魔法科高校の魔宝使い ~the kaleidoscope~   作:無淵玄白

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うふふ♪サボっていたQPを溜める日々。仕事で忙しいというか、かなりの無茶ぶりをされてゼロスのようにお役所仕事で切り抜けてやりたいと思っていたらばついたタイトル(え)

新話、お送りします。


第143話『降魔への道標』

 

 古めかしいチャルメラの音が鳴り響きながらも、麺を啜る音は最高のBGM。

 

 時間や社会に囚われず、幸福に空腹を満たすとき、つかの間、彼は自分勝手になり、自由になる。

 誰にも邪魔されず、気を遣わずものを食べるという孤高の行為。

 この行為こそが、現代人に平等に与えられた最高の癒し、と言えるのである。

 

 うおォン 俺はまるで人間火力発電所だ。

 

「いやいや、孤独じゃないですからね。隣に私、座ってますからね千葉警部」

「こりゃ失敬。だが、ここのラーメンは絶品なもんで」

「……確かに美味しい。行きつけなんですか?」

 

 隣に座る美女、藤林響子が口を驚くように抑えながら問うと、薄く笑いながら、千葉警部こと千葉寿和は店主の方に問いかける。

 

「大将とは何やかんやと学生時代からの付き合いだったかな?」

 

 隣に美女を引き連れて赤提灯の屋台にて食べるラーメンの味は最高だった。別に美女がいるいないは関係なく、最高の味なのだ。

 そういうことを示すためだったようで、店主もまた薄く笑いながら、響子の質問に答える。

 

「キレイなお嬢さん引き連れていて何だが、昔の寿くんは、随分と遊び呆けていたねぇ。そういった時代からの付き合いだよ」

「それも処世術って奴ですよ。北町奉行の遠山景元、遠山の金さんも、奉行所で白州裁きをする前は、入れ墨入れた遊び人でしたからね」

 

 意外な一面。という訳ではないが、寿和の昔の行状は、電子的な記録データで響子も諳んじていたが、まさかそんな風な目的でいたとは、少し意外な思いだ。

 ただ単にカッコつけという線もあるが、世事に長けた人間、剣だけではなく兵法家としての側面は、そういったものからも積み重なるものだ。

 

「なんかすみませんね。こんないい店紹介してもらって」

「藤林さんが、俺のおすすめの店で食べたいって言ったんじゃないですか―――まぁ迷いはしましたよ」

 

「申し訳ないね。女性と同伴するようなオシャレな店じゃなくて」

「いえいえ、そんなことないですよ……」

 

 店主にぱたぱたと手を振って、そんなことはないと熱弁する。

 

 実際ラーメンは美味しいのだ。澄んだ淡いスープ、黄金色のその中に、沈む玉子麺がとてもいい―――。

 ただチョイスが意外な気はした。響子の人物分析ならば、オシャレなコース料理の店か、畏まったダイニングバーに誘われると思っていたのだ。

 

(男性を軽く見すぎた罰ね―――ごめんなさい)

 

 内心でのみ謝罪をしておく。そんなことを考えると。

 

『そういう風な態度が、響子さんの男運の悪さに繋がってます』

 

 などと、勝手に九島の家の関係者全てに『易』を立てた魔術師の言葉を思い出す。

 

 今までは少しばかり鼻で笑っていたが、風のうわさ(達也経由)に乗ってやってくる刹那とリーナのラブいちゃっぷりに、何か色々と『焦ってしまう』のだから。

 

 そんな中、違う風の噂が呟かれる。

 

「最近、東京湾……堤防にてウツボを捌いていた兄ちゃんから骨身を手に入れたガラスープも、好評みたいだな」

 

 どうやら知り合いの手助けもあって、今日のスープは作られていたようだ。口紅が落ちるのも構わず一滴残らずスープを呑み尽くして、ごちそうさまでした。と寿和と合わせて(ハモって)言ったことで顔を見合わせてしまう。

 

 苦笑してから支払いを終えると、何気なく夜空を見上げると星空が広がっていた。その中に―――凶星を見た寿和は、呟く。

 

「眩すぎて、綺麗すぎて―――危ないな……」

 

「私、そんなに悪女ですか?」

 

「いやいや、藤林さんのことじゃないですよ。というか自分のことをそう―――」

 

 必死で弁明する寿和と通りを歩いていたのだが、不意に寿和の端末に緊急連絡が入り、彼は、刑事としての顔を取り戻して応対する。

 

