魔法科高校の魔宝使い ~the kaleidoscope~ 作:無淵玄白
しかしナイチンゲールがサンタかぁ。婦長さんが……うん、どんな宝具になるんだ!?(汗)
第173話『平和なる日常へ』
――――男の子と女の子のお話は、始まったばかりなのです。
「―――ばかりなのです。月の珊瑚にも似た奇跡は……未来に続くのであろう……それは祈りなのだから」
途中から挟まれた、オニキスもといダ・ヴィンチちゃんのナレーションであり朗読を最後に―――記憶世界から現実世界に戻ると、元通りのアーネンエルベであった。
外観に変化はない。いるはずのオレンジ髪の喫茶店の店員はおらず、いるのは古めかしいケータイ電話一つ。
注文しておいた飲み物は、完全に冷めていた。
気を利かせたのかダ・ヴィンチが簡易な魔術で温め直してくれた。
誰もが何も言わないままに、飲み物を手に取り一口着ける。
「―――以上が、細かなところを省いたが、俺がこの世界に来訪せざるを得なかった事情だ」
「凄まじい人生だったな。同時に疑問も出てくる。イリヤ・リズ、マナカ・サジョウも、お前と同じ世界の人間なのか?」
「後者はそうで、前者はまた違う『結末』に至る世界から訪れた存在だ」
「前に私の授業で述べたことがあるものだが、『編纂事象』と『剪定事象』の違いなのさ」
アーネンエルベのカウンター席に腰掛けて、
ちょっとした想像力を持っている人間ならば、それは一度は考えることの一つだ。
パラレルワールド、アナザーワールド、 並行宇宙……かように世界には多くの可能性があるとされている。
現に第2魔法の実在がそれを証明している。もしくは神々の権能に含まれる形で、肉体を捨てて異なる銀河で生きている可能性すらあるのだ。
これもまた異なる世界という名目ではあろう。
「宇宙が現在も膨張しているのか、はたまた収束しているのか、あるいは『円状』に成立しているのかは定かではない。
だが、宇宙を一つの生命体。例えるならば枝葉を伸ばしていく大樹のイメージで考えると、枝葉こそが世界の全てということになる」
「その枝葉の一本一本、一枚一枚が『魔術師の世界』であり、『魔法師の世界』であるということなんですかね?」
「概ね、そう考えて構わない。ただ一本の枝に
大きすぎる考えで、そんな風に世界を『俯瞰』で見れることの方が少ないのだが、とりあえず今の所の理解は達也も深雪も追っ付いている。
「問題は、この
そうだな……深雪君、キミは自分の理想の世界が実現出来るんだとしたらば、どんな世界を望む?」
「きゅ、急に言われましても、いきなりすぎる質問で……とはいえ、そうですね―――」
話を振られた深雪だが、そういった欲求はあったらしく、完全に倫理的におかしすぎる、深雪にとっての『理想世界』が語られる。
語った後には……。
「ミユキ、USNAのいいメンタルクリニックを紹介してあげるわよ……オリガ記念病院ってところなんだけどね」
「お前の病気も極まるところまで極まったな……」
「どういう意味ですか―――!! しかもリーナ、それは『火鉈』の『悪魔憑き』たちが、集中隔離されている病院!!」
バカップルから生暖かい目をされるのだった……。
「それで、深雪の世界は先はあるのですか?」
「無いね。完全に剪定事象だよ。キミ達兄妹だけで完結した世界は袋小路のハッピーエンドだよ」
深雪にとっては殺生極まりなく、無体過ぎる結論。だが、それは一つの事実を示す。
成長が止まった世界というのは、なべて幸福だけが続く世界では駄目だということだ。
確かに深雪の言う通り、自分がありとあらゆる技工を以て、全ての社会の難題を解決して、その上で近親結婚の法的緩和を行えた世界。
確かに多くの人間にとっては、兄妹二人のインセスト・タブーを破らせることで、多くの財や社会的な安定が得られるのならば……と考えるだろうが……。
「それは俺が世界を支配して固定化しているということですか?」
「何事にも始まりがあれば終りがある。全ての選択において『成功』と『失敗』がある―――キミが世界の王となることは止めはしない。キミならば敵対する勢力を全て駆逐して退けることも出来るだろう。
