楽園爆破の犯人たちへ 求   作:XP-79

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15.75 楽園の…

 

 

 

 零れ落ちた星屑は港町を照らす街灯に居場所を変えた。窓枠から広がる街の景色を見てスザクは息を吐いた。

 穏やかな街の有様は表面だけだ。あの灯りの一つ一つに、普段は子供や親のために頑張って働いているが、人種や国籍の違う人間を前にすると鬼のようになる人々が住んでいると思うと、不思議になる。

 今日もルルーシュは街の人に石を投げられた。だが今日がいつもと違うのは、普段なら器用に石を避けるところを買い物途中だったために荷物が邪魔で石を避けられず、さらに運悪く頭に当たって血が出てしまったことだ。

 幸いなことに血はすぐに止まった。痛みも無いと本人は言っていたが、頭の怪我は後から酷くなることもあると聞く。父の勧めもあり今日は大事を取って枢木邸に泊ることになったのだ。

 

 スザクは幼い手足でナナリーの車いすを押しながら枢木家本邸を歩いていた。

 数か月前に赴いた廃墟のような枢木邸ではない。6年前の記憶通りの、目がちかちかするような豪奢な内装が周囲に広がっている。

 

 12歳の時は普通より綺麗で大きな家だと無邪気に思っていたが、18歳となった今枢木邸を見回すと纏まりのない内装に落ち着かなさを感じる。

 皇宮の品良く尚且つ洒脱な内装に慣れたせいなのかもしれないが、見た目に派手な和洋の調度品が統一感なく入り混じっていて、見回すだけで目がちかちかとするのだ。

 車いすに座るナナリーが眉を顰めるスザクを見上げた。

 

「どうしたのですか?スザクさん」

「ううん、何でもないよナナリー。ただルルーシュがなかなか帰らないなって思って」

「お話が盛り上がっているみたいですね。お兄様は政治のお話が好きですから」

「……僕にはまだ早いって父さんには書斎にも入れて貰えないのに」

 

 ブリタニアからやって来た兄妹が枢木邸に泊る時、必ずルルーシュは父と夜遅くまで話をする。その時間があの頃は嫌いだった。

 ルルーシュは確かに聡明だ。それでも自分と同い年の子供だというのに、どうして自分と違って一人前扱いをされているのだろうと不満だったのだ。

 今思うと、あれは自分より大人びていたルルーシュへの幼い嫉妬でしかなかった。尊敬する父に褒めて貰った記憶は一つもない。乾いた承認欲求の矛先がルルーシュに向いていただけだ。

 今となっては、あの幼さであそこまで聡明にならざるを得なかったルルーシュの背景に哀れみとも驚愕ともつかない感情だけが込み上げる。

 

 しかし今の自分は12歳の少年だ。だからあの頃のように不満げな顔を作って頬をリスのように膨らませなくてはならない。日によく焼けた少年の頬をナナリーは指先でつんつんとつついた。

「ちょっとナナリー」

「ふふふ。スザクさんのほっぺは柔らかいですね」

「ナナリーのほっぺだって」

 仕返しにつつき返すと綿が詰まったぬいぐるみのような弾力がしてつい笑みが零れる。ナナリーは本当に可愛い。いつも憎まれ口を叩くルルーシュの妹とはとても思えない。

「もう、スザクさんったら。ほっぺが潰れちゃいますよ」

「潰れないって。でも本当にルルーシュは遅いな……」

 時計を見るとあと数分で日付が変わろうとしていた。

 

 父とルルーシュの話し合いはいつ頃終わっていたのか、結局知らず仕舞いだった。ルルーシュは朝にはベッドに戻ってぐったりと熟睡していたが、夜中にベッドに戻る所を見たことは一度も無かった。

 あの時ルルーシュは父と何をしていたんだろう。湧いた疑問のままにスザクは車いすの行き先を寝室から書斎へと変更した。

 どうせこれも現実ではない。それに自分はこの世界の神様だ。この程度の事実との乖離は、この世界を構成する無数の意識も許容してくれるだろう。

 

「ちょっと見に行ってみようか」

 スザクの提案にナナリーは小鳥のように首を傾げた。

 この時間帯にアポイントメントも取らないで首相を訪ねるなど非常識だとナナリーにだって分かっている。

「でも、お邪魔じゃありませんか?」

「ちょっとぐらい大丈夫だよ。それにナナリーだって6年前にルルーシュが父さんと何を話しているのか気になるだろう?」

「………そういえば、あの時お兄様は枢木首相と何を話されていたのか結局教えてくれませんでしたね」

 

 あの時、と明らかにこの光景にそぐわない言葉を聞き咎める者はいない。

 

 ナナリーの容姿は9歳、スザクの容姿は12歳の時のそれだ。スザクの方がやや大人びているとはいえ、両者共に手足は短くもちもちとしていて、顔立ちは子供らしく丸みがある。

 しかしスザクとナナリーの精神は15歳と18歳のままだった。二人共が、これは現実ではなく無数の意識により構成された過去の情景を追回想しているだけなのだと既に気付いていた。

 ここは6年前の枢木邸を模した、スザク()の願いにより集合無意識が創った幻想だ。

 だが二人共がこの異常な状況について何かを口にすることは無かった。

 

