魔法科高校の魔宝使い ~the kaleidoscope~   作:無淵玄白

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色々ありましたが、まずまず何とか新話を投稿させていただきます。

バレンタイン企画として『未来の話』を投稿しようかと思ってダメでした。某所で手に入れた『美少女と野獣』が下敷きのレオがメインだったのですが、なんか間に合わなくて黄色バーになったことのショックもあって(驕るな!)、まぁともあれ―――何かの機会で投稿できればとは思います。


第97話『九校戦――幕間劇。それぞれの夜』

 もはや体力・気力・魔力……全てを振り絞った戦いは終着を迎えつつあった。

 

 連続での飛行を持続できないくらいに――――第三ピリオドまで残った四つの妖精……示し合わせたかのように『妖精の輪(フェアリィ・サークル)』を作る。

 群生した茸の輪の上で羽を休めるような様子を見せていた妖精の面々は……。

 

 一高 司波深雪

 三高 一色愛梨

 四高 伊里谷理珠

 一高 五十嵐亜実

 

 この四人に絞られた。第三ピリオドまでに僅か二人しか脱落者が出なかったのは、驚くべきことである。

 

 しかし、一番限界が近そうなのが五十嵐亜実であることが深雪には辛かった。肩で息をしている五十嵐亜実の、顔に伝う汗がそれを物語る。

 

『部長―――!!! ファイト―――!!!』

 

『姉ちゃん!!! がんばれ―――!!!』

 

『亜実!!!……最後まで踏ん張れぇ!! 俺も明日!! 最後まで立っている!!!』

 

 SSボード・バイアスロン部の部員としての、光井ほのかの言葉。

 同じ部活。男女違えども先輩後輩で姉弟でもある五十嵐鷹輔の言葉。

 恋人として本当ならば、安全を配慮して棄権してもらいたい辰巳鋼太郎の言葉

 

 三者三様の立場の違いの言葉―――しかしながら、無慈悲な時は近づく……。

 

「これが私の罰ね……今ならば分かってしまったわ。摩利さんの首に―――あんなものを撃ち込んだのは……」

 

「五十嵐先輩!! そんなことは今―――私がフォローしますから」

 

「情けなんて無用よ。司波さん!! いま、一番谷底に蹴落とすべき相手は分かっているでしょう!?」

 

 どうやって気付いたのか分からないが、汗を拭う五十嵐亜実の勢いある言葉に自分の浅慮を恥じる。

 だが―――。一高以外の面子には何も響かぬ言葉であった……。

 

「そう。ならば最初に蹴落とすべきは決まりね」

「り、理珠ちゃんにはすっこーしは手加減してほしいかも……ダメ?」

 

 酷薄な笑みを浮かべてから、チワワのような表情になって小首を傾げて尋ねる五十嵐亜実に対して……。

 

「ダメだよ♪」

 

 満面の笑みで拒否した伊里谷理珠。無慈悲な死刑宣告である。

 再び現れる光球を叩き落とす飛翔。負けじと五十嵐亜実も飛び立つ。中条あずさの渾身の出来で仕立てられた起動式であったが―――。

 

 五十嵐亜実の取れる範囲の光球をわざわざ全て叩き落とした伊里谷理珠。そうしてここまで踏ん張ってきた亜実だが、トーラス・シルバーの飛行術式の安全機構(セーフティ)が起動。

 サイオン切れのジャッジでリタイアとなってしまった。

 

「私はここまでね。司波さん―――頑張って!!!」

 

 地上の円柱に降り立ちフィールドから退場する亜実を見送ってから、相対する稲妻と銀蝶の姿を見る。

 

 愛梨と深雪は一応の協力関係だが、それでもポイント上での奪い合いは熾烈を極めている……シャルルマーニュ12勇士の一人にして紅一点。

 

 偏愛の女騎士『ブラダマンテ』。その憧れ一つで深雪の努力を消し去ってくれた女は油断ならないが、それでも銀蝶の脅威に比べれば……。

 

 

『アイリ! 魔力供給を!!』

 

「それは不許可です。ガーネット!! この戦いだけはワタシの地力だけでこなして見せます!!」

 

「ムリせずにカレイドステッキの補助を受けた方がいいと思うけどね。あなたの魔力の循環も、既に濁り始めている―――」

 

「だとしても、今ここでガーネットの『力』を使えば、きっと慚愧が私の剣捌きを鈍らせる……リズ先輩、アナタに勝つために磨いてきた技の冴えを鈍らせたくないのですよ……」

