魔法科高校の魔宝使い ~the kaleidoscope~   作:無淵玄白

173 / 414
第156話『山月記』

「覇覇覇破破ァアアアアア!!!」

 

 呪文でもなんでも無い雄叫びで、方天戟を振るう呂剛虎。その身体の頑健さとは相まって、呪法具たる方天戟の一撃一撃は、見えぬ埃の粒子すら砕いていくかのようだ。

 

 暴乱颶風の限りを以て横浜の街を砕いていく虎に立ち向かうは、双朱の戦士二人。少年と少女は、その大人ですら怖気づくどころかビビるしかない嵐の中に挑みかかる。

 

「アイリ、まだ回復しきっていないんだろ? 俺が前に出る!!」

 

 カレイドステッキの自動治癒能力でも間に合わない生傷が出てきたことによる気遣い。何よりヤツの鎧を貫徹するには、愛梨のレイピアの方がいいという点もある。

 

「ありがたくって涙が出てしまいますわ。お礼として後でキスしてあげますよ!!」

 

 軽口を叩ける分、まだまだ深刻ではないなと感じて、防御術式を前面展開した上での接近。

 魔力攻撃と物理攻撃全てを遮断する障壁を展開したまま、足は止めないでいく。

 

「―――」

 

 蟻地獄のようにすっ転びそうなぐらいに、流動する地面に逆らいながら、相手に剣を届かせられる距離に出た所で―――エクレール・アイリは、刹那の背中を足場に跳んでいく。

 

 その手に持つ細剣が、炎雷を伴いながらガンフーの真上―――脳天を狙うようにラッシュを解き放つ。

 連続の突き。残像すら霞むほどの速度と鎧ごと貫く膂力を前に、方天戟を竹とんぼか風車のように振り回して防御(ディフレクト)しようとするも、手数ではアイリの方が上だ。

 

 兜、面頬がないタイプのそれが、鈍い金属音と共に頭から弾かれて、路面に落ちると同時に二つに割れた。

 

「ぬっ!!」

 

 更に言えば全身に痛痒が奔る程度には、愛梨の攻撃は通じていた。

 

 鎧を貫き肉を抉った連撃を前に、跳躍の勢いでかなり後ろに降り立つ愛梨に注意が向くも、前にいた刹那が接近を果たそうとしていた。

 鋼気功を展開した上で、更に言えば神鉄硬を発動。

 

 そういう目論見を崩すべく接近を果たそうとする『エミヤ』の魔法師を迎撃する。

 

「エミヤァアアアア!!!」

 

「その名をこの世界で聞くことになるとはな! だが!」

 

 俺は遠坂の魔術師だ。剣製のエミヤの魔術師じゃない。そんな意固地な気持ちのままに、軍神五兵を大剣に変えて、振り下ろされる方天戟に合わせようとした一瞬。

 すっぽ抜けるかのように、明後日の方向に飛んでいく剣。

 

 好機を前に、勝機を前にして焦った。そう思わせることが出来ればめっけもんだが……。

 

 口角を釣り上げる虎を前に―――どうやら敵は意外にバカなようだった。と内心でのみ思う。

 振り下ろされようとしている方天戟を前に、愛梨が撃ち出したレイピアの刃―――護拳の鍔と柄のみを残して、それが呂の右肩に深々と突き刺さっていた。

 

 途端に腕の血を失った事で方天戟を手放さざるを得ず、車輪のように戟は回転しながら刹那の真横を通り過ぎていき。

 

 瞬間、刹那は瞬発を果たす。脚力加速(グラスホッパー)で加速したことで目測を誤り、痛みを堪えながらガードを上げようとした時には―――。

 

 ルーンの輝きを纏う拳が硬気功ごと神鉄硬ごと……呪法具たる鎧を砕き心臓に突き刺さる。

 

「お望み通りの近接戦だ。『剣』(けん)じゃなくて『拳』(けん)―――お前の土俵でねじ伏せてやる」

 

 ただ単にルーンナックルで仕留めたかっただけだろうな。と割と近くの方で戦っていた達也は、呆れながらも『送り物』である『ゴッド・フォース』……かなりの重さあるものを手に、もう一体の祟り神を鎮めるべく挑む。

 一体は何とか消しされた。と思うのだが……魂魄そのものはどこかにあるのかもしれない。

 

 そう考えると、少しだけ恐ろしいが―――、ともあれ、飛行術式からの魔獣の義体の消滅は出来た。アウトレンジからの攻撃でならば……次は、接近戦での自分のポテンシャルとの差の確認。