 

 

 

 スザクは楽園に戻りたいと願った。その結果ここに至ったということは、この時点から全てをやり直すことであの楽園のような、誰も傷つけることの無い未来に到達できるのではと思ったのだ。

 カレンが言うことを信じるのならば自分は集合無意識()であるらしい。自分が神であるのならばこの世界は、もしかしたら何もかもを誰も傷つけずに護ることができる、そんな都合の良い世界であるのかもしれない。その可能性がある以上スザクは自らこの幻想を壊す行動は取れなかった。

 

 

 

 一方ナナリーは集合無意識が完全に同一となることで来る楽園をただ待っていた。

 たとえスザクが集合無意識の先導をする立場になったとしても、暫く待てばスザクという意識は集合無意識の中に融合して個の別を失う。全ては時間の問題だった。

 だからスザクがこの過去の情景に遡り、もう一度あの時から全てをやり直したいと思うのであれば、この茶番劇に付き合っても良いと思っていたのだ。

 

 それに加えてナナリーもスザクと同じく6年前の日のことに違和感を感じていた。

 政治の話をしているのだとしてもこの時のルルーシュはまだ12歳だ。日付が変わるまで子供を拘束するなど常識的とは言い難い。

 無口ではあったが優し気な男性だった枢木ゲンブがそのようなことをするだろうか。

 

 スザクはナナリーの車いすを押して記憶にあるがままの枢木邸の廊下を歩き、書斎の前に辿り着いた。

 記憶にあるより扉が小さく見えるのは大人になってから枢木邸を訪れた記憶や、書斎に入ったことのある田中ハジメ、その他警備の人員や枢木家関係者の記憶も入り混じっているからだろう。ノブを握ると冷たい金属の感触に背筋が震えた。

 

 6年前には取らなかった行動に胸がどきどきする。12歳の少年の小さな掌で重厚な扉を押した。いつも鍵がかかっていた扉は、しかし何の抵抗も無く開いた。

 開いた扉の向こうは薄暗い。これが父の書斎なのかと少々の感動が胸の中に灯った。幼い頃の書斎に入ってみたいという純粋な好奇心の高鳴りと、父に対する憧憬がない交ぜになってスザクの中を温かくした。

 

 籠った空気は埃の臭いを帯びていたが、それ以上に生臭い。塩素系の消毒液をまき散らしたような異臭が鼻を突いた。

 様子がおかしい。12歳の外見には似合わない軍人めいた眼光で部屋の中に視線を走らせる。何故こんなに部屋の中が薄暗いのだろう。それにこの臭いは何だ。

 部屋に走る眼球は床に落ちている少年の小さな衣服と下着を映した。ゴミのように床にうち捨てられた衣服は一つの可能性を思い浮かばせた。

 まさか。まさか。血の気が引く。全身を氷水に漬けられたような気がした。

 

 獣の断末魔に似た呻き声がスザクの意識をぶん殴って正気に戻す。

 滑稽な程にぶるぶると体を震わせながらスザクは声の方向へと顔を向けた。ベッドの上で、大小二つの肉が一つの塊になって一定のリズムに沿って蠢いていた。塊からはあぁ、あ゛ぁあ、と小動物が殴殺される寸前に出すような短い金切り声がリズムに沿って吐き出されていた。

 

 蠢く肉をよく見ると、それは全身に汗をびっしりとかいている中年の後半に差し掛かっている男と、色白の幼い少女だった。少女はシーツを噛みながら眼球を剥き出しにして身を襲う獣欲に耐えていた。常の気位の高い猛禽類のような美貌はそこには無かった。

 父が幼いルルーシュを貪っているのだった。

 

 そうと気づいてスザクは胃の中に入っていたもの全てをその場に吐き散らかした。胃酸の臭いが精の臭いに混じって形容し難い異臭になる。呼吸するだけで喉が痛い。

 ナナリーはその光景を前にして最初は石像のように全身を硬直させていたが、全てを悟ると嗚咽を零して両手を口に突っ込んだ。吐くのを我慢しているようだった。この時点では盲目であるという自身の状態を忘れたかのように目をかっぴらいて、自分の指を血が出るまで噛みしめた。

 

「嘘だ、嘘だ」

「……違う、ここ(集合無意識)に嘘は無いぞ、スザク」

 のそりとゲンブは顔をスザクに向けた。

 苛立つ程に緩慢な動作で美しい少女から自身を抜いて、床に脱ぎ捨てられたバスローブを拾い上げて身に纏う。ルルーシュは打ち上げられた魚のように身動き一つしない。気絶しているのかもしれない。

 吐瀉物を拭い、スザクは涙を滲ませたままベッドに駆けた。途中で床に捨てられていたルルーシュの下着と服をかき集める。

 ありとあらゆる体液で無惨に汚れたシーツを引っぺがして、むき出しになったマットレスにルルーシュを転がした。ベッドの上にルルーシュの服を置いて、クローゼットを乱暴に開いて中にぶら下がっていたシャツを数枚引っ掴む。

