楽園爆破の犯人たちへ 求   作:XP-79

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12. 藤堂にはもう少しボーナスをやっておくべきだった

 元ナイトオブラウンズ、ドロテア・エルンストが燃え尽きた灰のように海に落ちて行く。パロミデスは海面に打ち付けられて波飛沫を吹き上げた。

 最後の残り1機に500機以上のKMFのメインカメラが突きつけられる。しかしノネット・エニアグラムは冷めた目つきでランスロット・アルビオンだけを睨んでいた。

 

 コックピットで操縦桿の具合を指先で確かめながらスザクは眉一つ動かさずにノネットの動向を観察する。その眼は実験動物を観察する研究者のものに近い。

 初の実戦投入となるランスロット・アルビオンの機体性能の掌握という冷ややかな目的が一つ。

 そしてまた、主君を殺されたと思っているナイトオブラウンズが復讐のためにどう行動するのか興味があったのだ。

 圧倒的に不利な状況にあっても、ブリタニア最高峰の騎士は降伏しないものなのだろうか。

 そしてもしそうであったとして、それは正しいことなのだろうか。

「―――リベリオンで、早々にゼロに降伏していれば、」

 ユフィは死ななかったのだろうか。そうしなかった自分は間違えていたのか。

 考えても仕様のない事ばかりを考える。白い歯が削り取られる程に歯根を噛みしめた。

 

 

 睨み合う形になった2機のKMFを前に、アヴァロンへ乗船していたディートハルトは鼻歌を歌いながらアングルを調節していた。凄まじい速度で繰り広げられる新旧のナイトオブラウンズの戦闘を、全てとはゆかないものの十分にその激しさが伝わるようようカメラに収める。

 始終敵を圧倒したランスロット・アルビオンの雄姿は、純白の装甲もありカメラ映えして素晴らしい。

 爛々とした目つきで楽し気に映像をリアルタイムで編集するディートハルトへルルーシュは嫌々声をかけた。

 ディートハルトが優秀であることは認める。しかし妙に人の気を逆撫でする男だ。

「ディートハルト、撮っているな」

「はい皇帝陛下。ライブで世界配信しております。素んンっ晴らしい視聴率ですよ……!」

 指揮官席に座りルルーシュはコンソールを前に笑い声を上げるディートハルトの返事に満足げに頷く。

 計算通り上手く行っているようだ。

 

 元ナイトオブラウンズと現ナイトオブラウンズの勝負の結末は、始まる前から分かり切っていた。

 ジノ・ヴァインベルグの密告により元ナイトオブラウンズの潜伏地は呆気なく露呈した。潜伏地へ奇襲したこちらの兵力は、初の実戦投入となるランスロット・アルビオンを駆る枢木スザク。ロイドに無理を言って改良させたサザーランド・ジークに乗るジェレミア・ゴットバルト。そしてジノ・ヴァインベルグ。

 更には予備兵力としてギアス調教済みの、ルルーシュのためなら命も捨てるブリタニア軍約500機のKMFが控えている。

 全軍の指揮をしているのはシュナイゼルに献上させた、今は皇帝御乗艦であるアヴァロンに乗るルルーシュだ。アヴァロンには蜃気楼が格納されておりハドロン砲もスタンバイしている。

 それに対して敵はノネット・エニアグラムとドロテア・エルンストの二機。ビスマルク・ヴァルトシュタインは皇帝と共にCの世界にいるのか姿が見えない。

 多勢に無勢にも程がある。ドロテア・エルンストはまともに迎撃することも敵わず、ランスロット・アルビオンの初陣を粉塵で飾った。

 

 

 空中で相対するスザクとノネットを見やる。

 傷一つついていないスザク操るランスロット・アルビオンに対して、ノネット操るランスロット・クラブは酷い有様だった。腕は一本ちぎり取られ胴体部は破損している。

 苛立つように機体を揺すりながらノネットは勝機を探す。しかし凄まじい速度と破壊力を誇るランスロット・アルビオンには隙が無かった。

 ならば、と戦闘を悠々と観戦しているアヴァロンに向けて突撃を仕掛ける。

 スザクは動かなかった。矢のように飛ぶノネットへすぐさま追いつき、蝿のように叩き落とすのは容易ではあった。

 しかしドロテアを倒した自分がさらにノネットを倒して功績を独り占めするよりも他のナイトオブラウンズの映像を世界中に流した方が戦力のアピールになるだろう。ルルーシュもそのためにこの過剰戦力を用意して、さらにディートハルトを連れて来たのだろうから。

 

 ルルーシュとスザクの意図を解して、今や皇帝親衛隊(ロイヤルガード)筆頭となったジェレミア操るサザーランド・ジークが動く。しかしランスロット・クラブが砲撃範囲内に入る前にその鼻先をトリスタンが二つに切り裂いた。

 メインカメラが潰れて液晶が真っ黒に染まる。何が起こったのかと思う前に胴体部へ衝撃。タンクが破損し、ランスロット・クラブのエネルギー残量が赤く点滅する。

 甲高い警告音が狂ったように鳴り響く。ノネットは握り締めた拳を機体に打ち付けた。サブカメラに映る、トリコロールカラーを纏ったトリスタンを眼球が飛び出る程に目を開いて睨み上げた。

 

 ジェレミアは別に良い。12年前からずっとルルーシュに仕えていた騎士だと聞く。6年前にはルルーシュのために祖国さえ捨てた男だ。シャルルでなくルルーシュに付くのは騎士として当然の判断だろう。

 スザクもまだ許せる。あの男はユーフェミアの騎士だった。主義者的思想を持っていたユーフェミア皇女の騎士ならば、シャルル皇帝よりもルルーシュに靡く決断はまだ納得が行く。

