楽園爆破の犯人たちへ 求   作:XP-79

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5. この時にスザクを止めていれば、まだ、

「お兄様が、こんなに酷いことを…」

 ナナリーは燃え盛るビルの波を目の当たりにし、慄然としていた。

 

 ナナリーがいる場所は、地下に網の目のように張り巡らされたギアス嚮団本部の内部でも、最も高い建物の最上階に位置する部屋だった。地下に建設されているというのに眼下には大小様々な建物が並ぶ巨大な街が広がっており、地下空間特有の閉塞感とは無縁な造りとなっていた。

 一面のガラス張りに顔を擦り寄せて、ナナリーは傍らに立つシャルルの服の袖を握り締めた。そうでもしないと耐えられそうになかったのだ。

 ルルーシュが、ゼロが率いる黒の騎士団は、まるで虫でも追い立てるかのように無抵抗な研究者達を殺害していた。それに反撃しようとする少年少女達はまるで犯罪者のように捕らえられ、その場に拘束されている。

 地下空間には非戦闘員達の悲鳴が反響して、まるで数万人もの悲鳴が渦を巻いているようだった。視界一面は炎で埋まっている。そこは地獄だった。

 シャルルは震えるナナリーを落ち着かせようと肩を撫でた。 

「こんな、こんなことって、彼らには戦闘能力なんてないでしょうに。お兄様であれば話し合う機会だって作れる筈なのに……っ」

「――――怒りで目が眩んでおるのだ。ユーフェミアを殺したのはギアス嚮団であるから……復讐という大義名分の前では、実際にユーフェミアに手をかけたのがその内の数名であることも、研究を主導していた兄さんに責任があることも、些末な事でしかなかろう」

 瞠目してシャルルを見上げる。

 ユーフェミアを殺したのはV.V.だったのか。

 しかしあの幼く華奢な少年がユーフェミアを。それはあまりに想像し難かった。言動は確かに大人びていたが、ナナリーの目にはV.V.は鬱屈を抱え込んだ幼稚な子供にしか見えなかった。

 コード保持者は不老不死なのだとシャルルに教えて貰ってはいる。しかしV.V.の幼児性は外見よりも身勝手な言動からより強く感じられる類のものであり、まさか本当に伯父だとは思えなかったのだ。

「ユフィ姉さまを、V.V.さんが?」

「そうだ。兄さんが殺したのだ。わしに何も話さないで、勝手に誘拐して、ギアスの研究の材料にしてしまった……取返しのつかないことをした」

 シャルルは瞼を震わせた。自分よりも兄よりもずっと大きな掌が頭の上に落ちてくる。それは初めての感触だった。ナナリーの身近にいる大人の男はジェレミア位しかおらず、彼は常に臣下としての一線を弁えており、また父親と呼ぶには年齢が近すぎた。頭を撫でる掌は熱かった。

 優しくアッシュブロンドの髪を撫でながら、シャルルは独り言のようにぽつりぽつりと呟いた。

「昔、兄さんはわしの唯一の味方だった。お互いに嘘はつくまいと約束した。どれだけ喧嘩をしても、どれだけ仲違いをしても、嘘だけはつくまいと決めたのだ。あの頃、皇宮には嘘と敵しか居なかったから。お互いだけは絶対に裏切るまいと誓った。

 ―――しかしその約束は破られた。しょうがないとも思う。生きていれば人間は変わってしまうものなのだから」

 シャルルはナナリーの瞳を見下ろした。ギアス嚮団の研究史上最高のギアス適正値を誇る脳細胞と、その薄紫色の瞳は連結している。

「ナナリーの力を、わしに貸して欲しい」

「私の……」

「そうだ。お主の力があれば、」

 シャルルが言葉を繋げる前に轟音が部屋の中に響いた。突風がガラスをうち破らんばかりに吹き付けて、蜘蛛の巣のようなひび割れが走った。

 咄嗟に車いすを握り締める。シャルルはナナリーを庇うように体を支えた。

 シャルルの背に守られながら、ナナリーは恐る恐る顔を擡げた。ひび割れた窓ガラスの向こうにランスロットが飛翔していた。戦闘装甲騎にしては不必要な程に美麗な造形をしたランスロットは、滞空飛行を続けながら青いレンズにナナリーの姿を映した。

