魔法科高校の魔宝使い ~the kaleidoscope~   作:無淵玄白

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暑い…暑すぎる――――そして沖田さんは泣いていいよ。

俺の胸で泣け沖田さん(持っていません)。


そして『俺の涙は俺が拭く』と言わんばかりの沖田さんに俺が涙(え)

という訳で新話どうぞ。


第131話『司波達也の憂鬱』

 

「それでは、あの人がお兄様に渡したレリックから、刹那君の呪文詠唱が聞こえてきたのですか?」

 

 放課後、色々とあったが、ともあれ何とか無事に乗り切った今日、放課後にてようやく妹と二人っきりとなれた達也は、一応の刹那への『隠し事』を深雪に教えておいた。

 

「ああ、朗々とした詠唱だった。意味合いとしては、いまいち分からないことも多かったが、その詠唱は覚えている」

 

「……試すのですか?」

 

「無理だよ。例え呪文を知っていたとしても、魔術師にとって重要な魔法陣(サークル)を、俺は見ていないんだ。

 美月と幹比古は、晴海側から飛んでいく刹那の足元にそれらしきものを見たそうだが、夜の幽けき月光の中では詳細には見えなかったそうだ」

 

 

 ここまで聞いておきながら深雪としては疑問が出る。兄が、この勾玉というレリックに関して刹那に隠し立てしたのか……。

 

 ツーカーでおおよそ、他人から親しい友人と目されている二人なのだ。深雪としては腹立たしい限り。話を聞く限りでは、そんな達也に黒羽の『2人』も歯軋りしているとか……。

 

 クールで超然とした司波達也を唯人に落とす所業許すまじとかなんとか……それはともかく、聞いたことに対して達也は……。

 

 

「アイツには、出し抜かれっ放しだからな。ここいらで少しだけイニシアチブを取りたい」

 

「もしも大亜のサーヴァントとの戦いで、必勝の策となる『宝具』や『スキル』の鍵だったりしたら、どうするんですか?」

 

「素直に渡すさ。刹那ならば、最良の形で使ってくれるだろうからな」

 

 

 などと、最終的には刹那に渡すことを笑顔で言う達也に、深雪としては憤懣やるかたない想いが募るのだ。

 

 そんな顔を見て達也は苦笑しながら口を開く。

 

 

「……『アヤコ』や『フミヤ』もそうだったが……そんなに俺と刹那は対立していかなきゃダメか?」

 

「当然です。お兄様は魔法師界の究極超人。言っては何ですが、刹那君のような得体のしれない術ばかり使う『魔術師』と交わることで、染まるのはいけません」

 

「世間の皆さまからすれば、俺たちと刹那の違いなんて分からないと思うけどな」

 

 

 お座成りな結論で濁すわけにはいかない深雪の決意だが、そんなものだ。

 かつての古式魔法の『結果』ばかりを『再現』することだけに拘泥した結果、現代魔法師の大半は、物理法則の世界だけに、その重きを置いている。

 

 だが、世界にはそういうのだけでは、対処できない相手がいるのだ。例えその身を塵芥にまで分解されたとしても、生き残れる存在など……そもそも、『純度』を薄くした魔法の『結果』を受け付けない存在など……。

 

 ましてや……達也の眼では見えぬ―――情報次元にその存在を置いていないというのに、物理世界を蹂躙できる存在に鉢会えば、自分の魔法は効かないだろう。

 

 今後、深雪の為を想うならば、それらに対する対策は必要なのだ。少なくとも、魔法師の肉体を『無いよりはマシ』という考えで、『暖炉の薪』にする女が入学早々に一高を襲撃したのだから。

 

 

「小百合さんからも悪い友達と付き合うな。とか言われて、深雪や従姉弟である二人からも――――」

 

「遠慮なく刹那君と関わり合いになりましょう。黒羽の家やあの人が何を言ってきたとしても構わず」

 

 達也の予想通りとはいえ、あからさまな変節に、我が妹ながら苦笑どころか、ため息を漏らしてしまいそうになる。

 

 そんなこんなで妹は生徒会業務に行き、達也は選ばれた論文コンペの為に閲覧室へと赴く。多種多様な魔法に関する書物を収めた蔵書室。

 

 既にほとんどはデータベース化されて、電子情報として電子の海に沈んでいるのだが、それでも未だに重要な情報や論理などに関しては、安全面での問題から、こうして封印されている。

 

 進んだ先には、七草真由美がいて、どうやら目的は同じらしく、雑談したいこともあったのか、連れだって閲覧室に入る。

 

 

「こんな所、十文字先輩や服部会頭に見られたらアレですね」

 

「あら? そんないやらしいことを、密室で私にするつもりなの?」

 

