるのか?」

 

 あっけらかんと返された予想以上に歪んでいる未熟なルルーシュの恋愛観にC.C.は天を仰いだ。

 過去に色々とあったにしてもこれは酷過ぎる。同時に何故ジェレミアが未だにルルーシュに手を出していないのかも理解できた。

 ルルーシュは恋愛面に関して幼過ぎるのだった。手を出すどころか、普通の恋愛を迫ることすら危ぶまれる程に幼稚なレベルを彷徨ってる。

 小児期に強姦された経験と、女性なのか男性なのか自分でもよく分かっていない精神、母親が暗殺されて父親に捨てられたという経歴、自己の存在意義を妹の保護に全て傾ける異様な価値観。

 それら全てが混ぜ合わさってルルーシュは歪で稚拙な恋愛観を持つ絶世の美女になってしまったらしい。救い難い程に性質が悪い。

 

「予想以上に哀れだな。お前がじゃない。オレンジ君が、だ」

 一つ屋根の下で一緒に暮らした6年間は地獄だったんじゃなかろうかと苦笑が滲む。意味が分からずルルーシュは首を傾げた。

「確かに俺はあいつの主君だからそう易々と性行為を迫る訳にもいかないか。そういう意味では哀れかもしれないが、」

「違う。違うぞルルーシュ。以前お前はいい女だと言ったが前言撤回だ。お前は女としてはオール赤点の落第生だ。恋愛をなんだと思っているんだ。もう一回小学生からやり直せ」

「そこまで言うか……そもそも俺は小学校に通ったことは無い。皇族選任の家庭教師から性教育を受けはしたが、」

「男としてだろう。それだけではあまりに不十分だ。いっそのこと私と練習しておくか?」

「は?」

 

 ベッドに腰をかけているルルーシュにC.C.は嘲るような笑みを浮かべて白桃のように膨らむ胸元をちらつかせながら迫り寄った。二つの膨らみは自分のそれよりもずっと大きくて、C.C.が身動きする度にたゆんと揺れて見るからに柔らかそうだった。近寄らないと気付かない微かな香水の香りが情感を擽る。

 耳元に口を寄せて秘め事を打ち明けるように囁く。

 

「知らんのか。セックスは女同士でもできるんだ」

 

「ちょーっと待ってC.C.!!何やってるのよあなた!!」

 暴風雨のように部屋に飛び込んだカレンは一目で状況を的確に判断してルルーシュをC.C.から引っぺがした。

 あと少しで胸に顔を埋める位置にまで近寄られたというのにルルーシュは顔色も変えておらず、顔を真っ赤にしたカレンを見ておや、と首を傾げた。

「カレンどうした。部屋に帰ったんじゃないのか?」

「C.C.がまだあんたの部屋にいるって思い出して引き返したのよ!ほんっと油断も隙も無いわね!!何してんのよC.C.!」

「何って、情操教育」

「あんたの情操教育なんてトラウマにしかならないでしょう!?これ以上の皇帝陛下に対する無礼はナイトオブワンとして許容できないわ!!」

「私は皇帝陛下の愛人だろう。陛下の無聊を慰めるのも愛人の務めではないのか?」

「うっさいバーカ!!」

 子供のように罵りながらカレンは顔を真っ赤にさせてC.C.をベッドから引きずり下ろした。

「じゃあねルルーシュ!!この劇物は部屋に送っておくから!!また明日!!」

「あ、ああ。お休みカレン。C.C.も、」

「無粋な横やりだな。まあ良い。気も削がれたことだし、女の快楽が知りたいと思うならまた違う夜にでも教えてやろう」

「させるか!!」

 シャー!と猫のように威嚇しながらカレンはC.C.を引きずって部屋から出て行った。

 

 

 一人残されたルルーシュは嵐が過ぎ去った余韻を噛みしめながらのろのろと寝巻に着替えた。

 広々としたベッドに横たわる。なんだか疲れた。

「女の快楽って何なんだよ」

 悪戯にしても少々過激だ。どうせ冗談なのだろうが自分が男だったら間違いが起こってもおかしくない物言いだった。まあ女だからあんなことを言ったのだろうけれども。

「にしても、ジェレミアがな、」

 どうせ一時の気の迷いだろうが、もし長く続くようならば困る。

どう困るのかはよく分からないが、多分とても困る。

 

