魔法科高校の魔宝使い ~the kaleidoscope~ 作:無淵玄白
特にエリウルさんの作品が、ハマってしまった。かわいいよ。所長かわいいよ。(いまさら)
「―――名前は『劉 呑軍』、もちろんこれは本名であって政府には違う名前で登録されている『合衆国人』だ」
大型トラック。乗合馬車よろしく荷台に詰められた自分の前に完全武装のカノープス少佐は、写真付きのプロファイリング資料を渡してくれた。
英語で書かれたものは、刹那にとって読みなれたものだが―――この男の経歴と、この世界の『歴史』から察するに変な人間に思えた。
この合衆国にいるには……。
「この男、何故いままで放置していたので?」
「と、言うと?」
「リーナから聞かされましたが、現在の中国大陸と称される辺りには、極めて『覇権的な国家』が成立しており、USNAとの関係は随分と悪いそうですが」
「その通り。だが、あの国も一時期は
その言葉で納得する。現在の中国大陸に興っている大亜細亜連合なる国家は一度、分裂をした。
というよりも本来の中華連合というのから分離独立が図られ、一つの国が成立した。それこそが
漢という名前から漢民族主体の国家かとも感じるが、大陸の南半分をという所から察してもちょっと違うかとも思えた。
「既に大漢が無くなってしまい、彼の『政治的亡命』も意味を為さなくなったとはいえ―――市民権を獲得して合衆国の国籍を得た以上。無下に扱うことも出来なくなった」
ナチス・ドイツに追い出されたフランス軍と政治家たちを拾ったのがドーバーを超えた大英帝国ならば、南米にて反政府革命者として左派政権に狙われた人物を匿うのも合衆国の役目。
敵の敵は味方。そういう理屈。しかしながら、ならばいっそのことこの男を利用して行くことも出来たはずだが……。
「この男、元々は『崑崙方院』と呼ばれる魔法研究の学徒だったのだが……最近、殊更に『要求』されていたんだ……」
そういって、カノープス少佐が二つ目の資料を渡してくれた。それによると、その大漢が『消滅した経緯』と『原因』が事細かに書かれており―――。
刹那は、『首謀者』たちを完全に『外れている』と感じた。そのことに内心の『嬉しさ』が隠せない。こんな奴らがいるのならば、まだまだ『油断』は出来ない。
「こいつの首を『塩漬け』にして、『日本』の『クローバー』に届けろとでも言われているんでしょうか?」
「マフィアの流儀だよ。それは―――だが、身柄を引き渡せという『要求』が、そういう風な要求に『軟化』した……」
少しだけ笑みを浮かべながらの言葉にカノープス少佐は苦笑交じり。とはいえ、どういう心変わりなのやら。そうぼやくように言う少佐に同意だ。
『こいつら』のことだ。己の手で首を斬りおとすなり、『もはや楽には殺さぬ。肺と心臓だけを治癒で再生してやりながら、爪先からじっくり切り刻んでやる』とか考えそうだ。
「何よりこの『劉 呑軍』は、裏ではろくでもないことをやっている。もしかしたらば既に心変わりをして大亜連合に鞍替えをしている可能性もある」
「政府にとっても目障りになってきたということですか―――いいでしょう。初仕事が『幽幻道士』の封印とは、中々に心躍る。僵尸の群れの出迎えを期待しましょう」
その言葉を皮切りにしたわけではないが、悪路を奔っていた軍用トラックが、停車を果たした。どうやら目的地の近くに辿り着いたようだ。
即座に軍人らしい立ち上がりで外に出る少佐に刹那も続く。
「―――状況は?」
「サー、対象は屋敷から出てはいないようです。地下からの逃亡も現在は確認出来ておりませぬ」
着いたのは都市の郊外。鬱蒼とした森の中に出来た盆地―――ともいえる場所にぽつんと古めかしい屋敷が一軒存在している。
電子ロックなどのセキュリティも皆無な―――一昔前のアメリカの小説家などが静かに創作したい。そう言って暮らしていてもおかしくない場所と屋敷であった。
周りにある頑丈な木々とそれに絡まる蔦とが、自分達を隠している。
つまりは刹那たちは、その屋敷を『見下ろせる場所』に陣取っている。盆地だからあそこで毒ガスなんぞぶちまけたらば、まず屋敷の人間は全滅だろうに―――。
そういう手を使わない。というよりも何かしらの防御策があるのだろう。魔法でも、ガスマスクでも―――。
