ポケモンマスターへの道   作:ほりぃー

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初ジム戦です。


VS タケシ ジムリーダー戦

 ――ニビシティ――

 

 ジム。それはポケモン協会に認められた八人の強者の城。カント―地方各地に点在し、全て制覇したものだけがポケモンチャンピオンになれる資格を得ることができる。

 その一つがここニビシティにはある。

 ニビシティ。近くに「おつきみ山」があることで化石調査が盛んな町だ。だがいかんせん、その「おつきみ山」のせいで交通が不便なためカント―の各町と交流は少ない。また経済も同様の理由で振るわない。

 要は、田舎である。

 

 

 レッドはニビシティの中央部にあるポケモンジムの前に立っていた。彼は帽子をかぶりなおした。少しだけ緊張しているのか、心臓の音が穏やかに聞こえてくる。

「ジム戦か……トキワジムでは戦えなかったからな」

 トキワの森でスピアーとの戦いのあと森を抜けて今日ついたばかりだった。彼はかなりの疲れに森の中で気絶してしまったが、幸い近くに――

「にいちゃーん」

 レッドが振り向くと麦わら帽をかぶった短パンの少年が手を振りながら走り寄ってきた。

「なんだ、ユウキか」

「今日、タケシさんに挑戦するんだろ!! めっちゃたのしみで、昨日眠れなかったんだよ。速く入ろうよ、ねえ、ねえ」

 きらきらした目でそう言うユウキはぐいぐいとレッドの手を引っ張る。この少年、ユウキはレッドがトキワの森で助けたことと、その後に逆にレッドを助けたことが縁で友達になっていた。

 レッドが無事にニビシティまでついたのもユウキのおかげである。ユウキは傷ついたレッドを運ぶことは無理だったが、彼が目覚めるまで安全な場所に引きずって守ってくれた。とは言ってもレッドが目覚めた時には片手に棒を持って、持ちポケモンだろうキャタピーをそばに置いてうつらうつらと眠りそうになっていたが。

 ちなみにユウキはレッドの超人的な力を知る、数少ない人間でもある。

 

「兄ちゃん、バリつえーもんね。タケシさんだって倒せるよ」

 レッドはジムの前で感じた緊張感はどこへやら、口元に微笑を浮かべ。

「わかったよ」

 とユウキに引かれるままジムの中に入っていく。

 

「よう!! 未来のチャーンピョーン」

 レッドがジムに入ったと同時にあやしげな男が話しかけてきた。黒いサングラスに紫のスーツを着ている。

「誰? おっさん」

 ユウキの言葉と同じことをレッドも思う。だが男はかまわず続けた。

「ここのジムのリーダータケシは固い意志を持つ男だ。固くて我慢強い! そう! 使うのは岩タイプばっかりだ!  水タイプや草タイプを持っていけば有利に戦えるぞ」

 レッドは少し頭を下げて。

「そうですか、ありがとうございます」

「いいってことよー。頑張れ未来のチャンピオン」

 胡散臭げに男を見るユウキの手を引っ張ってレッドは歩き出した。

 

 

 中は広く天井が高い。窓はなく照明器具だけが明るくバトルフィールドを照らしている。

 中央にモンスターボールの円を描いたバトルフィールドは、赤土でおおわれた真っ平なフィールドだ。シンプルな分、お互いの実力がものをいうだろう。

「はーはっはっは」

 笑い声が響いた。

 レッドとユウキが見るとフィールドの先に人影が見える。それは両腕を組んで大口を開けて笑っていた。

「まちなー!こどもが何の用だ!タケシさんに挑戦なんて10000光年はやいんだよ!」

 現れた人物はまたもタケシではないらしい。レッドはため息をついた。

 

 

「だれだよ兄ちゃん。さっきのおっさんといい。タケシさんに会わせろよー」

 ぴょんぴょん跳ねてユウキが抗議する。

「おっさんって何の話だ! タケシさんに挑戦したかったらまずこのボーイスカウトのキヨシをたおしてからにしなー」

 ビシと親指で自らを示すキヨシの話でレッドは彼の役割を理解した。まず挑戦者を門下生に戦わせてふるいにかけているのだろう。つまりキヨシを倒さねばタケシと戦うことすらできまい。

「わかった。そういうことなら相手になろう」

 レッドはキヨシに言う。

「そうこなくちゃつまらないぜー。出てこいディグダー」

 キヨシは言うが早いかボールをバトルフィールドに投げ入れた。一瞬の閃光の後ひょっこりと地面から顔を出したモグラのようなポケモンが現れる。ディグダだ。

「さあ、挑戦者は赤い方の子供だろ。ポケモンをだしな!」

 レッドはディグダを一瞥して目を閉じた。そして一歩無言で前に出る。キヨシはいぶかしげにレッドを見て、ユウキは何をしてくれるんだろうと少し笑いながら目でレッドを追う。

