魔法科高校の魔宝使い ~the kaleidoscope~   作:無淵玄白

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というわけで、こちらが途中まで書いていたというシリアスの後編。

加筆に加筆をかけて、ここまで伸びてしまいました。申し訳ないです。

そして実を言うと、前々回の話しでバゼットに吹っ飛ばされたあとのNGシーンとして。

『ジャガーマン道場』なるものを書いていたのですが、長くなりそうだし最終的にはシリアスになるので、今回はカットしておきました。

機会があれば、いつか出したい。


第164話『まほうつかいの過去──EMIYA Ⅱ』

殺した。殺した。殺さなくてもいいものでも最終的には死んだ。

 

そして、「殺さなければいけないものは総て殺した」。

 

救い出しかったものも殺さなければいけない現実に、刹那の心は、重く硬くなっていき、慙愧の念はとめどなく増えるたびに、父の投影魔術の精度は加速度的に上昇していく。

 

剣製の秘奥は、刹那が心を凍てつかせるたびに冴え渡る。

 

「刹那、お前の世界では……「吸血鬼」と呼ばれる存在がいるのか?」

 

「お前さんの中での『定義』が、どんなものかは分からないが、俺の世界ではいるんだ。厳密に分ければ色々とあるんだが、俺が主に相対したのは、魔導の探求のために己の肉体を不変不朽のものとする変成の秘術……永遠の存在「死徒」と呼称する」

 

今、刹那の記憶の映像は、どこかの南国の島を映し出していた。

 

燦々と輝く陽光の世界だったはずなのに、今のその島はあちこちで炎が上がり、闇夜に閉ざされた中では、星空すら、その炎は舐めあげていた。

 

そして、そんな地獄の中でも平気な顔をして、否、『既に死んだ顔 』のままに歩く住民……元・住民たちは、フィクションのゾンビかアンデッドのままに、仲間を増やしてこうなっている。

 

「この世界では『吸血鬼』の純度が下がるのか、グールの大半は中途半端なものになるんだが、俺の世界では、こういう風になってしまう……。

死徒だけど、吸血衝動を抑え込めるタイプの『ジジイ』に聞いてみたらば、俺の世界は更に『温い方』で、死徒どもが大々的に『王者決定戦』しているような、ろくでもない世界もあるそうだ」

 

その原因は不明―――と言った刹那だが、達也には何となく分かった。この世界は、一度は地球規模での寒冷化が、世界を凍てつかせた。

 

グールという存在が、刹那の記憶ごしとはいえ、脳髄が溶けているのに『生きている』ことを察した達也は、確かに、こちらの生物的な規格とは違いすぎていた。

 

この世界で真正のグールを発生させるならば、世界の平均気温が8度は上がらなければならない。その前に体は『冷凍保存』されてしまうからだ。と思える……。

 

詳細は不明だ。そもそも、マナカ・サジョウのビーストグールも結構な力だったが、『生物』としての枠組みから逸脱してはいなかった。

 

確証は無いが、吸血鬼という神秘が落ち込む原因は、そこにある気がした。

新たな仲間を求め、新鮮な血液を求めて徘徊する様子の中に赤い魔術師は、立ちながら食屍鬼たちを狩り殺していく。

 

弓から撃ち出される剣矢が、光の軌跡を描きながら飛んでいき、グールたちを抹殺する。その炎の中に、魔術師とは少々毛色が違う集団が紛れ込む。

 

法衣、カソックとも呼ばれる達也たちの世界でも廃れることはない『一大宗教』の衣服。それを着込んだ集団が、刹那たちに協力するようにグールを屠る。

 

あるものは、レオのような手甲と脚甲をつけて、グラップリング……シラットだろうか? それで倒していく。

 

あるものは、黒鍵という度々刹那も使う小剣を用いて刺殺していく。斬撃の為の武器というよりも、投擲など、突き系統のための武器なのだろうが、使い手は指の間に黒鍵を挟んで投げつけられるだけ投げつけている。

 

あるものは、これまた二人と別ベクトルで、ケレン味たっぷりに銃火器を手にしてぶっぱしている。

デリンジャー銃の改良なのか、銃口が五つあるものを、更に銃の台座をあわせて上下に『合体』したらしく、それを二丁構えて放ってくるのだ。

 

ちなみに言えば、この僧侶は吸血鬼よりも刹那に対して銃弾を放っているように見える。

 

「彼らこそが、魔術協会に敵対する神秘の世界のもう片方の大勢力。

───『聖堂教会』。バチカンにある総本山より選りすぐられたエージェントたちは戦闘僧侶(モンク)として、こういう荒事に出てくるんだ」

 