 

 

 スザクはナナリーの傍にシャルル皇帝の姿を認めて一瞬動揺したが、即座に気を取り直して操縦桿を握り締める。

 現時点における最優先事項はナナリーの保護だ。ギアス嚮団に深く関与しているシャルルをこの場で始末したいという思いは確かにあるが、ナナリーとシャルルの立ち位置はあまりに近すぎた。

 ナナリーを巻き込んで怪我をさせることだけはできない。

 ガラス越しにスザクはランスロットの掌をナナリーに差し出した。

『ナナリー、見つけた。さあ、一緒に帰ろう』

 外部スピーカーからスザクの声が反響する。

 ナナリーは初めて間近に見たKMFの迫力と威圧感に後ずさりしながら、首を横に振った。

『ナナリー?』

「わ、私は帰りません、」

 身を震わせるナナリーは、兵器であるランスロットを目の前にして怯えてるというだけではないようだった。

 あまり時間がかかるとV.V.がギアス嚮団から逃げ出してしまうかもしれない。スザクは焦りで喉奥を焼きながら、心中に残った僅かな労りの心を懸命に舌の上に乗せた。

『どうして。ルルーシュもナナリーを助けるために来てるんだよ?ジェレミアさんだって。カレンだって来てる。ここは危ない場所なんだ。早くアッシュフォードに帰ろう』

「私は、私は助けて欲しいなんて思っていません、こんな、こんなに沢山の人を殺してまで助けて欲しいだなんてっ、私は一度も思ったことなんて無かった!!」

 はらはらと涙を零しながらナナリーは声を張り上げた。

 歯を食いしばり、頭を振り乱しながら車いすの肘置に拳を叩きつける。

「お兄様はゼロだったのでしょう!?スザクさんもそのことを知っていて、私に話してくれなかったのでしょう!?これまで沢山の人を殺しておいて、何も私に話さないで、全て隠していて、それで助けるなんて、無抵抗の人々をこんなに沢山殺した、血まみれの手を差し伸べられて、嬉しいと、喜ぶとでも思ったのですか!?もう、私はお兄様も、スザクさんも信じられない……っ」

 スザクは皮肉気に目を細めてナナリーを見下ろした。

 実兄が、それもずっと自分を守っていた絶対の存在だった兄が、戦争犯罪人のゼロだったという事実は確かに衝撃的だろう。平和的な思考を持つ、ただの中学生として生活していたナナリーにとってその事実が受け入れ難いのも当然だ。

 しかしスザクにはその程度のことがどうした、としか思えなかった。

 状況はそれよりずっと先に進んでいる。今のスザクにはナナリーの混乱の極みにある心情を慮る余裕は無かった。スザクの心情にはもう復讐以外のものが入り込む余裕は残されていなかったのだ。

『じゃあナナリーはそこにいるシャルル皇帝は信じられるのかい?君とルルーシュを日本に送り込んで殺しかけた、妻の葬儀にも顔を出さなかったような世界最悪の大量殺人犯を』

「お父様にも事情があったのですっ、それに、お兄様とお父様の話は別問題でしょう!?話を逸らさないで!」

『そうだよ。別問題だ』

 スザクの声は絶対零度に近い声色をしていた。その声にひ、とナナリーは背筋を震わせた。聴力が余人より遙かに優れているナナリーは、スザクの荒廃しかけている人格をその声色から察することができた。今のスザクは、ナナリーの知る、優しくて頼りがいのある年上の幼馴染では無かった。

 彼は復讐者だった。その邪魔をする者は誰であれ彼の敵でしかない。シャルルの隣にいるナナリーが未だシャルルと共にスザクに殺されていないのは、彼の心の中に残った僅かな優しさが消滅する前の最後の煌めきなのかもしれなかった。

『これはルルーシュが信頼に値する人間かどうかという話じゃない。君の人間性と、君の隣に立つその男の罪の重さの問題だ。ナナリーの言う通り、ルルーシュの性格や素行や倫理観には確かに多大な問題がある。彼女は多くの罪を犯した。彼女は友達の……友達だと思っていた、僕のことも裏切った。

