ミラベルの過去を見たイーディスは、数秒間黙り続けていた。
姉と友人を襲った悲劇に感情が綯い交ぜになり、怒っていいのか悲しめばいいのか、それすらわからなくなっているのだ。
姉の事は、実の所あまり記憶には残っていない。
両親が離婚したのは物心付く前の事だし、そもそもこの記憶を見るまで顔すら覚えていなかった。
だが、両頬を伝うこの涙は何だろう。
二人を襲った悲劇に対する悲しみだろうか? それとも姉に二度と会えない嘆きだろうか?
それすらわからず、イーディスは流れる涙を止める事が出来ずにいた。
彼女の行動の全てが正しいなどとは思わない。
今のミラベルの行動が絶対の正義だなどと思う事は出来ない。
しかし、あの二人を襲った出来事に憤らずにはいられなかった。
あんな事があって、どうして恨まずにいられよう。
ミラベルの心を想うと、一層胸が締め付けられるような気がした。
「これが、私の知るあの方の過去……魔法省最大の過ちよ」
イーディスはメアリーのその言葉に、俯いてしまう。
ミラベルは決して善ではない。そんな事はもう思い知らされている。
だが、自分達が同じ立場に立たされた時、果たして今と同じ事が言えるだろうか?
大事な人達を魔法省の勝手で殺されたとして、それを憎まずにいられるか?
「これを見てどうするかは、貴女の自由」
周囲の景色は再びホグズミードに戻り、その中を歩きながらメアリーが言う。
未だ感情の整理がつかないイーディスは何が正しいのかもわからない。
しかし、一つだけするべき事がハッキリと見えていた。
「……私、もう一度ミラベルと会いたい。
会って何が出来るかは分からないけど、それでも……このままじゃ、きっと誰も幸せになれないと思うから」
「そう……やっぱり優しいわね、貴女は」
イーディスの出した答えは、きっと愚かなものだろう。
次に会ったら殺す、と明言している相手に対し会いたいなど馬鹿の行動でしかない。
それでも彼女は信じたいのだ。
まだミラベルに、人の心が残っている事を。
そうでなければ、姉の守護霊などいつまで残していないはずだ。
あの時。
あの4年生の時、自分はミラベルの手を掴む事が出来なかった。
昨日も振り払ってしまった。
もう遅いかもしれない。今更かもしれない。
だが、もし許されるならば……今度こそは、彼女の手を掴みたい。
どれだけ嫌われようと、友達ごっこと言われようと……。
それでも、やはり自分にとってミラベルは大事な友達だったのだから。
やがて二人はホグワーツの前に辿り着き、そこでメアリーは足を止めた。
死出の旅も、ここで終わりのようだ。
「私はこの先に行く事は出来ないわ。
けどイーディス、貴女はまだ戻る事が出来る」
「……うん」
「さあ、行きなさい。ポッター達が貴女を待っているわよ」
メアリーはそう言ってイーディスの肩を押し、踵を返す。
死者はこの先には行けない。
ここから先は今を生きているイーディス達が紡いで行くものなのだ。
「メアリー……また、会えるよね?」
「さあて、ねえ? 会えるとも言えるし、会えないとも言えるわね」
振り変える事なく、メアリーは元来た道を歩く。
だがその口元は緩み、きっと笑顔を浮べているだろう事がイーディスにはわかった。
メアリーは背を向けたまま、優しい……しかし、何処かからかうような声で言う。
「私は常に貴女と共にある。だから、そういう意味ではいつも会っているのかもね」
その言葉を最後に視界が再び白に染まる。
そして――夢は、醒めた。
「……ディス! イーディス!」
己を呼ぶ声で、イーディスはゆっくりと眼を開ける。
視界に映ったのは、涙で顔をグシャグシャにしたハーマイオニーだった。
隣には心配そうな顔のハリーもおり、自分が戻ってきた事を理解する。
……戻って、これた。
自分はまだ、死んでいない。
「よかった……本当に、無事で……!