 アーニャに関しては判断が難しい。彼女は元々ヴィ家の行儀見習いであり、アールストレイム家はヴィ家の後見をしていた数少ない貴族の一つだった。ルルーシュの登極に伴い元来の主君だったヴィ家の下へと戻ったのだと言われると幾らかは納得が行く。

 だが一度はシャルル皇帝のラウンズとして忠誠を誓ったというのに、あまりに容易に主君を変える尻の軽さには眩暈のような怒りが湧いた。

 

 しかし最も許せないのはこの男だ。尻尾を振って簒奪者に媚びる、忠誠の意味も知らないゴミ屑野郎。

 機体のコンソールに叩きつけた拳から血が滲み出た。

 

「ジノ!!!この、騎士にあるまじき蝙蝠野郎め、ナイトオブラウンズにこびり付いた泥、恩知らず、忠義の意味を解さないゴミ以下のぉおおオ!!」

「機を見て敏と言うでしょう、先輩。さようなら」

 

 躊躇容赦一切を振り切ったハドロンスピアーがランスロット・クラブを襲う。ノネットは咄嗟に身を捩らせて回避の姿勢を取ったが両足が根本から斬り落とされた。

 胴体部と片腕のみのランスロット・クラブは、しかしそのままアヴァロンへと突き進む。死を覚悟した無茶な特攻だと誰もが理解した。

 

 アヴァロンの前にはサザーランド・ジークが立ちはだかる。機銃の標準は既にランスロット・クラブへと合わせている。

 ジェレミアは決死の特攻に向かうノネットに目を細めた。

「忠義のため命を懸ける騎士の姿、しかと見届けた。敵ではあれど君に敬意を表そう」

 

 数秒の後、ランスロット・クラブは操縦者、ノネット・エニアグラムと共に爆散した。

 

 

 

 

「陛下、戦闘終了致しました。損傷は無し。こちらの勝利です」

「予定通りカメラをこちらに」

 ルルーシュは指揮官席から立ち上がった。優雅でありながら畏怖を抱かせる仕草で背を伸ばす。

 鼻息荒いディートハルトは素早くカメラの標準を美しい皇帝に合わせた。時間にして数秒だったが、その間にルルーシュは世界からそうだと思われているように、聡明で平等だが、血も涙も無い改革を断行する冷徹な皇帝としての仮面を被った。

「スタンバイOKです陛下!!ああ陛下!!全世界への歴史的声明という名のカオスが今、この私の手の中にぃい……っ」

「うんディートハルト、私語は慎めよ。お前が喋ると壁に染みついた頑固汚れを見るような目になってしまって俺の顔が崩れるからな」

「イエス、ユアマジェスティ!!」

 

 はあはあと息を荒くしてカメラを構えているディートハルトに、ルルーシュはアッシュフォード学園の女子更衣室盗撮事件をつい思い出してしまった。

 あの時は大騒ぎになった。生徒会総出で犯人捜しを行い、最後にはミレイがロッカーの中にみっちりと詰まっていた犯人を見つけて通報したのだ。あの犯人は「ニーナたんハアハア」とか言いながら警察に連行されるまで必死でカメラに縋りついていた。その時に今のディートハルトと同じような顔をしていたような気がする。嫌な記憶を思い出してしまい顔が歪んだ。

 

「皇帝陛下、そのお顔もとってもカオスで素晴らしいですが、それは冷徹な皇帝というより奴隷を見下す女王様の表情では?」

「誰のせいだ馬鹿」

 精神的な疲労で溜息が零れる。

 

 なんでシュナイゼルはこいつをわざわざ黒の騎士団から引き抜いてきたのだろう。いや、役には立つが。でももうちょっと性格がちゃんとした奴がいい。でもこいつ程に仕事が早く、こちらの意図を察するのが上手い男はそうはいないのだ。イラつくことに。

 

 気分を取り直してきりっと顔を作る。ディートハルトはにやけ顔のままカメラを恋人のように抱き締めた。

「その顔です!!冷徹非情ながらもつい首を垂れて命を捧げたくなる悪魔の顔こそ一番のカオス!!では本番いきますね!3、2、1、」

 

 カメラが緑に点滅した。アヴァロンの司令官室は沈黙して皇帝の言葉を待つ。

 透明なレンズ越しに無数の視線を感じた。敵、味方、中立、そして無関心な者の視線が混ぜ合わさって槍のように突き刺さる。

 しかしルルーシュは緊張をおくびにも出さず、傲慢さの滲み出るような表情を保ちながら滔々と告げた。

 

「諸君、御覧になったかと思うが、今の映像で私が名実ともにブリタニアの支配者とお分かり頂けたことと思う。その上で私は合衆国日本との会談を望む」

 

 もうブリタニア国内の反乱は終息した。最後の反乱の芽と成り得た元ナイトオブラウンズはビスマルクを残して死に絶えた。

 たとえ帝位を簒奪したルルーシュを認められない者がいようとも、表立ってそんなことを口にできる人間はいない。いたとしても圧倒的戦力でねじ伏せられる。

 敵が合衆国日本であろうとも、E.U.であろうとも、中華連邦であっても同じことだ。その気になれば簡単に亡ぼすことはできる。完全なる一枚岩に作り替えた神聖ブリタニア帝国が恐れるものは、今はシャルル前皇帝しかいない。

 手を振り、マントを靡かせてルルーシュは高らかに言い放った。

 

「日本を占領し、戦争を推し進め、両者に無駄な血を流させた前皇帝と同じ愚を私は犯さない。共存と繁栄こそ私の求めるところである。時代は血と鉛で描かれていたページから、次の段階へと移り替わろうとしている。我々にはもっと言葉が必要だ。よりよい世界のために、より公平な世界のために、私には合衆国日本と手を取り合う準備があることをここに宣言する!」

