楽園爆破の犯人たちへ 求   作:XP-79

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0. ゼロの再誕

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――そしてゼロレクイエムを成し遂げた俺は悪逆皇帝として死んだ。全ての罪科と過去を背負って、スザクに未来を押し付けてな。そして死んだ後、今から12年前に俺は集合無意識によってこの世界のアリエス宮に飛ばされたんだよ。覚えているか?よく昔隠れて泣いていた場所だ」

 

 ロロの問いかけにルルーシュはしぶしぶながら頷いた。もう12年も前のことだが思い当たる場所があった。あまり思い出したくない、情けない過去が脳裏に過った。

 華やかな庭園の奥まった茂みの中。人通りが無く、警備の薄いその場所は一人になりたい時には最適の隠れ場所だった。

 湿った土と草の苦い臭いが混じった狭い空間は快適とは言えなかったが、嘲笑混じりの視線や刺々しい嫌味は無く、幼い自分を安心毛布のように優しく静かに包んでくれた。貴族に嫌がらせを受ける度に幼い自分はあの場所に逃げ込んでいた。

 当時を思い返すと、どうして貴族共のみみっちい嫌がらせをあんなにも辛く感じていたのか理解できずに首を捻る。鼻で笑えば済むような小さい事があの頃の自分にとっては世界中で一番の重要事だった。成長すると幼い頃の自分はほとんど他人のようになって理解さえ困難になる。

 

 目の前のロロにしたって自分自身とも言えるルルーシュの成長を目の当たりにしながら、彼女の思考はとても理解できないとこの12年間何度も首を傾げただろう。そんなものだ。人間を理解するのは全くもって不可能なことだ。それが自分自身であれ、他人であれ、そう変わりは無い。

 

 しかしそれにしてもジェレミアと初めて出会った切っ掛けがこの男だったとは………唇の両端をルルーシュは真下に引き下ろした。

 出会いの切欠を与えてくれた礼を言うべきなのかもしれない。しかしこの男に向けて礼を口にするのは癪でしょうが無かった。鉛を口に突っ込まれたような気分だ。全てを知った今でもロロという人間がどうにも気に食わなくてしょうがない。同族嫌悪だと分かっていても、この男の無暗矢鱈に自信満々で自意識過剰な無駄に美しい顔を見ていると張り倒したくなる。

 そして何より礼を言うとなれば、ジェレミアとの出会いが不審者と勘違いされて毛根から引っこ抜けるほどに髪を掴まれた事から始まったことまで喋らなくてはならないのだ。かなり情けない出会い方だったという自覚はある。出来れば口にしたくはない。

 数秒間悩み、ルルーシュはロロによる自分の人生の大きな変換点を記憶の彼方に追いやることに決めた。わざわざ自身の過去を教えてやるような義理も理由も無いのだから。

 

 ルルーシュの思案に気付く様子もなくロロは当時を思い返しながらぽつぽつと喋り続けた。

「最初は何が起こったのか全く分からなくてな。慌てたよ。アリエス宮だということはすぐに分かったが、まるでマリアンヌが生きていた頃のように庭の手入れはされているし、警備兵は居るしで。もしや過去に飛んだのか、もしくは異世界かと慌てて市井に下りて情報収集に努めたんだ。それからは俺の世界とこの世界の違いを調べたり、お前を観察したり、ギアスとコードについて情報を集めたり……基本的には何もしていない。あくまで傍観者としての12年間だった」

「……この世界で再び自分の人生を生きようとは思わなかったのか?」

「俺の居場所は俺の世界以外には無いと分かっていたからな。それに色々と疲れていたんだよ」

 ゆっくり過ごしたかったんだと言ってロロは微笑を滲ませた。

 

 ロロの18年という期間に圧縮された人生は、聞いているだけでも情報が膨大過ぎて頭を痛くする程に苛烈なものだった。当人にとっては更にだろう。暫く休みたいと思ってもそうおかしくは無い。

 しかしこれまで見たロロの表情の中で今の微笑が最も生き生きとしていた。それもそうだろうと思う。

 戦わなくてはルルーシュはルルーシュ足り得ないのだ。平穏な日常を心から求めながらも、今日を毎日繰り返す無為な日々には耐えられないのがルルーシュという生き物だ。12年というあまりに長い休暇にロロは飽き飽きしていたのだろう。呼吸の合間に深々とした溜息が淡色の唇から零れていた。