「そういう情動はないので、ご安心を」

 

 などと真面目に返すと、くすくす笑ってくる七草先輩の姿が。

 

「NTRに興奮するタイプじゃないのね達也君って」

 

「その発言は色々と、俺の『おセンチ』な感情を逆撫でするのでやめてほしいですね」

 

 一応、公式というわけではないが、元・会頭とくっ付いているような状態の真由美の言葉に、ため息を突いてしまいたくなる。

 何だか後々の2人は、くっついたり離れたりを繰り返す、面倒そうな関係になりそうだった。

 

 それに対してやきもきする後輩や同級生―――もしくは、成り行きまかせで見守るだのありそうである。

 

 ちなみに達也は後者である。男女の仲など、どこでどうなるか分からないのだ。十文字家の長男と七草家の長女が婚約という形でニュースになっていない時点で、面倒な関係である。

 

 だが、それ以上に真由美が気になったのは達也の発言だったようで、『おセンチな感情』の由縁を聞いてきた。

 

 

「何かあったの?」

 

「―――親父の再婚相手が、家に来ましてね……保護者としての、一応の体裁作りだったのでしょうが、そういうことです」

 

「……四葉の?」

 

「関係者―――ではありますが、殆ど知りませんよ。流石に俺と深雪の母の来歴ぐらいは知っていますが」

 

 親父ですら本家に入ることを許されていないのだ。歴史としては百年も無いくせに、変なしきたり意識を持つ一族。

 

 そんな風なのが日本の魔法師の風情なのだった。そんな会話をしている時に、ふと……七草弘一氏と叔母である真夜の関係が気になる。

 それは無論、七草真由美がいたからだろうが……。聞くと渇いた顔―――無表情といってもいい顔を向けてから、真実を告げる真由美。

 

「―――婚約者だったそうよ。本当、あの狸の父親もませた時代があったとか、聞きたくなかったわよ」

 

「狸ですか?」

 

「最近はしていないけど、ウチの父親はサングラス掛けて過ごすことが多かったから」

 

 それと謀略を行うという点が、娘には甚だ不評のようだが……あずさ会長以外の候補者を、硬軟おりまぜた交渉や説得で断念させる辺り、本質的には似たもの親子なのだろうと思えた……。

 そして、甥の立場としては、どんな無頼漢でも目の前に出て来たならば震え上がるだろう『あの叔母』にも、『そんな時代』があったとか異次元じみた事実すぎて、何かアレであった。

 

 だから―――南盾島の一件を報告した際の様子を理解も出来た。

 

 まだ情が残っているならば、確かに叔母が結婚しての勇退もありえるかと思えたが――――。

 

「まっ、四葉師みたいな超美人に、ウチの父さんは全然釣り合わないわよ。そういうことは、何となく覚えといて。それじゃ―――リンちゃんのお手伝い。しっかり頼んだわよ」

 

 

 そういって閲覧室から出ていこうとした真由美であったが、緊急の案件が二人に入る。こんな時に、何だ? と思いつつも、出てきた案件に苦笑してしまう。

 

「摩利ってば、なんて無謀な……」

 

「教えたんですか? ミス・カゲトラのことを?」

 

「いいえ、流石にサーヴァントに関しては、濁しておいたのだけど……隠し事されているのは理解していたんでしょうね」

 

 

 だが、ランサーのサーヴァント。もはや真名は分かりきっている『彼女』が、霊体化を早々に解くとは思えていなかったのだが……。

 

 ともあれ騒動の中心たる剣道場に向かって原因を刹那に聞くと、壬生紗耶香の武器の一つにして、この一高を飛び回る生きた概念武装である『千鳥』が、霊体であるランサーを感知して、かくかくしかじか。

 

 これが真由美と克人が自分をハブにした原因なのだなと気付いた渡辺摩利が、勝負を挑むことになった。

 

 

「まーさーか。渡辺(ナベ)先輩が、ここまでエリカじみた事をするとは思っていなかったなー」

 

「いやアタシだって、流石に何にでも噛み付きゃしないわよ……ただ『移動』しただけでソニックブームを発生させられる、一撃一撃で人体を紙切れみたいに吹き飛ばせる膂力を前にして、そこまでは、ね」

 

「いま考えれば、フェイカーのサーヴァントに刹那の『加護』ありとはいえ、結構無茶したよな……」

 

 もっともフェイカーの素のステータスだけならば、そこまで高からず……とはいうものの、魔法師からすればまさしく人外魔境の世界であるがゆえに、今さらながら恐怖がぶり返しているようだ。

 

 そんな刹那の感想やら色んなものはともかくとして、剣道場の壁に寄り掛りながら、成り行きを見守る三人の同輩……中央にて、三人の少女と対峙する銀髪の戦国武将。

 