私、イーディスが死んじゃったらどうしようかと……」
抱き付いてくるハーマイオニーの頭を撫で、上半身を起こす。
すると、胸元に鋭い痛みを感じ、わずかに顔をしかめた。
護りで弾こうとやはり死の呪文。ノーダメージとはいかないようだ。
「よかった……けど、一体何が起こったんだい?
君に当たったはずの死の呪文が跳ね返って……それで、あいつに当たって身体が砕けたんだ」
ハリーは不思議そうにしているが、それがまさかかつての自分の再現だとは思わないようだ。
だがこの場で最も困惑しているのはシドニーだろう。
彼は身体の半分……右半身全てを失っており、呆然とした顔でこちらを見ている。
恐らくは何が起こったのかすら理解していまい。
「…………」
状況を理解せずに……しかし、彼の目的は変わらない。
身体の半分を失ったまま魔法を行使する。
腕がない。足がない。身体の半分がない。
それがどうした?
そんなものは戦いを止める理由にならない。
杖を一振りし、己の身体を変身させる。
失った部分を無理矢理繋ぎ合わせ、身体そのものを怪物に変貌させる。
もはや人としての形すら捨てたシドニーがイーディスに突貫し……触れた瞬間、皹割れた。
「……!?」
顔色すら変えず、しかしシドニーが驚くような気配が伝わってくる。
護りの魔法が発動している間、悪しき者はその対象に触れる事すら出来ない。
かつてクィレルがハリーに触れる事が出来なかったように、イーディスに死の魔法を撃ってしまったシドニーでは護りの魔法に遮られて何も成せないのだ。
イーディスは目を伏せ、哀れな忠誠の塊へと告げる。
「ごめん……私はミラベルを止める」
イーディスに触れた箇所が皹割れ、焼け、消滅していく。
もはやシドニーは彼女に触れる事すら叶わない。
今の一撃で力尽きたのか、それとも護りの魔法がそれほど強力なのか。
シドニーはまるで糸が切れるように崩れ落ち……
崩れゆく少年の身体をイーディスが抱きとめ、優しく包みこんだ。
滅び、消えて行く肉体……しかし不思議とシドニーに痛みはなかった。
あるいはイーディスが彼に悪意を持っていないからかもしれない。
「きっと、私がやらなきゃいけない事だから……」
シドニーが感じていたのは、奇妙な優しさだった。
滅び行く中、不思議な温もりすら感じていた。
思えば、そんなものを感じた事は一度としてなかった。
姉はただの一度として自分を弟と見ずに道具として接し、自分もまたそれを望んだ。
だが、もしかしたら……一度でいいから、こうして抱き締めて欲しかったのかもしれない。
「だから……ごめんね……」
シドニーは自らの身体が消えて行くのを感じながら、心が安らいでいるのを感じていた。
目を少しだけ開け、そして世界を見る。
今まで黄金以外の色を映さなかった世界。
しかし、今は不思議とよく物が見えた。
ハリー・ポッターの黒髪や、ハーマイオニー・グレンジャーの栗色の髪。
そして自分を抱き締めるイーディス・ライナグルの茶色の髪。
薄れゆく意識の中、思う。
――ああ、世界はこんな色をしていたのか。
その思考を最後に、シドニー・ベレスフォードはこの世から消滅した。
最後に彼の心を占めたのは救いだったのか、それとも何も感じていなかったのか。
それは、本人以外の誰にも分からぬ事だ。
*
――武器が欲しい。
ネビル・ロングボトムは今まで、これほどに戦う力が欲しいと思った事はなかった。
杖でも鈍器でも何でもいい。
今、この学び舎を守る為に戦う力が欲しかった。
だが己の杖は遠く、武装解除を受けた時の衝撃でどこかに飛び、見失ってしまった。
マクゴナガルを始めとする教師達が必死に応戦する中、啖呵を切った自分が何も出来ないというのは、情けなさを通り越して惨めですらあった。
いっそ素手で突撃でもするか?
