魔法科高校の魔宝使い ~the kaleidoscope~ 作:無淵玄白
おおっ。なんてこったぁ。おひたし熱郎氏のオルガマ愛が『ぐだ』と―――。
などと妄想しつつ、最新話どうぞ。
「すまん。遅れた」
「遅いよ。とは言わないけど、遅れは取り戻せる?」
言いながら調理室に入った限りでは、どうやら手はず通り大勢が準備を進めてくれていたようだ。
蛇口から水を勢いよく出して手を洗いながら、準備のほどをそれとなく見ておく。
見てから光井の質問に対する答えとしては……。
「―――容易い」
一言と同時に、それが呪文であったかのように料理人としての礼装を身に着ける。
「そ、それはゴルドルフコート!! セツナの最強のコックコート礼装の一つ!」
「知っているんですかアンジェリーナ!?」
ゴルドルフコート。名門錬金術の一門『ムジーク家』の跡取りにして、刹那の『料理の師匠』の一人が本気の調理をするときにだけ身に付けたという厨房の戦闘服。
『火を恐れるべからず! カリッとサクッとそれでいてパラッと! 万物に『変化』を与える上で火というのは基本的な属性なのだよ!!
お前が錬鉄の英雄の技を手に入れるならば、火を恐れるな!!』
メラメラと燃え盛るコンロの火、古めかしい竈と鞴を使うものを操りながら、金色の髭面の男(20代)から炎の極意を身に着ける。
―――これだ! この動きだッ! オレはついに火を支配した!!―――。
眼を見開いて、炎の極意を継承した後に―――。
『君に私のお下がりを授けよう。これぞムジーク家が秘蔵の技術を集めた『錬金調理服クッキングマスター』
本気の調理をする時にきっと役に立つはずだ』
恰幅が良すぎるムジーク家の長子(20代)から授けられたそのコックコートは――――、未だにローティーンの刹那にとっても「がふがふ」であった……。
「そ、そんな逸話があのコックコートに!?」
「ヒトに
「言いたかないが、手伝うならば、厨房にふさわしい格好をしてくれよ」
『『分かったわ』』
「決断の早い女の子って好意が持てるね」
言いながら、最後の詰めを行っていく。
腸詰め……ウインナーは確かな味。そして頼んでおいたチーズもばっちりだ。発酵が十分で焼き上げた時には食べやすい薄いドゥも完璧。
トマトソースの土台となる『ブイヨンスープ』も完璧だ。エビも新鮮なものが揃っている……。
具の方で未だに無いものは主に野菜だった……のだが……。
「園芸部だ! ご注文の品物を持ってきたぞ遠坂!!!」
調理室の扉を開けて、やってきた
魔法科高校では珍しく『魔法を何かの農業生産に活かせないか』と模索する面子が育ててきた野菜は間違いない輝きを放っていた。
「あざーっす。これで全ては完了するな―――」
言葉と同時に厳選された採れたてフレッシュな野菜を猛烈な勢いで切っていく。
今日の客入りからして、切り方は決まっていく。その作業量と速度は、何故か厨房にいた四葉家のメイド桜井水波が見ても、驚嘆するものだった。
新鮮なトマトは乱雑に切っているようで、実はエキスが出やすいような切り方をしてそれを寸胴鍋の中に入れていく。果肉が存分に絞られトマトソースになるように計算している。
しかし……。
「野菜の切り方が、随分と念入りというか、何かの意図があるので?」
「まぁ一高受験するかもって言うからいるのは構わないが、いきなり横から顔を出すなよ」
見られているのは理解していたとはいえ、かなり唐突な出方をした桜井水波という少女に驚く刹那。
「手伝います。達也兄様と深雪お姉様に、妙なものを食べさせるわけにはいきませんから」
何とも趣味あふれる『前掛け』を着ける桜井に少しだけ驚くも―――。
「奥様のお下がりです」
知りたくなかった情報を知ってしまうのだった。こんなフリルが一杯で胸部分が『ハート』を作る新婚エプロンを着けていた時代が、あの若作りの魔女にもあったとか……。
「アナザーディメンションだな……」
あまりにも異次元じみた想像図であった。それらの妄想を破却しながら、桜井に意図を話しておく。
「成る程。ただ単に学内外を見回って女の子を引っ掛けるナンパ男ではなかったんですね。大変失礼しました」
「全く以てその通りだよ。お前の妹分も食べるんだから切り方には注意しろよ」
そう言いながら、およそ1000人分もの食材を捌き終わる刹那と水波に注目が集まる。
この二人の料理人
煮詰めていい味に仕上がったトマトソースともう一種類のソースを塗って、『ドゥ』の下準備は完了する。
その上に具を乗せて、チーズに関してもバッチリである。
あとは十文字先輩の竈の準備だけだが、どうやらそこも準備は完了しているようだ。
