魔法科高校の魔宝使い ~the kaleidoscope~   作:無淵玄白

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―――日間ランキング最高六位……いやはや過分な評価で、ありがたい限りです。

感謝感謝です。

そして、事件簿でホムンクルス兵を大量に従えた法政科らしき彼は、も、もしや!? 

そんなこんなでネタバレを避けつつ、新話お送りします。


第124話『天使の休息―――(後)』

「銀、金―――変形解除(トランスオフ)

 

 にゅるん。にゅるんと蠢く流体金属の変形した『車』。その擬態をしたもので揺られてやってきたのは、横浜中華街を臨める場所。

 

 ベイヒルズタワーから人知れず脱出するのに、最初はハデスの隠れ兜を使っていたが、途中からは人混みがありすぎる上に、鼻が利きすぎるエリカの兄貴である寿和警部がいたことから、少しだけ断念して車による移動となったのだ。

 

 

「ターミネーター2のトランスフォームを体験することになるとは、人生分らないわね」

 

「しかも『乗る方』だしな……いつも、こんなことをしているのか?」

 

「流石にそれは……ただ、私が五番町飯店の孫だと分かって連れ去ろうとする人間もいるから、時には……たまに―――、ごめんなさい……」

 

 別に責めているわけではないのだが、まぁ一般的な法治国家における魔法の扱いというのは、厳格なものだ。

 

 それゆえの謝罪なのだろうリーレイの、髪を撫でて慰めておく。話だけならば、ライネスさん―――自分がこの世界に来る前には『ロード・エルメロイ』を襲名する予定であった人を思い出す。

 

 自分にとって頭が上がらない姉貴分……良く甘菓子を作らされたヒトも、幼い頃は絶えず暗殺の危険があって、水銀メイドを護衛として伴い、外出先では保存食ばかりを食べる……外食による『服毒死』を警戒するほどだったそうだ。

 

 

「まぁ俺の姉貴分も、そんなことばかりやっていたそうだからな。責めるに責められない」

 

「お前が所属していたエルメロイ教室ってどんなところだか、本当に謎だぞ」

 

 達也の疑問はもっともだが、それに対して虚言は、そうそう語れない。教室のみんなと、先生に関してそんなことは出来ない。

 

 いつか先生を―――『臣下』に加えるためにも……。まぁそんな手助けしたらば、「FUCK これは私の課題であり、お前が係うことじゃない。ワタシ一人でやるべきことだ」などと不機嫌だろうなと思う。

 

 思いながらも、想いをこめて達也に応える。

 

「幼年の頃からお袋と一緒に『教室』にいたけど、正式に生徒として認められた時には、兄弟子も姉弟子も協会のお偉いさんになっていたんだが、まぁみんなして俺に構ってくる……。

 秘術の類も惜しげもなく出してきた時には、どうしたものかと思ったが……、きっと皆がそうだったのは、『オヤジ』の面影を俺に見ていたからだろうな」

 

「例の『世界の果て』に行ってしまったとかいう、親父さんか」

 

「ああ、結局―――みんなが『衛宮士郎』に去ってほしくなかったからなんだろうな。『繋がり』があれば、きっと―――そんなところだろうな」

 

 そして自分までもが、その想いを踏み躙った。結局―――『剣』の子供は『宝石』にはなりきれない。不細工な『宝石剣』になるしかないのだ。

 

 

「宝石太子も両親がいないの?」

 

「まぁな……というか「も」ってことは、君もなのか、シャオ?」

 

「うん。爸爸(パーパ)妈妈(マーマ)も死んだって―――御爺様から聞いている……」

 

 伏し目がちに答えるリーレイに対して、刹那は余計なことを言わずに「そうか」とだけ言っておく。

 

「君にあるつながりを大切にしろよ。途切れたものだけを、数えていたらば―――前に進めない」

 

 だが、結局……そんな説教臭い事を言ってしまう辺りは、自分の青臭さであった。よって、『全てを知っている』ゆえに微笑むリーナの顔に「してやられた」気持ちだ。

 

「うん。ありがとう宝石太子……ちょっとだけ気が楽になった」

 

 何かしらのコンプレックスは持っていたらしいリーレイだが、今は前を向いて意気を上げている様子に少しだけ安堵する。

 

 期せずして、自分の過去と彼女の過去とがリンクしていたゆえだ……それにしても―――。

 

 

「リーレイちゃん。何で刹那君のことを宝石太子って呼ぶのかしら? もしかして中華圏では、そういう呼び方なのかしら?」

 