 ルルーシュは僕の父さんを殺して、ずっとそのことを黙っていたんだ。一度の謝罪も無く、ずっと黙っていたんだ』

 スザクの言葉にナナリーは息を飲んだ。

 スザクの父親を、枢木ゲンブを、あの兄は殺していたのか。

 

 ナナリーは枢木ゲンブとそれほどに多くの交流があった訳ではなかった。

 6年前、日本に送られた直後の頃、自分と兄は枢木ゲンブの住む枢木邸の一角に住居を構えていたが、彼と顔を合わせた機会はそう多くは無かった。彼は日本の首相であり、自分達に構う暇もないほど多忙であったのだろう。

 しかし彼は定期的に枢木邸に自分と兄を住まわせてくれて、頻回に美味しい食事を提供してくれた。衣服も布団も、風邪をひいたときは薬も用意してくれていたのだ。幾度か食事を共にしたこともあるが、一度として当時敵国であったブリタニアの皇族である自分たちを非難することはなかった。

 寡黙ではあったものの、穏和な対応をしてくれた心優しい人であったと覚えている。 口調はぶっきらぼうだが心優しいスザクの性格は父親に似たんだろうとも思っていた。

 

 開戦の日に兄とジェレミアと一緒に土蔵を逃げ出した時、兄もまだ子供だったのに何度も優しい言葉をかけて自分を励ましてくれた。

 戦争の最中にあっても優しい言葉をかける余裕のある強靭な精神と、冷静に考えて行動できる実行力を併せ持つ兄のことをとても凄いと思った。

 兄が枢木ゲンブを殺したならば、土蔵を逃げ出す直前のことだっただろう。

 

 兄は友人の父親を殺したその直後にあんなに優しい言葉を吐けるような人間なのだ。 それもたった12歳の時に。兄がゼロだという事実よりもそれはずっと恐ろしい事のように思えた。

 あの美しい兄は人間の命を何だと思っているのか。

 

 過去に思いを馳せて打ち震えるナナリーを他所に、スザクは痛々しいほどに現在しか見ていなかった。

『でも彼女がこの6年間献身的に君の介護をしたことも事実だ。君はこれまで君に尽くして、尽くして、尽くし続けたルルーシュが、お綺麗な君に相応しくない薄汚れた殺人犯だからとボロ雑巾のように捨てて、事情はどうあれ事実として実の娘を日本に捨てたそこのクソ野郎を選ぼうとしているんだよ。

 それが君の人間性だ。そんな君に、ルルーシュの人間性を非難する権利があるとでも思っているのか。ある訳が無いだろう。散々に戦争で人を殺した僕に父を殺したルルーシュを責める権利が存在しないように、ルルーシュに守られ続けていた君がルルーシュを非難する権利なんてどこにもありはしないんだ』

「ではスザクさんはお兄様を肯定するのですか!?ギアスを使ってユフィ姉さまを卑怯にも操ったお兄様を、ずっと何もかもを黙っていたお兄様を!!」

 破裂するようなナナリーの声にスザクは軽く眉を動かした。

『……そうか、やっぱりルルーシュはギアスを持っていたんだね。それも、ユフィに使っていたんだ』

 ふふ、とスザクは腹の底から込みあがってきた笑い声を僅かに零した。

 

 ルルーシュがユフィにギアスを使ったのだとしたら行政特区日本のあの時だろう。ユフィが、ルルーシュがゼロだと知っていて撃つ訳がないのだから。

 ユフィを殺したギアス嚮団への怒りを口にしていながら、ルルーシュはそうやって裏切るんだ。自分が親友だと思っていた人はそんな奴だった。

 だがそうと知ってもスザクには何の迷いも無かった。元よりルルーシュへの信頼などもう完全に失われていた。

 

『でも、だとしてもだ。君はギアスを卑怯だと言ったが、そのギアス嚮団の大本は君の後ろに立つその男だ。なのに君はその男を庇っている。君の行動と言葉にはあまりに大きな解離がある。つまり君は理論で物を考えているわけじゃなくて、ただ感情的になっているだけだ。今の君は嘘を吐かれたと駄々をこねるただの幼児だ』