ゆえにやるべきことは……。
「どれだけのお客さんが来てくれるかだな」
「予想より
「そこまで自信たっぷりにはなれない」
「安心して刹那。お父さんも『君の超料理は遍く全ての人を酔いしれさせなければいけないよ』って言っていたよ」
ただ単に留学する娘のために『加工食品』を輸出したい親ばかの言動にしか思えなかったが、それも親心というものだとは刹那も理解できた。
雫の言葉にそういうものかな。と思いながらもワゴントレーを外の竈に持っていく。
どうやら完璧に火は入っているようで、その付近で余った薪や煙突から上がる煙を制御している様子がある。
どうやら灰などを分離した上で温められた暖気を試食会会場全体に行き渡らせている。
それを行っているのは偉丈夫の側にいる銀と黒の妖精姫であった。
「修羅場だな……」
「お前がそれを言っちゃうか」
少しだけ砕けた口調の達也に苦笑しながら、お疲れさまですと一言声を掛けて、十文字先輩の近くに赴く。
「おう。こちらは準備万端だ。そして、それが例のピザか……ヤバいな。焼いていないというのに、食欲が湧いてしまう」
「腹壊しますよ」
会場設営も完璧であり、多くの来賓及び一般のお客さん達も第一陣の試食者としてテーブルに着いてくれている。
そんなわけで早速も腹を空かせた連中の為にも焼き上げることにする。
したのだが……。
『さぁ! 今でも目を瞑れば、瞑らなくとも鮮明に思い出せます2095年度の九校戦。
苦しくも熱い戦いの連続を色んな意味で持たせてきたのは、ホテルのシェフだけでなく、魔法科高校のシェフが、『いざ参らん魔法時代のキュイジーヌ』と言って厨房にて鍋を奮ってくれていたからです!
そして今、その実力の一端が我々魔法科高校の生徒以外にも披露される時です!!
特と御覧じろ! と言わんばかりの調理シーンもここで披露しておきましょう!!』
何故か実況アナウンサーよろしく九校戦でのアナウンス係たる水浦敏子こと『水トちゃん』が、マイクを持って場内アナウンスをしてくれやがった。
よく考えてみれば、三高以外にも来ているというのは当たり前の話だった。
「水波が手伝った様子も記録されているな」
「少し恥ずかしいです」
達也の指摘通り最後の方の食材切りの動画が、投影されたスクリーンに写し出されていた。しかもいわゆる新婚エプロン着用である。
ヘンな誤解されなきゃいいけど。
十文字先輩に手伝ってもらい、竈の火を利用したピザは2.3分で焼き上がった。
「速いもんだな」
「最新の電子オーブンならば、同じ様にも出来るんでしょうが、まぁこれを使った理由は―――」
木製のピザピールに乗せることで、窯から出したクリスピータイプのピザは十分に熱が通り、馥郁たる香りが出てきたのだ。
大きな歓声が響く。あとは、この味がどんなものなのかである。
『『『『速く食べたいでーす!!』』』』
『『『『刹那お兄さんプリーズ!!』』』』
「行儀よく待っていれば、速く持っていくよ」
「だって、了くんよかったね」
「うん。ミアお姉ちゃんも一緒に食べようね」
わたつみちゃん達の囃し立てるような声に答えてから配膳していく。配膳係を率先してやってくれた女性陣に感謝感謝である。
「達也、
「とんでもないルビ振りだが、まぁ頂くとしようか―――何も言えないぐらい、熱くてその上で……旨すぎる!!!」
「お兄様が、感嘆符の連続使用をしてしまうぐらいに、とんでもないピザ!!」
「こ、ここまでのものは市販では出せない味ですね……良く味わいたいのにすぐに1ピース分が、口の中に収まってしまう……! くやしい。けど美味しすぎる……!」
四葉関係者たちの反応を見ながら会場全体を見渡すと、説明するよりも先に焼き上げないと、すぐさま食い終わってしまうことを予測。
クラウン帽をかぶり直して、ゴルドルフ先輩の気持ちで挑みかかるのだった。
「手伝うわよ。と言っても、焼いていないピザのトレーを運ぶぐらいなんだけどネ」
「いや、それでも助かるよ。サンキューリーナ。十文字先輩も食べてていいですが……」
「後輩にすべて任せるわけにもいくまい。むぐぐ。うむ旨いが、もう少し落ち着いたところで食べたいんだが……二人とも」
両隣の銀と黒から強制的な『あーん』をさせられる十文字先輩を、多少不憫に思いながらも、刹那とともにピザを焼いていく。
『もはや無我夢中と言わんばかりに、鉄鍋のジャンの料理のごとく会場の皆さん食べている様子が全てを物語ります。
しかし、説明はほしい所。味にうるさく、刹那くんと関わり多いイケてるメンズの2人、一条将輝君と司波達也君に聞いてみましょう!!
