魔法科高校の魔宝使い ~the kaleidoscope~   作:無淵玄白

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第155話『残る命と砕ける命』

 

 最初に変化を出してきたのは、魔礼青という剣士と相対し合う修次と摩利であった。

 二度目の闘いだけに気合が違った二人。擬似的なサーヴァントとの闘いだけに、刃を合わせているだけで、強烈なダメージが全身を苛む。

 

 そして、今までは左右の剣撃に対応するだけであった魔礼青の攻撃が変化を果たす。

 完全に修次に向き直り、距離を詰めるべく駆ける。その無防備な背中を渡辺摩利に晒しながらも、修次の得物の方を脅威と感じて剣撃を放つ。

 

 一振りで十以上もの斬撃。それが棒振り芸ではなく、斬撃として成立する重さあるもの。まともに受けなくても切り刻まれるような感覚を覚えながらも防御した修次だが―――。

 その斬撃が飛んできた最中―――修次の横合いに『移動』を果たす魔礼青。

 

「しまっ―――」

 

 薙ぎ払うかのような『連撃』

 前、横から放たれた攻撃で修次の全身のアーマーが切り刻まれた。

 

「恐れ入るな……前を圧する斬撃が『残っている』内に、横に移動するとは……」

 

 とめどない汗を掻いて認める…武器だけでなく、この男は剣士としても一流だ。

 

「武器だけが優れているわけではない……もしも、俺が正式なサーヴァントとして呼ばれていたならば、『ああ言う風に』戦えたのだがな」

 

 ああいう風に。という言葉で、魔礼青を使役しているフェイカーと遠坂刹那のランサーを見る魔礼青。あんな人外の魔人たちの闘いを強要されたならば、修次には打つ手はない。

 

 どれほどの修練を積んでいけば、あれほどの領域にたどり着けるのか……人間を殺人機械にするだけの――――。

 

「そろそろ打ち合い、斬り合いに勝機はないことは理解できただろう。五体満足で勝ちを拾えると思ったらば、実に甘い。

 死地においては、他人を気遣い、明日を夢見る心情こそが『混ぜもの』となる。

 そして―――勝ちを拾えなくなる。命を惜しむ心情こそが、お前の限界を絞り出させていないのだ」

 

「生憎、僕はただの男で剣士でしかない。剣鬼になれたとしても、やはり―――最後に帰る場所があってこそ、初めて剣を振るえるんだよ」

 

 大太刀を持ち上げて構えを取る千葉修次。麒麟児だの、3メートル以内では無敵だのと言われていたとしても、そんな定規は捨てて挑まなければいけない相手。

 

 言われたことは武人としての心構えだとしても……せめて刀を握らない時だけは、『人間』に戻りたいのだ。

 

「僕はどこかでアナタに憧れてしまった……絶対的な力の差を見せつけられて、ちびるぐらいの絶対的な剣技の差を見て―――欲しいと思うほどに、けれど―――それは、憧れちゃいけないものだったんだ……神仙の剣客……アナタの武技を僕らは超えていく。

 現代の剣客の技で―――アナタを打ち破る……!」

 

 構えた大太刀を手に―――修次は己を加速させた。

 

 速度においては追随を許さぬ千葉流の剣。高速領域からの攻撃を主にしたそれを前に、魔礼青は落ち着きはらっている。

 

 迫りくる修次を前にしても剣を振るうことすらない―――魔礼青は、崩れ果てた建物の瓦礫や直立して残ったものを足場にして宙へと掛けていく。

 

 それは丁度駆ける修次を直下に収められるような位置取り。

 宙において剣を振り上げる魔礼青。振り下ろされれば、それは修次の全身を背後から切り刻むものだろう。

 

 前傾した姿勢からの高速移動の世界に身をおいている修次―――。

 止まれたとしても絶妙のタイミングだ。避けるも防御も間に合わない―――だからこそ―――。

 

「うぉおおおあああああ!!!!」

 

 気合一発。太郎太刀を地面に突き刺したままに減速を図る。火花を散らせながらブレーキを掛けて、修次は魔礼青を頭上に収められる位置で止まれた。

 