 投げやりで言葉の棘を隠そうともしない口調はナナリーからスザクへの憧憬をはぎ取るのに十分な威力を持っていた。

 しかしナナリーが自分に対して抱いていた親愛や憧憬が無くなることに、スザクはもう何も思わなかった。そんなことはもうどうでもいいのだった。

 それよりもユフィの死に深く関わっているシャルルが未だのうのうと生きているという事実が不快でならない。

『たった一時君に優しくしただけの男を、今優しくしてくれるならと、言葉を尽くして弁明したからと許すのか?昔のことを全て水に流しても良いというのか?馬鹿馬鹿しい。君の言う優しい世界と真逆のことをそいつはしたんだぞ。僕とルルーシュが殺した人間の数を足して十倍にしても、その男のせいで死んだ人間の数には達しないというのに!』

「罪の大きさは人の命の数で数えられるものではありません!」

『じゃあ君はどうやって数えるんだ!罪の重さが人の数で数えられないのなら、その理由で測るのか!?正義の名の下に殺したらそれは許されるのか!?馬鹿馬鹿しい!そんな薄っぺらい言葉でどうにでもなるようなもので人の罪が計量されてたまるか!!ユフィを殺したのはそいつ等なんだ!!ギアス嚮団に所属する全員がユフィの敵だ!!死んでも許してたまるものか!!ナナリー、早くそいつの隣からどけ!!この場でぶち殺してやる!!』

「……っ、どきませんっ」

 ナナリーはシャルルの腕を握り締めた。

 

 どうしてもナナリーはシャルルを護りたかった。それがどうしてなのかは、ナナリーにもよく分からなかった。

 スザクの言う通り父のせいでとんでもない数の人が殺されて、不幸になったことは知っている。兄よりもずっと沢山の人を殺した人だ。今目の前で広がっている虐殺よりも、ずっと酷いことだってしたかもしれない。

 自分をこれまで護ってくれた兄を信じられないというのに、自分を捨てた父を護りたいと思うのは理屈に合わない。分かっている。この感情が、父からの庇護を失いたくないという私欲だとか、完璧な兄に対する幼稚な反抗だと言われても否定できないことさえ分かっている。

 しかしそれだけではないのだ。ナナリーの目には、シャルルは途轍もない孤独を抱えた、寂しい人であるように映った。

 とても怖いと思っていた父親は、本当はそんなに怖い人ではなかった。ただ、寂しい人だった。

 父がずっと仲良くしていたV.V.はもう今は信じられなくて、部下は沢山いても友達はいなくて、妻も子供も沢山いるけれど、誰も父を護ろうとなんてしてくれないのだ。

 本当の意味では独りの、寂しい人だ。

 だから自分一人くらいは父の味方をしても良いのではないだろうか。

 それは理屈立って説明できない、ただの同情の色が濃い感傷でしか無かった。

 それでも何もかもに置いて行かれる寂しさというものを、ナナリーは理解できてしまっていた。だから孤独に佇む父を見捨ててはおけないのだった。

 

 スザクは顔を怒りに歪めて、こうなれば無理やりにでもナナリーを奪還しようとランスロットの拳を振り上げた。

 しかし脇腹に凄まじい衝撃が走った。そのまま横に数十m吹き飛ばされて地面に追突する。

 ランスロットを吹っ飛ばしたトリコロールカラーのKMFは命令を待つ犬のように空中に静止していた。その隣にはもう1機、毒々しい薄紫色にカラーリングされたKMFが浮かぶ。

 シャルルはランスロットが吹き飛ばされた方向へ一瞥を向け、簡素な命令を下した。

「枢木スザクを止めよ」

『イエス、ユアマジェスティ』

『イエス、ユアマジェスティ』

 命令された直後、2機のKMFが追撃のため飛翔する。

「お父様……」

「行くぞナナリー。最後の準備をしなければならぬ」

 ナナリーは開始された激しい戦闘で散る火花に一瞬目を向けて、振り切るように顔を背けた。

 