そんな捨て鉢な考えすら浮かび、バジリスクや吸血鬼に指示を送っているクィレルを見る。
そうだ、こんな所で燻っているよりは何かした方がまだマシだ。
たとえ杖がなくとも、自分の命一つあればその分相手の呪文を一発無駄に出来る。
この身を盾にすればその分一人が生きる事が出来る。
そんな無謀な挑戦をまさに実行に移そうとした所で、頭に何かを乗せられて視界が塞がった。
「わぷっ?!」
「馬鹿な事を考えるものではありません、ロングボトム」
被せられたそれは、かつて被った事のある組み分け帽子だった。
帽子を上げれば、わずかに怒ったように眉を釣り上げるマクゴナガルと視線が合う。
「ロングボトム、貴方は我々に勇気を示して下さいました。
その貴方が無駄死にするような真似は許しませんよ」
ネビルの姿はホグワーツ生達の萎えかけた勇気を奮い立たせるものであった。
その彼が無駄死になどすれば、今度こそ皆の心が折れてしまうかもしれない。
その事を彼に教え、マクゴナガルは周囲の魔法使い達を魔法で撃ち抜く。
「その帽子には、真のグリフィンドール生のみが抜けるという剣が入っています。
貴方ならばきっと抜けるでしょう」
マクゴナガルはそれだけを言い、再び乱戦の中に身を投じる。
その後に続き、ネビルもまた戦いの中へと飛び込んで行った。
不思議と不安はない。
むしろ今ならば力になれる、という妙な確信すらあった。
心の導くままに帽子に手を入れて抜き放てば、その手には白銀に輝く美しい剣が握られていた。
ネビルはその剣を両手で握り、迷う事なく疾走する。
狙うは、この場で最も死者を量産しているバジリスクだ。
そのうちの一匹に狙いを定め、すれ違い様に首を跳ね飛ばす!
――いける!
一匹倒した事でネビルの心を占めたのは自信だった。
この剣ならばバジリスクにも通用する。
あの化物を殺す事が出来る。
勢いのままに2匹目にとりかかろうとし、だがそこに緑の閃光が飛来した。
クィレルが放った死の呪文だ。
ネビルはそれを咄嗟に避け、地面を転がる。
「侮っていた……まさか君がバジリスクを殺すほどになるとは、あの時は終ぞ思わなかった。
バジリスクは今後も必要になる貴重な戦力だ……これ以上、好きにされるわけにはいかないな」
クィレルが敵意を剥き出しにし、ネビルへ杖を向ける。
これはかなり不味い事態だ。
如何に切れ味がよくても剣は剣。
距離を詰めねば機能する事はなく、そして杖を持った相手との射程の差は絶望的だ。
だがネビルとクィレルの間に割り込むようにフレッドとジョージが立ちはだかった。
「おいジョージ、勇者殿はどうやら杖がないようだ」
「ああフレッド、これは困ったものだな。これじゃもう逃げ帰るしかないぜ」
冗談を交わし合いながら双子はカラカラと笑う。
こんな時でも冗談を言えるのが彼等の強みだ。
勿論、実際のところそこまで余裕があるわけではないし、状況が見えない馬鹿でもない。
だが……いや、だからこそ彼等は笑うのだ。
こんな時だからこそ、ふてぶてしく、道化のように笑い飛ばすのだ。
「アクシオ!」
フレッドが杖を呼び寄せ、ネビルに投げ渡す。
こういう時アクシオは便利だ。
ネビルは礼を言い、すぐに戦いに参加しようとするも双子はそれを遮った。
「違う違う、お前さんの戦場はここじゃないぜ」
「そうそう、勇者には相応しい舞台があるってもんだ」