「仲悪いんですか……?」

 

「大いに悪い。聖堂教会の戦闘僧侶───『代行者』『聖堂騎士』と呼ばれる彼らは、一大宗教の『戦闘信徒』なんだ。

教義を順守する以上、彼らにとって奇跡の御業とは、『主とその御子』だけにしか許されぬ尊いものであり、フランスの悪鬼『青髭』のように、おぞましい耽溺と人死にを用いて、その奇跡を『真似ようとする』所業は言語道断だと言ってはばからない輩だからな」

 

深雪の蒼白にした顔に答える刹那を達也は見る。見た上でふとした疑問が浮かぶ。あのマナカ・サジョウとの戦いの時に、刹那は教会の『秘蹟』とやらを用いて、刹那は聖域としたのだ。

 

あの時、刹那は実家が隠れキリシタンだと言っていたのだが……。

 

「そこが、組織というものの『生臭さ』なのさ。如何に聖堂教会が魔術師を憎んでいても、『協会』を作り組織化された以上、まともにぶつかれば連中とてタダでは済まない。

だから一種の休戦協定が結ばれているし、協力関係もある程度は存在している……。

その理由は、教会にとって最大のバチ当たりは、魔術師じゃない―――」

 

達也の疑問に答えたのを皮切りに、映像に変化が現れる。刹那の言う『最大のバチ当たり』がやってきたのだと気付けた……。

 

『食らいなさい……。新鮮な魔術師が三人に代行者が三人……どちらも一人とびきりがいるわね。二人は私の直近にするから、あんまり傷つけないでね』

 

『アレクシア……!』

 

グールを引き連れてやってきた、この上なく人外極まる黒髪の少女が、妖艶にして肌を多めに見せたドレスを着込んで、場違いな限りに、刹那と代行者の狭間に割って入る。

 

遅れて、バゼットと……名前は分からないが、特徴的な剣にして杖を持っていた、壬生先輩に指導した際に刹那が教えた『空気撃ち』の礼装を持つ銀髪の女がやってきて、刹那のフォローをするように左右に陣取る。

 

「死徒はある種の『超越種族』に噛まれることで、不老不死に至った存在が主なんだが、その一方で、魔術を極めていった先に、自らの肉体を『永久機関』に変革するか……この女、アレクシア・ツェプターは、『500年』は生きている中級死徒だった……」

 

この映像に至る前に、刹那は、アレクシアなる少女や島の人間たちとも交流していたことを考えれば、なんたる皮肉だろうか……。

 

そんな様子に混じっていたデリンジャー銃のシスターが、あざ笑うように、刹那の側に近づきながら口を開く。

 

『へっ! お前分かっていてあのオンナに近づいていたわけじゃないのか? 随分と協会の執行者ってのは腑抜けてんだなー。

下がってな。お前にどうこう出来るヤツじゃないよ』

 

『黙れよ。シスター・スガタ。彼女の封印執行は俺の任務だ』

 

返す視線と刹那の言葉は、とことんまで冷たいものだった。こんな刹那は、少しだけ見たくはなかった想いが達也に出てくる。

 

『アレは確かに、『魔術師としても封印指定』だが、『死徒としても贖罪指定』。見事にバッティングしたなー。

アタシの仕事を邪魔するんならば……お前から殺すよ?』

 

『やってみろ』(イッツ・ア・デュエル)

 

冷たい視線と視線の交わし合いの果てに―――。

 

言葉で、刹那の魔術回路と刻印が励起を果たして、左手が持ち上がり―――。

 

腰に両手を回して、ベルトからごつい二挺拳銃……否、二挺『剣』銃を取り出した金髪のシスターが――――。

 

周囲に雨あられと弾丸(魔弾)を吐き出す。少年少女の背中合わせのバレット・バレエ(銃弾演舞)

 

『お前は後回しだ。まずは───』

 

『吸血鬼を何とかする方が先決!! 理解ある上司を持ってお互い幸運だにゃー』

 

見ると、青髪のシスターと金髪のシスターとが、軽やかな身のこなしで、炎を上げる崩れかけの家屋の屋根に飛び移り、魔術師の方は、地上を走る。

 

アレクシアなる少女の姿をした死徒は、森の奥に逃げ込むわけで、それを追うためだろう。

 

対して、残ることを強要された……援護無しの若年の魔術師と代行者は───。迫りくる食屍鬼に対して、再び向き合う。

 