 スザクはすぐさまランスロットの体勢を立て直して空中に飛び上がった。その軌道を予測していたようにトリコロールカラーのKMFがランスロットに襲い掛かる。

 これまで見たことも無い機敏な戦術にスザクは舌打ちをしながら軌道を即座に変更し、ハドロンブラスターを起動させた。

 一閃が地下空間に輝く。着弾点の周囲が一瞬で崩壊した。瓦礫が崩れながら地面を覆い粉塵を巻き上げる。

 だがその粉塵を吹き飛ばしながら、そのKMFは独楽のようにくるくると空中に飛んだ。視認で確認できる限り掠り傷程度しか負っていない。

 咄嗟にハドロンブラスターの有効範囲から逃げ出したらしい。なんて奴だ。

『さっすがシュナイゼル殿下直属特派の最新機、ランスロット・コンクエスター!威力やばいな!』

 通信が勝手に繋げられたらしく画面上に機体名が示された。画面を見下ろすと、予想していた通りの名前が点滅する。

 

 

Knight Mare Frame ; Type Tristan-RZA-3F9

code ; 20171029-Steiner Konzern

Pilot ; GEN. Gino Weinberg

 

Knight Mare Frame ; Type Perceval-RZA-10JS

code ; 20171102-Britanian-the-Vampire

Pilot ; GEN. Rchiano Bradley

 

 

『デヴァイサーは枢木スザクだっけ?こうして話すのは初めてだな、俺は、』

 スザクは敵であるナイトオブスリーのワンオフ機、トリスタンを睨みつけながらルミナスコーンを起動させた。ランスロット全体が淡色のブレイズルミナスで覆われる。

 エナジーフル。機体損傷ゼロ。

『え、いや、ちょ、ちょい待ち!俺は確かにシャルル皇帝にスザクの足止めしろって命令されたけど、破壊しろとは一言も言われてないからさ、そんな戦う必要は、』

 ランスロットが轟音を立ててトリスタンに飛び掛かる。トリスタンは豪速で繰り出される足をギリギリのところで受け止めた。舌打ちする。通信からはわあわあと男の悲鳴交じりの声が聞こえた。

『ちょ、待って、知らない俺のこと!?この機体とか見たことない!?』

「ナイトオブスリーのジノ・ヴァインベルグだろう」

『そうそう!知ってるんじゃん!だったらちょっとぐらい待って、』

「敵であることに変わりは無い。シャルル皇帝がギアス嚮団に関わりがあると言うのなら、僕の敵だ」

 ランスロットの一撃がトリスタンの足を打ち砕く。トリスタンがバランスを崩した瞬間に再度ハドロンブラスターが閃く。

 しかし背後からパーシヴァルが襲い掛かってきたために一旦離脱した。

 上空に逃げるが即座にヴァルキリエ隊に囲まれる。全部で4機。ヴァルキリエ隊はスラッシュハーケンを放ち、ランスロットの四肢を捕縛して空中に磔にした。

『枢木スザク、お前の大事なものはなんだぁ~』

 空中で身動きの取れないランスロットへパーシヴァルが真正面から襲い掛かってくる。

 ぬめぬめとした気味の悪い声色が通信越しにスザクの鼓膜を揺らした。

『そう、それは命だぁあ!!』

「ふん」

 右腕のヴァリスを起動し、ヴァルキリエ隊の1機のコックピットを消滅させた。

 的確にパイロットの命のみを奪われたヴィンセントがぐらりと揺らいで地面に落ちる。

『マ、マリーカ、マリーカ!』

『よくもマリーカをっ』

 他の3機が動揺し、ほんの少しだけスラッシュハーケンを引っ張る力が弱まる。

 その隙をついて独楽のように体を回転させる。3機のヴィンセントが互いにぶつかり、一塊になる。ハドロンブラスターで3機を丸ごと爆発させ、ランスロットは襲い掛かってきたパーシヴァルの右腕を引きちぎった。