だが、それ故にキミの選択が=アラヤの選択となれば、その瞬間、この世界の人理は崩壊するだろう。
キミは――――失敗しないだろうしね」
どこの派遣医師だ。と想ってしまう文言だが、自分とて失敗はするだろう。
だが、技術の進展が全てにおいて良き側面を齎してくれるとは限らない。寧ろ、自分の理論だけが採用された世界においては、
事実、中堅電力会社がこの間の横浜論文コンペにてざわついているのは、『関係者』から聞き及んでいる。
これはある種、電力という社会全体に必要なエネルギーの『健全な成長』を異能の力で『根絶』したとも言える。先ほどまで見ていた例ならば、電力会社はある種の『抑止力』として暗殺者でも放つかもしれない――――大きすぎる考えだが。
「今まで言ったのは、かなりネガティブな意見だ。その場合は、人類全てが『魔法師』になるか、もしくは『新たな種族』が生まれるか、もしくは……『人類が破滅』するか。未来なんて見通せないしね。
第一、『他の可能性』もある。これに関してはまぁ次回だ。
ただ、一つ警告させてもらうならば、全ての人間、これは魔法師も同様だがね。誰もが強く確固たるものを以て生きていけるわけじゃあない。
弱い人間は支配することを望むし、弱い社会は支配されることを望む。
現状まだ隠れてはいるが、キミは脅威的な支配者だ。肝に命じておきたまえ……」
はい。と達也は神妙に頷く。いや頷かざるをえない。
この世界では、確かに『死徒』の脅威も、『魔性』の脅威も遠いのかもしれない―――最近、若干その理屈は薄れているが……もしかしたらば、刹那などが関わらなかった世界の『司波達也』は……そういった全能の支配者として『世界』を熱的死―――
「逆に問いたいんですが、刹那がそういった存在になることはないんですかね?」
「無いとは言い切れないが、こんな自由気ままにやっているような男が、『支配』だなんだと言うと思うかい? それに―――まぁそうなった場合、我がマスターは『内側』から殺されるよ」
その理由は分かっていた。白翼の吸血大公を半死半生に追い込んだ御業。要するに―――制御弁があるかどうかということなのだろう。
「まぁ老婆心という奴だ。あんまり気にするな。全知全能の魔術の王様というのを私は良く知っているからね。
彼に似ている所が多すぎて私は言ってしまうのだろう」
その後には、『PON♪』という音で杖の姿に変わるダ・ヴィンチちゃん……。
こういうのを見るたびに、本当に現代魔法ってなんだろうかと思える。
だが、『ありがたい聖典』をウマ娘にしてニンジン食わせていたシスターを見ただけに、まぁ納得しておくことにする。
「以上が、俺の過去及び『世界全体』の推察・考察もろもろだったわけだが、他に質問はあるか?」
「細かくはもう少しあるが、大きなものは今のところはないな。ただ師匠から聞かされた予言を聞く限りでは、やはり魔法師という存在は、世界全体からすれば『異物』なのか?」
「さぁな。ともあれ太陽系銀河の絶対時間―――100年周期で、歴史に対する『切り替わり』は行われる。
それが、全ての人類史にとっての『固定記録』となるかどうかは、それが安定した
歴史の転換点―――魔術世界では、これを人理定礎と呼ぶ」
歴史的に見れば、達也達の世界では世紀末に魔法師たちが生み出された。
それは
これは全ての魔法師が、一度は感じるものだ。
『魔法師の憂鬱』という一種のジレンマ。
強力な力、一瞬で人体を破壊できるだけの力を『持つ』『操れる』ことに対する恐怖感から生じているものと想われていたが……。
非力な人類社会における自分のレゾンデートルのあやふやさ。
今、違う世界の成り立ちを聞くと、それは―――心の問題だけではないように思えてくる。
「ただ単にお前の過去を聞くだけだったというのに、新たなものばかり知って、正直……自分がゆるぎそうだな」
「だから言ったじゃない。見れば魔法師としての
「けれどもリーナは受け止めたんだろう。今までの自分の疑問全てに解が与えられた気分だよ。これからは刹那のことを、本当の意味で友人と思えそうだ……」
「今の所の聞き役として適任なのが、お前たちだけだからな」
「この事は叔母様に教えても?」