 だが、魔礼青の振り下ろしは来る。当然だ。だが、止まれたことで行動に余裕が出来た。

 

 「強化・開始」(ソード・アドバンス)

 

 全身にフィジカルブースト……『身体強化』の類……遠坂刹那より軽くレクチャーされたが、やはり現代魔法師にとっては中々に至難の技術。

 全身を賦活されつつも、余剰で筋繊維が断裂しそうな勢いだ。それでもその強化された身体が助走や姿勢の正しさも無視して上方に修次を投げ出すことを可能とした。

 

「瘟!!!!」

 

 特大の魔力ごとの斬撃。何もしなければ修次は死ぬ。

 だからこそ、頭上で竹とんぼのごとく大太刀を振り回す。

 

 一撃を受けるごとに地上に押し戻されそうな勢いの攻撃を血に塗れながらも、修次は―――防御した。

 

「それで―――どうするというのだ!?」

 

 防御したままに魔礼青に近づけた。迎撃されるだろう距離―――振り下ろした剣を振り上げる動作の中で聞こえた言葉。

 剣を真上に突き上げて―――。

 

「シュウ!!」

 

 合図であり呪文である麗しき声が飛んできて、大太刀は―――いくつもの剣……サイズはバラバラながらも鋭利な刃物に分裂して魔礼青を円状に取り囲んだ。

 

「これは―――」

 

「おおおっ!!!!!」

 

 気合一喝、『虚空』を蹴り上げて修次は、魔礼青に飛んでいく。

 

 使いやすい、修次にとって一番バランスの良い剣が手元に残っており、それが最初に魔礼青を真正面から貫いた。

 

「がっ!!」

 

 その貫いた刀の勢いごと魔礼青の背後に飛んでいき、空中を飛ぶように跳ねながら千葉修次は、摩利が操作をしている古刀を次から次へとつかみ取り、それぞれを四方八方どころか縦横無尽に斬りかかり突きかかり、時には同時に、魔礼青を攻撃していく。

 

 ドウジ斬りの完成形……牛王招来・天網恢恢(ライコウシテンノウ)……此処に開眼……。

 

「疑似宝具の展開―――『二人がかり』とはな!!」

 

「言ったはずです。アナタの武技を『僕ら』は超えていく。―――と」

 

 血の泡を吹きながら、剣山のようになった身体の魔礼青が吐き捨てて……そこに帯電する大剣の振り下ろし、『刻印霊剣』。

 ルーンの文字で『アンサズ』をびっしり描かれたもの…修次のイメージする『炎の神』と摩利のイメージする『雷の神』とで炎雷を発する剣の渾身の振り下ろし―――。

 

 (そら)という姿勢制御が、効かない大地でも力を込められた一撃が、魔礼青を切り裂いた。

 

 

 ―――Interlude―――。

 

「太刀筋が綺麗なのはいいんですが、逆に言えば『剣』を主体に考えすぎて、体の捌きが魔法だよりになりすぎています」

 

「た、確かに……それは一つだね。やっぱり天然理心流とかを参考にするべきかな……」

 

 平素で立っている年下の少年とは反対に、修次は今にも倒れてしまいそうな疲労困憊であるが、少年は―――鬼コーチであった。

 

「千葉道場の方針に口出すつもりは、ありませんが……疑似サーヴァントと戦うならば、身体強化は覚えてもらいます。

 俺もフードを被った大鎌使い(グリムリーパー)にスパルタよろしく覚えましたので」

 

 厳しい限りな刹那の言葉。剣の依頼をしにくると同時に、少しの相談。

 つまりは魔礼青との闘いで、どうしても勝てるイメージが持てなかったことからの相談であったが、案内された地下室。

 

 刹那曰くの『工房』。その中でも体技室ともいえる広めの道場(実家には流石に負ける)にて修次は、魔術師 遠坂刹那から直々のレッスンを受けていた。

 

 人によっては安西先生の個人レッスンのように羨ましいものかもしれないが、ここまで年下にしてやられると、修次としては悔しさしかない。

 