「大事なもの?復讐だ。もう他には何もない」

 上空からトリスタンが躍りかかる。離脱。

『ブラッドリー卿、単独で攻撃するのはよせ。あれは特派の、』

『イレブンの猿が!薄汚い血を持つ蛮族の輩がブリタニアのっ』

 特攻をしかけてきたパーシヴァルのルミナスコーンの矛先を機体を捩じって避ける。

 ふわりと上空に浮かび、ランスロットはパーシヴァルのコックピットを足で叩き潰した。

 ぐしゃり、と音がしてパーシヴァルはそのまま地面に激突する。ランスロットの足は赤黒く染まっていた。

 体勢の崩れたランスロットへトリスタンがハドロンスピアーを放つ。だがブレイブルミナスの壁にぶち当たり軌道がずれた。

 脇を通り抜けたハドロンスピアーを握り、へし折る。離脱したトリスタンに追いすがるようにランスロットが飛ぶ。

 エナジー残り85%。機体損傷ゼロ。

『いやちょ、待って待って、そもそも俺はギアス嚮団とやらについて何も知らないのに護衛のために引っ張り出されただけなんだって!俺だって事情を知りたい!シュナイゼル殿下はいきなり合衆国日本を承認するし、だっていうのにシャルル皇帝は「俗事はぁ、シュナイゼルにぃ、任せるぅう」としか言わねーし!シュナイゼル殿下に任せられねーから聞いてんのにあんのブリタニアンロールはっ』

 バランスを崩しながらも流石にトリスタンの防御は固い。

 スザクはヴァリスを起動させて即座に撃った。胴体部を掠めて火花が散る。

『待って待って、話聞いてマジで!コミュニケーション大事!お前イレブンなんだろ!?イレブンはコミュニケーション大事にする民族なんじゃねえの!?』

「何事にも例外はある。それに生憎僕は今君と話をする理由も余裕も無い」

『俺にはあるね!本国ではさっさとシュナイゼル殿下を宰相から引きずり降ろせってわーわー騒いで煩いし、でもシュナイゼル殿下以外に宰相務まる人選なんてある訳ないし、そんなドン引きレベルの大混乱の中で、なんっっで皇帝が南極に来るのか訳分からん!しかもなんか黒の騎士団がいるし、もう、ちょっとほんと誰でもいいから説明して欲しくてたまらないんだよ!マジで!』

「だったら今すぐどけ。君が邪魔をしなければ今ならまだシャルルに追いつけるかもしれない」

『話聞いてた!?ていうか俺もナイトオブラウンズだからな!?皇帝に逆らうなんてできる筈ないだろ!』

「じゃあ死ね」

 ハドロンブラスターが空気を貫くように閃く。

 通信越しに息を飲む声が聞こえ、同時にトリスタンから脱出装置が排出された。

 無人となったトリスタンにハドロンブラスターが突き刺さり、そのまま空中で爆散した。

 

 排出された脱出装置は地下空間から飛び出して、脱出を果たした。

 スザクは手の届かない場所まで逃げおおせたジノ・ヴァインベルグを一瞥して手元の液晶画面に目を落とす。

 ナナリーの居場所を寸断なく示していた白い点が消失している。恐らくナナリーはシャルルと共にいるだろう。二人共無事にギアス嚮団本部から逃げおおせたらしい。

「シャルルが殺せなかったのは惜しいけど……でもV.V.はまだいる筈だ。ナナリーがいないのなら」

 スザクはニーナが設置したボタンに目を落とした。

 

 

■  ■  ■

 

 

「また派手にやるねぇ」

 V.V.は轟音が鳴り響く外に一瞥を向けて嘲笑した。

 嚮団の最奥、V.V.は数名の護衛を率いて黄昏の扉に向かって歩いていた。

 足取りは軽やかだった。計画が始まるまでそう時間はかからない。ナナリーの準備が整えばすぐにでも始められる。

 今やギアス嚮団本部が壊滅しようとも、それはV.V.にとって些末なことだった。何しろ既にラグナレクのシステムは完成している。人の生死はもう白紙の裏表程度の違いでしかない。

 しかしギアス嚮団本部の全域から聞こえる悲鳴交じりの爆裂音は、聞いていて愉快になれるような音楽ではなかった。V.V.は元来静寂を良しとする男だった。何も聞こえない、自分以外には誰もいない空間こそが、人類が到達し得る最高の幸福であり平和な世界であるとV.V.は心から信じていた。

 そのV.V.の性質からして、あまりに煩いこの環境は好ましいものではなかった。

「ユフィとジェレミアと、そしてナナリーのことで随分頭にきてるみたいだけど……自分が殺している人もまた誰かのナナリーだっていうことにルルーシュは気が付いているのかな?気が付いているのならとんでもない自己中心女、気が付いていないのなら、単なる馬鹿だよね。まあ前者なんだろうけど。本当に女っていう生き物は……」