「はい千葉です。はい、はい―――分かりました。今から向かいます……」

 

 上司からの命令に顔を厳しくして、驚きを消して対応せざるを得なかった。聞こえてきた文言の不穏当さ、そして上司ですら頭を悩ませている様子に心底同情しながら、とりあえず向かうことにしたのだが……。

 

「私も上司から貴方に同行するよう依頼されました。府中刑務所まで、ご同行しますよ。千葉警部」

「あまり、女性の秘密は探りたくありませんが……十師族の孫娘が、国防軍で兵站部門なだけはありませんか」

 

 嘆息気味の寿和に、ごめんなさいと一言据えてから、少しだけ言っておく。

 

「今まで、あえて探らないでいてくれたことには感謝しますが、少しは知ろうとする努力もしてくれないと、逃げっぱなしですよ?」

「捕まえようとして、捕まえきれないならば、懐に近づいてくるのを待つタイプなので。それで何度かケンカ別れもしましたが」

 

 飄々とした態度で、躱されて苦笑してしまう。そんなこんなしていると、警察機関の自動四駆車輪が横に止められて、それに乗って向かうは、過去から現在まで東京及び日本で最大級の刑務所と呼ばれている場所。

 

 そこにて行われたものは、まさしく大惨事……。

 

 魔法関連の重犯罪者。それも裁判での証明すら難しい―――ある種の『牢獄』にて、200名以上もの魔法師ないし、魔法関連の超常能力者たちが『殺し合い』をおっぱじめて……あとは現場に行くだけだった……。

 美女と一緒の夜なのに、殺伐とした現状がどことなくお互いに似合いだと思ってしまうのは、どうしようもなく自分たちも魔法師だからだった。

 

 † † † †

 

 月下のもと、槍を振るう風雅かつ艶やかな武士(もののふ)一人。その様子を庫裡の縁側から見る人間四人。

 

 月の光に照らされて、紅葉も映えるこの時期―――月見酒と洒落込みたいが、あいにく縁側にいる人間は、一人を除いて未成年だった―――まぁ『飲んでいない』わけではないのだが……。

 

 離れたところから見ていても、槍を振るう麗人とでも言うべき少女の気迫と風雅は見て取れる。

 

 動きの一つ一つが魅せるためではなく、『殺すため』に『魅せる』『映える』武技として成り立つのだ。

 

「見事なものだねぇ。あれが、戦国時代において最強の武将とも称された軍神、越後の龍『上杉謙信』だとは……」

 

「本人は全盛期……いわゆる『厠で乙る』前、川中島辺りの姿で『現界』しているようなので、まぁ『長尾景虎』が適切な真名かと」

 

 坊主の呟くような言葉に補足してから、出されていたお茶を口に含む。点茶はかなりいい味なので、少しばかり落ち着く。

 

「成る程、英霊……境界記録帯(ゴーストライナー)とて、老齢のままに召喚されるわけがないか。益々興味深いが……」

 

 今は、そんなことを考えている場合ではない。

 

 とりあえずさしあたっては、こんなとんでもない『宝具』を隠し持っていた達也に言っておく。

 

「アメノヌホコとは、随分ととんでもないものを隠していたもんだ。というかお前でも分からなかったか」

 

「ああ、悔しい限りだ。まさか勾玉が……英雄の宝具だったとは―――」

 

 ずぞぞぞぞぞ! 思いっきり不機嫌な様子で点茶を飲む達也。だが、さもありなん。まさかレリックが、一種の封印礼装であるなど埒外の考えだったのだから……。

 

 達也からのデートの誘い。それは、今まで隠していた聖遺物(レリック)の調査と、その性質の解析。

 更に言えば昨今の大騒動の調査結果―――そういうことであった。

 全ての総括を行おうとしてきた達也だが、その殆どは九重八雲の口から語られた。

 

「大亜の特殊工作部隊が乗り込んできているのは間違いない。狙いは、やはり横浜論文コンペ。有望な研究者なり、色々なことに使えそうな『人的資源』の『強引な勧誘』が予想される。

 彼らのうちの一人、呂剛虎は、サーヴァントのマスターだ。場合によっては強引な力尽くの突破もやってくるだろう……」

 

