魔法科高校の魔宝使い ~the kaleidoscope~ 作:無淵玄白
出番が近いことを悟ったのか、ふと見ると愛梨から離れて、刹那はリーナを呼び寄せた。
「リーナ、こっち来て」
「―――アア、『アレ』ね。久々につけるから少しドキドキネ」
刹那は小さな宝石箱のようなものを手に、少し離れたところにリーナを連れて行く。リーナもその意図に気づいたようだ。
逢引はもう少し前にやっておけと思いながらも、そういうことではないと気づけた面子が何人かいた。
舞台袖の人間が注目しているぐらいには、それは目立つ行動だ。
刹那が宝石箱を開けて見せたものはイヤリングだった。
綺麗にカッティングされた三連の宝石で連なるイヤリング……。
既にこの時代ではピアッシングという文化は無くなり、生体磁気吸着式の機構がある。
その最初の便宜的なピアスホール部分にはラディアンカットされた小粒のエメラルドがあり、短めのチェーンで繋がれた中間には、カボションカットされたスターサファイア―――そして最後に下がるのは、光の受け方、方向、当てられる光で『赤』『青』『緑』と様々に変化をするアレキサンドライトだろう宝石があった。
尖った所をぶつけないようにという配慮なのか、何かロケットのようなものに収められている。
「君のお祖父様が『お守り』にと、君のお母さんからそして君へと渡されたもの。合衆国のクドウ家の『歴史』に俺が手を加えたもの……畏れ多かったなぁ」
「グランパが、『アンジーにも好きな男の子が出来たならば、その人に頼みなさい』とか言っていたモノ。光栄でしょ?」
断片的な言葉のやり取りを傍から聞いていた達也が察するに、リーナの祖父、日本の魔法師の記録から半ば公然のごとく消された『九島 健』が娘に与えた『お守り』。それは、ある種の『宝物』だった。
専門的にはわからないが、相当な
魔除けを主に精神安定、魔力増強、心身快気……あらゆる
しかし、それはおそらく最初は九島健が嫁―――リーナの祖母に、そしてリーナの父親が手を加えてリーナの母へという順番……一番下に吊られているアレキサンドライトは、刹那の仕込みだろう。
そちらは、達也の眼をもってしても見きれない。
だが、そんなことは瑣末事である。
そのイヤリングを付けることで、リーナの魅力はぐっと引き立つ。それだけでも意味があるものだった。
とはいえ……『アレキサンドライト』なんて、少し世情に詳しいヤツ、はたまた『おませ』な女子ならば即座にわかるほどに『宝石の王様』という異名を持つものだ。
「しかもキャッツアイ効果がある!! 恐ろしく金がかかる宝飾品を未来の嫁にあげますね……刹那くん!!」
「今から、嫁にそんな豪奢なもの与えて大丈夫かよ?」
ペンギンパーカー姿に戻った深雪と共に小言を言う達也に対して―――。
「兄妹バカップルが、お前をカネのかかる女と詰ってきているが、どう思うよ?」
「シツレイ極まりないワヨ!! ちゃんとイイ
「そもそも、そんな未来は未定ですよ!! 司波ズ!!」
憤慨の方向性が両極端な
ともあれリーナの耳たぶにそれを着けてから宝石を撫でた刹那の行動。何かの発動だったのか、少しだけ艶めかしい反応をしたリーナが見えた。
すかさずペンギンパーカーの袖で視界を覆う深雪。
違う。これは深雪が使役している『ペンペンズ』の翼のようだ。
深雪の意思に機敏に反応したようなのだが、改めて思うにとんでもない使い魔である。
(そう言えば深雪は、『つかうもの』で『こわすもの』って話だったな……)
刹那によって出された魔術系統の判定結果というものを思い出して、『使い魔』を使役することが、深雪にはかなり相性がいいのかもしれないが―――。
小鳥一羽飼うことすら難儀な世界では、ペンギンではどれだけのカネがかかるか分かったものではない。
世知辛い世の中ゆえの不便さを少しだけ嘆いていると、ロマン先生の歌唱は終わりを迎えた。
「いよいよ出番ですね。リーナ、準備はいいですか?」
「
「戦場でも馬上杯を常備していた私ですが、多くの民草に声を届かせるならば、断酒は不可欠! 喉は傷めない!! 奈々さま(?)の心得!」
しかし、戦場でも敵味方の怒号が響く中で指示を出すならば、酒など飲まないほうがいいのではないかと思う。
しかも、長尾景虎といえば大将のくせに先陣を切って一番前にいることが多い武将だった。
同じような類として『朝倉宗滴』以上に無理無茶がすぎる。周囲にいたであろう家臣たちの苦労を忍ばざるを得ない。
