「Hello?」
耳に当てている受話器から、士郎にとって馴染んだ女性の声が流れてくる。
「士郎です」
その一言を聞いて通話相手の様子が変わったのが、姿を見なくても彼にはわかった。
「士郎! もう一か月も経つけど元気にしてるかい? 友達はできた? 勉強大丈夫? 花蓮と進展あった?」
受話器から今度は英語ではなく、陽気な声で流暢な日本語が聞こえてきた。
「元気です。友人もできました。勉強も先生のおかげで問題ないです。花蓮と…ってあんた何言ってんだ」
最後の質問に訳の分からないものがあった。
「いやなに、君はどこまで花蓮ちゃんとやったのかなあと思いまして」
「――知ってると思うけど、俺たち兄妹だからな?」
「いけるいける。君たちのパワーでその禁断の扉を破ってみよう」
「はあ……」
先生と士郎が呼んでいる人物と花蓮が話したがらない理由はこのようによくわからないからかわれ方をされるからだった。
「ま、ひとまずそれはいいとして。無事に過ごせているみたいでよかった。これでお姉さんの心配事が減ったよ~」
通話の相手は士郎が先生と呼ぶアイルランド出身の女性、サシャ。魔術師だ。本名はクアサシャなのだが、本人がこの名前を気に入っていないので、呼びやすく略してサシャとなっている。
彼女は二人の父親、言峰綺礼に恩があるということで、死んでしまった彼の代わりにイタリアで面倒を見てくれていた。サシャは士郎たちにとって恩人であり家族なのだ。
「花蓮はいるの?」
「いるよ」
花蓮の方に目をやると彼女は首を横に振る。それは自分は通話しないという意思表示だった。
「話さないらしい」
「あら残念。久々に声を聞きたかったんだけどな~」
声色から察するに、言葉にしているほど残念がっていないようだった。
「で、今日は何のようだい?」
「ただの近況報告」
「本当に?」
「と、お礼」
「お礼?」
「あの道具が思いのほか役立ってるんで」
「そっか、持たせといて正解だったか~。さすが私」
日本に来る前に士郎はサシャから魔術道具をもらっている。腕につけているブレスレットのようなものがそれだ。効果は装着した者の魔力を周囲から感知できなくする。正確には、感知できなくなるというより一般人と同じだと誤認させると言ったものだ。これによって凜には魔術師だと感じ取られることなく友人関係を築けている。
「ってことは魔術師がいたの?」
「いた。同じ学年に」
「やっぱり冬木市には普通にいるのか~魔術師。怖いねえ」
「思ってないよな、それ」
「思っているとも。冬木市は怖いから」
声だけでなく顔まで自信満々にしているであろうサシャの姿が容易に想像できる。
「そういえば十年前いたんだっけ」
「うん。君たちのお父さんとあったのもその時だ」
サシャは十年前の聖杯戦争に関係していたらしい。あの戦いがどのような終わりを迎えたのかを知っているらしいが、マスターだったのかまでは士郎は聞いていない。
「――――」
捉え方によってはサシャは大火災を起こした人物の一人と言えなくもない。しかしそれを士郎は理解していても彼女に対して恨みや憎悪なんてものを抱いていない。それよりも育ててもらった恩の方が大きいのだ。
「とりあえず私のことはいいとしてその街は気を付けた方がいいよ。文字通り呪われてるから」
「……わかった」
「うーん…あとアドバイスできることは……あれかな。柳洞寺って名前のお寺があったのは知ってる?」
「一応。十年前全壊した寺だよな」
柳同寺という寺が十年前まであったことは事前の情報収集で把握している。士郎自身幼い頃に言った記憶が薄っすらあった。
「そうそう。あの寺の奥には自然にできた鍾乳洞ができててね。そこには面白いものがあるんだよ。いや、あっただね」
「というのは?」
「君も知ってるでしょ。大聖杯。聖杯戦争というシステムそのもの。それが十年前まであったんだ」
あったという含みのある言い方からして、現在はなくなったということなのだろうと士郎は解釈する。
「君たちの任務は第十次聖杯戦争の調査なんだろ? 中が今どうなっているのかは知らないけど見に行く価値はあるかもしれない」
「了解」
士郎たちよりも冬木に詳しいサシャからの助言はありがたいものだった。
「あとは…そうだ。君が出会った魔術師の名前は? 有名どころかな?」
「む、遠坂家か。そうかいそうかい。そっちだったか、彼女じゃないのか…って同じ学年って言ってたしそれもそうだった」
「彼女…?」
「うん。十年前にそっちで知り合った魔術使いの女の子がいてね。ま、いいや。それよりもっと話そう」
***
それから数分が経った。
「情報は大体こんなところ」
「ふむふむ。なるほどね。わかったよ。多分現状私からできるアドバイスはもうないかな。強いて言うなら肉体面、魔術面どちらも鍛錬を怠らないようにということぐらい。また困ったことがあれば電話してくるといい」
「そうさせてもらうよ」
「よろしい。じゃ、またね~」
最後、花蓮に体調に気を付けるように言っておいてと言葉を残し、サシャとの通話は切れた。
「――先生が体調に気を付けるようにだってだってさ」
「そう」
興味がない様子で花蓮は短く返事をした。
「何か助言はしてもらえた?」
「一応な」
「ならそろそろ調査に?」
「行く。次の日曜のつもりだ」
「わかりました」
教会の者として行動する以上は二人は常に一緒に行動する。それが二人で一人の代行者、言峰。
「――俺は明日の学校の準備するから戻るよ」
「私も部屋に戻ります」
仕事はここで終わり、二人は一般人としてやることをこなすために自室へと向かった。
サシャさんの掘り下げは過去編でするのでそちらを読んでいただけると幸いです。
今回で前編は半分になります。残りも毎日投稿していくのでお楽しみください。