 その伝説が真実ならば、生涯において負け戦は片手で数える程度……軍神、毘沙門天の化身と称された、戦国最強の一角を担うに相応しい存在だ。

 

 達也としては、初めて見る三大騎士のクラスサーヴァントの力なのだ。もちろん、ここで本気で戦うとは思っていないが、その片鱗を見るには格好の舞台である。

 

 その相手である摩利は、自分のシンパとも言える千代田花音と壬生紗耶香を横に敷いた状態で、迎え撃つ構えのようだ。

 

 だが、それでも一太刀浴びせられるかどうかは、少しばかり疑問なぐらいにランサーの『力』は達也にも見える。

 

 

「ふむ。三人だけとは少々私も侮られましたね。どうせならば、五人、六人ぐらいでも構いませんよ」

 

「自信家―――いや、その通りなのだろうが、この場で用意できる私なりの最高の布陣だ。頼むぞ花音、紗耶香」

 

「はいっ! 確かにロマン先生が認めたとはいえ、不法侵入者は、不法侵入者ですから! 風紀委員長としてやってみせます!!」

 

「正直言えば、剣客としては及ばないですよ、渡辺先輩。『抜く手』が見えなかった……」

 

「分かってるさ。けれど、少しは試したいんだ……及ばない敵相手にどこまでやれるかって」

 

 二者二様の態度だが、ランサーのサーヴァントは挑みかかる相手の事情など勘案しない。自分が、この場で剣を振るう理由など煩わしい限り。

 

 戦いたいならば、応じるだけ。否を告げるような気づかいは無い。

 当たり前だが、マスターである刹那からは魔力供給が絞られた上で、一種の『ギアス』まで掛けられている。余程、自分がやり過ぎると思っているのだろう。

 

 事実―――『その通りだった』……。

 

 流石に真剣を構えてまで戦おうとは思わないが……この時代の剣士や妖術師の技量の程を見ておくのも悪くは無い―――。

 

 

(なんせ私のマスターは、世界からの『はぐれもの』ですからね)

 

『■■き』とはまた別のベクトルで困った主人なので、何か放っておけないのである。よってマスター刹那から木刀を貰うと同時に、身体の動きと同時に木刀を振るう。

 

 

 動作の一つ一つ。それらが、今に伝わる『剣術』とは全く別のモノであると、周囲の剣道・術部員たちが気付いた。

 

 黄金の眼に銀色の長く棚引いた髪……身に纏う衣装は古式ゆかしい女武者のもの―――。

 

 そんな妖の剣士が、剣を振るう動作は、あたかも月下の元で月の女神に舞を捧げるかのように、流麗な水しぶきのような輝線を虚空にいくつも引いて、神舞を完成させた。

 

 

「さて―――それでは、始めましょうか。『魔宝使い』遠坂刹那のサーヴァント……えーと、水樹奈々参ります!! にゃー!!」

 

「「「「「ダウト――――!!!!!」」」」」

 

 偽名を使うにしても、もっと違うものを採用してほしかった嘆きの叫びが体育館に響くのだった……。

 

 

 ―――結果から言えば、一太刀も浴びせられなかった。ランサーの速度は、現代魔法の理とかそういうものではなかった。

 

 体術だけであっても、達也の修める忍術とも違った。

 

 摩利の鞭刃とでも言うべき剣術は、意に添わずにランサーの身体を穿つことは出来ず、千代田の放つ振動魔法は、そもそも木刀の先で床を一叩きしただけで、霧散した。

 

 その一叩きだけで、魔法の霧散だけに関わらずフィードバックが走ったのか、見えぬ衝撃を受けたように仰け反って動けなくなった。

 

 それらを無効化したあとに、俊敏な動きで迫るランサーを迎え撃つ、壬生紗耶香の衝撃波の『重ね』は、それを上回る剣速で放たれた振動波で断ち切ったのだ。

 

 う゛あんっ!! 

 

 盛大な音の破裂音。刹那がシールドしていなければ、鼓膜に変調を及ぼすものもいたかもしれない。

 

(見えぬ力の流れを見て、そこに逆撃を叩きこめるか、昔の人間というのは余程、自分達とは真逆だったのだろう)

 

 ボタン一つで何万人もの命を失わせる『技術』を持つことが出来たとしても、『人間能力』のベクトルで言えば、現代の人間では叶わぬものを感じる。

 

 

「来るぞ紗耶香! 立て! 立つんだカノーン!!」

 

 待ち構えるようにして、もはや基礎状態に戻した伸縮剣を構えて、立ち塞がる摩利と紗耶香に、よろめくように立ち上がった千代田花音だが、既に趨勢は決まっていた。

 