四葉真夜の名前を出されても、『お構いなく』と言ってきた刹那に深雪としては意外な想いを感じる。
ハッタリとして見られているのか、それとも……。
「お前さんが、そこまで四葉当主に臣従しているとは想わなかった。ただそれだけさ―――」
うまい言い回しだ。深雪が叔母に若干の叛意を持っていることを薄々感じ取っていたのだろう。
どの辺りでそう感じたかは分からないが、ともあれそういう風に言われては、深雪としては素直に『告げ口』してしまえば、己のプライドを失するし、真夜にどのような形であれ『手を下す』という段に至った場合、刹那の助力は不可欠だろう……。
そういった両天秤を掛けられて、表情を顔に出す深雪。
してやられた。という顔である……。
そして何より、場合によっては……刹那は真夜に味方をする可能性も出てきたのだ。
先程の記憶世界の中で、上手いこと刹那は各勢力の中で立ち回って、生き抜いてきたのを考えれば、深雪の一言は悪手であった。
「あんまり深雪をいじめないでやってくれ」
「失礼。けれど、当主を継ぐのならば、あの時計塔のロードのような海千山千の古狸みたいなのも出てくるんだ。
力だけで自分の意見を浸透させ、言うこと聞かせているようじゃ、即座に諸勢力から袋叩きに合うぞ」
「肝に銘じておきましょう」
刹那に言われてみると、深雪の政治手腕は正直、稚拙だ。
ライネス・エルメロイ・アーチゾルテのようなノーリッジのロードを間近で見ていた刹那は、政治を嫌っていても、その手腕そのものは身につけていたのだろう。
(とはいえ、その場合……タツヤが影のヒットマンとして暗躍するのが目に見えているわ。メニー不安ね)
などとリーナが不安を思いながら、すべての話は終わった。壮絶な人生であった。正直、達也としては、ここまでの現実を見せつけられるとは想っていなかった。
しかし、今まで実像が完全に見えていなかった人間の全てを知って、スッキリした気分であったのも事実だ。
「全てを打ち明けてくれて、ありがとうな。刹那」
「俺こそ休日に、つまんない身の上話を聞いてもらって感謝しているよ」
男同士の分かってる会話。それを聞きながら女二人は苦笑せざるを得なかったのだが、そうしていると、アーネンエルベの古めかしい来客ベルがカランカランと良い音を響かせて、数名―――否、10名程度になるのではないかという人々が入ってきた。
それは全て―――顔見知りであった……。
まぁ概ね分かってたことだが。
「オカエリーヒビ……ど、どうしたのみんな!? 何かイロイロと疲れ切ってるわよ!!」
「いやぁ私にも良くわからないんだけど、ともあれお客さんなわけで、とりあえずお冷とおしぼりどうぞー♪」
大量の食材なのか、それらをランサーと共に廚房に置くと、お冷とおしぼりを渡すひびきの姿。
とりあえず一番ヒドイのはレオであった。顔だけでなく全身に入れ墨じみたサインペンの跡を入れられたからか、おしぼりも5本ぐらい渡していく。
手早い行動をする看板娘の手伝いをする形で、リーナと深雪が率先して汚れなどを取っていく。
刹那も、逆行術を掛けることで『おべべ』の汚れぐらいは取っておくのだった。
そうしながらも一番被害を受けたらしきレオに事情を聞く。
「何があったんだ? 特にレオ、ボロボロだぞ」
「いやぁ話しても信じてもらえないかもしれないけどよ……ネコアルクとイヌシエルとかいう
顔面をふきふきして沓子にも首の辺りを拭かれているレオが語るに……一種の異界に迷い込んだ一高三高の魔法科フレンズたちは、そこにて映画を皮切りに様々なメディア展開をしているネコアルクのパチもん(?)に、メタ糞にやられたとか。
特にレオなどは―――。
「なんでかあのネコとイヌってば、レオに対して「お前も☆1サーヴァント(?)になれ」とか言ってサインペンを持ってかかってきたのよねぇ。正しくボディペイントキング」
そして入れ墨のように模様を描かれたという顛末らしい。エリカの言葉に、意味不明だな。と考えていると―――。
「セルナ―――!! もう聞いてください!! 私の失敗談を―――!!」
「この
「〜〜〜〜が〜〜〜〜で、〜〜〜になるはずだったんです―――!! アナタの心の贅肉になれる機会が!!」
