「――――」
サシャとの通話から翌日の放課後のこと。花蓮と一緒に弓道部に行くつもりでいたのだが、彼女のクラスのホームルームがどうやら委員決めなどで長引いているため、士郎は一人校舎を散策していた。
「おかしい……」
少年が校舎を歩き感じ取った違和感。今度は魔術師のオドではないが、三月に初めてきたときにはなかったものだった。
「残留魔力? ――いや、これはもっと違う…」
誰かが校内で魔術を行使したのかと考えたが、どうやらそうではないらしい。彼が感じとったのは不明な何か。現時点ではわからないので放置するしかない。
「――またおかしなことになってるのか、ここは」
冬木市。ここは聖堂教会に属する一部の者たちから、呪われた地とも呼ばれている。今まで起こった災厄などがそう呼ばれるようになった原因だろう。
聖杯戦争だけでなく、昔死徒の真祖が現れたとの情報もある。この地なら何かおかしなことが起こっても不思議ではない。
「簡単な十年前の捜査だけの予定だったけど、どうやら楽には進みそうにないな…」
一人で愚痴を呟きながら再び校内を回る。
「………紙」
バサッ、と紙の束が床に落ちるような音を耳にした。士郎はその音のした方向を目指す。
「大丈夫か?」
音の発生源である。一階の会談前には、盛大に床に散らばったプリントとそのプリントを拾おうとする少女がいた。
凜と同じように顔の整った少女に士郎は声をかける。
「えっと…大丈夫…です」
(そうか…)
少女を見ていくつかわかったことがあった。とりあえず最初にわかったのは、少女は人と話すのが得意ではない。というより好きではないということ。これは今までいろいろな人間を見てきたのでなんとなく察しはついた。この手の人間は、本当に困っているのに自分で何とかしようとする傾向にあるという教訓が士郎にはある。
「手伝うよ」
これほど散らばっているなら手伝ってやった方が楽だろう。士郎は迷わずプリントを拾い始めた。
「ありがとうございます…」
迷惑とは思っていなさそうなのでひとまず安心した。
「――よし、これで全部だな」
集めたプリントを全て少女に渡す。
「助かりました」
「別に気にしなくていいよ」
真っ当ではないにしても彼は聖職者。人助けなど日常的なことだ。感謝されるのは当然嬉しいが、そんなに気にしてもらうほどの事でもない。
「それじゃ」
「……はい」
今はそれ以上関わる必要がない。それに時間的にも花蓮のクラスのホームルームが終わっている可能性があるのでさっさと向かうことにした。少女に背中をずっと見られていることに気付きながらも士郎は歩き続ける。
「――魔力……しかもあの感じは……」
少女との視線が切れたところで士郎は少女のいる方向をじっと見つめた。
「一応警戒だな」
***
「よっ! 言峰。妹も一緒か。ちゃんと来てくれたみたいで良かったよ」
「櫂から行かないと殺されるって聞いたからな…」
「なんか言った?」
「いや何も」
花蓮と合流した士郎は弓道場まで来ていた。それというのも弓道の道具には何がいるのかと士郎が綾子に聞いたところ、今日は放課後に弓道場に来いと言われたからだった。
ちなみに櫂にそのことを話したら、「必ず行けよ。下手したら殺されるから」なんて警告を受けた。もとより行かない理由がないので無用な警告ではあったが。
「――一体何があったんだろうな…」
櫂が綾子に怯えている理由がわからない。昨日莉子に聞いてみたが「まあいろいろあったんだよ」と誤魔化されてしまった。
(気になる…)
士郎的にはその話は割と気になったりしていた。
「で、用件は? 俺は弓具について聞きたかったんだけど」
櫂のことは置いておいて本題に戻る。
「その前にあんたが弓道部に入ることは確定なの?」
「ああ」
「自分の意思で?」
「ああ」
「そう。ならよかった」
綾子は士郎の答えに安心したようだった。
「よかったって何が?」
