楽園爆破の犯人たちへ 求   作:XP-79

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4. 純真のままでいて欲しいという願いは、傲慢なのだろうか

 黄昏時の黄金の光が石畳を照らしている。それは背筋が震えるような美しい光景だった。

 ナナリーは震える手で車いすの肘置きを握りながら石造りの階段を見上げた。

 長い階段の上には2人の男が立っている。逆光のせいで2つの黒い彫像のように見えるが、目を凝らせば2人の容姿がそれぞれ並みならぬ迫力を持っていることに気づく。

 少年は身の丈より長い淡い金髪を地面に引きずっていた。見た目は10かそこらの少年であるというのに、瞳は病床にある老人のように濁っている。

 そしてもう一人は白くカールされた髪を持つ初老の男だった。年はもう60を幾分か越えているようであり、頑強な体躯は苔生した巨木を思わせる。初老の男の方にナナリーは強い見覚えがあった。

「お父様、」

「久しぶりだな、ナナリーよ」

 記憶にある中の父と姿かたちは寸分違わない。だが瞳はどこか物憂げな色をしており、声色は温かかった。

 ひ、と声を引き攣らせてナナリーは車いすの上で身を捩らせた。実父は昔からナナリーにとってとても怖い人だった。

 声が大きく、体も大きく、自分と兄を日本に送った人だ。お母様の葬式にも来てくれなかった人だ。

 今度は何をされるのかと身構えるナナリーの警戒を他所に、シャルルはゆっくりとした足取りで階段を下りた。

 ナナリーの目の前まで辿り着くとシャルルは車いすからナナリーの体をひょいと抱え上げた。大きな掌は兄のものと随分違った。しかし爪の形は兄とそっくりであるように思えた。

 視点が突如として高くなったことにナナリーは小さく悲鳴を上げてシャルルの服を強く握った。

「きゃあっ」

「落ちないように捕まっておれ」

 ナナリーはその言葉通りしっかりと生地の厚い皇帝の衣装を握り締めた。

 シャルルはそのままゆっくりと階段を上がる。兄とは違う大柄な体躯の胸元に体をそわせて、ナナリーは父の体温が人より高めであることに気づいた。歩きながらシャルルは腕の中に収めたナナリーに話しかけた。

「ナナリー、すまなかったな。いきなりこんなところへ連れて来てしまって」 

「いえ……いえ、それよりお父様、何故私の居場所が分かったのですか?お兄様と私は隠れ住んでいたのに、」

「前から知っておったよ。いくら隠れて暮らしていても名前を変えぬままでおれば探すのはそう困難ではない。しかしルルーシュもお前も、陰謀渦巻く皇宮で暮らすより市井で暮らしていた方が良いと思ってな。手を出さなかったのだ」

 それは畏怖を覚えていた父親とはとても結びつかない穏やかな口調だった。

 シャルルはナナリーを階段のてっぺんに座らせて、今度は車いすを取りに行くために再度階段を下りた。

 入れ替わる様に小さな少年がナナリーの方に歩み寄る。少年はナナリーより3つか4つは年下であるように見えた。

 少年はナナリーの顔を品定めするような無遠慮な目つきでまじまじと見つめた。

「ふうん、ナナリーはシャルル似なんだね。顔立ちも髪色も幼い頃のシャルルにそっくりだ。ルルーシュはマリアンヌにそっくりな憎たらしい顔だけど、ナナリーは可愛らしいね」

 長い金髪の少年はナナリーの隣に腰を下ろした。にやにやとした笑みが口元に浮かぶ表情は相手を小馬鹿にしているように見える。

「え、ええと、あなたは」

「僕はV.V.。君の伯父だよ」

「伯父?」

 自分よりも年下に見える少年に、まさか、と言おうとしたが、深い紫色の眼光の奥に例えようもない不気味な質感を感じてナナリーは身を震わせた。生ぬるい泥濘のような色をしている。覗き込んだら引きずり込まれそうな底の知れなさがあった。