 それが一番怖い。だが、こちらとて対策はあるのだ。むしろ、フェイカーを使っての強引なことをやってきてくれた方が助かる……。

 敵の主力が自分に集中するのだから―――。

 

「第二に、横浜中華街の動きだが、君たちが接触した『劉師傅』の言う通り、二分、というより周という男が積極的なのか、それとも最後には裏切る算段なのか、大亜本国連中に組みしているようだがね」

 

 狂言ではないだけ良かったとは思える。シャオ……リーレイの事を疑うことだけはしたくなかったのだから……。

 

 だが、次の言葉で少しだけ血の気が引く―――。

 

「そして第三に……現在、五番町飯店のオーナーシェフとなっている劉 景徳だが……最終的な確認が取れたのは、つい最近。

 その上で言わせてもらうが、彼こそが大亜の戦略級魔法師、劉雲徳だ」

 

 ざわつく一同。あれこれと疑問は尽きないが、まず第一に、どうやって入国して―――あそこまで安定的な地位にいるのか。

 

 それが問題だ。

 

「これに関しては推測だが、この爛熟した情報社会でも、個人の認証なんてものは、変えようと思えば簡単に変えられる。

 如何に入国手段が限られているとはいえ、偽装しようと思えば、いくらでも偽装できる。入国管理局などに金を掴ませるなど……ダイバー装備で内通している者の家屋敷に入るよりもスマートだ」

 

 自分自身の足跡は消しきれないが、自分自身が他人になり済ませることも可能だ。

 

「けれど八雲先生。劉雲徳氏といえば、大亜が国際的に喧伝している『国家公認戦略級魔法師』です。いくら特定できぬ個人認証、あるいは影武者だとしても―――それを喧伝する同盟国などへの『戦力支援』の際には、どうしても本物を出さなければいけないはずです」

 

「もっともだ。けれど、何事にもトリックはあるものだ。確かにここ数年。劉雲徳―――震天将軍が動いた事態というのは、確認及び喧伝されている。そして―――『戦略級魔法』の使用も、ね」

 

 ならば、劉雲徳が劉師傅であるという確証は無いのではないか? 

 

 だが、こういったことは『単純』に考えればいいのだ。刹那は既に気付いていた。

 

「分かるかい達也?」

 

「ああ。大亜には、宣伝していないだけで『霹靂塔』を『使える』魔法師は、何人か存在している―――。恐らくだが、九亜、四亜……『わたつみシリーズ』のような戦略級魔法を発動させるためだけの、調整体みたいな存在なんだろう。

 影武者が使えるかどうかを、確実に『判定』出来る存在なんていない。実際、現代魔法ではエイドス改変が『誰』から放たれたかを、はっきり『見える』わけではないからな。

 影武者はポーズだけで、他のところから霹靂塔を打ち込めば―――トリックは完成する」

 

 こういう『影武者』戦略というのは、時に虚を実に、実を虚に―――いわゆる武田信玄が、弟・武田信廉を総大将として援軍に遣わすと書状で言っておきながら、実は信玄自身も出陣しているという詐術に端を発するのだから。

 

「その通りだ。特に霹靂塔は、アンジー・シリウスの『ヘヴィ・メタルバースト』などよりも歴史が古い『戦略級魔法』だ。

 使っている人間がご老体(ジジイ)であることとイコールではないが、それでも開発されてから20年以上は経過している『魔法』。

『それ』に適した人間を『生み出していても』おかしくはないな」

 

 八雲の言葉に出てきた人物の名前に、芋ようかんを詰まらせそうになったリーナの背中を擦ってから、話の続きを促す。

 

「現在、劉景徳を名乗る『劉雲徳』が、本国から『放逐』されたのか、極秘の『亡命』なのか、そこまでは分からない。

 だが―――彼自身は今だに大亜連合と繋がっているようだ……当日、どうなるかは分からない。注意したまえ」

 

「だそうだから、当日まで『疑わしきは罰する』みたいに、ヤクザ以下のカチコミをかけるなよ達也」

 

「お前は俺をなんだと思っているんだ?」

 

 妹の危険を排除するためならば、ありとあらゆることをやるマッドシスコン魔法師。だからこそ、念押ししておくのだった。

 

 その上で考えるに、あの人は何かを自分たちに伝えようとしていた。

 

「俺とて、劉師傅の手料理には舌鼓を打ったからな。そんなことは出来ない。

 しかし、いま考えれば、あの普茶料理は、自分が―――劉雲徳であるというメッセージだったのか? うん? なんか変じゃないか?」

 