 

 

 

■  ■  ■

 

 

 

 

 神聖ブリタニア帝国と合衆国日本の会談場所はE.U.のベルギー州、ブリュッセルに決定した。

 E.U.が会談場所となったのは現在、表向きにではあれど合衆国日本とブリタニア本国、両者にとって中立な立場の国はE.U.しか存在しないからだった。とはいえ表向きの話であり、実際にはE.U.はかなりブリタニア寄りの国である。

 E.U.はブリタニアへ併呑されることを望みながら、より良い条件を揃えるためにエリア11の移民を受け入れてブリタニアと敵対し続けた経緯があった。

 シュナイゼルに領土の半分を削ぎ取られながらも、上手く立ち回って最高のタイミングでブリタニアという巨大な傘の下に飛び込もうとしたのだろうが、ルルーシュの御世となり、ブリタニアがE.U.への侵攻を止めてしまったせいで頼る先を無くした哀れな国だ。

 結果的に国民の目が衆愚政治に堕した政府に向き、大量の借金が明らかになって首も回らなくなってしまった。

 もう残り半分の領土もブリタニアにぶん投げて問題事を始末してしまいたいという思惑のある政府は、神聖ブリタニア帝国からの申し出に対して、喜んでベルギー州最高級ホテルとその周辺施設全てを貸し出すことを即座に決定したのだった。

 

 ルルーシュはやたらめったらにでかいソファに身を沈めて高級ベルギーチョコを貪っていた。

 流石にE.U.でも指折りの最高級ホテル、その中でも一室しか無いロイヤルスイートなだけあって凄まじく広い。ソファがベッドぐらいに広い。そしてチョコも美味い。

 隣に座るジェレミアはきょろきょろと落ち着きなく周囲を見渡している。都会に慣れない田舎娘みたいな挙動だと思った。勿論そんなわけではなく、慣れない環境で警備に不安を感じているだけなのだが。

「その、ルルーシュ様、護衛のためでしたら私は立っておいた方がよろしいのではないでしょうか」

「親衛隊がずっと警備しているんだからお前がわざわざ立っている必要は無いだろ。もうお前だけが俺の部下という訳じゃないんだから座って休んでおけ」

「………ではお言葉に甘えて……ルルーシュ様、チョコ、そんなにお好きでしたっけ」

「いや別に。ただなんというか、本場の国に来たら一応食べておかないとと思って」

 C.C.とカレンへのお土産にいくらか買って帰ろう。スザクの分はどうしようか。甘いものは好きでも嫌いでも無かった筈だが、せっかくだし持って帰ってやろうか。

 

 呑気に土産のことを考えて思考を面倒なことから逃そうとする。しかし舌を滑ったチョコレートでは胃のむかつきはとれなかった。

 合衆国日本との会談が始まる前に行われた、E.U.首脳部との会談を思い出すと少し胃のあたりがちりちりする。

 

「四十人委員会は政治家よりも商人としての方が大成する連中ばかりが集まっているな。E.U.を高値で売りつけようとあの手この手で……まあE.U.を併呑するのはいいんだ。いいんだが、借金がな……ユーロ・ブリタニアを使えば赤字も解消されるだろうが、そこまでしてやる義理も価値も無い」

「しかし中々に膨大な借金ですよ。ブリタニアの血税をE.U.のために使うというのも道理が通りません。たとえ属国になったとしても、そう多大な援助をなさることは本国の国民が納得しないでしょう」

「本国からの援助は最低限に抑える。中華連邦に比べればE.U.はそう貧しくはない。衆愚政治を主導した馬鹿共のせいで見かけが貧しいだけだ。奴らは大量の金を抱えたまま退任したいのだろうが……まあそうさせてやるさ。ギアスで、その無能さを金によって償わせてやればいいだけだからな」

 

 既にこの部屋に監視カメラ、盗聴器が無いことは確認済みである。もしあればE.U.を脅す種にでもしようと思っていたのだが、そこまで馬鹿ではなかったらしい。

 

 扉がノックされ、入れ、と告げると、灰色がかった長い髪に水色の瞳の女軍人が姿を現した。訓練された動きで敬礼し、踵をきっちりと揃えて鉄筋でも入っているかのように背筋をまっすぐに伸ばす。見本のように立派な軍人の姿だった。

「失礼致します皇帝陛下。キョウト六家当主皇神楽耶様、また統合幕僚長藤堂鏡志郎様、そして合衆国日本暫定首相田中ハジメ様、予定通り空港に到着されたそうです」

「そうか。では会談の開始まであと1時間というところか」

「然様かと思われます」

「分かった。ご苦労だったなヴィレッタ。時間もあることだ、少しお互いに休憩しよう。話し相手になってはくれないか?」

「……はい、皇帝陛下。恐縮でございます」

 ヴィレッタは一度体をぶるりと震わせて、勧められるがままにソファへ腰を下ろしローテーブル越しに皇帝と相対した。

 

 こうして真正面から見ると本当に隅から隅まで人形のように整った人だと驚嘆する。シンジュク事変の後にルルーシュ・ランペルージの素性を調べていたため、ヴィレッタはルルーシュ皇帝が17歳の女性だと知ってはいた。だが目の前の人間が単なる美女とはとても思えない。仕草や表情には青年のような力強さもあり、純白の皇帝服は彼女の男性的な優雅さを際立たせている。2種の性別が混ぜ合わさった目の前の生き物は背筋が粟立つように美しかった。

 この皇帝が自分をどう遇するつもりなのか想像もつかず体が震える。

 