 怯えるナナリーに気づいていないのか、それとも無視をしているのか、V.V.は子供らしい甲高い声で話を続けた。

「そうだよ、伯父さ。つまりシャルルの兄。ああでも口の形はマリアンヌにそっくりだね。耳の形は僕に似てるのかな?」

「兄上」

 ナナリーの頬をぷにぷにとつつき始めたV.V.に、車いすを持って戻ったシャルルが窘めるように呟く。

「お戯れはそこまでになさって下さい。あまり時間もありません。ルルーシュはすぐに気づくでしょう」

「それもそうだね。ねえナナリー、君はルルーシュがゼロであることを知っているかい?」

 可愛らしく首を傾げたV.V.にナナリーは息を飲んだ。

 この少年は何者なのだ。伯父というのは本当なのだろうか。何故父は私をここに連れてきたのだ。

 多くの疑問が口の中で渦巻いていたが、それ以上に兄のことがナナリーの心中を占めていた。つい先日知った兄の正体をまだナナリーは消化しきっていなかったのだった。

「何故それを……」

「もう知ってるんだ。なら話は早いかな。でもそれだけじゃないんだよナナリー。ルルーシュは君に他にも沢山の嘘を吐いているんだ。酷いよね、実の姉妹なのに」

「……姉妹?」

「あれ?そのことさえ言ってないんだ。本当にルルーシュはナナリーのことを信頼していないんだね」

 シャルルは飄々と言葉を続けるV.V.を一瞥したが、言葉を発することなく黙して目を閉じた。

 ナナリーはじりじりと詰め寄ってくるV.V.から離れようと階段の上で後ずさる。

 近寄ってくる顔は客観的に見れば整っている部類に入るように思われた。形の良い眉と額はつるりとしていて聡明そうな印象を与える。白金に近い色彩の金髪は艶やかで一つのほつれも無く、紫色の瞳は高貴に瞬いている。

 しかしそれ以上にV.V.は不気味な雰囲気が強すぎた。またナナリーが愛する兄を、まるでナナリーよりも知っているような口調で話す様はナナリーにとってあまりに不快だった。

 

 ナナリーにとって兄は絶対の存在だった。兄は器用で聡明で心優しく美しい、完璧な人間としてナナリーの心の神殿に君臨していた。人間らしい醜さを持たない兄は、神像のような神々しさでナナリーの心象を照らしていたのだ。

 兄がいないと、肉体的にも精神的にも、自分は今生きてはいないだろう。

 だから兄の言うことは間違っている筈は無いし、兄は自分を他の何よりも大事にしてくれていると心から信じられた。

 兄と自分はとても特別な関係で、唯一介入できるとすればジェレミアくらいだろうが、彼にしたって自分程に兄に近くはない。

 ナナリーには兄に誰よりも愛されている自覚があったのだ。

 

 だというのにV.V.は兄の行動の短慮さをあげつらうかのように嬉々として口にする。

 思慮深い兄の行動には必ず意味がある筈なのに、非難の口調を隠しもしない態度。そしてナナリーよりルルーシュのことを知っていると言わんばかりの傲慢な口調。この2つはナナリーにとってどうにも我慢ならないものだった。

「確かに、お兄様は私に嘘を吐いたかもしれません。お兄様が本当にゼロなのだとしたら……しかし、お兄様にだって事情はあった筈なのです。お兄様は優しいから、滅亡する日本を見捨てておけなかったのかもしれない。私を護るためにブリタニアと戦わないといけなかったのかもしれない。だから、私は酷いとは―――」

「ゼロとして何万人もの人間を巻き込んだ戦争を起こしておいて、酷くない?そんなことはありえない。ありえないんだよナナリー。どんな理由であれ、人殺しをした人間が酷くない訳が無いんだ」

 V.V.はナナリーの頬に手を沿わせて薄い菫色の目を見下ろした。

「ナナリー、君は人が死ぬということがどういうことか分かるかい?戦争では蝋燭が消えるように、それはあっけないことだ。でもそれぞれの人間には家庭があって、友人がいて、まるで蜘蛛の巣のように人間の関係性はこの世界を覆っている。彼ら一人一人がかけがえのない役割を果している、喜怒哀楽のある存在なんだよ。戦争はそんな価値ある人間たちを弾薬や機材と同じ消耗品のように消費してしまうものなんだ。ルルーシュはゼロとして戦争を起こした。その背後にどんな事情があれ、その事実の前ではルルーシュに弁明する権利なんてありはしないんだよ」