 

 レッドが目を見開いた。そのままディグダを「にらみつける」。ディグダは体をすくませた。恐ろしい目。今にも食い殺さそうな錯覚にディグダは襲われた。空間すら歪んでしまいそうな殺気。

「はーはっはっは、さてはこのキヨシ様に怖気づいたな!!」

 トレーナーが見当違いのことを言うことすらディグダには聞こえない。彼の目にはレッドの目だけが見える。レッドが動いた、わずかに手を上げようとして闘気を発する。ディグダは体を震わせて

「でぃぐ」

 と鳴いて。逃げ出した。

「ああっ? どこへ行くんだ。まてー」

 キヨシもディグダを追う。レッドは構えを解く。

「すっげーなんかよくわかんないけどすっげー」

 ユウキが無邪気に喜んだ。

 

 

「おもしろいな、睨みつけるだけでポケモンをひるませるのは初めて見た」

 つかつかとバトルフィールドの男が現れた。緑のズボンの上はなにもつけず、筋肉質な上半身をあらわにしている。顔は日に焼け、目は細い。

「俺がジムリーダーのタケシだ。今のバトル……にもなってはいなかったが君の勝ちだ。俺への挑戦を受けよう」

 タケシは涼しげな顔でたたずむレッドに言った。そして薄く笑う。レッドの放つ雰囲気が常人のそれとは比べものにならないことをこの男は気が付いた。好敵手は望むところだ。

「ありがとうございます。ぼくはマサラタウンのレッドと言います」

 レッドはタケシに視線をむけて言った。タケシは頷いて返す。

「ああ、いい勝負をしようレッド君。……ところでなんだが君はバッジを保有しているか?」

「? いいえ、ここが初めてのジムです」

 タケシは少し眉を寄せて。

「そうか……。レッド君、気を悪くしないでくれよ。通常ジムではいくつかのルールがある。まずはポケモンの数の制限だ。これはリーダー、挑戦者ともに三対三で行う。リーダーは途中交換の禁止及びアイテムの使用厳禁だ」

 レッドは頷く。正直そんなルールは知らなかったがもともと己の体しか持たない。

「そこでここからが関係あるのだが。レッド君今回俺は二体のポケモンで戦わせてもらう。バッジは三つそろえるまでリーダー側が段階的に制限を受けなければならない。……悪いがこれはポケモン協会が決めたことだ」

 これにはレッドは驚いた。手加減しようというのか。

「タケシさん。ぼくはバッジなんてどうでもいいんです。強い人と戦いたい。それだけです」

「ならば挑戦を受けるわけにはいかない」

「!」

 タケシはぴしゃりと言った。ここまで言われるならばレッドも引きさがざるをえない、彼は唇を噛んで目を閉じた。今タケシを見れば睨んでしまいそうだったからだ。

 タケシは気の毒そうにレッドに声をかける。

「ジムは個人的な場所ではないんだ。俺も相手を侮辱しているようで気が乗らないが……それに二体とは言っても俺のポケモンは強力だ。そうやすやすと負けるつもりもない」

 やりきれない苦みを心に持ったままレッドは頷いた。ゆっくり開いた目はタケシを見れなかった。

 

 

 

「これより、ジム戦を開始するぜー。審判はこの俺、キヨシ様が担当させてもらうぞ。文句ないな赤いの!」

 大声でバトルフィールドの審判枠で怒鳴るキヨシにレッドは目もくれない。見ているのは対した敵、タケシだけだ。やっとタケシへ向けることができた視線は彼の心を映して炎を宿すように熱い。