「それは俺も聞きたいな。まぁ大方の予想は深雪と同じだが」

 

 宝石太子。どこの蓮の精なのだと言いたくなるほどに変な名称を着けられたが、まぁ悪くは無い。

 

 そうして―――リーレイは司波兄妹の言に対して少しの首振り。どういうことだってばよ。

 

 

「私の御爺様が、そう言う風に愛称を付けているだけ。中華街に魔法師は、そんなに多くないから」

 

「なんだかワタシのステディへの名付けが、スモウレスラーに対するニックネームみたいで複雑だけど……シャオの祖父(グランパ)も、魔法師なの?」

 

「引退した―――というよりあんまり『才能』が無かった。って言っていた。金と銀みたいな人格付与のゴーレム作りには造型あったみたいだけど」

 

「ご当主様の最高傑作こそが私と銀なのです。現代魔法において、速度と深長領域のみが取り沙汰される中では、ご当主様も魔法師としての栄達は諦めざるを得ないでしょう」

 

 事実、ダーハンクライシスの頃には、大陸においても『古式魔法』の側は敗北をして、『現代魔法』の側が勝利を果たした。

 

 即ち軍の戦術兵器としての中核を為すに、古式魔法は時代遅れというより『使いづらい』という結論が出てしまったのだ。

 

 結果として、崑崙方院の法術師、道士などの連中が北米大陸に紛れて、その後には時代の流れゆえに大陸に迎合する……台湾に勝手にやってきた国民党と同じである。

 

 そしてこの横浜中華街の発端は、国民党の創始者である蒋介石と同じく、大陸での捲土重来を願う連中ばかりだったはずなのだが……。

 

 蛇足を終えて『劉姓』なんて、言っては何だが大陸ではありふれたファミリーネームだ。その中でも『有名人』を、魔法師ならば誰もが知っている。

 

 

 そうして迷子の迷子の「小劉」ちゃんを、中華街の中でも一番大きな店、もう門構えからして周囲の他店とは違いすぎる店舗『五番町飯店』に連れて行くと、店先にはがっしりとした体格のご老体が立っていた。

 

 コックコートのままな所を察するに、仕込みの最中にベイヒルズタワーの一騒動を聞いて、いても立ってもいられなかったのだろう。

 

 

「リーレイ!」

 

「爺ちゃん!」

 

 呼び掛けられて老人の胸に飛び込むシャオちゃんの姿に少しだけ苦笑してから……手を振りながらも、クールに去ろうとした瞬間。

 

 

「いやいや若人たちよ。拙速になるな。スピードワゴンになるんじゃない。どうやらここまでリーレイを送り届けてくれたことを考えれば、何もせずに帰せるわけがなかろう」

 

「いえいえ。どうやら店の仕込みの最中だったみたいだし、家族の触れ合いを邪魔するほど無粋でも無いんで」

 

「礼ぐらいさせてくれ。何せ孫は君のファンだからな。宝石太子『遠坂刹那』君。まぁ昼飯一食分は奢らせてもらおうか」

 

 劉師傅は、拱手抱拳の姿勢で、そんなことを言ってくる。その打ちつけている手と打ちつけられている拳にある『タコ』が料理人としてのものだけならば、何も迷わないのだが……。

 

 

「いいじゃないか刹那。どちらかと言ったらば、俺たちの方が助けられた方でもあるんだ。一食いただきながら、話をするぐらいは、許容範囲内だろ?」

 

「達也。お前、最近、ただの食いしん坊になってきていないか?……まぁ、ここの味には興味があるし、劉師傅の腕からは、高級食材を扱っている凄腕の料理人の気配がある」

 

 首に腕を回されて、達也の言動に苦笑してしまう。『俺は座敷芸者じゃないんだが』という言葉を呑みこんで虎口に飛び込むその姿勢は、まぁ好意的に思っておく。

 

 そうしてからリーレイことシャオちゃんには腕を取られてしまい、どうしようもなくなる。

 

 更に言えば、女性陣は一食浮くことを、若干嬉しく思っているようだ……。

 

 こういう時のストッパーとして自分が『役立たず』なことを分かっていた刹那は、『ご馳走になります』と一言言ってから、劉師傅の招きに応じることにした。

 

「所で厨士―――お名前は何と呼べばいいんでしょうか?」

 

 これが狙いだったのか……達也は、自分よりも鋭い洞察を行った。例え、リーレイが『劉姓』を名乗っても、目の前の相手が劉○○とは限らないのだ。

 

