楽園爆破の犯人たちへ 求   作:XP-79

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13. 世界終末の日に何をする?

 コーネリアはルルーシュと相対していた。

 後ろには選任騎士であるギルフォードが立ち周囲を神経質そうに見回している。しかし辺りには花に埋もれそうになりながら巡回している警備兵以外に動くものは無い。

 テーブル越しに対面しているルルーシュは後ろにジェレミアを立たせて、優雅に足を組んで指先でティーカップを摘まみ上げた。皇族の一人とはいえ皇位継承権は低く、さらに長年日本に捨てられたために碌な教育を受けていなかっただろうに仕草の一つ一つがこの上なく優雅だ。支配者然とした仕草にコーネリアは気に入らないと鼻を鳴らした。

 掌の上で全てを操ろうとする酷薄な男はどうも気に食わない。

 昔は可愛かったのに。コーネリアはアリエス宮に似た庭園を少し眺めて6年前の昔を思い返そうとした。しかしたった6年の間にあまりに情勢が変わり過ぎていて、あの和やかな日々を思い返すことさえ難しくなっていた。

 

 

 ギアス嚮団からジェレミアにより救出されたコーネリアは黒の騎士団の捕虜となった。 

 とはいえ既に皇籍を持たないコーネリアは黒の騎士団にとって非常に扱いに困る存在であり、持て余していたのが事実だ。粗略に扱う訳にも行かず、かといって皇族として交渉材料に使えるわけでもない。

 そして黒の騎士団と同盟関係にあったシュナイゼルが引き渡しを要求したために、これ幸いと恩を売る形で黒の騎士団はコーネリアをシュナイゼルに引き渡したのだった。

 

 そのままシュナイゼルの庇護下に置かれたコーネリアはブリタニア本国へと移送され、捕虜の身分からは解放された。

 しかし皇位継承権を返上したコーネリアは単なるリ家の当主でしか無く、宰相の後ろ盾を得て皇帝に登極したルルーシュの敵には成り得ない存在であった。良くも悪くも。

 実家に戻るにしてもリ家の邸宅はユフィがV.V.に誘拐された際に殺戮現場となっており、建物自体もかなり破損していた。難を逃れて生き残った使用人も既に解雇してある。

 行き場を無くしたコーネリアにルルーシュは皇宮の一室を与え、またシュナイゼルの計らいにより選任騎士であったギルフォードがコーネリアの護衛に就くこととなったのだった。

 

 ユフィの死を受け入れ、そしてユフィの敵を自らの手で惨殺したという事実を消化している間にも情勢は目まぐるしく変化する。

 突如として姿を現したルルーシュ皇帝はブリタニア全土が未だ新皇帝の登極に混乱している最中、貴族の既得権益を剥奪する異例の勅命を下した。

 その貴族の中にはリ家の名もあり、有していた莫大な財産と領地の大半は没収され、大貴族であったリ家はそこらの小貴族と大差ない規模まで落ち込んだ。失った財産はそう金銭に執着の無いコーネリアでさえ顔を青くする程に莫大であり、私欲に塗れた貴族が新皇帝へ反旗を翻す理由を察するに十分だった。

 とはいえ元々武人としての気質が強いコーネリアである。平民を虐げて富を築く貴族の醜い所業を苦々しく思ったこともあり、実家が所有していた薄汚れた財産が没収された事へルルーシュに思う所は無い。

 手元に残った財産も、慎ましく使えばギルフォードと2人でなんとか暮らして行ける程度の金額はある。高等遊民を気取るつもりも無く、シュナイゼルに頼んで新しい戸籍を用意してもらえば真っ当に働くことも出来るだろう。

 

 しかし隠棲を決めるには未だ納得の行かないことが多すぎた。

 ギアスとコード、ギアス嚮団、実験体。ユフィを殺害したギアス嚮団について調査している内に、これまで知ることの無かったブリタニアの暗部が露わになりコーネリアを揺さぶった。

 ギアス嚮団はスザクにより消滅したとはいえまだギアスとコードがこの世に残っていないとは限らない。まだ自分の知らないことが残っているやもしれない。

 コーネリアは忙しいルルーシュを捕まえて、ギアス嚮団について知っている限りのことを教えて欲しいと乞うたのだった。

 

 日の当たるテラスでスツールに腰かけて花の匂いを纏う風に吹かれる。居心地は良い。

 しかしコーネリアは消化しきれなかった怒りが胸の内で燃え上がるのを感じていた。内に籠る熱のせいで爽やかな外気へ気を向ける余裕も無い。

 ルルーシュの口から聞いた事実は想像していたよりもずっと凄惨なものだった。

 