 紆余曲折はあったものの、結果的には諜報任務を無事に果たした功績を持ってヴィレッタはブリタニア本国に帰国した。しかし元々配属していたエリア11地方軍は既に壊滅しており、新たな配属先が決定するまで暫くは宙ぶらりんになることを余儀なくされたのだった。ただでさえ皇帝登極に伴い各方面の人事が一新されている中でヴィレッタのような一軍人に割く時間はルルーシュには無かった。

 しかしそれでも仕事が無い訳でも無い。監視の意味も含めてであろうが、ヴィレッタは栄誉あるナイトオブツー直属部隊に配属されることとなった。

 皇帝に最も長く仕えており、現在は皇帝親衛隊(ロイヤルガード)隊長の任も兼任するナイトオブツー、ジェレミア・ゴットバルトの直属部隊は、強襲部隊としての色合いが強いナイトオブワン直属部隊とほぼ同等の地位にある。

 さらに黒の騎士団の機密をブリタニアへ流した功績を評価され、ヴィレッタはジェレミアの副官として遇されていた。平民出身の女軍人にしてみれば眩しい程の栄転だ。

 だがそれら全てが、皇帝にとって不利な言動をしないかという監視のためであることは言われずとも理解している。もし自分が、ルルーシュ皇帝が実は女性で、さらにゼロであったことなどを口走ろうものならナイトオブツーが自分の首を躊躇なく刎ねる算段になっているのだろう。

 自分が持つ全ての栄光は、目の前の皇帝の気まぐれ一つで全て剥奪されかねない儚い夢だ。

 

 こんな筈ではなかったとヴィレッタは歯噛みした。

 ゼロを追放した後はシュナイゼルが皇帝に登極するとばかり思っていたのに、まさかゼロだったルルーシュがそのまま皇帝の座につくなど想像すらしていなかった。

 ゼロを追放した功績があれば皇帝となったシュナイゼルの下で立身が望めると思っていたのにルルーシュ皇帝の下ではそれも難しい。

 今やヴィレッタは皇帝がゼロだったことを知る数少ない者の一人であり、シュナイゼルに命令されたためとは言えルルーシュをゼロの座から追放した一人でもあった。ルルーシュ皇帝にとってはあまりに不都合な人間だろう。

 適当な理由を付けて処刑される自分の姿が脳裏に浮かび上がり、膝の上で握る手が微かに震えた。ルルーシュは喉を鳴らして笑った。

 

「そう緊張するな。貴公は優秀な軍人だとジェレミアから聞いている。登極のごたごたで話をする機会を今まで逃してしまったが、私としては貴公にはこのまま皇帝親衛隊の副官として勤めて貰いたいと思っているんだ。本来ならばシュナイゼルの直属部隊へと配属するのが筋なのだろうが、良いか?」

「あ、ありがとうございます。小官などには勿体ないお言葉です」

 頭を下げるヴィレッタにルルーシュはチョコの詰まった箱を押し出した。

「そうか。ありがとう。あと良かったらチョコを食べてくれないかな?ベルギー州知事がプレゼントしてくれたブランドチョコレートなんだが一人で食べるには多くてな。ジェレミアはあんまり食べてくれないし」

「申し訳ございません」

 甘いものは苦手で、と苦笑するジェレミアに、ヴィレッタはではとチョコレートを手に取った。

 流石に皇帝陛下に献上するだけあって美味しい。後を引かない甘さについもう一つと手に取りたくなる。

「そういえばヴィレッタ、お前は私の性別を知っているようだな?」

 ごほっ、と食べたチョコを吐きそうになりながらヴィレッタは肩を震わせた。

「そ、それは、」

「隠さなくて良い。シンジュクゲットーで貴公からKMFを奪ったのは確かに私だ。その時にアッシュフォード学園の制服を着ていたことから私の身元を調べたのだろう?」

「……はい、あの時は皇帝陛下の貴い血筋のことを知らず失礼を致しました」

「血筋に貴いも貧しいもあるものか。それはもうよいのだ。問題は貴公が私がゼロであることを知っており、尚且つルルーシュ・ランペルージであることを知っているというその一点に尽きる」

 足を組み悠然とした態度のルルーシュを前に額から汗が噴き出る。

 直属の上司であるジェレミアを縋るように見るも彼がヴィレッタに向ける視線は冷ややかなものだった。

 その視線に、もしルルーシュが今この場でヴィレッタを殺せと彼に命令したのならば自分の副官であったとしても一切の躊躇なく切り捨てるのだろうと察せられた。

 皇帝に厚い忠誠を誓う騎士が、たとえ単なる気まぐれであったとしてもルルーシュの決定に異を唱えるなど万に一つもありえない。

 この場に自分の味方はいないことを悟り、ヴィレッタは皇帝から下される判決を待った。ルルーシュの声は思っていたよりも柔らかかった。

「しかしそれら全ては君の責任ではない。それに君は思っていたよりも有能だった。ジェレミアの副官をこのまま任せても良いかと思うくらいにはね……ジェレミア」

「はっ」

「キャンセラーを」

 ジェレミアの左目から青い光が迸った。何が起こったのか分からぬうちにヴィレッタは青い光に包み込まれて、一瞬だけ瞳の淵を赤く染めた。

 脳内にシンジュク事変が思い出される。男子生徒の制服を着たルルーシュが前に立っている。ルルーシュはアラン・スペイサーと名乗って、父は公爵だと訴えた。それで自分はKMFから出て、それから、

「ヴィレッタ」

「は、はい!」

「こちらを見ろ」

 浮かび上がる記憶に混乱しながらも言われるがままにルルーシュの顔を見やる。

 吸い込まれるような紫色の瞳の隣には黄昏のように赤く光る瞳があった。オッドアイ?コンタクトで隠していたのか。何のために。

 だが疑問を口にするよりルルーシュが口を開く方が早かった。

「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる。ヴィレッタ・ヌゥ、『ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは男だと思い込め』」

