といっても前編まではまだプロローグみたいなもんですが……
とりあえず今回からの冬木編をお楽しみください。
冬木市
とある国のとある街の路地裏。黒ジャケットを着た男は見知らぬ人物と対峙していた。
「依頼だと?」
仕事の依頼が来るのは喜ばしい。報酬もなかなかのもの。いつもの彼なら喜んで引き受けていただろう。だが彼が露わにしたのは喜びではなく困惑。
「……了解した。引き受けよう。だが仕事の内容を聞く前に質問をさせろ。貴様は人間だな?」
依頼主である人物は頷く。
「ふむ。まあいいか。客ならば一応歓迎しよう。それで依頼内容は?」
「―――――――――――」
伝えられた内容はわかりやすく簡潔にまとめられていた。
「ほう…」
説明を聞き、男は依頼に興味を持った。
「…おもしろい。人間、貴様の依頼を引き受けよう」
男は不敵に笑う。
***
時は経つ。今までに比べればとてつもなく短く静かな一年だった。
「着いたな」
「そうですね」
日が西側に傾き始めたころ、法衣を纏った少年と少女は辺りを見回した。
季節は春に入ったばかりの三月。まだ風は少し冷たい。
現在、士郎と花蓮は冬木市に到着したところだ。教会の命令に従って今日からここで任務を遂行することになる。
「………」
意識はしていない。無意識のうちに士郎の表情は硬くなっていた。
「気分が悪い?」
士郎の様子を見て花蓮が声をかける。
「大丈夫だ」
「――そういうことにしておきます」
乗り物酔いなどではない。それらはもう慣れている。士郎の様子がおかしいのにはもっと別の理由がある。それは冬木市に訪れたことだ。彼が産まれたのはもともと冬木市で約七年ほど暮らしていた。事故で家族を失い引き取られてから十年。久しぶりに自分の故郷に帰ってきて何も思わないわけがない。
しかし花蓮に余計な心配をさせるわけにはいかないので、見抜かれていたとしても一応は否定する。
「教会の場所はわかっているの?」
「なんとなく。新都の方ってことは確実だ」
冬木市は未遠川と呼ばれる川を挟んで二つにわけられている。近代的に発展している新都と古くからの町並みを残す深山町。二人がいるのは新都の方で目的地もそちらにある。
「大丈夫なの?」
「……わからなくなったら聞けば問題ないだろ」
ということで士郎の記憶を頼りに街を歩く。
「――地方都市にしては発展してますね」
街を数分歩いて出た花蓮からの感想はそれだった。たしかに彼女の言う通り新都は他の地方都市と比べると発展していた。
「十年前のアレが起きたせいで新都が大規模な再開発をされたからだろうな」
士郎の記憶に微かに残っている街の面影はもはやない。
「――場所はわかりやすいところだったはずなんだけどな……どっちだったか」
「はあ……」
新都の端っこにあるということはわかっているのだが、建ち並ぶ建造物たちのせいで教会の方向がわからなくなってしまった。
「とりあえず誰かに聞いて――」
「――お困りですか?」
二人の進行方向から歩いてきていた二十代前半ほどの女性が立ち止まり話しかけてきた。
「冬木教会の場所ってわかりますか?」
「――――」
女性はその綺麗な瞳で士郎のことをじっと見ていた。
「あの…」
「あ、すみません。教会ですね、わかりますよ。向こう側です」
女性は目的地のある方向を指さしてくれた。どうやら女性が来た方向に教会はあるらしい
「助かりました」
「いえいえ。お気になさらず」
二人に道を教えた女性は歩き始める。
「…あ、そうだ」
何かを思い出したようで女性は立ち止まり再び士郎をみた。
「神父さん、あの時はありがとうございました」
そう笑顔で言うと女性は去って行ってしまった。
「――知り合い?」
「俺の知り合いなら全員知ってるだろ」
「確かにそうですね」
初めて会った女性に謎のお礼を言われた士郎は何に対してのお礼だったのか考えながら教会を目指した。
***
「――ここですね」
女性の教えてくれた方向に歩くこと数分。無事教会に到着した。
教会の位置が坂道を上った先とわかりやかったので建物が並ぶ地域さえ抜けた後は到着までの時間をかけることはなかった。
「………」
属している組織上、士郎は教会なんて見慣れているが今目の前にある教会は少しいつもと違うもののように思えた。
「行きますよ」
「ああ」
花蓮が扉を開ける。
まず目に飛び込んできたのは礼拝堂。次に視界に入ったのは椅子に座る一人の老神父だった。
老神父は扉が開いたことに気付くと立ち上がり入口に立つ士郎たちを視認した。
「――――久しぶりですね。士郎くん、花蓮さん」
「お久しぶりです。ディーロ神父」
老神父ディーロ。彼が十年前からこの冬木教会を任されている神父だ。
***
冬木教会は割と大きい。今は三人とも礼拝堂から中庭に出てすぐのところにあるディーロの仕事部屋にいる。
「二人とも無事に到着してなによりです」
ソファに座ると老神父はそう言った。
今は亡き花蓮の祖父、言峰璃正とディーロは知り合いであった。そのために花蓮と士郎も何度か顔を合わせている。
「最後に会ったのは…綺礼くんの葬式の時でしたか。もう五年になりますね。あのころと比べると二人とも良く成長している」
彼と士郎たちが最後に会ったのは五年前の父親の葬式の時以来。その時と比べれば、二人とも大分成長している。外見だけでなく内面も。
「――今回の命令は冬木市の調査…ということで間違いないですか?」