「でも……でも、お兄様は優しい人なんです!ずっと、ずっと私を護ってくれたんです!だからお兄様は酷い人ではないんですっ」

「そうだろうねナナリー。君にとっては、ルルーシュは心優しい完璧なお兄様だっただろうよ。君にとっては、だ。しかし他の人間にとっては、戦争を起こして日本人もブリタニア人も大量に死ぬ原因を作った殺戮者さ。世界中がブリタニアによって統一されれば争いの無い平和が訪れるというのに、再度反乱を起こすような真似をして。これで暫くはまた戦争が世界中で続くことになる。君が望む優しい世界を置き去りにして、ね」

 ひらりと手を振りながらV.V.は立ち上がった。

 シャルルは茫然とするナナリーの体を抱き上げて車いすに乗せた。

 

 ナナリーは何を信じてよいのか分からなくなっていた。兄は自分に優しかった。それは間違いない。

 しかしそれが自分にだけ優しかったのだと言われるとナナリーには否定する言葉を持たなかった。何しろ自分はルルーシュの、自分に向ける顔しか知らないのだ。他の人に向ける顔がどんな顔なのか知らないし、知る術も無かった。

 この世界は理不尽で、優しくなんてない。視力と足に障害を抱えていたナナリーはそのことを痛いほどに知っている。

 この世界は人種や国籍で人を差別するし、障害を持つ人間には不利なようにできているし、性別や年齢でも人々に大きな隔たりを作っている。

 だからナナリーは多くの人々が差別なく、誰もが平等に幸せになれる世界が来ることを願っていた。その願いを兄は知っていた筈だ。

 だが兄はその願いを、ただの子供の世迷い言だと思っていたのだろうか?

 ナナリーに向ける言動は優しく、その実ナナリーの願いは理解していない。そして他人にはナナリーに向ける優しさの欠片も見せず戦争を先導するなんて、完璧とは程遠い非道な人なのではなかろうか。

 

 生まれて初めて芽をつけた疑惑に、ナナリーは身震いするように頭を振ってV.V.を睨みつけた。

「でもそれはしょうがない事なのです。だって私には力が無くて、何一つとして世界を優しくするために成し遂げてはいないのですから。優しい世界を夢見ても、行動が伴わなくてはベッドで見る夢と同じでしかないのですから。お兄様が私の願いを子供の夢だと笑い、私の望まない行動をしてしまうのは当然のことなのです。私とお兄様が別個の意識を持つ別個の人間である以上、私と同じ優しい世界を夢見て欲しいと思うなんて身勝手で傲慢極まりない行為ではありませんか」

「つまり、力があれば君はルルーシュに思い知らせることができるわけだ」

 V.V.は顔面に花が咲くような笑みを浮かべた。

「思い知らせる?」

「君が本気で、優しい世界を夢見ているってことをだよ。君がルルーシュの庇護を必要とするようなか弱い子供じゃなくなればいいんだ。ルルーシュの吐いた嘘を全部知っている独立した一人の人間になれば、きっとルルーシュは君の言葉をちゃんと聞いてくれる筈さ」

 V.V.の瞳は何百年もの倦んだ歴史を内包しているような複雑な色をしていた。

 ナナリーは薄っぺらい自分の体を貫くようなV.V.の視線に耐えられずに顔を背けた。背けた先にはシャルルが立っていた。

「ナナリー、全てを知りたくは無いか?」

 その場に膝をついてシャルルはナナリーを見上げた。

「っ、私は、私はお兄様を信じなければならないのです。お兄様が沢山の人を殺したとしても、それはしょうがないことだったのだと。事情があったのだと………そもそもV.V.さんの言うことは無茶苦茶ではありませんか。お兄様がゼロとして戦争を起こさなければ世界は平和になっただなんて、そんなの何の根拠も無い推論でしかないでしょう!」

「そうだ。根拠は無い。だからこそ知ることが必要なのだ。もしかしたらの世界と現実を比較したいのならば、正しい知識しか人間には縋る術が無い。しかし人は嘘を吐くから精確な情報を得ることは困難であり、言われるがままの言葉を信じることしかできぬ場合もある」

 悲し気にシャルルは目を細めた。遠い過去に思いを馳せているような、夢を見ているような顔をしていた。

「だがナナリー、おぬしには全てを知り、全てを変える力があるのだ」

 シャルルの言葉には教師が出来の悪い生徒に言い聞かせるような優しさと抵抗し難い圧力があった。しかしその口調には同時に他者へ懇願するような情けなさも同居しており、複雑な響きとなってナナリーの鼓膜を揺らした。