「それにしてもこの12年間で色々あった。この世界だけじゃないぞ。集合無意識にあっちの世界こっちの世界と飛ばされてな。俺が何故かC.C.の家庭教師をしていたり、ジュリアスという名前でブリタニアの軍師になったり、サーヴァン●オブスローンズに呼ばれ、グラフィティ●マッシュに呼ばれ、ついこの前には黒猫が喋る世界に呼ばれ、ガン●ムだのエヴァン●リオンだのがいる世界に飛んだりもした。ZEXISの面々とも……ナナリーがKMFを乗り回す世界もあったがあれはとても見ていられなかった。危険過ぎるだろう。あの世界の俺は全く不甲斐ない……」

「……俺はそんなに沢山いるのか」

「数えられない程にな。少なくとも何千何万と存在する」

 深刻そうな顔をしたロロの言葉に頭の中でアッシュフォード学園の制服を着たり、皇帝服を着たり、ゼロの衣装を着たりした大量の自分がわっさわっさと虫のように集まっている光景が浮かび上がってしまい思わず眉根を顰めた。

 顔の美醜はともかく、同じ顔が大量に存在するというのは気持ち悪い。それも自分の顔だ。想像するだけで鳥肌が立つ。

 

 肌を撫で摩るルルーシュにも気づかずロロはこの12年間を思い出しながら唇を滑らかに動かす。

 この12年間で何万という自分自身と遭遇し、言いたいことを募らせながらも誰にも吐き出す事ができなかったのだろう。目の前のルルーシュは恰好の愚痴の吐き出し相手であるに違いなかった。固く握りしめられた拳には血管が浮いていた。

「というか何で俺とスザクが、その、そういった関係になる世界が多いんだ。多過ぎるだろう。『あれ?実は俺は自分でも気が付かない内にスザクと付き合っていたのか?』とこっちの記憶が修正されかねない勢いだぞ。俺は断固として言いたい。確かにあいつは俺の掛け替えのない友人であり騎士であったけれども、それ以上でもそれ以下でも無いと。無論ジェレミアともジノともシュナイゼルともそういう関係を持った事実は一切無い。というか、そもそも俺は、ゲイじゃない!!!」

「………それはその世界のルルーシュのことであって、お前自身では無いのだから別にどうでもいいだろう」

「そうだ。その通りだよ。それはそういう世界だと言われたら納得するしかないのは分かっている。しかし考えてもみろ。集合無意識に連れられて違う世界を覗いたら、自分と全く同じ顔をした男が同性の友人とべったべった触り合いながらデートしていた挙句に夜には自分から素っ裸になり上に跨って何時間も―――」

「自分の情事を詳らかに説明するな。気持ち悪い」

「―――を垣間見てしまった俺の気持ちが分かるか?未だにそういう自分と遭遇するともうどんな反応をしたらいいのやら全く分からん。はっきり言ってしまうとお前とジェレミアに対しても俺は凄まじく微妙な気持ちになるんだよ。俺にはゲイへの差別偏見は無いが別世界の自分自身となると話は別だ。元の世界に戻った後にスザクやジェレミアをどんな目で見れば良いんだ俺は。気まずくてしょうがない!」

「知るか童貞。あと俺がジェレミアと付き合ってもセッ●スしても別にゲイにはならんだろう。少々歳は離れているが至ってノーマルだ」

「それは、いや……ど、どう、お、女がそんなことを言うな!」

 顔を真っ赤にして猫が威嚇するように歯を剥き出しにするロロにああ、これは、と察してルルーシュは口を閉じた。

 

 いい歳をして未だ童貞を守っている男へ嘲りが沸き起こることは無かった。何せロロと自分との間には性別以上に大きな差異は見受けられず、自分が男のままだったらこの男のように純潔を貫いていただろうという仮定は想像に難くなかった。ただ女である自分の純潔は奪われたと言うのに男の自分は清らかなままなのかと思うと、羨ましさと哀れみが等分に混じった感情が込みあがってなんとも形容し難い複雑な心境に追いやられる。

 ………それにしてもカレンやシャーリー、C.C.だってロロの世界にも居ただろうに何とも不甲斐ない。

 