 真白いシャツでルルーシュの全身を拭った。シャツはすぐに汚れた。あらかたの汚れが落ちてから、小さな手でスザクはルルーシュに下着と服を着させた。その間、ずっとスザクは泣いていた。

「嘘だ――――嘘だ、そんな、なんで、父さん」

「これは日本のためなのだ」

「嘘だ!!」

 服を着させたものの、体は氷のように冷え切ったままのルルーシュを背後に庇ってスザクは唇を震わせた。人形のように為すがままにされるルルーシュに怖気が立った。あの人並外れてプライドが高いルルーシュがこうなるまで打ちのめされるだなんて。

 何が日本のためだ。ルルーシュはまだ子供なのに、なんてことをするんだ。

 こんなことで日本が救われてたまるか。もし救われたとしても、そんな日本に誰が胸を張れると言うんだ。

 

 地表を歩く蟻を見る目つきでゲンブはスザクを見下ろす。

「聞け、スザク。私とルルーシュが夫婦になれば私は皇族の一員になる。このままでは日本はブリタニアとの戦争に勝てないだろう。しかし私がルルーシュの夫として、占領された日本の総督となれば、」

「うるさい、煩い!!もうお前は黙れ!!僕は嫌だ!!そんなのは間違っているんだ!!」

 

 こんな男が自分の父親だったのか。こんな男を自分は尊敬していたのか。

 知りたくない現実が目の前に垂れ下がっていた。全てを無かったことにしたかった。

 しかしいくら神となっても、一度起こったことを無かったことにはできないのだった。変えられるのは未来だけで、過去は変えられないのだから。

 もし都合の良い夢を見たいと思えば、きっと目の前の光景は父とルルーシュが仲良く談笑している光景に変わるだろう。

 でもそれは夢だ。救われて、良い気分になって、それで終わり。何も変わらない。夢は夢でしかなく、現実は何も変わらない。

 傷ついた幼いルルーシュは救われない。ナナリーの、ルルーシュを傷つけて生き延びていたという苦しみも。何も気づかなかったというスザクの後悔も。

 

「……ルルーシュ一人が我慢をすれば日本は救われるのだ。それに悪いようにはしない。妻として大事に―――」

「大事にするって!?父さんは自分が何をしたのか分かってないのか!お前なんかと結婚してルルーシュが幸せになれる筈が無いじゃないか!」

「支配される幸せもあろう。いくらプライドが高くともそれは女だ。男に守られ、家を護るのが女の幸福だ」

「詭弁だ!お前なんかにルルーシュの何が分かる!」

「お前は分かるのか?ナナリーを殺しかけた、ルルーシュを裏切ったお前は」

 ゲンブの言葉はスザクを突き刺した。南極の抉れた大地が脳裏に浮かび上がった。

 

 ナナリーはフレイヤで死ななかった。しかしもしあそこでルルーシュがナナリーを連れ帰っていればこんな事態にはなっていなかっただろう。ナナリーはギアスを得ることは無く、集合無意識は生まれなかった。

 同じ碧の瞳は無言でスザクを責めていた。その向こうにスザクは苦しんでいる無数の人を見た。

 お前のせいで集合無意識になってしまったのに、どうしてお前が主人格なのだ、と。

 こんな幻想に引き籠って。都合の良い夢ばかり見ているお前が。

 

「私と結婚していればナナリーは今もまだルルーシュの隣にいたかもしれない。ルルーシュは何よりナナリーが大事な女だ。もしそうなっていれば、今よりも幸せであったかもしれないとは思わないか?」

「もう黙れ、」

「そうであればユーフェミアがエリア11に来ることも無く、死ぬことも無かったかもしれん。全てが平和に、お前が望む楽園のようになっていたかもしれない」

「そんなことはありえない!!黙れよ!!」

 

 絶叫を掻き消すようにパシュンと空気が擦れる音がした。

 一寸の後に枢木ゲンブの丸太のような体が崩れ落ちた。

 

 スザクの動体視力は何が起こったのかを正確に把握していた。両足の足首が常人には視認さえ困難な速度で斬り落とされたのだ。

 解体途中の家畜のように倒れたゲンブの向こうに、扉を背にしたジェレミアが手に立っていた。手には日本刀が握られていた。

 ジェレミアは背筋がぞっとするような優しい笑みを浮かべていた。あの監視カメラの映像を覚えていなければそれが誰なのか面識のあるスザクであっても分からなかっただろう。

 表情に温度が欠片も感じられない。もし悪魔というものがいればこんな顔をしているに違いない。いつものプライドの高そうなオレンジ色の瞳が、業火の最底辺の色をしていた。思わずスザクは気絶したままのルルーシュを抱きしめて庇った。ゲンブからではない。ジェレミアからルルーシュを護ろうとしたのだ。

 怖い。恐ろしい。

 

「な、何を、貴様、」

 絨毯を爪でがりがりと掻きながらゲンブは必死にジェレミアから離れようとする。

 悍ましい真似をしたとはいえ、実父であり、そして6年前の父の遺体を目にしていたスザクは僅かながらの憐れみを覚えた。

 これから父は生きたまま肉の塊にされる。

 しかしジェレミアから父を庇うことはできなかった。父が死んで当然だと酷薄な感情を抱いたのではない。ジェレミアがあまりに恐ろしかったのだ。

 自分の方がジェレミアより強いと理性の面では分かっている。しかし憎悪の塊と化した、ヒトのような何かに理性以外の全ての面が怯えていた。

 