 

 しゃべる杖。今さらながらとんでもない器物を利用しているものだと思う。そしてその全容を知っている男がそれを禁じた。

 彼の心が分からなくも無い。これに頼って勝つことは―――恐らく自分を堕落させるはずだから……。

 

「いい心がけよ―――さて―――第三ピリオドもそろそろ終盤―――アナタは何か無いの? 司波深雪さん?」

 

 その声を投げかけると同時に、一本三つ編みにしていた銀髪を解く様子。本戦ピラーズで壬生を相手に本気を出した時の様子。

 髪に溜め込んでいた魔力が解き放たれて、サイオンの輝きが雪の結晶のように降り注ぐ。

 

 まだ上があったことを思い出して、それでも戦う意思を保つ―――。

 

「私が戦う理由。私の役割とは、私にいつでも素敵な魔法(けしき)を見せてくれる兄―――司波達也という『人間』の強さを証明することのみ」

「そう。実に単純にして至純―――しかし、その願いの『行く末』は叶えてはならないわね―――Time alter・triple accel」

 

 

 呪文からして『三倍速』であろう伊里谷理珠の言葉。それを抑えるべく、羽が理珠を現在時制に抑えつけようとするも、それを無理やり引き裂くかのような魔力の猛り―――。

 

 深雪の持つ杖もまた桜の花弁を盛大に解き放つ――――光球が三つの妖精の頭上を覆うように幾重にも出てきて―――ラストバトルと察する量。

 そして撃ち落としにかかるディーナ・オシ―達の戦い。

 

 一色愛梨が稲妻という体幹制御で挑みかかり、そして深雪も飛行魔法の限りで飛んでいくも―――全ては決してしまった。

 

 ブザーが鳴り響いた時に勝者と敗者のラインが引かれたのだった………。

 

 ・

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「セルナァアアアアアア!!!!」

 

「っと、がんばったよ。よしよし。泣くな泣くな。最後までやれたんだ。誇れよ。追いつけなかったのは俺のせいだ……最後まで時間加速に対して有効な手段を打てなかったんだからさ」

 

「け、けれどぉお―――あそこまで苦心してくれたセルナに報いれなかったことが、悔しくて悔しくて……」

 

「自分に課した誇りを胸に最後まで戦ったんだ。泣かずに、胸張って立つべきだ」

 

 髪を若干乱暴にするようにして慰める刹那に対して、胸に飛び込んだ一色愛梨はぐしゃぐしゃになった顔を見られたくないのか胸の中で縮こまる。

 

 その様子にリーナが噛付くかと思うも流石にTPOは弁えていた。しかし拳を握りしめて耐えている様子が印象的でもあった。

 

 

「お兄様……わたし―――」

 

「頑張ったよ。深雪ががんばったのに俺がダメだったんだ。時間の加速……体内時間の加速化なんていうとんでも技に対して、有効な手段が無かったんだから」

 

「つ、次からは私も九重寺で修行をして、この硬すぎる身体を柔くして見せます!! 分身の術を使うぐらいに!!」

 

「ああ。来年は本当の意味でお前も主役の一人だよ」

 

 既にそうだよ。と、誰もがツッコミを入れたいのに入れられない位に達也に抱きつき甘える深雪の姿に、一条将輝は惚けてから、怒りを上げたり、呆けて、また怒気を上げたり……忙しない男である。

 泣いている女二人が男二人に慰められている一方で、女が女に謝り、慰めている様子もある。その様子に、思い出したのかと刹那は苦衷の想いを出して―――。

 

 しかし、五十嵐亜実の泣いた姿とそれを慰める渡辺摩利の姿に、大丈夫だろうと思っておく。

 

 あとは―――キツネ狩りをするだけだ。

 

 

 それとは別に、一高総合優勝は、明日のモノリスの結果がどうあれ、揺るがないものとなった。

 

 様々な競技で上位入賞者を複数出した一高が勝つのは当然だった。

 

 とはいえ、今年の九校戦は、若干―――1位だらけの総合優勝でないだけに、スッキリしない想いがあるのもあった。

 傲慢な考えかもしれないが、一高以外の四高、六高、九高に若干道を踏み荒されてしまった思いだ。

 

 もしもこの三つの高校のメンバーがどこか一つに集中していれば、一高の総合優勝は無かったかもしれない。

 

 

「九大竜王の目的は、ニホンの魔法師社会にもう一つの山を作ること―――。彼らの目論みは達成されたわけね」

「明日のモノリス……霧栖弥一郎が、どんな事になるか次第だけどな」

 