 憐れみの籠ったルルーシュの視線から赤い顔を隠すようにロロは紫眼を無理やりに集合無意識に向けた。苛立たし気に唇を真一文字に引き結ぶ。腕を組んで自身の尊大さを強調するように背筋を反り返らせた姿は確かに凛としているものの、赤い頬が全てを台無しにしていた。

 こんな初心な青年が全世界の罪を被って悪逆皇帝として死んだなどとはとても信じられない。だが自分もゼロや皇帝としての顔とは別に、脆い精神を剥き出しにした顔を持っている。今はしまっているだけでロロも悪逆皇帝としての顔を確かに持っているに違いなく、その性格からするとむしろこうして自分自身を露わに話す事の方が例外なのだと察せられた。

 近くこの世界を離れることが決まっており、尚且つ話す相手が自分自身であるがためにロロは年相応の顔を見せているのかもしれない。その顔は自分と同じか、さらに脆い。四六時中意地と強がりで生きている張り詰めた生き物であるように思えてならない。

 少なくとも自分がロロの立場にあれば、ゼロレクイエムなどと言う前向きな自殺行為はしないだろう。C.C.に自分の恰好をさせて身代わりをさせるなり、病死したという偽装を行うなり、違う手段を取ってなんとしても生き延びようとする筈だ。

 

 自分とロロの違いはどこから始まったのか。ロロの話を聞き、その原因として一番に思い当たったのはジェレミアの存在だった。あのルルーシュの存在全肯定男がロロの傍には居なかったのだ。

 この男にはナナリーを護るという信念以外に何も存在を肯定するものは無かった。

 もし自分もそうなっていたらと思うと背筋が冷える。12年間何もかもを振り捨てて尽くした騎士が居ないとなると、実の父に叩きつけられた死んでおるという言葉を誰も否定してはくれなかった。あまつさえこの男は神根島で、全くもって自業自得とは言え、スザクに自己の存在を根本から否定されていた。

 このルルーシュを護る者は何も居らず、生きていると自分に嘘をついて、ナナリーに否定され、その果てに自己存在への自己満足のために死に果てたのだ。そしてその生き様にこの男は十分満足しているようだった。世界の創造のために一度死に、漸くロロは自分の存在を肯定できるようになったのかもしれない。

 何故そこまでしなければ気が済まなかったのか。それはジェレミアが居たルルーシュには到底理解できないことだった。

 この男と自分との一番の違いは自身の存在理由への確信なのかもしれない。

 

 集合無意識に視線を向けたままロロは当然と言わんばかりに口を開いた。

「まあいい。俺は俺のことを話した。次はお前の番だ」

「―――俺の人生はもう知っているだろう。傍観者として俺の人生を見ていたんじゃないのか?」

「本人の口から聞くのはまた違う側面の発見に繋がる。あくまで俺は自分の眼で見たことしか知らないからな。俺が見逃した、お前しか知らない人生の一面もあるだろう」

 

 ロロは赤裸々に自分の人生を話した。その人生譚から学ぶところが無かったとは言えない。むしろ、認めるのは癪だが学ぶ事は多かった。

 思考回路や行動原理。そういったその人の芯となる部分は本人の口から聞かなければ理解できないだろう。ロロはつまり、自分が話したようにルルーシュにもそれを話せと言っている。

「俺が話してお前が話さないというのも道理に合わない。それにまだまだ時間はありそうだ」

 ロロにつられて見上げるとまだ多くの意識が自分の道を決めかねていた。当初からまだ半分程度にしか減っていない。

 

 自分の人生を他人へ赤裸々に話すなど真っ平御免だ。人生の過半数を共に過ごしたジェレミアにでさえ、これまでの人生における全ての内心を吐露するなど出来そうにもない。話すとしても自分にとって都合の悪い部分を改竄し、嘘を交えて淡々と喋ってしまうだろう。誰にも言いたくない、自分の胸の内にだけ仕舞っておきたい物事というのは誰にだってある。

 だがロロに対して自分の人生を赤裸々に話すと考えても不思議に抵抗を感じなかった。

 それはロロが自分自身であるというだけではなく、近い内にロロはこの世界からいなくなるという確信があってのことだった。

 二度と会うことが無いのならばそれは自分にとっては死ぬのと同意だ。ロロに向かって喋るのは明日死刑になる死刑囚に向かって独白するのとそう変わりは無いように思えた。

 

 ロロの隣に座り込み、ぼんやりと自分の人生を振り返る。18年という長くも無い人生だが密度はロロに負けず劣らず濃い。全て話すとなると丸一日でも足りないだろう。

 適当にかいつまんで話すとして、まず一体どこから話せば良いのだろうか。すっかりと話す気分になって首を捻る。ジェレミアと出会った12年前からが妥当か。こいつの話から繋げることもできる。

 いや、ジェレミアとの出会いの切っ掛けがこいつだったなんて教えたくは無い。却下だ。

 では日本に捨てられた時から?