 ジェレミアは日本刀を構えて今度は手首の先を斬り落とす。丸々と太った芋虫のような指が生えた掌がくるくると宙を飛ぶ。悲鳴と血飛沫が上がった。スザクは幼いルルーシュの頭を掻き抱いてその光景が見えないように視界を奪った。

「ひぃ、ひいいぃいい!!止めて、止めてくれ!!私が悪かった、私が、」

 血の混じる懇願に対してジェレミアは表情を笑みの形で固定したまま何も言葉をかけることはなかった。言葉をかける価値も無いと羅刹のような表情が無言で告げた。

 そうしてジェレミアは石造りの笑みを被ったまま、声帯が引きちぎられるまで悲鳴を上げ続けた枢木ゲンブを、肉の一筋に至るまで解体した。

 

 

 実の父が肉の塊にされるまでをスザクは見届けた。壁掛けの時計を見ると30分しか経っていない。鮮やかな手際だった。

 そして迷いない素晴らしい手際の分だけこの人が恐ろしい。

 ジェレミアは貼りついていた笑みをようやく剥がして汗を拭っていた。表情はいつも見る笑顔と変わらない。

 人をあんな無惨な方法で殺しておいて笑うだなんて、狂っている。そこまで思って、しかし復讐のためにフレイヤを撃った自分が人のことを言う権利は無いなとスザクは思い直した。

 騎士というものはどこか狂っていないとなれないのかもしれない。

 しかしこの男の本性を知っていて惚れるだなんてルルーシュはどこかおかしいんじゃないだろうかと、今度はルルーシュの方の正気をスザクは疑った。

 

「おい、口に出さなくても聞こえているぞ。いい加減自分が集合無意識の中にいると自覚したらどうだ」

「え?」

 腕の中で身じろぎするルルーシュを見下ろす。ルルーシュはしっかりと目を見開いてじっとりとスザクを睨んでいた。

 腕の力を緩めるとルルーシュはベッドから飛び降りて猫のように伸びをして、よし、と息を吐いた。先ほど強姦されたとは思えない凛とした表情を浮かべている。

「すぐにシュナイゼルが攻めてくるぞ、スザク。早く森に逃げなければならん。近い内にここはブリタニア軍に占領されてしまうだろうからな。ジェレミア」

「は、」

「ナナリーの車いすを押せ。スザク、お前は道案内だ。荷物は……まあ、いいか。そこまで正確に過去を辿る必要もないしな」

 記憶通りに日本刀を床に突き刺したジェレミアは未だすすり泣くナナリーの車いすを押した。

 スザクは吐物やら血液やら、他にも色々なもので酷い有様になった絨毯をそろそろと渡る。

「ほら、さっさと行くぞ」

「う、うん」

 他に選択肢も無く、スザクは駆けだしたルルーシュを追いかける。4人で薄暗い枢木邸を出た。

 外は夜の冷めた臭いがした。鼻の曲がるような異臭は、いつの間にか燃え盛っていた土蔵の放つ炎の臭いに紛れて消えていた。

 

 

 

 記憶通りに森の中へと逃げる。歩き始めてから4時間は経過しただろうか。深い草を踏みしめて只管に歩く。道中の会話は無かった。ナナリーは声を殺して泣いていた。

 慰めるべきだとは思ったが、ルルーシュをレイプしていたのはスザクの実父だ。それに今のナナリーを慰めることはルルーシュしかできないだろう。そのルルーシュは泣き続けるナナリーを気に留めることも無く足を動かしている。ジェレミアも機械的な動作でナナリーの車いすを押すばかりだった。

 

 深い森を抜け、記憶にある見晴らしの良い高台に到着してルルーシュは足を止めた。

 視界いっぱいに街が広がっている。水平線が視界を横切っていたが昏い空と海の境目は酷く曖昧だった。ルルーシュはスザクの手を取って自分の隣に立たせて、その光景を肩を並べて見せた。その光景はスザクの記憶と寸分違わない。

 

 昏い水平線にはぽつぽつと燃え落ちる寸前の線香花火のような灯が幾つか並んでいる。ブリタニアの航空母艦だ。上空には虫のような戦闘機がぶんぶんと飛んでいる。市街地は燃え上がって炎を空に吹いていた。

 悲惨な光景を前にスザクの心は湖面のように静かだった。遮るものの無い高台の上は風が気持ち良いとさえ思った。ただ哀しかった。

「スザク、お前は楽園に行きたいんだったな」

「……うん」

 久しぶりに感じるルルーシュの体温からスザクは手を離した。握った手も握られた手も氷のように冷たかった。

「ここからやり直せるなら、僕はやり直したい。」

「それは無理だ」

「なんで?」

「俺は本物のルルーシュじゃない。お前(集合無意識)の記憶から作り出された、多くの人がそうであろうと想像するルルーシュだ。幾分かの理想や妄想が織り込まれた、つまりは幻想だな。ジェレミアもそうだ」