「とはいえ、それでも魔礼青には勝ち筋は見えないでしょうから―――ここは、二人で挑むことを推奨しますよ」

 

「摩利と一緒に戦うか……考えていたことだが、腹案はあるのかい?」

「俺が修次さんに与える剣……七夜の古刀全てを纏めることで一本の大剣にする剣……その『全解放』の姿を見れば―――分かりますよ」

 

 言葉で昔の武将のような姿……一本の太刀を持つ姿に変化する刹那を見て、摩利と修次が―――その後に見たものは、あの頃、二人で協力しながら再現した『ドウジ斬り』以上に、鮮烈なものだった。

 

 源氏四天王―――源頼光の『宝具』。それを見せられて技のインスピレーションは湧いた。

 

 摩利が古刀を全てドウジ斬りのように操り、その上で、その古刀をさらなる加速で斬りつける役目が修次だ。

 分身……一種の疑似サイオン体を作り上げるのは流石に摩利でも修次でも不可能だった。

 

 だが、可能な限りの高速移動を出来れば、修次でも同時攻撃は出来るだろう。

 

 しかし、そのために覚える身体強化が修次にとっては難行だった。

 

「さて、とりあえず身体の使い方からです。結局の所、武器を扱う体が不完全では、せっかくの剣も無為ですからね。

 持っている武器―――剣であろうと何であろうと、もはや自分の身体の一部と考えた方がいいですよ。付属物と考えてしまうからこそ、動きに精妙さも豪快さも出ないんですから」

 

 一流を知るものは他の分野の一流も知るということなのだろうか。

 

 ある種の天才は、その道の人間でなくても違和感を感じ取れる。そういうことなのだろうか。

 修次の疑問もなんのそので、刹那のスパルタ特訓は続き、そして今日に至るまで……修次の身体は、強化されてきたのだった……。

 

 ―――Interlude out―――。

 

 

 とどめの一撃は確実に入った。だが―――。

 

「中々の一撃だったが―――心臓ではなく『首』を狙うべきだったな」

 

 落ち行く身体のままに魔礼青は、修次を吹き飛ばした。

 

 胸が破裂したのではないかという衝撃のままに、自由落下運動にさらされそうになるが……。

 

「成る程……流石はミステールの申し子、『メイガスオブメイガス』―――遠坂刹那の先見の限りの奇策だよ!!!」

 

「―――防御術式!? あの時と同じか!!」

 

 この展開を読んでいたのではないかと思うほどに、的確な位置に『ヘファイストスの盾』が仕込まれていた修次の身体。次撃を食らう前に一本の刀を魔礼青の身体から抜いて―――地上に降り立つ。

 

 気圧の関係で風を受けながら、着地の衝撃を殺しながらもすぐさまに構えを取る。

 

 剣を身体の一部として全てを強化する。呼吸一つ、筋運動一つすら絞るように強化して―――幻体が解けて傀儡仕立ての身体が薄っすらと見える魔礼青に向けて―――修次……そして摩利は加速した。

 

 瓦礫だらけの世界……まさに世紀末の様相すら連想させられるそこに男女の剣士は奔る。

 

 最後の一撃……青雲剣という宝具の一撃が、その世紀末の世界を更に乱して、崩して、ずたぼろにするも走り抜けた二人の剣士の一撃(双撃)が、魔礼青という疑似サーヴァントを完全に消滅させていた。

 

「御見事―――」

 

 己を倒したことに対する賞賛の声を聞く。もしかしたらば幻聴だったのかもしれないが……。

 

 そして―――その一撃が最後の力だったらしく千葉修次は崩れ落ちた。

 全身に刃傷を受けて、血を流しすぎたことが原因であり……。それでも満足げな顔をする修次を見ては……絶叫を上げることも出来ない摩利は、浅い寝息を立てていることで安堵しつつも、崩れた修次を抱き上げて静かに泣くのだった。

 

 

 † † † †

 

『■■■■―――ソンブレロ!!!』

 

『パンツァー!!』

 