 それはあまりに略し過ぎだ。ジェレミアと出会ったことで自分の運命は大きく変わった。少しぐらい前日譚を話すべきだろう。

 ならばジェレミアと出会った直後からはどうだろうか。

 それも駄目だ。話が長くなりすぎる。そもそも昔の事過ぎて細部は自分でもよく覚えていない。

 

 ぐるぐると考えるも、ロロからは好奇心も露わな視線が向けられていて居心地が悪い。

しかしこうして他人に自分のことを赤裸々に話すのは初めてで、肌を焼くような羞恥心と妙な高揚感が全身を覆っていて変な気分だった。それは不安感とは全く別の感情だった。

「なんだか、少し恥ずかしいな」

「何が」

「他人に自分の人生を知られてしまうのは。でも不思議なことに、恥ずかしいと思う反面、俺が何を思い、どういう行動を取って来たのか知って欲しい気もする―――妙な気分だ」

「……やはりお前は俺なんだな。まさかここまで似ているとは」

 口の端で困ったように笑ってロロは肩を竦めた。普段の嫌味な仕草ではなく純粋に感嘆しているような声だった。

「どういうことだ」

「何でもない。ただ俺も同じような事を思ったことがあるというだけだ。それで、話してくれるのか?」

 爛々とした自分と同じ色の瞳が眩しい。本当に無駄に容姿が整っている。性格は自分勝手極まりなく性悪の一言に尽きると言うのに、この男の容姿は内面を裏切るように美しい。内面と外面が両極端になるのはマリアンヌからの遺伝だろうか。容姿もマリアンヌにそっくりであることだし。

 そこまで思ってルルーシュは息を吐きだした。止めよう。この男を幾ら罵倒しようとも全て自分に跳ね返ってくる。

 思考を自分の人生譚に移し、顎に手をやって話の切り口を探す。

 

 自分の人生を話すのならば、あの時からだろう。あの時から自分とロロは決定的に運命を違えた。あの日から自分は戦いに身を置くことが決定付けられたのだ。そしてあの日からずっと、自分は走り続けている。

 今思うとあの日は安寧との決別の日だったのだ。

 あの日、ジェレミアはいつものようにアリエス宮にやってきた。

 忠義の騎士。理解不能な思考回路。自己の利益を考えない大馬鹿野郎。

 

 前を見ると神はぐるぐると螺旋状に渦巻きながら、多くの動物や、虫や、魚や、鳥を見ては、じっと眼を凝らしていた。沢山の眼球はこちらを見ているようで、見ていないような、他人行儀な穏やかさに溢れていた。

 

 隣に座るロロがこちらを見て静かに促す。先に人生を、罪を告白した爽快感はその顔に見当たらなかった。

 ルルーシュはロロに何と言っていいのか分からなかった。何か言葉をかけるべきだったのだろうけれど、言葉のかけようも無かった。言葉をかけられることをロロも望んでいないように思えた。

 

 しかしルルーシュにはロロは誰よりも潔く、度し難い程の馬鹿であり、愛を知らない憐れな男のように思えた。憐れまれることはロロが最も嫌うところであることを誰よりも知っていながら、そう思わずにはいられなかった。

 少なくとも自分は愛を知っている。その点において、自分は彼よりもずっと恵まれていた。

 ルルーシュはロロから目を逸らし、神へ、集合無意識へ―――ナナリーへ眼を向けたまま自分の話を始めた。

 

「――――あのな、馬鹿な騎士がいたんだ。俺は9歳だった。そいつは初任務の前日にアリエス宮にやって来た。俺はその時、小型のKMFを空に飛ばして遊んでいた――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 浮上する感覚に任せて意識を自由に飛ばす。気付いた時にはルルーシュは自らの肉体の内にいた。