 ふとV.V.は言葉を切って背後を見やった。

「恐ろしいよ」

 一人の護衛の背中が切り裂かれ、血が噴水のように噴き出した。悲鳴が轟き、混乱した護衛が慌てて拳銃を取り出す。

 柱の陰から飛び出したのはコーネリアだった。血濡れた剣を両手に構えている。長期間に渡り調査と潜伏を繰り返していたコーネリアは顔や衣服を泥と埃塗れにしながらも、瞳を爛々と輝かせてV.V.を睨みつけていた。 

 その姿を認めてV.V.は溜息を吐いた。

「混乱に乗じてここまで乗り込んできたの?よくやるよねぇ。ま、弟妹のためなら何だってやるのが先に生まれた者の使命みたいなものだしね」

 コーネリアはV.V.に向けて剣の切っ先を構えた。

 足を踏み出して切りかかる。周囲の護衛はコーネリアに銃口を向けたが、一閃の下に斬り伏せられた。

 

 今のコーネリアは大軍の指揮官ではなかった。ただ妹の復讐のことのみを考える、激情に駆られた一人の姉だった。コーネリアの視線にはただV.V.のみが映り、彼の少年を殺すことだけに身命を賭していた。

 限界まで研ぎ澄まされた殺意はコーネリアの優れた武人としての性質をさらに鋭くし、一個の凶悪な武器としていた。

 

 絨毯に護衛の死体が零れ落ちる。コーネリアは勢いのままにV.V.へと駆け寄り腹に剣を突き立てた。

 そのまま横倒しになったV.V.をさらに滅多刺しにする。

 咆哮を上げながらコーネリアはV.V.を何度も、何度もV.V.の小さな体に剣を突き刺した。V.V.の華奢な手足が千切れて、内臓が腹から溢れ出ても、何度も。

「ユフィ、ュフィ、ユふィ、ユーフェミア、ユふィ、ゆふィ………」

 教徒が神に縋るような声でコーネリアは幾度もユフィの名前を呼んだ。

 涙と血で視界がけぶる。

 小さいユフィ、優しいユフィ、可愛いユフィ、幸せになるべきだったユフィ。脳内でストロボのように様々なユフィの姿が点滅する。

 幸福だった情景とV.V.の肉片が飛散する光景が交じり合い、コーネリアの中で一つの歪な塊になった。

 復讐はこれで成った。成った筈だ。しかし何も達成感は無かった。終わったのだという寂しさだけがコーネリアの中で段々と水嵩を増した。

 V.V.の胸元に深々と剣を突きたてる。地面に縫い留められたV.V.はごふりと口から血を吐き出して動きを止めた。

 悲惨な光景だった。年端も行かない少年の無残な死体を前にコーネリアは涙を流した。

 こんなことをしてもユーフェミアは帰ってこないし、喜ぶことなど絶対にしない。

 そうとコーネリアは最初から分かっていた。しかしそれでもこうせざるを得なかったのだった。

「………ユフィ、私を許してくれ。お前の名前を呼びながら、私は」

 頭を振り、コーネリアは嗚咽を零しながら逃げるようにV.V.の死体に背中を向けた。

 夢遊病者のような足取りでコーネリアはその場から姿を晦ました。

 

 

 コーネリアがその場から立ち去ってから、V.V.は胸元に突き立てられた剣を抜こうと身を捩らせた。

 しかし深々と地面に突き刺さった剣を抜くことは幼い少年の手には聊か無理があった。暫く抜こうと奮闘したが、何の成果も無く徒労に終わる。疲労で溜息が零れる。

「痛いなあ」

 斬り落とされた両足や内臓がじくじくと痛みを訴える。不老不死であっても痛覚はちゃんと残っていた。痛みを感じなくなることなんてありえない。痛みに慣れることはあっても、痛みが無くなることは無いのだ。

 人は生きている限り痛みに苛まれ続ける。それは生まれ持った人間の業であり、逃れられない運命だ。しかしV.V.はそれから逃れようとしたのだった。そのためにずっと、ずっと走り続けてきた。