 銀河の名前を授けられた魔法が、レオの巨体を崩さんと迫り、それを拳で打ち砕くレオだが……そろそろ巨人体を維持するのが限界に迫りつつあった。

 

 魔法で打たれるごとに霞むルーン文字の持続が崩れれば……この闘いに勝利はない。大質量の塊―――が魔法だけでなく接近戦まで挑んでくる。

 

 ウルト○マンと怪獣の激突の戦場の中でレオは、活路を見いだせずにいた。

 

 同乗しているエリカもまた、己の剣では切り裂けぬことに歯噛みする。

 

『アニムスフィア!!!』

 

 瞬間―――桜色の五芒星の魔法陣を象った球体がカネマル・タカオの頭上に現れて、そこから緑色の―――流星が、横浜全体に降り注ぐ。

 

 魔弾の一斉掃射。あちこちで爆発が起こり火柱が上るのを見て、避難民たちの無事を確認したいのだが、目の前の相手はその隙を見逃さない。

 

 爆撃にさらされた横浜。それを見て静かな怒りを溜め込む。これほどのことをさらされて、義憤が起こらぬほど、人間がドライに出来ていないのだ。

 

『トレース・オン』

 

 いきなり聞こえてきた呪文、その声の持ち主は、よく知っていただけに呂との闘いは終わったのかと思ったが、戦闘の激しさは変わらない。

 

 しかし、レオの眼前に出てきた巨大な剣。まさしく巨人が持つに値するほどの巨剣は、勢いよく横浜の路面に突き刺さり、選定の時を待つかのようになっていた。

 

(使えってことか?)

 

 だが剣術の要諦は自分にはない。無論、ある程度の武器を使った戦闘術などは、分かるのだが―――。

 

「やるしかないのかよっ!!」

 

 宝石と岩が混じり合ったような質感をもつ剣。エリカの持つ刀のような洗練された曲刀ではなく直刃のままに岩から削り出しつつも、造形した剣。

 

 宝石質が強く発光している鍔と柄を持ち上げて、大きく振りかぶる。

 

「パンツァー!! シュナイデン!!!」

 

 いつもの起動音声に、ドイツ語で斬撃を意味する掛け声を合わせることで気合の声として剣を振り下ろした―――。防御しようとしたカネマルの腕を落とすことに成功した。半ば以上から入り込んだそれを落とせたが、血は出なかった……。

 

「どうやら、あれはアンタの巨人と同じく魔力によって構成された義体のようね」

 

「そうだがな。あれほどの質量の増大ともなると、どこに本体があるか分かったもんじゃねぇよ」

 

 普通に考えれば、レオと同じく四肢を存分に動かすために胸郭部分にいるのが常道だが、カネマル・タカオは、基本的には研究畑の魔法師だ。

 となれば、あれはただ単に、巨大な魔法を使うための身体だ。

 

 CAD代わり……忌まわしき計都というものを思い出す……。

 

 ともあれ、もはや時間は少ない。やるべきことはただ一つ。斬って斬って、斬りまくることで相手の総体を消滅させる。

 

 そういう考えを理解したのかエリカは、巨人の内側に入り込んできた。

 いざとなれば、彼女を守るために任意で入り込めるようにしていたのだが、何があったのだろうか。

 

「今のアンタには、剣術の要諦が無いわ。本来ならばそれでも良かったか、もしくは『その機会』が無かったから、仕方ないけど―――、アタシを利用しなさい。レオ―――」

 

「いいのかよ?」

 

「触媒扱いなのは仕方ないし、一人で始末出来ないのは業腹だけど……いま必要なことをやりなさいよ」

 

 九亜たちのやっていた演算領域の接続という手段は、機械を通さない生身の身体でならば、そこまで危険性は無い。

 

 魔術師に至っては魔術回路というものを接続させることはある。

 もっとも『接続された方』次第では焼き切ることも出来るらしいから、注意が必要らしいが……。

 

 ともあれ、レオの両肩に手を載せて、己の動きなどを可能な限りトレースさせるように促す。

 基本的な魔法能力においては、かなり劣悪な部類のエリカには至難の技ではあるのだが―――。

 