「―――――ユフィがギアス嚮団の手にかかり実験体として殺されたことは知っていた。しかしそれだけではなく、最初から、生まれたときからギアスの実験体だったのか。私もユフィも、お前もナナリーも、シュナイゼル兄上も……」

「皇族そのものがギアスの実験のために改良されたモルモット一族と言っても過言では無いだろうな。兄上は感情を奪われ、俺は―――ふん、ユフィは皇族の中でもギアスへの適性が高い方だったそうだ。さぞ有用なモルモットとして扱われたのだろうよ」

 

 ルルーシュの背後でユフィを救助した当事者であるジェレミアが首を垂れる。

 しかしコーネリアはジェレミアに恨みをぶつけるのは筋違いだと分かっていた。下半身を失い機械で置換されていたユフィの遺体を見れば、どう手を尽くしても生きて救出することは不可能であったことは嫌でも理解できる。

 

 V.V.は自らの手で八つ裂きにした。ギアス嚮団はスザクがフレイヤで吹っ飛ばした。

 しかしまだ全ての元凶であるシャルルは生きている。

 ならば復讐はまだ終わっていないではないか。ユフィを殺した奴はまだ生きている。

 

 両の手を筋が波打つ程に握り締めながら、しかしルルーシュの話を聞いたコーネリアは同時に頭のひんやりとした冷静な部分で、何故この短期間でルルーシュが皇帝に成り得たのかを悟った。ルルーシュもギアスの実験体だったのだ。

 いくらシュナイゼルとルルーシュという希代の化け物2人が手を組んだとしても、皇位継承権を剥奪された僅か17歳の少年が碌に根回しをする時間も与えられないまま皇帝に登極し、さらに2か月で国内を平定するなど不可能な話だ。それこそギアスやコードといった不可思議な力でなければ説明がつかない。

 

「ギアス……人ならざる力か。お前もギアスを持っているのだろう?でなければ色々と説明はつくまい」

 真っすぐなコーネリアの問いかけにルルーシュは唇の端を吊り上げた。ようやく気付いたのかと言わんばかりの出来悪い生徒を嘲笑うような笑みだった。

「どうやら俺にはギアスへの適性があったようだ。俺はギアスの実験体の中でも成功体に数えられるのだろうよ。別に嬉しくも無いが」

「だから貴族共がお前に次々臣従しているのか。ギアスの力を使って、オデュッセウス兄上やギネヴィア姉上まで……」

「気に食わないのか?」

「っ、気に食わないに決まっているだろう!」

 歯を剥き出して飄々とした態度を崩さないルルーシュを睨む。

 

 実の兄弟がルルーシュの下僕になっている現状についてに限ればコーネリアに思うところは無い。

 生まれてからずっと兄弟間で命懸けの凄惨な権力争いを演じていたのだ。ルルーシュに負けた兄や姉が皇宮の使用人にさせられていること自体はコーネリアにとって気に留める価値も無いことだった。

 ただユフィの死の原因となったギアスを使っているという一点において、コーネリアはルルーシュを容認することはできなかった。

 

「ギアスの実験の生贄としてユフィが死んだというのならば、私はギアスの存在を許すことはできない。お前がギアスを使い続けているとギアスの存在が公になる可能性が上がってしまう。その力を欲する者も出てくるだろう。そうなればギアスは世界中に広まり、また次なるギアス嚮団を生むことも有り得る。私はお前のその力を容認できない!」

「姉上の言うことは尤もだ。しかし既にそんなことを言っている場合では無いのだよ」

「………どういうことだ」

「シャルルがナナリーにギアスを持たせて、何やらふざけた計画を企んでいる事は話したな?ラグナレクの接続だとか」

 馬鹿馬鹿しいと言わんばかりの口調を隠しもせずに肩を竦める。

「全くもって徹頭徹尾馬鹿馬鹿しい計画だが、ギアスについて我々よりシャルルの方がずっと詳しいことは確実だ。あいつらがどんな手段を用いてラグナレクの接続を実行するつもりなのか予想もつかん。さらにCの世界に潜り込んでいる以上、こちらからシャルルに手を出すことが出来ない」

 

 手詰まりだ。ギアスについての情報を皇帝権限でかき集めているが、今をもってしてもルルーシュはどうやってシャルルがラグナレクの接続とやらを実行しようとしているのか予想もついていなかった。

 そもそも全ての人間の意識を一つにするということが、つまりは具体的にどういうことなのか全くもって理解ができない。情報があまりに足りていないのが現状だった。

 