 

 とはいえ……人間相手とは、間合いも、動きも、思考も違いすぎるそれを前に、どこまで出来るかは達也も少しばかり自信が無かったのである。

 

 そんな達也の不安をよそに刹那のルーンボクシングは、中華拳法を修めたルゥ・ガンフーを殴打していく。

 

「くっ!!!」

 

「ワンツー! ヒット!! 砕く!!」

 

 リーチとウエイトに差があったとしても、刹那の拳と脚の速度は衰えない。

 

 ルーンで強化された肉体で相手を殴り倒すと決めた時、刹那の拳は相手を撲殺するという意識にすり替わり、あらゆる『アーツ』を叩き込むのだ。

 

 それは正しく死を誘う舞踏(ダンス・マカブル)。拳の連打が、弾丸の連射の如く殆ど同じ軌道を刻んでいく。

 その接触を嫌って大きく飛び退いたガンフーを前に、刹那は追撃をしなかった。位置的に愛梨が危ないと悟ったからであり、時間稼ぎをする。

 

「抜かったか……貴様は武器を扱うことが本道の魔法師だと思ったのだがな……」

 

「―――粗雑(クルード)と思われているなら、繊細(テクニカル)に行い、繊細(テクニカル)だと思われているならば粗雑(クルード)に行う。

 ぼくはとても繊細な青少年。そういうことさ」

 

 この中にどれだけ 『記憶屋ジョニィ』を知っている奴がいるかは分からないが、ある時に、先生の書斎から借りた本を何気なく読んで気に入った言葉である。

 

そしてお前に戦いの際の繊細さなど皆無だと全員一致であった。

 

「俺の魔道の本質を、先生……ロード・エルメロイⅡ世ことウェイバー・ベルベットは、こう評した……一芸を極めることだけに長けたスペックではなく、多くの魔道の『小川』を集めて『大河』となす、一つの流れを生み出す所作……失われし魔術系統の一つ『ウィザードリィ』(統合魔術)とな」

 

「……傲岸不遜に聞こえないからこそ恐ろしい。その大層な統合魔術の一つが、これということか?」

 

 これと言った瞬間、全身の鎧が砕けて砂礫以下の粒子に変わり風に攫われる。

 かろうじて残った腰と脚甲のみが、アンバランスな上半身裸の中華武将が現れる。

 

 そして、その上半身には明らかに致命傷とも言える傷と、そして幾つもの古傷が刻まれていた。

 大亜の人民軍にいた頃のものもあるだろうが、これほどの殴打を食らっても生き残れるとは、もはやこいつも通常の人間ではないのだろう。

 

「セルナ―――これは……」

 

「蠱毒の陣の目的は、フェイカーだけでなくこいつの強化も一つなんだ。随分と、あんたみたいな『むくつけき男』相手に甲斐甲斐しい女だな?」

 

「ああ、俺にとって最高の女だ……」

 

 乾いた笑みを浮かべて返答したガンフーに意外な想いを抱きながらも、―――愛梨の放ったレイピアの刃を肩から抜いたガンフーの手元に方天戟が自動的に戻る。

 

 壊そうと思えば壊せたかもしれないが……。

 

「壊さなくて正解だ。この武器はいうなれば『魔家四将』の魂を収める器物であり、『呪いの武器』だ……俺以外が何かしようとすれば……」

 

 即座に取り殺される。そういう武器である。

 いずれは仏教四天王にも烈される存在だが、フェイカーが呼び出した疑似サーヴァントは、その領域の存在ではなく、まだ『たちの悪い』時代の存在だったからだ……

 

(だから拳でルゥ・ガンフーのみを殺そうとしたのか……)

 

 達也は察してから状況の確認をする。

 

「拳を合わせてこそ伝わるものもある!! タラスク!! 私の『サック』となれ!!!」

 

『メリケンサックなんて、ごふっ!!! しかも氷結、べふっ!!!』

 

「男なら―――拳一つで勝負せんかいっ!!!」

 

 タラスクという亀竜の上に乗っかり、巨大化した炎の霊鳥……火野原の変身体相手に『ステゴロ』を挑む深雪の姿。

 

 お前は女だろうが、というツッコミも野暮に思えるぐらいに、深雪は凄まじい戦いを繰り広げる。

 

 ゴツい岩のようなメリケンサックに氷のガードを着けた深雪の一撃一撃が、先程の刹那とルゥ・ガンフー以上もの勢いと魔力を以て叩き込まれていく。

 