 肉体とは非常に重く、狭苦しいものだとルルーシュは初めて知った。長い間宇宙で活動をしていた宇宙飛行士が地球に戻った時はこんな感触なのではなかろうか。

 生物は肉体の内側に閉じ込められているというだけで既に苦行を強いられているのではなかろうかと思う。だが悪い感覚ではなかった。自分の意識はすぐに自分の体に浸透し、肉の檻の中にみっちりと詰まった。

 愉快な感覚ではないもののやはり体がある方が良い。どうしてその方が良いのかは言葉にし辛いが、より生きているという実感があった。体を受け止めているマットレスの感触が心地よい。

 このまま眠ってしまいたいという誘惑が足を引っ張るも皇帝という立場である以上呑気に寝こけていられる状況ではない。

 地球上に存在する全ての意識が肉体から離れ、そして戻ったのだ。現実世界が大混乱の最中にあることは必至だ。

 

 酷く重い瞼をこじ開ける。眩しくて何度も瞬きを繰り返す。

 光に慣れた網膜は天井の明かりを背景に、見知った顔の騎士2人が心配そうな顔でこちらを覗き込んでいる光景を脳に送った。ジェレミアとカレンだ。

 ぱちりと目を開くと2人の顔は目に見えて明るくなって同時に安堵の息を吐いた。この2人、なんだか最近似てきているような気がする。2人が揃っていると犬が2匹……シェパードと柴犬がセットになって並んでいるような愛らしさがある。

 ジェレミアとカレンは共に目尻に涙を溜めてふるふると震えていた。思わず笑いが口から噴き出た。

「ジェレミア、カレン。なんて顔をしているんだ」

「あんたが帰って来るの遅いからよ」

「全くです。どれだけ心配したことか」

 本気で心配していたのだろう。2人とも握り締めていた拳の指先が白い。ぽんぽんと2人の頭を宥めるように撫でると揃って息を吐いた。

 

 目を擦りながら起き上がる。恰好は皇帝服のままだが、場所は執務室ではなく自分の寝室のベッドの上に移動していた。先に目を覚ましたジェレミアかカレンがここに連れて来たのだろう。

 ベッドヘッドの置時計を見ると、執務室で仕事をしていた時から4時間が経過していた。ロロと調子に乗って長話をし過ぎたかもしれない。

 体を横にずらしてベッドに横座りになり、部屋を見回す。部屋にはC.C.とロイド、セシル、咲世子が待機していた。外見上異常は見当たらず、顔色も悪くない。

「無事に帰ってきたようだなルルーシュ」

「お前も。C.C.、コードは」

 C.C.は無言で髪を掻き分けて額を見せた。

 何もない。真っ白い額を覆うように翠の髪が靡いている。

「見ての通り、完全にナナリーに奪われた。お前のコードもそうだろう」

「………そのようだな」

 C.C.のようにコードの扱いに習熟している訳ではないが、コードが体の内にある感覚はまだ覚えている。そしてその感覚は既に跡形もなく無くなっていた。喉元に手をやるが赤い光が零れているようには見えない。

「コードだけではないぞ。報告されている限りでもまだ意識が戻ってきていない人間は数千万と存在する。お前が帰ってきたと言うことは……もうこれ以上戻ってくる意識も無いのだろうな。随分と持って行ってしまったよ、あの女は」

「――――それだけ貢ぐ価値がある女だったんだよ」

 肩を竦めたC.C.の表情は口調を裏切るように明るかった。晴れ晴れとした外見年齢相応の笑みだった。

 慰労の意味を込めて頭を撫でると鼻でふふんと笑う。この相手を小馬鹿にするような仕草が照れの一種であることはもう分かっていた。

「ナナリーはいい女だったと思うか?」

「最上級に。少なくとも、俺にとっては」

「そうか………お前の価値はこれから全世界から測られる。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。もう逃げられんぞ。お前の義務も責任も、もうお前のものだ。覚悟はあるのかな?」

「――――ゼロだった事どころか女である事も世界中にバレたんだな。俺はルルーシュ・ランペルージにはもう戻れない……そうか。俺、いや……私は皇帝か。そうだな」

 

 C.C.の言が正しいのならば、数千万という人間がたったの4時間でこの世を去ったことになる。前代未聞の犠牲者数だ。

 さらにナナリーのギアスが発現した時に運悪く車を運転していた者、飛行機に乗っていた者、プールや海で泳いでいた者、高所で作業をしていた者―――全て合わせれば億単位の人間がこの短時間で死んだと考えて間違いは無い。あまりに甚大過ぎる人的被害に目が眩む。