「だからこそ現実世界におけるシャルルの力は一刻も早く削いでおきたかったんだよ。そのためにはギアスによる支配が一番効率が良い」

「お前とシュナイゼル兄上が手を組んだのならば、ギアスが無くともブリタニアを手中に収めるなんて容易な事だろう!」

「確かにギアスが無くとも私とシュナイゼル兄上ならば世界征服でさえ容易い。しかしそのためにはいくら急いでも最低で1年という時間は必要になるだろう。ラグナレクの接続まで時間が無いのですよ、姉上」

 コーネリアは黙り込み目の前の弟を睨んだ。

 

 理屈で物を考える弟が憎たらしい。ギアスに対する憎しみに目が眩んでいる自覚はあるが、それにしたってルルーシュはあまりに薄情であるように思えた。

 ユフィもナナリーもジェレミアもギアスのせいで酷い目に遭ったというのに、そのギアスを澄ました顔で利用している神経が信じられない。人間とは思えない非情さだ。

 ナナリーとジェレミアは言わずもがな、ユフィだってルルーシュの良い妹だった。身分差を気にせずルルーシュを兄弟として扱ったのはナナリー以外ではユーフェミアだけだったというのに。

 目の前の弟へ沸き上がる怒りと疑念をかみ殺す。この弟は稀代の大嘘吐きだ。冷静さを失うと適当にあしらわれて終わることだろう。

 

「……ルルーシュ、お前はユフィをどう思っていたんだ」

「―――可愛い妹だと」

 嘘なのか本心なのか見分けのつかない薄ら笑いを浮かべたルルーシュにコーネリアは喰いかかる。

「馬鹿な妹だとは思わなかったのか?お前はゼロだったんだろう。行政特区日本などという理想論を掲げて、その挙句に失敗した……愚かだと、先が見えない女だと思ったのだろう」

「少しは」

 ふん、とコーネリアは不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 

 そうだろう。現実主義者のゼロならばそう思って当然だ。むしろそう思わない政治家の方がおかしい。

 しかし今のルルーシュを見ているとあの時のユーフェミアとは真逆の方向に愚かなようにも思える。この弟は、昔からそうだが、実力に裏付けられた過剰な自信のせいで突っ走り過ぎるきらいがある。

 幼い頃はそこも可愛いと思っていたが、ギアスという超常の力を持った今では不信感の苗床でしかない。ギアスの力を乱用して思うがままに突っ走る為政者など認められる筈もなかった。

 

「私もそう思った。馬鹿な妹だと。理想のみを追い続けて現実を見ていないと……しかし現実のみを見ることの方が、理想のみを追い続けるよりも愚かなのではないかと今の私は思う。ルルーシュ、お前はギアスを使わないという選択肢を最初から投げ捨てているんじゃないか?本当にそれしかなかったのか?私の目には、お前はあまりに効率ばかりを追い求めているように見えてならない」

「現状における最優先事項はシャルルへの対策だ。他は後からどうにでもなる」

「人の自由意志を散々に奪っておいて後からどうにでもなると?」

「罪を背負わずに歩める程にこの道はなだらかではない」

「道をなだらかに均す努力を怠っているのではないかと私は言っているんだ」

「時間と労力に余裕さえあればそれも可能だろう。しかし今は無理だ。ギアス無しで統治を行うと各地で無用な反乱と行政の滞りが出来る。犠牲者も数多く出るだろう。数少ない人々の自由意志を奪うことと、数多くの人々を見殺しにすること、お前はどちらがマシだと思うんだ………ユフィなら誰も彼もを救おうと言うだろうし、そう言う権利もあろう。だがコーネリア、ブリタニアの魔女よ、お前にそんな理想論を唱える権利があると思うなよ」

 過去の罪科を見通すような透明な視線を向けられて無意識の内に顔に皺が寄る。

 

 ブリタニアのために多くの命を屠った自覚のあるコーネリアは、犠牲無く国を治めろとは言えなかった。そこまで厚顔にはなれない。

 しかしギアスに対する忌避感はコーネリアの中に根深く張っていた。

 ギアスとはつまり、ルルーシュ個人の力だ。軍という国の力ではない。もしルルーシュが乱心してギアスを私的に使うようになってしまうと最悪だ。

 それだけは何としても避けなければならない。だがそう分かっているというのに、自らの力のなんと小さい事だろう。

 