 負けじとヒノハラも、火球(ファイアボール)炎の渦(ファイアストーム)を深雪にかけようとするのだが……。

 

「タラスク!! 汝は見かけはともかく竜種の端くれ!! 炎の吐息(ファイアブレス)で負けたらグーパンよ!!」

 

 見かけはともかくとか、すごくあれすぎたが、深雪に宿っているマルタには恐怖を覚えているらしく、ヒノハラの炎を呑み込む勢いで火が吹かれるのだった。

 

 感想を申せば、あの大人しいようでいて激情に駆られやすい深雪が、このようになるなど色々と納得いかない。

 

 そして自分の調整したCADが殆ど使われていないことに、なんとももやっとした気分を達也は味わうも……。

 

「君がッ! 泣くまで! 殴るのをやめないッ!」

 

『こ、この淑女ぶってるだけの小娘があああ!!!』

 

 決着が着くまでは、そう長くはならなそうだ。

 問題は、刹那とルゥ・ガンフー……そして、狐馬に牽かれた戦車を召喚してあちこちを走り回っているフェイカーと、そのフェイカーを追わんと白馬を召喚して走り回っているランサーだ。

 

 横浜の市街に敷設された、魔力が循環している『街道』とでも言うべき『ライン』を進むことで加速するフェイカーの戦車に、中々追いつけないでいる。

 

(恐らく霊脈だか循環路を通ることで、フェイカーの戦車は最大攻撃力を溜め込んでいるのだろう)

 

 それが神霊になるための儀式なのかどうかは達也には皆目見当がつかないが……。それを放置していてはマズいだろう。

 

 ゆえに―――また一体の魔家四将を倒されたことで、強化されたルゥ・ガンフー。恐らくエリカの兄貴、幻影刀という異名を持つ『千葉修次』氏が勝ったのだろう。

 

 勝ったことで、こちらが窮地になるなど、あまり承服しかねる事態だが――――。

 

「俺の兄弟が三人も逝っちまったか……。妙な現世への現界だったが―――まぁ楽しめたぜ!! さっさと―――『俺たち』を倒してくれよ!! 」

 

「―――」

 

 リーナと相対していた琵琶法師……というにはロックすぎる魔礼海が自決を図った。

 

 今まで操っていた琵琶の撥を短刀のように扱い、首を落としたのだ……。その様子に、弾き語り合戦をやっていたリーナは……。

 

「勝ち逃げとかズルすぎるわ……」

 

 歌うたいとしての優劣では、どうやらリーナは負けていたようだ。常人には分からぬアーティストとしての感覚。

 

 だが、それはともかくとして、神経攪乱のような作用を持つ琵琶の能力もまた、呂剛虎に吸収された。

 窮地というほどではないかもしれないが、敵が強大化していくのは見ていてもどかしいものだ。

 

「魔礼青と魔礼海の能力も手に入れたか……今のお前は中級死徒なみの力は持っているな」

 

 刹那だけが分かる脅威判定。それがどれほどの存在なのかは分からない。だが、立ち上るサイオンの密度が尋常ではない。

 対抗しなければ、ここいら一体が呂剛虎で満たされることもありうる濃度だ。

 

「王貴人……俺のような無骨な男についてきてくれたお前に、俺は報いよう!! エミヤ!! 貴様の肉体から俺の同志たちを取り戻す!!!」

 

「屍霊術の真似事したけりゃ『殭屍』でも作っていろ!! チャイニーズ!!」

 

 言いながら刹那は、片手に南盾島の時に一応の完成を見た「軍神の剣」を持ち、片手に……フランベルジュと言って良いのか、波打つような剣とも、半ばまでノコギリにも見える少しだけ特徴的な長剣を携えていた。

 

『ランサーに供給を回している分、君の魔術回路も四割は枯渇済みだ。短期決戦で勝負を着けろ!!』

 

「こっちも苦しいが、あっちは更に苦しいんだ!! 踏ん張ってやる!!」

 

 オニキスの進言を受けながらも、朱い魔術師は加速を果たす。

 その背中に、何かの英霊……見覚えあるドラゴンウイングを生やしたリーナが追随する。……どうやらここでの戦闘も佳境だ。

 

 港の船もトラブルがあったようだが、USNAスターズが対処をしている。ある種、犠牲は出ている。それでも順調だ。

 