「いい視線だ。全力で競い合うのはポケモントレーナーの性だなレッド君。行くぞ!!」

 タケシがボールを投げ入れる。一瞬の光の後に岩石の体に大きな目をつけてたポケモンが出てくる。イシツブテだ、両手を振ってみなぎる闘志を表す。

 レッドは一歩バトルフィールドに踏み入れた。タケシはレッドの奇怪な行動に思わず声を出した。

「何のつもりだレッド君」

 レッドはイシツブテを指さして。

「ぼくはポケモンを持っていません。だからこいつの相手はぼくがします」

 沈黙。キヨシもタケシも今聞いたことが信じられない。生身でポケモンに立ち会うなど正気の沙汰ではない。ただ少し離れたところで見ているユウキだけが

「がんばれー、兄ちゃーん」

 と声をだして応援してる。

 タケシははっとして言った。

「冗談だろうレッド君。君は……」

「冗談じゃないですよタケシさん。ぼくはそうやって旅をしてきました。それともなんですか」

 レッドの心の中の悔しさがそれを言わせる。

「生身の人間にも勝てない程度の鍛え方をしているんですか」

 びきり。そう音が聞こえそうなほどタケシの顔が怒りに歪んだ。温厚な人柄の彼だが、トレーナーそれもジムリーダー級の人間の前で持ちポケモンを侮辱するほどの無礼はない。

「いいだろうレッド君。相手になろう! さあ、かかってこい」

「ちょっ、ちょっとタケシさん、いいんですか……ひょ!!」

 静止しようとするキヨシをタケシがじろりとにらんだ。薄目をわずかにあけた視線は怒りをにじませてキヨシを委縮させる。

「よ、よーし。始めちゃうぜー。始め!!」

 

 開始の合図とともに飛び出したのはイシツブテだ。タケシは指示も出さずに初手の攻撃を繰り出す。たいあたりだ。

 レッドはゆっくりと構えて。腰を落とす。

「兄ちゃん!!」

 ユウキの悲鳴のような声が響く。確かにイシツブテは先手を取った。しかしレッドの速さなら楽々とかわせるはずだ。レッドはあえてそれをしないことがユウキにはわからなかった。

 イシツブテが迫る。二十キログラムの石の塊が飛んでくる。レッドは歯を食いしばった、ガードはしない。代わりに腹に力を込める。

 レッドの腹にイシツブテが「たいあたり」を仕掛けた。

 

 イシツブテのたいあたり。レッドにダメージ。

 

 レッドはぐふと肺の空気を吐き出されてうなる。だが下がらない。それどころか一歩イシツブテを腹に抱えたまま前へ出る。

「なに!」

 タケシの驚愕。人体ならば内臓が傷つけられてもおかしくない衝撃のはずだ。それなのに挑戦者の少年は意に介さず前へ進んでくる。

「イシツブテ! 旋回して体当たりだ」

 イシツブテの体がぐるりと回る。レッドから十センチだけ離れもう一度突っ込む。

 

 イシツブテのたいあたり。レッドにダメージ。

 

「がはあ」 

 血が飛ぶ。レッドの口から飛び出したものだ。今度こそ内部にダメージを与えたのだろう。

 それでも彼は下がらない。レッドは口を開く。

「ぬるいんだよ……石っころおおおお」

 握った右拳を天井に掲げて振り下ろす。腰をひねり、全体重を直下する拳に乗せる。イシツブテの固い顔に拳が直撃する。

 ばきと何かが割れる音が響く。次の瞬間にどんと音を立てて、イシツブテが地面に落ちた。

 

 レッドのメガトンパンチ。イシツブテにダメージ。レッドは反動でダメージを受けた。

 

 レッドの右拳の骨に衝撃が響く。手の甲から血が飛び、一瞬遅れて激痛が走る。音はそのためだ。

「だからどうしたんだああ」

 イシツブテが起き上るその頭に思いきり右拳の一撃をレッドは加える。イシツブテはまた地面にたたきつけられた。頭上からの打撃に地面への落下。二重の衝撃。

 

 レッドのメガトンパンチ。イシツブテはたおれた。反動でレッドはダメージを受けた。

 

 レッドは姿勢を直してタケシを睨む。開始の場所から一歩たりとも動いていない。手を振って血を払い、静かに息を整える。

 つまるところ宣戦布告。あえての不利を交えてのバトルはタケシの手加減への激しくそして言葉を使わない抗議。彼の闘志は手のダメージがちょうどいいつり合いだとむしろ喜ぶ。

 タケシは鋭い視線を向けるレッドに身を震わせた。

 武者震いである。

 

「い、イシツブテ戦闘不能」

 キヨシがあわてて手を挙げた。目の前の光景が信じられない。人間が真っ向からポケモンに勝った。その上「いわ」タイプに殴り勝ったのだから驚きもひとしおである。

「やったぜ兄ちゃん」

 ユウキは飛び上って喜んだ。

 レッドは何も言わない。嬉しくもない、さあ来いと心でタケシに発する。

 タケシはイシツブテをボールに収めると小さく笑った。レッドの心の声を聞かずともその目を見れば何を思っているのくらいわかる。その思いはタケシも同様だった。

 ここに彼らは共鳴した。

「レッド君……驚いた、本当にな。まさかこんなことがあるとは思わなかったよ」

 穏やかに言うタケシにレッドは油断なく構える。レッドはタケシの中で膨れ上がる何かを感じた。願ってもないことだ。レッドは口元にうっすらと笑みを浮かべる。

 タケシが続けた。

「謝ろう。君の実力を見誤っていた。……俺はあと一匹しか使えないが、全力を出す。いくぞ。マサラタウンのレッド。勝負だ!!」

「こい、ジムリーダーのタケシ!!」

 レッドは気迫を持って応じた。

 