 コーネリアは振り絞るような声を出した。

「ルルーシュ、シャルルを止めた後はもうギアスを使うな。使うようであれば私はお前の敵になるぞ」

「貴女程度が敵になったところで俺は怖くなどありませんよ?」

 嫌味ではなく単なる事実を告げるような声は不思議とコーネリアの中にすとんと落ちて、更なる苛立ちを沸き上がらせることは無かった。

 小さな言葉の中に皇帝としての矜持が詰まっていたからなのかもしれない。皇帝の座を目指したことの無いコーネリアには理解できない領域にルルーシュは居た。

「そう言っている内はお前は完璧な君主には程遠いな」

「ええ、そうでしょうとも。私は完璧などではない。もし完璧であったのならばここにはユフィとナナリーと、クロヴィスもいた」

 予想外に素直な言葉にコーネリアは面食らった。ルルーシュはきょとんとした顔のコーネリアに向けて手を差し出した。

「だから私にはジェレミアが、シュナイゼルが、カレンが、C.Cが、……スザクが、そしてあなたが必要だ」

「何のために?」

「戦い、そして勝つために」

 自分とルルーシュの共通の敵など一人しか思い浮かばない。自分達の実父だ。

 ルルーシュが気に食わないことは変わらない。しかし今の所自分達の敵は同じであり、自分一人の力ではあの敵の元までたどり着けないことは明らかだった。

 多大な躊躇の後にコーネリアはルルーシュの手を握り返した。

 目の前の弟は憎たらしいが、最優先事項がシャルルであることは事実だ。今の所はこの手を取らなければ自分は一歩も進めない。

 今のところは、だ。

 冷たい指だと思った。

 

 

 

 

 

 

「どうやら上手く纏まったようだね」

 少し離れた場所でメイドのシャーリーと優雅にティータイムを楽しんでいたシュナイゼルは息を吐いた。手元にはジェレミアに持たせていた盗聴器と繋がる機器が転がっている。

 

 コーネリアが心底からギアスを憎んでいることは明らかだったために、ギアスを持つルルーシュと和解するのは困難かと思ったが、少なくともシャルルを打ち亡ぼすまでは彼女が敵に回ることは無さそうだ。

 コーネリアは知らない事だが、シャルルを亡ぼし、そしてブリタニアの政治がひと段落すればルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは表舞台から姿を消す。ギアスを使うようなことも無くなるだろう。コーネリアがルルーシュの敵になる未来はもう訪れない。

 ルルーシュが言ったように今更コーネリアは敵になってもそう怖い相手ではないが、実妹と再び殺し合いを演じるのは今のシュナイゼルにとって歓迎すべき事態ではなかった。

 

「はい。コーネリア皇女殿下は皇宮でもギルフォード卿以外に心を許せるような人がいないようでしたので、これで一安心ですね」

「……なんのことだい?」

「え、コーネリア皇女殿下がルルーシュ陛下と仲直りできるかどうかご心配だったのでは?」

 シュナイゼルの真向かいでメイドらしからぬ拙い手つきで紅茶を淹れるシャーリーにシュナイゼルは目を瞬かせた。

「そう見えたのかな?私が、コーネリアとルルーシュが仲直りできるか心配していると」

「ええと、あの、はい。宰相閣下はコーネリア皇女殿下のことをよく心配そうな目で見られていたので、そうなのではないかと」

「そう見えたのかぁ……思っていたより私は過保護なのかな……まあ妹だからね。心配もするよ。殊に前皇帝の下でエリアを蹂躙していた彼女の立場はルルーシュの御世にあっては難しいものだ。もしコーネリアがルルーシュに帰順することを公の場で宣言したとしても彼女の罪は拭い難い。コーネリアもルルーシュのように新しい戸籍を得て、新しい人生を歩む方が幸せなのかもしれないけれど―――」

 シャーリーは美貌の宰相の顔が静かに歪むのを見た。

「でもそれはルルーシュ・ヴィ・ブリタニアがルルーシュ・ランペルージに戻るのとは訳が違う。彼女の場合は本当に、これまでの人生を全て捨ててしまうことになる。ブリタニアの国是の下で戦い続けた彼女の人生を否定することになってしまう。それはなんというか、あまり良い気分ではない」

 

 もしここにカレンがいればシュナイゼルはぶっとばされるんじゃないかとシャーリーは思った。

 罪は罪だ。全て捨てて新しい人生を、だなんて、なんて都合の良い。カレンならそう言うだろう。

 

「宰相閣下、その、それは」

「言わなくとも分かっているよ。コーネリアは罪を犯した。罪は罪。でもね……シャルルの御世においてはコーネリアの行動は称賛されるべきもので、そうあるべきだと彼女は教育されていたんだ。同じ教育を施された、彼女の兄である私がコーネリアを憐れんでもそう非難されることではないだろう。皇女コーネリアとして生きるにしても、ただの一市民として生きるにしても、彼女はこれから寂しい人生を歩むことになる」

