ポケモンマスターへの道   作:ほりぃー

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序章なので少しだけ、短いです。


VS コラッタ

「ポケモンマスターに僕はなる」

 こっそりとつぶやいた少年はレッドと言う。

 ポケモンのイラストが入った図鑑を広げ、キラキラとした瞳は少年らしい憧れを映している。ただ押し殺した声は照れで染まっている。レッドはあたりを見回して自分の言葉を誰か聞いたのではないかと心配した。

 さわやかな風が草むらをなびかせている。そしてその眼下にはレッドの住むマサラタウンが見える。あたりに人はいない。

 レッドはほっと息を吐いた。いつかはと夢を想うが今は恥ずかしい。

 

 がさがさ

 

 レッドはビクリと体を震わせた。後ろで物音がする。

 おそるおそるレッドが振り向くと、草むらの間からのそのそと薄い紫色をした小さなポケモンが現れた。コラッタである。口から突き出た前歯とくるりと先の巻かれたしっぽが特徴的だった。

「わぁーコラッタだー」

 レッドは図鑑を放り出して顔を紅潮させた。単なるイラストよりも少年が実物を見たときの好奇心は我を忘れさせるほど興奮させた。それにコラッタである。大人たちから聞く話ではたいした強さではない、はずだ。

 じりとレッドがコラッタに近付いた。コラッタは警戒するように下がる。

「こわくないよぉ。こわくないよぉ」

 笑いながらゆっくりとレッドはコラッタに手を伸ばす。可愛らしいポケモンと戯れたいという少年の純粋さがそうさせたのだ。しかし、彼はポケモンを持ってはいない。彼に「弱い」とコラッタのことを話した大人達は持っている。

 

 コラッタの体当たり。きゅうしょにあたった。

 

「ぐええぇえ」

 急にレッドのみぞおちにコラッタは突撃した。レッドはたまらず膝をつく。

「な、なぜ」

 

 コラッタの体当たり。こうかはばつぐんだ。

 

 レッドの頭が跳ねあがった。空が見える、青い蒼穹がどこまでも広がっている。きれいだなとレッドが思った瞬間に目の前が真っ白になった。

 

 

 

「あれから半年か」

 レッドは草むらの前で呟いた。半年前コラッタに半殺しにされたことが昨日のことのようだった。それを思い出すたびにレッドの中の赤い炎が燃え上がるようだった。

 レッドの背丈はあまり変わっていない。たかが半年である。しかし、彼の目つきはギラギラした光を宿している。それは半年前の、幼い瞳とは違う。戦いへと向かう男の眼だった。

 ポケモンと人間の力の差。それを思い知らされたレッドはあまりの悔しさに泣きぬれた。いつかポケモントレーナーになってあのねずみを倒してやろうと日々妄想した。

 

 ギャラドスを操りウインディを使役してコラッタを倒す。もちろん少年のとめどない妄想の一場面に過ぎない。レッドはそんな思いを慰めにして自分が10歳になるのを待った。

 10歳。世間的には大人であると一応認められる年齢。ポケモントレーナーになるにも旅に出るにもこの年齢にならなければならない。

 しかし少年は気が付いてしまった。どんな妄想でも戦っているのは自分ではなくポケモンである。自らが戦うこともなく命令しかできない存在であると少年は気が付いた。いや、気が付いてしまった。

 ポケモンに比べてなんと人間の脆弱なことか。おそらく素手ではどんなポケモンにも勝てまい。そう少年は思い、彼は無力さに打ちひしがれた。そのたびに無様にもコラッタにのめされた記憶がよみがえってくる。

 しかし少年は思う。これではいけないと。ポケモンに頼って何がポケモンマスターか、マスターとは「支配者」であるのだ。そうレッドは思った。

 

 

 レッドが体を鍛え始めたのはそれからである。最初は子供らしくそこらを駆け回る程度だったが、だんだんとエスカレートし始め、手始めに座禅しながら寝るようになった。

 鍛錬は苦行である。そこらへんで拾った棒を手が血にまみれるまで振り続けた。石を持って川にも沈んでみた。手や足の筋肉がみちみちと音を立てるのを聞いたのは1度や2度ではない。

 

 その少年。レッドは今草むらに立っている。彼は10歳になっていた。わずか半年の間に顔の丸みがとれ、日に焼けた精悍な顔つきになっている。彼の目指すのはコラッタの打倒。用いるのは己の肉体。モンスターボールなど持ってはいない。

「ふー」

 レッドは息を吐いた。半年前に夢を聞かれまいと安堵した可愛らしい吐息とは違う、狩人の落ち着いた息。目を左右に動かし、草むらのそよぎさえも監視する。敵がそこにいるとすれば、彼は瞬時に気づくだろう。

 レッドは物音を立てぬように草むらを進む。どこからネズミが出てこようと対応のできる無形の構え。ヘタに構えないほうが、反応が速いことは半年の間で学んだのだ。

 

「こりゃー、草むらに入っちゃいカーン」

 

 いきなりの声にレッドが振り向くと、白髪の老人があわてながら走ってきていた。オーキド博士というマサラタウンに住むポケモン学の権威である。レッドもその有名人の顔はよく知っていた、幼馴染の祖父でもあるから、博士としての彼よりも友人の家族としてのイメージが強い。

 しかし、今レッドにはどうでもいいことだった。彼は気にせず先へ進んでいく。

 草むらが動いた。レッドは素早く構える。

 

「あぶない! ポケモンじゃ」

 

 レッドと同じく、草むらの動きに気が付いたオーキドがモンスターボールを構えて、素早くレッドをかばい前へ出る。そこにすーとレッドの手がその首筋に伸び、わずかな音を出した。オーキドが膝をつく。

 あてみである。オーキドは倒れた。レッドはそれを見下ろして言う。

「邪魔を……するな」

 

 レッドは音のした方へ構えをとる。少し背の高い草が当たりに広がり。足元で伸びている老人が邪魔だった。あまりレッドに有利な地形とはいえない。

 口元をレッドは一度舐める。不利な状況だが、どこからでもこいと心を構える。

 ざっと動いた草むらに、一瞬紫の色が流れた。

 

 ――やつ!