 ルルーシュの背後でジェレミアが深々と頭を下げた。

 そうだろうなとスザクは思う。本物のルルーシュならば泣き続けるナナリーを放ってスザクに話しかけるなんてありえないだろう。

 父を殺した時のジェレミアは本物のようだったが、あれは枢木ゲンブの記憶が再現したジェレミアだったのではないだろうか。今のジェレミアは強姦された直後であるルルーシュを気遣うことも無くただ直立している。これもまたありえない。

「だから過去をやり直すというお前の望みは叶えられない。俺はただの幻想だから、この世界でいくらお前が頑張ってもルルーシュが救われることはないんだ」

「……もういいよ」

 ゆるゆるとスザクは頭を横に振った。

 

 楽園はどこにもない。スザクはもう気付いていた。

 過去は変えられない。ならば完璧な楽園も存在し得ない。傷はいつまでも残るのだから。

 傷を見て見ぬ振りをして、見た目だけ綺麗な、自分だけが幸せな楽園なんて完璧とは程遠い。

 そこに意味は無い。

 

 ルルーシュ(幻想)は憂いの影を落とした顔のまま項垂れるスザクを見降ろした。

「スザク、気持ちは分かる」

「……ルルーシュには分からないよ。楽園に行きたいだなんて、馬鹿馬鹿しいとしか思わないだろう?」

「分かるさ。俺だってそう望んだことが……あったかな?」

 なんとも締まらない返答に苦笑が滲む。

 それもしょうがないことではある。この幼い12歳の少女はルルーシュではないのだから、本当の本当にルルーシュが何を思っていたのかなんて知りようが無いのだ。

「まあそれはどうでもいい。それでどうするんだ。ここにはお前の望むような楽園は無い。そうと知っていてここに留まるのか。それとも現実に戻るのか」

「君は僕にどうして欲しいの?」

「俺は、お前に好きなようにして欲しいと思う」

 少年の小ぶりな頭をルルーシュは撫でた。馬鹿な弟を慰めるような手つきだった。

「どうして?」

「お前がとても頑張っていることを俺は知っている。今はもう世界中の人が知っている。お前がどれだけ頑張ったのか、どれだけ酷いことをしたのか。その全てを。お前にはきっと自分の運命を自由に決める権利がある」

 ただ、と言葉を繋げる。

「きっと本物の俺は、お前に会いたいと思っている」

「――――僕がいても何の役にも立たないよ。きっと君は、嫌な思いをする」

 散々にルルーシュには酷いことをした。自分のせいでナナリーはいなくなってしまった。

 いや、それだけではない。そもそも自分は誰も救うことはできないのだ。そういう人間なんだ。

 自分がいたらまたルルーシュは何かを失うことになるかもしれない。

 

 顔を覆ってスザクは歯の隙間から嗚咽を零した。

 嗚咽は少しずつ音を大きくする。耐えようと思うも涙腺を襲う哀しみは勢いを増した。まだ12歳のスザクは子供のようにすすり泣いた。

 

 もしこの時に戻れるのなら。幻想などではなく、本当に、何も無かったことにできるのなら。

 まだ誰も殺していない、ただの純粋な子供だったころに戻れたならば。

 この高台から飛び降りて死んでしまいたい。

 無垢な子供のまま死にたい。

 

「僕は、何もできなくて、誰一人助けられなくて、何も気づかなかった……っ」

「―――いいんだよ、そんなことは」

 

 ルルーシュの表情は奇妙な程に柔らかかった。見たことの無い顔だ。何か眩しいものを見るような目つきをしていた。

 いつの間にかスザクの体は18歳のものへと変わっていた。鍛えられた手足は引き絞られ、顔立ちも精悍なものへと成長している。

 地面に蹲る自分より遙かに大きな青年を少女のルルーシュは抱きしめてあやすように背中を撫でた。小さな肩が涙で濡れた。

 

「本物の俺は集合無意識の中にはいない。でもお前や、カレン、シャーリー、ミレイ、リヴァル、クロヴィス、シュナイゼル、それにユフィ……俺は、俺を知る全ての人が作り出した、俺にとても近い存在だ。だから俺なら、お前に何を言うのか、俺には分かる」

 酷く温かい。手は冷たいのに。そうだ。ルルーシュの手はいつも冷たかった。

 そんなことも忘れていた。友達なのに。

 自分のことで手いっぱいだったのだ。ユフィを愛していた。その復讐のことしか考えていなかった。

 復讐を終えた後は、自分の罪を背負うことばかりだった。生きる希望なんてどこにも無かった。

 

「それじゃあスザクはどうして生きていたんだい?」

 聞きようによっては酷薄な質問が背後から飛んできた。しかし透明な声色は責める色合いを含んでいなかった。

 振り向かなくても分かる。シュナイゼルの声だ。

「どうして」

「君は生きる希望を無くしたと言った。主君を亡くした。沢山の人を殺した。友達も失った。ではどうしてまだ生きているんだい?私の頼み通りにナイトオブラウンズになって、働いて。自殺しようと思えば幾らでも機会はあった。

 君がまだ生きていてくれていることにはきっと意味がある筈なんだ」

「僕は、」

 意味。意味とはなんだ。

 