『竜属性』という恐ろしいノウブルカラーの魔術を操るあの男こそが、九大竜王の首魁だろう。

 

 リーナの問いかけに、そんなことを想っていると銀糸で出来た鳥―――『エンゲルリート』が、どこからか一高テントの中に飛んできた。

 どう考えてもイリヤ・リズの使い魔だろう。刹那が差し出した右腕に止まらせると同時に、刻印を介して情報の伝達。

 

 どこで『一枚』噛んでいたのかは分からないが、今夜にも決行されるイワンへのカウンターテロに参加するという話だった。

 一種のイメージ映像で、それを伝えてきた銀糸の鳥細工は、ばらけて、鳥の輪郭を失わせた。

 

 やることは分かっていたし、恐らく達也も参加するだろうことを、前にして刹那のやるべきことはただ一つだった。

 刹那の行動に誰もが注目していない段階での、神業のような『合いの手』も同然の鳥の使い魔の差し出しの後に、ようやく刹那に眼が向いた。

 

「遠坂、今日の特別メニューは何だ?」

 

「そうっすね。如何に総合優勝を決めたとはいえ明日のモノリスで有終の美を飾る為にも―――特製肉団子を作りましょう」

 

 開口一番。桐原武明の言葉に何気なく言っておく。言った後に―――。リーナが補足してくる。

 

「ああ、あの獅子(ライオン)が跳ね回るような弾力のミートボールね。美味しいし、何より明日の飛躍(ジャンプアップ)を願うってところかしら?」

 

正解(エサクタ)

 

 どんな肉団子なのか、テント内に少しばかりの食欲が蔓延して楽しみにしつつ、その夕食会に刹那と数名は居ないことになるのだが……。

 

『合挽き肉』を使った肉団子で『逢引き』を正当化されたとか少しばかりの見当違いさを生む。

 

 ちなみにそんな肉団子の山は、一時間もしない内に消え去ったりするのだった。

 

 

 † † † †

 

現役軍人と退役軍人の会話、一つ目が終わると、話題は二つ目に移行する。

 

「私からも閣下に聞きたい事がありますが、よろしいですかな?」

「概ね予想はあるのだが、言ってみたまえ」

 

 部下であり、友人であり……勝手ながら『息子』のように思っていた少年の内情を暴露されたことで、若干やり返したい想いと何より正体が掴めぬもののことを聞きたくて、目の前の老人に問いを投げかける。

 

「あなたの姪孫(てっそん)『アンジェリーナ・クドウ・シールズ』の良人にして、この極東だけでなく全世界を揺るがす『魔法師』―――」

 

「―――『魔術師』……己を『メイガス』と彼は名乗っていたよ。そこは訂正させてもらおう」

 

 話の腰を折られたと言う訳ではないが、それでも出鼻を挫かれた風間は目の前の老人に再び口を開く。

 

「……魔術師『遠坂刹那』―――彼は、いったい何者なんですか? 九島閣下もご存じでしょうが、私のような古式魔法師の側からしても彼の能力は『異質』―――その一言に尽きるのですよ」

 

「だろうな。いずれは出てくると思っていたが、君がそこに着目するとはな……はっきり言えば『何も分からない』。それだけだ」

 

「どういう―――」

 

「からかっている訳ではない。響子から聞いているか否かは知らないが、私が彼を知ったのは、ほんの些細なきっかけだよ」

 

 3,4年前のことだ。弟の娘の子供―――堅苦しい言い回しでは姪孫とも言えるアンジーが軍隊に入ったのを何となく察していた九島烈は、少しだけ悲しく思いながらも、それでも、その自由意志の発露こそが民主主義国家のアメリカの最たるものであるとも納得していた。

 

 そんな納得をしていた頃に―――休暇でシアトルに帰って来ていたアンジーが『同じ年頃の男子』を連れてきたことを『姪』から聞いた烈は、響子ともう一人の孫の2人で旅立たせることにした。

 

 後者の孫に関しては、このままいけば日本以外の大地を知らずに一生を終えてしまうのではないかと言う懸念でもあった。

 

 魔法師の海外渡航の規定をあれこれと工面してすり抜けて北米の大地に降り立たせた烈―――そして、いい友人になってくれればという思いとは裏腹に―――。

 

 

「孫―――『ミノル』の体質は改善されていた。響子も、その時のことを覚えて私に報告してきたよ」

 