 だが……その順調さを崩す一手が打たれるのではないかという懸念が、先程から達也の胸を占める。

 こちらが持ち駒全てを投入して王手を掛けようとしている中、『逆王手』を掛けられる。そんな闘いばかりで、『予感』が最近の達也にはあるのだ。

 

「だが、だからといって―――盤上に待てを掛けられないんだよ」

 

 CADを向けて軍神五兵の突き刺さりで藻掻いている祟り神に、『神秘解体』(エルメロイⅡ世)が炸裂。五体全てを消し飛ばせなかったが、達也の渾身の力で放たれた。

 

 幻想を否定する魔弾が、幻想の破壊を齎す世界にて、突き刺さるのだった。

 

 

 † † † †

 

 

「それじゃ十文字君は重傷なの?」

 

『吉田君が何とか回復術を掛けさせてもらうように説得しました。

 ですが、アーマーの方が砕けてしまって。それと、渡辺先輩とエリカちゃんのお兄さんも傷を負っています。全員を何とか回復中です』

 

「摩利さんが……」

 

 千代田花音の少しばかり呆然とした言葉を聞きながらも、真由美は考える。

 

 柴田美月からの連絡でようやく分かった内部の戦況。二人一殺、一人一殺、二人一殺……しかしかなり傷を負ったものは多いらしい。

 

 ある種のカミカゼ・アタックであることは分かっているが、こうも凄まじいことになっているとは……。

 

「刹那くんは何をやっているの!?」

 

 真由美の言葉は、発した自分ですら八つ当たりであることは分かっていた。だが、彼は闊達に何でも出来ると勘違いしてしまうぐらいに、多くの事態を率先して収めてきたのだ。

 

 場合によっては、全員に合わせた装備も与えてきたのだから……。

 目の前の美月の使い魔……光り輝く蝶は、現在も戦闘中であることを伝えた上で―――そして……。

 

『刹那君だけじゃありません。私達も、今日にいたるまで階位を上げてきました。

 現在、千葉、西城、吉田―――私を含めて『ヴィーティング』の術式を組んでいます。ただしアーマーを用立てられないので、その辺りを何とかしてほしいんです』

 

『真由美、あんまり大きな声を出すな。ここにいるのは、そこまで頼りない連中じゃない。シュウも癒えてきたんだから……エリカ達は、この上なく頼りになる後輩だよ』

 

『俺の方はとにかく防具が欲しいんだ。頼めるか七草?』

 

 美月の少し怒るような言葉の後に、摩利と克人から文言が足されると同時に、全員が動き出す。

 全員と言ったが、戦闘に十分な技量を安堵出来る人間たちが動き出したのだ。どうやらこれ以上は、色々と尊敬している先輩や最前線にいる後輩たちを、見てみぬフリは出来なかったようだ。

 

「武明……」

 

 最初に装備を整えて出る準備を済ませたのは2年の桐原武明であり、その桐原に声を掛けた服部。それに対して、桐原は眼を見て真っ直ぐに答える。

 

「このままあいつらを戦場に残したまま、離脱出来るかよ。しかもリーレイちゃんまで戦場に出てきて、中華街の人々……外国の魔法師たちが踏ん張っているってのに―――何もしないでいたらば、男が廃る!

 止めるなよ服部。ヘリの護衛になるとしても、俺は役に立たない。高周波ブレード以上の殺傷性ある『遠距離魔法』が苦手なんだからよ」

 

「誰が止めるかよ。俺も行くって言ってるんだ。早とちりすんな」

 

 言うやいなや、装備のチェックをしていく2年生達。その決意を邪魔するかのように―――多くのヘリがこちらに向かってきた。

 

『真由美、無事か? 状況は申し訳ないが、こちらでも確認させてもらった―――行かせて上げなさい』

 

「けれど! 市民の皆さんを守るためにも人手は―――」

 

 美月の使い魔とは違い、端末にいきなりな通信を入れてきた父―――七草弘一に食って掛かる。

 

 優先されるべきは、市民の避難であって決して敵を倒すことではない。十師族の義務とはここにあるのではないか?