ジャンも、アルーも、ルイも、フランも……パン職人のピエールさんも、漁師のハンスさんも……気のいいおばさんも、気難しいが、それでも異邦人である自分にこの島のことを教えてくれたおじさんも、全員がグールに堕ちていた。

 

『……俺がもう少し早く見つけ出していれば―――』

 

『最初から死んでいたんだよ。それを無理やり抑えつけていたんだ』

 

それに気づけなかった時点で、自分たちの失敗だった。だから───。魂すら燃やし尽くすほどの武器で、一人一人を倒していく。

 

『無茶だが……キミは、それを行うんだなセツナ?』

 

『俺は……オヤジのようにはなれない。錬鉄の英雄は、名も知らぬ『顔も知らぬ相手』だからこそ、正義の味方になれた。

そんな思考放棄の自己防衛なんてまっぴらだ』

 

眼に見えている彼らは刹那を仲間に加えんとしている。だが、それは許されざる行為。そして刹那は―――それを望まなかった。

 

だから……しゃべる魔法の杖(カレイドオニキス)の言葉に応えるように、虚空に多くの剣が並び立つ。

 

永劫の苦悶に灼かれながら死にながら生きる存在を、呪われたものを滅ぼすために、刹那の剣は、あちこちに飛んでいく。

 

『うぉわっ!! アタシまで刺し殺そうとすんなよ!!』

 

スガタという代行者の至近を通過する剣、槍、斧、小剣、大剣、斧槍、戦鎚……多くの武器が、刹那の命令で飛んでいく。

燃え上がる炎に対しては氷の剣、水の槍、土の斧とが鎮火を果たし、星の明るさ、月の輝きの元―――刹那は加速をしながら己の手でもグールを屠っていく。

 

現代魔法師としては、無駄事にも思えるが、達也のような眼を持っていなくても、その武具の魔力が桁違いであることは理解できる。

 

そしてそれ(神器)を振るう刹那の剣技は、あたかも星々と月に住まう神々に舞を捧げるかのように流麗かつ、稲妻のごとき速さで持って切り裂いていく。

 

南国『ハトアタ島』にて、食屍鬼へと変貌させられた住民全ては抹殺された───他ならぬ、若干15歳程度の少年によってだ……。

 

「ワタシは、覚えているわ。絶対に忘れたりしないモノ。

あの技は、ワタシが触手まみれで大変に恐ろしいこと(R-18指定)に陥った際に、巨大なデビルフィッシュ(オクトパス)を倒したものだもの」

 

「どういうシチュエーションなんですか? むしろそっちのほうが気になりますよ?」

 

顔を赤くして頬を両手で抑えているリーナの様子、恐怖だったのか幸福を感じているのか、どっちなんだよ? 深雪と共に疑問に思う。

 

とはいえ達也も、この連弾曲剣舞(SWORD DANCERS)を一度だけ見たことがある。

 

九校戦の裏側にて行われた戦い。新ソ連の特殊部隊と生物兵器を滅殺した技だが、あれに比べればまだまだ荒い技だ。

 

しかし、若さと言えばいいのか、荒々しさあるものが、この後の練達に繋がるのだろう。

 

「人に歴史ありだな……それにしてもお前は、この時15歳なのか?」

 

「その辺りは時間が進んでいけば分かるよ。あえて言えば、黒の組織(烏丸)に薬を飲まされたようなもんだ」

 

もはや答え(アンサー)を言っているようなもんだが、死徒化の秘技を使ったのかという達也の疑問は、とりあえず置いていかれた。

 

そして映像の刹那は、聖堂教会の金髪の少女と相対する。

 

同じ金髪でも、リーナや一色愛梨とは違うタイプの少女。

 

彼らが女の子然としたところを見せつけているのに対して、シスタースガタは、どことなくエリカと同じところを感じる。

 

いわゆる『肉食動物』……ネコ科のそれを思わせるものと同じだ。イメージとしてはシマネコか獅子の子供を思わせるのだ。

 

 

『アタシとやり合うか? 刹那』

 

『……バゼット(お師匠)のフォローが優先だ。お前になんか構っていられるか』

 

『なんだよー。お前、誘いを掛けているオンナに恥かかせんなよー。

アンタとアタシにしか、ここにいたみんなの弔いは、出来ないんだぜ?』

 

すげなくスガタの誘い(?)を流して、ジャングルの奥に一歩を踏み出した瞬間に、瞬発をする二人。

 

その理由は、ジャングルの奥で『何か』があったことの証左。

 