「つまり……お孫さんの、あの厄介な体質を改善したからこそ、閣下は遠坂刹那に注目したのですか?」

 

「身内の恥を晒すようだが、ミノルは言うなれば『ハプスブルク家の悲劇』の存在だよ。真言が悩んだが末にやったことだが―――」

 

 言葉のわりには穏やかな話ではない。

 

 ハプスブルク家の悲劇……無論、遺伝子工学が発達したこの世界だからこそ出来た『禁断』なのだろうが、それでも怖気を覚えた風間はその話は要点ではないなと想っておく。

 

 

「ともあれ、そうして『根治』不可能な病を治して人並みに生きていけるようにした遠坂刹那のことに興味を覚えてな―――しかし、四葉真夜が接触しただの、アンジーと温泉旅行に来ただの、新ソ連からの分離独立を図るヴァナディースと接触しただの、出てくるものは彼の『現在』に関するもの……彼の『過去』はなにも分からなかった」

 

「恐ろしい情報工作ですね」

 

「私的な見解ではあるが、そうではないと思っている。彼は3,4年前にこの世界に『生誕』を果たして、そしてこの世界に関わっていったと思っている」

 

「迂遠な言い方ですね。はっきり仰ってもらいたい」

 

「―――『時間跳躍者』(タイムトラベラー)、あるいは『次元超越者』(ディメンションライナー)……そんな類の存在だと思っている」

 

 その可能性は……低いながらも風間が薄々感じていたものである。この爛熟した情報化社会で、何の後ろ盾もなく、全ての痕跡を消し去った情報隠蔽が出来るものではない。

 

 先程まで話題に出していた少年も、その一人だが彼にも15年間―――現在に至るまでの経歴があるのだから。

 

「もしくは、『宇宙人』という可能性もあるがね」

「話が荒唐無稽すぎますね……ただ―――発想を『飛躍』させなければ、彼のことは理解出来ない」

「そういうことだ……いずれにせよ―――『彼』がいなければ、解決できない事態だったな」

 

 その言葉に風間は少しの疑問がある。寧ろ、彼がいたからこそ事態は大事(おおごと)になったのではないかと。

 

 しかし老人はその言葉に一笑を出して否定してきた。

 

「第三次世界大戦……あの時代、まだ今のように高速起動を可能とするCADなども無かった時代の話だが……あの頃から全ては始まっていたのだよ」

 

「――――」

 

「遼東半島をめぐる戦い。そこにて私は人外の脅威と出会った。それは恐らく、今日に至るまで雌伏を為してきた『ビースト』の欠片だよ」

 

「………何を見たのですか?」

 

「―――全てを焼却するための巨大な『肉の柱』。広東軍と我が軍の殆どを飲み込んだおぞましき『魔道の化け物』―――そしてそれの『拡大』を防ぐために現れし、幾つもの『綺羅星』の如き『英雄達』―――今でも私の眼には焼き付いている」

 

 

 あの日、まだ今のように老人の身となる前の眼で見た景色が焼き付いている。

 

 奇跡がこの世界にあるのならば、我々は、本当の意味で彼らの想いを具現化しなければならないのだ。『彼ら』から『剪定対象』と見做される前に……。

 

 目の前の風間には分からないだろうが、あの時―――烈は本当の意味で『人類の破滅』を予感したのだ。

 一睨みするだけで、『眼』を向けただけであれほどの大破壊の大虐殺を行える存在が―――伝説では『七十二柱』もあるのだから……。

 

「君は見たことがあるかどうか知らないが、九重寺、その源流にして最後の七夜当主『七夜彩貴』が残せし『予言』……それこそが遠坂刹那であると見ているよ」

 

 目の前の老人が語る『予言』……九重寺に残されていたそれを風間も拝見していた。そして、達也こそがその『予言の子』であると信じていたと言うのに……。

 

 あの沖縄の時に見えた『達也の道』が、破滅を導くものに見えて、破壊者に、全てを壊す『魔王』にさせたくなかったのに……。

 だが、それでも風間は達也にその道に進んでほしくない。せめて―――自分達だけでも達也を守ることが自分の役目だ。

 

 決断しあい、二人の若者に対しての想いを固め合う大人達。

 

 彼らの出した結論とは別に、彼を表する英語的な意訳では「カレイドライナー」――――並行世界の旅人―――否、『逃亡者』のことを考えて様々な思惑を見せる者達とは別に……。

 

 

 

「こうやって親子で差し向かい―――、いや。もう一人いたね。申し訳ない克人君」

 