お二人共、この料理は如何にして最高なんでしょうか!?』
マイクを向けられた将輝と達也だが、取り敢えずの説明は出来るぐらいには他よりも落ち着いているようだ。
よって説明が入る。
「このピザの要点は、1つ目は生地の薄さだな。焼き物は、なんであれ薄いほうがいいのは間違いない。
市販のものでも薄いのはあるが、それよりも目が細かい生地だ」
「第二に具のチョイスだな。一見すれば、シンプルに野菜とウインナーだけで占めているように見えるが、このメインのウィンナーの味と、焼いても残る野菜のシャキシャキした歯ごたえとが旨さを相乗させる」
いい声したイケメン二人の説明で女性陣のテンションがアップ。
ついでに言えば光井は、『これだけでお腹いっぱいだよ』と言わんばかりに天を仰いでいる。なんでさ。
(このウインナーは羊肉。通常ならばクセの強いマトンと食べやすいラムとの混合。合挽の比率も考えられた上にクセを残しながらも、それを旨さとして成立させている。輪切りにしたウインナーがサラミのように乗っかって、それを覆うチーズが―――――)
咀嚼をしながら解析をしていたのだが、はっとして気付いて九亜達を見る水波。盛大にお腹いっぱい食べている様子を見て、これが狙いかと思う。
「しかも、このチーズはあまり食べたことがないな」
「司波、お前もか」
「シェーブルチーズですね。これは―――マイスター・トオサカ」
達也と将輝の疑問に対して四葉のメイドにして、わたつみ達の姉貴分が答えるが、刹那としては苦笑せざるをえない。
「ロードと言われたり、マイスターと言われたり、俺の呼ばれ方はどうなっているんだ……」
「そんなことよりプリーズクエストミー!」
「英語はもうちょっと正確に香澄ちゃんや。
まぁ山羊チーズだよ。ヨーロッパのある地方で作られているものでな。地域ごとに特色があるんだが、今回のはあまり臭くないものを使用している」
「沖縄で山羊汁を俺も食ったことはあるが、ヤギって結構なクセが無いか?」
なかなかの食遍歴を持つ達也の過去に苦笑しながら、第四陣分のピザが焼き上がった。
立ちながら見ていた人に椅子が用意されていたのを見て、そちらにも渡すように言っておく。
そうしてから香澄と達也の疑問に答える。
「クセとクセを組み合わせることで、豊潤な味を出すことが出来る。『臭いもの』『匂いの強いもの』だからとそれを消さずに、蓋を閉めずに活かすことを考えてのもの―――などという哲学や説教臭いものがあるわけではない。
まぁ、俺の兄弟子の卒業祝いに使ったチーズなんだよ」
ケイオスマジックというとんでもな流派・門派を形成した兄弟子。
こんなものをミスティールも学派として組み込むわけもなく、ノーリッジの門派の一つとしてエスカルドス教室を開くことになったお人である。
「イタリア人なんですか?」
「
「成る程、ではこのピザは如何にして中華ピザなんですか? 確かに羊肉は中国北方の郷土料理としては、ポピュラーですが、これでは―――あれ? もしかして……!」
「気付いたか水波。そうこれはただのトマトソースじゃない。ソースアメリケーヌをベースにしたエビチリソースだ」
「達也兄様……!?」
ピザを頬張りながら語る達也。そして料理勝負に負けた側のように頬を強張らせる桜井水波……。
この世界のジャンルが変わりかねない言動であるが、とりあえず話は続く。
「しかもエビ味噌を溶かし込んだエビチリソースで、身はそれとなく海老団子を輪切りにしてウインナーに偽装させている遊び心まである。そして更に言えば―――」
「カレーの味がしてきた!」
達也の言葉を引き継ぐ形で、安宿先生のお子さんである了くんが、気付いた。
「そうだね。濃厚なカレー味が最後の縁部分を美味しく食べさせるんだね」
三亜もそれに気付いて、了に笑顔を見せていた。
達也達と同じく……七割方を食べ進めたところでドゥの下からスパイシーだが、複雑な甘みを持ったテイストが現れたことに気づき始める。チリソース味からの変化を狙った遊び。