降り立って土地のマナを『吸い込む』―――その中に『瘴気』を感じた。澱んだ魔力。指向性がない怨念。
間違いなく
少佐達はそれらを察知出来ていない辺り、敵の手段が見えていないのかもしれない―――だが―――。
刹那は眼を細めて『魔術師』の『工房』を外側から精査する。相当な手が加えられているが、決して敗れぬものではない。
「有効な手段は思いついたかな? マジック・キッド?」
「まぁ幾らかはね。フォーマルハウト『少尉』―――」
調査の精査をしていた刹那に、からかうように言ってきたまだ二十代前半だろう軍人に答えながら、自分の血を一滴垂らして、『領域化』をしておく。
それだけで準備は整った。一歩を踏み出してから『魔法の杖』を手に持ち指示を出す。
「オニキス、足場頼んだよ」
『了解。あまりスマートな結果にはなりそうにないねぇ。まぁ君らしいといえば『らしい』か―――』
どういう意味での『らしい』なのか問い詰めたくなる。
「行くんですか?」
「ええ、まぁとりあえず監視の目は緩めないでください。俺もこの世界の魔法の全てを知っているわけではありませんから」
サポーターとして来ただろうシルヴィア少尉に言ってから、もはや『見慣れてしまっただろう』飛翔で空に飛びあがる。
優美なもの。重力の軛から逃れたムーンウォーカーが、屋敷の上空にいたるまで10秒――――そこからは―――殲滅作戦の開始であった。
† † † †
冗談ではない。冗談ではない!! その思いだけで資料を纏めて貴重な魔導器などをかき集めて、なんとかの仕度を整えようとする40代ほどの男。
『劉 呑軍』は、自分の『師父』から告げられた言葉で即座にここを出ることに決めたのだ。
『あの連中』の刎頸を逃れて、なんとかこの国まで辿り着いた自分の首を―――しつこく取ろうとしていたことは理解していた。
だが流石に自分達の領域ではなく、ましてや『同盟国』の内庭で、そこまで強烈なことは出来ない。
何より他国の主権の範疇を脅かすこと多い美国人どもだが、それでも自国の主権を脅かすことを許さない。
そういったバランスが今まで自分を活かしていた。
だというのに――――。
「おのれ! おのれおのれおのれ!!!!」
もはや自分を擁護するものなどなくなり遂に身の安全を脅かされるという生物的な恐怖を覚えて――――周囲に対する警戒が疎かになっていた。
その時点で―――死神が近づいていたのだ。
「――――ッ!!!」
天井を振り仰ぐ『劉』。古めかしい屋敷の屋上には何かのシミが幾重にもあり清潔さとは無縁。
だが違う。膨大なまでのサイオンの猛りが、劉に恐怖を覚えさせて―――次の瞬間、仰いでいた天井が一気に崩れ落ちて、瓦礫が劉を圧し潰す前に―――。
光弾が、光線が、光波が―――劉の身体をしこたま殴りつけて、光で押しつぶされて磔刑されるかのようになり―――、そこに地面から噴きあがる光柱が、再び劉を痛めつける。
光の圧でシェイクされた劉は、自分が、上か下か―――どこにいるかも分からずに―――全身の臓と筋から出る鮮血を浴び続けるのだった。
† † † †
『こいつはちょっとした
「当然だ」
言いながら、両腕の魔術刻印を輝かせて、刹那の周りを浮遊しながら回転している
「Foyer: ―――Gewehr Angriff」
最初は左腕の刻印。回転する魔術回路を増幅して破壊の魔力へと変換。五指を広げた掌が砲口の役目。腕が砲身。
幾重にも展開した魔法陣は―――それを延伸するための器具。言葉に従い圧倒的なまでの魔力の『砲弾』が光の軌跡を虚空に刻みながら眼下にある魔法師の工房を叩きのめす。
「Foyer: ―――Gewehr Abfeuern」
続く右腕の刻印。歴史は『浅い』が、それでも魔力を『放出』するという点においてはある種、左よりも優れている。
同じく魔法陣に突っ込むと―――赤と黄の光弾が放たれる。
左が青、緑、紫ならば、右は赤、黄、橙になる。色鮮やかな
その様子を見ていたスターズの面子は―――。
『スモウレスラーが連発張り手をしている様子に見えた』と述べることになる。
言い得て妙。というか様子としては確かにあながち間違っていないのが刹那としては悔しくなる。
鉄砲柱に撃ち付けるかのように、確かに五指を五十は下らない魔法陣にぶつけていた。
