「――こんなものかしらね」
場所は昇降口前。凜のおかげで一通り敷地内を見ることができた。
「どうだった?」
「というと?」
「あなたの前の学校と比べてみてどうだったかよ」
「そうだなぁ…」
そもそも比べる学校がない。だが学校と同じく色々学んだ場所はあった。
「…あっちと比べると大きいな」
彼が勉強を学んだのはこんな立派な場所ではない。生徒は二人、先生は一人、そんな学び舎だ。
「そういえば聞いてなかってけど、あなたどこから転校してきたの?」
「――イタリアだよ」
「海外から来たの?」
「ああ」
ぼかそうかと思ったがどこから転校してきたかなんてどうせいずれわかるので素直に話した。
「…士郎くん」
聞き覚えのある老神父の声が耳に届く。声の主はディーロ。どうやら用事は済んだらしい。士郎的には実にいいタイミングだった。
「話は終わったので教会に………凜さんと一緒だったんですか」
(凜さん…?)
ここに凜という名前の人物は一人しかいない。その人物の方を見る。
「神父。なんでこんなところに…ってまさか言峰くんの保護者って…」
「彼の保護者は私です」
「なるほどそうだったんですか」
士郎は二人の会話についていけていない。
「えっと…神父と遠坂は知り合いなのか?」
「そうよ。大分昔から面倒見てもらってるの」
面倒見のいいディーロだ。彼の役職から考えても同じ市に住む普通の少女と知り合いでもおかしくはない。が、士郎が驚いているのは『遠坂凜』と知り合いであったことだ。
「士郎くんにもう友達ができたことは喜ばしいですね。凜さんならなおさら」
制服を見た時同様、士郎に友人ができたことに満足そうにしている。
「――あっと、もうこんな時間」
凜が昇降口に設置してある時計を見た。時刻はちょうど四時半。
「すみません神父。私はそろそろ帰ります」
「わかりました。桜さんを待たせるのも申し訳ないですからね」
「はい。では」
凜は校門へと歩いて行く。途中で立ち止まり士郎を見て、
「またね、言峰くん」
別れの挨拶をして去って行った。
***
「遠坂家の当主と知り合いだったんですか?」
教会への帰り道。気になっていたことを聞いた。
「ええ、前当主だった時臣くんが亡くなってからは私が面倒を見るようになったんですよ」
前当主、遠坂時臣が死んだのは前回の聖杯戦争時。つまり十年前だ。
「あの子はまだ幼かった。当主と言ってもただその役割を押し付けられただけ。それに父だけでなく聖杯戦争後に母親も失ってしまった。流石にこの市の教会に務める神父として親のいない子供を放置するわけにはいかないので、教会に来ないかと誘ったのですが自分の家はちゃんとここにあるからと断られてしまいました。だからちょくちょく様子を見に行ったりしてるんですよ」
「――――――」
真っ当な神父であるディーロらしい行動ではあった。
「でもいいんですか?」
どういう意図の問いなのかディーロはすぐに理解する。
「――確かに彼女の家系、それに彼女自身も魔術師です。しかしそれは手を差し伸べない理由にはなりえない。彼らも人間なのですから」
「………」
こういう人物を本当の神父というのだろうと士郎は思った。
「士郎くんは自分のことは隠したんですか?」
「隠しましたよ。立場的に知られるのは不味い気がしたので」
「そうですか。あまり教会のことを気にする必要もない気がしますが…」
「だから気にしないように一般人として接しますよ」
「それなら問題ありませんね」
あくまで士郎が言っているのは代行者と魔術師としての立場の話だ。普通の人間としてかかわる分には問題ない。
「――そういえば魔術師は、魔術師と一般人の判別が可能なのでは?」
正確には違うがディーロの言っていることは間違ってはいない。何も細工をしていなければ、魔術師であるかどうかの判別はできる。士郎は代行者でありながら魔術を行使する。腕前で言えばすでに立派な魔術師と言えるだろう。魔術回路が開いている以上、彼も魔術師として捕捉される対象だ。
「大丈夫ですよ」
だが細工をしないから感知されてしまうのであって、細工をしていれば感知されることはない。士郎はその細工をしていたため魔術師だと認識されることはなかった。
「ま、準備したのは俺じゃないけど…」
自分の師のことを思い出す。先ほどもしたが、海の向こうにいる彼女にとりあえず士郎は感謝するのだった。
***
「あら、おかえりなさい」
教会の前には花蓮が立っていた。どうやら二人の帰りを待っていたらしい。
「神父、どうでしたか?」
「無理を言いましたが、大丈夫とのことです。手続きはある程度済ませておきました」
「――ありがとうございます」
士郎は珍しく嬉しそうにしている花蓮を見た。そこで彼は思い出す。
「――あ、そうだ。花蓮、お前が神父にしてた相談って何だったんだ?」
彼女がディーロに何か相談していたのを思い出した。おそらく何かを頼んでいたのだろう。ディーロの返答からそれは察しがつく。
「――――」
花蓮の口角がほんの数ミリ上がった。彼女がこういった顔をするときは大体ろくなことにならないと士郎は知っている。
「………私も穂群原学園に通うことになりました」
「――――?」
あまりに唐突すぎてその言葉の意味が掴めない。
「――理解していないようですからもう一度言います。私も新入生として高校に通うことになりました。よろしくお願いしますね、先輩」
「は?」
こうして花蓮も高校生として生活を送ることになった。