ドレスアップした2人の姿は、どっかのギア装者のライブ衣装と髪色を思わせる。パレードによる変化を、ランサーにまで及ばせた理屈を知りたかったが……。
「それじゃ、行ってくるワネ♪」
全員に言っているように見えて、その実のところ『刹那』だけに向けているリーナの言葉に、刹那は即座に反応した。
「皆に聴かせてやれリーナ。キミだけの旋律を」
「ウン―――そしてアナタだけに捧げる歌を」
正面から向かい合い、言葉を、睦言を交わすかのような2人の唇が、どちらからかは分からないぐらい自然に……互いの間に引力でも発生しているかのように触れ合うのだった。
唇を交わすと同時に触れ合う肌身の柔らかさ。鼻孔を刺激する匂いとフェロモン。
唾液を交換する高揚感とを……周囲にいる全員に伝えるほどに、濃密なものだった。
その光景を間近で見るのは二度目なことが多い一高面子に対して、三高の一色愛梨は静止画でしか見たことがないのだ。
大丈夫か? と思って何となく達也が見ると、『ぐぎゃぎゃぎゃ! このだらぶちがぁああ!!』と金沢弁スラングを無言で言っているかのような鬼面で、飛びかかりかねない自分を抑えている様子だった。
もはや、電撃大王(?)のビジュアルというよりもチャンピオン(?)の顔になってしまった一色に、少しだけ同情してしまう。
少しだけ紅潮した顔のままに見つめ合いながらも離れた2人と入れ替わるように、ロマン先生が戻ってきた。
『さぁ!! 魔法師たちの歌唱もLAST Encoreが近づいてきたぞ!!! 皆、ここからはテンションがあがる曲ばかり!! 音楽と芸術の神『ミューズ』達も、ヒッポクレネの泉、パルナッソス山から万雷の喝采を降り注がせざるを得ぬほどのものだ!!
刮目して見届け!! そして最後まで聞き届けるのだ!! 我々は―――共に文化の担い手なのだから!!』
天上の神に手を伸ばして『応答』を願うようなネロ・クラウディウスのジェスチャーが、その言葉に真摯さを伴わせる。
ネロ皇帝の言葉の意味を半分も分かった人間は居ないだろうが、言葉を受けて割れんばかりの歓声が聞こえる。
ダ・ヴィンチ教官の演出プランを知らずとも、誰もが理解してしまっていた。この連作激唱の意図が……。
序破急。
ここから先は、急転直下の極まったステージが作られるのだろう。
唯一の心配事は、リーナとカゲトラのステージの後の大トリ、ダ・ヴィンチちゃんのステージが『おまけ』にならないかということだった。
「それでもいいぐらいさ。キミも知っての通り、私は過去の稀人だ。宝石の翁のサービスと、刹那の苦心の術式でこうしているが、杖状態でおもしろおかしく世の中を引っ掻き回すのも悪くないのさ」
短波の念話。それを受けて苦笑してしまう。
これが至高の天才レオナルド・ダ・ヴィンチの意識なのだなと思っていると……ネロ皇帝のMCが始まる。
『その美貌は、星々の瞬きにも引けを取らない。その歌声は、銀河を震わせる―――合衆国が生んだ奇跡の一つ、魔法少女『ステラ・アンジェ』の登場だ―――!!!』
バックの巨大スクリーンに金色の髪だが、幼少期のリーナの姿が映しだされて―――その姿が徐々にストロベリーブロンドのアイドル大統領に変化を果たし―――演出としてスモークが焚かれて、それを切り裂くようにバックステージから現れる『ステラ・アンジェ』の姿。
聴衆全てに手を振りながらステージ中央に進んでいくステラ・アンジェこと『アンジェリーナ・クドウ・シールズ』は、一瞬にして全ての観客を虜にした。
強烈なまでの心さえ凍るような美に対して、その表情は太陽のごとく輝き笑む。
それが観客の心を掴んだままになるのだ。
『日本の皆さん、コンバンハーッ!!』
ステラことリーナが陽気な挨拶を叫ぶ。リハから分かっていたが、このポンコツ(修正済)ノリノリである。
『一夜限りの復活とは言え、ワタシの歌を聞いてネ!』
本来であれば、可変戦闘機に乗って歌うロックンロールヒーローのようなセリフだったのだが、少しの変形をさせたようだ。
言うなればファイターからガウォーク形態になったかのように―――。そうしているとスクリーンのリーナと歩いているリーナとが連動したようで、蠱惑的なウインクをする。
その一撃で、観客席の男どもは心臓を撃ち貫かれたかのように叫声をあげていく。
本当にノリノリだよ。あの子(他人行儀)
達也がそういう感想を出したと同時に、二人目の紹介に入るMC。
『今宵のステラはデュエット相手がいる!! 出身不明・年齢不詳・性別は―――多分『女』!! しかして、その歌声は2010年代に紅白歌合戦にも出場した『声優歌手』にも似ている恐るべき天然の素材!!