 

 爪痕は大きい。唇を噛む。ナナリーは自分の責任を果たすために楽園を探しに行った。

 この世界で最も強大な国の皇帝として、ナナリーの兄として、自分の責任はどこにあるのか。

 一度大きく目を瞑りルルーシュは立ち上がった。声を張り上げる。部屋は一気に騒がしくなった。

「カレン、皇宮に非常災害対策本部を打ち立てろ。各部署の責任者にすぐに連絡を。各州に軍隊を災害派遣のために送る準備をしておけ」

「い、イエス、ユアマジェスティ!」

「C.C.、外交官と連絡して中華連邦、E.U.、それに日本での被害状況を早急に纏めろ。支援要請などあれば優先的に回せ」

「はいはい。人使いが荒いな」

「ロイド、災害時救助用のKMFを全て動かせるようにしておけ。それとセシル、数が足りないだろうから災害派遣部隊のKMFから攻撃用装備を外し救助用の臨時装備を装着するよう手配を進めろ」

「イエス、ユアマジェスティ」

「じゃあ蜃気楼の絶対守護領域使ってもいいですか?多分救助に使えますから~」

「許可する。好きに使え」

「はいはーい!」

「咲世子さん、アッシュフォード学園の被害状況を調べて下さい。被害があるようでしたら駐屯しているブリタニア軍の権限を渡すので迅速に救助を。黒の騎士団にはこちらから連絡しておきます」

「承知致しました」

「それとシュナイゼル兄上はどこだ。私だけでは手が足りない。それにスザクは?シャーリーも姿が見えないが」

「……御二人はシュナイゼル殿下と一緒に病院に行かれました」

 慌ただしく部屋を出ていく面々の内、部屋に残ったのはジェレミアだけだった。

 いつになく顔は昏く声色は平坦なものだった。視線はルルーシュより少し下の位置で固定されたまま説明する言葉を探していた。

「兄上が病院に?何があったんだ」

 シュナイゼルは皇宮の中にいた。それも危険な作業をしている途中だったという訳でも無く、病院に行くような羽目に陥っている筈は無い。

 だがジェレミアの顔を見ると嫌な予感が膨らんだ。倒れて頭をぶつけたとか、そんな笑い話では無いようだった。唇を一度強く引き締めた後にジェレミアは小さく首を振った。 

「……後で説明致します。それよりお体に何か異常はございませんか?」

「私は大丈夫だ。何も無い」

 珍しく端切れの悪い言葉遣いに釈然としないものを感じながらも自身の体を見下ろす。特に傷は無い。

 数時間意識の無い状態でいたためか筋肉が凝固しているような感覚が多少は残っている。しかしそれ以外には何も違和感を感じなかった。

 心配そうな顔をするジェレミアを見返す。見る限りでジェレミアにも特に不調は無いようだった。

「お前はどうなんだ」

「私は大丈夫です。何も異常ありません」

「なら良かった。では私達は対策本部に向かうぞ。被害状況を知らねば話にもならん」

「御意」

 ベッドから飛び降りて部屋を出ようとしたルルーシュは、しかし途中で足を止めてくるりとジェレミアに向き直った。

 

 こうして向かい合うと随分と長身な男だと思う。ジノと同じくらいの身長なのだが、あちらが少年らしく細く未発達な体つきをしているのに対し、ジェレミアには完成した軍人らしい安定感があった。根を深く張る巨木のような男だ。そんなに物静かではないが。

 12年前からずっとジェレミアは一緒に居た。ナナリーは15年前から一緒に居た。ずっと一緒に居られるものだと思っていた。

 

 しかしもう居ない。この世界は現実だ。

 

「しゃがめ」

「?はい、」

「3分だけだ」

 言い訳をするように呟いて、その場に膝を折ったジェレミアにルルーシュは飛び込んだ。かなりの勢いをつけて飛び込んだのによろけもしない。

 顔を胸に擦り付けて染み出すように溢れる涙を拭いた。突然のルルーシュの行動に慌てたもののジェレミアはその体を抱きしめた。体は酷く冷えていた。

 