「いえ、自分はただの付き添いです。ですが……これ以上、色々と不安定なお嬢さんを見ていたくない想いもあります。その為のアドバイザーです」

 

「婚約する気持ちが出て来たかな?」

 

「茶化さないでお父さん。十文字君には無理を言って来てもらったの―――本心を隠しての対話なんて私は求めていないもの」

 

 

 他人がいれば、恐らく父は偽証の類はしないかもしれない。もしくは『懺悔』でもする心地を持ってくれるかもしれないという七草真由美の心に従って、こうして九校戦の会場付近にある高級ホテル―――余裕ある家庭の生徒の父母が泊まるだろう所に来た十文字克人。

 

 部屋の中に、女の残り香でもあるかと思ったが、まぁそんなものが分かる克人ではない。

 

 しかし、部屋の中央にあるソファーに差し向かいで対面しあう七草弘一師父の姿は、少しだけ違っていた。

 

 サングラスを掛けずアイパッチをして、若年の頃に言われていた彼の姿を自分達は見ているのだが、七草にとって、親父のそんな『伝説』をきくと『もぞっ』とする。とのこと……。

 

(娘の父親なんて、どこでもこんなものなのかもしれない)

 

 

 ようやくのことでソファーに腰かける七草とそこまで離れないが、あまり男女として親密と取られても面倒だ。

 

 そんな絶妙の距離感でいたかった克人の気持ちを崩すように、真由美は若干近かった。

 

 

「さて何を聞きたいんだ真由美。もしかしたらば、昔の魔法師。僕がティーンの頃の話かな?

 あまりお父さんも、自分のティーンエイジャー時代の頃のことなんて話したくないんだよ。特に男はデリケートなんだ」

 

「自分もそうなりますかね?」

 

「君の十代の頃のことを知らぬ女性と付き合えば尚更にね―――真っ赤になって怒りだす」

 

「兄の亡母、そして私の母も、その一人だったのですか?」

 

 鋭い質問。場の支配を許さぬ真由美の嘴が、男二人の会話をぶった切った。

 

「先日、九島老師が一高のテントにやってきて、お父様と四葉の『昔の関係』を知りました。

 正直に答えてください。あなたにとって『真っ赤になって怒りだす』掘り返されたくない過去なんですか?」

 

 父に向けて言う言葉ではない。そして尊敬の念一つない言葉。もはや大体の確信は持っているのだろう真由美の真っ直ぐとした眼が、弘一に残された隻眼を射抜く。

 

 射抜かれて、そして観念する。だが―――その前に克人に一瞥を上げて、弘一は託した。

 

 自分とて浮かれていたのかもしれない。呆れるほどに、けれど……自分の気持ちを隠すことは出来なかった。

 

 

「僕と―――四葉の双子……特に妹である四葉真夜との関係は―――――」

 

 懺悔を告白するには、まさしく頃合いの月明りが差し込んでいた……。

 

 

 そんな夜に――――。御殿場市内を抜けるキャビネット車内にて……。

 

「セツナ、あーーんして? おいしい?」

「君からの愛が増して俺の作った獅子頭(シーズートウ)の味が5割いや10割り増しかな?」

「ちょっ、こんな狭い車中で! というか一応、学内カウンセラーの私の前で公序良俗に反する真似をするな――!!」

 

 バックミラーで見える景色。

 勤めている学校の有名カップルがミートボールを入れたサンドイッチを食べ合う様子に、色々とモノ申したかったが、助手席に座るもう一人の同乗者が疑念を呈してきた。

 

「一人寝が寂しいんですか? ハルカ」

 

「やかましいわアメリカ人! これが分乗した理由か!? オ・ノーレ!! 司波達也!! 藤林響子!! この三人の世話役なんて押し付けて!! 許すまじ!!」

 

 軽自動車型のキャビネット。オートドライブで進んでいくはずの車の勢い……エンジン音が盛大さを増していき、目的地まで走っていくのだった。

 

 そんな様子を後ろから見ていた達也と響子は、車中の様子も『監視』していたりして、何かアレであった。

 

 

「……一高でリーナはいつもあんな感じ?」

 

「あんな感じです。まごうこと無き一高のバカップルです」

 

 などともう一組のバカップルの片割れは、同じようなサンドイッチ(深雪仕上げ)を食いながら、刹那が何を見せてくれるのか、若干楽しみにしておくのだった……。

 

 

 ―――運命の時は始まりつつあった。

 


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