 

 そういう気持ちで言ったのだが、弘一は、ヘリの音に負けじとよく通る声で答える。

 

『男の決意に―――水を差すな……『俺』には分かるんだよ。

時には良識的な判断を投げ捨ててでも、己の身や全てを顧みず立ち向かわなければならない事態もあるんだ―――。

 全てを擲ってでも『捨て身』で『取り戻さなければならない時』に、少しでも『力』を持ち合わせていれば―――こんなことにはならなかったのに……そんな後悔をさせるぐらいならば、立ち向かう覚悟を持ったものたちに、水を差してはならないんだ……』

 

 その言葉を聞くたびに、真由美は胸を掻き毟りたくなる衝動に駆られる。

 

 どうしてそこまで昔の人のために動ける。言葉を吐ける。なんでそんな風になれる。

 

 お父さんにとって、まだ……『夜の魔女』は、愛しき姫君なのか。自分のお母さんや兄の母を見てくれないのか―――。

 

『いざとなれば、僕の人工魔眼で何とかする。遠坂君に施術された魔眼は、古式風に言わせればかなりの呪体だ』

 

「………分かりました。但し、私も残ります。というか克人君たちにアーマーを届けるのは、私がやりますので、お父様及び名倉さんは、市民の確実な護衛を」

 

『父親としては君を戦火に向かわせたくないんだがな……』

 

「お父様だって好き勝手なことをするならば、私もそうさせてもらうだけです。どうせこの後、横浜論文コンペ関連で胸元が大きく開いた紫色のドレスを着たご婦人と会食だったのでしょうし」

 

『な、なぜそれを―――』

 

 狼狽しきった弘一の声を一方的に途絶して、真由美は居残った前・三巨頭の一人として、全員を率いて戦場に行くことにするのだった。

 

 いざとなれば、移動魔法でオルテナウスを超特急で届けることも吝かではないだろう。

 

 

 † † † †

 

「そろそろお互いに限界じゃないですか?」

 

『ならば決着の時だな――――!!』

 

 言葉で『ヒノハラ・ヒロシ』は、翼をはためかせて上空へと移動した。あれだけの質量、如何に鳥を模しているとはいえ、あんな形状の生物が通常の力学で空に浮けるはずもない。

 

 それでも翼をはためかせることが、何かの『意味』を持って浮遊を可能としているのかもしれない。詳細には分からぬが、ともあれ飛翔が出来ないタラスクでは難儀する位置に上がったヒノハラを倒すべく――――力を溜め込む。

 

 天に掲げた『ブロッサムスタッフ』を構えて桜色の魔力が集まる……穂波が力を貸してくれていると思うのは傲慢だとしても―――九校戦にて披露された深雪の魔法の一つ。

 

 兄・司波達也でも登録できなかった深雪だけの固有魔法、『桜花の氷結世界』(ブロッサブルヘイム)が炸裂。

 

 舞い上がる桜色の雪が火球と炎の堕ち羽(おちば)とぶつかり合い、互いの間で壮絶な『砲撃戦』が行われる。

 

 情報次元全てが圧迫されて、あちこちで亀裂が入っていることが分かる。こんな砲撃された荒野の中に、魔法というコミューターのような車輪は走れないだろう。

 

 尋常の相手であるならば、それだけで終わりだろうが、あの九校戦でのことが深雪に強かなものを与えていた。それは荒野を通るために己の魔法に履帯(キャタピラ)をつけるような作業であった。

 

 そして―――炎の鳥は上空から直滑降も同然の勢いで、深雪の元に降りてきた。

 

 正しく炎の悪魔も同然の燃え盛る巨大物体を前に―――不覚にも深雪は美しさを見出した。

 

 それは永遠(エイエン)を求める深雪の氷結とは違う、人の生の在り方。マルタの心も、そこに共感を覚えた。

 

「素敵だ やはり人間は 素晴らしい―――」

 

 全てを擲ってでも、何かを成し遂げようとする心。

 

 憤怒(ラース)に通じるかもしれないその執着。けれど、それを美しく思えた。

 

 炎の塊は、聞いてくれなかった慟哭。眼を向けてくれなかったがゆえの失望。誰も彼を見なかったがゆえの怒り―――嘶きを上げる哀しき生き物……其の名は、『魔法師』―――この神なき世界に生まれた理解されない『超人幻想』の産物。

 

 だから――――。アナタの姿は兄に似ている―――。

 

 深雪とヒノハラの打ち合いで出来た魔力を溜めに溜めたタラスクは―――遠吠えを上げた。己が竜星となりて、敵を撃つときが来たのだ。

 

 それを理解しての遠吠え――――。

 

「リヴァイアサンの子、いまは人を守りし御子()、汝の名は―――愛知らぬ哀しき竜(タラスク)!!」

 

 桜色の杖を用いて打ち出された。文字通り、ラクロススティックを振り抜くように、ホッケースティックを振り抜くように、上空に撃ち出した。

 