「俺の身体に剣をぶっ刺すイメージで構わねぇ!! 遠慮なく俺の領域にお前を浸透させろ!!」

「―――分かったわよ」

 

 見抜かれていたことに苦笑してから、レオの身体に己の剣を固着させる。

 

「すげぇ修練だな……お前の努力のほどが分かる……なんて分かったような発言はキライか?」

「いいや、そうでもないわよ!!」

 

 あっさりと自分の内側(なかみ)を理解したレオに少しだけ赤くなるも、とりあえずその想いを消しながら、レオに適切な構えを取らせられるように体裁きを変えていく。

 瞬間、巨人の義体が熟練の剣士のような構えを取り、カネマルに相対する。

 

『クハハハ!! まさか『わたつみ』たちと同じような秘技を行うとは、矛盾だな!! 小僧どもがぁ!!!』

「「お前と一緒にするな!!」」

 

 戯言をこれ以上聞きたくはない。言葉を切り裂くように、剣を振るった。とてつもない颶風が、眼下の小さきものたちにたたらを踏ませる。

 熟練の剣士の一斬が、袈裟に切り裂いた。そこからは巨体にあるまじき俊敏さを用いて、カネマルを追い詰める。

 

『オロチ!!』

 

 言葉で幾つもの光線が飛んでくるも巨剣のすべてが、それらを防御する。

 巨大な剣を盾として使った応用だ。防御を己ではなく武器にしたことで攻撃の余力が生まれる。

 

 巨剣―――『イガリマ』というメソポタミア神話に登場する戦神ザババの双剣の一刀。斬山剣とも渾名される剣は、紙を切り裂くよりも容易く、カネマルの魔力義体を切り裂いていく。

 

 オリジナルに『若干』劣るとはいえ、刹那の『作り上げた』剣の魔力は、たかだか半世紀程度しか生きておらず、更に言えば如何に強化されたとはいえ、中級死徒程度の力しか持っていないカネマル・タカオには、徐々に趨勢を崩される闘い―――しかし―――奥の手を放つ。

 

 瞬間、『宇宙空間』に『ある魔法式』が投射される。同時に現実を崩すように巨大な岩石が、いくつも飛んでくる。

 

 ミーティアライト・フォールの類だと気づいた南盾島に行った面子―――。その岩石が猛烈な勢いで横浜の大地に落ちることを予期させる。

 

 自滅覚悟。自傷すらも厭わぬそれが―――、自分たちの上空であっさりと消え去った。その現象を前にして、カネマル及び戦っていた人間たちが若干、唖然とする。

 

「虚数空間に飛ばした―――あとはキミ達次第だ。西城、千葉」

 

 あっさりと、そんな通信をしてきたのは、どこからか『魔法』を投射した「だれか」。しかしレオとエリカを名字で呼ぶその声は……何度か聞いたことがあるものだ。

 

 だが、そんなことはどうでもいい。今は眼前の敵を倒すのみ。

 

『『チェストぉおおおお!!!!』』

 

 示現流のような威嚇の声を上げながらの攻撃。

 

 千葉流では、とうに意味をなくしたものだが、それでも声を上げることで、自分を奮い立たせるという意味も知っていた。

 

 正面から振るわれた剣の結果。真っ向唐竹割りされた中に兼丸孝夫の姿はあって―――それは『頭』にいたのであった。

 大轟音を震わせながら横浜を揺らした斬撃の結果……。

 

 そして千葉家の秘伝剣術……『山津波』は、ここに進化を見せた。

 

 巨人の義体を通して放たれた『技』は、『術』へと変じた。

 

 そんな感想を50匹ばかりのグールを切り捨てて、替えの刀に持ち替えた寿和は内心でのみ唱えてから、雑兵退治に邁進するのだった。

 

 

 そんなエリカとレオの大立ち回りの影響をもろに食らって、そして好機を見出したのは―――十文字克人であった。

 

 揺れる大地でバランスを崩した獣。

 