 V.V.は自らの体を苛む剣の刃を指で撫でた。

「痛いな。痛いよ。でも生きてるって証拠だよね」

 そのまま暫くその場でV.V.は待った。黄昏の扉へ続くこの道に、きっとそう時間を置かずにシャルルはナナリーを連れてくる。

 数分後、予想通りに近寄ってくる足音が聞こえてその方向へと目を走らせる。重い足音と車輪の音だ。

 シャルルは血まみれで地面に横たわるV.V.の姿を見つけて瞠目し、痛ましそうに顔を顰めた。V.V.は体を捻ってなんとかシャルルの顔を視界に映した。ごぽごぽと口から血を流しながら、V.V.は囁くような声量でシャルルへ訴えた。

「シャルル、酷いんだ。コーネリアも、ルルーシュも。ギアス嚮団の皆を問答無用で殺しているんだ。話し合いで全てを解決するなんて、一緒のテーブルにつくことが出来なきゃ無理な話さ。早くこんな世界を終わらせよう。すぐにラグナレクを接続しようよ」

「まだ準備が足りません。ナナリーが十分にギアスを使いこなせるようになるまでは待たないと」

 シャルルは車いすの上で血まみれのV.V.に怯えるナナリーの頭を一度撫でてV.V.の前へと跪いた。

「兄さん、一つお聞きしたいことがあるのですが、よろしいですか?」

「勿論いいよ。可愛い弟の質問には何でも答えるさ。でも剣を抜いてからでもいいかなあ。さっきから痛くてたまらないんだ」

 ほら、と胸から生えている剣を指さす。

 シャルルはすぐさま剣を引き抜いた。胸中を刃が通り抜けるおぞましい感触にV.V.は顔を顰めたものの、刃が完全に抜かれたと同時に表情を和らげた。

 剣が抜けてもまだ体は動かない。しかし幾分か呼吸がしやすくなりV.V.は深く息を吐いた。

「ありがとうシャルル。もう、コーネリアも酷いよね。実の伯父を殺そうとするなんて」

「ユーフェミアを殺したのは兄さんなのですか」

 それは疑問の形式をとっていたものの、事実を確認しているだけという硬質な声色だった。

 V.V.は頬を引き攣らせたものの、それはほんの一瞬のことだった。V.V.はまさか、と首を振った。

「違うよシャルル。ユフィを殺したのは本国の貴族の誰かだろう?もしくはテロかもしれない。それは分からないことだよ」

 常と全く変わらない声色のV.V.にシャルルは寂しげに顔を歪めた。

 V.V.は自分相手にこんなに自然に嘘がつけるのだ。その時のシャルルの表情は、ゲンブを殺したのが兄だと知った時のナナリーと酷く似通っていた。

「―――兄さんはまた嘘をついた。私は……私は寂しい。兄さんに嘘をつかれて」

 シャルルは手のひらをV.V.に押し当てた。

「兄さんは変わってしまった」

 50年もの長い年月の間、常にV.V.と共にあった集合無意識の欠片が抜け落ちてゆく。それはシャルルの掌を伝い、シャルルの意識へ流れ込んだ。

 V.V.は血液が流れ出て行くよりもずっと冷たい虚無感を感じた。それは荒野のど真ん中に放り出されるような感覚だった。このままでは死んでしまうと、脳の底が焼けるような焦燥感がぴりぴりと痛んだ。

 しかしシャルルの腕を振り払うだけの力が自分には無かった。それは全身を切り刻まれたせいだけではなかった。なにしろシャルルは壮年の男性で、自分は虚弱な少年の姿をしている。50年間の歳月が二人の間には横たわっていた。

「うん。生きているからね。でも、じゃあこれからはシャルルが背負っていくんだね」

 自分に押し付けたシャルルの厳つい掌に、V.V.はそっと自分の小さく柔らかい掌を重ねた。

 50年前は同じ大きさだった。時の流れは残酷だ。シャルルは変わってしまった。そして自分も変わってしまったのだ。

 しかしシャルルを愛する心は何も変わらなかった。

 変わった方が自分もシャルルも幸せになれただろうに。本当に人の感情とは、意識とは、思い通りにならない。それを思い通りにしようとすることの何が悪いというのだ。

 

 ラグナレク計画はシャルルが引き継ぐだろう。であれば、これはただの一瞬の別れでしかない。

 悪戯する弟を見守る兄として、V.V.は優しく微笑んだ。

「いいんだ。許してあげるよ、シャルル。実際大したことじゃない。死んでも終わりじゃないことを、僕はもう知っているから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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