「………はい、承知致しました皇帝陛下」

 ヴィレッタは瞳の淵を赤く染めて頷いた。

 

 ゼロ=ルルーシュ皇帝だということは別段バレても問題にはならない。

 ルルーシュ・ランペルージ=ゼロ、ルルーシュ・ランペルージ=ルルーシュ皇帝、この2つさえバレなければ皇帝を辞めればすっきり身軽になれる。

 むしろルルーシュが皇帝を辞めた後にヴィレッタがゼロ=ルルーシュ皇帝であることを公にした場合、病死したルルーシュの遺志を受け継いで皇帝になったシュナイゼルへの追い風が吹くことにもなるだろう。

 指先でチョコを摘まんでヴィレッタに差し出す。

 

「ヴィレッタ、チョコレートをもう一つどうだ?」

「……?はい、頂きます」

 一瞬遠のいた意識を疑問に思うも、あまりに一瞬のことであったためヴィレッタはそう深く考えることも無くチョコレートを受け取った。

 

「さて、話の続きだが―――お前に私も思うところが無いではない。しかしもう終わったことだ。私はもうゼロではないし、君ももうスパイではない。今の君は私の最も信頼する騎士であるジェレミアの部下であり、そして私は皇帝だ……だがヴィレッタ卿、人を思う心は身分や立場のようにそうそう簡単には変わるものではあるまい」

 

 ずい、とルルーシュはヴィレッタに近寄った。間近に迫るあまりに美しい顔にヴィレッタは後ずさろうとしたがソファの背もたれに衝突してそれ以上の逃亡は敵わなかった。

 迫る美貌にはいつもの皇帝然とした凛々しい表情は無く、純粋な好奇心だけが顔面を彩っていた。恋愛小説を初めて読んだ中学生のようだと不敬ながらに思う。

 

「お前に扇への未練は無いのか?叱りはしない。正直に答えて欲しい。お前が望むのなら日本政府と交渉して合衆国日本国民に捻じ込んでやろう。扇の居場所も探してやる。お前が望みさえすれば、扇と夫婦になって平穏な暮らしができるだろう」

「あれは仕事でした。私に未練など、」

「ヴィレッタ」

 ルルーシュはにやりともにこりともつかない顔で笑った。

「私はただ、祖国を捨てなければ成就し得ない恋愛に興味があるだけなのだ。人の思慕とはどんな熱量を持っているのか。好きな人のために努力して築き上げてきた経歴や身分を捨てるのは一体どのような心持の上でのことなのか。そしてそうしてくれた相手にどこまで尽くすのが普通なのか。私はあまりそういったことに経験が無かったものだから是非知りたい。ヴィレッタ、お前は扇を愛しているのだろう?お前はこれからどうしたいのだ?」

 いっそ潔いまでの野次馬根性丸出しの発言にどう返すのが正解であるのか分からず言葉が詰まる。

 

 皇帝親衛隊の一員としての正解は、扇など愛したこともない、自分の忠誠は全て祖国ブリタニアと皇帝陛下の元にあると強く宣言することだろう。ルルーシュをゼロの座から突き落とした一人としてここは忠誠をアピールするべきだ。

 だがこの皇帝陛下にそんな口先ばかりの嘘が通用するだろうか。

 即座にヴィレッタは無理だろうと判断した。新皇帝に叛意など無いと嘘をついた貴族達が迎えた末路を思い返すと乾いた笑いしか浮かばない。

 正直に答えるため自分の感情を探ってみると、扇のことを思うだけでちりちりと後ろ頭をひっかかれるような熱情が未だに残っている。思っていたよりも強い火勢に自分自身で驚いた。

 しかしいくらしつこく燃え続けていたとしても、それはもうすぐに燃え尽きる残骸のようなものだった。二度と燃え上がることは無いだろう。

 愛していたことは事実だ。しかしルルーシュが自分に期待しているような、恋愛小説で語られるような情熱的な感情はもう何も残ってはいなかった。祭りの後のような寂しさだけがあった。

 

「失礼ながら……確かに私は敵であった、ナンバーズの扇要を愛していました。確かに。あんな、見目も良くない、能力も優れているとは言い難い凡人を……しかし私はブリタニアに忠誠を誓った身です。

 扇を愛していました。もしかすると、今も愛しているかもしれません。しかし男一人のために祖国や家族を捨てる程に私は愚かではありません」

「……それは本当に愛していたと言えるのか?」

 

 ルルーシュはこてんと首を傾げた。

 子供らしい仕草に思わず微笑が零れかけて危うく押しとどめる。しかし元ゼロ、現ブリタニア皇帝であるルルーシュに向けるにはあまりに相応しくない印象はヴィレッタの中に強く残った。

 まるで恋愛小説に夢見る少女のようだと。

 馬鹿なことだ。ルルーシュ皇帝は男であるというのに……そうだ、男だ。どう見ても男であるし、幼少期に皇子として育てられていたのだから女である筈が無い。服の着替えやバスタイムの介助をメイドに任せている皇族が性別を隠すなど無理な話だ。

 

「いやすまない。愛の形は人それぞれか。お前にはお前の価値観と幸せがあるだろうに余計なことを言ったな」

「いえ、お気遣いありがとうございます」

 

 深々と頭を下げるヴィレッタを前にして、ルルーシュはちらりと隣に座るジェレミアに視線を向けた。視線には呆れと諦観が絶妙な比率で含まれていた。ジェレミアには聞こえない声で「愛が重い」と呟いた。

 