 何もできない。人を傷つけることしかできない。

 指先がかたかたと震えた。自分が生きていて誰かが救われることは一度としてあっただろうか。

 自分に意味のある瞬間が、一度でも。

 否、一度として。涙が洪水のように溢れた。自分は意味のある存在ではなかった。

 

 それなのにどうしてまだ生きているんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この人殺し!」

 聞いたことの無い声が爆発した。一度も直接遭ったことの無い人だ。しかしそれが、フレイヤに巻き込まれたギアス嚮団による人体実験の被害者だと集合無意識が無言でスザクに教えた。

 その人物だけではない。幾人もの人々が声高に叫ぶ。ブリタニアが日本に攻め込む鬨の声に入り交じりって砲弾のようにスザクを襲った。その度にスザクは体を震わせて縮こまった。18歳の青年は嬰児のように小さく、小さく、体を丸めた。

 

 

 

 

「――――お前のせいで俺は死んだんだ!」

 

「日本を取り返したいって言うならどうして黒の騎士団に敵対したのよ」

 

「私の子供を返してよ!」「本当は人を殺したかっただけのくせにっ」

「この同族殺し!!!」

「死ね!!!」「あいつが死ねばいいのに、どうして、お兄ちゃんがっ」

「これだけ殺してまだ足りないのか!!」

「どっかいってよ!近寄らないで!!」

「スザク」

「気持ち悪い」

「誰がお前なんかを必要とするものか」

「枢木はナンバーズの惨状を知らないんだ。だからあんな風に人を殺せる……」

「人非人だあいつは」

「本当は日本なんてどうでもいいのよ」「同族殺しのイレブン風情が」

「ユーフェミア様に媚びを売って………」

「売国奴が!!貴様のせいで、娘も、妻も、弾けてし、死んでしまった、死んで、うぅ、くそ、くそ」

「フレイヤで大量虐殺してさぞ楽しかったんだろうなぁ」「弱者ばかり殺しやがって」

「痛い、痛い、痛いよう、助けて、」

「ユーフェミアの次はルルーシュの騎士になって食いつぶすつもりなんだろう」

「あんな奴死ねばいいのに」

「一番嫌いな奴だ。優柔不断で、誰も救ってくれない」

「あああああ痛い、痛いぃぃぃぃぃいいいいいいい!!」

 

「スザク」

 

「赤い血が流れてないんだ。化け物だあいつは」

「人殺ししか能の無い男め」「お父さぁん、お父さぁああああん」

「E.U.でも日本でもブリタニアでも南極でも大量に人を殺して、どうしてそんな面で生きていられるんだ?」

「俺はブリタニアの貴族だぞ。なのに殺されるとは、どうして」「痛い、フレイヤが、眩しい、怖い、」

「私の弟は兵士でした。枢木スザクに殺されました」

「俺は両足を千切られたんだ。ランスロットに踏み潰されて」

「お母さんを返してよ!あたしのお母さん!!」「お願いします、子供だけは助けて下さい、子供だけは、」

「この悪魔め!!お前なんかが生まれて来なければ俺は死なずに済んだというのに!!」

「父親の顔に泥を塗って恥ずかしくは無いのかねえ」「人間の屑の見本みたいな奴だ」

「お前に殺された人間は数万人に上るが、救った人間の数は片手で数えられる程度しかいないぞ」

「妹だけはどうか……頼む、助けてくれ、妹だけは!!」

「ユーフェミアも救えなかった、誰も助けられなかった、生きてる価値があるとでも思っているのか?」

「助けてよ、いつか日本を取り戻すより今みんなを助けてよ!!」

「よくも裏切ったなぁああ!!」

「お前に味方なんているものか」

 

「苦しめ、苦しんで死んでしまえ!楽に死ねると思うなよ!」

 

「お前が生まれてさえいなければ―――――」

 

「スザク」

 

 

 

 

 

「スザク」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 柔らかい指がスザクの髪に埋まって撫でる。

 よしよし、とルルーシュはスザクの頬に流れる涙を冷たい指で拭った。恐る恐る見上げるとルルーシュは微笑んでいる。しかたないなぁと言わんばかりの、甘やかな顔で。

 6年前と同じように。何も変わらず。

 

「気にするな、友達だろう」

 

 心臓の奥が痛んだ。生まれた感情は歓喜ではなかった。ただふと気づいた。

理屈ではない。生きる意味と呼ばれるものがあるとすれば、それはここにあった。ずっと前からここにあったのだ。

 ―――どうして忘れていたんだろう。

 くしゃりと顔を歪ませてスザクはゆっくりとその言葉を噛みしめた。苦い味がした。小さい背中を掻き抱いた。

「そうか。そうだった。そうだったんだね」

 

 そうだ。自分はそのために。

 日本のためでも、弱者のためでもなくて。

 ましてやルルーシュのためでもなくて。ユフィのためでさえなくて。

 完璧な楽園のためだなんて、そんな、必ずいつか崩れ去るようなもののためでもなく。

 

 今この時のような、生きていたら時折訪れる、生きていてよかったと思える、その一瞬のために。

 人生の長さからしてみれば儚い程に短い欠片のためだけに。

 