刹那の進行速度に合わせた映像の速すぎる変遷の末に、ジャングルの奥……周りの木々をなぎ倒して、ちょっとした円形の広場を作り上げただろう『少女』アレクシアが、哄笑を上げていた。

 

『バゼット!!』

 

『来ましたか、状況は悪いですね。流石は500年ものの死徒です……。復元呪詛も封じているのですが……』

 

『城を砕いて、土地(どだい)崩しもしたというのに、中々に粘る』

 

前言撤回。どうやらここにはデカイ建物があったのだが、それをこいつらは、達也のような分解ではなく肉弾で砕いたようである。

 

「吸血鬼の城となれば、ただの城じゃない。魔城の類なんだが、この連中は、そういうことが出来るんだよな。

フォルテも、あんな儀杖剣でよくやるよ……」

 

呆れるようにバゼットという女と隣り合う女性に感想を述べる刹那は、何処か懐かしくするように眼を眇めていた。

 

その様子に精神体のリーナは近づいて左手に巻き付いた。

 

いつもの『ワタシ以外の女に眼を遣るな』というジェラシーであるが、映像の中の様子は佳境を迎える。

 

『セツナぁアアああ!! アナタは言っていたわ!! アナタは取り戻したくないのぉおおお!? アナタの家族を!! アナタの両親ををををを!!! アナタが望めば、ワタシが取り戻せられる!!

ツェプター一族の悲願、死者蘇生をワタシが、ワタシがぁああああ!!』

 

『ここ……ハトアタ島の住人のようなものを、お前は続けるというのか? 怪物創造なんて、意味のない愚行だろうに』

 

『死者の蘇生は『魔法の領域』―――不完全だろうが、それでもワタシは求めていた!! お父様もお母様も生き返らせることが出来た―――!! 怪物として生まれ変わっても、お父様もお母様もワタシを撫でてくれた。ワタシを甘やかせてくれた!!

けれど、その中に精神(第三)(第二)も定着せず―――。アナタの中にある秘技を用いれば、ワタシの求めたものは―――完成する!!!』

 

『………』

 

少しだけ―――押し黙る刹那。周りは少しだけ息を呑む。ここで敵に回るのか―――それとも……。

 

『来なさい―――ワタシとアナタは同じよ―――アナタを―――』

 

優しい目と言葉が、刹那をこの上なく誘惑する。それは甘美なまでの『終わり』の在り方。求道などしなくとも、世界が完結するならば……。

 

その誘惑を、刹那は斬り捨てた。

 

『―――お前などでは役不足だよ』

 

言うと同時に、アレクシアの頭上の虚空(うつろ)に浮かんでいた剣が一斉に爆撃を開始。

 

誘いのために差し出した手―――触手のように、刹那に伸ばされたそれが半ばで消し飛ぶ。

 

全身にありったけの神器を打ち込まれたアレクシアは、絶叫をして刹那を睨みつける。

 

『道を外れたお前では、尊き『魔法』の真似事すら卑賤の(わざ)に成り下がる。実に醜悪だよ。

お前みたいな人蛭(ヒトヒル)に、俺は俺を明け渡さない。俺は俺のままで、この世界に向き合う。

お前のようにはならない。───俺は俺だ』

 

『――――』

 

憎悪の眼で見るアレクシアに対して、七色に輝く魔眼で見据える刹那。

 

本性を表したアレクシア。どす黒いサイオン……魔力に身を浸した死徒に対して最後の戦いが始まる……。

 

咆哮一声。ルーンの守りを発動させ、その加護の元……怪物と化した少女に斬りかかる魔術師たち。否、最初っから怪物であった少女の体が巨体へと変化を果たす。

 

巨大な下半身。もはや蜘蛛か蟻のような袋状の腹部から多くの脚を出した怪物。歪なまでに上半身は可憐なる少女の様子。

 

神話で語られるミルメコレオかアラクネーを思わせるそれを前にしても―――刹那たちは退かずに、立ち向かう……。

 

 

『ツェプター一族は、死者蘇生。それも肉体(第一)に主眼を置いた秘奥を模索していたようです』

 

波を掻き分けるクルーザーの船縁(ふなべり)にて、一仕事を終えてラクな格好をした魔術師の師弟は、今回のことに関して言い合う。

 

どちらも傷を負っているが魔術刻印の回復は十全にかかっているようで、それでも体力の方は中々に戻らないのだろう。

 

刹那は座り込み背を向けて、バゼットの方は朝焼けの海を眺めながら語る。

 