 

 いる。レッドは確信した。そしてここが奴の死に場所でもある。 そうレッドは思う。

 奴の使うであろう技は「たいあたり」と「しっぽをふる」。レッドは周辺にいるコラッタの生態は把握していた。

 

 やせいのコラッタが飛び出してきた。

 

「きた……」

 な。という前にコラッタの姿がぶれた。残像を残してレッドの周りを奔る。

 電光石火。人間の速度をはるかに超えたポケモンの技。完全にレッドの予想は外れた。このコラッタは彼の思っているよりもはるかに強者らしい。

 鍛えたレッドの目がかろうじてその姿を追うが体がついていかない。「く」とうろたえた声を少年は漏らす。

 危機に瀕してレッドの頭の中で脳内麻薬がはじけた。しかし先鋭化した感覚が捉えたのはゆっくりと懐にコラッタが飛び込んでくる、その姿だった。レッドの内心の驚きさえ、遅い。

 

 コラッタのでんこうせっか。レッドにダメージ。

 

「ぐはああ」

 コラッタの突撃を腹に受けたレッドが血を吐きながら吹っ飛ぶ。受け身すら取れずに無様に地面に倒れる。

 それとは逆に、しゅたと地面に降り立ったコラッタは身をそらし、勝ちを誇った。やせいでありながらととのった毛並が太陽に光で映える。そのままコラッタは踵を返した。もはや用などないといっているかのようだった。

 

「ま、てよ」

 声に驚いたコラッタが振り返るとそこには、膝を震わせながら立とうとするレッドの姿があった。コラッタは身を沈め、臨戦態勢をとった。赤い瞳が少年を睨む。

「くくく」

 レッドは笑った。彼は傍目にも、今にも倒れてしまいそうだ。ひんしでも言えばいいのだろうか。だが少年は笑う。たしかに奇襲を受けて口の中は血の味しかしない。それでも笑う。

 立てた。その一点が少年の心を立て直す。

 

 口元の血を袖でレッドはふく。がたがたと震える膝をなんとか支えている、はずの少年の瞳には光が宿り。ゆったりと右手をコラッタに伸ばす。

 

 まるであのときと一緒だった。何も知らずにコラッタへ無邪気な手を伸ばした半年前と。

 

「こいよ」

 レッドは右手をひっくり返し、指で手招く。少年の決意が思い出を越えていく。

 コラッタはさらに深く身を沈めて、その前歯をつきだして威嚇した。そしてじりじりとレッドを中心に円を描く。

 殺気が青空のもとで交錯する。レッドはコラッタに合わせて身を動かすこともできない。傍目にも弱っていると言っていいほどに足が震えている。

 コラッタは踏み出せない。少年の目が彼を見ていた。そこにある決意がコラッタの動きを制している。しかし、周辺では考えられないほどの力を持つこの、ネズミもまた決意があった。敵を前にして、臆しても逃げ出すようなことはしない。

 

 コラッタがぶれた。電光石火。

 

 風を抜き、空気を鳴らしコラッタは疾走する。人間の反射神経では及びもつかない超速の世界。少年の命を刈り取るには十分すぎるほどの雷の鎌。

 レッドは嘆息を漏らす。コラッタの絶技が美しいとすら思えてしまうほど彼の心は安らかだった。避けられない、それがわかるが心の中にためらうはなかった。

 レッドは両手をさげた。力を抜いて腰を少し落とす。

 草を切る音がする。レッドの脳裏にコラッタの姿が浮かび上がった。それは実際の姿ではない、半年の間に想像したコラッタの残像。違うのは速度。「たいあたり」と「電光石火」の差。何度も繰り返したイメージトレーニングは、既に現実と変わらない。

 

 超速の世界、少年のいない世界でコラッタが飛ぶ。スピードが違いすぎた。狙うは腹。二度と立ち上がらないように渾身の力を込める。

 がっとレッドの腹、その中央にコラッタの体が突き刺さった。がはレッドが血を吐いて倒れ、ない。

「きたえたんだ、この半年間……腹筋なんてなあ何度したかおぼえてないんだよおお」

 

 コラッタが目を見開いて離れようとするのをレッドが強く掴んだ。そして優しく前へ投げる。

 空中にコラッタが浮く。さしもの彼も掴む地面がなければ動けない。前足をばたつかせて落ちる。

 半秒。コラッタにできた浮遊。レッドは身を引いて、にやりと笑った。

「お返しだ……」

 右足を蹴って、肩を構える。

 

 レッドのたいあたり。きゅうしょにあたった。

 

 コラッタが衝撃に吹き飛ばされる。地面に強打されぴくぴくと動いた後、動きを止めた。

「かっ……」

 だんとレッドも膝をつく。もはや立っていられそうにない、今すぐに吐きたい、倒れたい。ぐらぐらと視界が揺れる。それでも少年は天を向いた。青い空、その向こうへ心を放つ。

 

「勝ったぞおおおおおおおおおおおおおお、僕は勝ったんだああぁぁ……ぁ」

 糸の切れた人形のようにことりとレッドは倒れた。

 

 コラッタLV5撃破。レッドはたいあたりを覚えた。

 

 




お疲れ様でした。
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