いでよ!! 『ミズキ・カゲトラ』!!!』
格闘技の出場選手を読み上げるかのような巻き舌で言ってきたネロ皇帝だが、それでも同じくリーナと同じ様にスモークを割って出てきた『スマイルギャング』は、青色の髪の『SAKIMORI』を思わせる容姿をしていた。
『お初の方々が多いと思いますので、初めまして!!ミズキ・カゲトラです♪
今宵は、故と縁あってステラと相曲させてもらいますが、ステラほど歌唱に自信はないので、キーを少し外しても『ご愛嬌』くださいね?』
いつもならば、あまり『女』を感じさせないランサーのサーヴァント『長尾景虎』だが、この場にいる『ミズキ・カゲトラ』は、仕草も相まってか、ドギマギするほどの魅力を感じるものは多かった。
もちろん達也は何も感じない―――というほどではない……。恋愛感情ではないのだが、やはり人ならざる存在が着飾ると、達也の何かを揺り動かすのだろうか。
「―――お兄様?」
「達也さん! あれだけ私と深雪を翼だと言ってくれたのに、あっちの『翼』がいいんですかぁ!?」
そりゃ『ツバサ』違いが甚だしくはないだろうか。
呼びかけ一つで『ドス』を効かせる深雪と真剣に悲しむほのかとの両面攻撃を受けながらも―――2人がステージ中央に陣取ったのを確認して平河に合図。
「ポチっとな!」
古式ゆかしい掛け声と同時にステージの仕掛けが作動する。魔法と科学技術の融合といえばいいのか、黄金劇場が変化をする。
ドムス・アウレアというのは、舞台演出の為ならば、ある種の変化がありえるとのことだ。
その変化は全て歌劇を彩るためだけ……。しかし皇帝は―――。
『それでは聴いていただこう!! 新生ツヴァイウィングで『星天ギャラクシイクロス』!! ―――キミの銀河はきっと輝く!!!』
構わずにMCを行う。声は悪くないと思うのだが、ネロ皇帝に対して歌唱を禁じる面子を不思議に思いながらも―――ステージは続いていく。
リーナとランサーの足元に霧が蟠る。
その演出に気付くものは少ない。そして互いに等間隔で位置取りをした2人。明かりが消え去り―――そして音楽の始まりと同時に、スポットライトが2人に当てられる。
ステージ全体が暗幕に閉ざされたかのような演出からの光のシャワーである。必然的に2人に注目が集まる。
いい演出だ。そして歌のほうは―――。
『―――遺伝子レベルの―――』
『インディペンデント―――』
歌い出し。少しだけ眼を開けたままに歌い出す2人。
光に対して手を伸ばすような仕草、腕を一杯に振り上げながらの歌い出しは完璧。神然とした様子の演出が決まる。
知らずに全員が拳を握る。
「私や司波さんに変わってトリを務めるならば、演出を台無しにするようなザマは許しません―――」
「大丈夫ですよ。リーナは、やる時はやる子です。兎を二羽取ってこいと言われれば、三羽取ってくるタイプですから」
「実力と豪運を兼ね備えた女って意味だ」
「その豪運とやらでセルナを取られたならば、堪忍袋の緒が切れる……!」
舞台袖で見守る一同。心は一致していないが、ただ一つ共通するものとして、誰も彼女たちの失敗は望まない。当たり前だ。
リーナとカゲトラが得意として披露されてきた、世界を震わせる原初の魔法が―――紡がれる……。
歌詞引用
戦姫絶唱シンフォギアGXキャラクターソング「星天ギャラクシイクロス」マリア×風鳴 翼(CV:日笠陽子×水樹奈々)