 扉がノックされ、兵士の一人が会議の準備が整ったことを告げた。

「よし、では行くか」

「イエス、ユアマジェスティ」

 立ち上がったルルーシュの後ろに当然のようにジェレミアが付きそう。

 

 これから合衆国日本との会談が始まる。ヴィレッタが合衆国日本で過ごした期間は1年と少し。そう長い期間ではなかった。しかしその1年間は丸々全て愛した男と過ごした時間であって、常に上を目指して生きてきたヴィレッタにとっては夢のように幸せな時間だった。

 ディートハルトに撃たれて海に落ちて、記憶喪失になった自分を扇は匿ってくれた。

 楽しい日々を過ごした。記憶の無かった内は、純粋に優しい扇のことを愛おしいと思えた。

 記憶が戻ってからも、お世辞にも人の上に立つ器を持たない扇が苦悩しながら足掻いている姿に恋をした。自分がそんな扇の支えになっていることが嬉しかった。ブリタニア人でも軍人でもない、貴族の生まれでもない、ただの自分に優しくしてくれた男を愛していた。

「扇を愛していた。あの優柔不断で弱い男を、でも愛していたんだ。愛していた。嘘じゃない」

 誰にも聞こえないような小さな声で呟く。その言葉に偽りは無い。だがブリタニア本国に戻って軍人として仕事を始めると、あの日々がいかに自分にとって何の意味も無かったのかを理解してしまう。

 

 ヴィレッタ・ヌウは士官学校を優秀な成績で卒業した文武両道の才女だった。平民の生まれと周囲から蔑まれることもあったが、実力でねじ伏せてきた。

 扇のために合衆国日本に行くということは、本国で暮らす可愛い妹や弟達を捨てて、これまで必死に努力して手に入れた学歴も功績も捨てて、一人の男に縋りつくということだ。

 そうして全て捨てて扇について行ったとして、どんな人生が送れるというのだろう。扇が自分に求めているのは頭脳や戦闘能力などではなく家を心地よく整える女でしかないだろうに。

 男の食事を作って、寝床を整えて、股を開いて、それが人生か。

 ぶるりと体を震わせてヴィレッタはぶんぶんと頭を振るった。

 あれは甘いだけの一時の夢だったんだ。

 何もかもを全部捨てて好きな人について行ったとして、幸せになれる訳が無いじゃないか。陳腐なドラマや都合の良い恋愛小説と現実は違う。

 現実では、夢はいつか覚める。目覚めた後に続くのは幸福ではなく、苦難と後悔の海だろう。

 

「何をしているヴィレッタ卿。早く自分の持ち場に向いたまえ」

「はっ、申し訳ございませんジェレミア卿。すぐに向かいます」

 ジェレミアに向かって指先まで神経を伝わらせて敬礼する。

 見本のようなブリタニア軍人でありながら、貴族と平民を区別なく扱うジェレミアの部下に配属されたことは幸運だった。さらにジェレミアはルルーシュ皇帝の信頼も厚く、汚職に手を染めるような性格でも無い。そう易々と出世街道から外れることは無いだろう。この上司の下で実力を示せば更なる出世も叶うかもしれない。

 機敏な動作でヴィレッタは自分の配属場所へと向かった。優秀な軍人らしい、しっかりとした足取りだった。

 

 

 

■  ■  ■

 

 

 

「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア皇帝陛下、ご入来!!」

 金細工の施された両開きの扉をくぐると会議室と呼ぶにはあまりに豪華な部屋が目に映る。だがルルーシュは飾られた彫刻や絵画に一切注意を払うことも無く、部屋の中央に備えられている円卓へと向かった。

 繊細な意匠の施された椅子に座って前を見ると知っている顔が3つ並んでいる。

 神楽耶と藤堂、そして田中ハジメだ。その後ろには護衛としてついてきたのだろう南と千葉が立っている。

 ルルーシュは背後にジェレミアとヴィレッタ、そして数人の護衛を立たせて田中に向けて笑みを浮かべた。

「お久しぶりです田中首相。枢木邸でお会いした以来ですね」

「ええ、お久しぶりですルルーシュ皇帝。まさかこうして再会できるとは思ってもみませんでしたが……」

 単に懐かしいとは言い難い感情を渦巻かせながら田中はなんとか笑みを浮かべた。

 

 枢木首相の元秘書であった田中ハジメは、幼いルルーシュが枢木ゲンブに性的虐待を受けていたことを知っていながら放置していた唯一の人間だった。今となっては後悔しかない過去だ。

 その事を引き合いに出すのは自分がレイプされた事実を公表することにも繋がるため、可能性としては低いだろう。しかし好印象を持ってもらうことは不可能に近い。

 

 だが田中の予想に反してルルーシュの笑みは心からのものだった。

 当時田中がなにくれとなく自分に気を使っていたことは察していた。ジェレミアが枢木ゲンブを惨殺したことによる混乱の被害を受けて酷い目に遭っただろう彼に思うところは既に無かった。

 

「私もこうして会えるなど予想外でした。まさか首相になられるとは……これは失礼。田中首相の手腕を疑っているわけではないのですが、当時の田中首相を知っているとどうにも印象が違いまして」

「陛下の言は尤もです。ルルーシュ皇帝陛下とお会いした頃の私は単なる枢木首相の秘書であり……そう、貴国との戦争を回避しようとして、結局何も成すことの無かった男でしたから。今も多くの優秀な部下達や、神楽耶様、それに藤堂統合幕僚長のお力があってなんとか首相としての面目を保っている状況です」

「ご謙遜を。英雄ゼロを失ったばかりで混迷の中にある合衆国日本の舵取りは貴方でなければ不可能だと、ブリタニアにあってもよく聞いておりますよ」

 