「いや、ただ本人にやりたい意思がないのにやらせるのはどうかと思ってね。言峰はやる気があったみたいでよかったよ」
あれだけ勧誘しておいて何を言っているんだか、などと思いつつも「そうか」と返事をする。
「それで話を戻そうか。言峰を呼んだのは弓道がどんな競技なのか間近で見てもらうため。未経験者でしょ? それなら実際に見てもらった方がいいと思ってね」
どうやら綾子なりの気遣いらしい。
「弓具の方に関しては今度の休みについて行ってあげる。それでいい?」
「ああ。助かるよ」
口に出した通り綾子の提案はありがたかった。素人だけで買いに行くよりも経験者が近くにいた方が心強い。
「それじゃこっちにどうぞ」
案内されたのは入り口からすぐのところにある畳の敷かれた場所で、一言で言ってしまえば和室だった。
卓袱台やら急須などがあり、他には壁に弓がいくつか立てかけてある。
「ここは?」
「うちの顧問がよく休憩してるとこ。ここから射場が見えんのよ」
「なるほど。じゃあここに座らせてもらう」
「はいよ」
士郎は初めて間近で見る弓道に実はワクワクしている。見たことがないからというよりも、こういう落ち着いた――人などいないような――空気感が好きだからという理由の方が大きいだろう。
「あれ、言峰じゃん」
射場から士郎たちの方に歩いてきたのはクラスメイトの間桐慎二だった。
「そういえば間桐も弓道部だったな」
慎二の学力は高いと聞いているけど、弓道の腕はどれほどのものなのだろうかと気になった。
「何しに来たんだ?」
「見学よ」
「――美綴。またお前無理な勧誘したのか」
「違うわよ。今回は本人の意思で来てくれたから」
(被害者が俺以外にもいたのか)
「そうですかい…って言峰、その子はもしかして噂に聞く妹か?」
隠すこともないので士郎は素直に頷く。
「へー、近くで見るとやっぱりかわいいな」
慎二の視線を受けて花蓮は話そうとも目を合わせようともせずにそっぽを向く。
「――悪いな。人見知りなんだ、許してやってくれ」
花蓮のそれは初対面の人物にする態度ではないので士郎が謝罪する。
「謝ることないぜ? 気にしてないから」
慎二はそのことについて不快に思っている様子はなさそうだった。
「ま、見てて面白いかわからないけどゆっくりしていってくれ」
と言って慎二は練習に戻った。
「そういや慎二と同じクラスか」
「ああ。あいつ弓道うまいのか?」
「うまいわよ。私の次だけど」
「そのお前は学年だと何番目くらいにうまいんだ?」
「一番」
綾子ははっきりと断言する。士郎にはそれが偽りのない言葉であることが彼女の目を見てわかった。
「それは見てみたいな」
士郎は和室に上がり、おいてある座布団の上に腰を下ろした。花蓮もそれの横に座る。
「――これは…」
外から二つの気配。普通の人間ならば無視したが、どうやら魔術師のようなのでそうもいかない。
ガラガラと引き戸の開く音。玄関目にいたのは凜だった。
「お、やっと来たか遠坂」
綾子は凜が来るのを知っていたようだった。
「ごめん綾子桜のクラスのホームルームが長引いて…」
中に入った凜は畳の上に座っている士郎と凜を見つけた。
「あれ、言峰くんもいるのね」
「…おかげさまで」
「いえいえ、弓道部の部員増員に貢献できてよかったわ」
士郎は彼女の笑顔を見て、莉子の凜は怖いという言葉の意味を理解できたような気がした。
「それで遠坂は何しに来たんだ?」
「ほら、前言ったでしょ? 妹が弓道に興味があるって。その子連れてきたの?」
「なるほど…」
(妹…。でもこの気配は…)
「ちょうどいいし紹介しましょうか。ほら、入りなさい」
玄関から二人目の人物が入ってくる。
「その子が?」
「そ、私の妹よ」
現れたのは、士郎がつい先ほど見たプリントを落としていた少女だった。
「――初めまして。遠坂桜です」
桜の髪の色はステイナイトと同じですが、育った環境が違うため性格に違いがあります。その辺の話は今後していきます。