「……力?」

「ルルーシュの嘘を、そして世界の真実を。この世界でそれを知る力を持つのはお前だけだ」

「力が欲しくはないかい?兄に負けない力、自分だけで生きていく力。兄と対等になれる力だ」

 

 兄に負けない力。ナナリーは考えたことも無かった。

 いつだって兄は完璧で、何でもできたから。

 

 兄は9歳で戦場に行き、初陣で華々しい戦果を上げた。その後も戦場に立ち多くの戦果を挙げ、流石はマリアンヌの息子だと称賛を浴び、ヴィ家の次期当主として多くの人々から期待された。

 庶民の血を持つ皇族を苦々しく思う貴族達はルルーシュのブリタニア人らしからぬ黒髪や女のような容姿を馬鹿にして、ルルーシュが戦場で死ぬことを望む言葉を幾度も口にしていた。ルルーシュさえ死ねばヴィ家は終わりだと、そう思っていることは明白だった。

 母が死んで日本に送られて学校に通うようになってから、兄には沢山の友達ができた。生徒会に所属してからは沢山の人に頼られて、沢山の人に好かれて、多くの人の羨望を一身に集めていた。

 兄には幼いころから忠実に従う騎士がいて、ずっとその人は兄に仕えていて、他の人など目に入らないようだった。

 スザクは自分と遊んでくれたけれど、本当に仲が良いのは兄の方で、ブリタニア人の兄を親友と呼んで憚ることは無かった。

 兄は気づいていなかったようだけれど、多くの女子、男子学生は、兄に声をかける時に声の内に熱い思慕を潜めていた。兄に恋をしていることを、兄を愛していることを全身で訴えていた。

 眼が見えるようになって初めて目の当たりにした17歳の兄は目が眩むほどに輝かしい容姿を持ち、そこらの女性よりも、自分よりもずっと美しく、体は至って健康そのもので何の瑕疵も無かった。その精神も強靭であり柔軟で、学校に向かう途中も、外に遊びに行っている時も、まるで兄が立つ場所が世界の中心であるかのように衆目の視線を一身に集めていた。

 

 自分はどうだ。

 

 全身の血管が凍結するような寒気がナナリーを襲った。それはずっと長い間、無意識の内に考えないようにしてきたことだった。

 完璧な兄。なんでもできる兄。自分を守ってくれる兄。沢山の人に愛される兄。なんでも持っている兄。

 思慮深い頭脳も、誰もが見惚れる容姿も、健康な体も、身命を懸けて尽くしてくれる騎士も、一生ものの親友も持っている兄。

 兄。兄。兄。

 それは巨大な壁だった。壁は常にナナリーを護ってくれていた。完璧な壁。絶対に乗り越えることなど不可能な壁だった。いつだってその壁はナナリーのことを思いやり、その巨大さでナナリーを押し潰そうとした。

 それが自身の被害妄想であり、真実兄は自分のことを愛してくれていると分かっているからこそ、ナナリーの鬱屈は誰にも告げることができず、腐って種の芽吹く土壌となっていた。それでもこれまでナナリーの兄に対する態度に欠片も陰が滲んでいなかったのは、偏にナナリーの自制心によるものだった。

 父と伯父がナナリーにちらつかせたのは自制心を抑える疑惑の種であり、壁に指をかける力であった。

「………お兄様に、負けない力」

「そうさ、ナナリー。君はルルーシュより遙かに優れた力を持っているんだよ。ギアスという王の力を」

 

 

 

 

■  ■  ■

 

 

 

 南極大陸。

 E.U.共和国連合の1.4倍の面積を誇る広大な大地は98%が氷床に覆われている。

 サクラダイトを保有しない極寒の大陸は現在どこの国にも所属していない。ブリタニアの研究施設がいくつか点在するのみであり、居住する人間もいない。

 謎の多いこの大地にはオカルト染みた逸話も多く、分厚い氷層の下にはエイリアンの基地が存在するだの、実は南極大陸がアトランティスだっただのという眉唾ものの説がまことしやかに語られていた。

 その説を証明しようという気概のあるロマン溢れるオカルトマニア達がいないことも無かったが、しかしあまりに厳しい南極の環境と、複雑に絡まり合った南極大陸を巡る国際問題のために彼らは軒並み臍をかんできた。