 ジムリーダーのタケシが勝負を仕掛けてきた。

 

 タケシがボールを投げ入れる。

 空間が圧縮される。ボールの中に封印された質量が一気に解放され、轟音を上げて光が形を変えていく。衝撃が空気を震わせ砂埃を巻き上げる。

 レッドは構えを解かない。身じろぎもしない、血が熱く体を流れていくことが心地良い。

 

 ――イワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアグ

 

 ジムに突風を巻き起こしてそれが叫ぶ。まるで竜のような体がとぐろを巻き、ごつごつした岩肌が地面を鳴らす。レッドが見上げたはるかに先にその敵意に満ちた両目がある。

「行け、イワーク!」

 タケシの声にイワークが身をよじる。次の瞬間レッドの真上に巨大な尻尾が落ちてくる。まるで天が落ちてくるような重圧。

「くっ」

 電光石火。レッドが地面を蹴り回避する。

 地響きを上げてイワークが尻尾を地面にたたきつける。地震のようにジム全体が揺れる。

「うわあ」

「おっとと」

 ユウキとキヨシが何とかバランスを保とうとふらつく。

「そのまま横に払え。イワーク」

 揺れをものともせぬタケシの指示。イワークはレッドに向かって「しっぽをふる」。地を滑るようにしっぽがレッドに迫る。

 レッドが飛び上った。遅い。彼も揺れに足を取られた。

「が」

 レッドの足の先端が尻尾に引っかかる。計り知れない重量差が体ごとレッドを吹き飛ばした。空中に浮きあがり、落ちる。

 受け身を取ったレッドの右手が地面に着く。レッドは顔を歪めながら体勢を立て直す。右手の感覚が鈍い。レッドの意思とは無関係に力が抜ける。次は受け身もとれまい。

 

 

 イワークのしっぽをふる。レッドの防御力が下がった。

 

「イワーク、畳み掛けろ。体当たりだ」

 イワークがタケシの声に反応すると同時にレッドへ突っ込む。速い。その巨体に似合わぬ弾丸のような突進。

 レッドは足に力を入れて飛び出した。イワークの方へ。

「なに」

 無謀。まっすぐ当たればひき肉になりかねない。タケシが驚愕の声を上げた。レッドはイワークと接触する瞬間に飛ぶ。レッドはイワークの真上を取った。

 急に止まれないイワークは岩石の川のようにレッドの下を流れていく。確かにこのイワークに正面から当たれば力負けなどというのもおこがましいだろう。だが走っているイワークの頭上からつけばどうか。

「おおおおおおおおおおおおおお」

 レッドが重力に従って落ちる。握った左拳に渾身の力を込めて、イワークに叩きつけた。

 

 レッドのメガトンパンチ。こうかはいまひとつのようだ。

 

 レッドがイワークへの攻撃の反動ではじかれた。数秒宙を舞ってくるりと体を返して着地する。イシツブテの時のようにダメージは受けていない、体には。

 レッドの背に冷たい汗が流れる。打ったのは渾身の一撃だ、手加減などしていない。それが多少威力をイワークの速さに吸収されたからとしても全く手ごたえがなかった。

 彼の心が初めて焦りを覚えた。苦戦なら何度もした、しかしそれでも攻撃がきかないことはなかったのだ。それでもイワークはレッドの戦歴をあざ笑うかのように悠々と体勢を立てなおしている。ぎりとレッドの奥歯が鳴る。

 イワークの目が少しだけ侮りを含む。その程度かとレッドを見た。

 ぴりとレッドは何かを感じる。焦りやバトルの高揚とは違うなにか。

 レッドは頭を振った今は冷静にならなければならない。幸いレッドの速度はイワークよりも速い。そこがつけめなはずだと彼は思う。徹底的に振り回してと考えたところでレッドは思った。   

 ――そのあと、どうする? 