双子はニヤリと笑い、手で外を示す。
お前の戦場はここじゃない。
お前が戦うべきは、あのダームストラング……黄金の暴帝がいる場所だ、と。
「で、でも……」
「おっと、みなまで言うなネビル」
「そうそう、俺達ちゃんとわかってるんだぜ。お前、ずっと外に出たそうにしてたよな」
その言葉を聞き、ネビルはウィーズリーの双子の視野の広さに驚いた。
あの戦いの最中、自分の様子に気付いていたなど並の事ではない。
戦場全体をよく見渡していた何よりの証だ。
今だってクィレルの動きに注意しながら会話をするというちょっとした離れ業をやってのけている。
「た、確かに僕は誰かがあいつを討つべきだと思ってた。
けど……それならきっと、僕よりも君達が相応しい」
「…………」
誰かがミラベルを倒しに行かなくてはいけない。
そう思っていたのは事実だ。
しかし、倒すと行っても相手はあのミラベル・ベレスフォード。
ならば相応の技量がなければ戦いにもならない。
それを考えれば、自分などよりもこの双子の天才こそが相応しいとネビルは考えた。
しかしフレッドとジョージは首を横に振る。
「俺達じゃあ駄目だ」
「え?」
「いや、俺達だけじゃなく、多分お前以外の誰でも駄目なんだ」
フレッドは悔しそうに言いながら杖を振るう。
杖の先から火花が飛び散り、クィレルの周囲に纏わりついた。
悪戯双子ならではの、相手の動きを妨害する事に特化した魔法だ。
「俺達は、諦めちまった」
「……諦め?」
「そうさ。クィレルが降伏を勧告してきた時、お前以外の誰もがもう駄目だと思った。
そんな俺達があの女の前に出て見ろ。戦う前に呑まれて終わっちまう」
ミラベルと相対する上で必要なのは心の強さである。
彼女が元から持っていた威圧感は今や留まる所を知らず、心の弱い相手ならば相対しただけで呑まれて膝を折る。
彼女と戦うのに必要なのは、何があっても折れない心なのだ。
「だから俺達じゃあ駄目だ、きっと戦えない。
……残念だが、ここで取り巻きの相手をするのが限界さ」
「実際、お前には悪いと思ってるよ。一番きつい役目押し付けちまってな」
二人がかりでクィレルの魔法を防ぎ、クィレルの動きを止めながら語る。
その言葉には悔しさが滲んでおり、己への不甲斐なさに憤っているのが分かった。
「だから頼む、ネビル……どうか俺達の代わりに、あいつをぶちのめしてやってくれ。
……パースの仇を討ってくれ!」
先輩としてではなく、ネビルを一人の男と認めての頼み。
ネビルはそれに静かに頷き、そして何も言わずに背を向ける。
ここで交わすべきは言葉ではない。
今するべき事。それは一秒でも速くこの戦いを終わらせて、一人でも犠牲者を減らす事だ。
走り出したネビルを止めようとクィレルが走るも、それをまたしても双子が阻んだ。
「わからんな……怯えを隠せもせず、何故そこまでしてあの方に歯向かう?
あの方の目指す未来はお前達にとっても有益なはずだ。何故……?」
「はっ、そんなん知るかい。俺達はな、せっかく出来たばかりの店を潰されたくないだけだよ」
「そうそう、ついでに俺達の作った悪戯道具を見て驚いてくれるお馬鹿な客がいなきゃ、楽しさも半減だ。そんな世界、俺達ゃ御免だね」
ミラベルの作る世界は、なるほど、確かに進化の道へ入るかもしれない。
だがそこに自由はあるか?