だがその成果は、確実に出ており―――工房は完全に崩れて窪地を更に沈めるクレーターが出来上がっていた。
周辺が気付くことはないように『結界』は張っておいたが、それでもどうなるか……。
ひとしきり打ち終わると、もうもうとした土煙と火煙を上げる盆地の中心に赴くように落着。
静かに―――刹那の足音だけが響く。乾いた土を擦りながらの歩行。油断はしていない。残骸すらも燃え果てる中心。
家屋の瓦礫、建材の潰れた様を見ながら鼻を鳴らして挑発。
封印指定や外法に落ちた魔術師の大半というのは、確かにカリオンの放つ執行者を恐れることもあるが、中には実戦部隊など捻り潰せるという自尊と自信で向かってくる手合いもいる。
「出てこい。息を潜めても死体弄りの腐臭だけは隠せない。貴様の吐く息でこちとら鼻が曲がりそうだ」
そういった手合いは、こうして塒を抵抗する暇もなく、潰されて怒り心頭。巣を突かれた蜂の如く激昂しているのだ。更なる挑発をすれば―――。
鳴動。地面が揺れている。その様子から―――、何か巨大なものを認識。
「
魔術回路の回転が全身を痛めつけながらも、攻撃に備える。同時にルーン強化。スターズ隊員たちを熨した
火山や間欠泉の噴火噴水のごとく建材を病葉として出てきたのは――――。
「巨人か、これは?」
「貴様、どこの手の者だ!! 『ヨツバ』かぁ!!」
口角に泡を飛ばさんばかりに、巨大な『キョンシー』を出してきた幽幻道士に、はぁと息を突く。
「ただのフリーランスだ。お前さんを殺せば多額の『おぜぜ』が、入るんでね。まぁ―――運が悪かったな」
「依頼主は誰だ!?」
「それは秘密」
「―――貴様、何者だ!?」
「通りすがりの魔法使い『セイエイ・T・ムーン』だ!! 冥府に行くまでに覚えておけ!」
小気味いい会話の後に、死体を繋ぎ合わせて作り上げた巨大僵尸が動き出す。こちらの言葉に触発された劉。
どうやらこちらを本格的に脅威と見たようで、嬉しく思う。
「さてと―――どれだけの秘奥が有効か確かめさせてくれよ―――! Der Himmel beschütze uns!!」
その詠唱で―――刹那の背後で起き上がろうとしていたトラップの僵尸の群れが土塊に還る。
放ったのは『洗礼詠唱』の一つ。大地に刻印された『印』が屍人を全てあるべき場所に『還す』。
「やはり教会の基盤は生きているか、流石に『遺伝子操作』などの倫理を逸脱しても、『神の領域』を全て冒すことは出来ないんだろうな」
「貴様……何をした!?」
「これから死ぬるお前が知るべきは獄卒に対して言う死因となった人間の名前だけだな」
背後にて大地に刻印された『シンボル』が、『劉 呑軍』の術を無効化していく。一人愚痴た刹那に吼えるも、笑みを浮かべた返答は冷たく、既に勝敗は決まった瞬間だった。
五指を向けて、劉を睨み―――。刹那の腕の中で圧縮された魔弾が
† † † †
圧倒的な戦いである。人にとって完全な『死角』といってもいい上空からの攻撃で敵の巣穴を発破。
同時に地上に降り立っては『陣地』を制圧。今は―――『実験中』といったところか。巨大なゴーレムとも言えるもので応戦する劉だが、呪符も気功も効かないでいる様子が少しだけ気の毒だ。
そんな劉に対してワンサイドゲームをしながら、様々な『技』と『術』を試している刹那がカノープスには分かっていた。
「やれやれとんだクレイジーボーイだぜ。なんでアイツをサテライト級にしたんですか少佐?」
「バランス大佐のお考えだ。それと―――彼自身、あまり厚待遇はいらないとのこと」
「組織の中での『自由人』の立場に落ち着こうってのか!」
嬉しそうなアルフレッド・フォーマルハウト。通称フレディの言葉に、そういう意図と同時に
もしもスターズ隊員の誰かが反逆及び扇動などの部隊叛乱を起こした場合のカウンターとしてセツナは存在している。
それも自分達のような恒星級の隊員も処刑できるだけの―――。
(軍隊の生臭さだな。以前ならば、それも自浄機能だと言えたが―――今はそうも言えん)
『守るもの』を持ったからこその『弱さ』だとカノープスが思うと同時に巨大キョンシーが吐き出した『怨霊』の光線を吹き飛ばして、拳の一撃がキョンシーを砕いた。
鎧袖一触とはこのことか。幾多もの臓腑と骨肉が降り注ぐブラッドレインの中を歩く刹那の姿は、死神だった。