「これは金沢カレーの味だな。味の変化を『外側』ではなく『内側』に仕込むとは……」
どっかの料理評論家か審査員のごとく語る将輝と達也の言動で、全員がその遊び心に感嘆する。
「しかし、一点の疑問もあるな。刹那ならばチーズには、
「達也、お前が知っているかどうかは知らないが、あれ結構匂いがキツイんだぞ。発酵食品としては流石にシュールストレミングとかよりは劣るけどさ……まぁ、考えに無かったわけではない―――が、今日のお客さんの客層。特に了くんや九亜たちみたいなのがいる以上、そこに配慮せにゃならんだろう」
その言葉を受けて、達也も納得をする。
そして『若年層』が粉物として取っつきやすくオシャレなメニューとして、ピザにしたということか。
「納得したよ。同時にお前の子供は、健やかな食生活を送れるんだろうなと実感したよ」
「「「「「でっしょ―――♪♪」」」」」
……達也の言葉で
自慢するように同意をする刹那のワイフ達を前にして、『パ、パクられたでござる―――!!』というB組の後藤の声が響く。
『なんとも深い考え。そして多くの女性から想いを寄せられる愛の深い男! しかし、このピザやあの九校戦での味わい深い食事が、ここでしか楽しめないというのも、何かアレな気はするんだよね』
実際、このデジタル及び機械技術万能の時代において、プロ並の調理やそれらの緻密極まる調理が不可能なわけではない。
冷凍食品一つとっても、20世紀から21世紀初頭にかけてのものよりも格段に進化を果たしているのだ。
遠隔地にいるからと、都内や他都市の有名店の味が楽しめないわけではない。
しかし五高にいる水浦からすれば、多少は思うところがあるのだろう。
そんな風な少しの不満に対して、この男が動いた。
「遠い所からご来場してくれている方々もいると知っていれば、大々的に言わなければならないな」
『あ、あなたは?』
「ここに通う生徒の父母の一人だ。ホクザンフーズに勤めている平社員だがな」
ウソつけという無言でのツッコミが、魔法科高校の殆どの誰からも入る。
おおよそよっぽど勘どころの鈍いやつでもなければ、雫が北山財閥のご令嬢だと気づけない人間はいない。
更に言えば、その父兄は人相こそ知れ渡っていないが、何となく程度に『デキる男』な部分が見え隠れしているので、朗らかな笑顔にどうにも裏が見えるのだ。
どうでもいいけど。
ホクザンフーズの平社員(偽)という肩書の男が語る所、『魔法科高校の料理人』シリーズというタイトルで、いずれ冷凍食品もしくは簡易食品がホクザンフーズから発売されるという話なのだ。
『それ本当!?』
「ああ、北山さ―――雫の父君の関係者が、ぜひ我が社の『超料理人シリーズ』のラインナップに加えたいって言ってきてな。まぁ別に秘密にするレシピが在るわけでもないんで、契約締結したんだ」
九校戦及び南盾島の一件で、『じゃんじゃか』宝石を気前よく使ってしまった刹那には、まさしく悪魔の誘いだった。
契約書面の『情報』を『魔術回路』の『精査』に掛けることで、その書面全てに瑕疵や重大な抜け道がないかなどなどを見た結果……契約書にサインをするのまでシークタイム40秒であった。
そして宝石箱に『宝石が一個もねぇ』。そんな研究一つ出来ない事態の前では魔眼が『¥』にならざるを得なかったのだ。完全に眼が曇っていた……。
話自体は、二学期が始まる前に持ってきていたこと。そして、時期的なものから察するに、目に入れても惜しくない可愛い娘が
そんな「いい父親」、そして『拍手喝采』を浴びている北山潮氏を見て少しだけ苦笑する。
『いいぞオッサン!!』『太っているようには見えないけど太っ腹だぜ!!』『よっ、大統領!!!』などと呼ばれているのを見てからピザを焼き続けるのだった。
(父親……か……)
先程の達也の発言を鑑みて、自分がそんな北山氏のような人物になれるかは、少しだけ不安に感じながらも―――祭りは、『最終局面』へと向かう。