魔法科高校の魔宝使い ~the kaleidoscope~   作:無淵玄白

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ルキウスは細谷さんかー。『止まるんじゃねぇぞ』とか聖剣の一撃を食らってもローマに進撃を指示(爆)

今回の話は、歴代でも最小文字数の話。

けれど、一緒くたにするにはちょーっと場面違いが過ぎるので、まぁ分割しました。

そんなこんなで新話どうぞ。


第171話『まほうつかいの過去──epilogue Ⅰ』

 

――――降り立った日本の地。

 

三咲市三咲町という日本でも有数の霊脈保有地に降り立った遠坂刹那は、そこにある異様な空気に気付いた。

 

ここは、正しく『魔境』だ。先生の知り合いの『法術士』『山伏』ともいえる人間から簡単なレクチャーも受けたが、確かにここには―――『鬼』でも出そうだった。

 

歩を進める。ふとした時に、どこかの『路地裏』から視線を感じたが、それは幻視の類であり―――。誰もいなかった。

 

視線らしきものを感じたのは、多分……『重なった世界』からの視線だったのだろう。

 

いくつもの可能性世界を選択し得る土壌を持った街にて―――目的地は簡単に見つかった。

 

応対に出たのは、ヘッドドレスにエプロンドレスの純正のメイドであった。

久々に見た水銀メイド以外の純正メイドの姿。それも日本なのに……『誰の趣味』なんだよ? と言いたくなりながらも、巨大な屋敷―――立派な門構えの家のメイドに応える。

 

「どなたでしょうか?」

 

「遠野志貴の使いの者、そんな所です。要件はこの『手紙』を―――」

 

「翡翠。入ってもらいなさい」

 

刹那としては、手紙を手渡すだけで良かったのだが、黒髪の女当主だろう女性が門前にやってきたことで事態は急変する……同時に眼の前の緑色の眼をした女性の名前が分かった瞬間だった。

 

「ようこそいらっしゃいました。当家の主人・遠野秋葉です」

 

「遠坂刹那です。小間使い程度の用事ですので、ここでも構わないのですが」

 

「失礼ながら、若年とはいえアナタも家を背負う身ならば、そういう所での礼節ぐらいは分かっているでしょう?

英国からわざわざ、絶縁したとはいえ、不肖の兄が寄越した使いを無碍に追い返せません。しばしお寛ぎいただけますか?」

 

その言葉に殊更、反抗しようとは想わなかった。しかし、聞いている限りでは完全に女所帯のこの大きな家に、自分が入ることは許されることだろうか。

 

いろいろ考えながらも、兄のことを話すまでは離さない。と言わんばかりの視線……お袋みたいな『あくまの視線』を浴びて、観念するのだった。

 

 

「どうぞー。粗茶ですが」

 

「いえ、お構いなく」

 

先程の緑色の女性とは違って金色の目をした女性が案内された客間にて、完璧な所作で朗らかな笑顔と共に湯呑を出してきたが―――。

 

「兄さんがご迷惑をお掛けしたみたいで、重ね重ね申し訳ありませんでした」

 

「いえ、とんでもない。自分こそ志貴さんには助けられっぱなしでしたから……こちらこそありがとうございました」

 

頭を下げる上品な女性に返すように一礼をする。詳細は語らずとも、彼が今、誰のために生きているのかを知っていた遠野の家の人達は、こちらの荒唐無稽な説明にも特に疑問を挟むこと無く受け入れていた。

 

同時に、なぜ自分を寄越したのか、そういうことを説明すると秋葉さんは俯いてしまう。

 

「……兄さんは、もう長くないんですか?」

 

「本人も自覚していましたから、簡易な見立てでもそうなるかと思います……」

 

その言葉に、悔しげにスカートを握りしめた秋葉女史の姿に苦衷を覚える。

 

本当ならば、こういう風に帰れる場所がある人は、縛り付けてでも帰すのが道理だったはずだ。

 

けれど―――それは出来なかった。

 

「俺が頼まれたのは遠野の家の人間に、手紙を渡しておいてくれ。それだったんです……こちらがそれです。お確かめください」

 

「拝見させていただきます――――――」

 

客間のテーブル。対面の椅子に座る秋葉さんに滑らせるようにそれを渡す。便箋にして5枚ほどだが、一枚目を見た後には、すぐさまそれを閉じる秋葉女史。

 

「確かに兄の筆跡です。あとで、ゆっくり読ませてもらいます……白状すれば、今読めば―――泣いてしまいそうですから」

 

「ごめんなさい」

 

「気遣いさせて申し訳ありません。この後はどうするつもりですか?」

 

「実を言うと『こちら』(遠野家)だけでなく、三咲町の方々……知己という方全てに手紙を書いたのを預かっているので、とりあえず回したいかと思います」

 

「そうですか。では琥珀、翡翠―――案内してさしあげなさい」

 

「いえ、ここに来るのも迷わなかったので、そこまでは―――」

 