 じわじわとその実感が湧いてくる。震える指先で広い背中を掻き抱いた。

「ジェレミア、ナナリーが行ってしまった」

 口にすると恐怖が倍増する。

 

 ナナリーの小さい背中が去って行く光景をまるでほんの数秒前のように思い返すことができた。

 きっと死ぬまであの背中を自分は忘れないのだろう。長いアッシュブロンドを靡かせながら堂々と旅立っていった眩いまでの後姿。

 

 愛していた。世界で一番愛していた。何よりも愛していた。そしてきっと、きっとナナリーも自分を愛してくれていた。しかしもう会えない。

 涙が次々と溢れて止まらない。騎士服に歯を立てて嗚咽を噛み殺そうとすると髪を梳くように頭を抱かれた。

 

 短い髪を頬で感じながらジェレミアは小さく頷いた。微かな感触でジェレミアがしかと頷いたのが伝わり、無言の肯定に様々な感情が沸き上がって止まらなかった。

 ナナリーと、ジェレミアと、3人で暮らした。あの時間は平穏と幸福の象徴だった。いずれあの時間に戻るために自分は戦い続けてきた。

 しかしもう二度と帰って来ない。戦って戦って、色々なものを手に入れたけれど、一番欲しいものはとうとう手に入らなかった。体の中心に穴が開くような喪失感だった。これまで体を支えていた芯が溶けてそこから流れ出ていくような感覚がした。

 しかしそれでも体の中が空っぽになるようなことはなかった。

 ナナリーは自分の存在意義だった。

 だった、だ。

 いつの間にかそうでは無くなっていた。

 

 ナナリーが居なくなってとても悲しいし、辛い。もう一度過去をやり直せるなら何を犠牲にしたってやり直すことを選択するだろうけれど、死にたいとは思えない。

 既に自分の価値はナナリーの上にだけ存在する訳では無いのだった。自分の価値は、もう自分で持っていた。

 ナナリーが居ない世界で呼吸をすること、生きていくこと。そんなことは不可能だと思っていた。しかしこんなにもあっさりと自分はまだ生きていられる。

 なんて浅ましい。大事な妹ともう二度と会えないというのに、自分は後を追うという思考すらできない。ナナリーと共に行ってしまった数千万という意識達を羨ましいとさえ思えなかった。

 

 小さい頃、悪夢に魘されていた自分を抱きしめてくれた時のようにジェレミアはぽんぽんと背中を叩く。ゔぅうと獣の唸り声のような声が歯の隙間から零れ出た。声には悲しみとも後悔とも言い難い感情が練り込まれていた。

 

「―――御自分の事を“俺”ではなく、“私”と呼ぶのですね」

「、ん」

「無理はしなくても良いのですよ?」

 公だけでなく私的な場でも皇帝らしい一人称を使うのは、もう後戻りできないことを覚悟してのことだと思ったのかジェレミアが優しく告げる。

 唸り声を上げるのを歯を食いしばって止めて、ルルーシュは緩く首を横に振った。決別の意味が無かったとは言わないが意図するところは別にあった。

「いいんだ。私は女だから、もう”俺”は使わない――――男の私は還ってしまった」

「どこに?」

 どこにだろう。自分と同じ顔をした、自分自身とも言える男の皮肉気な笑みを思い浮かべる。

 

 彼がまた居場所を見つけるとすればそれは彼の世界に他ならない。12年前、一度死んだ場所から彼はやり直すのだろうか。悪逆皇帝として蔑まれ続ける、誰も彼を肯定しない悪夢のような世界で。

 多分、そうだ。ふっと唇を吊り上げた。

 あの男が、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが世間から隠れて大人しく生きるだなんて殊勝なことを出来る筈が無いのだ。アッシュフォードで大人しく暮らしていたのは世界に反逆するための力を蓄えながら機を見ていただけだ。

 ルルーシュの死によって全ての憎悪を帳消しにしたゼロの世界で、彼はきっと再び立ち上がる。

 

 ナナリーと同様に二度と会うことの無いだろう自分自身へ、ルルーシュは言葉にならない激励を送る。

 せめて後悔の無い最期を、と。

 

「――――ゼロへ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 現実世界へ去って行くルルーシュの背を見送って、独りになったロロはさてと振り返った。