 言い知れぬ不快感にレッドの首元がちりちりと逆立つ。

「レッド君」

 タケシの声がレッドの思考を中断させる。

「速いな。さすがだ。だがなレッド君イワークの本気はこんなものじゃないぞ。イワーク地中に潜れ」

 イワークが頭から地面に激突した。いや頭から潜ったのだ。

 大量の砂を巻き上げて、イワークの巨体が地下に消えていく。

「まて!」

 と言ったレッドの足は動かない。止める術が彼にはない。

 イワークは「あなほる」。その巨体が地上から消え失せた。

 

 

「レッド君。イワークはもともと洞窟などに住むポケモンだ。……今、高速で地下を移動している。時速80キロでだ!」

「なに!」

 レッドが戦いから意識をそらした。タケシの言うことが本当ならばレッドの速さなどイワークから見れば遅すぎるだろう。

 わずかな地鳴りがレッドの隙に響く。

「しまっ」

 たとレッドが言う前に地面が盛り上がった。レッドが噴出した砂利や土に押し出されて空に浮かぶ。そこにイワークの巨体が突っ込んできた。

「兄ちゃん!!」

 ユウキが悲鳴を上げた。

 

 世界が音を消す。レッドには砂を巻き上げながらゆっくりと近づいてくるイワークが見える。危機に脳が最高速度で動いていく。思考は速い。体は重い。

 

 どうすればいい。

 レッドは思考する。「たいあたり」も「電光石火」も「メガトンパンチ」もおそらくは「みだれづき」も通用しない。速さも力も負けている。

 イワークが近付いてくる。ゆったりとした死への時間。

 コラッタ、ゼニガメ、スピアー。走馬灯のようにライバル達の雄姿が流れていく。魂をぶつけ合った強敵たち、その中で芽生えた力。全てがむなしい。

 ぴりと脳に電流が走る。レッドは無意識に巻き上げられた石を蹴る。体が少しだけ動く。

 

 もも肉がそげる。

 レッドはイワークの攻撃の直撃をかろうじてかわした。足元のイワークの巻き上げた石がなければすでに終わっていただろう。

 世界が回る。レッドは空中で回転しながら落下していく。そのまま地面にたたきつけられた。

「ぐ」

 背中を強打する。肺の空気が残らず外へ出て行く。ぐわんと視界が歪み、上から落ちてくるイワークの姿がぼんやりとレッドには見える。ああ重そうだなとのんきな言葉がレッドの頭に流れる。

「危ないっ」

 ユウキの声。レッドははっと意識を現実に戻した。

 レッドは右手を思いきり握った。痛めた拳から強烈な信号が脳を直撃する。レッドは歯を食いしばって全神経を無理やり覚醒させ、そして身を起こしてそこから逃げる。

 間一髪の回避。天から落ちてきた石の龍は地面に轟音を上げて突っ込む。レッドの気が付くのが遅かったならつぶされただろう。

 土煙が舞う。レッドには一メートル先すら見えない。

 イワークはどこだとレッドは一歩前に踏み出そうとして膝をついた。

「あれ」

 体がうまく動ない。見るとズボンが破れて右腿から血が流れていく。痛みはないことが不思議だった。地面に手をつくと地鳴りが伝わってくる。イワークはすでに「あなをほる」で地下にいることだけが分かった。

 土煙がなければすでにキヨシが試合を止めているかもしれない。それほどのレッドの出血はひどく、彼の足もと小さな水溜まりを作った。

 

 ぴりぴりと不快感が大きくなる。

 

 レッドは耳なりがすることに気が付いた。聴覚すら轟音で奪われた。キーンと耳元で鳴る。

「嫌な……音だ」

 レッドは手に神経を集中させる。地鳴りが伝わってくる。

 この期に及んで彼の闘志が尽きない。何が彼を動かすのだろうか、それは本人も自覚のないまま心の底にたまっていく感情だろうか。

 血が口にたまる。前は見えない、耳は聞こえない。

 地鳴りが近くなる。

 

 ――来る

 

 レッドは右拳を振り上げた。そして満身の力を込めて地面に落とす。

 レッドが後ろへ飛ぶ。地面への打撃はイワークへの攻撃ではない。立たぬ足での回避の為、反動がほしかったのだ。

 刹那。レッドの眼前を足元から飛び出たイワークが天へ昇っていく。ぱちぱちと小石がレッドの顔を打つ。

 すべて無音の中での出来事。レッドには何の音も聞こえない。それでもイワークの石の体が目の前を流れていく姿は圧巻と言っていい。それは土煙を突き破り、空気に穴を空ける。そこから差した照明の光がまるで本当の太陽のように明るい。

 

 イワークが美しく空へ昇っていく姿が堪らなく――しい。

 

 レッドは無意識に右手を握る。だが彼は痛みを感じない。反射的に体が硬直し前へ踏み出す。全力の一歩。加速を飛ばした超速の動き、電光石火。

 地面を蹴る。レッドの浮き上がった体が上昇していく。加速に帽子が外れて飛んで行った。彼の黒髪がばさりと露わになる。

 音のない世界で拳を握り締めて飛ぶ。昇っていくイワークを追うように。

「…………っ!!!」

 自分が何かを叫んでいる。レッドにそれだけが分かる。目の前にイワークの腹がある。

 自らの肉体をはるかに凌駕した巨体へ今一度レッドは拳を振る。

 

