薄暗くなったモール内にいる人々は状況を理解できるはずもなく戸惑っていた。
「これ…なに……?」
綾子も当然そうだ。一般人である彼女が状況を呑み込めているわけがない。
「――――」
パニックになり出口から出ようと走る男がいた。それに影響されたのだろう。最初に走り出した男に続くように多くの人々がモールから出るために出口に走る。
「ここから離れるぞ」
彼らの目的地は士郎たちの真後ろにある。このままここにいては一直線に出口に向かう人の波に巻き込まれてしまうので離れることにした。
「…美綴、こっちだ」
呆然と立ち尽くしている綾子の手を士郎は引っ張ってその場から退避させる。
人の波はもう少しで出口へと到着する。が、それが許されることはない。出口を塞ぐように出現した黒い壁によって阻まれる。
「結界…」
それもとても規模が大きいもの。
(この感じだとモール全体を包んでいてもおかしくないな)
士郎が外に出られないとパニックになっている人たちを見ながら冷静に現在の状況を分析していると、
「――言峰…手…」
「ああ、悪い。忘れてた」
士郎は手を握っていたことをすっかりと忘れていた。慌てて綾子の手を放す。
「いや、ありがと。あのままだとあの人たちに轢かれてたよ」
綾子は多少冷静になれたようではあるが、それはあくまで一時的なもの。常識外の事が起きたことによって生まれた恐怖は消えていない。
「――ゆっくりもしてられないか」
気がつけば士郎たちのいるロビーには大勢の人が集まっていた。
状況的にこれは不味い。不安は伝染してしまう。子供は泣き、大人でも涙を流すものがいた。ヴェルデの従業員であろう人物数人が客を一か所集め、落ち着くように声をかけているがそう簡単に静まるわけがない。
一人でも恐怖している者がいる限り終わりはないのだ。
「ちょっと、どこ行くのよ」
何も言わずに歩き出した士郎を凜が止める。
「最初に悲鳴を上げた人のところに行く」
「なんで?」
「なんでって、放っておけないだろ」
本音だ。放っておけない。あれはモールが闇に包まれる前に起きた悲鳴。今ロビーにいる人たちとは違い、すでに危険にさらされている可能性がある。
「そう。なら私も行くわ」
「――なぜ?」
「あなたと同じよ。放っておけないもの」
「――――」
そう返されてはどうしようもない。
「花蓮は?」
「愚問です」
確かに愚問だった。来るか来ないかの二択の答えはわかりきっているのだから。
「わ、私も行く」
これは意外だ。綾子もついて行くと言い出した。
「大丈夫か?」
「うん。というか今ここであんたたちに置いてかれた方が多分大丈夫じゃない」
少し考えた後。ついて来てもらった方が安全を確保できるかもしれないという結論に至ったため士郎は「わかった」と返事をした。
「――行こう」
数人の従業員が客を一か所に集めているが、彼らも混乱しているというのと、モール内が暗くなっているということもあり気付かれることなくロビーから抜け出すのは容易だった。
「それにしても遠坂妹は運がよかったな」
彼女はギリギリ外に出ていたため結界に捕らわれることはなかった。
「そうね。逆に綾子の方は運がなかったみたいだけど」
「ほんとよ。入らなきゃよかった」
こうなってしまった以上はどうしようもない。
唯一の一般人である綾子を安心させるために適当に会話をしながら士郎を先頭に四人は歩みを進める。
(――流石に魔術師だな)
凜の様子を見てみると、彼女は混乱することなく冷静に周囲の様子を窺っていた。
「…上か」
ロビーのエスカレーターは目立ってしまうので別の場所にある階段を使って悲鳴のした階に上る。
「この辺りだよな」
悲鳴の上がった正確な場所まではわからないので二階をひたすら探索する。ある程度歩いたところで士郎は人影を発見した。
「――――」
「あ、人いる。あの人じゃないの? さっき悲鳴上げたの」
士郎の横を歩いていた綾子も人影を発見した。彼女が指さした方向には女性が立っている。声の高さから考えてさっきの悲鳴は男性でなく女性が出したものに間違いない。目の前にいる女性が悲鳴を上げた人物である可能背は十分にある。
故に警戒しなければならない。
「気付いたみたいね」
女性は四人に気付き、近づいてきた。歩き方を見る限りおかしな様子はない。普通の人間の歩き方だ。
「大丈夫ですか?」
綾子の質問に対しての返事はない。ただだんだんと人型は近づいてくる。
「あの――」
「――――!」
声をかけた綾子の方へ女性は急に走り出し首を絞めるかのように襲い掛かってきた。
「……仕方ない」
凜が後ろで何か準備していることには気付いているが、間に合いそうにないので士郎は動くことにした。
「え――」
綾子は驚愕する。
女性に襲われたからではなく、士郎がとてつもない速さで女性の腹部を殴り数メートル先に吹き飛ばしていたからだ。
「あんた…」
「美綴、ちょっと下がってろ」
ここからは穂群原学園二年の言峰士郎ではない。代行者言峰士郎として行動を開始する。
「遠坂。事情は後で話す。それでいいか?」
「――ええ、問題ないわ」
「助かる。あと一応言っておくがそっち側から二体来てる。こっちは七体ぐらいいるけど、そっちが危なくなったら呼んでくれ。すぐ行く」
「…了解」
殴り飛ばした女性の通路の奥からさらに六体現れた。
視認はしてないが凜が見ている後方にも同じ存在がいることはわかっている。
「あ、そうだ。遠坂、こいつらを人間だと思う必要はないから躊躇はいらないぞ」
士郎はサシャから貰った腕輪を外す。
外した直後、凜が眉を顰める。
理由は彼の持つ魔力が突然高まったのを感じ取ったからだろう。
「花蓮」
自分で持っているとこわしてしまうかもしれないので腕輪を花蓮に投げる。
そして代行者は七体の人型の方へと体を向き直す。
「
その言葉を呟くと士郎の手の中には概念武装『黒鍵』が握られていた。
「これで十分だな」
彼らは人間ではない。ただの殲滅対象。黒鍵を持った代行者は人型の生き物たちの方へと歩く。
彼らは獣のように呻き声を出しながらその様子を観察する。
あと十数歩のところまで近づいたところで、彼らは連携などすることはなく最短距離で士郎に襲い掛かった。
「………」
無我夢中、彼を襲うことしか頭にない人ならざる怪物。士郎はそんな彼らを目の前にしても足を止めずに進む。そして、
「――半死徒の上に知能までないならこんなものか」
――ものの数秒で七体いた人型の何かを全て細切れにしていた。
過去編に関してなんですがもしかしたら別作品として投稿することになるかもしれないので、よろしくお願いします。