「ああ、成程……そうだね。愛梨は一人で2度お得だね」
「まとめられた上に反応が超クール!!!」
リーナを無視して半分涙目で刹那に抱きつく愛梨に返すと、更に涙目となる。
こちらとしては、ネコミミ程度で落とされる安い男だと想われたのだから。まぁキライではないが、あえて言うことでもあるまい。
「それで―――我が一高一年組が誇る四人のジーニアスがお揃いで、喫茶店で何をやっていたの?」
耳聡く、目敏いエリカが詰問するように問いかけてくる。おめかしして出掛けてきた衣装に、一時はネコミミだのイヌミミだのイヌハナだのを付けられたのだ。
裏で三味線弾いていると想われているのだろう。実際、その通りなのだが……。
そうしていると、お冷を注いでいた達也がエリカに説明をする。
「この間の横浜論文コンペにおいて、確かに発表そのものは全ての学校が出来ていたが、何というか尻切れトンボな終わりだったからな。実際、どの学校が最優秀のメダルを得るとかも無かったから―――代替企画というわけではないが、ハロウィンパーティーをやることに決まったんだ。
その打ち合わせさ」
「なんでこの四人―――って深雪が、発起人なわけね?」
「そういうことだ。他にも魔法協会関係として、中華街で奮戦してくれた方々のためにチャリティーをしたいってこともある。
学生の募金なんざ微々たるものだろうが、十文字家主導の復旧工事の一助にしたいのさ―――リーレイの祖父の店も、砲撃や魔法の攻撃を受けて半壊したからな」
平素の生活をする家屋部分は無事ではあったが、当分は休業状態だろう五番町飯店の現状には、思うところはあるのだ。
「ふーん。まぁそういうことならば納得しておくわ」
気に入りの男子である達也からの説得の言葉でも、少しむくれた状態のエリカに誰もが苦笑しておく。
ともあれ、チャリティーである以上はお客さんも呼ばなきゃいけないわけで―――。
何かメインイベントが欲しかったのだ。
「一番にはやはり刹那の料理なんだよな。腹案はあるのか?」
「ピザでも作ろうと思うよ。中華ピザなんだが、インスピレーションが欲しくて
「ごめんねー。ジョージ店長、今日は『年に一度の究極骨董品市場』とかで、外しちゃってたんだよ」
バイト任せにするのはどうなんだろうと思いつつも、オレンジの看板娘にコーヒーと紅茶をオーダーする。
「気にしなくていいよビッキー。まぁ概ねのイメージはあるからな」
「カレーとかも良かったんだけどね」
「まぁ雫の親父さんからすれば、そっちの方が良かったのかもしれないけどな」
なぜそこで北山家の人が出てくるのか、若干の疑問を持っていると―――。
「マスター。外に緑髪の女子がいます。純日本人としてはありえざる髪色です。ご注意を」
「それを言うならお前はどうなんだよ?」
とんだ「おまいう案件」を刹那の頭上で寝転がるカゲトラ(ちびっこい)に言われたが、気付いたビッキーが駆け寄って扉を開ける。
「あれ? チカちゃん。今日は休みだったんじゃ」
「いや、なんかジョージ店長も休みだとか言われて、アンタ一人で店番やらすのも心苦しくなったんだよ。『ウサミン』の用事もすぐに片付いたしな。
というわけで「アーネンエルベ」へようこそ、で、どういう集まり? まぁセツナがいる時点で、全員魔法使いさん達なんだろうけど」
「そいつは偏見だろヅラ」
「誰がヅラだ! 桂木だからヅラとかデリカシー覚えろ!!」
「おぷばっ!!」
古めかしいケータイ電話を投げつけられてしまうが、大して痛みはない。
「いつもこんな感じなんですか?」
「まぁ、こんな感じですよ。チカちゃんはどうしても、初対面の人が多いと借りてきた猫みたいに大人しくなっちゃいますから」
そんな裏事情を愛梨に話すと、チカは手早く着替えて前掛けを着けながらカウンターにやってきた。
学生アルバイト二人。アーネンエルベの看板娘が揃うわけであった。
「「アーネンエルベにようこそ。魔法使いのみなさん」」
いつもの決めポーズ(百合百合しい腕組み)をして言うひびちかの姿に分からない安堵を覚えつつ、話題は達也が出したハロウィン・パーティーになるのだった。