 使命や運命、優越感、劣等感、罪悪感、無力感、他者との完璧な相互理解。それは誰かに決められたものだ。そのためだけに生きることのなんて虚しいことか。

 

 スザクは幼いルルーシュの肩に顔を埋めた。驚くほどに小さい体躯をしている。

この小さい体に一体どれだけの熱情が詰まっているのかと思うと、自分の腕の中に納まってしまうことが奇跡のように思われた。

 大きな体に抱きしめられてルルーシュは背筋をびくりと震わせたが、おずおずと手をスザクの背中に回して何度も撫でる。肋骨を一本一本なぞるような不器用な手つきだった。しかし心地よい。指先は冷たいのに温かい。

「僕はそのために戦っていたんだね」

 

 

 

 子供の頃だってこんなに泣いたことは無かった。ユフィが死んでしまった時はあまりに悲しみが大きすぎて泣く余裕すらなかった。

 止めどなく涙を零し続けるスザクの頬をルルーシュは微苦笑を交えながら懸命に拭い続ける。

 

 しかし指先の柔い感触は突如としてスザクから引き剥がされた。

 温い体温が突然没収されて、驚いたスザクが見上げると、最高に不機嫌な顔をしたジェレミアがルルーシュを子猫のように摘まみ上げていた。

 口の両端を引き結んでじっとりとした目つきでスザクを見下ろしている。激しいまでの怒りではないが、気に食わないという感情を全身で体現していた。

 心地よい子供の体温から引き剥がされたことが不満でない訳では無い。出来得ることなら暫くはああして甘えていたかった。

 しかし自分が想像するジェレミアならばルルーシュと同じ年頃の男がべったりと引っ付いている状況は不快極まりないだろうとも思うため、下手に非難も出来ない。

 むしろジェレミアの思慕の熱量を考えると父と同じように解体されなかっただけマシと思うべきか。

「スザク、決まった?」

 とはいえスザクからしてみればルルーシュは親友であり、それ以上でも以下でも無い。

 愛する女性は他にいた。自分が持つ全ての愛を差し出した女性の声に振り返る。

 

 シュナイゼルと並んでユーフェミアが待っていた。二人共薄暗い森の中で光源のように輝く柔らかい笑みを浮かべている。並ぶと顔のパーツがどことなく似ているように見えた。異母とはいえやはり兄妹と言うべきか。

 だがスザクの目にはユーフェミアしか映っていなかった。見慣れた淡いピンク色のドレスを着たユーフェミアは瞳を涙で潤ませていた。

 綺麗だと思う。ユーフェミアは世界で一番綺麗な女の子だ。

「うん。決まったよ」

 足をユーフェミアの方へと向ける。額が擦れ合うまでの距離まで近寄ると、ああ、そうだと思い出す。

 

 ユフィはいつも良い匂いがした。身長は自分の目のあたりの高さで、瞳は菫の色をしていた。星が鏤められたような瞳は今は自分だけを映している。自分の瞳も今はユーフェミアしか映していない。

 幸せだ。生きてきて良かった。

 体を少しだけ屈めてキスをした。背中に腕を回して、深く。

 

 暫くしてからゆっくりと体を離す。体温が腕に残っていた。

 この温度のことをきっと死ぬまで忘れない。

 

「僕は現実に戻る。そして戦う」

「そう。そうね」

 うん、とユーフェミアは深く頷いた。はたはたと涙を零す。

 進み出たシュナイゼルが泣き出したユーフェミアを宥めるように肩を摩った。ぽんぽんと細い背中を叩きながらスザクへと顔を向ける。

「スザク、頼みがあるんだ」

「何でしょう」

「現実に戻ったら私にギアスキャンセラーをかけるようジェレミア卿に伝えて欲しいんだ。難しいのは分かっているけれど……」

「それは、シュナイゼル殿下を集合無意識から抜け出させるために?」

「ああ。一応の備えとして準備していた策がある」

 とはいえ、と秀麗な顔にシュナイゼルは影を落とした。

「成功するかどうかは賭けになる。成功率はそう高くは無い……しかし、」

「僕たちはシャルルの完全な後手に回っています。殿下の策と言うのであればやってみる価値はあるかと」

「そうだ。このままだと全人類は集合無意識として統一される。まだ私達には自己の意識が残っているが、完全に他者と融解してしまうとどうなるのか想像もつかない」

 

 ふとスザクは一人車いすに座るナナリーに目をやった。完全に他者と融解して一つになるという人間には想像もできない状況を望み、強大なギアスを揮って実行してしまった少女。

 ナナリーは顔を掌で覆って何も目に映らないようにと顔を俯かせていた。視界に映る全てを怖がっているように見えた。目の見えなかった頃に戻りたいと訴えてさえいるようだった。

 何をあんなに恐れているのだろうか。ルルーシュはナナリーを何もかもから全力で護っていた。それは全てナナリーの幸せのためだった。

 ナナリーのことをルルーシュは本当に心から愛していたのに。

 

 いや、だからか。

 ルルーシュの愛は深く、重過ぎる。自分の姉が自分のために純潔を売っていたという事実は15歳程度の少女には重すぎる現実だった。

 そしてきっと他にもルルーシュはナナリーのために自分の身を削っていたに違いないのだ。スザクが知るだけでも、ブリタニアが日本に攻めて来た時にルルーシュは自分の食事をナナリーに譲り、寝床も一番温かい場所をナナリーのために使っていた。