「ああ、変だ……もしかしたらば―――」

 

 だが、それは……あまりに無意味な想像だ。そして、『ニセモノ』だからと、『ホンモノ』に変わらないわけではないのだから――――。

 

 そんな風に考えていると、大満足したのか縁側に戻ってきたランサーの姿。適当にお帰りーなどと呼びかけていると、巨大なまでの槍を『封印状態』に戻し――。

 

「いやぁ、久々に『御神体』を振り回すと疲れますねぇ。はい、それじゃお返しします」

 

「――――え゛」

 

「あなたの武器にしないんですかカゲトラさん!?」

 

 ―――司波兄妹に返すのだった―――。あまりに予想外すぎたのか深雪は腰を浮かして問うも、お虎の方こそ疑問顔だった。

 

 疑問を浮かべているにも関わらず笑顔なのは、なんというか色々と『キテる』ものがある。

 

 本能的に恐怖を覚えたのか深雪は少しビクつき、達也が反応しようとするも、その前に―――薄く笑み……柔らかなものを浮かべて、虎は語る。

 

「何処かの時空、違う世界線―――並行世界の一つに呼び出された『私』ならば、それを振るうことに何の呵責も持ちませんでした。

 何せ私は―――『ヒト』というものが分からなかったからです」

 

 九重寺に一陣の風が吹き付ける。言葉の様々な意味を斟酌して、それでも追いつかぬ理解があるものと、一定の『理解』を示しながらも、ランサーの言葉の意味を深く理解しようとするもの―――。

 

 どちらにせよ、両方に駆け抜けたものは、少しだけの寒気だ。

 

「それはどういう意味なんですか?」

 勇気を出したのか深雪の質問が飛び、景虎は笑顔のままに答える。

 

「生前の私、後には上杉謙信と名乗ることもある長尾景虎という人間は、生まれながらに壊れていました。

 私には、ヒトとして守らなければいけない倫理観や道徳観、親兄弟を大切にするという感覚がなかったのです。

 ヒトが尊いとするものに意義を、意味を見いだせず、弱きものを良しとする心が持てなかった。

 分かりますかね御兄妹? 私は兄に気味悪がられ、父からは物の怪の類と罵られた……けれど、私は笑うことしか出来なかった。

 何も理解できなかった。

 乱世において、弱いということはそれだけで罪だというのに。いいえ、そういうことではないですね。

 私には―――弱い人間のことが理解できなかった」

 

 ワタシは―――どうしても狂っていた……。

 

 声なき言葉が、風に混ざる……。

 

「だが、それでもアナタは―――理解しようとしたんじゃないのか? 」

 

「ええ。ただ結局、生きている間に私はそれを理解出来なかったのです。死ぬまで―――私が生きていると実感出来たのは、戦いの中だけでした」

 

 義の人。軍神。政情定まらぬ越後のために粉骨砕身した―――公明正大な武将という姿は、何処にもなかった。

 

 ただ単に彼女は―――ヒトとしての当たり前を知らず、生まれながらに超越していたからこそ、それらが分からなかった。

 

「だから姉に仏に帰依せよと言われ、寺にて功徳を積み、それでも私には理解できず……。毘沙門天の化身として開眼しても、私にはヒトが理解できなかった……私が人を、本当の意味で理解できたのは―――『一人の少年』との出会いがあったからです。

 彼は私と契約を結んだマスターでした。言ってはなんですが、当初はアホな騒動に巻き込まれて、それを解決するために、何かといえば、出来もしないことをしようとする少年でした。そのくせ我々と共に前に出ようとするんですから。

『魔術師』としても刹那以下の本当に……力が無い子でしたよ」

 

「けれど、その人は……『強い』な。本来ならばサーヴァント同士の戦闘において、離れたところから、―――安全地帯から見守りつつ、適度にサポートするのが常道なのに……」

 

 それが、本当ならば聖杯戦争ないし、サーヴァントを呼び出して何かを成そうとする人間の本来のあり方だ。

 

 マスターがサーヴァントの戦いをほとんど至近で見守るなんてのは、下策だ。

 