 レッドのメガトンパンチ。こうかはいまひとつのようだ。

 

 イワークの体が加速する。レッドの拳はただ叩きつけただけではない。その進行方向へ、イワークの昇る空へ押し上げるようにアッパーを繰り出したのだ。わずかな衝撃が全てを狂わせる。イワークは自らの力を制御できない。

「…………!!」

 イワークも何かを叫んでいる。落ちていくレッドには聞き取れない。少し体勢をずらした巨体は斜めに飛んでいく。空中では姿勢を変えることはできない。そのままジムの壁に飛ぶ。

 イワークの体が叩きつけられた。

 

 

 

「イワーク!」

 タケシが驚愕の声を出した。土煙で戦況が見えなくなっていたところにイワークが飛び出し壁へ叩きつけられたのだ。土煙の中で何がおこったのか全く分からないがレッドにやられたのは間違いないだろう。

 イワークは豪と音を立てて地面に落ちると、ふるふると頭を振ってから土煙を睨んだ。その先に自分をこんな目に合わせ少年がいるはずだと

 

 いわあああああああぐ

 

 空気を震わせて猛る。

 タケシはほっとした。どうやら大したダメージは受けていないらしい。それにこの展開は「好都合」だ。

「イワーク。まだだ、視界が開いてから反撃するんだ。『いかり』を溜めこめ!!」

 タケシの声にイワークが唸る。体をくねらせて、頭を下げる。その目に怒りがこもり、吐き出す息は荒い。いつでも突撃ができる。

 がまん。それは受けたダメージを反撃への火力に転じる技。レッドのささやかな反撃すらも倍にして返されるだろう。

 

 イワークのいかりのボルテージが上がっていく。

 

「よし」

 タケシは頷く。土煙が落ち着いてきた。

 人型のシルエットがタケシには見える。レッドだろう。彼はただバトルフィールドの真ん中にたたずんでいる。

「いかり……だと」

 静かな声。決して大きくはない。だがタケシの耳にははっきりと聞こえた。意思のこもったそれには大きさなど関係ないのかもしれない。

 レッドのシルエットが歩く。ゆっくりと。

「いかりだと」

 もう一度レッドが言う。歩みは止めない。

 タケシの背中に冷たいものが流れた。じんわりと手に汗が浮かぶ。何かを感じているのだ。

 レッドが歩むのとともに土煙が収まっていく。少しずつ見えてきた彼の姿はぼろぼろでところどころ破けた上着と何かの布で固く縛られた右腿がそれを語る。

 レッドが上着を脱ぎすてる、下に着た黒のシャツとたくましく日焼けした両腕が見えた。黒髪が逆立ち、土に汚れた頬がぴくぴくと痙攣する。

 

 ここだ、タケシは直感する。ここでやらなければいけない。そうしなければならないと心が警告する。

 

「イワークつっこ……」

 レッドの姿が消えた。数秒遅れて風が流れていく。タケシの声すらも届かない俊足。

 駆ける。レッドは全ての速さと重さと力を拳に込めながら駆ける。今彼は、やっと心の中の感情が分かった。

「!」

 タケシの驚愕は遅い。その言葉の届かぬイワークは動かない。

 

 

 レッドは今まで何度かの死闘を繰り広げてきた、その中でポケモンたちと奇妙な友情を感じてきたのだ。それが通用しない、これほど腹立たしいことがあろうか。自分もそのライバル達も全てが馬鹿にされている、侮辱されている。そうレッドは感じる。

 それもポケモンの数を手加減された上でだ。

 3秒。レッドの体がイワークの前へ現れる時間。何が起こったのかわからずに驚愕するイワークの顔がレッドには見える。ばちりとレッドの心に火花が散る。

「僕の方が怒ってるんだあああああああああああああああああ!!!!」

 加速した勢いのまま拳をイワークへ叩き込む。

 

 レッドのいかり。こうかはいまひとつのようだ。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 レッドが両手を握る。スピアーの姿が脳裏をかすめる。「メガトンパンチ」と「みだれづき」の複合技。二撃をイワークに打ち込む。

 

 レッドのこうげき。こうかはいまひとつのようだ。

 レッドのこうげき。こうかはいまひとつのようだ。

 

 地上に降りて、ぎりとレッドは歯噛みする。目は血走り、両手は己の血に塗れる。

 

 レッドのいかりのボルテージが上がっていく。

 

