すでに学校近くまで来ている。特に遠いと感じることはなかった。が、それはあくまで士郎の話だ。彼は年寄りであるディーロが疲れていないか心配で様子を見る。
「すごいな…」
驚くことに老神父は息を乱すことなく平然と歩いていた。人は見かけで判断してはいけないということだろう。士郎の心配の種はあっさりと消え失せた。
「ふむ。着きましたよ」
校門前。
学校という場所を見るのは当然初めてではないが、久しぶりではあった。しかし緊張しているわけでもない。士郎が学校を見て思ったことといえば「大きいな」ぐらいなものだった。
校門をくぐる。先にディーロ、続いて士郎だ。
「………」
ちょうど校門を通過したところで士郎は足を止めた。そして高校の敷地内を見回す。
時期的には春休みではあるが何人か生徒を見た。部活動で学校に来ている生徒たちだろう。
「――士郎くん、どうかしましたか?」
「……なんでもないです。行きましょう」
不思議に思いながらも老神父は再び歩き始める。
昇降口からスリッパに履き替えて校内へ。ディーロは迷いなく進んでいく。
「…ここですね」
校長室と書かれた板が扉の上に張り付けられている。ここが目的地だ。
老神父はノックをした。すると「どうぞ」と部屋の中から声が聞こえる。その言葉を聞きディーロはドアノブに手をかけ扉を開いた。
***
「どこにいくかな」
校長との挨拶は終わった。ディーロと知り合いであるといっても別に聖堂教会に属しているわけではなく、死徒や魔術について少し知っていることを除けばただの一般人だった。
現在士郎は校長室にはいない。一人で校内を歩いている。というのもディーロが校長と色々話したいことがあるらしく、士郎は二人の会話を邪魔しないように校長室から退室した。ただ立っているのも時間の無駄、それにこの高校の敷地内に入ってから気になることがあるので、それを確かめることもできてちょうどいいと彼は校内を見て回ることにした。
高校に入ってから感じたモノを探る。その正体が何であるのかは大方予想がついているが、士郎では半径十メートル以内に入らない限り正確な位置まではわからないのでとりあえず歩く。
「これが学校か…」
もう幼いころに通っていた小学校の記憶はほとんどない。そのため士郎にとっては学校という施設を見て回るのは初めてに等しい。
多くのドアが並ぶ廊下。誰もいない伽藍堂の教室を眺めながら足を進める。
「この階は大体見たな」
別の階へ移動しようと階段を目指す。
「………」
進めていた足を止めた。理由は簡単。
「…いたな」
探していたモノを見つけたからだ。
下の階から階段を使いそれが上がってくる。気配が感じ取れた。それはちょうど士郎のいる階で登るのをやめ士郎がいる廊下へと姿を現した。
「――――」
姿を現したのは黒髪でハーフツインテールの容姿端麗な少女だった。
少女は士郎を見て驚く。まだ春休みなのだ、部活で校庭や体育館にいるのならともかく、制服を着た人物が校内にいるとは思ってもみなかったのだろう。
(やっぱり魔術師か。それにしてもこれほど…)
士郎が高校に入って感じ取っていたのは魔力。正確には魔術師のもつオドである。
「――――」
「――――――」
沈黙。お互いに顔を見て口を開かない。
「――生徒……よね。見たことない顔だけど」
最初に声をかけたのは少女の方だった。
「この時期にもう新入生がいるなんて考えずらいし転校生かしら。もしかして先輩?」
「俺は転校生だよ。学年は二年だ」
「そう、ならよかった。同学年ね」
どうやら少女も士郎と同じ十七歳らしい。
「あなた名前は?」
「言峰士郎」
「――ふーん、言峰か……」
その苗字に聞き覚えがあるのか少女は少し何かを考え込む様子を見せる。
「まあいいか」
少女は言峰という名前について考えるのをやめた。というよりも後回しにしたようだった。
「私の方も自己紹介しないとね」と言って少女は士郎の正面に立ち自己紹介をする。
「私は遠坂凜よ。よろしく、言峰くん」
それが凜と士郎が初めて出会った瞬間だった。
***
「遠坂…」
遠坂家。
魔術師のなかでも有名な名家にして、冬木市の管理を行っていた一族。事前に冬木市について調べていた士郎がそのことを知らないわけがない。現当主の名前と年齢は知っていたが、容姿までは知らなかった。
彼女が遠坂の産まれならば、感じ取ったオドにも納得ができる。
「…遠坂は休日にこんなところで何をしてるんだ? 部活か?」
初対面の相手にする質問なのかどうかわからないが、遠坂家の当主が休日にわざわざ学校に来て何をしてるのかは気になったので士郎は尋ねた。
「私? うーん…まあただの調べ物よ」
「調べ物?」
「ええ、大した内容じゃないわ。それよりあなたは?」
調べ物というのは気になる。しかしこれ以上聞くのは流石に怪しまれる気がしたので質問しなかった。
凜からされた質問には当然答える。自分の質問に答えてもらったのだから当たり前だ。
「校長に挨拶をしにきたんだ。で、今は一緒に来た俺の保護者と校長は話したいことがあるらしいから一人で校内を回ってた」
なぜ挨拶に来たのかまでは言わない。なぜなら彼女が魔術師であるから。
魔術協会と聖堂教会は今では同盟を組んでいる。だが、そうは言っても元々この二つは相容れぬ存在。触らぬ神に祟りなし。教会の人間として魔術師に無駄に干渉する必要などない。
「――よければ案内しましょうか?」
「いいのか?」
少女からの提案は士郎が予想もしていないものだった。
「もちろん。構わないわよ」
「なら頼むよ」
多少考えはしたものの頼むことにした。あくまで干渉しないというのは代行者としてだ。普通の人間として接する分には問題ない。彼はそのように判断した。
(先生に感謝だな)
心の中で呟き、右手首あたりに巻き付けている紫色のブレスレットを触る。
これがなければ凜と一般人として話すことができなかった。
「まだ行ってないところは?」
「校舎の方は大体見たと思う」
「なら行くのは体育館とか食堂…後道場ね」
凜は士郎が知ってる魔術師のイメージと異なっていた。冷徹で、他人に京妙味などなく、ひたすらに研究に没頭する。彼らはそんな生き物なのだと思っていた。もちろん例外がいることは知っている。自分を含め彼の身近にはその例外がいたからだ。
けれど遠坂家は彼らとは違い由緒正しい魔術師の家系。士郎は彼女がもっと魔術師らしい魔術師なのだと思っていたがどうやらそうではないらしい。
「さあ。行きましょう」
凜は士郎に穂群原学園を案内してくれた。