 その可能性が高いとはいえ、そうでない可能性を除外するのは、拙速だった……ゆえに、その反応を具に観察すると、老人は苦笑してから口を開いた。

 

 

「劉『景徳』。恥ずかしながら、祖国の栄えある戦略級魔法師とは一文字違いのしがないジジイだ。期待に応えられず申し訳ないな。

 だが、料理の腕は期待してくれ。いい熊の掌が手に入ったんだ。最高の中華料理をご馳走させてもらうよ」

 

 

 そんな言葉で―――嘘か真かすら判別出来なかったのだ。

 

 ・

 ・

 ・

 

 数時間後には『景徳鎮』の色とりどりの器に盛られた中華料理に舌鼓を打ちながら、リーレイに『魔術』の手解きを行うことになるのだった。

 

 

「ふむ。リーナよりも雷霆属性に造詣が深いな。伸ばすべきものは、いまあるものを伸ばしていけばいいよ」

 

「そうなんですか? けれど……何か伸び悩みがあるんですが」

 

「放出するというイメージを『横軸』に持ち過ぎなんだ。シャオの魔術の本質は、『水平に流れる』ものではなく地から上へと昇る。『昇竜』のイメージ―――『縦軸』の方向でやってみればいい」

 

 

 言ってから『原始電池』のミニチュアを渡して、魔力を込めて『小剣』にするように言うと、容易く『雷の小剣』を作り上げた。

 

 小さな手で両側から包まれたそれが、開くたびに幾つも縦置きの剣のように作られると、得心した様子と眼を見開いている様子の半々だ。

 

 少しのアドバイスだけで、ここまでの変化があることが本当に驚愕なのだろう。

 

「『窮屈』なものが、少しだけ『楽』になっただろ?」

 

「う、うん!! すごい―――これが本場のエルメロイレッスンの効果……」

 

 感心しているシャオに対して、何となく刹那はエルメロイ先生の言葉を語る……。

 

「万物は須らく照応するものだ。人は時に人体構造を七つの惑星に置き換え、物質の流転にすら、何かしらの意味を見出して『力』としてきた。俺の先生の口癖だ」

 

「テキストが無くてもお前は諳んじているのか?」

 

「まぁな。というより配っても然程見ないんだ。知識(ウィズダム)というのは、己の頭に込められているものを咄嗟に出してこそだしな」

 

 

 その様子を北京ダックを食っていた達也が言ってきたのに返してから、自分も食事を再開。

 

 出された料理は、はっきり言えば―――特上すぎた。幾つかは解析して、違う食材で再現してやろうと思うほどだ。景徳鎮の陶器が、中華の極意を示してくる。

 

 

「どうかね?」

 

「お孫さんの成長するための筋は見出させましたよ。劉さん」

 

「いやいや、そちらではないよ。料理の味はどうなんだろうということだよ」

 

「「「「最高です!!」」」」

 

 やってきたご老体の言葉に素直に答えておく。いい料理に対しては素直に賛辞を述べるべきというのは万国共通なのだ。

 

多謝(ありがとう)。孫を助けただけでなく、ここまでやってくれるとは……」

 

「礼に及ぶことでもないですよ……」

 

「だが、この国で我々のような人種は肩身が狭いものだ。特に母国だった国の影響でね」

 

 

 人間と言うものの愚かしさでもあるが、日本であれUSNAであれ、近隣諸国から政治亡命などで帰化するとまではいかずとも、足掛かりにして捲土重来を願う人間たちは多い。

 

 そこには国家と言うものの打算的な思惑があるし、中には偽装した亡命などもあるだろう。いわゆるスパイの潜入工作というヤツだ。

 

 それらを考えずにいられるほど、人々は愚鈍ではないが、明らかな咎があるとは言えないのに、十把一絡げで全てを悪と断罪するのは、ただのリンチにすぎない。

 

 結局の所……この店にいる劉料理長を筆頭に彼らがどういう想いで、ここにいるかは分からないのだから。

 

 だが作られた料理には何の罪もない。そしてその中に一つだけ『異色の料理』があり、刹那の眼を惹いた。

 

 

「……ふむ。成程」

 

「? 悪いが俺ももらうぞ」

 

「どうぞ」

 

 刹那の怪訝な納得が気になったのか卓を回して自分の方に、『異色の料理』を引き寄せる達也。

 

 一口食べて、どうやら気付いたようである。そして何よりこの料理の『意図』も―――女性陣には、もったいないということで男二人で平らげる。

 

 