 ツカサ・ハジメが変質した獣の爪から逃れて、腹を蹴り上げることで脱した克人は、皆のように一撃必殺のレアスキルがないことを理解しながらも、その身にある魔力を振り絞ることで、強化し尽くした棍杖を構える。

 

 目の前の男の弟から譲り受けた棍はこの上ない魔力を受けて振るえていく。

 返すツカサ・ハジメは、魔眼を壁のように配置して、こちらの侵攻を阻む構え。

 喉元を狙う棍の一撃が貫けるか、それとも返す『爪』で切り裂かれるか……『あの時』とは逆の立場にある環境に苦笑を漏らす。

 

 概念武装の一種と遠坂が呼称する棍が緑色に光り輝きながらも朱いサイオンを発する。

 

 それが―――夢想権之助の杖の『真名解放』の合図だと知らずとも克人は―――。構わず吶喊を果たす。

 

 押し通す。虚仮の一念で押し通すと念じた棍杖と共に駆ける巨漢の荒武者の姿に、誰もが眼を離すことは出来ない。

 

 瓦礫を吹き飛ばしながら駆ける荒武者の一撃を前に魔眼の投射が放たれる……全身を焼き尽くし、自由を奪う引力の如き魔力の前に膝を屈する訳には逝かない。

 

(俺は―――俺が倒れるという意味を良くわかっているんだよ!!!)

 

 その役目を、いずれは『服部』や『西城』が努めてくれる。お互いに足りないものを補い合う二人だからこそ出来るものもあるのだから。

 

 一人で柱を支えるなんて―――無理なことは分かっていたんだから。

 

(俺も―――『お前』を必要としていたんだよな)

 

 十文字家の秘伝魔法『オーバークロック』、己の寿命を代償にして尋常の魔法師、練達の才を持つものでも及ばぬ領域に己を『拡張』する技―――。

 魔眼を砕きながら喉元を狙う棍の突込みに対してツカサ・ハジメは魔眼の投射だけをする。爪を立てることもないそれに怪訝な想いをしながらも……。

 

『君の理想とやらに着いていける魔法師ばかりではないことぐらいは分かっているのか? 現実は、そんな甘いものじゃない―――』

 

「理想を掲げて何が悪い!? 成し遂げたいものがあるから、誰もが足掻くんだ!!」

 

『力持つものには責任がある!! 理想だけでは何も成し遂げられない!!』

 

「それでも――――それ(理想)を曲げて、捨てても―――未来に祈りの福音は満たされない!!!! 」

 

 その言葉の応酬の最後に……ツカサ・ハジメの魔眼の圧が緩んだ。

 

 そして―――棍は、喉から入り込み尾部に突き抜けていった。

 獣の後ろにあるビルの瓦礫を易易と貫き、大地に突き立つ棍。

 

 そして巨体を、横浜の路面に力なく横たえさせる狼は……。

 

『まいったな……そんなことを言われては―――俺に勝ち目はない……俺の大好きだったシスター……けれど怪物になる運命を与えられてしまった彼女と同じことを言われては―――』

 

「司さん―――」

 

『これでいいんだ。キノエには、気に病むな。俺は―――誰も恨んでいない………そう伝えておいてくれよ』

 

 末期の言葉を境に、黒き狼は―――粒子のように細かなサイオンに変わっていく……。その姿を哀れんだのか、克人の眼には天使の姿が見えた。

 エデンへと(いざな)うための……導き手。幻視でしかないかもしれない。

 

 だが、それでも天使に導かれた司一という一人の人間を見た気がした。

 

「十文字先輩!」

 

 呆けていた自分を気付けするように叫んだ後輩の声で、幻想の世界から戻ってこれた。

 

「吉田か。他はどうなった?」

 

「何を言ってるんですか!? その前に、その身体を癒やさないと!」

 

「……むっ」

 

 後輩たちの心配をした克人だが、吉田に言われて何気なく自分の身体を見ると、オーバークロックの影響なのか、宝具の使用の影響なのか、アーマーを半壊させた上で、全身にそれなりに深い切り傷が刻まれていた。