「弓塚さん、乾さん、有間の家…もしかしたら瀬尾や蒼香にも手紙があるのならば、道案内はいても構わないでしょう?」

 

にっこり笑顔で言う遠野秋葉の言葉に、もはや反抗する気はなかった。

 

正直言えば、秋葉さんは刹那の母親に似すぎていて、最終的には言うのを諦めてしまうのだった。

 

 

「では外行きの支度をしてきますね。ところで刹那さん。どーして、お茶を飲まなかったんですか?」

 

「すみません。話をするのに夢中で喉を潤すことを忘れていただけです」

 

「そうですかー。てっきり私、志貴さん辺りから

『琥珀さんの出したものには手を着けるな。一服どころか二服、三服盛られていると思え。

出された『煮干し』には更に手を着けるな。メニー騙されるぞ!!』とか言われていたと思っちゃいましたよー」

 

「そんなことはないですよ♪」

 

「ですかー♪」

 

朗らかに笑みを浮かべる琥珀という割烹着メイド―――妙にどっかの魔法の杖に声が似ているのは、その言葉で納得して、主人の命令に戸惑う翡翠さんの背中を押すようにして客間から出ていった。

 

出ていくと同時に……ティーカップを持ち上げて紅茶を飲む秋葉さんは、問いかけた。

 

「……本当の所は?」

「バッチリ、同じような文言で警告を受けておりました……」

 

半眼の笑みで問いかける秋葉さんに正直に話すことで、一定の共感を得るのだった………。

 

その後は、遠野志貴の知己の相手に、順調に手紙を渡していくことが出来た。

 

季節はちょうど良くも夏場であり、学校から帰省していた面子や地元で起業していた人たちも少しだけ暇していたようだ。

 

一番印象的だったのは、乾という青年実業家であった。何を生業としているのかは、いまいち見えない人だったが、困った時は頼りにしたい。

 

何だか実家の「小虎兄ちゃん」に似ている人だった。兄貴分というのは、こういう人のことを言うのだろう。

 

「もしもさ、もう一度、遠野の奴に会えたらば言っておいてくれ……副社長の椅子はいつでも空けておくってさ」

 

「出会えたならば、かならず」

 

ただ、乾有彦という人物は、若干悟っていたのだろう。もう親友とは会えないことを……。

 

そんな口約束の空約束でしかないことを本当に心苦しく思いながら……再び、遠野の屋敷に戻る。空の色は赤く染まっており、双子の女性の髪色と溶け合いそうになっていた。

 

 

「本日はありがとうございました。お陰で手早く済んだ」

 

「いいえ。こちらこそ志貴様の所用のために手を煩わせてしまって、申し訳ありませんでした」

 

白いワンピースドレスを着た似たような姉妹。何だか自分の人生に『双子』というのは、一種のファクターのようにあるものに思える。ただの予感でしかないのだが、そんなことをイメージさせるのだった。

 

「これからどうするんですか?」

 

「九州の実家の方に一度寄ってみようかと思います。何だか、日本に帰ってきたのに顔も出さないのは不義理な気がしましたから」

 

「ご一泊されては? 秋葉様も時間が時間ならば、泊めることも吝かではないと仰っていましたし」

 

琥珀さんの言葉に苦笑を漏らしながら、「女所帯」の家に見知らぬ男が入り込むわけには行かない。と丁重に断っておくのだった。

 

第一、この家はいずれ志貴さんが帰るかもしれない家なのだから―――穢すわけにはいかない。

 

「そして……まだ「最後の依頼」が残っていましたから……」

 

言ってから二通の便箋。金色の封蝋と緑色の封蝋がされたものを門前にいる二人に渡す。

 

「―――私達にもあったんですか?」

「ええ。本当ならば、秋葉さんに渡したときと同じように渡せばよかったんですけどね……」

 

 

志貴さんからの最後の依頼。巫条琥珀、巫条翡翠に対する手紙を渡せたことで全ては完遂を見た。

 

即座に封蝋を外して中にある手紙を読み出す翡翠さんと琥珀さん。

 

その翠眼が、金眼が次々と文字を追っかけていき、一枚目の手紙を読み終えたあとには―――その眼から大粒の涙がこぼれていた。

 

滲むことはなく、劣化することはない紙を用立てておいたので大丈夫だが……乙女の涙(ティアーズ)は、そういった道理を覆しかねない。

 

 

「志貴様……――――志貴ちゃん、志貴ちゃんっ…!…志貴ちゃぁああん……!!」

「―――志貴さん……志貴さぁん―――なんで、なんでぇ……!」

 

泣いている女性は苦手だ。その二人の乙女に胸を貸すことは出来なかった。その役目を担うのは、刹那ではないと確信していたからだ……。

 

便箋ごと手紙を抱きしめる二人の乙女が落ち着くまで、その場を離れずに、とどまっていた。何を書いたのかは知らない。

 

それでも、二人が泣いてしまうほどに、二人を想った文章だったのだろう。

 

そして場面は移り変わる――――。日本からロンドンに……。

 

 

魔法使いの終幕と旅立ちは近づく……。


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