 田中は過分な評価に苦笑せざるを得なかった。自分はゼロが作り変えた合衆国日本の首相に偶然据えられて、ゼロがいなくなってから混乱の只中にある政治をなんとか立て直そうと奮闘しているに過ぎない。ちょっと運が違えば首相の座にあるのは自分では無かっただろう。

 目の前の、たった2か月で神聖ブリタニア帝国を作り変えたルルーシュと自分では格が違う。

 

「私もお久しぶりに会えて光栄ですわ、ルルーシュ皇帝陛下。お元気そうでなによりです」

「お久しぶりです皇殿。貴女もお変わりは無いようですね」

「はい。陛下は暫く見ないうちに―――随分とお変わりになられましたね」

 

 2か月でゼロからブリタニアの皇帝に姿を変えるとは夢にも思っていなかった神楽耶は苦笑いを零した。

 こうなると知っていたならば、どう足掻いてでもルルーシュをゼロの座に留めておくべきだったか。

 いや、と思う。ルルーシュが皇帝になったことで合衆国日本が得たメリットは大きい。

 そもそもあの時点でルルーシュがブリタニアの皇帝になるなど予想もできなかった。ならばこうなるのはあの時点において避けられない未来だったのだ。

 

「それにしても扇事務総長はどうしたのでしょう。黒の騎士団の副司令ともあろう方がこの場にいないというのは聊か疑問なのですが」

「扇は軍の守秘義務違反で拘置所に拘禁されています。未だ判決は下っていませんがまず間違いなく有罪になるでしょう」

 

 ルルーシュの背後でヴィレッタが一瞬息を飲んだのが伝わった。しかし背後を振り返った時にはヴィレッタは既に常の平静を取り戻していた。

 再度藤堂に向き直る。

 

「失礼ながら証拠はあるのでしょうか。そちらの事情は凡そヴィレッタから聞いております。ブリタニア側の諜報員であったヴィレッタに情報を渡したのだとしても、騙されたと突っぱねれば抒情酌量もあるでしょうに。扇事務総長が積極的に黒の騎士団の情報を流したという証拠が無ければ有罪は難しいのでは?」

「ブリタニアの女軍人を自宅に軟禁し、報告を怠っていた時点で明らかな犯罪です。いくら敵兵だとしても軍に報告していなければ監禁罪の適応になる」

「……親告罪じゃないか、それは」

「なんとかごり押しするさ。ごたごたが片付くまで扇には塀の中にいて貰わなくては困る」

 この場にはE.U.の人間はおらず、一切のメディアも入ることを許されていない。いるのは黒の騎士団幹部と、ルルーシュと皇帝親衛隊のみだ。藤堂の軽い口調を咎める人間はいなかった。

 唯一事情を知らない田中は全ての事情を知るだろう神楽耶に視線を向けたが、にっこりと笑う神楽耶に頬を引き攣らせて口を閉じた。

 首を突っ込んで良いところとそうでないところのラインが分からない程の馬鹿ではない。ゼロは死んだと騎士団が明言しているのならば、つまりゼロは死んだのだ。その正体も生死も田中の関知するところではない。

 

「そうか。他にあの後変わったようなことはあったか?」

 藤堂の視線が皇帝親衛隊に向かう。どこまでこの場で話していいのか計りかねているのだろう。

「こいつらは気にするな。何を話してもこの場からは何も漏れることは無い。皇帝親衛隊の口は天国への門より堅いぞ」

「………分かった。あれから変わったことと言えば田中首相が就任されたことと、あとは朝比奈が謹慎になったことぐらいだ。ゼロの正体を直属の上司である私に知らせず、事務総長の扇に密告したのは明らかな越権行為だった。謹慎が解けたら後方部隊に回そうと思っている」

「朝比奈からしてみればお前を思ってのことだったんだろうがな。常から俺ではなくお前が黒の騎士団のトップになるべきだと思っていたようだったから」

「軍隊は規律に厳格でなければならない。規律に緩い軍隊とはつまり最悪の犯罪組織だ。朝比奈は私を盲目的に信じすぎるあまりにそんな基本的なことを忘れていたんだ。そんな奴に、場合によっては人殺しもやむを得ない前線に立つ資格はない」

「厳しい事だ」

「当然だ。軍隊とはそういうものだ。とはいえ、その件に関しては色々と国民へ隠し事が多いのも事実ではあるが……組織のトップとは存外難しい」

 藤堂は顔を青くして笑った。ルルーシュがゼロだった時には見せることの無かった、顔を歪めるようにして無理やりに浮かべた笑みだった。

「お前は変わったな、藤堂」

「この3か月で色々とあった。胃潰瘍で血を吐いて救急車で運ばれたよ」

「すまん」

「しかも働ける人数が少ないせいで病室でも仕事に埋もれていたものだから、入院中にまた血を吐いて千葉に散々叱られたよ」

「いやほんとすまん」

 素直にルルーシュは謝罪した。ゼロを辞めた際に藤堂へ全部押し付けた自覚はある。

 おまけに未成年を戦場に出すのは人倫に悖ると言われてゼロを辞めさせられたというのに、その1カ月後にはちゃっかりとブリタニアの皇帝に収まっているのだ。

 ゼロの後始末に翻弄する藤堂が数多くの部下を率いて皇帝服を纏うルルーシュを見てどう思ったのか、想像に難くはない。

 いくらその結果ブリタニアの改革が推し進められたとはいえ腹に据えかねるものはあっただろう。

「悪かったな藤堂。ブリタニア皇帝として合衆国日本を正式に承認するから、それで勘弁してくれ」

 あはは、と笑いながら、ルルーシュは御璽を取り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

■  ■  ■

 

 

 

 

 