 

「では行きますよ! この剣舞! 毘沙門天に捧ぐ!! 臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!! (兵闘ニ臨ム者ハ皆陣列前ニ在リ)―――」

 

 すり抜けるように、三人の身体を痛打する木刀の撃が三つずつ叩き込まれて、神速で以て三人の後ろに走り抜けた後に、冗談のように三人の美少女の身体は真上に吹き飛び―――。

 

「是、月下美刃ノ太刀―――」

 

 技名の名乗りを上げる水樹奈々(仮)の様子に誰もが驚き、思わず三人の救出を忘れていたのだ。

 この『結果』を当然のように予期していた刹那とリーナが、即座に衝撃緩衝など受け身のための術式を発動させて、三人を無事に地上に降ろしたことで、達也はサーヴァントの力を再認識する……過去の英雄は、現代の人間で打倒出来るようなものではないのだと……。

 

 ・

 ・

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 結局の所、その剣道場での大立ち回りからランサーの存在は認知されてしまい、一種の幽霊であるという説明は何とか通じたが、ここまで人間に近いと、色々とあれであった。

 

 だが、その一件以来、達也としては自分がサーヴァントに勝つことは無理だろうと思えた。こういった心霊分野の処遇となると幹比古の分野だろうが、その幹比古ですら、逃げ出すと言ってしまったのだ。

 

『僕の眼には、やはり見間違いじゃないんだ……神仏の化身―――暴嵐の霊が太刀を振るっているようにしか見えないんだ。プシオンそのものが物理的な顕現を果たして攻撃をしている』

 

 ある種の自然災害すらも、『調伏』という形で猛威を鎮める人間がそういったのだ。

 ―――この科学万能の時代でも、新たな建物が建てられたり、ある種の兵器が納入されると同時に、地鎮祭や祭礼が行われている理由は、そこに無いものをあると信じたいからだ。

 

 だが、それだけとも言い切れない。サイオンを使った形での現代魔法は、物理現象を再現することだけに拘泥したが、その一方で神秘……ミスティールに関する部分はお座成りになってしまった。

 

 その最たるものが、サーヴァントなどの『英霊』丸ごと『一柱』を呼び寄せる現象だろう……。

 

 

「まぁ現代魔法の身も蓋も無い言い方だと、人は死すれば、後は骨になるだけだ。としか言わないからね」

 

「俺たちはそこまでレーニン染みた考えは持っていないはずなんですけど」

 

「ご尤も。だが現代魔法ではそこが限界なんだ。キミの眼を以てしても、その次元にいるサーヴァントの情報は全て見えないわけだからね。

 彼らの情報は、全て英霊の座という次元論の頂点―――もはや宇宙開闢の情報にまでさかのぼらなければ、キミの魔法は通じないだろう」

 

 

 そう。その通りなのだ。達也の魔法は二種類だけだ。分解と再成。この二つを利用することで最高位の破壊力を発揮して、全ての存在を消去できるはずなのだが……。

 

「サーヴァントや遠坂刹那などには、君の力は通用しない。キミが完全に『見えていないもの』に、魔法は通じない。要は、達也君の認識力の限界以上に、『上位』に位置しているからなんだよ」

 

「頭が痛くなりますよ。あまり警戒や避けなんかはしたくないんですが、あいつは現状、『力』を持ち過ぎている」

 

 それらの大半は、確かに多くの人間をステップアップさせる方法となっていたし、あからさまに邪険にしたくないのだが……。どうにもこうにも頭がこんがらがることばかりである。

 

 だが、そんな自分に対して僧職の男はにやにや笑うのみである。それが剣呑な師弟関係のありようでもある。いつも通りとはいえ、今はとんでもなく嫌なものだ。

 

 

「けれど、いずれは『君』が『そういう存在』になってしまっていたかもしれない。アドバイスをするならば、やはり魔術師側のルールをどうやって覆すか、もしくは同種の力を得るかだね」

 

 魔術世界における大原則の一つ『旧きものは新しきものに克つ』。

 悠久の太古たる幻想は神にさえ通じ、永く年経たものは長じて神秘へと昇華するがゆえに、『物理法則』のルールに脅かされることは無い。

 

 それをどうするか……九重寺にて、そんな突き放されたことを言われて、その日は御開きとなってしまった。

 

 ただもう一つ言いたいことがあったりした。数日前ではあるが……刹那と八雲、恐らくリーナとが接触を持った際の会話。それが何であるか……どうせ料金が要求されるならば聞いておこうかと思ったが……止めておいた。

 

 今は、刹那よりも論文コンペに関してだ。どうせ―――様々なことが起こっては、それに首突っ込むのが、あの「あかいあくま」なのだ。

 


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