「ええ。けれど彼は『必要性』もそうですけれども、それ以上に自分が安全な所にいることを是と出来ない人だった。

 足軽『信長』、甲斐のうつけ織田吉法師、帝都皇帝カイザー・ノブナガ、海道一の歌取り『渚の水着信長』、真の信長『本物信長』、ちびノブ一揆集頭目ビッグノッブ―――第六天魔王「織田信長」……多くの信長が、最後には彼と共に『世界を穢す救済』を止めた」

 

 ……おかしい。何か、色々と有り得てはならない『固有名詞』がざくざく出たような気がしたが、今は誰もが置いておくしか無い。

 

 そんなノブナガ・ザ・フールな世界―――うん、それはそれでいいかもしれない。そしてお虎の独白は続く。

 

「何故でしょうね。最後には、誰もが敵わぬ敵を相手に、悲壮感などなく戦いを挑むんですよ……それはきっと―――後ろにいるべきマスターを思うから、誰もが動くんですよ。

 小さな犠牲を許さず、ほとんど関係のなかった人間のために涙を流し、敵であったものの死を悔やみ、泣きながらも立ち止まることなく、彼は足を止めない。

 後ろを振り返らず『進むことを止めない』―――そんな誰よりも力なく「弱い」マスターが戦うと決めたから、人類史に刻まれた英雄たちは「進む」んですよ。

 

 ―――彼が、誰よりも『弱い(つよい)』から―――、英雄たちは進み続ける」

 

 その様子を『幻視』する。黒い泥を吐き出す巨人。それは、世界の境界を超えて、全てを犯すものだ。

 

 最初の願いは尊かった。綺麗だった。弱くとも願った救済だった。

 

『最弱の悪魔』と共に掴み取ったものは、徐々に狂って行った。

 

 少数の犠牲で大を救う。救済者は叫ぶ。だが、それを『否』と叫ぶ男の声が響く。

 

 それは、一人の恩人を人理焼却回避の為に死なせてしまったからか。

 

 それは、自分たちを逃がすために、心臓を貫かれた仲間を思い出したからか。

 

 それは、生きたい、認められたいと叫びながらも死を確定された少女を覚えていたからか。

 

 多くの人々の意志が彼を動かす。彼に「その願いは間違っている」と叫ばせたのだ……。

 

 小さな犠牲だけでなく、『世界』すらも滅ぼしてきた男だからこそ、出てきた言葉は重さを伴う。英雄たちは知る。知っていた―――だから……。

 

「その時、初めて私は『人』(ヒト)を知った。まだまだ理解に乏しいですが―――もはや、それを振るう気にはなれません。

 毘沙門天の化身であっても、『虎千代』は、人のままに、この世界にありたいのですから」

 

「ふむ。どういうことだい?」

 

 八雲の疑問はもっともであり、少しばかり補足をしておく。

 

 天の沼矛、ロンゴミニアド、乖離剣エア……伝説に語られるこれらの武器は、星の源流に近すぎる武器なのだ。

 

 失われたはずの幻想法則を『人理版図』に及ぼす―――。

 

 そういった、恐ろしいまでに人の世を崩しかねない星の錨なのだ。

 

「ある『封印礼装』の人格によれば、一回や二回、もしくは、人間の寿命の範囲で、封印も掛けずに『真の姿』を振るっていれば、精神構造が神霊寄りになってしまう。

 使い手を、完全に人の世の範囲内から逸脱させてしまうのさ」

 

「ほぅ……それは中々に怖い……」

 

「だが、それでも神霊寄りになるだけで、本物の神霊になるわけじゃない。もっともこれは―――人間の話であり、英霊たる『お虎』が使い続けていれば、たやすく霊基再臨はあり得るかもしれない」

 

「お前の言っていた『神霊』を介しての術式構築の世界ができあがるかもしれないのか」

 

 達也の疑問に頷く。即ち『神霊』を現世に―――それも確かな形で卸すに足りないものは―――。

 

「……『時間』か」

 

「そう。神君家康が出来上がったのが彼の死後だとしても、果たしてどれほどの人が家康公を奉ったのやらだよ」

 

 神霊を作り上げるには、気の遠くなるほどの時間が必要になるのだ。

 

 だが、浅野が接触していた何者かがそれを目指すならば……。まぁ、先生の言うとおりならば、『電子マネー』によって、貨幣経済というものの『無駄』を削ぎ落としてしまった時代なのだ。

 

 罰当たりすぎる寺社によっては、電子マネーでお賽銭してしまうとか、そんな話まである時代。

 