四肢にレイピアらしきものを刺されて地面に縫い付けられた劉にゆっくりと近づく刹那。
五指を広げていた掌を人差し指と親指を立てて銃に見立てて向けている。
至近距離。もはや何も抵抗する気が無いのか―――、命乞いの言葉を英語、日本語、北京語―――もしくは広東語でなりふり構わず叫ぶ劉だが、構わず刹那は―――。
『―――その言葉はお前が『腹を引き裂いた女』に言うべきだったな』
シルヴィアが読唇術と空気の震えで読み取った刹那の言葉をカノープスは聞いて、眼を瞑りたくなった。
言葉の後には、人差し指から心臓に向けて黒い光が飛び、全身を痙攣させた後に吐血して眼を飛びださんばかりにして死相を浮かべた『劉 呑軍』の首を胴から切り離した。
ここに―――『セイエイ・T・ムーン』の初仕事は終わり―――同時に彼の魔法使いの経歴は、底知れぬ闇の彼方を歩いてきたのだと気付かされた。
心あるものならば誰もが思う。この少年は―――あちらの世界で18になるまで、『こんなこと』をやってきた。
その悲しさに気付き―――その虚ろさを無くしてあげたいのだと―――。
その役目はきっと………。想いながらも、スターズの処理部隊は刹那の後を引き継ぎ証拠隠滅と『首の塩漬け』を本当に持っていくことになるのだった。
こんな役目を誰がやりたがろうか―――そう思いながらも、そこは『大人の仕事』として奮起しなければならなくなる。
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フェニックス基地に着くと同時に車の運転手だったシルヴィア少尉から休むように言われる。シャワーに風呂に―――リーナに感づかせないための施設を全て使って『処理』をした後、部屋に戻った時には日付を変えて午前四時―――。
折り目正しく、規律に厳しい軍隊であれば起床の合図が鳴っている所だが、ここにはそういうのはないらしい。
そのことが今は喜ばしく思えた。リーナを起こさずに済む。
電子ロックを解除して入った部屋は静謐だった。そのことが更に嬉しい―――。
「ただいま」
言いながらも就寝しているリーナ。二段ベッドの下が自分の寝台である。極力音を立てずに入り込む。身体を横にして一息突くと―――。
「おかえり」
「――――」
絶句してしまい驚愕した刹那を面白く見ているリーナの表情。穏やかな笑みを浮かべていた。
髪を下したリーナの姿は、何度か見ていたが、こんなに近くで見ると少しだけ印象を変えられる。
「起きていたのかよ」
「いいえ、何となくセツナが帰って来たんじゃないかって思って―――『知覚系統』は得意じゃないはずなんだけどね」
それは一時でも、リーナの『エイドス』に干渉してしまったからだ。
魔術回路の接続で疑似的にリーナに繋がったことで、彼女との間に
本来的に、他者の魔術回路に接続した場合、主導権は『接続された側』にあるのだが、本来的な意味合いとは違い魔術師としての位階が高かったことで、刹那はリーナという『魔法師』に心臓を焼き切られることも無く無事でいた。
とはいえ、一時的にでも繋がったことで―――あのボストンでも『連絡手段』を持たずとも何度も会えた。そういうことを思い出した。
思い出してから―――リーナが自分を掻き抱こうとするのを、刹那は察知した。それに少しだけ抵抗する。
「任務内容は、「いま」は聞かないでおくわ……ただ、休んで。おねがい……」
「―――」
察しているんじゃないかと思うぐらいに、少しだけ悲しい顔をしたリーナ。その優しさに素直に甘えることが出来ず、ただ…逡巡しているだけになる刹那。
そんな刹那を強引に引っ張るリーナ。そうしたことでもはや何も出来なかった。刹那も予想外に疲れていたのだろう……。
「おやすみリーナ」「おやすみセツナ。二度寝なんて久しぶりだわ」
そうして、『こうしたこと』はロズウェルのスターズ本部基地に就いてからも続くだろうと『察知』した刹那は、転属すると同時に一人暮らしをすることになり―――、時は二人が14歳の時にまで進む……。
宝石と星が極東の地に足を踏み入れるまで―――時間はもう少しかかるが……送られてきた『塩漬けの首』を踏みつぶした『魔女』は『魔宝使い』に更なる興味を覚えるのだった……。