たった一人の意思で統率されるような世界など、鎖で繋がれた牢獄も同然だ。
飼い慣らされた家畜だ。
それが正しいかどうかなど関係ない。
ただ、ウィーズリーの双子はそれを『嫌だ』と考えた。
戦う理由などそれだけで十分だった。
「先を見通せぬ子供めが……」
苛立ったようにクィレルが呟き、双子が不敵に笑う。
そうとも、先なんて見えていない。
見えているのはいつだって『今』だ。
そして今、ミラベルの思い通りにさせたら親しい、大事な人達が涙を流す。彼等が不幸になる。
それを黙認するのが大人だと言うのなら。
正しい道だというならば……自分達は子供で構わない。間違えた道でいい。
双子は互いに笑い、頷き合う。
そしてクィレルとの戦いに身を投じ、喧騒の中に消えていった。
*
城から離れた森の中に、二つの影があった。
一つは立ち、もう一つは上と下に分断されて転がっている。
勝敗は決した。立っている影……ダンブルドアは敗者であるグリンデルバルドを見下ろす。
「は、ははっ……また負けたか……私は結局、一度もお前に勝てなんだか」
「ゲラート……」
「ああ……わかっていたさ……。
私は確かに若き日の力を取り戻し、人の摂理を越えた……。
そしてだからこそ、私はお前に勝てないのだ……」
グリンデルバルドは人間ではない。
ミラベルの力によって半不死化した吸血鬼である。
しかし賢者の石を埋め込んだミラベルと違い、大きなダメージはすぐには再生しない。
そして何よりも、その心臓に突き刺されたものが致命的であった。
白木の杭……古来より吸血鬼を殺し得るものの一つに挙げられるものである。
あの交差の一瞬、グリンデルバルドを切り裂いたダンブルドアは彼の杖を奪い、『変身』させてその心臓に突き刺したのだ。
「私はじきに死ぬ……故に古き友よ、今こそ真実を話そう」
「真実、じゃと?」
「そうだ……かつて戦った時、お前が終ぞ私に尋ねなかった事を。
恐らくはお前が最も恐れ、私との戦いを先延ばしにしたその真実を」
かつてグリンデルバルドが台頭していた頃、ダンブルドアは彼との戦いを先延ばしにし続けた。
それが犠牲をいたずらに増やす事や、自分でしか止められない事も踏まえた上で戦わずにいた。
それは、グリンデルバルドが恐ろしかったからだ。
彼と戦う事で、過去の己の罪が明らかになる事を恐怖したからだ。
そしてそれは、今でもダンブルドアの心を縛る楔として彼を苦しめていた。
だがその楔に、今、グリンデルバルドが手をかけた。
「お前の妹を……アリアナを殺めたのはお前の呪文ではない……。
私だ……私の呪文が、お前の妹を殺してしまったのだ」
かつてダンブルドアとグリンデルバルドは、激しい口論の末決闘騒ぎにまで発展してしまった事がある。
ダンブルドアの弟、アバーフォースすらも交えての大乱闘は結果として哀れなアリアナを殺してしまい、彼等の仲を決定的に決裂させてしまった。
以来ダンブルドアはずっと苦しんでいたのだ。
もしかしたら妹を殺したのは自分かもしれない。
自分の放った呪文が死を与えたのかもしれない。
その真実を知る事を、何よりも恐れていた。
だが、それは今、グリンデルバルドによって否定されたのだ。
「私は怖かった。お前に罪を糾弾されるのが恐ろしくなり、黙って逃げ出した。
全ては私の罪だったのだ……すまなかった、アルバス……」
己の罪を語るグリンデルバルドの目から涙が溢れる。
全てはあの日の過ちから始まった。
あの時自分が自制を働かせていれば……もっと違う、手を取り合う道を選んでいれば、こんな未来にはならなかったかもしれない。
今更悔いても、最早悔やみきれない過去だ。
そのグリンデルバルドの手を、ダンブルドアが力強く握る。
「……よくぞ、教えてくれた……友よ。
そして許してくれ。わしの心が弱いばかりに、お主にその秘密を長年抱える苦しみを与えてしまった事を」
「友……友だと……!?