「お、恐れながら宰相閣下、そのご心配は無用かと思います。コーネリア皇女殿下にはギルフォード卿がいるではないですか。お姫様を愛する騎士が!だから大丈夫なんです!」

「……大丈夫かなあ」

「古典文学から乙女ゲーまで、ありとあらゆるジャンルで姫と騎士の逃避行はハッピーエンドで終わると決まっていますから、証明に必要なN数は十分です!きっと大丈夫です!」

 シャーリーはぐっと拳を握り締めた。瞳はビーズのようにきらきらと光っている。

「ラブイズパワー!愛は力!愛する二人なら何だって乗り越えられると古今東西全ての物語が認めています!姫と騎士の身分差のある恋、立ちはだかる数々の愛の試練、そして逃避行!これぞ古典的ながらも王道のロマンス!」

「……そもそもコーネリアとギルフォード卿ってそんな関係だったかな?」

「きっとそうです!多分!」

 まだまだ新米メイドのシャーリーだが、噂話好きというメイドの性質は既に獲得しているらしかった。可愛らしい顔の中心で瞳は興奮と多大なる好奇心で煌めいている。

 

 へえ、コーネリアが、あの眼鏡と、へぇ……シャーリーとは対照的にシュナイゼルは若干遠い目をしていた。

 別に反対するつもりはない。ルルーシュと違ってコーネリアはもう成人した女性であるし、ギルフォードは騎士然とした優秀な人物で、コーネリアとの年齢差もそう大きく無い。そもそもただの異母兄妹でしかない自分に口を挟む権利が無いことも承知している。

 ただなんとなく、ちょっとばかり面白くない。

 

 気に食わないが、ルルーシュは遠からずあのサイボーグとくっつくだろう。

 カレンは最近騎士として先輩であるジノに色々と教えを乞うているらしい。

 皇帝親衛隊の副官であるヴィレッタも、今は皇宮の使用人となったオデュッセウスと食事に行く所を幾度か目撃されている。

 そしてあのロイドでさえ爽やかに整った容姿を持つ部下のセシル・クルーミーとよく一緒にいる。

 

 シュナイゼルは一人婚期を逃しつつある自身の身を呆れとも嘆きともつかない目で見下ろしながら綺麗な紅色をした紅茶を口に含んだ。色は良いが香りも味も薄い。

「シャーリー」

「はい!」

「あと20秒は長く蒸らした方が良いかな。それと紅茶を差し出す時には決して揺らさないこと。指先が辛いのは分かるけれど、水面がばちゃばちゃ揺れるのは頂けない」

「は、はい!」

「でも前よりはずっと美味しい紅茶だったよ。これからも頑張って練習すれば皇帝陛下に出しても恥ずかしくない紅茶が淹れられるようになる」

「はい!ありがとうございますシュナイゼル宰相閣下!!」

 敬礼でもしそうな勢いのシャーリーに、でもこの友人の淹れた紅茶ならばルルーシュは文句も言わずに飲むのだろうな、とシュナイゼルは脳内で付け加えた。

 身内には激甘なルルーシュである。それもルルーシュを護りたいがために皇宮のメイドにまでなった友人だ。

 色のついた水のような紅茶をにっこり笑って美味しそうに飲む程度の事、ルルーシュにとっては大した事ではないだろう。

「宰相閣下と呼ばなくてもいいよ。普通にシュナイゼルで」

「え、いや、あの、流石にそれは……」

 数か月前までこうして会話をすることさえ考えられもしなかった雲上人にそう言われても、流石に暴走生徒会の一員であるシャーリーでさえそう簡単に頷くことはできなかった。

 

 シュナイゼルは世界でNo.2の身分と役職に加えて、とんでもない美貌の持ち主でもある。金髪紫眼で細身ながらも女々しさの欠片も無い正統派皇子といった容姿は、比類なく美しいが中性的で妖艶なルルーシュよりも一部の女性から熱狂的な支持を受けていた。

 生粋の皇子の微笑みを真正面から喰らって思わずシャーリーの頬は赤らんだ。

「君はルルーシュ皇帝陛下のことはルルと呼ぶんだから、その兄であり部下である私のことも普通に呼んでくれて構わないよ。気軽にシュナイゼル、と」

「ふゎぉあ」

「……?まあ流石に呼び捨てだと周囲も煩いから、シュナイゼルさんの方が良いかもしれないね」

「ぐふっぅんっ、……いえ、えい、いえ、その、それもあまりに恐れ多いので、シュナイゼル様とお呼びしてもよろしいでしょうか」

 うん、とシュナイゼルは軽く頷いた。

 ルルーシュやナナリーとは違い小さな仕草の一つから言葉遣いまで皇帝として相応しい振る舞いを叩きこまれているシュナイゼルは、その小さな頷きさえ驚くほどに優雅であり、ブリタニアの古い貴族社会を反映するような厳かなものだった。