 痕は残っていないが僅かに噛まれた感触のした首元を摩った。家族としての親愛のハグは幼い頃から何度もしたことがある。

 首筋を舐められた時には普段とは違う膨大な熱量を感じたものの、されたこと自体は普段のハグとあまり変わらない。C.C.の言動の方がよっぽど過激だった。

 だからなのかは分からないが、あまり実感が湧かない。

 今までずっと一緒にいたんだから、これからもそうする訳にはいかないのだろうか。いや、もしかしたら自分がずっとこのままでいたいと思うからこそあいつは我慢しているのかもしれない。

 そして自分が見て見ぬ振りを続けて、ただの家族でいたいと訴え続ければあの男は我慢し続けるだろう。

「でもそれはあいつに我慢を強い続けるということか?」

 それは良い事なのだろうか。よく分からない。疑問の声に答える声は無かった。

 しかしこれまでジェレミアから非常識なまでの献身を受けてきた自覚はある。

そしてこれからも、ナイトオブツーとしてジェレミアには自分に忠義の限りを尽くしてもらわなくてはならない。だからここは自分がジェレミアの欲を許容すべきなのかもしれない。

 

 性行為は気持ちが悪いし、べたべたするし、痛いし、何一つとして良い記憶が無い。愛する者同士であってもすることは結局は一緒ではないかと思う。組み敷かれて嬲られる、嫌なことだ。思い出すだけでぞっとする。

 しかし枢木ゲンブを相手に我慢ができたのだから、ジェレミアで我慢できないということは無いだろう。それこそC.C.にやり方を教わって事前準備をすれば多少は痛みもマシになるかもしれない。

 だが女の快楽を教えると言ったC.C.が口頭で優しく教えてくれるだけに留まるとも思えなかった。実戦に縺れ込まれると流石に笑えない。あのC.C.だ、何をされるか分かったものではない。女同士の性行為の実態を想像もできないが相手がC.C.というだけで嫌な予感がする。

 

 他に誰か相談できるような、まかり間違ってそういった関係になっても問題ないと思える相手はいないだろうか。

 ベッドに寝っ転がった素っ裸の自分の上に跨って滾々といかがわしい事を教授する相手を誰ならば許せるだろう。

 ぽんっと一人の顔が浮かんだ。そいつは少し困ったような顔でこちらを見下ろして、さっきと同じように濡れたような眼をしていた。

 

 一拍の間を置いてぶわっと顔面が火を噴いた。全身から汗が噴き出して真っ赤に染まる。

 これまで使ったことの無い思考回路が錆びを振るい落とすようにぐんぐんと速度を上げて回転する。そのせいでくわんくわんと頭が前後左右に振れた。

 

 では、まさか。いや、まさか。家族みたいなものだろう。それに俺の精神の半分は男だ。男の筈だ。

 でも体は女で。それに昨今では同性愛なんて珍しくも無いし。いやこれは同性愛なのか?違うんじゃないか?いやそれはどうでもいいんだ。つまり自分の心情の問題としてはどうなのかということだ。勘違いではないのだろうか。

 

 しかし探せども探せども否定材料は見つからなかった。自発的にそういった行為をする相手を想像してあの男が想い浮かんだのだから。それに長く続くと困ると思ったのは、絆される可能性を恐れて困ると思った可能性もあり、つまり単純に考えてしまうのならば、つまりは、つまりはそういうことではなかろうか。

「うわぁ」

 ルルーシュは枕に突っ伏し、暫く手足をばたばたさせて、急にぱたりと動きを止めた。

 やや乱雑な手つきで部屋の明かりを消す間もルルーシュはぷるぷると小刻みに体を震わせていた。顔は耳まで真っ赤だった。

 真っ暗闇になった部屋の中で突如として発熱に耐えるかのように再度手足をばたつかせて、暫くしてまた動きを止める。

 突発的にシーツを頭から被って意味も無く左右にごろごろごろごろと転がる。勢い余ってキングサイズのベッドから落ちた。

 暫くその場で動きを止めた後にのそのそとベッドに這い上がり、何回かベッドをぼふぼふと殴りつけて、またごろごろと転がった。

 

 夜はそうして過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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