「イワーク反撃だ!」

 レッドはタケシの声に動くイワークを超える。電光石火――必ず相手の先手を取れる神速への技。

「!!!」

 動こうとしたイワークの顔の前にレッドがまた現れた。イワークはもう一撃右の拳を顔に受ける。

 

 レッドのメガトンパンチ。こうかはいまひとつのようだ。

 イワークは混乱している。

 

 立て続けに続く攻撃はイワークの耐久力へ被害をもたらさない。だが彼の思考を超えるレッドの動きがわずかな隙を作り出す。それは混乱しているのとかわらない。

 レッドがイワーク鼻づらを蹴って上昇する。頭上を取った。

「頭をおおおおおおおおおお下げろおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 

 レッドのメガトンキック。こうかはいまひとつのようだ。

 

 レッドの脳天への一撃。イワークの頭が下がる。

「下げろおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 連撃。くるりと空中で回ったレッドは足でイワークを蹴り「下げる」。

 

 レッドのメガトンキック。こうかはいまひとつのようだ。

 

 血が湧きたつ。何もかも通用せぬことが許せない。レッドの体から湯気が立ち上がり皮膚が紅潮していく。いかりのボルテージが上がっていく。

 再度地面に着地すると同時にレッドは地を蹴る。わずかな間もない追撃。イワークの下がった頭に拳を繰り出す。がんと音を立てて弾かれる。

「gるるううるううgうう」

 怒りの炎が無駄な思考を焼き尽くしていく。レッドには痛みはない。全ての細胞が戦いとその勝利の為に動員された。血が熱い。魂が猛る。それだけで十分。

 足を回す。美しい弧を描きイワークの顔を打つ。こうかはいまひとつのようだ。

 拳を放つ、一直線に放たれた打撃がイワークを直撃する。こうかはいまひとつのようだ。

 イワークの目がレッドに向いた。やっと反撃を開始――

「邪魔あああああああああ」

 レッドが手を横に振る。赤い水滴が高速でイワークの目をつぶす。イワークは唸ってひるんだ。

「おおおぉおぉぉぉ!!」

 レッドが唸る。獣のように怒りを満身に行き渡らせて増幅させる。心臓が動き、肺が必要な空気を補給する。イワークを倒せと心が叫ぶ。

 

 レッドのいかりのボルテージが上がっていく。

 

 レッドは体に残った空気を全て吐き出す。

「くらえええ」

 空気を燃やして輝く拳が熱を持つ。執念の炎が拳に宿る。

 

 レッドのほのおのパンチ。こうかはいまひとつのようだ。

 

 関係はない。もはや効いているかなどどうでもいい。この戦い、一度でもレッドに有利になったことはない、今の攻勢はイワークの体には響かない。それがどうした。

 レッドはここですべてを出し切るように拳を固める。両腕に赤い炎が点く。

 

 レッドのほのおのパンチ。こうかはいまひとつのようだ。

 

 何かが足りない。熱さが足りない。人間の動力が血であるのならその一滴まで――

「燃やし尽くせええええええええええええええええ」

 レッドの咆哮。この瞬間に全てを懸けた男の決意。両手の炎が大きく唸る。

 

 レッドのほのおのパンチ。こうかはいまひとつのようだ。

 レッドのほのおのパンチ。こうかはいまひとつのようだ。

 

 赤の線が交錯する。炎の煌めきがレッドの命を焦がす。音をたてて手についた血が蒸発していく。

 

 レッドのほのおのパンチ。こうかはいまひとつのようだ。

 レッドのほのおのパンチ。こうかはいまひとつのようだ。

 レッドのほのおのパンチ。こうかはいまひとつのようだ。

 レッドのほのおのパンチ。こうかはいまひとつのようだ。

 

 イワークが下がる。レッドは一歩踏み出す。

「にげんじゃねええ」

 歯を、いや牙をむき出した姿は阿修羅。それがふさわしい名。

 

 レッドのほのおのパンチ。こうかはいまひとつのようだ。

 レッドのほのおのパンチ。こうかはいまひとつのようだ。

 レッドのほのおのパンチ。こうかはいまひとつのようだ。

 レッドのほのおのパンチ。こうかはいまひとつのようだ。

 レッドのほのおのパンチ。こうかはいまひとつのようだ。

 レッドのほのおのパンチ。こうかはいまひとつのようだ。

 

 イワークの頭が煙を上げる。繰り返される打撃がレッドの熱さを伝える。石すら燃やし尽くそうとする灼熱がレッドの心の底から噴き出てくる。

 

 レッドのほのおのパンチ。こうかはいまひとつのようだ。

 