 公の場では完璧な皇帝陛下を演じるルルーシュだが、普段は非常にフランクだ。

 シャーリーやカレン、ジェレミア、そしてスザクの前ではアッシュフォード学園の女子学生だった頃と大して変わらない。

 ルルーシュには無い近寄るのも躊躇われる生粋の殿上人といった雰囲気、そして煌めく皇子様オーラに中てられたシャーリーは全身を真っ赤に染め上げた。 

「君がいてくれるおかげでルルーシュもカレンも、スザクも救われているところがある。本当に感謝しているよ、ありがとう」

 溶けそうになる顔をシャーリーはなんとか気力で保った。

 

 コーネリアとルルーシュの話し合いが終わり、席を立ったシュナイゼルを見送ったシャーリーは即座に端末を取り出して生徒会で唯一平凡な生活を送っている友人に連絡を取った。

 数コールもしない内に『はいはーい』という皇宮には場違いな間延びした声が響く。

「リヴァル、リヴァルぅ」

『お、ひっさしぶりだなシャーリー!元気だったか?』

「いろんな意味で元気よ。ルルーシュもニーナもカレンも元気」

『……?、そっか!俺は受験勉強で脳が溶けそうでさぁ。まあそっちはそっちで皇帝付きのメイドってことで忙しいんだろうけど、もうこっちは勉強がヤバくてシャーリーが羨ましいぐらい』

「だったら今からでもブリタニアの皇宮に就職してよ。もうやばいよここ。一般人があたし一人じゃ耐えられない。色々と爆発しそう。萌えとかロマンスとかそういったものが噴き出しそうなの」

『はぁ?いやもう受験申込しちゃったから今更無理だって』

「あたしだってここに庶民一人でいるのは無理よ!こ、皇族って、皇族って………っ!」

 

 なんなのよー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■  ■  ■

 

 

 

 

 

 

 コーネリアとギルフォードを連れたルルーシュはジェレミアと共に執務室へ戻った。

 対シャルルの戦線を組んだ以上コーネリアにはこちらの情報を渡しておく必要がある。とはいえギアスに関してコーネリアに渡していない情報はそう多くは無いのだが、それでも不測の事態を呼ばないために出来得る限りの準備はしておくべきだと思ったのだ。

 

 資料をコーネリアに渡して幾つか話し合っているとジェレミアの端末が鳴った。

 首を傾げながら端末越しに部下からの報告を受けたジェレミアは、皇帝と皇女の会話に申し訳なさそうにしながらも割り込んだ。

「失礼致します。陛下、耳をお貸し頂けますか」

「なんだ、また反乱か?」

「いえ……」

 コーネリアの前で報告しても良い事かと逡巡したが、別にそう隠すようなことでもないと判断してジェレミアは口を開いた。

「アーニャ・アールストレイムが先ほど帰還致しまして、陛下に謁見を願い出ているそうです」

「アーニャが?賊軍の残党鎮圧に向かってまだ2日だろう。あまりに早過ぎないか?」

「それが任務の最中に引き返して来たそうです。既にペンドラゴンに帰還したと」

 眉根を顰めてルルーシュは首を捻った。

 アーニャならば反乱貴族の残党など敵にも数えられない雑魚だ。引き返す理由は無い。

 任務が気に入らなかったのだとしても、あの物怖じしない性格ならば任務を下された直後にルルーシュへ直接文句を言うだろう。

 最悪の展開としてアーニャがルルーシュへ反旗を翻したと想定しても、わざわざ敵地であるペンドラゴンに戻る必要も無い。

「そうか。では全ての武装を解除させた後にここに連れて来るといい」

「はっ」

 短い返事の後にジェレミアはルルーシュの言った通りの内容を通信越しに部下へと伝えた。

 

 それから30分もしない内にアーニャはルルーシュの前に現れた。

 しかしそれがアーニャだとルルーシュには俄かに信じられなかった。

 礼儀の欠けた態度はいつものことだが、扉を思い切りよく開けて皇帝の前で仁王立ちになり、いつもの無表情はなんだったのかと思うような満面の笑みを顔面に広げている。

 それは明るい笑みではなかった。蜜が滴るような妖艶な笑みはまだ幼いアーニャの容姿にはあまりに不釣り合いな毒を含んでいた。場末の娼婦だってもっと慎ましい笑い方をするだろう。