 不確定要素が多すぎる……のだが、やろうとすれば、かなり不味かろう。

 

「そういうわけでして、この礼装はお返し致します。

 私は人の世の英雄『長尾景虎』として、遠坂刹那という人間に呼び出されたのです。

 神あらざる世界に、この武器は不要です」

 

「―――申し訳なかった、越後の龍。ただ、これの正体を知ったらば、俺は若干どうしたものかと考えてしまう……」

 

「普通に使えよ。どうせ愉快で口の悪い人格が宿っているわけじゃないしな」

 

 そんな刹那のお道化た言葉に対して、眼を輝かせるのは深雪である。

 

「お兄様が遂に神の座に、いいえ! 最初っからお兄様は神の領域のお方、それでいながら妹愛に溢れたゴッド・オブ・シスラブ級の存在!!」

 

「よせよ。深雪、フクロウが見ている」

 

(((本当に、この兄妹は『平常運転』だな……)))

 

 ツッコむのも面倒くさい想いをしながら、茶を啜る三人―――そんな中、あからさまにバレていた通信機から……。

 

『藤丸君!(?) マシュ!(?) 君たちを再び、そんな戦いに挑ませてしまった僕を、思い出さなくていいんだ!!』

 

『マナプリズムを溜め込んでいた日々を思い出す!! 二人とも!! いますぐ助けにいきたいこの気持ち!! まさしく人類愛!!』

 

 とか『おんおん』泣きながら聞いていた大人2人に、『虎』を除いて誰もが疑問を持つのだった。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 案内された『現場』(げんじょう)は、まさしく惨劇だった。

 

 既に鑑識などが全てのものを持ち去った後だが、崩れ落ちたアンティナイト製の鉄格子。どれだけの『万力』で捻ったのか分からぬ病室の扉。

 等間隔で抉れた床や壁は、大型の獣の引っ掻き痕を思わせた。

 

 濃すぎる死者の残留思念が、否応なくサイオンとプシオンをかき乱す。

 

「これは……」

 

「何があったんだ? 囚人たちは全員、死んでしまったのか?」

 

「目下、調査中ではありますが、全員死んだとするならば、ここに残されていた数が合いません。ちなみに言えば、鑑識の5名ほどが吐瀉物を現場に入れてしまったので、それは抜きです」

 

 担当者の一人が、寿和にそんな風に言う中……肝が太いのか、それとも生家の所以なのか、響子はまっすぐ進んでいく。

 

 そして―――進んだ先は、血溜まりが色濃く残っていた場所……。そこを冷たく見ながら、懐より鎖付きの水晶玉を出して何かを唱えていく。

 ダウジングのように垂らされた水晶玉が揺れ動きながら、唱えられるものは……。

 

「彼方のものよ、白き壁を超えて、導の水を辿れ―――」

 

 呪文。この現代魔法が隆盛を誇る時代に、古式魔法の名家の女性は、それに逆行する形でそんなことをした。

 

 すると―――血溜まりの中から、死者の霊が―――明確な形を以て出てきた。

 

 奇病に苦しむ重病人のように片腕を必死で伸ばし、もう一方を喉を掻き毟るようにしている。

 

 明らかな死霊の姿。魔法に明るくない警察官が驚き、響子は苦笑しながら寿和に言う。

 

「降霊術の基礎。刹那くんから教わったものなんですけどね」

 

「もともと、アナタの家は『そちら』を専攻していたはず。驚きはしませんよ」

 

「ありがとうございます―――手早くいきましょう。『汝ら、何を訴える』……」

 

『わ、我らは殺し合いを強制された! 否、外に出るためならば、積極的に殺しに参加するものもいたが……選りすぐりの魔法犯罪者たちを―――『あの女』は、外に連れ出した。死者の霊を、肉を強化することで!!』

 

 ぞわり。という冷や汗を響子も含めて流す。

 

 考えていなかったわけではないが……まさか、そんなことをするとは……。そして下手人の性別が分かった―――。

 

「その女とは?」

 

『桃色の髪に金目の―――冷たい顔をした……』

 

 妖狐―――。最後の言葉を聞いた瞬間、響子は大粒の汗を大量に流しながら、思い当たる顔の名前を出していた。

 

「コヤンスカヤ……タマモヴィッチ・コヤンスカヤ―――」

 

 九校戦の背後にて暗躍していた女が、再び動き出したのだった……。

 


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