この私を……俺を、まだ友と呼んでくれるか、アルバス……。
こんな……こんな化物に成り下がった俺を……お前を裏切った俺を、友と……っ」
「無論じゃゲラート。無論じゃとも」
あの時失われた絆は今、再びここに紡ぎ直された。
それはグリンデルバルドが死ぬまでのわずかな時間かもしれない。
他者から見れば無意味な事に思えるだろう。
しかし、二人にとってそれは何よりの救いだった。
「有難うアルバス……我が友よ」
満ち足りた顔でグリンデルバルドが言う。
この身はもうすぐ亡び、魂はきっと地獄へ落ちるだろう。
だが悔いはない。
己は今、この上ない幸せ者なのだから。
だが、滅びる前にどうしても伝えるべき事があった。
グリンデルバルドは最後の力を振り絞り、声を出す。
「気を付けろアルバス……ベレスフォードは恐ろしい女だ。
勝利の為ならば手段を選ばん……家族や知人、忠実な部下であろうと平然と切り捨てる」
ミラベルと行動を共にし、幾度も見てきた。
あの女が一切の手段を選ばず、情け容赦なく敵対者を殺していくのを。
その過程で生まれる犠牲に目を向けず、己の家族ですら見殺しにしようとしたのを。
いや、それどころかあれはわざとヴォルデモートがそう動くよう仕向けたようにすら見えるのだ。
「奴は何者も必要とはしていない……何も愛してはいない。
魔法界の統治を謳ってはいるが、魔法界すら奴にとってはどうでもいいのだ。
例え草木一本生えぬ荒野に変えたとて、あの女はほんのわずかな悲しみすら感じないだろう」
魔法界の統治……これすら本当かどうか怪しい。
あの女に任せれば確かにしばらくは平和が続くかもしれない。
だがアレが望むのは『優秀な者のみの世界』。
そしてその基準は、完全にミラベルの独断と偏見によってのみ決まるのだ。
今はまだいい。彼女の基準で優秀と思える者が何人かいる。
だが無限に成長し続けるあの化物は、いつか自分以外の全てが劣等種に見えてくるだろう。
何にも価値を見出せなくなるだろう。
それは数百年先の事かもしれないし、数千年以上後の事かもしれない。
だがそうなった時、彼女が玩具を壊すように魔法界を壊してしまう事は有り得ない話ではないのだ。
そして何よりも、魔法界を滅ぼす事を躊躇う心があいつにはない!
ブレーキというものが、ミラベル・ベレスフォードには存在しないのだ!
「今こそ、魔法界にはお前が必要だ、アルバス……!
もう逃げ場などどこにもない……今こそ、立ち向かうべき時なのだ」
ずっと、逃げ続けてきた。
果たすべき責任から逃げて、アリアナを死なせた。
己の罪から逃げて、グリンデルバルドの台頭を許した。
ホグワーツ校長になったのも権力から逃げたからだ。
己が権力に弱い事を自覚し、またいつかのような悲劇が起こる事を恐れた。
だからこそ、コーネリウス・ファッジなどという男が大臣の座に就いてしまい、それがヴォルデモートの行動を許した。
ミラベル・ベレスフォードという災厄まで生んでしまった。
全ては、ダンブルドアが逃げたが故に起きた過ちだ。
「うむ……心に留めよう」
逃げる道などもう何処にもない。
今こそ立ち上がらねばならない。
そのダンブルドアの答えに満足したのか、グリンデルバルドは穏やかに微笑み、杖を差し出す。
「杖の忠誠は勝者にこそ捧げられる。どうやら俺の杖もお前の所に行きたがっているらしい。
連れて行ってやってくれ……ここで朽ちる、俺の代わりに……」
「ああ……共に戦おうぞ、ゲラート」
差し出された杖を受け取り、手を固く握り合う。
それが最後だった。
グリンデルバルドの身体は灰に変わって行き、ボロボロと崩れて行く。
だが掴んだ腕だけは最後まで離すまいと、残り続けていた。
「さらばだ、アルバス……負けるなよ……」
やがて腕以外の全てが崩れ、ようやく残された腕も灰に変わる。
手の中に残った灰を握り締め、ダンブルドアは唇を噛み締めた。
悲しんでいる暇などない。わかっている。
この身には嘆く時間など与えられていないのだ。
委ねられた杖を固く握り、ダンブルドアは友の屍の前で立ち上がった。
埋葬してやる時間すらないのは辛いが、危機は今起こっている。
ならば自分は往かねばならない。この、友が託してくれた杖と共に。
過去に戻る時間はもう終わった。そこにいるのは、若きアルバスではない。
今ここにいるのは長い年月を生きた老猾なる魔法使い……。
――そう、アルバス・ダンブルドアなのだから。
(*´ω`*) というわけで中ボス戦終了の73話でお送りしました。
シドニーとグリンデルバルドはこれで退場です。
グリンデルバルドさんは原作見てればわかりますが、実は過去の行いを悔いているのでどっちかというと爺ちゃんの味方寄りでした。
勿体ぶったわりに呆気ないですが、まあ中ボスですので……。
次回からはいよいよラスボスの二人が出現します。
それではまた明日、お会いしましょう。
イーディスが姉をスルーしてたのを修正しました。