 以前にもこんな、見るだけで酩酊するような笑みを見たことがあるような気がする。しかしはっきりと思い出せない。

「……どうしたんだアーニャ、何か問題でもあったのか?」

「色々と私達のために準備をしてくれたようだけど、残念ながら全ては無意味よ。物理的に存在する全てのものは今日この日この時から意味を無くすわ」

「は?」

 様子がおかしい。

 

 ジェレミアが咄嗟にルルーシュの盾になるよう前に出る。

 アーニャはKMFデヴァイサーとしての能力に限れば早熟の天才だ。しかし白兵戦の能力は一般兵とそう変わらない。そしてジェレミアは白兵戦ではスザクに次ぐ実力を持ち、最早人外の領域にまで達しようとしている。

 広い背中に隠れたルルーシュはそう焦ることもなく奇怪なアーニャの言動に首を捻った。

 同様にギルフォードもコーネリアを背に隠す。コーネリアはアーニャの笑みを目の当たりにして茫然としたまま全身を震わせた。

「ギルフォード、あれは、」

「お下がり下さい皇女様。様子がおかしい」

「アールストレイム卿の様子がおかしいのは分かる。だがあの顔は……容姿はまるきり似てないが、まさか、まるで、まるでマリアンヌ皇妃のような、」

 マリアンヌと聞いたアーニャはあら、と妙齢の貴婦人のように口に手を当てて少し驚いた顔をした。

「表情一つで気付くだなんて、あなた思っていたより私のことが好きだったのね?」

「はあ!?」

「アーニャ、さっきから何を言っているんだ」

「何って、コゥちゃんが私のことを好きってことよ。嬉しいわ。これから一つになるんですもの、私のことを好きな人は多い方がいいものね」

 困惑するコーネリアとギルフォード、そしてルルーシュとジェレミアを気にすることも無く、アーニャの姿をした何かはその場で恭しくお辞儀をした。

「長閑な平穏の日々はこれにて閉幕。早くしないとナナリーもシャルルも待ちくたびれちゃうわ。せめて最後に皆で、私達を育んでくれた尊い物理世界にお別れの挨拶をしましょう」

 顔を持ち上げて、アーニャはちょこんとウィンクを飛ばした。

「世界よさようならってね?」

 

 

 

 

 

 

 

 世界中に存在する全ての生きとし生けるものにお願いがあります。肉体を捨てて下さい。そしてCの世界で一つになりましょう。

 そうして楽園を、永遠に続く楽園を!

 

 

 

 

 

 

 

 

 聞き慣れた声が耳の中で反響する。

 それはナナリーの声だった。

 全世界中全ての存在がナナリーのお願い(ギアス)を耳にした。

 

 

 

 

 その瞬間に、この星に生きる全ての生命の意識が肉体から剥ぎ取られた。

 その中には無論ルルーシュも含まれる。肉体感覚としての痛みは皆無だった。何しろ肉体を失ってしまっているのだから。

 しかし放り出された白一色の背景に広がる、大量の生物たちがひしめきながら螺旋状にうねり、鳴き声を上げる光景は頭痛のあまりに悶える程の情報量があった。

 真っ白い空間の中で遺伝子の螺旋を描くありとあらゆる生物の姿には押しつけがましいまでの生命力が鼓動のように鳴っている。

 骨が折れる寸前まで体を捩じって遺伝子の波に乗る人間。その上を這う蟻。それを追うように滑る魚。羽ばたく鳥に、鯨、鹿、その他にも目にしたことの無い生物達。

 そして自分もその中の一つなのだ。ぐるぐると旋回しながら遺伝子を描く波に飲み込まれて、自分以外の生物との境界線が曖昧になる程に密着する。

 このままドロドロに溶けてしまいそうな熱量が肌の上を滑り、そしてそれは近い内に現実になるだろうと頭の隅で確信した。

 

 その渦はありとあらゆる生命の意識の塊なのだと誰に言われるまでもなくすぐに理解できた。

 自分の意識が誰かの意識と触れ合う度に、経験したことの無い記憶がさも自分のことのように浮かび上がる。

 

 この遺伝子の螺旋はどこまで続いているのか。波に乗りながら目を細めてその先を見る。目を瞬かせると景色は一瞬で様変わりした。

 

 

 

 

 