『しかし、その手法はあまりにもフランケンシュタインの怪物作りに似通い。最終的には、ああなったようです』

 

『島の住民全員を、改造して人形にする……』

 

『村一つ、都市一つを丸ごと『死都』にするような人間もいるほどです。そして、外界と隔絶された南国の寒村であり孤島……。シチュエーションは、完璧だったのです』

 

『アレクシアの下知さえなければ……まだあの島は、『いつもの風景』だったのかな?』

 

その問いの無意味さを弟子である少年が分かっていないわけがない。

 

だが、バゼットは……少しだけ優しく言う。

 

『それでも、必要なことをやったのですよ。彼処には聖堂教会も入り込めなかった。そして……彼らは、既に死んでいた―――。必要になれば、再び外の人間を島に取り込んでいたでしょうね』

 

潮流を擬似的に操り結界としていたアレクシアは、ハトアタ島に余計な人間を寄せ付けず、必要な時にだけ人を招き寄せていた。

 

まるで食虫植物か、蜘蛛の巣のように……。

 

『まさか『漂流した』少年と少女が、魔術師と代行者として自分を狙っていたとは思わないでしょうね』

 

『狙い通りだったとはいえ、二度とやらない』

 

海に放り込まれたのだろうか。ジト目を向ける刹那にバゼットという女は、薄く笑みを浮かべる。

 

この程度で魔術師の居城に入り込むなどありえない話ではない。とでも言うかのようだ。

 

『――――』

 

クルーザーを操るフォルテの操船が高い波を超えた後に、バゼットは続ける。

 

『こんなことはどこでも行われています。魔術師が己の欲望のためだけに、人死にを厭わず、多くの酸鼻極まる冒涜を行うのは―――我々のような闇の領域に居る人間にとっては、日常茶飯事なのですよ』

 

『時計塔の外では、こんなことが、どこでもある。実感として理解できていなかった……。こんな地獄に───』

 

何を続けようとしたのかは、見ている側である達也には分からない。

 

しかし、映像の中のバゼットは気付いたようだ。俯く刹那の心は千地に乱れながらも、一つの『願い』を言い当てた。

 

『――――『正義の味方』にでもなるつもりですか?』

 

その言葉を言われた時の刹那の表情は見えない。

 

『……馬鹿げてるよ。そんな『生き方』(在り方)に、何の意味があるんだよ……』

 

言葉は捨て鉢。しかし、右手を一際強く握り込む刹那の感情は少しだけ理解できた。

 

『それを聞いて安心しましたよ。士郎くんを、どうしても止められなかった後悔ばかりの私の教育は、生きているようだ。

アナタまで世界の果てに行かず、ただ一人の人間として世界に向き合ってください。それが死んでしまったお母さんの願いですよ……刹那』

 

その言葉を最後に船室に引き上げるバゼット。

 

師匠の姿を見送ってから首だけを回して、キラキラと煌く水面に眼をやる刹那。

 

「理屈では納得できても、俺は、俺の心は納得出来ていなかった。

救えるはずのない命だとしても、それでも多くを救いたかった。

魔術師が真理を求める理由は―――、堕落していくだけの世界を救いたかった。

そうだったはずなのに……真理に近づこうとすればするほどに遠ざかる救世の道だ……」

 

映像の中の刹那は涙を流していた。慟哭はない。嗚咽を零しているわけではない。

 

だが……その顔は悲しみに彩られていたのだった……。

 

そして場面は移る。

 

 

最初に見えたのは女性の姿。何となくではあるが、一輪の薔薇を思わせるイメージ。

 

周囲の状況は、何かの車両の客室。達也たちが生きている時代では、既に無くなった『列車』、もしくは『新幹線』とでも言うべき大量人員輸送機関、その中でも、アンティークな客室は、それを思わせた。

 

実では見たことはないが、資料だけならばそれを思わせる場所にて、『薔薇の女性』は、深紫の唇、妖艶なまでに弧を描く魅惑の唇を開き、対面に座る刹那に対して、こう言い放った。

 

『―――『村』に来なさい。アナタのその眼は、いずれアナタ自身の運命を食らい尽くす。

これは予言、『未来の滅びを約束する『死』が、汝の運命に良辰を与える。運命を変えたければ、汝―――『死神』と相見えるべし』

……いい魔眼()を見せてもらったお礼よ。私が同胞以外に、こんなことをするのは滅多にないのだから』

 

苛烈な青春の日々にして魔宝使いの転換点(きりかわり)は、間もなく訪れようとしていた……。

 

 


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