 レッドの意識とは無関係に手が下がる。体の限界が精神よりも先に来た。少し上げられたイワークの頭がレッドに向かって落ちる。ずつきだ。

「足っ!」

 レッドは迎え討つ。横からメガトンキックを食らわす。ばきりと足が音を鳴らす。

 イワークの体がぶれた。レッドはとどめに向かおうとして。

 

 その腹に尻尾を受ける。驚愕にレッドは目を見開いた。イワークがぶれたのは攻撃の間を開けたに過ぎない。

 

 イワークから離れていく。いやレッドの体が離れていくのだ。それでも前へと脳が告げる。

「ぐぶあ」

 なにか言おうとして血を吐き出すレッド。次の瞬間イワークと反対側のジムの壁に叩きつけられた。そこに大きなひびを作り力なく、落ちた。

 

 

「あっ……え。いや。しょ、勝者ジムリーダータケシ!」

 キヨシははっとして手をさげる。人間の動きをはるかに超えたレッドに飲まれていた。

 それでもイワークは背を伸ばして屹立している。レッドはたおれて動かない。

「にいちゃん!!」

 涙の混じったユウキの声が静かになった場に響く。ユウキは駆け寄った。

「た、タケシさん。き、救急車呼ばないとまずい」

「…………」

 キヨシが言うのをタケシは聞こえないかのようにレッドを見ている。

 レッドの体がピクリと動いた。近寄ったユウキが一歩あとじさる。

「ま……」

 血を頭から流しながらレッドは立ち上がった。目は虚ろで、手はだらりと下がったまま。

 それでも前へ出る。

「まだだ……」

「も、もう終わりだ。勝者はタケ……」

 キヨシが伝えようとするのをタケシが止める。そして言った。

「レッド君。君の勝ちだ」

「なっ? タケシさん」

 キヨシが驚いてタケシを見た。レッドは聞いていないのかまだゆっくり前へ出る。

「まだだ……前へ、まだだ」

 と言いながら。

 タケシも前に出た。レッドに近付く。

「……この勝負は俺の負けだ。だが俺は自分のポケモンに誇りを持つよ」

 はっとしてキヨシがイワークを見る。体を伸ばして微動だにしない。

「立ったまま。ひんしになってる」

 キヨシがタケシの真意に気が付き、がくりと膝を落とした。

 たしかにレッドの打撃はイワークへの効果が薄い。ほとんど皆無と言ってもいい。だがこの石の龍とて生物である。高熱の連撃を頭に集中されてはその脳はたまらない。むしろ「石」という熱が下がりにくい体が「やけど」になってしまっては通常のモンスターより悲惨だろう。

 それでも反撃を敢行したイワークは、やはり猛者と言っていい。

 タケシは続ける。

「キヨシが勝利を告げてくれた時までは勝っていた。……君が立ち上がらなければね、どうであれ戦う意思を持っているものを『ひんし』とは言えないだろう?」

 タケシはレッドの前に立ちその体を支えた。そしてささやくように言う。

「あめでとう……マサラタウンのレッド」

 レッドはうっすらと笑った。意識の底に声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気が付いた時、知らない天井が見えた。

「ウ……ん?」

 レッドはうなりながらあたりを見回す。ベッドに寝ているらしい。病院だろうかと思ったがよくわからない。

 横を向いた時にブラインドがかかった窓が見えた。

 

 ブラインドが明けられる。

 

「うわ」

 急に部屋の中が明かりで満たされる。レッドは目に手をかざして光り遮った。オレンジ色の太陽は夕焼けか朝日なのかぼんやりとした頭では判断ができない。

「へへへ」

 レッドが声のした方を見るとユウキがブラインドの紐を握って立っていた。頭にはいつもの麦わら帽ではなくレッドのかぶっていた赤い帽子をかぶっている。

「ユウキか……」

 いきなりユウキが飛びついてきた。レッドは驚いて下がろうとしたが。

「よがっだ、にいじゃん。よがっだ」

 と泣かれてはそういうわけにもいかない。わずかに痛いが我慢した。あれだけの死闘でその程度なのも驚異的な回復力と言ってもいい。

 包帯の巻かれた手でレッドは優しくユウキの頭を撫でた。ユウキは顔を押し付けて動かない。

「あっ」

 ユウキのかぶった帽子にきらりと光る、バッジがぬい付けられている。レッドは驚いてユウキから帽子を取る。

 

 もう一度、驚くことになった。

 

 

 イシツブテ LV12

 イワーク  LV14

 撃破

 

 グレーバッジをゲット。レッドはメガトンキックが使えるようになった。

 

 




これからゆっくりと投稿していきます。
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