 茫漠とした氷の大地には、しかし今何千というKMFの影が落ちている。ゼロが現在動かすことのできる黒の騎士団の全兵力が南極大陸の上空に終結していた。

 整然と並ぶKMFの中心には当然といった様子で蜃気楼が浮かんでいる。周囲を親衛隊に囲まれた蜃気楼は強い存在感を放つ黒い機体を晒し、メインカメラを白一面で覆われている大陸に向けていた。

 ルルーシュはメインカメラが映す大陸に、ドルイドシステムに算出させたギアス嚮団の居場所を示す地図を重ねて表示させた。薄い氷床の下でナナリーの居場所を示すGPSが点滅している。ユフィが誘拐された後、ルルーシュは万一の可能性を考えてナナリーの服にGPSを装着させていたのだった。

 ナナリーが誘拐されたという最悪な状況だが、そのおかげでギアス嚮団の本部の居場所が分かったというのは皮肉な結果だった。

 サブモニターには心配そうな顔をしたシュナイゼルが映っている。

『ルルーシュ、いいのかい?ブリタニアから兵を派遣しなくて……』

「ええ。兄上はブリタニアの国内を治める方に時間を使ってください。こちらは黒の騎士団で対応します。スザクを貸して下さっただけでも感謝しますよ」

『あまり無茶はしないようにね。戦闘員は少ないだろうけどギアスユーザーがいることは確実なのだから。いくらKMFに搭乗していてもギアスにかからない訳じゃない』

「兵力は圧倒的にこちらが有利な上に、キャンセラーを持つジェレミアもおります。あまり心配しないで下さい。………あなたに心配されると調子が狂う。作戦が終了次第また連絡します」

『うん。何度も言うようだけど、無茶はしないようにね。あくまでこれはブリタニアの問題なんだから。それに寒いだろうから暖房はちゃんと効かせて、不用意にKMFの外に出ないように。気温は氷点下なんだろう?それにギアス嚮団の本部は地下にあるからさらに寒いかもしれない。それと、』

「もう切りますよ兄上」

『ああ、うん………じゃあ、また後で』

 通信を切る。画面は暗転し、すぐに元のモニター画面に戻った

 シュナイゼルからしてみれば、ブリタニアの問題であるギアス嚮団への襲撃に黒の騎士団を使うということに聊かの戸惑いがあるのだろう。しかし現在合衆国日本の承認をしたことでシュナイゼルの宰相としての立場が弱体化している。この上で理由を明瞭にできないままブリタニア軍を動かすのは難しい。

 代わってゼロはブリタニアが運営している非人道的化学施設を襲撃する、という名目を掲げることができる。

 名目ではなく事実なのだが、いくらか隠してある事実はあった。その内の一つはこの作戦の最大の目的はブリタニアの施設の破壊でも、人体実験の犠牲者の保護でもなく、ナナリーという一人の少女の確保にあることだった。

 作戦開始時刻が迫る。画面に各部隊長の顔が浮かび上がった。

『ゼロ、各部隊配置完了した』

『斑鳩もOKだ。出撃サポート準備終了している』

『サイバーサポート関連もOKよ~』

『ゼロ、親衛隊はいつでも出れます!』

 その後も次々に続く各部隊の状況を聞き終えてルルーシュは大きく息を吸い込んだ。

 合衆国日本設立後から大きな作戦が無かった分、団員の意気は高い。

「よろしい。では諸君、これよりブリタニアの非人道的実験を行っていると目される施設を襲撃する。事前に説明したように、人体実験の犠牲となっている者が多くいることは確実であり、特に子供の犠牲者が多いものと思われる。犠牲者は可能な限り保護すること。しかしその他は全て殲滅せよ」

『子供使って実験たあ胸糞わりいぜ』

『だからあたしたちが助けに行くんでしょ?』

『これだからブリタニアはサイテーなんだ』

『止めなさいよ。シュナイゼルと講和したんだから。下手なことは言わないようにしないと』

 ルルーシュは椅子に体をもたせかけ、通信越しに騒ぐ幹部たちの会話に目を細めた。普段であれば作戦前に余計な口を叩く曲がりなりにも幹部である連中に苦言を呈する所だが、今回ばかりは口を噤む。

 この会話をしている人々の何人かが死ぬだろうことをルルーシュはこの時点で既に察していた。

 ギアス嚮団の本部には確実にギアスユーザーがいる。

 たとえ相手が単なる化学施設であり、非戦闘員しか居住していなかったとしても、こちら側の犠牲は少なくは無いだろう。超常の力であるギアスには彼我の戦力の差を覆す理不尽な力を秘めている。