「アンタたち二人して食べるなんてどういうこと―――!?」

 

「秋ナスは嫁に食わすな。という格言があるほどだからな。これはお前たちには食わせられない」

 

「それほどの美味だ。そういうわけで二人とも我慢してくれ」

 

「「ぐぬぬぬぬ」」

 

 何より―――『これ』を分かった二人がどう出るかは分からないのだ。その行動を予測できない。

 

 例え怒られたとしても、今は不味いのだ。無論、料理は美味しかったのだが……。

 

「安心してください金青娘々。こちらに『同じもの』を作っておきましたから……」

 

「ソーリー……シェフ……このアホ共の為に御足労させてしまって」

 

 などと、海老、野菜、豚肉を絡めた中華粥を持ってきた劉『景徳』シェフのお陰で、リーナの激昂は収まるのだった。

 

 ランチタイムにも関わらず上客専用の場所をいつまでも使っていていいのかなー。などと思いつつも、シャオの「もう少しいてほしい」という願い(視線)を受けては、年上の兄ちゃん姉ちゃん方としては、そうせざるを得なかった。

 

 そうしながらも楽しい時間は過ぎていき、劉料理長とシャオちゃんの見送りの元、五番町飯店を後にするのだった。

 

 

「今度は、自分のお金で食べに来させていただきます」

 

「いやいや、授業代代わりと思えば安いものだ……また違った形での来店を、リーレイともどもお待ちしているよ」

 

再見再見(またね~)先姉(お姉ちゃん)先兄(お兄ちゃん)~♪」

 

 大仰な手振りをするシャオちゃんが見えなくなるまで手を振りながら歩き、いい加減コミューター乗り場に行ってもいい位の頃に―――盗聴盗撮防止の認識阻害の結界を張る。

 

 かつては『走る密室』と呼ばれた車中も、時代が進みオートメーション化が進んだ現在では、知らぬ誰かが不逞の行いを探ろうとしているかもしれない。

 

 そんな訳で健全なる高校生としては、そこでの密室談義は避けておいた。言い訳である。ということで、男子二人が女子の餌食になるのだった。

 

 

「それで、何であんなことをしたんですか? そりゃ最近のお兄様は、若干舌が贅沢になって、私の料理では若干の満足を為されていませんけど」

 

「我が家はソンナコトないわよねー♪ 夫婦円満で仲がいいわよ?」

 

「それは当然でしょうが、アナタの場合、亭主が家事の一切をやっているようなものなんですから」

 

「シツレイね! (Dish)を洗ったり、ゴミ出しをして近所の奥さんたちとの付き合いを大事にしているこのワタシを、何だと思っているのよ!?」

 

 そんな前時代的なことをやっていることに、若干の驚愕を司波兄妹は覚えるも、ともあれ話を戻す。結局の所、なんであんなことをしたのか。

 

 まさかアノ料理には『毒』が入っていたというのだろうか? 確かに魔術刻印持ちである刹那と、身体を任意・自動で完調に戻せる達也は、ある種の自動治癒(オートヒール)を持っている。

 

 だからこそ、あんなことをしたのか? そういう推測は外れていた。

 

 

「フチャ料理?」

 

「中国版の精進料理って感じかな? いわゆる肉や魚の食感と見た目を野菜と技術で再現した『イミテーション』料理。それが普茶料理だ」

 

「俺と刹那が食べた肉と海鮮の中華粥。肉は『湯葉』を、海老は『人参』、烏賊は『蕪』を使ったものだった。本物は米ぐらいだったかな?」

 

「米も麦が、若干入っていたかな。オートミールほどドロドロにならないぐらいの、絶妙な調理方法だ」

 

 

 ただの料理評論のはずなのに、何故だか不穏なものが混じっているような気がしてならない男二人の会話。

 

 そうして告げられる劉料理長の意図……。

 

 

「わざわざ。技巧を凝らして技法の限りを尽くす『中華料理』の手法の中でも、殊更に『偽物』を強調した料理を出したんだ」

 

「つまり―――何かが『偽物』ということか、あるいは『偽者』……」

 

 単純に考えれば、劉雲徳という魔法師―――大亜連合が公表している魔法師の正体こそが、『劉料理長』なのではないかという話だが……。

 

 そう考えた時に墓穴を掘ることもあり得るのだ……。

 

 何にせよ……何かしらこちらに伝えたい。だが明朗に言葉には出来ないメッセージがあの料理にはあったのだ。それを解き明かさないと―――『よろしくないこと』に繋がりそうだ。