 ルルーシュがナナリーのために流した血と涙の量は如何程だったのか。

 集合無意識にルルーシュが来れば否が応でもナナリーはその事実を突きつけられることになる。

 

 突発的な哀れみが込み上げた。ナナリーの行いが正しかったとは思えない。

 ただナナリーはあまりに幼く、真実と愛が重過ぎた。

「ナナリー」

 声をかけてもナナリーの答えは無い。憐れみを誘う儚い有様に気遣う言葉を重ねようとしたが、その言葉を遮るように未だ瞳を潤ませたままのユーフェミアがナナリーに近寄り、俯いたままの頭を撫でながら静かに首を振った。

「スザク、あなたが助けないといけない人はナナリーじゃない筈よ」

「でも、」

「自分の行動には責任を取らないといけないのよ。あなたも、ナナリーも。知らなかったじゃ済まない事なの。それがちゃんと生きるってことなのよ」

 はっとするような鋭い目つきにスザクはナナリーから目を逸らした。

 ユーフェミアの言は正しい。

 集合無意識を作り出したのはナナリーだ。これからナナリーがどうその責任を取るのかはナナリーが考えなくてはならない事だ。

 スザクやルルーシュが肩代わりできることではない。

「うん……じゃあね、ナナリー。元気で」

 アッシュブロンドの長い髪のカーテンの向こうに声をかける。反応は無く、スザクも期待していなかった。

 

 その場に揃っている人たちを見回す。ユフィ、シュナイゼル、ルルーシュ、ジェレミア。そして姿は見えないが無数の人々がそこにいる。

 彼ら全員を自分は背負って行く。世界中に響き渡るような高らかな声でユーフェミアは宣言した。

「大丈夫、スザクなら、私の騎士ならきっと勝てます!」

「勿論」

 ユーフェミアから送られた騎士章を握り締めて、ナイトオブラウンズのマントを翻す。

 負ける気がしない。ユフィがいる。シュナイゼルもルルーシュもいる。カレンも、ジェレミアも。ミレイも、ロイドも、シャーリーも、リヴァルも、これまで自分が殺した全ての人々も。全く無関係の全ての人々でさえ。

 今この場所にいる。

「必ずや勝利を、ユフィ、君に」

 

 

 

 足元が崩れ去る。世界が崩落して真白に変貌する。

 幻想のルルーシュも、ジェレミアもいなくなる。シュナイゼルも、ユーフェミアも、まるで最初からいなかったかのように掻き消える。

 ナナリーも顔を掌で覆ったまま色彩の奔流の中に姿を消した。

 しかし本当は居なくなったのではないと鳴り響く鼓動が訴えていた。彼らはスザクの中に戻ったのだ。体を構成する全ての細胞に無数の意識が宿っていた。

 全てが消滅した白一色の世界の中で、スザクだけが鮮明な姿を保っていた。

 声高にスザクは崩落する世界へ訴える。

 

「行きましょう皆さん、ルルーシュの所へ。Cの世界へ!」

 

 悲喜こもごも、賛否両論の声が体中から噴き上がる。

 副生徒会長のルルーシュ。ルルーシュ皇帝。ゼロ。ルルーシュ・ランペルージ。

 その存在をスザクは知っていた。つまり、集合無意識はその存在を知った。

 

 スザクの中で無数の人々は入り乱れ、腕を組みながら笑い合い、泣き叫び、恐怖に戦き、歓喜に沸いた。スザクに向けられた嫌悪と憎悪の声よりも巨大な憤怒がうねりあがり、同時に賛美の合唱が響き渡った。

 肌の色も瞳の色も性別も国籍もそこには無く、ただ彼らの口からは一人の名前が繰り返し叫ばれた。

 

 ルルーシュ、ルルーシュ、ゼロ、ゼロ!

 我らがゼロ!我らが皇帝!我らがルルーシュ皇帝!

 オールハイルルルーシュ!オールハイルゼロ!!

 我らの最も憎らしく悍ましく愛おしい唯一皇帝!

 あの彼方にルルーシュ様がいらっしゃる!我らが皇帝がいらっしゃる!

 

 集団は声を上げながら、込み合い、押し合い、あるいは躓き、また転び、それでも表情を曇らせる者はいなかった。かえって喜色さえ浮かべていた。自らの手で運命を拓くことができるからだ。

 ああ、そうだ。人間は命令されるがままではいられないのだ。それが愚かであったとしても、自分の意志で行動せずにはいられないのだ。

 彼らを阻めるものなどあるわけが無い。彼らは人類だ。彼らこそが集合無意識、彼らこそが神だ。

 スザクは理解した。ナナリーは間違っていた。たとえギアスであろうとも、世界が一つになんてなれる筈が無い。

 自分自身を手放せる程に、人の意志は弱くは無い。

 

 

 だからこの世に楽園は存在しない。

 戦いが終わることは無い。

 人が歩みを止めることも無い。

 まだ終わる訳には、ゆかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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