 躱せる距離ではない。防御した所で魔獣としての格はあちらが上である。

 

(化け物となったとしても届かなかったか)

 

 炎の悪魔を迎撃する桜色の魔力を纏った『竜星』は、悪魔の身体の八割を消滅させた。

 

 そして―――ヒノハラ・ヒロシという男の全てが終わろうとしていた。

 

 壮絶な発破と轟音が周囲を揺さぶらせていたはずだが、ヒノハラにとっては静寂のみが木霊する空間が出来上がっていた。

 

 緋色の雪が降りしきり、自分の人間としての身体すらも失われていた……下半身を無くしても生きている自分に、嘲笑する。

 

 これが末路か。邪悪なるもの、醜悪なるものには生きる資格さえないというのか?

 

 邪悪な存在は、いつでも『茶番劇』の悪役でなければならないのか。

 

「―――だが、一つだけ確実に言えることがある。お前が殺したのは、お前の兄の似姿だ。お前は―――兄を殺したんだ」

 

「でしょうね。お兄様もアナタと同じ存在だった……ある意味、アナタは私の兄の違った姿だったのかもしれない……」

 

 言葉は呪いとなりて、深雪を苛む。其の力を手に入れ方の正邪は分からぬ。だが、脳髄を弄ってまで手に入れた力を認められなかったこの人は、確かに兄の似姿だ。

 

「いい―――さ―――オレは、ここで死に―――この忌まわしき魔法師の身体から―――逃れる……。ようやく解放される……」

 

 魔法師であることを望まぬ人もいる……分かっていたことだ。

 

 手に入れた力を呪いと感じるものもいる。分かってあげるべきだったのに……。

 

「最後に一つ呪いを残してやる―――、多くの人の魂や意識を取り込む中で、ひとつ分かったことがある……この世界には『終焉』を回避するための『機構』がある。

 一つは霊長類である『ニンゲン』が、自分たちの世を存続させたいという無意識の集合体―――『阿頼耶識』と呼ばれるものだ。

 もう一つは『天体』そのものの本能………これは星そのものの『生存本能』。星が、終焉を望まない意思を持つならば―――つまりは、『星』の意思と『ニンゲン』の意思とが望んだ時に―――。全ては変質する――――」

 

「何を――――」

 

「星はまだ成長を果たす可能性がある存在として、人類を、人類の文明社会を保護しているだけだ……。『成長の終わり』()を望まない心が、現在の『人類社会』を維持しようとしているだけだ……分かるか?

 もしも―――『魔法師』という存在が、『ニンゲンの文明社会』を『崩壊』させる可能性があれば―――『ガイア』と『アラヤ』は、魔法師の中でも『崩壊』を成し遂げる『ただ一握り』の存在が生まれる可能性を()むために―――全ての魔法師を抹殺するということだ!!!」

 

「――――」

 

 その言葉は平時の深雪であれば、馬鹿馬鹿しいと一蹴していた。

 

 だが、英霊マルタの意識と、そして『崩壊を成し遂げるただ一握り』を知っていた深雪の考えと―――マルタの『敵意』が『兄』に向いていることを理解したのだ。

 

 そもそも英霊マルタは―――『兄』を『暴走』させないために、自分に憑いたのだった。

 

 そんな深雪の表情の変化を見たのか、少しだけさみしげな笑みを浮かべながら独白は続く。

 

「いまはまだでも、いずれ『剪定の時』は来る―――……良かったよ。魔法師は―――間違った存在なのだと……オレを無能と、役立たずと蔑んだ連中すらも、同じく等しい存在なのだと―――理解できた……」

 

「それでも―――戦っている時のアナタは楽しそうだった……」

 

「ようやく同じ土俵に立てたからな。あの時は一矢も報えなかった存在に、ようやく……それだけで満足だった……ありがとう。そのことには感謝をしておく―――」

 

 そして火野原博史という存在が消え去る前兆のように、身体が炎に包まれて荼毘に付していくようだ。

 

「……次こそ人間(ニンゲン)に生まれますように―――」

 

 それは魔法師としての全てを認められなかった男の哀しき願いだった。それを逃げと、逃避と捉えるか、それとも……―――。

 

 だが、それは魔法という『望まない力』を与えられ、強化されたものの一つの末路だった。

 

 そして横浜の瓦礫に横たえられていた火野原という男は、その痕跡一つ残さず消え去り―――深雪の心に疼く棘を一本刺したままだった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。