 だがそれでもルルーシュにはギアス嚮団にいる全ての人間を虐殺しろという命は下せなかった。保護対象となる幼い子供の中にギアスユーザーが紛れている可能性が高くとも、である。

 それはルルーシュの良心によるものではなく、ナナリーが巻き添えとなることを防ぐためだった。

 たとえこの作戦の中でギアスユーザーの手により黒の騎士団員が何人死のうとも、非戦闘員の研究者が何人死のうとも、ナナリー一人の命には代えがたかった。

 だが、だから何だと言うのだ。ルルーシュは自嘲を零した。合衆国日本を建国したのは、ナナリーと自分とジェレミアの戸籍を作り平穏な暮らしを手に入れるという私欲のためだった。そもそも黒の騎士団を造ったことさえ、復讐という私欲のためだった。

 今更この程度のことで揺らぐような浅い覚悟は持ち合わせていない。

 作戦開始時刻になり、ルルーシュは声を張り上げた。その声自体が砲撃のような威力に満ちていた。

「黒の騎士団に告げる!これよりブリタニアから残虐な扱いを受けている人々を救い、二度とこのようなことが起こらぬようこの施設を完全に破壊する!徹底的にだ!これは弱者を救う正義の行いである!A-1からC-5部隊構え!!」

 空中に整然とKMFが並ぶ。空を埋め尽くす程のKMFがガウェインを中心として左右に展開された。

 ガウェインの右側を紅蓮可翔式が飛び、左側をジークフリートが護る。

 ルルーシュはちらと後ろを見やった。背後にはC.C.が乗る暁直参が控えている。そしてそのさらに後方にはランスロットがいる筈だ。

 しかしガウェインの位置からランスロットは視認できず、画面上でLancelotと表示された青い小さな点がいじましく瞬いているだけだった。

 ルルーシュは一度その小さな点を見やったが、すぐさま苛烈な炎の宿る視線を南極の広大な大地へと向けた。

「撃て!!」

 ルルーシュの号令と共に空に砲撃が飛んだ。南極大陸を覆う氷床が吹き飛び、その地下に空いている巨大な空間が姿を現した。

 

 スザクはランスロットのコックピットに身を沈めて、操縦桿を握り締めていた。

 

 

 

■  ■  ■

 

 

 時間は数時間前に遡る。

 

 スザクがシュナイゼルの許可の下で黒の騎士団と合流し、ギアス嚮団殲滅任務のため出現する寸前のことだ。

 調整が済んだランスロット・コンクエスターは格納庫に佇んでいた。出撃前に一人にして欲しいと言ったスザクの言葉通り格納庫には誰もおらず、一人スザクだけがランスロットを見上げていた。

 そこで格納庫の扉が突如開いた。扉の向こうにはニーナが立っていた。

 ニーナの瞳はスザクとよく似た色をしていた。少し淀みながらも爛々とした、強い意志と諦念が混ぜ合わさったような奇妙な色だった。スザクは首をぐるんとニーナの方へと向けた。

「ニーナ、持ってきてくれた?」

「ええ。ランスロットに砲撃可能なサイズに圧縮して、発射してから約8秒後に核分裂反応が起こるよう調整してあるわ。調整の時間が足りなかったから前後0.5秒未満の誤差はあると思う。砲口初速は約1500m/sec。使用する時には核分裂反応が始まる場所から5000mは離れるようにして、発射後は即時離脱してね」

「分かった」

 淡々とした返答にニーナは一度頷き、職員に合図して持ち込んだ砲弾を床に置かせた。格納庫にはKMFの調整のため必要な機材はほとんど揃っている。ニーナは腕まくりをして、砲弾とその発射装置の装着に取り掛かった。

 一時間もせずにニーナが運び込んだ新兵器はランスロットの背中に搭載された。

 ニーナは砲弾発射用のプログラムをランスロットに叩きこみながら、背後で自分の作成した兵器をぼうっと見上げるスザクの存在を感じていた。

「スザク、ユーフェミア様の復讐を成し遂げてね」

「ああ。分かっている」

 スザクはニーナに視線をやることも無く、ランスロットが背負った兵器の重みを目算で測っていた。

「絶対だ。僕は絶対に復讐を成し遂げる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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