「12年間、か。楽しかったよ。そのせいか短く感じたかな」

 過ぎ去った12年の歳月を思い出してロロ―――ルルーシュは生前にはナナリーにしか向けたことの無い柔らかい笑みを浮かべた。

 

 長いようで短い時間だった。あまりにも多くのことが通り過ぎて、自分を追い越して行った。だから自分はそれを追いかけて行かなければならない。

 足をCの世界の深淵に向ける。この世界のルルーシュにはああ言ったが、ルルーシュには自分の世界へと戻る自信があった。何の根拠もない自信だが肌の神経一本一本が引っ張られてそちらの方向へ引っ張られているような感覚がする。

 あの世界が自分を呼び戻している。自分が創った世界が高らかに自分の名前を叫んでいた。

「今更俺を呼んでどうするんだか……まあどうせ碌な理由では無いのだろうな」

 それは間違いが無い。独り言ちながら苦笑を零すと脳裏に幾人もの人々の姿が浮かんだ。

 親友であったスザクが自分を突き刺した時に浮かべた涙。

 共犯者の呆れ顔。

 最愛の妹の無垢な微笑み。

 

 拳を握る。自分の行った事に何も後悔は無い。何一つとして。

 自分がするべきことは一つ残らずやりきって、そうして汚辱に塗れた死を迎えた。

 

 しかし世界は自分が想像していた以上に理不尽だったらしい。こちらの都合など知りもせず好き勝手に振る舞ってくれる。

 一歩足を踏みしめる毎にこの12年の記憶は靄がかかるように朧げなものへと変わる。同時にルルーシュは元の世界へと戻るという確信を深めた。肌があの世界の空気を覚えている。近い。

 あの世界が体の細胞一つ一つを強烈な力で引っ張るせいで、体が溶けて滑らかな流動体へと変貌する。逆らうことなくルルーシュはその流れに身を任せた。Cの世界を乗り越えて、ルルーシュはあの世界へと流れて行く。

 

 あの世界に存在していなかった12年間の記憶が異物と認識されたためか、こそげ落すように剥ぎ取られて自分という存在が作り変えられる。記憶が無くなる感覚は死ぬ時と同じ喪失感を心中に生んだ。凍り付くような寒気が内臓に染み渡ったが、自分の世界へと向かう速度は緩めない。

 さっきまで話していた別世界のルルーシュの人生譚がもう思い出せなくなっている。他の色々なルルーシュの思考や辿った運命を克明に刻んでいた記憶が弾けるように消えて行った。積み重ねてきた記憶が12年前の、良く晴れた自身の処刑日にまで巻き戻される。

 

 だが自分の世界が再び息を吹き返し、この12年間に彷徨ったありとあらゆる世界の記憶を失う前に宣言しておかなければならない事があった。

 ルルーシュは不敵な笑みを浮かべてこちらを見やりながら高らかに声を張り上げた。鼓膜さえ破るような声が空気を打ち震わせた。

 

「諸君、嘘吐きの魔王は死んだ。諸君らも知る様に一遍の後悔も無く、正しく悪逆に相応しい足跡を残して、最後まで嘘を吐いたまま……だがまだ終わらない。道はまだ潰えていない。そう、諸君らが知っての通り!」

 

 自らを奮い立たたせるように世界に轟く声を上げる。

 元居た世界、もしくはあのルルーシュのいる世界、そしてこの世界から何処からともなく喝采が沸き立って拍手が鳴り響いた。

 溢れんばかりの喝采には泣き声や笑い声、無関心な声、舌打ち、怒声、歓声がない交ぜになって異様な熱を生んでいる。調子の外れた合唱のような声の集団は一つ残らずルルーシュの頭上に降り注いで体を濡らした。

 ルルーシュは生きていて良かったと祝福する声には鷹揚に手を振って、あそこで死んでいた方が良かったのにという罵声には大胆不敵に唇を吊り上げる。

 しかし何を言われても足を止めることだけは無い。真っすぐに、自分の意志の赴く方向へと歩く。

 観衆に惑わされて足を止めるなど思いもよらないという足取りは自分の世界へと向いていた。

 ルルーシュは紫の瞳を瞬かせて明日を掴まんと手を伸ばす。不遜な高笑いが周囲に木霊した。

 

「12年の時を経て、再び魔神は蘇る!」

 

 

 

 

 

 さあ、幕が開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――NEXT to Lelouch of the Re;surrection 2019/02/09

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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