 言われてみて、ようやく自分の傷の具合を理解した克人だが、吉田、柴田の両名から回復術を掛けられようとするのを拒否しておく。

 

「他の連中は、もっと深い傷を負っているのかもしれない。心配してくれるのは嬉しいが、今は俺よりも他の連中のために力を温存しておけ」

 

 その言葉の後に、アーマーの予備を運んでくれるように連絡をするように、頼む。自分の通信機器は既に砕けていたからだが―――。

 この修羅巷に飛び込む度胸のあるものがいるかどうかは、賭けだな。と感じるのだった。

 

 

 † † † †

 

 殺到しようとする『雑兵の軍』。円の中央を揉みつぶそうとする動きを押し留めていたエースの一人……一条将輝は、その修羅巷の闘いを見て―――いつかは自分もあそこに行ってやると思うのだった。

 

(やっぱり一高は少しズルいよな。刹那から直々にレッスンを受けられる連中もいる以上、こういった事態では、率先して動けるんだからな)

 

 とはいえ、刹那からすれば、何の神秘概念も帯びていないCADで次から次へとグールの体を爆裂四散させている将輝こそ、ちょっとした不思議なのだが……そんなことを知らずに一条将輝は愛しき女神の闘いを邪魔する不埒者を鎧袖一触していくのだった。

 

 その時、将輝が建物の屋上から迎撃した時―――半円を突っ切って金と銀の『鎧』を纏った戦士が現れた。

 

 その姿が、小柄で知り合いではないが知らない顔ではないことを悟った将輝は、何をやっているんだという想いで、そちらに駆け出した。

 

 一種の運動制御で、魔獣の壁を突っ切ってやってきた『少女』の前に立つ。

 

「何をやってるんだシャオちゃん?」

 

「わっ、ビックリした……えーと……深雪さんにつきまとうストーカーさん!」

 

「どういう覚え方!? というか刹那だな! そんなことを教えたのは!?」

 

 小柄な少女が中華式の鎧―――恐らくあの時、側に控えていた流体メイドゴーレム(長っ)を鎧として纏っていると判断した将輝だが、何故戦場を突っ切ってやってきたのか。

 

「爺ちゃんが言っていた! これからも我々がこの国で生きていくためには、鉄血を奉じて生きる意志を示さなければいけない。

 生きていく権利は、言葉でも金でもなく、血で掴みとるしかない。って!」

 

「――――――」

 

 その言葉に将輝は哀しい顔をしてしまった。自覚は無いが、そういう顔をして、リーレイを見てしまった。

 

 自分の妹(生意気)と同じ年齢で、こんな悲しい決意をして戦場に立つことを選ばざるを得ないことに、絶句をしてから……どうやら半円の向こう側では再編された中華街の魔法師たちが、協会の人間たちと共同戦線どころか、最前線に出て、盾となっているぐらいだと伝えてきた。

 

「何をやっているんですか!? 彼らの命を捨てるつもりなんですか!?」

 

『すまない一条殿。ただ我々も限界で、押され気味だったんだ……』

 

 再編成。こちら(日本の魔法師)が態勢を立て直すまで食い止めようという中華街の魔法師たちに、感謝以上に……悲しい想いを抱く。

 

「マサキさん?」

 

「……シャオちゃん。とにかく俺から離れないでくれ。いくら刹那から学んでいるとは言え、君はまだ12歳の女の子なんだ……妹と同い年(タメ)の子を、こんな怖い所で一人には出来ないよ」

 

 疑問と共に、こちらを見上げてくるシャオちゃん……リーレイちゃんに屈んで目線を合わせてから、安心させるように笑顔で頭を撫でておく。

 

 緊張の糸が解けたのか少しだけ赤い顔をするリーレイを見て、安堵しながら一条将輝は、再び爆裂で雑兵を圧していく……。

 

 隣にて『雷獣』と『雷剣』を打ち出していく劉 麗蕾という少女のツボミ()が、花開き―――年上に対する憧れではなく『女』としての意識が開花したことなど知らずに―――一条将輝は、深雪の為に魔法を打ち出すのだった。

 

 


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