 

 何の確証もない話だが、リーレイと関わったことで『何か』が変化をした。何かは何であるかは分からない。ただ『贋作』だとしても、『本物』を目指してもいいだろう。

 

 

「少し早いが、今日の夕飯は決めたよ。『深川鍋』にするかリーナ」

 

「ワァオ。ドジョウを開いて入れるタマゴでとじたナベね」

 

「古典的な間違いをどうも。そっちは『柳川鍋』だ」

 

「一本取られちゃったわね。けれど何で今このタイミングで?」

 

 一度だけ舌を小さく出して眼を瞑る可愛い仕草(てへぺろ)を取るリーナにどきりとしてから、青臭すぎる理由を話す。

 

「リーナが間違えた通り。柳川鍋の方がドジョウを使う分ボリュームもあるし、どっしりとした味わいだが……深川鍋も味わい深いものさ」

 

 どちらかに優劣を着けられるものではない。ただ偽物作りに長けた人が時に作ってくれた鍋は、寄せ鍋も旨かったが、それ以上に……自分には、アサリをたっぷり入れた深川鍋が良かったのだ。

 

 

「たまには『オヤジ』を思い出しながら、料理を作るのもいいさ。付き合わせて悪いけどな」

 

「ノープロブレムよ。アナタのお父さんに対する想いは分かっているモノ。そういうココロが少しだけ嬉しいわ」

 

 コート越しでも身体を預けてくるリーナに苦笑する。いつもならば『左腕』の所が、『右腕』なところに、本当に苦笑する。

 

 

「お兄様、今日は深雪特製のすき焼きです。存分に腕を振るいますよ」

 

「ああ、楽しみにしているよ」

 

 どうやら明日はホームラン(?)のようだ。司波兄妹と分かれて帰路に着く。

 

 色々とあったが……何事もなく今日と言う日は過ぎていくのだった……。

 

 

 † † †

 

 

「さてさて、今日はもう寝なさいリーレイ。宝石太子『遠坂刹那』の御業の復習もいいが、疲れては明日に障る」

 

「はい。御爺様。お休みなさい」

 

 劉が大枚を叩いてまで邸宅に拵えた魔法の勉強部屋。孫のためだけに設えた部屋から孫が出ていくと同時に―――。

 

 いつの間にか入って来ていた来客に眼をやる。その眼は昼間に、若き魔法師達を迎えた時とは違い、眼光鋭い獣のような眼であった。

 

「こんな夜更けに何用かね。周道士?」

 

「劉教主にあられましては、本日もご機嫌麗しゅう―――」

 

「何の用か、と訊いておる」

 

 老人特有の重い声に険が混じる。そして空気も乾く……俗に殺気と呼ばれるものを発して、『見た目』だけならば、昼間の若者たちと変わらぬ男を睨みつける。

 

 仕立てのいいスーツを着こなしながら、『拱手抱拳』で慇懃無礼にこちらに挨拶をしてくる男の本性と年齢を見抜けぬほど、劉は腑抜けてはいない。

 

 だからこその声を風と流す『周公瑾』という偽名の男だが、もはやこの男は幾度もの整形や変身魔法のしすぎで、自分の顔を忘れている可能性があるのだ。

 

「明日、私の方で『お客様方』をお迎えする予定です。お客様方は―――『万が一』の時を考えまして『雷公鞭』を用意したいとお考えのようです」

 

「私は既に引退の隠居した身だ。既に国内には六人もいるという『非公式』(海賊)どもを使えばよかろう」

 

「その辺りの機微は私には分かりません。ただ、『本国』からの命令書が来る可能性があることもお忘れなく……では、確かにお伝えしましたよ」

 

「かつては崑崙の十二仙の一人と言われた男が軍人の走狗か。凋落したものだな―――私のように正しく老いることをして、自然のままに死ねないからだ」

 

 

 一方的な要求とメッセージばかりを置いていく周に悪罵の一つでも叩きつけてやりたいと考えていたのだが、思った以上に……癇に障ったようで、美麗の青年の貌を剥ぐことが出来た。

 

 だが、それでも必要以上に噛みついて来ないのも周の特徴であった……。

 瞳と心に野心を秘めて行動している男の特徴だな―――と思いながらも、邸宅から去っていった周公瑾を『センサー』で確認すると、一息突いて、『劉景徳』は知っている番号に『一報』を入れておくのだった……。

 

 

 そのことが、孫の運命を変えると信じて動くしか出来ないのだから……。

 

 


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