 ルルーシュが乗っていた波は透明度の高い美しい海のものだった。また自分の四肢も人間のものではなくなっていた。四肢……四肢?四肢とは何のことだろう。

 冷たい海底に沈む自分は、鱗を滑る海水をヒレで叩いて悠然と泳ぐ魚だった。

 昼なのだろう。糸のように細い陽光が水面から落ちて、海藻や珊瑚を幻想的に照らしている。岩礁の隙間を悠々と気の向くままに泳いでいると目の前にふよふよと美味しそうな虫が漂っていることに気付く。

 まるで上から紐で吊っているように揺れ動く動きを奇妙だと思いながらもぱくりと喰いつくと、目が潰れる程に眩しい水面へと引きずり上げられた。釣り上げられた先では巨大な雲海がこちらを見上げていた。

 

 琥珀色の翼を広げて雲海の狭間を飛ぶ。上にはミルクのような色をした雲が薄く広がっていた。真下には灰に水を混ぜて宙に浮かべたような厚い雲が沈んでいる。

 2重の雲層の隙間を自分は飛んでいる。ぽつぽつと下から飛んできた雨粒が翼を撃つ感触に嫌な予感がして高度を下げた。

 その途端、追い立てるように雷が鳴り、羽毛を逆立てながら急いで地面に降り立った。

 

 なんとか大雨になる前に地面に辿り着くも、今度は腹が減ってきた。現金なものだ。

 針金のように細長い四肢を使って地面を歩いて昆虫特有のきらきらした瞳で周囲を見回す。

 あのゲコゲコと鳴く大食漢の姿は見えない。ほっと安堵の息をついていつもの通り青々とした美味しそうな葉っぱの下へと這い寄った。

 

 そのまま葉っぱの傍に直立する。最初は糸のように細かった体は年月を経る程に太く、高く育ってゆく。百を超える年数が経過した頃には大きな熊が寄りかかってもびくともしない体になっていた。

 しかしある日、苔生した胴体へヴンヴンと煩い機械を持つ生物が近寄ってきた。一目で自分の体を家にしている鳥や、木の実を食べる猿とは違う生き物だと分かった。その生物はもっと荒んだ瞳をしていたからだ。

 自分の体はその生物が持つヴンヴンと唸る機械であっけなく斬り倒され、地面に横倒しにされてしまった。

 何が目的か分からないが、その生物は自分の体をこれまた大きな機械に乗せて運んだ。数日後には賑やかな街へと到着した。

 

 その街でとある黒人と出会った。優しく穏やかだけれどユーモアのある素敵な人で、恋に落ちるのに時間はそうかからなかった。

 数年後に自分達は結婚した。そのまた数年後には浅黒い肌に淡い髪色をした子供を産んだ。

 最後まで結婚に反対していた両親の死に目には会えなかったが、子供は可愛く、夫はいつまでも自分を大事にしてくれた。両親と仲直り出来なかった後悔を抱きながらも過ぎる日々はこれ以上無く幸せだった。

 年月と共に子供は段々と成長し、自分は夫と幸せに老いた。ある日胸の辺りに痛みが走り、慌てた夫に病院に運ばれたが、治療の甲斐無くそのまま死んだ。

 死体に取り縋る夫の涙が蒸発し、雲海の中の一かけらになり、そして雨粒になって落ちた。

 

 

 その雨粒は自分だった。

 

 

 魚類、貝類、爬虫類、両生類、鳥類、哺乳類、岩石、山脈、植物、川、海、雨雲、雨の一滴――――

 

 

 

 

 

 螺旋の果てはいくら目を凝らしても見えない。ただ無数の意識が螺旋を形成している。

 その中には60億を数える人間と呼ばれていた種族も含まれていた。しかし今や種族の名前など何の意味も無いのだった。

 あらゆる意識にもみくちゃにされ、ルルーシュは自分が人類と呼ばれていた種族の一つであった記憶が急速に擦り切れて行くのを感じた。

 

 意識という流動体は川が海に流れるように渦を巻き、思考エレベーターを通してCの世界と呼ばれる虚数世界へと流れ込む。

 非物質的なCの世界へ入り込んだ意識は混乱を来す前に個々の形を失い、温かい水と冷たい水が混じり合って一つの着地点に到達するように均一な存在を目指して進行を始めた。

 目に見える実態を持たない意識はCの世界でくるくると踊り回り、記憶や感情を混ぜ合わせようとステップを踏む。

 孤独や戦争という病から永遠に解き放たれた怒りや悲しみ、喜び、そういった感情、そして全ての命を合わせた何百兆年分以上の記憶が混ぜ合わさって一つの存在へと収束を目指す。

 

 取り残された物理世界に動くものは無い。

 

 

 その日、世界は死んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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