「はい。結末は判明しているものの未だその全貌が明らかになっていない、魔術儀式。十年前に起きた聖杯戦争についての詳しい調査です」
花蓮は任務のうちの一つである聖杯戦争の調査について説明した。
それを聞いてディーロの顔が僅かに険しくなる。
「――今回の調査で戦闘行為などは行われますか?」
「確約はできませんが、ほぼないかと思われます。なにせもう十年も経っていますから」
この地で起きた聖杯戦争からはもう十年も経っている。本来であればもう少し早く調査を始める予定だったのだが、教会は各地での死徒の討伐に人員を割いていたため今まで調査をしてこなかった。そしてようやく今年調査が始まったわけだが、十年も経っている以上危険度は下がっていた。というのも冬木の聖杯戦争を知っているものたちはすでにアレが破壊されたことを知っている為、大半が興味を失ってしまっている。つまり聖杯についての噂を聞いても何もない冬木に訪れる者はいない。火薬さえなければ爆弾が爆発しないのと同じ。それが危険度の下がっている理由だった。新都が再開発されたように数年もあれば世界には何かしらの変化はあるのだから無理もない。
「そうですね。そうであることを祈りましょう」
教会に属しているがディーロは代行者などではなく一神父だ。人が血を流すことは当然好まない。
「――神父、失礼します」
今後の予定について軽く打ち合わせしているところで扉がノックされた。同時に男性の声も聞こえた。
「どうぞ」
ディーロがそう言うと扉が開かれた。
「ただいま戻りました」
「おかえりなさい、櫂くん」
部屋に入ってきたのは少年。見た目からして年齢は士郎とほぼ同じくらい。学生服を着ている。
士郎はその少年の顔に何故か見覚えがあった。
「……お客さんですか?」
ソファに座る士郎と花蓮を見る。
「ええ、そうです。先週新しい家族が加わると話しましたよね」
「ああ、この二人が」
なるほどと少年は納得している。
「ディーロ神父、彼は?」
「野崎櫂くん。十年前からここで生活している子です」
「十年前…」
「櫂くんは十七歳ですから士郎くんとは同い年ですね。今日からみんな家族です。仲良くするようにしてください」
扉の前にいた少年が士郎のもとへと歩み寄ってくる。
「――野崎櫂。よろしく」
同い年だとわかってか、ディーロと話す時とは違い敬語ではなくなっていた。
「言峰士郎だ。こちらこそよろしく」
警戒するような相手でもないのでソファから立ち上がり自己紹介をして、櫂から差し出された手を握る。
「花蓮も」
「はあ…」
仕方ないと言って様子で花蓮は立ち上がった。任務先で彼女は基本知らない人間とは話さないようにしている。初対面の相手との会話は場合にもよるが士郎が代わりにいつもしている。しかし今回そうもいかない。
「言峰花蓮です。よろしくお願いします」
花蓮は士郎と違い櫂と握手することはなかった。
「……櫂くん。夕食の準備を手伝ってきてもらえますか? 今日は莉子さんの帰りが遅くなるそうなので、鈴奈さんが一人でしているんですよ」
「わかりました」
お辞儀をして少年――櫂は部屋から去って行った。
「――神父、十年前から住んでいるということは彼は…」
「その通りです。彼は十年前の聖杯戦争のせいで親を失った孤児なんですよ。士郎くん、君と同じで」
「――――」
十年前、聖杯戦争が原因であろう大火災の影響で多くの子供が親を失った。士郎もその一人だ。
行く宛がなく孤児になった子供たちは孤児院としても機能しているこの冬木教会に住むことになった。士郎も言峰綺礼に養子として拾われていなければ今頃ここで生活していたかもしれない。
「他にもいるんですか?」
「います。十年前孤児になった子たちは全員引き取ったんですよ。今もここに住んでるのは四人。何人かは別の孤児院、もしくは大人になってここを出て行きました」
櫂以外にもあと三人も十年に大火災を経験した孤児がいる。
「それ以降も親を失った子を二人受け入れたので、十年前の子たちと合わせて六人。私たちを入れてここに住んでいるのは九人ですね」
冬木教会が孤児院として機能していることは知っていたが、自分と同じ火災を経験している子供が住んでる可能性など全く考えていなかった。
(顔に見覚えがあったのは、病室で見たことがあったからか)
向こうはどうだったか知らないが士郎の方は薄っすらと櫂の顔に見覚えがあった。
「あ、そうだ。ハンザさんが神父によろしく伝えてくれって言ってました」
ハンザ・セルバンテス。聖堂教会の代行者の一人。士郎の同僚だ。ハンザの方が年上ではあるが、二人は波長が合うため割と仲がいい。
「ハンザくんが……。彼も元気にしてますか?」
「元気ですよ。でも死徒の討伐であちこち飛び回ってて忙しいみたいですけど」
「なるほど。彼の顔も久々に見たいですね」
「暇ができたら顔を出しに行きたいとは言ってましたよ」
「そうですか。彼とはもう何年も会っていないので楽しみです」
ハンザは十数年前ディーロが助けた子供だった。老神父は彼のことを孫のように思っている。そのため久しぶりに彼と会いたいと考えていた。
「――そろそろ話を戻しませんか?」
「そうですね。花蓮さんの言う通り話を戻しましょう」
櫂が部屋に入ってきた辺りから話の内容がそれてしまっていた。
「士郎くんは穂群原学園で高校生として生活するということでいいんですね?」
「はい」
そう、士郎は今年から高校生としての生活を送るのだ。
世界全体だけでなく冬木市にも変化が起きています。その辺も今後書いていくのでお楽しみに。