 遺伝子配列のように絡み合う“意思”を前にナナリーは車いすに座り込んでいた。

 近頃はこうしてぼんやりとそれを見ている時間が増えた。娯楽が無いこの世界では呻いたり笑ったりして捩じり合う集合無意識を眺めていることだけが唯一の娯楽と言えた。

 誰かと話して暇を潰すにしても、ここにいるのは父とビスマルクと母だけだ。父はなにやらラグナレクの接続のために細々と準備をしているし、ビスマルクはその手伝いで忙しい。

 

 母は―――母とはあまり話したくなかった。

 優しくて美しいと思っていた母だが、それは幼い頃の憧憬が生み出した単なる妄想でしかなかった。

 成程、確かに容姿は申し分なく美しいだろう。しかし母は父よりも兄よりも独善的で、自分の快楽のことしか考えていない女だった。その内面には美しいと形容されるに相応しいものは何も無い。

 

 Cの世界で再会した当初は母が生きていたことに感動したりもしたが、今になってみると6年前に死んでいた方が思い出が汚されずに済んで良かったとさえ思う。

 

「――――お父様はお母様のどこが良かったのでしょうか。容姿が美しいにしても、お父様ならばもっと美しい人を探すことだって出来たでしょうに」

「皇室は閉塞的な空間だ。ぶっとんだ性格のマリアンヌが物珍しかったんじゃないのか?」

 独り言への返答に驚いてナナリーは背後を振り返った。兄によく似た男がこちらに向けて歩いていた。

 

 もしや兄がやって来たのかと体を震わせたが、彼の纏う雰囲気は兄とはほんの少し違うものだった。

 高い塔の上で地上を睥睨する、手の届かない恐ろしい生き物のような。この世に存在するだけで他者に違和感を与える、理解の範疇外に属する何かをナナリーはその男から感じた。

「ナナリー、こんなところにいたのか」

「あなたは……ロロお兄様ですか」

 1年以上顔を合わせることの無かった従兄―――従兄ということになっているロロは兄によく似た皮肉気な笑みを浮かべた。

「本当に久しぶりだなナナリー。最後に会ったのはC.C.がルルーシュの所へやってきた時だから破の6話ぶりかな。読者の皆様的には破の9話ぶり、約半年ぶりといったところか……まさか俺のことを忘れてはいないよな?」

「どこを見て言っているのですか?」

「パソコン画面だよ。もしくはスマホの画面」

 ()()()に向かって手を振ったロロは、さて、とナナリーに向き直った。

「少し見ない間に随分と変わったな、ナナリー。ギアスの影響があるにしても自分の意思であの馬鹿馬鹿しい計画に乗るだなんて。シャルルの口車に乗せられただけかと思っていたのだけれど、そうでもないようだ」

「私はラグナレクの接続を自分の意思で肯定したのです。それよりロロお兄様、あなたは何者なのですか。黄昏の扉はお父様が全て封鎖している筈です。どうやってこのCの世界に……」

「異世界キャラはチートだという公式があるからね。ある意味では俺も異世界のキャラクターなんだからこの程度は造作も無いよ。詳しく考えるだけ無駄な事さ」

 

 あっけらかんとした様子でロロは肩を竦めた。

 説明になっていない答えに眉根を顰める。何も言うつもりは無いということか。

 この世界にやって来たのだからロロがコードを持っていることは明らかだ。初めて会った時から6年も経つのに全く容姿が変わらないのも不老不死であるからなのだろう。

一体いつからコードを持っているのか、そもそもロロとは何者なのかと思いを巡らすも、思い返すと彼について詳しいことは何も知らない。職業も年齢も経歴も、詳しいことは何一つとして知らなかった。

なにしろロロという男は自分のことはあまり語らず、会うこともそれほど多くは無かった。あまりに兄に似た顔を持っているために血縁を疑ったことは無かったが、今思うとそれさえも嘘だったのかもしれない。

 

「ロロお兄様もコードを持っているのですか。お父様が把握していない黄昏の扉からこちらに来て、お兄様へCの世界の状況を教えるつもりですか」

「俺は一番良い席で傍観するためだけにここに来たんだ。ナナリーの味方をするつもりも、ルルーシュの味方をするつもりも無いよ。この世界のナナリーとルルーシュの兄弟喧嘩に関わるつもりはない……いや、姉妹喧嘩かな?」

「お兄様の性別まで知っているのですか!?」

「勿論。ナナリーが知らないことまで全てね」

 

 掴みどころのない笑みを浮かべてロロはその場に座り込んで集合無意識を見上げた。見上げる表情には何の感情も含まれていなかった。

 まるで自分は無関係と言わんばかりの態度は不快感というよりも強い違和感を与えた。

 ロロの口振りはまるでラグナレクの接続の全貌さえも知っているようでさえある。しかし全て知っているというのならば彼がこうして泰然としていられる訳がない。

 この計画に無関係な生物は、文字通り一つもあり得ないというのに。

 

「もう少しで全て終わる。そうなれば恐らく俺は連れ戻されるだろう。それまでの間、楽しませてもらうよ」

 

 只管に不可解な存在であるロロの隣へと恐る恐る近寄り、ナナリーも集合無意識を見上げた。

 

 ロロは不気味な存在だが、よく考えればそう怯えることも無い。この計画が無事に済めばロロのことは全て分かる。

 何しろ全ての存在が一つになるのだ。ロロのことでナナリーが知らないことは何一つなくなり、同様にルルーシュについて知らないことも何一つ無くなるだろう。

 誰もが自分を愛するように他人を愛することができるようになる。

きっとそれは理想の世界だ。

 

「―――楽しむというのならば、精々楽しまれて下さい。もう少しです、もう少しで世界は楽園へと導かれる」

 

 楽園と聞いたロロは小馬鹿にするように鼻で笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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